オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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STAGE13. 薬師少年の焦り/マーレ、デートの件(2)

 アインズ達が王城へ向かうという話は、すでに村人達の知るところである。

 自分達を救い王国戦士騎馬隊も助け、憎きスレイン法国の者達を屠ってくれた大恩ある英雄の魔法詠唱者一行。彼らが近日中に王都まで上り、国王陛下と謁見し功績を称えられるだろうと。

 村人達にとっても正に誇りとなっている。

 加えて、救われた村娘のエンリ・エモットが、村の英雄に気に入られて『毎夜優しく可愛がられている』ということも密かに村内へ広がっていく。だがそれは、アインズの立派である人柄と人望から、英雄譚のロマンス的な形で、皆に温かく見守られている風である。

 ナゼ広がったかというと……勿論、早朝の井戸端で、村にいる夜の営みに興味津々といえる歳の近い若妻らにエンリがそれとなく聞かれたのだ。

 彼女も、その手の話は縁談が出始めた2年辺り前から年長の村娘達から聞かされ、各種行為についても概ね知っている。

 また、これは『旦那様』の名誉にも関わる事。女に興味の無い男など、英雄物語に相応しくないだろう。また配下としても光栄である話と言える。

 それに――実際に二晩、同じベッドで過ごしているのも事実。

 そして……初夜は横向きで眠っていたが、今朝エンリは白い薄めのワンピースの寝間着姿で、大の字の仰向けで豪快に寝ており、その小さくはないが大きすぎでもない胸の形の全貌を、旦那様に寝顔ごとバッチリ見られてしまっている。思い出しただけでも頬が赤く染まっていった。

 それも有り「毎夜……優しく……可愛がられてい……るの」と皆へ小さくたどたどしく告げる。

 エンリの照れながらの言葉に、皆から『きゃぁ~~』という、羨む僅かに姦しい声が上がっていた――。

 

 色々あるが王城行きの為、アインズ達はカルネ村に建前上あと8日程滞在することにしている。王都リ・エスティーゼまでの道程は馬車でのんびり5日程度と言う話だ。

 当然、アインズ一行は〈転移門(ゲート)〉で大半をショートカットするつもり。ただし、流石にいきなり城門前に出現はありえないので、直前にある都市で一泊はする予定にしている。

 また、馬車調達の為としてシズには、伝令役という形で三日後に一日ほどナザリックへ戻ってもらう事にする。いきなり村へ馬車が来れば不自然だとアインズは考えた。ソリュシャンは村への対応に必要で、最強の護衛であるルベドは一応近くへ置いておくためだ。

 そんなアインズだが、一方で今日はマーレへのご褒美デートも兼ね、彼女と二人きりで共に冒険者チームの一歩目を踏み出す計画。カルネ村での用件が済み次第、ナザリックで合流し出発しようと考えている。

 冒険者の登録は、南の都市に冒険者ギルドが有ると聞いているので、おそらくそこへ行けばいいだろう。

 さてカルネ村での用件だが、アインズには一つ困った事情があった。

 ズバリ――お金が無かったのだ。

 ただそれは、このリ・エスティーゼ王国で使われているお金に限る話だ。アインズの手元にはスレイン法国のお金が結構といえる額で残っている。陽光聖典45名の所持分をナザリックで回収したのを始め、村を襲った騎士達ら50名程の躯から集められた分を村長から、『鎧は売った額を村で頂きますので、せめてこちらは全て受け取って下さいますよう』と渡されたのだ。金貨だけで騎士団が22枚、ニグンの隊の陽光聖典は56枚を持っていた。軍の活動資金のようだ。

 金貨銀貨銅貨の各重量と交換比率はどうやら、王国もスレイン法国もバハルス帝国も同じ模様。しかし三国で共通貨幣を作る動きは、各国の威信もあり全くないという。

 村長から聞いた話だと、冒険者になるには組合への登録と登録料が必須。つまりお金が不可欠なのだ。

 場所によっては法国の硬貨もそのまま使えるかもしれないが、冒険者組合では使えないかもしれず、また初手から法国関係で諜報活動者等の余計といえる詮索もされたくはない。

 この問題について、アインズは水汲みで井戸端から帰って来て、なぜか顔が真っ赤なエンリへ尋ねてみる。

 

「エンリよ、この家にお金はどれほどある?」

「えっ、は、はいっ。両親が蓄えてくれていた分が結構ありますので、銀貨で300枚分以上はあるかと」

「そうか。では、ここにあるスレイン法国の金貨78枚銀貨134枚銅貨223枚のうちで、銀貨と銅貨をすべて預けておくから王国の銀貨を50枚ほど持ってきてくれるか?」「は、はい、畏まりました、直ちにお持ちします」

「ではエンリ、これを」

 

 少女は「はい」と言いつつ主より、ずっしりとした銀貨と銅貨の袋を受け取る。理由は問わず。また本当は都市に両替店もあるのだが、手数料も掛かる上、何より旦那様をそこまで行かせて手間を掛けさせる訳にはいかない。行くなら自分なのだ。

 一階奥の自室の宝箱へスレイン法国の銀貨と銅貨の袋を入れ、代わりにそこからリ・エスティーゼ王国の銀貨と、そして銅貨を別々の袋に入れてアインズの下へ戻り手渡す。

 

「銀貨60枚と銅貨30枚を入れています。これをお持ちください」

「うむ」

 

 エンリは、お金がどれほどあるかと聞かれた時に、全額差し出すつもりでいたのだが、結果的に家の宝箱には出した倍以上増えていた。ちなみに両替店での両替料金は金貨1枚分までの金額に対して銅貨1枚程度だ。2枚取る店もある。

 アインズはそれを受け取るとアイテムボックスへ仕舞う。

 

「では、私はナザリックへ戻る。ルベド、シズ、ソリュシャンは村を頼む」

「……承知……です、アインズ様」

「畏まりました、アインズ様」

「分かった、アインズ様」

 

 エンリも配下として言葉を送ろうとした時、ネムがシズにだき抱えられた状態から起き出してくる。

 

「あいんずさま、みなさま……おはようござい……ます……」

 

 シズは、ネムを静かに下ろしてあげる。

 

「ネム、アインズ様はこれからお出かけされるのよ」

 

 「えっ……」と、歩み寄る姉の声でネムはきょとんとする。それで目が覚めたのか笑顔での見送りの言葉が出てくる。

 

「アインズさま、いってらっしゃいませっ」

「行ってらっしゃいませ、アインズ様。早いお帰りをお待ちしています」

 

 エンリもネムの背側に立ち、妻の雰囲気で見送りの言葉を笑顔で贈る。

 全員に見送られアインズは告げる。

 

「うむ、ではな。〈転移門(ゲート)〉」

 

 

 

 

 

 ここは、よく晴れた朝の心地よい陽ざしが眩しい――空の上。

 マーレとアインズは手を繋いだまま周辺の地形把握も兼ねて不可視化の中、〈飛行(フライ)〉にて南にあるという都市を目指していた。

 

「あれかな」

 

 支配者としていつもの重々しいトーンと口調では無い軽快な声。

 

「そうみたいですね、モモンガさま」

「確か村長がエ・ランテルと言っていたけど」

 

 距離があっても街の特徴が、二人の視線を引き付けていた。都市の周囲に円形で続き連なる長い城壁は、自然が美しく広がるこの新世界の中で、人工物である事を主張し異彩を放つ。

 

「あの街道の脇の草陰辺りに降りるか」

「はい、モモンガさま」

 

 ナザリックからここまで1時間と少し程度。

 〈飛行(フライ)〉は第3位階魔法であり、使える者は少ないと聞く一方でとても有名な魔法だ。実力を示し目立つにはいいデモンストレーションだが、アインズの考えで初めは慎重に行く事にする。まだ早朝と呼べる時間。この周囲へ人気が無い事を確認し、二人は不可視化を解除する。

 アインズは、見事といえる漆黒の全身鎧(フルプレート)に2本のグレートソードを背負い赤いマントを翻す戦士の姿。マーレもいつもと違うが立派な紅い木の杖を持ち、白いフード付きで高級感のあるローブを羽織り、エルフ耳や肌の露出を抑えた魔法詠唱者という姿だ。

 

 

 

 アインズが、カルネ村から第十層の玉座の間の前の廊下空間へ〈転移門(ゲート)〉で現れるとすでにマーレがいつものプリーツのスカート姿で待っていた。この場がデートの待ち合わせ場所である。

 

「おはようございます、アインズさま」

「早いなマーレ。私が先にここで待っているつもりだったのだが」

「そ、そんなっ。至高の41人で支配者であられるアインズさまをお待たせするなんて、僕には出来ませんっ」

「はははっ、マーレよ。デートでは男が先に来て待つ形が好ましいのだ。まあ、お前のその気持ちは嬉しいぞ」

「(ぼ、僕からの敬愛の気持ちが嬉しいなんて……幸せですっ)あ、アインズさまっ、これでいいですか?」

 

 マーレは頬を朱に染めつつ、手に持っていた全身を足首程まで隠す白い高級仕様のローブを羽織る。

 

「うむ、それでいいだろう、似合っているぞ。対魔法対物理攻撃に高い抗力があり、温湿調整もしてくれる優れ物だ。フードを被れば耳も目立たず、無用の詮索は受けないだろう。では、私も――〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉」

 

 アインズも漆黒の全身鎧(フルプレート)の姿に変わり剣を背に装備する。

 

「じゃあ、マーレ、ナザリックの出口へ行こうか」

「あれ? アインズ様、お声の感じが……」

「うん、この姿では少し雰囲気を変えようかと思ってね。まあ、状況によって使い分けるよ」

 

 アインズは、此方に来てからずっと支配者に似合った形でと考えて出していた重々しい声ではなく、『地声』に切り換えてみる。一応、他にも法国騎士の死体から声帯を食わせた口唇蟲(こうしんちゅう)も用意しているが。

 

「そうですか、わかりました」

 

 アインズの差し出して来た右手をマーレが可愛くキュっと握ると、指輪の力で地上のナザリック地下大墳墓の中央霊廟正面出入り口へと一気に〈転移〉する。

 そこには、戦闘メイドプレアデスの副リーダーであるユリ・アルファと、一般メイド達4人が二人の見送りに立っていた。

 

「待たせたな、ユリにメイド達よ」

 

 この場は重々しい声で対応する。アインズはこの冒険者での調査を、マーレへの褒美としてと、また彼女の功績へ対し、支配者の一つの正式な行事として行おうとしたのだ。

 

「いえ、アインズ様もマーレ様もお忘れ物はありませんか?」

「な、ないです」

「うむ、最後にこの指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を預かっておいてくれ」

「畏まりました」

 

 アインズはマーレから手を離すと、右手から指輪を外した。

 ユリは恭しく貴重である指輪を受け取る。失くすと深刻な問題になるというので、一応ナザリックからの遠出の場合は預ける事にした。カルネ村内は、ルベドも居るので例外的扱いだ。地理調査のアルベドも泣く泣く了承して左手の薬指から指輪を外しており、ナザリックで保管されている。

 

「では行ってくる」

「行ってきます」

「「「「「行ってらっしゃいませ」」」」」

「マーレ、手を」

「は、はい、アインズ様っ」

 

 これはデートも兼ねるのだ。アインズから差し出された右手を、マーレは再び頬を染めながらしっかりと握る。

 

「「〈飛行(フライ)〉」」

 

 〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉を使用する状態で、アインズ自身は魔法を使うことが出来なくなっている。しかし、彼の装備する豊富なアイテム類により、ある程度補完されている。基本的といえるいくつかの魔法は使用可能である。また、所持する魔法を封じた巻物(スクロール)の種類も豊富だ。

 二人が飛び去る姿を、ユリを初めメイド達が静かに礼にて見送った。

 

 

 

 アインズらは、そうしてナザリックを後にし、このエ・ランテルの街道脇に立っている。

 

「さて、冒険者劇場を始めようかな。マーベロ、行こうか」

「は、はい、モモン……さん」

 

 アインズの冒険者としての軽めの声へ、恥ずかしそうにマーレが返事を返す。

 冒険者へ登録する名前についても、アインズは考えていた。彼自身は、戦士モモンを名乗り、マーレには本名のマーレ・ベロ・フィオーレから取った、魔法詠唱者(マジック・キャスター)マーベロを名乗らせる事にしている。

 その際、仲間という設定から、敬称を『様』から『さん』へ切り換えるようにとマーレへ告げている。少し抵抗はあるようだが、これも仕事の一環とこの子は割り切ってくれた。

 当初『モモンガ』にしようかと告げたが、「支配者様の御名を『様』などの敬称無くして呼べませんっ。それだけは……」とマーレに強く懇願されてモモンにした経緯がある。

 二人は手を繋いだまま、街道を歩いて城門へと辿り付いた。

 巨大にそびえる城壁の門には当然ながら検問があり、10名程の衛兵が人相や荷を確認するのが見える。順番なので早速列に並ぶ。朝の時間で早くも少し混み始めていた。しかし、10分待った程度でアインズらの順番がきて、衛兵ら3名が二人を確認する。

 彼等はまず、杖を握りフードを被った少し俯き気味のマーレの褐色の顔を覗き込む。すると、まだ少し幼いがこの人物の美貌に目を見開く。その状況に少女は僅かに反応する。

 

「ぁっ……」

 

 小柄の身より上がった、か細い綺麗な声や戦士へ寄り添うように体を引く仕草から衛兵らは、これが女の子だと認識する。周りにいる何人かの衛兵らも顔を見合わせ、驚きの声を交わしている。今でも美しいのに、成長すればもの凄い美人になるぞと。

 

「君の名前は?」

「マ、マーベロ……です」

 

 そして、次は大柄で佇むアインズの番である。

 

「戦士殿、名と素顔をお見せ頂けるかな」

 

 アインズも、横に細長い兜のスリットから衛兵達の迫る様子が見えていた。流石に面頬付き兜(クローズド・ヘルム)で門を通してくれるほど警備は温くないようだ。それも見越して来ており、アインズはマーレとの手を離すと頭部の兜を脱ぐ。

 

「俺は、モモンといいます」

 

 ありきたりな……いや、平均以下かもしれない作りの、それなりに年齢を重ねた若年ではない顔が現れていた。少なくとも、横に付き添う魔法詠唱者風の美少女とは釣り合わない水準。そして、黒髪黒目で王国の者の顔の作りではないように見えていた。南方の諸国出かと思える顔立ちだと衛兵らは囁く。勿論この顔は、アインズの幻術魔法で作り出していた。事前に用意し、触ることも出来る少し凝った作りのものだ。

 続いて、衛兵から怪訝に感じたのか確認がきた。

 

「この連れの者との関係は?」

 

 肌の色も年齢も違う様子から、この二人連れは他人同士の可能性が高いと判断してのものだ。王国では奴隷制度は撤廃されている。偶に密売の奴隷商人が検挙されていた。

 アインズは特に気負う事無く答える。

 

「仕事の、冒険者のパートナーですよ」

「(手を繋いでいたのは……)冒険者だと?」

 

 冒険者は一般的部類に入る仕事の一つだ。だからこそ、彼等を見分けるのが容易い。なぜなら、冒険者達は目立つ位置へ実力に見合った階級のプレートを付けているからだ。

 

「貴殿の階級プレートは?」

「(階級……プレート? ……そうか、どうやら冒険者には身分を証明する形の物があるんだな)我々は、遠方からこの地へ来たばかりの者で、今日これから冒険者組合へ伺うところなんです」

「ふぅむ、そういうことか。立派な、全身鎧(フルプレート)と双剣なので、ただ者ではないと質問させてもらった。お連れの方の、紅い杖も純白のローブも上等品ですな。……いいでしょう、通行を許可しよう。し、しかしパートナーか……冒険者の男女二人組の場合、夫婦やカップルが圧倒的に多いのだが……」

 

 その言葉に、周りに立つ衛兵達の視線が血走ったように鋭くなる。随分小柄で幼くも飛び切りの美少女に見えている女の子が……まさかと。

 小さい美少女も頬を染めて俯いたきり、否定する声も無く。

 

(夫婦……カップル……夫婦……カップル……)

 

 マーレはフードの中で口許が緩みっぱなしになっている。

 

「ははははっ……あ、すみません、冒険者組合はここから近くでしょうか?」

 

 アインズは盛大に惚けつつ、ついでと目的地について道を教えてもらう。

 

「……そこの大通りをずっと進むと広場がある。その広場に面して冒険者組合の事務所は建っているぞ。噴水の近くだ」

「そうですか、ありがとうございます」

 

 検問と用件を終え、立ち去ろうとするとアインズ達に、衛兵の男から声が飛ぶ。

 

「おいっ」

 

 アインズは少し緊張気味に振り向く。何かまだ問題があったのかと。すると衛兵の男は、親指を立てながら片目を閉じて言った。

 

「夜は―――ほどほどにしておいてやれよっ」

 

 周りの衛兵達も、声を掛けた衛兵の男を囲むように同じく親指を立てていた……。

 

 

 

 再び手を繋いだアインズとマーレは、迷うことなく広場に面した冒険者組合事務所へとやって来た。

 周りにも冒険者らしい者達を見掛ける。早速建物の中の入ると、広めのロビーになっておりそこにも15人程の冒険者達が掲示板の前に(たむろ)していた。しかし、アインズ達が入口から入って来た途端に、皆の多くの眼差しと呟きが二人へ集中する。

 

「お、おい。あれ……」

「す、すげぇ鎧だ。……誰だ?」

「良く動けるな……軽量化魔法付加か?」

「……いくらするんだよ」

「あの白い上等なローブ、綺麗ね……」

 

 ほとんどが驚きの顔だ。アインズには良く分からないが、二人の装備が高級に見え立派だったためである。

 アインズ達は、そのまま気にせず真っ直ぐに受付へと向かった。そして、冒険者としての登録の意志を伝える。すると、係の女性に別室へと案内された。

 登録手数料は一人につき銀貨1枚とのこと。

 手続きは結構簡単に進む。契約書の概要は、組合側の女性が確認しつつ読んでくれたので助かった。一応文字を読めるようにとアイテムである眼鏡を持参して来ていたが手間が省けた形だ。

 最後に、サインだけは必要であった。一応マーレも王国の文字で名前を練習して来ていたので、滞りなく登録手続きは30分掛からず終わる。

 仕事はプレートがなければ紹介出来ず活動も禁止との事なので、明日以降取りに来るようにと伝えられる。アインズは「では明日にでも」と時間は明言せず返した。

 マーレとアインズが、別室からロビーへ戻ると再び多くの視線を受ける。

 なにやら居心地が悪いため、二人は再び手を繋ぎつつ外へと出た。冒険者の上位の者達かは分からないが、職業柄を考えれば力こそ正義と談じ荒っぽい者らも少なくないだろう。

 まあ難癖や喧嘩を売られたとして、力勝負ではどう転んでも負ける状況にはならないだろうが、新人がいきなり馴染みの場所でデカイ面をするのが面白くないのは理解出来る。

 

「お、多くが、なにか妬みのある言動と視線でした」

 

 マーレの表情や顔は明確に見られていない事から、彼女の言葉にアインズは、視線を向けていた者らの服装を思い出す。

 

「うーん、なら俺達の装備が羨ましかったとかじゃないかな?」

「弱者には意味の無いものだと思いますが……」

 

 すでに今日の目的は終わったのだし、問題が起こる前に冒険者組合から離れても良いだろう。

 ここでふと、アインズはマーレの『弱者』発言が少し気になった。

 

「マーベロ、人間は嫌いか?」

 

 マーレも闇妖精(ダークエルフ)で人間種に入る。アルベドや多くの階層守護者にプレアデスの面々は、人間を下等生物として忌み嫌っている。それに対し、階層守護者でもあるこの子の考えを聞いてみたかったが。

 

「興味がありません。僕が大事なのはモモンさんとお姉ちゃんや拠点のみんなです。あとは――ゴミも同然かと……」

「(ゴ、ゴミ……マーレもか……)そうだな」

「は、はいっ」

 

 主様も同じ意見なのだと、マーレは彼の手を強めにキュっと握り、ニコニコする笑顔をモモンガ様へ送る。

 マーレの中では、味方かそれ以外で完全に区分けされているようだ。人種などは関係ないのだろう。まあ、恐怖公の所に平気で出入り出来るし、避ける事もないという強靭な精神力の持ち主らしい考えかもしれない。

 可愛い配下達は一応、アインズが認め且つ皆の為に頑張る者や貢献する者を、種族に関係なく評価はするのだ。その点は、支配者として喜ばしく考えている。

 ――その時、アインズに、いやマーレにも背中へと強烈に悪寒が走った。

 二人は広場内で異質を感じたそちら側を見る。影も無い空間。だがそこに、不可視化した恐るべき能力の悪魔である()()がいると気が付いた。ソレは徐々に近寄って来る。

 

「――アルベドか? 声を落として話せ」

 

 アインズは思わず声が、いつもの重々しいものになった。そういえばと、地理調査の南方地域担当が彼女だと思い出して。

 御方の声に、彼女は空間から静かに答えてくる。

 

「はい、アインズ様。マーレの白いローブ姿が見えましたので――まさかとは思いましたが」

 

 なにが『まさか』なのか支配者でさえ怖くて聞けない。皮膚や汗腺の無いはずの頭蓋に汗が流れる感覚……。圧倒的精神力者のマーレも硬直気味だ。姉のアウラより怖くはないが苦手なのだ。

 ここは平和のためにもっともらしい理由を先に述べておこう。

 

「私とマーレは、この新世界の社会構造についての知識を直接得るため、一時的に冒険者という職業への潜入活動を行っている。先程登録を済ませたところだ」

 

 統括や階層守護者達に相談せず、勝手といえる事をしているのかもしれない。とは言え、やましい事など何も……(イヤ少ししか)ないのだっ。

 しかし、アルベドのトーンが落ちた次の一言に、アインズは凝固する。

 

「ではその――マーレと手をシッカリお繋ぎになっている意味は?」

 

 

 げへぇ。

 

 

 絶対的支配者の思考に、あってはならない動揺しまくったその言葉が流れる。口から飛び出さなかった自分を褒めたい。

 アルベドの急な登場に、手を繋いでいるのを忘れていた。

 こ、コトバが出ない……頑張れ俺、と思考をフル回転する。すると、入手したての知識にぶつかった。

 

「――ふっ、アルベドよ。まだ経験が浅いな。冒険者の二人組には夫婦やカップルが多いはずだからだ。これはそれを見越した『当然』の対処」

「な、なんということ――そういった意味が。なるほど、さすがはアインズ様……しかしそのような(妻や恋人という)大役、なぜ私めにお命じになりません?」

 

 不可視化ながら、その彼女の様子や表情は窺える。艶やかな長い髪を揺らし、頬を染め、目を潤まし、腰の黒き翼をパタパタさせつつ身体を左右へと可愛く(しな)らせている様子が。

 アインズは答えてやる。

 

「この潜入調査は時間を要するものだ。そのため、ナザリック統括のお前までも連れ出すことは出来なかった。私が時々不在となるナザリックをアルベドが守っていてくれれば、これ以上の安心はないだろう。違うか?」

「くふーーーーーっ!!」

 

 主の言葉に、もはやアルベドは自身を両腕を初め、両翼でも抱き締めるようにし、目を閉じて震えている。

 

「あぁ、正妻として家をしっかり守れと仰られているのですね。分かりますとも、至高の支配者であられる愛しいアインズ様っ!」

 

 伝えた内容の解釈に多大な誤差が出ているようだが、もう――これで大丈夫かもしれない。アインズはそう思った。

 

「――色々『統括』として面倒を掛けるが頼んだぞ、アルベド」

「はいっ、担当の地理調査を早く済ませますので、では。マーレ、アインズ様を頼むわよ」

「は、はい」

 

 不可視化状態のアルベドは、ルンルンと軽快に翼を羽ばたかせ飛び去って行った。何か大きいものを失った気もするが、二つの命が救われたように思える。それで良しとしよう。

 恐怖は去ったのだ。

 

「さ、さて、マーベロ。しばらくこの新世界の街の様子を調査しようか」

「は、はい、モモン――さん」

 

 直前の動揺があるのか、一瞬詰まるも気を取り直してマーベロに戻り笑顔で答える。

 少女は、街中をアインズに手を引かれて歩いてゆく。

 マーレも初めて見る街並みに少し興味があった。NPCは基本拠点防衛の存在で、ユグドラシルではこうやって外を移動することはなかったのだ。

 街並みや働く者達など、知識としてはぼんやりと有ったものが、実際目にすることで完全に理解出来ていった。ナザリック以外に関心はないが、有事の際にモモンガ様のお役に立つかもしれないと。

 それに今は、敬愛するモモンガ様と手を繋いでのデート。心は最高に弾んでいる。たとえここが死地でも後悔は無いほどの嬉しさだ。

 

(モモンガさま……モモンガさま……モモンガさまぁっ……)

 

 仕事も入っているとはいえ、正式な二人っきりのパートナーでもある。恋人同士とも見られている関係。正に望むところである。これほどの素晴らしいご褒美に、マーレは改めて主様をオッドアイの可愛い瞳の熱い視線で見上げつつ感謝していた。

 第三城壁内をぐるりと一周し、第二城壁内の街並みも一通り見て回ったが、第一城壁内については住民登録者か冒険者のプレートが無ければ入れないとのことであった。

 仕方なく、ここで街の様子についての調査を終える。のんびりではあったが、もう20キロ以上は歩いただろうか。街を歩き始めて八時間は過ぎている。二人は疲労しない体だが、アインズは途中マーレへ何度か水差しから冷水を出してあげる。マーレはその都度、美味しそうに両手に可愛く持ったグラスでコクコクと飲んでいた。

 すでに夕暮れ前の結構よい時間。

 マーレは少し……いや多分に期待している。――二人っきりで宿屋に泊まることを。

 明日、プレートを貰うためにこの地へ居る必要がある。つまり、宿泊の可能性は高い。宿屋も安いところがあると組合で贔屓にする店をいくつか教えられた。しかし一方で、資金は十分あるとアインズは断っていたのだ。

 少女は主へと緊張気味に確かめる。

 

「モ、モモンさん、今夜の宿を決めませんか?」

「ん? ああ、そういえばマーベロに言っていなかったか、ゴメン。俺達はまだ目立つ存在では無いみたいだし、現状では行動を監視されている事はなんじゃないかな。街中でも追跡者はいなかったし」

「は、はい、確かに」

「だから――先ほど見回った人気のない墓地の傍から〈転移門(ゲート)〉で帰還しよう。明日は夕刻ぐらいに組合でプレートを受け取って、仕事がないか聞いてみよう」

「……わ、分かりました」

 

 マーレは正直、内心で大いにガッカリする。本日のデートへの期待の実に40%ぐらいの重みがある夜の展開なのだ。一緒に居たいのである。それが、消えたと。

 闇妖精(ダークエルフ)の少女は、先程までの元気がなく俯きつつ手を引かれ、アインズのあとを静かにトボトボと続いて歩いた。

 墓地近くに来ると、人気の全くない城壁補修用のバックヤード的な石材置き場にて、周囲から見えない場所へ入り込むと、アインズは〈転移門(ゲート)〉を開いてナザリックへと帰還する。

 二人はナザリック地下大墳墓の正面出入口前へ立っていた。

 アインズは〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉を解除すると、口調がいつもの重々しいものに戻る。

 

「マーレ、私はカルネ村の様子を見てくる」

「は、はい……」

 

 どうやらデートは、ここで終わりのようだ。

 カルネ村――最近モモンガ様を独占している場所の名である。だが、モモンガ様が目を掛けているということで、マーレも気に掛けなければならない。

 しかし、嫉妬の対象にはなり得る。今日は特にその度合いが高まる日。何がその村にあるのか、詳しくはまだ聞いていない。

 ルべドやシズ、ソリュシャンが詰めているが、主様と共に二泊していることは事実。皆、マーレよりも肢体が長い美人達である。

 

(モ、モモンガ様、まさか3人にご執心とか……ないですよね?)

 

 空が茜色に変わり始める中、マーレは熱くモモンガを見詰める。

 そんな彼は唐突にマーレへと告げてきた。

 

「すぐに戻って来るからマーレよ、先に六階層の巨大樹へ戻っていろ」

「えっ……?」

 

 今日はこれでもうお別れと思っていたのだが……続きがあることに声が漏れた。

 

「マーレよ、デートには――〝家デート〟というのが有るのを知らないか?」

 

 マーレは驚く。驚愕である! 『家デート』、何という斬新なる響き。暗雲が立ち込めていて落ち込んでいた心と彼女の声質に、燦然と明るさが戻る。

 

「はっ、はいっ! キレイキレイに(僕自身も)しておきますっ!」

「うむ、では巨大樹で会おう。〈転移門(ゲート)〉」

 

 アインズは門へと消える。

 マーレは一瞬呆けそうになったが、それどころではない。すぐに、自らのその高い身体能力を最大限に使いダッシュする。

 第一から三階層にてシャルティアらのシモベらに「お帰りなさいませ」と声を掛けられつつも、「うん、ただいま」と声を置き去りにするように、階層の転移門を次々と降りていった。そして第六階層の『ジャングル』へ戻って来る。円形闘技場を横に通過し、奥の森へと入ってゆく。

 そこの森の中核を成すのが全高200メートルにも達する巨大樹だ。幹の直径は根元で30メートルほどもある。

 彼女ら姉妹の住居は、この幹の周りを周回するように丸太で丁寧に作られている。

 飛ぶように階層が3つに分かれており、各階層は屋内で小さい〈転移門(ゲート)〉で結ばれている。

 〈塵掃除(ダストクリーニング)〉で埃を一掃し、居間のソファーの配置や、寝室のシーツやカバーも一新する。

 メイド達を呼びたいところだが、理由を述べるのが気恥ずかしいのもあり自前で作業をする。外へ出張中の姉に申し訳ない気もするが主様のご指名である。ここは譲ってもらおうと。

 慌ただしく自宅の片付けを終えると、マーレは歯を磨き、脱衣所で装備を脱ぐと浴室に飛び込んでいった――。

 

 アインズは、カルネ村へ40分ほど滞在する。

 村では特に異変もなく、朝から一日平和に過ぎていた。彼はルベドらを引き連れ畑へ向かい、エモット姉妹にこれからの夜と、明日はおそらくナザリック側で過ごすと告げる。

 エンリとネムは少し残念そうだ。しかし、支配者が忙しいのは理解しなければならず、笑顔で見送ってくれる。

 アインズはエモットの家に戻る前にデス・ナイトの状態を確認する。やはり、消滅する気配は全くなさそうだ。

 

(間違いない、これは死体が有れば有るだけナザリックの戦力になるなぁ……。中位でLv.30台と、上位のアンデッドならLv.50台はいけるんじゃないだろうか)

 

 ソリュシャンに確認すると、スレイン法国の騎士達の死体43体がまだ、村の外に野ざらしらしい。アインズはスキルにより、上位アンデッドは1日4体、中位アンデッドを1日12体の創造が可能だ。先日確保した実験用の死体も使えば50体分になる。

 

「ソリュシャンよ。村長へ死の騎士(デス・ナイト)らを使い、あの死体は村から離れた位置へ夜中に埋めておくと伝えろ。そして、死体を八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)らも使ってナザリックへ全部回収しておけ。あとアノ死骸も回収しておけ」

「畏まりました、アインズ様」

 

 そう伝えると、アインズはエモット家へ向かい室内よりカルネ村を後にする。

 

 アインズがナザリック第六階層まで来ると、普段姿のマーレと階層内のシモベ達の中の精鋭20体程が出迎えてくれた。

 

「――アインズ様、良く僕らの第六階層へお越し下さいました」

「うむ。皆、出迎えご苦労。直接お前の住居に行くのは初めてだな」

「はい。こちらの世界へ来る以前も、アインズ様は円形闘技場まででしたよね」

「折角だ。マーレよ、のんびりと歩いて行こうか」

「は、はいっ」

 

 アインズの伸ばしてきた右手を、左手で優しくしっかりと握る。

 デートはまだ続いている。そう思うと、マーレの足は軽やかであった。

 円形闘技場の横を通り直に森へ入る。足場は獣道だがジャングル内でも思ったほど悪くはない。

 そして巨大樹の傍まで来る。後ろに従っていたシモベ達はここまでだ。整列して支配者とマーレの入室を見送る。

 ここから〈転移門(ゲート)〉で室内へと二人は飛んだ。

 さて、マーレとの『家デート』スタート。

 まずは、手を繋いでの室内探訪だ。第一層は巨大樹の100メートルほどの高さにある。この高さでも幹の直径が20メートル程もあるため、周回するルートは60メートルを超えている。この階層には玄関、収納、居間、客間、家事室がある。第二層は130メートル付近にあり、多目的室、寝室×3、収納、特別室、浴室。第三層は170メートル付近にあり、ほぼ展望する形の多目的室と収納である。何れの階層も外はデッキテラスでそこも周回可能だ。

 今は第三層の高さ170メートルのデッキテラスで、手を繋ぎながら二人、ロマンチックに雄大に在る景色を眺めている。

 

「初めてこの位置で見るが、随分いい眺めなのだな」

「ぁ、ありがとうございます」

 

 この第六階層だけは天井に24時間の時間の流れがある。至高の41名の一人、ブルー・プラネットさんが叩き込んだ渾身の天球面データ群だ。

 今は夕暮れが進み、西側の空が紅に染まる。対する東の空の端は紺色に変わろうとしていた。アウラとマーレの双子はこの階層に居る事も多かった事から、第六階層が整備されて10年以上ずっと見ている景色になるのだろうか。

 気が付くとマーレが、すぐ傍まで寄って来ていた。そして、こちらへ熱く期待するよう赤い頬を見せつつ、僅かに横目でチラチラと確認してくる。

 二人っきりで、絶景のロケーションに雰囲気は最高潮。何か――キスを期待しない方がおかしい気もする。

 しかし、雰囲気だけでいいのだろうか。そう、アインズの感情は昂ることが無いのだ。だが良く考えると、このデートはマーレへの感謝を込めたご褒美なのである。一瞬考え、そういう気持ちのキスもあっていいのではという結論に達した。

 だが問題はまだある。アインズはリアルで女の子とキスの経験が無かった。そんな不安に思う気持ちが芽生えつつ……しかも骸骨なんだが。キスで歯がかち合って痛かったという話を聞くが、それどころではない。

 ――歯しかないのだ。

 

(ううむ……)

 

 悩みどころである。歯と唇でキスは成立するのだろうかと。

 定義としてキスとは、唇を接触させる行為なのだ。つまり、アインズ側からの接触はキスとは言えないのである。これは衝撃の事実。

 代替えの方法はある。幻術の顔を使う事だ。しかしアインズがされる側ならこれは納得出来ないだろう。ハッキリ言って絶対的支配者のやることではない。

 ここは支配者らしく骸骨で、歯で行くべきだろう。

 

「マーレ」

「はっ、はい……モモンガ……さま」

 

 マーレの反応がいつもよりも従順である。ゆっくりとこちらを向く上目遣いの少女の頬は真っ赤に染まり、目も僅かに潤んでいる。

 アインズは、決断する。――ええい、ままよと。

 絶対的支配者は腰を下げ顔をマーレへと近付けていった。マーレは顔を上げると静かに目を閉じていく。

 

 二人の影が、真っ赤な夕日を背景に静かに重なっていた。

 

 時間にして10秒程だろうか。そして影が離れる。

 口を最初に開いたのはマーレであった。

 

「モ、モモンガ様、ありがとうございました。――このマーレ・ベロ・フィオーレ、生涯この日、この時間の事を忘れませんっ」

 

 そうして、主へ跪き深き礼を捧げた。

 

「たとえこの身が、戦いで砕け散り再起出来なくなっても、この敬愛する気持ちだけは永遠に変わることはないです」

 

 アインズは、静かにその愛おしい配下の頭を、深く優しく撫でてやる。

 

「可愛いマーレよ、支配者として礼を言うのは私の方だ。あの作業量と造形力。そしてそれらが我等ナザリックへもたらした安全度は飛躍的に向上した。これはマーレの存在と力が成した事。その事をいつまでも誇って欲しい」

「モモンガ様……」

「それにマーレ。――愛おしいお前達がこの地から去るような事は、如何なる敵が現れようとも、この絶対的支配者であるアインズ・ウール・ゴウン……いやモモンガの名において絶対にさせん。我等はいつまでもずっと一緒だぞ」

「あぁぁ、モモンガさまぁ……」

 

 マーレの目尻に涙が浮かぶ。それをアインズはハンカチでそっと拭いてあげる。

 

「さあ、立つがいい。デートはまだ終わっていないぞ」

 

 そう伝えつつ、アインズは腋下からマーレを優しく抱え、持ち上げて立たせた。

 

「はいっ、モモンガさまっ」

 

 二人はそのままゆっくりと、全天に星が瞬くまで第六階層の空を、一緒に手を繋いで静かに眺めていた。

 その後、第一層の居間に降りて、ソファーの上でマーレはアインズに抱っこされながら話をしたり、ヴァーチャルジェンガをしたり、パズルをしたり、一緒に電子本を読んだりして翌朝まで楽しく過ごした。

 マーレとしては長い時間、主様に優しく抱っこされていたことで、十分満足出来る『家デート』になった。

 

 

 

 

 

 アインズは朝を迎え、第六階層から第三階層へやって来た。傍で護衛をしたいというマーレを従えている。彼女は今、ナザリックの配下全残存者中で最高の使い手である。

 第三階層の墳墓の一角に例のスレイン法国の騎士達の死体50体が集められていた。そして何故か王国戦士騎馬隊の死んだ馬の死骸も12体あった。ソリュシャン達が上手くやってくれたようである。

 アインズは告げる。

 

「――上位アンデッド作成、蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)

 

 すると、最寄りの騎士の死体と、馬の死骸を媒介に、蒼い馬に乗った禍々しい姿を持つ騎士が形成され現れる。蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)は非実体となり飛行することも可能であるモンスターだ。

 

「やはりうまく行ったな。マーレ、こいつのレベルは幾つだ?」

「は、はい。Lv.58です」

「ふむ、村でルベドらを補佐するだけならまあまあか。Lv.88の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を4体当てるのは流石に少し過剰だからな。蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)達に代役させよう」

 

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)はナザリック全体でも15体しかいない不可視化や8連続攻撃の能力を持つ強力で貴重な戦力である。

 アインズはカルネ村の、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)4体の内1体を残し代わりとして蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)を3体送り込むべく、計3体の上位アンデッド作成を行なった。さらに、そのあと中位アンデッド作成も実行し、死の騎士(デス・ナイト)を計10体生み出していく。作業時間は約三十分程。

 アインズの描く今後の計画には、極力戦わず相手の戦意を喪失させ、見た目で降伏させることが出来る程の戦力があればと考えている。

 まだ支配者として明確に示す戦略は無い。だが、優秀なデミウルゴスやアルベド辺りが意向を察して、綿密に戦術まで考えてくれるのではと。敬意を持って慕ってくれている多くの優秀な部下達に、自分はただ先への道を示せばいいのではないかと思っている。

 先日からの周辺の地理調査については、デミウルゴスも率先して参加してくれていた。

 しかし、かの上位悪魔で丸眼鏡の配下の考えは、高等過ぎて良く分からない。あの時も後で褒められていた。マーレへ単に周辺の造成を指示しただけなのだが……。

 

『さすがでございました。守護者各位の猛奮起を自然な形で引き出されることをお考えとは……』

 

 造成指示は、普通にマーレが適任かなぁと思い付いただけである。まあ、持ち上げられることに不快感があるわけではない。彼の忠誠は厚いものだと感じて心強い限りだ。

 またアインズがカルネ村において、初めてこの世界で遭遇した敵の騎士を一撃で絶命させたこともデミウルゴスを狂喜させていた。報告書の片隅にはこう書かれていたのを思い出す。

 

 『未踏のこの地にて、手本の如く勇敢にも我々ナザリックの先頭に立ち、皆に先駆けての輝ける初の勲功。まさに我らの支配者に相応しい行動に感服いたしております。一日も早く我々配下一同も共に至高の御方の意向である計画を実現する所存でございます。』

 

 デミウルゴスの報告にあった『計画』というのは何なのか分からないが、すでにこちらの考えを見越されているのかもしれないとアインズは考える。デミウルゴスの本来持つ戦闘時の指揮にも期待したい。実際、ユグドラシルで1500人のユーザーからの攻撃を急に受けた際は、十分指示を行う暇の無かったNPC達を上手く指揮し、上層で随分時間を稼いでくれていた。

 新しい戦略にはおそらく、質と量の両面で新たなる戦力の充実が不可欠。アインズとしては、現状のナザリックの戦力の損失は、ギルドの仲間達の事を考えれば極力避けたいのもある。可能ならこの世界にある兵力や新たに生み出した兵団を地上の主戦力にしたいところだ。

 先日、王国戦士長はすでに死の騎士(デス・ナイト)へ一目置いていた。そこでアインズは、とりあえず中位アンデッド以上での兵団を創出しようと考えている。ただ、兵団規模を大きくするには時間が掛かりそうなので作業は地道に行う予定だ。

 一方で、スレイン法国への対策も必要とアインズは考えていた。特に対情報系魔法については、再度舐めたまねをされては困るので、王城へ行く前に速やかに対策しておこうかと考える。ふと、マーレが今傍に居る事が好都合といえる状態だと気が付いた。

 

「マーレ、すまないが少し手伝ってくれ。他の者では少々危険だからな」

「はい、分かりましたっ」

 

 二人は墳墓を出ると、効果範囲を最大限拡大し攻性防御力を強化した対情報系魔法の組み合わせを、外の地上で検証し始めた。3時間程組み合わせを試行錯誤する。その間、地下の書庫からもギルド仲間の資料を持ち出して、参考にしながら高度な逆探知・逆監視機能も追加した組み合わせが一式出来上がる。アインズが各種動作検証のため対情報系魔法一式を発動する。これらに向かい三重に最上位魔法防御を展開したマーレが、自動で付加される味方識別を態々外した敵側として、実際に上位の情報系魔法で閲覧調査行動を取る。すると、強烈さに定評のある第9位階の殲滅火炎魔法が攻性防壁で自動的に起動。想定通りに逆探知・逆監視も動作することが確認された。

 上位魔法に関してスペシャリストのアインズかシャルティアかマーレでなければ、発動実験をさせることが出来ない水準であった。

 

「マーレ、実験は成功の様だ。ありがとう」

「は、はい。おめでとうございますっ」

「うむ」

 

 この新しい対情報系魔法は、ナザリックのあるこの広大に広がる草原へ15か所と、カルネ村の周辺の地域7か所程へ設置したいと考えていた。早速魔力供給アイテムと併用し、3時間半ほどで草原側は順次設置し終えた。あとは魔力供給アイテムを定期的に交換すれば常時維持出来るはずである。

 カルネ村については後ほど行う予定でいる。

 

「さて、マーレ。先にそろそろアレを受け取りに行っておくか。日が暮れてしまうかもしれん」

「はいっ」

 

 これから、エ・ランテルに向かい、冒険者のプレートを受け取らなければならない。仕事も出来るものが有るか聞いてみて、手頃と思えるものが有ればどれか一つやってみるのも悪くない。

 当初、この冒険者チームで最終的に大きい名声を是が非でも得ようと思っていた。

 でも今は、多方面による総合的な形で『アインズ・ウール・ゴウン』の名声を高めたいと考えており、アインズにとって冒険者はある意味、多少息抜き的位置のものだとの認識に変わってきている。

 アインズは、一応対策の後〈千里眼(クレアボヤンス)〉により、出現位置である石材置き場近くの状況を確認する。

 特に異常はなく二人は、戦士モモンと、魔法詠唱者(マジック・キャスター)マーベロの姿に変わった。

 アインズはパートナーとしてマーレへ手を伸ばすと、少女は御方の手をそっと握る。

 その様子に彼は「〈転移門(ゲート)〉」と唱えた。

 

 

 

 

 

 アインズとマーレは、昨日消えた場所と同じ大都市エ・ランテルの、第三城壁内西地区の共同墓地に近い石材置き場へと姿を現す。周囲から直接見えない場所を選んでいた。

 そうして速やかに人気のないその場を後にすると、二人は冒険者組合の建物を目指し移動する。

 

 ――そのアインズ達の姿を、石材置き場の近くで察知した人物が一人いた。

 

 その者は、口許を妖しく歪めて微笑む。

 

「あれー? なーにかなー?」

 

 まだ20歳(ハタチ)そこそこに見える、短めなボブ調の金髪で猫を思わせる雰囲気の若い女だ。

 200メートル程離れた位置の木陰に潜むように居た彼女は不思議がる。豊かな胸でスラリとした姿にビキニ風の銅色鎧で、左腰には4本ものスティレットを差していた。

 その鎧には、100を超える色違いの付けられた金属片が光る。ただ、よく見ると金属片は全て冒険者達のプレートの形に見えた……。

 30分ほど経つが先程、あの近辺を通った時には人の気配を全く感じなかったのだ。これはアサシンの職業レベルも生まれながらに持つ彼女には、確信出来る絶対事象だ。

 

「んふふー? 興味が湧いちゃったっ」

 

 彼女がここにいたのは、逃走路と潜伏先の地を確認するため。

 現在、スレイン法国六色聖典の最精鋭部隊『漆黒聖典』所属で第九席次として在籍する。

 だが二股を掛けている秘密結社『ズーラーノーン』へ、間もなく自国のお宝を一つ手土産に持って出国逃亡し、完全移籍しようかとも考えていた。

 この女の名は、クレマンティーヌ・メロリア・クインティア。

 彼女は木陰から立ち上がると、ふらりと歩き始めた。

 

 

 

 すでに夕暮れが訪れている時間である。

 アインズ達は冒険者組合のロビーで受付前に立ち、少しガッカリしていた。

 冒険者プレートは、無事に受け取ったのだが、今現在のところは最低クラスの(カッパー)級への仕事依頼は無いと言う。

 

「昼前には一つあったのよ」

 

 慰めるように言い訳するように、まだ若い受付嬢の女性はアインズらへ過去を伝える。

 

「そうですか……仕方ないですね」

 

 アインズとしては、少し格好悪い形だ。折角冒険者の証を受け取り、仕事を紹介されたり請け負う事が出来るようになったところである。配下の可愛いパートナーまで連れて来ているのだ。

 それが、仕事が全くない無いという体たらく……。首に掛けた(カッパー)級のプレートの放つ輝きが空しい。

 実は無いと言われた後、一度アインズは掲示板から眼鏡風のアイテムで文字を読み取ったミスリル冒険者への仕事依頼書を剥ぎ取り、受付へ提示して「俺達は非常に強い。だからこの仕事を受けたい。パートナーは第3位階の魔法が使えるんだ。だからっ」と少し凄んだ。しかし、受付嬢は僅かに怯むも荒くれに慣れているのか、「規則ですからダメです」と返されてしまっていた。

 どうやら現状は変わらない。いつまでもこうして受付前へ、未練たらしく居るのはさらに良くないとアインズは考えた。

 

「分かりました。では、また来ますから」

「ええ、次は良いのを取っておくわね。モモンさん、マーベロさん」

 

 そんな気休めの言葉を背に、アインズとマーレは手を繋ぎ冒険者組合を後にする。

 外に出て少し広場沿いに歩く、その傍を凄い荒っぽい感じの荷馬車が走り抜けていった。

 ふと気が付くと、ずっと静かにしていたマーレの様子がおかしい。フードの下の表情をよく見ると……いつもの輝いている可愛い瞳が死んでいて――その奥に闇が見えていた……。

 

「……マーベロ?」

「モモンさん……不満があれば言ってください。意に沿わないこんな組織、潰すのは僕一人で簡単ですよ?」

 

 おぅい。

 

 あかんモードに入っていた。支配者の負の感情が伝わったのだろうか。マーレは、敬愛するモモンガの敵はぶちのめし完全に地上から消し去る考えの持ち主なのだ。

 

「マーベロ、少し落ち着こうか」

 

 アインズは、冒険者組合と少し離れた道の端にいたが周りを気にせず、マーレの頭を優しくフード越しにナデナデしてやる。すると、マーレは『ほにゃー』とした顔と可愛い瞳に輝きが戻った。

 

「マーベロ、俺は怒ってはいないんだ。ただ、マーベロとこうして一緒に来たから、仕事をすぐに一緒に出来れば、格好いいところも見せられたかなぁって――」

「――モモンg――さんはいつもとっても格好いいですっ!」

 

 マーレは頬を赤く染めつつ、小さい両手を可愛く胸元で握って敬愛するモモンガ様を必死に絶賛してくれていた。

 なんと健気で可愛い配下だろうか。一瞬ぎゅっと強く抱きしめたい感情がアインズに湧いたが、急激に抑制される。

 

「う、うん。マーベロ嬉しいよ。でも、今日はもう良い時間だし帰ろう――」

 

 ――か、と言い掛けた時である。

 

「戦士のモモンさんと、魔法詠唱者(マジック・キャスター)のマーベロさんですかっ?」

 

 道を必死に走って来たと思われる、息の荒い少年から声を掛けられた。

 その少年は、前髪が長く鼻先まで有り目元の隠れた顔の表情ながら、必死である雰囲気がひしひしと感じられた。

 

「そうだけれど?」

「僕はンフィーレア・バレアレといいます。失礼ですが、マーベロさんが第3位階の魔法が使えるというのは本当でしょうか。事実ならお二人へ……冒険者として仕事を依頼させてもらいますっ」

 

 堂々と名乗られたが、全く知らない名前であった。まあ、仕事を受けるかは当然内容を聞いてからだが、初仕事をくれるかもしれないとなれば少しは誠意も見せよう。

 

「マーベロ、見せてあげて」

「は、はい。〈飛行(フライ)〉」

 

 マーレは、少年とアインズの周りをぐるりと一周飛んでみせた。

 

「あ、ありがとうございますっ。是非ご依頼させて下さい。すぐに組合事務所へ行きましょう!」

「あ、ああ」

 

 少年に連れられるように、アインズ達は再び冒険者組合へと入って行った。

 

 

 




補足)
クレマンティーヌの第二名称はメロリア。捏造です。

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