絶剣~絶対無敵の剣姫~   作:melan

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遅くなってすみませんでした。


なかなか時間が取れないうえ、心情描写に苦労して書き上げるのに苦戦しておりました。そして正直あまり出来は良くないなと思ってしまっています。

さらに、これだけお待たせしておきながら、今回の投稿は中途半端なところで終わってしまっています。まぁ、絆を深める話の前編、とでも思っていただければ。

と言うことで、今回と次回では、それぞれのキャラクターを掘り下げていき、パーティーの結束とそれぞれの精神状態の改善を図ります。

では、どうぞ。




(14)

 クイーンネペントを倒したボクたちは、お金やらアイテムやら経験値やらをたっぷりともらって(全員がレベル三に上がった)、村に戻ってクエストを消化し(リトルネペントを大量に相手していたおかげで、花を四つ手に入れていた)、《アニールブレード》という、それなりに性能のいい片手用直剣を受け取ったあと、そのままクエストを受けた家でもう一泊した。何しろ精神的にもう疲労困憊で、到底始まりの街に戻れる気がしなかったのだ。クエストを消化しているうちに、だいぶん時間が経ってしまって、すべて終わったのが夜の八時過ぎだったということもある。

 

 とにもかくにも目的は達成したし、アスナさんと仲良くなるきっかけを掴むこともできた。ボクは、満足感に浸りながら眠りについたのだった。

 

 次の日の朝は、まさにあっという間にやってきた。目を閉じて、もう一度開けたらすでに朝だったのだ。だるい体を引きずって、ボクたちはリビングのテーブルに座り、始まりの街で買った、安物のおいしくないパン(硬くてパサパサしている。姉ちゃん曰く、これはライ麦パンに似たもので、ライ麦パンは昔のヨーロッパではかなり一般的な食べ物だったらしい)をもしゃもしゃと咀嚼していた。誰も何も言わず、部屋の中は静かなもので、時折外から、のどかな鳥の鳴き声や、近所の人が薪を割る、気持ちのいい音、洗濯をしながら井戸端会議をしているおばさま方の、かしましい声が、開け放たれた窓から聞こえてきていた。

 

 ボクは沈黙が苦手だ。今まではいろんなことがあって、考えなきゃいけないこともたくさんあって、なかなかいつも通りとは行かなかったけど、昨日のことは、どうやらボクに、なにがしかの活力を与えたらしい。命がけの体験をしたことで、ぼんやりしていた目が覚めたような感覚だった。そして『いつも通りのボク』と言うのはつまり、おしゃべりで、マイペースで、天真爛漫なのであって、このしんとした空気は、生来ボクには合わないのだった。

 

「ねぇ!」

 

 ボクが声を上げると、部屋の中が恐ろしく静かだったために、思いのほか声が大きく響いた。にもかかわらず、ボクに集まった視線は、まだ疲れの抜けないのがありありと分かる、ぼんやりとしたものだった。ただ一人、パースさんだけは、いつも通り、穏やかではっきりとした眼差しだった。

 

 ボクの左に座っていたシリカさんと、シリカさんの正面のキリトが、同時にあくびをした。それにつられて、ボクの正面にいる姉ちゃんと、その右隣(ボクから見て)のアスナさんもあくびをした。それが危うくボクにも伝染しかけて、ボクは焦って若干前のめりに、

 

「みんな! あだ名決めようよあだ名!」

 

 と言った。

 

「あだな?」

 

 キリトの声は、さらにもう一度来たらしいあくびの発作で、綿菓子級のふわふわさだった。キリトの目はたらんと垂れていて、目の端にはわずかに涙が溜まって見えた。キリトはそれを、腕を使って緩慢な動作でぬぐった。ぬぐったそばからまたあくびをして、また同じことを繰り返した。

 

 これはキリトに聞いてもろくな反応が期待できないな、と判断して、ボクは比較的目が開いて見えるアスナさんをターゲットに据えた。

 

「アスナさんはどんなのが良い?」

 

 アスナさんもやっぱり寝ぼけ気味で、ボクの言った意味を理解するのに少し手間取っているのか、ゆっくりとした動作で首を傾げた。わずかに緩んでいる口元や、重そうに半目気味のまぶた。それがいつもの剣呑な雰囲気をまるごと消し飛ばしていて、可愛さ二倍だった。十秒ぐらいして、ようやく理解できたらしいアスナさんは、ほとんど口を開けないまま、もそもそと、

 

「……そんなのいらない」

 

 どんなに寝ぼけていようが、発言の辛辣さが変わらないのにもはや感心しつつ、ボクは、例によってハイテンションで食い下がった。

 

「えー⁉ そんなことないよ! 大切だよぉ、あだ名!」

 

「プレイヤーネームがそもそもあだ名みたいなものじゃない。なんでわざわざ……」

 

「まったくー、アスナンはつれないなぁ」

 

「今サラッと変な風に呼ばなかった? 私の気のせいかしら」

 

 ……食いついたのは良いけどめちゃくちゃ怖い!

 

「き、気のせい気のせい! そんな勘違いするってことはやっぱりアスナさんもあだ名が欲しいんじゃ──」

 

「ねぇ、何か言った?」

 

「い、いやいや、何でもないよ? アスナさん」

 

 アスナさんは、はぁ、と溜息を吐き出した。目は完全に覚めたようだ。

 

「……そもそもユウキは、どうしてあだ名をつけたいの?」

 

「うーん、別にそんな大層な理由はなくて、そっちの方が仲良くなった感じがするかなーと」

 

「……そっか」

 

 アスナさんは短く答えて、ふと頬を緩めた。

 

 ボクとしては、アスナさんにあだ名で呼ぶような間柄の友達がいたかどうかは分からないけど、そんな近しい友達になりたかったのだ。

 

 束の間、部屋に静寂が下りた。話の合間にも聞こえていた、おかみさんが鍋をかき回す音が、緩やかに時の流れを知らせていた。アスナさんは目を閉じて、時の流れに身を任せているようだった。偶に窓から入ってくるいたずら好きの風が、アスナさんのきれいな長い髪を、梳くように揺らしていった。姉ちゃんもキリトもシリカさんも、静かな空気と風が心地いいのか、微睡に誘われて、椅子に寄りかかったり、机に伏せたりして、寝息を立てていた。

 

 

「いいよ」

 

 アスナさんが、唐突に言った。ボクはいつの間にか、半分眠りに意識を浸していて、一瞬なんのことだか分からなかった。ぼんやりしているボクを見て、アスナさんは微笑んだ。

 

「私のあだ名、何がいいかな? 別にさっきの『アスナン』でも良いし……ユウキのは、私が考えてあげる」

 

「ホント⁉」

 

 一気に目が覚めて、自分でも驚くような大声が出た。びっくりしたのか、眠っていた三人がビクッと体を震わせて、亀のようなスピードで身を起こした。と思えば、石の落ちるようなスピードで再び突っ伏した。アスナさんはそれを見て、「いつまで寝てるの?」と言って呆れたように笑った。

 

 アスナさんは表情を改めると、ボクをひたと見据えた。

 

「私、今まであだ名を付けてくれるような友達が、一人もいなかったの。……ううん、それはちょっと違うかな。そんな友達ができそうになったこともあるのよ? でも、“その子は私にふさわしくない”って言って、お母さんに会うことを禁止されちゃったの」

 

「……アスナさんって、お嬢様なの?」

 

 噂だったり、今までの言動だったり、パースさんや本部からの連絡だったりと、色々なところから、そのような話は聞いて来たけど、実際に確認したわけじゃない。この際、はっきりと聞いてしまうことにした。

 

「お嬢様、ね。まぁ、大企業の社長令嬢であることは確かだけど、なんて言ったって、私はただの人間よ」

 

 アスナさんは疲れた笑みを浮かべた。一気に十歳は大人びて見えて、それがなんだか虚しかった。アスナさんだってまだ中学三年生。ボクにはだいぶんお姉さんに見えたとしても、電車の料金が大人になったとしても、まだ子供と言っていいくらいなのに。

 

「私は、言ってしまえばただの道具なの」

 

 アスナさんは、疲れた笑みに自嘲を付け足した。

 

「お父さんの地位を引き立てるための道具。たぶん結婚だって、私の好きなようにはできないでしょうね。ずっと結城家の──あ、ユウキのことじゃなくて、私、苗字が結城って言うの──その定められたレールをひた走るしかない」

 

 人の動く気配がした。見れば、姉ちゃんが上体を起こしている。目つきを真剣な時のそれに変えて、アスナさんの話に耳を傾けていた。それにつられるようにしてキリトが、シリカさんが目を覚まし、首を左右にゆるりと振って現状を確認すると、アスナさんに目を留めた。アスナさんはその様子を茫洋と眺めてから、再び口を開いた。

 

「私は、そのレールから外れるのが怖いの。だって、それ以外の生き方なんて知らないんだもの。自分のクラスの中で級友を蹴落としながら生きていくような、そんな酷い世界しか知らないの。だからこの世界でも孤立したし、たぶん向こうに戻って普通の学校に通うことができたとしても、自由に友達を作っていいと言われたとしても、私は結城家のやり方から外れることはできないと思う……思ってた」

 

「思ってた……過去形なの?」

 

 ボクが聞くと、アスナさんは、うん、と頷いた。

 

「『自分を顧みずに人助け』って、ドラマとかでよくあるでしょ? 私はそれを、作り物、現実じゃありえないって思ってた。実際今までに、そんなことは無かったしね。お父さんの話を聞いてても、こっちが恩を売っておけば後で見返りが来るだろう、みたいな感じで……直接的にそんな言葉を使ったわけじゃないんだけど、そんなニュアンスのことはよく話してた」

 

「お母さんもそれは同じだった。家柄の良い子と友達になりなさい、あとで色々『役に立つ』から、て。もうなんだか、何を信用していいのか分からなくなったの。クラスの人たちが話しかけてきても、『裏ではどんなことを考えてるんだろう』って疑ってばっかり。しかも本当に裏があることもあるのよ? もう、どうしようもないわよね」

 

 アスナさんはそこで、一旦口をつぐんだ。遠くを見るような目つきをしていて、昔のこと(と言ってもつい最近までの話なのだろうけど)を回顧しているようだった。

 

 アスナさんの話は、ボクにとっては凄絶と言うか、別世界のお話だった。住んでいる世界が違った。でも、アスナさんはその中でも常識、と言うのか、普通の感性を残しているようだった。だからこそ、その苦悩は並大抵のことじゃなかったと思う。ボクからしてみれば、父さんや、母さん、クラスのみんな、ボクが接してきた様々な人たちに信用を置けなかったら、本当に苦しい思いをしただろうし、そんな環境では、ボクはきっと生きていけない。

 

 そして、改めて、ボクたちに初めて相対した時のアスナさんの反応を、そして、なぜ独りにこだわったのかを、納得することができた気がした。

 

 アスナさんは、きっと怖かったんだろう。誰かに近づくことが。もっと言えば、会話することが。そうすることで、何かを求められるだろうことが。求められることで、さらに自分が人間不信に陥っていくかもしれないことが。

 

 アスナさんは、ボクたちが思っていたよりも、弱い人なのかもしれない。

 

「さっきの話。なんで過去形だったのか、結論は言ってなかったね」

 

 アスナさんの声に、埋没した意識を引き戻すと、アスナさんは憑き物が取れたような、すっきりとした顔をしていた。アスナさんのなかで、何かが整理できたのかもしれない。

 

「端的に言えば、それはみんなのおかげなの」

 

 ボクたちの?

 

「みんなは、本当に私のことを無条件に助けてくれたでしょう? 特にユウキは、自分の命まで投げ出して、私を助けてくれた。それで……もしかしたら私にも、本当の友達ができるんじゃないかって思えたの」

 

……私が変わるきっかけを作ってくれたと考えれば、この世界も、捨てたものじゃないかもね。

 

 アスナさんは付け足すようにそう言って、笑みを深めた。

 

「アスナさん」

 

 声を掛けると、アスナさんは、ん? と首をかしげた。

 

「ボクは初めてアスナさんに会った時から、アスナさんのことを友達だって思ってたよ」

 

 アスナさんが息を詰まらせたのが分かった。

 

「だから、『友達ができるかもしれない』じゃなくて、もうできてるんだ。アスナさんさえそう認めてくれれば」

 

「ユウキは、私の、友達……?」

 

 暗闇のなかで手探りをするように、アスナさんはボクの『本心』を探っているようだった。だからボクは、道しるべを示すように、はっきりと言う。

 

「うん!」

 

 たとえ信じてもらえなくても。

 

「ホントに?」

 

 何度だって。

 

「もちろん‼ 友達って、そんなに難しく考えなくていいんだよ。自分がそう思ったら、もう友達なんだ、誰が何といっても。ボクはアスナさんのことを友達だと思ってる。だから、絶対友達なの!」

 

「私も。アスナさんは私の友達よ、誰が何と言おうと」

 

 姉ちゃんが続いて。

 

「私も、アスナさんは友達だって思います! 絶対です!」

 

 シリカさん。

 

「俺もそう思ってる」

 

 キリト。

 

「年齢など関係なく、私もアスナさんのことを友人だと思っていますよ。娘だとも思っていますが」

 

 パースさん。

 

 アスナさんの目からは、とめどなく涙があふれていた。嗚咽も混じっていた。アスナさんはそれを隠そうとはしなかった。隠すよりも、一人一人にしっかりと目を合わせて、胸の前に抱え込んだ腕で、それぞれの思いを、愛しむ(いつくしむ)ように胸に収めているようだった。そしてボクたちが言いたいことを言い終えると、肩を震わせながら俯いた。

 

 徐にパースさんが席を立って、アスナさんの後ろに回った。左手を左肩に置いて、右手を頭の上に乗せると、そっと、なだめるように、頭を撫でた。ハッとしたように上げたアスナさんの顔は、さっきよりもさらに歪んでいた。ガタッと音を立てて立ち上がると、躊躇いなく、パースさんの胸に勢いよく飛び込んだ。パースさんはそれを受け止めて、

 

「もう、我慢しなくてもいいんですよ」

 

 諭すように言った、そのたった一言に、深い愛情を感じて、危うくボクまで泣きそうになった。両親のことを思い出しての事だ。もう、あの温もりを感じることは、できないかもしれないから。

 

 キリトは椅子に深く座って、俯いていた。涙を我慢しているのかもしれない。姉ちゃんは、いつも以上に穏やかに、優しく微笑んでいた。シリカさんも笑っていたけど、今にも泣きそうに顔を歪ませていた。

 

 

 アスナさんは半時ほど泣き続けると、泣き疲れたのか、立ってパースさんにもたれかかったまま、寝息を立て始めた。

 

パースさんは、起こさないようにと、頭をゆっくりと撫でながら、アスナさんを本人の椅子に座らせて、それを見ていた姉ちゃんは、椅子から立ち上がって、パースさんに、自分の椅子を使うよう促した。パースさんはそれに、首だけで会釈して返した。

 

 起こさないように慎重に、パースさんは姉ちゃんの椅子に座り、アスナさんを自分の肩にもたれかけさせた。アスナさんの寝顔は、険がなく、あどけなかった。何も不安がないかのようだった。たぶんこれが、年相応のアスナさんの表情なんだろうと、ボクは思った。

 

 

 

 

 

 

 アスナさんが目を覚ましたのは、太陽がとっくに天井に隠れた、正午を少し過ぎたあたりの事だった。パースさんはその間、大した身じろぎもせず、頭を撫で続けていた。大変じゃないですか? と聞くと、パースさんは笑って、大丈夫ですよ、と言った。「ここには、肉体的な疲れというものがありませんからね」

 

 そうやって目を覚ましたアスナさんは、冷静になったようで、自分がやってしまったこと(最初あれだけ強がっておきながら、恥を捨てて大声で泣いたこと)を認識すると、顔を真っ赤にして机に伏してしまった。「ああもうなんて言うかもうヤダ死にたいいっそ殺して……」と呪詛のようにぶつぶつ呟く声を聴きながら、ボクはアスナさんが寝ている間に決めたことを話した。

 

決めたこと、と言うのは、自分のことについて、一度できる限り話してしまおう、というもので、要は、アスナさんだけじゃなくて、この際だからみんなの生活・お悩み大暴露大会! ドンドンパフパフ~、というわけだ。ボクたちはお互いの事をあまりに知らな過ぎると思って、ボクが提案したのだった。アスナさんは、特に否定せず、さりとて肯定するわけでもなく、机とお友達になったままだったけど、それをひとまずの了承と見て、暴露大会は始まろうとしていた。

 

「さて、誰から行こうか? ちなみに、たぶんボクと姉ちゃんは最後に回した方が良いよ。だいぶんヘビーだから」

 

 命さえ懸けてしまっているような話を最初に持ってくるのは、どう考えても得策じゃない。姉ちゃんも同じように思ったのか、「そうね」と苦笑気味に言った。

 

「私個人としては、シリカさんに聞いてみたい」

 

 そう続けた姉ちゃんに、シリカさんは焦った声を上げた。

 

「わ、私ですか⁉ 私、特に話せることってないんですけど」

 

「いつも学校で何してたとか、好きなものとかで良いんだよ! 言っちゃえば自己紹介の延長線だしね」

 

「そ、そういう事なら……。あ、じゃあ皆さん私に質問してもらえますか? そっちの方がやりやすそうです」

 

 というシリカさんの申し出によって、質問制を採ることにした。

 

 

 

 シリカさんの暴露タイムは、スムーズに進んでいる。ここまでに分かったことは、一人っ子であること。猫を飼っていて、名前は『ピナ』であること。勉強は好きって程じゃないけど、学校での成績はそれなりに良いこと。運動は好きだけど、得意ではないこと。実は学校の友達には敬語じゃないこと。そして、次が本題だった。

 

「じゃあ、なんでSAOにログインしたのか、聞いても良い?」

 

 ボクは少し緊張しながら質問した。それに対して、シリカさんはなんでもなさそうに頷いた。「いいですよ」

 

 

 

「SAOは、本当は私じゃなくて、お父さんがやりたがってたんです」

 

 シリカさんは、静かに語りだした。

 

「いつもはそんなにゲームに熱中するっていう人じゃないんですけど、仮想現実世界には興味津々だったみたいで。ナーヴギアの発売の時には、わざわざ休みを取って二日も前から並んでいたんですよ? 私、呆れちゃいました」

 

 クスリ、と小さく笑う。

 

「でも、お母さんはいっつも、お父さんにも私にも優しくて、お父さんに対して、『仕事を休んでまで』って怒ったりはしませんでした。むしろ、お父さんをそこまでさせるナーヴギアの方に興味が湧いたみたいでした。私も私で、それまで、そんなに大きな関心は持ってなかったんですけど、お父さんの様子を見て、『そんなにすごいのか』と思って、やってみたくなったんです」

 

 少しの間(ま)をおいて、シリカさんは表情を暗くした。

 

「ゲーム開始の日、お父さんは本当に悔しそうな顔をして、『今日は仕事でできないから、やってもいいよ』って私に言いました。あと、感想をメールしてって頼まれました。私はラッキーって思って、サービスが始まると同時に、喜び勇んでログインして……」

 

 シリカさんは、そこから先を口にしなかった。みんな分かっていることだから言わなかったのかもしれないし、思いが昂って、声が出せなくなってしまったのかもしれない。なんにせよ、シリカさんは話しているうちに徐々に顔を曇らせていって、最後には瞳を揺らし始めていた。

 

 心の奥底にあった不安が、表に出てきたのだと思う。とめどない、脈絡も危ういシリカさんの話はボクに、記憶の、そして自らの思いの闇の中に、どんどんと引きずり込まれていく様を想起させて、鳥肌が立つ思いだった。でもきっと、これは乗り越えなきゃいけない事なんだろう。さっきのアスナさんだって、ああやって思いをさらけ出して、乗り越えることで、一皮むけたように見えた。

 

 ためこんでパンクするくらいだったら、吐き出してしまうべきだ。

 

 大丈夫だよ、シリカさん。ボクたちはみんなで、キミの叫びを受け止めるから。

 

 

 

 

「私、生まれた時から両親に甘えっぱなしって感じだったんです」

 

 シリカさんの声は、今にも消えそうにかすれていた。

 

「もちろんそのお返しに、お手伝いくらいはしたし、宿題だって欠かさなかったし……世間一般で言う『良い子』ではあったと思うんですけど」

 

「たぶんうちの親、『親バカ』って呼ばれちゃうような人種だと思うんです。小学生の簡単なテストで、百点を取ったからってケーキを買ってきちゃうような人たちなんです。もう小学校を卒業するような年齢なのに、旅行に行くたびにビデオカメラ片手に私を追い回して撮りまくるような……。家庭科で習った料理を家で披露したら、跳びあがって喜ぶような……」

 

 不安定になって、なみだ声。

 

「そんな二人が、私がこんな状態になってどう思うかなんて……考えたくもなくて、それが不安で……きっと、私なんかとは比べられないくらい不安に思ってると思うし、心配に思ってると思うんです。それが不安なんです、私は……。すいません、なんか、支離滅裂になっちゃって……」

 

 シリカさんは弱々しい仕草で、目を拭った。拭ってはまた流れる涙を、拭い続けて。

 

「私、どうしたら良いんでしょう。いつまでここに居なくちゃいけないんでしょう。どうしてこんな……」

 

 泣き声を耐えて、口からうめき声を漏らし。ついには耐え切れなくなって、大きな泣き声を上げた。そんなシリカさんに、

 

「だーいじょーぶ‼」

 

 ボクは後ろに回って、羽交い絞めにするような勢いでシリカさんに抱き着いた。

 

「ボクたちがいるよ‼ いつまでだって一緒さ! なにせボクたちは友達なんだから。これから、みんなで一緒に攻略して、みんなで一緒に笑って、みんなで一緒に泣いて、みんなで一緒に怒って、みんなで一緒に喜んで……みんなで一緒にクリアして、元の世界に戻ったって、ボクたちはまた会うんだよ‼」

 

 次に口を開いたのは、驚くことにアスナさんだった。

 

「そうよ、シリカさん。私たち、友達なんでしょ? ずっとずっと、友達なんでしょ? シリカさんは一人じゃない。みんながいれば大丈夫だよ」

 

 アスナさんは席を立って、ボクの横に並んで、

 

「頑張ってクリアして、お父さんとお母さんを安心させてあげよう?」

 

 パースさんがやっていたように、ゆっくりとした動作で頭を撫でた。シリカさんはそれに対して、うつ伏せたまま、泣いたまま、こくこくと頷いた。

 

 その様子を見ていたパースさんは、ふふ、と笑って、「そうです。その調子です」とつぶやくと、

 

「一緒に頑張りましょう」

 

 パースさんにしては大きな声で、シリカさんを激励した。

 

キリトと姉ちゃんも、「一緒にがんばろう」とシリカさんを元気づけるために奮闘した。

 

 

 

 しばらくして落ち着いてくると、シリカさんは頬を染めた顔を上げて、

 

「みなさん、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします‼」

 

 と言って、黄色く笑った。その笑顔に、場が一気に華やいだ気がした。

 

 

 






いかがでしたでしょうか。

アスナの叫びも中々ですが、シリカのほうも強烈です。

シリカだって、原作とかでは触れられていないんですが、ログインしてから色々あったと思うんです。辛いこと苦しいことが、たくさん。それを咀嚼して嚥下して、次のステップへ、という感じのお話でした。

次はキリト、パースさん(……はどうしようか悩む)、そして最後に紺野姉妹です。


読んでいただいて、ありがとうございました!
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