私の名前は高町ヴィヴィオ。 Stヒルデ魔法学院を卒業して、考古学者になるという夢を叶えるために全管理世界の中でも五本の指に入ると言われる第二十二管理世界『アルジーナ』のアルジーナ国立高等学校に通う一人暮らしの十六歳です。
住み慣れたミッドチルダを離れての一人暮らしは不安もあったし、ママたちや周りの人にも心配されたけど、どうしても考古学者になりたいという夢を叶えたかったので思い切って進んだ道です。 間違っていたとは全く思いません。
ただ一つを残して......。
「んぁ......もうこんな時間......起きなきゃ......」
頭の中で漫画や小説の主人公が行う自己紹介の真似事をしていると、時計の針が午前六時ちょうどを指しているのが目に入りました。 中等科の頃までは五時起きで朝から十キロランニングをしていましたが、現在はそんな元気はありません。 もう歳です。
ベッドからゆっくりと起き上がり、目を瞑ったまま一分ほど無意味な時間を過ごします。 今となってはこれが私の至福の時間なのです。 誰がなんと言おうと二度寝ではなく、ボケーっとするのがいいんです。
誕生日に友人から貰ったお気に入りのパジャマを脱ぎ、素早く学校の制服に着替えます。 数ある高等学校からアルジーナ高等学校を選んだのには制服が可愛かったから、なんて理由もあったりします。 Stヒルデの中等科の制服みたいなのはちょっとごめんです。
さて、現実と向き合う時間がやってきました。
部屋から出てリビングルームに向かうこの時間は一週間前から私をモヤモヤとした複雑な気分にさせます。 理由は一つ、私以外のある人がそこにいるからです。
ドアの前で深呼吸を一回して、気持ちを落ち着かせます。 そして覚悟を決めてドアを開け放ち、リビングルームへ入ります。
「あ、おはよう、ヴィヴィ」
「......おはようございます」
リビングルームと一体化したシステムキッチンには短めに切り揃えられた黒髪に兎のように真っ赤な瞳、そこそこ大柄な体格に似合わないピンクのヒヨコさんエプロンを付けて此方に爽やかな笑みを向けるやや歳上のお兄さんがいます。
この人こそが私の一番の悩みの種になっている人、アレイ・T・プレイオットさん。
私の未来の旦那様です。
何を言っているのか分からないかもしれませんが、正直、私もよく分かりません。 本人がそう言ってるからそうなんです。
俺は未来から来た君の旦那だよ、と。
そうは言っても赤の他人をホイホイ信用するほどこの高町ヴィヴィオも甘くはありません。 最初は何言ってるんだコイツと思いましたし、管理局に突き出そうとも思いました。 けれど、このアレイさんは数々の”証拠”と言える物を出してきたのです。
「今日は早起きしてヴィヴィの好きなパプリカの肉詰めを作ってみたんだ! どうかな?」
「......私、パプリカが嫌いだってなのはママにも言ったことないんですけど」
「はっはっはっ、旦那は何でも知ってるんだよ!」
と、こんな風に私が誰にも言ってないはずの嫌いな食べ物を知っていてそれを食べさせようとしてきます。 加えて結婚式とか新婚旅行の写真とかを見せられるとさすがに信じざるを得なくなってしまいました。 合成でもないっぽいし。
「アレイさんは今日もお仕事ですか?」
「そりゃそうよ、俺は腐っても社会人だからね。 学生のヒモになるなんて真っ平御免さ。 ましてや未来の嫁さんとなればさ」
「......アレイさんは私が好奇心で使った召喚魔法の被害者なんですから、別に無理して働かなくてもいいですよ」
アレイさんが過去の世界であるここに現れたのは私が古本屋で手に入れた一冊の本の所為なのです。 その本に書かれていた『誰でも出来る召喚魔法』なんてものを実践してしまったが故にアレイさんはこの世界に召喚されてしまったのです。
私の言葉にアレイさんはため息を吐き、頭に手を乗せてきました。 男性らしい大きくて温かい手です。
「子供がそんな責任を重く感じる事なんかないよ。 子供なんてやんちゃしてナンボみたいなもんだからな! ほら、早く飯食べないと遅刻するぞ」
そう言ってアレイさんは私の正面席に座り、ご飯を食べ始めました。
現在アレイさんは私の借りてるこの部屋を拠点として未来世界に帰るために調査・研究とお仕事をしています。 大人な人です。
私はそんな大人な人にどう接すれば良いかイマイチ分かりません。 未来の私のようにすれば良いのか、それとも今のちょっと距離を置いたよいにすれば良いのか。 難しいです。
だから、とりあえず食べてから考えます。
「あ、美味しい......」
「パプリカなんて元が甘いんだから上手に料理すりゃ不味いわけないんだよ」
「それは自分が料理上手だっていう自慢ですか?」
「ああ、自慢だとも」
すっごい自信満々そうでした。
「ふぅ......ごちそうさまでした」
思った以上に箸が進み、パプリカの肉詰めはものも十数分で食卓から姿を消しました。 七割は私が食べた気がします。
「八割だよ」
余計な事を言うアレイさんを無視して私は洗面所で歯磨きと髪の毛セットを済ませて玄関に向かいます。
「行ってらっしゃい」
玄関のドアノブを掴んだと同時に聞こえてきた声に少し驚いてしまいます。 一人暮らしなのに行ってらっしゃい、と挨拶をされるのには未だに慣れません。 少し気恥ずかしいので後ろを振り向かずに返事をします。
「行ってきます」
不思議と心が温かくなりました。
◇◇◇
「ヴィヴィオちゃーん!」
アレイさんに見送られてから学校までの道のりを歩いていくと、途中で背後から声がかかりました。 振り向くと、Stヒルデの時から一緒の先輩、ユミナ・アンクレイヴさんが此方へ走って来ていました。
「ユミナ先輩、おはようございます」
「はぁっ、はぁっ、お、おはよー」
ユミナ先輩は私と同じ考古学者を目指しているのですが、同時に社会福祉士の資格取ることを目指すというかなりハードな学校生活を送っている人です。 同じく私の先輩であるアインハルトさんのような記憶伝承者の悩みを解決してあげたい、という夢を叶えるには最適な道なんだとか。 目の下のクマが多忙な日々を物語っています。
「あんまり夜更かししてるとお肌によくないですよー?」
「うぅっ......分かってはいるんだけど、ついここまで終わらせたい! て参考書を開いちゃうんだよね」
「それ分かります。 ついついページが進んじゃって気が付けば朝だってなんて事も......」
「そうそう......んん? でもヴィヴィオちゃん、なんか最近顔色いいよね?」
ごく普通の、でも私にとっては鳩尾を抉る勢いの質問が飛んできました。
確かに最近の私はすこぶる調子が良いのです。 理由はとっても簡単で、私の体調管理をしてくれる人がいるからです。
そう、アレイさんです。 ゲーム、漫画、テレビ、勉強など様々な理由で夜更かししたり、自炊が面倒という理由でコンビニ弁当に頼っていた私の生活習慣を正そうと奮闘している彼の存在が私の体調を良くしているのです。
当然の事ながらユミナさんにはアレイさんの事を話していません。 話せと言われてもどう説明すればのか分からないんです。 私の未来の旦那様です、なんてアレイさんを紹介した日にはユミナさんとの距離が一歩離れる可能性大。 最悪通報されます。
ここは適当に誤魔化すのが吉です。
「実は最近、嘘つき健康法にはまってるんです」
「へぇ、そうな......って何それ怖いよ!?」
「私のママの出身世界の地球には『病は気から』なんて言葉があるんです。 気分が悪い......私は病気なんじゃないか? て思うと本当に病気になっちゃうんですよ。 なら意地はって私は病気じゃない! 健康なんだ! と思えば本当に健康になる......これが嘘つき健康法です」
言った後に思うのもあれですが、恐ろしく適当だなぁ、と思いました。 でも実際なのはママくらいなら本気でやってるかもしれません。
いくらなんでもユミナさんが信じるとはとても
「———す、すごい! 画期的だよ! 嘘つき健康法!!」
えぇ......。
「あの、ユミナ先輩?」
「今までは科学的視点でばかり体についてを調べてきたけど、まさか精神論こそが真の道だとは思わなかったよ!」
ユミナ先輩が旧日本軍ばりの精神論者になろうとしてるのには危機感を抱かざるを得ません。 ていうか飛躍しすぎです。
「ユミナ先輩、だからって精神論者になったらダメで」
「ありがとうヴィヴィオちゃん! 私これからもっと頑張ってみるよ! よし! やる気出てきたよーー!!」
「............」
「ただいまー」
「はーい、おかえりヴィヴィ」
「ねぇねぇアレイさん、突然だけど精神論って流行るかな?」
「精神論? ああ、確かユミナ・アンクレイヴっていう人がそんな本出してて社会現象になってたな......」
「............」
未来の世界でもユミナさんは頑張ってるみたいです。
こんなかんじのを不定期で落としていきます