一度行き詰まったら自分でも驚くほど続きが書けなくなる。
ここは、どこだ。
海面に立ち、唖然とする。
見渡す限り何もない。いや、海のど真ん中なのだからそれは当たり前か。
違う、そんなこと今はどうでもいい。
意味がわからない。
なんで、私は、あの時、誰かに、足を、掴まれて。
翔鶴姉? どこにいるの? 他のみんなは?
わからない。わからない。誰もいない。なんで、なんで?
誰か答えてよ。
…………。
あの日からどれだけ経っただろう。
鎮守府の艦娘に保護されて、何一つ理解できないまま流されて。
周りには私の知ってる顔はあっても私を知ってる人はいなくて、姉も先輩も後輩も仲間もみんなみんな偽物で。
そしていつだったか、私は理解した。
──ああ、私は独りなんだ。
独りぼっちになってしまったんだ、って。
◆
頭の中が真っ白になった。
ようやく見つけた、私の世界に帰る方法への手がかりになるかもしれない人。
赤城さんの口から発せられた言葉に、思考が一瞬停止する。
「……いま、なんて?」
「落ち着いて、落ち着いて聞いてください瑞鶴さん。私はなにも知らないんです。元いた世界への戻り方も、どうして私やあなたがこの世界に来たのかも。答えどころかその“さわり”すら、私は知らない」
え……え?
なん、うそ、どうして……何を、何を言ってるの、この人は。
知らない? なにも? だって、だって貴女は、私と同じで、私と同じように帰る方法を……あ、れ?
「っ……瑞鶴さん、私はあなたと違って、元いた世界への帰り方を探そうとはしませんでした。向こうの世界は、私のとってそこまで執着できる──好きな場所でも、なかったので」
──待て、待て。
なら、この人は。
「あなたにとって、向こうの世界はとても大切な場所なんでしょうね。露骨なまでに周りと距離を置き、実の姉である翔鶴さんすら遠ざけてまで拘るくらいには」
やっと見つけられた、可能性は。
「ごめんなさい。残酷ですけど、私はあなたの力になれません」
「…………」
「ねえ、瑞鶴さん。ここでは、この世界では、駄目ですか?」
「…………」
「元の世界を諦めてとは言いません。ただもう少し……ほんの少しでいいので、この世界を、ここにいる皆を受け入れることはできませんか?」
…………。
「瑞鶴さん」
「なによ、それ」
「──え?」
「なんなのよそれ。ここにいる皆を受け入れる? 貴女は私に、こんな気持ち悪い世界で、毎日毎日偽物と顔を合わせてのうのうと過ごせって言うの?」
見る。
ただ一点、隣にいる女の眼球を、見る。
「偽物……?」
「そうよ。ここにいる人達は私の知ってるみんなじゃない。みんなと同じ顔をしただけの別人。それを偽物と言わないでなんて言えばいいの?」
「ッ──あなたは、ずっと……」
ああ、ああ、そうだ。何を勘違いしていたんだ私は。
自分で口に出して今までの間違いに気がつく。
──そうだよね、皆偽物なんだっけ。この人も、私の知ってる赤城さんじゃなくて、ただ私と同じように別の世界から来ただけの赤城さんと同じ顔をした別人だった。
こんなのに一瞬でも仲間意識を持った自分を笑い飛ばしたくなる。
結局、こうなんだ。
味方なんていないんだ。仲間なんていないんだ。
私はやっぱり、独りぼっちなんだ。
赤城から視線を外し、ゆっくりと立ち上がる。なんだろう、驚くほどに冷静だな、今の私。おかしいな。
「あ、瑞鶴さ──ッ!?」
空を見上げる。さっきまでは半分くらい雲に覆われていたけれど、今はその範囲が七割くらいに増えていた。
さて、これからどうしよう。期待していた当ては外れたし、また一から調べるかな。ああそうだ、今度は少し方向性を変えるか。鎮守府にはもう手懸かりは無さそうだし、後は──海、かな。うん、海だな。もしかしたら私がこの世界に来た時にいた海域に何かあるかもしれないし。
問題はそこに行く許可が下りるかどうか。任務なら別だけど、単独で、しかも私情で出撃するのは……多分無理だな。あのお人好し提督が許す筈がない。
まあ、いざとなったら無視して出るけど。
足を踏み出す。雨も降りそうだし、屋内に戻ろう。
後ろから何やら赤城に声を掛けられたけど、私が振り向いたらどういうわけか口を閉ざしてしまった。理由はわからない。
何を話そうとしたかは知らないが、もうあの人に用はない。
──風が強くなってきたな。
なびく髪が頬にかかる。邪魔くさかったから手で払いのけると、どうしてか払った手が濡れていた。
おかしいな。雨、まだ降ってないのに。
◇
冷たい。
肌にへばりつく髪の毛をそのままに、空から落ちてくる雨粒によってできる波紋をじっと見つめる。
どうして、こうなってしまったのか。
ついさっきまで私の隣にいた彼女はもういない。
「…………」
初めて見た、彼女の本当の顔。いや、実際には二度目か。
感情を表に出さず、常に無表情。まるで加賀さんみたいだ、と出会ってからしばらくの間は思っていた。
けれどいつだったか、あれは加賀さんとは根本的に意味合いが違うことに気がついた。片方は単に感情表現が苦手なだけ、もう片方は……内に秘めた思いを隠すために作られた、仮面。
一見するとなんら違和感はないそれに気づけたのは、私が度々瑞鶴さんの様子を見ていたからだろう。
……まさか私や鎮守府の皆を偽物として見ているなんて思いもしなかったけど。
「…………」
しとしとと降っていた雨は、段々と強くなってきた。
その様子を眺め、頭の中では「いい加減戻らないと」と思うのに、不思議と体が動こうとはしない。
そんな時、また浮かび上がるのはあの疑問。
どうして、こうなってしまったのか。
──瑞鶴さんの元いた世界。そこが果たして私が元いた世界と同じなのかはわからない。
この世界に来て初めて知ったことだが、私は向こうに対する愛着をほとんど持っていなかった。出撃もなく、遠征もなく、演習もなく、提督と顔を会わしたのはほんの数回。
毎日毎日意味もなく漠然と過ごしていた向こう側に、どうして愛着など抱けるものか。
「…………」
しかし、それはあくまで私の事情。瑞鶴さんは違う。違った。
詳しいことはわからない。どんな生活を送っていたのか、どんな人達と日々を過ごしていたのか。それどころか、私は彼女の好きな食べ物すら知らない。
そんな私だけれど、先程の瑞鶴さんの様子から……理解できてしまった。
あの子は、愛している。今でも変わらず、元いた世界を。
私達よりも。
「…………」
本当に、どうしてこうなってしまったのか。
私はただ、少しでもあの子達の仲が良くなって欲しかっただけなのに。
…………。
ふと、音が聞こえた。ちらりとそちらに目を向けると、駆け足でこちらに向かってくる青い色が雨粒の先に見え。
その表情は視界の悪さで見えないけれど、きっと怒ってるんだろうな、というのは日頃の付き合いから察することができる。
──上を向く。
雨が降っていてよかった。
そろそろはっちゃけた話を書きたい