私はこの能力のせいか、よく考え事をする。
人は思考するとき、どの器官を使うのだろう。
大抵、脳か心と人は答えるだろう。
しかしそうも2つは単純な作りじゃない。
脳なんて、ただの処理能力のある肉塊にすぎない。
心なんて、ただの音を立て燃え盛る炎にすぎない。
情報を得た肉塊が燃え盛る高炉に落ちる。
そのエネルギーにより肉塊が処理を行い、新たな情報を生み出す。
そうしてまた高炉へ落ちる。
その繰り返し。
これが大体のメカニズム。
不確定なこのメカニズムこそ私達に最も関係のある行為なのだ。
特に心を読める私達に取っては。
地霊殿。都市として役割を持ち始めたと言ってもまだ前のような荒々しさの残るこの地底街で、唯一変わらず佇み続ける建物。
「あー、仕事したくないー。」
口に出さずとしても相手の思う事を把握してしまう私達に取って、言葉というコミュニケーション手段ほど煩わしい物は無い。
ましてや相手すらいない独り言など馬鹿馬鹿しい。私じゃなくてもそう感じる。
意識の脱線によりはみ出した言葉はそのまま手元の書類に衝突し消える。
そうしてまた現実へ戻され、衝突事故のあった書類へ意識を戻す。
正直この程度の仕事はいつもやってるし片手間に済まそうと思えばできる。
それくらいしかやるべき事は無いはずだし。
それが今日は違う。
不確定揃いのそいつにぶら下がる一つの気掛かりがあった。
古明地こいし
私の可愛い可愛い妹である。
心を閉ざしてしまってからというもの、放浪癖に拍車がかかり地霊殿に帰ってくる頻度が下がってしまった。
それでも気にはしているが、今は特別違う。
思考は変わるが、私達、さとりという種族は心と深い繋がりにある。
そもそも妖怪自体、精神的なエネルギーを原動力としていると言うのに、その中でもより一層繊細な作りをしている。
心には許容値がある。
弱いさとり妖怪は許容しきれずパンク。何て事もよくある。
大抵は自分にセーブがかかって視えるモノが浅くなるのだが。
自分で言うのは気が引けるけど、幸い私は強かった。
いや、不幸にも私達は強かったと言った方が良いか。
古明地の血は、パンクする事もなく視える範囲も深かった。
特に姉の方は深くまで視えてしまう。
妹とは然程能力の差はなかったが、その僅かな差が不幸を生んだ。
またまた思考は変わるがイド・エゴ・スーパーエゴなどと言う言葉を知ってるだろうか。知ってるに決まってる、私の中での思考でしか無いのだから。
思考の中でも独り言おろか文字通り自問自答してしまうとは馬鹿らしい。
イドは本能的な欲求。スーパーエゴはそれを抑えようとする道徳心。
その引き合う2つの調律をするエゴ。
このバランスにより人の心は成り立っている。
イドとスーパーエゴ。どちらか片方が強すぎると、精神に異常をきたす。
奇しくも人の探究心は、心と深い関係にある私達よりも理解を深めていたのだ。
主にスーパーエゴは親による躾により構築されるそうだ。
私達に親がいたのかもう忘れてしまったがその心のシステムはある。
こいしのスーパーエゴは私によって構築されたと言っても過言ではないだろう。
しかし、こいしは視えすぎていたのだ。
スーパーエゴが強くなりすぎてイドを押し殺してしまった。
ただでさえ精神に異常をきたす状況であるのに、その上能力がこいしの心を蝕んだ。
こいしは能力の全て。人の心全てを受け入れようとしたのだ。
こいしは心のやさしい子だった。
こいしの心は並に揺らぐ流氷のように見え、海面下に巨大な氷の塊をもつ氷山のようであった。
それも異常なほど巨大な塊。
今思うと私は甘えていたのかもしれない。
それでも私はこいしの負担を減らそうと常に努力した。さとり妖怪の結末を知っているからだ。
その結果、こいしを追い詰めたのは私だった。
流氷が一転。巨大な無意識の氷山が目の前に現れた。
結果心の壊れてしまったこいしはもう一度心を心として機能させるための要素を取り戻さなければいけない。
こいしは今無意識下へ押しやり凍り付いてしまった氷山の底を溶かす必要がある。
しかし私の目は、能力は、強さは。氷を溶かす太陽を隠す雲のように、こいしの目の前に立ちはだかってしまうのだ。
故意的か防衛反応か奇跡か心を閉ざしたこいしの心は読むことができない。
しかしまたこいしの心が開きかけた時。容赦無く一面の雲が空を覆い尽くす。
私がいる限りこいしは心を開くことはない。
今こいしに必要なのは、氷を溶かし浸す水かさを作ってあげること。
その役目は私ではない。
私は苦悩した。私でさえ意識することが難しいこいしの心を、誰が溶かしてやることができるのか。
いや、一人だけ。可能性がないわけではない奴がいたな。
なんだっけ人気者とか言われてたか、ケッ妬ましいわね。
……今、何か嫌な寒気がしたわ。
ともかく私は、奴の心に。
奴の目に賭ける事にしたのだ。