Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る 作:パラベラム弾
一話
爆音と共に、両肩の非固定浮遊武装から不可視の弾丸が立て続けに放たれる。紙一重で避けていくものの、雪片弐型の間合いまで接近することができない。
「―――っ、くそ! 」
「はんっ! 次に来る攻撃が分かってるならいくらでも対処のしようはあるわ! 当たらなければなんとやら、ってやつよ!」
福音との戦闘を経た白式は二次移行を遂げているが、それが一概にメリットばかりであるとは言い切れなかった。
まず第一に、大型ウィングスラスターが四基に増設されたことによる燃費の大幅な悪化。自らのエネルギーを転換して発動する零落白夜の仕様もあって、元々コストパフォーマンスが良いとは言えなかった白式だが、更にエネルギー消費が激しくなっている。
第二の問題として、新たに追加された
第三に、遠距離武装の大型荷電粒子砲の使い勝手が非常に悪かった。撃つためにはチャージ時間を要し、その間は他の操作をすることが出来ない上に、連射速度も決して良いとは言えない。一分に五発撃てれば上出来だが、それだけでエネルギーはごっそりと持っていかれる。
全てにおいて『燃費が悪すぎる』という大きな問題点を抱えた白式は、とかく持久戦に弱い。よって、安定性と燃費を第一に設計された甲龍とはすこぶる相性が悪かった。距離を詰めようとすれば衝撃砲で接近を阻まれ、退こうとすれば双天牙月による高速斬撃の嵐が放たれる。代表候補生である鈴音は、一夏のようなインファイターが最も嫌う戦い方を熟知していた。
「確かに機体は強くなったみたいだけど……あんたにはまだまだ経験が足りてないわね!!」
「ぐぅ、おおおおおッ!!」
斬撃、衝撃砲、蹴り、斬撃、斬撃、衝撃砲―――。
双天牙月の肉厚の刃から放たれる重い一撃を耐えれば即座に蹴りが飛び、それをブロックすれば今度は衝撃砲の連射がシールドを削りにかかる。じわじわと減っていくシールドエネルギーの数値を横目に捉えた一夏が歯噛みした瞬間、今まさに打ち合わせようとしていた双天牙月が量子に還る。
「なっ!?」
「代表候補生舐めんじゃないわよ!!」
パリィが空振りに終わり、体勢を崩した一夏に隙が生まれる。それを見逃さずに素早く一夏の懐に飛び込んだ鈴音の掌底が、装甲に守られていない一夏の腹部に深々と突き刺さった。
絶対防御が発動し、シールドエネルギーが大きく減少する。掌底の衝撃が絶対防御を通り抜け、腹部に走る鈍い痛みに顔を歪めた。一夏が反撃の一撃を見舞うよりも早く、腕部衝撃砲『崩拳』が白式のシールドエネルギーを食らい尽くす。
鳴り響く試合終了のブザー。
悔しそうに眉を寄せる一夏とは対照的に、鈴音は満足そうに腕を組んでニヤリと笑うのだった。
◆
長いようで短いような夏休みも終わりを迎え、再び授業に精を出す毎日がやってきた。二学期最初の実践訓練は、一組二組の合同練習で幕を開けていた。
午前中の授業が終わり、腹を空かせた生徒たちで賑わう食堂の一角。海を一望できる大窓の近くで、且つ直射日光が当たりにくい席。特に決まっているわけではないが、一方通行は空いていれば基本的にそこへ座る。そして彼を慕うセシリアとラウラが彼に続き、貴重な男付き合いを逃したくない一夏が加わり、そんな一夏の隣の座席を狙って箒と鈴音とシャルロットがしのぎを削る。
所謂『いつもの面子』というやつだ。
「だー……くそ、なんで勝てないんだ……?」
「あれだけエネルギーを食う装備をポンポン使いまくってたらそりゃ勝てないでしょ。ただでさえ燃費悪いんだから、ちょっとはペース配分ってのを考えなさいよ」
「ぐぬ……」
前半戦・後半戦共に鈴音に敗北を喫した一夏は、不満そうに唸りながら昼食の鯖味噌煮を白米と一緒にかきこんだ。柔らかい身に濃厚な赤味噌が絡まり、鯖の脂がそこに極上の旨味を加える。ふっくらと炊かれ艶々と輝く白米と共に噛み締めれば、お互いの味が渾然一体となってえもいわれぬ多幸感が胃袋を満たした。
様々な国籍の生徒が集うIS学園は、流石と言うべきか料理の国籍もかなりのものだ。和洋中はもちろん、フランスやイタリア、ドイツ、メキシコ、フィリピンやオーストラリアと大小様々な国の有名料理や伝統料理を味わうことができる。
「ラウラ、それ……えーと、なんていう料理だっけ」
「シュニッツェル。仔牛のカツレツだな」
「そう、シュニッツェル。一口貰ってもいい?」
「構わんぞ。そら」
切り分けられたシュニッツェルを頬張るシャルロット。もぐもぐと咀嚼して味わっていたが、やがてその顔が幸せそうに緩んだ。
ドイツと言えばソーセージもしくはジャガイモをイメージしがちだが、その影に隠れた美味な料理は多い。
挽き肉とほうれん草、玉ねぎ等の野菜をパスタ生地で包んだものをスープで煮込んだマウルタッシェ。白アスパラに卵黄・レモン・バターのソースをかけたシュパーゲル。チーズの代わりにサワークリームであっさりと仕上げたドイツのピザ、フラムクーヘン。余談だが、『クーヘン』はドイツ語でケーキを指している。
他にも、数あるソーセージの中でもドイツ国民に最も愛されているニュルンベルクソーセージや、スープというよりシチューに似ている、ジャガイモをたっぷりと使ったコクのあるカトッフェルズッペ。
「いくつかはここの食堂にもあったはずだ。一度食べてみるといい。ドイツの料理はどれも絶品だからな」
祖国の料理が褒められて満更でもないのか、胸を張って自慢気にそう締めくくるラウラ。そんな彼女の話に興味を惹かれたのか、すぐさま女子たちの料理談義が始まった。
「ふむ、ドイツ料理か。だが、やはり日本に来たなら和食だろう。あの繊細で深い味わいは和食ならではのものだ」
日本料理代表・篠ノ之箒。
大和撫子を体現したようなこの少女はやはり、幼少から慣れ親しんできた味を推した。しっかりと考えられた栄養バランス、季節の野菜や旬の食材をふんだんに使った彩り豊かな料理は世界にも人気が高い。
出汁ひとつとってみても、鰹、昆布、椎茸、いりこ、あご、野菜等々。『美味しい食材に美味しい調味料を使えば美味しい料理が出来る』という考えではなく、過度な味付けをせず、素材の味を十二分に引き出して味わう日本食は「引き算の料理」と表される程だ。
「ちょーっと待ちなさい。料理って言ったら、中国無しには語れないわよ? 四千年の歴史は伊達じゃないんだから!」
中国料理代表・凰鈴音。
世界三大料理に数えられる中国料理、すなわち中華は地域によって様々な料理がある。濃い味で塩辛めの北京料理、香辛料を多く使う四川料理、薄味で素材の味を生かした広東料理、甘味が強めの上海料理と大雑把に括っても四つに別れる。
調理方法も多様で、炒め方だけでも十種類近く、そこへ調味料を加えて変化を出せばその数は百を越える。それが更に地域に適したものへと細分化し、結果として何万という数の料理が作り出された。
かつて国内が無数に分裂していた事とも関わりがあるため、正に料理が国の歴史を表していると言っても過言ではない。
「えっと、じゃあ、はい! 中国には負けちゃうけど、フランス料理にもいろいろ系統があるんだよ?」
フランス料理代表、シャルロット・デュノア。
元は宮廷料理として発達したフランス料理は、様々な種類のソースが特徴だ。そう聞くと高級で手が出しにくいと思われがちだが、気候や名産品の特色を生かした郷土料理も多い。
家庭料理の代表とも言えるポトフや、トマトやオリーブオイルを多く使うプロヴァンス料理、バターや生クリーム、リンゴ等を使うノルマンディー料理、ブッフ・ブルギニョン(牛肉の赤ワイン煮込み)で有名なブルゴーニュ料理。
バゲットやパン・オ・セグル、パン・ド・カンパーニュ、パン・コンプレ等といった、所謂『フランスパン』も有名だろう。
「わたくしの祖国ことイギリスは―――」
「座っていろセシリア。
「扱いが酷くありません!?」
待っていたとばかりに立ち上がりかけ、ラウラの痛烈な突っ込みによって涙目になっているのはイギリス料理代表・セシリア・オルコット。
「み、皆さんイギリスのお料理をバカにしますけれど、美味しいお料理だってたくさんあるんですのよ!?」
そもそも、『イギリスの料理がマズい』という風潮が広まったのはかつての上流貴族達が原因である。
十六世紀中頃、宗教改革に伴って現れた支配層、所謂『ジェントルマン』達は自分達と下層民との違いを示すために様々な定義を定めた。その中の一つに『暴飲暴食はせず、質素な食事をすべし』というものがある。支配層が食に関心を持たなければ、その文化が発展しないのは当然だ。
そして十八世紀、産業革命が起こり農村に住んでいた人々の殆どが都市部へ移住した。それによって、辛うじて伝えられてきた民衆の伝統料理すら断絶してしまったのだ。
がしかし、それも過去の話。
イギリスに行ったら必ず食べろと言われるイングリッシュ・ブレックファストをはじめ、挽き肉を包んだミートパイ、ゆで卵を挽き肉で包んで揚げたスコッチエッグ、サーモンやクリームチーズ、ハムや卵を挟んで食べるイングリッシュマフィンサンド、産業革命時の民衆を支えたフィッシュ&チップス等々。
「英国の料理が美味しくないというのは昔の話であって、今はそこまで酷くはありませんっ!! ですから料理の話題で村八分にするのはやめてくださいませんこと!? わたくし泣きますわよ!?」
既に半泣きである。
「冗談だ、そう腹を立てるな。ほら、私のシュニッツェルをやろう」
「あたしの麻婆豆腐あげるから元気出しなさい」
「半分やろう、青魚は健康に良いからな」
「僕のカルボナーラもあげるね。はい」
「バカにしてますわね? 皆さんわたくしをバカにしてますわね? 上等ですわ受けて立ちますわ一発で眉間を撃ち抜いて差し上げますから今すぐそこへ直りなさぁぁああいっ!!」
「なぁ鈴科、エネルギー消費を抑えるコツとかないのか? このままだと午後も悲惨なことになりそうだ」
わいわいと盛り上がる女子達を尻目に分厚いステーキを食べていた一方通行に、一夏がそう訊ねた。白式ほどではないにせよ、夜叉の燃費もあまり良いとは言えない。それでも白星を重ね続けているこの少年からなにかを聞き出せれば、と考えてのことだ。
問いを受けて、咀嚼していたステーキをごくりと飲み込んだ一方通行が気だるそうに口を開いた。
「消費を抑えたかったらまずは立ち回りを変えるこったな。オマエは回避に無駄なエネルギーを割きすぎだ。対狙撃制動を覚えりゃ消費は減るし、瞬時加速を使わねェ離脱の方法もある」
「立ち回り、か」
「ンでもって、命中率ゼロのその荷電粒子砲は使うな。余計なエネルギー消費が増えるだけだ。そンなら全部スラスターに回した方が得策だ」
「なるほど……サンキュー鈴科! よし、午後は絶対勝ってやるぞ!」
気合い十分といった体で食事を再開する一夏と、未だにドタバタと騒ぐ女子達、そしてそれを眺めながらコーヒーをすする一方通行。まだまだ残暑が厳しい九月の昼下がりは、のどかに平和に過ぎていくのだった。
◆
「……、ふぅ……」
制服に着替え、ロッカーの扉を閉めたセシリアの唇から物憂げなため息が小さく漏れた。
午後の実習は軽い空中制動訓練と併せての模擬戦だったのだが、その成果が彼女にとって満足のいくものではなかったのだ。
対戦相手に選ばれた一夏の白式は、セシリアのブルー・ティアーズにとって天敵と言っても過言ではない程に相性が悪い。何せ、武装の九割がエネルギー兵器の機体とすべてのエネルギーを消し去る機体だ。仮にブルー・ティアーズのレーザー出力を百倍まで引き上げたとしても、霞衣を突破することは叶わないだろう。
早々に火力勝負に見切りをつけたセシリアは、自ら隙を晒すことで一夏に零落白夜を使わせ、エネルギー切れを誘った。だがこれでは『試合に勝って勝負に負ける』というもの。
勝ちは勝ちだ。それは変わらない。
だが、そんな勝利で喜べるほどセシリアのプライドは安くなかった。自らの実力で、相手を正面から打ち倒さなければ意味がないのだ。機体の相性を抜きにしても、つい数ヵ月前までド素人だった一夏に苦戦するようでは笑い話にもならない。一夏のことを見下しているわけではないが、それでも―――そんな思いがセシリアの心を覆っていた。
現在の模擬戦スコアは、上から透夜、ラウラ、シャルロット、鈴音とセシリアが拮抗しており、最後に一夏と箒。第四世代という超スペックの機体を持つ箒が最下位なのは、やはり実践経験が圧倒的に足りていなかったのが原因だ。
呼び出した機体データに表示されている『BT稼働率38%』の文字を見て、再び小さなため息が出る。
(何が足りないのでしょう……? イメージ? 機体への信頼? 自信? 経験? センス? 技術? 実力?)
機動面に関しては、自分が師事する少年に指導してもらい格段に成長した。だが、BT兵器に関してはセシリアの問題だ。あの少年の手は借りられない―――否、借りるわけにはいかない。
そこを他人に頼ってしまっては、セシリアがこの機体に乗る意味が無くなってしまう。今までの積み重ねを塵に還すのと何ら変わらない。それだけはできない。やりきれない気持ちを押し殺すように、拳を小さく握り締めた。
「何をしている? 皆既に教室へ戻っているぞ」
かけられた声に振り向くと、怪訝そうな表情のラウラがこちらへ向かって歩いてくるところだった。考え事に没頭していたせいか、既に更衣室は閑散としており残っているのもずっと駄弁っていた数人だけだ。だが彼女たちも、よく通るラウラの声に慌てて出口へ向かっていく。
「……そういうラウラさんは何故ここに?」
ふ、と手の力を抜きながら、平静を装ってそう訊ねた。
「私としたことが忘れ物をしてしまってな」
言いながらラウラは自分のロッカーを開き、何やら一枚の紙切れのようなものを取り出すと大事そうに懐へ仕舞い込む。そうして、横目でちらりとセシリアを見てから扉を閉めた。
「セシリア」
名前を呼ばれ、顔を上げた瞬間セシリアの額に何か固いものが割と洒落にならない速度で直撃した。鈍い音が響き、一拍遅れてやってきた鈍痛に額を抑えてうずくまる。ぷるぷると震え、じわっと涙まで滲んできた視界にころりと転がる円形の何か。
―――ドイツ軍の
「なぁにを考えているんですのぉぉっ!! 事と次第によってはブルー・ティアーズで蜂の巣にされても文句は言わせませんわよ!?」
キレた。
普段は温厚なセシリアも流石にキレた。そもそも何の脈略も無しに顔面シュークリームならぬ顔面レーションを食らって笑顔のままだったら逆に恐ろしい。勢いよく起き上がったセシリアは早足でラウラに歩み寄ると、その端整な顔を痛みと怒りに歪めて詰め寄った。
当のラウラはセシリアの剣幕に全く怯むこともなく、
「ふむ。私の睨んだ通りだな」
「何が―――!」
「そうやっている方がお前らしい」
はっ、と。
その一言で、熱されていた頭が急速に冷えていくのを感じた。確かに、この少女が理由もなくあんなことをするとは思えない。では―――
「……まさか、わたくしを元気づけようと……?」
セシリアの問いに、ラウラはニヤリと笑って答えた。
「言葉での慰め方など私は知らんからな。だが、効果はあっただろう? 荒療治、というやつだ。辛気臭い面を見せていないで、いつものように振る舞うがいいさ」
友人の不器用な優しさに、心が暖かくなるのと同時に頭の中の靄がすっきりと晴れていくような感覚を得た。
そうだ。
いつまでもぐだぐだ悩むなんて、全くもって自分らしくない。いつだって『自分なら出来る』と信じてやってきた。このセシリア・オルコットに出来ないことはないと、様々な困難を乗り越えてきた。ならば今回も、どうして乗り越えられないことがあろうか。
「ラウラさん……感謝しますわ」
「なに、礼など要らんさ。……では、私は先に戻っているぞ」
銀髪を靡かせ、軍靴の音も高らかに更衣室の出口へ向かうラウラ。その後ろ姿を見送りながら、セシリアは足元に転がっていたレーションを拾ってゆっくりと振りかぶった。
ラウラの慰めは純粋に嬉しかった。だが―――
「それとこれとは話が別ですわぁぁぁぁああああ!!!」
更衣室に、再度鈍い音が響き渡った。