絶剣~絶対無敵の剣姫~   作:melan

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「おぅ、二人とも大丈夫か?」

 

「解決したのか?」

 

 クラインさんとキリトの声から、気遣わしげな雰囲気を感じた。心配かけちゃったな。

 

「うん。もう大丈夫」

 

 と、できるだけ元気に聞こえるよう努力しながら、ボクは答えた。

 

 キリトは一つ頷いて、

 

「で、どうするんだ? ユウキも俺達と一緒に来るのか?」

 

 それに答えたのは姉ちゃんだった。

 

「そのことなんだけど、みんなに相談……というか、提案があるの」

 

 キリトが怪訝な顔をした。

 

「提案? 次の村に行ってからじゃまずいのか?」

 

「ええ。ここでじゃなきゃできないことなの」

 

 確信に満ちた声。

 

「で、どうするの?」

 

 ボクは言った。まだ何も教えてもらってないけど、姉ちゃんがここまでもったいつけるのは珍しいから、一体何を言うんだろうと、ある種の期待が募った。

 

 姉ちゃんは、ここに来て、躊躇うように間を空けた。

 

 そして、

 

「……学校を、やろうかなと思って」

 

 と、いつもよりも小さめの声で、それでも、決意の現れか、ハッキリとした声で言った。

 

「……学校?」

 

「おいおい、んなことやってる場合じゃないだろ! リソースの奪い合いはもう始まってるんだ! それに、広場がこんなパニック状態なのに、どうやってまとめるつもりだよ」

 

 キリトは声に怒気をはらませた。

 

 確かに、今広場は阿鼻叫喚に包まれていて、とても収集をつけられたものじゃないとボクにも思えた。

 

「キリト、落ち着いて聞いて」

 

 姉ちゃんは静かにたしなめた。

 

「パニック状態だからこそ、私の案は実行した方がいい。実際のところこの案は、できるできないに関わらず、やらなきゃいけないことだと思うの」

 

 姉ちゃんは一度口を切り、ボク達の反応をうかがった。聞く体制になっていることが分かると、ふう、と軽く息をついて、説明を始めた。

 

「このままではほとんどの人はろくに攻略もできないと思うし、慎重なプレイヤーは、そもそも街から外に出られなくなってしまう。そうしたらお金も入らないから、生活に困ってしまうし……。だから、戦い方の基礎を私達ベータテスターで教えてあげればいいと思うの。

 ……あと、学生もたぶんたくさんいるから、学生には学校と同じように授業が出来たらいいんじゃないかな。ここから脱出するまでに勉強が遅れてしまうし」

 

 姉ちゃんはよどみなく言いきった。

 

 確かに剣術の学校はあった方が良いかも知れない。ボク達が初めてフレンジーボアと戦った時も、勝手がわからなくて死んじゃったくらいだし。

 

 そういうボクの考えは、キリトには共有されなかったようで、姉ちゃんに慎重に異議を申し立てた。

 

「普通の授業まで必要なのか……? 先生とかは? この混乱してるときに運営できるのか?」

 

 姉ちゃんはすぐに答えた。

 

「探すのは難しいかもしれないけど、これだけの人がいるから、現実世界で教師をやってきた人とか、教える勉強をしてきた人も少しはいるんじゃないかな。あと、授業はこの状況だからこそやらなくちゃいけないの。出来る限り日常を残すことで、少しはストレスを減らせるんじゃないかと思って」

 

「日常を残す……」

 

 キリトはどこか固い表情をしている。姉ちゃんの意見に不満があるというよりも、違う何かに引っかかっているようだった。

 

「キリト、どうかしたの?」

 

 ボクの質問に、キリトは顔の緊張をほぐすと、肩をすくめて苦笑いを浮かべた。

 

「なんでもないよ。俺もその案はいいと思う。でも……」

 

「……でも?」中途半端に言葉を止めてしまったキリトに、姉ちゃんが続きを促した。

 

「俺は、ある意味じゃ、現実から逃れるためにここに来たんだ。なのに今俺たちは、この世界を現実に近づけようとしてる。皮肉なもんだなあって思ってさ」

 

「……そっか。どうする? キリトはやめとく?」

 

 心からキリトを心配しているのが、声の調子から分かった。でも、キリトは首を横に振った。

 

「いや、いいんだ。パニックを避けて、一人でも多く助かることを考えたら、たぶんそれが最善だと思う」

 

 キッパリとそう言って、ニヤリと不敵に唇の端を吊上げた。あきらかに無理をしているその笑みは、かえってボクには痛々しく見えた。

 

「ま、せいぜい頑張らせてもらいますよ」

 

 キリトはそう言うと、口をつぐんだ。

 

 現実から逃れる。どうしてキリトがそんなことを思ったのか、気にならないでもない。でも、たぶん今は聞かない方が良いんだろうな、とボクは思った。

 

 ……ただ、なんとなくそれは人間関係の問題であるような気がした。キリトは、どこか人と接するときに壁を作ってしまうところがあったし、実際ベータテストのときには、ボク達と会う前はずっとソロで潜っていたと聞いた。何か、人との距離を掴みかねているようだった。

 

「ありがとう。……どう? 二人は協力してくれる?」

 

「ったりめぇよ!」

 

「もっちろん!」

 

 姉ちゃんの問いかけに、ボクとクラインさんは即答した。姉ちゃんとは約束を交わした以上、ボクにその誘いを断る理由はなかった。

 

「じゃあ早速、クラインさんとキリトは広場にいるみんなに声をかけてくれる?」

 

「何て言やぁいいんだ?」

 

「『黒鉄宮の方を向いて、話を聞いて下さい』って言っておいてくれればいいわ」

 

「了解」

 

「おうよ!」

 

「じゃあみんな、よろしくね」

 

 キリトとクラインさんが、人垣に紛れていった。と、

 

「行くよ、ユウ」

 

 ランはボクの腕を掴んでぐいぐい引っ張り、駆けだした。

 

「行くって……どこに⁉」

 

「黒鉄宮! みんなにさっきのこと話すの! 話すのはユウ、お願いね!」

 

 人混みをかき分け、大声で言葉を交わす。もうそれだけで、結構な注目を浴びている気がした。

 

「えぇ⁉ なんで!」

 

「……だって私、人前で話すの苦手だし! ユウは大丈夫でしょ?」

 

「いやいやいやいや‼ こんなにいっぱい人がいる前で話すなんて無理だよむりぃ! 大体ボク、なんて話したらいいかなんて分らないよ⁉」

 

「大丈夫! 私が後ろからサポートしてあげる!」

 

「ええぇぇ~」

 

 無理、と繰り返すボクに、姉ちゃんは全く構わず、ずんずん宮殿に進んでいく。その間も、姉ちゃんは学校の計画をスラスラと口に出していく。

 

 ホントに無理なんだってぇ! 今まで人前でしゃべったことなんて、クラス会くらいなもんなのに! 

 

 ボクの声は、やっぱり姉ちゃんには届かなかった。

 

 

 

 

 

 

「さぁ、お願いね、ユウ!」

 

「う、うぅ~」

 

 ボクは姉ちゃんに背中を押され、黒鉄宮の前に立っていた。バンジージャンプのジャンプ台から、突き落とされるような錯覚がした。クラインさんとキリトが声を掛けたためか、視線が次第にボクと、ボクの後ろに控えている姉ちゃんに向いてきている。

 

 都合一万人の目、目、目。今の状況に殺気立っているみんなの視線は、槍のようにボクを突き刺した。

 

 ……トラウマになりそう。

 

 ざわついた広場は少しずつ静まっていき、やがて話し声一つない静寂が訪れた。

 

 しんと静まり返った広場を、夕暮れの西日が、紅く照らした。その光を反射しているのか、みんなの目が紅く、妖しく光って見えて、背筋に冷たいものが走った。

 

 ゴクリ、と生唾をのみこむ音が、いやに大きく聞こえた。緊張に頭の半分ぐらい……いや、七割くらいを占拠されながら、ボクは姉ちゃんに言われたことを必死に咀嚼していた。

 

 

 

『ただ私の言葉を繰り返すんじゃなくて、ユウの言葉で、みんなの心に訴えかけるの』

 

 

 

 ただ姉ちゃんに言われたことを繰り返してたって、みんなの心にはきっと届かない。ボクが、心からみんなに訴えかけないといけない。姉ちゃんが言ったのは、そういう事だろう。

 

 沈黙は続く。

 

 前に立っているのが小柄な女子だからか、それとも場の雰囲気でためらわれるのか、無遠慮なヤジを飛ばしてくるような人はいない。静かに、ボクの言葉を待っていてくれていた。

 

 それに勇気をもらって、ボクは人生初のプレゼンテーションに臨む。

 

 

「ボ、ボボボボ、ボクは……」

 

 うわー、開口一番で噛んだ!

 

 しかし、広場は静寂を保っていた。泣きたいような気持になりながら、深呼吸、深呼吸……と何度も心の中で唱えた。けれど、息を吸おうとしても、あまりの緊張で震えてしまって、なかなかうまくいかない。

 

 気分の問題か、送られる視線の一つ一つが、ボクを責めたてているように感じられた。心をえぐるような視線に、体が縮んでいくような気がした。

 

 どうしよう。なんて言えば……。ここにいる人たち全員を説得なんて、できるのかな。説得できなかったらどうなるんだろう。一体何人が……死んでしまうんだろう。でも逆に、説得できたとして、それは本当にうまく行くのかな。うまく行かなかったらもっと大変な事になるのかも。

 

 どうすれば、どうすれば、どうすれば……!

 

 

 ふと、右手に手が重ねられた。

 

 

 ビクリ、と体をはねさせて、反射的にそちらを見ると、姉ちゃんが『大丈夫だよ』と言うようにうん、とうなずいた。

 

 姉ちゃん……。

 

 たったそれだけで、何かが吹っ切れるのを感じた。

 

 

 そうだ。これは、なんとしても成功させなきゃいけないんだ。これで一人でも多くの人が命を繋ぐことができるのなら、他の何を置いてでも。初めから死の運命を背負ったボクだからこそ、できることがある。

 

 だって、最初から自分の死の可能性を知っているのと、突然思いもよらないところから知らされるのとでは、心の余裕という面でぜんぜん違うはずなんだ。何年にもわたってその運命と向き合って、戦ってきたボクなら、みんなの心を動かすことだってできるはずだ!

 

 

 改めて気合を入れ直して、ボクは一万人と対峙する。

 

 

「ボクは、ユウキ、といいます。ボク達から、皆さんに、提案があります‼」

 

 

 出来るだけの大声を張る。一人でも多くの人に、多くの心に響くように。マイクなしで全員に届いているか心もとないけど、ボクは細かく区切りを置きながら、その都度息を吸って、ボクができる最大のボリュームで訴えかける。例え緊張でどもってしまっても、裏声になってしまっても気にしない。

 

「い、いきなり、こ、ここに閉じ込められて、ふ、不安に思っている人が、この場に、たったくさん、いると思います‼ ま、まだ、閉じ込められたことを、信じたくない人も、多いでしょう‼ でも、現状、それを確かめる方法は、ありません‼」

 

「だから、ここで、無暗に、命を絶つようなことは、絶対に、しないで下さい‼ 本当に、死んでしまったら、取り返しは、つかないんです‼」

 

「こんなことで、死んだら、ダメです! 戦いも、しないうちから、逃げては、ダメだ! やれることは、すべてやって……やれないことでも、助け合いながら、ぶつかっていく。そうすれば、必ず、光は見えてくる。ボクは、そう信じています!」

 

「これからの、ボクたちの、目標は、一人でも多く、生きて、元の世界に、帰ること‼ そのためには、みんなの、協力が、必要なんです‼」

 

 プレイヤー同士のささやきが、ざわざわと広場の空気を波打たせた。あまり明るい顔は見えない。険しい顔をして、首を横に振っている人ばかりだ。

 

 まだまだこれから!

 

「ボクたちが、今、やりたいと、思っているのは、学校を、つくることです‼」

 

 どよめきが起こった。

 

「学校では、この世界での、戦い方を、教える、だけではなく、できる事なら、通常の、小学校、中学校、高校の授業も、できたらいいなと、思っています‼」

 

「いま、必要なのは、この世界を、自分の現実として、受け入れること‼ そうやって、この世界で、生きる力を、勝ち取ること‼ ……みんな 生きて帰ろう‼ この世界に、この……たかがゲームに! 人間が負けたら、ダメです! なんとしてでも、茅場に、勝つんです! ボク達の、生きる力を、一つに集めれば、きっと……ゼッタイ、できます‼」

 

 ざわめきだっていた広場は、いつの間にやら、再び水を打ったように静まり返っていた。 

 

 ボクの心は、みんなに届いただろうか。

 

「ボク達は……少なくとも、ボクは、生きて、ここから帰りたい。向こうの世界には、ボクの、父さんと、母さんと、たくさんの、友達がいる。みんなにも、現実の世界に、失いたくないものが、何か一つは、あると思います。それらを、失わないために……ボクに、力を貸して下さい! どうか、みなさんの、協力を、お願いします‼」

 

 ボクはそう言うと、深く頭を下げた。後ろに控えていた姉ちゃんも、それに倣ったのを、視界の端で捉えた。

 

 

 

 ──そして。

 

 

 

 パチパチパチパチ……

 

 どこかから、一人分、拍手の音が響いた。

 

 つられるようにして、あちらこちらから拍手が湧きあがっていく。

 

 やがてそれは、広場全体へと広がり、割れんばかりの、万雷の拍手となって、ボクと姉ちゃんを包みこんだ。

 

 

 みんな、協力してくれるんだ。

 

 ボク達の言葉は、みんなにちゃんと届いた!

 

 どう見ても子供にしか見えないだろうボクの意見に、耳を傾けてくれて、賛成してくれる人が、こんなにも大勢いる。

 

 ボクにもできることがある、という事実は、ボクの胸をジンとしびれさせ、目からは涙を溢れ出させた。

 

 泣けてきてしまって霞み始めたボクの視界の先で、姉ちゃんが一歩進み出て、ボクの横に並ぶと、ボクの目を見てにっこりと笑った。

 

 ボクも笑い返そうとしたけれど、うまくいったかはわからない。ただ、今までで一番情けない笑い顔だったろうなと、ボクは思った。姉ちゃんの目からも一筋涙の跡を見つけて、何とも言えず、胸が暖かくなった。

 

 

 姉ちゃんは、グイと目を強くぬぐうと、表情を毅然としたものに変えて、拍手を送ってくれるみんなに向き合った。

 

 しっかりとそれを見ていたみんなは、拍手の手を止めて姉ちゃんの言葉を待った。

 

「私は、ユウキの双子の姉、ランと言います」

 

 姉ちゃんの声は、少し涙混じりだったけれど、いつもの柔らかい声ではなくて、凛としていた。

 

「みなさん、妹の思いに、答えて下さり、ありがとうございます。……本当に、ありがとうございます‼」

 

 姉ちゃんはもう一度目を拭った。

 

「私たちは、いま、どんな状況に、置かれているのか。誰もが分からず、誰もが不安なのです。そして、そういう時こそ、私たちは、手を取り合うべきです」

 

 力を取り戻し、揺ぎ無くなったその声は、ボクに安心感を与えた。きっと、みんなにも。

 

「では、本題に入ります。学校を、作るにあたって、まずは、先生を、集めたいと思います‼ 該当する、方は、宮殿の、中まで、お集まりください。

 まず、剣術の、指導は、是非、ベータテスターの、みんなに、お願いしたいと、思います‼ 全員が、協力して下されば、一人につき、十人程度で、全プレイヤーに、教えることが、できます‼ それだけでも、きっと生存率は、ずいぶんと、違ってくるはずです」

 

「剣術以外の、授業については、現実世界で、教員を、やっていた方、もしくは、教員になる、勉強を、していて、教えることに、興味がある方に、お願いしたいと、思います。その他、学校の、運営に、興味がある方も、宮殿まで、お集まりください‼

 あと、高校生、中学生、小学生、それ以下の、年齢で、ここに、ログインした方も、集合して下さい‼ このあと、すぐに、会議を、行います。どうぞ、よろしくお願い致します」

 

 ランは再び頭を下げた。

 

 気概のありそうなプレイヤーが、早速宮殿に移動を始めた。

 

「それらに、該当しない、広場に居る方は、明日の、朝、九時に、もう一度、広場に、お集まりください‼ 会議で、決まったことを、お知らせしたいと、思います。以上です‼ 私達の話を聞いていただいて、本当にありがとうございました‼」

 

 姉ちゃんはそう締めくくって、三度(みたび)頭を下げた。ボクも、感謝の気持ちを込めて、深く、深くお辞儀をした。

 

 広場は、あたたかい拍手と、声援に満たされていた。

 

 少なくともボクの目には、恐慌の影は感じられなかった。

 

 ボクは姉ちゃんと目を見交わして、笑みを浮かべた。心は綺麗に晴れていた。

 

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