Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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二十七話

午前十一時二十八分。

 

うんざりするほど晴れ渡った青空の下で、三つの人影が砂浜に佇んでいた。

 

「来い、白式」

 

「行くぞ、紅椿」

 

一夏、箒がISを呼び出し、それに続いて一方通行もISを展開した。慣れ親しんだ感覚に身を任せ、展開が完了したのを確認してシステムコンソールを起動。機体の最終確認を行う。

 

(……VROS、幻月共に動作正常。イメージ・インタフェースの伝達ラグは無し。展開装甲は全てスラスター状態で正常稼働。ハイパーセンサー感度良好。……システム異常無し(オールグリーン)、と)

 

「―――しかし、私たちが居たのが不幸中の幸いだったな」

 

ふと、箒のそんな言葉が聞こえてきた。

 

「相手が軍用ISだろうと、私たちならやれる。そうだろう、一夏?」

 

「……そうだな。けど箒、これは訓練じゃなくて実戦なんだ。いつも以上に気を引き締めて―――」

 

「わかっているさ。なんだ、怖いのか?」

 

「そうじゃねぇよ。あのな、箒―――」

 

「心配するな。お前は私がしっかりと送り届けてやるから、安心して戦いに臨めばいい」

 

どうにも浮わついた様子の箒に、先程から一夏が繰り返し忠告しているのだが、暖簾に腕押しである。念願の専用機を手に入れて気が大きくなっているといったところか。さながら親からプレゼントを貰った子供だ。

 

普段の箒ならば抱くのは緊張と自信だろうが、今の箒が抱いているのは間違いなく油断と慢心。はっきり言って使い物にならない。一夏はそんな箒を放ってはおかないだろうし、実質一人で作戦を遂行すると考えた方がいいだろう。

 

しかも、プラスかマイナスかで言えばマイナスだ。何せその二人の援護に回るのは一方通行なのだから。

 

こちら側に来てからすっかり癖になってしまった大きな溜め息を吐いた直後、千冬から解放回線で通信が入った。

 

『織斑、篠ノ之、鈴科、聞こえるか。本作戦の要は一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)だ。短時間で勝負を決めろ』

 

作戦の内容は至って単純なものだ。

 

まず一夏と箒が先行して銀の福音と交戦し、零落白夜を使って短期決着を試みる。それが不可能だった場合、一分後に合流する一方通行と入れ替わって交戦。それでも撃墜出来ない場合は、三人がかりで仕留める。

 

「わかりました」

 

「……了解」

 

「織斑先生、私は状況に応じて二人の援護に回ればよろしいですか?」

 

『ああ。だが、お前はその機体を使いはじめてから一時間と経っていない。何かしらの問題が起こらないとも限らないだろうから、無理な行動はするな』

 

「了解しました」

 

落ち着いて返事をする箒。だが声音には隠しきれない喜色が滲んでおり、それが彼女の内心を如実に表していた。

 

『―――鈴科』

 

再び千冬から通信が入る。しかし今度は解放回線ではなく個人間秘匿回線を通しての連絡だった。

 

『見てわかると思うが、篠ノ之は少し浮かれている。織斑にもサポートするように言ってあるが、あいつも余裕があるとはいえん。お前が二人をカバーしてやってくれ』

 

やはり、千冬なりに一夏たちの身を案じているのだろう。作戦開始前には一方通行の実力を疑うようなことを言ってはいたが、この三人の中で最も頼れるのは彼だ。

 

言われるまでもねェ、と胸中で呟く。

 

元より、この力は誰かを守るために使うと決めている。この手の届く限り、自分の持てる全てを使って守り抜いてみせる。

 

 

 

それが、空っぽの『最強』に意味を与えられる唯一の方法なのだから。

 

 

 

『―――了解』

 

『頼んだぞ』

 

ピッ、と。

 

予め設定しておいた、作戦開始時刻を知らせる小さな電子音が鳴った。

 

『では―――作戦開始!』

 

再度切り替わったチャンネルから千冬の号令が下ると同時、一方通行の隣で砂浜が爆ぜた。砂塵が舞い上がり、視界を覆い尽くす。一夏を背負った箒が飛び上がった余波で、砂浜が大きく抉れていた。

 

ものの数秒で目標高度五百メートルに達した紅椿は、監視衛星とのリンクを確立するため僅かに動きを止めると、銀の福音の予想航路へ向けて突き進んでいった。

 

音速を超えた際に生じた爆音が、遅れて耳に届く。

 

ゴキリと首を鳴らし、ハイパーセンサーを通して後方を見る。この状況を観察しながら密かに笑みを浮かべているであろう人物に向けて、

 

(……何を考えてンのかは知らねェが、何でもかンでもテメェの思い通りにいくと思うンじゃねェぞ―――兎)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――見えたぞ、一夏!」

 

箒の声に、ハイパーセンサーを目標にフォーカスする。凄まじい速度で空を裂き飛翔していく目標IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』は、その名が冠する通り陽光を反射して銀色の輝きを放っていた。

 

データには、頭部から生える特徴的な一対の翼状多方向推進装置(マルチスラスター)が唯一の武装と記載されていたが、どういった攻撃方法を取るのかは不明だ。

 

「接触まで十秒だ。必ず仕留めろ!」

 

「わかってる!」

 

雪片弐型を握る手に力が籠る。

 

深く息を吸い込み、鋭く息を吐く。更に加速した紅椿が福音との距離をぐんぐんと詰めて行き、やがて福音を射程圏内に捉えた。

 

雪片弐型に組み込まれている展開装甲の機構が開き、青白く輝く莫大なエネルギーの奔流が溢れ出す。全ての防御を無に還す必殺の光刃と化した雪片を振りかぶり、瞬時加速を発動させて間合いを食い潰す。

 

(この一撃で―――!)

 

大上段からの斬撃を叩き込もうとした刹那。

 

 

 

福音が、こちらを向いた。

 

 

 

(ッ!?)

 

驚くべきことに、福音は全く減速していない。最高速度を保ったまま、後ろ向きに飛び続けている。ともあれ視界外からの一撃が封じられた以上、反撃の用意が整う前に勝負を決めるしかない。

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉおおっ!!」

 

気合いと共に袈裟懸けに雪片を振り降ろすが、その一撃は虚しく空を切った。アクロバティックな機動で一夏の攻撃を回避した福音が、自らを脅かす『敵』を排除するため牙を剥く。

 

『敵機確認。銀の鐘(シルバー・ベル)起動。迎撃体勢に移行します』

 

感情の無い無機質な敵意が一夏を貫く。

 

時間に余裕はない。こうしている間にも、取手をひねった蛇口のように白式のエネルギーは減り続けている。再度雪片を振るうが、うねるように複雑な軌道を描く福音には焦れったい程に当たらない。

 

見れば、スラスターの末端にある多数の羽根のような部品がカシャカシャと高速で動き続けている。あの部品が別々の方向へエネルギーを放出することによって、細かな機動調整を行っているのだろう。

 

刻一刻と減っていくエネルギー。その焦り故か、一夏が大振りの一撃を狙いにいった。一度下方へと加速、直ぐ様転身して掬い上げるような斬り上げ。体の捻りを加えて斬撃の威力と速度を上げる。

 

しかし、一夏の猛攻が止んだその一瞬の隙を突いて福音が反撃に出る。

 

スラスターの装甲がスライドし、大口径の砲口が顔を覗かせた。射撃の為に翼を大きく前方へと突き出した瞬間、エネルギー弾の暴風が吹き荒れた。

 

「っおォあ!」

 

福音を狙っていた斬撃の軌道を変更し、迫り来る光弾の壁に叩き付けるように振るう。零落白夜のエネルギー刃が光弾を纏めて掻き消し、斬撃の軌道に空白が生まれた。

 

その隙間に体をねじり込み、辛うじて直撃を回避する。福音に勝るとも劣らない無茶な機動だったが、何とか無傷で凌ぐことができた一夏は内心で冷や汗をぬぐう。

 

「箒! 両側から攻めるぞ! 左を頼む!」

 

「わかった!」

 

箒との挟撃で攻めるが、福音の回避性能は桁違いに高かった。回転、加速、転身、後退の四つの動きを同時に、しかも連続して行うのだ。更に反撃まで織り混ぜてくる為に、攻撃ばかりに意識を割くわけにもいかない。

 

「私が動きを止める! 機を窺って決めろ!」

 

「応ッ!」

 

箒が間合いを詰め、雨月・空裂の二刀で猛撃を開始する。袈裟懸け、突き、横薙ぎ、斬り下ろし、逆袈裟、斬り上げ。独楽のように回転しながら途切れることの無い斬撃の応酬を繰り出す。

 

斬撃に合わせて放たれるエネルギー刃と光弾が回避の幅を狭め、更に腕部の展開装甲から生成されたエネルギー刃も福音を狙う。

 

流石に避けきれないと判断したのか、福音も防御を使い始める。

 

「せぇあああああああっ!!」

 

その防御を食い破らんと、箒が剣戟のスピードを上げる。だが、福音も大人しくやられ続けてくれる訳ではない。

 

『La……♪』

 

甲高いマシンボイスが響いた瞬間、スラスターに隠されていた砲口全てが開いた。その数三十六門。それら全てから、先程の光弾がばら蒔かれる。

 

「この程度で……!」

 

それらを掻い潜り猛攻を重ねる箒。防御を抉じ開け、回避先を潰し―――ついに、福音が隙を見せる。刹那、零落白夜を発動させた一夏が瞬時加速で飛び出した。

 

 

 

福音ではなく、海面に向かって。

 

 

 

「一夏!? 何を―――!」

 

箒の驚声を背に、一発の光弾に追い付いた一夏は雪片を振り抜く。光の粒子となって霧散する光弾。その弾道の先に、一隻の船が浮かんでいた。センサーを通して、黒人の男達がこちらを指差して何事かを喚いているのが見える。

 

おそらくは密漁船だろう。

 

だが、一夏に彼らを見殺しにするという選択肢はなかった。『全てを守る』という身に余る正義感が彼を突き動かしていた。考えている暇など、なかった。

 

雪片弐型の輝きが失われ、ただの実体刃に戻る。零落白夜を発動させるだけのエネルギーが尽きたことの証だ。そしてそれは、作戦の要が失われたことの証でもあった。

 

「馬鹿者! そんな奴らなど放っておけば―――!」

 

「箒!」

 

強い調子で箒の言葉を遮る一夏。

 

「どうしたってんだよ。お前は……俺の知ってる篠ノ之箒は、力を手にしたからって周りが見えなくなるような奴じゃないだろ。……そんな事は、言うなよ」

 

「っ、違う、私、は……」

 

何かを堪えるように顔を覆って狼狽える箒の手から、雨月が滑り落ちる。それは海面に落下することなく、光に包まれ粒子へと還った。その現象を目の当たりにした一夏の背筋が凍る。

 

(具現維持限界(リミット・ダウン)!? クソ、やっぱりあれだけの猛攻が少しのエネルギー消費ですむ訳がなかったんだ……ッ!)

 

具現維持限界が示す意味はたった一つ、エネルギー切れ。そして、そんな隙だらけの箒を福音が見逃すはずもなかった。数発で戦車をスクラップにできる程の火力を持つ光弾の、三十六門一斉射。エネルギー切れの状態でそんなものをまともに喰らって、五体満足でいられる保証は万に一つもない。

 

(間に合え……!!)

 

瞬時加速を行えるだけのエネルギーなど残っていない。箒を連れて射線から逃れようにも、あれだけ濃密な弾幕を全て避けきるのは不可能だ。だが、せめて彼女の壁になるくらいならば、今の自分にも可能だ。

 

スラスターを最大出力で噴かし、箒と福音の間に割り込もうと突っ込んでいく一夏。

 

 

 

その真横を、漆黒が通り過ぎた。

 

 

 

一瞬で箒の元へとたどり着いた『黒』は、彼女の腕を掴んで無造作にこちらへ放り投げる。慌てて減速した一夏が箒を受け止めると同時に、光弾の雨が炸裂した。

 

「―――ッ!?」

 

ドグァッッ!!! という爆発音は、衝撃波となって一夏の体を大きく揺さぶった。咄嗟に箒を庇うよう背を向けた自分に小さく称賛を送っていると、煙の向こうから声が届いた。

 

呆れたような、億劫そうな。だがそれでいて、聞くものに絶対的な安心感を与える低い声が。

 

「時間切れだ。オマエらは大人しくすっ込ンでろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった一分で既に満身創痍の二人を見て、一方通行は軽く息を吐いた。

 

(元々期待はしてなかったが、撃墜されてねェだけマシか。……にしても、敵の目の前で何してやがったンだコイツらは)

 

『新たな敵機を確認。早急な撃破を最優先に』

 

福音の敵意が、突如乱入した一方通行に移った。ふわりと後退し、翼を大きく広げる。それが一斉射撃の予備動作だということを知っている一夏は、思わず叫んでいた。

 

「鈴科! さっきのやつが来るぞ! 弾種は爆発弾、砲口は三十六っていう規格外の数だ! しかも連射性能が―――!」

 

「オイオイ」

 

呆れたような声音だった。

 

まるで教え子の不出来を嘆くような調子で一夏の言を一蹴する一方通行。その周囲に、青白いエネルギー球が出現した。夜叉の特殊射撃武装『幻月』によるものだ。だが、数は福音の三十六に対してたったの十。

 

(……ダメだ。いくら鈴科でも侮りすぎ―――)

 

「規格外っつーのはな」

 

一方通行の呟きが、一夏の思考を遮った。

 

 

 

 

「こォいうのを言うもンだぜ」

 

 

 

 

ズァアアア……ッ!!と。

 

彼の周囲に浮遊するエネルギー球が、凄まじい勢いでその数を増やしていく。留まるところを知らずに増加し続けるそれは、軽く見積もっても百は超えている。

 

あまりの光景に言葉を失う一夏。胸の中で身じろぎして一夏から離れた箒も、眼前で展開されている光景を見て目を見開いていた。

 

そして、福音も。

 

システムに『恐怖』や『畏怖』がプログラムされていたとでもいうのだろうか。己の矮小さを痛感させられるような圧倒的物量を前にして、呆然と立ち尽くしているようにも見えた。

 

キュバァアッッ!!!!

 

空を灼く爆音と共に、無数の光線が福音に殺到する。

 

次いで、先程のものとは比べ物にならない轟音と衝撃波が撒き散らされた。直撃の瞬間に福音自らも光弾を放って幾らか相殺したようだが、あまりにも数が多すぎた。点や線という小さなものではなく空間そのものを圧し潰されては、自慢の回避性能も生かし切れない。

 

とはいえ、相手も軍用ISだ。シールドエネルギーの上限はかなり高く設定されているだろうし、そもそもが持久戦に耐えうるように設計されているのだ。これだけで戦闘不能になることはあるまい。

 

一方通行の思考に応えるように、黒煙を突き破って福音が姿を現す。スラスター装甲の一部が剥がれ落ちているものの、本体がダメージを受けた様子はない。

 

(……翼で自分を包ンで被害を最小限に留めたか。器用なコトしやがる)

 

もう一度斉射を行うつもりなのか、再び福音が翼を広げた。あの翼から放たれる光弾は確かに強力ではあるが、夜叉の機動性能なら避け切るのはそれほど難しくない。次の反撃で墜とせるだろう。

 

砲口が煌めいた。

 

夜叉のハイパーセンサーが弾道を読み、最も弾幕が薄くなる場所を弾き出す。その計測結果を見た一方通行の眉が訝しげにひそめられた。

 

光弾の数は変わらないものの、先程の斉射よりも密度が薄い。これではどうぞ避けて下さいと言っているようなものだ。何か策があってのことかと思っていたが、単純に面制圧を重視した結果綻びが生まれただけだろう。

 

余裕を持った動きで回避行動を取る一方通行。しかし次の瞬間一気に加速し、態々自分から当たりにいくような格好で光弾の弾道にその身を晒した。

 

VROSを発動させ、明後日の方向に光弾を弾き飛ばす。

 

「……チッ。そォいうコトかよ」

 

そう。

 

今の射撃は、彼を狙ったものではない(・・・・・・・・・・・)

 

福音の狙いは、今しがた一方通行が庇った一夏たちだった。

 

最初に一方通行が福音の攻撃を防いだ際、箒を庇ったことを福音は記憶していたのだ。そして『箒や一夏を攻撃すれば一方通行は必ず防ぐ』という計算結果のもとに射撃を行った。一方通行を直接攻撃するのは難しいと判断し、その周囲を利用して間接的に削っていく。

 

システムが導き出した方法にしては、あまりにも人間らしい戦法。創造主たる人間の思考をトレースでもしているのだろうか。

 

どォでもいいか、と一方通行は切り捨て、瞬時加速を発動させる。ゴァ!! と一瞬で最高速度に達した一方通行が福音に肉薄する。幻月を警戒しているのか、福音も小刻みに機体を左右へ振るようにしながら加速して躱す。

 

滑らかな曲線軌道でうねるように逃げ続ける福音と、鋭角的な直線軌道で最短コースを追う一方通行。そうしながら、片や光弾をフレアのようにばら蒔き追撃を妨害し、片や回避先を狙って牽制の光線を放つ。

 

だが、その追いかけっこ(ドッグファイト)も長くは続かなかった。

 

(チッ、ちょこまかと面倒臭ェ!!)

 

一方通行の姿が掻き消えた。

 

直後、鳴り響く金属音。

 

どういう風にベクトルを操ったのか、VROSを発動させた一方通行の速度が一瞬だけ爆発的に加速し、逃げ続けていた福音に組み付いていた。いきなり横っ腹に強烈な衝撃を受けた福音の進行方向がねじ曲げられ、両者は錐揉み回転しながら海面へと落下していく。

 

入れ替わり続ける視界の中で、一方通行が右腕を伸ばした。

 

福音の翼は、砲撃と機動を兼ねる大型のものと姿勢制御に使用する小型のものがそれぞれ一対。小型のものは肩甲骨の辺りに、大型のものは側頭部に接続されている。

 

狙いはそこだ。

 

付け根の部分を掴み、左腕で福音の頭部を掴んで固定した。

 

ベギビキキバギッッ!!! という怪音が鳴り響いた。

 

ベクトル操作によって強化された彼の腕が、福音の翼を無惨に破壊していく音だった。装甲を砕き、人工筋繊維を切断し、束ねられたケーブルを引きちぎり、エネルギーバイパスを分断する。銀色の破片を撒き散らして、福音の左翼が根本からもぎ取られた。

 

しかし、機械に痛みはない。

 

仮に痛覚が通っているならば発狂しかねない程のダメージを受けても、なおも反撃に移ろうとする福音。無事な右翼を使い、ゼロ距離で光弾をぶちこもうとする。

 

それが放たれるよりも早く、引きちぎった福音の左翼を掴んだまま、一方通行が右腕を振り抜いた。アルミ缶を踏み潰す音を何千倍にも増幅させたような轟音と共に、左翼の残骸が今度こそ木端微塵に砕け散る。

 

当然、その莫大な運動エネルギーを叩き付けられた右翼もただではすまなかった。あまりの衝撃によって内部機構に不調を来たしたらしく、あの幻月の射撃を受け切った翼でさえもその機能を停止させた。

 

『ガ、ギっ―――エネルギーの急速な低下ヲ確認。早急ううナ、脱出―――を』

 

抵抗する術を失った福音の喉を絞め上げ、絶対防御を発動させる。後はこのままエネルギーが枯渇するのを待つだけでいい。少々手こずったものの、やはり敵ではなかった。フルフェイスのバイザーが明滅したのを最後に、福音から全てのエネルギーが失われーー

 

 

 

 

 

 

 

ズドォォオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

莫大なエネルギーの奔流が、福音を飲み込んだ。

 

喉笛を掴んでいた右腕に激痛が走る(・・・・・)

 

「ッ!?」

 

弾かれたように後退し、右腕を覆う白煙を振り払うと、ISアーマーに保護されていない肘から肩にかけてが火傷のように赤く爛れていた。

 

今の彼は『反射』を適用していない。不測の事態で能力が露見するのを防ぐためであるのと、純粋に必要がなかったからだ。久しく感じることのなかった、ドクンドクンと脈打つように送られてくる激痛が一方通行の警戒を否応なしに引き上げる。

 

(……絶対防御が作動しねェ? イヤ、純粋に絶対防御を突き破るぐれェの火力ってコトか!)

 

触れるだけでダメージを受ける高エネルギーに身を包み、胎児のように体を丸める福音。

 

強固な殻に包まれていた『雛鳥』が羽ばたいた。

 

轟!!! と、福音の全身から、光が吹き荒れた。失われた左翼から新たな翼が生え、残されていた右翼の残骸を食い破って光の翼が現れる。先程までの機械的な翼ではなく、『天使の翼』と称するのが一番しっくりくるような、そんな生物的な外見だった。

 

しかし変化はそれだけに止まらず、補助翼も光の翼に『生え変わる』。手から、脚から、場所を問わず大小様々な光翼が次々と生成されていく。最早福音から翼が生えているというよりも、翼の群れに飲み込まれていると表現した方が適切だった。

 

一夏も、箒も、一方通行でさえも。理解の範疇を越えた進化に、動くことすらままならないでいた。

 

いっそ神々しさすら感じさせる光翼を悠然と羽ばたかせ、福音がゆっくりと顔を上げた。皹割れたバイザーの奥に、確かな殺意が揺らめいていた。

 

破壊の天使が、吼える。

 

『キィィィィィィイイィイイアアアアアアアアァァァァァァァァァアアアアアアァァァァアアア!!!!!!』

 

ビリビリと大気を震わせ、本能に直接危険を叩き付けるような咆哮を受け、ようやく思考が再起動する。だが、福音の変化に対して具体的な行動を起こすにはあまりにも遅すぎた。

 

 

 

 

ドッッッ!!!! と、閃光が爆発した。

 

 

 

 

 

福音を中心として、360度全方位に光弾の雨が放たれた。内包されたエネルギーは、一発でも受けてはならないと一目で感じ取れる程の高出力。光弾はまず、至近距離に位置していた一方通行に牙を剥いた。

 

「チィッ!!」

 

咄嗟にVROSを展開し、降り注ぐエネルギー弾の暴風雨を弾き返すことには成功した。だが、そのせいで残りのエネルギーをごっそりと持っていかれてしまう。VROSは操るベクトルの大きさに応じてエネルギーを消費するため、今の攻撃は本来ならば回避するのが最良の方法だったのだが、密度が桁違いだった。

 

―――そこで、一方通行は気が付いた。

 

自分はVROSで福音の攻撃を防いだ。

 

それはいい。

 

では、

 

受ければ致命傷になりかねないその攻撃を、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏と箒は、どうやって防いだ?(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――、」

 

呼吸が止まる。

 

後ろを振り返る。

 

ハイパーセンサーで見ることができるはずなのに、そうしなかったのはそこまで気が回らなかったからか。

 

そうして振り向いた一方通行の眼に映ったのは、

 

 

 

 

泣き叫びながら手を伸ばす箒と。

 

 

 

 

グシャグシャになって落下していく一夏だった。

 

 

 

 

 

ぞわ……ッ!!!! と例えようのないナニカが全身這い上がり、心臓を握り潰されたような感覚を得た。内臓が全部ひっくり返ってしまい、吐瀉物を噴き出すのではないかと思った。

 

「……ッ!!」

 

グラグラと揺らぐ眼球でその光景を捉え、守りきることの出来なかった『大切なもの』にフラフラと手を伸ばし、

 

「―――クソったれがァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

胸の内から沸き上がってきた衝動を抑えることもせず、そのまま全力で喉から迸らせた。

 

守れると思っていた。

 

失うことはないと思っていた。

 

心のどこかで安心していた。

 

自分には能力があるから、他人より力を持っているから。そんな下らない、慢心と呼ぶことすら烏滸がましい程の傲慢が、笑いながら一方通行の前でまた『奪った』。

 

あの時、無理矢理にでも自分一人で出撃していれば。

 

自らの能力が露見するのを恐れ、保身に走った結果、取り返しのつかない結果を招いてしまった。

 

「―――篠ノ之ォおおおおお!! 織斑を連れて花月荘まで撤退しろッ!! 全力で、全速でだ!!」

 

「だ、だがお前は―――」

 

「ゴチャゴチャ言う暇があったら動け!! テメェも織斑の二の舞になりてェのか!?」

 

有無を言わせぬ一方通行の叫びに、何かを言おうとしていた箒は口をつぐんで一夏を抱えると、花月荘へ向けて飛翔し始めた。だがエネルギー切れが響いているのか、その速度は酷く遅い。

 

その時、一方通行の個人間秘匿回線に通信が入った。

 

出撃準備を終えたセシリアからだ。

 

『―――全員出撃()せ!! 今篠ノ之が織斑を連れてそっちへ向かってる!! 花月荘まで連れ帰れ!!』

 

『っ、了解しました! ですが、透夜さんはっ!?』

 

回線を繋ぐや否や出された指示に、セシリアは迅速に従った。彼女たちなら、福音の流れ弾にも少しは耐えられるだろう。

 

『……追加で指示だ。絶対に、何があっても加勢なンざ来るンじゃねェぞ』

 

『透夜さ―――』

 

通信を遮断する。

 

これで良い。

 

これで彼女たちまで犠牲になることはない。

 

もう、これ以上はたくさんだ。

 

ガギリと奥歯を砕けそうな程噛み締めて、福音に向き直る。

 

科学によって生み出された人工の天使が咆哮を上げていた。それに呼応するかのように、光の翼がその輝きを増す。それは、まるで殺戮の喜びを表しているかのようでもあった。

 

赤い瞳にかつてないほどの激情を宿した純白の超能力者(レベル5)は、謳うようにポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ブチ、殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 


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