カンゲイスルワ ワタシ。
◇
空母棲姫。
正直、はっきりとそいつだったとは覚えていない。
けれどそんなことはどうでもいい。
あの海域に、今まで現れなかった敵がいる。今はそれだけ判ればいい。
調査は第一艦隊、第二艦隊によって行われる。
幸いにも、私は今回の調査に第二艦隊の一員として組み込まれた。理由は聞いていない。特に申し出をしたわけでもないけど……まあ、ただ単に比較的練度の高い私を選んだだけかもしれない。
厄介なのは、同じ艦隊に加賀がいること。第一艦隊の方には姉と赤城の二人もいるが、そちらは別ルートから探索することになっている。あまり意識する必要はない。
やはり問題なのは加賀だ。下手に不審な動きを見せれば目を付けられる。今は別の意味で目を付けられているけど。
──まあ、最悪解体されなければいいか。
生きてさえいれば、まだ──……。
空を見る。
晴れ。清々しいほどに雲がない。が、大淀の報告によれば作戦海域に近づくにつれ天候が崩れる可能性があるらしい。
できれば雨は降らないでほしい。
……それにしても。
「…………」
「…………」
なんなの、こいつ。
私の隣に無言で直立する加賀の真意が掴めず困惑する。
私以外にも周りにいろいろいるじゃない。なんでわざわざ隣に立つ?
遠くから私達を見つめて何やらこそこそ話している他の第二艦隊の連中を横目に、小さくため息を洩らす。
「……。赤城さんは──」
?
「──なにも、話してくれなかったわ。あの時、貴女とどんな話をしたのか」
「…………」
「私は貴女が何を考えているのか判らない。理由は知らないけど、赤城さんからも無理に聞き出すのはやめてほしいと頼まれたから、そういうこともしない」
「…………」
鋭い視線が、私を見据える。
「正直、気にならないと言えば嘘になるわ。貴女と赤城さんがどんな話をしたのかも、ここ最近の貴方の不可思議な行動も」
「…………」
「瑞鶴。私は──この鎮守府が好きよ。人も、匂いも、見渡す景色も、全て好ましく思っている」
「…………」
「だからこそ、この場所に害を及ぼすものを私は許さない。徹底的に追い詰めて、手を出したことを後悔させる。それが例え同じ艦娘であってもよ」
「…………」
「話はそれだけ。……もう時間ね。精々足を引っ張らないようにしなさい」
独りで好き勝手喋り終え、加賀は他の面子の下に歩いていった。
……この鎮守府が好き、か。
そういうことを平然と口にするのは、向こうのあいつと違うわね。
あんな素直じゃなかったし、あいつ。
私と同じで。
「…………」
私にだって。
◇◇
姫が現れた海域へと進む。
なんとなしに空を見上げると、確かに、抜錨した時より雲の量が増えている。大淀の報告通りだ。できれば外れてほしかった。
今回はあくまで調査が目的だ。
例の姫が本当にいるのか、いないのか。
実在した場合は一度引き返し、万全の体制で戦いに臨む必要がある。艦隊の再編成から始まり、主力の居ない鎮守府の防衛やら、交戦することで生じるであろう様々な問題に対する備えやら、まあいろいろと大変らしい。姫を相手にするのは。
この世界の姫はその辺にいる普通の深海棲艦とは一線を画す存在だ。単独で練度の高いとある鎮守府の主力艦隊を壊滅させた、なんて話を風の噂で聞いたこともある。当時は深く気に留める余裕なんてなかったけど、今にして思えば、あれほど重要な──というか判りやすい手掛かりをよくもまあ見逃していたなと、我ながら呆れてしまう。
私自身、向こうでも何度か姫と戦ったことはあるが、噂に聞いたほど酷い目に遭った記憶はない。それが運が良かったおかげなのか、提督さんの采配の良さによるものなのかは判らないけど、少なくとも全滅させられたなんて経験はない。
……もう随分とこんな世界で過ごしてきたけれど、深海棲艦に関して言えば、そこまで向こうとの差違を見つけられていない。
艦種、艦級、あの歪な姿に、私達艦娘と敵対関係にあることも、全て向こうの世界と一緒。
ただひとつ、姫という存在だけが、ズレている。
「もうそろそろ目撃情報のあった海域ですけど、特にそれらしい影はないですねー」
「そうですね。しかし油断は禁物ですよ」
私の前を行く駆逐艦二人の会話が耳に届く。
……もうすぐだ。もうすぐ私が立ち尽くしていた場所に着く。この悪夢の始まり、あの忌々しい海域に。
これまで何度も任務の際に通ってはいたけれど、その度に身体の奥から沸々と怒りにも似たなにかがこみ上げてくるのは何故だろう。
無意識に握り拳を作っていた手を緩め、周りに悟られないよう静かに呼吸を繰り返す。
緊張? 興奮? 自分でもよく判らないが、前へ進む毎に心臓の音が大きくなっていく。
バクン、バクン、と、次第に音を刻む間隔も短く、そして速くなる。
今まではここまで激しくなることはなかったのに、どうして。
「それにしても、情報にあった姫どころか他の深海棲艦も見当たりませんね」
「そうね……少し妙だわ」
駆逐艦と加賀の会話が、私の心臓の音と共に耳の中を通り抜ける。
確かに妙だ。此処に来るまでに数回見かけただけで、途中からめっきり姿を見なくなった。
海の底に身を隠しているんじゃないかとも思ったが、駆逐艦の探査にもそれらしい影は引っ掛からなかった。
それにしても。
──ああ、五月蝿いなあ。
ドクンッ、ドクンッ、と。我が心臓ながらなんて忙しない。
落ち着けと何度言い聞かせても一向に静まる気配もない。まるでそこだけ私の体ではないみたいだ。
「本当に姫はこの海域にいたのでしょうか」
「第一艦隊の方からもそれらしい報告はあがってないようです」
「もしかしたら、既にどこか別の場所に移動してしまったのでは?」
「いるわよ」
一瞬の間を置いてから、私の顔に視線が集まる。
姿は見えない。三百六十度、水平線の先まで見渡しても姫の姿はない。
けれど、いる。
絶対に、奴はいる。
破裂しそうな程高鳴る胸を手で押さえつけ、限界まで瞼を開いて再び周囲を見渡す。
困惑した様子の第二艦隊の面々が視界に映り込んでは消え、眉をひそめてこちらを見つめる加賀も同じく通り過ぎ。
そしてとある一点で、私の首の動きは止まった。
遥か彼方。
見つめる先にあるのは。
海面から顔を半分だけ出して私を見つめる。
二つの赤い、点。
──それと目が合ったと脳が認識した時には。
私の体は、飛び出していた。
キリがいいからここで切る。
二千文字から三千文字くらいが個人的にはちょうどいい。