Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

28 / 58
二十六話

「―――では、状況を説明する」

 

薄暗い室内に、千冬の声が低く響く。

 

現在一方通行達がいるのは、旅館の最も奥の方にある宴会用の大広間『風花の間』。本来ならばこんなことに使われるはずのないそこを臨時の作戦本部とし、専用機持ちと教員全員が集められていた。

 

大型の空間投影型ディスプレイを表示させた千冬が続ける。

 

「二時間前、アメリカ・イスラエルが共同で開発にあたっていた第三世代型軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が試験稼働中に操縦者の制御下を離れ暴走、監視空域を離脱したとの連絡が入った」

 

ぴくりと一方通行の眉が跳ねた。

 

アメリカはハード・ソフト、イスラエルは武装関連において世界トップレベルの技術力を持つ。その両国が開発を手掛けたISが暴走するなど、俄には信じ難い話だ。それに、そういった不測の事態に備えてエマージェンシーシステム等が組み込まれているはずだが……。

 

「監視衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過することがわかった。時間にして五十分後。軍や特殊部隊を呼び寄せている暇はない。そこで、我々がこの事態の対処に当たることとなった」

 

(オイオイ。軍の緊急出撃(スクランブル)が間に合わねェとか舐めてンのか。そもそもこォいう時の為のISだろォが。軍の連中は真っ昼間っからファッションショーでもしてやがったンじゃねェだろォな)

 

あまりの平和ボケっぷりに呆れ返る一方通行。

 

結局は、ISの『兵器としての危険性』を軽視した結果だ。『暴走などするはずがない』『操縦者の命令がなければ動かない』という固定観念に囚われ、やがては非常事態への警戒が薄れ、そして今回のようなことが起こってしまうのだ。

 

「私たち教員は訓練機を使用して作戦空域と海域の封鎖を行う。よって、迎撃部隊は専用機持ちに担当してもらう。本作戦の最優先目的は操縦者を傷付けないように救出することだが、必然的に福音の機能を停止させなければならない。故に戦闘は避けられないものと思ってくれ」

 

「……暴走した軍用ISから操縦者を無傷で救出だと?上層部(うえ)の連中は分かってて言ってやがンのか」

 

「……仕方ないだろう。福音の搭乗者はアメリカのテストパイロットだ。彼女が深手を負ってISに乗れなくなれば、アメリカが被る被害は深刻なものになる」

 

呆れを隠そうともせずに呟いた一方通行。それを聞いた千冬も苦い表情でそう返した。いくら元世界最強とはいえ、たった一人で大国の情勢を左右できる程の影響力は持ち合わせていない。一方通行は面白くなさそうに舌打ちをした。

 

「……では、作戦会議を始める。意見のある者は挙手をして発言しろ」

 

「はい」

 

真っ先に手を挙げたのはセシリアだった。

 

代表候補生として、またオルコット家の現当主としてプライドと責任感を人一倍備えている彼女だ、こういった事態に慣れているのも当然といったところか。同じく候補生の三人も、ピリッとした空気を纏っていた。特に顕著なのはラウラだろうか。現役軍人である彼女は、正にこういう時の為に訓練を重ねているのだから。

 

逆に一夏は専用機を持つだけの一般人でしかないので、未だに展開に頭がついていっていないようだ。箒は一応これが異常事態であるという認識はしているようだが、流石に的確な対応を取れるほどではない。

 

とはいえ、一方通行とて二人にそこまでの期待はしていなかった。精々パニックにならないだけマシというものだ。

 

「当該ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

「わかった。しかしこの情報は最高軍事機密だ。万が一情報が漏洩した場合、諸君らには査問委員会からの監視が二年はつくことを覚悟しておけ」

 

「了解しました」

 

大型スクリーンに映されていた情報が銀の福音のものに切り替わり、それを基に教師陣と代表候補生組が意見を交わしあう。

 

「……広域殲滅を目的とした特殊射撃型……。軍用と名のつく以上、火力や機動力は一線を越すと考えた方が良いですわね」

 

「航続距離と戦闘時間も桁違いね……燃費の良さも含めて厄介極まりないわ。持久戦は絶対に避けるわよ」

 

「問題はこの特殊射撃武装だね。これだけ高出力のエネルギー弾を連発されたらひとたまりもないよ。防御よりも回避に重点を置いたほうがいいかも」

 

「操縦者側からの操作が無いということは、反動のある動きや無理な機動もシステムが勝手に行うだろうな。流石に単一仕様能力の発現は見られないだろうが……。偵察は行えないのですか?」

 

ラウラの問いに、千冬は首を横に振った。

 

「無理だな。目標は現在も超音速飛行を続けている。辛うじて監視衛星が予測軌道を現在進行形で弾き出せている程度だ」

 

「となると、一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)を敢行できる機体で当たるしかありませんね」

 

真耶の言葉に、様々な視線が二人の少年に向けられる。当の二人の反応はそれぞれ異なるものだった。一方通行は特に騒ぐこともなく機体のデータを眺め続けており、まさか自分が指名されるとは思っていなかったのだろう一夏は慌てて立ち上がった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺もやるのか!?」

 

「当然でしょ。あんたの零落白夜は当たりさえすれば確実に墜とせるんだから、使わない手はないわ」

 

「相手のシールドエネルギー出力も未知数な以上、防御を無視して攻撃できるというのは大きなメリットになるからね」

 

「……その通りと言えばその通りなのですけど」

 

「お前は私たちと違い軍属ではない。当然拒否権もある。やりたくなければそれでも構わん。別の策を講じるだけだ」

 

「―――俺だけでいい」

 

そこで、今まで沈黙を貫いていた人物が口を開いた。

 

その場にいる全員の視線を一身に浴びながら立ち上がった少年は、面倒臭そうに首をゴキリと鳴らした。

 

「織斑の零落白夜は外した場合のリスクがデカい上に燃費が悪すぎる。作戦空域に着く前にガス欠になンのがオチだ。俺の機体なら速度も攻撃力も十分だし、システムを弄れば燃費も多少は良くなる」

 

夜叉は全距離戦闘に対応した万能機体だ。加えてVROSに本来の能力を上乗せすれば火力は更に跳ね上がる。強いて言えば近接戦闘用の装備が少ないことぐらいしか欠点と呼べる欠点がないと自覚していた。だがそれも、幻月でカバーできる範囲だ。

 

しかし、そんな一方通行の思考とは裏腹に千冬は眉をひそめた。

 

「……確かにお前の夜叉は高性能だが、一撃必殺と言えるほどの火力は出せるのか? もし失敗した時はどうする? 不安要素が山積みの状態での出撃など危険すぎる」

 

「危険? ド素人を戦場に送り出すよか万倍マシだろ。それに俺の機体は単独行動前提だ。幻月の巻き添え食らいましたじゃ笑い話にもならねェぞ」

 

「何故そうまで一人で行くことに拘るのかは知らないが、念を入れるに越したことはない。―――まず織斑が零落白夜で一撃必殺を狙い、織斑が失敗したら鈴科が狙う。それでも墜としきれないなら二人で攻めろ」

 

クソッたれが、と一方通行は心中で吐き捨てた。

 

素人を戦場に送り込むなど愚策にも程がある。一夏の零落白夜は確かに一撃必殺ではあるが、そもそも当たらなければ意味がない。相手は軍用だ、直線的な一夏の攻撃においそれと当たってくれる程易くはないだろう。

 

単独行動であれば、周囲を気にすることなく存分に力を振るえる。能力も、ある程度までなら行使できる。夜叉は火力と手数に物を言わせた面制圧力に長けているので(無論それ以外もこなすことはできる)、味方を気にしながらではどうしても力の使い方が狭まってしまう。

 

―――他人の目を気にする、というのはこんなにも面倒なものなのか。

 

こうなってしまえばもう、一方通行にはこれ以上反論を重ねることができない。怪しまれるのは得策ではない。

 

「…………、了解」

 

「よし。では具体的な作戦内容に入る。現在、この中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

 

「わたくしのブルー・ティアーズが適任かと。丁度本国から強襲用高機動換装装備(パッケージ)『ストライク・ガンナー』が送られてきていますし、高感度ハイパーセンサーも付属しています」

 

「超音速下での訓練時間は?」

 

「二十時間です」

 

高感度ハイパーセンサーは、普段よりも多量の情報を送るために操縦者の感覚を鋭敏化させる。変化を感じられるのは視覚・聴覚・思考速度ぐらいだが、体内を弄られるというのは慣れねば堪えるものがある。

 

それをクリアした上で射撃や格闘、機動を行うのだが操縦者に高い技量が求められるため難易度が高い。セシリアの二十時間という訓練時間は決して少なくない長さだ。

 

「……ふむ。ではオルコット、お前が―――」

 

「うぇいとあみにっつ! ちょっと待つんだちーちゃん! その役目は紅椿にお任せあれなんだぜ!」

 

千冬の言葉を、場違いなほどに明るい声が遮った。声の発生源は真上から。弾かれたように上を見上げれば天井の板が一枚外れており、そこから時代劇の忍者よろしく束の頭が逆さに生えていた。

 

猫のような身のこなしで天井裏から抜け出ると、そのまま一回転して軽やかに着地する束。厄介事が舞い込んできたとばかりに額に手をやって溜め息を吐いた千冬は、それでも無視するわけにはいかない束の発言を言及した。

 

「どういう意味だ」

 

「紅椿はね、パッケージがなくっても超高速機動に対応できる機体なんだよ。展開装甲の出力調整次第で、速度特化型第三世代すらぶっちぎる性能に早変わり☆って感じさ!」

 

束の言葉に呼応するかのように、数枚のホロディスプレイが千冬を囲むように出現した。いつの間にかメインディスプレイも乗っ取ったらしく、先程まで福音のデータが表示されていた画面は既に紅椿のスペックデータに切り替わっていた。

 

「疑問符を浮かべまくってるいっくんの為に、この束さんが直々に解説してあげよう。五体投地して感謝したまえ♪ ざっくり言うと、展開装甲ってのは第四世代型の武装(・・・・・・・・)なのさ」

 

「第、四……!?」

 

ISには、世代によってコンセプトがある。

 

ISという存在がまだ世に出て間もない頃、あやふやな論理や最新技術を一般にも理解できるよう噛み砕き、後の発展の基礎となるよう設計されたのが第一世代。『ISの完成』を目的とされた世代だ。

 

初の純国産ISである『(くろがね)』や、最強の名を世に知らしめた切っ掛けでもある、現役時代の千冬が乗っていた機体『暮桜(くれざくら)』がこれにあたる。

 

第二世代は『後付装備による多様化』をコンセプトにして作られた機体で、各国の銃器会社がこぞってIS武装を開発し始めたのもこの頃からである。ハンドガン、アサルトライフル、カービンライフル、マークスマンライフル、スナイパーライフル、バトルライフル、ショットガン、グレネードランチャー、レールガン、荷電粒子砲、プラズマカノン、レーザーライフル、エネルギーブレード……数え上げればキリがない。

 

IS学園に配備されている『打鉄』、シャルロットの専用機『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』等が第二世代に分類される。『第二世代の完成形』と呼ばれるのがラファール・リヴァイヴだ。

 

現行する第三世代が『操縦者のイメージ・インタフェースを利用した特殊兵器の実装』。操縦者の脳から発せられる生体電気信号を、ISのイメージ・インタフェースが兵器を動かす電気信号として出力する。セシリアのブルー・ティアーズ、ラウラのAIC、鈴音の衝撃砲等がそうだ。

 

以上のどれにも属さないイレギュラーな機体として、第零世代と称されている正体不明のIS『白騎士』、そして一方通行の専用機『夜叉』がある。

 

夜叉は機体こそ確かに第三世代の機構を採用してはいるものの、中身を覗けば到底そんなものでは済まされない。

 

一方通行の脳内で組み立てられた演算式を読み取り、それを機体側に出力する為に最適化されたイメージ・インタフェース。普通ならば『視えすぎる』ことを抑えるためにかけられているリミッターを外したハイパーセンサー。システムアシストを解除し、その分の演算領域までVROSに回したスラスター。

 

全てが『一方通行専用』に設計されている規格外の機体。一方通行という出力の強すぎるエンジンの性能を殺さないように組み上げられたモンスターマシン、それこそが夜叉だ。

 

しかし。

 

夜叉を規格外たらしめている理由はもうひとつある。

 

それが―――

 

「展開装甲は状況に応じて攻撃・機動・防御と役割を変更できる。第四世代型ISのコンセプトである『パッケージ換装を必要としない万能機』、即時対応万能機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)を実現するためには必要不可欠な武装さ。いっくんの雪片弐型やあっくんの四肢装甲とかスラスターにも組み込まれてるよん」

 

「えっ!? 夜叉って、束さんが作ったんですか!?」

 

「そーだよ? あっくんは色々特殊だから、私ぐらいじゃないとあっくんの専用機は組めないのさ。……で、二人から良いデータが取れたから、より発展したタイプの展開装甲を開発してみたらこれが大成功。紅椿は全身のアーマーがこの展開装甲になってるから、もう頭おかしいレベルの強さだよ♪」

 

最早、誰も言葉を発することができなかった。

 

夜叉の強さは誰もが知っている。一方通行の技量も含め、専用機持ちが全員でかかっても勝てるかどうかわからない。そのレベルの機体の、更に上を行く機体。

 

世界記録を叩き出した翌日に、鼻唄を歌いながらもう一度記録を更新するようなものだ。

 

これが天災。

 

これが篠ノ之束。

 

「やりすぎるなと言っておいたはずだぞ、束」

 

「いやぁ、ついつい熱中しちゃってさ。あ、でも流石の束さんもちょっと燃え尽きた感あるから、第五世代とかの開発は結構後になりそうだからそこは安心してもいいよ? いぇい☆」

 

「……話を戻すぞ。束、紅椿の調整にかかる時間はどのくらいだ?」

 

「織斑先生!?」

 

セシリアが抗議の声を上げた。高機動パッケージを装備すれば一方通行に次ぐ速力が出せるのだから、作戦には当然参加できるものと半ば思い込んでいたのだろう。

 

「わたくしとブルー・ティアーズなら、必ず成功させてみせますわ!」

 

「そのパッケージを今から量子変換(インストール)して調整し終わるまで目標がのんびり待っていてくれると思うか?」

 

「っ……そ、それは……。……、わかりました」

 

元々、ISの内部を調整して機能を特化させるためのパッケージをインストールするのにはそれなりの時間がかかる。更にそこからハイパーセンサーの設定やスラスター出力の調整など諸々の整備が入り、大体一時間はかかるのが普通だ。

 

作戦空域まで移動する時間を考えると、今からでは僅かに間に合わない。セシリアは自らのプライドと作戦成功の重さを天秤にかけ、潔く諦めて引き下がった。

 

「ちなみに紅椿の調整は十分で終わるよ☆」

 

「よし。では本作戦はファーストアタックが織斑と篠ノ之、セカンドアタックを鈴科が担当し、目標の迅速な無力化を目的とする。作戦開始は三十分後だ。各員、直ちに準備にかかれ!」

 

パン! と千冬が手を叩き、各々が自分のなすべきことをする為に動き始める。

 

(作戦要員からは外されてしまいましたし……モニタリング用の機材でも運びましょうか。……それにしても、実践経験皆無の箒さんをいきなり投入しても大丈夫なのでしょうか? いくら束博士が作った機体とはいえ、あまりにも―――)

 

『オルコット』

 

立ち止まって思考に耽っていたセシリアの脳内に、突然声が響いた。一瞬驚き、声の発信者である白い少年を探そうとして、すぐに思い止まった。態々個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)を開いて通信してきているのだから、他言を憚るような内容だと瞬時に思い至ったからだ。

 

自然な動作で小型の情報端末を持ち上げながら、セシリアも回線を開いて応答する。

 

『どうされました?』

 

『オマエが言ってたパッケージ、この後すぐインストール開始できるか』

 

『……、はい。四十分あれば出撃まで可能ですわ』

 

何故、とは聞かない。

 

自らが全幅の信頼を寄せるこの少年の言を疑うことに意味がないからだ。彼が行うことには何かしらの理由があり、そしてそれが裏目に出ることはない。必ず必要になることだから、この少年は自分にこう言ってきているのだ。

 

『上出来だ。オマエはインストールが済んだら、いつでも出撃できるよォにスタンバイしてろ。他の奴らにもスタンバイしとくよォ伝えとけ』

 

『わかりました。……透夜さんは、そう(・・)なると思われますか?』

 

回線の向こう側で、僅かに考え込むような気配がした。やがて、

 

『少し調べてみたが、銀の福音の予想航路には何も目ぼしい施設や重要なモノがねェ。あるとしたらココ(・・)だが……、考えてみろ。暴走したISが、専用機持ちが集まってる二キロ先の空域をピンポイントで通過するなンざ有り得ると思うか?』

 

言われてみれば、確かにそうだ。

 

暴走と言う割に、付近の施設を破壊したり暴れまわるわけでもなく、何もない方向にただ飛んでいくだけ。しかしその航路の付近には、丁度自分達がいる。では何故真っ直ぐここに向かってくるのではなく二キロ先などという微妙な位置を通るのだろうか?

 

自分の背中に嫌な感覚が走るのを自覚しながら、物資を運び終えたセシリアは恐る恐る自分の推測を少年に伝えた。

 

『……この事件が人為的に引き起こされたものだと?』

 

『だろォな』

 

『ですが……、誰が、何のために?』

 

『…………、さァな』

 

少しの沈黙の後、少年はさもつまらなそうな調子で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どっかのバカが心底くだらねェ理由で起こした、ただの嫌がらせかもな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。