遅くなりました。
今日(8月22日)の朝5時に一度不完全な状態で投稿してしまいました。ご迷惑をおかけしてすみません。
今回の文について一つお断りがあります。
作中に、文字を二本の線で消す描写がありますが、残念ながらこのサイトにはそういう効果を付けられるものがなかったのでそのままになっています。あらかじめご了承ください m(_ _)m
(6)
宮殿の中は、天窓からの光を受けて、明かりがあるとはいえ、夕暮れ時であることもあり、薄暗かった。
ボクは姉ちゃんと、プレイヤーが集まるのを待ちながら、宮殿内を探索していた。
一歩踏み出すごとに、固い石の床は、カツ、コツ、と音を立て、集まりつつあるプレイヤーの雑踏と合わさって、宮殿の壁に幾重にも反響していった。
そういえば、以前≪蘇生の間≫だったところは、デスゲームになった今どうなっているんだろう。
そう思って奥に目をやると、そこには、巨大な黒い板があった。
なんだろうあれ……。
ボクは好奇心に負けて、どうしたの? と聞く姉ちゃんを引っ張って、奥へと入って行った。
近づいてみて、ボクはその大きさに圧倒された。
大きさは、高さが二メートル以上、横幅は十メートルを優に超し、厚みも三十センチくらいは有りそうだった。
色は黒鉄宮と同じ黒で、あまり光を反射せず、まるで周囲のそれを吸っているかのようで、薄気味悪い。
でも、そう感じたのはここに刻まれている内容のせいかもしれなかった。
遠目に石板を見つけたとき、そこに大量の文字が刻まれているのが分かった。なんだろうと近寄ってみて、何が書かれているのかを悟ったボクは、そのまま、凍り付いたように動けなくなってしまった。
そこには、大量の名前が彫られていた。
そして、いくつもの名前の上から、その名前を否定するように、二重線が引かれていた。線が刻まれた名前の横には、さらに……
『 Urban man イトスギの月6日18時32分 高所落下 』
『 Tohya イトスギの月6日14時57分 回線切断 』
それは、間違いなく、死亡日時と、死因だった。
イトスギの月、というのは、11月を指しているのだろう。
「姉ちゃん、これ……」
姉ちゃんは、石(?)碑の左上に刻まれた文字を読んでいた。
「……『生命の碑』っていうみたい。ここで全部のプレイヤーの生存確認ができるってことね。……なんか、悪趣味……」
別にこれがあるからと言って、何かが変わる、というわけじゃない。でも、人が亡くなって、二重線で消されるだけ、と考えると、やりきれない気持ちになった。ここで生きた証は、こんなものしか残せないのか。
でも、逆に言えば、ここでなら友達が生きているかの確認ができるわけか。
……いずれはここで、仲間の無事を祈るようなことも、あるのだろうか。
それにしても。
一つ、気になる記述があった。
「姉ちゃん、高所落下、ってもしかして──」
自殺なの? と言う言葉を、ボクは口にできなかった。
たぶんボクが言いたいことが読めていただろう姉ちゃんは、それに答えることはなく、
「ユウ、そろそろ行こう?」
と言ってボクの手を取った。ボクは、
「うん」
とだけ答えて、プレイヤーの集まる大広間にと、足を向けた。
*
「みなさん、お集まりいただいてありがとうございます」
大勢のプレイヤーが集まり、興奮した話し声がガヤガヤと響く宮殿の中を、姉ちゃんの、柔らかいのによく通る声がすり抜けた。
姉ちゃんの声を聞いて、黒鉄宮の大広間は緩やかに静まっていった。
姉ちゃんは完全に静かになったのを確認して、口を開いた。
「まずは人数を確認したいので、ベータテスターグループ、教師グループ、学生グループに分かれて、十人ずつで固まってください」
銘々に声を掛けあいながら、グループが組まれていく。姉ちゃんは、後から合流したクラインさんとキリト、ボクと共に、人数を数えていった。
二十分ほどかけてすべて数え終えたボク達は、人数をすり合わせた。
「ベータテスターが八百九十二人、
教員経験者が八人、
教職課程履修中の学生が三十六人。
……高校生が百三十九人、
中学生が、キリトを入れて八十三人、
小学生が私とユウを入れて二十一人……」
姉ちゃんが、計算をメモしながらつぶやいた。
「ボクが思っていたよりずいぶん人数が多いなぁ」
「そう? こんなものじゃないかな?
……ベータテスターの教員が二名、
履修中の学生が三名、
高校生が十四名、
中学生が七名、
小学生がなし……」
「まてまてまて‼」
クラインさんが突然大声を出して、周囲の視線を集めた。
「クラインさん、どうしたの?」
ボクが驚いて問うと、クラインさんはこれ以上ないくらいに目をむいて、口をパクパクさせ、つっかえつっかえ言った。
「いや、だって、おまえら……小学生だったのか⁉」
なるほど、ボクたちの年齢にびっくりしたんだ。
「年齢はそう。……何か問題があるの?」
何でもないように姉ちゃんが言った。不思議そうに首をかしげている。
「で、キリの字、お前が中学生⁉」
「あぁ……まぁ」
キリトは曖昧に答えた。喰いつくような勢いに、若干引いているようにも見えた。
クラインさんは、困ったように眉を下げた。
「そ、そうかぁ。問題とかそういうんじゃねぇけどよ……いや、なんというか……すまねぇなぁ、お前ら……俺たちが不甲斐なくってよぅ。本当なら大人がやるべきことなんだろうが……」
俺たち、というのは、大人全員を指しているらしい。そんなこと、クラインさんが気にすることじゃないと思うんだけど。でも、それがなんだかクラインさんらしい。
姉ちゃんは、ふふ、と笑って、
「私たちが大人じゃないこと、私たちの姿を見てとっくに分かっていたでしょう?」
と返した。
「いや、そりゃあそうなんだけどよ、まさか小学生とは思わなかったっつーか。少なくともランっちは、下手したら高校生みてーに見えたな」
「さすがにそれは言い過ぎじゃない……?」
姉ちゃんは苦笑して言い、周囲にも笑いが広がった。
穏やかに交わされる言葉。
集まったプレイヤー達も、それぞれに雑談をしていて、最初の殺伐とした空気が嘘のようだった。
「これなら……」クリアできるかもしれない。
そう呟こうとして、思い直した。
攻略はまだ始まってもいない。そのための組織もまだできていない。楽観視するには、まだ早すぎる。
「ユウ、どうかしたの?」
集まったプレイヤーの方をずっと見ていたボクに、目ざとく気付いた姉ちゃんが、肩をたたいた。
「……ううん、なんでもない。それより姉ちゃん、みんな待ってるよ」
相変わらず鋭いなぁ、と心の中で感心しつつ、ボクはみんなの方を指し示した。
姉ちゃんもそちらに視線を流して、ふぅ、と息を大きく吐き出した。ボクが思っているよりも、姉ちゃんは緊張しているのかもしれない。
「んじゃ、頼むよー姉ちゃん‼」
ボクはその緊張が少しでもほぐれるようにと、肩をポンと叩いて、あえて軽い調子で言った。姉ちゃんはその意味を正しく受け取ったのか、柔らかく微笑んでくれた。
「そうだね、始めようか」
姉ちゃんはそう言うと、クラス会で注目を集めるときにやっていたように、手を上に高く掲げた。
その合図に気づいた人から、徐々に静かになっていき。
完全に静かになったところで、ついに会議は始まった。
「改めまして、みなさん、お集まり頂いてありがとうございます。私はランと言います。ベータテスト経験者です。……ちなみに、小学生です」
さっきの話が聞こえていなかった、奥の方にいるプレイヤーを中心に、はぁ⁉ とか、ウソだろ⁉ という声が上がるが、姉ちゃんは全てスルーした。
「この会議でまず決めたいのは、校長先生です。どなたか、校長先生になって下さる方はいらっしゃいますか?
……脅すようで申し訳ないのですが、校長先生になると、相当な責任が降り掛かってくることになると思います。それこそ……」
一旦言葉を止め、姉ちゃんは下唇を噛んだ。
自分を落ち着かせるように、息を吐き出して、
「命に、関係するような事態に陥ることもあるでしょう。……それ相応の覚悟をもって、立候補して下さい」
さっきの間は、あの名前のことを思い出していたのだろうか。
それにしても……姉ちゃんが校長先生をやるわけじゃないんだ。てっきりそうするものだと思ってたんだけどなぁ。
怪訝な視線を姉ちゃんに送っていると、敏感にそれを察知したのか、姉ちゃんはこちらを振り返った。
そして、視線だけで『どうしたの?』と尋ねられた。
「姉ちゃんは、立候補しないの?」
そう聞くと、静かに首を横に振った。
「校長先生になっちゃうと、私は攻略に参加できなくなるでしょう? そうしたら、ユウと一緒にいられない。私は他のどんな選択肢よりも、ユウを選ぶよ」
落ち着いた口調の中に、確固とした意思を感じて、ボクはただうなずくことしかできなかった。
でも……姉ちゃんの『責任が降りかかる』っていう発言を聞いて立候補するのは、難しいんじゃないかなぁ……。
そしてボクの予想にたがわず、なかなか立候補者は現れない。ボクはてっきり姉ちゃんを推す人もいると思ったんだけど……。
もしかしたら、小学生という話を聞いて言い出せなくなってしまったのかもしれない。というか、冷静に考えてみると、ここで姉ちゃん推したら大人としてどうなのって話だよね。
誰も手を上げることなく、五分が経過したころ。
五十代くらいに見える、長身の男性プレイヤーが前に進み出て、
「その役目、私がやらせてもらってもいいかな?」
と、低く深みのある、ゆったりとした声で姉ちゃんに申し出た。
身長は百八十センチ以上ありそう。背筋はすっと伸びていて、立ち姿がきれいだった。声と合わせたように柔和な面持ちをしていて、髪は黒、短くそろえられていた。スーツが似合いそうだけど、当然今は防具を身に着けている。武器はストレージにしまっているようだ。
姉ちゃんは頷いて、男の人に自分の立っていた位置を譲った。
男の人は、姉ちゃんに軽く会釈して、みんなの方に向き直って言った。
「私は、プレイヤーネーム『ABC』。リアルネームは高幡浩二といいます。プレイヤーネームでは呼びにくいでしょうから、高幡と呼んでください。向こうでは、アプリ開発のベンチャーの社長をしていました」
「いわゆる敵情視察のためにここに来たのですが……このような事態になり、私も正直なところ混乱していますが、私にできることがあるならぜひ、と考えています。どうぞよろしくお願い致します」
高幡さんは静かに、丁寧に頭を下げた。
ABCって……。なんでも良いやって感じで付けたのかな。
なんにしても、これで話をすすめられそうだ。よかったぁ。
「高幡さん、ありがとうございます。……では、高幡さんが校長先生になることに賛成の方、挙手をお願いします」
姉ちゃんがみんなに問いかけると、みんなは続々と手を挙げていった。半分はあっという間に越え、最終的にほとんど全員一致となった。
「では、これから会議の取り仕切りを高幡さんにお任せします」
姉ちゃんがさらりと言った。
高幡さんは姉ちゃんの言ったことに少し驚いたように目を見開いて、でも何も言うことなく、こくりとうなずいた。
いきなり全て任されるとは想像してなかったのかも。
少し考えごとをするように、腕を組んで俯いて、コツ、コツ、コツ、とつま先を鳴らす。
十秒くらいして、高幡さんは顔を上げた。
「それでは早速、今後の方針などを決めてまいりましょう。まず、運営する委員会を設立したいと思います。ここに集まっている方の中から、何名か、有志を募りたいのですが、やって下さる方は、いらっしゃいますか? 挙手をお願い致します」
わずかなざわめきのあと、今度は、数名の手が挙がった。
「はい。では、手を挙げて頂いた……五名の方、前までお越しいただき、自己紹介をして頂けますか?」
前に立っていた姉ちゃんとボク、高幡さんは脇に引いて、手を挙げた五人は、足早に前に出て来て、みんなの方に振り返った。
「右端の方からどうぞ。内容は、プレイヤーネームと……意気込みだけで構いませんよ」
「はい」
一番右に居たのは、黒い長髪を垂らした若い男の人だった。
「オレはディアベル。元ベータテスターで、八層までクリアしました。みんな、よろしくな!」
快活に笑って見せたディアベルさんは、胸に手を添え、まるで騎士のような仕草で軽くお辞儀をした。
すごい様になってる……。
八層と言えば、当時かなり前線の方だった。最前線のボクたちは十層まで行ったわけだけど、それは連続ダイブをしていたからで、たぶんリアルでは仕事をしていただろうディアベルさんが八層というのは、びっくりだった。
ディアベルさんは頭を上げると、一歩下がって次のプレイヤーへ自己紹介を促した。
隣に立っていた若い女性のプレイヤーは、女性にしては身長が高く、すらりと伸びた手脚は優雅を感じさせた。
髪の色は綺麗な漆黒で、キリッとした眉や整った目鼻立ち、髪と同様の黒い瞳が印象的だった。女性はディアベルさんに続いて一歩出ると、張りのある、女性にしては低い声で名乗った。
「私は、ユリエールと言います。何ができるかは、まだ分かりませんが、精一杯やっていきたいと思いますので、よろしくお願いします」
ユリエールさんがディアベルさんと同じように一歩身を引くと、今度は、ユリエールさんとは対照的に穏やかそうな、ともすれば軟弱そうにも見える丸顔の男性が、わずかに逡巡した後、前に出た。
「私は、シンカーと言います。向こうでは《MMOトゥデイ》の管理人をしておりました。こんな状況で、皆さん不安だと思いますが、頑張っていきましょう。よろしくお願いします」
最初にためらっていた割にスムーズに自己紹介を終え、シンカーさんは後ろに下がった。さらに次の人が前へ。
今度のプレイヤーは、壮年の男性だった。いじっていないらしい白髪交じりの黒髪は、短く刈り上げられていて、この世界では必要ないはずの、眼鏡をかけていた。
一昔前の、職人気質な近所の頑固おやじといった風体だ。
「どうもみなさんこんにちは。パースと言います。現実の世界では心理学者をしていました。カウンセリングなどでお役にたてると思います。よろしくどうぞ」
パースさんは見た目にたがわない、渋い声で言った。あの人パースって言うんだ……。いかにも洋風っぽい名前とか、丁寧な言葉づかいが、顔の造形のせいか何か違和感があった。
「ねぇ、あの人って、あれが素なのかなぁ?」
ボクは、調度ボクたちと合流するために歩いて来ていたキリトに、小声で聞いた。
「っていうと?」
訝しげにキリト。
「いや、なんか顔と言葉づかいと仕草が合わないような感じがしてさ」
「あぁ……確かに。いかにも頑固者っぽい感じするもんな」
「そうそう!」
「シー、二人とも静かにして」
ボク達が後ろを振り返ると、姉ちゃんが口に人差し指を当てていた。
「あはは、ごめんごめん。でもさ、姉ちゃんもそう思わない?」
「……まぁ、分からなくはない、かな? って、ああ……今の人の自己紹介聞き逃しちゃった」
姉ちゃんは一番左の人を指した。頭は侍風にまとめられているのに、装備は中世式、という奇妙な格好をしている。
「まぁ後で聞けば良いんだよ。あ、クラインさんちょうどいいところに! さっきの人の自己紹介、聞いてた?」
キリトと同様に、ボクたちのそばまで来ていたクラインさんに聞いた。クラインさんは、ん? という顔をして、一瞬何を聞かれたのか分からなかったみたいだけど、すぐに ああ、と納得して教えてくれた。
「あの人は、マサムネっていうらしいぞ」
「マサムネ? ずいぶん古風な名前だねぇ……」
「なんでも、ベータテストの時に鍛冶スキルを上げてて、今回もってことで付けた名前なんだとよ」
「ふーん……で、その名前って鍛冶と関係があるの?」
「確か、鎌倉時代だったかの刀匠だろ? 結構有名だな」キリトが言う。へぇ、キリト物知りだなぁ。
もうちょっとリアル・マサムネさんの話を聞いてみたかったけれど、
「シー、高幡さんが話すよ」
姉ちゃんが今度はキリトの口に人差し指を当てて、ボク達を黙らせた。
「自己紹介ありがとうございます。……早速ですが、皆さんに新たな提案をさせて下さい」
高幡さんはそう言うと、ぐるりと集まった人たちを見まわした。
「学校を設立するのはもちろん必要ですが、今この場に、この世界に必要なものがもう一つあります。
それは、統治組織です。
ただ闇雲に、各々が勝手に攻略していたのでは、リスクマネジメントが難しくなり、生存率が下がるうえ、効率そのものも悪くなるでしょう。
そういうわけで、ここにアインクラッド攻略対策本部の設置をご提案したいと思います」
随分前にテレビで見た、『TED』だっけ? そのプレゼンテーションみたいな感じで、高幡さんは堂々と自分のアイデアを披露していく。
「では、攻略本部がどのような役割を果たしていくのか、ご説明しましょう。
まず、原案を提供していただいたランさん、ユウキさんのお二人の意思を引き継ぎまして、目標の設定は『一人でも多くの人々を救うこと』としましょう。
そのためには何が必要でしょうか。
それは、『安心』、です。つまり、心に余裕を持たせてあげるのです。
プレイヤーの中には、クリアしなければログアウトできない、という、私たちでは確かめようのない事実を、信じられない人が多くいることでしょう。
それがために、自ら命を絶つ、という選択をしてしまう人も、対策を講じなければ次々と現れてしまいます。
しかし、みなさん、よく思い出して下さい。そして、よく考えて下さい。茅場昌彦が私たちに見せた、あのニュース映像です。あれが本当だとすれば、間違いなく私たちが囚われていることの証拠になります。
逆に、あれすらも演出だった場合はどうでしょう。それはそれでおかしいと思いませんか? みなさんの中には、家族と一緒に暮らしている人が、少なからずいることでしょう。その中で、なかなか目ざめない家族を心配して、もしくはいつまで遊んでるんだと怒って、ナーヴギアを強引に外すことだってあるでしょう。しかし、実際にはそんなことは起こっていません。それは、外せないから、という理由が一番しっくりくると、私は思います。
そして、茅場昌彦が言った、二百十三名が永久退場した、という話。あれも本当のことだと、私は思っているんです。
なぜそんなことが分かるのか、疑問に思われたでしょう。
奥にある、大きな黒い板、見えますか?
ベータテスターのみなさんはお分かりでしょうが、あそこはもともと、死に戻りする時の蘇生ポイントでした。
今そこに鎮座しているあれは、『生命の碑』というそうです。意味は分かりますか……?
そう、あれは、ログインしたプレイヤーの、生命を刻んだものなのです。
あそこには、SAOにログインしている、全プレイヤーの名前が刻まれています。そして、命を落としたプレイヤーの名前には二重線が引かれ、その隣には死亡した時間と、その原因が刻まれます。
私が数えた限り、『回線切断』が原因で亡くなった方は、茅場昌彦の言った通り、二百三十一名でした。
どうしても受け入れられない方は、それさえも演出の一部だとするかもしれません。しかし、まだ証拠はあります。
死因の欄に、『回線切断』以外のものは、二種類ありました。それは、『刺突属性攻撃』と、『高所落下』です。そして……」
高幡さんは、突如声を震わせ、何かをこらえるように顔を俯けた。どうしたんだろう? さっきまで普通に話してたのに。
戸惑いを含んだ視線は、集まったプレイヤーからも送られている。高幡さんはしばらくのあいだそうしていたが、やがて顔を上げると、説明を再開した。さっきと違って、表情は歪んでいるし、声も少し揺らいでいる感じがした。
「私は、一人の友人とSAOにログインしていました。そこで私は、その友人とともに、フレンジーボアを倒しに行ったのです。
私はベータテスターでしたが、彼はそうではなかったので、まずは経験するのが一番だろうと、一回だけソードスキルの手本を見せ、彼に交替しました。
ソードスキルは、コツをつかむのにそれなりにかかります。彼ももちろんそうで、何度もフレンジーボアに向かっていきました。
十回も繰り返したでしょうか、回復せずにずっと戦っていた彼は、HPがレッドゾーンに突入していました。その時……不意を突かれて、フレンジーボアの突撃をまともに喰らってしまったのです。
そこでHPがなくなった彼は、ポリゴンになって散っていきました。……彼は笑っていました。
私は彼を出迎えようと、黒鉄宮に向かいました。死に戻りにはそこまで時間はかかりませんから、途中の道で会うだろう。私はそう思っていましたが、しかし彼に会わないうちに宮殿まで辿り着いてしまいました。
私は当然、中に入りました。そして、見たのです。この、『生命の碑』を。
最初はこれが何なのか、理解できませんでした。名前が刻まれている、ということは分かりましたが、他はほとんどまっさらでしたから。
そこに響いてきたのです。ジャリン、という何かをひっかくような音が。
私はそれがどこから聞こえてきたのか探し、それはすぐに見つかりました。そこだけ傷が入って見えたからです。
その傷は、プレイヤーの名前を掻き消すように、二本引かれていました。こう、書いてありました。
Lili イトスギの月 11月6日 13時27分 回線切断
それを見て、私を言いようのない悪寒が貫きました。単にログアウトしただけかなとも思いましたが……。
そして、友人の名前を探しました。そして、見つけました。
名前は消されていて、Liliさんには『回線切断』と書いてあったところに、『刺突属性攻撃』と書いてありました。
彼は戻ってこない。名前は消された。意味するところを理解できなかった私は、他のプレイヤーの名前を確認しました。すると、ログインしてすぐに回線切断されたLiliさんと同じような人を何名も発見しました。
それがもうおかしいんです。今日は世界に先駆けるゲームの公開日なのに、一度回線を切断させたら戻ってこない、そしてそんな人がいっぱいいるなんてことは。
でも、と。
私はそこで冷静になりました。
一度ログアウトしたら、戻ってこられないのかもしれない。そういう説明はなかったけど、バグかなんかが原因でそうなったんだろう。
そう考えた私は、早速GMコールしました。そして……結果はみなさんご存知の通りです。GMコールは使えませんでした。
それからは、とにかく街中を巡って友人を探しました。もしかしたら、ただはぐれただけかもしれない、と思いたかったのです。
その途中で私は、あの広場に強制的に戻され、正式サービスのチュートリアルを聞きました。
私はようやく、大切な友人を失ったことを悟りました。
私が彼を誘ったばかりに……彼を殺す結果になってしまった……」
高幡さんはついにこらえられなくなって、手で目を覆って、すすり泣きをこぼした。
ボクも姉ちゃんも、他のみんなも。誰も何も言うことができなかった。
高幡さんは、何度も何度も深呼吸をして、平静を取り戻した。
「すみません、取り乱しました……。
私の体験をもってしても、残念ながら完全な証明とはなりえません。可能性が限りなく高い、ということだけです。
でも、今天秤にかけられているのは、命。何物にも代えることのできない、世界で一番価値のあるものなのです。
その命を失う可能性が高いギャンブルを、迂遠な道ながら解決法があるのにしてしまうのは、私は賢明なことだとは思えません。
考えるべきは、手近にある安易な逃避ではなく、確実に現実世界に帰る方法であると、私は思います。
だいぶん話がそれてしまいました……。
えー、安心の話でしたね。
……安心とは、どのようにして得られるものでしょうか?
安心できる、ということは、その物事についてしっかりと理解している、ということでもあります。
問題が起こったとしても、それについての対処法を知っている、ということです。不確定な要素がなく、何がどうなるのかを知っていれば、人は安心できるのです。
逆に、人は先が見えないと不安になります。人は本能的に、『分からないもの』を怖がるようにできているのです。
人が暗闇を怖がるのは、そこに何があるのか、何がいるのかが分からないからです。
翻って今の実情を見てみれば、私たちの置かれた立ち位置は、明らかに暗闇の中です。
ならばどうすればいいのか。
先が見えるように、予定を組み立てていけばいいのです。
それを考え、実行に移し、プレイヤーに道しるべを与えるのが、アインクラッド攻略対策本部なのです。
今私が考えているものでは、この原案である学校の設立と共に、攻略に参加しないプレイヤーも生活していけるよう、鍛冶や薬師などのスキルを用い、生活の基盤を築いていくことが挙げられます。
しっかりと、この世界でも生きていける、という実感が得られれば、随分と心境は違ってくるはずです。
みなさん、いかがでしょうか?
賛成の方、挙手をお願いします」
これだけの話を聞いて、反対できる人はいないでしょー、と思って見回してみれば、案の定、見えている限り全員が手を挙げているようだった。
「ありがとうございます」
深く頭を下げる高幡さん。
「どのような組織にするか、これから新しく決まった役員と話し合いたいと思います。方針の発表は明日にさせて頂きたいと思います。……本日は以上とします。お疲れ様でした」
高幡さんは再び頭を下げた。集まっていたプレイヤーは、それぞれ黒鉄宮を後にする。何人かは、高幡さんに『頑張ってください』『応援してます!』と声をかけていった。
ボク達も……というところで、逆に高幡さんから声が掛かった。
「申し訳ありませんが、ランさんと、ユウキさん、クラインさん、キリトさんは、発起人ということでご同席頂いてよろしいでしょうか」
ボク達は顔を見合わせて、うなずき合った。
「もちろんです」
「もちろん!」
「おう」
「ああ」
*
「御足労頂いてすみません……まずは座りましょうか」
暫定の役員メンバーだけになったところで、高幡さんが切り出した。みんなは宮殿の床に座り込む。
「早速組織運営について決めていきたいと思います。まず、各担当を決めていきましょう」
「担当、ですか?」シンカーさんが高幡さんに問う。高幡さんは頷いて答えた。
「ええ。教育関連のトップ、攻略指揮のトップ、しばらくしたら、鍛冶ギルドや商人ギルドも必要になってくるかもしれません。あと、広報担当も欲しいところですが……ありがたいことにかなり人材はそろっているようですね」
高幡さんは口元を綻ばせた。
「皆さん、今言ったような中から自分のやりたいものを選んでいただけますか? あと、他に必要な部署があったら言って下さい」
シンカーさんは、フム、と唸って言った。
「そうすると私は、広報、ということになりますかね」
「では私は教師……のまとめ役、教頭先生といったところでしょうか」とユリエールさんが続く。
「では、メンタルケア部門を作って頂いて、私はそこが良いですな」とパースさん。
「オレは攻略担当をやらせてもらいたいです」とディアベルさん。
「では、鍛冶ギルドができた暁には我にお任せを!」とマサムネさん。役に入ってるなぁ、この人……。
全員が申告し終えたのを見計らって、姉ちゃんがひっそりと手を挙げた。
「はい、ランさん、何でしょうか」
「それで、私たちはなんで呼ばれたんでしょう?」
姉ちゃんが単刀直入に言った。クラインさんもそれに乗っかる。
「おうよ! ランっちとユウキだけならまだ分かるけどよぅ、なんで俺とキリトまで呼んだんだ?」
高幡さんは少し驚いたような顔をして、すぐに申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ああ、説明もせず、すみませんでした」一度頭を下げ、
「皆さんには是非、攻略の最前線に立っていて欲しいのです。それをお願いしたくて呼んだんですよ」
姉ちゃんは訝しげに首をひねる。
「もちろん私たちも、そのつもりでいましたけど……理由を聞いても?」
「もちろんです」高幡さんは改めて居住まいを正した。
「皆さんは、この非常事態のなかで、落ち着いて、今何が必要か判断し、そしてそれを行動に移しました。簡単にできる事ではありません。むしろ、あなた達でなければできなかったでしょう。
……私も正直、あなた達に呼び掛けられなかったら、自分からまとめ役を立候補はしなかったと思います。そして、一万人もの人々に希望を与えたあなた達が先頭に立てば、間違いなく士気も上がるでしょう。果ては攻略の近道にもなりうるはずです。どうか、お願いできませんか」
「オレからもお願いしたいな」続いて、ディアベルさんが言う。
「君たちはベータテストの時も最前線を行っていたわけだし、能力的にも問題ないはずだ。『黒の剣士』と『流星の双子』がいれば心強いはずだよ。どうかな?」
「『流星の双子』……私達はそんな風に呼ばれてたんですか?」姉ちゃんは目を丸くした。
「『流星の双子』……うわぁ、カッコイイ! ボク達これからもそれでいこうよ‼ キリトの『黒の剣士』もカッコイイ‼ シンカーさん、ボク達のこと、雑誌を出すことになったら、そうやって紹介してよ!」
「あはは、気が早いなぁ、ユウキちゃん。まぁ機会があったら、そうさせてもらうよ」シンカーさんは優しく微笑んだ。
「ま、待ってください、俺はいいです! 『黒の剣士』なんてこっぱずかしい二つ名いりませんよ!」キリトが金切り声をあげた。黒歴史が、とかなんとかつぶやいている。黒歴史ってなに?
「というか」落ち着きを取り戻したキリトは、仕切り直して言った。
「ディアベルさんはどうして俺たちのことを知ってたんです?」
そういえば! 姿も名前もベータテストのときと同じなボクと姉ちゃんだけならいざ知らず、キリトは全く姿が変わってる。なのに、なんで分かったんだろう。
ディアベルさんはさわやかに笑って答えた。
「名前を憶えてたんだ。君たちは有名人だったからね。もっとも、俺が知っていたのは二つ名の方だけだったから、プレイヤーネームは鼠のアルゴから聞いたんだ」
「……あんのネズミぃ!」キリトが忌々しそうにうめいた。ボク達の名前、売られちゃったんだ……。と言うか、アルゴさん、売っちゃったんだ。
アルゴさんは、いわゆる『情報屋』で、攻略に関するものだけでなく、売れる情報は何でも売っている(それ相応のお金さえ払えば)。
でも……個人情報については、いつも相手の確認をとっていたのに……。なんでボク達に何も言わなかったんだろう。
……あ、悪戯心ってヤツだよね、アルゴさんだもん。あの人らしいなぁ。にゃハハハ、と笑う姿が目に浮かぶ……。
ボクは猛烈にため息をつきたくなった。
「それで、いかがでしょう?」高幡さんが再び問う。
「……先頭に立つ、というのは具体的に何をすればいいんでしょうか?」おずおずとランが言った。
「そんなに難しく考えないでください。ただ、先頭を切ってモンスターを倒し、道を切り開くだけです。もっとも、それが難しいのも事実なので……というより、それが難しいので、トップランナーのお三方にお願いしたいわけです。……私の友人の二の舞は、もう御免ですから」
「……うん、ボク達は誰よりも先に行きたいって考えてたから、問題なしだよ! ね? 姉ちゃん、キリト」
「……そうね」ランは慎重にうなずく。
「特に問題はない、かな?」キリトも曖昧ながら同意。
それを聞いて、沈んでいた高幡さんの目が、キラリと輝いた。
「おお! では──」
「あの!」
話がまとまろうか、というところで、長身銀髪美女のユリエールさんが声を上げた。
「……どうしました?」高幡さんは呆気にとられたように、一瞬詰まって言った。この人、思ったより感情が表に出やすいみたい。
「本当にそれで良いのでしょうか?」ユリエールさんは思案顔だ。
「と言いますと?」高幡さんは首をかしげる。
「双子のお二人は小学生、キリトさんも中学生。重荷を背負わせるには、あまりに幼な過ぎると思いまして。そもそも、彼女たちが矢面に立ってモンスターと戦うのも、私はどうかと思います」
確かに、とうなずく声多数。うーん、そうなっちゃうのか……。まぁ、確かに校長先生を決めるときと同じで、子供を矢面に立たせることになるし……。でも、ボク達としてはやらせてもらはないと困るんだけど……。
高幡さんはしばらく考え込んでから、毅然として言った。
「トップランナーに求められるのは、年齢ではなく実力です。判断力です。そして胆力です。このお三方はそれら全てを持ち合わせています。
例えばこの世界が……そうですね、卓球で勝っていくことで先に進めるルールだとしましょう。そのとき、『まだ子供だ』と言って、中学生とはいえトップレベルの実力を持った選手を出さない、というのは、ただの才能の無駄使いというものですよ。
さらに、この世界は現実と違って、大人と子供の体力の差も考慮する必要がありません。すべてステータスがものを言いますから、現実以上に実力だけを重視することができます。
……今は命がかかっているんです。年齢が上でも、中途半端な実力の者を先頭に据えたところで、いたずらに犠牲者を増やすことにしかなりません。可能な限りの戦力を持って、ことにあたるべきです」
高幡さんの話を聞いても、ユリエールさんは渋い顔だ。
「……戦うことについては、分かりました。でも、彼女たちを旗頭に据えるのはまた別問題ではありませんか?」
鋭い指摘に、高幡さんは言う。
「では……。あなたは負けず嫌いだとします。自分より小さな子供が、バッサバッサと、大人の自分を差し置いてモンスターを次々倒していっています。あなたならどう思いますか?」
「……悔しい、でしょうね」ユリエールさんは渋面を作ったままだ。高幡さんは頷いて続けた。
「では、悔しいあなたは次にどのような行動を起こしますか?」
「……強くなろうと努力します。子供たちに負けないように」
「その通り!」高幡さんは大きくうなずき、「では、あなた」今度はマサムネさんを指した。
「お、おう、我か?」マサムネさんは、高幡さんの勢いに若干圧されぎみだ。
「あなたがもし学生だったら。同い年くらいの少年少女が活躍しているのを見て、どう思いますか?」
「そ、そうだな……ふむ、我だってやればできるんじゃないか、と思うやもしれん」
「そう、つまりはそういうことです。この子たちが活躍すればするほど、プレイヤーの競争意識に火を着けることができるのですよ、全員がそう思うわけでは無いにしても。
そうすれば結果的に、実力者はどんどんと増えていき、攻略はより速くなることでしょう」
「……なるほど、分かりました。……本人も了解しているわけですし……」溜め息混じりながら、ついにユリエールさんも折れた。
「ご理解頂けて良かった」パチン、と手を打つと、高幡さんは本題に入る。
「では、話を先に進めましょう。まず、これからやることについてです。考えなければいけないのは、閉じ込められたプレイヤー全員に、何かしらの役割を与えるということです。
今はひとまず、いい意味で現状を理解していない……というより、受け入れることができないでいる分、一時的にパニックの発生を抑えることができています。が、そう長くは持ちません。
自分の置かれた状況を、本当の意味でハッキリと認識したら、きっと多くの人が恐慌状態に陥るでしょう」
ふぅ、と高幡さんは息を吐いた。
「……おそらく、その恐慌を止める手立てはありません。……それでも、この世界でもやっていける、という希望を持ってもらうことで、切り替えをしやすくしてあげることはできるはずです。仕事の割り振りは、その環境を整えるのに不可欠なのです」
高幡さんが話し終えると、シーン、と場が静まり返った。
「……なるほど、先ほどの『生活の基盤を作ってしまう』というのは、そういうことですか」
一連の話を静かに聞いていたパースさんが、静寂を破って感心したように言った。
「よくここまで考え付いたものだ。さすが、我らの先頭に立つことを志願しただけのことはあるな。あっぱれ! ナッハッハッハ」
マサムネさんは心底楽しそうに笑った。他のメンバーもうなずく。
「じゃあ、その基盤に何が必要か、話し合いましょうか」
シンカーさんの一声で、メンバーは額を突き合わせ、本格的に議論が始まった。
「俺、本当にここに来る意味あったのか……?」
話に完全に取り残されたクラインさんの独り言は、会議をしている誰の耳に入ることもなく消えた。
気をしっかり持って! クラインさん‼