オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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STAGE16. スローゲーム・スローライフ/進撃ノニグン1

 未だ嘗て敵の進入を許したことが無い、ナザリック地下大墳墓の第九階層。

 アインズの執務室制作と並行して、客間の一つが少し改装された戦略会議室に、第四、第八を除く階層守護者、第九と十階層を守るプレアデスのリーダー、そして守護者統括が数日振りに集結した。

 守護者統括のアルベドは、アインズに最も近い位置へ立ち、只一人席へ腰掛ける主へと美しく響く優しい声の言葉で開催を促す様に知らせる。

 

「アインズ様、守護者統括、そして各階層守護者、御身の前に」

 

 部屋の最奥の席に皆から視線を集め座る絶対的支配者が、小さく頷くと静かに立ち上がり、その重々しい声を室内へ響かせる。

 

「会議を始める前に一つ。もうすでに皆も知っていると思うが、私は名を改めた。今後はアインズ・ウール・ゴウン――アインズと呼ぶが良い」

 

 アルベドが、ナザリック全員を代表し力強く答える。

 

「新しき御尊名を皆、伺いましてございます。アインズ様は正にナザリックそのもの。いと尊きお方。アインズ・ウール・ゴウン様、万歳っ!」

「「「「「「アインズ・ウール・ゴウン様、万歳っ! アインズ・ウール・ゴウン様、万歳っ! アインズ・ウール・ゴウン様、万歳っ!」」」」」」

 

 守護者達の三呼斉唱が終わると、アルベドが請願する。

 

「是非、シモベ達も揃った際の玉座の間にても、再度お名乗り下さいませ。皆も喜ぶかと」

「そうだな、そうしよう」

 

 急遽ということもあり、手短い形で改名の儀が一段落するとアインズが告げる。

 

「では、これよりナザリック戦略会議を始めるとしよう。皆、席に着くが良い」

 

 長方形の大テーブルを前に、アインズとナザリックの最上位NPC達六名が席に着いた。セバスだけは固辞している。彼も階層守護者と同格のNPCであるのだが、自分の執事の立場に忠実なのだ。アインズの視線に過分ですと会釈と共に目が訴えており、主も強くは勧めない。

 このナザリックは、アインズを絶対とするトップダウン組織である。

 ここへ集まった者達は皆、アインズの意志と希望を叶える為に邁進することを最重要にしか考えていない。理に適わずとも主に命じられれば、すぐさまこの場で死ぬ事を全く厭わない者達揃いである。しかし誇りと信念だけは各自がしっかりと持っている。それだけにアインズは、皆を愛おしく大切に考えて接していた。

 

「資料は皆全員、目を通しているか?」

「もちろんです」

「はいでありんす」

「ハッ」

「はいっ」

「は、はい」

「すべて、頭の中に」

「はい」

 

 アインズが皆を見回すと、各々の返事が順に返ってきた。

 昨日の内に、周辺の半径90キロ(当初70キロだったが皆が異様に頑張った)についての調査情報へは全員が目を通し終えていた。西の小都市周辺に25万人、南の大都市エ・ランテル周辺には70万人、東の大都市周辺に65万人、北方へ広大に広がるトブの大森林内に少数の人間種とモンスター5万体以上を確認。さらに、ここ数日でのアインズの行動についても資料が作成され渡されている。

 カルネ村での一連の戦闘や、同地を友好保護対象地域に指定し、人間のエンリとネムのエモット姉妹、ンフィーレアにクレマンティーヌを配下とする事、特に世界級(ワールド)アイテムと同等の特殊技術(スキル)を持つンフィーレアへは護衛を付けている点も記載されている。また、ルベドが既に体得したと思われる武技なる身体補助系統の存在や、陽光聖典の捕虜から、第七位階魔法以上は人間達では使い手がほぼいない事や、他部隊の聖典には強大な魔法アイテムを使い熟す者や神人と呼ばれる超越者らが存在するという内容等も報告されていた。

 

「まず、皆の多くが不在の中、私が独断で動いた事を詫びよう」

 

 しかし、横に座るアルベドはその言葉へ、ゆっくりと顔を横に振ると皆に代わり述べる。

 

「アインズ様、その必要はございません。主様が自らの意志で動かれることに、私達は従うのみでございます。その際に至らない点があれば――それは我々配下の落ち度。叱責をされることはありましても、どうか謝罪などはされませんように。私達が困ってしまいます」

 

 周りを見ると、コキュートス、シャルティア、デミウルゴス、アウラ、マーレ、セバスと皆が同意の小さく頭を下げ畏まる所作をした。

 これほど出来のいい配下達に囲まれ、ナザリックは最高の存在だなぁとアインズは思う。

 

「そうか、ではこう言い替えておこう。ここ数日、皆、私の希望に従い、応え、良く働いてくれた、褒めておくぞ。そして、ありがとう」

「「「「「「ははぁっ」」」」」」

「勿体なきお言葉」

 

 至高の御方に褒められ、礼の言葉までも頂き、一同は嬉しく笑顔の表情に包まれる。

 

「さて」

 

 雰囲気が良い中、アインズが話を進める。支配者の言葉に、皆が傾注する。

 

「依然原因は不明だが、我々がこの新世界へ来て半月程になる。皆の働きにより、漸く周辺の国家や地理、社会の情報が集まってきた。そろそろ我々の行動について、大まかにも指針を決めようかと思う。今会議のレジュメも見てもらっていると思うが、それに従い進める」

 

 支配者の言葉に、会した一同が賛同し頷く。

 今回の議題は、ナザリックの長期、中期、短期それぞれについての初案だ。最終決定案では無いが、この新世界へ来て初めてアインズの口からナザリックの進むべき道が示される。最終決定事項のみが後日、守護者やシモベ達を玉座の間へ一堂に集めて告げられることになる。

 アインズとしては、この新世界へ来て間もないことも有り、長期、中期、短期についての尺度を長期を5年程、中期を1~2年、短期をこれからの3カ月~半年程度と考えていた。そして長期については、『アインズ・ウール・ゴウン』の名を国名とした新国家の建設とその名を広めることにしようと考えている。そうすると中期、短期は何をするべきかの方向性もはっきりするだろう。

 そこでアインズは、まず分かりやすい長期目標から語った方が良いかと決めた。

 ところがである。

 

「長期については、いよいよでございますね――世界征服」

 

 デミウルゴスが、待ち切れないとばかりに自然体で何気なくそう発言したのだ。それに対して、周りの守護者達もウンウンと頷いている。

 

「(な、なにぃーーー!?)……」

 

 アインズにとって、今それは最後の……新世界にプレイヤー達の反応が無いという希望失いし時の目的であった。なぜそれが初めから引き出されているのかっ。

 だが、この場に居る者達の表情は、その目標をとても当然と楽しみにしている雰囲気であった。よく考えればこの世界へ来た当初、上空で星を眺めた時にデミウルゴスの前で呟いたのを思い出す。

 実は、アインズが冗談気味にポロリと『世界征服』を吐露した後、周辺調査を申し入れる際に、ナザリックの防衛面で守護者らのみによる調整会合があったのだ。そこでデミウルゴスとアルベドにより、モモンガの絶対的支配者らしい考えとして「モモンガ様、万歳っ! 世界征服、万歳っ!」と周知されていた……。

 

(あれを、私の今の真意だと解釈したのか……さすがは最上位悪魔)

 

 しかし、いきなりそれはマズイ。

 ユグドラシルに於いて異形種のプレイヤーは少数派だ。大多数が人間種であった。そのことから、ユグドラシルのプレイヤーがこの新世界に来ていれば、人間種側に立つはず。

 ナザリックの周囲は全て人間種の国である。征服行為に出ればユグドラシルのプレイヤー達と敵対する可能性が高く、合流しにくくなるだろう。それに現状、周辺国の総戦力はいまだ未知数だ。すでに近隣の都市人口だけで、実に150万を軽く超えている情報を得ている。ユグドラシルではモブキャラを含めても、考えられない圧倒的といえる多さの数字である。全面戦争となれば、その何倍もの数と戦う事が想定されるのだ。

 アインズは、何か良い手は無いかと真剣且つ冷静に考え、リアル世界での営業の実体験を取り入れ話し始める。

 

「……ふっ、デミウルゴスよ、楽しむことを忘れるな。我々は――なんだ?」

 

 支配者からの問いかけに、デミウルゴスはハッとする。

 

「こ、これは……喜びの余り失念しておりました。我々には時間が十二分にあるのですね」

「そういうことだ、それにゲーム開始直後にチェックメイトでは相手も興ざめであろう」

 

 営業には――交渉を有利に進める為の時間稼ぎも必要。

 異形種の寿命の長さを逆手に取り、絶対的支配者は長い余興の時間を欲しているという縛りを配下へ撒いたのだ。

 しかし、配下達の楽しみや期待しているものを根こそぎ奪うのは、支配者として格好良くない。そこで、世界征服は超長期という先の未来の奥に押し込むように据え、長期の目標として本来のものを据える。

 

「最終的に皆と世界征服を目指すが、まずは、私の名となっている『アインズ・ウール・ゴウン』の名称を世界へ広めたい。――この新世界の地上へまず国を作る。それを長期案とする」

「「「「「「「おおおおおっ」」」」」」」

 

 延長上に世界征服を睨み、主様の名を冠した国を興す。

 配下の者達の目は輝いていた。これはまさに王道であると。異議のある者などこの場には居なかった。

 

「もちろん状況次第で目標が変わることも有る。皆忘れるな、まだこの新世界は未知の部分が多い。強大である敵が立ち塞がるやもしれんことをな」

「「「「「「「はっ!」」」」」」」

 

 特に報告書の内容から、スレイン法国は要注意であることに皆が気を引き締める。

 

「それと私は、何とかしてユグドラシルのプレイヤーと接触を図りたいと考えている。可能なら同盟や共闘を希望する。そのために中長期に於いて、人間種の率いる国家との表立った直接戦闘は避けたい」

 

 アルベドは一瞬眉を潜ませる。

 アインズは、彼女が傍に居る際に何度か、同じ時代や世界を知る者達とやはり行動を共にしたい旨を話していた。

 アルベドとしては、少し寂しいと思う。彼女にしてみればナザリックの外のギルドの者も、新世界の者達と共に基本、敵なのだ。かつて共闘していたギルドの者であれば考慮もするが、それでもそういった者達を望む支配者は余り見たくなかった。

 

(私達だけではダメなのですか? この身全てを捧げますから……)

 

 彼女は、熱い眼差しでアインズを見詰めていた。

 引き締まったスーツ姿のデミウルゴスはいたって冷静だ。支配者の余興の一つだと考えている。最終的には戦う相手について接触し、情報や戦力を把握しておくことは悪くないと。もちろんその時になれば主へ、こちらの総戦力について秘匿をお願いするつもりではいる。

 他の守護者達も支配者の意志を尊重して反論は特に起こらない。

 

「アルベド、デミウルゴスよ、長期目標について5年での完遂を念頭に作戦を立案せよ。すなわち中期においては領土の確保になろう。予定する領土については――トブの大森林とその周辺の山脈群、そしてナザリックのあるこの平原だ。あと、地上の拠点となる城塞都市も作るぞ。それと――面白くするために、ナザリックの現有物資や戦力は極力温存せよ。地上にあるもので拠点や新戦力を構築していこう。私が生み出せる中位、上位アンデッドも上手く使え。まず概案を頼む」

「「承知いたしました」」

「それに伴い、トブの大森林へ侵攻することになるが、今回の先陣は、コキュートスとする」

「オオオオオーーッ、有リ難キ幸セッ!」

 

 コキュートスと非常に仲良の良いデミウルゴスも口許に笑みが見える。

 アウラやシャルティアが先陣を切りたそうにしていたが、周辺調査の際にナザリックに留まったコキュートスへ譲る形でウズウズしつつも沈黙していた。

 

(ふふっ、こうして気を使う所は、ぶくぶく茶釜さん、ペロロンチーノさんの姉弟らしいなぁ)

 

 嘗ての仲間の姿が垣間見え、階層守護者達の仲の良さにアインズは、骸骨ながら目を細めていた。

 基本的に協力し合い、作戦の細かいところは立ててくれ動いてくれる、そういった頼りになるNPCの配下達がいるナザリックは何度考えても本当に素晴らしいなと、アインズは内心ニコニコしながら考えていた。

 だが……そんな健気に思うNPC達にも、許容できない事項はあるらしい。シャルティアが何気なく切り出してきた。

 

「あ、あの、我が君~。とても気になることがありんす」

「うん? なんだ?」

 

 アインズは、上機嫌に少し声が軽い感じで返した――惨劇の始まりを知らずに。

 

「マ、マーレと冒険者パートナーと称して都市で、手をずっと握られてのデートをされ、その後も巨大樹の家にて二人で、キ、キッスの上に一夜を明かしたと。さらに村の女子(おなご)のエンリとも――二夜もベッドを共にしたとかっ。新参のクレマンティーヌへナデナデ連発の上に朝まで膝枕とも。それと、シズとソリュシャンの前に出られ身を挺して庇われたのち、ルベドを含めての彼女らへナデナデにお姫様だっこ、加えてナーベラル・ガンマにはナデナデを一日に3回もしたとか……その間、マーレもお姫様だっこの上、何度もナデナデを……、あとペストーニャへも――」

 

(も、もういい……もういいよ? ……ザ、ザル……だ。筒抜け過ぎてるよ……)

 

 アインズは、支配者としてこの場で震える訳にも行かず、心の底までも真っ白く、白骨化したかのようになっていた……。

 いずれも報告書には全く記載されていない内容である。どこでドンダケ漏れているのだろう。アインズは全身へ存在しない汗腺を無視した大量の汗が一気に溢れ出す感覚に囚われていた。

 かの者らにしっかりと見(守)られていたのだ……一般メイドや八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達に死角は無かった……。

 ただ、シャルティア達はそれらをスゴク羨ましく思うも、相手や主を責めているという事ではない。本題を彼女は告げようとする。

 

「そ、その、是非ご褒美で、私にも一夜の激しい御情けを――」

「ちょっとシャルティアっ、あたしの報告書の量を見た? ご褒美なら私の方が先でしょっ!」

 

 アウラは通常の地理に加え、森の中までも休憩時間を僅かで押さえつつ詳細に調べて回っていた。すでに大仕事を任され、高評価を受けていた妹のマーレに負けるわけにはいかないと。今回の調査では4人中、随一の報告量である。シャルティアへ先の順序は譲れない。

 

「シャルティア、アウラ……会議には関係のない内容ですよ」

 

 会議の途中だと、守護者統括のアルベドが的確に指摘した。しかし、アルベドの言葉はまだ続きがあった。それに彼女は――愛しい主の他の者への度重なる寵愛報告で、すでにプルプルしていた……。

 

「――で、ですが、順番で言えば、最も早く報告完了したわたくしが先ですっ」

 

 ついに、アルベドが動き出す。

 

「アインズ様。そ、そのぉ、ご褒美について折り入ってお願いがございますっ」

 

 アルベドの様子が――完全にオカシイ。乙女になっているというか、精神年齢が下がったというか。

 アインズの隣の椅子に掛ける彼女の頬は赤く染まり、目は潤み切って微笑んでいる。両手を胸元で握り、翼はパタパタ、体はくねくね。その様子に、アインズは間近で異様に増大する危機を感じ、先に制しておく。

 

「オ、オッホン……ご褒美に――イキモノはダメだぞ。神聖なもの程な」

 

 アルベドの表情が、固まる。

 彼女のご褒美の希望はもちろん、幾多の交わりの果てに授かる愛の結晶である小さい命。

 ここ九階層に彼女の自室がある。妄想の果てに制作し続けているアインズの等身大抱き枕は、すでに4個を数える。昨夜、空色の三角帽を被るチェックの寝間着姿バージョンが増えた所だ。早くもベビー関連服も拡充されつつある。

 

「そ、そんなぁ。……(でも、私達の御子ですもの、純粋な営みでをご希望なのですね!)……そ、そうですわね、分かりましたわ。それでは、一緒にお風呂へ――」

「ちょっと、筋肉ゴリラ、何一人で突っ走ってるのよっ!」

「ヤツメは黙ってて」

「はぁ?!」

「あのさ二人とも、今回は(マーレがキスしてもらってるから)あたしも引けないんだから――」

 

 その後、10分ほども、シャルティア、アウラ、アルベドがご褒美の順番と過激といえる内容の応酬で紛糾する。アインズは、山積された指摘事項が真実であるため沈黙していた。口を開けば完全なるドツボにハマりそうであったからだ。

 マーレは、頬を染めて目線を落としつつも、チラチラとモモンガさまを窺う。目線が合うと、照れながらニッコリしてくれる。可愛い。

 セバスは、壁際にて中立で直立のまま終始沈黙中。

 コキュートス、デミウルゴスも我関せずである。これは御世継ぎにも繋がる話。コキュートスとしては、デミウルゴスと共にすでに賛成派に回っていたからだ。

 とはいえ、ここは戦略会議の場である。窘めるのは年長者の務めと最後に一喝した。

 

「統括モ、シャルティアモアウラモ、イツマデモ支配者様ノ御前デ、アカラサマニ褒美ヲ望ムトハハシタナク不敬デアルゾ、ソロソロ控エラレヨ!」

 

 本来支配者の要望に対し、無償の奉仕と結果に満足するのが守護者たるものである。流石にコキュートスの指摘通りであり、立ち上がっていたシャルティアとアウラもハッとして着席する。

 アルベドは、立ち上がってこそいなかったが、忠誠の証である無償の奉仕を蔑ろにしてしまった感もあり、少しシュンとしてしまった。

 そんな、横で気落ちし元気なく、しおらしく小さくなって座っているアルベドを、アインズは――自然と優しくナデナデしていた。

 

「アルベド、それに、シャルティア、アウラよ。働きに見合ったものを望むのは自然といえる事なのだ。私は気にしていない。それに皆の働き、忘れるはずもないぞ」

 

 アインズは後日の褒美についてを示唆する。

 アルベドは、支配者の言葉以上に、現在のナデナデに衝撃を受けていた。

 愛しのアインズ様から触れて貰えた。あの胸を優しく鷲掴まれ触られて以来である。それだけで心の底から熱い想いと興奮が湧き上がってきた。それはもう止まらない勢いでだ。

 

「くふぅぅぅーーーーーーーーーー!」

 

 歓喜の声を上げ、アルベドは一気に完全復活していた。いや、嬉しすぎて我を忘れてしまった。気が付けば皆の前で、アインズへと馬乗りになって押し倒していたのだ。

 主はその状況に唖然とする。

 

(ば、馬鹿な、俺は拘束を初めとする移動困難への攻撃に完全耐性をアイテムで得ている。通常なら動きが固定された瞬間に解放されるはずなのに。これはアルベド側からそれを上回る高度な捕縛術を受けているということかっ?)

 

 彼女の金色の瞳が燦然と輝いている。

 

「愛しのアインズ様っ、嬉しいですっ。さぁ、遠慮なさらず、も、もっとわたくしを……さぁっ」

「お、落ち着け、アルベドっ。ここは会議中の会議室だぞ」

「このナザリックの主で絶対的支配者であられるアインズ様には、周りも場所も関係ございませんっ、さぁさぁっ」

 

 余りの状況に天井に控えていた、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達が3体掛かりで止めに入る。

 

「統括様、ここは皆さまがおられます、場をお改め下さいっ」

「……あぁ、アインズ様ぁ」

 

 もう、警護の言葉など耳に届かず、アルベドは妄想に暴走していた。八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達は、もはや力でアルベドを引きはがしに掛かる。

 

「アルベド様ご乱心っ! ご乱心っ! やむを得ない、支配者様よりお離しするのだ。んっっ?」

「おう。むっ? う、動かない。な、何と言う剛腕っ」

「くぅぅ、我ら3体掛かりだぞ?!」

 

 八肢刀の暗殺蟲もLv.88を誇る精鋭の者達なのだが、圧倒的である戦士職Lv.100のアルベドが相手だと殆ど動かない。

 

「シャルティア様、マーレ様、御助力をっ!」

 

 すでに守護者達は全員席から立ち上がっていた。しかし、アルベドはトップレディーであり、主自らが『モモンガを愛している』と書き換えた程の存在でもある。そのため、セバスやコキュートス、デミウルゴスの忠臣の男性陣らはパワーで対抗出来るもおいそれと触れることは出来ないのだ。

 こうして、アルベドはその場に居たシャルティアとマーレの序列ワンツーペアのフルパワーで引き剥がされて「愛しのアインズさまぁーー」の声を通路へ響かせ、会議室の外へと引きずられるように連行されていった……。

 アルベドの騒ぎのおかげで、スキャンダルを含め、泥沼的危機は去った。

 

「アルベド……大丈夫かなぁ。あの、何か罰とかになってしまうのですか?」

 

 仕事を離れれば仲の良い友人でもあるアウラは、アインズへ嘆願するように見上げつつ心配そうに呟く。

 アインズは、傍に立つアウラの少し短めで動き易いだろう金髪の頭をそっと撫でながら伝える。

 

「アルベドも色々と、私の為に一生懸命頑張り過ぎたのだろう。数日は姉の所ででもゆっくり休ませてやろう。心配するな、私を大事に想ってくれている気持ちは分かっているつもりだ」

「はいっ……」

 

 彼女は、ご主人様の皆に対する愛を感じていた。少しお甘いのかもと感じるが、だからこそ嬉しい。同じお方に想いを寄せるアウラも他人ごとではないのだ。

 アウラの返事は、いつものハツラツさが少し弱く――熱くなっていた。

 主様のナデナデが最高に素晴らしい。彼女は受けながら思う。これは、狂っちゃうかもと。そんな諸々の気持ちに包まれつつ、静かに主様からの撫でを彼女は堪能していた。

 

「デミウルゴス」

「何でございましょうか」

「言い忘れていたが短期の目標については、地上への足固めだ。新拠点の場所の選定と設計完了、建設への着手。それと新戦力の一翼にと考えるアンデッド群は、私がなるべく毎日増やしていくつもりだ。すでに中位アンデッドは40体、上位アンデッドは10体を超えている。だが死体がまだ足りないな。カルネ村の近くに皆殺しになっている村が4つあったので、放置されて使えそうな死体を一昨日の夜よりすべて順次回収させているが600体程しか集まりそうにない。将来的には各国の戦意を戦う前から失わせる程圧倒する為に、まず5000から10000体は集めておこうと思う。だが墓を掘り起こすのではなく、合法的に不要の生者や死体を得る対策として、領土へ都市を一つか二つ、手に入れたいがそれも頼めるか?」

「なるほど……毎年多く出るであろう罪人や身元不明の遺体ですか、畏まりました。それと、楽しむという事でしたら、アインズ様があっと驚く戦略をお見せしなければなりませんね」

「ふっ、私の満足出来るものを期待している」

「お任せください」

 

 礼を取るナザリック至上主義であるデミウルゴスの表情には、満足げに笑顔が浮かんでいた。アインズの想像も出来ない戦略が見られるかもしれない。

 

「コキュートスよ」

「ハッ」

「威を見せるのは構わん。だが、大量殺傷には大義名分が無くてはならん。我々にはまだそれがない。また民あっての国という事を念頭に置いて欲しい。若い者や優秀そうな人材も残しておけよ」

「承知仕リマシタ」

 

 コキュートスも、主から先陣を任されウキウキとしている感じが伝わってくる。武人として誇りを持ち、ナザリックの先頭に立って戦う事こそが存在意義であると考える配下であったからだ。必ず主の心遣いに応えようと胸に期すものがあった。

 そして傍に居るアウラにも再び声を掛ける。

 

「アウラよ」

 

 アインズは気が付かなかったが、アウラは主様の皆への愛や御手より触れてもらっていることとナデナデの心地良さのために、頬だけでなくすっかり耳まで真っ赤になってしまっていた。声が少し上吊ってしまう。

 

「は、はいっ」

「カルネ村の傍の森に、『森の賢王』と呼ばれる伝説の魔獣がいる。お前の報告にも脅威にはならないと載っていたんだが、そいつは縄張りとして結果的にだが、カルネ村周辺を百年以上ずっと守って来ているらしい。これから会いに行こうと思うが一緒に来てくれるか? 会ってみないと分からないが、出来れば殺さずに地上の戦力に組み入れたい」

「あ、多分あいつですねっ。分かりました、是非お供させてくださいっ」

 

 アウラは主を見上げ、元気一杯でとても嬉しそうに微笑む。

 彼女もアインズより『十分綺麗でかわいい』と言って貰えた時から、主様を敬愛する乙女の一人である。

 

(アインズ様と、一緒に行動出来るっ。なんて嬉しい気持ちなんだろ。マーレはズルイなぁ。こんな気持ちでずっと居られたなんて)

 

 アウラは、これはもうご褒美だとニコニコウキウキしていた。

 

「セバス、王城行きの準備はどうだ?」

「はい、順調に進んでおります。一台『質素な』馬車をご用意しております。あと、ナーベラルの準備も一通りは」

「そうか、王城行きも戦略への前振りなのでな、セバスにはまた留守を頼む事になるがよろしく頼む」

「はい、承知いたしました」

 

 セバスは、常に表情は大きく変わらない。

 だが、他の者達と些かも忠誠の厚さが変わらない事は、その働きからも十分伝わってくる。要望に対し、彼は常に期待以上のものを返して来ていたから。

 時折、製作者で至高の仲間に加え恩人のたっち・みーさん的雰囲気を感じる事がある。セバス・チャンはNPC達の中でも、安心感と常に身を引き締めないと、という気を起こさせる有り難い存在だ。

 最初の戦略会議はここで終了となる。この後はデミウルゴスとアルベドとで概案を出してくれるのを皆で確認し修正を加えた上で、決定項を出す。

 精神面を含め二つほどアクシデントは有ったが、取り敢えずこのナザリックを配下達が納得する方向へ持っていけたかなと、アインズは皆を率いる指導者としてほっとしていた。

 しかし、『予定は未定にして決定にあらず』とはよく言ったものである……。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック戦略会議が行われたのは、アインズが冒険者モモンとしてンフィーレア・バレアレを大都市エ・ランテルへ送って二日先の昼頃である。

 それまでの間も色々な事があった。

 

 まず、ンフィーレアへ密かに監視が付いた。

 カルネ村からエ・ランテルへの帰途に就いた際、村に居た八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)一体が不可視化の状態で、クレマンティーヌに気付かれない離れた位置にずっと付いて来ていた。カルネ村側の守備は、いずれ少年と共に戻ってくると考えられることから蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)3体で据え置かれている。

 一行は村から一時間程行った辺りでモンスターに初めて襲われるが15体のモンスターを即座に打倒して終わる。ンフィーレアから、モンスターの一部、大抵は耳らしいがそれを組合に提示すれば実績とお金になると聞き実行する。その後は無事にエ・ランテルへと到着した。第三城壁門を通り第二城壁門の傍まで送られるとンフィーレアは、約束の金貨10枚をモモンへと渡す。

 

「あの、次はここまで報酬は出せませんが、また近々カルネ村へ行きますので、モモンさんの名を指定して組合にお願いしておくつもりですけど、いいですか?」

 

 少年は笑顔でそう告げてきた。良い少年である。縁を無駄にせず大事にする。大成する人間には不可欠といえる要素の一つだ。

 

「はい、是非に。お待ちしています」

 

 モモンは新米冒険者として当然有り難く受ける。ンフィーレアはこの街では有名人。その仕事を多くこなすことは、信用に大きく繋がるのだ。

 ンフィーレアとモモン達は、笑顔で別れた。八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は不可視化の中、アインズへ会釈すると薬師の後を建物の屋根の上を移動しつつ護衛し始める。

 少年が引っ越すのは半月後の事である。

 

 次にクレマンティーヌがスレイン法国へ戻る為、同棲目的で冒険者モモンチームごと法国へ引っ張ろうとした。もちろんモモンは同意しない。マーベロは隣で冷静に状況を見ている。

 

「えぇー、モモンちゃん、一緒に行こうよー……法国でも仕事は出来るじゃん? それにぃ、イイことも毎日一杯出来るしー。んふっ」

 

 彼女は、艶っぽく右手の中指の指先を瑞々しい唇に滑らせ、身体も(しな)らせながら告げてくる。

 アインズが現在、もっとも懸念するのは六色聖典の諜報力だ。正体を隠すためのこの姿では、高位の対情報系魔法を使う事が数々の点で難しい。モモン達は部外者であり、クレマンティーヌへ過多として接触を察知されれば、常時監視対象に入る恐れがあるのだ。それはまず避ける必要がある。

 

「クレマンティーヌ、少なくとも君の希望が叶うまでは、不用意の行動は控えた方がいいと思うけど。君が苦労するほどの相手と組織なんだろう?」

 

 彼女は他人から意見されるのも大嫌いな事だ。六色聖典の本部施設でそんな事を言った者はほぼその場で半殺しにされている。しかし――伴侶は別である。

 クレマンティーヌは、悩む表情でモモンへ可愛く抱き付き見上げる。

 

「ん~~。モモンちゃんのぉ言う事は分かる。でもー」

「クレマンティーヌ、少しの辛抱だから」

 

 そう何気に語って、モモンは彼女の柔らかい金色の髪をナデナデする。

 彼の愛を感じる撫でと、言葉の中の『辛抱』という言葉に、『モモンちゃんが私を求めるの凄く我慢してくれてるー』と考え、自分もここは折れて合わせるべきと決めた。

 

「わ、分かったー。モモンちゃんの言う通りにするねっ」

 

 そうして調査内容と連絡手段の確認をすると、クレマンティーヌは名残惜しそうに何度も何度も振り返りながら離れていった。

 

 

 

 その少し日の傾き始めた、同時刻付近のカルネ村。

 エンリがゴブリン将軍の角笛を使った。

 これは、先日直接言われていたアインズからの指示。彼女の助けになるとして旦那様が使えと言うのだ、モンスターが出てこようと信頼して吹く事にする。

 もちろん、事前の根回しはしていた。村長を初め、村の皆にもアインズ様の指示だと周知済。また、吹く場所も村から少し離れた草地を選び、そこへカルマ値+100のシズが自発的について来てくれ、デス・ナイトのルイス君も護衛に来てもらっていた。アインズは、村のゴウン邸内で魔法の研究中となっている。

 彼女は、数度の深呼吸のあと、角笛を全力で吹いた。

 しかしその音色は、プーという貧弱に響く感じのものであった……。音色を響かせると、首に掛けていたゴブリン将軍の角笛は間もなく首紐と共に草地の風へ溶けるように霧散した。

 

「……あぁ…………」

 

 思わず声が漏れる。大事にしていた宝物が形を失い残念に感じる。

 さらに、30秒……1分……3分……草原に変化はない。ただ風だけが通り抜けていった。

 

「……あれ?」

 

 何か失敗したのかと、エンリの顔は少し青ざめた。旦那様から頂いた初めての贈り物で宝物が、玩具の感じでスカし音だけを残して消えてしまったのだから。

 どうしよう、そう彼女が思い始めたころ、遠く森の方角から草原を駆け抜けそれはやって来た。

 人間よりも背の低い、肌はもちろん緑で亜人種の者達だ。

 しかし、それらは皆鍛え上げられた肉体をしており、明らかに普通のゴブリン達では無かった。エンリ達の前へ歪ながら整列する。

 

「俺達をお呼びですね、姐さんっ。俺はリーダーのジュゲムと言います」

「あ、姐さん?」

「ええ、俺達は姐さんに仕える為だけにやって来ました。なぁ、みんなっ」

「「「「「「おおおおおっーーー!」」」」」」

 

 こうして、エンリを手伝う十九体のゴブリン軍団がカルネ村に加わった。

 

 

 

 アインズとマーレは、冒険者組合へ仕事の完了とモンスター退治を報告した。

 組合へは昨日、請け負った段階でンフィーレアが経費の銀貨を受付に支払っている。冒険者組合へ報告が無いと実績に繋がらないのだ。さらに、失敗を成功したとの虚偽申告は、バレた時、信用失墜に加えペナルティーが当然あり、ズルは全く得にならない。

 今日は三組ほどの冒険者達がロビーに居た。相変わらず皆の目が、モモン達に終始集中している。二人はモンスターの鑑定が終わり賞金を受け取ると、手を繋いで組合を後にした。

 モモンらは第二城壁門を通り、最も奥の第一城壁門の前へとやって来る。そして、冒険者プレートを見せ、そこを通過した。2日前、二人はここへは進むことが出来なかった。これは城塞都市の仕組みの参考検分でもある。

 

「マーベロ、一通り見たら宿に入ろうか」

「は、はい、モモンさん」

 

 手をしっかり繋いでいるマーレは、とても嬉しそうに笑顔で主を見上げ歩き出した。

 第一城壁門内は、貴族や大商人等の上級層の屋敷が集まっている。都市の行政施設や神殿と巨大である兵糧備蓄倉庫が置かれていた。

 

(アンデッド以外の軍勢の場合は、水と兵糧の確保を考えなくちゃいけないんだなぁ)

 

 よくよく考えると戦争に於いてアンデッドの兵ほど重宝するものは無い。水と食料はいらず、不眠不休が可能で、疲れも無いときている。

 ユグドラシルではNPC以外はプレイヤーなので、種族がアンデッドでも不眠だけはどうしようもなかったが、ここでは現実。

 ナザリックの戦力を温存することを考えれば、兵糧倉庫は最重要といえる施設の一つになるだろう。

 二時間半ほど一通り街並みを確認すると、モモンとマーベロは第一城壁門外へと移動した。ここから二人は、さらに第三城壁門内の宿街区画へと向かう。

 先程組合の掲示板を確認すると、(カッパー)向けの仕事をいくつか見つける。しかし、期間が少し長い案件が並んでいた。カルネ村へ今夜、少し寄るつもりでいたが、明日に移してもいい。これから出て、明日終える仕事があればそちらを選んでも良いと考えていた。だが、明後日は戦略会議があるため、そこまで伸びるとダメなのだ。

 結局、どれも条件に合うものは違い、諦めて組合を出る。そして、クレマンティーヌに見られたようなケースを避けるため、形としてだけ宿屋で宿泊することにした。明日一番で組合へ行き、適当と思える仕事が無ければ冒険者モモンチームとしてエ・ランテルを一旦出る予定。

 一泊二人で銅貨13枚の宿へ入る。既に夕刻の時間で、周りは曇り空によりさらに暗く感じる状態であった。

 木製の窓の鎧戸は締められており、受付で貰った蝋燭の明かりが室内を僅かに照らす。

 

「部屋の周囲は大丈夫かな?」

「はい、こちらを窺っている様子はありません」

 

 モモンが頷くとマーベロは机に置かれた蝋燭の明かりを消し、〈転移門(ゲート)〉を発動する。

 

 マーレ達二人は、一瞬でナザリックへと戻って来た。

 アインズは〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉を解除する。マーレも白いローブを脱いでいつもの姿に戻った。

 そして共にそのまま第三階層へ降りると、アインズは再びあの霊廟に集められたスレイン法国の騎士の死体から、蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)3体、デス・ナイトを10体生成する。

 もうなんとなく、日課のように熟す感覚。

 

「うぅむ……死体が少なくなってきたな」

「あの、僕が一杯集めてきましょうか?」

 

 主の危惧を解消すべく、当然の様にマーレが主を見上げつつ笑顔でそう尋ねてきた。

 どうやるのか、それも一杯……数千では済まない気がする。アインズは、明日の朝にはどこかの都市が忽然と地表から消えているという予感がした。そのまま素直に「そうだな」とは言えなかった。マーレのオッドアイの可愛い瞳から、元気で眩しい輝きを守る為にも、無用といえる国家的争いの火種にならないためにも。

 しかし、完全に断るのはマーレの気持ちを無にする事になる。アインズは妙案が何かないかと一瞬で必死に考えた。

 

「……今晩、それに関して用を頼むことになるだろう、シモベを少し集めて待っていてくれ」

「は、はいっ、では直ちに」

 

 マーレは、アインズから直接の仕事を貰えそうなことで、その場を十二分に満足し、慌てつつも乙女走りで可愛く去って行った。

 ナザリックの者達にとって、絶対的支配者から仕事を貰えるという事は信用されている事、必要とされている事を意味し存在意義と言っていい最高の喜びであるのだ。

 ―――このあと夜に変わり、カルネ村へ寄ったアインズは例の新しい対情報系魔法を八か所へ設置の後、エンリへスレイン法国の騎士団に襲われた近隣の4つの村について確認し、点在した村々なのでまだ全てが放置されたままだとの情報を得ると、マーレへ〈伝言(メッセージ)〉で死体回収の指示を行っている。

 

 

「アインズ様」

 

 霊廟にアインズだけがいると思ったが、マーレの退出と入れ替わる様に可愛らしい澄んだ声が掛かった。

 そちらへとアインズが目をやると、戦闘メイドプレアデスの六番目の娘、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータが胸の前へ両手で大事に持った箱の中に指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を乗せて静かに近付いて来た。彼女は、裾が斜めにカットされ短い形の黒味掛かった紅色系の着物に、白いエプロンを付けた風の衣装装備である。

 

「姉のユリから、こちらにおられるアインズ様へと」

「そうか。エントマよ、ご苦労」

 

 アインズは、エントマから指輪を受け取り右手の薬指に通す。

 そういえばと思い出すように支配者は胸元より飲食蟲を取り出す。

 エントマは蜘蛛人(アラクノイド)でムシツカイの職業レベルを持つ。アインズの今持っている口唇蟲(こうしんちゅう)も飲食蟲も彼女から借りているものだ。

 

「この者らは、とても役に立っているぞ。お前からも褒めてやってくれ」

「それはよろしゅうございました。よしよし」

 

 蟲達をエントマは、撫でて愛でてやる。蟲達は彼女の手にすり寄っていた。

 

「ところで、恐怖公の所に居る捕虜達の世話を、エントマが見ているとセバスからの捕虜関連資料にあったのだが?」

「はい、捕虜達に直接会っている訳ではありませんが、恐怖公の協力を得て少し配下の者達を指揮させてもらっています」

「そうか」

 

 エントマから小窓越しで捕虜へ質問された項目について、すでにいくつか得られた興味深い情報が、戦略会議の資料で報告される予定になっている。

 アノ区画に住まうモノ達は、眷族が違っても虫ではある。エントマに使えない訳では無い。また、彼女に逆らって進んでおやつになりたくもないだろう。

 捕虜の陽光聖典44人は枷に付いたアイテムで魔法を完全に封じられていた。更に枷は手首をクロスさせる形と足首をクロスさせる形で固定されるもので非常に動きを制限されている。基本、皆が魔法詠唱者で人間なのだ。かなり非力といえる存在になっていた。アノ区画の住人(ゴ●ブリ)たちの多くが、レベルで上回るほどに。

 捕虜達は、エントマの指示により食われることは無かったが……まさに生き地獄を見ていた。

 

 

 

 

 

                 ※ ※ ※

 

 

――――進撃ノニグン1

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の第二階層の一区画、通称――黒棺(ブラック・カプセル)

 その男は、ここがどこなのかも分からず床に転がり喘いでいた。

 壁や床は硬質の石で出来ている様子。ずっと見上げる程高い天井近くに魔法に因る灯りだろうか、炎が揺らが無い光源がある。その光は弱く全てが薄暗く広い密室だ。魔法も使えず、時計も無いため時間すら全く分からない。全ての状況が精神的に攻めて来ていた。

 

(く、くそう。何故、私程の男がこうなったのだっ)

 

 囚われた屈辱がある。

 彼の名は、ニグン・グリッド・ルーイン。

 数少ない第四位階魔法の使い手で、スレイン法国の栄えある特殊部隊、六色聖典の一つ陽光聖典の隊長である。それにより最近、彼は漸く下級貴族となって、中級貴族の三女の娘も娶っていた。しかしこの地獄ではそれらに何の意味もないのだ。

 彼がここで初めて気が付いたときの事は、思い出したくもない。装備はすでに全て剥がされ、手足は拘束され、素肌が剥き出しの薄い粗末な布の服が一枚のみ。

 

 そして――身体は顔を初めアノの群れに覆われていた。もちろん服の中までも。

 

 這い回り蠢くチクチクとする感覚。虫だ。あの忌まわしい臭い。気が狂いそうになる。その状況が、終わりなく続く。

 唯一の救いは一日程に一回の食事時間30分程のみ。この時だけ虫が身体から離れていく。食事は本当に、虫が運んでくる状況も内容も最低だ。これが二か月続けば栄養失調に陥るだろうという代物。

 4回目の食事までは、その閉じられた世界のサイクルに何も変化が無かった。

 気が付いてからの最初の数時間は虫を殺そうと懸命だったが、体長が10センチを超えるソレらが我々よりも『頑丈』だということを思い知っただけであった。殴った腕や拳、踏んだ足の方が怪我をするのだ。

 もはや、このまま死を待つのか……イヤダ、助カリタイッ!……それらの溢れる思考のループが延々と続く。

 周りには、部下の者達もいるが、全員が徐々に抵抗する気力を無くしていった。

 しかし、4回目の食事の少し後のことだ。

 食事もそこを通ってやって来る通気口のように狭い小窓から、天使の雰囲気もある優しい女性の声が聞こえて来た。

 

「皆さん、助かりたいですかぁ?」

 

 しかし内容は悪魔の囁きと言えた。もちろんだという答えしか浮かばない。

 ここで目覚めてからは、ずっと仲間のうめき声しか聞いていない気がする。しかし、周囲の者達は一斉に反応した。

 

「たっ、助けてくれ!」

「こんなところで死にたくないぃぃ!」

「な、なんでもするからここから出してくれっ!」

 

 もはや、多くの者の心が、戦慄の虫攻撃でへし折られていた。

 もちろんニグンも例外では無かった。

 

「私は隊長のニグンだっ! 私だけがこの中で第四位階魔法の使い手で、もっとも情報を知っている。つまり一番価値のある者のはずだっ。早く出してくれっ」

 

 恥も外聞もない。全てを押しのけ、まずここを抜け出したいというその一心だ。

 法国に殉じてこのまま死ぬという高尚な考えは、残念ながらニグンにはなかった。

 彼の精神に最後まで残ったのは、生存と出世のみ。

 今置かれている現状には、誇りも何も存在しない。ただの放置されたゴミ屑に等しい存在。そんな最後は御免だと。

 不思議な事に彼等は誰一人自殺していない。それは、彼等の魔法を集団で封じたアイテム効果に思考操作も有り禁止されていた。彼らは皆、貴重な情報源なのである。

 だがニグンの思考にそういったことを考えている余裕を失い、助かる為の思考とそのあと何とかここで取り入って成り上がろうという思いに費やされていた。

 

「じゃあ、隊長さんに少し尋ねますぅ」

「そ、その前に虫を何とかしてくれぇっ」

「……嘘をついたらカジカジさせますからぁ、それも口の中からですよぉ。そのつもりでぇ」

「わ、分かっている」

 

 もはや、デス・オア・ライブである。

 女の声が「隊長さんから少し離れてぇ」と告げると、信じられない事にニグンを覆う虫だけが周囲へ待機するように離れた。つまり、『口の中から』と言うのは至極簡単な命令という事。

 ニグンは女の質問に従い、いくつかの真実を正直に語った。

 そして女は満足する。

 

「じゃあ、またぁ。これが役に立てば助かるかもねぇ」

 

 ニグンの「あ、あのー、おいっ、私を外に――」の叫び声も空しく、無情にも小窓の傍に居た女はそのまま去って行った。

 彼は再び虫に覆われる。すでに裏切り者といえる陽光聖典の隊長は、グッと耐えた。これが一縷の望みに繋がっていると信じて。

 

 ニグンは、魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンが何者だろうと考える。

 この状況は、確実にあのアインズの組織に拉致されているのだろう。第四位階魔法の使い手の自分が全く手も足も出ないのだから。

 正直、敵対する相手では無かったと、撤退しなかった事を心底悔いていた。

 法国秘蔵の最高位天使すら剣の一撃で容易に屠る天使の配下。その直後にアインズの放った超魔法。これまでの常識外といえる想像を絶する力だ。

 経験から対抗出来そうな可能性が有るのは、漆黒聖典のみだと確信している。

 だが彼等とてこの状況を作り出せるだろうか……。

 あれだけの使い手とこの大掛かりな施設を有するとなると、規模の大きい組織だと思われる。

 ニグンの思考に浮かんだのはただ一つ。

 

(これは、あの噂の秘密結社ズーラーノーンか?)

 

 法国が誇る諜報部隊、風花聖典ですらほとんど情報を掴み切れずにいる組織である。

 現状、ズーラーノーンを頂点に、十人程度の幹部を持つ組織があるというぐらいしか掴んでいない。

 強さや言葉振り、指揮の様子を見てアインズ・ウール・ゴウンが頂点に立っているズーラーノーンその人の可能性を感じていた。

 

(しかし、では何故王国戦士長達を助けたんだ……?)

 

 虫が這いまわる耐えがたいこの押し寄せ続ける感覚に耐える中、ニグンには疑問が残った。

 

 5回目の食事を受けて少しすると、またあの女から尋問を受けた。その時だけ虫が居なくなるという、他の者が味わえない束の間の解放の優越感を覚える。

 また、この再度の尋問は前回の情報に価値があったのかもしれないとも考えた。これは、この場からの脱出にまた一歩近づいているのかもと、広がる可能性に内心で期待を寄せていく。

 今回も質問が終わるとニグンをこの場へ放置し、女は去って行った。

 だが、予想通り。――きっと次もある。まだまだ話していない情報がいっぱいあるのだからと考えていた。

 一方ですでに、周囲に転がる嘗ての配下達からの視線が鋭いのを感じている。

 

 助かるのは――隊長だけではないのか、と。

 

 ズルイ、汚い、裏切り者、自分の事しか考えていない、それでも隊長か、と。

 

(なんとでも思え、だが俺はお前達よりも優秀であるだけ。死ねばすべて終わるのだっ。それにお前たちも自分の事しか考えていまいっ?)

 

 虫に顔まで覆われながら、ニグンは独りよがりな優越感に歯を見せほくそ笑んでいた。

 

 

 ニグンの進撃が静かに始まる――。

 

 

 

 

 

 

                 ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 拘束した陽光聖典の45名の内、1名だけシズが射殺した魔法詠唱者の遺体があった。それは回収後、基本各種実験に使われている。

 その実験の幾つかによって、死体1に対してアンデッドは1体しか作成出来ないことが分かった。頭と心臓等他の部位では頭側に吸収される事が確認出来た。ただ、頭が無い場合は体側の一部だけでも不滅のアンデッドは作成可能の様子。

 また、遺体の一部はセバス経由で支配者に許可確認されエントマの胃袋にも収まっていた。

 エントマは改めて主へと礼を述べる。

 

「アインズ様、お肉を分けて頂きありがとうございました」

「うむ。今後、安定供給については手を考えている。それまで少し我慢させてしまうかもしれんがよろしく頼む。あと捕虜の方もな」

「はい。他に手が必要な時には何なりと」

 

 未知の世界へ来て、難しい事が多い中、死体がナザリックの貴重な戦力になることが分かってきた。そんな時に配分されてきた『新鮮なお肉』であった。特別であることは間違いないだろう。主様の気遣いを彼女はとても嬉しく思じていた。

 エントマは着物風の衣装装備の両袖を前で合わせ、改めて忠誠の気持ちを込めて恭しくアインズへ頭を下げると霊廟を後にした。

 この後アインズはカルネ村へと移動する。

 しかし滞在は2時間程であった。対情報系魔法の設置と、近隣の村の状況確認、そしてゴブリン将軍の角笛の使用結果と顔合わせ。

 絶対的支配者は、ゴブリン軍団の面々から主エンリの旦那様として『御屋形様』と呼ばれることになった……。

 アインズはまだ用があると、エンリに切ない顔をされつつも、早々に再度ナザリックへ戻る。

 

 彼にはまだ先にやることがあったのだ。それは明後日の戦略会議の準備ではない。

 自室に籠っての新戦力となるNPCの調整である。それを翌朝まで行うと、一旦マーレと大都市エ・ランテルの宿屋へ戻り、冒険者組合を訪れるも条件に合う仕事依頼は結局無かった。

 ンフィーレアからの依頼もまだ出ていない様子。それを確認し終えると、モモンとマーベロは第三城壁門を出てエ・ランテルから退去した。王都へ続く西側へ向かう街道は森の中を通る。そこで人気(ひとけ)が無くなる場所から〈転移門(ゲート)〉でナザリックへ速やかに帰還した。

 それから、再度自室に籠ってNPCの最後の調整を進める。そうして日付を遥かに越え、翌朝もいい時間となって漸くすべての設定が終わる。あとは起動するだけとなった。

 ナザリックで5年ぶりぐらいとなる新しく起動(ロールアウト)されるNPCのはずである。

 だが、アインズは自らのNPC、パンドラズ・アクターを起動してからすでに8年ほど経っており、起動方法が朧気であった。

 そのまま装置を操作しそうになったが、不測の事態を考えて書庫でマニュアルを再確認してからと考えた。

 しかし、このまま起動していた方がよかったと彼は後悔することになる……。

 アインズは、同階層の書庫である大図書館『アッシュールバニパル』にて、NPC作成・調整装置に関するマニュアルを探す。だが結局、種族がスケルトン・メイジである司書長のティトゥス·アンナエウス·セクンドゥスに置き場所を確認して思い出しやっと閲覧出来た。計1時間程で自室に戻る為に書庫を出るも、彼は廊下でアルベドとシャルティアらに捕まり、気が付けばそのまま会議室に連れ込まれていた――。

 ちなみに一昨日の夜から昨日の朝までの、ナザリック内の護衛はエントマ・ヴァシリッサ・ゼータであった。終わった後にナデナデしてあげる。彼女の髪は蜘蛛の鋏角(きょうかく)(上顎)である。流石に結構固い。彼女の顔は作り物であるが感情に対していくつかの表情に変わる。撫ででやると、目を細めた嬉しそうな表情に変わっていた。

 そして、昨日昼前からの護衛はルプスレギナ・ベータである。

 

「では、ルプスレギナよ、この場での警護を頼んだぞ」

「はいっ。アインズ様、いつまでもお待ちしていまっす!」

 

 至高の者達の個室区画前通路にて当初、語尾が怪しいながらもそう元気良く告げてくれたが――朝にはいなくなっていた……。一般メイド達と朝食に行ったままのようである。

 お腹が減っていたようだが、あとで状況を聴いて失態を知った姉のユリにより、お仕置きとしてスパイクガントレットでぶん殴られたという。

 

 

 




次、まだ細々残ってますが、王都編っす。
ニグンエェ……(汗

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