Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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十一話

放課後。

 

昼休みの宣言通り第四アリーナの借用申請を済ませた鈴音は、更衣室に向かうべく一人歩を進めていた。小柄な体躯が揺れる度に、栗色のツインテールが遅れて靡く。半自動的に足を動かしながらも、彼女の思考は別の場所にあった。

 

あの日学園を襲った正体不明のIS。青紫の機体も暗灰色の機体も、並の操縦者とは一線を画した操縦技術と戦闘技術を有していた。代表候補生として血反吐を吐くような鍛錬を積んできた自分達でさえ、束にならねば到底太刀打ちできないような強さ。

 

暗灰色のIS『アッシュ』は、鈴音と箒の二人で。青紫色のIS『サイレント・ゼフィルス』―――最重要機密であることを固く念押しされた上で、セシリアがその名を打ち明けてくれた―――は、楯無とセシリア、シャルロットの三人で。それだけの戦力を並べても、撃退するのが精一杯だった。

 

人数配分だけで見れば、三人を相手取ったゼフィルスが一番の驚異になるだろう。しかし、一夏とラウラを守りながらの戦闘に加えて、セシリアの不調。機体の相性もあまり良くはない。そんな悪条件が重なった中で、撃退にまで漕ぎ着けた楯無達の技量をこそ賞賛すべきだろう。だが―――

 

(……問題なのは、アッシュとかいうISに乗ってた奴)

 

鈴音の甲龍も箒の紅椿も、射撃武装を搭載しているがベースは近距離型。細かく言うなら紅椿は全距離対応型だが、乗っている箒自身がインファイターなのでこちらも近距離型となる。そしてアッシュも、見た限りでは近距離戦闘がメインだった。牽制のダガーがあるくらいで、目に見える遠距離武装は積んでいなかったはずだ。

 

主となる武装は両腕の特殊兵器。高圧エネルギーを拳打と共に解放し炸裂させる、シンプル故に強力な兵装。恐らくは第三世代兵装だろうが、あんなものは見たことも聞いたこともない。何かしら対策を考えておかねば、こちらの武装ごと粉砕されかねないだろう。

 

しかし、機体の性能もさる事ながら、真に警戒するべきはその操縦者だと鈴音の直感は告げていた。

 

(会長さんとやり合って消耗してたってのに、あたしら二人をものともしなかった。甲龍の情報は手に入れられるとしても、紅椿の情報なんて何一つ出回ってない。初見じゃまず対応出来ないはずなのに、アイツはその場で対策を完成させかけてた(・・・・・・・・・・・・・・・)。もし、あそこでアッシュがゼフィルスの援護に行ってなかったら……)

 

天性の戦闘勘を有する鈴音をして明確に『勝てない』と感じさせる相手は、一方通行と楯無に続いてこれで三人目。自分の見立てが間違っていなければ、アッシュの実力は国家代表クラスだ。まともにやり合って勝てる相手ではない。

 

そもそも、あの機体は戦い方からして異常だった。

 

相手の武装は拳。故に必然的に体術を用いた格闘戦になるのだが―――

 

(なんなのよアレ。スタイルが混ざりすぎてて動きが全く読めなかった……それどころか、こっちの出方に合わせて混ぜる技術を変えてきてた。使ってるのは既存の技術なのに、やってることが意味不明なのよ)

 

八極拳にマーシャルアーツにムエタイにカポエイラ、システマに極真空手にボクシング。ありとあらゆる格闘技から抜き出した技術を掛け合わせ、全く別の戦闘スタイルをその場で作り出していた(・・・・・・・・・・・)

 

鉄山靠に派生する右フック。回し蹴りから繋ぐ上段足刀蹴り。顎を狙う掌底からハイキック。肘打ちと同時に放たれる踵落とし。正拳突きかと思えばローリングソバットに変わる。リズムもテンポも体捌きも技も、一挙動ごとに別物に変化していくのでは予測のしようがない。

 

(本国の情報部問い詰めても知らぬ存ぜぬ突き通されるし、そんなに秘密にしたいことなワケ? こちとら実際に被害被ってんですけど? ちょっとくらい情報くれたっていいじゃない事件は会議室じゃなくて現場で起こってんのよ現場で!!)

 

思わず頭を掻き毟りたくなる。頭皮と髪が痛むのでやらないが。代わりに、遣る瀬無い感情を無理矢理溜息に変換して深く深く吐き出した。ぐるぐると回る思考を意図的に切って頭の中をリセットする。

 

そうこうしている内に、更衣室の前まで辿り着いていたらしい。スライドドアが鈴音の動きに反応して開き、向こう側の景色をさらけ出した。自分が一番乗りかと思っていたが、既に先客がいるようだ。見慣れた金の長髪が揺れ、ついでにその豊満なバストも更衣の動きに合わせてふるふると揺れていた。

 

「引き千切っていい??」

 

「鈴さん疲れてます?」

 

太陽のような微笑みにも関わらず汚泥のように濁り切った友人の瞳を見て、思わず真顔で安否を気遣うセシリア。開口一番猟奇的な発言をぶちかました当の鈴音は頭を振ると、額に手をやって天を仰いだ。

 

「大丈夫。大丈夫だから。うん。あたしは平気よ」

 

「……到底そうは見えなかったのですけれど」

 

「大丈夫だって。っていうか、そういうアンタは結構平然としてるのね。てっきりもっと取り乱すモンだと思ってたんだけど」

 

セシリアが一方通行に好意を寄せているのは最早周知の事実だ。想い人があのような姿になってしまった彼女の精神的ダメージは想像を絶する。鈴音とて、もしも一夏が同じような目に遭ったらまず間違いなく平静を保ってなどいられないだろう。

 

だというのに、眼前の少女はあまり堪えた様子がない。自身の感情を表に出さぬよう全て隠しきっているというのなら大したものだが、果たして。

 

鈴音の言葉を受けたセシリアは、眉尻を下げて僅かな苦笑を浮かべた。

 

「勘違いをして頂いては困りますが、透夜さんの身を案じていないなどということは誓ってありませんわ。ただ、わたくしにはわたくしのやるべき事があり、それを果たすべき責務があるというだけです。それこそ鈴さんの仰っていた通り、わたくしが慌てたところで透夜さんの容態が良くなるわけでもありませんもの」

 

「……ふぅん?」

 

翡翠色の双眸がセシリアを捉える。

 

鈴音も、どちらかと言えば感覚に頼るタイプだ。セシリアやラウラ、シャルロットのように理論的に物事を捉えるのは正直苦手である。しかし、その不足を補うよう常人以上に研ぎ澄まされた感覚が、眼前の少女の変化を敏感に感じ取っていた。

 

あくまで感覚故に言葉では上手く言い表せないが……佇まいや所作にこれといった変化は現れていない。強いていえばもっと内面の、彼女自身の在り方を構築する柱のようなもの。セシリア・オルコットという少女を形作っていた幾つかのパーツが、形はそのままに性質だけが変わっているような感覚。

 

詰まる所、この一件を経て彼女の中でも何かしら思うところがあったということなのだろう。それが良かれ悪しかれ、彼女から語るつもりがないのなら此方も余計な詮索はしない。そう結論づけた鈴音は、脱いだ制服の上着を勢い良くロッカーに放り込んだ。

 

「話変わるけど、アンタんとこのサイレント・ゼフィルスだっけ? アレについて何か有益な情報無いの? 仮にもティアーズの後継機体でしょ」

 

「それが……」

 

セシリアの口から語られたのは、凡そ鈴音が体験したことと同じような内容であった。本国の情報部に問い合わせても芳しい反応は帰ってこず、噛み砕いて言ってしまえば『此方で対処するからお前は余計な事をするな』という警告だけ。代表候補生はあくまで候補生でしかないとはいえ、それにしても対応が冷たすぎた。

 

考えられる可能性としては二つ。

 

一つは、国の技術の結晶とも言えるISが強奪されたという事実を出来る限り広めたくないがために、意図的な情報統制を行っているか。今日においては国力を示すひとつの指標となったISを失ったと知られては、国連やIS委員会に何を言われるかわかったものではない。欧州連合における地位も急転直下間違いなし、加えて各国企業からの信用も失ってしまう。

 

ISひとつで国が傾きかねないとなれば、隠蔽したい気持ちも良く分かる。

 

そして、もう一つ。

 

「―――この件が到底わたくし達の手に負えないものか、ですわね」

 

「そうね。正直、あたしもそんな気はしてる」

 

第三世代型のIS。凄まじい技量を持った操縦者。英国から機体を盗み出し、IS学園に殴り込む行動力とそれを可能にする戦力。極めつけは、あの不気味な手術衣の男。

 

今までに得られた情報から、今回の襲撃の裏には何か大きな組織が存在していることは二人にも予測はできた。しかしそこにあの男が加わることで、加速度的に不透明度が増してしまう。

 

仮に、男と襲撃者達とが繋がっているとする。では何故わざわざあのタイミングまで待っていた? ゼフィルスとアッシュの二機が損傷する前に仕掛けてくることも出来たはずだ。それをしなかったのは、何か出撃に条件があったからか。それとも別行動を取ってまで達成したい『何か』があったからか。最大戦力たる一方通行を引き付けておくための陽動か。

 

そもそも、奴らの目的は何だ。襲撃を仕掛け、一方通行を潰し、それだけか? 男性操縦者を狙ったものならば、あの場で一夏だけ手にかけなかったのは不可解だ。どういう理屈は知らないが、ISの絶対防御すら無効化できるあの男なら容易く行えたはず。一夏を殺してしまうと何か不都合があったのだろうか。それとも逆に、一方通行の存在が邪魔だったということか?

 

考えれば考える程、あらゆる情報が怪しく思えてくる。

 

しばらく難しい顔で考え込んでいた二人だが、やがて鈴音がため息をついてヒラヒラと手を振った。この手の話はどうにも苦手だった。誰かを疑うとか此奴が怪しいとか、出来ればあまり考えたくはないのも事実だった。が、

 

「なんにせよ、アイツに話を聞くのが一番早いと思うわ。襲ってきたIS達のことも変な男のことも、何かしら知ってるはずよ。そうでなくちゃあの場面であんなこと言えるはずがない。……例え知ったところで何も出来ないとしても、何も知らないまま傍観してるなんて真っ平御免だっての」

 

「透夜さんがあえて話さなかったのも理由はあると思いますが……事ここに至って、これ以上隠し続けるのも無理があるでしょう。透夜さんのことは篠ノ之博士に任せるしかないとして、ともかく今は……」

 

「わーってるわよ。とりあえず、ゼフィルスとの戦闘記録と映像送っといて。アッシュもそうだけど、考え無しに戦って勝てる相手じゃないわ。早いとこ対策を練らないと」

 

「そうですわね……あくまでわたくしの所見ではありますが―――」

 

鈴音と情報を交換しつつ、来るべき脅威に備えて意見を出していくセシリア。そんな彼女の頭の片隅に、先程の鈴音が口にした言葉が微かに引っかかっていた。直接的なそれではなく、その言葉からふと考えてしまったことだ。今まで明確に意識したことはなかったが、改めて考えてみる。

 

彼のことを想い始めたあの時から、今に至るまで。輝くばかりの記憶のページを1から捲り直して―――気付く。

 

あの少年が、自分のことについて話したことが一度でもあっただろうか。あまり口を開かず、こちらから話題を振ることが多かったとはいえ、半年間も話に登らないことなどあるのだろうか。彼の近くに居た時間が最も長いであろうセシリアでさえ、彼について知っているのは『学園に来てからのこと』だけだ。それより前のことは、一度たりとも耳にした覚えがない。

 

卓越した操縦技術。ずば抜けた観察眼。篠ノ之束との繋がり。冷静な戦闘倫理。秘匿されている過去。常軌を逸した情報処理能力。襲撃者との因縁を匂わせる、『俺が撒いた種』という言葉。まるで死に急ぐかのような自己犠牲。

 

どれもこれもが、芋づる式に疑念へと変わる。

 

彼が敵だとは思えない。

 

思いたくはない。

 

彼は味方だ。

 

……少なくとも、今は。

 

混乱しかけた思考を一旦放棄して、負の連鎖を止める。窓の外に視線を投げ、自身の内から意識を逸らす。それでも無意識的に浮かんできてしまうその疑問は、至極簡潔且つこれ以上ない程的確なものであった。

 

(結局のところ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――透夜さんは、何者なのでしょう(・・・・・・・・・・・・・・)?)

 

 

 

 

 

 

 

 

見上げた空を、分厚い雲が覆い始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様……どういうつもりだ」

 

怒気を孕んだ声が静かなピット内に響いた。

 

声の主は、エムと呼ばれる黒髪の少女。怨嗟に濁った眼で睨み付ける視線の先には、豊満な肢体をISスーツに押し込めた銀髪の少女が佇んでいる。アイスブルーの瞳をぱちぱちと瞬かせた少女―――エヴァは、質問の意図が分からないとばかりに可愛らしく小首を傾げた。

 

「どう、とは?」

 

「何故あの場面で撤退したのかと訊いている。 私はまだ戦えた。織斑一夏を殺す絶好の機会を、貴様がみすみす潰したんだぞ……ッ!!」

 

「あなたの機体は、更識楯無との戦闘によってかなり損傷していた。私も消耗していたし、途中で乱入して来たあの男は只者じゃない。スコール達との通信も出来ない状況で戦うのは無謀。だからあの場は撤退が最善だったし、あそこにあなた一人残したところで意味はない。だって―――」

 

撒き散らされる怒りの気配もどこ吹く風といった様子で、エヴァは彼女の怒りの炎に容赦なくガソリンを投下する。

 

「貴女、弱いもの」

 

その言葉を聞いた瞬間、エムは迷わず懐からハンドガンを引き抜いていた。眼前の少女に突き付けると同時に引き金を引く。後でスコールから何と言われようと、今はこの不愉快な口を黙らせることが何よりも先決であった。乾いた発砲音が響き、放たれた九ミリ弾が少女の柔肌を食い破り、頭蓋を砕き、脳漿を引き裂いてぶち撒ける。

 

そんな凄惨な光景を想像したエムの視界に入ったのは、銀色の旋風だった。

 

同時に、銃を握っていた右手に鈍い痛みが走る。

 

鞭のような回し蹴りによってハンドガンが弾き飛ばされたのだと理解したのは、床に落下したハンドガンが金属音を奏でてからだった。

 

「他人の言葉に激昴するのは、それが正しいと感じているから。この距離で銃を抜くなんて、図星を突かれたのがよっぽど悔しかったのね」

 

「貴様……っ!」

 

ゆっくりと脚を下ろしたエヴァの言葉に益々苛立ちを募らせるエムだったが、赤熱する思考に反して身体はそれ以上動くことができずにいた。いくら近距離では銃より格闘の方が強いといっても、それを実際に体現できる者が果たしてどれだけ居るか。

 

その点で言えば、エヴァの反応速度は常人のそれを遥かに上回っていた。

 

突然勃発した美少女二人による小競り合いに、ピット内で機体の点検を行っていた整備員達からどよめきが起こる。両者共専用機を与えられている時点で部隊での地位はトップに近いため、そんな二人の間に割って入る度胸のある人間は居ない。

 

そもそも、亡国機業に属している時点で真っ当とは言えないことを仕出かしてきた輩達だ。喧嘩の仲裁などするはずもなく、自分の身に火の粉が振りかからないことだけを祈る自分本位の人間ばかりであった。

 

そんなピット内の緊張を破ったのは、ジェットエンジンめいたスラスター音。それを耳にした整備員達が慌てて己の持ち場に戻ると同時にカタパルトのシャッターが開き、鮮やかな山吹色の機体がピット内に姿を見せた。

 

ドレス状に重ねられたアーマースカートで膨らんだ下半身とは対照的に、上半身の装甲はすっきりしておりISスーツとは違うゴムのような材質のスーツが喉元までを覆っていた。

 

その腕には茶髪の女性―――オータムが抱えられており、意識を失っているのかその四肢はだらりと垂れ下がっている。

 

『救護班、搬送頼む。気を失ってるだけだから、部屋まで送り届けてやってくれ』

 

「分かりました」

 

ボイスチェンジャーによって変質した機械的な声がフルフェイスのヘルムから流れ、それに反応した周囲の構成員がオータムをストレッチャーへと移乗させる。そのままピットの奥へと消えていく救護班の後ろ姿を見送ると、軽やかな動作でISから降り、顔を覆い隠していたヘルムを脱ぐ。

 

揺れる黄金色の短髪に、意思の強そうなグリーンの瞳。女性らしい柔らかさを備えながらも程よく引き締まった体躯は、野山を駆ける牝鹿を思わせる。少女―――グリゼルダの姿を認めた瞬間、エヴァの表情がふんわりと綻んだ。

 

「おかえり、グリゼルダ。怪我はない?」

 

「ああ。お前たちが派手にドンパチやってくれてたおかげで出番は無かったよ。っていうか、開発部の傑作品を初戦でボロボロにしてやるなよ」

 

「そ、装甲が薄いのが悪い……」

 

「……開発部が聞いたらブチ切れそうな言い分だな」

 

目を逸らしながら言い訳を口にするエヴァに、呆れたような半眼を向けるグリゼルダ。そんな二人のやり取りを冷めた目で眺めていたエムだったが、やがて踵を返すと足早にピットから立ち去っていった。

 

その後ろ姿を怪訝そうな眼差しで見送ったグリゼルダがエヴァに半眼を向ける。

 

「ったく……お前ら、また喧嘩してたろ」

 

「……ふー、ふー……」

 

「いや吹けてないからな口笛。あとそんなコテコテな誤魔化し方で騙される奴なんてこの世界探したって一人も居ないと思うぞ? つーかどっから仕入れてきたんだその無駄知識」

 

吹けもしない口笛を吹こうとして口を尖らせ、目線を泳がせるエヴァに冷静にツッコミを入れるグリゼルダ。対するエヴァは大変ショックだったようで、がっくりと床に崩れ落ちた。

 

「そ、そんな……学園で知り合った赤い髪の男の人は『これでどんなピンチも乗り切れる!』って言っていたのに……!」

 

「だから一般人と無駄な接触は控えろって言っといただろうがこの馬鹿ッ!」

 

「あぅぅぅうっ! ぐ、グリゼルダ痛い! 引っ張るのはダメっ!」

 

能天気なことを口にする相方の豊満な胸を鷲掴み、ぎちぎちぎちぎちと捻りあげる。完全に八つ当たりだったがそんなのは関係ない。持たざる者の恨みを思い知れ。

 

そんな二人の仲睦まじいやり取りは、横合いから響いた第三者の声によって中断されることとなる。

 

「ふふ。相変わらず仲が良いのね」

 

身体のラインが浮き彫りになるドレスを纏った金髪の美女。亡国機業IS実働部隊『モノクローム・アバター』部隊長ことスコール・ミューゼルが通路の暗がりからその姿を現した。

 

突然現れた事実上のトップに、呆けていた構成員達が一斉に最敬礼の姿勢を取る。軽く手を振ってそれらを制したスコールは、足元に転がっていたハンドガンを拾い上げ、残弾を確認するとセーフティをかけて懐にしまい込んだ。

 

「あの子にも困ったものね……あなた達みたいに素直だったら少しは可愛げもあるのだけれど」

 

エムの消えていった通路につい、と視線を送ってそう呟くスコール。まるで母親のような言葉を口にする彼女に対し、どう反応したものかと困惑するグリゼルダと胸を庇って涙目で座り込むエヴァ。

 

そんな部下の様子に気が付いたのか、スコールは二人に向き直ると薄く微笑んだ。

 

「帰って来て早々悪いのだけれど、作戦報告をお願いできるかしら。ISの通信が途絶するなんて滅多にないことだから、心配だったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………、そう。そんなことがあったのね」

 

場所は変わり、作戦司令室として扱われている広い一室。

 

作戦行動中、スコール達本部との通信が途絶していた間に起きた出来事を事細かに語ったグリゼルダは、乾いた喉を紅茶で湿らせた。茶葉の事などまったく分からないが、上司が態々淹れてくれたのだからそれなりに値の張るものなのだろう。

 

最高級のアールグレイをまるで風呂上がりの麦茶か何かのように飲み干したグリゼルダの隣では、エヴァが茶請けの菓子をもりもりと平らげている。口元についた菓子の欠片を指で示してやりながら、グリゼルダはスコールに問いを投げかけた。

 

「結果的に作戦はご破算になっちまったが。あの男も(あね)さんの手駒……って訳じゃあなさそうだな」

 

「私の知り合いにマネキンはいないけれど、確かに興味深くはあるわね。お互い鈴科透夜を狙っているのだとしたら、一応コンタクトくらいは―――」

 

「やめとけ姐さん。アレは、私らがどうこう出来るもんじゃない。エヴァと私で意見が一致してんだ、アレには関わらない方がいい(・・・・・・・・・・・・・)ってな。アレは触れちゃいけない類の奴だ」

 

スコールの言葉を遮って、グリゼルダがそう告げた。少し驚いたような表情を浮かべるスコールだったが、やがて小さく笑うと肩を竦めてみせる。おどけたような仕草も、彼女が行うだけで優雅に見えてくるのだから不思議なものだった。

 

「アナタたちがそう言うなら、やめておきましょう。それよりも、考えるべきは鈴科透夜かしら。オータムじゃあ歯が立たないみたいだし、次はアナタたちに相手をしてもらうわけだけど……機体の感触はどう? 何か要望があれば開発部に伝えておくけれど」

 

「装甲が薄い」

 

「……だ、そうだ」

 

ソファーの上で体育座りをしていたエヴァが、出し抜けにそう呟いた。彼女に宛てがわれた『アッシュ』は高い機動力と強固な装甲を有している。亡国機業が保有している機体の中でもトップクラスの防御力を誇る、と開発部が太鼓判を押していたはずだが―――

 

「どんな乗り方をしたらそう感じるのか、私にはちょっと分からないのだけれど……まあ、そう伝えておくわ。アナタは?」

 

「私は特にない。挙動も素直で乗りやすい、いい機体だよ」

 

「それは良かったわ。―――さて、今回の作戦はこれで終わりよ。追って指示を出すから、それまでは各自ゆっくり体を休めてちょうだい」

 

「了解」

 

短く答え、スタスタと歩いていくグリゼルダの背を慌ててエヴァが追いかける。二人が消えていった扉を眺めていたスコールだったが、やがてその口元が妖しく弧を描いた。

 

今回の襲撃は前哨戦に過ぎないが、それでも十分すぎる成果を持ち帰ることができた。

 

戦える。あの二人は優秀だ。手札を切るタイミングさえ間違えなければ、鈴科透夜を仕留めることもそう難しくはないはずだ。そうすれば、証明できる。自分がしてきたことに間違いはなかったのだと証明できる。私の事を嘲笑った奴らに、私が正しいのだと証明できる。

 

「ふ、ふふ―――」

 

肩を揺らし、スコールは笑う。

 

その宝石のような赤い瞳に、微かな狂気を滲ませて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうするの? グリゼルダ」

 

スコールの居た部屋を出てしばらく歩いた所で、エヴァがそう訊ねてきた。その瞳に不安の色や疑念はなく、ただ純粋に今後の方針について訊ねているだけ。視線を天井に向けたグリゼルダは、耳に届く笑い声に顔を顰める(・・・・・・・・・・・・・)。きっと隣の少女の耳にも聞こえているはずだった。

 

「……どうするったって、なぁ。姐さんが目的を果たすまではそれに付き従うしかない。どの道ここから出ていった所でする事も行く所もねーんだ、私たちにはな」

 

どこか諦めたような声音でそう答えた。きっと彼女は色々なことを考えているのだろうけれど、自分には難しいことはあまりよく分からない。ただ、彼女と居るのは心地が良くて、それを失うのは嫌だった。

 

「私は、グリゼルダが居ればいい」

 

床に落としていた視線を少し横にずらし、小さくそう漏らした。

 

相方の素直な気持ちを受け、一瞬呆けた様な顔になるグリゼルダ。しかしそれも束の間のことで、すぐに小さく笑ってエヴァの頭をくしゃくしゃと掻き回した。

 

「わっ……?」

 

「小っ恥ずかしいことを平然と言うよなぁお前。世の男ならイチコロだぜ、まったく。そんなに私のことが気に入ったのか?」

 

「うん。グリゼルダの部屋、お菓子いっぱいあるし」

 

「お前ほんとそういうとこだぞ」

 

 

 

 

 

 


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