絶剣~絶対無敵の剣姫~   作:melan

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遅くなりました。

第三章、スタートです。


攻略開始
(11)


 

 広々とした砂漠に細々と刻まれた一本道。遠く前方には、これから入って行くことになる、森の影が小さく見えていた。

 

「スイッチ!」

 

 真昼の雲一つない狭い青空に、ボクの声は吸い込まれていった。シリカさんはボクの声に応え、素早く前に踏み込んだ。

 

「やああああああああ‼」

 

 ダガーがソードスキルの燐光をまき散らし、犬に似たモンスター『ブラッディ・ハウンド』を一閃する。

 

「ぐぎゃぁぁ」と、どうしても痛々しく聞こえてしまう断末魔の叫び声を残し、ポリゴンのかけらになって、宙に消えた。

 

 リアルの犬と大して体格は変わらないけれど、すばしっこくてなかなか攻撃が当たらないこのモンスターは、始まりの街から次の村『ホルンカ』に行くのに、必ずエンカウントする。ただし、一発の攻撃力はさほどでもないので、動きに対応できてしまえば倒すのは簡単だ。

 

「シリカさん、お疲れー」

 

「ナイスアシストでした、ユウキさん!」

 

 笑ってハイタッチを交わす。ふむ、これでこちらはひと段落。

 

 他のメンバーは、と視線を巡らせると、姉ちゃんとキリト、パースさんとアスナさんで、それぞれ数頭のハウンドを相手していた。……と言うより、一方的に切り刻んでいた。

 

 特に姉ちゃんとキリトのペアはもはや凶悪と言えるほどで、二人は息をぴったり合わせ、目にもとまらぬ速さで一体、また一体と敵を斬ってはポリゴンに還していく。口元には無邪気な笑みが浮かんでいた。その無邪気さが、ボクには逆に恐ろしく思える。姉ちゃんが戦うのが好きだっていうのは、ベータテスターの時に初めて知って、余りの凄絶さに怖くなった記憶がある。姉ちゃんを怒らせたら、ダメ、絶対!

 

 

「せあああああああああ‼」

 

 響くアスナさんの大音声につられて、視線を移す。

 

 アスナさんは、舞っていた。一突きするごとに離脱して、敵の攻撃をかいくぐり、また次の一突き。見事なヒット&アウェイ。それだけ動いていながら、ビックリしちゃうくらい正確に『クリティカル』判定を出し、あっという間に倒していく。たまに打ち漏らしたモンスターがいても、あとに控えたパースさんが、冷静に対処していく。

 

 本当なら役割が逆だよなぁ。心の中でつぶやくも、声には出さない。

 

 両手剣で大ダメージを与えて、打ち漏らしを素早くレイピアで、という、ボクたちがテスター時代にやっていた戦法は、この二人には当てはまらないらしい。戦法は人それぞれだと思うし、戦いやすいやり方を選べば、それで良いとは思う。

 

 攻略開始初日の今日。かなり順調に進んでいると思う。初めてのパーティープレイなはずのアスナさんとシリカさんも、気負いなく次々とモンスターに立ち向かっていくし、コンビネーションも特に問題はなさそうだった。

 

 黒鉄宮にみんなが集合した時は、重く気まずい雰囲気で心配していたけど、ふたを開けてみればこんなもの。あれだけとげとげしかったアスナさんも、不満を漏らすことなく、黙々とモンスターの相手をしていた。アスナさんは元々、攻略をどんどんしていきたかった人なわけだし、この現状に、少なくとも一定の理解をしているんだろう。たぶん。

 

 でも、あれ?

 

 むしろ、気合を入れる声以外に一言もしゃべってないんじゃ……。

 

「ユウキさん、次来ます!」

 

 シリカさんの声に、過(よぎ)った不安を押し込め、意識を切り替える。とりあえず次の村までは、保留にしておこう。

 

 

 

 

 五分くらいで群がってきたすべてのモンスターを倒し切ると、姉ちゃんとキリトを先頭に、アスナさんとパースさんが続き、ボクとシリカさんはしんがりを行く。

 

 今向かっている『ホルンカ』では、一つのクエストを受けることができる。《森の秘薬》クエスト、と名付けられたそれは、ホルンカの村の一番奥まったところにある一軒の民家を訪ね、そこで何かの病気で寝込んでいる女の子を助けるために、薬を手に入れる、というもの。そのクエストをクリアすると、《アニールブレード》という片手剣を入手することができる。ダガーやレイピアではないから、使うのはボクとキリトだけだ。二人のためだけに全員で行動するのはなんだか申し訳ない気がしたけど、姉ちゃんの『パーティー全体の平均が上がることにもなるし』という一言で、受けることを決めた。

 

 理由はもう一つある。このクエストをクリアするには、《リトルネペント》という、植物型のモンスターを倒しまくって、《リトルネペントの胚珠》を手に入れなくちゃいけない。でも、その出現率は恐ろしく低くて、何体も狩ることになる。このモンスターはもらえる経験値も多いから、自然にレベルは上がっていく。さらに、このモンスターは、攻撃は強いけど防御が弱いのが特徴で、敵の攻撃が当たりさえしなければ、レベリングにちょうどいい。ボクたちのパーティーは速度重視ばっかりだから、おあつらえ向きといえる。

 

 

 

 森が近づいて来た。

 

 鬱蒼と茂る木々は、不気味な雰囲気に満ちていた。ベータテスターの時にも来ていたはずだけど、デスゲームになって感じ方が変わったのか、前の時よりもさらに、気味の悪さが増した気もする。ホルンカは森の中にあるから、一本だけある小路を辿って行くしかない。一歩森に入れば、もうリトルネペントのテリトリーだ。気を抜けば、思わぬところで、命を落としかねない。

 

「あ、あそこに入るんですかぁ……?」

 

 シリカさんが怯えた声を出した。すでにちょっと及び腰になっている。こういうところ、苦手そうだもんね、シリカさん。

 

「たぶん出ると思うけど、このパーティーなら大丈夫だよ」

 

 突如、前を歩いているアスナさんの体が、ビクッと震えて、シリカさんは目を見開いた。いや、ここでモンスター出るのは当たり前でしょ。

 

「出るって、まさか……これ、ですか」

 

 シリカさんは腕を胸の高さに持ち上げて、だらりと手を垂らした。アスナさんの歩き方が、若干ギクシャクし始めた。

 

 シリカさんのジェスチャーで分かった。ボクの言い方がまずかったらしい。

 

「いやいや、幽霊とかそういうんじゃなくて! モンスターがポップする、って話だよ」

 

「な、なんだぁ、良かった……」

 

 ほーっと息を吐く。

 

 それにしても意外なのが……。

 

「アスナさんって、お化け苦手なの?」

 

「な、何のこと? 私幽霊なんて別になんとも思ってないわよ? こっれっぽっちも、怖くなんてない」

 

 アスナさんは前を向いたまま、食い気味に返した。

 

 ムフフ、これは良いことを聞いた!

 

「へぇー! アスナさんにも苦手なものってあったんだ!」

 

「だから、違うって言ってるでしょ⁉」

 

 こちらを振り向くアスナさん。顔のフードから見えている部分が、朱に染まっていた。

 

 分かりやすいなぁ。なんだかアスナさんがかわいく見えてきて、頬が緩む。 

 

「はいはい、そーいうことにしといてあげる!」

 

「ほんとよ! 嘘じゃないんだから!」

 

「みんな。森に入るよ」

 

 必死で食い下がるアスナさんを、姉ちゃんの静かな声が止めた。アスナさんは不機嫌そうに口をへの字にしながらも、潔くクルリと前を向いた。

 

 リトルネペントのレベルは三で、ボクたちはまだ一のまま。本当はもっと慎重に行くべきなのかも知れない。実際、ここのクエストの情報は、本部から配布された攻略本にもばっちり載っていたけど、まだ挑戦者はいないらしかった。

 

 未踏破のフィールドを、被ダメージを最小限にしてクリアしていくには、それなりの実力が必要だ。レベル一での、このクエストへの挑戦は、ベータテスターが四人もいる、このパーティーだからこそできることだと思う。

 

 並び順をそのままに、歩くペースは少し緩やかにして、小路に入る。

 

 一歩踏みしめるごとに、土の柔らかい感触が伝わってくる。空から射す光は梢に遮られていき、辺りは薄闇に包まれた。仮想世界だからか、夜になっても、視界を完全に失くしてしまうような暗闇にはならない。

 

 とはいえ不気味なものは不気味だ。たまに聞こえる鳥だろう生き物の鳴き声だとか、自分たちが葉を擦って出るガサガサいう音に、神経を逆なでられる。

 

 シリカさんは一番顕著で、なにか目立った音がするたびに、身を震わせた。アスナさんは思ったより落ち着いている。他のメンバーは言うに及ばず。キリトなんかは鼻歌でも歌いそうな、軽い調子でひょいひょい足を進めている。あれでモンスターの奇襲のほとんどを返り討ちにしているのだから恐ろしい。モンスターの音とそれ以外の音を聞き分けてるらしいんだけど、マネできる気はしない。

 

 直線だった道が、曲がりくねり始めた。入ってきた森の入り口は見えなくなり、一層闇が深まる。油断なく視線を這わせながら、息を凝らしていると、キリトが突如立ち止まって、シー、と口に人差し指を当てた。全員が立ち止まって、体を緊張させながら耳を澄ませる。

 

 

 がさがさがさ

 

 ざざざざざざ

 

 じゃっしじゃっし

 

 ざざざあああ

 

 

 明らかに人ではない足(?)音。これはリトルネペント歩いている時の音だ。と思う。勘だけど。ここの森にいるのは、攻撃力を持たない数種類の動物型モンスター、同じく攻撃力を持たない数種類の鳥型モンスター、そして、目当てのリトルネペントだ。ベータテストの時と同じなら。

 

 藪を二つほど挟んだ向こう側に、その気配はあった。木の葉を大きく鳴らし、地を踏む音を響かせながら、少しずつこちらに近づいてきているようだ。

 

 キリトは、目線と剣を掴む動作で、武器を構えるように合図を送ってきた。戦闘態勢に入る。

 

 使っている道の幅は、広く見積もって五メートルくらいしかなく、得物が大きいパースさんは不利になる。事前に作戦を立てるときに話し合っていた通り、パースさんを後ろに下げて、ボクとシリカさんはアスナさんを挟む形で並ぶ。

 

 リトルネペントの攻撃パターンを、頭の中でシミュレートしてみる。

 

 パターン一、左右どちらかの蔓を突きこむ。予備動作は、突きこむ側の蔓を、一度つきこむ方向と反対側に投げ出して、勢いをつけられるようにすること。予備動作から攻撃までは大体三秒くらい。回避するときは、左右どちらかに跳べばいい。

 パターン二、蔓の切り払い。予備動作は両方の蔓を高く掲げることで、右の蔓と左の蔓を、一回ずつ袈裟切りする。射程距離が短いから、距離を取っておけば当たらない。

 パターン三、腐食液発射。口(?)がある方向を中心にして、正面三十度の範囲に、ネバネバする液体を吐きかける。これに当たると、動きが阻害されるだけじゃなくて、武器と防具の耐久度も下がってしまう。予備動作は、ウツボが膨らむこと。これは射程距離が五メートルもあるから、パターン一と一緒で、横に跳んで回避する。

 

 まだそんなに難しい敵じゃないし、大丈夫なはず。

 

 

 バキバキバキッ

 

 

 ついに道の脇の藪が引き裂かれ、中からのっそりと、ボクとあまり変わらない身長をしたモンスターが現れた。すぐにボクたちを認識し、

 

「シュアアアアア‼」

 

 と鳴いて、蔓を高く掲げる。

 

「切り払い来るぞ‼ 退避‼」

 

 キリトの号令で、一斉に後ろへジャンプする。直後、

 

 ヒュン! ヒュン! 

 

 と立て続けに空を斬る音が響いて、蔓が振り下ろされた地面がえぐれた。

 

「実はなしだ」

 

 再びキリトが言った。

 

 『実がない』というのが結構重要で、もし丸い実が付いたリトルネペントの実を斬ってしまうと、実が爆発して、大量の仲間を呼び寄せてしまう。今のレベルで何体ものリトルネペントを倒すのはかなり厳しいから、しっかり確認しないといけない。実が出る確率は、花が出る確率と同じくらいらしい。

 

「全力攻撃‼」キリトが叫ぶ。

 

「らああああ!」

「やああああ!」

「せああああ!」

「はああああ!」

「うおおおお!」

 

 

 それぞれに気合をほとばしらせ、リトルネペントの弱点、ウツボと茎の間を狙って突っ込んでいく。鮮やかなライトエフェクトがいく筋も交錯し、薄闇を彩る。ソードスキルの派手な効果音が五重に炸裂して、森を貫き渡った。

 

 姉ちゃんが、シリカさんが、アスナさんが。

 

 狙いたがわず、ソードスキルは次々と弱点を切り裂き、リトルネペントのHPバーがみるみる減少していく。

 

 ボクが、キリトが。

 

 そして。

 

 

すかぁぁぁぁん!

 

 

 という気持ちのいい音をたてて、ウツボから上の部分が切り離された。HPを削り切った証拠だ。リトルネペントは、断末魔の声すら上げる余地なく爆散した。

 

 みんな、しばらく何も言わなかった。

 

 ……勝った。

 

 勝った!

 

「やったぁぁ‼」ボクが思わず勝鬨をあげると、

 

「やりましたね!」シリカさんが、声を上ずらせ、

 

「ふん」とアスナさんが興味なさげに鼻をならし、

 

「パーティーで戦うとこんなにあっさり倒せるのか」とキリトが目を丸くし、

 

 姉ちゃんは「す、すみませんパースさん、これじゃあ経験値を稼げませんね……」と頭を下げ、

 

 対するパースさんは、「いえいえ、良い戦いっぷりでしたよ」と微笑んだ。

 

 まるでフィールドボスでも倒したような盛り上がり。

 

 なぜかといえば、ベータテスターのとき、姉ちゃんと二人でこの森に入って、結構苦労したのだ。

 

 蔓で突く攻撃は、フレンジー・ボアの比じゃない速さのうえ、威力もこちらの方が高いし、切り払いは、今までにない攻撃で、対応するのに時間がかかった。腐食液発射は、しっかりと特殊効果を持った初めての攻撃だったから、何度も喰らって死に戻りした。

 

 今回は、絶対死ねない一発勝負。六人パーティーだから勝手も違う。結構不安要素の多い計画だった。だからこそ、ここまで鮮やかに倒せたことが嬉しかった。

 

 ちなみに当初は、ボクたちで、リトルネペントを確実にスタン状態に追い込んで、パースさんがとどめを、という予定だった。全員がそろって経験値を得るためにも必要な作戦だったのだけど……。

 

 ごめんね、パースさん。次は順番を変えた方が良さそう。

 

 

 

 

 その後、ホルンカの村に着く間に何体もリトルネペントと戦い、慣れも出てきて、余裕をもって戦えるようになった。その間、花付きに出会うことはできなかったけど、逆に実付きに遭遇することもなかった。

 

 経験値稼ぎのために、攻撃役をパースさんとも交替しつつ、前に来た時よりも大分早いテンポで攻略は進み、森に入ってから一時間後、ついに村のセーフティーラインを表す石柱を発見した。

 

 村に入ると、裏寂れた家並みが目に入った。NPCが家から出てきて、薪を割ったりしている。始まりの街の活気とは対照的だ。でも、田舎特有の、ゆっくりとした空気が流れていて、嫌いじゃない。森の木もここまでは影響していなくて、陽射しがしっかりと入ってくる。

 

 温かいなぁ。

 

「ここ、なんとなく落ち着く……」

 

 姉ちゃんがぽそりと声をこぼした。キリトはそれを聞いて、うん、と頷いた。

 

「なんだか、おじいちゃん家の町の雰囲気と似てるかもしれません」

 

 シリカさんが、少し遠い目をしていた。記憶の中の景色と比べているのかもしれない。

 

 パースさんは、「私も将来は、こんなところに住めたら良いのですが」と言って笑った。

 

 将来。将来かぁ。

 

 …………。

 

「さて、じゃあ、クエスト受けに行こうよ!」

 

 考え事が、変に深みにはまりそうなのを振り切りたくて、この場には不必要な大声で呼びかけた。

 

 物思いに耽っていたのだろうみんな──アスナさんは無反応だったけど──はハッとしたように目を瞬かせ、「おう」とか「そうだね」とか、思い思いに返事をした。

 

 

 

 道幅はやっぱり狭かったから、最初の隊列に戻って、村の一番奥を目指す。

 

 先頭を行く二人の足取りはゆっくりとしていて、村の雰囲気を楽しみたいんだろうな、と思う。それを急かさないボクたちといい、チュートリアル直後のことを考えると、随分と心に余裕が生まれたんだなと実感する。

 

 それにしても、アスナさんが何も言わないのは、ちょっと意外。なにか考え方に変化があったのかも。そうだといいな。

 

 五分と少しで、村の最奥の家、クエストを受注できる家まで辿り着いて、この村の小ささを改めて感じた。

 

 姉ちゃんが、少しささくれの目立った木の扉を、コンコン、とノックした。実際にはそんなことしなくても良いらしいんだけど、なんとなくそうした方が良い気がして、ベータテストの時はボクもそうしていた。

 

「はい」

 

 中から、小さく女性の声が聞こえた。続いて、サク、サク、サク、と微かに歩く音。

 

 ほどなくして、ギギギ、と建付けの悪そうな音をたて、外側に扉が開かれた。

 

 中で立っていたのは、柔和な笑みを浮かべた、いかにも《村のおかみさん》、といった成りの女性NPCだった。女性はボクたちの姿をみとめると、ゆっくりとした口調で声を掛けた。

 

「こんにちは、旅の剣士さんたち。お疲れでしょう。食事を差し上げたいけれど、今は何もないの。出せるのは、一杯のお水くらいのもの」

 

 それを聞いたキリトは、滑舌を意識してか、妙にはっきりと、

 

「それでいいですよ」

 

 と言った。これも単純に、「いいよ」と一言いえば良いらしい。キリトがわざわざ敬語を使ったのも、きっと、ボクたちと同じ理由だろう。

 

 それを聞いた(?)おかみさんは、きびすを返して、家の中に入って行く。ボクたちもそれに倣う。

 

 家に入ると、コトコトと鍋が火にくべられて、静かに存在を主張していた。何かを作っているらしい。

 

 鍋を使っているのに、食事は差し上げられない。果たしてこの鍋で、何を作っているのか。これがクエストのヒントの一つだ。

 

 おかみさんは、年季の入ったカップを六つ、食器棚から取り出して、テーブルに並べ、水差しから一つずつ満たしていく。入れ終わると、六脚置かれた椅子の前に配っていき、ボクたちに座るよう促した。

 

 促されるまま、ボクたちは椅子に腰を下ろした。とたんに、思わず、「はあぁぁ」と声が漏れた。思ったより疲れていたらしい。

 

 目の前に置かれた水をありがたく頂戴して、一息つく。

 

 その様子をちょっとの間眺めて、薄く微笑むと、おかみさんは鍋の元に歩いて行った。

 

 

 

 しばらくして、隣の部屋に続くドアの向こうから、コンコン、と咳き込む声がした。それが聞こえたらしいおかみさんは、悲壮な雰囲気で肩を落とした。

 

 これが第二のヒント。ここでもう少し辛抱して待っていると──

 

「あ!」

 

 シリカさんが声を上げた。おかみさんの頭の上に、金色のはてなマークが現れたのだ。これがクエスト発生の合図で、このマークが出たNPCに、

 

「何かお困りですか?」

 

 などの、クエスト受諾のフレーズを問いかけると、そのNPCがクエストの内容(つまり、依頼)を話してくれるのだ。

 

 案の定、おかみさんは徐に振り向いた。頭上にある、はてなマークも、先ほどと違って点滅している。

 

「旅の剣士さんたち。実は、私の娘が──」

 

 おかみさんは、静かに語りだした。内容を要約&意訳するとこうだ。

 

 娘が重病に罹ってしまったので市販の薬草を鍋で煎じて与えていたが、効果はなく、あとは捕食植物(リトルネペント)の胚珠から取れる薬を飲ませるしかない。しかし、この植物はとても危険なうえ、肝心の胚珠は、滅多にいない花付きのリトルネペントにしかない。自分にはとても入手できそうにないから、代わりに採ってきてほしい。取ってきてくれれば、お礼に先祖伝来の長剣を差し上げましょう。

 

 この説明に大体一時間くらいかかった。その間に、疲れたのかシリカさんは船を漕いでいて、キリトは、「ふぁ」とあくびを繰り返していた。ボクは、たまに聞こえてくるゴホッゴホッと咳き込む声に、なんだか落ち着かなくて眠気がやってこなかった。おかみさんが必死になって説明していた、というのもある。

 

 話し終えたおかみさんが口を閉じる。すると、ボクの(きっと他の人のものも)視界の左端に見えているクエストログに、項目が追加された。それを確認して、

 

「ボクたちに任せてください!」

 

 と叫ぶ──これも本当は「はい」 とかでも問題ない。

 

「みんな、行こう!」

 

 と声を掛けると、姉ちゃんとパースさんを除くみんなは、のろのろとした仕草で立ち上がった。ここまでの道程が、結構堪えているらしい。

 

……それもそうか。

 

 と考え直す。これが初めての攻略だったわけだし、特にアスナさんとシリカさんの疲労はかなりのものだろう。

 

 

 

 

 その後、メンバー全員で相談した(アスナさんは黙ったままだったけど)結果、今日はこれで終わりにして、村の商店で防具などをそろえ(始まりの街の商店より、若干性能が良い)、明日の早朝からクエストに取り組むことになった。時間も頃合いで、すでに午後五時を回っていた。

 

 NPCではあるけど、苦しそうにしている娘さんが気の毒に思えて、本当は今すぐにでも花付きリトルネペントを探したいけど、無理をして命を落としたら元も子もない。ボクもそれに従った。

 

 

 

 

 一通り買い物や食事も終わり、時計は七時を指していた。泊まるお金がもったいない、ということで、今晩はこの家に泊まることにした。──おかみさんに「泊まっても良いですか?」と聞いても、設定に含まれていないのか無反応だった(今までがあまりにも自然すぎて、それが逆に違和感だった)けど、他にプレイヤーが来ることもたぶんないだろうしと、娘さんの寝ている奥の部屋に入った。

 

 奥の部屋は、窓の戸が閉められていて、外からの光が届かないから、明かり用の蝋燭だけが頼りだった。六畳ほどの部屋に、タンスや小ぶりの机が配置されている。そして、左隅の奥には、ベッドがポツンと置かれていた。

 

 その上で少女は眠っていた。思い出したように時々空咳をして、その様子が本当に苦しそうで、なんだかここで眠らせてもらうのは申し訳なく感じてしまった。みんなも居心地悪そうに視線をさまよわせていた(相変わらずと言うか、アスナさんだけは気にした素振りもなくさっさと眠り込んでいた)けど、背に腹は代えられない。疲れも手伝って、一人、また一人と、石壁にもたれかかって、寝息を立て始めた。

 

 ボクは、咳き込む少女を、じっと見ていた。唐突にこの女の子を撫でたい衝動に駆られた。布団の傍まで、音をたてないように気を付けながら移動して、ゆっくり、ゆっくり、おさなごをあやすように、頭に手を滑らせる。

 

 髪はさらさらしていた。体は熱くなっていた。近づいてみて、この子は結構美人さんであることが分かった。年齢はたぶん、七・八歳。顔は熱のためか赤らんでいて、眉間には深くしわが寄せられている。胸が大きく上下して、一回一回の呼吸に、体力をすり減らしているように見えた。

 

 苦しそう。

 

 早く助けてあげたい。

 

 でも。設定の関係上、この子が全快するなんてありえない。この子が病気でなくなってしまったら、このクエストは成立しないのだ。それが不憫で仕方がなくて、自然に目頭が熱くなった。

 

 ポタリ。

 

 こらえきれずに、涙が滴った。それが女の子の顔に当たって弾けた。蝋燭に照らされて、赤く散った。

 

 女の子は薄く目を開いた。ぼんやりとしたその瞳に、蝋燭の光と、ボクの顔が映っていた。

 

 女の子の瞳がボクをとらえた。病気のせいだろう、潤んでいた。余りにも綺麗な瞳で、ボクは金縛りにあったように動けなくなった。その間も、手だけは、まるであらかじめそう設定されていたように、頭を撫で続けていた。

 

 女の子は心地よさそうに目を細めた。眉間のしわは随分浅くなっていた。口元がほのかに弧を描いた。温かい何かが、ボクに流れ込んだ。

 

 

 この子は、本当に、つくりもの、なのだろうか。

 

 

 その疑問は、なだらかに訪れた眠気に溶けて、そしてボクは、穏やかな闇に身を委ねた。

 

 

 




これから戦闘描写が増えていくと思います。たぶん。
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