西暦1945年8月6日、広島に原子力爆弾リトルボーイが落ちた。
光、綺麗で大きな光。
海の上に浮かぶ私を照らす光。
ピリピリ熱気が風に乗って飛んでくる。
光の後には大きな雲がある。
茸のような形をした大きな雲。
私にはそれが何かはわからない。
ただ、それは恐ろしい何かで、
私の知らない陸の向こうでは恐ろしい何かが起こっている。
それだけしかわからない。
榛名にはそれだけしかわからない。
ただただ、私はその何かの爆発に恐怖を感じた。
初めて炎に、爆発に恐怖を感じた。
私が使うそれとは何かが違う。
あれは爆発だけで何かを奪う物じゃない。
きっとあれは存在全てを以って、何かを奪う物だ。
しばらく経つと死臭が漂う。
人の屍体がゆらりゆらりと川の流れで寄ってくる。
焼けた屍体の臭いを私は知っている。
米国の戦艦との戦闘中、私の中で沢山の声が上がる。
その中には、戦闘で負傷した人の助けを求める声もあった。
皆、皆、他の者に助けられていく。
だけどそれでも、気づかれずに死んでしまう人がいる。
私にはその人を助けることができない。
船は人に操られる。
操られずして動けない。
焼けた屍体は肉の焼ける独特の臭いを放つ。
この寄ってくる屍体の臭いはその匂いだ。
屍体はいつしか腐り果て、腐臭を放つようになる。
海は屍体に覆われ、辺り一帯を腐臭が包む。
少し経つと、屍体は回収されていった。
でも、臭いが私から離れない。
死の臭いが私に染み付いた。
あぁ、なんだか怖い。
人の命を奪う火薬が怖い。
あれをもう使いたくない。
また、砲塔を動かす日が来るかと怯えていたが、
どうやら私は解体されるらしい。
良かった。私はもう人の物を奪わずに済む。
私は解体されていく。
幸せな気持ちで消えていく。
気がつけば海の上にいた。
すぐに手が視界に入った。
どうやら私は人の形をしているらしい。
海軍の人間があてもなく彷徨う私を見つけた。
どうやら私は艦娘というものになったようだ。
私を助けた彼からいろいろと話を聞いた。
深海棲艦という者達が人の生活を
脅かそうとしているから力を貸して欲しい。
ということらしい。
当てもないし、取り敢えず承諾した。
あの日の爆発のことを聞いてみると、
核という兵器の爆発だったらしい。
核についての説明を聞いて、尚更火薬が怖くなった。
当然、私には火薬が使えなかった。
使うのが怖かった。
敵とはいえ、誰かの何かを奪いたくなかった。
彼は無理しなくてもいいと言った。
私はそんな彼に恋をした。
人と艦娘の叶わぬ恋だった。
恋慕の思いに心を灼かれていた私は、
せめて役に立ちたいとなんとか戦おうと思った。
そのためには火薬を使えるようにならなくてはいけない。
ある日、戦艦長門という艦娘の話を聞いた。
二度、核の力に晒された戦艦らしい。
私は彼女にどうして火薬を使えるのかと聞いた。
彼女は直ぐに答えた。
嘗て私を使ってくれた人達のために、
彼らが遺していった未来を守るために私は戦う。
嘗て味わった恐怖もこの想いの前には障害にはならない。
私は感動したし、納得もした。
だけど、それでも火薬が怖かった。
使えなかった。
ある日、鎮守府を深海棲艦が襲った。
ほとんどの艦娘が出払っているタイミングだった。
私が彼を守らなければならなかった。
その時、私は艦娘になってから初めて火薬を使った。
守るために戦った。
硝煙の匂いに恐怖を覚えながら、苦痛に耐えながら、
吐きそうになりながらも戦った。
なんとか全ての敵を殲滅して戻ると、
彼は血を流して倒れていた。
逃した敵がいたのだ。
彼はもう助からない程に出血していた。
我儘な私は最後に彼に想いを伝えた。
彼は微笑んだ。
そして、私も好きだった。と言って逝ってしまった。
私は泣いた。
泣いて泣いて泣き続けた。
もうあんな思いはしたくなかった。
二度と味わいたくなかった。
私は自ら艦装を手に取った。
もう誰も失わないために、戦い続けることを誓った。
今も私は核の恐怖に縛られている。
でも、今のわたしはそれ以上に彼への思いに縛られている。
今日も私は彼のことを思い出し、艦装を身につける。
嫌いな火薬の匂いに一瞬顔を顰めながらも、
笑顔で仲間と共に出撃する。
「榛名、いざ出撃します!」
この思い永遠に叶わずとも。