オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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STAGE23. 支配者王都へ行く/VS王女ト潜入ノバラ (7)

 未明に、王国北西の国境に近い大都市エ・アセナルより、飛竜(ワイバーン)による『竜軍団襲来につき、都市存亡の危機。援軍乞う』との現地からの知らせを受け、非常事態のまま朝日が昇った王都リ・エスティーゼ。

 朝9時を過ぎてもエ・アセナルの状況経過について続報は届かず。

 混乱の最中(さなか)と言えるこの時、王城ロ・レンテの一室では、ラナー王女よりいきなり、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』が戦場の地エ・アセナルへの潜入をアインズ達一行と共に告げられようとしていた――。

 

 

 

 この日、王都リ・エスティーゼ西大通りに在る、『蒼の薔薇』宿泊の一際豪華で白い石造り8階建ての立派な最高級宿屋へ、急ぎの呼び出しが来たのは午前6時頃の事。

 伝えに来たのは、いつものように忠犬の如き少年剣士クライムであった。

 

「朝早くからすみませんっ」

「夜這いには少し遅いんじゃないのか、童貞。まあ俺は、これからでも構わないぞ、ん?」

「ち、違います。外出されてからでは遅いとの事で、お知らせが――」

「おいおい、恥ずかしがる事はないぜ」

 

 部屋の扉を少し開けながら、四角い顔をニヤニヤさせて出迎えるラフなタンクトップ姿のガガーランは、いつもの調子で彼をからかう。だが、伝言と共に城の緊迫した状況の雰囲気をも携えるクライムは、それを聞き流す形で真剣に満ちた表情で告げる。

 

「非常事態により、ラナー様より本日朝9時より城にて打ち合わせをしたいとの事です」

「ん、非常事態っ?! 今日午後に城へガゼフのおっさんから呼ばれてるんだが、それとは別件ということか」

「はいっ」

 

 伝言の内容とクライムの表情に、ガガーランの顔付きも変わる。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 ラキュース達の着替えの為、クライムは少し待たされたのち部屋へ通された。

 そこには、リーダーのラキュースを初め、イビルアイやティアとティナも傍らに座っている。

 

「おはようございます、アインドラ様、皆様。早朝より申し訳ありません」

「おはよう、クライム。大丈夫よ気にしないで、緊急なんでしょう?」

「はいっ。今から3時間ほど前の午前3時頃に北西の大都市エ・アセナルより伝令として飛竜(ワイバーン)が到着し、(ドラゴン)の大軍に間もなく襲われるとの情報を伝えてきたのです。その竜の数は実に300程とっ」

 

 クライムは吐き出す様に迫る脅威を告げた。

 

「さ、300っ!?」

「ほんとかよ? なんてこった……」

「……流石に間に合わんな」

「「……無理」」

 

 これまで、幾多の恐るべきモンスター達を相手にしてきた『蒼の薔薇』も、まだ今のメンバーで竜と戦った事は無い。とは言え、自信が無い訳ではない。

 難度150を超える竜はそう居ないのだ。それ以上は竜王水準にも届く存在だから。また基本、竜は群れにくい種族。『蒼の薔薇』の装備とチーム力なら20体程度の群れまでなら、十分相手は出来る。

 だが、流石に300というのは想定する桁が違った。常識的に考えて、その数が50でも体力や魔力が持たないだろう。竜種というのはそれほど別格と言える。

 

「リーダーの魔剣か、イビルアイの魔法とかで何とかならないか?」

「10体ぐらいならともかく、無茶言わないでよ、ガガーラン」

「全くだ。いくら私でも、魔力が続かない。お前の体力も続かないだろ?」

「まあ、そうだけどな」

 

 いつも強気でいる四角顔の女も流石に頭をかいている。そんなガガーランへティアが突っ込む。

 

「ガガーラン、無茶すぎ」

「私達にも出来ない事はあるし」

 

 ティナも姉妹に続き現実を述べた。

 300体の竜というのは、どれほど屈強の冒険者チームも単体では対応不可能といえる数。そんなチームがいたら会ってみたいものである。

 クライムは、残りの伝言内容を伝える。

 

「そういった非常事態のため、ラナー様も動かれるようです。つきましてはお力添えを頂きたく、この後9時に城へ全員でお越しいただきたいと」

 

 ラキュースは、国の為に動いている王女の友人としても、アダマンタイト級冒険者としても、断る理由は全くない。

 彼女は、仲間のガガーラン達の見回す。リーダーの気質を良く知り、冒険者としてのプライドもある。皆が順に頷いていった。

 それを受けて、ラキュースはクライムへと答える。

 

「王女様には、承知しましたと伝えてね」

「はい。では失礼します」

 

 クライムは急ぎ踵を返す様に城へと戻って行く。ここにいる間にもラナー王女の周りへ竜が現れるかもしれないのだ。宿屋を出ると通りを全力で駆け出し始めた。

 一方、少年を見送った『蒼の薔薇』のメンバー達は、今回の敵の強大さに驚きを隠せない。それは十三英雄と共に旅をしてきた経験を持つイビルアイですらも。

 その仮面の少女が呟く。

 

「今回の敵はトンデモナイぞ。魔神の方がずっとマシかもしれん。魔神は単体で、攻撃を集中出来たからな」

「戦いの話も何度か聞いたが、魔神も強かったんだろ?」

「まあ、難度200は優に超えていたが……」

 

 イビルアイはガガーランへ答えながら途中で言葉が止まる。そして気付いたように話し出す。

 

「は……ははっ、竜の軍団を率いているのが、魔神級の竜王の可能性もあるな……」

 

 十分考えられる予想を聞いたガガーランとラキュース達は絶句した。

 そんな仲間達へ、イビルアイは改めて一言確認する。

 

「でも、戦うんだろ?」

 

 絶句し強張った表情をしていたラキュースだが、口許を緩める。

 彼女は、横に立つガガーランからティア、ティナへと視線を向けていく。目が合った者達の口許が順にニヤリとなっていった。

 そして、イビルアイへと。仮面を被っていても分かる。彼女の口許もニヤリとなっているのが。その反応に満足したラキュースが言い放つ。

 

「当然でしょう? 私達はアダマンタイト級冒険者チーム"蒼の薔薇"なのよ。ここで尻込みする者はメンバーにいないわ」

「だな」

「「私達は負けない」」

 

 ガガーランとティア、ティナが頷く。イビルアイも頷くが、重要点を指摘する。

 

「だが、作戦は必要だ。それと、他の冒険者チームや王国軍との連携も」

「それは、ラナーに期待しましょう。あの子の作戦なら敵の半分の戦力でも正面から十分勝てると思うわ」

 

 ラキュースはラナー王女を『信用』していた。

 王女は、国や国民、全ての事を良い方向へ向かわせるために動いているのだと。それはこれまでの奴隷解放や『八本指』対策等の実績が積み重なったものでもあった。

 また、あの真っ直ぐで純粋な少年剣士が、絶対の信頼と想いを寄せて王女を守っている様子は、応援したくもなる。

 

(私もラナーの、『黄金』の力を信じている。あの子が前に向かって手を打つときには、十分勝機があるということだから)

 

 蒼の薔薇のメンバー達は早めの朝食を取ると、万全を期し完全装備で出るべく身支度を整え終わると早めに王城へ向かった。

 

 

 

 

 そういう『蒼の薔薇』チームであったが、王国戦士長や旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)一行らとの王城内会合で、まだ互いの紹介も始まらない冒頭。

 王女から、この会合が『戦場の地、エ・アセナルへの電撃潜入作戦についての会議(ブリーフィング)』だという言葉で、ラキュースは「ええっ、聞いてないわよ、ラナー?!」と皆の前で敬称を忘れて驚く。

 事前に、クライムからも前振りが何もなかったからだ。彼も驚きの表情を見せている事から、知らせていなかったのだろう。

 するとラナー王女は申し訳なさそうにこの場の者達へ告げる。

 

「ごめんなさい。概要を伝えます。今朝の午前3時頃に、王国北西の大都市エ・アセナルより竜の軍団300余の襲来の可能性を伝えてきたのです。しかし現在、情報が殆ど何もありません。流石に準備不足の現状では、王国軍は大規模に打って出られず、当面この王都で戦力を整える事しか出来ません。そのため今は、敵地へ潜入しエ・アセナルの状況と敵の戦力の実態を掴むことが最優先となっています。本来これは斥候の役目ですが、相手は竜の軍団。並みの者達では生還の可能性や時間が掛かってしまうと思ったのです。また――王は、可能なら敵の竜の指揮官を決戦前に排除することも期待されています」

 

「「「「――!」」」」

 

 ガゼフやラキュースら数名の表情が更に強張る。

 だが、ラナーの言葉の内容は、いずれも正論を告げていた。戦いに情報は重要である。それも今回は国家存亡に関わる戦いになるだろう。より正確で最新の情報が必要なのだ。そして、指揮官を削れれば敵戦力が大きく下がることは戦の常識と言える。

 事の重要さと、実行の困難さを考えると達成可能なのは、英雄級以上の強さを持つ者達のみだろう。

 今、王女の前に座る彼等はその水準の者達であった。

 

「王女殿下、用件は良く分かりました。しかし……残念ながら、私は王国戦士長としてこの非常時に王の傍から離れることは出来ません」

 

 国王を守ることが最大の役目であるガゼフは、静かにエ・アセナル行きを拒否する。

 そして――。

 

「ならば、申し訳ないが我々も遠慮させて頂きます」

 

 アインズはそう答えを出した。

 すると同時に、ラキュース達『蒼の薔薇』の表情が怪訝に曇る。

 王国戦士長はともかく、目の前の見知らぬ者達は怖じ気付いたと思ったのだ。当然という思いもある。アダマンタイト級冒険者チームですら、手に余る圧倒的規模の敵なのだから。

 だが、それを否定するようにアインズは、整然と続けて理由を述べる。

 

「言っておきますが、我々は臆病風に吹かれた訳ではありません。理由は三つあります。まず――我々は冒険者ではなく、王国にも直接関係が無い事」

 

 そもそも、彼らが今ここにいるのは、先の勲功の後払いである。王国に大した義理はないのだ。それを思いガガーランの表情がムッとなる。だが続く彼の言葉にその表情は消える。

 

「次に、王国戦士長殿がこの地へ残るため。最後の一つは――王都にも戦力を残しておくべきだということ」

 

 つまり、『蒼の薔薇』に何かあった場合や不足の事態でも、独自に王都へ残って友人を守りアダマンタイト級冒険者チームの代わりをしてやると言っているのである。

 

「「ほぉ」」

 

 ガガーランとイビルアイが同時に呟く。

 ガガーランは言葉だけに反応しているが、イビルアイは違う。部屋へ入った時から感じていた、『こいつらは何なのだ』と。

 彼女は強さを探知出来なくても、その装備を見ればおおよその見当は付くのである。王国戦士長の横に座る四名の装備は、普段各所で見る者達の装備品とは明らかに『桁』が違った。

 王国の宝物よりも更に水準が高く、十三英雄達が身に付けていた最高クラスの装備品級か、それ以上の物だと思われた。白い鎧の少女と特に仮面を被った巨躯の男の装備は目を見張る。これまでの250年程の生涯で見てきた中で最高の装備群かもしれない。

 そんな者達が、只の旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一行の訳が無い。それらの装備品は、金貨を幾ら出しても手に入らない物なのだから。

 装備が身の丈を過ぎれば奪われるのが常。

 

 

 故に――最高の装備品はトンデモナイ強者の証明でもある。

 

 

 アインズ達の装備については、嘗て盗賊であったティアとティナもかなりの良品だと気付いていた。良く分かっていないのはリーダーのラキュースとガガーランだが、彼女らも竜300に臆した様子がない目の前に座る旅の魔法詠唱者が普通じゃないことは理解出来ていた。

 

「そういうことですが、ラキュース。あなた方でお願い出来ますか?」

 

 「え?」と呟きつつ『蒼の薔薇』のリーダーは、横から不意に掛けられた声の方を見る。

 もちろんラナーである。

 王女の表情は申し訳無さそうであった。ラキュースも状況は理解出来ている。困難極める現地の情報をアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』に掴んできて欲しい。そして、可能なら竜の指揮官を屠るという事を。

 だが王女の言葉に、何か違和感を覚えた。

 とはいえ、それは思考の片隅に僅かである。ラキュースは横に座る仲間達の方を見る。今回の依頼はまだ竜の軍団と正面から戦う訳ではない。ガガーラン達も今は他に良案もなく自分達しかいないだろうなという表情だ。

 

「わかったわ、ラナー王女。エ・アセナルの情報収集と敵指揮官の排除について、〝蒼の薔薇〟が引き受けましょう」

「感謝します、ラキュース、ガガーラン、イビルアイ、ティア、ティナ」

 

 王女は目線を落とし頭を下げた。

 一段落したところで、ガゼフが口を開く。

 

「本題である王女様の用件が先に出てしまったが、改めて本日の客人達の紹介をさせて頂きたい」

 

 急ぎの重要任務を熟すことになった『蒼の薔薇』だが、これから旅の魔法詠唱者一行が戦友となる可能性も高く、あと10分も掛からないと考え、ラキュース達も異論はなく頷く。

 その様子にラナーはガゼフを促す。

 

「そうですね。では戦士長殿、お願いします」

「はい。私の隣が旅の魔法詠唱者のアインズ・ウール・ゴウン殿です。その隣から順にルベド殿、シズ殿、ソリュシャン殿です。ゴウン殿、代表して一言頂きたいが」

「分かりました」

 

 アインズは、相変わらず仮面は外さない。

 

「王女様には昨晩お会いしましたが、他の方々は初めまして。互いに最善を尽くして、今回の件を乗り切りましょう」

 

 アインズからの挨拶を受け、ガゼフは王国側で初顔の者達を、右手を使って知らせる様に紹介する。

 

「ゴウン殿達の前に座る、王女寄りの方から順に、アダマンタイト級冒険者チーム〝蒼の薔薇〟のリーダーで、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ殿、そしてメンバーのガガーラン殿、イビルアイ殿、ティア殿、ティナ殿。あと、王女殿下の後ろにいるのが、王女様付き剣士のクライムだ。ラキュース殿、一言挨拶をお願いしたいが」

 

 ガゼフからの催促を受け、ラキュースは笑顔で話し出す。

 

「初めましてゴウン殿と連れの方々。王都へのお越しを歓迎します。是非、旅先の武勇伝をお聞きしたいところですが、面倒事を手早く片付けてからですね」

 

 アインズからも、ラキュースは有事に余り動じない胆力を持っていそうで快活な娘に見えた。また、王女のラナーは王国一の美人と聞いていたので昨日会った時に大きい驚きはなかったが、このラキュースも全く引けを取っていない事の方が驚きを感じている。同時にその隣のガガーランの女離れした逞しさも衝撃モノであった。だが、アインズは人間を止めている為か余り拒絶感はない。

 挨拶が終わると、ラキュースは立ち上がる。それに続いてガガーラン達も席を立つ。

 

「じゃあ、王女様。ちょっと行ってくるわね。2、3日で戻るから」

 

 やるとなれば、やはり腹を括れるらしい。『蒼の薔薇』のリーダは、まるでこれからフラリと買い物にでも行く程度の軽さで、言葉を友人兼雇い主へ告げた。

 

「みんな、気を付けて」

 

 見送りに席を静かに立つ王女の言葉に頷くと、5人の金髪の女戦士達は部屋を去って行った。

 見送ったラナーも、間もなくクライムを伴い退出する。

 

「では、私達も部屋へ戻ります。お客人には、王城でゆっくりして頂きたかったのですが、こんな事になってすみません」

「いえ、乗り掛かった船ですので」

 

 アインズは、この娘へ、なるべく手短に返す。要注意人物である彼女の控えめに見える笑顔へ、何か異質さを感じていたから。

 実は早朝に非常事態の知らせを受けてから、ソリュシャンへ彼女の動向も探らせているが、お付きの剣士や召使い以外と特に会うこともなかったが……『王の考え』など、彼女がまるでここまでの展開をすべて読んでいる風の感覚を覚えたのだ―――予見通りに。

 王女達が居なくなると、ガゼフも屯所へ戻ると言い、部屋から退出しかける。

 

「あ、戦士長殿、私の部屋まで少しいいですか?」

 

 アインズの言葉と立ち上がる動作に、ルベド達も主へ連動するように席を立つ。

 ガゼフは一瞬考えるも、仕事を後へ回してでも断る理由は全くなかった。アインズからの話というのもあるが、向かう部屋にはおそらく、眼鏡の表情が美しい愛しのユリ・アルファがいるはずだから。

 

 アインズは、このタイミングで反国王派の貴族の件を話す為にガゼフを部屋へ招いた。事前に手紙をくれていた戦士長には、知っていて欲しいと思ったからだ。

 王城内にあるヴァランシア宮殿での宿泊部屋は、寝室とリビングが分かれている。ガゼフとアインズがリビングのソファーへ座ると、戦士長の期待通りユリ・アルファが紅茶と菓子をワゴンに乗せて運んで来た。

 ガゼフの日焼けした精悍な顔が『好きだ』と火照り、急に額へ浮かぶ汗と共に暫し緊張する。

 ユリがカップを手前に置いてくれる時に、彼女の眼鏡付きの表情と髪を結い上げたうなじ、艶の有る唇から「どうぞ」という綺麗で落ち着いた声、豊かな胸が最接近してくる。そして若々しい乙女の良い香りも。彼は年甲斐もなくドキドキしてしまう。

 

「こ、これは、申し訳ない。頂きます」

 

 愛しの女性が入れてくれたものである。冷めないうちにとガゼフはカップへ口を付けた。

 

(――う、美味い! ……妻に相応しい……)

 

 孤高の武人にとっての、(ささ)やかだが幸せの時であった……。

 

 一方、ユリを初め、少し離れたソファーに無関心を装って座っているシズ達までも異様に緊張していた。

 なぜか。

 それはガゼフが、この部屋へとわざわざ『アインズが招いた客』であるからだ。

 新世界に来て、ナザリックの絶対的支配者が外からの者を招待したのはこれが初めて。粗相があっては、至高の御方に『恥を掻かせてしまう』ことになる。

 これは死んでも拭えない事象と言える。

 そのため、この場の給仕については、まだ臨時メイドになりたてと言えるツアレには任せられない大役だった。ツアレは邪魔にならないよう、少し離れた脇の壁の傍へ直立で静かに控えていた。

 忠実なる配下のユリとしては、本来ならナザリックの威信を掛けて豪華盛大に客人をもてなしたいところ。だが、いかんせんここは他国の王城である。馬車で持参している物は非常に限られていた……無念である。

 そんな配下の気持ちをよそに、余り粗相など気にしないアインズが静かに戦士長へ話を切り出した。

 

「実は、こちらへ参る道程で、成り行きでしたがリットン伯の館に呼ばれて、反王派陣営の貴族達へ加勢することになったのです。どうやら私に対し、街道の広い範囲で網を張っていたみたいですね」

「……そのようなことが。何か不利な条件でも?」

 

 アインズの言葉に、浮かれた思考を切り替えた戦士長は、僅かに細めた目線だけを向けて来た。

 

「いえ、特には。反王派陣営は、是が非でも貴方や〝蒼の薔薇〟の方々に備えたいらしく、私へ屋敷や金貨など好条件だけを並べてきました。ここは、断るよりも受けた方が問題も少ないと思ったのです。あちらの陣営の要請でも、本当に内容が良いものならやるべきでしょうし。あと一応、戦士長殿から王国派の情報をこっそり頂く事になっています」

 

 ガゼフという人物が、裏切り行為を良しとしない事は、アインズも分かっているつもりである。だが、臨機応変に適材適所という言葉もある。

 ただアインズは、配下へイカガワシイ欲望で接してきたり、自分を騙して利用しようとした貴族に痛い目を見させる目的は、裏へと隠しつつ言葉を選んでいた。

 

「なるほど。私には無理だが、状況的に断るより選択の幅を広げたという事なのか。……しかし、相手は大貴族達だ。油断や不用意となる行動は避けるべきだな」

「大丈夫ですよ」

 

 ガゼフは釘を刺すように心配するも、アインズの答えに余計な気もした。

 常識で考えれば普通、相手の身分が貴族というだけで震え上がる存在である。平民では、まして個人では虫の様に潰される末路しかない。

 貴族達は領地の中では何をやっても許される。そして、大きい資金力と数十から何百名もの私軍を持ち、時には徒党まで組んで領地内なら逆らう者を好きに罰することが出来るのだ。

 王国戦士長のガゼフと言えども、男爵以上の貴族相手だと、王の助力を得ないと正面からの対抗は厳しい。

 だが、目の前のソファーに座る旅の御仁は、後ろに控えている配下達も含めて只者ではない。何百名もの私軍にも怯むことは想像出来ずだ。大体あの、六色聖典の精鋭部隊50名程を短時間で退けた者らである。如何なる追手が掛かったとしても、全て返り討ちだろう。

 追加でアインズは、朝の事を戦士長へと知らせる。

 

「今日も、朝の7時頃でしたが、反国王派盟主のボウロロープ侯の使いが慌ててやって来て、侯爵の領地の大都市リ・ボウロロールを守るために竜軍団を直ぐになんとかしろと無茶な催促をされましたよ。とりあえず、状況が分からないので動きようがないと断りましたが」

「それは……ラキュース殿達が帰って来れば催促がありそうだな」

「その時は、皆で準備を整えて戦いましょう。領主は兎も角、リ・ボウロロールの市民達は助ける必要がありますし、どう転んでも倒さなくてはならない敵でしょうから」

 

 落ち着いた雰囲気で、アインズはそう返した。

 その様子にガゼフは、先程の会合でも口にしなかった事を、ここでアインズへと尋ねる。

 

「ゴウン殿は、今回の敵――竜300体もの軍団の戦力をどう思うか?」

 

 六色聖典の精鋭部隊50名程を退けた、この御仁の力の底を知りたい、聞きたい気がしたのだ。戦士長は内心で少しワクワクしていた。

 

「強大ですね」

 

 アインズは、ガゼフへ向けた仮面の顔を気持ち僅かに傾けると、まずそう呟く。

 戦士長は同意する形で小さく頷いた。

 仮面の魔法詠唱者の言葉は続く。

 

「恐らく率いているのは竜王でしょう。個が強い軍団を敵にする場合、こちらの後ろに守るべき者がいれば、多くの箇所で局所的に突破され厳しい戦いになると思います」

 

 苦しい内容に聞こえるも、ガゼフの口許は緩む。

 やはりこの御仁は、竜300体を対象にしても『負ける』や『勝てない』とは言わないようだ。守るべき者がいなければどうなるというのだろうか。

 だが、確かに竜300という数は一度には止められない可能性が非常に高い。この王都で城壁を盾にしても上空から来る竜の歯止めにはならない。帝国の兵団を相手にするのとは訳が違うのだ。

 この瞬間、王国戦士長は強大に迫りくる竜との戦いへ、上空も使う立体的戦術や大魔法でも被害が出ない広い場所が不可欠だと気が付いた。

 

「……貴殿が戦うなら王都ではなく、住民の居ない戦場へおびき寄せるか打って出るべきだと?」

 

 今朝午前5時から、王城の広い一室で有力貴族達を集めて開かれた緊急対策会議では、王の勅令により王都へ冒険者達を含めた王国の全戦力を集結させることが決まってしまっている。

 だが、それから先はまだ決まっていない。

 

「そうです。犠牲者から一般民衆を外したいと考えるなら」

 

 アインズはそう言い切った。

 ガゼフは、この事を王へ速やかに進言すべきだとの結論に至る。戦士長は静かに席を立つ。

 

「心得た。陛下へ急ぎ進言させていただく。反王派の貴族達については、この戦いが終わるまで大きく動くことは無いものと存ずる。ゴウン殿の方でよしなに」

「分かりました」

 

 アインズも立ち上がり、二人は堅く握手を交わす。

 ガゼフの去り際に、部屋の扉をユリが開けて見送ってくれる。戦士長は、会釈だけで済まさず、思い切って彼女へと声を掛ける。

 

「アルファ殿。紅茶、美味しかったです」

「ありがとうございます。喜んで頂けて良かったです」

(えっ?)

 

 ガゼフは、目の前のユリがとても嬉しそうに微笑んでいる事へ気が付いた。

 

(ま、まさか……ユリ殿も……俺の事を?)

 

 ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ――――。

 

 戦士長の心臓の鼓動が加速する。先の陽光聖典との激戦で、瀕死の窮地に立たされた時以上に。

 だが無情にも、ユリは敬愛する主人が招いたことで『ナザリックのお客となった』彼に、満足してもらえてほっとしていたに過ぎない……。

 一方、ガゼフにしてみれば、眼鏡姿のユリが給仕をしてくれたのである。たとえ彼女に青汁を出されていようと、目の前で躓いてお皿を割られたとしても、不満に思う訳もなくこのトキメキは変わらず――止められない、止まらないだろう。

 

「またのお越しを」

 

 そうユリに優しく告げられ、美しいお辞儀のあと扉は閉じられた。

 そのあと――ユリの事で頭が一杯になったガゼフは、どうやって宮殿内の王の居住区画まで辿り着いたのかよく覚えていない。なにか、年甲斐もなく途中でスキップまでした記憶もあるような無いような……。

 

 

 

 

 ツアレが、カップ類の片付けの為にワゴンを取りに奥へ下がると、いつの間にかアインズの座るソファーの脇に直立で控えていた、邪悪(カルマ値-400)のソリュシャンがニヤリと呟く。

 

「ほぼ、予定通りですね」

「そうだな」

 

 仮面の支配者は、平然と頷いた。

 王国戦士長を決して(たばか)っている訳では無い。

 しかし、早朝の午前4時半にアインズ達の泊まる部屋へ非常事態の知らせが来てから、絶対的支配者が何も手を打たない訳がないのである。

 何をしたかと言うと――。

 

「(ソリュシャン、城内での情報を集めよ。特に会議らしきものについては聞き漏らすな)……」

「畏まりました」

 

 このようにまず、非常時の雰囲気で起き仕事を始めたツアレに気付かれない様、ソリュシャンへ城内の盗聴を小声により〈伝言(メッセージ)〉で指示した。

 そして、その直後。

 

「(〈伝言(メッセージ)〉 ――デミウルゴス、聞こえるか)……」

『これは、アインズ様。何なりと』

 

 デミウルゴスは、ほぼ不休でトブの大森林への侵攻作戦立案や、アルベドの幾分不安定な精神面のケア、またナザリックの防衛面全般の確認に日々当たっている。

 最高の忠誠心を示す最上位悪魔は、多忙であっても自らの事は捨て置き、主の言葉へ直ちに傾聴する。主から直接の指示こそ、彼等NPCの存在意義の証と言える。

 

「(多忙なところ、すまないな)……」

 

 アインズも普段からデミウルゴスの半端ない量の働きは知っているつもりだ。

 恋愛部分でのみだが、不安要素のあるアルベドに対して、すべての面で圧倒的に安定性を持っているのが彼である。

 

『いえ、アインズ様の役に立ってこそのわたくし達でございます。して御用向きは?』

「(実は王都にて、我が名声を高めようと思った段階で、少し急の問題が発生した。これは、多分に軍略も絡む事項のため、デミウルゴスに協力を頼みたい――)……」

 

 その後アインズは、デミウルゴスへ王国の大都市エ・アセナルが、竜の大軍団に襲われた可能性の事実確認を指示。そして、その地は王都より北西国境近くの都市だと大まかに位置を伝えた。

 〈千里眼(クレアボヤンス)〉や『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)』だけでは、竜に探知される可能性を考えた場合、離れた遠方位置からの確認に留まってしまう。

 それでも概要は掴めるが、やはり現地への直接潜入により、詳細情報が事前に欲しいとアインズは思ったのだ。この情報は、王国の命運を左右する可能性がある。

 

「(――報告の際、王城内では用心のため姿を隠せ。あと一応、同行者にアウラとシモベ数体は加えて行け。竜が相手だからな。あとの人選は任せる。くれぐれも――竜はまだ倒すなよ)……」

『はっ、すべて心得ております。ではアウラとシモベ達、シャルティア、あとは新入りですが〝同誕の六人衆(セクステット)〟のフランチェスカを連れて行きましょう』

 

 このやり取りで、アインズの大まかな考えは、デミウルゴスの中で既にいくつもの展開で完全に形となったようであった。

 また今、王都のロ・レンテ城へ六連星(プレアデス)のうち4人も連れて来ており、ナザリック内では新入りの『同誕の六人衆(セクステット)』達が重宝されているようである。Lv.64の動死体(ゾンビ)盗賊娘であるフランチェスカは、特殊技術(スキル)も豊富だ。

 仲の良いコキュートスを同行させるのではと思ったが、デミウルゴスは先の展開を読んだ上で、やはり堅実に盟友をナザリックの守りに残すことにした模様。

 アインズは、所要時間を確認する。

 

「(2時間で可能か?)……」

 

 すべてが急といえる話。だが――。

 

『では、1時間後に全てを終えまして、そちらへ参ります』

「うむ」

 

 階層守護者3名を含む超精鋭部隊であれば、造作もないようだ。

 これで、有能且つ忠臣のデミウルゴスへの指示を終了する。

 最後の主の締める声に、リビングの片隅で掃除のあと片付けをしていたツアレは、何かしらと主人の方へ一瞬顔を向けてきたが、何事もない雰囲気に仕事へ戻った。

 

 

 そして約1時間後。時刻は朝午前5時半過ぎ。

 東の地平線からは先ほど日が少し昇り、周りは早朝の明るい状態である。

 バルコニーへ開け放たれた大きな窓脇のカーテンが、風の無い状態で僅かに揺れた。ツアレ以外は、不可視の来訪者達に気が付く。

 ユリが自然な形で、ツアレを隣の寝室のベッドメイクへと声を掛け連れていく。

 不可視化のまま既に、ソファーへ座るアインズの直ぐ横まで来て控えるデミウルゴスが、静かに余裕を持った口調で話し始める。

 

「アインズ様、御報告いたします」

「うむ、頼む」

「まず、大都市エ・アセナルに対する竜軍団の侵攻は事実です。そして都市の状態については――もはや壊滅的状況であります。都市の中心に大きめの城らしきものがあったようですが、土台部分のみを残し完全に崩壊していました。そして土台を中心に周辺へ広がっていた街並みも同様に大半が倒壊し、現在も広範囲で炎上中です。明日には市街地の数キロ四方が瓦礫の焼け野原でしょう。大都市を囲んでいた高い外周壁も一部を残して破壊されていました。更に、都市周辺の主な集落もまだ竜軍団に攻撃され炎上中。城塞都市でありながら短時間に内側から壊滅的な一斉火炎攻撃を受けたことで逃げ場を失い、あくまで概算ですが憐れな人間達の死者数は――30万人を下らないかと。生き残った者は、周辺へかなり逃げ散った風でしたが、数万単位で捕虜になっているのを確認しました」

「……そうか」

 

 トンデモナイ被害が出ている模様である。デミウルゴスらは〈転移門(ゲート)〉を使っての移動であるため正にリアルタイムの報告内容と言えた。

 

「次に、(ドラゴン)の軍団についてですが、総数は計309体。レベル最高は竜王が1体おり89です。その配下に3体の副官がおり各、60、59、57。この他にもレベル50を超える個体が3体います。軍団のすべての竜がLv.25を超えており、30を超えている個体数は277体、40を超えている個体数は42体でございます」

 

 種族が強固な(ドラゴン)でLv.50ともなれば、プレアデスの面々でも苦戦する水準である。

 ということは、王国軍が全軍をあげても普通に敗北すると思われる。

 

「ほぉ……中々の戦力だな」

「はい。我々階層守護者でも、単独だと油断は出来きない規模です」

「その竜王とは、どういう奴かな」

「申し訳ありません。戦闘になると思われたので、近くには寄れませんでした。かなり探知能力の鋭い個体の様です。アウラの接近に気付き掛けましたので」

「……そうか」

 

 Lv.100であるアウラの隠形は普通ではない。この竜王は、高度な職業レベルや特殊技術(スキル)を併せ持つと考えるべきだろう。普通に考えれば、この世界の生まれながらの異能(タレント)は人間種だけのものではないはずだ。

 アインズは仮面の中で目線を少し横へ外し、元に戻すと口を開いた。

 

「レベルも89か。慎重に対応すべき相手だな」

 

 最早、アインズの上位各種無効化の特殊技術(スキル)を超えて、普通に攻撃が通ってくる対等といえる相手の登場である。

 (ドラゴン)の場合、シャルティアの様に全てのステータスが高くなる傾向だ。この高水準の竜と、ガチでの勝負となればアインズも用心が必要になる。

 ここで、不可視化のままデミウルゴスの横に控えていたシャルティアが進言する。

 

「愛しの我が君。何卒、(ドラゴン)退治の際は私へお命じくださいまし。その暁には全力の完全装備の上で、竜軍団全てを単騎にて撃破して御覧に入れますえ」

 

 シャルティアは、武技使いを逃した先日の失態を挽回する絶好の機会だと、決意硬く戦闘には自信のある表情で申し出ていた。

 彼女の武装は非常に強力である。全力時に装着する真紅の全身防具は伝説級(レジェンド)アイテム。そして先端が鋭く硬い槍状の強靭な武器『スポイトランス』は、相手に与えたダメージの数割を自らのHPへ変換吸収出来る神級(ゴッズ)アイテムなのだ。

 確かに、彼女の全力装備ならば単騎でも、300体超の竜軍団を十分撃破可能といえる。伊達にナザリックの階層守護者で序列一位ではない。

 アインズも先日の失態の件からの申し出という事は分かっており、可愛い配下に何か挽回の機会を用意してやるのも支配者の度量だと思えた。

 それに竜の数が多い為、ルベド以外に非常時用の後方待機で不可視化のシャルティアに居て貰えれば安心だろう。シャルティアなら抜け出した竜が数体居たとしても瞬殺出来る。

 

「そうだな……。シャルティアよ、考えておこう」

「は、はいっ。あぁ、我が君~。感謝で一杯でありんす!」

 

 自身の身体を抱き締める様に喜ぶ彼女としては、失態に対し主からのねっとりとした直接的の罰でも良かったのだ。また、椅子の様に背中へでも座ってもらえれば至福である。

 だが階層守護者の一人という立場を考えれば当然、役に立って至高の御方とナザリックへ貢献出来る方が良いに決まっている。

 シャルティアは、顔を赤くし目を潤ませアインズに感謝していた。

 そんな吸血鬼少女の嬉しそうにする姿へと、シモベ達を後ろに控えさせているアウラが、表情へ嫉妬心丸出しで話し出す。

 

「いっつもずるいわね、シャルティア。なら、あたしだって――」

 

 再びトブの大森林で主様と手を繋ぎ、二人寄り添っての散歩を所望するアウラも、一歩踏み出し名乗りを上げようとする。だが、そこでデミウルゴスがストップを掛けた。

 

「アウラ、今回はアインズ様の名声を上げる事が優先事項です。功を競う所ではないよ。君の力は森への侵攻時まで取っておきたまえ」

「――ちぇ、わかったわよ」

「焦る事はないぞ、アウラ」

 

 そう言って、ソファーに座るアインズは、前へ出て来て残念顔でいるアウラを慰めるように、手を伸ばし優しく金色の髪をナデナデしてあげる。

 

「はいっ。我儘を言い掛けてすみません、アインズ様っ」

 

 ここでまさかの支配者からのナデナデに、アウラは頬を染めて一気に機嫌を回復する。

 すると今度は同行していた新参の少女が口を開いた。

 

「至高様ー、フランチェスカでーすっ。ミーも頭、撫でてくださーい」

 

 彼女も至高の41人が制作したNPCである。今のところ役職は無いが、ナザリックでの地位は上位にある。そしてアインズにとっては、仲間であるチグリス・ユーフラテスさんの可愛い子供の一人と言える。

 不可視化中の彼女の姿は、白い髪飾りの付くオレンジ髪を些か長めのツインテールに、少し生地が多めの中東の踊子風に近い青メインの衣装。胸当てに黒い金属製の防具を付けている。(くるぶし)上ぐらいまであるブラウン系のショートブーツを履いて、背中側の腰へ剣を下げている眉の凛々しい目元のぱっちりした可愛い盗賊少女である。

 どうやら、至高の御方からナデナデを受けたアウラの表情で、とても興味が湧いたらしい。

 ナザリックの女性陣では、至高の御方からのナデナデが非常に注目されており、大きな話題の一つである。一般メイド達でも、運が良ければ撫でをしてもらえていたからだ。

 ちなみに、ナデナデ回数の首位は他の追随を許さずマーレが独走中である。そして、今ここにいるメンバーでは、意外にシズ・デルタがトップだったりする……。

 

(さて……)

 

 アインズはフランチェスカの要望につき、刹那に考える。

 シャルティアとアウラの反応を見ると、皮肉や止める様子がない。このことから、今回の件も含めナザリックでは十分といえる働きをする子なのだろう。また、口調は独特だが、皆との関係も悪くない様子。

 それに第一、可愛い配下の願いを断るのは可哀想である。

 

「よしよし」

 

 アインズは撫でてやった。

 オレンジ色の赤毛風の髪は、柔らかでサラサラである。大浴場も使っているのか広がるリンスの香りも心地よい。思わず爽やかさの広がる気持ちになっていた。

 一方、撫でられているフランチェスカは――とてつもない衝撃を受ける。

 

(な、なんて、スイーティーな御手なんでしょー)

 

 甘く見ていたのだ。ナザリックの絶対的支配者の腕より伸びてくる御手から翳される、目に見えない圧倒的な特殊キラー要素の満ちたオーラ力を。

 

 それは――絶望のオーラではない事を知る。

 

 気が付けば、フランチェスカの両頬は真っ赤に染まっていた。

 

 時刻は午前6時前。

 ポヤポヤの表情で体が固まってしまったフランチェスカは、すでにシズに抱えられて火照りが引くまで部屋の角へと速やかに移動されていた。

 デミウルゴス達により知らされたエ・アセナルの情報を聞いたアインズは、これからの事を考える。

 

 そう――どうすれば最も『アインズ・ウール・ゴウン』の名を効率よく世に知らしめることが出来るのかと。

 

 王都へ来た当初は、国王からの評価とアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』達と共闘し同等の力があるという評価を得て、それらを元に名声を広めようと考えていた。

 試合形式で対戦し『蒼の薔薇』を破るという手もあるが、ラキュース達の名をただ下げては効果面で低いように感じたから。

 とは言え、共闘して向かう敵は中々居ないように思われる。なので、想定していた敵は、『蒼の薔薇』よりも少し弱い程度の者達がいればいいという余興感の強い考えをしていた。悪漢の大貴族辺りをいくつか生贄にしようかと思っていたところである。

 しかし、状況は劇的に変わった。

 

 今は『蒼の薔薇』が居てもいなくても、十分に名を轟かせられる敵が現れたのだから。

 

 まだ会って力を確認していないが、『蒼の薔薇』がアダマンタイト級冒険者チームと言えども、300体の竜の軍団には歯が立たないと思われた。

 皆の前で、アインズが当面の考えを述べる。

 

「私が動くのは、アダマンタイト級冒険者チーム〝蒼の薔薇〟や王国が窮地になった時だ。それまでは極力後方で待機する」

「流石でございます。それがよろしいでしょう。恐らくこの国の戦士長は、王のいるこの王都を離れますまい。ですから、共に残られると宣言されれば、友の為と後方の予備戦力となり全く非は無くなりましょう」

「……私もそう考えている」

 

 デミウルゴスは、不可視化のまま口許に笑みを浮かべると恭しく頭を下げた。

 とりあえず急ぎの用件が済み、デミウルゴス達はナザリックへと帰還する。

 去り際、デミウルゴスは支配者へ注意を促した。

 

「もし、王国戦士長と共に残られるとの意思を表明された後、どこかで王女の反応をご覧になられる機会がありましたらお気を付けを。それが〝当然〟と感じる態度の場合、こちらの考えをほぼ把握されている可能性がございます。あの娘は恐らく〝蒼の薔薇〟も駒としか見ておりません――」

 

 ツアレ達が隣の寝室からリビングへ戻って来たのは、この1分程後であった。

 

 

 

 ガゼフがアインズ達の滞在部屋から去った後、閉めた扉から戻って来るユリに目を向けながら、ソファーに座るアインズは唸る様に低く呟く。

 

「あの〝黄金〟とかいう王女の笑顔……(こちらの動きや狙いも分かっているという事か。そして、自ら集めてお膳立て。ナザリックの外に置いておくのは怖いな……)」

 

 『駒は――〝捨て駒〟にも成り得ます』と言った、デミウルゴスの最後の言葉を思い出しつつ。

 

 

 

 

 

 ラナー王女の命を受け、王城を後にしたアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』は、最高級宿舎を完全装備で出て来ており直ぐに行動を起こしていた。

 冒険者チームである彼女達は、ほぼすべての権力から独立した部隊。それゆえに、軍などに縛られずに動く事が可能であった。

 早朝から王都内では、国王の勅命により非常事態が宣言されており、軍馬や兵達が徴兵を告げる立て札設置や、市民が輪になり役人が食料や物資の買い占め禁止の宣言書を読み上げる光景が各所で見られた。

 竜軍団出現の噂は早くも王都全域、そして周辺へと急速に広がりつつある。

 ラキュース達は、急に起こった非常事態で不安に駆られている市民達を落ち着かせ、鼓舞することも忘れない。彼女達『蒼の薔薇』は非常に有名であり、いざと言う有事の際の希望や心の支えの象徴の一つでもある。

 大通りが交差する広場のど真ん中に一際大きく人垣が出来ていた。

 その中心で、イビルアイの〈全体飛行(マス・フライ)〉により五人は僅かに浮かんだ状態で静止している。

 ラキュースが皆に告げる。

 

「みんなー、何も心配は要らないわ! 私達がこれからちょっと見てくるから。帰りに何枚か竜の革を持ってくるかもね」

「リーダーには負けないよ。持ち切れないほど、竜の革を取ってやるさっ!」

 

 ガガーランも力強く大口を叩く。

 「おおおおーーっ」と言う民衆達皆の期待の籠ったどよめきが起こる。

 竜という伝説的な恐るべき亜種に、人間は余りにも弱すぎるという自覚を持つのだ。その中で、英雄級の者が力強い言葉を放つ事で、人々も少しだけ力を貰えた気がして希望が持てるのである。

 

「頑張れーーーっ!」

「頼んだぞーーー」

「期待してるよーーーっ!」

 

 子供達や婦人達、屈強に見えるオヤジ達までが、人間種の英雄へ希望の声を掛けた。

 

「じゃあ、行ってくるからっ!」

 

 リーダの声を受け、イビルアイはそのまま微速で空へ上がり、30メートル程上空に一旦静止すると、北へ向かい最大加速で王都リ・エスティーゼを後にした。その姿はどんどん小さくなり、外周壁越しに数分で市民達の視界から消える。

 素早い〈飛行〉に、広場の人垣は湧いた。

 

「すげーーー」

「我々の救世主だぁ!」

「負ける気がしねぇ」

「うおー、俺もやるぞーーー」

 

 アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』の出立の雄姿はあっという間に『希望』として王都中へ、そして周辺へも広がっていった――。

 

 王都を少し離れるとイビルアイは減速する。王国北西の国境に近い大都市エ・アセナルまで直線で約160キロ。無理ではないが流石に全速では魔力を大量に消費してしまう。

 

「夕暮れまでには着きたいわね」

「大丈夫だと思う。まだ10時過ぎだしな」

「着くまで、寝てていい?」

「あたしも」

「……好きにしろ」

 

 ティアとティナに、飽きれつつ仮面の小柄な少女は言葉を返した。

 

「途中で飯はいらないんだな?」

「「それはいる」」

 

 ガガーランのツッコミへ、ハモるように双子の姉妹は答えた。

 

「それにしても、ゴウン殿は中々の人物の様ね。早く武勇伝を聞いてみたいわ、とっても楽しみ」

 

 ラキュースが、アインズ達の事を切り出す。

 

「リーダー。あれ、本気だったのかよ?」

「もちろん。それに、先日の陽光聖典との戦いも気になるわ。王国戦士長殿と王国戦士騎馬隊を完全に圧倒する為に、私達の時の3倍程の人数がいたのよ? おまけに草原で包囲されて戦ったって聞いたし。それだと恐らく魔法の集中砲火を浴び続けるはずなんだけど、どうやって戦ったのかしら」

 

 自分達が3年ほど前に戦った時は、まだオリハルコン級冒険者チームで、メンバーもイビルアイではなくリグリットが居た頃で、亜人の村のあった森を利用して巧みに誘い込み各個撃破し撃退したのだ。

 まさか、アインズ達が魔法詠唱者45名の召喚した天使のモンスターを全て乗っ取って利用し、魔法力を奪って魔法の使用までも封じてみせたとは、想像も付かない様である。

 ラキュースは、英雄譚に興味津々だ。

 彼女達『蒼の薔薇』より強い者の知人といえば、リグリットなどもう十三英雄ぐらしか居ない。

 同等の者達も王国の冒険者チーム『朱の雫』であったり、帝国の『銀糸鳥』であったりする程度でとても数が少ない。

 だから、ものすごい戦いの話は、叔父のアズスぐらいにしか聞けないのが現状だ。

 そこへアインズ達が現れたのである。実際に会ってみて、かなり強そうに感じた。

 まず気に入ったのは、『蒼の薔薇』の自分達や王女を前しても腰が低くならないところ。強者や勇者はそうでなくてはいけない。そうあるべきなのだと――これは、ラキュースの持論である。

 最近は異様に冒険者達からペコペコされすぎて、うんざり気味になっていた。

 それと一般的に、実力の有るチームのリーダーは剣士が多かったりする。それがゴウン達旅の一行は魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだ。『銀糸鳥』のリーダーは吟遊詩人だが、ゴウン氏の様に明らかに魔術師(ウイザード)風というのは、かなり珍しい。カッコイイではないか。

 ここでイビルアイが口を開く。

 

「あの仮面の人物は、相当強いぞ。あんな凄い装備群を見たのは生まれて初めてだ。装備だけなら十三英雄以上かもしれない」

「えぇ、本当にっ?!」

「まじかよ」

「「……おっさんに用はないけど、ヤルな……」」

 

 さらに、仮面の少女は話し続ける。

 

「あと通常は、凄い装備でも一つまでだ。しかし、あのゴウンという人物はあのローブにしろ、ガントレットにしろ、全身にいくつももの凄いアイテムを装備していた。隣の少女の白色の鎧もな。一体どこでそれらを手に入れたのか。王国周辺では見た事も聞いた事も無い特別な装備ばかりだ。もしかして……彼らは大陸のずっと東方から戦い抜いて、ここまで来たのかもしれない」

「「「「――!」」」」

 

 大陸の東方は、亜人の国家が乱立する世界。

 そして、そこで人間達は圧倒的な弱者なのだ。だがそんな地から旅をし、のし上がってきたとしたら――。

 

 真の強者達なのかも知れない。

 

 

「すごーい! カッコイイっ!」

「まさかな」

「……もう寝る」

「……同じく」

 

 ラキュースは、ぽつりとここまで言わなかった事をつぶやく。

 

「それにしても、彼の連れている横の子達は凄い美人揃いで驚いちゃった……」

「「…………」」

「……白い鎧の子は特に」

「少年が何故いない……」

 

 他のメンバーも同じ感想だった模様。

 

 そんな和やかな雰囲気も、日が大きく傾いた頃にエ・アセナルの光景が見えるまでであった。

 

「なに、あれ……?」

「……酷い」

 

 特に目の良いティアとティナが最初に呟いた。

 『蒼の薔薇』の5人は、過去何度かこのエ・アセナルの地を訪れている。壮観に広がる大都市があったはずである。

 それが遠方にドス黒い姿と、そこから薄い煙が幾筋も立ち上っていた。

 遠く極小の点で数十体舞う(ドラゴン)を視認したラキュースは叫ぶ。

 

「急速降下して! 匍匐飛行に切り換えましょう」

 

 匍匐飛行によりエ・アセナルまであと5キロほどまで迫ったところで、彼女達は地上の林へと降りる。そこからは周辺の街の廃墟や林の木々沿いに都市を目指した。

 ところが日暮前になり、あと2キロまで来た時点で『蒼の薔薇』の前進が止まる。

 この距離からは暫く隠れる場所が少なく、上空の数十体飛ぶ竜達に見つかってしまう可能性が高くなったのだ。竜は夜目も利くため、日没によって夜陰に紛れての移動も期待できない。特にガガーランとラキュースは装備の所為もあり、素早く移動出来なかった。

 

「私達が行ってくる。みんなはここで待機していて」

 

 廃墟の中に潜り込んでいた5人だが、ラキュースへティアがティナとの斥候をかって出た。

 彼女達は忍術により、影や闇を渡れるため竜達に視認されずにこの先も進む事が出来る。都市内へも問題なく到達できるだろう。『蒼の薔薇』として戦力的に一旦分散するが、概要的な情報も早く欲しいところだ。

 

「じゃあ、街中の様子や竜達の重要点を調べて、1時間半後にここへ戻って来て」

「「了解」」

 

 魔法詠唱者のイビルアイは、双子姉妹にも付いていける力量があるのだが、彼女らの後方支援で残ることにした。

 ティアとティナは、廃墟の影に紛れて移動を開始する。

 そうして日が沈み始めた頃に、多くが倒壊し崩れ去った外周壁の残り部分へと辿り着き、そこから都市の中の光景を垣間見る。

 そこには、以前の華やかだった街並みや商いでにぎわう商店の痕跡など欠片もなかった。

 視界の果てまで、全てが割れたレンガや砕けた石や燃え落ちた木材などの瓦礫により埋め尽くされていた。

 

「……全滅?」

「周辺から竜以外の気を感じない……」

 

 気が付けば、視界のそこかしこに炭に変わった嘗て人だったものが有ることに気付く。正に地獄絵図である。

 ティアとティナの記憶には、都市の中央部に石垣の有る城があったはずも、石垣の大半を失い広い丘の形で地肌がむき出しの土台しか残っていなかった。

 

「何が……」

「一体どうすれば、こんな……」

 

 (ドラゴン)がやったであろうことは推測できるが、広範囲に地形そのものが変わっているのである。どれほどの力が、威力があればそうなるのか想像出来ない。

 近代では、周辺の人類国家でこれほどの被害を受けたことは無く、忍術姉妹には比較する事象が思いつかなかった。

 強靭と聞く竜の筋力すら超えている被害状況から、超火炎砲を使ったであろう事は推測できる。それにしても圧倒的力量を感じさせる破壊力だ。

 これまでで、イビルアイの真の全力攻撃を見たことはまだないが、彼女にこれだけのパワーが出せるだろうか。何とも言えない不安だけが残った。

 20分ほど都市の南方地区を移動し、壊滅的な被害状況だけは確認出来た。

 しかし、生存者には未だ一人も遭遇出来ていない。

 

「時間が無い。(ドラゴン)の戦力について調べる」

「了解」

 

 なんとか、先の城を破壊した個体と指揮官級の個体を把握したいところである。

 ティアとティナは、慎重に移動しつつ、周辺から仲間へ指示する竜だけを追った。

 15分程見ていると十竜長と百竜長が居るようなのが分かった。そして百竜長1体を特定する。その百竜長へ指示をする者が恐らく軍団のリーダーであろう。竜王かもしれない。

 ティアとティナは、百竜長を追いながら瓦礫の廃墟を移動し周囲へと目を凝らした。

 そして、5分程経った時のことだ。

 

 

 

「――このゴミどもめ、何をしている?」

 

 

 

 まるで頭の中へ直接流れ込んでくるかの声であった。

 その瞬間、瓦礫の影に潜んでいたティアとティナであったが、死を直感する。

 都市を焼き払ったであろう、広範囲に影ごと石も溶ける高熱の超火炎砲で炙られれば逃げ場はないと……。

 二人は同時に、茜色から蒼くなりつつある空を仰いだ。ほぼ真上である。

 

 そこには上空高く、大きな竜が1体だけ羽ばたいていた。

 

 

 




薔薇は――美しく散るのか、摘まれてしまうのか、はたまた棘を刺せるのか……。
次回に乞うご期待。

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