Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る 作:パラベラム弾
一話
「全員揃ってますねー。それじゃあSHRはじめますよー」
黒板の前でにっこりと笑いながら、俺のクラスの女性副担任こと山田真耶先生がそう告げる。こんなことを教師に言うのは失礼なんだろうけど……あまり、先生っぽくない。
「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」
「…………」
しかし、山田先生の声に反応する生徒はいなかった。教室に漂う謎の緊張感に呑まれているのだろう。
「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」
ちょっと狼狽えている山田先生が可哀想なので、せめて俺だけでも反応したいとは思うのだが、ちょっとばかり余裕がないんだなこれが。
なぜかって?
このクラスは
いやもう本当に偏っているとかそういうレベルではなく完全にどアウェー。転校してきた外国の子ってこんな気持ちなのだろうか。いや、純日本人だから知らんけど。
兎に角物凄く気まずいのだ。
そんな中で自己紹介をしろと言われて、
「えー……えっと、
だけになってしまっても全くの不可抗力というもの―――いやちょっと待て。そこの女子数名はなぜ何かを期待したような視線を俺に向ける。俺は何も持っていないぞ。持ってるのは今朝買った大福餅がバックの中に一袋だけだ。
っつーか、まだ視線の嵐は止まらないのか? 唯一このクラスで面識のある幼馴染みの篠ノ之箒には先程見捨てられたし、孤立無援の四面楚歌。どうすればいいんだよ! 助けてちふえもん―――
パアァンッ!!
「いっ―――!?」
痛い、という言葉が口をつく前に、体の方が反射的に俺を叩いた人物を看破した。おそるおそる振り向いてみると―――
「ち、千冬姉!? なんでこ」
「織斑先生と呼べ」
こにいるんだ、までは言わせてもらえなかった。出席簿による一撃が頭部に直撃したからだ。ていうか多分さっきのも出席簿だよね。うん、めっちゃ痛い。
俺を叩いた張本人の俺の姉―――
「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五才を十六才までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」
―――どこの独裁者ですか、貴女は。
なんて思った瞬間、凄まじい威圧を込めた視線が千冬姉から飛んできた。独裁者じゃなくてエスパーだったのか。知らなかった。
「何か言いたいことがあるようだな織斑」
「い、いえ。何も無いです織斑先生……」
その後、クラスメイト女子の黄色い歓声(主に千冬姉への)を千冬姉が鎮め、俺と千冬姉が姉弟であることがバレ、ようやく教室が静かになった頃、千冬姉が再び口を開いた。
「さて、諸君らも先程から気になっている事だろう。
千冬姉が視線で示したのは教室の隅、窓側一番後ろの机。そこには誰も座っていない。しかし、元から座る者がいないのならば用意する必要はないだろう。
「勿論、そこには諸君らのクラスメイトになる者が座る。今は諸事情で遅れているが、来たら自己紹介を―――」
そこまで言ったところで、教室の前の方の扉が開いた。それを見て、にやりと笑う千冬姉。一体何が……?
「ちょうどいい。自己紹介をしていたところだ。既に全員終わっているからな、後はお前だけだ」
そうして、入ってきたのは―――
『白』。
白髪に細身の体。鋭い赤い瞳が一瞬俺の方を向いてすぐに戻った。クラス全員が、突然の登場者に固まっている。だが、その登場者の特徴に一番早く気付いたのは俺だった。
ってことは、つまり―――
「ほら、自己紹介をしろ。勿論拒否権はないぞ」
千冬姉の隣に立ち、自己紹介を促される『白』。若干面倒臭そうな素振りを見せた後、教室にいる全員に向けて口を開いた。
「
◆
指定された自分の席、窓側一番後ろの席へと腰を下ろした一方通行―――もとい、鈴科透夜。先程千冬に無理矢理行わされた自己紹介で名乗ったこの名前は勿論偽名だ。
一方通行などという人名は世界中探してもまずいないし、余計な質問などをされないためにと束がでっちあげた名前である。
そして―――
『世界で二番目の男性IS操縦者』
今現在、一方通行にくっついている肩書きである。
細かいことを言えば、一番初めにISを動かしたのは一方通行だが、一番初めに世間に公表されたのは織斑一夏。よって、織斑一夏に『世界初の男性IS操縦者』という大層な肩書きが乗っかっている。
だが、一方通行がISを動かすことが出来ると世間に公表したのは彼がここに入学する三日前。公表したのは勿論天災科学者篠ノ之束だ。裏でどんな細工をしたのかは知らないが、他国からの波は驚くほど少なかった。
先程SHRに遅れていたのも国連や日本国との様々な契約及び手続きによるもので、一方通行が日本の土を踏んだのが入学一日前なので役人たちがどれほど慌てたのかは推して知るべきだろう。
少なくともこれで面倒事は全て学校側が引き受けてくれるし、生活も保障された。あの兎にはほんのすこしだけ感謝してもいいかもしれない。
『IS学園』
それが、彼の通うことになったこの学園の名前だ。
あらゆる機関の干渉を受けず、完全に独立した機関として、ISに携わる能力を持つ者を育成する場所である。独自の法律も制定され、ここに通う者の安全を守っている。IS学園に籍を置いていれば、卒業するまでの向こう三年は面倒事はほぼゼロだと考えてもいいだろう。楽しい楽しいハーレム学園生活を存分に楽しみたまえ、とは束の言だ。
思考を止めて、教室に視線を向ける。
教室に響く教師の声、窓から見える校庭、大きな黒板、後ろから眺める生徒たちの姿。
こんな、授業らしいことをしたのは何時ぶりだろうか。
あまり楽しくはないが、随分と懐かしい。
(……あァ、学校ってなこォいう所だったよなァ)
駄々っ広い教室に、生徒は一人。
それが、彼の覚えている『学校』の記憶。
これが、今見ているこの光景こそが、本来あるべき学舎の姿なのだ。
(ここなら、俺は―――)
何かを決意しかけた思考は、鳴り響いた一時限目終業を告げるチャイムによって遮られた。
◆
そうしてやってきた、休み時間。
本来なら授業で疲れた身体を休息させるための時間であるのだが―――
(…………落ち着かねェ……)
一方通行はややげんなりしていた。
それもその筈、教室どころか廊下にまで溢れかえったギャラリーが男性IS操縦者を一目見ようと騒がしいのだ。こちらを見ながら隣の女子とひそひそと囁きあっては黄色い声を上げている。
別に視線に慣れていない訳ではないが、悪意100%の視線よりも純粋な興味1000%の方が困るということだけは身をもって知らされた。
それにしても、男性IS操縦者は二人いるのに、やけに一方通行に向けられている視線の数が多い気がする。考えてみれば当然なのだが、一夏は黒髪黒目の整った顔立ち。一方通行は白髪赤目の中性的な顔立ち。
好み・好き、という感情であれば前者の方へと人気が傾くが、好奇心を掻き立てられるといえば俄然後者だろう。良くも悪くも、彼は注目の的になっているのだった。
そういえばもう一人の方はどォなってンだ、と同じ境遇の一夏へと視線を送る。ちょうど一人の女子に連れられて廊下に出ていく所だった。そして、その女子の顔に見覚えは、ある。
(確か兎の妹、だったか。掃除用具みてェな名前だった気がするが)
本人に聞かれたら制裁を受けること間違いなしの失礼な事を考えながら、顔を右手で支えて肘をつく。すると、指先があるものに触れる。
それは彼の首に巻かれた、黒で統一されたチョーカーだった。無論、ただのアクセサリーではない。待機状態に入っている彼の専用ISだ。
現在、世界に存在するISコアは467個。ISコアがなくてはISを製造することは出来ないので、必然的に存在する機体は467より多くなることは無い。そして、限られた数を世界の国々に割り振っているので個人が持つことなど到底無理だ。
『国家代表』及び『国家代表候補生』という例外を除いて、だが。
その名の通り、IS運用の国家代表と、その候補生。そして、候補生の中でも特に実力の高い者には『専用機』が与えられる。各企業のテスト機や実験機であることも多いが、それでも専用機を持つことは大変な栄誉である。
しかし、彼の持つ専用機はその比ではない。
かの天災科学者篠ノ之束が直々に開発を手掛け、一方通行のために誂えたカスタムメイド。しかも、既に搭乗時間は代表候補生にも劣らない。正に規格外の機体なのだ。
半ば束に無理矢理押し付けられる形で受け取ったこの専用機だが、今ではもう服を着るのと何ら変わらない。それほどまでに彼のIS操縦技術は卓越していた。
しかし―――その事実が要らぬ面倒を呼んでしまうと気付いたのは、二時限目が終わった次の休み時間であった。
◆
「ちょっと、よろしくて?」
再び退屈な授業が終わり、向けられる視線にも慣れ始めた一方通行の元へ、一人の女子が声をかけてきた。今まで見ているだけだった他の女子とは違う行動に、少しだけその女子に興味を引かれて顔を向けた。鮮やかな金髪に、ブルーの瞳。ドレスのように改良を施した制服を纏っている。
「なンの用だ? イギリス代表候補生セシリア・オルコット」
「あら、私の事を知っていますのね。まあ、当然ですわ。代表候補生ともなれば世界に名前を知られるのはごく自然なことですもの」
そう自信満々に言い放ち、腰に手を当てて髪を払う英国の代表候補生、セシリア・オルコット。貴族の出らしく、その姿は様になっている。が―――
「なンの用だ、って俺は聞いたが?」
二回目、若干威圧を込めて再度問う一方通行。言いたいことがあるのならばさっさと本題に入ればいいものを、何やら喋り出したので強制的に黙らせた。
そんな一方通行を見て眉を吊り上げるセシリア。何かを言おうとして口を開きかけるが、一旦閉じてもう一度開いた。
「では、早速。―――あなたが、入学試験首席だというのは本当なのですか?」
IS学園の入学試験は、ISによる模擬戦闘によって行われる。時間制限は無く、対戦相手に選ばれた教師を倒すかこちらが倒されるまで行う。その際の戦闘技術、IS運用能力、機動性、戦術、状況判断能力など様々な観点から見て問題がなければ合格となる。
結果から言えば、一方通行は満点合格で入試首席の座に着いた。対戦相手の教師を僅か14秒で撃墜し、教師陣の度肝を抜いた。
「……だったらなンだ?
「……っ! あなた、喧嘩を売っていますの?」
「人聞き悪ィ事言うンじゃねェよ。オマエがその事に何を感じて何を思ってるのかは大体想像がつく。大方男である俺が首席なのが気に入らねェンだろ?」
それを聞いたセシリアは、一方通行の机に手を叩きつけて身を乗り出した。
「その通りですわ! 本来ならこの私が首席になるべき人間だというのに、あなたが首席だなんて、どう考えてもおかしいですわ!」
「だからなンだってンだ? 結果は出てる。教師に言って入試のやり直しでも頼むつもりかよ?」
「そんなことをする必要はありませんわ。だって、私が勝つに決まっていますもの」
「大した自信だな。別に俺は誰が首席だろォと興味ねェし、所詮は入学時点での結果だ。幾らでも覆すことは出来る。何か反論はあるか、イギリス代表候補生?」
「ありますわ。例えあなたの言う通りだとしても、私は男が女性より上に立つなど認めません!」
「そォかよ」
瞬間、三時限目の始業を告げるチャイムが鳴り響く。それを聞いたセシリアはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、渋々といった感じで席へと戻った。
やがて千冬が教壇に立ち、再来週行われるというクラス対抗戦に出る代表者を決めるという旨を述べた。クラス代表=クラス長であり、一度決めると一年間変更はないとのことだ。
ひとまず彼が思ったことは『やってらンねェ』であり、『面倒臭ェ』だった。誰が好き好んで態々仕事の多い役職をやるというのか。立候補した奴に投票でもしとくか、という完全傍観者姿勢で臨んだのだが。
「はいっ。織斑くんを推薦します!」
「私もそれがいいと思います!」
「私は鈴科くんを推薦!」
「あ、じゃあ私も鈴科くんを!」
「では候補者は織斑一夏、鈴科透夜……他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」
「お、俺!?」
数人から推薦された一夏は、思わず立ち上がって異論を唱える。一方通行は、どうしたら一夏にクラス代表を押し付けられるか考えていた。面倒事など真っ平である。
「待ってください! 納得がいきませんわ!」
突如、甲高い声が響いた。
机を叩いて立ち上がったのはセシリアだ。
「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
どうにも我慢できないといった風で、一夏と一方通行がクラス代表になることを頑なに拒否するセシリア。
「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来たのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」
「ほう、実力から行けば、か。ならば、入試首席の鈴科がクラス代表になっても文句はないな? オルコット」
「……っ! それは! だ、大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」
エキサイトしていくセシリアがそこまで言ったとき、今まで黙していた人物が口を開いた。
「―――そこまで言うンなら、オマエがやればいい。織斑教諭、俺はセシリア・オルコットを推薦する」
「な……ッ!」
絶句するセシリア。思わず一方通行の方を見るが―――そこで、更に愕然とする。肘をついて、こちらを眺める一方通行の瞳に『セシリアは映っていなかった』。
「オルコットは見ての通りやる気に溢れてる。俺がクラス代表になっても雰囲気を悪くするだけだ。なら、オルコットの方が良いクラスを作ってくれる」
その言葉ひとつひとつが、セシリアの胸を抉った。
まるで眼中に無い、といった表情で淡々と自分を褒める一方通行。
(わたくしなどは……戦う必要すらないということですの!?)
その事実を認識してしまったとき、セシリアは思わず叫んでいた。
「決闘ですわ!」
「あン?」
「わたくしとあなたでそれぞれISに乗って戦う。勝った方がクラス代表ですわ!」
「ほう……ISで決着を着けるか、面白い。ならば、それに織斑も加えたバトルロイヤル形式で決めるとしよう」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれよ千冬ね―――ごっ!?」
「アリーナの使用申請は私が出しておいてやる。日時は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。三人はそれぞれ用意をしておくように」
未だに異を唱える一夏を出席簿で沈め、千冬がそう締めくくる。こうなってしまった以上、もう誰にも怒れる乙女は止められないのだろう。
「 ……そうですわね、負けたほうは勝ったほうの望みをなんでも一つ聞く、という条件もつけましょうか。そちらのほうが面白そうですわ」
「はっ、自分に課すペナルティを態々増やすたァ随分な被虐趣味だな。イギリス貴族ってなァ皆そォなのか?」
「っ、口の減らない……!逃げたりしたら承知しませんわよ、鈴科透夜。完膚なきまでに叩き潰して、あなたを私の奴隷にしてさしあげますわ!!」
「……あのー……俺の意見は無視……?」
一夏の声に応えるものは、いなかった。