書斎でカリカリとサインする。どういう書類なのかは、この星の文字は全て把握してるから分かるのだが、たかだかこんな案件で指揮官の著名がいるとは、何とも面倒だ。
「提督、仕事には慣れたかしら?」
「まだ着任して一日なのに慣れるわけあるかよ…五十鈴」
鎮守府では、提督の仕事を補佐する、秘書艦という役職がある。他の鎮守府では日替わりでやったりしているが、ここではきっちり誰がやるというのが決まっている。
その内の一人が、俺の書斎机の隣で書類に目を通したり、パソコンを操作している、五十鈴だ。
彼女は「第二秘書艦」であり、他に金剛が「第一秘書艦」、五月雨が「第三秘書艦」。日替わりや、その日の出撃で交代してやっている。
「その通りネー!私達がみっちり教えないと慣れないネー!」
「提督さん!頑張ってくださいね!」
しかし俺が着任してまだ一日。慣れない事務作業を指導するため、秘書艦総動員で俺の指導官をしている。
「ん、これはどうするんだ?」
「それは…この大きいハンコを押して、サインすれば平気よ」
指導すると言ってもサインするかハンコするしかしないこの作業。三人もいらないんじゃ…。
実際五十鈴以外の二人は、ソファに座って談笑してるだけ。
「それで白露姉さんったら、洗濯機の中に入っちゃったんですよっ!」
「オー!それは大変ネー!」
どういう話をしてるんだ…。
「はい、提督。目を通しておいたからサインお願いね」
「えっ、まだこっち終わってないぞ!?」
「提督が変わっちゃったから色々大変なのよ…勘弁して頂戴」
ざっと30枚ぐらいある書類の山が新たに俺の机に置かれる。
が、俺の机にはまだ同じくらいの紙の山。
「それにそれを終わらせれば今日の書類整理は終わりよ」
「後少しデース!」
「終わったら出撃に行きましょ!」
後少しと言われても、俺には地獄でしかなかった。
「あ、そういえば…、提督っ」
五月雨が何かに気付いたのか、地獄真っ最中の俺に話しかけてきた。
「なんだ?俺忙しいんだが…」
「提督の名前って何て言うんです?」
そういえば言ってなかったな…。艦娘達には「提督」か「司令官」で通じるため、名前を言う暇が無かった。
「けど、君達も本当の名前じゃないんだろ?」
けれど、それは艦娘も同じだ。かつての軍艦の名前を与えられた彼女達も、それが本当の名前ではない。
「まぁ…」
「それもそうだけど…」
「…私達は本当の名前を知らないのデース」
「え?」
資料によると、艦娘とは艤装を装着して深海棲艦と対峙する少女達を指すと聞いた。
俺はてっきり、コードネームみたいな感じでかつての兵器の名前を名乗っていると思ったが、違うようだ。
「私達艦娘は、みんな孤児なのデース」
「幼い頃に海軍に引き取られて、艦娘になるための訓練を受けてきたの」
「その時から、自分のモチーフになる軍艦の名前を使うよう言われてきたから…」
「…知らないどころか、名前がないかもしれないのか」
「そうデース」
悲しい。話を聞いてただそう思った。
「まぁ訓練って言ってもそんなに厳しいものじゃなかったし…ちゃんと人として扱ってくれてたわよ?」
「他の人達はこの話を聞いて悲しみますケド、私達はそこまで悲観してないデース」
「むしろ海軍の人達には感謝しなければなりませんね。私達に住む場所を作ってくれた事に」
笑顔で彼女達はそう話すが、逆に裏表のない笑顔が俺の心を苦しめた。
ペンを止め、衝動的に俺はこう言った。
「…じゃあ、俺が名付け親になってやるよ」
「「「…え?」」」
***
「第一回!提督に名前を考えてもらおうの会ー!!」
「いぇーい!」「ぱちぱちぱちー」「ぽーい!」
書類の整理が終わり、昼食を終え、艦娘達は全員食堂に集合していた。
衝動的にあんな事言ったとはいえ、こんなに反響があるとは…。秘書艦の三人はあっという間に全員を集めてしまった。今更ながら、自分の言ったことに後悔する。
「でも今からつけてもらう名前は、あくまでもプライベートだけ。仕事中の使用は慎むのよ!」
「はーい」「了解です!」「春雨お腹すいたー」「今さっき食べたばっかでしょ…」
しかし、もう後には引けない。自分の語学力と、一か月間勉強して身につけたこの星の知識を結集させて考えるしかない。
「…というか、どういう名前にすればいいんだ?日本式か?英国式か?韓国式か?」
「折角ですしアークス式というのは?」「わ、私も…賛成です…」「おーそいつは粋だねぇ!」
「みんなアークス式がいいみたいよ、アークスさん」
「えぇまじかよ…」
アークス式…アークスは名字という概念はない。親子や兄弟の場合、似たような名前を付けたり、そうでなかったり、正直この星の人達よりは名前は適当につけている。
その旨を艦娘たちに伝えると
「適当につけられるのは嫌です…」「名字が無いのは大丈夫ではないですね…」「提督最低っぽい!」
「俺のせいなのかよっ!?」
「じゃあ普通に日本式でいいわ。それでいいね?みんな」
五十鈴の掛け声に全員頷く。よかった…こっちの方がまだやりやすい。
「じゃあ誰からつけてもらう?」
「はいはいはーい!」
一番に手を挙げたのは、何かと一番に執拗な白露。まだ会って一日しか会ってないが、予想はついていた。
「一番につけてもらうもんね!」
「…露原白」
「…え?」
思考時間三秒。
「て、提督!絶対適当だよね!?」
「んなわけあるか!」
「だって露とか白とか確実に『白露』の使い回しだよね!?」
「いきなりまったく別の名前つけるのも困惑するだろ!親しみやすいようにこれまでの名前からとったんだよ!」
やはりさすがに安直すぎたか…。心の中でそう思いながら彼女の様子を伺う。
すると
「でも…いいかも…」
まんざらでもない様子。
周囲も批判を飛ばすかと思いきや、瞬時に元の名前を参考に自然な名前を作るところに感心しているようだ。
「すごいなぁ…あたいにはできねえや…」
「きっとこれがアークスの実力デース!」
「お姉さまの言う通りです!これは革命です!」
「計算以上の方ね…!」
この調子でつけていけば、きっと全員に喜んでもらえる。
少しでも、彼女達の存在意義が、「戦う事」より「生きる事」になってくれれば、俺は満足だ。
「じゃあ次は誰だ?どんどんつけるぞー」
***
結果こうなった。
白露型の子達は名字は「露原」にして、一番艦から「
次に長良型の三人は、名字は「長瀬」。名前は「
最後に金剛型四姉妹。名字は「剛力」。名前は「
一番辛かったのが、金剛型の名字。別に一番艦の子から名字をとらなくてもよかったのだが、妹三人はカタコトお姉さまを尊敬しているようなので、仕方なく金剛からとる事に。
「剛」という漢字は確実に女の子には似合わない漢字だ。結局艦娘に助けてもらい、「剛力」という名字に落ち着いた。芸能人の中に「剛力」という名字の女優がいるらしく、むしろこれ一択のような感じだった。
しかしいっぺんに14人の名前を考えたが…
「これちゃんと覚えないとな…」