人類が新たなフロンティアを求め地球を飛び立って、どれほど経っただろうか。それぞれが、無限ともいえる入植地を目指し、ある者はそこで自分たちの歴史を築き、またある者はどこへもたどり着くことなく夢半ばに宇宙へと消えていった。
惑星マルクース。ここもまた、そんな宇宙人類たちの目指したフロンティア惑星の一つである。地球の20倍という体積を誇るこの砂まみれの惑星は、人類の手によりはるかな年月を経て可住惑星へと生まれ変わり、人類の新たな故郷となっていた。
「俺は『操城者』になるからいいんだよ!」
「また言ってる。あのね、勉強もロクにできない人に街の命運を任せるとでも思ってるの?」
少年と少女が話ながら歩いていく。通りの両脇には鉄筋と粘土で出来たセピア色の店々が並んでいる。少年は首に下げていたゴーグルを見せびらかすように少女に向ける。
「父さんだって学校の成績は良くなかったって言ってたぜ」
「ラッセルおじさんは特別なのよ。アンタはちゃんとやらなきゃダメなの!」
少年、ダヤン・フライデイは母親のように小言を漏らす少女、ノーナ・ノックスにさも嫌そうな顔を向ける。
「お説教するならもう帰れよ! 俺は早くいきたいの!」
「アンタ一人で行ったら絶対迷惑かけるでしょ、もう」
ダヤンとノーナのいる城塞都市、シャイアンは惑星マルクースの都市の一つである。マルクースの都市としては珍しく、大きなオアシスを擁するシャイアンであるが、ある重要資源の産出量が少なく発展の遅れている都市である。
「左腕の調子、どうなのよ」
ぐちぐちと小言を言い続けていたノーナであったが、唐突に話題を変えダヤンを見る。ダヤンがため息をつきながら左腕の袖をまくると、そこには肘から先が金属製のフレームになった彼の腕があった。手の甲に当たる部分には青く美しい石がはめられている。この石こそがマルクースを発展に導いた鉱石、「人形石」である。特定の並べ方をすることで力を生み出すこの鉱石は、クレーンなどの重機や義肢などに使われている。
「おかげさまでな。新しい石にしてからは動かなくなることもなくなったよ」
ダヤンは機械の手のひらを閉じたり開いたりさせながら、気まずそうに顔をそらす。ダヤンが左腕を失ってもうずいぶん経つが、ノーナは未だにそれが自分の過失であると信じ、罪悪感を感じていた。
それからしばらくの間二人は無言で歩いていき、やがて街の中央の城へとやってきた。城は、街のどの建物より巨大であり、四方の巨大な門からはこれまた巨大な道が伸びている。ダヤンは慣れた様子で門の一つへと近づいていく。門の守衛はダヤンたちに気づくと、手を振りながら声をかけてくる。
「ようダヤン。今日はガールフレンドと一緒か、生意気なやつだな」
「そういうんじゃないって知ってるだろ! それより父さんのとこ行くんだ。通してくれよ」
ダヤンは、はやる気持ちを抑えられなかった。守衛を半ば押しのけるようにして城内に入る。
「ちょっと、待ってよ! そんな急いだら付いていけないわよ!」
「ついてこいなんて言ってないだろ!」
小走りで歩く二人はやがて、巨大な空間へとたどり着く。城の中心にあたるその場所には、巨大な空間にもかかわらずそこにやっと収まる大きさの建物があった。さながら、城の中のもう一つ城にダヤンは駆け寄っていく。周りには数人の兵士がいたが、ダヤンは彼らには目もくれず、城に向かって大きな声を上げた。
「父さん! きたぞ!」
空間にダヤンの声が響く。しばらくして、城の最上階から一人の男が体を乗り出すように現れた。
「おう、やっと来たか! 早く上がって来い!」
父さんと呼ばれた男が言い終わるより早く、ダヤンは外側にむき出しに取り付けられている階段を駆け上がっていく。迷うことなく一直線に最上階にたどり着いたダヤンを男性が迎える。最上階の部屋は、その外観とは裏腹に、薄暗く、ところどころに青白い光が灯る不思議な空間だった。
男性、ラッセルが口を開こうとした瞬間、空間にけたたましいサイレンが鳴り響く。思わず飛び上がったダヤンをラッセルが抱き留める。ラッセルが周りを確認し入り口に駆け寄ると、兵士が叫び声を上げた。
「ワームです!北門側から出します!」
「了解した! 起動準備にかかる!」
ラッセルが叫び返すと、空間内の兵士があわただしく動き始める。片隅で硬直していたダヤンに、ラッセルは声をかけた。
「悪いが社会科見学はまた今度な。さ、早く降りるんだ」
こくこくとダヤンは頷き、階段を駆け下りる。傍らの城からは、先ほど通った時とはけた違いの轟音が響いている。最後の数段を飛び降りると同時に、城が一際大きな音を響かせる。
「ノーナ!」
ダヤンはうずくまって震えるノーナを目に留め、彼女に駆け寄った。
「なに……? なにが……」
「ワームだって、父さんが出る」
「ラッセルおじさんが……?」
ノーナがようやく顔を上げる。ダヤンはその隣で、形を変えていく城を見上げていた。
「ようし温まったな? 一回吹かすぞ!」
部屋の中央に設けられた指揮台のようなスペースに立つラッセルが叫ぶ。城の一部に亀裂が入り、そこから白い蒸気が一斉に噴き出す。
「準備できたみたいだな。北門開けろ!」
掛け声を受けて、北側に面していた巨大な門が轟音とともに開いていき、外には巨大な道とその先の門が見える。それに対応するようにターンテーブルのような床がもゆっくりと回転し、ラッセルの視線も北側へと向かう。
「どけ! 出るぞ!」
ターンテーブルが止まると同時に、城がこれまでで最も大きな音を出す。内側から青い燐光と白い蒸気があふれ出し、亀裂はどんどん大きくなる。空間は乗機で満たされ、中央の青白く光る城の影にすべての人の視線が集まる。それはやがて、ゆっくりとそのシルエットを変えていく。
ダヤンの見上げる先にあったのは、巨大な人型の影だった。