Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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明けましておめでとうございます。
今日は1月38日だからセーフですね。


十四話

薄緑の光に照らされた連絡用通路に、複数の怒号と絶叫と銃声とが連続する。

 

「―――HQ!応答願う、HQ!」

 

「クソッタレが! こんな豆鉄砲じゃ話にならねぇ!」

 

「いいから撃てッ! 隊長が来るまで時間を稼げ!」

 

「畜生がぁッ!! 無線が全部妨害されてやがる!! 救援要請が出せねぇ!」

 

「口よりも手を動かせってんだよ! ああクソ、おいッ!予備の弾倉は―――!」

 

最新鋭の銃火器で身を固め、過酷な訓練を生き抜いてきた屈強な男たち。米軍特殊作戦基地『名前のない基地(イレイズド)』に所属する彼らは、現在進行形で何者かの襲撃を受けいていた。

 

分かっていることは三つ。

 

ひとつは、襲撃者がISを使っていること。

 

ひとつは、その操縦者がまだ幼い少女であること。

 

 

 

ひとつは―――このままでは自分達が全滅すること。

 

 

 

男達が握るアサルトライフルから吐き出された弾丸はしかし、襲撃者たる少女の柔肌を食い破ることはない。如何に高性能であろうとも、小銃程度ではどうやってもISのシールドバリアーを貫通できない。

 

言うなれば、弩級戦艦にゴムボートで挑むようなものだ。敵う敵わないの話ではなく、そもそも同じ土俵にすら立てていない。象が足元のアリを気にしないのと同じように、この場において絶対強者である少女はまるで彼らを『敵』として認識していなかった。

 

文字通りの無駄な抵抗を続ける男達を冷めた瞳で一瞥すると、傍らに浮遊していたレーザービットが灼熱の閃光を解き放った。人間を一瞬で炭化させる程の熱量を内包したそれは、彼らの足元を薙ぎ払うように赤い線を床に刻み込む。

 

溶けたバターのように原型を崩していく合金性の床板を見て、「逃げろ」だとか「退避」だとか叫んだ者が居たかもしれない。が、その声が届くよりも早く、それら全てをかき消すような爆音と炎熱とが通路に吹き荒れ、大の男達を木の葉のように巻き上げた。

 

直撃ですらない、攻撃の余波でこれだ。

 

ある者は衝撃で意識を刈り取られ、ある者は四肢の骨を折られ、ある者は瓦礫の破片が腕を貫いている。ダメージの大小はあれど、一通りの無力化には成功しているだろう。

 

(―――面倒だな)

 

惨状を作り出した襲撃者―――エムは、ISのスキャニング機能を閉じて内心独りごちた。

 

今回の作戦に参加するにあたって、上司のスコールからは予め『相手を殺すな』と命令されている。裏社会に身を置いているくせに、無用な殺生は控えるという考えがエムには理解できなかった。

 

抵抗するなら殺せばいい。人を殺める罪悪感など初めから持ち合わせていないのだし、殺さぬように手加減をするのも面倒だ。生かしておいたらおいたでまた面倒臭いことになる。かといって命令に背けば、体内に仕込まれたナノマシンによって自分が死んでしまう。それもまた面倒だ。

 

こんな任務など脳内花畑の銀髪(エヴァ)いけ好かない金髪(グリゼルダ)にやらせておけばいいというのに、何故自分が参加する必要があったのか。

 

苛立ちが募る。

 

このまま眼前の雑魚共を嬲り殺しに出来るならば、少しは溜飲も下がったろうに―――。

 

そこまで考えた彼女が、部分展開状態だったサイレント・ゼフィルスを完全展開するのと、ゼフィルスがアラートを飛ばしたのと、連絡通路の壁が粉微塵に吹き飛ばされるのは全くの同時だった。

 

熟練したIS乗りならば展開など半秒足らずで行える。即座にバックブーストをかけ後退し、壁をぶち抜いて現れた何者かの攻撃を回避する。目標を見失った一撃は空を切り、反対側の壁へと勢い良く着弾した。

 

金属の擦れる耳障りな音と共に生成されたクレーターを横目で捉えながら、返す刀で最大出力のレーザーを乱射する。ゼフィルスがアラートを鳴らした時点で、相手がISだということは判明していた。

 

故に、牽制の射撃ではなく殺し切る為の射撃。

 

直撃すれば如何にISだろうと無傷では済まない。かといって避ければ後ろの男達が死ぬ。目標を最短最速で撃破する、合理的かつ冷徹な判断。

 

迷いなく突き付けたその選択肢を、

 

 

 

 

「舐めんなクソガキ」

 

 

 

 

鋼鉄の拳が粉砕した。

 

放たれたレーザーを裏拳で弾いて霧散させながら、大柄な機体が尋常ならざる速度で猛然と突っ込んでくる。

 

機能性を突き詰めた武骨なシルエット。装甲各部に備えられた、多種多様な兵装を搭載する為のハードポイント。噴出口を六つ揃えたシリンダー状の推進装置が四基。

 

データとしては知っている。

 

汎用性と安定性を極限まで高めた機体の名は『ファング・クエイク』。

 

そして、暗がりの中で尚色褪せぬ輝きを放つ黄金色の短髪を振り乱す彼女こそ、この基地における最大戦力。

 

 

 

 

―――アメリカ代表(・・・・・・)イーリス・コーリング。

 

 

 

 

国家代表候補生ではなく、国家代表。文字通り、国の旗を背負う操縦者。生半可な努力と才能では決して手が届かない、世のIS乗りにとってはある種の到達点とも言えるその肩書き。

 

しかし、エムの顔色は変わらない。

 

彼女にとって肩書きなど意味を成さない。例え御大層な肩書きが有ろうと無かろうと、結局は最後まで生き残った者が勝者となるのだから。

 

反応は迅速だった。

 

ビットの射撃では決定打にならないと判断し、主武装である六十八口径ハイブリッドライフル『スターブレイカー(星を砕くもの)』をコール。機関部のジョイントによりエネルギー弾と実弾を撃ち分けることが可能なソレに、高性能爆薬を詰め込んだ特殊榴弾が装填される。

 

爆発による自傷ダメージを軽減する為、多角的な軌道を描いて更に後退。流れるような動作で射撃姿勢に移行し、ライフルを構えたエムの眼前に。

 

イーリスの獰猛な笑顔が迫っていた。

 

「―――ッ!?」

 

心臓を握り潰されたような感覚が走る。

 

エムから見れば、まるでコマ送りの動画を見せられたような気分だった。有利な間合いを保ち、こちらへ近寄らせずにエネルギーを削り切るつもりだったというのに、逆に相手の射程に収められた―――!

 

剛拳が放たれる。

 

超速振動により対象を粉砕するそれを迎撃出来る武装はない。生半可な武器ではスクラップにされるのがオチだ。何より、既に射撃姿勢に移ってしまっている。迎撃は間に合わない。

 

はずだった(・・・・・)

 

横合いから突っ込んできたビットが一機、ファング・クエイクの前腕部分に激突した。と同時、内部に仕込まれていた高性能爆薬が点火。爆風によって拳撃の勢いを殺し、更にはゼフィルスのバックブーストを手助けするかのように機体を押し流した。

 

結果、詰めた間合いを再度離されてしまい。イーリスは腕にまとわりつく黒煙を振り払うと、改めて眼前の襲撃者を見据え拳を構え直した。

 

(―――なるほど。機体性能に頼ったお子様かと思えば、見かけによらず場慣れしてやがる。此処に乗り込んでくるだけの技量はあるってことか)

 

内心で警戒度を一段階引き上げる。咄嗟の判断にも関わらず、最善とも言える成果を叩き出して戦況を建て直す判断力。先程の多角軌道も見事な操縦だった。

 

となれば、恐らく一筋縄ではいかないだろう。

 

イーリスの直感はそう告げていた。

 

「いつまで呆けてんだ! 動ける奴は重傷者を連れてさっさと離脱しろ! ナタルん所で手当受けたらそのまま防衛ラインに加われ!」

 

「りょ、了解ッ!!」

 

弾かれたように動き出す部下達をセンサーで捉えつつ、今度は襲撃者に対して通話回線を開く。

 

「……あー、一応聞いといてやる。大人しく投降するつもりは?」

 

『…………、』

 

返答は沈黙(ノー)だった。

 

イーリスとて、テロリストから返事が返ってくるとは思っていないし素直に従うだろうなどという考えは欠片もなかった。この問いも形式上仕方なく、という意味合いが強い。

 

そもそも、だ。

 

 

 

「―――まあ、そんなことだろうと思ってたけどよ。私も少し暴れたい気分でな。初回サービスってことで、今回は半殺しで勘弁してやる」

 

 

 

投降しても、無傷で済ませるつもりはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ナノマシン照合完了。周囲に敵影、熱源なし。デルタ及びエコー、フォックストロット隊です。見る限り負傷者が多いようですが」

 

「イーリのことだから、どうせ私に丸投げしたんでしょう。中に入れて、重傷者優先に手当を。大まかでいいから戦況を聞き出して」

 

「了解しました。隔壁開放しろ!」

 

「隔壁開放、了解」

 

重い音を響かせ、ゆっくりと隔壁が開いていく。

 

完全に開ききらないうちに隙間から倒れ込むようにして姿を見せた男達へと、包帯や治療用ナノマシンを携えた医療班が駆け寄っていった。それを横目で捉えながら、再度イーリスへの通信を試みる。

 

(……やっぱり駄目ね。この基地全体を覆う程のジャミング装置なんて考えられないけれど、そっち方面に特化したISなら或いは、ってところかしら)

 

サーッというノイズを返すだけの無線機を眺め、ナターシャ・ファイルスは思わずため息をついた。

 

緊急用の周波数に変えてみても駄目だった。ISの通信回線ならば繋がるかもしれないが―――。

 

そんなことを考えながら歩いていたからだろう。慌ただしく動き回る隊員の誰かと肩をぶつけてしまった。相手が部下とはいえ、謝罪をしようと振り向いたナターシャの思考が一瞬、停止した。

 

自身の周囲に誰一人として人影はない。

 

少し離れた位置で応急処置をしているか、壁際に寄って機械を弄るか歩哨に立っているかだ。

 

では、一体。

 

 

 

 

―――自分は今、何とぶつかった?(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

「―――総員、戦闘配置ッッ!!! 」

 

号令は悲鳴に近かった。

 

隊長であるナターシャの尋常ならざる叫びに、弾かれたように武器を構える隊員たち。負傷者を庇うように陣形を組み、数秒で迎撃の姿勢を取る。

 

(透明化? 光学迷彩? 熱源探知(サーマル)では感知できなかった! 考えられるのはISの特殊兵装―――ッ、だとしたら! この区画に侵入された時点で私たちはほぼ詰み(・・・・)―――!)

 

瞬時に叩き出した結論に背筋が凍った。

 

頭の片隅で手遅れだと分かっていても、ナターシャは即座に指示を飛ばす。

 

否、飛ばそうとした。

 

「―――っぐぁ、……ッ!?」

 

「隊長ッ!?」

 

ナターシャの身体が浮き上がる。端正な顔立ちが苦痛に歪み、ばたつかせた脚が空を蹴る。床から1m程で上昇は止まったものの、喉元を締め付ける冷たい圧迫感は未だ消えない。

 

傍から見れば突如ナターシャが浮き上がったようにしか見えないが、当の本人は自分がどれだけ絶望的な状況に放り込まれたのかを理解して笑いそうになった。

 

周囲の部下達はこちらへ銃口を向けているものの、そこからどうすれば良いのか分からず困惑している。そんな彼らを無能と罵ることは出来まい。何せ相手はISで、しかし姿は見えず、更に上官をいつでも殺せるような状況なのだから。

 

『アメリカ代表、ナターシャ・ファイルス。此方からの質問は一つだけ』

 

絶望を上書きするように、声が響く。ボイスチェンジャーによって変質した機械的な音声が己の名を呼んだ。

 

何かが動く気配と共に、ナターシャの右腕が真横に伸ばされ、中空に固定される。勿論、彼女の意志とは無関係な動きだった。

 

骨の軋む鈍い音。

 

ISならば、人骨程度マッチ棒の如く粉砕できるだろう。だからこそ、言葉にせずともこの先の展開など容易に想像ができた。

 

 

 

 

 

 

 

『―――銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は、何処にある』

 

 

 

 

 

 

 

 

虚空に、深紅のモノアイが輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――そも、篠ノ之流剣術の掲げる理念とは、突き詰めれば徹底的な『受け身の剣』に帰結する。逸らず、焦らず、ただ只管に機を窺い、一手で決着する。膂力で劣る女が男を斬る為に求めたのは力ではなく巧さ。―――遡ること四百年、戦国の世で生み出された女の為の剣。それが篠ノ之流の起源だ」

放課後、第四アリーナ。

 

箒の解説を噛み締めるように胸中で反芻した一夏は、右手に握る雪片弍型に視線を落とした。今日に至るまでの己の剣は、あくまで剣道の延長線上にある術理を以て振るっていたに過ぎない。

 

十年近くにもなる過去の記憶を引きずり出し、埃を落とし、ISを装備した上で戦えるよう彼なりにアレンジを加えた、剣『術』と呼ぶには烏滸がましいシロモノだ。

 

しかし、それでは足りない。

 

何も知らない素人にならば、成程多少は通用するだろう。しかし、度重なる事件の中で一夏より格下の相手が居たことなど一度たりともありはしなかった。そして恐らく、この先もまた同じだろう。

 

(……戦いなんて、無い方がいいに決まってる。けど、そんな甘い考えじゃまた同じ轍を踏む。それじゃ駄目なんだ。それじゃまた誰かが傷付く。……俺は無敵のヒーローなんかじゃない、ちっぽけな人間だ。全ては無理でも、俺の手の届く範囲の仲間くらいは守れるようになりたい。何も出来ずに見てるだけなんて、死んでも御免だ)

 

故に、今こうして教えを乞うている。

 

刀剣を用いた戦闘法はお互い同じ。但し、対人戦闘という点に関して言えば彼女の方が何倍も長けている。

 

その理由が篠ノ之流剣術(これ)だ。

 

「道場で教えていた篠ノ之流は、長い年月を経て試合用に汎化されたものだ。本来の篠ノ之流は、形からして異なる。私も一通りの型は会得しているが……まだまだ理想には程遠い、未完成の剣だ。それでも良いのだな?」

 

「ああ。俺の力になるのなら、今は何だって糧にしたい。だから頼む」

 

「承知した。では構えろ。好きに打ち込んでこい」

 

箒の声に、雪片弍型を構える。そして、同様に構えを取った箒の一挙一動を見逃さぬように意識を集中させ―――思わず顔を引き攣らせた。

 

(構えに全く隙が無え……! 崩せるビジョンが浮かばねえッ)

 

一夏とて、代表候補生達に揉まれ続けてそれなりの実力を身に付けている。その中で戦術眼、観察眼も磨かれていき、戦いの機微を感じ取れるようにもなった。

 

だからこそ分かる。

 

上下左右何処から打ち込んでも、カウンターで切り返される未来が明確に想像できる。

 

(落ち着け……箒も言ってたように、本来の篠ノ之流は受け身の剣。無闇矢鱈に打ち込んでも不利になるだけだ。ならこっちから誘い出して、逆にカウンターを狙いに行く!!)

 

スラスターを撃発させ停止状態から一気に加速。

 

構えた刀を振り下ろす直前でサイドブーストをかけ、右側へ回り込む。そのまま横薙ぎに刀を振るうが、これもまたフェイク。ギリギリ当たらない斬撃を見せ、箒からの攻撃を誘発する。

 

 

 

 

はずだった(・・・・・)

 

 

 

 

(…………、は?)

 

気付けば刀を振り切っていた。

 

フェイクでも何でもない大振りの横薙ぎ一閃。ギリギリで保っていたはずの間合いはゼロになり、致命的な隙を致命的な距離で晒している。

 

そして当然のように、首元には刀の切っ先が突き付けられていた。

 

生身ならそのまま首が飛び、ISでも絶対防御が発動するだろう。

 

(待て待て待て何で俺打ち込んでんだ!? フェイクで誘うつもりで、それで……ダメだ、何がどうなったのかさっぱり理解できねえ!! けど気付いたら打ち込んでた!!)

 

「不思議そうな顔をしている所悪いが、私が行ったのはお前と全く同じことだぞ?」

 

刀を退かした箒が苦笑する。その言葉に振り向いた一夏の顔には「信じらんねぇ」と大書してあった。

 

「同じ……? 同じったって、特別な構えも何もしてなかったし、俺の動きに合わせてこっち向いただけだろ」

 

「む。言葉で説明するのは不得手なのだが……そうだな。お前は先程、私から刀を振らせようとして揺さぶりをかけただろう」

 

考えを見破られていたことに若干悔しさを覚えながらも素直に首肯する。

 

「自分の動きで相手を誘うため『吶喊』『右への回り込み』『横薙ぎ』を用いていた。私はそれを『視線』『剣先の動き』『重心の位置』『呼吸』……まあ挙げるとキリがないのだが、そういったモノに置き換えていただけだ」

 

「いや……は? じゃあさっきのは、攻撃を誘ってた俺が逆に誘われてたってことか?」

 

「そうなるな。あからさまな隙を見せればそのまま殺される。だから隙を明確な隙と認識させぬよう、意図的に僅かな綻びを作る。緊迫した空気の中で見出した隙を逃さないよう相手は打ち込む。どこから打ってくるか予め分かっているのなら、それに動きを合わせれば良い」

 

隔絶した実力差がある相手にはあまり通じないがな、と締め括った。

 

言うなれば、一種の精神操作に近い。

 

相手の意識に上がらない程度の所作を用い、無意識に『打ち込める』と思わせる。それが相手に誘導されたとは気付かぬまま打ち込んでしまえば、己が紅の褥に沈む。

 

甘美な誘いに乗った者を尽く絶命させる、一刀必殺の殺人剣こそが篠ノ之流の真髄である。

 

無論、その高みへ至る為には並々ならぬ努力と常人以上の剣才が必要になるのは言うまでもない。そして、それを扱えるという事実こそが篠ノ之箒という剣客の実力を如実に示していた。

 

「この技術を体得して初めて形稽古に移ることを許されるのだが……その話は置いておくとしよう。今日の所は理念と術理さえ頭に入れておけば良い。明日からは日々修練だぞ」

 

「応ッ!……て、明日から? 今日はやらないのか? まだ五時半だぜ」

 

学園の食堂は夜八時に閉まる。なのでいつもは七時頃に鍛錬を切り上げ、着替えた後夕食を摂りながらフィードバックを行うというのが習慣になっていた。だというのにこんなにも早く切り上げられては、新しい目標が出来て気合十分の一夏からすれば不完全燃焼この上ない。

 

不満を口にする一夏だが、箒は首を横に振って武装を量子化した。

 

「鍛錬に励むのは良いことだが、我々は学生だ。本分である勉学を疎かにしてはそれこそ本末転倒というものだ」

 

「勉学って……どうしたよ急に」

 

「急にも何も、もうすぐ中間試験だろう。随分と余裕そうだが勉強の方は進んでいるのか?」

 

ぴたっ、と。

 

持て余すやる気を発散するように雪片を素振りしていた一夏の動きが停止した。何事かと訝しげに眺めていた箒だったが、合点がいったのかその眼が湿っぽい半眼に変化する。

 

「一夏」

 

「……なんだ」

 

「山田先生が試験の告知をして下さったのはいつだった?」

 

「……ええと、二週間前だな」

 

「その試験開始日はいつからだ?」

 

「……三日後だな」

 

「もう一つ質問いいか。……今までの十日間、どこ行った?」

 

「君のようなカンのいい幼馴染は嫌いだよ」

 

「お前お前お前ェェェーーーッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

織斑一夏、人生最大の危機であった。

 

 

 

 


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