Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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七話

「というわけでっ! 織斑一夏くんクラス代表就任おめでとー!」

 

「おめでとー!」

 

ぱんぱん、という軽い炸裂音が連続して鳴り響き、色とりどりのテープと紙吹雪が空を舞った。それは重力に引かれてひらひらと落ちていき、このパーティーの主賓である一夏の頭へと降り注いだ。

 

しかし、当の本人である一夏の顔は浮かない。

 

会場になっている食堂の壁をちらりと見ると、そこには『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と大々的に書かれた紙がかけられていた。

 

そのままもう一度ちらりと視線を別の場所に向ける。

 

そこには、のんびりとコーヒーを飲んでいる二人目の姿。勿論近くにセシリアもおり、何やらISについて話しているようだ。というよりは、セシリアが一方的に話しかけているといった形なのだが。

 

どうやら彼はこの手のイベントには興味が薄いらしく、その表情はいつもと変わらない。

 

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるねえ」

 

「ほんとほんと」

 

「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」

 

「ほんとほんと」

 

等と談笑している数名の女子たちの、その内半数は他のクラスの生徒だということに気付いているのは恐らく一夏だけだろう。一夏は小さくため息をついた。

 

 

 

―――はっきり言って、あまり乗り気ではなかった。

 

 

 

一夏は自分の実力など下から数えたほうが早いことなどは重々承知している。事実、一方通行には手も足も出なかったどころか動かす前に撃墜されているのだ。それで自分は強いなどと思えるのは余程の馬鹿か、脳内が花畑のどちらかだろう。

 

それでも『戦闘力』だけで見るのならば、一夏はかなりの上位に位置する。しかしそれは九割以上が白式の性能のおかげであり、一夏の力など微々たるものだ。彼にはそれが悔しかった。

 

世界初の男性IS操縦者などと呼ばれてはいるが、その仰々しい肩書きを名乗るに足る実力も手腕もない。

 

それなのに、こうしてクラス代表なんていう役職に就いてしまったことが納得できなかったのだ。実力ならば比べるべくもない二人がいるというのに、態々一夏をクラス代表に据える意味がわからなかった。

 

実践経験を積ませるためだと言っていたが、たったそれだけの理由で初心者に毛が生えた程度の自分にクラス代表の座を譲るとは思えない。しかし一方通行はその事を気にしている様子はないのだ。

 

(……かっけぇなぁ)

 

純粋に、そう思う。

 

圧倒的な力を持ちながらも、それを誇示するでもなく無闇に振るうでもなく。その姿に、劣等感を抱きつつも憧れや羨望を感じていた。

 

いつかは追い付いてやる、と固く心に誓う。

 

白式の力だけではなく、他人におんぶにだっこではなく、自分の力で大切な人を守るべく強くならなければならない。

 

そのためには、体裁などを気にしている場合ではないだろう。鈴科やセシリアに教えを乞い、少しでも強くなるために努力しなければ。

 

人知れず、一夏は拳を握りしめた。

 

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生くんたちに特別インタビューをしに来ましたー!」

 

ふと、眼鏡をかけた一人の女子生徒がそう切り出す。受け取った名刺を見ると(まゆずみ)薫子(かおるこ)という名前らしい。胸元のリボンが黄色いことから、二年生だということがわかる。

 

「ではまず織斑くん! クラス代表になった感想を、どうぞ!」

 

ボイスレコーダーと思われる機械を一夏に向け、ずいっと身を乗り出す薫子。その瞳には好奇心の三文字が躍っているように見える。一夏は数秒考えると、つい先程の心中を話し始めた。

 

「感想……というよりも、目標? ですかね。俺は、鈴科やセシリアみたいに強くないから、皆の期待に応えられるかどうかはわからない。でも、俺なりに精一杯頑張って努力して、クラス代表っていう名前に恥じないように強くなりたいと思います」

 

強い意思を秘めた瞳でそう言う一夏。

 

その顔を見て、大勢の生徒が息を漏らした。今の一夏は『男』の顔をしており、そういったことに耐性の無い女子たちの心を大きく揺さぶったのだ。

 

薫子も予想外の真面目な答えに若干呆けており、隣に座っていた箒に至っては頬を染め瞳を潤ませるという有り様だった。

 

その周囲の反応に気付いた一夏が首を傾げていると、いち早く復活した薫子がその好奇心の矛先を変えた。ターゲットは勿論―――

 

「それじゃあ次は鈴科くん! 何かコメントちょうだいなっと」

 

「他ァ当たれ」

 

「いえーい即答速攻大否定! って引き下がるわけにもいかないのよ。一言でいいから、ね?」

 

相も変わらず我関せずの一方通行だったが、新聞部副部長としてのプライドと好奇心が薫子を食い下がらせる。鬱陶しいと言わんばかりの視線を薫子に送るも、何処吹く風だ。忌々しそうに盛大に舌を打ってから、口を開く。

 

「……まァ、あれだ。クラス対抗戦で無様に負けたらブッ飛ばす」

 

「それ、織斑くんへのコメントだよね?」

 

「文句あンのか?」

 

「いやいや別に~」

 

ギンッ、という擬音が付きそうなほどの眼光を飛ばすと、薫子は顔を青ざめさせながら引き下がった。最初からこうすれば良かったのではと今更ながら思う一方通行だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園 屋上

 

 

 

『―――以上です。やはり、公開されている情報以外は手懸かり一つ掴めませんでした』

 

「そう……わかったわ。ありがとう。また何かあれば連絡してちょうだい」

 

回線を切断し、ため息を一つ吐く。

 

透き通るような水色の髪、赤い瞳、そして手には扇子。IS学園生徒会長更識楯無その人である。

 

(やっぱりね……篠ノ之博士が絡んでいるなら一筋縄ではいかないとは踏んでいたけど、まさかここまで完璧にシャットされているとは思わなかったわ。更識の情報網にも引っ掛からないなんて)

 

思考を巡らす彼女の顔は、いつもの飄々としたものではない。表情は引き締まり、細められたその眼は紛れもなく『裏』のもの。

 

 

 

対暗部用暗部『更識家』

 

 

 

日本の裏事情や公に出来ない荒事、暗部同士の戦いから要人を警護する役目など、様々な場面で暗躍する更識家。彼女はその十七代目当主に当たる。彼女の名『楯無』も、本名ではなく代々更識家当主が名乗る名前である。

 

表向きはIS学園生徒会長。裏では対暗部組織の当主。

 

それが、更識楯無という少女の本当の姿だった。

 

(名前は鈴科透夜。ちゃんと日本の国籍もある。でも、それだけ(・・・・・・・)。家族構成や経歴が完全に隠匿されている。日本政府も素性を把握できていないなんて、一体どういうことなの?)

 

更識の情報網を駆使して、隅から隅まで洗いざらい調べさせた。自分でも出来る限り調べ尽くした。使えるコネは全て使った。それでも、鈴科透夜という人間の底を知ることはできなかった。

 

日本国に籍を置くのならば、本来はその経歴や素性が政府に割れているはず。だが、その政府が知らないともなれば益々怪しさは増してくる。

 

本当ならば政府も直接問い質したいところだろうが、ここで枷になるのがIS学園特記事項だ。IS学園に在籍する限りは、本人の同意無く如何なる組織の干渉を受けない。これによって、事実上政府は封殺されている状態だった。動けるのは楯無含む暗部のみ。

 

状況は芳しくなかった。

 

しかし、鈴科透夜という人物が好戦的ではないことは今までの生活を見ていれば自然と理解できる。寧ろ、そう言った面倒事は嫌いらしい。よって、彼が自分から何かアクションを起こすという可能性は低いだろう。

 

だが、もしもそれが演技だったとして、自分達に気付かれないよう何か工作をしていたとしたら?

 

篠ノ之博士と取引をして国籍を偽装、潜入してきた他国や犯罪組織のスパイだったとしたら?

 

考えられる可能性は上げればキリがない。

 

一番手っ取り早いのは、楯無が直接訊くこと。

 

しかし、真っ正面からそう問い質したところで彼がおいそれと話してくれるとは思えない。かといって自然な流れで引き出そうにも、恐らく話題を変えた時点で勘付かれるだろう。

 

『害がない』と断定出来るに足る要素や行動があれば、一先ずはそれで落ち着く。

 

だがもしも『あの組織』の関係者だった場合は―――

 

(……その時は、私が片をつける。この学園で好き勝手な真似はさせない)

 

楯無は、この学園が好きだった。クラスメイトも、教員も、生徒会のメンバーも、学園の生徒も。そして何よりも、この学園には愛する妹がいる。だから彼女には、その身を投げ捨ててでも敵を排除する覚悟があった。

 

生徒会長としてでもなく、更識家当主としてでもなく、一人の姉として。

 

(―――簪ちゃんは、私が守る)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――こっちに来るな、化物!

 

 

 

 

 

 

違う、僕は何もしていない

 

 

 

 

 

 

―――気持ち悪い髪の色しやがって!

 

 

 

 

 

 

 

それは、能力のせいで

 

 

 

 

 

 

 

―――動くな! 君を拘束する!

 

 

 

 

 

 

何で? 僕は悪くないのに

 

 

 

 

 

 

―――目標発見。攻撃を開始する

 

 

 

 

 

 

 

なンで、俺をそンな目で見る

 

 

 

 

 

 

―――テメエみてぇなクズはな、人様の前に出ちゃいけねぇんだよ

 

 

 

 

 

俺だッテ、同じにンゲんなのニ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うぁぁぁぁぁあっ! いっ、痛い! 誰か、助けて!

 

家の子に何するのよ!?

 

 

 

 

 

おい見ろよ、化物だぜ

 

ほんとだ……気持ち悪ぃやつ

 

近寄らないほうがいいぜ、怪我するから

 

マジかよ、行こうぜ

 

 

 

 

 

 

見て、あの髪の色

 

きっと悪魔か何かだよ、人間じゃねぇ

 

化物だよ、化物

 

化物、化物、ばけもの、化物、化物、バケモノ

 

 

 

 

 

―――待って、行かないで

 

―――うるせぇ、バケモノ! どっかいけよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ!」

 

がばりと体を起こす。

 

気持ちの悪い汗がシャツを濡らし、手のひらにもじっとりとした汗が滲んでいた。額に張り付いた髪をかきあげる。呼吸が荒い。

 

時計を見やると、短針は四時を過ぎたところだった。隣のベッドでは楯無がすやすやと寝息を立てている。

 

(……クソが)

 

最悪の気分だった。

 

何故今更、あんな夢を見たのか。

 

過去の事は、忘れたと思っていたのに。この世界に来て、一度も見ることの無かった夢。思い出したくもない記憶だ。

 

物心ついた時には心を凍てつかせ、感情の制御を覚えた。少しの感情の起伏だけで相手を傷付けてしまうのならば、起伏のない心を作ればいいと。

 

それ以来、夢を見なくなった。

 

それ以来、笑わなくなった。

 

それ以来、涙を流さなくなった。

 

楽しかった数少ない記憶を夢に見ることも、冗談を受けて朗らかに笑うことも、感動する話を聞いて涙することも無くなって、気付けば表情が無くなった。

 

最強の称号を手に入れて、これで誰も傷付けずにすむと思った。

 

でも、逆だった。

 

最強の座を狙う者たちから毎日襲撃を受け、誰もが例外無く傷付いて倒れていった。感情というものを閉じ込めた彼は、それを見ても何も思わなくなった。

 

恐らくその時から既に壊れ始めていたのだろう。他人に一切の興味を示さない、冷徹な人間になっていた。

 

そして、この世界に来て、束と出会って、千冬と出会って、IS学園に入って。

 

凍てつかせた筈の心がほんの少しだけ溶け始めていた。

 

そうして、感情を僅かに取り戻した結果―――また、夢を見た。二度と見ることはないと思っていた、忌々しい過去の夢を。

 

(あの世界の事は、昔の事は関係ねェだろ……ここでは、俺を知ってるヤツはいねェ。このチカラを、守るために使うコトが出来たなら、俺は―――もう一度、やり直せるンだ)

 

 

 

 

―――バケモノ

 

 

 

 

ギリッ、と歯を食い縛る。

 

まだ誰にも知られていない。誰も知らない。

 

だから、大丈夫だ。

 

自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。

 

 

 

「―――どうしたの?」

 

 

 

「ッ、……起きてたのか」

 

楯無が体を起こし、心配そうな目でこちらを見つめていた。つい先程までは確かに寝ていたはずなのだが、恐らくはこちらが起きた気配を感じ取ったのだろう。

 

「すごい汗よ。何か悪い夢でも見たの?」

 

「……あァ。とびっきりに胸クソ悪ィ夢をな」

 

「大丈夫?」

 

優しげな瞳。

 

心配そうな声音。

 

 

 

「気にすンな」

 

 

 

 

この少女の瞳が、いつか化物を見るような瞳に変わるのを想像すると―――かつて忘れた筈の恐怖が、彼を襲った。

 

 

 

 

 




キャラクターの心情は表すの難しい(確信)

作者より皆様に一つだけご報告があります。
今までニ、三日に一回ほどのペースで更新してきましたが、これから先更新速度が低下しそうです。
ストーリーを適当に進めてはいけないのも勿論ですが、主に作者の都合が大きいです。申し訳ありません。

感想や評価を下さった方々、ありがとうございます。


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