筆者は一応ポケモン廃人ですがバトルからは離れてます。
個体値の概念がこの作品では出しませんが、努力値の概念はほやっと出てくるかもです。
大学卒業後、帰ってきた実家にて僕は父の帰りを待っている。
父が連れてくるポケモン、僕のパートナーとなる子の到着を待っているのである。
僕はこれまで、ずっとポケモンを持つことを許されなかった。我が家はごく一般的な中流家庭で、厳かな家訓やら伝統やらが存在するわけではないのだが。10歳の時から自分のポケモンを持ち、中には学校を休学して旅に出る友人たちのことが羨ましくて仕方なかったものだ。
ポケモンを持つことがないまま18歳までを過ごし、キンセツ大学への入学が決まった日に父は言った。
「大学をきっちり4年間で卒業したなら、ポケモンをやろう」
僕は歓喜した。今まで頑なにポケモンを持つことを許さず、こっそり貰ったり捕まえたりしたポケモン達を一匹残らず元の場所に返してきた父がポケモンをくれると言うなんて。
大学に進学してからは勉学に励んだ。父との約束を万が一にでも違えることになってはいけないと少々過剰だったかもしれないが、おかげで4年で卒業することができた。
同時に、アルバイトにも精を出した。これは軍資金のためである。僕はポケモンを持つだけでなく、旅に出たいと考えていた。ポケモンを持つことも旅に出ることも僕自身の道楽には違いないため、旅の金銭面で父が面倒を見てくれることなどありえないからだが、もう一つ理由がある。
卒業後の進路をポケモントレーナーですと伝えた際、研究室の教授と先輩たちに強く引き留められたのである。
どうも僕が大学院に進学することは彼らの中で確定事項だったらしい、これまで就職する気はないとしか伝えていなかった僕も悪いのだが。
結局、一年で大学に戻ると約束してしまった。期間内に旅を終えるために出来るだけ円滑な進行を心掛けたい。そのため資金は十分な額を用意する必要があったのだ。
トレーナーとしての準備は万端、身辺整理も完璧とくれば必要なのはポケモンだ。朝から待ち続けてもう夕方だというのに父は帰ってこない。仕事が忙しいのはわかるが今日くらい早く帰ってきてほしいものだ。
と思っていた矢先、ドアをたたく音が3回した。父である。いつもインターホンを使わずに3度のノックで帰りを伝えるというのは父が考えた業者対策だ。ドアノブが捻られ、父が姿を見せた。仕事用のカバンを持つ手の反対側で、艶のある黒い箱を抱えていた。
「おかえりなさい、父さん」
「お前も、カガミ。ちゃんと約束を守って偉いぞ」
「ありがと。その箱がその……約束の?」
「そうだ、今渡そう」
父は着ていたスーツを脱ぐよりも先に、箱を開けて中から赤い球体を取り出した。手のひらに乗る程度のそれを僕はよく知っている。これはモンスターボールだ。この中に……ポケモンが……。
「開けてみなさい。真ん中のボタンを押すんだ」
新しいおもちゃに夢中の子供を見るような慈愛に満ちた顔で、父が僕を見ていた。恥ずかしい。言葉には応えずボタンを押すと、ボールが真ん中から開いて赤い閃光と共にポケモンが飛び出した。
そのポケモンは二本足で、嘴があって、頭の毛がぴょこっと立っていて、体毛は金色に輝いている。つぶらな瞳がキュートで思わず抱きしめそうになった。
「そのポケモンはな、アチャモだ。炎タイプのポケモンで……ってお前には教えるまでもなかったかな」
アチャモはしばらく周囲を見回していたが、知らない場所に来たのだと理解したのか警戒するように僕と父を交互に見て体毛を逆立てた。コミュニケーションを取りたいが火を噴かれたら困るし、どうしたものか。
僕が手をこまねいていると父はひょいとアチャモを抱えてみせた。腕の中で暴れてはいるが火を噴いたり嘴や爪で攻撃するような様子はない。
「こいつは俺の友人が卵から返したポケモンで、人には慣れてる。人懐こいとはお世辞にも言えないがね、分別はあるやつだよ。お前も抱いてごらん」
父の手から受け取ったアチャモはほのかに暖かく、ふかふかで気持ちがいい。図鑑で見た通りだ。体毛には艶があり、全体的に小奇麗な感じがする。父のことだからその辺の草むらで捕まえたポケモンを持ってくると思っていたから、ここまでいい子をくれたのには少し驚いた。
「最初のポケモンだし、しっかりしたところから手に入れようと思ってな。そのせいで少し手間取ったが、持つべきものは友人だな。これ以上ないポケモンが手に入ったよ。お前も気づいたろう?」
そう、このアチャモは色違いなのだ。父にブリーダーの友人がいることは知っていたが、色違いのポケモンをただで譲ってくれるなんてとんでもなく気前のいい人なのだろう。父が無理を言った可能性もあるので少し可哀想だが、大切にするので許してほしい。
「俺も初めてのポケモンは親父から……つまり爺ちゃんからもらったわけだが、爺ちゃんもずいぶん苦労してこいつを見つけてきてくれてな」
そう言って父はモンスターボールを取り出した。中から出てきたのは鋼鉄の鋏を両腕に持つポケモン、ハッサムである。メタルグリーンのボディを持つこいつも色違いだ。僕が小さい時から知っていて、バトルをするところも何度か見た。バレットパンチで野生のポケモンから僕を何度も守ってくれた頼れるオスである。
思い出に浸って感慨深くなりながら僕が見つめると、ハッサムは小さくお辞儀した。大学に進学してからは会うこともなかったが、僕を覚えていてくれたのだ。嬉しさで顔が緩むのが自分でもわかる。
ハッサムを撫でようと手を伸ばした瞬間、アチャモが大声で鳴いて腕の中から飛び出した。つぶらな瞳でキッと僕を睨んでいる。何故だ。
「拗ねちまったな」
父は笑いながらハッサムをボールに戻した。僕に無視されたと思ったのだろうか。
「お前が主人だってことはこいつもわかってるのさ。あとでうんと可愛がってやれよ」
「うん。本当にありがとう父さん」
ひらひらと手を振って父は去って行った。母の待つリビングに行くのだろう。長いこと玄関で引き留めたりせずにリビングで受け取ればよかったと少し反省する。
「アチャモ、僕の部屋に行こう」
アチャモに手を伸ばすと向こうから寄ってきてくれた。表情も穏やかになっている。やはり緊張していたんだな。僕はアチャモを抱えて部屋に戻った。今夜旅立ちの用意を済ませて明日には出発しよう。
翌朝。僕は荷物をまとめたリュックを背負って玄関にいた。昨日父さんとの話のあと、アチャモとコミュニケーションを取ろうとしたのだが部屋に入ってすぐ僕のベッドに飛び乗りそのまま寝てしまったのである。起こすのも可哀想なのでそのままボールに戻して準備を終えて僕も寝たのだった。
「カガミ、本当に今日行くの?もう少しゆっくりしていっても」
「うん。この日発つと決めてずっと準備してきたんだから」
「わかったわ。たまには連絡するのよ、お父さんにもあとで電話してあげてね」
「もちろんだよ、じゃあ行ってくる」
母に手を振って、僕はミシロタウンを出発した。目的地は隣の町、コトキタウンである。以前あの町に用事があるときはハッサムが一緒に来てくれたが、今回は僕自身のポケモンがいる。
興奮で汗ばんだ手でアチャモのボールを握り、僕は101番道路へと踏み出した。周辺の草むらには明らかに生き物の気配、ポケモンの存在が感じられる。
「行くぞアチャモ――」
「たっ、助けてくれ――!」
突然、前から野太い悲鳴が聞こえた。太り気味の体でこちらに駆けてくるその人は――
「オダマキ博士、お久しぶりです。こんなところで奇遇ですね」
「呑気にしてないで助けておくれ――!ポケモンに追われてるんだ!」
博士の後ろから4足歩行の小さなポケモン、ポチエナが現れた。この辺りのポケモンはハッサムのパンチ一発で気絶するほど弱い。博士に対処できないとは思えないのだが、少し離れたところに転がった鞄とボールを見つけて合点がいった。ポチエナに遭遇した時に驚いて落としたのだろう。僕も初めて野生にポケモンと出会ったときはハッサムの陰で震えていただけだったし。慣れた人でも急に飛び出してくると驚くよな。
「任せてください博士、僕としても野生のポケモンに会いたかったので」
「おお、ハッサムと一緒なんだね!心強いよ!」
「ハッサムなら家でゆっくりしてます」
「え?なら誰がポチエナを――」
博士にアチャモの入ったボールを見せ、ポチエナに向かって投げる。
「こいつです、行けアチャモ!」
ボールから出てきたアチャモはポチエナを見て驚いたものの、状況を理解してポチエナに向き直った。
「カガミくん、ひょっとしてその子が例の……?」
「ご存知でしたか、そうです、父がくれた僕のポケモンです。アチャモ、ひっかくだ!」
僕の指示を受け、アチャモはポチエナに飛びかかりひっかくを放つ。
「ダメだカガミくん!その子じゃポチエナの相手は手に余る!」
「何故です?バトルのことならちゃんと――うわっ!」
鈍い音と共に何かが僕にぶつかった。金色で暖かいそいつは、僕のアチャモだった。僕の手の中でアチャモは気絶してぐったりとしている。弱っているのだ。
「ポチエナのたいあたりをくらったんだ。生まれたばかりのその子がいきなりバトルをするなんて無茶だ!カガミくん!」
「そんな――」
ポチエナは傷一つなく戦意十分といった目でこちらを見ている。どうしたらいいんだ?
アチャモのレベル(あくまで目安)は1です