瑞鶴奮闘記(完結)   作:冷しゃぶ

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先月、やっと提督に着任することができました。
初めて来てくれた正規空母は飛龍さん。瑞鶴は未だ来ず。姉の方は三番目に来てくれたけど。

一応、最終話です。



最終話

 

 

 ◇

 

 墜ちる。

 奴の機体が、私の機体が、堕ちて、堕ちて、堕ちて、落ちる。

 私の周りを必死に飛び回る妖精から「落ち着いて」と宥められるが、そんなものに耳を貸すつもりはない。

 所詮この子達も偽物だ。私とずっと一緒にいたあの子達ではない、この世界のまがい物。代替品。

 

 そんな奴らが私に命令するなっ。

 

 

 

 火を吹きながら落下してくる艦載機を避けつつ、出せる限界値の速度でアイツに接近する。

 互いに空母。近くで殴り合う必要なんてないけれど、今の私はアレと視線が交差した時から自分を抑えることができそうにない。

 

 制空権? 隊列の編制?

 

 どうでもいい。

 

 ただアイツを殺したいただアイツを殺したいただアイツを殺したい。

 我ながら不自然なほど尋常な殺意、憎悪。今の私にあるのはそれだけだ。

 

 敵艦載機からの攻撃がすぐ横を掠める。

 

 確かに。確かに、アレは他の深海棲艦とは違う。

 攻撃の苛烈さ、威力。そして何より、憎らしいほど己の存在を主張する、あの威圧感。

 ますますぶち殺したくなる。

 

「ッ──ちぃっ!」

 

 一発受けた。

 被弾ヶ所は左肩。飛行甲板は幸いにも炎上なし。まあ今さらここが燃えようがもう発艦できる機体はないのだが。

 

 ──不意に、アイツと再び目が合った。

 

 その赤い瞳で私を見つめ──ニタリ、と口元をつり上げ。

 

 それを見て、私の中の憎悪がまた一段、濁りを増した。

 

「全艦載機っ!」

 

 私の叫びに合わせ、敵艦載機の迎撃に専念していた機体が、一斉にアレに向かって進撃する。

 守りはいらない。ただアイツを撃て。ただひたすら──アイツに攻撃し続けろ!

 

「──ッ」

 

 再び被弾。

 回避が疎かになっている。

 

 が、もうすぐだ。

 

 もうすぐ、アレの、前に。

 

 

 

 弾幕の雨を強引にかい潜る。

 近づくにつれて段々と攻撃が激しくなり、私の体も至るところが傷で埋め尽くされていく。

 

 が、それは向こうも同じこと。

 全機を攻撃に回したおかげなのか、アイツもそれなりに被弾している。

 だがそこはやはり姫。あれだけ食らっておいてまだ小破程度しかダメージを受けていないようだ。

 

 ──下手したら小破すらいってないかもね。

 

 未だに私の首にすがり付く妖精は「引き返せ」と提案してくる。“ダメ”、“無理”、“無謀”……“みんな一緒に”?

 

「うるさい!」

 

 掴み、放る。

 みんな一緒? そんな人達がどこにいる。

 

 みんなは──私にとっての皆は、どこにもいない。

 

 避ける。避ける。避ける。中る。避ける。避ける。受ける。中る。中る。避ける。

 

 何度同じことを繰り返したか。何度同じ動作を繰り返したか。

 

 ──そして。やっと。漸く。とうとう。ついに。

 

 

「空母棲姫ぃ……ッ!」

 

 

 歯を噛み締める。

 すぐそこにいる憎くて憎くて堪らないクソッタレは、恐らく憤怒に染まっているであろう私の顔を見て、可笑しそうに口角をあげ、上を指差──。

 

「ッ──ギ、いっ──!」

 

 私が見たのはそこまでだった。

 

 直上からの一撃。狙われたのはついさっき負傷した左腕。咄嗟に上に構えた左腕。

 血飛沫が顔に付く。激痛。激痛? 激痛。

 

 

 見る。腕がない。

 

 

「だぁかぁらぁああ!」

 

 残った右の拳を握る。

 身体の左側を前に。腕を引き、腰を捻り、目を見開き、痛みは無視し、思いきり、全力で、全速で。

 

「どうしたああああああ!」

 

 解放。

 

 澄ました顔面目掛け、体重をかけた一撃を。

 響き渡る鈍い音。弾幕の発射音よりも遥かに小さい音が、私の耳を支配する。

 

「ぐっ、ぎっ、──ッ!」

 

 勢いを殺せず前に飛び出し、海面を転がる。

 視界がぐるぐる回転する。なんとか手を水に付けて勢いを止めようと試みるも、まったくそんな気配はなく。

 ある程度転がった後、なんとか体制を整えた。

 

「ッ────!」

 

 激痛の走る左肩の付け根を押さえる。

 そこで始めて、足首から下が海に沈んでいることに気がつく。

 

 ……まあ、無理もないかな。コレ、どう見ても大破どころの話じゃないし。

 

 視線を肩から外す。

 空母棲姫は……海面に仰向けで横たわっていた。

 

「なにしてるっ!」

 

 いつのまにか私の周りで待機していた妖精達に指示を出し、余裕ぶって仰向けのまま動かない奴に向けて攻撃を再開する。

 戦艦ならまだしも空母である私に殴られたくらいで倒せるような奴じゃない。だけどアイツは倒れている。

 

 ふざけやがって……!

 

 四方から囲むように攻撃を浴びせる。

 

 気がつくと、私の膝から下が海に沈んでいた。

 この様子だと自力での帰港は無理かな。誰かに曳航……いや、たぶんそれもないか。

 そもそも、今の私に選択肢は二つしかないし。その内のひとつは意地でも引くつもりはないけど……。

 

「…………」

 

 そのためにも死んでも沈んでやるもんか。

 さっきからじわじわと迫る倦怠感を気力で払いのける。

 

 空母棲姫は……。

 

 見ると、ふらり、と、立ち上がっていた。

 倒れている際に撃ちまくったのが効いたのか、私が殴った時よりも体に刻まれた傷は深く見える。

 それでもまだまだ沈みそうには見えない。ただただ無表情で無機質な瞳を私に向け続けている。

 そんなアイツの顔に、何度目かになる苛立ちがふつふつと沸き上がってくるのを自覚し──そこでふと、疑問。

 

 どうしてアイツは何もしてこない。

 

「…………」

 

 敵の艦載機は私の艦載機の迎撃に徹しているが、肝心の私への攻撃が来ないのは何故だ。

 攻撃に回す機体が無いようには見えない。余裕か? それとも何らかの罠か……。

 

 判らない。わからない。頭が回らない。

 

「ぐうぅ……っ!」

 

 膝まで沈んでいた脚を海中から振り上げる。

 足底を海面に付けるが、ものの数秒で再び海中へと沈んでいく。

 

 ああ、これはもう……。

 

 まともに浮くことを諦める。

 今の私に何ができる? アイツは未だ健在。私の目測が確かなら、徐々にこちらに近づいてきているように思える。視界が霞んできてよくわからないけれど、たぶんそう。

 

 艦載機は──殆ど堕ちてしまったようだ。乗っていた妖精は無事だろうか。……無事だといいな。

 

「…………」

 

 何もない。

 私にできることは、何もない。

 

 何かないのか。

 沈む前に。この忌々しい海に沈む前に、アイツに一矢報いる方法は──。

 

 

 

「……、ドウシテ?」

 

 

 ──あ?

 

 

「何ガ……気二食ワナカッタノ?」

 

 

 急に何を……。

 

 

「ココニハ皆イルジャナイ。貴女ノダイスキナヒトモ、皆……ミンナ、イルジャナイ」

 

 

 

 

 ──音が、消えた気がした。

 

 どういう意味だ。気に食わない? 皆いる? 一体アイツは何を言いたいの。

 待て、待て。ココ──此処って言ったか。なら向こうは?

 私の大好きな人? 翔鶴姉、提督さん、鎮守府のみんな。私のいた世界の、皆。でもいない。ここにはいない。

 

 ならアイツは。

 アイツが、やっぱり──。 

 

 思考が巡り、時間は進む。

 ゆっくりと近づいてくるアイツを、私はただただ見据えていた。

 

 そして、気が付けば。

 太股まで沈んだ私に目線を合わせるように、アイツはわざわざ人の目の前でしゃがみこんでいて。

 

 真っ赤な瞳に白い肌。

 そこでふと、コイツの顔つきが誰かに似ているような気がした。

 

 ──誰?

 

 

「ネェ、ナンデ? ドウシテ?」

「ッ──あんな偽物寄越されて、気に入るはずないでしょうが……っ」

「ニセ……モノ」

「そうよ! 偽物! 偽物! ニセモノッ! 全部全部っ、見た目が同じだけの気持ち悪いまがい物!」

 

 

 叫ぶ。

 

 思考が止まり、感情が沸き上がる。

 痛む身体を動かして、隙だらけなコイツの首へ腕を伸ばし。

 今出せるありったけの力を込めて握り締める。

 

「お前が! お前のせいで私がっ──私がどれだけっ、あんな──!」

 

 締める。締める。締める。

 片手で、白い首を、細い首を。

 

「死ね! 死ね! 死ね……! 死──ねえ……っ!」

 

 霞んでいく視界。

 抜ける。力が。落ちる。体が。

 

 ああ──、ああ。

 

 私はここで沈むんだ。目の前にいるコイツを、ずっと探していた敵を殺すこともできずに、こんな海で死ぬんだ。

 

 あの時みたいに。

 

 ……あの時、みたいに?

 

 

「──あ」

 

 

 もしかしたら。

 

 もしかしたら、ここでコイツの手によって沈めば、向こうの世界に戻れるかもしれない。

 

 そうだ、そうだよ。どうしてこんな単純なことに気がつかなかったんだろ。

 私はコイツに足を引っ張られてこちら側に来たんだ。そして気がついたらこの海域にいた。

 

 今の状況とまったく同じ……!

 

「ははっ」

 

 やった。やった。

 

 帰れる。帰れるんだ。私の居場所に。あの明るくて大好きな世界に、また。

 

 鎖骨から下は海の中。もう体の殆どは沈んでる。全て沈むのも時間の問題ね。

 ……あぁそうだ。沈む前にコイツの顔をもう一度見ておこう。もしかしたら向こうでまた遭遇するかもしれないし、その時のためにしっかりと記憶しておかないと。

 

 閉じかけていた瞼を上げる。

 

 ぼやけた世界。眼を動かし、アイツの顔を見る。

 

 紅い瞳に白い肌。

 首に真っ赤な手跡を付けたソイツの顔は。

 どこか、私に似て────。

 

 

 

 

 

 途端、爆音。

 水飛沫が顔にかかる。

 

 

 同時に体が引っ張られた。

 何に?

 

 首を後ろに回す。

 見知った顔。

 

 姉。

 

 

「瑞鶴!」

 

 

 声。

 変わらない、替わらない、声。

 私が大好きな姉の声。私が大嫌いな人の声。

 

 

「しっかりして! あぁ、なんでこんな──っ」

 

 

 泣きそうな声。

 やめてよ。そんな声聞きたくない。まるで翔鶴姉が泣いてるみたいじゃない。

 

 

「瑞鶴! 瑞鶴……ッ!」

 

 

 どうやらこの人は私を引き上げようとしているみたいだ。無駄なのに。

 私はもう沈みかけ。たった一隻(ひとり)ではどうもできない。

 

 それに、どうにかされるつもりもない。

 

 まるですがり付くように私の腕を掴んでいる手を払いのける。

 

 

「──え?」

 

 

 唖然とした声。

 

 目が開かないからどんな顔をしているかは判らないけど、多分こんな顔だろうな、というのは不思議と想像できる。

 

 ……いや、不思議でもなんでもないか。

 

 

 だって、この人は私の──……。

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 

 声が、聞こえた。

 

 

 懐かしい声が。

 

 

 目を開く。

 

 

 瞳に映り込んだのは──。

 

 

 

 

 

 

 【瑞鶴奮闘記 完】

 

 

 

 




 いろいろ言いたいことがあるでしょうが、これにて【瑞鶴奮闘記】は完結です。ここまで付き合ってくれた読者の方々に感謝を。

 ありがとうございました。


 いろいろと散りばめられた伏線は敢えて回収していません。というか、この物語は基本的に瑞鶴視点で進んでましたから、回収不可だったりします。いやまあ、私が瑞鶴を“そういうふうに”動かせば回収できるんですけどね。やりませんけど。
 別視点なら可能でしょうが、書くかどうかは未定です。

 最終話の前書きにもありますが、作者は執筆途中に提督に着任しました。原作ではまずあり得ない設定なんかもありましたが、そこはそのまま突っ切りました。
 二次創作の醍醐味って、それぞれの作者さんが考えたいろいろな設定が組み込まれた作品を楽しむことにあると思うんですよ。私だけかな。

 さて、【瑞鶴奮闘記】
 当初の予定ではもっと明るい話になる筈だったのに……どうしてこうなったのか。
 瑞鶴が偽物の世界の皆と仲良くなるルートもありました。限りなく低い可能性ですけどね。ちなみにそのルートへの鍵を握っていたのは赤城さんだったり。今回は見事にその鍵を大海原に放り投げましたが。


 とまあ、これ以上長々と綴るのもあれなんで、ここで終わりにします。

 最後に改めて。

 ありがとうございました。



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