日本 はじめました   作:たこわさび

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※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・国家・思想等とはなんの関係もありません。ご了承ください。
※オリジナルキャラ、設定が出てくると思います。原作のヘタリアと全く同じ世界ではない、とお考えください。
※しばらくは原作キャラが出てきません。


一話 はじまりの日・前編

 

 ほっと一つ息を吐いて、250mlのペットボトルをあおる。湧き水に沈めておいた水割りのスポーツ飲料が、のどの熱を奪いながら染み渡っていった。湧き水と言っても、周りをしっかりコンクリートや石で整備された、休憩所の一角だ。憎らしいくらい元気な太陽のせいで、首からさげたタオルはとっくに重くなっている。汗を軽くしぼり落として、冷やっこい湧き水をかけ、今度はしっかりしぼる。くたびれた麦藁帽子を後ろに倒し、顔と頭を乱暴に拭きあげれば、ずいぶんとさっぱりして心地いい。

 

 「おつかれさん」

 

 一足先に休憩に入っていた稲富のじっちゃんが、ほいとクッキーの箱を投げてくる。っと。

 

 「危なっ ナイスキャッチ自分!」

 

 ゆるい放物線を描いて落ちてきたそれが一人水泳大会をはじめる寸前に、大人気(おとなげ)ないカルタ遊びよろしくかっさらう。危なかった。もう一瞬遅ければ貴重なおやつが半減するところだった。なにせ僕は湧き水の端っこに腰掛けているのだ。あわや大惨事である。

 

 「ノーコン反対!」

 「おう! ナイスピッチ」

 

 一枚抜き取って、稲富のじっちゃんに投げ返した。僕がもの心つく前からの付き合いなのだから、気安いものだ。

 

 「佐々木さんは?」

 

 クッキーを飲み込んで、尋ねる。僕より先に休んでいたと思ったのだけど……。

 

 「ああ、また会社から電話ばい。ま、今日は急ぎの用でもなさそうやけん、もう帰ってくるやろう」

 

 じっちゃんの答えに、了解と返す。佐々木さんは最近退職したばかりで、引継ぎをした後輩の方や、会社の社長さんから時々応援を頼まれるのだ。おちおち休んでも入られない、とぼやいていたけど、そういう話があると決まって機嫌がいいから、なんだかんだで楽しんでいることをみんな知っている。でも、今日はそういう雰囲気でもないらしい。ちょっと電話でアドバイスがほしいっていうところだろうか。

 

 「しかし暑かねえ」

 

 清水をたたえた石造りの池越しに、じっちゃんと愚痴る。気の早い蝉がじこじこと鳴き、ここがいかに涼みどころだといっても、頭上にのびた藤のつるの間から、お天道様は容赦なく照り付けてくる。梅雨の晴れ間というのはどうしてこうも日差しが強いのか。

 

 

 「おつかれさまでーす」

 

 丁度電話が終わったのか、佐々木さんが後ろの公民館から出てくるところだった。

 

 「おつかれさま。会社から電話でね。明日にでも様を覗いてくるばい」

 

 佐々木さんが言う。じっちゃんの言うとおり、急ぎの話ではなかったみたいだ。

 

 「んじゃ、もう少し休んでまた草取りしよか」

 

 じっちゃんに、ういと返事をする。平日のお休み、しかもこの時期貴重な晴れの日に、なんでまた草取りなんてことをしているのかといえば、ちょっとした昔話をしないといけないだろう。

 

 

 

 第一話 はじまりの日

 

 

 

 僕が生まれ育った家が公民館に近かった、それがそもそもの始まりだ。さて、公民館は隣接した「シルバー農園」という畑をもっていた。定年退職した高齢者に趣味を提供するため地方自治体が提供した、まあそんなに大きくもない畑だ。

 

 もっとも、そんな事情を知ったのは大人になってからで、小さなころの僕にとってそこは、おじいちゃん・おばあちゃんたちに可愛がってもらえる場所だった。僕はシルバー農園に行くのが大好きだったし、近くに同年代の子供がいなかったこともあって、両親もそれを認めてくれていた……らしい。後から聞いた話では、両親はそれなりに心配しつつも良い経験になると考えてくれていたようだ。幼稚園に行くのを大泣きして嫌がるから諦めた、というエピソードと一緒に話してもらったことがある。

 

 そういう訳で、僕は農家でもないのに暇さえあれば畑に通う少し変な子になった。鍬(くわ)を振るおじいちゃんを眺めたり、お茶を飲みつつ話をしたり、畑の端にどろ団子を並べたり、お菓子をもらったりしていたのをなんとなく覚えている。もう少し大きくなると、自分も畑仕事を手伝うようになった。今考えると、おぼつかない足取りで鍬(くわ)を振り上げる子供なんて、何の役にも立たなかったのだろうけど、みんなから褒められて、誇らしい気持ちになったものだった。

 

 農園に来るおじいちゃんたちはずいぶんと入れ替わった。この農園のコンセプト上しかたのないことだとわかっていても、何度も涙で目を腫らして別れの言葉をつぶやいた。

 

 そんなこんなで、僕と農園の関係はずっと切れないままに僕は学生服を着て、そしてスーツに袖を通した。高校時代に少しだけ手を出したアルバイト。それが評価されたのかそのまま卒業後もお世話になっている、塾の講師の仕事。必然的に学生がいない日中は仕事がないおかげで、体力が許す限り畑に入り浸れるわけだ。本当は「シルバー農園」の趣旨とずれているのかもしれないけれど、黙認してくれている管理人さんには感謝している。

 

 

 僕がここ―シルバー農園―で草取りをしているのは、まあそういう理由だ。付け加えるとすれば、今の時期に少し手を抜くと雑草が繁茂して目も当てられなくなるから。ちなみに、今休んでいるのは公民館の裏手、裏山との間に挟まれた涼み所だ。昔からかれたことのないらしい湧き水が、風呂桶くらいの大きさの石の水槽に注がれていて、それが幾つか連なっている。あふれ出した水は溝をとおって田んぼのほうへ、というシステムだ。頭の上には藤棚があり、風でも吹けばずいぶん涼しい夏の隠れスポットになっている。

 

 

 さて、もう一枚、とクッキーの箱に手を伸ばしたときだった。

 

 くわん、と目の前が一瞬ゆがむ。それはまるでカメラのピントが一瞬ずれたときのよう。すぐに収まったゆがみと耳鳴りは、急に通り過ぎた強風にかき消され。

 

 ゾッと体が震えた。先ほどまでの蒸し暑さが嘘のような冷たい風が吹き抜ける。いったい何がおきたのか、じっちゃん、佐々木さんと顔を見合わせ……。

 

 

 

 

 

 「久(ひさし)ちゃんおっとーと? ちょお来てみぃ」

 (久ちゃんは居る?ちょっと来てごらん)

 

 蝉が急に黙り込み、水音と木の葉のこすれる音がやけに耳につく静かな時間を破ったのは、そんな僕を呼ぶ声だった。あれは、さっちゃんだろう。近くに畑をもっていて、小さなころから何かと面倒を見てくれているおばあちゃんだ。

 

 おるよーと声をかけ、公民館の裏手から顔を覗かせる。じっちゃんたちも、何ぞ何ぞとついてくる。

 

 「こっちさおいで。珍しかもん見れるばい」

 (こっちにおいで。珍しいものが見れるよ)

 

 僕の声が聞こえたのか、本格的に探すまでもなくさっちゃんがもう一度声をかけてくれた。ちょうど公民館を出て左手の死角になっているあたりだ。そちらの ほうに歩いていくとさっちゃんはこっちに手招きをしながら、道の向かいの田んぼを指差していて……その先を目で追った僕は言葉を失った。

 

 最近苗の植わった田んぼが二つと、細い用水路一つを挟んだ向こう。そこにある田んぼのなかばあたりを境目に、見渡す限りの森が広がっている。

 

 「さっきすっと涼しくなりんしゃったでしょう。それからずっと見えるとよ。ほら久(ひさし)ちゃんもよう見とかんと、いつ消えるかわからんよ」

 

 驚きすぎて息を吸ったまま固まった僕の耳に、蜃気楼なんて見たことなかろう、なんてのん気な声が届く。

 

 ああそうか蜃気楼か、蜃気楼ね。いやー確かに貴重な体験だ……。

 

 

 

 

 いやいや。

 

 ああもう、さっちゃんも八十を超えてさすがに目が悪くなったのか、それとも悪くなったのは僕の頭のほうなのか。目がいいと自負するほどではないにしろ、この程度の距離なら十分裸眼が通用する、そのはずだ。その上で、あえて言いたい。

 

 

 ……さっちゃん、あの森、本物っぽく見えるんだけど。

 

 




引っ越してまいりました。今あるストックが切れた後は非常にゆっくりしたペースの更新となりますが、よろしくお願いします。

将来的なことを考えて、一応残酷な描写ありのタグをつけていますが、しばらくはそんな展開はありません。
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