武器とかコスチュームとか。
「クラス!バウンサー、テクター!」
俺は走りながら虚空に叫ぶ。すると、服装が提督指定の制服から、いつもアークスの時にいつも着ていた「ジャッジメントコート」へと変わった。上着の末端は、着過ぎて少し破けている。
足には、「ジェットブーツ」と呼ばれる足に装着するタイプの武器。これがあれば、海上を浮遊しながら移動できる。
装備が整った直後、俺は海へと飛んだ。
「リンドブルム!」
掛け声に答えるように起動した「リンドブルム」というジェットブーツは、黒い翼を広げ、青い光を放ちながら、俺の足に装着された。
そして無事、海に着地する。
「うし、大丈夫みたいだな」
着地は成功。正直、海の上を移動するなんて事は初めてだったで不安があった。が、そんな不安は必要なかったようだ。
次に、俺は着地したままの状態で、リンドブルムに意識を持っていく。
すると、リンドブルムの青く光る部分が、周囲の白い粒子を吸収していく。
フォトンを吸収しているのだ。
これによって、ジェットブーツの名の通り、高速移動が可能になる。
制限時間はフォトンをチャージした時間によって左右されるが、50km先なら少しだけで平気だろう。
「…行くぞ!」
数秒後、俺は海へ一歩を踏み出した。
***
状況は危機的だった。
「な、名取さん!春雨が!」
春雨が戦艦レ級の攻撃を受け大破。彼女の足はすでに数cm沈んでおり、いち早く鎮守府に戻らないと危険な状態だった。
「と…とりあえず敵はまだまだいるみたいだから撤退を第一に!」
「な、名取…さん…」
「ど、どうしたの!?春雨ちゃん!?」
涼風の肩を借りて何とか航行している春雨。突然名取に話しかけた。
「私を…置いて行って…」
春雨は自分の事よりも、私達の安全を優先しようと、犠牲になると言った。
「ダメ!そんな事できないよ!」
いくら普段は気が弱くて、自分の意見をまともに言えない名取でも、仲間を犠牲に生き残るなんて事はできなかった。
勿論それは名取だけではない。
「何言ってんだい春雨姉!こんなところで沈んじゃいけねぇ!」
「そうよ春雨ちゃん!まだ希望はあるわ!」
姉妹である涼風、村雨も彼女が犠牲になる事を拒んだ。
しかし春雨は、自分のせいで、思うように速度が出せていない三人を見ると、酷い後悔に苛まれた。
「で…でも…」
「みんなで帰るのよ!」
村雨の、強い意志。春雨はその確固たる決意に応えるように、それ以上何も言わなくなった。
「…いい子ね、春雨。帰ったらみんなで美味しいデザートでも食べましょ」
数分後。状況はなお悪化する。
深海棲艦は名取達が発見した艦隊の他にも、いくつか艦隊があるようだ。名取達が発見した敵艦隊には、空母は一隻もいなかったのに、今では四方八方から敵の艦載機が名取達を目掛けて攻撃を繰り返す。
おまけに、後方からの戦艦による長距離射撃。敵の攻撃は勢いを増す一方だ。
「くっ…!」
「名取の姉御!鎮守府はまだかい!」
「後っ…30kmぐらい…っ!」
いくら回避に定評のある駆逐艦でも、戦艦による長距離射撃に艦載機による空からの機銃という、張り巡らされた弾幕を全てかわす事は不可能だ。じわりじわりと、名取達の艤装に傷をつける。
そのせいで全速力を出す事はもはや不可能になってしまった。背後にいる敵影が少しずつ大きくなっていく。このままでは、追いつかれる。
「…大丈夫!時間稼げば援軍が来る…!」
唯一の希望は、鎮守府からの援護。それ以外、この状況を打破できない。
後20kmぐらいになれば…金剛さん達が…!
『…助カルト思ッテタ?』
「…え…」
「ど、どうして…」
突然聞こえた、不気味な声。
その声の主は、名取達の前に、壁のように立ちふさがった。
戦艦レ級が、彼女達の前に現れたのだ。
「せ…戦艦…レ級……?」
『イヤー、ホント幸運ダネ君達。コンナ場所デ………僕ニ出会エルナンテネェ!!』
ニタァと不敵な笑みを浮かべる。
名取達はたちまち硬直し、戦艦レ級を前にして驚く事しかできなかった。
「ど……どうして…ここに……。まだ…あの艦隊に……」
名取は振り返って、自分達を追ってくる敵艦隊を目視する。しかし、艦隊はもう近付いてはこなかった。
『アレ?アレハタダノオトリ。折角久々二艦娘ノ皆サン二出会エタンダ。先回リシテ、遊バセテモラッタヨォ!!』
…力の差が違い過ぎる。私達に気付かずに、先回りするなんて…。どれだけ速いの…。
四人の目から、光が失われていく。全ては無駄だったのだ。いくら全力で逃げても、いくら敵の艦載機を破壊しても、私達は海に沈むのだ。
先人達のように。
『アッハハハ!!イイネェソノ顔!艦娘ノ絶望スル様!!コレ以上ノ快楽ハ他ニナイネェ!!』
一人高笑う戦艦レ級。その姿は、私達のような少女の姿をしていながら、全てが狂気に包まれていた。名取達はレ級から醸し出される絶望に、完全に飲み込まれてしまった。
逃げるにも逃げられない。足も動かず、言葉も出ない。
『ど、どうしたの名取!!返事しなさい!!』
名取の耳には無線のイヤホンマイクが付けられている。そこから五十鈴の必死な声が聞こえた。
しかし、名取は何も返事ができなかった。
『ンー?何ヤラ騒ガシイネェ』
遠くから、砲弾の音が聞こえる。きっと援軍だ。
『援軍カナァー?マァ、モウ手遅レダケドネ!!アッハハ!』
そう、レ級が言う通り、もう手遅れなのだ。
私達は海に沈むんだ。
気付くと、名取達はその場でしゃがみこんでしまった。
みんな泣いている。生気を失った目から流れる涙は、儚く海へと溶けていった。
『ジャア艦娘ノ皆サン!アノ世へ行ッテラッシャァァイ!!』
レ級がこちらに主砲を向ける。
反射的に、目をつぶる。
頭の中をよぎるのは、横須賀の仲間達。
そして、幼い頃遊んでもらった、血のつながらない姉達。
鎮守府に異動してもなお、会いに来てくれた優しい姉。でも、やがてみんな来なくなってしまった。
みんな、轟沈してしまったのだ。
幼い頃は言葉でしか知らなくて、あまりよく分からなかった。
でも、今はよく分かる。
これが、沈む、という事。
これが、私の死。
みんな…。
…さよなら…。
ドォォォォオオオン!!!
「あー何とか間に合った!!おい!大丈夫か!?」
次に目を開けた時は、あの世だと思っていた。
けれど、実際は予想の遥か上をいっていた。
「て…提督……?」