今回は少し短めです。
「なかなか人が集まらないね」
「そうねー……」
「あと二人なんだけどなぁ……」
訓練を終えて、夜。それぞれのベッドに寝そべって、ボクは姉ちゃんと、重い溜息を交わしていた。
攻略に必要な条件、六人をそろえるために声を掛けているのだけど、全然手ごたえがないのがその原因だった。
……早く攻略に行きたいんだけどなぁ。
戦闘訓練が始まってから、一週間。訓練そのものは順調に進んでいて、すでに何組かのパーティーは試験をパス。攻略に乗り出していた。
ベータテスターの教官は、六人を集めて試験を通過できれば、それでよし、ということになっている。だからボクは、とっとと六人を集めて、誰よりも早く攻略を始めるつもりでいた……のだけど、残念なことに、なかなかメンバーは決まらなかった。
決まらない理由の一つに、練度の問題があった。
ベータテスターで教官を担当している時点で、生徒側のプレイヤーは、まずこちらの誘いを受けてくれない。自分ではついていけないと思って、恐縮してしまうのだ(その点ではシリカさんは結構度胸があると思う。ボクが強引過ぎただけかもしれないけど)。
かといって、同じ教官をしている人を誘ってもそれはそれで断られてしまう。理由を聞いてみれば、「あんたたちについていったら、命がいくつあっても足りない」と顔を青くして言われてしまった。どうやらベータテスト時代のボクたちの戦い方に問題があったようだ。
そして、仲間集めの何よりの障害は、『誰よりも先に行く』というボクたちの攻略方針にあった。
この方針があることによって、「人数が集まらないから、とりあえずメンバーを補充しよう」という、大抵のプレイヤーがやっているパーティーメンバー集めの方法は、使えなくなってしまった。そんなことをしたら、その人の腕が及ばなかった場合、最悪命を落としかねないからだ。だからボクたちが探しているのは、攻略組でもトップに立てるような人材。あまりにも高いハードルだった。しかもそれを、あと二人も探さないといけない。
さらに、能力の高いプレイヤーは、結構な確率で、自分がリーダーとなってパーティーを作ってしまうので、無所属で且つ能力の高い人を探すのは至難だ。そして時が経てば経つほど、どんどんパーティーが組まれて行って、余計に人が減る。
ボクたちは、攻略を開始する前から暗礁に乗り上げてしまったのだった。
「なんか方法ないかなぁ」
寝転がったまま天井を見つめて、ポツリとボクはつぶやいた。あ、何気に年輪まで表現されてる。
ボクのつぶやきに、姉ちゃんは、うーん、とうなり声を上げた。
「……一回高幡さんとか……ディアベルさんに、心当たりがないか聞いた方がいいかもね」
確かにそれがいいかもしれない。本当はそういう頼り方って、あんまりよくない気がするけど。でも、ボクたちに先頭を走っていて欲しいのは本部の願いでもあるんだし。
「そうだねぇ……。じゃあメッセージでも送ってみるよ」
「……うん、よろしくね」
隣から、ふぁぁ……というあくびが聞こえてきた。ボクもそれにつられてあくびをすると、
「そろそろ寝ようか」
姉ちゃんが言った。
「うん、メッセージ送ったらね」
「分かった。先に寝るね。……おやすみ、ユウ」
「おやすみ、姉ちゃん」
照明を落として、ボクはメッセージを送るため、メニューを呼びだした。
さて、どんな風にお願いしようか……。
とりあえず今のボクたちの状況を説明して……で……うーん。もう本題入っちゃっていいのかなぁ。
……そうだ、一応手紙の文面っぽくした方がいいのかな、相手大人だし。でもなぁ。手紙の書き方なんてよく知らないんだけど。そもそもで最近はほとんどの場面でメールを使うから、手紙なんて書いたことないな。……手紙、手紙。
手紙……?
なにかが引っかかってる。なにか手紙に関することで重要なことを忘れてるような。
……ああ! あの手紙! (たぶん)茅場からボクだけに送られてきた、手紙があったはずだ!
あの時は、そういえば混乱でよく確認しないまま、忘れてたんだ。訓練をするのに特にアイテム欄を見る必要もないし、他の場面でもあまりよく見ていなかったから、すっかり意識から外れていた。
ドキドキしながら、アイテム一覧を呼び出してスクロールさせていく。一番下まで繰ったところで、目的のものを見つけた。
『手紙』
タップすると、あの時と同じように、手紙が実体化した。なんの変哲もない、装飾さえ全くない封筒に入った、手紙。
緊張が走って少し震えそうになる手を何とか押さえつけながら、封筒の口を手を掛け、ゆっくりと開けた。特にテープやノリや、その他の方法で留められている、ということもなく、封筒はあっさりと開いた。
中に入っている紙を慎重に取りだして、ボクは困惑した。
「……白紙?」
その紙には、何も書かれていなかった。使い方の説明もないし、これがどういうものなのか、全く見当がつかない。
ボクはしばらくそれを眺めていたけど、疲れと眠気もピークで、手紙をストレージに戻してベッドに倒れこんた。
あっという間に意識は眠りの底に沈んだ。
*
早朝六時。ボクはいつも通り、アラームの音で目を覚ました。隣を見ると、姉ちゃんはまだ、気持ちよさそうに、寝息を立てている。昔から、朝はボクの方が強いのだ。
姉ちゃんのサラサラした髪を梳きたいという雑念をなんとか振り払うと、ボクは、昨日送ったメッセージの返信が来ていないかを確認した。
お、二人共から来てる。
……高幡さんが先に返信してくれたようなので、そちらから確認することにした。
『ごめんね、私はあんまり役に立てそうにないな。攻略に関することは全部ディアベルさんにお願いしちゃってるんだ。ディアベルさんに聞いてみたらどうかな?』
残念、ハズレ。ではでは、ディアベルさんの方は……
『おはよう! 訓練の状況はどうかな? パーティーメンバーの件だけど、一人だけ心当たりがあるんだ。ちょっと性格的になじめるかは分からないんだけど……会ってみるかい?』
おぉ、さすがディアベルさん! 性格的になじめないかも、というのは、結構問題な気がしなくもないけれど、背に腹は代えられない。ボクは、『ぜひお願いします!』と送ってウィンドウを閉じた。
ちょうどそのタイミングで、姉ちゃんが目を覚ました。眠そうに目をこすって、しきりにあくびをしている。おっはよう! と挨拶すれば、おふぁよう、と舌足らずに返ってきた。
せっかくなので、さっきのメールについて説明すると、姉ちゃんはすぐに覚醒して嬉しそうに微笑んだ。
「やったね、ユウ! その方とはいつ会えるの?」
「あ、聞き忘れちゃった……」
「もう、ユウったら。それを聞かないと会いようがないじゃない」
「ごめーん、もう一回メッセージ送るよ」
手早くメッセージを送ると、返信はすぐに返ってきた。
『じゃあ、今日の夕方、五時半に黒鉄宮前に集合しよう』
『分かりました。よろしくお願いします!』
「ディアベルさん、なんて?」
「今日の五時半に黒鉄宮前集合だって」
「私もその時間に行けばいいのね? そのこと、シリカさんにも教えてあげて。キリトには私から伝えるから」
「うん、分かった」
シリカさんには直接話そうと決めて(訓練で会うし)、ボクたちは朝ごはんを食べに、階下の食堂に足を向けた。
*
訓練が終わり、現在時刻は午後五時半。生徒の人の居残り練習に付き合ってから黒鉄宮に目を向けると、遠目にすでに姉ちゃんとディアベルさんがいるのが確認できた。ボクは一人でそこに向かう。
ちなみに、シリカさんは、仲間が増える(かもしれない)ことには喜んでいたけれど、今日は会わないでおく、と言っていた。ボクとしては一緒にいて欲しかったものの、自主練しないと! と張り切っているシリカさんを付き合わせるのは野暮な気がして、引き下がった。
あ、そういえば、ディアベルさんと直接会うのって、デスゲーム開始二日目以来だ。もう一週間以上前なんだ、ぜんぜんそんな気がしないけど。
時間があっという間に過ぎていたことに驚きつつ、集合場所を目前にして、
「ディアベルさん、こんにちは!」
ボクはディアベルさんと挨拶を交わした。
「やあ、久しぶり……ってほどでもないのか。なんだか、君たちと話し合ったのが、随分と前のような気がしてくるよ」
あれ、ボクと真逆の感想だ。
「お忙しいんですか?」
ボクが問うと、ディアベルさんは、あはは、と軽く笑って、まぁそれなりにね、と苦笑気味に答えた。
「ああ、そうだ、今日会う予定の子だけど、少し遅れるそうだよ」
ディアベルさんは付け加えるように言った。
「あ、そうなんですか?」とボク。
「ちなみに理由は……?」と姉ちゃん。
「訓練だよ」簡潔にディアベルさんは言う。
「訓練? 訓練って五時までじゃないんですか?」
ボクの組みたいに居残りしているとか。それとも、シリカさんみたいに個人練習でもしてるのかな。ボクが不思議に思って聞いてみると、ディアベルさんは再び苦笑した。
「まぁ、普通はそうなんだけどね。……彼女にはいろいろ事情があって、訓練には参加せずに一人で練習しているんだ。ちなみに言っておくと、それは別に能力が足りないからやってるんじゃない。より強くなるために、なんだ。彼女は──そうそう、今日呼んだのは女の子なんだけど──攻略に憑りつかれている節があってね」。
この言い方からすると、どうやらみんなでやっている訓練はやらずに、ずっと個人で練習をしているみたい。でも、それより──。
「憑りつかれて……?」怪訝な顔をして姉ちゃんが言う。「ただ一生懸命、というわけではないんですか?」
まさにボクが聞きたかったことだ。ボクはディアベルさんに視線を送った。ディアベルさんはうなずいて続ける。
「そう。憑りつかれてるんだ。とにかく攻略をすること、そして、そのために自分が強くなることにしか注意を払わない。おかげで誰も彼女に近づこうとしない。例え近づいたとしても、大抵みんな追い払われてしまうんだ」
ディアベルさんは、はぁ、と、似合わないため息をつく。
「……だから彼女は、一人だけで攻略をしようとしてる。仲間がいないからね」
えぇ? とボクは目を見張った。「一人って……パーティーを組まずにってこと?」
「そういうこと」ディアベルさんはうなずく。
ボクは頭を抱えたくなった。なんでみんな、こうも一人になりたがるんだろう。まぁボクが言えたことではないんだけど……。
「実際、彼女ならそれも不可能ではないだろう……が、人数がそろわない限り、こちらとしては圏外に出せない。どんなに彼女が強くなってもね。すると彼女は、余計にフラストレーションをためてしまう」
「ふらすとれーしょん……?」
頭の上にはてなマークを付けたボクを見て、姉ちゃんが解説した。
「簡単に言うと、やりたいことができなくてイライラするってこと」
ディアベルさんに向き直って、
「……私たちは、その彼女とパーティーを組んで、攻略することでフラストレーションを解消すれば良い、ということですか?」
ディアベルさんは、ようやっといつもの調子に戻ったように、快活に笑って言った。
「そのとおり! 理解が早くて助かるよ。……技術的には申し分ないはずだ。きっと君たちにもついていけるだろう。何より今のままでは、彼女が救われないからね。よろしく頼むよ」
それには答えず、姉ちゃんは質問を重ねた。
「……そういえば、ディアベルさん、その人の名前はなんて言うんですか?」
「ああ、まだ言ってなかったね。彼女は『アスナ』っていうんだ」
アスナ……? どこかで聞いたような。
ボクが記憶を手繰っている間に、姉ちゃんが答えを言ってくれた。
「私たちが『勉強の鬼』とパーティー……?」
そうだ、『勉強の鬼』!
その名前が出てくるのは、ほんの一時の間、学校を賑わせた噂話だ。教官をやっているため、あんまり学校に顔を出せていないボクたちでさえ耳にするほど、有名な話だった。
たしか、アスナっていう中学三年生の女の子が、担任教師の授業のレベルに腹を立てて、教師を言葉で滅多打ちにしたとかなんとか。そのあと、その担任はベテランの高校教師に助けを求めたんだけど、結局その教師でさえも彼女に見合う……というか彼女の納得する内容の授業はできなくて、彼女は学校を去ってしまったらしい。去るまでの間に、何人もの教師が半泣きになるほど言い負かされて、心理的に叩きのめされたという。生徒は生徒で、とげとげしい彼女の態度は反感しか買わず……。
と、いうことで、彼女の評判はすこぶる悪いのだった。
うーん、どうしたものだろう……。
実際のところ、チーム戦が基本になる攻略に、精神的に不安定な人や、自分勝手な人を入れるのは考え物だと思う。たった一回の身勝手な行動が、パーティーメンバー全員の、命の危機につながりかねないから。
『勉強の鬼』だった人が、ボクたちと協力しながら戦う、なんてできるのだろうか。
……会ってみなきゃ分からないか。
「……『勉強の鬼』、か」ディアベルさんは、少し悲しそうに眼を細め、わずかに俯いた。
「学校ではそう呼ばれて、敬遠されていたようだね。ユリエールさんから話は聞いているよ。教師を一方的にやり込めて、“ここじゃまともな勉強はできない”って、たった数日で学校を去ったって。
学校に行かなくなってからは、ひたすら戦闘訓練をしていたようでね。でも、そっちの訓練の方も、あっという間にベータテスターの教官のレベルを超えてしまって、さっさと見切りをつけると、あとはずっと一人で練習をしていると報告を受けているよ」
アスナさん、評判はともかくとして、勉強ができて戦うセンスもあるらしい。それなんて姉ちゃん? 打ち解けられたら心強いんだけどな。
「ごめんなさいディアベルさん。この話はお受けできません。ユウにもしものことがあったら、困りますから」
姉ちゃんはボクを心配してくれている。ボクだって姉ちゃんが心配だ。けど、会う事さえなく断ってしまうのはなんだか違う気がする。
「姉ちゃん、とりあえずアスナさんに会ってみようよ」
「私がなに?」
「わひゃぁ⁉」突然後ろから聞こえた声に、ボクは飛び上がって驚いた。
慌てて後ろを振り返ると、そこにはフードを目深にかぶった人が立っていた。
「アスナちゃん、久しぶりだね」ディアベルさんは、さっきまでボクたちが話していたことなどおくびにも出さずに、朗らかに言った。
この人が『勉強の鬼』本人なんだ……。
そのアスナさんは、挨拶に言葉を返すことなく、わずかに頭を下げた。
「君に朗報だよ。この子たちが君とパーティーを組んでくれるそうだ」
ディアベルさんはさわやかな笑みを浮かべて、さらりとそんなことを言った。あれ、まだ決めてなかったはずなんだけど?
当のアスナさんは、フーデットケープの影の向こう側で、ボクたちを観察しているようだった。
そして言った。
「余計なお世話よ。私は一人で良い」
冷徹な一言だった。
こ、怖い。
でも、ボクはそこにボクやシリカさんと同じようなものを感じた。
なんとかしないと、きっと取り返しのつかないことに……。
ディアベルさんはアスナさんの答えを予想できていたのか、顔色一つ変えない。
「いや、そうはいかないんだ。そういう決まりだからね」
「それって法的拘束力があるわけでもないでしょう。大体、私たちはその決まりに対して、意見を言う機会を与えられていない。民主主義の風上にも置けない、そんなものは無効よ。だから私が圏外に行けるよう手配して」
淡々と、感情のこもっていない声。ディアベルさんは笑顔をなんとか保ったまま、説得しようと食い下がる。
「……安全を確保するためにこういう事をしているんだ。そこは納得してもらいたいな。さっきも言ったけど、君とパーティーを──」
「仲間なんていらない。枷になるから。それなら一人で行った方が、よっぽど安全で手っ取り早いわ」
「あ、あの、アスナ、さん……?」
冷厳さに迫力が加わって、圧倒されそうになった。それでも、おずおずと、ボクはアスナさんの名前を呼んだ。クイ、とアスナさんのフードがこちらへ向いた。
「ボクたち、一人でも多くの人を助けたくてこういう組織とか、決まりを考えたんだ。みんなが助け合うためにね。だから一緒に、助け合いながら頑張っていこうよ」
フードに隠れた闇の中から、鋭利な眼光がボクを刺し貫いた。たらりと、冷や汗が背中を伝った気がした。
「……そうだったわね。あなたたちが始めたんだった」
かなり小さな声なのに、ボクに聞き逃す余裕を与えてくれない。ナイフをのど元に突き付けられている気さえする。凄まじい威圧感だった。
「私を助けたいなら私を一人で攻略できるようにして。あなたが言えば、そこの人も高幡とかいう人も、少しは聞いてくれるかも知れないし」
「そんなこと──」「黙って」
そんなことできるわけない、と言おうとして、アスナさんはそれを許さなかった。
「私は、一刻も早く、現実世界に戻りたいだけ。私にとってはこの世界にいるだけ時間の無駄なの。私はあなたたちみたいにお気楽な生活を送っていたわけじゃない。……一刻も早く、遅れを取り戻さないといけないんだから」
「遅れって……なんの、ですか?」
「勉強に決まっているでしょう? 私の道を行くには、それが必要なの。ここで落伍するわけにはいかないのよ。あの人たちに負けるなんて……ありえないわ」
嘲るような口調だった。でもその中に、焦りとか、恐怖とか、苛立ちとか……そういう感情がごちゃ混ぜになっているような。
「だから……だから、私は──」
アスナさんは続ける。
「モンスターを斬って、斬って、斬って、斬って斬って斬って斬って斬って‼ とっととこの世界から、出てやるのよ‼」
怨嗟を含んで、鳥肌が立ちそうなくらい、恐ろしい声だった。
ディアベルさんが言った、『憑りつかれている』という意味を、ボクはようやく理解した。
それと同時に、ボクはなんだかとても、悲しくなってしまった。一体どうしたらこんなになるのだろう。アスナさんは、何を抱えているんだろう。
もっともっと、アスナさんのことを知りたい。きっと、もともとは『鬼』なんて呼ばれるような人じゃなかったんじゃないか。ボクにはそう思えてならなかった。
いつの間にかボクの中から、アスナさんとパーティーを組まない、という選択肢はなくなっていた。