Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る 作:パラベラム弾
一方通行の中で、何かが吹っ切れていた。
能力が露見する?
他人から恐れられる?
今の生活を失う?
どうだっていい。
そんなことはもう、本当にどうでもいい。
能力が守れるのは自分だけだ。一方通行の周囲が傷付いても、彼には絶対に傷一つつかない。
だから、そんな自分を変えると決めた。
自分だけでなく他人も守ると誓った。
だが、結果はこれだ。
最後の最後で自らの保身を優先して『自分を守った』結果、『周囲にいた』一夏が傷付いた。
同じだ。
学園都市とこちらとで、一方通行の在り方はまるで変わっていなかった。
口先だけなら何とでも言えた。誓うだけなら簡単だった。だが心の奥の『拒まれたくない』という気持ちがブレーキをかけ、彼の判断を鈍らせていた。
自分が傷付くのを拒んだ結果、他人が傷付き倒れていく。ならば、自分が全ての傷を受け入れればいい。この身を犠牲に、他人が受けるはずだった傷まで飲み込んでしまえば、もう何も奪われないはずだ。少なくとも自分の周囲から何かが消えることはないはずだ。
心の奥のブレーキをぶち壊す勢いで溢れ出した激情の奔流が、そのままトリガーとなって一方通行の体を突き動かす。
(やってやる。俺のコトなンざどォだっていい。万人に蔑まれよォと、例えアイツらから拒絶されたって構わねェ!! )
夜叉のエネルギーは残り一割程度だが、一方通行はお構いなしに幻月を起動させる。残りエネルギーとスラスターエネルギー、夜叉が持つ全てのエネルギーを転換した最大威力の幻月が青空を蹂躙した。
夜空を彩る流星のように、破壊の雨が降り注ぐ。
対し、福音はこれを迎え撃つ格好を見せた。光翼を自らの体に巻き付け、勢いよく回転しながら翼を開き、病的なまでに白く輝く光弾を無数に撃ち出す。
威力は互角、弾数は僅差。
ゴゴォォォオオオンッッッ!!!!
高密度のエネルギーがお互いを食い破り、腹の底まで響き渡るような強烈な爆発が大気を揺るがした。
全てのエネルギーを使いきった夜叉から力が失われ、その機体が光へと還る。
だが、
それがなんだというのだ。
一度目を閉じ、頭の中のスイッチを意識的に切り替える。ISを通して劣化させるのではなく、純粋に彼本来の力を振るえるように。
こちら側の科学の結晶がISだと言うのならば、これはあちら側の科学の結晶。忌々しい呪いにも似た、全てを叩き潰す暴虐の象徴。
ベクトル操作能力『
たった一人で軍隊を壊滅させる怪物が。
学園都市最強の
ゴッッッ!!!! と暴風が吹き荒れた。
その正体は、巨大な竜巻だった。周囲を流れる風のベクトルを操り、破壊的な自然災害を容易に作り出した一方通行は、それを己の背へと接続する。竜巻が持つ膨大なエネルギーを、そのまま推進力に変換する。
四本の竜巻を烈風の翼に変えて、一方通行が飛び出した。
対する福音の反応は早かった。先程同様、翼を巻き付け回転しながら放つ全方位同時射撃。無数の青白い光弾が一方通行に殺到する。だが、直撃する寸前でそれらは全て弾かれ見当違いな方向へ飛んでいく。
「―――しゃらくせェ!!」
絶対防御を突き破る攻撃だろうが、『反射』を適用させた彼には届かない。銃弾もレーザーも斬撃も打撃も爆発も放射線も毒ガスも、彼に傷を負わせることなど出来はしない。実際のところ、核ミサイルですら彼の前では無力な花火に成り果てるだろう。
爆発で周囲の酸素が奪われたりすればまた話は別だが、単純な『攻撃力』だけで彼の反射の壁を突破することは叶わない。この能力はあらゆる攻撃を跳ね返す最強の盾となり―――また、有象無象を薙ぎ払う最強の矛となる。
能力の性質上『一方通行』は周囲に何もない状況での戦闘に向いているとは言えない。だが、向いていないことが戦えないこととイコールではないのだ。
弾幕などお構い無しに突き進んだ一方通行が右腕を振るう。風速一二〇メートルにも達する爆風の塊が生み出され、砲弾となって福音を狙う。続けてもう一発、今度は下方に向けて放ち、盛大な水柱を立ち上らせた。
ウォーターカッターというものは、水に研磨剤や微粒子を混ぜたものを高圧で放射して対象を切断する。強力な水鉄砲を間近で受ければ痛みを感じるように、水というものは高い殺傷力を持つ。それと同じことだ。
舞い上がった水滴に向けて、竜巻の翼を振るう。
ドッパァ!!! という轟音が響き、無数の水滴が福音に向けて放たれた。莫大な運動エネルギーを叩き付けられた水滴は、最早ショットガンの連射よりも凶悪だ。当然直撃すれば痛いどころの話ではない。言うなれば、鉄板ですらも穴だらけにする水鉄砲だ。
最初の爆風を下方へと加速して避けた福音が更に加速した。両手両足、計四ヶ所同時着火による瞬時加速だ。そのまま光翼を自分に巻き付けて本体ごと回転を始める。翼の先を前方へ向け、被弾面積を極端に減らした姿はまるで光り輝く弾丸。
巨大なライフル弾のようになった福音が、水の弾幕を突き抜けた。いくら威力があっても、いくら速度があっても水は水。高エネルギーの集合体である光翼と真っ向からぶつかり合えば蒸発してしまう。
システムによって導かれた手段。人の心を介さない故の、最適な方法。だが、人の心を介さない故の弱点も当然持ち合わせていた。
それは、『未知』に対する対応。
眼前の敵に、射撃では効果を与えられないと判断した。そこまではいい。しかし、福音は知るよしもないことだが、その現象を『跳ね返された』と捉えずにただ『効かない』と大雑把に括ってしまったのは失敗だった。
光翼を鋭く尖った形状へ変化させ、一方通行を切り刻むために距離を詰める。一方通行も加速し、真っ正面から福音とぶつかり合った。福音が翼を振るい、一方通行が拳を振るう。
結果は明白だった。
光翼が一方通行の拳に触れた瞬間、ぐにゃりと形を歪ませて爆ぜた。高エネルギーだろうが未知の進化だろうがなんだろうが、その現象の根幹が『科学』に基づいている以上彼に干渉出来ない道理がなかった。
全ての
ゴッキィィィィイイ!!!! という轟音。
流星のような速度で放たれた一方通行の回し蹴りが、翳された腕ごと福音の脇腹に炸裂した。砕け散る装甲。M7クラスの竜巻四本分という莫大な運動エネルギーを一身に受けた福音が、高飛び込みよろしく海面へと叩き込まれた。
◆
花月荘、風花の間。
一際大きな投影型ディスプレイには、監視衛星を通じて撮影されている映像が映し出されていた。無論、現在も数キロ沖合いで戦い続けている一方通行と福音のものだ。
そこには、異常な点が一つだけあった。
異様な進化を遂げ猛威を振るう銀の福音―――ではなく。ISを展開しないまま、その怪物と互角以上に渡り合う白い少年だった。
どういう理屈で何をどうやっているのか、その背中には竜巻のようなものが接続されている。そして、彼の機体『夜叉』の特殊武装、VROSのようにあらゆる攻撃を跳ね返していた。肝心の夜叉は展開されていないのにも関わらず、だ。
しかし、その場にいる誰もがその異常を指摘しない。否、指摘できない。眼前に映し出されている現実離れした光景を脳が処理し終わっていないのか、はたまた単純に触れてはいけない何かを感じているのか。
それでも流石と言うべきか、一番始めに再起動を果たしたのは千冬だった。
「……何だ、アレは」
当然、その問いに答えられるものはいない。
千冬のすぐ側で一方通行のバイタルデータや機体状況をモニタリングしていた真耶も。代表候補生であるセシリアも、鈴音も、シャルロットも、ラウラでさえ答えることは出来なかった。
一方通行の命によって出撃し箒と一夏を回収した専用機持ち達は、当然無断行動を見咎められた。ひとまず一夏に応急処置を施し、千冬から叱責を受けるというところで、一方通行の機体反応が消失したのだ。
もしや撃墜されたのかとデータを見直してみれば、そこには想像の範疇を越える光景があった。
「山田先生……鈴科の機体状況は」
「……………………、えっ!? あっ、は、はい!」
未だに思考が追い付いていない真耶は、千冬の言葉が自分に向けられたものだと気付くまでに数秒の時間を要した。無理もない。千冬自身、何のために真耶に指示を出したのかわかっていないのだから。
「……シールドエネルギー、スラスターエネルギー共に枯渇。絶対防御分のエネルギーも残っていません。現在は全システム休止状態で待機状態に入っています……」
そう報告する真耶も、自分で言っている事と映し出されている映像が合致せずに混乱しているのだろう。そうか、と呟いた千冬は視線をディスプレイに戻して、
「……ISの機能が停止した時にのみ発動する
「……福音との戦闘によって発現したっていう可能性はないの? あんだけの相手なら、戦闘経験値なんてどんだけのもんかわからないわよ」
「あるかもしれんな。だが師匠程の技術を持っていて、今まで発現しなかったというのも妙な話だが……」
「……使わなかったのではなく、使えなかったとしたら話の辻褄は合うかもしれませんわ」
「で、でも、こんなに多彩なことができる能力なんて本当にあるの!? 単一仕様能力って、ひとつの事象に特化したものなんでしょ!?」
自分たちの知る常識の枠に何とか当てはめてみようとするが、どれも正解に辿り着いているとは思えなかった。その中で、唯一核心を突いた答えを導き出した者がいた。
(……では、何か)
織斑千冬。
だが、その答えは自分でさえ信じられないものだった。
(アイツは、一切ISの補助を受けずに
セシリアから聞いたところによると、彼は「絶対に加勢に来るな」と言っていたらしい。だが、これでは逆だ。加勢に行かないのではなく、行きたくても行けない。スケールが違いすぎる。福音も彼も、ISとか常識とかそういう枠をとうに越えてしまっている。
誰もが何をどうしていいかわからないまま、ディスプレイを見守ることしか出来ない中で、千冬は思い当たる。唯一この事態を説明することが出来るのならば、彼女以外に居るまい。
無言で視線をずらしたその先には、一人の天災がいた。
楽しそうに、心の底から楽しそうに、もう楽しくて楽しくて仕方がないといった様子でディスプレイを眺める一人の天災が。
◆
ぶつかり合うたびに海水が爆ぜ、大気が震える。
変化を遂げた福音との戦闘が開始してから十分が経過していた。押しているのは間違いなく一方通行だが、福音を無力化するまでの決定的な一撃が叩き込めていない。
あの機体を、原型を留めないレベルまでグシャグシャに叩き潰すのは然したる労力ではないのだが、中に人が乗っている以上そうはいかない。あくまでも優先順位は『無傷での救出』だ。
何度目かになる激突の後、一度下がって距離を取る。
(……何度も何度も生え変わりやがって。残りエネルギーはどンぐれェだ? チッ、こォいう時にISがありゃあ便利なンだがな)
激突の度に福音の翼を消し飛ばしているのだが、すぐにまた新たな翼が生えてくる。まるでプラナリアだ。当初の予定では、翼を全て消し飛ばした後でシールドエネルギーを削り取るはずだったのだが、こう何度も再生されてはキリがない。
一方通行は自らの右手に視線を落とした。
あの厄介な光翼を無力化出来る方法があるにはあるのだが、上手くいくという確証はなかった。なにしろ、こういう使い方をするのは初めてなのだから。スポーツの試合で、ふと思い付いた技で決勝点を取りにいくのにも等しい。
加えて、大きすぎるリスクが彼の身に降りかかるのだが、その点に関しては全く考えなかった。自己犠牲など今更何をためらう必要があるのか。
ふと、福音が攻撃を仕掛けてこないことに気が付いた。見れば同じように距離を取り、何かを喋っているらしい。怪訝な表情で片眉を吊り上げた一方通行は、音、つまりは空気震動のベクトルを操り福音の音声を拾う。
『―――までの戦闘記録から、現在の武装では高い効果が見込めないと判断し、直接的な攻撃を一時中断。先程の戦術が有効であると判断し、目標の周囲を検索』
「……あァ?」
嫌な予感がする。
先程の戦術。高い回避能力とVROSを駆使する一方通行を、間接的な攻撃で削ろうとした戦術のことか。
つまりは、
『対象名「白式」並びに「紅椿」の機体反応を感知。対象への攻撃が最も効果的だと判断します』
「―――
その音声を聞き取った瞬間、一方通行は全力で福音目掛けて飛び出していた。砲弾のように迫る相手に対し、福音は全く見当違いな方向へ向けて爆発的に飛翔する。情報がなくとも解る、その方向には花月荘が、一夏たちが居る。
躊躇っている暇などない。
相手が此方から意識を外しているのならば好都合だ。
バォ!! という爆音が生じ、一方通行の体が更に加速する。背中の翼を激発させ、花月荘へ向けて飛翔する福音の背に着地―――最早着地というよりは着弾だったが―――する。刹那、見えざる手に叩き落とされたようにガグン、と福音の進行方向がねじ曲げられた。
ベクトルを操り、直下海面へと落下する一方通行はその右手で福音の頭部を掴んだ。目を閉じ意識を集中させ、能力を一点に集約する。
彼が行おうとしていることは単純だった。福音の機能を完全に停止させ、内部の操縦者を無傷で救出するための最適な方法。すなわち、
福音への
ISは操縦者の生体電気信号を受けとることによって各部を稼働させている。それを逆手に取り、能力を用いて内部へ侵入、福音のシステムそのものを停止させようというのだ。
だが、他人の生体電気を操ってISへの干渉を行うなど正気の沙汰ではない。一歩間違えれば操縦者の神経系を根こそぎ使い物にならなくしてしまう上に、複雑に入り組んだ電子の迷宮を突破できるのかもわからない。たった一度の些細なミスが、どれだけの被害に繋がるか想像も出来ない。
しかし、一方通行は臆しない。
仮にも最強を名乗っていたこの自分が、今更その程度のミスを恐れるものか言わんとばかりに。
装甲表面のすぐ下を流れる生体電流の流れを掌握し『向き』を掴む。更にそこから周囲の『流れ』を予測演算し、福音のシステムに侵入。機体全体を稼働させているメインシステムへと辿り着いた。
後はこれをハッキングして、機能を奪ってやればいい。
(……コマンド実行。ハッキング開始!!)
命令を送る。能力を発動させる。稼働データを逆算し、白紙に戻して命令系統をダウンさせるべく、演算領域全てをフル稼働させる。自らを蝕もうとしているものに気が付いたのか、福音の飛翔速度が目に見えて遅くなる。
『警告。機体システムへのハッキングを検知。カウンタープロテクト起動。内部情報の保護並ビに侵入経rノ逆算んンンを開始lyrしまsう』
体内の異物を排除しようとするが、一方通行の演算速度の方が圧倒的に速い。ザァ!! と触手が広がるように、全てのカウンタープロテクトを起動される前に潰し、重要なシステム群を正確に停止させていく。
それでも、未だに解明されていない技術やブラックボックスであるコアの構造が絡む箇所もあるため、予想外に手間を取られる。いつの間にか『反射』を適用させる余力すら無くなり、福音にしがみつくようにしてハッキングを続ける一方通行。
『警告。kkkkけいコく。当機たイはハッキングowをrv受けkhfviozqてiiiii』
壊れた機械のように音声を発するが、それも最早意味のないものへと変わり果てていた。福音の機能が確実に奪われていっている証拠だ。
いける、と確信する。
しかし、
「―――ォ、アッッッ!?!?」
グァ!! と突如視界が激しく入れ替わり、内臓を丸ごとシェイクされるかのような強烈な吐き気が襲った。システムに異常を来した福音が、混乱した命令系統によって暴れ始めたのだ。当然、それにしがみついている一方通行も同じく激しく揺さぶられる。
しかし、現在の一方通行は反射を使えない。
自らを保護するための反射に演算能力を割けば、ハッキング速度が低下し福音が花月荘へと到達してしまう可能性が出てくる。
絶対防御に守られている福音の操縦者と違い、生身の状態でその負荷を受けなければならない。高速で動き回るのではなく、暴れる酔っ払いのような動きだったのが幸いだが、それでも体内をメチャクチャに掻き回されているのだ。能力が無くてはそこらの高校生にも劣る程度の運動能力しか持たない彼が耐えきれるハズがない。
(―――ゥオ、ックソが!! このままじゃ先に俺が潰れちまう。……考えろ。福音の脅威を取り除く方法で、尚且つ俺の意識を最低限繋ぎ止められるレベルの演算領域を確保できる妥協案は)
既に眼球へ送られる血液が足りなくなってきているのか、視界の隅が黒く侵食されていく。そんな視界の中で、彼はあるものに目を留めた。
頭部から生える、危険な輝きを放つ一対の翼に。
(―――福音の主武装兼メインスラスターはこの翼。ならコイツさえ奪っちまえば!!)
福音のメインシステムから武装システムへとハッキングの対象を変更し、余剰演算領域を自らの生命維持へと回す。血流のベクトルを操り、体を押さえ付ける強烈なGによるブラックアウトを防ぐ。生体電流を操り、三半規管と自律神経系の調子を無理矢理正常に戻す。
それでも反射を復活させるまでには至らず、全身を叩く風圧に振り落とされそうになりながらも必死で食らいつく。
その時。
福音が、翼を大きく羽ばたかせた。出力の低下によって逸れそうになっていた軌道を修正するためだろう。一方通行のハッキングによって、その輝きはかなり弱いものになっている。
突然福音が動いたため、それにしがみつく一方通行もバランスを崩してしまう。自分を引き剥がそうとする福音の手から逃れるように位置取っていた場所から、大きく体がはみ出してしまう。
福音の手が彼を捉えた。
ハッとして振り払おうとした瞬間。
湿っぽい音が生じ、二の腕から先が握り潰された。
「ごォァァァァァァアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!?!?」
そのまま、潰れた腕を捻り切るように引き千切られる。千切られた粘土のような傷口から噴水のように鮮血が溢れ出し、福音の装甲を真っ赤に染め上げた。
最早痛みではなく熱さ。
僅かでも気を抜けば気を失ってしまいそうになる程の激痛が脳を灼く。顎が砕けるのではないかと思うほどに歯を食い縛り、使えなくなった左腕の代わりに両足をより強く絡ませ、絶対に振り落とされぬよう体を固定する。
急速に血液が失われたせいか、視界が一気に暗くなる。
ハッキング終了まで残り9秒。
生命維持に回していた演算領域までハッキングに使用する。出血多量に加えて再び襲う過負荷に意識が朦朧とするが、気力で繋ぎ止め演算を加速させる。
(―――頼、む。……間に、あ―――)
ふっ、と。
一方通行の全身から力が失われた。
動力が切れた人形のように福音から滑り落ち、海面へと落下していく。
鬱陶しかったハッキングが止んだことによって、自由になった福音が咆哮を上げる。その機械音声には明確な『怒り』が滲んでいた。落下していく一方通行を始末するべく光翼を向け―――一際強く輝いた瞬間、跡形もなく霧散した。
一方通行が意識を手放すのとコンマ数秒の差で、ハッキングは成功していた。
―――まだだ。
一方通行を追うように海面へと落下していく福音。その腕から僅かな光が零れ、白い少年に向けられる。
『対象を排除します。対象を排除します。対象を排除します。対象を―――』
「―――させるかぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!!!」
刹那。
光刃が閃き、福音の胴を薙いだ。
一条の流星となって駆け抜けたのは、
大型化した四基のウィングスラスターを持つ雪羅は
防ぐ術もなくまともに一撃を食らった福音のバイザーから光が消え、機体が量子に還る。操縦者であろう金髪の女性が虚空に投げ出されるが、続いてやってきた鈴音が危なげなく受け止めた。
それを確認した一夏は下へ視線を向け、目に入った光景に激しく歯噛みする。
涙を流しながら呼び掛けるセシリアの腕には、全身を赤く染めた少年が抱かれている。あるはずの
午前十一時五十七分―――
後に『福音事件』と呼ばれるこの騒動は、一人の少年の犠牲と共にその幕を下ろしたのだった。