一週間ぶりの投稿です。ようやっとこの回で、無事2章を終えることができます。一安心、といったところの作者です。
では、どうぞ。
「私とデュエルして。シリカさんが私に勝ったら、パーティーに入ってあげる。私が勝ったら、私が一人で攻略できるように、許可が下りるまで交渉し続けてもらうわ」
「え、ええええぇぇ‼‼」
シリカさんの悲鳴を聞きながら、思考を巡らせる。シリカさんが勝つにはどうしたら良いか。
アスナさんがベータテスターの教官よりも強くなっているのだとすると、ソードスキルを習得しているのは間違いないし、その後も猛特訓していたようだから、それ相応の強さになっているだろう。シリカさんだって間違いなく初心者の中では強い部類だけど、姉ちゃんみたいな運動神経を持った人が相手となると、まともに戦ったら勝てるかどうか分からない。
とはいえ、アスナさんは話を聞く限り、たぶんあまりゲームとの関りを持ってこなかっただろうし、運動系の活動をしていたとは思えない。それに、ずっと一人で練習していたなら、対人戦闘の経験はないはずだ。ということは、相手の攻撃に対してどう対処するべきか、まだ知らない。
……速攻で行くしかないか。
幸い、武器の特性的にも好都合だ。アスナさんは腰にレイピアを提げている。細剣使いなのは間違いない。スピード優先の戦い方をするんだろう。対してシリカさんはダガー使いだ。つまりレイピア使い以上のスピード特化。レイピアの方が攻撃のリーチが長いのは怖いけど、懐に入ってさえしまえば、ダガーの方が小回りが利いて有利だし、ソードスキルを喰らうこともない。ソードスキルが発動する前にアスナさんの懐に突っ込んで一閃。それでシリカさんの勝利が決まる。
ちょいちょい。
シリカさんに手招きすると、シリカさんは半泣きのまま耳を寄せた。
「シリカさん、今から作戦を言うので、よく聞いてくださいね」
こくり、と頷く。
「デュエルが始まったら、できる限り早く走ってアスナさんの懐にもぐりこんで。あとはダガーで一回攻撃すればシリカさんの勝ちだよ」
「え、アスナさんに突撃するってことですか⁉」シリカさんは顔を青くした。
その気持ちはよくわかる。ボクだって、この世界に初めて来てからすぐにアスナさんと対峙したら、間違いなくしり込みする。でも今は、そんなことを言っていられないんだ。
ありったけの真剣さを込めて、目を見ながらそううったえる。
シリカさんは青い顔のまま、何か言いたそうに口をもごもごとさせていたけれど、やがてそれを飲み下すようにのどをごくりと鳴らして、
「……分かりました。やってみます」
と言った。
「作戦会議は終わった?」
剣呑な空気を隠そうともせずアスナさんは言った。不機嫌そうに口をへの字に曲げているのが、フードの下から見えた。
「ルールは初撃決着モードでいいですか?」ボクが言うと、アスナさんは、最初に一撃与えた方が勝ちってことね? と一言確認して、
「いいわよ」
簡潔に答えた。
デュエルには、初撃決着モード、半減決着モード、完全決着モードの三つの種類がある。デュエル中は圏内でもHPが減少するから、ゼロになれば当然死んでしまう。だからこその初撃決着モードだ。
アスナさんがメニューを操作して、デュエルの準備を進めていく。しばらくして、シリカさんのモニターに、デュエルの申請が届いた。シリカさんは、少し逡巡するように手を軽くグーパーさせてから、「○」をタップする。すると、それを受理したシステムが、戦闘開始までのカウントダウンのスクリーンを、アスナさんとシリカさんの間の空間に表示した。
六十、五十九、五十八……
この試合でシリカさんが勝ってくれれば、攻略に向けて大きく前進できる。でも、せっかくだからボクが戦いたかったな……。
三十五、三十四、三十三……
アスナさんは、レイピアの切っ先を、ちょうどシリカさんの喉元へ向けて、左足を一歩後ろに引いて、緊張させている。フードに隠れて相変わらず表情は読めず、隠されていない口元を見ても、感情を読み取ることはできなかった。ただ、静かな、目に見えない気迫が、周囲にまき散らされていた。
対するシリカさんは、覚悟を決めたのか、アスナさんの気迫に負けないように、必死ににらみを利かせている(若干涙目)。こちらもアスナさんと同様、左足を一歩後ろに引いて、いつでもダッシュできるように準備していた。緊張のせいか、わずかに体が震えている。
十、九、八……
どちらかが大きく喉を鳴らした。
七、六、五……
じゃり。石畳に転がる砂を踏みしめる音。ふぅ、と大きく息が吐き出される。
四、三、二……
二人が同時に前かがみになった。
一 ……『START』
わずかに早く、アスナさんが前に飛び出す。同時に「はあああああ!」と、話している時からすると予想外に気合のこもった叫び声と共に、シリカさんの喉を狙った一撃が突進する。同時に、剣がまばゆい光を放ち始めた。ソードスキルだ。
アスナさんにわずかに遅れを取ったシリカさんも、ダガー特有の身軽さをもって、猛烈な勢いで加速し、間合いをあっというまに詰めていく。
ソードスキルの光を纏ったレイピアを前にしても一直線に突っ込むシリカさんに、アスナさんは気圧されたように急減速した。実際のところは、間合いが近すぎるからだろう。そのまま強引にシリカさんを迎撃しようとすれば、ソードスキルの既定の動作から外れて、技後硬直だけが残るはずだ。そうすれば、間違いなくシリカさんの勝ちだ。しかしそのまま負けるアスナさんではなかった。もう懐に入る寸前まで来ているシリカさんに対し、空いている左腕でストレートのパンチを放ったのだ。パンチが当たったとしても、それでアスナさんの勝ちになることはないだろうけど、時間稼ぎにはなってしまうだろう。
シリカさんが驚いたように大きく目を見開く。パンチへの対処方なんて、一回も教えたことがないから当然だ。というか、普通に考えて教える必要がない。シリカさんは歯を食いしばって、反射的にだろう、ダガーを前に突き出した。
一瞬後。
ダガーがアスナさんの左拳に、深々と突き刺さった。出血を表す赤いエフェクトが飛び散る。全力で走った勢いを乗せた一突きの衝撃は凄まじく、ソードスキルの発動途中だったアスナさんを弾いて、強制停止状態にし、シリカさん自身ももんどりうって転がった。
ソードスキルを用いなかったシリカさんが、次の一撃に移るために勢いよく立ち上がる。アスナさんを視界に捉えようとしているのだろう、素早く眼前を見渡して、技後硬直から立ち直りかけているその姿に顔を向けると、再び、猛然とダッシュを──というところで。
デュエル終了を告げる効果音が鳴り響いた。
『Winner Silica』
表示された文字を見る。
「え⁉」
「ふぇ⁉」
ボクとシリカさんの声が重なった。アスナさんは立ち上がろうとした姿勢のまま、微動だにしていない。
シリカさんのあの攻撃が、有効打と判定されたってことか……。デュエルはベータテストの時に何回もやってきたけれど、いまだに判定基準がよくわからない。
「さっきの攻撃って、左手に突き刺したってだけだよね?」
「はい、たぶん……」
シリカさんと一言ずつ交わして、二人そろってアスナさんを見た。
アスナさんはすでに立っていた。こちらの視線にたじろぐようにして、半歩後ずさる。右手にはだらりと力なくレイピアが握られていて、左手は……と注目して、ようやく合点がいった。
アスナさんの左手からは、中指、薬指、小指が失われていた。切り口は赤くなっており、血が滴るように、時々その赤いエフェクトがはぜた。部位欠損、という状態だ。これなら確かに有効打と言えそうだ。
シリカさんもそれに気づいたようで、目を見交わして笑いあい、ガッツポーズを決めた。
なんにしても。
「これで、文句なしにボクたちのパーティーに入ってもらえますよね」
アスナさんは、俯き加減で頷くと、無言のままメニューを操作し始めた。
ややあって。
「あ」
ボクは思わず声を上げた。こちらに、フレンド登録の申請が来ていた。もちろんアスナさんだ。間髪入れずに『○』を押して、もう一度アスナさんの様子をうかがった。俯いたままだ。口元さえもフードの陰に隠れて、何も読み取ることができない。ただ一つ分かるのは、アスナさんが今、ボクたちと顔を合わせたくないだろう、ということだ。
「じゃあ、攻略に行くときにはまた連絡します」
それに応える声はなかった。ボクはシリカさんと目配せをすると、黒鉄宮へと足を向け、それ以上何も話さず、小さな広場を後にした。
「シリカさん、スッゴイよ‼」
広場から距離を置き、確実にアスナさんから見られないことを確認してから、シリカさんの両肩を思いっきり揺さぶった。口角がグイグイ上がっているだろうなぁと思ったが、抑える気にもなれなかった。シリカさんも首をガクガク言わせながら、興奮気味に頬を上気させている。
「私……私、本当にアスナさんに勝っちゃったんですね」
いまだ夢見心地な様子。相当に嬉しかったようで、口元がだらしなく緩んで、言葉にするなら『ふふぇ~』といった感じになっている。
「早速姉ちゃんたちにも連絡しなくちゃ」
メッセージを起動して、
『シリカさんがアスナさんにデュエルで勝って、アスナさんがパーティメンバーに加わることになりました‼』
返事は一分と経たず返ってきた。シリカさんも気になっているようだったので、他の人にも見えるよう設定して、ウィンドウに顔を寄せた。
『本当⁉ やったね! じゃあ一回黒鉄宮に集まろうか。アスナさんは一緒?』
『一緒じゃないよ。シリカさんに負けたのがショックだったのか、パーティーに入るのがショックだったのか分からないけど、茫然って感じだったから、フレンド登録だけして退散してきたんだ』
『そっか。早く仲良くなりたいね。アスナさんに早く攻略に参加してもらうためにも、あと一人を集めないと。それについても話し合いましょう』
『はいはーい。じゃあまた後で』
メッセージを打ち終え、ボクは再びシリカさんと顔を見合わせた。シリカさんは、眉根にしわを寄せるようにして、顔をしかめていた。
「アスナさんに勝って、舞い上がっちゃってましたけど、考えてみればまだ、一人足りてないんですよね……」
ボクはうなずく。
「うーん、あと一人、誰かいないかなー」
そもそも、それがいないから困っていたんだけどね。
……ほんと、どうしようか。
*
午後八時過ぎ。アスナさんを探しに行く前は薄暗がり程度だった空は、とっくの昔に濃紺に染まり、松明(だろうと思われるもの)の輝きが際立っている。
大きな通りから、中央広場に入ると、明々と照らされた黒鉄宮が見えた。ひときわ明るいその宮殿の前には、小さな人影が二つ。目ざとくこちらに気付いたらしい大きい方の人影が、一度だけ大きく手を振った。すでに姉ちゃんとキリトは戻っているようだ。
はぁ、戻って来た……と思わず脱力してしまいそうになるのを、なんとかこらえて、ボクとシリカさんは、ゆっくりとしたスピードで黒鉄宮を目指した。
そしてついに、何事もなく合流することができた。姉ちゃんキリトは笑顔でボクたちを迎えてくれる。姉ちゃんは、「やったね、シリカさん」とシリカさんの肩を叩いた。
「はい!」
姉ちゃんの一つ年上であるはずのシリカさんは、まるで親にでも褒められたように頬を染め、はにかんだ。その様子をうかがっていたキリトは、微笑ましいものみる、姉ちゃんがボクを見るときのように、口元を緩めた。これってなんか、「みんな、家族みたい」
ボクは独り言のようにつぶやいた。実際、誰に言ったものでもなかったけれど、それでも、反応はきちんと(?)返ってきた。
「家族だとすると、私はどのポジションになるの?」姉ちゃんは首を傾げた。
キリトがそれに、自然な調子で「このメンバーなら、母親じゃないか?」と答える。
シリカさんは「そうすると、キリトさんはパパで……お二人は夫婦ってことになりますよね」と言うと、さっきよりも、もっと顔を赤くした。
「私とキリトが夫婦……」姉ちゃんにしては珍しく、シリカさんに影響されてか、少しうろたえたように見えた。頬にも赤みが差している。キリトはこういう話に耐性がないのか、姉ちゃん以上に赤くなって、そっぽを向いていた。
「ランさんとキリトさんが夫婦なら、私は娘、でしょうか。じゃあ、ユウキさんはどうでしょう?」シリカさんはボクを見て言った。
キリトはボクとシリカさんを交互に観察して、「年齢的に言ったらユウキが妹だな……でも、性格はなぁ……」と口ごもり、結局答えは出せなかったようで、唸ったまま口をつぐんだ。姉ちゃんも苦笑を浮かべながら、キリトに賛同するようにうなずいていた。つまり、どっちもどっち、ということかな。
キリトと姉ちゃんの反応を見たシリカさんは、「私、お姉さんに見えませんか?」と少し残念そうだ。確かにシリカさんは、よくアイドルとかでやっている『みんなの妹!』っぽいところがあるよね。それならもういっそ、
「ボクとシリカさんは、双子ってことで良いんじゃない?」
「双子ですか……私の方が年上なんですけどねー」
「俺が思うに、敬語を使ってるからっていうのもあるんじゃないか?」
キリトの言い分に、なるほど、と頷いてしまった。確かに、シリカさんは、ボクたちにいまだに敬語を使っているし、全員の名前の後に『さん』をつけている。それのせいで年下に見えるというのも、ままある話かもしれない。
「使わないようにすれば、ユウキさんより年上に見えますかね?」
シリカさんは自信無さげだ。
「私、学校でも同級生に妹扱いされていたので、もうどうしていいやら……あ、学校の同級生には、敬語なんて使ってませんでしたよ?」
すがるように上目遣いをされて、キリトが、「うっ」と息を詰まらせた。その仕草が原因なんじゃ……あと、庇護欲をそそる儚い感じ。でも口には出さない。だってあの上目遣い、めちゃくちゃカワイイんだもん、やめちゃうなんてもったいない。
「ねぇ、そろそろ次の対策を考えない?」
脱線に脱線を重ね、もはや帰って来られなくなった話に、憮然としている姉ちゃんが終止符を打った。そうそう、なんのために集まったのか、目的を忘れるところだったよ。
「ええと、あと一人、パーティーメンバーを見つける方法、ですよね?」
シリカさんが言った。と言うか、敬語は直さないんだね。
姉ちゃんは神妙にうなずいた。
「アスナさんが入ってくれることになって、あと一人ってところまでは来たけど……」
「もう一度本部に問い合わせてみたらどうだ? アスナ……さん? がパーティーに加わることになった報告も含めて」
キリトが言った。姉ちゃんは、ふむ、と頤(おとがい)に手をやると、しばらく何事かを考え込んでいたが、唐突に「じゃあ、そうしましょうか」と、メッセージウィンドウを立ち上げた。
可視化してあるそのウィンドウを、四人で囲んで見つめる。左から、キリト、シリカさん、姉ちゃん、ボクの順序だ。姉ちゃんは、視線が今書こうとしているウィンドウに集中して、少しやり辛そうにしていたけれど、誰も引く気がないと悟ると、ため息を一つ吐いて、指を走らせ始めた。見せたくないなら、可視化しなければ良かったんじゃないかな、とボクは思った。
『 高幡 浩二様
平素より大変お世話になっております。ランです。
「平素って何ですか?」シリカさんが、隣に
いたキリトに小声で質問した。「さ、さあ?」
とキリトもささやき返す。姉ちゃんに気を遣っ
て声をひそめたのだろうけど、シリカさんの隣
にいる姉ちゃんには、ばっちり聞こえているだ
ろう。姉ちゃんは明確に気にした素振りは見せ
ていないまでも、ピクリ、と指を止めそうにな
ったのに、姉ちゃんの反対隣にいたボクは気づ
いた。というか、難しい言葉使うなぁ。
さて、突然ではありますが、先日ディアベル様からご紹介頂きましたアスナさんと、パーティーを組むこととなりました。その経緯をご報告いたします。
ディアベル様のご助言によりまして、私共は、アスナさんの訓練場所を探し出すべく、力を尽くしておりましたが、本日、ついに発見することができました。
アスナさんからは、パーティーに入って頂く条件として、シリカさんとのデュエルを申し込まれました。シリカさんが勝てばパーティー加入、アスナさんが勝てば、こちらはパーティーへの勧誘を諦め、ユウキが高幡様、ディアベル様に、単独攻略を許可頂けるまで交渉し続ける、という内容です。
デュエルの結果は、シリカさんの勝利と相成りまして、アスナさんの加入が決定いたしました次第です。
ただ、アスナさんは、精神的にショックを受けているようで、対話を重ねるなど、何かしらの対処が必要であると思われます。
ご報告いたします内容は、以上となりますが、それに付随いたしまして、一つご相談したい事がございます。
アスナさんの加入により、私共パーティーは、総勢五名となりました。しかし、ご承知の通り、攻略への許可が下りるのは六名のパーティーであります。私共といたしましても、是非アインクラッド脱出へ向けての一助となりたい所存ではございますが、それが難しいのが現状です。
そこで、改めまして、私共のパーティーメンバーの斡旋をお願いできませんでしょうか。
お忙しいことと拝察いたしますが、何卒よろしくお願いいたします。』
それはもう、ビジネス文書だった。圧倒的に、疑う余地もなく、完膚なきまでにビジネス文書だった。もしかしたら間違ってるところもあるのかもしれないけど、そんなこと、ボクたちに分かりようがないのだった。
「……うん。ボクの姉ちゃんながら、もう訳が分からないよ……」
もはや呆れたため息さえ出てこない。
「ランさん、あなたって人は、一体何者なんですか……」
「何を言ってるのか分からないところがちらほらと……。ランの年齢は明らかに間違っていると、俺は今確信した! どうやってアバターを偽装したんだ、方法を教えるんだぁ‼」
シリカさんもキリトも、ありえないもの──まさしく、宇宙人でも見るような目で、姉ちゃんを見ていた。キリトに至っては、軽く頭のねじが飛んでしまったらしい。テンションがおかしなことになっていた。しかし、当の本人はどこ吹く風。慣れた動作でウィンドウを消し、ボクたちを見やると、普段通りの調子で言った。
「これで、ひとまずはいいと思う。返信がいつ来るか分からないけど……どうする? 待つ?」
ここまで普通にされると、ギャップがありすぎて対応に困る。もしかして戸惑っているボクたちが間違っているのか、と錯覚しそうになったけど、絶対そんなことはない!
「姉ちゃん、どこでそんな文章の書き方覚えたの⁉」
「ネットと本。お父さんの部屋にそういう本があったから、パラパラとめくってたの。で、他にどんなのがあるのかなー、と思って、ネットで調べた」
と、こともなげに。それで書けちゃうものなんですか、お姉さん。
追及してもボクたちは置いて行かれるだけだ、と悟ったボクは、話を切り替えることにした。
「メッセージのことだけど、一旦帰っちゃってもいいんじゃない。いつ返事が返ってくるか分からないし」
「まぁ、ただ漫然と待っててもしょうがないだろうなぁ」
よかった、キリトもこちらの世界に戻ってきた。
「私もちょっと疲れちゃいました」
たはは、と笑いながらシリカさん。考えてみれば、初めてのデュエルな上、プレッシャーが大きくのしかかるような状況だったんだ。それはそうだよね。
姉ちゃんは全員の意見を聞き届けて、
「それでは、今日は解散!」
「お疲れ様でした~」と声をそろえ、ボクたちはそれぞれの帰路に就いた。
*
黒鉄宮からホテルまでの道すがら、ボクは今日のことを思い返していた。
アスナさんがパーティーに入ってくれることが決まって、ボクたちは攻略に向けて大きく前進した。それは間違いない。しかし、それはアスナさんの本意ではなかった。それも間違いない。正々堂々と勝負をして決めたこととはいえ、ボクの中には、まだもやもやする物が残っていた。他に方法はなかったのか。せめて、もう少し納得ずくで来てもらえなかったものだろうか。
色々考えているうちに、アスナさんを探している時に感じた恐怖も思い出して、ボクは身震いした。
現実の中に作られた非現実を現実としてみる、というのは、思っていた以上に難しいらしい。あの時ボクは、危うく我を忘れるところだった。この世界を早く受け入れられるようにしないと……。
「ユウ、どうかしたの?」
煩悶しているボクの様子に、姉ちゃんは気づいたらしい。相変わらず目端が利くなぁ。どうせ姉ちゃんに隠し事ができるとも思えないし、隠すようなことでもないので、ボクの中にある蟠り(わだかまり)を話してみることにした。
ボクが話し終えると、姉ちゃんは難しい顔をしていた。
「なるほど……。アスナさんのことについては、私はしょうがなかったと思うよ。だって、あの状態のアスナさんを説得できるなんて、ユウも思ってなかったでしょう?」
「うん、まあ、そうだね」
「あとから振り返って反省するのは良いことだけど、後悔は引きずらない方が良いよ。……怖い思いもしたのに、今日も、ユウはよく頑張った」
姉ちゃんはそう言って、正面から優しくボクを抱きしめた。ポン、ポン、と子供をあやすように、一定のリズムで背中を叩く。いつもなら『子供扱いしないでよー』と言って頬を膨らませているだろうボクも、そのぬくもりが、あまりにも安らぎを与えてくれるものだから、何も言い返せなくて、身を任せていた。
蟠りが解けていくのを感じた、それは涙に変わったのだろうか。視界がぼやける。ぐぐい、と嗚咽がこみあげてきて、ボクは、姉ちゃんの肩口にかじりついた。
姉ちゃんがかすかに笑ったのが、吐息で感じられた。姉ちゃんの手がボクの頭にのせられて、ゆったりと撫でられる。
頭上から声が降ってくる。
「ユウ、何無理をしてるの。ここで声を出して泣いたからといって、誰も気にしないよ。悲しいことも、苦しいことも、全部吐き出していいんだよ」
限界だった。喉に詰まっていたものが、一気に抜けたようだった。無意識のうちに泣かないように堪(こら)えていた涙と声が、とめどなくあふれ出してきた。それを止めるすべを、ボクはもう持たなかった。
幼子(おさなご)のように泣き続けるボクに、姉ちゃんはずっと寄り添って、その腕で包み込んで、頭をそっと撫で続けていた。
どれくらい経ったろうか。ボクは吐き出すものを吐き出して、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。胸がスッとして、ふわふわとした、浮遊感に似たものが、余韻として残された。
「落ち着いた?」
姉ちゃんの問いかけに、ボクはうなずいた。うまく声が出なかった。
「じゃあ、帰ろうか」
再びの問い。やっぱり声は出てくれなくて、もう一度、うなずくことで返して、姉ちゃんの肩口から離れた。晩秋の涼風が吹き抜け、今まで温かかった分、余計に寒く感じられたボクは、ぶるり、と身震いした。
目をごしごしとぬぐって、両の手で頬を軽くはたいて、息を一度大きく吐き出して。「よし」と気合を入れたボクは、温(ぬく)みのある瞳でボクを見守っていた姉ちゃんと目を合わせると、一回だけうなずいた。
姉ちゃんは微笑んで、うなずき返す。そして、戻るべき場所に向かって足を踏み出した。
一歩一歩確かめるように、ゆっくりと、ゆっくりと、ただ、前へ。
*
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
体を大きく揺さぶられる。うーん、もうちょっと寝かせてよ。夢うつつ。
「ユウ、起きて!」
姉ちゃんの大声にハッとして、ボクは勢いよく、布団を弾き飛ばすように跳ね起きた。
右を見る。左を見る。いつもの宿泊所に違いはないけれど……ボク、いつの間に寝てたんだろう。記憶をたどってみても、泣いたところまでしか思い出せなくて、首をひねった。そうだそうだ、と時計を見ると、いつの間にやら朝になっていた。
「ユウってば‼」
「うわぁ⁉」
姉ちゃんの大声に驚いて、ボクは一気に覚醒した。
「な、なに?」
「高幡さんからメッセージが来てたの。パースさんが、私たちのパーティーに入ってくれるんだって! 今日から早速攻略に行けるよ‼」
姉ちゃんの言っていることを理解するのに、数秒の時間が必要だった。なになに? 高幡さん、メッセージ、パースさん……攻略に行ける。
攻略に行ける。
攻略に、行ける。
「うえええええええええええええええ⁉」
ボクの絶叫は、まだ日が上って間もない朝霧を、鋭く切り裂いた。
次回新章突入!
攻略開始です!