オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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注)モモンの口調については、鈴木悟の素の口調になっています


STAGE18. 支配者王都へ行く/各思惑ト震エル某国(2)

 王都リ・エスティーゼの北西門から続く大通りを中心部へ進んで行くと、白亜造りの外観をした8階層もある一際豪華で立派な建物に気付く。ここは地方の男爵や、稼ぎの良い商人達が泊まる最高級宿屋の施設である。敷地内もしっかり手入れと整備がされており、噴水のある広い庭や厩舎、馬車小屋等を完備している。

 その建物にある最も広い部屋を借りている集団があった。

 王国で『朱の雫』に続き二番目に誕生したという、アダマンタイト級冒険者チーム『(あお)の薔薇』である。

 メンバー五人はすべて金髪女性で構成されている。

 最上階の、バルコニーへ続く窓際に置かれた装飾の施された机の席で、優雅にお茶(ティー)を楽しむ少女へ大柄の女が近付く。

 

「で、リーダーはそいつに会うのかよ?」

「そうね、そのつもりだけど?」

 

 確かに五人は女性だが、一人だけミディアムに伸ばした後ろ髪を少し刈上げ、逞しい筋骨隆々の男よりも更に漢らしい紫蘇(しそ)色の重装備で巨躯の者がいる。その人物が、白銀の鎧を身に付け少々少女チックの雰囲気も漂う緑の瞳で美しい乙女へ話し掛けた。

 リーダーと呼ばれたのは、椅子に座る弱冠19歳の少女、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。

 王国貴族アルベイン家の令嬢でもあるが、英雄に憧れてすでに家を身一つで出て来ている者だ。武器に魔剣キリネライムと浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)などを持つ。

 そして、『リーダー』と声を掛けた四角い顔の大女がガガーランである。

 アインドラ家を飛び出したばかりの頃の、無謀染みる戦いに臨んでいた小娘のラキュースを助けたのがきっかけで、彼女の「英雄になりたいんだってばよ」の本音の言に意気投合し世話を見ながらそれからずっとチームを組んでいる面倒見のいい女である。

 

「その、アインズ・なんとか・ウールだっけ? そんなに凄いと思うか?」

「アインズ・ウール・ゴウン殿ね。でも、あの戦士長殿が認める程の人物ですもの、只者ではないわ。ちょっと楽しみね」

 

 ラキュースはガガーランの問いへ素直に答える。実際、この広い世界に強い奴はまだまだ居るはずだと。そこの高みへ一歩でも二歩でも近付いて行きたいと考え、真の強者へ憧れている彼女は、そういった者達に会って色々話をしたいと思っている。

 

「まあ確かに、あのガゼフのおっさんがあそこまで機嫌がいいからなぁ……ティアとティナは、ゴウンというヤツをどう思う?」

「「おっさんに興味はない」」

 

 ベッド脇へ座っている二人の声が完全に揃う。

 ティアとティナは少し小柄で双子の美少女姉妹である。

 元々、帝国を中心に名の知れた暗殺集団『イジャニーヤ』の頭領三姉妹の内の二人で、ラキュースを暗殺に来て返り討ちに遭い、説得されてそのまま入団したという経歴がある。今は、二人とも仲間の為に死ねる程の信頼関係が出来ている。

 姿も得意の忍術を使いこなすに相応しく、体にフィットしたビキニ風の超金属製で広めの胸当てや、前垂れ布のある六分丈ズボン風な腰回りに、金属防具のある鎧ブーツを履いた動き易い衣装装備をしている。旋毛(つむじ)辺りで髪をリボンで縛っているため、二人とも髪が後頭部上で逆さ箒のようになっている。また、リボンや紐、布などの装飾について、青色で統一しているのがティア、赤がティナである。

 

「まあ、そう言うなよ、ティア。ティナも」

「……魔法系だけなら、私達みんなの連携の方が優れているはず」

「私達五人に隙はないから負けないはず。まあ、会うだけなら」

 

 

 姉妹は仲良くぶっきらぼうに答える。ティナの「会うだけなら」という言葉にティアも頷く。

 ガガーランはその返事に納得すると、メンバー最強の者に尋ねる。

 

「同じ魔法職のイビルアイはどうだよ?」

「ふん、本当に強い奴がいるなら会ってみたい。(懐かしい顔かもしれないし)……だが、実際にはほとんどいないがな」

 

 フード付きで内側が真紅の黒いローブを纏い、額の箇所に赤い宝石の入った仮面を顔に被った、五人の中で子供ほどにもっとも小さい身体の少女。基本、黒をベースにアクセント的に赤の彩色と抜きの有る洒落た妖精風の服装をしている。

 

「まあ、確かにおまえさんみたいな強さが、そうそう居る訳ないとは私も思うよ」

「楽しみは取っておこう。そのゴウンというヤツの、姿と動きを見れば直ぐに分かる」

 

 イビルアイの言葉にリーダーのラキュースが相槌を打つ。

 

「そうね。あと5日後にはいらっしゃるみたいだし、楽しみにしておきましょう」

「まあ、そうだな。世話になってるし、ガゼフのおっさんの顔も立てないとな」

 

 アインズに対しての、ガゼフから依頼された顔合わせの件は受諾の方向で決着する。

 

「おっさんで思い出したけど、それにしても王国は五つの村の襲撃と、戦士長暗殺の件についてスレイン法国に何も抗議しないらしいなっ。馬鹿じゃねぇのか?」

 

 ガガーランは、先日決まったというカルネ村を含む襲撃行為に対する王国の最終決定に失望していた。

 

「いろいろあるのよ。それでもし、スレイン法国が『全部部下が個人的にやった事』、『闘いたいのか?』と戦争を仕掛けて来たら王国は終わってしまうかもしれないってね。戦士長らは生き残ったわけだし、小さい村五つの被害だけで、国家間の戦争の引き金を引くかの『賭け』は出来ないってことだと思うの」

「そういう問題か? 正義は何処へ行ったんだっ、全く」

 

 ここで、国堕としとも言われる二つ名を持つイビルアイが割り込む。

 

「国という規模になれば、耐えたり、守る正義もあるって事だろ。がむしゃらな正義だけでは大量の不幸を生むことになる。簡単じゃないさ。ガガーランも本当は分かっているだろ」

「ふん、せめて生き残った奴にはいい人生を送って欲しいものだよ」

 

 国はどのみち何もしてくれない……というか、毎年の帝国との戦費に今干上がりかけている状況でも、今後更に搾り取ろうとするだろう。ガガーランはすでに国に期待はしていなかった。期待できそうに思う人物はラナー王女周辺ぐらいである。

 

「そういえば、明日はまた例の件(八本指)絡みの探索だって?」

「ああ、そうそう、それでね――」

 

 ラキュースが声を落とすと、仲間達は自然に集まった。

 アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』は今日も、リ・エスティーゼ王国第三王女ラナーからの依頼で裏社会からの王国経済への侵食行為に対して、打撃を与えるべく作戦を遂行していくのである―――。

 

 

 

 

 

 

 王都へと向かう馬車を進めるアインズ達は、予定通り裏街道の進路上に有る人気(ひとけ)の無い森を抜ける途中で一旦停車する。

 馬車の左の側面にある扉が開き、ナーベラルとソリュシャンが出て来ると扉外の右側へ並んで立ち、礼を取る。そして二人に続きアインズが静かに降り立った。

 

「では、ナーベラルにソリュシャンよ、下見の確認を頼んだぞ。〈転移門(ゲート)〉」

「はい、アインズ様」

「お任せください、アインズ様」

 

 ソリュシャンはナーベラルに連れられアインズの開いた〈転移門〉をくぐり、王都手前の馬車の再登場場所と宿泊地の確認へと向かった。

 もちろん事前にナザリックにて、防御対策強化済の『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)』を使い、概ね当たりは付けてある。帰りはナーベラルが〈転移(テレポーテーション)〉を使えるので問題はない。

 現在ナザリックは、夜間モードも強化された『遠隔視の鏡』20枚を使い、第九階層に用意された統合管制室にて、一般メイドと怪人風の男性使用人に加え、シモベ達が入れ替わりで主に俯瞰からの周辺への広域監視について24時間体制を敷いて行なっている。責任者は、種族が鳥人(バードマン)で姿がイワトビペンギンの執事助手、エクレア・エクレール・エイクレアーである。至高のメンバーの一人、餡ころもっちもちさんの作成したLv.1だが、Lv.100の守護者達とも普通に敬称なしで会話をする、セバスと比し執事助手としてはどうなのかというNPCだ。

 プレアデスの二人が消えた後、アインズは再度〈転移門(ゲート)〉を開いてナザリック地表の中央霊廟前へと馬車を進めさせ移動した。一行はそこで一度、解散となる。

 その中でルベドだけは、ずっとカルネ村へ居たため久しぶりの帰還である。だが、些か彼女の表情は冴えない。

 そんな彼女へ、アインズは優しく声を掛ける。

 

「ルベドよ、姉達に会ってくると良い。お前が私の為に活躍したことは、私から二人に伝えてあるぞ」

「……分かった、アインズ様。その……ありがと」

 

 ルベドが、至高の者達――つまりアインズを尊敬していない設定を、姉達であるニグレドとアルベドは心良く思っていなかった。そのため特にニグレドからは冷たくされていた。アインズはそれを知っており、少し仲を取り持ってやったのだ。ついでに少々気持ち悪い歪な赤ん坊の人形も、アイテムボックスより出して手渡してやる。

 ルベドは、仲良し姉妹を夢見ているため、アインズの心遣いへ凄く感謝する。

 彼女は、少し頬を染めて人形を受け取り、不可視化を解いた美しい白い翼を可愛くパタパタさせつつ、ぺこりと頭を下げると笑顔で第五階層の『氷結牢獄』へ急いで向かって行った。

 例の狂った赤子イベントの後、正気に戻ったニグレドは、少し緊張気味でいたルベドへこう言い送った。

 

「私の、可愛らしい下の方の妹、お帰りなさい」

 

 長い髪の隙間から覗く姉の顔の表情に皮はないが、ルベド程の戦士ならその見える筋肉の動きで全て有る様に推測出来る。それはこれまでに自分へと向けられた事の無かった顔であった。

 

 ニグレドの顔は――穏やかで嬉しそうに優しく微笑んでくれていた。

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国は、王族が全体の領土の2割、大貴族が3割5分、他の貴族が4割5分を治める封建国家である。

 また、国内には国王派と反王派の貴族達による二つの派閥が存在した。

 そして、それら貴族の頂点には六大貴族が存在する。

 六大貴族家は、領土、軍事力、経済力などの分野で王家を凌ぐほどの貴族達である。

 国王派閥の盟主はブルムラシュー侯。40歳前で金鉱山とミスリル鉱山を持ち王国一の財力を持つが、欲深くさらに、王国を裏切り帝国に情報を流しているとも言われる。

 次がぺスペア侯で王の長女を娶った人物。代替わりしたての、能力、人物共に将来性のある若者だ。

 そして、六大貴族で最も高齢のウロヴァーナ辺境伯。人物的には一番出来ている。

 一方、反王派は呼称として貴族派閥と言われている。盟主は50歳代のボウロロープ侯で、貴族中最も広い領土を持ち、国内平均に対して質の高い私兵と住民兵を有する戦士の風体の人物。軍の指揮力はガゼフよりも勝る。

 次はリットン伯だが、六大貴族ながら勢力と人物水準が一段劣る狐を思わせる小物。領地に王都へ最も近い商業上地を持つが、常に力を拡大させようと卑劣な手も多く使う為に貴族内でも評判が悪い。だが、常にボウロロープ侯へ追随する形で親密のため、多くの敵意は逸らせている。

 最後に、金髪をオールバックに固めた切れ長の碧眼で四十歳手前の長身痩躯のレエブン侯。農作上地と商業上地のバランスの取れた領土と、王国内でもっとも安定した領地経営を行う。

 リットン伯以外の六大貴族達は領土内に大都市を有しており、両派閥は三対三と力関係のバランスはある程度取れている様に見えた。

 

 反王派内では、王城での王国戦士長の報告会議の後、今回のアインズの王城への招待に際し、速やかに彼を味方に引き入れる為の話し合いが王都内にあるボウロロープ侯の豪奢な別宅屋敷で密かに持たれた。

 その席で、ボウロロープ侯が提言する。

 

「強力である手駒を得る絶好の機会よの。ふん、旅をする者ならば、金貨の重要性や定住の良さを知っておろう。それと下賤の者が、好みそうなモノも幾らか付けてやれ。経費に金貨3000枚までなら考えても良い。ふふっ、国王派が褒美に用意できるのは良くて300枚程度だろう。国王派の連中よりも早めに先手を打つのだ。リットン伯、どうかな?」

 

 リットン伯はいつもの調子で、ボウロロープ侯に媚びる様に相槌を打つ。

 

「ボウロロープ侯の仰る事に全く同意です。今こそ国王派閥の番犬どもに対抗でき、表に出せる者を抑えるべきかと。他の方々はどうかね?」

 

 国王派閥の切り札的番犬は、王国戦士長のガゼフ・ストロノーフだけではない。あろうことかアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』が、ラナー第三王女と強い親交を持っているのだ。

 これに対し反王派の一部は、第三王女の提言し施行されてしまった奴隷廃止実施の是非でもめていた折から、正体を隠し僅かに接触してきた闇の巨大組織『八本指』とも一部水面下で協力(黙認)する形になっている。現在、裏側より国王派側の経済を食いつぶさせている。広い意味では、その『八本指』側の凄腕がいるという部署を動かせないことも無い。だがそういった連中に大きい借りを作るのは未来展望的に極力避けたく、傘下にも独自の腕利きが欲しい状況である。確かに元冒険者でミスリルや白金(プラチナ)級の者はいるが、王国戦士長や蒼の薔薇相手にはまず対抗出来ないだろうから。

 この会合には近隣から集まった伯爵、大きめの元締め的子爵ら貴族達が十名ほどいたが、「異議なし」「賛成です」「協力いたします」などの声が上がり反対意見は起こらなかった。六大貴族のレエブン侯も「賛同します」と告げていた。

 

 リットン伯は率先して話し出す。

 

「恐らく私の治めるエ・リットルも通る事でしょう。また街道沿いの領主達にも(弱みを握る)知り合いは多いですからな」

「うむ。ではエ・ペスペルよりこちら側は、リットン伯に、エ・ランテル寄りはスタンレー伯にお願いしようか」

 

 両卿は、「盟主よお任せあれ」「分かりました」と引き受ける。

 その様子をレエブン侯は、少し目を細めながら静かに見ていた。

 

 動いたのはまずスタンレー伯である。エ・ランテル近郊からエ・ペスペルまでの息の掛かった子爵、男爵家に強めの指示を出していた。

 『近日、王城へ招待されるアインズ・ウール・ゴウンなる旅の魔法詠唱者一行が、貴殿らの領内を通過するはずだ。その折、我々陣営の戦力へ加わるよう、良く良く努めて接待せよ。なお、その者はかの王国戦士長を上回る強さだということであり、特に留意するように。また、相手は顔に仮面を被り、立派なローブを羽織る巨躯の人物との事だ。見事目的を達した家には金貨2000枚が送られよう。皆の助力について私をはじめ、ボウロロープ侯やレエブン侯にリットン伯らも大いに期待している』

 金貨2000枚という数字と上層部からの直接的要望に、最近の懐事情が苦しい家々は我先にと動き出す。臨時収入に加えて、成功すれば派閥内での待遇も随分変わってくるだろうと。

 エ・ランテル近郊の男爵家の一つ、ポアレ家でも二日間に渡り、家臣達ら騎馬40頭も使って情報を集めさせた。しかし、街道を通る商人や領内の村民に尋ねるが、誰もそういった姿の人物の一行の姿を見ていないという。

 

「ええい、大事な好機を逃してしまうわっ。それだけ目立つ風体ならすぐに分かろうに、何をやっておるのだっ」

 

 男爵は、帰還し報告に来る家来たちをそう言って叱責した。

 だがこの時、指示を受けたポアレ男爵家を含む貴族達は、アインズ達が旅の一行だとのみ知らされていて、移動手段は徒歩や乗合馬車などだろうと考えていた。そのため、運よく遭遇していた超高級馬の八足馬(スレイプニール)四頭が牽引する圧倒的豪華さの大型馬車が目の前を通過しても、ポアレ男爵の家来たちはただその豪華さに唖然と端へ避けて見送るだけであった。

 

 そののち、家臣らの不甲斐なさに業を煮やしたポアレ男爵は、ついにカルネ村へ家来の騎馬を一騎差し向けた。そこで初めて、アインズが高級馬車で出立していた事が分かり、その報は慌てふためく家臣によって急ぎ男爵へと伝えられた。

 

「で、では……先の報告に、とても豪華だったという八足馬の馬車が通過していったとあったが、それに乗って……」

 

 屋敷へ留まり、敷地内で迎え用に二頭立ての結構気を遣った馬車を用意していたポアレ男爵は、もたらされた知らせに自分の領地内での好機をすでに失っていることへ気付く。男爵は、ゆっくりとその場に膝を突いていった。

 さらに好機を逃したその悔しさから、アインズが豪華な馬車で移動しているという事実を掴んだこと自体どこへも伝えず、無かったことにしたのである……。

 

 

 

 

 

 さて、アインズはショートカットした4日程の時間をどうしたのかと言うと、もちろん有効に――冒険者モモンとして活動した。

 カルネ村からは結局一時間半ほど馬車に乗っただけで、時刻はまだ午前9時を少し過ぎたところ。待っていたマーレを連れて、城塞都市エ・ランテルの西方にある街道が通る森の、周りから気付かれない場所へ〈転移門(ゲート)〉を開き現れる。

 そうして慣れた雰囲気で街道を進み、エ・ランテルの第三城壁門を通る。

 既に特徴の有る二人の姿は覚えられており、「組合か?」と用向きだけ聞かれると、毎回お決まりの様に『ほどほどにな』の言葉代わりに親指を立てられて衛兵らに見送られる。

 

「全くちがう意味で注目されちゃってるなぁ」

「は、はい……(嬉しいです)」

 

 モモンの言葉に、手を繋ぐマーベロは嬉しそうに頬を染めて、語尾を口ごもりながら俯いている。いつもいつも仲睦まじく手を繋いでいれば、そう思われても仕方ないだろう。

 そうして二人は、真っ直ぐに冒険者組合へとやって来た。

 相変わらず、中へ入ると二人は注目を浴びる。だが、今日は少し違うように感じた。

 実はンフィーレアの仕事を受け、その帰途に15体ものモンスターをたった二人で倒したという話が広く知れ渡っていた事によるものであった。

 その内訳は、身の丈が2メートルを優に超える人食い大鬼(オーガ)が四体に他は小鬼(ゴブリン)である。モモン達にしてみればこんなレベルが100体いても大したことは無い。しかし常識では、プレートが(カッパー)の二人だけでは荷が重すぎる仕事量であった。普通なら逃げるしかなく、死んでいるのが当たり前という規模の相手なのだ。

 モモン達はすでに色々と注目されている。

 二人の装備への妬みや憧れから、その実力を皆が知ろうとしていた。そして当人達が知らないところで、どうやら見かけだけでは無いという話で広がりつつあった。

 モモンは受付へ寄る。すると受付嬢は彼へ伝えてきた。

 

「ンフィーレア・バレアレ様より、9日後にモモンチーム指名でカルネ村へ護衛の仕事が来ていますが、どうしますか?」

「(もう決めたのか。行動力も有るな)……そうですか、分かりました。その依頼、お受けします」

 

 モモンはその場で即決する。組合として上客である仕事を熟すと、当然多岐の評価にも繋がるのだ。この街ではバレアレ家は有名で組合の上客である。そして最近は、(ゴールド)以上の冒険者を雇っている事も知られていた。それが、(カッパー)のこの二人を再度雇うという話は、組合のロビーにいた数組の冒険者達を再度ざわつかせる。

 冒険者達は、やはり実力も重視していた。プレートは確かに重要なものである。しかし一方でこれまでの実績によるものなのだ。また過去に、遠方から来た新参の冒険者が実は英雄級の凄腕という物語みたいな話が伝わっている。

 モモン達もそれなんじゃないのかと、腕を頼りに生きている者達の本能的に強者への憧れのようなものが垣間見える。一方で、上手い話がそうそうあるものかと、否定的に疑念や(ひが)みを込めた視線も当然交じっていた。

 多くの冒険者達の目に晒されながら、二人は受付を離れて掲示板に向かう。深いフード内で解読アイテムの眼鏡を付けマーベロが張られている仕事を読み取っていく。そうして、モモンへと知らせた。

 

「モモンさん、僕達の条件に合う仕事は無いようです。仕事自体は有るのですが日程が被っていて……(カッパー)でなければあるのですが」

「そうか、どうするかな」

 

 折角来たのにまた仕事があっても選べない。(カッパー)級冒険者の辛いところである。

 新NPCを起動したあとにも、一度組合へ足を運んでいる。しかしその時にも、条件に合うものがなくナザリックに戻っていた。仕方なくそのあとは色々とエクスチェンジ・ボックスの実験をしていた。パンドラズ・アクターに命じ、至高の一人である音改(ねあらた)さんになってもらい商人系のスキルを使用してみる。すると、この世界の金貨を2枚放り込む場合は、ユグドラシル金貨1枚を吐き出した。しかし、岩石などでは相当量を放り込まないとユグドラシル金貨1枚にはならないようだ。ふとアインズは思う、放り込んだものはどこへ行くのだろうかと……。

 さて今日はこのあとどうするかと、腕を組んでいるところへ後ろから声が掛かった。

 

「あの、よければ私達と仕事をしませんか?」

「え?」

 

 モモンは誰だ、という感じに振り向いた。するとそこには若い男四人の冒険者の姿があった。首に掛かるプレートは(シルバー)の輝き。

 

「えっと……仕事って、ここに貼ってあるものですか?」

「いや、そこに無いものですが、組合には当然認められていますよ」

 

 四人の内、しっかりした表情のリーダと思われる金色の短髪で碧眼の青年が答えた。鎖帷子の上に金属の防具を革のベルトで繋いだ形の帯鎧(バンデッド・アーマー)を装着した戦士風の姿。

 ンフィーレアの件もあり縁は大切にしたいところである。とりあえず、話を聞いてみてから決めるかなとモモンは返事をする。

 

「分かりました。俺達の条件に合えば一緒に仕事をさせてもらいましょうか」

 

 その言葉を聞いて、リーダーの青年とその後ろの気の良さそうに見える三人は微笑む。じゃあ、向こうの部屋を借りて話をしましょうかと動きかけた時に、さらに声が掛かった。

 

「あ、あのっ、私もその話に噛ませてもらえないかなっ?!」

 

 モモン達と四人組は、声の方を見た。

 そこには、歳はまだ二十歳ぐらいの短めで乱暴に切られた鳥の巣風な赤毛髪の女が一人立っていた。単独の冒険者で居る故か、整った顔ながら鋭く青い瞳とつり上がって見える眉で勝気の表情をしている。首に掛かるプレートは(アイアン)。腰の太いベルトに剣を下げ、金属の防具は着ておらず、動き易そうである分厚い布革の服装をしている。

 結局、じゃあ話を聞いてからという事で、四人組の中で小柄のかなり若い少年が受付に行って部屋を借り、七人でそこへと入り八つあった席へ各々座った。

 ここに座る四人組や単独の女性も皆、年齢は二十以下ぐらいに若いが、青さは感じない。冒険者として死線を潜ってきているという事だろう。

 はじめに声を掛けてきた四人組の若き青年が、司会進行をしてくれる。

 

「さて、仕事の話をする前に皆さんも呼び方にも困るでしょうから、簡単に紹介をしておきましょうか。ではまず私から。初めまして、私は『漆黒の(つるぎ)』のリーダーのペテル・モークです。そっちに座っているのがチームの目や耳である野伏(レンジャー)、ルクルット・ボルブ」

 

 皮鎧の金髪の青年が皆へ頭を軽く「どうも」と下げる。少し痩せたように見えるが鍛えられている結果だろう。

 

「そして、魔法詠唱者でチームの頭脳、ニニャ。二つ名は"術師(スペルキャスター)"」

 

 「よろしく」と恥ずかしそうに、赤い紐で前を閉じる明るい土色をしたマントを羽織る少年は軽くお辞儀をした。まだ15ぐらいかもしれない、大人と言うには若すぎる笑顔の表情を浮かべている。若さと小柄さのためか声がかなり高く感じた。

 

「二つ名持ちですか?」

「こう見えても生まれながらの異能(タレント)を持っていて天才と言われていますから、こいつ」

 

 モモンの声にルクルットが答える。

 『生まれながらの異能(タレント)』という単語にアインズの目が兜の中で鋭くなる。

 

「へぇ……あの、どういったものか宜しければ聞いてもいいですか?」

 

 ンフィーレアの件がある。とんでもない能力なら早急に手を打たねばならない。

 生まれながらの異能については陽光聖典の捕虜から、二百人程度に一人はいるらしいと聞いている。ただ、生まれながらの異能については厳密に調べると、特殊能力(スキル)だけでは無く、職業による場合もあるのではないだろうか。カルネ村の住民を厳密に調べると生活に合った職業レベルを持った者は結構いたのだ。

 また強弱もあり、驚異的な能力の者は都市でも一名いるかなど極少数のようだ。だが、それらの者は世界級(ワールド)アイテム並みで特異の者だろう。しかし逆に多くの者は、生まれながらの異能がその人物の才に全く噛み合わないものも多い。噛み合ったら本当に幸運という確率だろう。

 ルクルットはニニャの方を向きながら知られても大丈夫そうに答える。

 

「魔法適性とかいうもので、習熟に八年掛かるところが四年と半分になるんだっけ? 魔法詠唱者じゃないと意味が無いから、俺はピンと来ないんだけどね」

 

 魔法職のアインズには興味深い異能であった。奪う方法はないだろうかという考えが湧く。ナザリックにはない力を得る事は強化に繋がるのだ。

 方法として可能性があるとすれば〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉ぐらいかも知れない。

 アインズの若干悩める感情の視線を前に、ニニャは自分自身の異能について答える。

 

「この能力を持っていた事は幸運でした。私の望みに近付く事を助けてくれていますから。これが無ければ、まだ村で何も前へ進んでいなかったかも知れません」

 

 物事には機というものもある。それに乗ることも助けた異能だったのだろう。万感が湧くニニャの声は暗く重くなっていた。

 ペテルはそれを切り換えさせるように、明るい声で進行する。

 

「まあ、この都市では知られた生まれながらの異能(タレント)持ちということです」

「でも、私よりも凄くて有名な人がいますけどね」

「……ンフィーレアかな」

 

 沈みかけた気分を、明るい場側へ切り替えたニニャの言葉に、この中で一番親しく良く知るモモンが答えた。そこへまだ名乗っていない二人が相槌のように続く。

 

「正にバレアレ氏は凄いですな!」

「あの少年かぁ」

「彼の力はまだ見た事はないんですけどね。さて、脱線しそうですし紹介を続けて貰えますか」

 

 モモンの勧めに頷き、ペテルが口回りに髭を生やした恰幅の良いメンバーを紹介する。

 

「では。彼が森祭司(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー。治癒魔法や自然を操る魔法と薬草知識に精通していますので、何か有れば声を掛けて貰えれば」

「よろしくお願いする!」

 

 ダインが低いずっしりとした声質で挨拶した。

 

「次は、そちらの女性の方、お願い出来ますか?」

「はい、私は戦士のブリタといいます。よろしくお願いします」

「あの失礼ですが、ブリタさんは確か冒険者チームに所属されていましたよね?」

 

 ペテルは、彼女が冒険者チームの多くの仲間といるところを数度、見た記憶があったのだ。

 ブリタは視線を落とし、複雑で少し辛い顔をしたが話し出す。

 

「実は3日前、チームで街道警備をしていた時、野盗の集団に襲われたんです。チームを二つに分けていたのだけれど、リーダー側の方は凄腕の剣士に全員斬殺され、私のいた方も数名が命を落とし三名は今も結構重傷で……。それで実質解散状態になってしまって……。持っていた手持ちは、怪我の酷い仲間に全部渡したので、仕事をしなくてはと……」

 

 恋人や夫婦ならその後の面倒も付きっ切りで見るだろうが、チームメンバーとは言えそこまでの義理は無いだろう。彼女が今一人で活動していることを非難する者はいない。

 

「それは大変でしたね。でも、あなたは無事に切り抜けてきたのですね?」

 

 彼女の今の元気でいる様子に、ペテルは腕が立つという意味もあって自然とそう尋ねたが、ブリタは首を横に振った。

 

「私も腹を刺された上、背中や肩を深く斬られて正直危なかったんだけど――購入したてだったけどバレアレ家製の治療薬(ポーション)を持ってたの。それを飲んで、最後の力を振り絞って必死で林の中へ逃げ隠れてやり過ごしたんです。傷は夜が明ける頃には全快していました。元気にはなったけど、仕事をするにしても流石に単独では危険が高すぎるので……」

「なるほど」

 

 ペテルの言葉に他の皆も、彼女が自分達に声を掛けた理由をハッキリ理解する。確かに腕が立つと言う訳でもない女一人で仕事を熟すのは難しいだろう。それに、他の冒険者チームに入るのも中々厳しい。

 若い女の身一つだと、女性チームか男女混合チームでなければ相当の覚悟が必要になる。

 幸いなことに、モモンチームは男女混合である。そして、チーム同士の協力で仕事を行おうという話を横で聞き、飛び付いたのだ。

 生きていくためには仕事で稼がなくてはならない。それが冒険者である。

 

「じゃあ、俺達の番かな」

 

 少し場の空気が固まるのを感じ取ったモモンは、営業経験を活かし場の流れを作る。

 

「そ、そうですね。お願いします」

「俺はモモンといいます。見てのとおり、剣には少し自信があります」

 

 背もたれの無い席に座っているが、彼の背負う二本のグレートソードは床に付くほどの長さとそれに見合う重量を擦れ起こす音から皆が推測出来た。

 

「そしてこっちに座っているのが、マーベロです。少し若く見えますが、第三位階までの魔法を習得してますよ」

 

 噂では流れていたが実際に紹介の言葉を聞き、皆から「おおっ」と声が上がる。

 一流とされるのが第三位階の使い手であり、間違いなく(ゴールド)より上位の冒険者チームでも主力として一目置かれる水準であった。

 特に反応したのが、ニニャである。マーベロは、身長やフードから覗く口許から随分若い風に……子供にも見える。それが天才と周りから言われているニニャよりも一位階上を習得しているというのだ。少なくともニニャよりも年上だろうと皆は推測する。

 一通り紹介が終わったところでペテルが本題に入る。

 

「それでは、仕事の話に移りましょう。まあ厳密には仕事とは少し違うんですけどね。つまり、この街周辺に出没するモンスターを狩る事です」

「そうか……モンスター狩りですか」

 

 モモンはなるほどという感じで納得する。仕事と違うと言うのは依頼では無いからだろう。街の周囲という広い範囲から、特定の種類を狙うという訳でなく行けば何種類も出没することだろう。

 人食い大鬼(オーガ)小鬼(ゴブリン)で報奨金に差があったが、おそらく強さによって金額差が有るようだ。よく考えると先日してもらった組合での倒したモンスターの査定には、仕事中かどうかは関係なさそうなのを思い出す。

 ユグドラシルでもモンスターを狩って、金貨やドロップアイテムを得た行為に近い。

 

糊口(ここう)を凌ぐのに必要な労働である」

 

 重みのあるダインの声がみんなの頷きを誘う。さらにルクルットがダメ押す。

 

「モンスターを狩る。それは俺達の飯になる。周囲の人達は危険が減る。商人も安全に移動できる。国は治安が良くなり税も取りやすい。損をする者は誰もいないという事っ」

「黄金の王女様のおかげですよね。今じゃどの国の組合でもやってますけど、五年前は無かった制度ですから。報奨金を街が組合に出してくれるようになっただけで、ここまで皆が嬉しい状況に変わったんですから」

 

 ニニャの言葉にもモモン達以外は頷いていく。

 基本、冒険者は国家とは距離がある存在なのだが、この制度によって冒険者も国に一定の感謝をするようになり、国も冒険者の存在を無視しなくなったという。

 ペテルはしみじみと言う。

 

「あの王女様は奴隷廃止等、本当に素晴らしい案を色々と出されるよ……殆ど潰されるというけど」

「あんな美人さんが嫁に欲しいー」

「それは、大貴族を目指すしかないである!」

「無理無理、それにああいった堅苦しい社会は御免だね」

「でも……ヤツらは住民から全てを絞り上げて、欲望のままに振る舞っても国を含めて誰からも咎められず、良い身分じゃないですか?」

 

 ニニャの笑みの表情と言葉には、羨むように思う部分が感じられない黒い雰囲気をモモンは感じた。

 漆黒の(つるぎ)のメンバーは事情を知っているようで、ルクルットが軽く突っ込む。

 

「相変わらず、痛烈だね。おまえさんの貴族嫌いは健在か」

「まともな貴族は極々一部。姉を豚に連れていかれた身内としては無理と言う話です」

 

 本題が逸れかけたので、ペテルが狩りについての話に戻す。

 

「とりあえず、そんなわけでこの街の周辺を探索する感じです。流石にさほど強いモンスターは出ないでしょうから、危険は低いかと。具体的な場所は、街から少し西側へ南下して……えっと、この辺りですね」

 

 そう言いつつ羊皮紙を持ち出しテーブルの中央に広げた。街道に森や川、都市や村など周辺について大雑把に書き込まれた地図である。彼はエ・ランテルの南西の森の手前辺りを指差す。

 

「その代わり弱いと報奨金もやっすいけどなー」

「それでも偶にオーガも現れる。油断は禁物だから。スレイン法国国境の森からモンスターが時々出て来るのでそれを狩ります。後衛まで攻撃が及ぶ武器を使ってくるのはゴブリンぐらいでしょう。彼らの飼う(ウルフ)にも注意ですね」

 

 ペテルの話をブリタは、仕事に噛めればいいと考えているようで黙って内容を聞いている。彼女も魔法の支援がある状態であれば、ゴブリンなら十分に相手を出来ると考えていた。

 一応モモンは尋ねる。

 

「強い小鬼(ゴブリン)とかはいないのかな?」

 

 カルネ村に現れたゴブリン軍団は、リーダーのLv.12を始め、最低でもLv.8はあった。

 

「森の奥には居ると思います。しかし彼らは部族を束ねている存在です。族長自身も出撃するような規模での戦闘は、人間達の間で厄介事になると理解していますので容易には出てこないかと」

 

 ここでニニャが、漆黒の戦士へ気を使う様に話し出す。

 

「えっと我々はいつも、危険の多い森には入らないので、草原では恐らく人食い大鬼(オーガ)が最大の敵かと。森には跳躍する蛭(ジャンピングリーチ)巨大昆虫(ジャイアント・ビートル)がいてこれぐらいなら何とか対処出来ますが、木上から糸を飛ばしてくる絞首刑蜘蛛(ハンギング・スパイダー)や、地面から丸のみを狙う森林長虫(フォレスト・ワーム)はキツ目ですね」

 

 モモンはふと忘れていた。

 『漆黒の(つるぎ)』達はプレートが(シルバー)、ブリタも(アイアン)なのを。一瞬皆が、ガゼフぐらいの感覚になってしまっていた。マーレに確認していないので正確には分からないが、彼らのレベルは恐らく高くても10そこそこなのだ。

 それでも、(シルバー)になれる水準である。

 まあレベルは下に合わせようかと、モモンは最後の質問をする。

 

「あと、期間と分け前はどう見込んでいます?」

「今日から二泊三日というところで考えています。前回それだけやって、各自一か月ぐらいは暮らせる程は稼げましたので。分け前は基本人数割り、但し働きは皆で話し合い考慮する。それで、どう……ですか?」

 

 前回は四人で金貨4枚無いというところか。今回も一人金貨1枚を見込んでいるぐらいに思われる。

 先日モモン達が15体を倒した時に金貨1枚と銀貨数枚であった。

 一人当たりあれより若干少ない数のモンスターが相手……いや安いゴブリンばかりなら、数は多いぐらいかと予想する。

 『漆黒の剣』達としては恐らく、チーム単独でも狩りは可能だが、15体を倒した(カッパー)チームと組む方が、安全を確保しつつ優位に交渉できると考えたのだろう。

 モモンとしては、情報を集めるのが目的というところもあり、一般の冒険者達がどう戦うのか見る良い機会でもあると考えた。

 

「分かりました。一緒にモンスターを狩りましょう」

 

 モモンの受諾の返事に、漆黒の(つるぎ)達は微笑む。そこへブリタもお願いしてきた。

 

「私も、日程とか大丈夫です。お願いできませんか?」

 

 ペテルがモモンの方を向き窺う。

 

「こちらは構いませんが」

「では、ブリタさんも一緒にお願いします」

 

 モモンの返事で、ペテルが笑顔でブリタへ告げた。

 

「やった、ありがとうっ! 困ってたんだぁ」

 

 ブリタは胸元で両手を握って喜びを表現する。

 ブリタの参戦へ、意外にニニャが嬉しそうな顔をしていた。

 モモンは、ここで皆に告げる。

 

「期間は短めですが、これで一緒に行動する仲間となったのですから、皆さんへ顔を見せておきますね」

 

 そう言って、面頬付き兜(クローズド・ヘルム)をゆっくりと外した。

 やはり、黒髪黒目で王国の者の顔の作りではない顔は、青年らに余り受けが良くないようだ。どうせおっさん顔である。ただ不思議にニニャと目が合うと、ニッコリしてくれたが。

 まあモモンよりも注目はマーベロだろう。マーベロも少し遅れてフードを下ろす。

 やはりどう見てもメチャクチャ若い。しかし可愛さや美しさに代わりは無く、それ以上に評価される。

 

「驚いたな……」

「マ、マーベロさん、めっちゃ美人じゃないですかっ。もう少し大人びてたら結婚を申し込んだところですよっ」

「まさに、妖精の如くである!」

「……綺麗……」

「……うわぁ、本当に美人で可愛いなぁ」

 

 四人の男性陣は兎も角、女の子のブリタからも、盛大に褒められていた。

 なお、マーベロの耳に関しては高度の幻術を展開して人間の耳にし、触ることも可能にしている。これは、法国で森妖精(エルフ)も差別の対象にもなっていると聞いたからだ。多少不自由だが、そういった部分でマーレを嫌な目には合わせられないと、アインズが考えての措置である。

 話し合いは纏まり、七名は組合を後にする。

 

 

 

 

 

 スレイン法国の神都にある、神官長直轄特殊工作部隊群『六色聖典』本部。

 真っ白で荘厳な石造りの建物が犇めく広い中央大神殿敷地内でも奥に置かれており、場所も存在も極一握りの人間しか入れない区域に国家レベルで隠蔽されている。

 このため、一部地上の施設もあるが大部分は自然と陰気な地下が多い。幸い魔法で調湿されており、カビなどで悩むことは無い。

 そんな施設の中でも、特に立ち入りが制限されている場所がある。国家最高戦力と言われる漆黒聖典の区画だ。

 だが一人の人物が、20名もの精鋭の守衛が守るその厳重である扉を、「ちわー」といいながらボディチェックも無く敬礼で見送られ中へと通過する。

 勿論、漆黒聖典第九席次、クレマンティーヌ『様』だ。

 漆黒聖典は最高機密の神人も含めて僅か12の席しか存在しない、スレイン法国内で個で最強の12名が集められている。まあ番外席次も一席あるのだが。

 その中の一人に数えられる彼女は、神人では無いため行動制限もそれほど厳しいものでは無く、また報酬として年間金貨1500枚が提供されており、普通なら悠々自適の暮らしに満足できるはずである。

 でも、彼女はもはやそういったものに興味が無かった。

 

 人生における最大目的は――一日も早い兄の死。

 

 それも可能な限り惨たらしくだ。ただそれだけ――と、思っていたが最近急激に変わって来た。

 彼だ。あの漆黒の鎧を纏う、圧倒的強さとこんな自分を『可愛い』と言ってくれる愛しの『モモンちゃん』である。

 以前からこの場所は、兄の在籍する糞部隊だとイライラだけが募っていたが、今は愛するあの人からのお願いと達成間近い目的もあり、歩を進める足の何と軽い事か。

 彼の事を思うと凄く幸せになれる。生きてて良かったと思える。少し自慢の大きめで綺麗な形の胸の奥がドキドキする、キュンキュンするのだ。

 モモンと別れて国へ帰還し、今日で早6日が過ぎていた。すでに禁断症状が出ている。

 大きいベッドで一人で眠るのがとても寂しい。あの筋肉のまるで無いように思えるほど、全て骨格の如く鍛えられた固めの膝枕が恋しい。そして彼の愛のある優しいナデナデが欲しくなってきていた。

 会いたい。固めの膝枕でのゴロゴロとナデナデを所望したいのだ。

 しかし我慢である。定例報告まであと14日。

 彼女は、本来ならエ・ランテルへの脱出の下見を直ぐに切り上げ、神都に戻り、盗み出した六色聖典のお宝を手にエ・ランテルへ逃走し、ズーラーノーンへ移籍するつもりが未だここに留まっていた。結果として、幸せといえる人生になりそうな予感の展開に満足している。幸いズーラーノーン側へは、電撃移籍の事前通告はしていなかったので現状維持でも全く影響はない。

 

 一方、彼女が本部へ戻って来るまでに六色聖典内では、驚くことばかりが起こっていた。

 まず土の巫女姫及び、精鋭の魔法詠唱者10名以上が突如の爆発攻撃により本部内で死亡していたのだ。次に、陽光聖典を率いる隊長ニグン・グリッド・ルーイン及び、配下ら計45人との連絡が急に途絶えていた。

 土の巫女姫は自我が無い為、クレマンティーヌは会ったことも無いが、陽光聖典隊長のニグンには数度会っている。欲深く好色的人間で、何度か夜に別宅で二人きりの食事でもと声を掛けられた事があった。もちろん「ごめんねー。これから彼氏と会うのでー」と彼女は断っていたが。

 六色聖典の部隊が、これだけ大規模で死亡や行方不明によって損失を受けるのは非常に稀な事態だ。最近の被害ではニ、三年程前に陽光聖典が亜人の村の討滅作戦の折、当時はまだオリハルコン級冒険者チームであった『蒼の薔薇』に阻止され死傷者を出して撤退して以来ではないだろうか。なお、六色聖典は国家の方針である人類の守り手たらんとするための存在であり、同じく人類側の強力な戦力である『蒼の薔薇』への報復は行なっていない。

 今回、風花聖典は土の巫女姫を使い、何かについて遠方に位置するこの本部から監視を行っていたことが分かって来ている。監視阻止は、あの帝国で有名の化け物魔法使いから受けた事はあったが、これほどの規模で反撃を受けたのは初めてであり、直ちに臨時の神官長会議も開かれている。

 その議題として、首都中心部にある、秘匿部隊の本部が直接的な攻撃を受けた事で、状況などを元に敵の実行部隊をまず掴む事が最優先に指示された。

 交戦中の『エルフ王国』を筆頭に、依然暗躍を続ける『ズーラーノーン』が候補として真っ先に挙げられた。『ビーストマンの国』もである。

 神官長会議は最高神官長、六大神官長、三機関長他の10数名で行われる、法国内での最高意思決定会合。全員が頭冠と神聖なる純白に青系と金の線の施された神官服に身を包んで臨んでいた。

 それが、10日前の会議。

 

 また、本日の会議の前回、6日前にあった会議では一つの決定があった。

 過去の記録資料の類似状況、そして漆黒聖典の一人、通称『占星千里』が破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活を占い出したことが考慮され会合は結論に至り、国家の秘宝と共に漆黒聖典全メンバーの完全装備での出撃指令が発動されている。場所はアーグランド評議国とリ・エスティーゼ王国との国境付近にある山岳地帯。

 この時当然、クレマンティーヌは不在であったが聖典内の準備は進められていく。

 だが――4日程掛けて出撃準備が整い、秘宝を身に付けた名誉席次でもある老婆カイレの護衛の為に進軍用の戦車が数台用意された段階で、『特異な情報』がもたらされ―――出撃に待ったが掛かる。

 特異情報の裏付けと再分析で更に3日程経過した。

 クレマンティーヌはこの間に神都へ帰還しているが、直ぐの完全装備待機指令に驚く。

 情報が纏まり、本日再び臨時の神官長会議が開かれた形だ。

 

 『特異な情報』だが――今回、陽光聖典の隊長ニグンは神官長の一人より受けた王国戦士長抹殺指令を実行中であったという。また、その作戦の陽動としてバハルス帝国騎士に扮した60名程の騎士団が使われた。その生き残り数名が、神都へと生還し報告が上がって来たのだ。

 彼等騎士団が、エ・ランテルから北方のトブの大森林傍にあるカルネ村という場所にて陽動作戦中、突如謎の魔法詠唱者一行が現れ、圧倒的といえる力を持つ2メートルを大きく超えるたった一体のアンデッドのシモベによって短時間で全滅したという。報告者は、その謎の人物が騎士達の上空へ現れた時、同じく〈飛行(フライ)〉を使う配下が3名と、更に地上側より騎士団を全滅させたのと同種で巨躯のアンデッドを二体も引き連れていたと伝える。その状況により、つまり騎士団と行動を共にしていたはずの陽光聖典らが行方不明になっている原因が、その魔法詠唱者一行にあるのではという流れが見えてきた。

 更に神官長達は、そのアンデッドの特徴のある姿を詳細に判断した結果、非常に強靭で凶悪であるモンスターの『死の騎士(デス・ナイト)』ではと言うことでまとまっていく。しかし、デス・ナイトを3体も操る高位の魔法詠唱者など昨今聞いた事も無い。それはもはや伝説になっている『十三英雄』の死者使いぐらいであろう。

 加えて行方不明となっている陽光聖典隊長のニグンは、法国の宝の一つ、嘗て大陸を荒らし回った魔神すら打倒した、戦略級の第7位階魔法を行使出来る最高位天使の封じられていたクリスタルを所持していたことも考慮される。

 最悪の場合、謎の魔法詠唱者はそれら全てを打ち破る実力の相手だと容易に推測出来た。

 この状況を受け、漆黒聖典の出撃に完全に待ったが掛かったのである。

 彼等は気付き始める。

 

 何か隣国の中で――トンデモナイ事が起き始めているのではないかと。

 

 そして会議の中、神官長の一人の思考が一つの可能性の有る結論に到達し口にする。

 

「風花聖典の依頼を受けた土の巫女姫の隊で起こった爆発が、その魔法詠唱者の遠隔反撃という可能性はないだろうか?」

「な、なんと……陽光聖典の監視をした時にとでも言うのかっ」

「そんな事が……だが、可能性は十分あるな……」

「確かに、攻性防御という概念が情報系魔法には存在しますな……しかし、遠隔であれほど強力な威力で使える者がいるのですかな」

「むう……ちなみに、その魔法詠唱者の名は、何という者でしたかな?」

 

 

 

「確か――アインズ・ウール・ゴウン。あとその者から伝言が……〝この辺りで騒ぎを起こすな、騒ぐようなら貴様らの国まで訪れて死をくれてやる〟と……」

 

 

 

 一大国家の重鎮で、人類の守り手を自負し国を預かる神官長達が、一斉に押し黙る。

 国家に戦士系の精鋭は揃っているが、魔法系は総合力で恐らく帝国には一歩届いていない状況。確かに秘宝『叡者の額冠』により、最大第8位階までの行使は一部の種類で可能だが、個人で使える訳でも連発出来る訳でもないのだ。第6位階魔法を連発出来る帝国魔法省最高責任者で主席宮廷魔法使いのフールーダ・パラダインに加え、第4位階を使いこなす多くの高弟たちを擁する帝国はやはり脅威である。

 その帝国の怪物をも遥かに上回るかもしれない存在の出現を感じていた。

 そんな中、最後に一人の神官長が気付く。そして喘ぐように口から言葉が零れていった。

 

「うっ。……そのゴウンなる者の言葉の直後に……隊長ニグン率いる陽光聖典の部隊が、村を襲ったのではないの……か?」

「ぉおおお……」

「ニグンめ……何という……事だ」

「こ、これは大変な事に……」

「どう……なるの……だ」

「皆、ど、どうする……?!」

 

 神官長達の見ている纏められた報告書には、ハッキリ記載されていたのだ。一度捕まった騎士達がすでにスレイン法国の名を出したと……。

 数名の神官長は、席に固まりその場で目を閉じ頭を抱えていた。

 

 法国は、この日より全土で厳戒態勢に入ることとなる。

 

 

 

 だが、当のアインズはそんなことは完全に忘れて―――モモンとして淡く頬を染めるマーベロと仲睦まじく手を繋ぎ、結構暇であるモンスター狩りに勤しんでいた。

 

 

 




補足)暫定捏造
エ・リットル……王都とエ・ペスペルの間にある、リットン伯が治める商業の盛んな人口38万の小都市。周辺部を合わせると50万に迫る。

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