宣言通り、今回は戦闘がメインです。
ふと、目が覚めた。
ボクは、足は女の子座り、ベッドに手を組んだ状態でのせて、その上から頭をのせて、という体制だった。前に学校に行っていた時期は、よく机で同じ体制で寝ていた(もちろん女の子座りじゃない)。この世界では、ありがたいことに、腕がしびれるようなことはないらしい。
それにしても、いつの間に寝てたんだろう。今何時なんだろう。
首を巡らせると、窓が目に入った。その窓につけられた、雨戸の閉じられた隙間から、わずかに光が漏れだしていた。
どうやら朝になっていたようだ。でも、アラームが鳴ったわけではないから、まだ早い時間なんだろう。
うーん、二度寝でもしようか、と思って、やめた。ボクは一度起きると、大抵眠気なんて吹き飛んでしまう。
とそこで、部屋の中がざわついているのに気付いた。小さな声だからなんて言ってるのかは分からないけど、そのささやき声は、焦ったように早口だった。
あくびを噛み殺しつつ、ゆっくりと体を起こすと、はっと息をのむのが聞こえた。
「ユウ、ごめん。起こしちゃった?」
姉ちゃんの声だ。相変わらず、ささやくような音量だった。暗闇で、はっきりとは見えないけど、姉ちゃんらしき人影がこちらを見ているのが分かった。
「ううん。気にしなくていいよ。それより、何かあった?」
こちらも声を低くして、影に問いかける。
「それがね、私、ついさっき起きたんだけど、いつの間にかアスナさんがいなくなってて」
横合いから違う人影がぬっと現れた。今までは光の当たらないところにいたようだ。
「いまキリト君が村の中を捜索していますが、今のところどこに行ったのかは分かっていません」
パースさんの声だった。姉ちゃんほど焦っている様子はない。
「フレンド登録してるんだから、アスナさんの居場所はそれで分かるんじゃないの?」
ボクが聞くと、姉ちゃんは力なく首を横に振った。
「ユウも確認すれば分かると思うけど、フレンドリストからアスナさんの名前が無くなっているの」
「えぇ⁉」ボクは目を剥いた。
「ユウキさん、一応おたずねしますが、彼女がいきそうなところに心当たりはありますか?」
パースさん静かな問いかけを受けて、アスナさんが行きそうなところを考えてみた。
そして、ボクは、ヒントになるようなことを言えるほど、アスナさんについて知らない事に気がついた。ボクたちはまだ会ってから間もない。話もしてない。アスナさんがどこに行きそうか、なんてこと、分かりようがなかった。こんなことなら、強引にでも、もう少し話しておけばよかった。
ボクが何も言えずにいると、それで察したのか、パースさんは一言、そうですか、と言った。やっぱり特に動揺したようにも感じられず、どうやら、ボクの答えは予想されていたらしいことを悟った。それがまた、なんとも言えず悔しかった。
「キリト君とランさんと私で話し合ったのですが」
静かな調子を乱さず、パースさんが切り出した。
「アスナさんは、一人で村を出ていったのではないかと思います。レベリングをするために」
ボクは息をのんだ。
そりゃそうだ。アスナさんはいつだって、『一人で攻略に行きたい』と言っていたじゃないか。パースさんの言ったことに対する悔しい気持ちは、あっという間に消えて、今度は自分が恥ずかしくなった。なんでそんな簡単なことに気付かなかった。パーティーにアスナさんを引き入れたのは、結果的にはボクなんだから、それについて一番気を遣っているべきじゃなかったのか。
「探しに、行こう」
ボクは言った。パースさんはうなずいた。それが分かるくらい、部屋の中は明るくなっていた。太陽が、本格的に顔を出したのかもしれない。アスナさんがいつ出ていったのかは分からない。もしそれが夜中だったとしたら、体力切れや集中力切れを起こして、大変な事態になっていてもおかしくない。
「う。う~ん」
間延びした声が聞こえた。
「シリカさん、起きて下さい」
姉ちゃんが、シリカさんを起こそうとしているらしい。見れば、シリカさんはベッドとは反対の隅に置かれたタンスに寄りかかって、むにゃむにゃ言っていた。姉ちゃんはシリカさんの肩をゆすっている。
「そういえば、なんですぐにボクたちを起こしてくれなかったんですか? 早く助けに行かないと!」
焦りが出て、思わず責めるような口調になってしまった。夜の森は、昼間に比べて格段に索敵が難しくなるし、戦う時にも敵の攻撃が見えづらくなる。いくらアスナさんが強いといっても、初心者に違いはないのだ。
「アスナさんが、本当にレベリングに向かったのか、確証がなかったからです」
ボクの口調に気分を害した風もなく、パースさんは言った。
「もしも、私たちが総出で村中を探し回って、アスナさんがそこにいたら。その時、アスナさんが、ただ散歩のために出歩いていただけだったとしたら。五人で探し回っている私たちをみて、彼女はどう感じると思いますか?」
想像してみたものの、ボクにはよく分からなかった。それより早く探しに行かないと……! ああ、なんでこの話題を振ってしまったんだろう。
ボクの後悔には当然気付かず、パースさんは、静かにボクの目をみて、続けた。
「私は信用されていない。そう感じるでしょう」
衝撃を受けた。同時に、疑問に思った。なんでそれが、信用されていないことになるの? 『心配』の間違いじゃないの? パースさんは、淡々と続ける。
「彼女は、基本的に人を信用していない節があります。それが彼女の本心なのかは別として。それが何のためにそうなったのかは、まだ何とも言えません。しかし、ここでの彼女の様子を見ていれば、予想はできます。
あの子はあらゆる能力が本当に高い。余りに高すぎて、周りからの妬みを買うこともあったはずです。妬みが嵩じると、嫌がらせにつながります。
特に、中学生の、それも進学校に通う受験生ともなれば、精神的に不安定になることも多々あるでしょう。それはストレスに直結し、そして、そのはけ口を探します。余計に嫌がらせがひどくなることは、容易に想像がつきます。彼女は恐らくそうやって、人間不信になっていったのでしょう」
一旦間を置いて、パースさんは言う。
「人間不信であるその彼女は、私たちの行動をこう捉えるでしょう」
──私が逃げ出さないように、捕まえに来たのだ、と。
背筋が凍った。その通りだと思った。思ってしまった自分が怖かった。それはつまり、アスナさんが人を信用していない──その『人』に、ボクたちが含まれているということを、肯定してしまうことになる。それを肯定した上で、ボクは上辺だけ良い顔をしていたのだ、ということも。
アスナさんのことが気になる、と言う割には。
ボクは、アスナさんのことを、心の底では、信用してなどいなかったんだ。
*
「じゃあみんな、行きましょうか」
姉ちゃんに声を掛けられて、はっと我に返る。いつの間にか、シリカさんは完全武装で立っていて、村の捜索に行っていたはずのキリトも、戻ってきていた。二人とも険しい顔をしている。
パースさんはいつもの優し気な微笑みを浮かべて、一歩下がったところでボクたちを見ていた。
なりふり構わず駆け出したい衝動を抑えつつ、まだほの暗い村を抜け、森に入る。
少し靄(もや)がかかっていることもあって、森の中の視界は悪いが、薄靄を貫き線を描く陽の光は、思わず見とれてしまいそうになるほど幻想的だった。できれば、この美しい光景を見られた感動に身を浸していたかったけど、アスナさんのことでそんな心の余裕はない。
モンスターの音を聞き分けられるキリトを先頭に、姉ちゃん、シリカさん、ボク、パースさんの順で、駆け足に近い速さで小路を抜けていく。ここの通りはよくも悪くも一本道だから、必ずどこかで会える──道を外れていなければ。それが問題なんだけど。
ここの森のマップは、というかSAOの全体的な特徴として、立ち入り禁止エリアのようなものはほとんど存在しない。道を勝手に逸れて、森の中に踏み入っていくことができてしまう。ボクたちを避けたいだろうアスナさんが、そして聡明で行動力もある彼女が、馬鹿正直に一本道で狩りをするなんて、ほとんど望めないような希望で、雲をつかむより不確実だった。
森の中は現実世界と同じで、木の根や下草、藪と、たくさんの障害物があって動きづらくなる。その上、木に囲まれるから、死角が増えて奇襲を受けやすい。木が邪魔になって、剣を振るのにも難がある。一人でするには余りにも危険な挑戦。
なんでそこまで……。
必死になる理由が、いまいちボクには分からなかった。アスナさんとパースさんの話していたことを併せて考えると、アスナさんは進学校の受験生で、それも相当いい成績だったみたい。クラスの人たちの嫉妬を買ってしまうくらい。そうやって頑張って得た立ち位置を守りたいってことなんだと思う。でも、ボクにしてみれば、命と勉強を天秤に掛けられること自体が、理解できなかった。命は何よりも、勉強よりずっとずっと大切なものなのに。
決めた! アスナさんを見つけたら、気が済むまで質問攻めにしよう。例え嫌がられたって諦めないで、ドーンとボクの思ったままを伝えよう。
ボクはアスナさんのことがもっと知りたい。キリトのことも、シリカさんのことも、パースさんのことも、もっともっと知りたい。そうやってぶつかっていけば、もっとみんな仲良くなれるはず。
それはボクの、ただの願望でしかないかも知れないけど、そうだとしても。今のままでは──お互い変に気を遣いながら、ギクシャクとしているのは嫌だった。
*
日はだいぶん上り、靄は晴れて視界が開けた。森の道のりも、半分を過ぎている。なぜか道中でモンスターに遭遇することはなく、それがかえって不気味で仕方がなかった。ここらにモンスターがいないのは、アスナさんが全部狩って行ったからだ、と自分に言い聞かせる。もし本当にそうなら、アスナさんがここを通ってからそう時間は経っていないことになる。
誰も口を利かず、速足だったペースを落として、足音を忍ばせながら進む。どんなかすかな音も聞き逃すまいと、全員が神経を研ぎ澄ませている、というのもあるし、単に話す気になれないのもあるだろう。
──パァァァン
唐突に鳴り響いた何かが爆発するような音。
全員が息をつめた。
今の音は──と思い返す暇もなく、先頭を行っていたキリトが出し抜けに駆け出した。慌ててみんなが後に続き、ボクは走りながらも記憶を手繰る。
絶対聞いたことある。この音はベータテスターの時に、絶対一回は聞いてる。でもなんだっけ、なんだっけ、なんだっけ……。
「キリト、どうしたの‼」
さっきまでキリトのすぐ後ろを走っていて、しかし今は開いてしまった距離を詰められないでいるランが、必死にキリトに向かって叫んだ。キリトはわずかに顔を横へ向けて叫び返す。
「あれはリトルネペントの実が爆発した音だ‼ あそこにあの子がいるとしたら、ほとんど確実に死ぬ‼」
体中の肌と言う肌が粟立った。
思い出した。やっぱり一度聞いていたんだ!
ベータテストのときに、一層攻略にとりかかった姉ちゃんとボクは、リトルネペントの特徴を知らず、一度実付きのものを倒してしまった。そしてあの音を聞いたのだ。大きな花火でも爆発したような音と衝撃に、しばらくの間呆けてしまって、その間にうじゃうじゃと集まってきたリトルネペントに囲まれて、あえなく始まりの街に死に戻りしてしまった。
集まってくる数は本当に凶悪で、数える余裕なんてなかったけど、有に二十は超えていただろう。デスゲームとなった今では、ソロプレイヤーにとって、『死のトラップ』と言えた。
こういう事がないようにするためのパーティー制度だったのに……。
アスナさんを助けたら、しばらくの間、アスナさんに四六時中張り付いてやる。ボクはそう決意した。
キリトが勢いよく森の中へと足を踏み入れた。音のする方角は、道から外れていたのだ。狭い木々の間に何頭ものリトルネペント。状況は最悪と言っていい。
下草の無造作に生えた木立の合間を、藪や蔦(つた)を強引に引きちぎり、剣で引き裂き、猛然と進む。キリトが即席で作った道をボクたちが駆け抜ける。キリトの動きは、レベル一であることを考えると、鬼のように速かった。
音が鳴ってから何分経ったろう。元居た道はとっくに木々に隠され、時間は進んで、どんどんと空は明るくなっているはずだけど、ボクたちの周りの闇は逆に深くなるばかりのようだった。
動きを妨げる草木も増えて、一太刀では切れなくなり、ボクたちは連携しながらソードスキルを使って前へ。歩みは明らかに遅くなり、気持ちばかりが先走る。
「くそっまだなのか!」
ソードスキルを発動したキリトの怒声が飛んだ。爆発音から、もう十分は経っている……と思う。それだけあれば、レベル一のソロプレイヤーが、レベル三の集団モンスターに殺されるには充分すぎる。そこまで思い至って、ボクは頭を振った。
だめだ、考えちゃだめだ、考えたら足が鈍る、頭が鈍る。ただ前に行くことだけに集中するんだ。
「やああああああ‼」
何度目かのソードスキルを、ボクは放った。すると──
ブォンッ
猛烈な風切り音を響かせて、蔓が飛んできた。叫び声すら上げそこなって、とっさに屈んで回避する──と同時に後悔した。
ドス
鈍い音に続き、
「ぅっ‼」
後ろから声なき悲鳴が上がる。ボクのすぐ後ろにいた姉ちゃんは、蔓をまともに喰らって吹き飛ばされた。
「ラン!」
キリトは叫び、ランの方へ走る。
それを足音で確認しながら、ボクは、目の前の光景に圧倒され、同時に吐きたくなるくらい気持ちが悪くなった。
森の中に、ぽっかりと広場ができていて、広場の中はリトルネペントで溢れかえっていた。燦々と降り注ぐ陽光にぬめぬめとして光を照り返し、生理的嫌悪感に襲われた。そう、ちょうど、ゴキブリの群れでも見たらこうなるんじゃないか、というくらいに気持ちが悪い光景だ。一体何体いるのか、数えたくもなくなった。
目の前にいる、奇襲をかけてきたリトルネペントは、道で見かけたやつよりも二回りくらい大きく見えた。それが本当に大きいのか、圧倒されてしまったボクの心がそう見せているのかは、分からないけど。
追撃の予備動作が始まった。今度はウツボを膨らませて……
「粘着液吐き出すよ‼ みんな左右に回避!」
言いながらボク自身も左に身を投げ出す。数瞬後、べしゃべしゃと、これまた気持ちの悪い音を立てながら、粘着液が吐き出された。
基本的に、少なくとも初期に登場するモンスターは、攻撃から次の攻撃までの間に、時間があった。プレイヤーで言うところの技後硬直だ。その隙をついてソードスキルをウツボに叩き込む。
「らあああああああああ‼」
弱点をピンポイントで当てられたらしい、クリティカルの表示と共に、HPゲージがみるみる減って、一気に三割近くをけずる。攻撃をまともに受けたリトルネペントは、身もだえして(やっぱり気持ち悪い)、スタン(気絶)状態に陥った。この状態になると、攻撃されないうえ、防御力が下がる。つまるところ絶好のアタックチャンスだ。
「やあああああああああ‼」
背後からシリカさんの声。のち、ズバァァァン、というおなじみになったシリカさんのソードスキルの音。
ぐぎゃぁぁ‼
というモンスターの断末魔。シリカさんは、ボクが技後硬直から復帰するまでの二秒さえ待たず、一体目のリトルネペントを倒した。
しかし気を抜いている暇はない。戦いの音を聞き(?)つけて、ワラワラとリトルネペントが集まってきていた、というのもあるけど、聞こえたのだ。前から、連続して、斬撃の音が。ちょうどその時、
「みんな! 広場の奥の方に、アスナさんが‼」
悲鳴に近い声をあげて、姉ちゃんが現れた。蔓の攻撃をあびて減っていたHPは、ポーションを飲んだようで回復していた。キリトも顔を出す。
「ちょっと木に登って確認してみた。広場の大きさは、たぶん直径百メートルはあると思う。広場の中心近くにあの子がいた。敵の数はざっと七十体で、こんなに倒すのは俺たち全員でかかっても危ない──ここは、奴らの『巣』なのかもな。とりあえずあの子のところまで強行突破して、合流できたらとにかく逃げよう‼」
他に選択の余地はない。七十体なんて、ボクたちだけじゃどう考えても無理だ。
「あの子がいつまで持つか分からない。みんな行くぞ‼」
キリトの号令で、キリト、次に姉ちゃん、シリカさん、ボクと続いて、しんがりはパースさんという隊列で、ボクたちはリトルネペントの群れに突っ込んだ。
キリトの前方の敵から、蔓が突きこまれた。
「ラン、頼む!」
キリトは回避することなく、剣を当ててはじき返す。反動でスピードが鈍ったキリトの後ろから、姉ちゃんが間髪入れず飛び込んで、
「はあああああ‼」
ソードスキルを、当然のようにクリティカルでウツボに叩き込み、次いで、
「やああああああ‼」
シリカさんのソードスキルで、スタンした敵のHPを全損させた。
技後硬直状態の二人を追い抜き、今度はボクが先頭を走る。
斜め右横から薙ぎ払いの蔓。ボクはキリトと違って剣で迎え撃つなんていう技術がない。それに、どうやらボクしか射程に入っていない。
「パースさん、お願いします!」
ボクは左に飛んで、攻撃範囲外に逃れる。後ろを走っていたパースさんは、
「ハァッ‼」
短い発声とともにソードスキルをお見舞いし、やはり一発でスタン状態に。その後ろを走っていたキリトは、気絶したモンスターに目もくれずに前へ。
とにかく、一刻も早くアスナさんのところに辿り着かないと。ボクは技後硬直から復帰して追いついていた姉ちゃん、シリカさんの後ろに着く。パースさんもすぐに追いついた。
群れを成したリトルネペントの攻撃は、苛烈だった。あるいは、巣を守ろうとしているのかも。そんな気さえ起こさせる。
キリトの左斜め前方から粘着液の予備動作、シリカさんの右から薙ぎ払い攻撃、ボクの左から粘着液、右からは蔓で突く攻撃の予備動作。
キリトが粘着液を出されるギリギリのところで先制攻撃に成功し、姉ちゃんがとどめ。シリカさんは左に跳んで逃れ、ボクは右にソードスキルを放ち、粘着液の射程から逃れつつ突きの攻撃をされる前にスタンさせる。
姉ちゃんが倒したリトルネペントのすぐ後ろから、突きが飛んでくる。キリトがさっきと同様、剣ではじき返そうとして、右からも薙ぎ払い攻撃が迫っていることに気付き左へ回避。パースさんは前方の突きを放った奴だけを攻撃し、先ほど一体をやり過ごしたシリカさんが、ソードスキルでとどめ。しかし倒したそばから新たにあらわれ、キリがない。
もう何が何だか分からなくなるくらい、次々と攻撃が加えられる。それを悉く弾き、回避し、カウンターで道を切り開く。唯一の救いは、今のところ一度も粘着液の攻撃を喰らっていないことだ。誰か一人でもそれを喰らったら、ほぼ間違いなく、ボクたちは全員助からない。
アスナさんは、こんな中に取り残されているのか。
戦慄した。こんなところにいたら、ボクじゃあ一分と持たないかもしれない。早く、行かないと!
そう思ってみても、戦力差は圧倒的だった。ボクたちの肌に、少しずつ赤い傷が目立ち始めていた。
HPゲージが僅かずつ減っていく。命の残量が、減っていく。
最初は全力疾走だった勢いも、あっという間に削がれていき、今では歩き以下のスピードまで落ちていた。
でも、あともう少しで、広場の中心、というところまでは来ているはず。
ボクは一瞬だけ後ろを振り返って、森の木々からの距離をみた。うん、いいところまで来てる。確信を得たボクは、
「みんな! あとちょっとだよ‼」
とみんなを鼓舞した。少し表情に陰りが見え始めていたメンバーは、顔を引き締め「おう!」と返した。
勢いを盛り返して、リトルネペントの壁を切り崩し続けることしばし。
壁に、わずかだけどほころびが生まれた。前方のリトルネペント達の体の間から、奥の空間が黒く透けて見えた。
あそこだ‼
敵の攻撃は緩まない。
今先頭を走っているボクには後ろの様子は見えないけど、何度も聞こえてくる斬撃、ソードスキルの効果音、気勢の載った声。すべてがボクの後押しになる。
左右の二体からそれぞれ袈裟の薙ぎ払い。右斜め前、最後の壁の一体は蔓を後ろへ投げ出す。左斜め前、最後の壁のもう一体はウツボを膨らませる。
これを切り抜けるには?
思考とも言えない、もはや本能で対処していく。
まず屈む。リトルネペントは必ず同じ腕(?)から攻撃してくる。バシン、バシン、と鞭を打ち鳴らすような鋭い音。同士打ちになった蔓は、ボクに届かない。前へ駈ける。蔓の突きはすぐそこまで迫っていた。回避は間に合わない。ならばと、姿勢を限界まで下げ、地面を這うように強く踏み込む。蔓は頭上をかすめていく。最後の一体。念じる。振りは正確に、剣速をもっと速く、速く、速く。
「おぉらああああああああああああああ‼」
渾身のソードスキルは、狙いたがわず膨らみ切ったウツボを切り裂き、驚くべきことに一撃で爆散させた。よし、とガッツポーズを決めようとして──
「うわぁぁぁぁぁぁ⁉」
ボクは暗闇の洞穴に吸い込まれた。叫び声が反響してボクの耳を殴る。そうか、リトルネペントの隙間に見えていた『黒く透けた空間』は、穴だったのか、と、場違いな納得をしつつ、まだ落下は続く。
後ろから叫び声だけが追いついた。きっとみんなも落ちたんだな。妙に冷静な頭で考えた。まだ落ちる。
あれ? これって、このまま地面に叩きつけられたら死んじゃうんじゃ……。
思いついて、今さらになって生唾を飲み込む。『高所落下』という『生命の碑』に刻まれた死因が、頭をよぎった。
しかし、懸念が現実になることはなく、滑り台のように、少しずつ傾斜が無くなって行った。当然下はすべすべしていないから、ズザザザザザザザ、と凄まじい音を立てるが、システムで制御されているのか、バランスを崩して倒れそうになるようなことはなかった。
やがて、SAO特有の、光源があるわけじゃないのになぜか明るいところまで滑って、ようやく止まった。
滑った後には盛大に線上の足跡が刻まれ──二本あったから、たぶんアスナさんも落ちたんだろう──もうもうと砂煙が上がり、視界を悪くしていた。後続の足音、というか、滑り音はもうすぐそばまで来ている。ぶつからないようにと、脇によけて、滑りついた空間を改めて見回した。
ここは、洞窟だった。
こげ茶色をした、ごつごつとした岩の天井、壁、床が蛇行しながら続き、どれくらいの広さがあるのかは見当もつかない。空間はとても広く、天井の高さは二十メートル近くで、幅も三、四十メートルは有りそうだった。じめじめとしてはいるけど、水がある様子はない。
騒音がおさまった。次いで、ザクザクと地面を踏みしめる音が何対か、ボクに近づく。
「こんなところがあったなんて……」
知らなかった、と言いたかったのか。姉ちゃんはボクの隣まで来て、唖然としていた。
「マップには載ってなかったもんね、ベータテストの時も」
ボクが返事をすると、
「まあ、俺たちは上に行くことしか考えてなかったもんなぁ」とキリトが苦笑した。否定できない事実だった。
「これって、どうやったら帰れるんでしょう……」
シリカさんは細い声でそう言って、不安そうに視線をさまよわせた。それを聞いたキリトは、
「落下時間を考えると……帰ろうと思ったらどれだけ登ることになるんだろうなぁ」
とため息をつきそうな調子でぼやくと、これ以上ない正論を言った。
「まぁ、こう言っちゃなんだけど、ちゃんとした洞窟だし、問題ないだろ。それより早くあの子探さないとじゃないか?」
シリカさんは、納得したようなしないような、曖昧な頷き方をして、
「あの、アスナさんは、ちゃんと……って言ったら変ですけど、ここに辿り着いたんでしょうか」
なおも不安そうな調子だ。でも、それは大丈夫。
「ボクがここに来る前にも、誰か通ったみたいだよ。さっきの穴のところに、足跡が残っていたんだ。たぶんこういう場所は、時間が経つと足跡なんかは消えるようになってるだろうから、間違いないと思う。穴の近くにいたのは、アスナさんだけだったんだしね」
そう言うと、
「よかったぁ~」
胸をなでおろしたように、シリカさんは言った。ようやくある程度の不安は払拭されたようだった。
*
洞窟を、奥に奥にと進んでいく。
広い洞窟はよく音を響かせ、話し声も足音も、何倍にもなって聞こえた。それが不気味に聞こえるのはなぜなのか。
モンスターがポップすることもなく、道にはいつまで経っても変化と言う変化は訪れない。お目当てのアスナさんも見当たらないし。心配だけど、何が出てくるか見当も着かないこの洞窟では、軽率な行動が命取りになりかねないから、走ることもできなかった。そういう理由もあって、これだけ広い空間ながら、ボクたちの隊列の配置は一列のまま変わらない。
ボクの前を歩くシリカさんは、静かな雰囲気を嫌ってか、矢継ぎ早に話を振っていた。今は、リトルネペントとの戦いでの連携について、意見を交わしていた。こういう状況にいながらも復習するあたり、シリカさんの性格がうかがえる。
「そういえば」
大事なことを思い出した、というように、シリカさんが言った。声は弾んでいて、どうやらいいニュースらしい。
「みなさん、レベルはどうなりましたか? わたし、必死に戦っていて全く気付かなかったんですけど、いつの間にかレベルが二に上がってたんです‼」
全員が立ち止まっていた。
「ホントに⁉ シリカさん、おめでとー!」
ボクは後ろからシリカさんに抱き着いた。みんなもしりかさんを取り囲んで口々に「あめでとう」と祝福し、シリカさんは嬉しそうに顔をほころばせた。拍手の音も、もちろん反響して、まるで百人も二百人も祝っているような盛り上がりだ。それがまたおかしくて、みんなで大いに笑った。同じ反響でも、今度は全然不気味じゃなかった。
笑いが落ち着いてきたところで、ボクも自分のレベルを確認してみた。常に視界の隅には表示されているから、確認と言うほどの事でもないんだけど。
あ!
「ボクも上がってる!」
叫んで、姉ちゃんの方を見ると、目が合った。にっこりと笑って、うん、と頷く。姉ちゃんもレベルが上がったようで、ボクの中のボルテージはさらに上がった。
「俺も上がってる」
対してキリトは、さして感動と言うものが無いようで、テンション的には「あ、五円玉見っけ」程度のものだった。冷めた男はモテないよ、という意味を込めてキリトをちょっと睨むと、ボクの意図を掴んでいるのかいないのか、ひょいと肩をすくめて見せた。なんだろう、あしらわれたみたいで地味にムカつく。
「パースさんはどうでしたか?」
洞窟に入ってから……いや、捜索を始めてから、かもしれない。その間、ほとんど口を開いていなかったパースさんに、姉ちゃんが訊ねた。パースさんはいつも通りの微笑みを湛えて、
「ええ、みなさんと同じ、レベル二です」
キリト以上にテンションの上がり幅が小さい。キリトが五円なら、パースさんは一円かもしれない。ただ、パースさんがそういう態度でも、そこは年の功というのか、特に何とも思わなかった。
「時間が惜しいですね、先に進みましょう」
パースさんが落ち着いた声音で促すと、再びボクたちは洞窟の奥を目指した。
五分ほど行ったころ。
何モノかの唸り声が聞こえた。道の先からだ。会話は即座に途切れて、ボクたちは一瞬体を硬直させた。
どうやらまだ距離があるらしい、と判断したのか、キリトは、先ほどよりペースを落としながらも、ずんずんと前に進んでいく。女子三人は戦々恐々としながら、パースさんは泰然として、あとに続く。
さらに一分。
その間も、唸り声は断続的に聞こえて来ていた。そして、突如曲がりくねっていた洞窟が直線になった。長さ、というか距離? は大体百メートルくらいで、先にはさらに広大な空間があるようだった。そして、そこに続く入り口から唸り声は聞こえてくる。ただ、空間が別のものとして判定されるからか、思ったほど大きくは聞こえなかった。
はたして何がいるのやら、と、足を止めて、みんなして耳を澄ませる。そこで気付いた。
唸り声だけじゃない……?
キリトが後ろを振り返って、ボクを含めた後方の四人とアイコンタクトを交わした。“行くぞ”
それに頷くことで返し、ボクたちは慎重さをかなぐり捨てて駆け出した。
近づいて聞こえてくるのは、
「せあああああ!」
という気合のこもった声と、
ザシュ、ザン
と連続して響く剣戟の音。ソードスキルの音が聞こえないのは技後硬直を恐れての事か。そして、
『ウグワァァァ‼』
という今まで聞いたことのないモンスターの咆哮。
一気に緊張感が高まるが、気にせず突入。
目に飛び込んできたのは、身の丈五メートルはあろうかというリトルネペントの巨大版と、それを相手に果敢に攻めるアスナさん。激戦のためか、いつもかぶっているフーデットケープは破れていて、すばしっこく走り回り、剣を振るうたびに豊かな栗毛の長髪がなびく。そして、その顔は、この緊急時に関わらず、思わず見とれてしまうくらいに美しかった。
いやいや、そんな場合じゃない、と自分の頬をパシンとはたいて、ついでに、まだ隣で呆けて固まっているキリトの足を、気に入らない、というジャイアン的な理由で踏みつけ、改めてモンスターを観察する。キリトは隣で悲鳴を上げていた。
大きさは、体高五メートル、巨大なウツボの横幅は二メートル近く有りそう。振り回している蔓は異様に太く、もはや『幹』といってもいいくらいだ。しかもそれが四本、高速で振り回されていた。HPバーは二本あり、防御力も相当あるのか、アスナさんの奮戦むなしくほとんど減っていない。ソードスキルを使っていないのも大きいだろう。ウツボは緑を基調に毒々しい赤が混ざり、ぞっとするような色合い。
さらに、このモンスターには名前が付けられていた。ネームドモンスターは、フィールドボスや階層ボスのように、ひときわ高い戦闘力を持っている。
その名も。
『The Queen nepent』
今までに何体も子供を斬られ、怒り狂ったリトルネペントの女王との対決が、始まる。
お付き合いいただいてありがとうございました!
一層からオリジナルモンスター登場です。こんなのもいるんじゃないかなー、と思いやってみました。次回はリトルネペントの女王と対決です。お楽しみに!