オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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STAGE34. 支配者失望する/5つノ告白ト7つノ嘘(8)

 アインズ達が、『八本指』 との共闘に関する深夜会談を終えて『ゴウン屋敷』へ戻って来たのは、午前2時半前。

 その際、屋敷前に放置のままの荷馬車を回収する馬と人員を乗せた『八本指』からの馬車も付いて来た。屋敷前に着き、残されていた荷馬車へ馬を手早く繋ぎ換える作業に入ると、そのうち2人の男が、ゴドウの操る馬車から玄関前に降り立ったアインズのもとへやって来る。

 男2人は「警備部門長からの詫びとのことです」と、ずっしりと重たい幾つかの袋を渡した。袋の口から溢れそうに見えるのは金色の硬貨の輝き。合わせれば千枚は下らないだろう。

 アインズは、「ちょっとした借りが返ってきたようなものだ」と、驚きで目を白黒させるツアレやリッセンバッハ三姉妹にあっさりと受け取らせた。

 彼女達庶民からすれば、ちょっとした額では済まない。

 現物を見る機会など普通は一生無いほどの纏まった枚数で、明らかに貴族や大商人達が動かす水準の金額。この一袋分もあれば、間違いなくリッセンバッハ家のすべての多大な借金を簡単に完済出来るほど。一体、何のお金なのかも含めて、唖然となるのも無理からぬ事。

 あとでこのお金から、屋敷の管理維持費にと、金貨50枚が追加でメイベラへと渡されている。

 間もなく、仕事を終えたゼロの配下達とリットン伯の使いで来ていたゴドウらの馬車が、ゴウン屋敷から深夜の闇へと紛れ、速やかに去って行く。

 屋敷のメイド達は、それを確認したのち門を閉め、玄関から建物の中へと入る。

 ツアレが『嘗ての上役、黒服の厳ついゴドウ』の姿を見たのは、この時が最後となった……。

 

 

 

 

 

 翌日の快晴下に、アインズ一行の乗る王国の者達にすれば、洗練され美しい漆黒の超高級馬車が王城へ戻ったのは午前10時頃。

 ゴウン屋敷を出るまでの間、アインズは替え玉姿のナーベラルと入れ替わっていた。

 そしてアインズ自身はナザリックへと戻る。

 

 

◆  ◆  ◆

 

「ああっ、アインズ様っ!」

 

 主の帰還を待ち侘びていた守護者統括アルベドの、狂った愛犬のように熱烈である出迎えを支配者は受ける。アインズはそれについて不快に思った事は一度もない。

 アルベドだけではなく、ナザリックのNPC達の出迎えはどれも気遣いに溢れているのが十二分に見て取れた。

 アインズにとって、NPC達は皆、この世界に残された家族といえる大事な者達である。

 統括の彼女に終始ベッタリと付きまとわれつつ、アインズは日の出前に竜王国より帰還してきたパンドラズ・アクターからの現地状況を聞きながら日課のアンデッド作成を行う。

 作成したアンデッド達だがこれまでのところ、ベースになる人間のレベルも多少付加されることが分かってきている。

 カルネ村を襲ったスレイン法国の騎士達の中に、平均より些か強い者が一人いたようで、一体だけ他より2レベル高い死の騎士(デス・ナイト)が存在している。

 今日は、カルネ村傍の全滅した村から集めた放置死体から、上位アンデッドを3体創造する。

 ちなみに竜王国の状況を聞いたアインズの印象は、一言で表すと――『既に結構追い詰められているなぁ』という感じ。

 それが済むと、漸く落ち着いたアルベドを従えて玉座の間へ移動し、竜の遺体奪取等でデミウルゴスから、各階層内についてはセバス他数名から幾つか報告を受ける。

 また、デミウルゴスからは更に、トブの大森林へ侵攻する第一陣の戦力の概要が提示された。

 総勢は約2千。コキュートスを大将に、副将に恐怖公が就くという一部おぞましい大軍団が形成される予定だ。ちなみにナザリック勢の兵力の総数に、Lv.15未満の小ぶりで知性の低いGの個体数は含まれていない。なので正味数万に達する見通し。これには第2階層の『黒棺(ブラック・カプセル)』から溢れる恐れのある群体数の一部調整について、アルベドを筆頭にシャルティアやアウラらからの熱心な要望も汲んでいた。

 また遊撃部隊には、エントマ率いる新鋭のベリュー=3ら死者の魔法使い(エルダーリッチ)部隊と人間の魔法詠唱者部隊も含んでいるという……。

 続くエクレアからの、漆黒聖典一行の馬車追跡報告において、アインズの口から「なんだと?」と意外の感を含む低い言葉が漏れた。

 漆黒聖典の部隊が――全て合流していると伝えられたのだ。

 それは、一日半程先行していたクレマンティーヌにセドランの分隊がエ・ランテルにて合流し、折り返しで再度王都側へ動き出したところ、並走する形で本隊が偶然に追い付いたという真実。

 いずれにしても合流された以上、アインズにしてみれば少々予想と違う展開。

 

(……漆黒聖典の部隊は合流待ちが不要となった事で――今後、長時間一か所に留まらないかもしれないなぁ)

 

 一抹の不安が支配者の脳裏を掠める。

 実際のところ、漆黒聖典は神都より馬の休憩やその短い睡眠時間に合わせる形で、数時間休んでは移動を繰り返していた。

 ただ残す距離は長い。今後も馬を気遣うだろう漆黒聖典の部隊が、エ・アセナル近郊へたどり着き、竜軍団へ接触するにはまだ1週間ほどは掛かると思われる。

 一応クレマンティーヌには――あの、500円ガチャの『小さな彫刻像』も持たせている。

 彼女はそれを、エ・ランテルに来た理由の『買いそびれた欲しいモノ』にすると言っていた。

 この時点で漆黒聖典の動きに対し、アインズが慌てるほどの問題はまだ存在しない。

 

(まあ、なんとかなるか……)

 

◆  ◆  ◆

 

 

 そんなナザリックに戻った時の事を考えながら、アインズはヴァランシア宮殿のいつもの滞在部屋へと入った。

 ロ・レンテ城内では今朝から大臣が竜軍団への使者に立ったため不在となり、代わりに数名いる大臣補佐のうち、その筆頭が『大臣代行』の臨時職に就いて王家内の行事を回している。

 彼等の仕事は、竜軍団への対応以外は以前と変わらないため、城内の様子を見る限り特に混乱や停滞はなかった。

 客人で世話になっているアインズ達には余り関係のない話ではある。

 今この時の『旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)』は、ナーベラルでは無くアインズ自身が務めているが、昼食も食後のお茶会も午後の中庭への散歩も特に何事も無く、平和に時間が過ぎていく。

 暇なその合間に、支配者はツアレに知られず、不可視で室内に残っていた留守番役のルプスレギナから報告を受ける。

 昨晩の城内ではいつもの如く、武器や食料の横流しによる儲け話などの小さい密談会がいくつかあった程度で、アインズの期待する突発的に未知の強者の参戦話や、アインズ達を排斥する感じの裏工作系の情報は無かった。

 ただ、夜中にあの要注意人物である『黄金』の白いドレス王女が、とひっそりお風呂場にて話をしていたという事には、少し興味が湧いた。アインズは、忘れていた黒衣装の少女を思い出す。

 先日夜中の入浴の後に遭遇した、表情は第三王女のラナーによく似ていたものの、足が悪く薄幸そうな一人の綺麗な少女の事を。

 以前聞いたガゼフの国王派の話から、第一王女は六大貴族のぺスペア侯爵へと嫁いでいると聞いたので、黒い衣装の少女は多分(おおやけ)で姿を見ない第二王女と思われる。

 本来、こんな弱肉強食の形の世界で、身体が弱い者は普通生き残れない。どこにも余裕がないからだ。多くの弱い子供らがスラム街へ捨てられた事だろう……。

 

(あの薄幸の黒い服装の少女は、王族故に生かされているということかな)

 

 けれども、続くルプスレギナからの報告に、アインズのその考えは間違っているのかもしれないと考えさせられる。

 黒ドレスの少女の意見は……斬新なものであったのだ。

 彼女達の会話内容は以下。

 

『これまで皆の邪魔にならない様、ずっと黙って静かに生きてきたけれど……。ラナー、貴方は王国の皆の為にすぐにでも――スレイン法国の最高神官長の下に嫁ぐべきだわ。一夫多妻も認められてるし大丈夫』

『そんな事、分かってる……けど、私は絶対イヤ。ルトラーが行けばいいじゃない』

『私が行ければ喜んで行きますよ。でも、私のこの身体では無理。王国が今次の戦いに勝利するにはあの国の力が絶対に必要なのです』

 

 それは今の王国に於ける究極の一手と言えた。

 大都市割譲ではなく、対価を女一人で何とかしようという、ずば抜けた手なのである。

 しかも相手は、帝国ではなく未知の力を持つ法国――。

 ルトラーは兄のバルブロ第一王子から、アインズに関係する王国戦士長排除という法国の謀略を知った。

 また、近年の帝国と王国の戦いをずっと傍観する法国の動き等々。

 もうすでに彼女の思考はスレイン法国の『知られてはいけない秘密』近くまで届き、それを使って法国を脅してでもラナーの婚姻と援軍を乞うところまで至っていた――。

 更に彼女は述べる。

 

『ラナー。あなたは困った妹ですね……仕方がないです、では別の手を取りましょう』

 

 あの黒服の少女には、まだ手があるというのか――。

 「姉上の御勝手に」というラナーの言葉で話は終わったというが、アインズは一体どういった案なのかがとても気になった。

 

 報告を終えたルプスレギナは、「以上です。……それでは」と、静かに目を閉じ一礼すると背を向けつつ去り掛ける。

 

「待て」

 

 支配者は一言、人狼(ワーウルフ)娘を呼び止めた。そして手招きする。

 その指示に、ルプスレギナの大きな双胸がビクンと震えた。

 彼女は、敬愛する支配者へと内心で恐る恐る近付いた。また何か叱られるのではと。

 気分的に耳は閉じ、尻尾はダラリ状態。

 『床に仰向けで、恭順の姿勢(お腹)を見せた方がいいですか?』とそんな思いである。

 しかし。

 

「ルプスレギナよ、よくやった。ご苦労だったな」

 

 彼女はなんと――撫でられていた。

 実に、ルプスレギナにとって数々の失態の果ての、初めて至高の御方から直接的接触によるご褒美であるっ。

 彼女の頬は、感激と照れで真っ赤に変わる。気持ち的には尻尾全力フリフリである。

 

「あ、ありがとうございまっす!」

 

 相変わらず噛んでしまったが。

 ここで、アインズは一つの新たな任務を伝えると、ルプスレギナは「畏まりました!」と嬉しそうに微笑みいずこかへと姿を消した。

 

 今日のアインズは、昨晩の深夜会談の件も含めて、ガゼフが自宅へ誘いに来るかと考え、この後も時折ベランダへ出るなど、のんびり宮殿にて過ごしている。

 そして夕刻が迫る頃、その王国戦士長がアインズの部屋を訪れた。

 

「遅くなってすまない。数日中に王国各地から先行して集結してくる冒険者達の受け入れ対応を、王都の組合長と各所を周り色々詰めていたのでな」

 

 そう話しつつ二人は、いつもの様にソファーへと座る。

 ガゼフ個人としては、朝起きてから一瞬でも早くユリ・アルファの件でゴウン氏の所へ来たかったが、彼の性格上、この戦時下で一大事時の公務を疎かに出来るはずもない。

 アインズも、行軍中であるエ・ランテル冒険者組合一行の動きを良く知っているので、納得の返事を返す。

 

「いえ、こちらは大丈夫です。それでは、これから?」

「うむ。これより我が家へお越し願いたいがよろしいか?」

「はい、では伺いましょう」

 

 ガゼフに続き、アインズがいつもの一人掛けのソファーから立ち上がる。

 すると、周りのルベド達もそれに合わせて動き出す。もちろんユリも。

 しかしこれを見た戦士長は、相席への従者を外そうとアインズへ尋ねる。

 

「ゴウン殿は普段、馬にお乗りか?」

「馬ですか? ……余り乗っていません。専ら馬車ですね」

 

 冒険者モモンとして、馬にも乗れるべきかとゴーレム馬の練習を進めようとしているところで、本当に余り乗れなかった。まあ、補助アイテムを使えば無理やり乗れない事もないのだが。

 ちなみに冒険者マーベロは姉の影響もあり、普通に騎乗も熟せる。跨いで乗るとプリーツのスカートで大変な事になりそうだが、純白のローブがそれを『阻害』していた……。

 

「今日は、二人で酒でも飲みながら静かに語り合いたい。その間、連れの方達を待たせるのも忍びなく思う。そこで送迎はこちらの馬車で行いたいが」

 

 皆を代表してユリが何か言おうとするのを、アインズが軽く手で止めながらガゼフへと答える。確かに彼の家の前等に、何故か注目を異様に集める八足馬(スレイプニール)の引く漆黒の馬車を止め続けるのは迷惑かもしれないと。

 

「分かりました。では、そちらでお願いします。ルベドとユリ、シズ、ソリュシャンにツアレはここでゆっくりしておけ」

「「「畏まりました」」」

「分かった」

「……了解」

 

 本来、御方の代わりに盾となり散る事が宿命のプレアデス達である。

 しかしここにはもう一枚、不可視化したナーベラルがいるので、皆は一度引き下がる。

 彼女には〈兎の耳(ラビッツ・イヤー)〉もあり盗聴にも対応。人名の記憶は無理だが、抽象的な表現では人間を記憶出来るので概ね問題は無い。

 ガゼフとアインズは、ユリとルベド達に見送られて部屋を後にする。

 王国戦士長は、城内の厩舎詰所で馬車を手早く手配する。

 こうして、ロ・レンテ城の正面門とは違う城門から一台の二頭立て四人乗りの箱型馬車が、夕日の綺麗に見える石畳の道へのんびりと走り出る。その上空に〈飛行(フライ)〉と〈不可視化〉したナーベラルを従えて。

 体が大きい二人の男は、馬車室内でそれぞれ二人掛けの席へ対角に座る形で向き合っていた。

 アインズは、ナーベラルが付いて来ているが、久しぶりの直接視線を受けない状況に「ふう」と思わず一息つく。

 それを見た、ガゼフが僅かに首を傾げる。

 

「何かお悩みか?」

「あ、いえ。久しぶりに横へ伴を連れていないので、つい」

 

 戦士長は少し驚いた風にゴウン氏を見る。

 だが、あれほどの女性陣をいつも連れていれば、気疲れがあるかもしれないとは感じる。

 

「ははっ。まあ、今日はのんびり行くとしよう」

「ええ」

 

 アインズ達は、穏やかな雰囲気で王都の話などの会話を交わす。ガゼフもこの段階ではもう焦らない。

 二人の乗る馬車は中央通りを南へ進み、中央交差点大広場から王都の南西門へと延びる大通りへ方向転換し向かった。ゴウン屋敷は南東門方面に在り、遠のく形だ。

 大広場から8分程進んだ所で、南へ伸びる石畳の道へ入って行く。

 ここは一部の上級階層と多くの中級階層が住む地区で、通りに面して四、五階程度の高い階層の建物が並ぶ。そして二人を乗せた馬車は、五階建ての建物の前で止まる。

 王城からの所要時間は40分少々。時刻は午後6時を過ぎた辺り。

 二人は馬車を降りると、ガゼフは御者の男に「ありがとう、迎えも頼む」と言葉に加え礼金を渡し手を上げ見送る。

 アインズも馬車を見送ると、夕日で紅くなっている目の前の建物について一度最上階までを「ほぉ」と仰ぎ見る。

 リ・エスティーゼ王国の王国戦士長様の邸宅である。

 五階建てと言っても四階と五階は、両端がきつい傾斜屋根の屋根裏部屋風な配置の作りだ。

 一階は、優に3メートル以上の天井高がある建て方。その右側半分が裏庭に抜ける形で板張りされたガレージ風の造り。漆黒の馬車もここへ楽々止められそうだ。

 玄関は階段を上る形で二階にあった。

 ガゼフが前を歩く形で、ビルトインの階段を上っていく。

 上り切った先で、『ガチン』と重厚に出来た鍵を開けると、扉を中へ押し開いたガゼフが誘う。

 

「さあ、遠慮なく入ってくれ。少し散らかってるかもしれないが。普段は、老夫婦にこの館の管理を頼んでいるのでな。確かあの酒が、まだ残っていたはずだ」

 

 玄関を入ると吹き抜けのロビーになっており、右端の廊下を少し奥へ進むと広めの居間に出た。

 だが、白壁の板張り床で周りに置かれた家具は、武骨感の強い物ばかり。

 骨太の机に、丸太を加工した椅子。どでかい棚が二つ。なぜか積み上がる木箱も。洗練された感はない。それらはただ『頑丈』なのだと。

 ガゼフは骨太の机にジョッキを差し向かいで置き、木箱からワインを三本取り出す。肴は塩の効いた上質の干し肉のみ。肘をついてガゼフは片側の椅子へドカりと座った。

 

「悪いが、ウチには女っ気はないからな。はははっ」

 

 漢の家という感じだ。早速、ワインの栓を開け、豪快にジョッキへと注いでくれる。

 アインズも向かいの丸太の席へを腰を下ろした。

 飲む以上、ここで仮面を外す。

 

「その仮面、今は外せるのだな?」

 

 ガゼフは、気になっていたのだろう問いを寄越す。

 そういえば、カルネ村ではシモベ達が暴れるという名目で取らなかったのをアインズは思い出した。

 

「……今は、シモベ達もいないですから」

 

 そう言いながらアインズは、注がれたジョッキを軽くガゼフの物とぶつけ乾杯し呷る。

 それを見つつガゼフの問いは続く。

 

「確かに。王都へアレ(モンスター)を連れて来る訳にはいかないか。だが、あの村には残しているのだろう?」

「ええ、配下の者を呼び、その者に任せています」

 

 嘘を言っていないし、辻褄は合っていると思っていた。

 だが、ガゼフは半矛盾部分を突っ込んで聞いてくる。

 

「あの目の覚める程素晴らしい馬車といい、村へ配下を呼び寄せた事といい――一体どこからそんな?」

 

 一瞬、背筋がヒヤリとした。

 しかしアインズは、その嫌な問いを華麗に躱し難なく答える。

 まだナザリックについて、感付かれる訳にはいかないという思いを込めて。

 

「足元を見られない程度にとあの馬車で旅をしていました。遠方からあの村と周囲へ違和感を覚えたので、馬車が被害に遭っては困る事もあり遠方へユリ達と共に留め置き、私とルベドらだけ先行してあの村へ赴いたのです」

 

 確かにあの馬車は中に7人程でもゆったり乗れるほど大きい。漸く戦士長は納得する。

 

「なるほど、流石はゴウン殿。賢明な判断でしたな」

「いえ、結果的にそうなりましたが」

 

 これ以上、こちらが一方的に尋ねられると困るので、アインズから問いかける。

 

「この館は、戦士長殿の持ち家になるのですか?」

「ええ、いかにも。恥ずかしい話、私の趣味は――貯金でしてな」

「ほう」

「まあ、他に使い道がなかったということなのだが。ここは四年程前に購入している。裏庭も結構いい感じに広くて……少し王城から遠いのが難点なのだが、有事の際には結局城内へ詰めるので関係ないかとな」

「戦士長殿らしい豪胆な考えですね。何部屋程あるんですか?」

「25部屋ですな。上の階の窓からの景色が中々――――」

 

 アインズも王都内へ屋敷を持っている事もあり、少しの間、2人の会話に館の話が続く。

 実は、この家ネタがアインズより振られた瞬間から、ガゼフは悩んでいた。

 『家』と『妻』、これほど密接である関係が他にあるだろうかと……。

 しかし、話としては竜軍団対応の一翼になりうる重要度の高い、昨晩の『八本指』との会談を優先すべきである。

 ガゼフは、ジョッキに入っていたワインを一気に飲み干すと、アインズのジョッキへ先に注ぎ足しつつ、ついに彼は口火を切り始めた。

 

「実は今日、ゴウン殿に来てもらったのは、貴殿にしか語れない個人的相談があったからだ」

「はい、それも伺うつもりで来ています。しかし――昨日の会談の話が先ということですよね」

 

 アインズの奥を見通した見事と思う判断に、王国戦士長としてガゼフは頷く。

 酔いが回る前に、そういった重要事を進めたい。そして、顔が赤くなる話は、酔いが回った頃が良いと考えている。

 

「不躾ながら……そうしてもらえると、とても助かる」

 

 ガゼフの場合、酒を飲み過ぎてベロベロになる事は無い。

 それに、王国では婚姻等の話について、親同士が互いに酔いが回り打ち解けてから家同士の話し合いが持たれる事も多いのだ。

 アインズは「では、昨晩の会談の話ですが」と、語り出す。

 しかしそれは、終始無難といえる話の内容で進んだ――真実とは異なる内容で。

 リットン伯から迎えが来た事はそのままだが、ゴウン屋敷への襲撃や、八本指の地下屋敷での闘争について、語られることはなかった。

 そして、アインズの話は核心へ。

 

「結局、昨晩だけで大して話は進みませんでした。ただの顔合わせですね」

「そうか……まあ、相手は裏社会の有力な極悪人どもであるしな。ゴウン殿達をよく知らない所もあり用心するか」

「そうです。全く他所者は信用出来ない雰囲気でした。また、向こうは武闘派が多く、それを中核に組む連携に長けているのが大きいかもしれません。我々は魔法詠唱者(マジック・キャスター)中心の部隊ですので、私達にしても彼等とは性質が異なり組み難いのです」

 

 そんな、もっともらしい理由を並べる絶対的支配者。

 王国戦士長には嘘を語って悪いが、どうあってもここで早期に動くつもりはなかった。

 戦士長へは、密かに一方的ながら『彼の命は保障する』『王国は最終的に残す』『個人的な相談へ真剣に応じる』という事で、勘弁してもらうつもりである。

 

「ということは、再び会談があるという事か……。ゴウン殿に続けて頼むほかなく申し訳ないが」

「はい。任せてください」

「すでに、アダマンタイト級冒険者達ですら対応が厳しい状況だ。しかし、私は――いや……(ゴウン殿ならばと思う。だが、王国戦士長である私が、まずこの“命”を賭けねば――)」

 

 友人と思っているが、他国からの旅人であるゴウン氏達へ祖国の難題をただただ押し付ける事は出来ない。

 ガゼフはジョッキを机へ置くと、両手を勢いよく天板に突くと額も付けた。

 

「貴殿が協力可能という範囲でかまわない。よろしく頼む」

「……最善を尽くしましょう」

 

 王国戦士長の真摯な態度に、その眩い真っ直ぐさが伝わって来て支配者の胸へチクリと来る。

 それでも今、譲れないものは譲れないのだ。

 だからアインズは、次の――彼の『個人的な相談へ真剣に応じる』事にする。

 

「昨晩の会談の報告は、一通り済みました…………なので、戦士長殿の個人的な相談を聞かせてもらえますか? 勿論、ここだけの話で留めます」

 

 アインズとしては、無理のない範囲ながら幅広く対応するつもりでいる。

 六大貴族の誰かが邪魔なら、そいつをサクっと消すぐらいのことはしてやるつもりだ。

 一方、そう振られたガゼフであるが、途端に輝きの有った彼の挙動がおかしくなった。

 

「う、うむ。じ、実はな。……何から話すべきか……うーむ。……先日、中庭で初めて……いや……」

 

 そこまで語ったと思うと異様に顔が赤い感じの表情で「失礼」と席を立ち、木箱からワインの追加を持ってくる……その数8本。そして4本ほど一気に栓を抜き放つ。

 

「ここはまず飲もう、ゴウン殿!」

 

 そう言って「まあまあ」とジョッキに5杯も飲ませてきた……蟲が飲み込んでくれている為、アインズが酔う事は永遠にないのだが。

 少し薄い感じの口当たりのものとは言え、リアルであれば、短時間にワインをジョッキに5杯なら間違いなく倒れている水準。

 そして、なにが「ここはまず」なのか全く不明である。どうも要領を得ない。

 もっと飲まないと話せない内容なのだろうかと、アインズは首を捻った。

 しかし戦士長の話は突然始まる。

 

 

「率直に聞こう、ゴウン殿っ。――――眼鏡美人をどう思うか?」

 

 

 聞かれた側のアインズは、まだ瞬間的に話が見えない。

 絶対的支配者が思ったことは『美人』なのだから、眼鏡は似合っているんじゃないかという単純な事だ。

 しかし、ガゼフがそんな答えを望んでいるかを考えると、違う面が見えてくる。

 そして支配者は、深く考えず単にあっさりと問うた。

 

「まあ、配下にもいますし良いのでは。……戦士長殿は、(広い意味で)眼鏡美人が好きなのですか?」

 

 正面に座るガゼフの上体が、一瞬で固まる。図星のようだ。

 対して『配下に居る』などと言われ、『ユリへの想い』を完全に気付かれたと勘違いした戦士長は、もはやこれまでと一つ頷いた。

 そして、額を右手で押さえつつ、骨太の机の天板を見詰めながら語る。

 

「この気持ちをどう表せばよいのか……“魂”が揺さぶられるという感覚を。彼女の前では毎回極度に緊張してしまうのだ。これでも、青年の頃には何人かの娘達と付き合ってもいるし、それなりに相手もしてきた。だがどうも今回は……普通に接することが難しくてな」

 

 正直、未だ童貞の鈴木悟であるアインズには、どう答えるべきか迷う話である。

 しかしもうガゼフに決まった想い人がいることは、はっきりと分かる。

 

「……そういう形で好きになったものは、仕方が無いでしょう。個人の感情は縛れないですし」

「そうではある……だが、思い通りにならないことが当然存在する」

 

 それは、鈴木悟として失恋を経験した事のあるアインズには良く理解出来た。

 恋愛は一方通行では成就しない。相手の同意が必要なのだ。

 

 しかし――次に戦士長の発する言葉にはアインズの考えと大きく差異があった。

 

「やはり“身分”や“家”という壁は大きい。特に貴族のような力のある“家”の場合、所属する者の婚姻においても当主の許可が不可欠ということ、などがだ」

「……(えっ、家?婚姻? これ……恋愛開始部分の話じゃないの?)」

 

 どうやら、この新世界では『家』が基準の風習がある事にアインズは気が付いた。

 しかし話がズレているようなので、アインズは重要な事をガゼフへと確認する。

 

「あの、戦士長殿……相手の気持ちも思い通りにはいかないと、私は考えますが」

「もちろん。でもそれは、こちらが好意や相手を大事にする姿を示し、強さを見せれば大抵自然と近付いてくるものだろう?」

「……そ、(そうなんだ……)そうですね」

 

 アインズは、概ね納得する。

 確かにこの新世界は弱肉強食の色が濃い。その影響なのか、恋愛感情は『個の強さ』にかなり引き摺られる模様だ。

 子孫を残し生き残るための本能が、そうさせているのかもしれない。

 

(“強さを見せれば”か……言われた通り、確かになぁ)

 

 人間のエンリが種族の異なる死の支配者(オーバーロード)の自分へ男女の好意を示すのは、その理屈からなら理解出来る。逆にそうでなければ只の精神異常者だろう。

 クレマンティーヌが急に懐き、異様に夜の行為へ積極的なのもそうだと思いたい。

 ただの好色者である可能性は否定出来ないが……想いには当然、個人差もあると考えられた。

 そんな考えに少しふけっていた『ゴウン氏』。

 ガゼフは、『嫁候補』である眼鏡美人のユリ・アルファの『保有者』と言える仮面の客人へ、最重要事項を尋ねる。

 

「ゴウン殿は……配下の者について他家の者との婚姻をどう考えている?」

 

 そう問われたが、ここまで来てもアインズは、ガゼフの『ユリを嫁に』という個人的相談の全貌に気が付いていない。

 王国戦士長の表情は、緊張し真剣そのものではあるけれど、それは単にこの恋愛に対する必死さだと勘違いしていた。あくまでも『参考』として親密な『友人のゴウン』の意見を聞かせて欲しいのだと。

 思いが至らないのは恋愛経験が少なく、このジャンルに疎いアインズには仕方のない事かもしれない。今は、王国戦士長に対し『個人的な相談へ真剣に応じる』という気持ちだけがあった。

 ナザリックの部外者ではあるが、友人的にも人物としても見処の有る、この目の前の武骨で真っ直ぐな男を、応援したいというそんな思いでいる。

 でも一方で、この質問の答えは、ナザリックの絶対的支配者としてかなり重要な一言になると思えてならない。

 今もナーベラルが、皆を代表してこの会話を聞いている事だろう。

 アインズ個人としては可愛いNPC達が幸せになるのなら――『制限はしない』という親心的な考えを抱く。

 でも、そのままここでそれを告げてしまっていいものかを、ガゼフに向かい合う形で数分熟慮する。

 NPC達が、現状において絶対の忠誠を捧げている支配者から「自由にしろ」と聞かされて、まず何を思うだろうかと。そして。

 

(元々ギルドの仲間達は、外との横の繋がりには否定的だったんだよなぁ……それに、俺がNPC側なら、やっぱり――己は主にのみ必要とされていると思っていたはずなのに、自分に存在感がなかったのかと思えて結構寂しいんじゃないかな)

 

 アインズは一般的だろう話では無く、ナーベラルが聞いていると考え、ナザリックの絶対的支配者としての言葉をガゼフへ静かに伝える。

 

「戦士長殿。色々考えましたが他家の者との婚姻は――やはり“容易には認められない”というのが私の答えです。一名一名、大切に思っている配下達ですので。……あ、これはあくまでも私の家の意見で、他の貴族の家などは全く違う考え方かも知れませんし――――」

 

 期待を込めて答えを待っていたガゼフは、アインズへの視線を残念さから徐々に下方へと落としていく。その強靭である両の肩も少し落として。

 今は、ゴウン家以外の家の事などどうでもいいのだ。

 

「……そうか」

 

 しかし、戦士長も予想は出来ていた。

 あれほどの美貌と眼鏡の似合う女性がざらにいるとは思えない。それを容易に手放す方がおかしいと考えていた。

 それに『あの』知的そうで清楚なユリ・アルファが長年慕っている、この立派で頼りとする主への想いを容易に絶てるとも思えない。

 そもそもガゼフ自身が、そんな安っぽい女性に惚れたつもりもない。

 

 すべては――ここからなのである。

 

 王国戦士長は、視線を再び上げゴウン氏へ向けると、聞き逃さなかった語彙について尋ねる。

 

「“容易には”ということなら、条件次第では可能ということだろうか?」

 

 アインズは小さく頷いた。

 

「例外的にどうしてもという配下がいるかもしれません。その場合――まず私の前で両想いで有る事を其々が宣言し、私がその相手を気に入る事。他家の者が女性の場合は、ここまでに留めますが男である場合は、次に私と真剣勝負を行い、私へ一傷でも与えた者は認めてもいいかと考えています。強さは必須ですので。ただまあ、弱い者や気に入らない者も多いと思いますので、その時は手足の一本でも貰うぐらいで許し、縁切りの上での退場を願いますが――」

「……むう、厳しいな……」

「そうでしょうか? 大切な配下へ手を出そうとしたのですよ? その、他家の者の命を取るとは言っていませんし」

 

 大きい傷を受けていたとしても治療薬(ポーション)を使えば大抵治るのだ。まあ、大治癒(ヒール)でなければ、多くの時間と薬の量が必要だろうけど、随分手は緩めている。

 まさかガゼフが婚姻希望者本人とは思っていないので、アインズの話す内容に余り容赦がない。

 戦士長もユリとの婚姻の可能性への期待と、内容の厳しさだけに考えが集中し、それが第三者向けに語られたものだと気付けていなかった。

 そして、アインズは違った別の妥協案も語る。

 

「あとは――私が気に入った折に、私の配下になることですね。そうすれば、“家”の垣根は無くなりますから」

「…………」

 

 その案が一番妥当だとは思いつつも、ガゼフ・ストロノーフの眉間には皺が寄り、目を細めていた。

 恩人であるゴウン氏も、多くの王国民を救ってくれた尊敬出来る人物ではある。

 しかしガゼフには、単なる低層位の平民出の青年であった自分を、民の為にと王国戦士長という今日(こんにち)の側近にまで取り立ててくれた、大恩と徳の有る国王ランポッサIII世陛下のもとを去る気は全くない。

 それは、たとえ愛しいユリ・アルファが比較対象になっても揺らぐことは無い意思だ。

 

 つまりガゼフの願望へ結論的に残された手は、ユリと両想いになって友であるゴウン氏へ戦いを挑み、男としての実力で認めてもらうしかないという――燃える展開のみ。

 王国戦士長は、静かに太い右腕の手をゴウン氏へと差し出した。

 

「率直に色々話をしてくれた事に感謝する。“俺”の心は決まった」

「(相手はウチと近い条件の他家で参考になったのかな? それに、俺……?)そうですか。それは良かったです」

 

 アインズは、戦士長と握手をしつつ呑気に思う。

 

(戦士長殿……相手と上手くいくといいなぁ)

 

 大貴族相手で力技の要望なら手を貸せると思っていたが、慣れない恋愛については変に手を回して拗れさせる事は避けたいのもあり、暖かく見守るつもりでいる。

 アインズ達二人はこの後、飲みながらほろ酔いで家の中を見て回る。最上階の窓からは、遠く王城の明かりや王都の街並みが見えた。その景色を肴に、午後9時半頃に迎えの馬車が来るまで窓辺で男二人、静かに仲良く飲み続けた。

 

 

 ガゼフ・ストロノーフ――恋の修羅道を選ぶ。

 

 

 アインズが彼の恋の全貌を知るのも、間もなくである……。

 

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

 『術師(スペルキャスター)』の二つ名で呼ばれ、短めの茶髪に少年的ローブ姿で杖を握るニニャは、エ・ランテル冒険者組合所属の(シルバー)級冒険者チーム『漆黒の剣』メンバーの魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 彼女は昨日、自らの『本当は女の子』という秘密について、仲間達に告白するつもりでいた。

 しかし大事な機会は、ミスリル級冒険者イグヴァルジが率いる冒険者チーム『クラルグラ』が急遽開いた夜の宴会により偶然ながら邪魔された形で潰え、翌日へと延びる――。

 

 ニニャ達は、今日もエ・ランテル冒険者組合王都遠征隊の先頭を進むアインザックらに同行する形で、更に王都へと60キロ程近付いていた。

 明日の行軍で遠征隊は、大都市エ・ペスペルまで到達するだろう。

 既に日は沈み、夜の帳が降り切った午後7時。

 今日の野営は昨日と違い、(シルバー)級冒険者チームが7チーム程いるだけだ。

 最寄りの街には宿屋がそれなりにあり、銀級のチームも多くが街へ入り宿を取っていた。

 しかし、チーム『漆黒の剣』は今日も野営をしている。

 流石に明日の大都市エ・ペスペルでは宿を取るつもりでいるので、少しでも蓄えを温存するためである。

 この竜軍団の討伐遠征は、『長くなるかも』しれず、大事にお金は使うべきだと考えていた。

 実は、昨夜の宴会の開始間もない冒頭、イグヴァルジの口から知らされた事実があった。

 王都寄りの街の領主へ、先に次の新しい伝令が届いていたのだ。

 

 『大都市エ・アセナルは既に壊滅し、占領する300体の竜軍団を率いているのは、圧倒的といえる戦闘力を持った竜王だ』と……。

 

 酒宴のほろ酔い風の雰囲気は一気に消し飛ぶと共に、死への別れ酒的空気にまで落ちた。

 しかし、イグヴァルジの話には続きがあった。

 『威力偵察に出たアダマンタイト級の“蒼の薔薇”が、百竜長1体を戦闘不能にし、十竜長を3体討ち取ったぞ』と。

 “蒼の薔薇”1チームでの達成であり、これから王都へは王国中から何百という冒険者のチームが集結する。

 

 

 ――希望は有る。

 

 

 生き残る事、そして富と名誉のだ。

 そんな新しき各人の思いが膨らみ、宴会は持ち直して前向きで良い雰囲気に流れを変えて進む。

 イグヴァルジは、これらの竜軍団の新情報を野営地にいるチームへ伝える為に、独自の酒宴開催を組合長へ向かい熱い言葉で「俺も何かしたいんですっ」と告げ、買って出ていた。

 勿論それは、士気を上げれば自らの生存率も上がり、将来の為の点数稼ぎにもなるからである。

 

 ペテルやニニャ達は『蒼の薔薇』の示した希望に加え、信頼のおける力強い冒険者チームを知っていた。

 言うまでも無く、白金(プラチナ)級冒険者チーム『漆黒』のモモンとマーベロだ。

 王国にいる2組のアダマンタイト級冒険者チームとモモン達がいれば、今回の戦いが(もつ)れるのではという考えが、酒宴の端で『漆黒の剣』4人の共通の考えとして自然と出てきた。

 なので、今日も倹約での野営なのだが雰囲気的に悪くなく……ニニャとしては有り難い。

 デリケートな話なので、宿部屋や酒場では窮屈さもありリラックス出来ない。

 その点、雲は多いが果てしない空は開放的で、周りも隣の焚火とは50メートルは離れていた。これで、仲間達以外に先んじて告白を聞かれる事も無い。

 場は整っていた。

 今晩の食事はニニャが、これまでの嘘を詫びる気持ちで腕を振るった。街で仕入れた魚と野菜のスープである。

 四人でそれを十分に堪能した。大きい鍋で作っていたが、いつも通りにルクルットとダインの胃袋へその多くが飲み込まれている。

 

「ご馳走さま」

「食った、食ったー」

「美味かったであるっ!」

「……よかった」

 

 ニニャは、焚火を囲み胡坐をかいたり後ろ手を突いて足を伸ばしたりして寛ぐ、満腹気な皆の顔を順に眺めて笑顔を浮かべる。

 しかし、直ぐに彼女はその場へ一人立ち上がると、緊張し強張った表情で前置きをしながら語り始めた――。

 

「あの、今から皆に聞いて欲しい話をします。出来れば話の後でも……このチームに居させて欲しい」

 

 それにリーダーのペテルは頷いて答える。

 

「話ですか……分かりました」

「分かったであるっ」

 

 ダインも続いて頷いた。

 

「おう。でも、何の話だよー。今晩食った魚には、猛毒が入ってましたーとかは勘弁だぜー」

 

 ルクルットの冗談に皆が吹き出す。

 

「わはははっ、それはチーム自体の存続が危ういであるなっ!」

「はははっ。でもそうだとすれば、ルクルット。あなたが最初に召されるでしょうね」

「うわぉーっ」

「もうっ、みんな。うまいうまいって食べてたのにっ。……こほん……ありがとう」

 

 今までに無い、硬い表情をしていたのだろう。

 少し緊張を解いた表情になった彼女は告げる。

 ペテル達は、ニニャの語りが終るまで話すことは無かった。

 

「ペテル、ルクルット、ダイン。今まで嘘を()いていてごめんなさい。私の本名はニニャではありません。イリーニャです。そして名前の通り私は――女の子です。生きていくために、そして姉に会うために今まで男の子として振る舞いをしてきました。そのことに後悔はしていません。

 でも、この戦いはこれまでに無く厳しいと思う。四人で全力を出しても何が起こるか分からない。これまで一杯お世話になった、もう家族みたいに思っているみんなには、本当の、嘘じゃない私を知っていて欲しいと思ったの。自分勝手な考えかも知れないけれど、これからもよろしくお願いします」

 

 そうしてニニャは三人の仲間へ頭を下げた。

 すると、ペテルとダインが微笑みの表情でニニャへと伝えてきた。

 

「やっと、言ってくれましたか。よかったです」

「よかったであるっ!」

「えっ、なんで……?!」

 

 ニニャは予想と真逆の反応を見て驚きの声を発した。当然だろう、これまで気付かれた素振りがなかったのだから。しかし。

 

「ふぅー、やっぱり気付いてなかったのかー。戦いの後、よく俺達互いの胸を叩いているだろー?」

「あっ!」

 

 そういえば、肩付近は突かれたり叩かれたり組む事は有っても、胸を拳でドンと突かれたり叩かれた事がない事に気が付いた。

 それは、出会ってからの記憶に――一度も、だ。

 

「そ、そうだったんだ。うぅぅ」

 

 ニニャはショックに一人頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

 そして改めて皆の気遣いに感謝する。これまで、不快な思いをすることなく過ごせてこれた事に。

 気になるので一応聞いてみる。

 

「……皆、どこで気付いたの?」

 

 すると、ペテル達はダインを見る。

 

「ニニャがメンバーに入って直ぐの、川での水浴びであるっ。流石に下着がびしょぬれなのに、股間に膨らみがないのは違和感が強かった!」

「なんて部分を見てるんですかっ」

 

 色々な意味で顔を赤くするニニャ。

 するとルクルットが、サラリと答える。

 

「女の子達同士も胸のサイズを気にするだろー? あれと同じで、漢達にも気になる闘いがあるんだよ。ダインも小柄の少年ニニャぐらいには負けたくなかったんだよなー?」

「その最後の一言は、余計であるっ!」

 

 大柄で髭ズラのダインがルクルットに突っ込む。

 答えようがないニニャだが、男の子的な思考で理解は出来た。

 ここでリーダーのペテルがニニャに問う。

 

「でも、本名も違っていたのでしたか。どうしましょう? ニニャのままで通しますか?」

「ええ、そうします。この“漆黒の剣”のメンバーはニニャだから……でもみんな怒らないの?」

 

 少女はいつも通りの少年口調で、焚火を囲むペテル達を見回した。

 それにルクルットがニニャへ説くように答える。

 

「生きていく為なんだろー? 俺達も同じだぜ。なんせ、俺達のチームには魔剣四本分しか席がないんだぞ。おまえさんは初めから優秀だからなー。俺達も凄く助かってたんだよー」

「そういう事です。確かに男で4人と思ってた時もありましたけど。でも、最初の戦いを終わった時に感じました。このメンバーはバランスよく守りも固いし凄く戦い易い良いチームになるでしょうと」

 

 ペテルが微笑を浮かべながら、気にする事はないんだという雰囲気で相槌を打つ。

 

「だから“漆黒の剣”はこれからも変わらないのである! でも、正直に話してくれた事は嬉しい事である!」

「みんな……ありがとう」

 

 ニニャは心強い仲間達の存在に感激し、少し目尻に涙が浮かぶ。

 そんな、気恥ずかしい雰囲気が苦手なルクルットが「そろそろ鍋を片付けるかー」と元気よく立ち上がった。焚火から既に下ろされ、冷えて持てる空の鍋の取っ手を握ろうとしている。

 だが、ニニャにはもう一つ、皆へ知らせておきたい話があったのだ。

 

「あっ、あのーっ、……あと一つだけ聞いて……欲しいけど……」

 

 先の『女の子である』という告白は凄く緊張した。

 しかし、次の『報告』は気恥ずかしいという気持ちが強い。それはこれまでの『男の子』としての事柄では無いからだろう。

 

「なんだよー?」

「何かまだありましたか?」

「どうしたであるっ?」

 

 男性陣三人が、ニニャへ再び注目する。

 ここで怯んでいても仕方がないと、ニニャは頬と言わず染めた真っ赤な顔で、仲間達に宣言した。

 

「この度、女の子として私は――“漆黒”のモモンさんと付き合う事になりましたっ!」

 

 

 

「「「え゛ぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ?!」」」

 

 

 

 その時のルクルット達の上げた声量は、周辺の離れた冒険者チームの幾つかが「大丈夫か?」「何かあったのか?」と見に来るほどの大きさで放たれ響いていた……。

 結局、『漆黒の剣』のメンバーは、ニニャに驚かされたのである――――。

 

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

 王城にアインズとガゼフを乗せた馬車が帰って来た時間は、午後10時15分近くであった。

 ヴァランシア宮殿に宿泊する客人のアインズは当然だが、ガゼフも戻ってきていた。

 それは勿論、現在王国は戦時下であるからだ。

 王国戦士長のガゼフは竜軍団の侵攻当日から王城内に泊まり込み、兵舎で寝起きしていた。アインズを宮殿の玄関前まで送ると一度屯所へと戻り、2名の宿直の戦士達に確認する。

 

「何か、変わったことは?」

「騎馬隊としてはありません。しかし先程、陛下からの使いの者が参り、戦士長は城へ帰還次第で良いので部屋へ来るようにと」

「――っ、そうか」

 

 こんな夜中に、という事であれば、恐らく内密の話とガゼフは考えた。

 友人と飲んだ気楽で美味い酒のほろ酔いを、その思考が一気に追い払う。

 戦士の顔を取り戻した男は、腰に帯びる剣へ僅かに手を当てると宿直の戦士達へ告げる。

 

「では、行って来る」

「はっ」

 

 この時間に呼び出しの場合、リ・エスティーゼ王国国王ランポッサIII世は、宮殿の最上階の居室区画の応接室に居る。

 応接室の隣が居室で、その奥に寝室が繋がっている。応接室が使われている場合は、その扉の前にも衛士が立つので分かる。普段は奥の居室側にしか衛士は立たないのだ。

 そのためガゼフは手前の応接室の扉の前に立った。衛士が中へ確認を取り、その扉が開かれる。

 しかし、彼は部屋の中へ数歩進んだところで驚き、立ち止まった。

 そこには、国王ランポッサIII世が豪華な椅子に座っていたが、その横の三人掛けの椅子に――レエブン侯が座っていたのだ。

 ガゼフの入室に、国王と大貴族である二人が立ち上がることは無い。

 

「おお、来たか。待っておったぞ、戦士長よ」

「これは、王国戦士長」

 

 そう言ってレエブン侯ら二人は顔だけを向け、ガゼフへ声を掛けてきた。

 

(な、なぜ反国王派のレエブン侯がここに……?)

 

 ガゼフに、この大貴族に対する良い印象は少ない。

 確かに、先の戦略会議で見せた的確であった建策は非常に評価出来る。しかしなればこそ、国王派には脅威の人物と言えた。

 これまでにも反国王派の意見の補足などを行い、国王の意見をいくつも抑え込む原動力になっているのを見ており、ガゼフとしては『敵』という判断を下している。

 その人物がここに座っていた。

 今のこの状況がよく分からない。ただ、ガゼフはここで立ちつくすわけにもいかない。

 

「遅くなりました、陛下。さらに飲酒のあとでの入室、申し訳ありません。レエブン侯にもお詫びいたします」

「いや構わん。この時期だ、適度な息抜きも必要である」

「そうです。急の話だし、気にしていない」

 

 二人の言葉を受けてガゼフは一礼し、国王の座る席の傍へと立った。

 国王とレエブン侯の座る席の前には膝上ぐらいの高さのテーブルが在り、その上には王国北西部の地図が置かれている。その上には、木製の駒が置かれており戦略的流れの話が展開されていた様子が窺えた。

 ガゼフの表情を傍で確認した国王は、戦士長の気持ちがよく見えていた。

 

「はは、戦士長よ。心配せずともよい。レエブン侯は――味方だ」

「――っ」

 

 ガゼフの表情が変わる。その視線はこちらへ笑顔を向けたレエブン侯へと注がれた。

 

「そんなに、驚かれるとは心外ですよ、戦士長。現在、レエブン候爵家は水面下だが陛下のお味方です」

「い、いや、申し訳ありません……」

「はははっ。無理もない。私が何も言っていなかったからな」

 

 その通りなのだ。

 国王から、殆どこれまでに侯爵への批判的な言葉さえ聞いていない。

 元々そういった愚痴をいう陛下ではなかったため、気付けていなかったのだ。

 しかしガゼフは確信出来る、昔から元々国王寄りということでは無いと。

 数年前までは、間違いなくこの候爵家は、反国王派側に立っていた。

 

(この近年にレエブン候爵家内で、なにかの流れが変わった……ということか)

 

 ガゼフは、レエブン候に幼い子供がいる事は知っている。でも、それが大きく方針転換する動機となった事へまでは考えが及ばなかった。

 何はともあれ、彼の国王派参入は大きな福音である。

 反国王派の六大貴族でもっとも警戒すべきと考えていたレエブン候爵家が、国王派側だという事実はリ・エスティーゼ王国の安定に大きく寄与するだろう。

 王家の力を六大貴族が周りで固める事で、その権力は盤石になるのだ。

 これは大きい前進であると言えよう。

 ガゼフはここで頭を切り替え、呼ばれた件へと思考を戻す。

 

「それで今晩の御用向きですが、もしかすると――決戦場の検討でしょうか?」

「う、うむ。この地図を使って、現在の予想糾合戦力で迎え撃つ場所を探っていた」

 

 国王が語り、それに続きレエブン候も述べる。

 

「竜軍団は多くの捕虜を有することで、エ・アセナル付近へ停滞していると考えられる。なので、我々としてはその近辺を戦場とする方が、これ以上の一般民衆の被害を低減出来るだろう」

「確かに。周辺はほぼ無人化していますから」

 

 この案は、ゴウン氏も提言していたがその路線で動くことになりそうである。

 正直なところ、王国軍で(まさ)っているのは兵の数のみと言える。

 作戦としては数で時間を作り、竜王をアダマンタイト級冒険者の『蒼の薔薇』が受け持ち引き付け、同級の『朱の雫』やオリハルコン級冒険者達が確実に百竜長ら副指揮官以下を討つ。

 そして、ミスリル級や白金級冒険者達で、下位になる竜兵達を削っていく――。

 その減じる数を90体以上を目指す。

 この作戦における王国軍の行動で大事な点は――集まらない事。

 竜軍団は、各個体が火炎という大砲を持っており、纏まればそれだけ相手に利する状況になる。

 恐怖や不安は人を安全と思われる場所へと寄らせてしまうが、それに抗って攻め続けるのが今次大戦の精神である。

 

「現在、すでに2万からの工作班の編成を終え、エ・アセナルから15キロから40キロの各地に仮設の補給拠点を作るべく動き始めている」

 

 レエブン候はそう告げた。大作戦は動き始めている。

 今回の総兵力は20万を超えるが、分散する為、広い範囲での補給が必要になっていた。

 予定数は実に500箇所を超える。しかし、各所とも数時間作業で仮設のテント風の、食料や雑貨補給所を作っているので手間が掛かり過ぎないように配慮されている。

 各地に散らばった小隊の多くが、そこで日々の糧の補給を受け散開し、都市で待つ家族達が生き延びる礎となるために――囮として逃げ回り、ただ時間だけを稼ぐのだ。

 

「………」

 

 ガゼフの表情は、厳しいものになるが無言。

 彼は目を閉じる。

 

(今の我々の戦力では、この作戦しか残されていない。この俺にもっと力があれば竜王へ一騎打ちの戦いを挑むのだが……いや、皆の勝利を信じ国王を守り切るのが俺の役目だ。勝ったにも拘らず国王不在となれば王国内は乱れてしまう。それだけは起こってはならない)

 

 王国戦士長の眼光鋭い目が開かれる。

 もはや迷いなど無い。

 

「それで、今日ここへ私をお呼びになられたのは?」

「うむ……一つ急だが、お前に頼みたいことが出来たのだ……」

 

 国王ランポッサIII世の目や表情が、これまでに見た事が無いほど複雑さの滲むものになった。

 先程までの表情からハッキリと更に難しいものへ変わり、長年国王を見てきたガゼフは、自分の入室冒頭から無理をして顔色と雰囲気を作っていたのだと気付く。

 いや、ガゼフは一度だけこの表情を見たことがあったと思い出す。

 それはぺスペア侯爵家へ、第一王女殿下の輿入れを決めたと陛下から告げられた時だ。

 ただ、それは今、当主となったぺスペア侯と昔から顔見知りの第一王女自らが望んでの婚儀であり、国王が指名し無理強いしたということではない。

 しかし、親としては複雑なのだろう。

 

「実はなぁ……その……」

 

 ガゼフは直感的に、これはラナー王女殿下についてでは、と思い当たる。

 

(急遽、遠方に領地を持つ大貴族への輿入れとかだろうか。だが、なぜ俺を……? いや……)

 

 一瞬疑問を感じたが、よく考えれば移動には警護隊が必要であり、矛盾は無い。

 言いにくそうな陛下の様子に、ここでレエブン候が助ける形で補足する。

 

「この緊急案件は、おそらく戦士長ストロノーフにしか出来ない事だと私も考えている。本日のことだが、陛下のもとへ王女殿下が訪れたのだ。――ルトラー第二王女殿下が」

「ル、ルトラー様が……」

 

 本来王家の者以外で知る者は少数だが、国王の側近としてガゼフも僅かに面識がある。

 長い金髪の映える、それはそれは美しい姫君だ。ラナー王女に瓜二つ――双子なので当然なのだが、瞳の輝きや自然な雰囲気の表情からガゼフとしては、『黄金』のラナーよりも()()()()好感が持てた。

 しかし、あの方は『足がお悪い』のだ。

 そのために、表舞台へは全く出てこられず、御自分でも悟られているかの様子で、すでに余生を宮殿で静かに送られている雰囲気。

 国王も可愛い娘を手元に置けるので、それを望んでいるように思えた。

 それが――。

 

「レエブン候よ。私が告げる。親として娘の事を大事に考えぬ日は無い」

 

 ランポッサIII世が横へ立つガゼフへと上体を向ける。

 

 

「ガゼフよ頼む。我が娘の、たっての希望だ。ルトラーと――あの旅の魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウン殿との婚儀が上手くいくように取り持ってくれんか?」

 

 

「えっ………………?」

 

 ガゼフは余りの内容に反応できず、そのまま固まった。

 王女殿下を、一介の旅人へ嫁がせるというのであるから当然だろう。

 リ・エスティーゼ王国の歴史上、前代未聞の珍事と言える。

 しかし、国王ランポッサIII世陛下は常識人でもある。酔狂でこのような事を、それも愛娘の婚儀というのは有り得ない。

 この決定には、非常に大きい意味と決意があると思えた。

 

「ふむ……。いきなりでは驚くのも無理からぬ事か。まあ聞け」

 

 国王は、反応の止まったガゼフに事情を語り始める。

 

 

 

 事の始まりは、今朝の午前11時頃。昼を前にのどかな時間が、ここヴァランシア宮殿に流れていた。

 この時間は会議や執務もなく、国王は居室で本を読み寛いでいた。

 すると来訪者が来る。

 一人の少女が急にここを訪れた。

 

「第二王女のルトラー・ペシェール・ラドネリス・ライル・ヴァイセルフです。国王陛下への面会をお願いします」

 

 ルトラーは、宮殿の隠し通路を車椅子で突破して来ていた。

 本来、火災などの非常時を除き、この場へ彼女が来てはならないのだ。

 この十年以上、それは守られ一度も訪れていない場所であった。

 しかしだ。

 

「国王であるお父様に、私の人生最初で最後のお願いに参りました」

 

 国王は、大臣代行からそれを伝えられると、会わずにはいられなかった。

 開けられた扉の中へ、ルトラーの乗る車椅子が入って来ると、国王は席を立ちゆっくりと近付き、優しく車椅子に座る娘を抱きしめた。

 

「よく来た」

「はい、お父様。国家の窮地を知り来てしまいました。申し訳ありません」

「いや、今日は――私が許す」

 

 2分ほど頭を撫でられていたが、ルトラーから話を切り出した。

 

「お父様。本日参りましたのは、大事なお話があったからです」

「そ、そうか」

 

 ここで漸く、ランポッサIII世は離れてルトラーの顔を見る。

 真剣さ溢れる強いまなざしであった。それはもう、確固たる意志を持った『人間』であった。

 幼かったお人形の様な姿は、いつの間にか過去となっていたのだ。

 親としては、その成長が頼もしく嬉しくも有り、頼られなくなる寂しさも有り。

 

「なにかな、ルトラー」

 

 父親は席へと戻り座ると、国王として尋ねた。

 ルトラーは車椅子を自ら進め、国王の前で止まると一礼し伝える。

 

「本日は、この私が(したた)めた書簡をお持ちしました。どうかお父様の国王としての目でお読み頂きたく思います」

 

 そう語り、彼女は膝の上に置いていた数枚の羊皮紙を紐で括った書簡を国王陛下へと奏上した。

 受け取った国王はその紐を解いて、その場ですぐに読み始める。

 国王ランポッサIII世は、間もなく読み進めつつも震え始めていた。

 その1枚目より最後まで驚愕の内容が記されていた――。

 

 

 大筋はこうだ。

 他国の間者を考慮し、口頭での説明では無く文書により上奏する。

 リ・エスティーゼ王国が竜軍団との大戦に勝つためには、次の二つしか手が無い。

 一つ、スレイン法国と同盟し、秘匿された最強の部隊を派遣してもらう。

 一つ、旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ・ウール・ゴウン氏に戦ってもらう。

 現状、王国だけの戦力では竜王へ傷一つ付けられないため、これ以外では勝つ可能性はほぼゼロと見ている。

 竜軍団は、たとえ配下の三割を討たれても王国への攻撃を止めない。

 それは、過去の八欲王との戦いで全ての竜王大軍団が、全滅するまで撤退していない史実からの推測。その事は古い『他国の歴史書』の一説に書かれていた。

 少なくとも、竜王を倒す以外に竜軍団の撤退はない。

 

 スレイン法国との同盟にはラナー王女を嫁がせるか、エ・ランテルの割譲のように領地を切り売る他ない。

 確認したが、ラナーはその婚儀をもの凄く嫌がっている。

 また、王家直轄領エ・ランテル割譲は、国力と同時に既にエ・アセナルを失っている王家の力を急低下させるだろう。

 

 旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)アインズ・ウール・ゴウン氏に戦ってもらうには――まず、王国民になってもらえばよい。

 その代価は、第二王女ルトラーとの婚姻を締結。輿入れ金として金貨100万枚。今大戦の戦果によりゴウン家を伯爵家として興すことで交渉。

 領地は、帝国と法国との境目、エ・ランテルの一部権利と近郊一帯。

 そこで両国へ睨みを利かせて貰う。

 竜軍団を討ち滅ぼした程の人物が着任すれば、これにより帝国や法国との争いもなくなるはず。

 交渉役は友人であるガゼフ・ストロノーフが適任。

 

 私個人の考えとしては、私が好感を抱いているゴウン氏との婚姻を希望し推奨。

 ゴウン伯爵夫人として、リ・エスティーゼ王国の発展を辺境の屋敷より子を産み育て静かに見守りたく存じます――、と。

 

 

 国王ランポッサIII世には、衝撃的過ぎる内容の列記であった。

 しかしどれもが、納得できる理由で詳細に書かれており、ルトラーの優秀さに驚く他なかった。

 彼は最後の案の箇所を再度眺めると――一人の父親として問うた。

 

「それがいいのか? ルトラーよ?」

「はい。きっと――凄く趣味が合う方だと思いますので」

 

 娘は、優しく満面の笑顔で小さく頷いた。

 

 

 

「そういうことだ、戦士長よ」

 

 ガゼフは、ルトラー王女が書簡を国王へ渡す下りまでを聞いた後、ルトラーの書簡を見せて貰っていた。

 その内容に驚きを隠せない。

 ガゼフの様子を見つつ、ランポッサIII世が話す。

 

「レエブン候には参謀としてこの書簡を見て貰ったのだ。良い内容とは思うが、流石に私だけでこれを進める訳にもいくまい?」

「は、はあ。……それではレエブン候もルトラー様の案で納得と?」

 

 直立するガゼフからは、国王を挟み斜めの位置に座るレエブン候が一つ頷いた。

 

「参ったという言葉しか思いつかない。確かに領地の割譲案は頭の片隅にあった考えだが、帝国や法国が動く確証がないものでもある。それに、これを提案すれば会議の場は必ず荒れるだろう。そして国力、王家権力の急低下は大きな問題だ」

 

 実現させても、良い未来へは繋がらないというものだろう。

 

「あと、スレイン法国の秘匿された“最強の部隊”が本当に竜王を倒せる程の存在なのかも不明ではある。しかし、私の配下の元冒険者達にすれば、嘗てスレイン法国が倒してきたモンスターの中にはアダマンタイト級でも難しいと思えるものが幾つかあると聞く。また王女は、古い他国の書物からそういった記述を見つけて判断しているようだ」

 

 少なくとも、我々よりも知識は広いという事だ。

 そして、アインズ・ウール・ゴウン氏――。

 ガゼフとしても、恐らく一番王国の明るい未来が見える希望の案だと思える。

 

(あの御仁の底が知りたい、見たいという思いは戦士として拭えない。だが、巻き込む形に。しかし――国王の命であり、王国はおそらく助かる)

 

 ガゼフ・ストロノーフは1分ほど再度熟慮し、ついに決断する。

 自身の嫁の話もあるし、招いた友であり客人だが、全てを掛けなければ竜王は倒せない。

 もはや、個人的な拘りに囚われている状況では無いと。

 公人として、ゴウン氏へ協力を要請してみようと――。

 それに決して悪い話では無いと思う。

 ルトラー第二王女は、足がお悪いものの聡明で美しく素晴らしい人物だと考える。

 婚姻が纏まれば王家とも縁続きである。

 更にこれにより、貴族の伯爵家を興してもらえ、金貨100万枚である。放蕩を続けても一代で食いつぶす事は無いだろう。

 

 

 

「分かりました。この縁組、ゴウン殿へは私から早速明日にでも話をしてみましょう」

 

 

 

 戦士長は、国王とレエブン候から握手を求められ、しっかりと交わした。

 

 

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

 王国戦士長のガゼフに宮殿の玄関前まで送られた仮面姿のアインズが、3階にある滞在部屋へと螺旋中央部が吹き抜けとなっている赤絨毯敷の階段を上がってゆく。

 すぐ後ろにはナーベラルが不可視化のまま静々と従う。

 すでに宮殿における平常時の就寝時間を過ぎており、静まり返った階段や廊下に灯る蝋燭と所々に水晶から発せられる〈永続光(コンティニュアルライト)〉が光量を落とされ輝く。

 時刻は午後10時20分を過ぎていた。

 支配者の接近を察知しているソリュシャンにより、外を確認する振りで部屋の扉が開けられ帰還が告げられると、室内入り口付近で配下の者達全員が優雅に整列し、ユリが代表して挨拶を伝えて出迎える。

 

「お帰りなさいませ、アインズ様」

「うむ」

 

 アインズは、室内を進むといつものソファーへゆっくり腰替えた。

 すると間を置かずユリから、「午後9時半を回った頃に」と小間使いの来訪が伝えられる。

 

「お帰りした後でよろしいので、今日中に必ずこの手紙を渡して欲しいとのことでした――」

 

 しかしアインズはその相手の名を聞いて、嫌な予感のみが広がる。

 

 

 

「――ラナー王女より」

 

 

 

 何をするか分からない要注意人物であるため、仕方なく『ヒント』としてアインズは、ユリから受け取ったその封緘され封筒に四つ折りで入れられた羊皮紙の手紙を取り出し、翻訳眼鏡(モノクル)を使ってすぐに読んだ。

 それには、ただこう書かれていた。

 

 『早めに二人だけで相談したいことがあります。お手数ですが一つ上階奥の私の部屋までお越しください。大丈夫です、小間使いと護衛の者には早く休むように伝えますので。警戒しないでください。悪い話をするつもりは御座いません』

 

 そうして、手紙下方に宮殿該当階(4階)階段口からの簡単な見取り図と部屋までの最短経路が記されていた。

 この宮殿は国王の居室のある5階を除き、大雑把には同じ形の部屋割り構成だ。

 手紙は他の者が拾って読んでも特定出来ない様に書かれている……。

 

(…………どう考えても、これは怪しいよなぁ)

 

 4階の奥という逃げ場のない計算された位置にある部屋。

 5階の国王や王子達の居室階は当然として、先も2階で衛兵達が巡回して残っているのを見たところだ……。

 だいたい今の時間に王女殿下の部屋へ、護衛も小間使いも同席しない状況で立ち入ったことがもし広まれば、アインズは全ての立場を失いかねない。

 まあその場合、ラナー王女自身も自爆状態になるけれども……。

 ただそれは、現場で対処出来ない者の話だ。

 アインズには、最悪の場においても幾つか手はある。

 現状は彼女の策に対し動かず、墓穴を掘らない様に心掛ける事で問題ないと思われた。

 そう判断した支配者であったが……ラナー第三王女の最終目的が見えない為、対応が迷走気味に陥るかもとの不安が湧く。

 なのでそれを知っておいた方が良いと考えた。今回の誘いはそのきっかけになる可能性を持つ。

 一応、王城での戦略会議の際、すでに謝罪を受けており、公けには互いに遺恨のない状態。

 

(虎穴に入らずんばとも言うし、まあ罠前提で備えていればなんとかなるかな)

 

 アインズは、ツアレをユリと先に休ませ隣の部屋へ下がらせる。

 ソリュシャンとナーベラルに口頭でサポートを頼むと――アインズは部屋を出た。

 〈伝言(メッセージ)〉を繋いだソリュシャンに周囲を探らせ、巡回者との出合い頭を完全回避する。

 確かに、4階の階段口からラナー第三王女の部屋まで、人払いがされているようで、ソリュシャンから「部屋周辺にラナー王女以外の生体反応は御座いません」と知らされる。

 アインズは、4階階段口からラナー王女の部屋の扉前まで手紙に書かれていたルートで問題なく進んだ。

 そして扉をそっと叩く。すると扉が王女直々により開かれた。

 部屋の中に灯る明かりは蝋燭が僅かなのか、ドア越しの白いドレスを着るラナーは幻想の如くなんとも魅惑的に見えた。

 

「よくお越しくださいました。嬉しい。さあお入りください――ゴウンさま」

 

 ラナーとしては、『嬉しい』『さま』の言葉に仲直りの期待を込めていた。

 アインズは、王女が取っ手を握り開いてくれている扉を抜け、中へと進む。

 さりげなく「さま」付きで呼ばれても、何やら不安感が広がる。

 絶対的支配者は一応周囲を確認。確かに他の人気は無い様子。彼女のドレスと同じ白色で統一された室内の広さは150平方メートル程あった。

 部屋の高天井には数点のシャンデリア。扉面の壁へは、金銀で装飾された白塗りの本棚やサイドボードに飾り棚と洋服箪笥が並ぶ。対面側には、上質の白いレースカーテンが閉めれた、日当たりの良さそうな天井近くまで伸びる高い窓が幾つも見える。その窓辺の一つには、白塗りの小さい円形机と囲む3脚の椅子が置かれていた。

 部屋の中央近くには本棚を背に書斎机や、食事も楽しめるテーブルセット等もある。

 一番奥には――白と赤とピンクの高級レース布を交え天板が飾られた高品質のベッドも見えた。

 だがナザリック水準では、いずれも地味程度に留まる質と言えよう。

 それでも恐らくこの部屋の家具類だけで、一財産はあるだろう。流石は王女様である。

 アインズの後ろで扉がそっと閉じられ、ラナー王女はアインズの横まで戻って来ると「こちらです」と案内する。

 しっかりした造りの三人掛けの椅子が置かれたところでそこへの着席を勧められる。

 アインズが座ると「少々お待ちを、お茶を入れますね」と家事室に消えた。

 彼の前には腰掛けている椅子に合わせた低い脚のテーブルがあり、一人掛けの椅子も囲む。

 支配者は王女を待ちながら彼女の真の目的を考える。

 

(こんな時間と場所へ呼び出した狙いは、一体何かな?)

 

 あの戦略会議の時に、竜軍団と戦わせようとしたのは単に国の為なのかも不明。

 『蒼の薔薇』達もいた初会合の席では、王都待機を了承していたのにだ。

 

(あの行動ごとに意味があったのかなぁ……)

 

 支配者の今の感覚として、不気味としか言いようがない。

 今日、可能なら彼女の根底に触れる材料が得られればと、アインズは思っている。

 ラナー王女がカップ類を乗せた銀のトレーを持ち奥から戻って来ると、アインズの前のテーブルへ優雅に紅茶を置く。

 紅茶の良い香りに加え、間近を王女の身体が掠めると、若い娘でも別格の良い香りまで漂う。

 ラナーもテーブルへ紅茶を置くと、一人掛けの椅子へと座った。

 砂糖壺も乗せたトレーはテーブルの上だ。

 アインズは、自分なら砂糖壺もテーブルに置いて、トレーは自分の座った椅子の横に立て掛けてしまいそうに思えた。

 それにしても、彼女の仕草が洗練されていて美しいと感じる。品格の違いがあるのだろうか……。

 アインズは、このタイミングで紅茶を飲む為に仮面を外した。

 その様子をラナーはじっと見ている。

 

「……なぜ、いつも仮面を? 酷い傷がおありとか、その――醜いとかではないですのに」

 

 アインズは内心驚いた。この特殊幻影の金髪の顔は、絶世の美女である王女にとって耐えられる水準らしい。

 

「魔法に関しての制約みたいなものですね」

 

 彼としてコレは、金髪や若返りとこの世界風に補正している側の顔なので、王女が原型を見た時の反応は窺い知れないのだが。

 この時、アインズは全く気付いていない。王女の持つ魔女の如き思考洞察力に。

 

(さっきまでここへ呼ばれて来たことに困惑していたみたいだったけど、今の言葉に反応したわ。……驚いて……喜んだ? 何か別の顔と比較していての感想? んーよく分からないわね。でも制約というのはウソなのね、別の理由があると。……やっぱり思考面で存外広く見てるし、多少頭は回るけれど、私的には――“凡人か智者”ね。“天才”の域には遠いと思えるわ)

 

 思考の魔女は、思いとは別で納得したように答える。

 

「そうですか」

 

 ラナー王女は、先の戦略会議などから仮面の旅人を的確に解析していた。今日はまんまと表情が見えたため、更に確信が持てていた。

 しかし――。

 

(でもあの時、私は――予想で完全に上を行かれた。恐らく、私を超える思考や知能でも埋められないほど絶大な魔法が使える人物なのよ…………本当に凄いわ)

 

 ラナーには分かる。

 一匹の蟻がどんなに知能を持とうとも、大自然の洪水を止めることなど永久に出来ないのだ――次元そのものが違うのだと。

 それほどの力の差を感じている。

 

 

 そう、ここは止めずに乗るべきなのだ、この大自然の洪水のような大波(ビッグウェイブ)にっ!

 

 

 だからこそ、すんなり大人として憧れの如き好感を持って(ゴウン)の存在もこの身体に受け入れられる。

 既に午後10時45分を迎え、衛兵の巡回を空けているのにも制限時間はある。

 ラナーは、今日の時間が余りないことを知っており、静かに本題を語り始める。

 

「本日、こちらへゴウンさまをお呼びしたのは、私の夢を実現するために貴方のお力が必要だからです」

「……夢? それは一体……?」

 

 アインズとしては余りに唐突である。

 その困惑した表情の彼の問いに、薄暗い蝋燭の灯る部屋の中、ラナーは紅茶で濡れている唇に、右手人差し指を当てて艶っぽく語る。

 

「今、それの詳細は言えません。ですが大きいことではありません。そして、人が死ぬようなことはありませんし、少年が一人幸せになるという細やかな事です。もし――お力を貸して頂けるのなら――」

 

 ラナーはここで椅子から静かに立ち上がり、清楚なその純白ドレスの裾を礼をするかのように掴むと両手で大きく持ち上げていく……。

 すると当然、その下から白肌の美しいスラリとした生足が姿を現していく。裾は更に高く持ち上げられ柔らかそうな太ももをも優に越えていく。

 アインズは唖然と見ていたが、純白の下着が見え始めた辺りでラナーの言葉が続いた。

 

「――()()()、この私の身体をご自由にして頂いても構いませんから……」

 

 ラナーは頬を赤くしつつも、最高に可愛く可憐に微笑みしっかりと誘惑(レイズ)した。

 彼女のアピールはまだ終わらない。

 

「もちろん、私を我がモノにして頂くために、あらゆる手と策を献策し協力いたします」

 

 既に――ドレスは完全に捲られ両手で右胸横に束ねられている。

 美しい腰下からの体線に下着と素足が丸見えな状態――。

 

 間近で見ているアインズはというと……一周回って既に『沈静化』していた。

 

 目の前でいきなり始まった美しい王女のショーに、釘付けとなったが逆に一気に興奮度が上がりすぎたのだ。

 一周回ればもう何も感じなかった。

 

 ラナー王女自身も異変を感じていた。それはあの戦略会議での場と同じ衝撃。

 確かに目の前でゴウンが、この熱くなりつつある身体に大きく興奮してくれていたのを感じていた。ラナーも大きい力を持つ魔法詠唱者への好意が膨らんでおり――嬉しく思えていたのだが、彼の興奮する思考が突然に途切れたのだ。

 

 ――またしても理由が分からない。

 

 そしてラナー王女は同時に感じたのだ。否定的な考えが充満する彼の思考を……。

 

 アインズは、ハレンチでストリップ的姿のまま固まっているラナー第三王女へと明朗に告げた。

 

 

「趣向を凝らしてもらい申し訳ないが――協力はお断りします」

 

 

 ラナーは思わず、両手を広げ少し大きな声が出る。

 

「な、なぜですっ、ゴウンさま!」

 

 それにより、捲り上げていた純白のドレスは元の位置へ落下し花が開く様に戻り揺れた。

 

 

 

「簡単なことです。――――大したメリットが無い」

 

 

 

「――――――…………っ!!?」

 

 彼の淡々とした言葉に王女は絶句する。

 リ・エスティーゼ王国の誇る『黄金』と呼ばれし、第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフの天才的頭脳と絶世の容姿端麗である身体が、たった一言――『大したことは無い』と踏みにじられていた……。

 再度、ラナーはゴウンの思考を読むが、近日は関わり合いたくないと読み取れる。

 ラナーの知恵など無用で、己の力のみで竜軍団に対せると。

 しかし彼女はここで、このままで終われない。

 

「……ゴ、ゴウンさまっ。私――今、服を破り大声で叫びますよ!」

 

 彼女は脅迫する手を使ってでも、もはや引けなかった。

 ゴウンの力を得られなければ、近い将来にクライムと引き裂かれどこか他家へと嫁がされるだろう。

 それならいっそ、ここで自爆してキズ者扱いされた方がまだ目は有るのだ。

 

(この既成事実で貴方と一蓮托生の関係に持って行ってあげますからっ)

 

 だがそれに対して、アインズは平然と即答する。

 

「無駄ですよ。私には今、その状況に対して簡単に帳消しに出来る力がある」

「―――っ(嘘じゃないですって……)!?」

 

 ラナーの読みの思考がアインズの考えを完全に理解してしまった。

 もうこの男への手が無いのだと。彼の力は手に入らないのだと―――。

 

 立ち上がっていた彼女は、ガックリと無気力に後ろの椅子へと腰を落としていた。

 ここで手が尽きたという事は、彼女の幼い頃からの長年の夢の終わりが近い事を意味している。

 ラナーの目には、本気の涙が浮かんできていた。

 それは拭われる事なく、頬を静かに伝っていく。

 

 アインズは、仮面を付けながら静かに席を立つと小さく告げた。

 

「失礼する」

 

 ラナー王女はもう答えない。彼の姿も見ていない。

 答える気力が、彼女の眼光から既に失われていた。彼女の目は、何を見るのでもなく見開かれたまま止まっていた。

 

 まるで――糸の切れた人形の様に見えた。

 

(この私が、またしても……ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフに―――二度の敗北は無いのではなかったの……?)

 

 この取引は、彼女にとって知恵も身体も誇りもすべて使った必勝のはずであったのだ。

 

 アインズは、ラナーへ背を向けると王女の部屋から退出した。

 

 

 

 

 ――――――しかし、話はここで終わらなかったのである。

 

 

 

 

 アインズは階段を降りて三階の滞在部屋へと帰って来たのだが、どうも雰囲気というか様子がおかしい。

 そう言えば、ラナーとの会話の終盤辺り以降、ナーベラルとソリュシャンからの連絡が無い。

 どうしたのかと、アインズ自ら部屋の扉を押し開ける。

 

 

 するとそこには……ルベドが一人仁王立ちしていた。

 

 

 扉の傍ではナーベラルとソリュシャンが、其々巻物(スクロール)を使って、ルベドの絶大なパワーが部屋の外へ漏れるのを全力で遮断し阻止している状況。

 アインズは、それで「ピピン」と来てしまった。

 その予感は的中し、次の瞬間ルベドの一声が炸裂する――。

 

 

 

「――――――メッ!! アインズ様、メッだがらっ!」

 

 

 

 彼女は同時に右腕を伸ばし、人差し指をアインズに向けていた。

 その姉達譲りの美しい表情は明らかに怒っている。

 ルベドは、王女の部屋を透視で終始見ていたのだろう。

 確かにあれだとドレスまで捲らせられて、下着を見られて泣かせてしまったようにしか見えない……。

 最上位天使の左手には、すでに大長物である神器級(ゴッズ)アイテムの聖剣シュトレト・ペインが握られているではないか。王城ごと真っ二つに斬られかねない。

 もはや、待った無しである。

 ルベドは先程しっかり、絶対的支配者とルプスレギナとの会話を聞いていたのだ。

 

 その中での、ラナーとルトラーの王女姉妹の話を――。

 

 ルベドの眼光には、王女姉妹の幸せを守るという義務の炎が燃え盛っていた。

 また姉妹コレクションの増強期待のニヤニヤに水を差され、イライラに変わりつつもある。

 

「アインズ様っ。泣かせたり無理やりは、メッなんだからっ!」

 

 アインズは、指差してくるルベドへと右手を『待て』という形で向けると諭し始める。

 

「こ…………これは作戦なのだ、ルベド。早まるなっ。まず私の話を聞くのだ」

「……え?」

 

 ルベドの剣幕が途切れた。

 敬愛するアインズの話である。スリスリ出来る我が主の言葉である。

 そして、絶対的支配者はこれまでもターゲットにした全ての姉妹を愛し、手厚い保護をしてくれていた。

 彼の言葉には信用に足る力がある。ルベドを一瞬は押し止める力が。

 しかし、機会は一度だけと思えた。それが今――。

 アインズは頭脳をフル回転させ、言葉を選びながら話続ける。

 

「あのラナー王女は優秀でな、デミウルゴスとアルベドをして“要注意人物”に指定している程の者なのだ。だから、通常の策では懐柔出来ない。その根底を揺さぶるようなモノを掴む必要があった。その為に少し厳く見える形になったのだ。ここまでの話は分かるな?」

 

 そう尋ねるも、眉間に皺を寄せるルベドの表情は硬い……。

 アインズは内心で額へ手をあてつつ、内容を抽象的に変更した。

 

「つまりだ、仲良くするには彼女のホントに大切とするモノを知る必要があったのだ。それが掴めた。もう心配はいらない。――今から、あの子の笑顔を見せてやるぞ」

「――本当か、アインズ様?」

 

 この難題に念を押して来るルベド。

 だが口に出した以上、あのラナーを笑顔へと向かわせなければ――ナザリックの平和が終わる。

 

「もちろんだ。(うわぁぁーーーーっ)私に任せておけ(言っちゃったよーーっ)」

 

 アインズは、内心で頭を抱えつつも自分を鼓舞するようにそう告げた。

 ルベドがニヤリと笑顔を浮かべる。

 天使の表情に、なんとか機会を作れたとホッとする絶対的支配者。

 ラナー王女の対応をどうするかと必死に考えつつ、ルベドを傍でナデ(なだ)めた後、アインズは『やるしかない』という気持ちで、シズが開けてくれた扉から出ると、再び上階の王女の部屋を目指した。

 

 

 

 4階へ上がろうとしたアインズだが、ソリュシャンから周辺状況の知らせを受ける。

 不味い事に、上階にはもう衛兵達がいるという状況に変わっていた……。

 

(……王女の思惑通りなら、あのまま欲情されて身体を多少求められても、この状況を告げる事で結果的に断れると踏んでたか。(はな)から単に合意して宿泊部屋へと帰す予定だったんだな)

 

 時刻は午後11時30分少し前。

 アインズは仕方なく、一気に〈転移(テレポーテーション)〉でラナー王女の部屋へと移動した。

 あれから25分程経っていたが、ラナーはまだあの椅子に座ったままであった。

 断られたのが余程ショックだった模様。

 

「ラナー王女殿下、突然失礼する」

 

 流石に、去ったはずの人物が再び何故か部屋の中に居たため、ラナーの視線が声の方を向いた。

 希望を失っている表情は虚ろでしかないのか……いや、アインズには彼女の目が一瞬驚くも、少し安心したように見えていた。

 ラナー自身も不思議だ。他の男であれば確実に声を上げていた。クライムは別だが、これでも彼女の貞操は滅法固いのだ。認めた男性以外とは傍にいるだけでも実は不快だ。医療担当もこれまで女性のみにしてもらっている程。

 彼女は、仮面の旅人が大魔法使いならここへの登場も不思議では無いと思い、小声で呟くように話す。

 

「忘れ物でもあったの(彼の雰囲気に……焦り?)ですか……? あぁ、私の身体を味わいそびれたとか? ……別にかまいませんよ」

 

 既に夢破れたことで、いずれどこかの貴族でゴミ同然だろう低能の夫に散らされるのだ。せめて好意を持った者に捧げれれば、将来の低能である夫に一矢報いれるというもの。

 それと、実際に身体を使う事で、まだ道が開けるかもしれないとラナーの思考が動いていた。再度の敗北も重なり、自暴自棄気味なりにだが。

 彼女の目が棚の時計に向く。

 

「でも、残念。あと30分もすれば小間使いが見回りに来ます。少し短すぎますよね……ですから明日の晩も明後日の晩も……この先毎夜でもいいです……よ?」

 

 アインズとしてはルベドの離反と比較すれば、大抵は『大したことはない』事案になる。

 なので、ここは単純にラナー王女の熱い『申し出案』を受け入れると告げれば問題ないだろう。

 彼女の言っていた『大きいことでは無く。人が死ぬようなことでもなく、少年が一人幸せになるという細やかな事』を実現すると付け加えて――。

 しかし。

 

「ラナー王女殿下、私を見くびらないで欲しい。確かに貴方は魅力的だが――一度頭を冷やされてはどうでしょう?」

 

 アインズはそう静かに告げる。紳士的にカッコ良く。

 少なくともソリュシャンが聞いている以上このままで王女の提案を受ければ、「アインズ様はこの女の身体がお目当てだった!」と女性関係報告で通報されかねないと考えたのだ。

 

「――っ!」

 

 一方、ラナー王女はアインズの雰囲気から困惑に加え、偽りの無い思考を読み取る。

 更に仮面の男の言葉に状況が大きく前へ返ってきたと感じ、王女に精気が戻り始めた。

 確かに『蒼の薔薇』との会合でも、彼はこの身を好色の目ではなく純粋に綺麗だと評価してくれている思考を感じていた。それと同時に色仕掛けが効きにくい人物だとも理解していた。

 でも、先程は強い興奮を示したので、肉欲が有効の手であると過信してしまったのだ。

 加えて……今は何故か先程と打って代わって自分が『強く必要とされている』ことも窺えた。

 それもあり男女の関係を誘ってみたのだが。

 不思議に思う。クライムにも言えない恥ずかしい男を誘う言葉を、なぜこの仮面の男には伝えてしまえるのかと。

 

(これが大人の恋……?)

 

 彼女は艶っぽく握った左の手を口元に当てて恥じらうように黙った。

 アインズは諭す様に話し出す。

 

「正直に言います、ラナー王女。こちらも“急激に”状況が少し変わりました。(ナザリックの平和の為に)“私には貴方が必要になった”のです」

 

 その言葉にドキンとひとつ『黄金』の姫の胸が鳴る。

 男性から「必要だ」と正面から『求愛』されたのは初めてである。それも、力に魅了され好意を寄せている者からだ。

 王女のドス黒いはずの心が、キラキラとトキメく。

 アインズの紳士で真摯の言葉が続く。

 

「王女殿下には、その立派で類稀(たぐいまれ)なる知恵と知識があります。それで私を助けて欲しい。そうすれば――貴方の『夢』の実現に協力しましょう」

「えっ…………でも、それではゴウンさまがこの私の身体を自由には……」

「契約による関係と、出会いから始まる自然な関係と……王女はどちらを望まれるのか? それにラナー王女には、(民達の希望と憧れの一人として)大事に綺麗でいてもらわないと」

 

 アインズとしては、普通に考えればこれ以上王女と男女関係が進展するはずはないと考えての、もっともらしい発言をしたつもりでいた。

 しかし――上気し思考読みがズレ始めたラナーには違う形で心に響いていた。

 

(な、なんて欲の無い……愚かな……、うぅ……“ゴウンさまにとって”大事に綺麗でって……ふ、ふん。でも……お助けしないと……。そ、そうよ夢のためだもの)

 

 紳士で欲の無い所は、クライムとも大いに通じるものが有る――。

 やはり自分はそういった『珍しい人物』に()かれ愛を感じるのではと王女は改めて思う。

 考えたラナーは間もなく頷いた。

 

「では……私はゴウンさまを(お傍で陰日向にと)精一杯献策でお助けします。ですので、私の夢に協力をお願いいたします」

 

 彼女は同意を求め、そのか細いながらも乙女らしく美しい右の手を伸ばしてきた。

 

「了解しました。こちらこそよろしくお願いします」

 

 アインズは頷くと彼女と握手を交わした。

 ここで、ラナーが頬を僅かに染めて告げてくる。

 

「あの……ゴウンさま。互いに助け合う間柄(パートナー)になりましたし……二人切りの時には、その私の事は呼び捨てで呼んで頂けませんか? ただ――ラナーと」

 

 その姿は恥ずかしそうに上目遣いである。

 すると、アインズも真剣にお願いを述べる。

 

「分かりました……では私もアインズで構いません。それとこちらも一つだけお願いがあります。(助けると思って)私に微笑んでくれませんか、ラナー」

「はいっ……アインズさま」

 

 ラナーは、アインズが今の自分への愛情を表現して欲しいのだと思い、朧気に灯る蝋燭の幻想的な明かりの中、恋する乙女の素直で可愛らしい笑顔を浮かべた。

 

 

 

 こうしてルベドとの約束は見事に達成され、そして――ナザリックの平和は無事に守られたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. リッセンバッハ姉妹、大金を預かる。

 

 

「「「いってらっしゃいませ、ご主人様っ!」」」

 

 黒紅色のメイド服姿のリッセンバッハ三姉妹は、アインズ一行が乗る漆黒の最高級馬車を元気な可愛い声で見送ったのち、門を閉じ玄関を閉め扉を施錠した。

 次女のマーリンと末っ子キャロルは「ちょっと」と御屋敷メイド長代理の長女に呼ばれ、家事室へ三人が集まる。

 メイベラはかなり緊張した表情で、一握り程の大きさの革袋を広い調理作業台へ置くと、妹達へ告げる。

 

「あのね……先程ご主人様から、屋敷の管理費用だと思うけれど、追加で金貨を――50枚もお預りしたの」

 

「「えぇーーーーっ!?」」

 

 マーリンとキャロルは目を見開いて、その袋から数枚転げ出て来た輝ける金貨を見た。

 おそらく真夜中に見た、多くの金貨袋の中にあった金貨の一部だと思われる。

 それに加え、下の姉妹達も買い出しに出る場合が有る事から、先に姉が金貨10枚を預かっていることも知っている。

 メイベラは、家事室奥に立つ棚の鍵の掛かった引き出しから、金貨9枚と銀貨18枚を取り出し金貨袋の横へと置いた。

 昨日少し市場で買い出しをしたため使ったが、つまり今、この屋敷には金貨だけで59枚もあるのだ。この額は、嘗て母親が控えめながら自信ありげに話していた、街で中規模商人であったリッセンバッハ家の年収額に近い。

 まだ若い三人の少女達は、その魔性の輝きを目の前にしていた。

 キャロルが、自慢のツインテールを大きく揺らし尋ねる。

 

「ねぇ、これだけ有れば家も買えちゃうよね?」

「そ、そうよね」

 

 次女のマーリンも頷く。

 それに長女のメイベラが答える。

 

「買えるわよ。一括なら値切れるだろうし、恥ずかしくない新築の家がね。それに――私達は無理だけど、交渉次第では父さんと母さんを助けられるかもしれない金額よ」

 

 マーリンとキャロルは、ハッとした表情で姉を見詰めた。

 メイベラは姉妹達へと少し語る。

 リッセンバッハ家の借金の多くは、自分達姉妹の身体が背負っている事。強制労働とはいえ評価賃金は格安で、両親が馬車馬のように働いても金貨50枚分すら無事に返せるとは思えない事。

 そして『フューリス商会』との交渉次第では、両親はすぐに解放されるかもしれない事を。

 しかし、この大金はご主人様からこの屋敷の為にと預かったものである。

 

「これは、私達を信用頂いている証拠。だから、この場で改めてみんなに確認しておくわね。私は――あくまでも、待つわ。私達の立派で素敵なご主人様のお言葉を信じて頼りたいから」

 

 両親の事は一刻でも早く解放したいが、長女の決意の言葉に姉妹達も迷いなく頷く。

 昨晩以来、眼鏡を付けているマーリンも、頬を少し赤くしながら言う。

 

「それが一番いいと思う。あれほど優しく頼れて尽くせるご主人様は、そういませんもの……」

 

 それへキャロルも元気に手を挙げて続く。

 

「はいっ、私も。ご主人様大好き。きっとあの恐ろしい貴族と商会から、お父さんとお母さんを助け出してくれるって信じてるよ」

 

 妹達の言葉に同意見のメイベラは安心する。

 もし妹達が先走って、この大切なお金に手を付けるような事が起これば、大恩を仇で返すことになるため、その考えを確認したのだ。だがこれで考えは確認出来た。

 それにしても……どうやら妹達もご主人様へ自然と()かれているようだ。

 この金貨袋を渡された時のご主人様の声を、メイベラは思い出す。

 

『そうだ。表札の件で思ったのだが、急に大きい出費があるといけないし、他に多少必要なものもあるだろう。これだけあれば足りると思うが渡しておく』

 

(本当に気遣いのあるご主人様……)

 

 加えて、昨夜の晩餐では使い切らなかった、肉をはじめとする高級食材も家事室の保存庫にはまだまだ残されていたのだ。

 

『多めに持ってきているはずだ。お前達姉妹で仲良く食べるといい。健康に気を付けよ』

 

 ルベド様が主様のすぐ横でニコニコしている。

 言うまでも無く、食料というものは人が生きていくために無くてはならない。

 この新世界では、基本的に補償や医療制度、保険などは無く、市民は自身の身体のケアについて自己再生によるところが大きい。その原動力はなんといっても体力の元になる食べ物だ。

 

 ハッキリ言って、この世界は食事さえ与えれば――人は付いてくる。

 

 姉妹達は先日まで、両親が人質という大きな枷があるとは言え、イヤラシイ肉欲の目で見られようと、ゴミや物扱いされ故郷から離れたこんな所まで連れて来られようと、それまで渋々ながらも家畜の餌の如き食事だけで従っていたのだ。

 粗末でも空腹のお腹に食料が入ると、ストレスは大きく軽減された。

 

 ――短期間だが、洗脳されていたのかもしれない。

 

 それに対して、今のご主人様は人間らしく生きる尊厳と生活環境を与えてくれている。

 昨夜も姉妹達は一応、ご主人様の帰宅後に備えて浴室で皆、身体を清めていたが、夜伽を言いつけられる事もなかった。

 フューリス男爵とその商会の者達とは、人物の格が全然違う。

 

(ああ、英雄級の身でありながらもお優しい主のアインズさま……下賤の身のこの私もお慕いしていいのでしょうか……?)

 

 この後、日課である屋敷の掃除を始めるゴウン屋敷の住人達だが、その若い心には濃いピンク色が増し広がり始めていた……。

 

 

 

 王城へ戻る馬車の中で、アインズはふと気付く。

 

(あっ。メイベラへ“金貨30枚分ぐらい、姉妹で流行りの服装や可愛いベッド購入へ好きに使ってもいい”と言うのを忘れてたなぁ。まあ今は戦時下だし、今度でいいか)

 

 三姉妹は役に立ってるし、昨晩も地方での吟遊詩人(バード)の事や十三英雄の物語も少し聞けたしと価値ある情報を貰っていた。

 金貨の価値については、すでに冒険者等で知っているアインズだが、千枚以上臨時で増えたので結構適当である。

 なので、金貨50枚を使ってしまっても余り怒られなかったかもしれない――。

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. カルネ村の新人たち

 

 

 ンフィーレアは、カルネ村に来て早くも三日目の日暮れを迎える。

 今は昨日、村長に許可を貰った村外れの小屋で製薬装置の設置作業を進めていた。

 昨日中に新バレアレ家の倉庫から、馬車を使っての装置の運搬と仮配置を行なったが、再びゴブリン軍団から応援をエンリが手配してくれていた。

 軍団からは応援としてパイポとウンライが参加し、普通なら一日作業の力仕事の所を2時間程で終えていた。

 それから今日のこの時間まで薬師の少年は、装置の位置の微調整と固定、装置同士の配管接続作業を続けている。

 ンフィーレアは作業を始めると精神集中状態となり、気が付けが3時間ぐらい経っていることがザラであった。

 特に今は、兎に角愛しのエンリの前で実績を上げたいという思いから、作業環境を少しでも早く整えようと必死になっているので尚更と言える。

 夢中になると他が目に入らない性格を昔からよく知るエンリは、ネムを度々ンフィーレアの所へ向かわせて、食事や夜食を持ち込んであげていた。

 

「――――ンフィーくん、ンフィーくーんってばっ!」

 

 仰向けに寝そべって壁奥の配管作業に机下へと潜っている少年に、ネムは声を掛けるが反応がないため、足首上辺りを引っ叩いた。

 

「えぇっ、何っ、誰? ぁあ、やあ、ネムか。いらっしゃいってあれ? もう夕方!?」

「そうだよ。あっ、ンフィーくん。昼ご飯、食べてないっ」

「うわっ、そうだった」

 

 こんな感じでンフィーレアは、仕事に集中する余り生活に関する自己管理力がほぼゼロになっていた……。

 

 一方、現役の(アイアン)級冒険者のブリタは、この村に住んでいて難度で21程のラッチモンという現在自警団を率いている初老の野伏(レンジャー)をエンリから紹介され、村での生活の注意点や周辺の特徴などの他、剣の使い方についても鍛錬のアドバイスを受けていた。

 

「ありがとうございましたっ」

「うむ。若い者はやはり覚えが早いな」

「いえ、ラッチモン師匠の教え方が分かりやすいので」

 

 先の襲撃で村の同胞達の多くを失い、再び悲劇を繰り返さないようにとのエンリの考えに賛同して、作られたばかりの自警団を率いる立場にいるが、ブリタという良い後継者が現れて教え甲斐が出てきていた。

 ラッチモンは数時間程度の戦闘では、エンリ配下の小鬼(ゴブリン)兵士達と互角に近いが、それ以上の時間になると体力的に厳しいと感じていた。寄る年波には勝てないと。

 鉄級冒険者のこの女性が村の生活に慣れた頃、彼は自警団の指揮を彼女に譲るつもりでいる。

 そんな彼から教えを受けるブリタも、自警団のまだまだ素人といえる村人達の訓練を見ている。

 移住以来、村の砦化や護衛モンスター達との同居など目まぐるしい状況変化はあるが、この世界において自分達の命は自分達で守るのが常識であり、この村に居る限りは仲間達と精一杯取り組むつもりでいる。

 (アイアン)級冒険者のブリタは、自警団の村人の中ではラッチモンに次いでの実力であった。

 しかし、模擬戦を行うとエンリ配下の小鬼(ゴブリン)兵達には歯が立たなかった。

 プリタは、彼等モンスターがなぜエンリに従っているのか不思議に思えた。そこで話を聞くと、旧エモット家の主で、この村の英雄のゴウンなる大魔法使いから貰ったアイテムで呼び出されたという。ならばアイテム効果によって、現状の絶対服従もありえると理解した。

 また、村人達全員が「ゴウン様から譲られたアイテムの召喚モンスターなら」と完全に受け入れている事で、ゴウンという人物がどれほどの事をこの村で成したのかが窺えた。

 それとゴウン邸に彼の配下でキョウという人物が住んでいるのだが、凄い美人の娘でブリタはびっくりしている。マーベロに会って以来の驚きとブリタは感じていた。

 そのキョウの操るのが、この村にいるもう一種のモンスター、死の騎士(デス・ナイト)達だ。

 このモンスターも英雄ゴウンが召喚したという。確かカッツェ平野に出現したことがあるという非常に強いと伝わる伝説のモンスターのはずである。

 ブリタはまだ直接剣を交えた事は無いが、屈強であるエンリ配下の小鬼(ゴブリン)兵達から見ても「次元が違う」という強さらしい。

 そんなモンスターがここには3体もいた。

 そのうちの1体をエンリが、任されているという事に一番驚いたが。

 

 夕日が沈む中、ブリタの自警団への訓練が終り「また明日ね」と村人達が解散してゆく。

 「次元が違う」と聞いて、彼女が真っ先に想像出来たのは――密かに熱く想いを寄せる漆黒の戦士モモンの雄姿だ。

 あの人食い大鬼(オーガ)を斜め一閃した強さ。そして、盗賊団からの襲撃戦における非常に不利な数の中で、自分達を助けてくれた時のグレートソード二刀流の圧倒的といえる剣技……。

 そんなアノ人の姿や声を思い出し、頬を赤らめながら「ふふふっ」と微笑むブリタは、日課になりつつある『とある場所』へと向かっていた。

 

 少し癖のある赤毛の彼女が足を踏み入れた場所、そこは屋外に在った。

 小鬼(ゴブリン)軍団の共同生活館の前に広がるちょっとした前庭である。

 上空は東から濃いコバルトブルーの広がる天球に、星の瞬きが見え始める時間へと移っていた。

 庭の中央にはレンガ造りの焚火場所があり、料理も可能な感じに出来ている。

 

 ブリタは、エンリ達とここで食事を取ることが日常になり始めていた。

 

 エンリに「一杯作るので大丈夫」と言われており、昨日から厄介になっている。

 もちろん、ブリタは今日もラッチモンやゴブリン達と森へ行った時に狩りも手伝っており、共に食べる権利を持っていた。

 そしてもう一人、ネムに連れられてンフィーレアも現れる。

 彼はあの後、忘れていた昼食を速攻で食べていた。想いを寄せる子が作ってくれたものを無駄に出来るはずもないと。

 この世界での食べ物は貴重なのだ。「食べ物を大切に」はエンリの口癖の一つ。

 僅かでも嫌われる訳にはいかない。

 対してエンリとしては、ンフィーレアはアインズから直々に頼まれている人物でもある。

 それに近い将来、この村へ確実に貢献することから食事へと招いていた。

 薬師の少年も申し訳ない等色々考えたが、そもそもエンリ狙いなのに離れていては接点を失うと考え、割り切ってこの場へと積極的に来ている。

 そのエンリは、村に於いて非常に忙しい存在。今も帰ってきたネムと交代し、夕飯の調理途中で少し抜けて、近くの板塀設置の現場確認へ向かった。

 日々エモット家の畑を守りつつ、カルネ村の防衛責任者、更に砦化計画の最高責任者を熟す。それに加えて小鬼(ゴブリン)達の食事を毎食用意するのだ……。

 

「ふぅ。エンリ、大丈夫かな? 不安とか感じないのかなぁ」

 

 ンフィーレアとしては、彼女の体調や心理的部分での疲労面が心配であった。

 そして同時に少し不満があった。

 16歳の村の少女へこんなに仕事を押し付けているアインズ様にだ。

 

「ンフィーくん。確かにお姉ちゃんは忙しいけど、もっとちゃんと見ないと。楽しそうだよ?」

 

 ネムに言われてみれば、エンリはいつも笑顔で楽しそうに作業を熟しているのを思い出す。

 そして――彼の心配を他所に、エンリは見事に村人達らとモンスター達と連携し全ての事業を円滑に回していた。

 実はその身に持つ職業に因るものだが、その力を遺憾なく発揮している感じだ。

 

「……楽しんで……か(アインズ様はそれも分かってての指示なのか、うーん)」

 

 男として悔しい気分になるが、まだまだ英雄の主との経験の差は否めない。

 そうしていると10分程で、エンリが笑顔で戻って来た。

 ンフィーレアも気持ちと考えを切り替えて笑顔で出迎える。

 

「おつかれさま、エンリ」

「ありがとう、もうちょっと待っててね、すぐご飯が出来るから」

 

 エンリは腕まくりをしながら、ネムからかき混ぜ棒を受け取り大鍋に取り掛かる。

 その彼女の首には、ネムと“お揃い”の角笛風の首飾りが下げられていた――。

 ルプスレギナに邪魔され朝を迎えた時に、眠っているネムの首に掛かっているのを見たアインズが、再度一応予備にとエンリへ渡してくれたのだ。

 

 

 

 ――そう、これは3個目の『ゴブリン将軍の角笛』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. その時ナーベラルは

 

 

 王城を出て王都内の大通りを南へと駆けるアインズらの乗る馬車を、戦闘メイド服姿のナーベラルは後方上空より不可視化のまま追い掛け進んでいた。

 すでに見た目も可愛い〈兎の耳(ラビッツ・イヤー)〉を展開し、御方をサポートすべく盗聴を開始している。

 

(アインズ様はなぜ、ナザリックの部外者であるこの“王国戦士長”なる役職の下等生物(人間)を優遇なされるのでしょう……?)

 

 しかしこの考えは、決して口に出すことは出来ない。

 絶対的支配者の応対の様子から、客人待遇の人物であることは間違いなかった。

 これまでこの下等生物(人間)が自分達の滞在部屋を訪れて去った後も、御方の口からこの者への不満や怒りは発せられていなかった。

 今も二人は馬車内で穏やかに会話を交わしている。

 

 至高の御方の意志が、ナザリック全ての者の意志となる。

 

 支配者からの直接指示は無いが、当初から友好的状況が続いている点を考慮し、長姉のユリからは『準保護対象』にとの指示も出ている。

 

(いけない。敬愛するアインズ様の意志なら、私はただ従うまで)

 

 ナーベラルは(あるじ)の為に、己の個人的考えは極力表へ出さないよう努めているのだが、敬愛する支配者の事を考えるだけで、心と身体が熱くなってしまう。

 今も、この眼下の馬車から下等生物(人間)を引きずり出して、その狭い馬車内を愛しの御方と仲良く二人きりでの秘密の空間にして過ごしたくなってしまうのだ……。

 ただそんな蕩ける様な自己満足のご奉仕をしても、アインズ様が喜ぶ事にはならないと思えた。

 もっと高い水準で至高の御方へ貢献出来なければ、一昨日から生き続けている意味はないとの考えにナーベラルは至る。

 今は彼女只一人が馬車へ追随し、護衛も兼ねている。

 ナザリックの一員として最高と言える誉れある任務を担っていた。

 直近の護衛に付くのが1名という状況は、カルネ村を除き守護者マーレ様以来と聞いている。

 ここで敵の強力な攻撃を受けて、主の盾となって散る事が出来れば、まさにナザリックと至高の御方に対して最高の貢献になるのは間違いない。

 永遠の存在として至高の御方の記憶に刻まれる可能性もある。

 まあ、厳密には最上位天使のルベドが随時遠距離監視しているのだが……。

 ルベドとは宮殿の滞在部屋にて、金髪の人間の女『ツぁ』何某というメイドが奥の家事室へ下がった折に何度かこっそり直接話をしている。

 ナーベラルもルベドが守護者ではないので、敬称は付けていなかった。

 

「ルベドはいいですね。至高の御方々を十分に守れる力があって」

「勘違いするな。私は、強者と戦うため造物主に作られただけ。至高の41人を守る為に居る訳では無い。私は私の考えのみで動く。だが……アインズ様は別だ。あの方だけは、私の大事なモノを全て『同じく()』でて、その偉大なるお力で今も保護してくれている。それに念願の私達三姉妹、ニグレド姉さん、アルベド姉さんとの仲を取り持ってくれた。だから、感謝に留まらず純愛も捧げる。そして(姉妹同好会の)同志であり、主と認めたアインズ様の指示には従う。それ以外は姉さん達を除いて従わない。つまり言いたい事は――――お前達も含めて、姉妹は仲良くしていて欲しいな」

 

 最後はもちろん『脅し』である。

 そんな感じの会話が一度あったぐらいで、殆どはプレアデス姉妹の話に終始する。

 ただ……ルベドの前では、姉妹喧嘩の話題はNG。

 彼女は「むむぅ」と可愛い声を漏らして唸ると不機嫌な顔になり、支配者へ改善案をねだりに行こうとするのを、姉妹で「ウソウソ、みんななかよし」と宥めて止める展開になってしまうから。

 ルベドにとって、自身の困難だったニグレドとの仲直りを、見事に果たした御方への信頼は絶大なのだ。

 

 このように御方ゾッコンのルベドも宮殿から見張っている以上、主様はほぼ安全だと言える。

 ナーベラルは、あくまで周辺からの先制攻撃の察知と盗聴に専念すれば良かった。

 そうして、御方と下等生物(人間)を乗せた馬車は、街なかに並ぶ五階建ての建物の前へ止まる。

 馬車を降りた二人は、建物へ入り二階奥の一室に移動すると、テーブルへ向かい合う形で座り話を始めた。

 ナーベラルは、その部屋の窓の外に浮かび、そっと中の様子を窺いながら聞き耳を立てている。

 一つ目の話は、昨晩のお出かけの内容。

 それは、絶対的支配者の計画通りといえる偽報告である。

 次の二つ目の話は、何やら下等生物(人間)の個人的相談らしい。

 戦士長の(つがい)相手の話にナーベラルは興味無かったが、御方の女性の好みが聞けるかもしれず開始直後から〈兎の耳(ラビッツ・イヤー)〉が最大集音を記録する。

 御方は、ユリのような眼鏡の女性も『良い』という。

 

(ユリ姉様……なんて羨ましい。どうかどうかポニーテールの卵顔も――)

 

 プレアデスでも最高の美しさを争うナーベラルなのだが、他者の評価など価値はないのだ。今はただ、至高の御方の評価のみが気になる。

 

(衣装装備などにもご要望があれば、期待にお応えしたいけれど……)

 

 彼女が、潤いのあるピンクの唇に左人差し指を押し当てて、艶っぽい表情でそう考えていると、酒を飲む為に仮面を外しているアインズが戦士長からトンデモナイ質問を受けた。

 

 

『ゴウン殿は……配下の者について他家の者との婚姻をどう考えている?』

 

 

 直接これを聞いたナーベラルは――異常に緊張が増す。

 ナザリック以外の者との、我々配下の婚姻……。

 すでに命も身体も心もアインズ様の物だと考えているナーベラル自身には、外の者へ懸想する事は考えられなかった。それでも。

 

(もし――アインズ様の御言葉で、ナザリックの外の者と政略的に(つがい)関係への指令があったとしたら……)

 

 この場合、ナザリックの地へ残れる確率はかなり低い。離れては(つがい)にする意味がないためだ。

 ナザリックに必要な者であれば、簡単にそうはならないはずだが……ナーベラルは先日、主様へお手数を掛けてしまった身。

 万一自分にその時が来たらと思うだけで、ナーベラルは想像を絶する凄まじい不安を感じる。

 主からの勅命の場合、拒否出来ない上に……ナザリック内で特段必要無しとの烙印を押された形だ。本心は、ツライ、カナシイ、セツナイ。

 しかし、至高の御方のご要望とあらば、笑顔を浮かべ人間の如き下等生物(アブラムシ)とでも添い遂げてみせなければならない。

 そして、その相手との子孫も残さなければいけないだろう……虫唾が走ろうとも。

 

(わ、私はそれでも構わない。もうアインズ様へ全てを捧げているのだから。それでお役に立てれば本望。でも、他の姉妹達、配下や守護者様の方々は……。アインズ様は、どうお答えになるのでしょう?)

 

 守護者達をはじめNPCや(しもべ)達は、偉大なる栄光のナザリック地下大墳墓に、最後までただ一人お残りになられた絶対的支配者であるアインズ様へ心からの忠誠を誓い、皆が精一杯これまで尽くして来た。

 なので其々が今の受け持ちの立ち位置で、アインズ様に十分必要とされていると思っているはずなのだ。

 

 

(それがこのお答え次第で、皆に少なからず衝撃が走るかもしれない――――)

 

 

 ナーベラルは、主人の動きと回答に全力で傾注する。

 すると、アインズ様は直ぐに答えようとしなかった。顎に右手のガントレットを、トントンと小さく当てながら目をつぶり思案している様子。

 下等生物(人間)の戦士長も、御方の答えを固唾を飲んで見守る。

 ――待つこと数分。

 絶対的支配者は、ナザリックにとって重大なその考えを目の前に座る下等生物(人間)へ静かに伝える。

 

 

 

『戦士長殿。色々考えましたが他家の者との婚姻は―――やはり“容易には認められない”というのが私の答えです。一名一名、大切に思っている配下達ですので』

 

 

 

 ナーベラルは感激した。

 特に『大切に“想って”いる』という部分に。流石は愛しのアインズ様だと。

 

(私如きも、深く愛して頂けているのですね)

 

 空中にて一瞬、喜びに自らを抱き締め〈兎の耳(ラビッツ・イヤー)〉ごと体を震わせるナーベラル。

 主との以心伝心かとも思えたが、それは自分の愚考に過ぎないと頭を振った。

 単に当然というだけであると。

 

(我々の栄光ある最強のナザリックに、外の勢力との政略的婚姻など必要ないということですね、アインズ様)

 

 今後あるとすれば、属国からの人質や貢ぎ物的に雌が絶対的支配者の下へ献上されるぐらいだろうか。

 続けて御方が、下等生物(王国戦士長)へ、ナザリックにおける他家との例外的な(つがい)へ関することを伝えた。

 万が一外から嫁を奪いに雄が来る場合も、アインズ様が評価(半殺しに)して追い返して頂けるということで、ナーベラルはすっかり安心する。

 そもそも自分達プレアデスの姉妹達や守護者の方々、それに一般メイドら他の女性陣も含めて、そのほとんどがナザリック外の者へ対し愛情的部分で興味が無い。特に、か弱い一般メイド達は恐れてすらいる。

 それは、そもそも皆の寿命の長さが一因だろう。百年、二百年過ぎようとほぼ頭数が変わらないので繁殖する必要性が低いのだ。

 一方ナザリック内で雄のデミウルゴス様やコキュートス様、セバス様達については、確かに外から同種や交配可能な雌を妻に迎える必要性はあるかもしれない。

 子孫達はかなり強くなる可能性があり、それはナザリックの戦力強化に繋がるからだ。

 またセバス様の考えとして、「基本的にナザリックの女性の方は皆さん、至高の御方であられるアインズ様の所有物ですので、私がお相手するのは話を楽しむぐらいですね」と落ち着いた語りを姉妹達と聞いたことがある。

 無論『黒棺(ブラック・カプセル)』の増殖する住人達は対象外で。

 ルプスレギナ経由だが一般メイド達の話では、ナザリックの男性陣において特にセバス様は性欲が強いという話を聞いている。

 なので、本人から要望は出ていないが、妻の他に欲求を満たす部分もあり、外から早期に雌をナザリックへ迎えるパターンは有り得そう。

 現在、外部から連れて来られ、ナザリック内でまだ生かされている者の数は(わず)かだ。

 第六階層の闘技場内施設にいる44名は、絶対的支配者からの特別恩赦により処理対象から除外されており、アインズ様とマーレ様らに襲い掛り討ち取られた盗賊団の者らが残っているだけ。

 彼等は回収時、瀕死の状態から大治癒(ヒール)により十数名完全回復させたが、先日の祝宴での余興と食材の地獄巡りで多くが命を絶たれるも、3名は残った……しかし全て雄だ。

 カルネ村近隣の全滅した村から集めた600体程の死体には、雌の個体も多く含まれていたが、まずアインズ様のアンデッド素材であるし、セバス様の趣味ではない模様。

 セバス様自身は、ナザリック内や近郊での職務が多く、未だにナザリックから30キロ以上離れた事はなくトブの大森林が現状での最遠方到達地点で、自ら現地調達で雌を確保する機会がなかった。

 カルネ村には若い女人が幾人か存在するが、ナザリックの友好保護対象地域であり駐屯軍もいるため遠慮している。

 このように厳しい状況でも、竜系の種族は精神力が非常に強いため、暴走的に欲望を探求するような行動は取らない――。

 

 ナーベラルがそういった事を色々と考えている内に、下等生物(人間)の個人的な相談は終わったようである。

 二人は、その後家の中を探訪し始まる。

 その重要性の無い様子を窺いながら、ナーベラルは先程の『アインズ様の特別な発言』の要点を、王城のユリへと〈伝言(メッセージ)〉を使い伝える。

 

 ナザリックにおいて、『配下の外部との婚姻は容易には認められない。配下の者達を大切に想っている』と。

 

 〈伝言〉受け手のヴァランシア宮殿側では、王家から提供されている夕食の後片付けが終ったところであった。ツアレは食後のお茶の用意を奥の家事室で行なっていた。ユリは、食卓机のテーブルクロスの交換を終えた所で報告を聞いた。

 ユリも、敬愛する主の発言がナザリックの強大さを意味し、改めて自分を含めたナザリックの者達を大事に想ってくれていることに喜びを隠せない様子だ。

 特にナザリックの華達を奪いに来る雄は、『アインズ様が身を挺して半殺しに叩きのめしてくれる』という部分では「そんなにも……アインズ様は私達を……」と、より感銘を受けていた。

 ナーベラルは、報告の最後についでとして「ユリ姉様の眼鏡顔はアインズ様に高評価です」という事も伝えている。

 嬉しさの余りユリは、首のチョークを外し「僕の青春は爆発っ!」と頭を放り投げそうになった……がソリュシャンに止められた。

 間もなく、ツアレがお茶セットを乗せたワゴンを押して奥の家事室から出て来る。

 ツアレも交えて、ルベド、ユリ、ソリュシャン、シズらでの夕食後のお茶会だ。

 勿論、話の中心は敬愛するアインズ様についてになる。

 今夜の戦士長と話は何かについてや、今朝、王城へ戻る馬車の中で、ツアレを含めた全員へ舞踏会用のドレスを近日新調して頂ける話が御方から出たところでは、皆が姦しくキャッキャと盛り上がった。

 その中で、ツアレに気付かれないように、ナーベラルから聞いた内容をユリが、こっそりソリュシャンへ伝えていく……。

 

 

 ――過剰に尾ひれの付いた〈伝言〉ゲームが静かに進んでゆく。

 

 

 お茶会が終って、ツアレがワゴンを奥の家事室へと引き上げる頃、ソリュシャンはナザリックへと〈伝言(メッセージ)〉が繋げられた。

 相手はアルベドであった……。

 「くふ。くふふふ。くふふふふふふふ――」と徐々に狂喜していく声をソリュシャンは忘れられない。

 通話は、狂喜の声でそのまま切れたという。

 

 

 ナーベラルはユリとの〈伝言〉を切ったあと、ふと姉の眼鏡を掛けた優しい表情について思い浮かべた。

 すると、下等生物(戦士長)の言葉にあった『眼鏡美人が好き』、『他家との婚姻』という内容から、彼女はある事に気付く。

 

 

(眼鏡美人って…………まさか、ユリ姉様のこと!? 他家とはゴウン家?)

 

 

 ナーベラルの表情が変わる。目元が鋭く険しくなった。

 

(……アインズ様は、簡単に婚姻は認められないとハッキリ仰られた。でも――例外について述べられたということは……)

 

 ゼロでは無い可能性を下等生物(王国戦士長)へ残されたということだ。

 でも確かに現在の友好的な間柄を見て、準保護対象級であれば、そういった特別待遇は考えられる。

 あとは――。

 

(ユリ姉様自身の気持ち次第……?)

 

 慈悲深いアインズ様らしい判断に思える。

 強制する事無く互いの意見をお汲みになられるということだ。

 すでに忘れていて、ユリに伝えそびれた条件の一つを、ナーベラルは辛うじて思い出す。

 

(えっと……(つがい)を希望する二人は、互いへの想いが同じであることをアインズ様の前で宣言する必要があったはず。……有り得ないと思うけれど)

 

 しかし属性が『邪悪』(カルマ値:マイナス400)のナーベラルの表情は、なぜか心配そうで完全には晴れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 驚きのペテル達

 

 

 ペテル達『漆黒の剣』で男三人の大きく上げた驚きの声に、周辺の離れた冒険者チームの幾つかが「大丈夫か?」「何かあったのか?」と心配気味に『漆黒の剣』の焚火の傍へ小走りに集まって来た。

 そのため、リーダーのペテルが、「仲間からちょっと予想外の話を聞いただけです」と事件や問題が起こった訳ではないと説明してなんとか追い返した。

 その間5、6分。

 渦中の『術師(スペルキャスター)』と呼ばれる男装の少女は鼻の前に手を合わせる形で、恥ずかしいどうしようという感じの表情で焚火前に座ったままでいた。 

 しかしリーダーの外との対応が終ると、改めてルクルットがニニャへと確認する。

 

「おいおい、さっきの話って……一昨日の昼間に知り合いに挨拶って一人で出てた時か?」

 

 偶にメンバーでも単独行動をすることはあるが、ルクルットの指摘は中々鋭かった。

 ニニャは観念して小さく頷く。

 

「そう。その時ですけど……怒ってる?」

「いや、怒ってねぇよ。怒れないだろ? モモンさんは十分知り合いだしさ、嘘を言って会ってたわけでもねぇしな」

「そうであるっ!」

「単純にみんな驚いただけですよ、ニニャ。元々、私達も彼女を作る場合には頭数的にチームの外に目を向けるのだから」

 

 ペテルの話に、ルクルットとダインは頷く。

 確かにニニャが女の子だとしても、全員が彼女を作るにはチームで最低男二人はどうしても外からということになってしまうのだ。

 なので、ニニャが外のチームの男と付き合っても、あれこれ言えない理屈である。

 

「うん、それなら良かったけど……」

 

 ニニャの少し安堵した表情に、ルクルットが突っ込む。

 

「いや……でもさ、モモンさんはなー。……よくOKしたよな」

「ちょっと、ルクルット。それどういう意味です?」

 

 ニニャが少し膨れながらルクルットに食って掛かった。

 

「えー? 仲間贔屓じゃなく、ニニャも凄いと思うけどさぁ……モモンさんは別格だし? あと、マーベロさんがいるだろ?」

「うー、でもでも、別にマーベロさんがいるからって、ダメだということじゃないですよね? それに、ちゃんと付きあうってモモンさん言ってくれましたし、遠征中に二人で会いましょうって約束してますし、一昨日の帰りには……少し手も繋いだんですよ」

 

 途中からの、ニニャののろけ話に、太い体を動かし珍しくダイン・ウッドワンダーが突っ込む。

 

「私は背中が痒くなってきたである!」

「俺も―」

「それですね、私も少し」

「うー。もう、いいですよーだ」

 

 二ニャは膝を抱えたまま、拗ねる様に横へ転がった。

 

「でもまあ、モモンさん程の強さがあれば、女は惚れるよなー。男の俺でもモモンさんのあの人食い大鬼(オーガ)を真っ二つにした一撃と、盗賊団戦で見た二刀流には憧れるよ」

「うむ。あれこそが男の理想形であるな!」

「身近にあれほどの人がいるって事は、凄い事だと思います。伝説の一節を見ている気がしますね」

 

 ペテルは続けてニニャの方を向いて静かに語る。

 

「……モモンさん達の力も借りれれば、ニニャのお姉さんと早く会えそうな気がしますね。頑張ってニニャ。私達はずっと味方ですから」

 

 ルクルットとダインも素の顔に戻り頷きつつ、一番年下である仲間のニニャを優しく見守る。

 ニニャは頭が良く、普段から色々先を考えて行動している事を知っている仲間達は、その人生の目的にブレがない訳も知っている。

 ニニャが単に好きなだけでは、付き合うところまでは行かない事も。

 貴族に対抗出来る程の、絶大な力が必要なのだと――それがモモンなのだ。

 

「うん。ありがとう、みんな」

 

 横に転がったままのニニャはそんなペテル達を見て、口許へ感謝の笑みを静かに浮かべた。

 

 

 

 

 

 

――P.S. 突撃のニグン(進撃ではない)

 

 

 ニグンは、ナザリック側で用意された上質な青色系の衣装を着終わった。そして、先日より新しく与えられ、昨日から施錠されなくなった地下部分にある牢獄の個室を出て、地上部建屋内にある会議室の一つへと入る。

 

(あの小柄の美しい娘は、まだ来ていないのか?)

 

 中に集う旧陽光聖典仲間の見慣れた男達を見てそう思った――。

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層には、重厚で立派な円形闘技場がある。

 その観客席の下部には常時開設ではないが、食事処から宿泊施設まで各種施設が存在する。

 また闘技場の地下には拷問部屋や独房等も備えており、今はそのごく一部が元スレイン法国陽光聖典所属であった44名の生活の場となっている。

 

 あの地獄と言える第二階層の黒棺(ブラック・カプセル)から、天国と思えるこの地へ移されて早や5日が経過。

 ここへ移された直後は拘束具により手足を其々クロスの形で固定されていたが、それも漸く昨日より外され魔法も使え、この制限空間内ながらかなり自由な行動が可能になっていた。

 現在、彼らはスレイン法国を捨て、アインズに屈服した形で忠誠を誓っている。

 まだ畏怖によるところが大きく、本当に心の底からという者は少ない。

 それは派閥に表れていた。

 真に強大なアインズへ忠誠を誓うニグン派と、そこまで到達していない反ニグン派である。

 捕虜になった当初から、隊長らしからぬ発言と部下らを犠牲に自分だけ生き延びようとした行動が目に余り、ほぼ全員が助かった今、彼に対する信用の多くが失われていた。

 この時点で、ニグンへ追随する者は5名に過ぎない。

 それ以外の38名は、強者のアインズには従うがニグンに対して余所余所しくしており、別の隊所属を密かに希望していた。

 ちなみに、彼等はニグンが口にした通り、ここをアインズが首領を務める秘密結社ズーラーノーンの大拠点だと思い込んでいる。

 そんな彼らの面倒をずっと見ているのが、戦闘メイド六連星(プレアデス)のエントマ・ヴァシリッサ・ゼータである。

 彼ら44名は屈服し従属を受け入れた事で絶対的支配者から恩赦を受け、今はナザリックの配下扱いになっている。

 このため、エントマはこれら人間を食用とは見なしていない。彼らが裏切るまでは……。

 上司のセバスからは、彼らの『教育』も引き続き指示されており、差し棒をピシピシさせる長姉の姿を思い出しつつ、教官として彼女は張り切っている。

 なので今日もエントマは、闘技場施設の会議室へと現れていた。

 するとこの場に集うニグンをはじめとする44名の人間の男達は、本日も騒めく。

 彼女のその若く愛らしく美しい姿に。そして南方風のメイド系衣装から覗く二本の瑞々しい素足に――。

 彼等は捕虜になって以来、女を得ていないため過剰反応気味だ。

 特に好色なニグンは、もうギンギンになっている。ゴクリと飲む唾も一度や二度では無い。

 

「エントマ様」

 

 ここで、教官の彼女は突然名を呼ばれた。

 嘗ての『声の女』は、すでに皆へその名を「エントマだよぉ」と告げてある。

 名を呼んだのは、反ニグン派代表で小隊長の一人、セテダという隊員であった。

 

「なぁにぃ?」

 

 彼女はゆっくりと可愛く首を傾げながら聞き返した。

 

「お願いがございます。希望する者達でニグン隊長とは違う、新しい部隊を編成して欲しいのですがっ」

「……チッ(セテダめ、元側近の癖に余計な事をっ!)」

 

 ニグンが内心と共に小さく舌打ちをする。

 このアインズ様の治める新天地でのし上がるには、隊長として戦果をあげ続ける事が不可欠。

 それにはより多くの隊員を率いていることが必要なのに、野望が狂ってしまうではないかとイラついた。

 ここでエントマは理由を問う。

 

「えぇ? どうしてぇ?」

「それは全員が隔離されていた際に隊長が情報や仲間を率先して売り、自分だけが助かろうとしたからです。そのようなニグン隊長の下では命を預けて戦えません」

 

 だがエントマはその言葉へ即答する。

 

「んー、却下ぁ。アインズ様から恩赦を頂けたのは、その“隊長”の行動があり、44名と数が纏まっていたからですぅ。アインズ様は、ニグン隊長を変えろとは仰られていませんよぉ。――甘えるなぁ! お前達はまた、あの冷たい場所へ戻りたいのぉ?」

「い、いえっ。申し訳ありませんっ、甘えておりました! ニグン隊長の下で頑張りますっ」

 ニグンは、この清々しく完璧と思える光景にほくそ笑む。アインズ様万歳と――。

 

「分かればいいけどぉ……それと、ニグン隊長ぉ」

「はいっ、エントマ様」

「昔の所属では仲間を裏切っても、こうしてアインズ様から恩赦が頂けたけどぉ、私達の所でそういったことをすればぁ……分かっていますねぇ? 仲間は(バリバリと食料にもなりますから)大事にしないといけませんよぉ。なるべく死なせないようにぃ」

「はっ、しかと心得ました。アインズ様の御為にっ!」

 

 新参ながら忠誠心溢れる隊長ニグンは、敬礼しつつ晴れ晴れと答えた。

 頷くエントマは、声が可愛く美しいが――超スパルタ教官なのだ。

 

 彼らの部隊は現状、『陽光聖典』とは呼ばれていない。敵の部隊名であったので当然である。

 昨日より、実質的には分かり易くプレアデス旗下にぶら下がる形で『エントマ部隊』となっている。

 本来、魔法詠唱者部隊ならば、姉であるナーベラルが総指揮官として適任かもしれないが、相性や人間が役に立つのかという試験部隊でもあり、『ムシツカイ』のエントマの支援という形で一団を組ませている。

 そして『教育』の内容だが、まだナザリックに付いては伏せられている。

 しかし、裏切れば『あの地獄』で確実に一生を過ごすという事は、繰り返し恐怖の『声の女』として告げていた。

 効果は絶大である。彼等全員があの尊厳の全く失われた空間を心底恐れていた――。

 彼等はすでに『スレイン法国を裏切っている』し、帰ることは出来ない事や、追手が来れば『殺られる前に殺れ』とも全員で繰り返し詠唱させられている。

 ただ、当面の敵はトブの大森林のモンスター達であることを伝えている。

 これは元陽光聖典の彼等にとって、大きく共感出来、現状を非常に受け入れ易くしていた。

 なので、今日のエントマの講義も時間を迎え、順調に進み一通り終わったかに見えた。

 小柄なエントマが「今日はここまでぇ」と告げ、会議室を後にし出てゆく。

 多くがその退出する彼女のお尻も揺れる美しい後ろ姿に見惚れていた。

 

 しかしここで――不屈の色欲をもつ隊長のヤツ(ニグン)は動いた。

 

 そんな可愛い鬼教官エントマへ、部屋を出た廊下で追いつくと、大胆にも肩に右手を掛け告げる。

 

「あのっ、エントマ様、ちょっとよろしいですか」

「なぁにぃ?」

 

 華麗に振り向くエントマが問うた。

 この世界でも整った顔立ちのニグンは、嘗てその地位と強引さも合わせてスレイン法国では数多の女性を食ってきている。かなりの上玉も高速の腰使いで落としており、サシに持ち込めれば女性に対して相応の自信があった。

 一応すでに支援隊長という役職であり、部隊長とは親密になれると予想し、余り変化しないポーカーフェイスの顔立ちも好みであり絶好の女に見え、早くもあわよくば飼いならし使()()()()()後で上への踏み台に……とも考えていた。

 

 

「その、貴方は凄く綺麗で魅力的だ。好きです。ソソられますっ。この後お時間があれば、食事でも? その後も、私とどこかで静かに二人切りで――」

 

 

 次の一瞬で何かが起こり、ニグンの視界はもう天井を見ていた。

 

「ぅ、がはっ……」

 

 気が付けば、ニグンは頬が変形するほど平手の甲側で打たれ、エントマから20メートルほど離れた廊下に仰向けて転がっていた。

 言うまでも無く、ニグンは新参の配下なので思いっきり手加減されている。

 外部の者なら間違いなく首が落とされているだろう。

 エントマは、肩に触れられた所をササッとハンカチで払いつつ告げる。

 

「支援隊長ぉ、キモイぃー」

 

 ニグンは早くも玉砕した……(一回目)。

 しかし、彼はこれで諦めたわけでは無い――――。

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. ルベドの姉妹同好会 その1

 

 

 世の中には恐ろしいことが存在する。

 なんと、ルベドの姉妹萌えの世界は、水面下で密かに組織化が進んでいたのだ……。

 

 第九階層にあるルベドの部屋には、ほぼ空の本棚が置かれていた。

 その上方の棚の端へ隠すつもりがあるのか無いのか、平凡な一冊の紙ファイルが立て掛けられている。ファイルの表紙には『姉妹同好会』のタイトル文字と『極秘 みたらダメ』と朱印が入り、会員ナンバーが2までの二枚の入会書と活動についてのメモ類がファイリングされていた。

 そして栄えある会員ナンバー1番はルベド自身ではなく、敬意を表して偉大な方へと譲られている。

 もちろんそこには、彼女の一番の同志であるアインズの直筆署名入りの入会書があった。

 記された入会日の日付は、馬車で王都へのショートカットの際、小都市エ・リットルの手前へナザリックから出発し〈転移門(ゲート)〉で出現した日。

 無理やり書かされた訳では無いはず……きっと。

 

 姉妹同好会会員名簿

 No.000001 同好会名誉会長:アインズ・ウール・ゴウン

 No.000002 同好会会長:ルベド

 以上――。

 

 ナンバーにはゼロが並ぶも少数精鋭である。

 ちなみに『愛好会』だと姉妹達を弄る水準になるのでルベド的に違うとの事。

 アインズの行為は一部『愛好会』の水準だが、ルベドを含め姉妹側へ強要しているわけではないので『黙認』されている。

 次回第三回を迎える〈伝言(メッセージ)〉による2人会員総会では、現在『アウラ、マーレ姉妹を愛でる会』開催の企画が進んでいる。また、今後『姉妹の姉妹による姉妹のための自然保護地域』も必要だという、壮大な内容の声が某会員から上がっているらしく、『世界征服』以上に名誉会長を悩ませているそうだ……。

 

 

 

 ルベドの部屋の掃除に訪れ、偶然、棚の拭き掃除の際に落として開いてしまったそのファイルを手にし、目を通してしまった一般メイドのフォアイルは――静かに両手で『それ』を閉じた。表紙の朱印も目に入る。

 短めに可愛く整えられた髪で活発そうな彼女は一人、動揺し視線の定まらない目を右へ左へと動かしつつ棒読み的声を出す。

 

「私は何も見てませんから、何も見てませんからね」

 

 そう言って、丁寧にファイルを棚の端の元の位置にそっと戻すと、何事もなかったかのように掃除を終え、静かにルベドの部屋の扉を開くと、優雅に完璧といえる一礼をし出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 アインズが戦士長の館を訪れてから五日後――。

 

 

「〈全力火炎砲(フルフレイムバスター)〉ーーーーーっ!!」

 

 それは巨大な火柱以外に形容のしようが無い炎熱攻撃であった。

 その火炎の直径よりも小さき人型の戦士が、ギリギリで急速に避けると間合いをとって攻撃者へと対峙する。

 

 旧大都市エ・アセナル廃墟の上空で二体の怪物が睨み合う形となった。

 その片方はその数300体を誇る竜軍団の軍団長、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)であるゼザリオルグ=カーマイダリス。

 大翼を羽ばたかせ空中に舞うその巨体の全長は、20メートルを優に超えており正に世界最強種族に相応しい風格。その圧倒的強さを支える身体能力と強固な筋力に外皮と鱗。竜王には下位魔法など殆ど通用しない。更に今も見せた口からの強力無比な火炎砲をも併せ持つ。

 人間種にとって、完全に難攻不落の空飛ぶ要塞と言える存在だ。

 それに対するもう一方は、スレイン法国神官長直轄特殊工作部隊群『六色聖典』のひとつ、漆黒聖典に所属しこれを率いる第一席次の『隊長』であった。

 『隊長』の纏う世界でも最高峰といえる騎士風の衣装装備は耐熱にも優れ〈飛行(フライ)〉の能力も併せ持つ。

 彼の難度は人間種では考えられない数値の200オーバーを誇る。

 それも、優に200を超えており、竜王に迫る難度水準の持ち主なのだ。

 

 彼は――『神人』であった。

 

 今、仲間達の部隊を離れただ一人、この地へと乗り込んで来ていた。

 その行動に、他の者は足手纏いだと言わんばかりである。

 本来『神人』である彼は姿を隠さねばならないところだが、竜軍団を相手に森や林へただ隠れて戦っても勝つのは不可能と考え、参謀的立場のクアイエッセ並びに名誉席次カイレと相談し、この場へと直接現れ、短期決戦として出て来ていた。

 相手が誇りある(ドラゴン)であれば、最後の一兵まで戦うはずだと。

 全て倒してしまえば、自身の存在を知られることは無い。すなわち、最終的に鏖殺(おうさつ)である。

 『隊長』は、まず強者の竜王と百竜長を一人で倒す気でいた。他の竜兵であれば、漆黒聖典メンバーでも対抗出来ると考えて。

 彼は――すでに、竜兵5体を各一撃で屠り、百竜長筆頭のアーガードをも僅か三撃で戦闘不能にして大地へと転がしていた。

 大きい力の存在に気付いたゼザリオルグが、アーガードへのトドメを手に持つ槍で刺そうとした『隊長』へ向かって、火炎砲を放ちつつ飛んできたというところである。

 竜王は、上空から地上に横たわる副官へと怒鳴る。

 

「アーガードーーーっ! てめぇ死んでねぇよなーーーっ?」

 

 大翼の右片方を根元から失い、強靭な鱗と分厚い剛筋肉に覆われているはずの胸部に大穴が空き片眼も潰されたアーガードはもはや立ち上がれない。

 

「……は……はい……ですが、もう……」

「ふぅ。よぉし、もういい。少し休んで寝てろ。後は俺が片付ける」

「申し訳……ガフッ――」

 

 血を吐きながら僅かに首を回したアーガードだが、気絶し動かなくなる。

 竜王ゼザリオルグの同族を思う優しい姿はここまで。長い首を正面の『敵』へと向けた。

 その表情と巨体には殺気が籠り怒り心頭である。

 両者は互いの力量を即判断する。

 

「(チッ、面倒な。……人間なのかこいつは。神の子孫か? だが)……人間種如きが図に乗るなよ?」

「(流石に竜王、隙が無いか。他とは桁違いに手強い)……人類に仇なす者は、ただ倒すのみ」

 

 煉獄の竜王ゼザリオルグは復活したばかりだが、『神人』という名ではないけれど六大神の子孫が強い事は、500年前の当時でもすでに知られており知識としては持っていた。

 

 ここで先に仕掛けたのは、漆黒聖典『隊長』であった。

 

「〈不落要塞〉〈回避〉〈超回避〉〈能力向上〉〈能力超向上〉っ!」

 

 これらの武技によりレベルで言えば85水準まで跳ね上げた。

 そして、その持つ槍を両手で鋭く構えると、発動した武技と〈飛行(フライ)〉の合わせ技にて竜王へと突撃していく。

 

 

 

 この新世界における空前の実力の両雄が、今ぶつかる――――。

 

 

 




補足)合わせれば千枚は下らないだろう
金貨は5つの袋に合わせて1315枚もあった……。



補足)パンドラズ・アクター
 本来、パンドラズ・アクターは至高の41人の姿に変われる事で、ナザリックで最も多くの特殊技術(スキル)と魔法を使う事が出来る。しかし、その能力の全貌はアインズの切り札の一つとして秘匿すべき存在で、現在、非常時を除きアインズの命がある場合のみとの使用制限を云いつけられている。
 なので実は、上位アンデッド作成や、〈転移門(ゲート)〉も自力で可能である。
 本作では、この事実をアルベドですらまだ知らない――。

 ただ、彼の作ったアンデッドの場合、アインズが作成した時のような強化付加が無い。
 また流石に超位魔法の発動もNPCの制約上、無理である。



補足)『家』と『妻』、これほど密接な関係が他にあるだろうか
ガゼフの思考は低下していた。
もちろん他にもある。
普通は人生でもっとも多額となる『返済(ローン)』という過酷な現実だ……。



補足)こちらが好意を~~~強さを見せれば大抵自然と近付いて来るもの
この理論で言うと、この世界の王族や貴族達は酷い事をしなければモテモテということだ……(そらそうよ)。



補足)闘技場内施設の44名
ニグンの率いた陽光聖典総勢45名に、女は一人もいない。
それは、好色な彼の隊へ女性を入れるとスキャンダルが絶えなかったからである。
「人類をより繁殖させ繁栄させたかった」と、無罪になった審問会での彼のヤムチャな答弁が残っている。
首にならない彼は、貴重な第四位階魔法詠唱者。やはり力が全てなのか……。
副隊長が率いるもう一隊の陽光聖典45名は、内27名が女性だった……。

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