オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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表面上、影が王都へ留まり、王国では対竜軍団がまだ続いてますが……やっと行う事になった玉座の間での集会のお話です。


STAGE25. ナザリックの祭日(1)

 時間的にそれは、遠方で『蒼の薔薇』が竜軍団の百竜長の1体、ノブナーガへ襲い掛かる直前から始まる。

 

『――報告は以上です、アインズ様』

「うむ。引き続きそちらは頼む、ユリ。ではな」

『はい』

 

(確認は終わりっと。……さて、どうしようかなぁ)

 

 ここ大都市エ・ランテルにある、下級冒険者向けの宿屋の2階にある狭い一室。

 (カッパー)級冒険者モモンを装う、睡眠不要のナザリックの絶対的支配者であるアインズが、王都側に残したプレアデスのソリュシャンやユリへ〈伝言(メッセージ)〉を繋ぎ、状況を確認するも問題は特にない様子で、些か暇を持て余し始めた夜中の午前1時過ぎの事。

 王都の部屋へは、あれから特に訪問者は訪れなかったとの報告も受けていた。

 

(任せっきりでナーベラルやルベド達には悪かったけど、冒険者の方が仕事も3件熟せて有意義に過ごせたなぁ)

 

 加えて支配者は、ナーベラルが無事に役目を務め、昨日が難なく過ぎた事も内心喜ぶ。

 そんな時であった。彼の頭の中へ電子音のコールが響く。

 

『アインズ様、デミウルゴスにございます』

「うむ、なにか」

 

 

『――アインズ様、我々栄光のナザリックの戦略に関します計画の草案が纏まりました』

 

 

 支配者は、デミウルゴスからのその一言をはっきりと〈伝言(メッセージ)〉で受け取った。

 アインズが守護者達を集め、ナザリックの今後についての戦略会議を開いてからちょうど今日で10日目になる。

 恐らく、長中短期の各戦略計画に加え、新国家建設へ向けての国土となるトブの大森林と山岳部への進攻計画。そして、建設予定の新都市の詳細がかなり形となった物だろう。

 

「分かった。この場にマーレは居るが……これから皆を集められるか?」

 

 マーレはマーベロとして純白のローブを纏い、ベッドの脇へちょこんと可愛く座っている。

 今日彼女は、不可視化状態のパンドラズ・アクターが、時折変わったポーズをしつつ傍にいるので二人きりではないが、モモンガ様のすぐ横に居られるので目をキラキラさせ、ずっとニコニコしていた。

 支配者とはいえアインズは、最近働き過ぎに思う可愛いNPCの皆へこれでも結構気を使っている。周辺の情報が結構手に入り、ナザリックとして若干落ち着いた今は、無理を言うつもりはない。竜軍団の件も、ナザリックにすれば急ぎの事象とは異なる。

 そんな、至高の御方の些か控えめに感じる雰囲気での言葉に、デミウルゴスは自信を持って答える。

 

『はい、問題はありません。現在、アルベドを初め、マーレ以外の階層守護者達は全員、ナザリックにおりますので』

 

 デミウルゴスの様子から、性急に告げた要望ながら支障はないものと思われる。

 

「では、招集を掛けてくれ。皆へこれより20分後に、第九階層のナザリック戦略会議室へ集まるよう伝えよ」

『畏まりました、アインズ様』

 

 デミウルゴスの声からは、嬉しそうな思いが感じられた。支配者が望むこれから始まる大戦への高揚と、準備万端ということなのだろう。

 アインズは〈伝言〉を終えると、マーレ達に振り向き告げる。

 

「マーレ、これから共にナザリックへ戻るぞ」

「は、はい。アインズ様」

「パンドラズ・アクターは、ここで暫く代わりを頼む」

「心得ましたっ、創造主様っ」

 

 こうして、パンドラズ・アクターがモモンの姿に変わり、見栄えに問題ない事を確認すると、まだモモン姿のアインズはマーベロと移動するため〈転移門(ゲート)〉を開いた。

 

 

 

 一方、アインズへの〈伝言〉を終えたデミウルゴスは―――既に戦略会議室へ参集し、席から身を乗り出すようにしている階層守護者のシャルティアやアウラ達へと伝える。

 

「アインズ様は、間もなくこちらへいらっしゃいます」

 

 それを聞くと、キャッキャする女性陣と共にコキュートスからも「オオッ」と歓声が上がる。

 

「アインズ様のお喜びになるお顔が拝見できるのね。ペストーニャの方は、あと声を掛けるだけよ」

 

 もう昨日になるが、昼間にアインズと二人で宝物殿へと行動出来たアルベドは、にこやかに平静を保っている。

 守護者統括の言葉に、壁際へ静かに立つ執事のセバスも皆へと伝える。

 

「こちらも、エクレアや料理長へ指示を出すだけです。下準備は完了しています」

 

 セバスの答えに、デミウルゴスは彼へ目を合わせて小さく頷く。

 普段は同席すら滅多にない二人である。それは、よく意見を対立させていた二人の造物主、たっち・みーとウルベルトとの間柄から続いている伝統と言うべき関係。

 だが、同じ支配者を仰ぐ仲で、互いに忠義者で戦力として大きい存在であることは認め合っている。そして、アインズ様の為に協力して働くことに限っては、互いの個人的意向の外にあり、当然の事だと考えていた。

 アルベドは席から立ち上がると、ナザリックのNPC統括として、改まりつつこの場の皆へ凛々しく告げる。

 

「以前から話している通り、この戦略草案にお許しが頂ければ――玉座の間にて、世界征服への決起セレモニーを行います。各所責任者で防衛当直者以外は、参加させるように」

 

 いよいよ――至高の41人の頂点に御座(おわ)す御方の目的である『世界征服』の計画が動き出すのである!

 全員の表情は、非常に明るい。

 

「分かったでありんす」

「マーレも知ってるし、こっちも大丈夫」

「心得タ。問題ナイ」

「大丈夫ですよ」

「分かりました」

 

 

 

 仮面を外し、いつもの姿に戻りながらアインズとマーレが〈転移門(ゲート)〉から地上の石床の伸びる中央霊廟前へと出現すると、可愛い和風メイド姿のエントマが丁寧なお辞儀で出迎えてくれた。デミウルゴスが手を回してくれたのだろうか。

 支配者は、エントマから指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を受け取る。

 ここでアインズは、蟲愛でる彼女より忘れていた事を聞かされた。

 

「あの、アインズ様。恐怖公の所に居る捕虜達の世話ですが、順調でございます。まだあと2か月は生きているかと」

「(あ、忘れてた。マズイな、聞き出した情報も最近の分を見てないよなぁ)……そうか、丁度尋ねようと思っていたところだ。よしよし」

 

 褒美にアインズは、エントマの少し固めの頭を撫でてやる。蜘蛛人(アラクノイド)である彼女は主のご褒美行為にとても嬉しく、顔が微笑んだ表情へと切り替わっていた。

 アインズはここで少し考える。エ・ランテルや王都での情報と経験も含めて、捕虜44名の使い道を。

 

(目的であった情報を得ることは結構出来たよな。でも用済みとは言えないか。まだ、人間種の中では結構優秀な人材達で有ることは変わらないし。うーん、生存実験体として、何か価値はあるんじゃないかなぁ……)

 

 潰すのは容易い。

 でも冒険者組合では当初、とりあえず第三位階魔法の使い手としたマーベロの方が随分信用された。王城にも魔法詠唱者の影は僅かに数えるほどであった。それがここに44人もいる。

 それと、確かこの隊の指揮官は、召喚モンスター強化の特殊技術(スキル)を持った第四位階魔法の使い手と報告書にあった事も思い出す。

 

「……エントマよ、捕虜達に生き残りたいと感じる行動や発言は有るか?」

「はい。言葉では"何でも協力する、殺さないで欲しい"とすでに全員が発しています。その真意は不明ですが。特に指揮官であった者は、他者を押しのけて積極的に情報を話してくれており助かります」

「(指揮官……アイツかぁ。確かニグンとかいう男だったと思うけど……)捕虜の者達の事を改めて頼むぞ。上手く生かしておけ」

「(アインズさま……)畏まりました。お任せください」

 

 自分の存在意義と言えるアインズから直々に言葉と褒美と勅命を受け、生きた新鮮なお肉を少し食べたいという願望がありつつも、主の指示に従い『逃がさぬよう殺さぬよう』にと内心で静かに使命へ燃えるエントマであった。

 蜘蛛の少女に見送られマーレを連れたアインズは、第九階層の戦略会議室の扉前へと一気に指輪で〈転移〉する。

 率先するマーレにより格調高いその扉は開けられ、絶対的支配者が姿を現すと、室内の守護者全員がナザリックの主人を迎えるべく席から直ちに起立し礼をする。満面の笑みを浮かべてアルベドが、代表して支配者へと近寄り迎えた。

 

「アインズ様、お帰りなさいませ」

「うむ」

 

 そうして統括の彼女は、置かれた長方形の大テーブル上座の席まで、アインズに付き従う。マーレは、姉アウラの横の自席へと移動した。

 アインズとしては、穏やかに微笑むアルベドを初め、やはり仲間達の雰囲気的面影が濃いこの者達が揃っている姿を見るとホッとする。まだ自分を待ってもらえていて、こうして帰るところがあるのだと。

 彼は、ナザリック(ここ)が絶対に守るべき大切な場所であると再認識し、優しく声を掛ける。

 

「待たせたようだな、ご苦労。ふっ、みんな楽に座ってくれ」

 

「はいでありんす」

「ハッ」

「はいっ」

「は、はい」

「はい」

「はっ」

 

 アルベドも「では」と、アインズの左手前の席へと腰かけた。

 相変わらず、最後の方で答えたセバスだけは、執事として脇に直立のまま控えている。

 大テーブルの各席へは三十枚程の書類が置かれ、上座の席の前にだけ追加で、原本であろう八百枚程の分厚い立案書が置かれていた。不思議とこういう巻物(スクロール)には使えない単純な紙媒体は、結構在庫が有った。

 分厚い方の表紙には、『栄光のナザリック地下大墳墓総軍による世界征服戦略計画書 第一計画 国家アインズ・ウール・ゴウン建国に伴う五か年事業【草案原本】』と打ち込まれていた。

 

(うわぁぁ……随分分厚いなぁ……薄い方が要約した概要か)

 

 四辺を切り落としたように整然と積まれた分厚い紙の山を繁々と見た後、その横に目を移す。案の定、薄い方には【草案概要】と記されていた。

 

「じゃあ、早速始めてくれ」

「では、進行と説明は私、デミウルゴスがさせて頂きます。まず、お手元の三十枚程の資料の――」

 

 流石はデミウルゴスである。

 シャルティアは、何時間も続く分厚い資料の説明会議にはまず耐えられないだろう。前回は戦術に関連のある地理情報であったため、すんなり全資料が頭に入った。だが今回は違う。彼女はいつどこで戦えば良いかだけを要求するに決まっている。ある意味、コキュートスも同じかもしれない……。

 でも、この薄い資料なら許容範囲内だ。

 デミウルゴスなら一時間半もすれば分かりやすく説明は終わるだろう。

 

 デミウルゴスの説明は三部構成であった。

 

 まず、五か年事業の概要。

 次に領土確保戦と建国。

 最後に並行して行う小都市の建設だ。

 

 五か年事業の概要は、一年目に戦争準備と建設準備をし開戦と都市基礎工事、一年から三年目で領土確保、確保した領土の治安と経済維持に小都市建設、三年から五年目で建国と統治、小都市完成。

 次の領土確保戦と建国は、必要な戦力と準備内容と戦闘開始時期についての説明、そして時系列での進攻手順概略。建国宣言は、最低でも目標領土の7割を得て、小都市の城塞機能と宮殿、行政施設が完成してからとなる。

 小都市の建設は、石材、木材、鉄材、魔法素材を山岳や大森林からタダで取得し、ナザリックの第二の拠点を地上に構築する。労働力は、主に食費や疲労の発生しないスケルトン軍団から抽出。併合した大森林の部族からも供出させる。

 建設場所はカルネ村から東へ7キロほどの位置にある森の傍の平原となる。また、森の中を流れる大きめの河川から用水を引き込んで、水車や風車などでも水をくみ上げ街中へ上水道的に貯水槽や水路を巡らせるものだ。それらの説明と設計された正八角形を描く都市の概要図は地下部分も含め見事な出来栄えであった。

 説明は滞りなく終わる。

 

「さて、ここまでで問題がありますでしょうか?」

 

 デミウルゴスの確認は、支配者のアインズへ向けられている。

 アインズ的は、全く問題は無く……悪く言えば()()と思われるが、その前に先を聞くことにする。

 

「デミウルゴス、先にこれらへと想定される――人事を聞かせてくれ」

「はっ。ではまず……領土確保作戦の総司令は私が担当させて頂き、先鋒の軍団長をコキュートスに。参謀には新参ながらヘカテー・オルゴットを付けます」

 

 先鋒は、前会議でアインズからの指名があったコキュートスが確定していた通り。

 ヘカテ―は、『同誕の六人衆(セクステット)』の一人、Lv.92を誇る悪魔っ娘だ。都市の詳細設計でも力を発揮した頭脳派である。だが、戦闘もレベルに恥じない実力という。

 

「ちょっと、デミウルゴス。司令はアンタでいいけど、総司令はアインズ様じゃないの? それに、あたしの担当は? 次鋒なのっ」

「アインズ様は色々と御忙しい身。アウラ、君にも森林部の攻撃戦で軍団長で出てもらう局面が来るけれど、戦域が少し広がってからだね。それに君には――小都市建設の最高責任者をお願いする」

「はぁっ?! ……わ、わかったわよ」

 

 第六階層ジャングルの巨木の家や泉など、造形の細かいところは姉のアウラが指示していた。制作に関してはデミウルゴスもうるさいのだが、流石に領土確保の方が重要である。アインズの前では個人の考えは後回しとなる。アウラも、異論を唱えるのを止める。

 

「で、わたしはどうなのでありんす?」

「もちろん、シャルティアにも用意しているよ。当面ですが――ナザリックの防衛は、あなたに担当してもらいます」

 

 シャルティアは目を見開く。そして黙って頷く。アインズの前で重責となる担当への指名である。

 

「セバス。貴方には、シャルティアやマーレが不在の場合の防衛軍団長代行として考えています。マーレには予備戦力として動いてもらいます」

 

 セバスは「分かりました」と返し、マーレは小さく「りょ、了解です」と答える。

 確かに鉄壁の守りと強さのセバスが控えていれば安心だし、階層守護者序列二位のマーレの部隊が遊撃なら、大きく穴が開いていても埋められるだろう。

 

「そして、アルベドには広域統括としてナザリック内に留まり、全域を掌握していてもらいます。アインズ様、大まかな割り振りは以上ですが」

 

 実際、細かいところはそれぞれのシモベ達や、プレアデスやセクステットが入ってくるはずである。

 

(いいんじゃないかなぁ)

 

 分厚い人事でもある。問題は無いと、アインズはそう思った。

 いや、というか戦略については間違っているかまで分からない。一介の営業マンに何を求めているのか。都市を丸ごと新設という超大規模の建設工事にしろ、戦争にしろ専門外なのである。

 ただ、一つだけ気になっている。

 ここまで至って正攻法なのだ。

 

 つまり――『普通だ』という感想を除いては。

 

 アインズは、前回の会議のあとでデミウルゴスから聞いた言葉を忘れてはいない。

 

 『アインズ様があっと驚く戦略をお見せしなければなりませんね』

 

 あの忠誠心MAXである最上位悪魔の階層守護者は、そう支配者へ言ったのだ。

 普通で済む筈が無い。

 だがら、アインズはあえて尋ねる。

 

「デミウルゴスよ、一つ足りない気もするのだが?」

 

 アインズとしては、それほど重要ではない気もして、軽く指摘する。第七階層の階層守護者が思い当らなければ、このままでもいいという風に。

 

 だが、このアインズの言葉に、デミウルゴスは――「おぉ」と感激の表情を浮かべた。

 

 前会議で、支配者への熱い狼藉により連行され、その場に居なかった筈のアルベドも、デミウルゴスの作戦に気付いて口許へ笑みを浮かべる。

 

「「「「「――?!」」」」」

 

 これに対して、シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ、セバスの5名は、アインズの指摘が分からない。だが、絶対的支配者である至高の御方が納得していないのだ。配下として是正する必要があり、必死で頭を捻り始める。

 それを横に見つつ、デミウルゴスはゆっくりと語りはじめた。

 

「そうでした。守護者の皆へ伝え忘れていたことがありました」

「「「「「――!」」」」」

 

 シャルティア達が、デミウルゴスの言葉に傾注する。だが、皆の方を向いた彼の口からは予想外の言葉が飛び出る。

 

「指揮官は戦闘時に――必ず仮面を付け、出来れば仮装して戦うようにお願いします」

 

「はぁっ、何それ?」

「なっ、何でありんす?」

「な、何でかな?」

「……必要であれば、是非も有りません」

「……………私モ被ルノカ?」

 

 デミウルゴスは『どうですか』という満面の笑みで、支配者へと向き直る。

 それを受けたアインズ。

 

(うわぁぁ……何だろう。真意が全く分からないんだけど。仮面を付け仮装して驚かす……そんな単純であるはずがないんだけど。もっと何か意味や意図が――)

 

 そんな内心だが、表情は変えない。しかし、このまま無言でいる訳にもいかない。

 覚悟を決めて主は、それっぽく口を開いた。

 

「そういう戦略かっ。うむ、いい考えだ、デミウルゴス。問題あるまい」

「お褒め頂き、恐縮でございます」

「今、ここで答えを教えても面白くあるまい。全貌は、良い時期に皆へお前から教えてあげなさい」

「畏まりました、アインズ様」

 

 デミウルゴスは、満足げな表情で曲げた右腕を腹部に当て、席に着いたままながら恭しく支配者へと礼をする。

 主は、内心で「ふぅ」と出るはずない額に浮いた汗を拭っていた……。

 

 

 ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者であるアインズから、世界征服戦略計画書へのGO(実行許可)がついに出されたのである。

 

 

 アルベドが、このタイミングに柔らかい雰囲気で主へ進言する。

 

「アインズ様、私達ナザリックの進む方向が決まりました。是非この事を、玉座の間にて、シモベ達皆の前でアインズ様からお知らせ頂けると嬉しいのですが」

 

 そういえば、前回の会議でもアルベドから、改名の名乗りを上げて欲しい事も希望されていたのを思い出す。

 アインズは、多くの者を統べる支配者として、きちんとした区切りは大事だという気がした。彼はゆっくりと上座の席から立ち上がると、この場の者達へ伝える。

 

「――そうだな。盛大に皆で、あの場に集まろうか」

「はいっ、アインズ様!」

 

 続いて立ち上がったアルベドも、とても嬉しそうである。

 愛しい至高の御方が、世界征服開始を宣言するという最高の威厳を示す場となるのだ。

 

「では、アインズ様、これから9時間ほどで準備を完了いたします。本日正午より、ナザリック地下大墳墓内全域へ向けて『至高の御方の重大発表』として完全生中継いたします」

 

 シャルティア達も席から立ち上がっていた。

 

「お祝いでありんすねっ!」

「ア、アインズさま、万歳っ!」

 

 マーレが敬愛の余り、思わず万歳を口にする。アウラも続く。

 

「あたしもっ、アインズ様、万歳ーっ!」

「ォォォオオ、アインズ様万歳ーーーーッ!」

 

 それに続き、雄叫びを上げてコキュートスが吠えた。もう、守護者達は止まらない。

 

「「「「「「「アインズ様万歳! アインズ様万歳! アインズ様万歳~~~!」」」」」」」

 

 淑女のアルベドを初め、寡黙なセバスまで全員がアインズの前でもろ手を挙げて万歳三唱を送った。アインズは、それを黙って受け止める。

 

「(は、恥ずかしい……)う、うむ。皆の気持ち嬉しく思うぞ」

「「「「「「「ははーーっ」」」」」」」

 

 漸く一段落となる。

 いつもは最後まで傍に居ようとするアルベドが、「それではアインズ様、準備が有りますので、お先に失礼します」と去って行く。セバスも「失礼いたします」と落ち着きの有る姿だが続いた。

 二人は、ペストーニャの率いる一般メイド隊と、エクレアと怪人の召使い達や料理長らへ会場と料理の準備に関する指示を出しに向かったのだ。

 予定では、玉座の間で式典を行ったあと、第六階層の闘技場で食材の限り宴会となる運び。

 今は午前3時に近く、あと9時間程しかない。裏方は、正に戦場と化していった……。

 

「あの、アインズ様、ハムスケを連れて来ていいですか?」

 

 結構可愛がっているアウラが、主へ確認してきた。そういえば、縄張りを安堵しているので、ナザリックへ呼んだことはまだ無い気がする。

 

「構わないぞ。知らせてやれ。あ、待て」

 

 アインズはふと、ここでパンドラズ・アクターは兎も角、王都にいる者達と、カルネ村の者らに関して呼ぶことを考えた。

 この段階ではアインズの正体を知らないクレマンティーヌ、ンフィーレア、ツアレ、カルネ村の一般村民は思考の中で除外する。

 ただ、王都は空には出来ない事と、ツアレ一人を残すわけにもいかない。なので、プレアデスの一人は残ってもらう手を一つ考える。

 カルネ村のエモット家の方は、ゴブリン軍団の連中を上手く使えば、まあ何とかなるだろう。

 エ・ランテルでンフィーレアの護衛に付いている八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)や、カルネ村の蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)達もそのまま任務続行である。

 

(……異形種のハムスケはともかく、エンリとネムは人間だよな。キョウが付いてはいるけど、数日会ってないし、俺が連れて来てあげようか。とはいえ今は夜中だし。ハムスケは、ちょうど起きてるよね)

 

「アウラよ、私も行こう。ふむ、日付が変わっているな。上でアンデッドの作成をする間、少し待て」

「はい、アインズ様っ」

「では、第一階層まで、私もお供するでありんす」

「ぼ、僕も森まで行っていいですか?」

 

 アインズの両手とお腹周りが、可愛らしい華で囲まれていた。

 

「うむ。では第一階層へ行こうか。……デミウルゴス、計画書の纏め役大儀であった」

「はっ、お褒めの御言葉、ありがとうございます」

「コキュートス、先陣でどう戦うのか楽しみにしているぞ」

「ハッ、オ任セヲ」

「そういえば、武技についてはルベドに聞けたのか?」

 

 何気にアインズは尋ねた。

 以前、武技の存在を少しコキュートスへ告げていて、彼も大いに関心を示していたのだ。

 

「ハッ。先日、王都ヘノ道中デ、ルベド殿ガナザリックヘ帰還シタ際ニ、地上ニテ軽く一手手合ワセイタシマシタ。上空ノ雲マデ難ナク切リ裂ク威力……アレハ凄カッタ」

 

 その報告を初めて聞いたアインズだが、全力ではないにしろルベドと手合わせして、普通に生きている方がスゴイ気もする。流石と言えよう。

 

「実際ニ見ルコトガ叶ッタノデスガ、マダ感ハ掴メマセヌ」

 

 剣技ではルベドを上回るコキュートスだが、武技には相性があるのかもしれない。しかし、使えればかなりの戦力アップになる。

 

「そうか、精進せよ。お前も武技が使えるようになることを期待している」

「ハハッ!」

 

 頭を下げる武人のコキュートスと優雅に礼で見送るデミウルゴスを残し、アインズとアウラ達は第一階層へと移動した。

 

 

 

 至高なる死の支配者(オーバーロード)は、第一階層の墳墓内の一角で、寄り添ってきた3名の階層守護者である超美少女達に見守られる中、手慣れた感じにアンデッド作成を行う。

 中位アンデッドは『魂喰らい(ソウルイーター)』も増やしつつあった。

 それが終わるとアインズは、シャルティアより別れを惜しまれつつ、白い衣装装備を纏う闇妖精(ダークエルフ)の双子姉妹と共にトブの大森林へと移動した。

 アインズの開いた〈転移門(ゲート)〉を、姉のアウラがまずピョンと可愛らしく元気よく通過し、右手でおでこへ庇を作るように見回すポーズで深夜の真っ暗な森の周囲を探知し、部外者が周囲1キロ以内に見当たらない事を確認する。

 

「大丈夫みたいです、アインズ様。あ、向こうの遠くでハムスケがこちらに気付いたみたいですよ」

 

 西の方角を向き、アウラが主へと知らせる。

 すると間もなく、ハムスケがダッシュで木々の間から現れた。

 ハムスケは、森へ急に現れた一行の中にアインズを見つけて大喜びする。

 

「殿ぉーーーーーーーーーーっ!」

 

 全長3メートル以上あり小部屋程もある巨体で、力任せに支配者へすり寄って来た。遠目には、ふわふわで可愛い姿をしていても、デカイ、硬い、僅かに痛い。まあ、ダメージは受けないのだが。

 抱き付いた後には、腹を上に向けての服従の姿勢を取った。

 

「わ、分かったから、ハムスケ。起き上がれ」

「もう、いいでござるか」

 

 臣下として、気持ち的にはまだ服従し足りないが、偉大である主人に言われては仕方が無く、森の賢王は起き上がる。

 ここで漸くアウラとマーレがいることに気が付く。

 

「これは、アウラ様にマーレ様」

「気付くのが遅いよ」

「そ、それと、シモベが至高の御方であるアインズ様へ気軽に抱き付くのは無礼だから。お仕置きしちゃうよ」

 

 黒き神器級(ゴッズ)アイテムの杖『シャドウ・オブ・ユグドラシル』を両手で握るマーレは、軽く振り下ろす素振りをしつつ間合いをじりじりと詰めていく。少し弱々しい言葉と動作に比して、秘めるその殴打の威力は計り知れない……。

 

「こ、心得たでござる。申し訳なかったでござるよ」

 

 野生の勘と言おうか、ハムスケは死を直感しペコペコとアインズ達へ可愛く頭を下げ、反省の意を示した。

 

「その辺でいいだろう、マーレ。ソイツは私が配下に加えて間もない。不慣れもあるし、多少は大目に見てやれ」

「は、はい、アインズ様」

 

 このアインズの一言で、ハムスケは救われた。

 アブナイアブナイ。マーレの機嫌を損ねると、死は直ぐ近くに転がっているのだ。

 

「そ、それで、殿達は某に何かお命じに来られたのでござるか?」

 

 正直、主を初め、途轍もない3名の強者が来るなんて尋常ではない状況と考えられた。

 しかしアインズは、落ち着いた感じで話を切り出す。

 

「いや。実はな、我々ナザリックの者達を集めての集会を開く。それで、お前を呼びに来たのだ」

「ハムスケ。お仕えする者として、アインズ様直々のお誘いなんて、とーっても凄い事なんだぞ」

「そ、そうだよ」

 

 アウラ達が、興奮気味に力説する。

 わざわざお越しの理由は今一つ分からないが、確かに支配者直々の誘いを受けるという事は、配下として非常に名誉な事。断る理由は全くない。

 

「わ、分かったでござる。喜んで参加するでござるよ、殿っ!」

 

 こうして無事に、ハムスケは〈転移門(ゲート)〉を通って、ナザリックへと入った。

 初めからアウラだけなら、死に近付く事は無かった気もした……が、無事移動を完了する。

 ハムスケは人語を理解するが、やはり夜行性の獣型モンスターである。そのため残念にも、超豪華仕様であるナザリック下層部内については、それほどの感動はなかった。

 ただ第六階層のジャングルは、暮らし易く「素晴らしいでござるっ」と喜んでいたが。

 

 

 

 アインズは王都へと戻った。時刻は午前4時頃。

 王城のヴァランシア宮殿で、宿泊や滞在にと国王よりアインズ達が与えられている一室。

 この時間、ツアレは当然眠っている。だが、他の者達は不眠のため全員が起きていた。

 〈転移門(ゲート)〉の出現は、10分ほど前に至高の御方から〈伝言(メッセージ)〉でユリのもとへ通達されており、仮面のアインズが現れた時には、ツアレ以外のルベド、ユリ、シズ、ソリュシャン、そしてメイド姿のナーベラルが並んで礼をしている姿で出迎えた。

 (かしず)く配下達へ目を向けながら、アインズ自ら手順を説明する。

 

「連絡した通りだが集会へ出てもらう為、本日午前10時半から、王城より馬車で出かける風を装う。目的地は――反国王派の連中から貰った王都内にある屋敷だ」

 

 このような配下への手回しは、セバス辺りへ頼んでも良いのだが、まめに自ら動くのはギルドマスターの名残なのか、はたまた社畜営業マンの性だろうか。

 アインズの言葉に、連絡を受けていたユリが眼鏡を僅かに押し上げつつ答える。

 

「はい、心得ております。その際、ソリュシャンとツアレをここへ残すのですね」

「そうだ。すまんなソリュシャン。だが、ここはお前が適任だと考えている」

 

 職業レベルのマスターアサシンにより、盗聴等が出来、機転も効く彼女の存在は非常に助かる。ユリは、馬車の御者としても必要であった。

 

「いえ。畏まりました、アインズ様」

 

 ソリュシャンのその表情に、微塵も残念に考える思いは無い。至高の御方にここぞという重役を指名されたことが嬉しくあった。

 返事に満足したアインズであるが、一旦この場を後にするため伝える。

 

「私は、冒険者の仕事がこのあと6時からあるので、午前10時頃に再びここへ来る。それまでナーベラルよ、代役をしっかり頼む」

「畏まりました。この命に代えましても」

 

 凛々しく仰々しいナーベラルの気合いはいつも高めだ。些か空回っている雰囲気もあるが。

 「ではな」という言葉を告げつつ、再び〈転移門(ゲート)〉を開いたアインズは、その中へと去って行った。

 

 

 

 その〈転移門〉は、エ・ランテルの下級冒険者向けの宿屋の一室へと繋がっていた。

 狭い部屋の中へ〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉と唱えつつ、アインズは漆黒の甲冑のモモンへと姿を変えながら現れる。その場には、もうマーレが紅い杖を握るマーベロの姿で控えていた。

 

「お、お疲れ様です、アインズ様」

「お帰りなさいませ、創造主様。特に周辺にも動きは無かったです」

 

 モモンに扮しているため、動作が普通になっているパンドラズ・アクターと笑顔のマーレが、言葉で労ってくれる。

 

「うむ。パンドラズ・アクターよ、これから仕事があるので代わろう。また暫く後ろで見ていろ」

「分かりました、それでは」

 

 鈴木悟の声色なので、些か異質に聞こえた。

 このあと、冒険者モモンチームは午前6時から、昨日受けた4件目の依頼の護衛を実行した。

 依頼者は中年風のエ・ランテルの行商人だ。使用人達も使い、荷物が馬車で三台あると言う。都市の南側にある山岳麓の街まで、片道4時間足らずとなる道程の送迎である。

 途中、街道から細道に入り森を抜け山岳脇も通るため、結構危ないらしい。帰りは翌朝ということで、再び迎えに行く予定。

 そんな依頼であったが、数回、ゴブリン等が現れるもモモン達が難なく追い払い無事に往路は終了する。

 「明日も頼むよ」と依頼者の男に笑顔で告げられつつ、モモンとマーベロは山岳麓の街を後にする。〈飛行(フライ)〉と〈浮遊板(フローティング・ボード)〉を使いエ・ランテルへと戻った。

 

 

 

 あっという間に時刻は午前10時を迎え、アインズは再び仮面姿で王城の一室に予定通り現れていた。

 すでに、ユリ経由で大臣補佐へ馬車による外出の話は了承が取れている。どうも客人が外出し、王都内を見物するのは普通の事らしく、「それはそれは。このような時節ですが、ごゆっくりどうぞ」と名所を幾つか勧められたほどである。

 ずっと部屋へ籠っているのはおかしい事のようなので、タイミングとしても良かったみたいだ。

 一行でただ一人、事情を知らないツアレだが、例の屋敷の下見ということで「左様ですか」と納得している様子だ。

 馬車の準備や乗り場まで移動していると早くも10時半を迎え、ユリを御者に八足馬(スレイプニール)四頭立てである漆黒の車体の馬車がロ・レンテ城内を静かに駆け始める。

 馬車にはアインズとルベドにユリ、ナーベラルとシズが乗り込んでいる。

 五人の乗る四頭立て四輪大型馬車(コーチ)は、王都最奥に建つ王城正門を颯爽と出るとそこから伸びる石畳の敷かれた中央通りを暫く進んで、中央交差点大広場から南東門に向かう大通りへと向かう。そこを進む中で、例の屋敷の区画へ通じる道へと右に入って行く。途中、街の通りを歩く人々は、多くが八足馬といい馬車の豪華さに二度見しつつ振り返り驚いていた。

 ナーベラルは不可視化してシズと座っており、ルベドはアインズの右側の席へ座りつつ、相変わらず時折ニヤニヤしながら遠方にいる双子姉妹の冒険者の監視も継続中である……。

 

「そういえば、早朝にエントマと会ったぞ。頑張ってくれてたので褒めておいた」

「左様ですか。ふふっ、エントマも喜んだことでしょう」

「エントマ……羨ましい……」

 

 普段、凛々しい表情のナーベラルも姉妹の話には締まりが緩み笑顔を浮かべる。ここ数日撫でを貰っていないシズは、物欲しそうにする表情であった。

 さて、アインズが考えた案は、反王派のボウロロープ侯爵らから貰った屋敷を利用することである。小さい林もある50メートル四方程の土地に、部屋数20程を有する3階建ての小綺麗な石造りの洋館であった。この屋敷については、維持に最低限必要な使用人数名を除いて執事や料理人等は不要と告げてある。

 その屋敷の一室から〈転移門(ゲート)〉を開けば色々と問題は解決出来る。

 また大臣補佐へは、先日褒美に貰った金貨400枚で王都での別宅に借りようか考えている物件だと説明済である。

 辻褄と全員のアリバイはこれで問題ないだろう。

 屋敷へ到着したアインズ達は、まだ若い3名のメイド姿の少女達に出迎えられた。恐らくリットン伯辺りが連れて来た者達のようだ。

 彼女達は、見た事も無いほどの最上級である馬車から、巨躯で漆黒のローブを羽織る仮面の御主人様の登場に、何か少し怯えた風の感じを受けたが、彼に続く可憐なユリやルベド、シズを見て少し落ち着いた様子。

 アインズは一応、ルベド達へ、屋敷に居る人間には手を出すなと告げている。

 支配者は、反応を気にすることなくメイド少女達へ声を掛ける。

 

「私がアインズ・ウール・ゴウンだ。話は聞いているか?」

「はい、ご主人様。生涯傍へお仕えするようにと言われております」

 

 三人の少女の中で、真ん中に立つ一番背の高くしっかりした雰囲気の黒赤毛を肩程で揃えた髪の娘が答えた。

 

「(生涯って……うゎぁ、また何かありそうだなぁ)……そうか」

 

 だが、今日は全部置いておく。時間は既に午前11時前である。

 アインズは屋敷の主として言い放つ。

 

「今日はこの屋敷を見に来た。日が沈むまでには王城へ帰る予定でいる。昼食は皆で早めに済ませてきた。私が再び1階へ降りて来るまで、お前達三人は2階以上へ決して上がってくるな。良いな?」

「畏まりました」

「「畏まりました」」

 

 真ん中の少女へ続き、右側の一番小柄で髪がロングツインテールの子と、左側に立つ腰ほどまで一本の三つ編みにした娘も返事をした。ふと、三人とも髪の色が近いように思えたが。

 アインズ達は、馬車をメイドの娘達へ頼むと、玄関の扉を開き屋敷へと入って行った。

 両脇へ階段が掛けられた広めの玄関ホール。大理石の床にホールの天井に掛かるシャンデリア。

 だが、ナザリックの中に広がる最高級の内装からすれば、非常に地味な造りであることは動かない。ユリ達にはそう見えていた。アインズとしては、雨露を十分凌げるしタダにしてはまあイイんじゃないかと思っている。

 一行の五人は、三階へと上がるとベランダのある広い一室に籠った。そして間もなく〈転移門(ゲート)〉にてこの屋敷から完全に姿を消した。

 

 

 

 アインズによるエスコートは、刻限である昼の12時が迫っていてもまだ続いていた……。

 時刻はすでに午前11時15分。絶対的支配者はトブの大森林にいた。

 

「さて……」

 

 今朝、請け負った護衛の仕事からの帰路に〈浮遊板(フローティング・ボード)〉へ座りながら、カルネ村のエモット家に居るモモンガの制作した青紫色系で盗賊と忍者風のデザインの混ざる装備衣装を着る、新参NPCのキョウへと〈伝言(メッセージ)〉を飛ばしていた。

 

「キョウよ、聞こえるか?」

「これは、アインズ様……(ニャ)」

「実は、急なのだが今日の正午にナザリック勢の集会が玉座の間で開かれる」

「左様ですか(ニャ)」

「ついては、お前がエンリ、ネム姉妹と、お守り代わりにゴブリン軍団のリーダとエンリに任せてある死の騎士(デス・ナイト)を、午前11時過ぎたぐらいにトブの大森林の少し奥へ入った辺りまで連れてこい。私がそこからナザリックへの〈転移門(ゲート)〉を開く。あと、そうだな……周囲の者へは薬草の採取とでもしておき、他のゴブリン軍団の者に上手く立ち回らせろ」

「了解です(ニャ)」

 

 そんなやり取り通りに、近くへ現れたアインズの存在へ、マスターアサシンの職業レベルを持つキョウがすぐに気付き、エンリ達を連れて現れる。

 

「アインズ様、指名された者達を連れて来ました……(ニャ)」

 

 草木の間から、デス・ナイトにより枝や蔓を除けられて出来た隙間から、手を繋いだエンリとネムの姉妹が飛び出して来た。

 

「アインズさまーーーっ!」

 

 ネムは一直線でアインズの胸へと抱き付いていた。

 

「こ、こら、ネムっ。すみません、アインズ様」

 

 6日ぶりの敬愛する旦那様との再会に、頬が赤いエンリである。

 くっ付いていたネムを胸元へと抱きながら、アインズは気にする様子はない。

 

「構わん。急に呼び出した形になったがエンリよ、村の方は大丈夫か?」

「はい、少し早めに来て、実際にこの通り薬草は摘んでいますので」

 

 彼女は、右腕に通した籠へ掛けられた布を捲って見せると、そこには一杯に薬草が詰められていた。

 どうやらアリバイを完璧にするために、すでに偽りの目的を達成してくれている模様だ。

 エンリは、それよりも心配するように尋ねる。

 

「あの本当に、私達が参加してもいいのでしょうか?」

 

 アインズは、まだナザリックについてエンリへほとんど説明していない。

 エンリが知っているのは、ルベドやソリュシャン達やキョウを紹介された時に、彼女達が人間ではない事ぐらい。そして部下達は数十人程は居そうかなという事。それと、非常に豪華な馬車を持っている事ぐらいだ。

 それでも、薄々気が付きつつある。

 

 つまりアインズの部下達は――人外達の集団であろうことを。

 

 エンリの少し不安に見える雰囲気を払拭すべく、アインズは自信を持って告げる。

 

「何も心配はいらない。エンリ達は、私の名で私の配下にしているのだ。そして、一緒に居たり会ったりしたルベドやシズ、ユリ達もいる。あと、私の部下の最上位幹部達もお前達の事はもう知っているしな。私が命じた以上、安全は保障される」

「ジュゲムさんも?」

 

 付き従う屈強のゴブリン軍団のリーダーは、「姐さん……」と言いつつ笑う。彼は、エンリの為に死ぬ事を恐れていない。

 

「もちろんだ。知らない者に会ったら、蟲の姿であろうとも"カルネ村の者だ"と告げれば分かるはずだ」

「ふふっ、私も傍にいますから大丈夫です(ニャ)」

 

 アインズの言葉の後に、キョウも微笑んでそう付け加える。

 漸くエンリは、笑顔を浮かべる。

 

「お姉ちゃんは心配し過ぎっ! アインズさまがいるんだからー」

 

 アインズにしがみ付いているネムは、姉に比べて全くマイペースであった。

 

「もう、ネムったら」

 

 エンリは、自分達が原因になって、アインズの配下達の中で問題が起こらないかを心配しているのだ。旦那様へ反感を持つ者などが現れ、求心力が落ちることに繋がらないかと。

 ナザリックの者達の圧倒的な忠誠心を考えれば、それはまあ殆ど杞憂なのだが、まだエンリに分かるはずもない。

 

「では行こうか、ナザリックへ。〈転移門(ゲート)〉」

 

 アインズの魔法により、目の前の空間に闇の様な面が大窓の如く広がる。エンリが、旦那様と初めて出会った時と、ンフィーレアが来た時に家で見た異質といえる光景である。エンリとしては、(くぐ)るのに少し怖さはあるが、旦那様の後へ続く事に否は無い。

 まず、ネムを抱くアインズが通り抜ける。その後にエンリ、ジュゲム、デス・ナイト、最後に不審な者が周囲にいない事を確認してキョウが〈転移門〉を潜った。

 

 アインズ達が現れたのは第九階層の端。

 『玉座の間』前にある、数十体のゴーレム群が飾られた形に並ぶ、広い高天井の通路空間へと降りる大階段の手前である。

 その目に見える広大な空間のすべてが、壮大である。

 まず床の最高級絨毯はフカフカであった。次に通路の足元から天井までの芸術的細工の素晴らしさ。そして、何より全域が過度にならない品の良い金銀宝石類での装飾群と巨大で絢爛豪華なシャンデリアが十点以上並ぶ。

 この周辺だけで一体、何十万カラットの宝石類に何百トンの金塊が使われているのか……。

 エンリは、その余りの豪華さに満ちる周辺光景に、唖然と固まって見入っていた。

 ジュゲムにも貴金属への価値観は有り、目だけが動き口を開けたままの状態で止まっている。

 ただ一人、ネムだけが、フカフカの高級絨毯の上を走り回り始める。

 

「すごいすごいすごい、すっごーーーーいっ! キラキラ、キンピカーーーッ!! アインズ様っ、超お金持ちーーーーーーっ! ワーイ、ワーイ!」

 

 エンリは、自分の愛しの旦那(アインズ)様について、まだ甘く見過ぎていた事に改めて気付く。

 狭い村のような地域の、そこそこ大きいお屋敷へ住む魔法に長けた偉い人物かなと思っていた。それでも十分凄いのだが、現実はその想像を完全にぶっ飛ばし突き抜けていた……。

 きっと、六大貴族や国王さえも優に凌ぐ財がある。その一方で、大半の貴族の様な領民へ示す傲慢さも、骨皮になるまで絞り尽くす貪欲さも、多くの村娘を飽きるまで貪る風の粗暴も無く、仲間には慈愛をもって臨む御方。

 

 

 これはもう間違いなく――伝説の神的水準といえる存在。

 

 

「ア、アインズ様……(貴方はやはり、死の神……さま?)」

「ん? なんだ、エンリ」

 

 すぐ横に立つ旦那様は、そんな彼女の考えも知らず、普通に軽く優しい伴侶への感じで返事を返してくれる。

 それも『エンリ』と自分のごとき凡人の名前を呼んでくれているのだ。

 エンリは思う。これは、きっと夢なんじゃないかと――。

 

「こ、これは……いったい……」

「ここは、ナザリックの第九階層。ここがナザリック地下大墳墓だ。配下は万を優に超える。この私、アインズ・ウール・ゴウンが治める、広大な十階層からなる、我々の拠点であり――家だ」

 

 

「――――――――っ!」

 

 

 凄まじいとはこういう事なのだろう。

 エンリは言葉にならず一音すら出なかった。

 ルベドやアインズから感じる圧倒的といえる威圧。他の配下の者達からも非常に大きな威圧を受けている。それらが率いる万を超える軍団……。

 ここで、特殊である職業レベルを持つエンリの頭に、世界の終末的な思考がふと浮かんだ。まさかと。

 

 

 もしかして――村を襲った50名の騎士団をたった1体であっという間に駆逐してくれた無敵無双の死の騎士(デス・ナイト)が、旦那様が率いる万を優に数える軍団のただの一兵卒という冗談みたいな存在である可能性が―――。

 

 

 それは、もはや国の枠を超え、この全世界に対して余りにも圧倒的過ぎる戦力。

 世界をまさに滅ぼせる程のモノなのではと。

 ネムはまだ無邪気に、フカフカで美しい絨毯の上を転げ回っていた。

 ジュゲムはそれを眺めながら、まだアインズからの言葉に絶句しているエンリの前で静かに呟く。

 

「姐さん、カルネ村は……安泰ですね」

 

 エンリは、しばらく間を置いてから答えた。

 

「……そうかも……アインズ様がいらっしゃれば」

 

 ここ数日の村民らの頑張りもあり、村の周りに柵が完成し一部に塀が設置され始めている。再び何か敵が襲って来ても死の騎士(デス・ナイト)達やゴブリン軍団もいてくれ、村人も弓や槍の訓練を始めている為、以前の様に無抵抗で押し切られることはもう無いはず。

 

(……いや、きっともうそういったチマチマした戦いのレベルじゃない)

 

 エンリは、アインズが王国戦士長と王国戦士騎馬隊を助けたという村の西方にある草原に行ってみた事が有る。

 そこには――直径で数十メートルもある、高熱で一部の石が溶ける程に焦げ切った巨大な跡があった……。

 だが戦いの痕跡はそれ以外には殆ど残っていなかった。

 敵は他国の50人程の精鋭部隊だと聞いた。苦戦しつつ撃退したと。

 しかし、多分違うのだ。

 彼らは消されたのだろう――殲滅だ――圧倒的であるアインズ様達の手によって。

 でも、それでいい。

 だって、大切であったカルネ村の人達を――お父さんやお母さんを殺した連中の仲間なのだから。

 アインズ様は、世界を滅ぼせる戦力を持っている。

 けれども、問題は何も存在しない。

 

 なぜならその力は、大事なカルネ村と村のみんなを『もっと守れるモノ』だからだ。

 

 エンリは、そう割り切った。

 その時、垣間見せた凛々しい彼女の表情には、何か未来の姿を予感させるものがあった。

 漸く彼女は、敬愛する旦那(アインズ)様へと素直な笑顔を向ける。

 

 

 

「ここがナザリック……素晴らしいお家です、アインズ様!」

 

 

 

 ナザリックは、間もなく正午を迎える。

 

 

 


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