Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る 作:パラベラム弾
白と妹、時々姉と -The noisy day of a quiet girl-
八月。
ほとんどの学校が夏休みに入り、学生たちが其々やりたいことに精を出す時期だ。趣味に没頭する者、部活に打ち込む者、遠出をする者、怠惰に過ごす者、勉学に励む者、アルバイトをする者、友人と思い出を作る者。
普段出来ないようなことをしてみたり、普段行けないような場所へ行ってみたり。学生にとって、学校生活での大きな楽しみの一つだろう。勿論、長期休暇には必ず付いてくる宿題という難敵に苦しめられる学生が多いことも想像に難くない。
IS学園は八月から遅めの夏休みに入るのだが、夏休みが始まって一週間程度、学園内がかなり閑散とする。というのも、IS学園には外国籍の生徒が多く、長期休暇は母国へ帰省して家族なり友人なりに会いに行く、という生徒が大半だからだ。日本国内ならば週末や連休で顔を出せるが、ヨーロッパやアメリカ等はそうもいかない。
とはいえ。
そういった事には無縁の生徒もいる。
がらんとしたIS整備室で、
色々と特殊な身である彼には、帰属する国家も帰るべき家もない。彼の戸籍だって束が適当に偽造したものだし、彼と『夜叉』は事実上無国籍だ。いつか何とかしなければならないと思っているものの、これといって良い案もないのでも問題を先送りにしていた。
展開されたホロディスプレイが、文字と数字の羅列を滝のような速度でスクロールさせている。それを見ながら、一方通行はかれこれ数時間キーボードを叩き続けていた。
思い出すのは、先日の一件。
軍用IS『
事件を引き起こした人物は既に判明している。
だが、この事件自体表沙汰にできるものではないし、それを公表したところで何の解決にもならない。その人物を犯人だと言える証拠も一方通行の脳内にしか無いのだからどうしようもなかった。
そんな彼は今、夜叉の防衛システムの見直しを行っていた。
ファイアウォール並の強度を誇る福音の防衛システムを軽々と突破する相手から、堂々と『ちょっかいかけますよ』と宣言されて暢気にしていられるはずがない。隅から隅まで機体を調べ上げ、バックドアやウィルスプログラム等、何か仕込まれているものが無いか念入りにチェックしていく。
最後に機体制御を奪われぬように強固なプロテクトを幾重にも組めば終了だ。万一プロテクトが突破されるようなことがあれば、彼自身が能力を用いて対応すれば良い。
長時間に及ぶ作業が終わり、椅子に深く背を預けて息を吐く。凝り固まった体をゴキゴキと鳴らしていると、ふと違和感を感じて動きを止めた。どうやら、室内の温度がかなり上昇しているらしかった。
それでも一方通行は汗のひとつもかいていない。作業に没頭するあまり、無意識のうちに反射を適用させていたらしい。ホロディスプレイを消し、椅子から立ち上がって出口へと向かう。
(熱量反射が働いてるって事ァ、相当暑ィなこりゃ。冷房の故障か? オイオイ、サウナじゃねェンだからよォ)
◇
不意に、目眩のようなものを覚えた。
流石に疲労が溜まってきたのだろうか。
キーボードを叩く手を休め、目元を揉みほぐす。
集中していたせいか、冷房が切れていたことにも気が付かなかった。吹き出た汗で、下着までぐっしょりと濡れていて気持ちが悪い。心なしか、体の倦怠感もある。
だが、休んでいるわけにはいかない。
一刻も早くこの機体を完成させなければ、到底姉には追い付けない。
(……それに、あの人だって一人で……)
冷たいシャワーでも浴びてすっきりしようと、ホロディスプレイを消して立ち上がり、道具を片付けようと歩き出す。
瞬間、ぐにゃりと視界が歪んだ。
(……あ、れ?)
もう一度目を擦ってみても視界の歪みは戻らない。それどころか、ぐるぐるぐるぐると回り始めたような錯覚まで覚えた。平衡感覚が崩れて、足元が覚束ない。立っていることもできず、気が付けば仰向けに倒れこもうとしていた。
しかし、次に感じたのは固い床の感触ではなく、ひんやりとした誰かの手。
すうっと遠退いていく意識の中、閉ざされていく視界に、白い髪と赤い瞳が映り込んだような気がした。
◇
倒れ込んできた生徒を受け止めた一方通行は、手早く生徒の状態を確認する。確か楯無の妹だったはずだが、意識を失っているようでぐったりと力が抜けた体は制服越しでもわかるほどの熱を持っていた。額に手を当て、能力を用いた簡易的なバイタルチェックを行う。
(自律神経の変調。体温調節機能の低下。体温の異常な上昇。過発汗による脱水症状。脳への血流低下による意識障害―――熱失神と熱疲労の併発。……結構やべェな)
熱中症には四つのタイプがあり、どれも放っておくと命に関わる危険性がある。早急な手当が必要になるのだが、医務室まではそれなりに距離がある。彼女をそこまで運ぶ間に、症状が悪化しないとも限らない。
少しだけ考えた一方通行は、周囲を見渡して誰もいないことを確認すると、再び能力を発動させる。電気信号を操って血管を収縮させ、脳への血流をゆっくりと回復させていく。ひとまずはこれで応急処置になる。
(後は水分と塩分の補給、それと冷所での休息か)
意識を失った人間というのは重心の管理が全く出来ないため、意識のある人間に比べてかなり重く感じる。細身の少女だとしても、大の大人がなんとか運べるくらいだ。
とはいえ、一方通行には関係ない。
膝裏と背中に手を差し入れると能力を発動。少女を軽々と持ち上げた一方通行はサウナ状態の整備室を後にした。
◆
「ふうっ……」
よく冷えたスポーツドリンクを一気に半分ほど干した楯無は、いつもより気だるげな表情で息を吐いた。
彼女はつい先程まで生徒会室に缶詰め状態で書類の山と格闘しており、やっと一段落ついたところであった。空腹を訴える腹を満たすために食堂へ向かっている最中なのだが、この後も午前に引き続いての後半戦が待ち構えていると思うと脱走したくなる。
だがそれをやってしまうとお付きの少女が修羅と化し、次に顔を会わせたら最後、デキル従者の有り難い御説教コース~夏の二時間スペシャル~(ノーカット版)が待っている。しかも上映中はずっと正座というオプション付き。もちろんポップコーンは無しだ。
(うーん……気分転換に、透夜くんでもからかいに行こうかしら)
ペットボトルを弄びながら、とある少年の顔を思い浮かべる。無表情というか仏頂面というか、不機嫌そうな表情がデフォルトな白い少年。付け加えておくが、彼が不機嫌になる理由は大体楯無のせいである。
書類仕事で溜まったストレスを発散するため、ひとまず食事を摂ったら少年を探そうと思いながら廊下を曲がった瞬間、楯無の思考が止まった。
二十メートル程前方に、件の少年が歩いていた。
それは別にいい。
問題は、彼が両手に抱えている一人の少女だ。
その少女が楯無の知っている人物であったなら嬉々として後を追いかけたのだろうが、少年に抱えられている少女が予想外すぎる人物だった。
己と同じ水色の髪。後ろからではそれだけしか見えなかったが、見間違えるはずはない。学園内にその髪を持つ者は楯無ともう一人しかいないのだから。
楯無の最愛の妹、
そして今まさに、少年は意識を失っているらしい妹を抱えて部屋の中へと入っていくところであった。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………、」
バキャボパッ、とペットボトルが爆散した。
◆
(……、誰も居ねェのか?)
楯無の妹を抱えて保健室にやってきた一方通行だが、室内に人の気配は無かった。腕の中の少女は保健医の
面倒臭そうに舌打ちを一つすると、備え付けられているベッドに少女を寝かせて楽な姿勢をとらせ、改めて状態を確認する。体温は高くなっているが汗は出ているので熱射病ではない。意識が回復し次第スポーツドリンクか経口補水液を飲ませればいい。
だが、少女の制服は汗でぐっしょりと濡れている。本当なら着替えさせた方が良いのだが、流石にそれは不味いだろうということで却下。衣服を緩めて汗を拭き取るぐらいに留めておくことにした。引き出しを漁ってタオルを引っ張り出し、制服の襟元を緩めるため手をかけようとしたところでふと思い直す。
(……、何で俺がこンなコトやってンだ?)
熱中症で早急な手当が必要とはいえ、誰か他の人間を呼べば良かっただけなのではないか? 夏休みといっても教師はいるし、千冬か真耶でも呼べばいいだけだ。それこそ、実姉の楯無にでも連絡を入れれば直ぐに駆け付けるのではないか?
どうにも、こちらに来てからはお節介が過ぎるようになっている気がする。
そんな自分の変化に若干辟易―――
「とう、や、くん? 何、してるの……?」
「―――あ?」
彼の背後。
振り向けば、保健室の入り口に楯無が立っていた。
この世の終わりを目にしたかのような表情で立ち尽くす彼女の視線を辿ってみれば、自分の手元。
―――ベッドに横たわる少女の服を脱がそうとしているように見えなくもない。
実際は寸前で止まっているのだが、第三者から見てどう思われるかなど考えるまでもないだろう。
どうやら神は、一方通行のことが嫌いらしい。
「……………………、一つ、言っとくけどよ」
「ええ、遺言ぐらいは聞いてあげるわ」
額にビキビキと青筋を立てた楯無が無表情でそう言う。なるべく彼女の誤解を招かず、それでいて怒りに油を注がないような言葉を探す。学園都市最高の頭脳をフル回転させて導き出した最適な答えは、
「……オマエの妹に興奮なンかしねェからな?」
「銃殺殴殺刺殺。好きな死に方を選びなさい」
何故か楯無が笑顔になった。
しかもその手にはいつの間にか巨大なランスが握られている。右手のISアーマーも既に展開済みだ。臨戦態勢に移行した楯無は、ともすればこのまま戦闘を始めそうな勢いだった。
「テメェ仮にも生徒会長だろォが!! 平然と規則違反かましてンじゃねェぞボケ!!」
「うるさいわね!! 白昼堂々女生徒に襲いかかる透夜くんに言われたくないわよ!! あまつさえ簪ちゃんに魅力が無いですって!?」
「一言も言ってねェよ!! テメェの耳はただの飾りか!? オマエも妹と同じよォに暑さで頭やられてンじゃねェだろォな!?」
話を聞かない楯無に対して段々と苛立ちの混じってきた一方通行の叫びに、楯無の動きが止まる。
「…………、え?」
「だからオマエの妹が熱中症になってるっつってンだ!! ちったァ人の話を聞きやがれ!! 本格的に頭の整備した方が良いンじゃねェか!?」
ようやくまともに会話が出来るようになった楯無に、いつもより八割増しで不機嫌な一方通行がこれまでの一連の流れを説明していく。整備室で簪が倒れたこと、ここまで運んできたこと、誰も居ないので仕方なく処置を施していたこと。
全てを聞き終わった楯無は一つ頷くと、
「話はわかったわ。後は私に任せてちょうだい」
「……何をクソ真面目な顔で無かったことにしよォとしてやがンだテメェ。磨り潰すぞ。大体あンなンでピーピー喚くなら医者はどォなンですかって話だ」
小心者なら気絶してしまいそうな顔と声音で続ける一方通行。流石にやりすぎたかと冷や汗を流す楯無は、『反省』の文字が書かれた扇子を取り出してパタパタと仰ぐ。
「ご、ごめんなさい。おねーさん、ちょーっと調子に乗りすぎちゃったわね、うん。反省反省」
「…………チッ」
「……その、透夜くん」
「あァ?」
申し訳なさそうにちらちらと視線を向ける楯無。さっさと戻って何だかんだで食べ損ねた昼食を摂りたい一方通行は億劫そうに返事を返す。瞬間、楯無の腹から小さく空腹を訴える音が響いた。彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめて、
「私の分のお昼ご飯も、持ってきてくれない?」
ブチィッ!!
「……っつーかよォ」
何かが勢いよく千切れる音が響き、一方通行がゆらりと立ち上がった。そのまま無言で楯無の眼前へと歩いていき、ばっくりと引き裂いたような笑顔を浮かべた。勿論瞳は全く笑っていない。
「どっかのバカの妹が熱中症でぶっ倒れて、命に関わるかもしんねェっつーから仕方なく保健室まで運ンできてみりゃあよォ、一体何だァこりゃ? せっかく人がらしくもねェ善意で人命救助ってのをしてみたっつーのによォ。大体、何がハイテク技術の塊だっつーの。故障なンぞ起こす冷房そのままにしときやがって」
「と、透夜くん?」
「ンで、せっかくここまでやってきて、よォやく面倒事も終わりかと思ってみりゃあよォ……何だァこの馬鹿みてェな三下は!? オマエは俺を本気でナメてンのか!? こンなコトなら助けるンじゃなかったぜ最初っから言えよ待ってンのはお礼の言葉じゃなくてポンコツオネエサマの我が儘ですってよォ!!」
臨界点を突破した怒りによって言動がぶっ飛んでいる。いつもの冷静な姿など欠片も見当たらなかった。
白狂する彼に対して楯無は両手を合わせ、小首を傾げて可愛らしく微笑んだ。
「……や、優しくしてね?」
昼下がりの保健室に、鈍い音が連続した。
◆
「……、ぅ、ん……」
「あら、起きた?」
「……八意、先生?」
整備室にいたはずの自分がいつの間にか保健室に寝かされていることに首を傾げる簪。そうしているうちに、八意からスポーツドリンクを手渡された。
「軽い熱中症みたいね。幸い症状はそこまで酷くなかったけど、ちゃんと水分と塩分は補給しなくちゃダメよ?」
「……はい。その……誰が、私をここまで……?」
簪の問いに、八意は困ったように頬に手を当てた。
「それがね、私がちょっと用事で保健室を空けて、帰ってきたら貴女たち二人がベッドに寝かされてたのよ。まさかあんな短時間で二人も来るなんて思わなかったわぁ」
二人……? と簪が隣のベッドに視線をやると、そこには自分と同じ髪色の女性が横たわっていた。うなされているのか、時折呻き声を上げては頭部を庇うようにもぞもぞと蠢いている。
「……待って透夜くん、落ち着いてぇ……、簪ちゃんは渡さないぃ……」
「……………………、」
姉の奇行からそっと目を逸らし、スポーツドリンクを口に含む。甘じょっぱい味が口内に広がり、疲れていた体にじんわりと栄養が浸透していくようだ。一息ついた簪はベッドから立ち上がる。
「もう動いて大丈夫なの?」
「はい。……ありがとうございました」
「ええ、御大事にね」
わずかな倦怠感を感じるものの、部屋に戻ってゆっくり休めば体調も良くなるだろう。それに、身体中がべたべたとしていて気持ちが悪い。今度こそシャワーを浴びてすっきりしようと思っていた矢先だった。
廊下の曲がり角で、あの白い少年と鉢合わせた。
白い髪の向こうから、鋭い赤い瞳がこちらを覗いている。自分のものとも姉のものとも違う、血のように深くルビーのように鮮やかな赤色。このまま見詰めていれば、ふっと吸い込まれてしまいそうな不思議な輝きを放っていた。
低く穏やかなテノールが耳に届く。
「……、オマエの姉だけどよォ」
「……っ」
姉、という言葉に身体を強張らせる簪。
その言葉は彼女にとって良くも悪くも大きな意味を持っていた。この少年が何をしたと言うわけではない。ほとんど会話を交わしたこともないのだから、姉と比べられるということもない。しかし、過去に何度も何度も言われた言葉が脳内を過り、彼女を否応なしに俯かせる。
だが―――
「あのポンコツ思考は一体どォなってやがンだ? オマエ妹なンだろ? アイツになンか言ってくれよ。生徒会長がトチ狂ってるせいで下級生が大迷惑してますってな」
「……、え?」
「それとオマエ、次ぶっ倒れたらそのまま転がしとくからな。あンな面倒二度とゴメンだぜ」
ったく姉妹揃ってメンドクセェ、と呆れたように溜め息を吐いて、白い少年はスタスタと歩いていってしまった。あの完璧な姉をポンコツ呼ばわりしたことの衝撃も手伝って、ポカンとしたままその後ろ姿を眺めていた簪だが、やがてとあるワードを脳内で反芻する。
『姉妹揃って』、と言っていた。
褒められたわけでもなく、あの少年は単純に呆れてそう言ったのだろうが、簪にはそれが嬉しかった。内容はどうあれ、あの姉と同列に見てくれたことが何より嬉しかった。
表情の乏しい顔に僅かな喜色を滲ませたところで、ふと気付く。意識を失う直前映り込んだ白。あれはもしや―――
(…………お礼、言わなきゃ……)
歩き出した少女の足取りは軽い。
少年が、自分が放った何気無い一言が少女の救いになったと知るのはまだまだ先。男子の部屋を訪ねたはいいが、緊張してしまって上手く話せなかった少女が赤面するのは、それから二分後のことである。
―――八月の、暑い暑い日の出来事だった。
こんな感じで、ISのノリに近い日常系です。
題名は禁書っぽくしてみました。
テーマとしてはリクエストをいただいた『簪との絡み(楯無含めた修羅場あり)』『一方通行のプログラミングスキルの高さ』です。
まだまだリクエスト募集中ですのでドシドシ活動報告にコメントお願いします。
……それはそうと、皆さんセシリア大好きですね(笑)