オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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注)本作内でのアーグランド評議国内の設定は、ほぼ捏造です
注)モモンの声色と口調については、鈴木悟の素の声口調になっています
注)一部残虐的な表現や衝撃的場面があります
注)凄く長いです(約10万字、4000行以上)

補足)登場人物紹介
ゲイリング評議員……………評議国中央評議会の中立派の有力者
煉獄の竜王ゼザリオルグ……八欲王に殺され最近復活した評議国の竜王。王国へ侵攻中
キョウ…………………………アインズが作った2体目のNPC。ドッペルとネコマタのハーフ
ミヤ……………………………アインズが助けた評議国の元奴隷幼女
ゴドウ…………………………元ツアレの居た娼館の警備責任者


STAGE41. 支配者失望ス/舞台裏ノ攻攻/願イ叶ワズ(15)

 王都リ・エスティーゼの壮大な外周壁には北、東、南東、南西、北西の位置へ5つの門がある。

 5門の内、真東へ置かれた『東門』は朝午前6時、晩の午後10時に開閉される決まりだ。

 本日も開門する直前には、高さのある大扉の前へもう入門待ちの列が出来ていた。

 その列の後方へ、軍馬に(またが)った紺碧(こんぺき)色のローブで身を包むクレマンティーヌが付ける。

 モモンに会いたいが為、『竜王軍団と王国動向の調査』を名目として昨夜、漆黒聖典の隊列を出立したクレマンティーヌは未明にこの地へ到着。開門時間まで近くで休んでいたが、なんと少し寝坊する形であった。

 彼女としては痛恨だが、夢の中でモモンから膝枕をされていては怒る事は出来なかった。

 甘んじて現状を受け入れる。

 

(モモンちゃん、もうすぐ会えるよー)

 

 横目で今日はずっと晴れそうな雲が疎らの空を僅かに見上げ、『今、想い合う二人は、同じ空の下で同じ空気を吸ってるんだねー』とポエミーな恋乙女と化しているクレマンティーヌは、深めのフード内で歪みのない可愛い笑顔を浮かべていた。

 そして定刻を迎えての開門。

 入門時の確認は順調に流れ、10分程でクレマンティーヌの順番となる。戦時下ということで、王都の警備は強化されており全員が身形や簡単な用件を確認された。

 事前準備の近郊貴族の封蝋(ふうろう)が施された平たい形の便りを持つ彼女は、ほぼ素通りとなる。直後に門の近郊で何か事件でもあったのか、衛兵達が騒ぎ一隊の動く姿もみられたが、もう門を抜けていて影響は受けない。

 さて王都へと無事に入り込んだクレマンティーヌであるが、名目上は『調査』で来ているため建前として先にやっておく事象がいくつか存在する。それを片付けに向かう。

 まずは、スレイン法国の秘密支部のある()()()の所有する資材倉庫へと到着した。

 敷地脇にある小さめの厩舎へ馬を繋ぐと、彼女は建物へ近付いて行く。

 だがまだ午前6時半の為か、1階の扉を叩いても返事がないのでアイテムを取り出して〈開錠〉し、上の階の部屋へと向かった。気配から1名ではあるけれど、建屋内に当直者が居る事は分かっている。

 すると事務室らしき場所で、当直者は椅子へ座ったまま眠りこけていた……。

 女剣士は、大都市エ・ランテルの秘密支部へしか赴いた事はない。でも、いつの時間も当直者達は交代で真面目に起きて仕事していたのを覚えている。

 これには都市気質の影響もあるかもしれない。エ・ランテルは都市長以下結構真面目に行政が行われており、賄賂などの汚職も随分適正に裁かれている。ところが、この王都では官民の多くで腐り切っている部分が見られた。首都であるが故、王都内には他の勢力も多く入り込んでいるのだ。3割程が大貴族達の息の掛かった地域であり、そこは実質国王の権勢の外になる。

 この地もその一角の中にあり、賄賂や汚職からの怠慢的空気が秘密支部内へもいつの間にか充満しているように思えた。

 普段のクレマンティーヌなら、周囲がどうあれ気に障らなければ無視(スルー)だ。

 でも今日は、既に『散々待たされた』あとで、今も『非常に急いでいる』のである。

 漆黒聖典といえば、神官長直轄特殊工作部隊群『六色聖典』の中でも最高の者達。各地の秘密支部の者とはいえ詳しく知る内容ではなかった。その事は漆黒聖典メンバー側も心得ており、単にスレイン法国の連絡員風に接する指導が伝えられている。

 だが彼女は、クレマンティーヌ様である。

 

 眉を顰めつつ――思い切り椅子ごと寝ている当直者を、死なない程度に蹴り倒していた。

 

 しかし壁へ飛んで行ったのは椅子だけであった。

 無精髭を少し伸ばす男の当直者は、手荒い女剣士の頭上の空中へ頭を中心に反転倒立する形で身を翻しつつ、足から彼女の後方へと着地する。

 

「――っ!?」

「おいおい、トんだご挨拶だな? ぉお……えらい別嬪(べっぴん)さんじゃないかよ」

 

 些か油断のあったクレマンティーヌは、背中側を取られない様に素早く半身を後方へと向ける。

 彼女より背のある男性当直者の服装は一般の商人系の服を着ているが、歴戦の彼女に気付かれない素振りと、今の身のこなしは明らかにタダ者ではない。

 流石、王都に置かれた秘密支部工作員の一人というべきか。

 先を急ぐ彼女はフードも下げず不機嫌そうに、手首のスナップを効かせて回転の付いた小道具の『便り』を無精髭の男へ投げ付け、今の暴力には言及せず用件のみを告げる。

 

「――私は本国からの使いだよー。侵攻して来ている竜王軍団についてと、王国軍側の動きに関して調査に来たってわけ。4日間で集められるだけの情報を寄越してよねー」

 

 全く悪びれない様子の女に少し呆れるもそう言う立場だと察し、指で挟んで受け取った『便り』の出来を表裏見て確認しつつ、支部員の男は答える。

 

「……じゃあ、あんたは4日間は王都へいるんだな?」

「んーまあねー」

「――ならその間、俺と付き合えよ。別嬪のあんたが気に入った」

 

 いきなりの告白に、流石のクレマンティーヌも『コイツは何を言い出すのか』と虚を突かれる。

 それに彼女の相手はもう居るのだから。

 

「はあー? そっちにそんな暇ないでしょー、仕事は―――」

「部下がやる。あと俺も情報集めは勿論するさ。あんたも込みでな」

 

 それは、クレマンティーヌへ『同行』と『女の身のイロイロ』も含んでの言い回し。

 男連中だけでの会話内ならジョークで済むが、今は仕事内容の話し中であり、『ふざけた言葉』である。

 だから漆黒聖典第九席次は男が次の瞬きを始めた一瞬で、武技〈能力向上〉〈疾風走破〉を発動――支部員の男は一気に壁際へ叩き付けられる風に押し付けられ、クレマンティーヌの剛力の手刀で首を吊る形に浮かされる。

 

「――っ!」

「あのさー、死にたくなければ、黙って言われた仕事をしてなよねー」

 

 彼女のフードの奥より発せられた言葉が軽口のようでも、赤き瞳は本気で殺しにきていた……。

 無精髭の男は驚く。スレイン法国の正規兵で大隊長まで叩き上げで上った自分が、この瞬きの瞬間に何も出来ずに死にかけたのだ。

 

「(この女、ここまでの突出した実力……六色聖典かよ……凄くイイね。絶対ブチ込んでモノにしてぇ)わ……悪かった、失礼した」

 

 中吊りの態勢にされた男は肘を曲げた形だが両手を上げ、許しを請うた。謝りつつも彼は全く懲りていなかったが……。

 一方殺しても良かったが、クレマンティーヌも先を急ぐので今はモモンのためと我慢する。

 男の首へ押し付けていた手刀を引き、背を向けて歩き出す。

 

「じゃあ、4日後の昼に――」

「――いやいや、お詫びも兼ねてまず少し王都を案内しますよ。ここも色々今は問題がありますからねぇ」

「――っ(……確かに少し王都について知っておくべきかも)」

 

 彼女は愛しのモモンを探すのに、秘密支部の力は借りられない事を思い出す。加えて、逢瀬の事実を知られてもイケナイのだ。知られた場合、見た者をその場で始末する必要もある。

 秘密支部の人員構成や行動など内情についても細かく知っておく必要があった。

 

「……そうねー、少しだけならいいかー」

「とりあえず、部下への指示と、何か飲み物でも――」

 

 無精髭の男は、如何にも世渡り上手の態度と言葉巧みな話術を駆使して、程よい距離でクレマンティーヌへ繋がる赤い紐を手繰ろうと努力を進める。

 飲み物を出し、部下への指示を書置きすると「では周辺を案内しましょう」と、女剣士を連れ出した。

 覗いた書置きへ彼の肩書きが示されていた。どうやら彼は副支部長という立場らしい。

 周辺を案内されながら、彼女の『支部情報や王都の注意点を把握したい』要望は叶えられつつあり、モモンへの再会を()くも無精髭の男の横を歩き続けた。

 途中の会話において、他の都市からの兵や冒険者が増えたことで、一層の物価上昇と共に治安の悪化などの他、戦時下で警備が強化され、調査を行う上で潜入や退去時に重宝していた広大な地下下水路網も、多くが監視対象となり今は十分使えていないという。

 二人は1時間程で事務所へ戻る。

 既に秘密支部も職務時間となったことで脂っこい顔の支部長や人員も顔を出していた。適当に自己紹介を済ませ、調査資料の確認もあって彼女の午前中は過ぎて行く。

 支部の総勢は12名。本日の非番は3名ということで、事務所には5名、外回りで4名がいるとのこと。聖典の一員として一応事前に10名程度という支部情報は得ていたので、非番3名を多すぎるように感じたぐらい。

 外回りは最大で8名まで増えると聞いて、ここまで出入りした者の顔と水準は把握出来た。

 明日も顔を出せば全員把握出来るだろうと彼女は確信する――いつでも殺せるために。

 先程からフードを下ろして窓辺のソファーへ座り(しば)し資料を見ていたが、クレマンティーヌはそれを閉じると立ち上がる。

 

「また明日来るねー。馬をよろしくー。今日はこのあと適当に外を回ってみるからー」

「あっと、俺も一緒に出ますよ。昼食や晩の食事も上手い店を知ってますし。それと宿はどうされるんです? 当てが無いなら親切でイイとこ紹介しますよ」

 

 無精髭の副支部長が席を立ち、目を付けた上物の剣士の女へと食い付く。

 先も朝食に、お勧めの片手で手軽に食べられて美味い軽食の店へ連れて行き「へぇー、なかなかおいしいー」と好評を得ていたと考えている。

 店については、色々と手を使える酒場や宿屋を数件知っている。夕食へ時間差のある強力な眠り薬を盛り摂らせ、夜中に合鍵で入る事すら造作もない――。

 権力や金で心が腐った者達のなんと多い事か。だが、副支部長らは存分にソレを楽しむ。

 クレマンティーヌはモモンの所に転がり込もうと思っていたが、無精髭のツラを見て『それは危ない』と考えた。

 

(ケッ……お前らは邪魔なんだよ、糞がぁー。もう全員ぶっ殺すかー)

 

 そう考えたが、表情には出さず。

 さて、彼女がモモンと再会する前に、先にやらなければならない事の二つ目がある。

 

 それは――漆黒の戦士達の居場所を知る事だ。

 

 モモンは当初よりクレマンティーヌ達の法国本国への無事帰還を希望し、王都への到着について知らせたが宿泊場所は伝えていなかった。女剣士(クレマンティーヌ)も兄の抹殺計画実行と聖典一団への合流の中で『必要知識』ではなかったことから、彼の宿泊場所が完全に確認漏れとなっていた……。

 そしてクレマンティーヌがモモンの所在地を知る為に、当てにしていた王都冒険者組合には秘密支部員が以前から調査の為、ほぼ張り付いているという事実を先程知る。

 こうなると、秘密支部に関わりが無く王都冒険者組合にコネがあって機転の利く者を雇ってそいつに調べてもらうか、地道に酒場を回ってエ・ランテルの冒険者を探し連絡を取ってもらうしかない。

 しかし前者は費用は兎も角、探し出すまでの時間が惜しい。つまり残るは後者。ただ、その場に目の前の副支部長が居てもらっては困る。

 だから、上手く断る一択。

 

「私の身体能力見たでしょー? この後の調査の邪魔になるから遠慮してねー」

 

 だが、そこは百戦錬磨の漢である。無精髭の彼は正論でまだ食い下がってきた。

 

「し、しかし、緊急時においてですね連絡が取れないのは我々も――“規則”として困ります。ですから、宿泊場所だけは後程でも構いませんが、知らせて頂かないと……」

「……わかったー、決まった後で知らせる。それでいいよねー?」

「はい、それで構いません」

「じゃあねー」

 

 漸くクレマンティーヌは正午を少し回った頃、法国秘密支部の建屋を後にする。

 ここで当然、副支部長が、事務室にいた若いが一番腕利きの青年支部員へ近寄ると囁く。

 

「……(彼女を遠めに付けろ)」

「……(ぇ? しかし……)」

「……(やるんだよ、今月の給料無しにするぞ。ヤレる女の紹介も、もういらないんだな?)」

「……(えぇっ!? りょ、了解)」

 

 1分程遅れて、秘密支部事務室から青年支部員が外へと出て行った。

 だがそこはクレマンティーヌの事。

 初めは普通に飲食街を目指し歩いていたが周辺の気配を見てとり、後ろを付けられていると知るや人通りの有りそうで無人の通りへと誘い込み気配を消す。

 見失い慌てる支部員の後方から、気付かれる事無く首元へ失神の一撃を軽く加えて、道の脇の繁みへと転がした。

 彼女にすれば殺す事は何時でも出来る。単に王都内で問題になることを避けただけだ。

 証拠も無く、この程度なら支部から本国へ抗議があっても取り合わないだろうと確信していた。 クレマンティーヌは鼻歌交じりでそのまま飲食街を目指し進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バハルス帝国八騎士団第一軍の精鋭15騎に先導され、都市内の沿道や街道沿いを騎士隊らに警備される形で魔法省から出発し、帝都アーウィンタールを後にしたエンリ率いる5000の小鬼(ゴブリン)軍団は、ゆっくり歩く程度の速度で理性的に整然と行軍を行なった。

 進み通り過ぎる小鬼(ゴブリン)兵達1体1体の鍛え抜かれた姿からは、素人目に見ても屈強さが滲み出ており、街の通りの両側へ集まった少なくない民衆はそれらを目撃して、何事も無く立ち去って行った状況に胸を撫でおろした……。

 帝都内を含め、早くから経路周辺が封鎖されながらも亜人軍団と移動についての噂は馬まで走って知らされ、都市内全域へ伝わるのに3時間と掛からなかった。

 素早い民衆側の動きへ並行し、帝国情報局の手により急遽――

 

 『昨日、西方に広がるトブの大森林から、大規模な小鬼(ゴブリン)軍団が突如帝国魔法省内に出現したらしい。一旦戦端を開き掛けるも、精強な帝国の戦力と皇帝ジルクニフ陛下の御英断で無血により停戦合意となり、小鬼(ゴブリン)の軍団は国外へ速やかに退去する運びとなったそうだ。故に当面の間、彼等軍団や兵への理由なき攻撃行為は死罪等の厳罰と聞いた。とにかく大きい問題は無く、我々民衆は帝国民としての誇りと平静さを守るようにしないとな』

 

 ――そんな皇帝と帝国の威信を守りつつ民心の動揺を抑える内容の指示と話が、意図的に帝都から国内の関係地域へと広められていく。

 バハルス帝国側では、この度の一件へかなり神経質な対応が目立った。

 

 一方のエンリは、見事な仕立ての赤と黒の軍服装備姿で隊列の中央からやや前寄りの位置を、幌がオープンにされた上等の馬車に乗る形で移動している。これも気分良く早急に帝都から去ってもらう為の帝国からの提供品だ。ジルクニフ的には一応、敵の村娘を確認するのにも役立ったが。

 エンリは自分で馬車を走らせることも出来るが、もちろん今は小鬼(ゴブリン)兵の御者に操ってもらっている。

 小鬼軍師は狼に乗りつつ馬車のやや前の位置を進む。馬車の脇へは死の騎士(デス・ナイト)や最精鋭のレッドキャップスが付き、守りをガッチリと固めていた。

 捕虜役のアルシェだが、流石にエンリの馬車へ同乗させられないので、すぐ後ろへ続く荷馬車に護衛の小鬼(ゴブリン)2体と乗って貰っている。なお、ハムスケは重いので荷馬車ではなく隊列先頭付近で自ら歩いていた……。

 エンリ一行の移動初日は、帝都から1時間程移動し昼食休憩を2時間取ると再度動き出し、午後5時過ぎには帝国騎士団側から指示された野営予定地へと到着する。

 ここは帝都から20キロ程進んだエ・ランテルへ至る大街道沿いの草原。秋には毎年草が刈られて、傍の村の収穫祭が開かれる平らな場所である。そこの草が今朝から急遽刈られたのだろう、結構地面の見える状態に変わっていた。

 先導していた帝国騎士隊の隊長が、顔を強張らせつつエンリへと伝えて来る。

 

「本日はこちらの場での御滞在をと、政府中央より聞いております」

「分かりました、ご苦労様です」

 

 帝国騎士達は少し離れた場所で野営をすると聞く。気を遣ったとも思えるが、彼等にすれば領土内へ侵入している形の亜人達となれ合う気もないのは道理。

 エンリは、騎士らの背を見送ると小鬼(ゴブリン)軍団の将軍として馬車内から告げる。

 

「では皆さん、野営の準備をお願いします」

「ははっ、閣下。ささ、全員直ちに作業を開始するのです。まず馬車から陣幕を下ろし中央へ。重装甲歩兵団より外周へ展開。長弓兵団も続いて動くのですぞ、ほっほっほ」

 

 小鬼軍師が閣下の指示を受け、すぐに簡易陣と陣幕の展開を指揮し、全軍が(ようや)く落ち着くこうとしていたその時。

 陣幕内の準備完了待ちで、まだ馬車内に一人座っていたエンリの思考で例の変わった音が鳴り、続いて――聞き覚えのある()()()()が響く。

 

『エンリ、聞こえていますか? 守護者統括のアルベドです』

「――っ(旦那様じゃない)!? はい。聞こえています、アルベド様」

 

 エンリは緊張し、一瞬その場で固まる。

 魔法の〈伝言(メッセージ)〉について、一般的な伝承を聞きつつも旦那(アインズ)様からの通話で信用が増していた。

 だがここで、旦那様以外からも連絡が来ることに改めて気付く。一応音声は鮮明のため、情報として大丈夫と考えられる。伝承では随分聞き取りにくいという話で伝わっていたから。

 とはいえ、今回の相手は階層守護者統括様であった。

 大宴会で大勢の中、挨拶をしたが、1対1の直接通話は初めてだ。

 

 ――栄光あるナザリック地下大墳墓における不動のNo.2、アルベド。

 

 彼女について、エンリはそういえばまだ詳しく知らないと思い出す。それはマズイ事だとも。

 これまでは何かとキョウや戦闘メイド達が間に入っていてくれており、矢面に立つのは今回が初と言っていい。

 エンリにとっては圧倒的に格上の相手であり、思わず手に汗が出てきていた。

 不思議と旦那(アインズ)様には、そういった心情を抱いたことはない。傍にいればとても安心出来て落ち着ける……そんな存在なのだ。

 エンリからの返事を受けアルベドが用件を伝える。

 

『あなたの率いる小鬼(ゴブリン)の軍団について、アインズ様から定住地や食料関連などの便宜を図るようにと指示を受けています。こちらで少し検討した結果――』

 

 エンリは旦那様から昨晩の通話において、確かに『移動が始まる段階で指示』と聞いていたが、5000体もの数に対して昨日の今日である。

 本当に何とかなるのだと、感動しながら少女は続く話へ耳を傾けた。

 

『――カルネ村へは連絡要員と貴方の護衛にまず新軍団から少数を置き、残りは本拠地としてトブの大森林南部の水源の確保出来る地区を伐採して土地を確保しつつ、木々を〈乾燥(ドライ)〉後に主材として建物を建設する形で進めます。細かい位置については森の入口へ周辺警備担当のエントマか、フランチェスカを向かせる予定なので心配無用です。ただし諸々の協力の対価として、労働力を提供してもらいます。近々()()ナザリックの地上首都として小都市の建設が始まります。その手伝いをお願いすることになります。いいですね?』

 

 エンリは聞き逃さない。アルベドの伝えてきた『我々』という言葉を。

 一員として――支配者から臨時とはいえ将軍の役職を頂いている身である、否はない。

 将軍少女は馬車で座りつつも背筋を正すと元気に即答する。

 

『はいっ。わたくしエンリ以下、アインズ様とナザリックへ全員喜んで協力いたしますっ』

「そう」

 

 その迷いの無い即答を受けて、第九階層の統合管制室にいるアルベドは――満足する。

 「お妃さま?」と言ってくれた可愛いネムの姉とはいえ、エンリは人間である。

 至高の御方は「大丈夫だ」と言っていたが個人的には、正直なところ多少不安を持っていたのが事実。

 そんな少女の様子を望遠の『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)』と対応面から見ていたが、不快に思える態度は確かに皆無。

 迷いなく真摯に至高の御方への協力を伝える様子は、正にナザリックの一員が見せるべき姿である。

 今回帝国での件もエンリの対処は指揮官として及第点であり、アインズ様の選択と眼力は流石だと目を僅かに閉じ喜ぶ。

 

 

 ただ、この者(エンリ)はアインズ様と仲の良い点が()()()気になる。

 

 

 すでに厚さを増し始めた極秘の『アインズ様女性関係報告目録大全』において、エンリは仲睦まじい雰囲気に加えて数度添い寝に留まるが、御方と閨を共にしているという詳細報告も確認している。統括には何とも羨ましい限り。

 守護者達でも、マーレがデートの晩に多くの時間を抱っこされて過ごしたぐらいで、アルベド自身すらまだないというのにだ。

 

(この際、一晩中抱っこでもいいわ。まずは抱き枕と同様、尊き(あるじ)の温もりが重要ですっ)

 

 彼女の中へ、御方との一夜の強いふれあい希望の想いが浮かぶ。

 アルベドの想い出としては、初日玉座の間での二人きりの熱いモミモミを頂点とし、式典時に大勢の面前でしっかりと抱き締めてもらったのとお姫様抱っこ。後は……会議中に強く押し倒して馬乗りさせて頂いて、急遽第五階層の姉の下へ2日も『自主休養』なる厳しい罰を受けるも見舞いの折、御方の膝枕とナデを堪能……というぐらいしか……。

 現在、お(きさき)候補のライバルは、シャルティア達守護者勢だと見ている。

 だが連日ご寵愛される対象は、もしかすると別ということも十分ありえる。アルベドとしては、そちらも捨てがたい。なんといっても御子をゲット出来る可能性がグッと高まるのだ。

 

 御子のゲットは、未来の第一(きさき)としての最重要課題であるっ。

 

 もはやアルベドとしては『婚前でも特に構わないのでは?』と、金色の瞳の奥をギラギラと輝かせて考えている始末。

 良い機会なのでアルベドは、人間のエンリへと核心に迫る問いを放つ。

 

「あの、話は変わって唐突だけれどエンリ……あなたはアインズ様と数回夜を共にしているけれど、どうやって寝所へ誘ったのかしら?」

 

 直前まで、小鬼(ゴブリン)の軍団とナザリックの一大事業への協力という、大規模な内容で語られていたものがいきなり夜の色物へ変わり、問われた側のエンリは目を大きく開く。

 

「(えっ?)……」

 

 実に突飛すぎる内容と思えた。

 しかし先日地下大墳墓内で会った美し過ぎるアルベドは、栄光あるナザリックの絶対的支配者のお(きさき)候補において先頭にいるのは容易にエンリでも思いつく。

 まあ、共に会ったアルベドの姉ニグレドや妹のルベド、それにキョウやプレアデス達も全員が途轍もない美人達であったのだけれど。

 そういった方々を差し置いて、村娘の自分があの御方と数回寝所を共にした事で、問題になったのかもしれないとエンリはブルリと震える。

 

(うわぁ、ど、どうしよう)

 

 アルベドは『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)』ごしで、驚き困った風のエンリの様子に言葉を加える。御方への重要な手掛かり入手へ平静さを必死に保ちながら。

 

『ああ、別にあなたを責めている訳ではないの。誤解しないでね。ただ――どうお誘いしたのかと()()()()()()()()()気になったのよ』

「そ、そうですか」

 

 エンリは、取り敢えず落ち着く。アルベドの声へ圧力や厳しさは込められていなかったためだ。

 少女から見て、アルベド程の大人の女性には余裕があるのだと感じてもオカシクはない。

 対してアルベドは『ちょっと』を強調しすぎたかもと内心焦っていた。

 だがエンリは安心の方が大きかった様子で素直に答える。

 

「それは――眠くなったネムが、一緒に寝て頂けるように頼んだからだと思います」

『……(なるほど。人間は寝るし、配下で子供なら自然で誘いやすい……お優しいアインズ様は確かに快くお受けになるでしょうね)そう、よく分かったわ。さて、もし集落建設や何かあれば知らせなさい。()()対応しますから』

 

 アルベドとして、礼ではないがネムの姉でもあるし、役に立つ者を助けるのは当然である。

 ネム繋がりだがエンリに対しても、幸運な統括からの味方ランプが点灯した。

 新参のナザリックの一員としてこれは非常に大きい。No.2を正面から敵に回せるのは守護者級達ぐらいなのだから。

 

「ありがとうございます。あ、でも私はこの連絡用の魔法を使えません」

「あら? 確かそちらに居るハムスケに巻物(スクロール)で幾つか〈伝言(メッセージ)〉を持たせていると聞いています。それをお使いなさい」

 

 ハムスケは殿からエンリへの報告を忘れていた……制服は尾に結んでいたので手渡せたが。

 エンリは後で『森の賢王』本人に聞いてみるとして、アルベドへ伝える。

 

「分かりました。必要の際にはその様にいたします」

「ではね、エンリ。頑張りなさい」

 

 少女の言葉と姿に満足すると、アルベドは通話を終えた。

 守護者統括には、すぐに『作戦』を考える時間が欲しかったのだ。

 

 もちろんアインズを、甘い甘い寝所へ招くという新秘策についてである。

 

 アルベドは立ち上がると、統合管制室内の一角で腰の黒い翼を盛んにパタパタ動かし、そわそわとした雰囲気で行ったり来たりしながら考えを巡らせ始める。

 彼女の普段の冷静さも、恋のパズルを解くには中々大変でどこへやらの様子。

 

(眠ることの出来る人間の子供よ、子供……でもネムはマズいわね。ナザリックの中に居るのは余りに不自然ですもの)

 

 よく考えると、カルネ村ぐらいにしかナザリック関係で人間の子供はいない。

 でも誰でも良いという訳ではない。

 判断を一歩間違えると、絶対的支配者の逆鱗に触れてしまう可能性をアルベドは十分理解している。

 重要なのは、(あるじ)がその子供を『可愛い』と思っている事が必要という点である。ここの難易度がかなり高そうに思えた。

 

(アインズ様は私達配下にはとてもお優しい。でもその列に加わるのは容易ではないのよ)

 

 守護者統括は立ち止まり一言呟く。

 

「……ダメね。この手は、機会を待つしかないのかも」

 

 もしそういった子供を意図的にアルベドが都合よく用意したという事が、至高の御方へ伝わった場合、取り返しのつかない事態になると統括の思考は至った。

 アルベドの表情は大いに落胆気味へと変わる。

 

 

 だが、意外に駒は遠方でもう揃っていたりする。

 

 

 どうやら評議国に居る幼い少女(ミヤ)の心配は全く不用の様である。

 そのあと、ハムスケは人気(ひとけ)のない場所で将軍としてのエンリに少し叱られていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉したアインズをはじめ、一行がニセの商人名を名乗り、通された応接室で待たされていた頃――。

 

「ブヒッ! 何ぃ、客人はドレティプフ氏本人ではないだとぉ?」

 

 アーグランド評議国中央評議会で派閥の重鎮が付ける『三ツ星』の評議員バッジ。それを、派手な黄の腰帯で橙っぽい暖色系の文人風衣装の胸元に光らせる雄の豚鬼(オーク)が、表情を訝し気にしつつ恰幅のいい姿で振り向きながら、足早に部屋へ入って客人の事を告げて来た使用人へと言葉をぶつける。

 目立つ彼こそ、アインズの懐柔相手であるコザックト・ゲイリング評議員。

 ここは評議国中央都にあるゲイリング所有の広大な滞在屋敷の自室である。

 ゲイリング家は代々商人で豚鬼(オーク)の中の一大部族の長を務めている。先々代が財力で評議員へ加わってから、政界の中でも経済力を背景に商売を交渉・協力方面へ活用し勢力を地道に伸ばしていた。そして、当代のコザックトが23年前から『三ツ星』評議員となり、現在評議員の中立派で最も幅を利かせる立場にまでのし上がって来ている。

 とは言え、彼自身2メートル程の大柄で難度も140程度あり、評議国でも十分上位に入る強さを持っていればこそではある。

 ゲイリングは先程、来客者が相互に裏取引もする『カデロイオザ商会』所属であり、面識はないがドレティプフを名乗る人物からの用件で『南方にある国への人間奴隷輸出計画による大口買付依頼』と聞いていた、今後隣国から余るほど手に入るはずの『品』を巨利へと頭で結びつけ「ブヒッブヒッ」っと下品な笑いを漏らし着替えていたのだ。

 その雲行きが少々怪しい。だが欲深い彼は、知らせて来た雄の豚鬼(オーク)で緑系の服を着た使用人に問う。

 

「――その者の身形(みなり)はどうだ? 良い物を着ていなかったか」

「はい。とても身綺麗で、ローブ下から僅かに覗いた装備も大変良い物に見えましたが」

「ふーむ」

 

 これも重要な判断材料の一つ。

 『カデロイオザ商会』の証を持っていたことで多少信用しかけており、親族やドレティプフ氏の紹介で裏取引に来ている可能性を考えたのだ。

 ゲイリングには余裕がある。既に『ゲイリング大商会』系列はアーグランド評議国の全経済圏の3割を優に超える財閥。また、中立派に留まらず、交戦派、保守派にもかなり食い込んでおり国内で敵対する者は限られていた。

 永久評議員達……あの最上にいる白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)すらも、評議国経済への影響を考えればゲイリング家へ好きに手出し出来ないはずと、この豚鬼(オーク)の評議員は考えている。

 また、少なくない盗賊や暗殺らしき攻撃者達を討ち果たしてもきた。

 ゲイリング家配下のお抱え護衛団は総勢76名。実に全員が難度70以上の闘士級。特に上の隊長達3名は全て難度150を超える猛者ぞろいでもあった。3名の中でも護衛団団長は難度200をも超えている。

 それらを少し考慮すれば万一の不安も小さい。

 考えれば考える程、待つ客人へ対して、大規模商会所属とはいえ一介の商人が自分へ喧嘩を売るために、こうして正面切って訪問してくるとは考えにくいのだ。

 これは秘密の取引が目的のはずだと、彼の商売の本能が囁く。

 ゲイリングは最後の確認をする。

 

「客の者と、従者風の4名の強さは?」

「私の見立てでは、偽名を語った者は難度で60程、従者らは難度でいずれも120程ではと」

「む、中々腕の立つ者らを連れているな、ブヒッ。――だが問題なかろう。団長と隊長らだけを同行させる。一応、一隊を隣室に伏せておけ」

「では、そのように」

 

 使用人は足早に下がって行くと、2分もしない内に護衛団を率いる3名の隊長がゲイリングの元へ現れた。

 彼等の風貌(ふうぼう)は、まず紅黒の毛並みで茶色調の服と銀色鎧のミノタウロスに、横を歩く灰紫色の胸当てが目立つ戦士風の豚鬼(オーク)、そして二体の後ろを歩く肩当てのある身軽そうな漆黒の鎧を上半身へ付ける鷲頭で翼を持つ鳥人(バードマン)アーラコクラだ。

 前二体の空けた間を鳥間接の足で歩を進め抜け、前へ出た団長の鳥人が主人へ声を掛ける。

 

「お呼びにより我ら三隊長、参上した」

「ブヒッ。団長は非番のところ、手間を掛ける」

「いや、構わない。我々の仕事は常に油断があってはならない。今日は既に昼から4時間程ゆっくりさせてもらった」

「まあ、団長の出番は全然ないだろうがなっ」

 

 団長の後ろに立つ、身の丈3メートルに届く巨体と巨剣を背に差す隊長の一人であるミノタウロスが太い声で囁いた。

 

「確かになぁ」

 

 それへ相槌を打つもう一人の隊長である腰に2本の剣を()く戦士装備の豚鬼(オーク)。この者はゲイリング家の率いる部族最強の戦士でもある。

 族長ゲイリングの身内的立場でもあり、評議員の屋敷で特にデカイ顔をしている。ゲイリングの娘を狙っているのは誰の目にも明らかだったが、意外にも袖にされていた……。

 団長は、少し緩みの見える後ろの部下へ、向ける横顔から鋭い視線を送ると告げる。

 

「常に油断はするな」

 

 真面目に指導する団長であった。

 彼は死と隣り合わせの厳しい鍛錬を積んだ修業時代の少年期からすでに師匠以上の実力を開花させ、14歳で表舞台へ出てからは闘士として一度も負けたことがない。

 だがそんな彼も、師以外で長年尊敬する者がいる。

 その内の1体が先日この館を訪れていた交戦派評議員で竜種のビルデバルドだ。

 主のゲイリングにも「絶対に過度の刺激はしないように」と彼女の母や姉を(けな)す事は決して無いよう進言していた。何が起こるか分からないと。

 竜王の妹の100年前から伝わる武勇伝に加え、実際にその隠しても漂う圧倒的闘気の風格を見る事ができ感動と同時に、当代生れの評議国の(ゆう)が直感する。

 

(闘ったり鍛錬を全くしなくても、強いモノは元から圧倒的に強い……強すぎる)

 

 彼女へは、武技や体術で何をしても負けるだろうと確信していた。

 そういう真の強者を知り、水準に届くだろう団長の鋭い視線に気付き、気丈な荒くれ戦士も従う。

 

「分かってる、分かってるよ」

 

 流石の豚鬼(オーク)の戦士もこの団長は怖い。

 武技を全開にした団長は無敵だと思っているぐらいだ。

 実際、どれほど不利な修羅場でも――あの8年前の最悪の暗殺計画を受けた中、敵が90名を超えて不意に襲ってきた乱戦時も、団長が先頭へ立って見事に突破してきた。その時、難度100から140の猛者6人が主人(ゲイリング)へと同時に襲って来た際、豚鬼(オーク)の戦士とミノタウロスが一人ずつ抑えるので手一杯の窮地に、たった一人で4人を引き受け全員倒してしまうほどの実力と勇気を持っている。

 そんな団長ほどの戦士が悪徳のゲイリングへ従うのには、いくつか理由がある。

 元々ゲイリング家が、師匠の門下の兄弟子の闘士らを厚遇しており、師匠へも長年援助をしている事実がある。

 そしてコザックトは非道で悪徳だが――

 

 相手がどれほど邪魔でも暗殺や武力という手は決して使わなかった点だ。

 

 あくまでも交渉や経済力で相手を屈服させた。そして、使える者は味方に組み入れ厚遇する度量があった。

 そうでなければ、一国の経済圏の3割を超えて勢力を維持拡大するのは難しい。

 引き抜き寝返りなどは必ずあるが、それでも再度策を使い経済力で相手を押しつぶすのだ。裏切る程の覇気の有る者が真の仲間になれば、より経済圏の戦力になるとして。

 抑止力として護衛団を持つが、商会拡大においてゲイリングの非武力は徹底しており、先のような暗殺計画を受けたとしても、対抗勢力へ武力での反撃は一切しなかった。

 彼が行なった報復は――他の商人らと連合し徹底した経済制裁である。

 実に4年にも及び結局、暗殺計画を実行した大商会は、系列も総破産し完全に解散した……。

 これは名うての商人としてある意味、一瞬で殺されるよりも地獄である。

 数多(あまた)の過去の実績がある故に団長達のやり取りを見ながら今日も、ゲイリング評議員は余裕のある態度で右人差し指を立てながら、護衛団隊長達へ伝える。

 

「客人との商談で何が出るか楽しみだな、ブヒッ。守りは頼むぞ」

 

 頷く団長らを率いて主人(ゲイリング)を先頭に部屋を出ると、彼等は応接室へと向かった。

 

 

 

 客の待つ場へ廊下を進むホスト役であるゲイリングは、偽名の件についてどう切り出すかを少し考えていた。

 

(まあ、相手を直接見てから判断するか。こちらに選ぶ権利があるのだしな)

 

 弱みを握った優位に立つ者の、強く出られる力も持つ側の考えを巡らせる。

 客人から用件と取り分の詳細を聞いた上で『ゲイリング大商会』の圧力で有利に持ち込み、最後は『偽名』を引き合いに出して『相手利益』のほぼ丸取りが狙いだ。その機と相手の落ち込む顔を思い浮かべて彼はほくそ笑む。

 駆け引きは商人として最高の醍醐味でもあるのだ。

 

「(これだから、商人は止められんて……)ブヒッ、ブヒッ」

 

 思わずゲイリング評議員は、下品な『絶好調時の鳴き』が出ていた。

 そうして間もなく応接室入口前への主人登場に、廊下へ立つ使用人らが大扉を開いていく。

 ゲイリングらの視覚域に、広い室内空間の中央へ立っていた客人ら5体が映り()る。

 

 その瞬間――ゲイリングの半歩後ろに付いていた団長は、震える。

 

 使用人から伝え聞いた話で従者全員は赤身の体の小鬼(ゴブリン)であり、それらが難度でおおよそ120程度と。

 そして謎の客人は、難度で60ぐらいという獣人ぽい雌だと。

 だが客人の所作から漂う力量は、鳥人アーラコクラの団長自身の素体水準すら上回るものを刹那で見て取れた。

 彼は護衛人として一瞬での判断を余儀なくされる。

 

(もし、これが暗殺者であれば先制攻撃を掛けない場合――ゲイリング氏はヤラれる)

 

 団長には商談も何もない。唯一主人を護りきる事が仕事なのだ。

 それに……これほどの使い手が、商人の訳がない。

 近年、難度で200以上の商人が居るなどと評議国内では聞いた事がないからだ。

 油断無き団長は即、決断し動く。

 

()()()全員へ一撃を加え、身体を破壊し即時戦闘不能にする――)

 

 団長のアーラコクラは、たちまち脅威の武技により劇的な速さの『一歩』を踏み出していた。

 それは、あの不動から距離を一瞬で詰める〈縮地〉をも越える『極限の一歩で達する』という幻の武技〈歩達(ほだち)〉。転移系を思わせるほどの超高速移動技だ。

 彼は、いきなり客人の眼前に肉薄した。

 また〈歩達(ほだち)〉には『一歩』があるため、その余りに鋭い踏み込みの震脚から生み出された超高威力の乗ったナイキ(内気)の上位打撃系技〈粉砕虎撃〉……先日、セバスがゴーレムを軽く粉々に打ち砕いたのと同じ攻撃が、客人の腹部へとめがけ飛んでいく――。

 

 

 

 鳥人(バードマン)の雷光の如き動きは、護衛のLv.43のレッドキャップスには捉えきれなかった。

 

(なにぃー、一旦は会って話をするんじゃないのかよっ!?)

 

 絶対的支配者(アインズ)はマスター・アサシンの特殊技術(スキル)で盗聴していたキョウの報告を〈伝言(メッセージ)〉で聞いてそう思っていたが、話が違う眼前の展開に内心混乱した。

 それでも、完全不可知化中のアインズと客人の振りをして佇むキョウには、アーラコクラの動きが()()()いた。

 ただキョウは、反応が僅かに遅れてしまう……。

 それをアインズは咄嗟に彼女の肩を掴んで半歩強、体を後退させる。攻撃技は打点がずれれば攻撃力が大きく落ちるのだ。

 ところが相手の鳥人は更に『一歩』を踏み出し、逆の腕で同じ〈粉砕虎撃〉を叩き込んで来た。

 敵側戦士のこの瞬時の攻撃対応動作にアインズも思わず唸る。

 

(こいつまさか、左右で同じ技が使える達人なのかっ)

 

 ユグドラシルにおいて普通、こういった打撃系は利き腕側の技として登録されている場合が多かったのだ。左右で同じ技を真に使いこなせる者は本当に少なかった。

 鳥人が追加の一歩を踏み込んだことで、キョウへの攻撃がモロに腹部へ命中するのはもう避けられない。

 

 でも――――当たらなかった。

 

 支配者が咄嗟で〈時間停止〉の「タイムス」まで言い掛けた時に『一陣の風』が吹いたのだ。

 圧倒的優位で攻めていた鳥人は、逆に何か強烈な衝撃を受けアインズ達の傍から吹っ飛び、応接室の分厚い壁を紙の如く突き抜け、この部屋から瞬時に退場していった……。

 

 

 

 はじめに踏み込んだ際、団長には謎の客人があの〈歩達(ほだち)〉に反応し一歩分下がった様に見えた。

 だから彼は、強敵へ容赦なく〈歩達(ほだち)〉であと一歩踏み込んだ。

 そして逆側の腕を使い最高のタイミングで攻撃を当てに行き、一撃を放った。

 超高速で放ったはずであった。

 

 ところがその〈剛腕剛擊〉をも含む拳は、膨大な威力ごと何者かに『掴まれて』いた……。

 

 鳥人らしく全身に鳥肌――というか強烈な寒気が走って行く。正に死が拳を伝わり這い上って来る感覚。

 彼にとってその体験した事のない強い掴む力は『不動の壁』や『時が止まった』という表現が適切だろう。

 それらに加え、団長が最も驚愕したのは武技〈能力向上〉〈疾風走破〉や〈超回避〉も発動した自慢の自身の動きよりも、相手の接近や動作の方がずっと速かったという事実。

 

(――っ!? アリエナィ――――)

 

 彼は能力を上げた体から放つ武技〈歩達(ほだち)〉が最速だと思っていた。

 でも今、何か白い物が一瞬見えた気がした瞬間、〈要塞〉で強化した団長の胸部が漆黒の鎧ごと陥没する脅威的威力の衝撃を受け、胸の部分でくの字に折れる感じで気が付けば建物の壁や上階の床や天井等を6枚以上突き破り邸宅の外、さらに敷地外の道まで飛ばされ彼は転がっていた……。

 

「ガ、ガハッ……」

 

 団長は血反吐を派手に口から噴くと、一撃で気を失った。

 

 

 

「ブヒッ、一体何が起こったのだっ? 隊長らよ、団長は!?」

「今、凄い勢いで何かが部屋の壁から飛び出ていったように見えたが」

「……あの団長がいない……って、えっ?!」

 

 物凄い衝撃音と共に破片も室内へ舞い、ゲイリングをはじめ、主人の後ろから前へ出て身構え護りに付く残った二人の護衛隊長達と、応接室内にいた使用人らも状況に狼狽する。

 面前に立つ客人らからの攻撃らしきものを受けたのだから、当たり前の反応と言える。しかも行方不明なのが、このアーグランド評議国でも有数の使い手の団長であり無理もないだろう。

 コレらを成したのは語るまでもないが、ルベドだ。

 何と言っても、()()()()を護るのは彼女の絶対正義である。

 「――成敗」と、そんな『正義執行』完了の声が、アインズの耳元で微々に流れたような気もする。彼女はさっさと目的を果たすと、とっくにこの場より消え去っていた……。

 でも、残された者達は―――目の前の状況にアインズは内心でしばし途方に暮れる。

 

(ちょ! またルベドめっ。気持ちは分かるけど、どうすんだよ、コレっ)

 

 全く交渉へ結び付きそうに思えないこの惨劇の情景にキョウすら一瞬、『どうしましょうか?』という目を主側へ向けて来ていた。

 アインズ自身も少し『ナザリックへ帰るか』的心境になるが、そうもいかない。

 ()()が今も見ている。

 極限の天使(ルベド)は後先を考えない、そして場所も選ばない。我を失った姉アルベドとソックリ。

 ルベドは敵左側から左手で相手の左拳を掴み、右手に出して握る聖剣シュトレト・ペインの柄部を敵胸元へ斜め上方に打ち出す形で打撃を放っていた。ここで特筆すべきは〈転移(テレポーテーション)〉からの流れ。〈転移〉は希望するドンピシャの位置へは99.9%出現しない。いつも僅かにズレて周辺になるのだ。ルベドはそこから〈歩達(ほだち)〉を上回る速度で敵の鳥人へと接近し間合いへ入り込み攻撃していた。

 正に今未明、アインズへ鯖折り(サバオリ)体勢に移行したワールドチャンピオン級の近接戦闘速度を再度見せたのだ。

 なので幸い、余りの速さでアインズとキョウ以外の者達には、視覚へ僅かに白い霧のような錯覚的雰囲気を残し鳥人アーラコクラが勝手に飛んで行った風に見えていた。その直後に壁面の破片が飛んで混じり、もはや気にするものは皆無。

 派手な橙色衣装のゲイリングを中心に狼狽(うろた)える彼等を含め周囲の混乱は続く。隣室からは、控えていた護衛団の一隊20余体までが場へと出てき始める。

 

 

 絶対的支配者はふと、まだ―――イケると思った。

 

 

 すでにこれまで何度かギリギリの窮地を潜り抜け、経験を積んでいた彼には自然と理解出来た。それは理屈ではなく感覚。

 今の驚愕が支配する周囲の雰囲気を利用しない手はないと。

 また、先に手を出して来たのはゲイリング側なのだ。優位に立てるはずである。

 アインズは間を置くことなく一つの行動に出た。〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉をここで解いたのだ。

 意表を突いて場へ登場すると重々しい声に加え、敢えて涼しい雰囲気の語り調で室内へ告げる。

 

「突然失礼する。私はアインズ・ウール・ゴウン。アインズと呼んでもらっても構わない。私をはじめ、我々は強い。御覧の通り敵対すれば、先の者の様に余計な()()をする事になるぞ」

 

 こうして至高の支配者は、どう見ても団長を吹っ飛ばし応接室の壁を破壊する闘いをしたのが、目の前に現れた者だろうと思わせる盛大なブラフ効果を演出し最大利用した。

 ただ怪我というのは本当の話だ。鳥人(バードマン)はまだ死んでいない。ユグドラシルの知識があれば常識的な事である。

 ルベドがいくら強いといっても先程は『単なる一撃の強打』に過ぎず、Lv.70にもなれば超位魔法や即死等の特殊攻撃以外でHPがいきなりゼロにはまずならない。

 まあ一気に7割程のライフゲージが削れて、瀕死に近い事は間違いないだろうが。

 突然の新たな謎の来訪者の登場と言葉に対し、ゲイリング側応接室内勢は一時鎮まり固まった。

 現れた者は顔へ仮面を付け、白金や大玉の紅玉など高級感のある見事な装備に漆黒のローブを纏う敵対者(エネミー)。身長は標準的な(オス)獣人(ビーストマン)らよりも二回りは小さいサイズで、マーマン系達に近いぐらいに見える。腕にも高級さの滲むガントレットを付けており、腕の毛並み等で判別は出来ない。

 国家最高峰の闘士の一人が眼前で消え去り、雌の客人らが団長への攻撃者と思いきや、更に想定外の新規出現者である。

 対応について護衛隊の者らが再びざわつく中、屋敷の主人であるゲイリング自身が言葉を慎重に選び要点を尋ねる。

 

「ぉ(お前ではマズいか)ブヒッ、……アインズ……殿。貴方は、横に並ぶ来客者らの代表なのか? また目的はなにか?」

 

(お、ちゃんと名前で返して来たなぁ。でも、ブヒッって……まあ豚か)

 

 経験上、アインズとして『名前で呼ばれるか』はかなり評価ポイントの差が出る部分だ。彼の仮面顔がふむふむと値踏みするように揺れる。しかし、ここで丁寧な言葉を使うと足元を見られるだろうと考え、強気に語る。

 

「そうだ。今はまだ()()()()敢えて――旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)として振る舞っているがな。あと質問された我々の本日の目的だが――今、隣国へ攻め込んでいる竜王軍団が苦戦した場合に、即刻国内へ撤退させて欲しいのだ」

「なにっ」

 

 謎の出現者からの嫌な内容に、ゲイリングはピクリと反応する。これから大儲けの『品』集めが始まる矢先に、それ自体を中止しろというのだ。

 本来なら飲めない話というか、聞く耳を持たず門前払いにするものである。

 しかし、目の前の者達の力は噂やまやかしなどではなく既に見せ付けられてしまっていた。

 ゲイリングは極端に不利な状況へイラつき、腕を小刻みに震わせるが反論もせず押し黙る。今はまだ続くだろう相手の語りを、ひとまず無言で聞き続ける他ないと。

 何か譲歩や駆け引きに持ち込め、付け入る部分がある言葉を懸命に期待して……。

 そんな必死の相手をそれ程気にする風もなく絶対的支配者の発言は進む。

 

「ふっ、難しい事ではあるまい? 貴殿の居る派閥と他派へも経済的影響力を行使すれば可能なはずだ。これは本日攻撃を先に受けた我々からの強い要求だと思って貰いたい。――万が一にも拒否すれば、相応の代償を払う事になるだろう。御覧のように我々は貴殿らの想像を絶する力を行使することが可能だ。また本来、平和的に今日の交渉をする為に、ゲイリング家や貴殿にまつわる()()()ゴシップも随分集めさせてもらっている。金、賭け事、(メス)関係……詳しく知りたいかな?」

 

 『三ツ星』の評議員は全く聞きたくなかった。彼の首と眼は左右へと泳ぐ。

 これだけの隠密性と武力を有しながら、その前段階で『平和的に交渉する為』に集められた内容だという。恐らくそれらは、ゲイリング家や大商会に()()()()()()事実に思われた。

 屋敷の主人はこの目の前の者達が一体『何者か』ということを考えていた。おそらく、大商会の対抗勢力が放って来た強力な交渉者と当たりを付ける。

 また内部の裏切りもあるのか、昨日の竜王妹ビルデバルドとの交渉前準備の動きを嗅ぎつけ、『ゲイリング大商会』の扱う奴隷市場での巨利や影響力へ大きな打撃を考えた連中。つまり奴隷の増加により相場が下がることで大被害を被る、奴隷市場に比重を置く大商会達や系列が怪しいのではと結論を出した。

 奴隷市場の商会達は、多くが評議国の闇と深く繋がっており荒っぽい連中なのだ。

 ゲイリングは『かなり厄介な』と目を細める。

 また表の商売というものは、「大衆の心理――評判」という部分を絶対に無視できない。

 『ゲイリング大商会』の所有者は、謎の出現者アインズのゴシップという言葉を強く恐れた。

 事実、キョウの調べた項目は強烈だ。

 (ゲイリング)の商人としての裏の闇側面で、中でも『商品品質のごまかし・水増し』、『全国規模の“評議国武道大会”の八百長』、『贋金の鋳造』は、流石に民衆達から総スカンをくらって大商会は大きく傾くはずである。

 評議員としての裏でもえげつない。特に『評議員団圧力と談合によって公共事業の多くを独占』や『同じ豚鬼(オーク)族の別評議員の協力誘導に関し、その妻ら数名との不倫、隠し子も』では、相手から直筆の熱烈な手紙等も小都市サルバレの自宅などから幾つか押収している。

 いずれも確実に、世間を使いゲイリングのトドめをさせるだろうとアインズは確信していた。

 非道で悪徳に相応しい豚のゲス野郎である。

 

 しかし――旅の魔法詠唱者(アインズ)は今回、ゲイリングを追い落とすのが目的ではない。

 

 逆に『竜王軍団の撤退』を実現してもらう為、評議会内でデカい顔のまま今後も居座り続けてもらわないと困る存在。

 あくまでも評議員の懐柔が目的だ。

 正直、今次の竜王軍団との大戦で王国内のプレイヤーが見つかり、竜王が評議国内へ引っ込めばそのあとゲイリングが奴隷売買で大儲けしようが、ドロドロの不倫を続けようが、再度王国へ別軍団で攻め込もうがどうでもいいとすら思っている。

 一方、謎の出現者のそういう意味を込める話と知るはずもなく、聞いたゲイリングは飲める内容では無いとし、ならばと悪徳商人らしい懐柔策を試みる。

 

「ブヒッ。 ――アインズ殿は、今回の仕事を幾らで引き受けたのですかな? こちら側へ寝返れば、5倍……いや10倍出しますが、どうです」

 

 ゲイリングは、これだけの大仕事と実力を考慮すれば、敵の商会連中は目の前の交渉者達へ成功報酬として破格の額……金数万粒を約束しているとみた。

 だがゲイリング側へ今後湧く大量の奴隷利益を考えれば、金の粒で何百万は儲かるはずである。

 ゴウンというこの旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の者らへ今、金数十万粒出しても十分と考えたのだ。あとゴシップ情報は広がれば価値が霧散する為、敵商会側へはまだ渡ってないとも確信している。

 評議員は、これで全て上手くいくと思考の算術器を弾いていた。

 ところがゲイリングの確信的思惑はあっさりと崩れ去る。

 アインズは悪徳豚からの懐柔案を一蹴しつつ淡々と回答していく。

 

「どうやらゲイリング殿は考え違いをしている。私は誰かの使いで来ている訳ではない。私の意思として竜王軍団の苦戦時に際し撤退の要求をしている。これが金銭等で変更されることはない」

「――っ(竜王の軍団撤退が実行されて、こいつらに一体何の利点があるんだ……)!?」

 

 評議国内中心で全思考するゲイリングには理解不能であった。

 行動する場合、目的や利点があるはずなのだ。

 強いてあげれば旅の魔法詠唱者が、個人的に『ゲイリング大商会』の拡大を望まないか、竜王軍団の国外進出や勢力拡大を望まないぐらいではと思える。もはや遺恨的という水準だ。

 

(でも、そうかもしれん)

 

 物事に計算や理屈ではないことなどザラにある。

 経験豊富な商売人としてゲイリングは大きい決断を迫られた。

 だがまずゴシップ情報だけでも、今の大商会へ大損失が出ると予想される。奴隷市場で莫大に稼げる可能性は捨てがたいが、屋台骨そのものを犠牲には出来ない。

 屋敷の主は、顔と視線を落としていく。彼の答えはもう見えていた。

 弱気が透ける評議員の様子を窺うアインズが、ここで意外な事を告げる。

 

「そちらの返事は明日の朝10時に、改めてこの場で聞かせてもらうとしましょうか。今日は顔見せで来たに過ぎないのでね」

 

 一応の理由にもゲイリングはナゼという表情で顔を上げる。結論はもう出掛けていたのだ。

 これには傍に居たキョウも同様の表情を(あるじ)へと向けていた。

 一瞬、アインズはキョウへと顔を向けるが、ここで話す内容ではないので元へと戻す。

 選択肢の無い屋敷の主は、アインズへ屈辱的思いで伝える。

 

「………明日の件、了解した」

 

 その答えを聞いて、絶対的支配者は退去の意思と一つの警告を返す。

 

「では、我々はこれで失礼する。私はこの場で消えるが()()()()()。横の者らについて出口まで案内を頼む。ああ、そうそう――くれぐれも我々の事は内密で詮索はしないことだ」

 

 そう告げると「〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉」と小さく呟いたアインズの姿は、皆の見つめる中で忽然と消滅した。

 視覚を含め存在を全く感じなくなるため、〈転移(テレポーテーション)〉にしか見えない。

 この場のゲイリング側の者達からは「おぉっ」と短く低い狼狽えた感じの声が場に広がった。

 キョウは気にする風もなく、御方の言葉に従うべく「あの、出口へお願いします(ニャ)」と正面でまだ固まった様子の護衛隊長二人の後ろに居るゲイリングへと声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1時間程前に日は沈み、全天の雲間から僅かに星の瞬きが見える程度で、大勢の亜人(ひし)めく野営地を先に望む低めの草木が茂る周辺には暗闇が広がる。

 今は午後8時を過ぎた辺り。

 小声でヘッケランがイミーナへ問う。

 

「様子はどうだ?」

「凄く守りが堅いわね。それだけじゃない、ヤバイわよ。奴ら1体ごとの体付きが、今まで見た事もないぐらい鍛え抜かれた戦士だったわ。それに陣幕傍に小鬼(ゴブリン)じゃない大柄の怪物も見たわ」

「これは随分厳しそうですね」

 

 彼女は(ささや)く感じに答え、その内容にロバーデイクも言葉と共に表情を曇らせる。

 野伏(レンジャー)であり弓兵として目のいいイミーナが斥候に出る形で、高い木の上へ登り出来る限り距離を取って遠くから陣内の様子を探って今戻って来たところ。

 

 何と言っても相手は――5000体もいるという小鬼(ゴブリン)の大軍団なのだ。

 

 ワーカーチーム『フォーサイト』は、帝都から20キロ程南西へ離れた、人間の娘が将軍として率いていると言われているこの軍団の野営地へとやって来ていた。

 目的は勿論、捕虜となっている仲間、アルシェの救出である。

 しかし、周辺も帝国軍騎士隊や兵らが街道や周辺を封鎖警戒しており、近付くのにも苦労するあり様だ。やっとの事で先程、陣地から500メートル程の現在地まで来ていた。

 ヘッケランは右手人差し指と親指で作ったL字を顎へ軽く当て考えつつ、イミーナへ確認する。

 

「んー、それ程違う風に見えたのか?」

 

 ミスリル級冒険者相当の実力を持つ彼は、難度で言えば20に届かないだろう一般の小鬼(ゴブリン)なら10体程に囲まれてもどうにか出来る。

 一般的に知られている小鬼(ゴブリン)達は、少し細身で痩せ気味なのだが、イミーナが伝えるものは上半身や腰回り、肩から上腕等の筋肉の付き方が全然違うという。

 それも1体だけではなく、体形が確認出来た個体全て……恐らく数千体規模でと伝えた。

 ヘッケランも、イミーナの伝える内容と両手を使って囲う形に腕の太さを表現されたものを比べて、眉間に強く皺を寄せた。

 

「それは、確かに油断はマズいな。だけど――やるぞ」

 

 相手側の危険度に納得はしたものの、何とかしなくてはいけない。

 仲間の為に――。

 この作戦は、軍団全部を相手にする必要はなく、アルシェだけを連れ出せればいい話なのだ。

 リーダーの宣言に、イミーナとロバーデイクは頷いた。

 さて、どうしてこうなったか。

 

 2日前、まだ『フォーサイト』の一員であるアルシェ・フルトは、妹達を鬼畜と化した父の『貴族復帰計画』から護るべく帝国魔法省に就職が決まるも雇用状況へ言い知れない不穏さを感じ、万が一の対策で『妹達を王国の都市へ逃がす件』について頼りとするワーカー仲間の『フォーサイト』の面々へ相談し取り決めをした。

 翌日、アルシェが帝国魔法省の正規制服に身を包み、新たなる職場へと出仕した初日。

 「遅くなっても、毎日寄るから」という決め事はいきなり途絶える。

 仕事に慣れるまでは大変だろうと思うが、全く職場慣れしてない者を初日から徹夜させるのは、余りにも非常識で異常があると思えた。

 危機を感じる状況に対してアルシェ以外の3名は、翌朝9時半頃の『歌う林檎亭』1階、酒場兼食堂内に並ぶテーブルの一つへと集まる。

 ロバーデイクがテーブルへ置いた右拳を握りしめながら、ヘッケランとイミーナへ仲間の魔法詠唱者から連絡がない事への疑念を伝える。

 

「まだ2日目ですが、やはり変ですね」

「どうするの、リーダー」

「午前中に、動きが無ければ昼から、情報屋へ少し探りを入れてみる」

 

 しかしそこへ、外に出ていたこの宿に泊まる顔見知りのワーカーが「おい、昨夕に亜人の軍団が帝国魔法省の敷地内へ現れたが停戦し、朝の9時から10時の間に魔法省から出て帝都外へ退去するらしいぞ」という想定外の知らせを店の中へ持ち込んで来た。

 その場へ他にも寛いでいた数名のワーカー達も、驚きを隠せない。

 ヘッケラン達も席から立ち上がり、「それは本当なのか!?」と驚きの声を上げつつ、顔を見合わせる。

 これでは確かに昨夜、アルシェが帰って来れなかったのも仕方ない――と。

 3人は迷わず店を出ると近場で馬を借り、状況を知るために魔法省の方角へと駆けて行く。

 途中にある情報屋へ立ち寄り、亜人は小鬼(ゴブリン)であり数が数千にもなる上、どうやら捕虜もいるらしいという話を入手する。更に帝都南西の外壁門への小鬼(ゴブリン)らの退去経路情報も聞けて情報屋をあとにしたが、そこへ至る道の多くが騎士隊により封鎖されていた。

 その為、迂回ルートを辿り、11時を回った頃に外壁門近くの経路の沿道へとたどり着く。

 ところが――多くの群衆の壁で、見えたのは隊列の最後尾付近に続く高さのある荷馬車の幌部分だけであった。

 亜人に帝都の大通りを踏みしめられ、いい気はせず隊列も確認出来ず残念に思うが、戦いは回避されて都市にも被害はなく、『フォーサイト』的にも借り馬と情報代で銀貨数枚程度の損失しか出ておらず、「まあいいか」という雰囲気が占め始めた頃。

 ヘッケラン達は一度魔法省へ確認に向かおうとして馬止めへ向かう際、偶々路上で出会った馴染みの情報屋が「おお、いいところに」と会話の過程で、トンデモナイ事を教えてくれる。

 

「――ヘッケランよ、捕虜なんだが帝国魔法省一般魔法詠唱者職員のアルシェ・フルトって名の女だってよ。で、そう言えばお前のチームにもアルシェって女の子がいたと思ってな」

 

 人混みから少し離れた場の立ち話冒頭において、ヘッケラン以外のロバーデイクとイミーナは先を急ぎ気味もあって殆ど背を向けて聞いていたが、その内容に二人も思わず振り向いた。

 

 ――なお、帝国魔法省内の事であり、本来これほど簡単に捕虜名は漏れない。勿論、皇帝秘書官ロウネ・ヴァミリネンから情報局経由で裏情報としてリークされたもの。何故なら捕虜を取られた帝国は被害者度合が上がるからだ。捕虜の名誉を守るという理由から、公けでは発表されないとしている――。

 

 ヘッケランは情報屋へ金貨を払って2時間程掛け、他の複数の情報屋も別で動いてもらい魔法省内に同じ名前の者が他に居ないか、間違いではないのかを確認してもらう。だが彼らの情報網内で、捕虜はアルシェ・フルトという名であり、魔法省に同名は他にいないと伝えられた。

 

 金髪で碧眼のリーダーは、仲間のハーフエルフの女と全身鎧(フル・プレート)の男へ厳しい顔を向けると呟く。

 

「何とかして助け出すぞ」

「そうね、行きましょうか」

「はい、もちろんです」

 

 相手の数は数千と多いが、一般的に難度や知能の低い部類の小鬼(ゴブリン)であり作戦次第で勝算はあるだろうと。

 モンスター相手にも十分実績があった彼等は、そのまま救出の準備を整えると夕方前に帝都アーウィンタールを後にした。

 

 そして現在に至る。

 篝火の灯る亜人軍団の野営地を前に、ヘッケランの考えたオーソドックスな作戦はこうだ。

 イミ―ナの全方向から見た調査では、アルシェは荷馬車内か中央の陣幕内だろうという。

 それ以外の場所では姿が確認出来なかったためだ。

 そこで、ロバーデイクが囮の遠距離攻撃で、荷馬車群の止まる陣の逆側で騒ぎを起こし、注意を引き付けている間にヘッケランとイミ―ナが気配を消しながら荷馬車群や陣幕へ近付き、アルシェを開放。あとは連れ立って脱出という手はず。

 

「始めるぞ」

 

 膝突く姿の3名がヘッケランの小声での合図に頷きあい、今動き始めようとした瞬間であった。

 突如、彼等へと声が掛けられる。

 

「その方達、何を始める気でござるかな?」

「「「――!」」」

 

 『フォーサイト』の面々は、思わず反射的に声の方を向いてしまった。

 彼等の眼前には小部屋程もある巨体の影を起していた相手の姿があり、その胸から腹へ掛け、魔法紋章が浮かび上がっていく。

 

「〈全種族魅了(チャームスピーシーズ)〉」

 

 ヘッケラン達3名は、正面からそれを受けてしまった……。

 魔法を放ったのは無論ハムスケだ。

 エンリに報告不備を叱られ、詫びとしてこうして陣の外周警戒を買って出ていたのである。

 イミ―ナもこれには気が付けなかった。

 現在、軍団は帝国より退去中であり、なるべく穏便に対処という“将軍”の指示に彼女(ハムスケ)はこうして応えていた。見えない後方には屈強の小鬼(ゴブリン)聖騎士達5体も控えている。

 魅了系は術者以外、普通に敵判断されてしまうのでその配慮だ。

 

「それでその方達、何を始める気でござった? 代表の者が答えるでござる」

 

 魅了され、目の色が変わった『フォーサイト』の3名の内、動き易そうながら立派な服を着た左右に剣を帯びる者が親し気に伝えて来る。

 

「ああそれは、ここで捕虜になっている俺達のチーム仲間のアルシェ・フルトを助けに来たのさ」

「ほお、アルシェ殿はその方らの仲間でござったか。でも“魔法省”で働いているのではござらんか?」

「働き出したのは2日前からだぜ。それも、妹達をクソ親父から護ってやるためにな」

「……中々複雑そうな話でござるな……」

 

 彼女(ハムスケ)は早くも男から目を逸らした。

 所詮は獣に近いハムスケ。ややこしい人間関係に興味もない上、理解が面倒になり始める。

 また、エンリの協力者のアルシェの仲間という事も確認した方が良さそうに考え、早めに対処することにした。

 ハムスケは後方の小鬼(ゴブリン)聖騎士の1体を陣幕まで伝令として走らせる。

 

『アルシェ殿の知人でチーム“フォーサイト”を名乗る3名の者が、捕虜のアルシェ殿を奪還に来たため〈魅了(チャーム)〉魔法にて拘束中。対応を乞う』

 

 丸投げの感じである……。

 エンリと共に陣幕内で報告を聞いたアルシェは驚きつつ、捕虜役なので一応傍で護衛する雌の小鬼(ゴブリン)に手首へ縄を掛けてもらう。

 ヘッケラン達は信用の出来る仲間達であるが、帝国を敵にする状況を考えこれはまた別の話に思えたのだ。

 それと今は彼等へ魅了が掛かっているという事を聞く。

 魅了の間の記憶は保持されるのだ。しかし、魅了中の判断は完全に正常とは言えない。

 説明は、落ち着いてからでも出来ると判断した。

 アルシェはエンリに要望を伝える。

 

「彼等が私の知る者達なら、私が後日開放されて王国の大都市エ・ランテルに向かう事を伝え、帝都へ帰してあげて欲しい。帝都に残した私の幼い妹達を彼等に任せてあるの。だからお願い」

 

 話を聞いたエンリは心良く頷いた。恩人のアルシェの願いであり、同様に妹を持つ姉として聞き届けずにはいられない。

 そして、非常に幸運というべき事にまだ――ここに強烈な姉妹守護の者は居なかった……。

 行動は妨げなくスムーズに流れていく。

 このあと、エンリ達はレッドキャップら数体を護衛に陣幕を出て行き『フォーサイト』の面々の近くへと少数で向かった。

 交渉はアルシェの登場やハムスケの魅了が掛かっている為、かなり友好的に進む。

 赤肌の小鬼(ゴブリン)数体と、立派な赤と黒の軍服を着た随分若く見える女将軍の登場に驚き少し怯むも、ヘッケランは伝える。

 

「自分はワーカーチーム“フォーサイト”を率いる、ヘッケラン・ターマイトといいます。チーム仲間である捕虜のアルシェ・フルトを是非開放してもらいたい」

 

 それに対してエンリは軍団の将軍として告げる。

 

「私はこの軍団を率いるエンリ・エモット将軍です。今、それは出来ません。これは帝国との書面による約定でも決められたこと。でも、トブの大森林への退去完了の後、彼女は解放されるでしょう。彼女が王国の大都市エ・ランテルに向かう日は半月以内に訪れます」

「……アルシェ」

 

 リーダーが、縄で拘束されて将軍の後方脇へ立つ、仲間の小柄で金髪の少女へと『こいつは信用出来るのか?』と顔を向ける。

 それに対し、アルシェは大きく一度頷いた。

 その表情と様子を見たヘッケランは、後ろに居るイミ―ナとロバーデイクの顔を窺う。

 彼等には、確かにアルシェが酷い扱いを受けているようには見えなかったのだ。

 それにこの場まで軍団の将軍が少数で出向いて来た上で、そう告げてくれている。

 また人間の様に見える女の敵将の目も狂人には見えず、瞳は綺麗に澄んだものであった。

 

(信用してもいいかもしれない。それにアルシェの妹達を届けるのを任されているからなぁ)

 

 ヘッケランは小さく頷くと、同じ考えだとイミ―ナとロバーデイクも頷いた。

 イミ―ナも、色々と大勢の顔色を見て来ている。

 一番年上のロバーデイクも相手の将の行動と表情や落ち着きぶりに、ここは信用してもいいと考えた。

 そもそも、3人とも間近でみた赤肌の小鬼(ゴブリン)数体のその岩の如き貫録は絶対にヤバいとも感じていた。戦わずに済むならそれを選ぶべきだと。

 だから、前を向き直したヘッケランは告げる。

 

「分かりました。我々はここから一度引き返し、隣国の大都市エ・ランテルにて彼女との再会を楽しみに待つこととします。それではこれで失礼します。ああ、友よありがとう」

 

 ヘッケランに続き、イミ―ナとロバーデイクもハムスケへ手を振りつつ背を向けてこの地を去って行った。

 〈魅了(チャーム)〉は時間が経てば解除されるので放置でも問題は無い。

 アルシェは静かにホッとする。間もなくエンリ達は陣の中へと引き返して行った。

 ハムスケはそれを見送ると、また周囲警戒を小鬼(ゴブリン)聖騎士団の5体と共に続行し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 秘密支部員を力ずくで撒いたクレマンティーヌは、深夜を迎え1時間程前に宿屋へ入った。

 それまで10時間程も、本来の目的であった漆黒の戦士モモンとチーム『漆黒』についての聞き込みを昼食へと入った店から直ちに始め、ずっと続けたのだ。

 しかし彼女も上手くいかない時はあるもので、昼過ぎから慎重に支部員の存在を確認しつつ王都の広範囲で行なったが、夜遅くまで40軒以上回って遭遇したエ・ランテルの冒険者チームは僅かに8つだけ。

 またその彼等は、モモンチームについて「宿名は知らないなぁ」「聞いてないけど」と口を揃える。どうやら階級ごとで別れた上、適当順に宿屋が振られた為、直接教えてもらっていないと違う階級の者達についての宿は分からないらしい。

 そして揃って彼等は女剣士へ告げてきた。

 

「王都冒険者組合で宿泊している、エ・ランテル冒険者組合長のアインザックさんか魔術師組合長のラケシルさんなら知ってるはず」

 

 だがクレマンティーヌは、王都冒険者組合へ彼の宿を調べに近付くと、内部調査網すら持つ秘密支部員の報告から『逢瀬』に関しバレる危険性が上昇すると考えていた。そこで一応、適当な者を雇って外へ呼び出してもらう手を思い付くが、行き詰ってからの実行と決める。

 結局、今日はモモンに出会えず、宿部屋へ入り貴重な高級装備類を外し、備え付けの浴室で汗を湯で流すと、一人寂しくキングサイズ程の大きいフカフカのベッドへと横になった。

 ちなみに泊まった宿屋は、王都内でも最高級水準の宿屋の上層階で一泊金貨1枚の広い部屋である。クレマンティーヌはお嬢様で且つ非常に高給取りでもある。闇の野に(ひそ)むのも得意だが、貧乏くさいことはしないのだ。それに秘密支部の余計なゴミへの対策でもある。こういう高級宿は信用を重んじセキュリティーもかなり厳しい為、不法侵入は相当難しいのだ。

 でも随分寂しい夜となり、恋乙女はモモンから手渡されている木彫りの『小さな彫刻像』を胸元で優しく抱き締める。

 

(ねぇ、モモンちゃんどこー? ……連絡、今日はないのかなー)

 

 そんな事を考えていると――タイミングは正にピッタリであった。

 

『……クレマンティーヌ、聞こえてるかな? モモンだけど』

 

 アインズは『とある催し』を終え今、午後11時10分過ぎから午前0時まで時間が丁度空いたのだ。日課のアンデッド作成が午前0時を過ぎなければ前日分の予備で残している数回しか行えないと。

 だからそれまでの合間にと彼女へ連絡を寄越していた。

 

「――っ!? モモンちゃん!」

 

 クレマンティーヌはベッド上で飛び起きると、そのまま勢いよく仰向けに倒れながら叫ぶように伝える。

 

「きゃー、モモンちゃんだー! クレマンティーヌだよー。ホントに、待ってたよー」

 

 仰向けになると次に、ベッド上で左右へのゴロゴロを嬉しさの表現として連発した。

 モモンは彼女の声の喜びようが尋常では無く、一体全体どうしたのかと思い声を掛ける。

 

『何か大きい動きでもあったのかな? いつもと違う感じだけど』

 

 すると、クレマンティーヌはベッドでうつ伏せになると猫っぽく動きながら、嬉しそうに悪戯っ気のある小悪魔チックに伝えて来る。

 

「んふっ、なーにかな? 何だと思う―、モモンちゃーん?」

 

 片方は完全に恋人達の会話っぽくなっていた……。

 『分わかんねぇよ』と思いつつもモモンは、随分嬉しそうな彼女の様子から冷静に考え尋ねる。

 

「(……彼女にとって明らかにイイ事なんだろうなぁ。あー)もしかして王都に寄るとかかな?」

『あーーっ、正解っ! モモンちゃん、凄いねーっ。やっぱり私の事、良く分かってくれてて、と……とっても嬉じいよぉぉー。ぅううぁあーーん』

 

 モモンが、向こう側の音を良く聞くと、嘘泣きして冗談かと思いきやクレマンティーヌは実際に泣いていた……。

 自分を本当に理解してくれている者など、世界中でモモンだけしかいないと本気で考えていた彼女は、今それが現実なんだと改めて知って思わず感動していたのだ。

 

『モボンぢゃーん、わだじずごくうでじぃぃー』

「わ、分かったから、泣くなよ」

『う゛ん、泣き止むよー』

 

 凄く素直に反応するクレマンティーヌであった。すんすんと鼻を啜り、まだ泣き止んでいないけれど。

 落ち着き気味の彼女にモモンは尋ねる。

 

「それで、いつ王都に来れそうなのかな?」

 

 その問いを聞いて恋乙女は俄然復活する。

 

「んふっ、実はもうねー、王都に来てるもーん。んふふふー」

『……(えっ)』

「てへ、ねー驚いたー? ってーあれっ……モモンちゃーん?」

 

 予想外の事態で()()りつつも無言のため、モモンの反応を薄く感じたクレマンティーヌが尋ねてきた。

 アインズは明日、まだ評議国での用件を残しており、かなり鋭い彼女が王都へ張り付くと、モモンの代役であるパンドラズ・アクターで大丈夫かと思ったのだ。

 ただここは、取り繕うように急ぎ漆黒の戦士が答える。

 

『ぁああ、まさかもう来てるなんて、ちょっと驚いちゃったかなぁ』

「そうだよねー。そう思ったー、うふふふ」

 

 恋乙女は、多少の事は全く気にならない風であった。

 モモンはその彼女へと探りを入れる。

 

「でも―――ずっと居るって訳ではないんだよね?」

『そーなんだよー。隊長に『王国側の竜王軍団への対応とかを調べて来る』って言ってここに来ててさー。だから今日から4日後の晩にはー、情報を持って戻らないといけないんだよねー』

「じゃあ滞在中は、結構忙しそうな感じなのかな?」

 

 クレマンティーヌは部屋周辺の気配を探りつつも、モモンへは隠す気が全くないので、何でも話してくれる。

 

『んー、それほどでもないんだけどー。あのねー、本国の秘密支部が王都にもあるだけどさー。連中、調査で街をウロウロしてるんだよー。一々邪魔な感じだし五月蠅くてー、ほんっとムカつくんだよねー。モモンちゃんとの事がバレそうなら、全部で12名居るけど、みんな拷問気味に殺しとくからー』

「あ、そうだね」

 

 だから彼女との会話はさらりと、いきなり凄い内容にもなるのであった。

 

『大丈夫、大丈夫ー。そうなっても、私がちゃんとバレないようにしっかりキレイに片付けとくからー。あっと、でもまだ4人、顔を確かめてないんだよねー。明日には把握していつでも殺せるようにしとくねー』

「ああ、頼むよ」

『えへへへー、私におまかせだよねー』

 

 兎に角、人知れず殺し慣れている感じが凄まじい。ただ、この世界ではとても頼りになるとも言えた。

 そんな彼女が熱く呟いて来る。本題を。

 

「モモンちゃーん。ねぇ、会いたいよー」

『そうだね。でも……今の時間だと目立つんじゃないかな』

「そーなんだよねー。連中、夜の静かで人気(ひとけ)の薄い時間帯に敏感な外回りのヤツが多いらしくてさー。全くー、安心して会えないじゃん。――やっぱりもう全部殺しちゃおうかー?」

 

 気に入らず邪魔な者は、いたぶって即亡き者に。それがクレマンティーヌ思想。

 人間の感情が薄れた今の合理的に思考するアインズは一理あると理解するも、この好条件を彼女への防壁に有効利用しない手は無い。

 

「――でもまあ先を考えれば、ここは少し我慢出来るんじゃないかな?」

 

 利口なクレマンティーヌは愛しい者の『先』が混じる意見に、『二人の熱くエッチで子沢山の幸せな夫婦生活の未来』を大いに妄想する。

 同時にここで、ゴミ同然ながら味方の支部員を突如全員殺したとなれば『不可解な行動だ』として、本国へ帰った後に監視者や重い行動制限が付くかもしれず、『王国での仕事を終えたから評議国へ帰国する』というモモン達へ付いてけなくなるかもしれない等の大問題に直面するかもしれない。

 そういう悲劇は御免だと、豊かに揺れる胸元へと大事な彫刻像を抱きしめる恋乙女は笑顔で我慢する。

 

「分かったー。私はモモンちゃんの考えに従うよー」

 

 従順といえる彼女の答えにアインズは髑髏の口許を緩める。

 そしてモモンとして振り回されないよう、先に主導権を握る上で逸り急かす雰囲気を装い予定を提案する。

 

「でも、少しずつ短時間で偶然風に会うだけなら大丈夫だろうし。それで早速だけど明日の朝、8時半から9時過ぎぐらいまで会わない?」

『うん、いいよー。分かったー、うふふふー』

 

 モモンの短い時間ででも早く会いたい風の会話アクションに、クレマンティーヌは嬉しそうに答えた。

 求める彼氏に呼び出される彼女の気分を満喫する。

 心が浮いた雰囲気の乙女へとモモンは用件を伝えて行く。

 

「それで場所なんだけど――」

 

 待ち合わせの場所はクレマンティーヌへ位置確認した秘密支部からの距離も十分ということで、エ・ランテルの冒険者達が王都到着時に集まったり点呼日で訪れたあの公園風の広場を指定した。

 また偶然を装う形での手はずや合図なども決めていく。

 

『じゃあ明日の朝ねー。モモンちゃん、愛してるーー』

 

 そうして熱烈な彼女との連絡をモモンであるアインズは終えた。

 

「さて、10分程寛いだら、次は王城のユリに繋ぐか……」

 

 執務室の大机に着く絶対的支配者には、依然として1時間を超える安息の暇は殆どない――。

 

 純愛が通じたとも思える、突然に始まった通話を終えたクレマンティーヌは、とても幸せな心地で改めて彫刻像を胸元で抱きしめつつ浅い眠りへと落ちて行った。

 

 

 

 

 翌日朝8時前、フードを下げたローブ姿のクレマンティーヌは綺麗な金髪を揺らしながら、秘密支部の事務所へと何食わぬ表情で顔を出す。

 

「おっはよー」

 

 彼女の適当だろう朝の挨拶へ、脂っこい顔の支部長や副支部長らが慌てて返す。

 

「おはようございます、クレマンティーヌさん」

「あ、どうも、おはようございますっ」

 

 前日、何者かの実力行使で彼女の追跡を撒かれたわけであるが、顔を見たわけでは無い。

 室内を一望すれば、その青年支部員は外回りなのかまだ不在。

 それに――予想通り何も言われることはなかった。

 副支部長が「そう、資料資料っ」と、とぼけた感じに棚へと動いていった。

 こういうのは失敗した方が恥でマヌケなのである。

 故に安心すると共に、サバサバとクレマンティーヌは顔を出した用件の一つ目を早速片付ける。

 規則という話から「そうそう、私の宿だけどー」と、宿泊中の最高級宿屋名を伝えた。

 宿名を聞かされた無精髭の副支部長らが目を丸くさせる。支部員の彼等もそれなりの高給ではあるが、聞いた宿屋では宿泊費だけでも5カ月分ぐらいが精一杯なのだから。

 最高級の宿屋への費用を考えれば普通の者では泊まるなど考えもせず、経費で落とせるはずもないので、眼前の女剣士の立場というか階級的なものが垣間見え、副支部長も少し怖くなってきていた。

 ここで、珍しくクレマンティーヌへと脂っこい顔の支部長が話し出す。

 

「あの、少し前に本国からの調査依頼でアインズ・ウール・ゴウンなる者について情報を集めよとの指示があります。ですので、それについての資料も最終日にお持ち下さい」

 

 スレイン法国の中央から『王国辺境のカルネ村から高級馬車で、王都に向かったはずの旅の魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンについて、情報を調査し送れ』と届いていたのである。

 それに対して女剣士は気軽に笑顔で答える。

 

「あー、全然いいですよー」

 

 確か神都へ襲ってくるという、旅の魔法詠唱者の名だったはずであるが、今のクレマンティーヌには余り関係がないし行動に影響がないので引き受けた。

 そう返事する合間に、彼女はもう一つの用件であった昨日見なかった顔の者らを把握する。4名不明だったが、内2名を今この場で把握した。

 なので彼女の今ここでの用事はもう済む。早くも内心ウキウキのクレマンティーヌは告げる。

 

「ちょっと2時間ほど()()()出て来るねー」

「……あっ、俺が――」

「―――あー、案内もいーらなーい、からっ」

 

 女剣士の声の内容に、慌てて振り向き声掛けした副支部長であったが、彼女の断りの声と目を見て一気にトーンダウンしていった。

 

「ぁ……はーぃです」

 

 「からっ」と言う低い声に合わせる、彼女の視線の放つ殺気が尋常では無かった――。

 今朝の彼女には早く飛んででも行きたい場所があるのだ。逆に言えば『邪魔すれば即ブッ殺す』である。

 無精髭の副支部長は昨日、出合い頭で彼女の恐ろしさを体へ直接十分思い知らされており今は大人しく引き下がった。

 

 

 雲間から時々日が差す天気の下、クレマンティーヌは王都中心部から南東の外壁門へ続く大通りを4キロ少々進み、1本脇の通りへ折れて角一つ分だけ入った場所にある、指定された広めの公園風で水飲み場も見える広場近くへと現れる。

 待ち合わせの時間の都合上、途中で道では無くショートカットの為に気配を消しローブのフードも深く被り、高層階の建物の上を走って辿り着いていた。

 勿論周囲への秘密支部員の存在有無についての警戒は怠っていない。

 広場の500メートル手前からはローブのフードも下げ、のんびり無駄に迂回的経路も歩いて来るなど、『焦って』や『この場が目的地』といった事を悟られないように行動したつもりである。

 彼女には経験上、それだけの動きは自然と身についていた。

 クレマンティーヌは、それまで前を見て歩いていたが、『偶然』に広場を見つけた感じに振る舞い、さり気なく中へ入っていく。そして、(しばら)く歩くと木製ベンチへと腰掛けた。

 ローブ下ながら、しおらしく膝を揃えて座り、時折空を見る彼女の視線に周囲を探る素振りは無い。

 そんな彼女の思考にふと、なぜという思いが一瞬浮かぶ。

 

(モモンちゃん、どうして外を指定したんだろ。室内なら一杯抱き付けるのにー)

 

 だからである。

 密室で共に1時間を超えれば、ナニが起こるか分からないからだ。

 しかし、その重大な疑問に自ら桃色の終止符を打ち込み自己内完結する恋乙女。

 

(……でもさー、やっぱり一緒に外を歩きたいよねー。モモンちゃんの気持ち分かるよー)

 

 彼女は立ち上がると歩き出し、少し離れた場所のベンチへと腰掛ける。そしてハンカチを軽く額に当て汗を拭く素振りをする。

 間もなくクレマンティーヌは、また立ち上がると歩き出した。

 するとその時、彼女へと男性の声が掛かる。

 

 

「あの、ハンカチをお忘れですよ、お嬢さん」

 

 

 思わず吹き出しそうな、クサい台詞が場に流れて。

 でも振り返る女剣士の顔は変わらず、内心では『待ってたよー』と叫んでいた。

 クレマンティーヌの視線4メートルの先には、ハンカチをゴツイ黒のガントレットの手で持ち差し出す、愛しの漆黒の戦士モモン―――とその横へ紅い杖を握る純白のローブを纏うマーベロが立つ。

 この出会いは偶然という設定なので、チームパートナーであるマーベロの同伴は織り込み済である。

 彼の傍へと駆け寄りハンカチをそっと両手で受け取りながら、実はそっとではなく手をギュッと強く握るクレマンティーヌ。

 そして手を離すことなく、握った手を上下しながら礼を述べる。

 

「ありがとー。これー、死んだ兄の形見なんだよねー」

 

 予定の『母の』から変わっていた。

 確かに最近兄クアイエッセはモモンと共にブッ殺したばかりだ。ちなみに兄程ではないが彼女は両親も大嫌いであった。

 そのハンカチをテキトウに受け取ると、こげ茶系ホットパンツのポケットに突っ込む。

 既に恋乙女の彼女は、面倒臭くなってきていた……。

 

「お礼を何かしないとねー、じゃあ――付き合ってよ(デートしよ)ー、男女的お付き合い(デート)

「え(っ、あれ)?」

 

 予定では『お礼に何か飲み物でも一緒にどう?』となって、この広場を回りながら会話をしつつ、最後に広場に近い飲料店のオープンスペースで10分程話をして別れるはずであった。

 

「ねー、もういいじゃん。(把握した連中の気配は無いから)今居ないってー、ねっ」

 

 モモンとしては「ねっ」じゃないのであるが、待つ気なく強引にクレマンティーヌは満面の笑顔でガントレットの手を引っ張り始めている。

 

「ぁ、っ……」

 

 マーベロは、どうしようかとオロオロ(する振りを)していた。

 モモンことアインズは面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の中で視線を下方左右へと激しく彷徨(さまよ)わせつつ色々迷う。

 

(うわー、ルベドといいクレマンティーヌといい、自分の事しか考えてないヤツが多いなぁ……、あぁどうしたら……。もうデートしちゃうかな……いや、でもまだ4日もあるんだし、ここは……じゃあなんて言えばいい――)

 

 その時彼は閃く。歴戦の『漆黒の戦士モモン』ならと行動を決める。

 

「……今ここも戦場だよ。気持ちはよく分かるけど、(チームのパートナーの)素敵な君なら正しく行動出来るんじゃないのかな」

 

 諭すような()()()()()()()()()()愛しい男の言葉に、引っ張るクレマンティーヌの力が消える。

 同時に、『(伴侶の女性として)素敵』という彼の言葉へ、熱い愛の繋がりを求めて寄り添い守ろうと乙女は動き出す。

 

「ぁぁ……分かったー。……じゃあお礼にー、何か飲み物でも一緒にどう?」

 

 大幅に暴走し掛けた方向は見事修正された。

 二人は、それから手を繋ぐことも無く……モモンはマーベロから伸ばされた手を繋ぎつつ、3人で歩きながら中味の無い世間話に終始する。

 今は――傍で横で隣で歩ける事を堪能する時間。クレマンティーヌはそう割り切った。

 何故なら二人きりの会話は、大切にする『小さな彫刻像』で可能だから。

 

 

 だが、飲料店のオープンスペースで寛ぎ、束の間の後訪れた別れ際に『恐怖』が残っていた。

 

 

 席で兜を外しているモモンは、当たり障りない内容で今後の行動をボヤき気味で語っていく。

 

「間もなく俺やマーベロも出陣する準備に入るから、余り自由の時間は取れない感じかな。でも(王都に居る)今だけで――」

 

 彼の、会えない事への残念さを語る言葉が耳へと流れる中、クレマンティーヌとしてモモンが死ぬことは無いだろうけど戦地へ赴く以上、やはり少し心配である。

 その気持ちの彼女の前で、モモンが彼女にとって困る内容をふと口にしてしまう。

 

「あ、明後日以降はエ・ランテルの冒険者組合長達のチームと行動する予定で、今の宿を出て王都冒険者組合の建物で出陣まで寝泊まりするから」

「ええっ?」

 

 今朝、モモンの宿泊する宿屋へと知らされた指示であった。

 しかし王都冒険者組合の建物では、クレマンティーヌはうかつに入れない。転がり込めない。イチャイチャと色々ナニを出来ないのである。

 だからなのか夜も歴戦だろう戦士へと、ゆっくり女剣士の恋乙女が問う。

 

「……じゃあ……今晩と明日の晩はまだ時間……あるよねー? んふっ」

 

 それが何を意味するのか。

 モモンの正面席に座り、円卓の小テーブルに両肘を突き乗せる彼女の顔の両頬は、少しもう赤く染まっているように見えた。

 絶対的支配者は焦る。

 左手に座るマーベロが、何か言いたげに手をクイクイと引っ張ってくるが、モモンは分かっている。一瞬僅かに顔を向けたが、それどころではないと。

 一晩は逃げられるかもしれないが、流石に――二晩連続は難しく思えた。

 

(うわぁぁーどうしよう。今晩、竜王が急に全軍で襲ってこないかなぁ……。あぁ全然ダメだ。ゲイリングとの約束すらこの後だし、評議会での可決もされてないじゃないかっ。どうすれば――)

 

 年貢の納め時というやつだろうか、正にこれは絶体絶命。

 行き詰ったモモンは悩んだ挙句、遂に……腹をくくる。

 先日自分が『人間では無い』事は彼女へ伝えた。それでもいいというのだから、もう行くところまで行くしかないだろうと――。

 モモンはクレマンティーヌへと漢らしく口を開く。

 

「ぁ――(あ、あるよ時間)」

「――なんてねー。多分、二晩も宿に――同じ地区の近い所に出入りしてたら見つかっちゃうー、――って。え、今モモンちゃん、何か言い掛けたー?」

「あ、ん? いや、同じ同じ。危ないかなぁ、見つかりそうでって。でも残念だなぁって」

 

 それを聞いたクレマンティーヌは笑顔を浮かべ、右手の人差し指と中指で下唇を艶っぽく横へと触りながら告げて来る。

 

「私が法国に戻って……モモンちゃんがエ・ランテルに帰ったら、絶対会いにいくからー」

 

 溢れる気持ちを伝えると、彼女はさっと席を立つ。

 

「じゃあ、また(午後に)ねー」

 

 モモンらへ背を向けたクレマンティーヌは、店のオープンスペースを後にし通りへ出ようとして、見覚えのある顔の者に出会い立ち止まる。

 女剣士が見詰める先には、以前大都市エ・ランテルでモモンやマーベロと居た少年の魔法詠唱者に加え、彼のチームらしき4名が立っていたのだ。たまたま店の横の通りを歩いて来たのだろう。

 

「(……このガキ、名前何だっけ。確か猫の鳴き声みたいな)えっと……ニニャくんだっけ」

「……どうも。クレマンティーヌさんでしたよね」

 

 (シルバー)級冒険者チーム『漆黒の剣』で唯一女剣士を知る記憶力抜群のニニャの声は、抑揚が薄かった。

 やはり、ボブ調金髪のクレマンティーヌは黙ってそこに居れば整った顔立ちから相当綺麗なのである。エ・ランテルでも見たが、ローブから覗く清楚感のある騎士の装備も加わり尚の事だ。

 少女ニニャとして、後方の席へ見える間違えようの無いモモンの座る姿に、綺麗な女ワーカーとの熱い関係性を再認識し少しショックなのである。

 それはモモンも同感。何故に今のタイミングで、と思わずにはいられない。

 先程マーベロがモモンへ教えたかったのは、この事だったのだ……。ニニャに付けていた八肢刀(エイトエッ)の暗殺蟲(ジ・アサシン)は以前〈不可視化〉していたが、現在は王都内に増えた上位の冒険者達に数度、気配で察知されかけ〈上位不可視化〉に移行していた。その為、マーレをもってしても直前まで気付けなかったのである。

 女剣士の本性を知らないルクルット達が陽気に声を掛けて来る。

 

「あれま、美人さん。それに座ってるのモモンさんとマーベロさんじゃないの? おっはよーでーす、モモンさんとマーベロさんっ」

「確かにモモン氏らである!」

「おはようございますっ、モモンさんとマーベロさん。ニニャ、こちらは知り合いの方ですか?」

 

 モモン達へ手を振る彼等の様子と言葉で、クレマンティーヌは少年だけでなくこのチームが結構親しそうな知人だという事を知り行動を考える。そうでなければ反射的に、殺気満ちる視線に加え「何見てんのよー」の後で罵詈雑言が並んだところである。

 視線を一度右に外したクレマンティーヌは、ニニャのペテルらへの「はい、以前にエ・ランテルで」のあとへと割り込み引き継ぐ。

 

「どうもー。私は()()()()()偶にモモンちゃん達の仕事を陰で手伝ってる、クレマンティーヌ。よろしくね」

 

 モモンチームとの関係を強調しつつ、ウインクを交え可愛く右手を肩付近へと小さく上げて微笑み挨拶する。

 ニニャがペテル達へ彼女に関して伝えていなかったのは、クレマンティーヌの怖いと言えるドギツイ性格の一端を見ていた為、モモンへの印象を心配しての事だ。

 冒険者達が綺麗ごとだけでやっていられない仕事だということは、ニニャも十分理解しているがその中でもこの女騎士は異色に入ると見ていた。

 ある意味モモン達に近くて……善悪で対局の立ち位置の雰囲気と力量を感じさせている。

 ただ彼へ――漆黒の戦士モモンへ『身も心も』という雰囲気で、強く追従していることだけは救いであり間違いない。

 彼と知り合いで無かったらどうなっていたか……記憶からあの初出会い時の殺気満ちる眼光を思い出し、魔法詠唱者の少女はブルリとする。

 か弱さを感じさせる少年を横目に、クレマンティーヌはペテル達へ告げる。

 

「ちょっと頼まれてる用事があるんでー、じゃあねー」

 

 そうして手を振りながら店から道へ出ると進み、角を曲がっていった。

 ローブ姿の女剣士を少し目で追い見送ったモモンらとペテル達。

 しかし、次に少女ニニャの視線がモモンへと向いた。

 今は兜を取っているので、視線を弱々しく彷徨わせる事が出来ない。彼は真正面から彼女の想いの目を受け止める。

 

「ニニャ、みんなもおはよう」

「お、おはようございます。皆さん」

 

 (あるじ)に合わせマーベロも挨拶する。朝で良かったと、明るい雰囲気と声で伝えたモモンは思う。昼の「こんにちわ」だと余りに浮き過ぎる挨拶だ。ここは平穏を装うしかないと彼は判断した。

 

「今日はみんな、近くに演習か何かで来たのかな?」

 

 だから、こう話を振ったはずであった。しかし――ガン無視でニニャの厳しい逆襲が始まる。

 

「モモンさん、クレマンティーヌさんはいつからこちらへ?」

 

 最早、ペテルやルクルット、ダインは首を不自然に別方向へと向け、空や周囲の景色を楽しんでいる。

 今この(とき)この瞬間、男性陣としてモモンは孤立していた。

 マーベロを見ると……ニッコリと可愛く微笑んでくれている――頑張って下さいと。

 逃げ場はない。

 彼等が王都リ・エスティーゼへ到着して早7日目。到着翌日にニニャとデートをしてから、『漆黒の剣』らは会合や連携演習もあり二人の時間が取れていなかった。

 そこへ、上背と()()()()()()美女クレマンティーヌの登場である。

 ニニャは思う。自分には声が掛からず、これは双丘の柔らかさを求めた甘い逢瀬だろうかと。

 胸の慎ましい魔法少女は、不思議と同志マーベロについて不安視していないのだが、あの女騎士にはライバル心を燃やしていた。

 

(……やっぱり大きい方が……いいんですかっ!?)

 

 彼女のモモンを見詰める視線には、先日(いだ)いた疑惑の再真偽が込められ、炎の如き強い意思が感じられた……。

 飲料店のデッキ上の席へ掛けたままで内心焦るモモンは、道へ立つニニャへ素直に伝える。

 

「昨日の朝に到着したって聞いたけど。俺の宿泊先が分からなくてずっと困っていたらしい」

 

 だが、彼はここまで語り『しまった』と思った。皆に(さら)している表情が少し固まる。

 『じゃあなんで今会ってたの?』と成るのはみえているだろうに。

 ところが――ニニャは興奮気味で一気に語り出す。

 

「じゃあ、今日さっきここで偶然、出会えたって事ですよねっ!? 私達も今も偶然でしたし。それにエ・リットルやエ・ランテルでだって……凄い。もう絶対に運命ですね、これはっ!」

 

 ニニャの中では、モモンとの再会は『偶然』という事が『自然』となりつつあった。

 また彼女の場合『大きい存在』が現れると『小さい問題』に思える事象はクリアされるらしい。

 『漆黒の剣』の少女魔法詠唱者の瞳はキラキラとして輝く。

 彼女がこれほど偶然的出会いの運命に強く反応するのには理由が存在した。

 

 

 ――貴族の下に連れていかれた姉を探し出し、いつか必ず再会する為である。

 

 

 それには『偶然』も交え並々ならぬ常識外の強い力が必要だと信じて止まないのだ。

 一方で現実は当然厳しいはず。

 だが現在、偉大な戦士であるモモンに出会えている事は、彼女を心底勇気付けてくれている。

 故に彼女は、多種多様な意味で『小さい』問題に目を瞑る事にした。

 ニニャは毅然と(モモン)の女らしく言い放つ。

 

「分かりました、モモンさん。(一人ぐらいなら胸が)おっきくても許しましょう!」

 

 何を許すのか良くワカラナイが、モモンはフラリと垂れて来た蜘蛛の糸を掴むが如く答えた。

 

「ありがとう……ニニャ……」

 

 困難を極めるだろうはずのコノ一件はナゼか急速に無事平和で落着した。

 

 

 結局ペテル達は、夏場の時期でも比較的熱くない早朝の6時半から8時半過ぎまで演習があったと語った。彼等の泊まる宿屋に近い王都西側の軍訓練所は予定が詰まっていて、今日は東側南東門に近い王都外の訓練地で行われたとの事。

 今は宿屋への戻りがてらついでにと王都南東側の名所を少しの時間回っていて、たまたまこの広場脇の通りを通っていたらしく、本当に偶然だと話す。

 先日のエ・リットルでの再会はマーベロの探査力だし、今日のクレマンティーヌとモモンは落ち合ったわけだが、モモン自身もツアレの件も含めて『漆黒の剣』の面々と確かに縁があると思っている。

 さて、ちなみに広場でモモンがクレマンティーヌに声を掛けたのは午前8時44分頃、クレマンティーヌが飲料店の席を立ったのが9時10分頃。

 この日、アインズがアーグランド評議国の宿屋を出る時間は9時20分頃を予定していた。

 またもやギリギリである“分刻みスケジュール”を繰り広げる絶対的支配者。

 先程ルクルットが王都東方へ居る理由を陽気に話している途中に、キョウからの〈伝言(メッセージ)〉が繋がるも、ニニャが横に座っている為、ひっそり小声で「先に……(行け)」と呟くのが精いっぱいであった。

 『漆黒の剣』もオープンスペースのモモンらのテーブルへ相席し、話はこれから向かう名所選びの話へ移っており、今すぐに終わる気配は無し。

 気が付けば間もなく時刻は午前9時半を迎える。

 もうゲイリングとの交渉への限界時刻に思い、左の席にニニャが座るモモン姿のアインズは右側の席に腰掛けるマーベロへと目を合わせた後、合図を――右手の中指と薬指の間だけを意図的に5回開閉した。

 それと同時に時間が止まる。マーレが〈時間停止(タイムストップ)〉を掛けてくれたのだ。

 アインズは〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉を解除すると――ずっと傍に付いて回っていた()()()()()()に告げる。

 

「パンドラズ・アクターよ。悪いが後は何とか上手くよろしく頼む」

「はい……了解しました、創造主様っ」

 

 パンドラズ・アクターは僅かに戸惑い気味の声で答えつつも、漆黒の戦士モモンの姿に素早く変わると兜を外し、座席から立ち上がったアインズと交代すると(あるじ)の直前姿勢をとる。

 支配者の考えでは、モモンとして一応難問を解決しており問題はないと判断しての移動だ。

 

「〈魔法遅延(ディレイマジック)転移(テレポーテーション)〉 マーレよ、解除を頼む。 〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉」

「は、はい、アインズ様」

 

 速やかに〈時間停止(タイムストップ)〉は解除され、アインズはアーグランド評議国中央都のゲイリング評議員の屋敷へと〈転移(テレポーテーション)〉していった。

 そして入れ替わったパンドラズ・アクターは――。

 またしても『母上になるかもしれない』ニニャから、潤ませる瞳からの熱い視線を受けたり、手を握られたり身体を寄せられたりと猛烈なスキンシップを昼食後まで受けたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほどなく朝10時より、再びゲイリング邸の補修されたここ応接室内で、約束通り評議員からアインズへと承諾の言葉が伝えられる。

 

「ブヒッ。……アインズ殿、貴方の要求である煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグ=カーマイダリス率いる軍団撤退について、ゲイリング家の総力を持って実現することをお約束する」

「(竜王の名はそんなのだっけ。王国の大臣が伝えてた名で合ってたな)よろしく頼みます、ゲイリング評議員殿」

 

 魔法詠唱者のガントレット越しの手へと、『三ツ星』バッジを付ける評議員が合意の握手の手を伸ばす。

 悪徳豚(ゲイリング)の方が10センチは上背のあるはずも、こうして並んだ二者の様子は正に対照的であった。

 如何にも前日より肩を落とし少し背筋が丸く感じる顔色の悪い大商人ゲイリングと、威厳を感じさせる風に胸を張った旅の魔法詠唱者を名乗る至高の支配者アインズ。

 そう、昨日だがキョウ達のゲイリング屋敷退去後にも色々起こったのだ。

 

 アインズが消えた後、ネコマタ姿のキョウと小鬼(ゴブリン)レッドキャップ達は、執事である黒服の豚鬼(オーク)と使用人数名に見送られて重々しい鋼鉄門を、乗って来た馬車で出て行く。

 この時、ゲイリングは応接室内へ残る団長の隊へと、吹っ飛び行方不明である彼の捜索を指示。そして愚かしい事に、次いで客人の馬車のあとを付けさせるようにと2体の隊長らへ命じたのだ。

 ミノタウロスの隊から、隠密性の特殊能力(スキル)を持つ3名の闘士を追跡の任へと送り出す。一方の戦士の豚鬼(オーク)は敷地内の別棟にある隊の屯所へ向かい〈千里眼(クレアボヤンス)〉の特殊能力(スキル)を持つ闘士に、馬車と奴らのアジトについて場所や様子を調査するために()させる。

 だが、闘士の遠隔の視線が馬車を傍から捉えようと300メートル内へ近付いた瞬間――。

 

 

 屯所の別棟は大爆発を起こし、盛大な火柱を上げて跡形も無く吹き飛んでいた……。

 

 

 豚鬼(オーク)の隊長1名が瀕死の重傷、闘士17名を含む30名以上が死亡する大惨事となる。

 勿論、馬車の傍にいたアインズの強化された情報系魔法への攻性防御に引っ掛かったのだ。今回威力的には5段階で3設定及び逆探対策がされており、ゲイリング屋敷敷地内の建物から覗かれた様子を完全に把握出来ていた。

 高くまで上がった火柱はキョウらの乗る馬車からも楽しめたという。

 そして隠密性の特殊能力(スキル)を持つ3名の闘士達――彼等は2時間後に死体で発見された。

 外傷が無く、まるで心臓発作でも起こったかのように脇道で倒れていたという。

 これはキョウが探知で馬車への接近を把握し、支配者が〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉を3回実行したという形だ。当初、貴重な死体をナザリックへ回収しようかとも思ったが、行方不明ではインパクトが少し弱い気がした為に放置する。

 

 広い屋敷の敷地内の一区画で突然の大爆裂が起こり、大混乱となった屋敷内でゲイリング評議員も恐怖する。思わず分厚い壁と扉で作られている自室へと逃げ込んでいた。

 室内には難度132の闘士を筆頭に3名、扉の外にも2名が護っている。

 ゲイリング自身も右手に愛用の剣を握っていた。普段は文官姿だが、一応難度140程の体力と得意な剣を使わせれば、闘士達に遅れは取らない実力はある。

 ただ団長の今までの圧倒的強さを知っている者として、その彼を上回るであろう相手にどこまで通用するかと。それゆえに、少しでも対策を取りたい気持ちは止められなかった。でもそれが完全に裏目へ出た形だ。

 最近、これほど派手に火柱の上がる大規模な爆発が起こった話は聞かない。

 普通に考えて、『詮索』し『その様子の確認』や『馬車のあとを付けた』事が原因で、ゴウン側からの報復だということは確定的に思えた。

 相手との実力差を改めて痛感し思わず『絶望の鳴き』が出るゲイリング。

 

「ブヒッブヒッブヒッ……(ぁああ、ついに私は殺されるかもしれん……)」

 

 竜王だろうが評議員や商人、都市住民などシガラミのある者達は周辺から圧せば制し易い。だが、突如現れた旅の魔法詠唱者という不明の相手では手の回しようがなかった。

 不安だけが募る中で、使用人達により護衛団団長の全身強打に胸部肋骨の全骨折と重度の内蔵損傷報告や、身内の戦士の豚鬼(オーク)の全身火傷に全身骨折と右腕爆散損失で再起が厳しい話や、爆発により警護団の一隊が壊滅という状況を知る。

 更に日が落ちてから、追跡に出た3名の闘士の死体が発見されたとの報も届く。

 

 だが――ゲイリング評議員自身はまだ無傷で生きていた。

 

 彼の精神は『次は私では』との恐怖が膨らみ満ちていく。

 対して護衛団で固めた屋敷へ近付く者は無く、直ぐに襲われる気配はないように思えた。

 それでも怯え続けた評議員は、日没後も自室の明かりを点けないまま、晩の食事も軽食と水だけで終えた。そのまま夜中の間も常に剣を抜ける態勢で、結局屋敷内の警戒を解くことなく朝を迎える。

 徹夜明けの上、今日再び屋敷を訪れるという旅の魔法詠唱者(アインズ)は怒り狂って殺しに来るかもという恐れだけが思考によぎる。評議員はゲッソリとした表情のまま、朝食も喉を通らず午前9時半も過ぎていく。

 そして遂に恐れる客人らが屋敷へ到着した。

 周辺を固める今の警護団の中に、鳥人の団長と戦士の豚鬼(オーク)の姿はない。屋敷内の闘士達も20名程減っている。ゲイリングの近くにミノタウロスの隊長が1体のみ。一応気休めだが闘士を数名、壁際へ配置済である。

 焦燥感も混じった、敗北感ともいっていい空気が充満していた。

 その中で応接室へやって来た獣人っぽい雌(キョウ)率いる一行()()を粛々と迎える。

 もはやゲイリングは観念していた。生涯で最悪の相手としか言い様がない……。

 敷地内の爆発は強力で、戦士の豚鬼(オーク)が助かったのは対爆防御に優れていた遺産級(レガシー)の鎧のおかげであった。計測した結果、魔法位階はなんと第6位階よりも高い可能性が判明している。

 絡め手が一切使えないあの怪物を満足させるために、ゲイリングは一刻も早く合意をして楽になりたいという思いで一杯だ。この短絡的さは少し寝不足の所為であるのかもしれないと彼自身も考えている。ただ最善手との予感は変わらなかった。

 

 ゴウン氏の意に逆らう事は、死に近付くのと同意であると――。

 

 キョウ一行が室内へと入って来た後に、アインズは〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉を解いた。

 あの仮面を被った魔法詠唱者が再度一瞬で登場し、応接室内は緊張が走る。

 昨日起こった団長の重傷を筆頭に、広い敷地内一角での建物大爆発の惨事や追跡した闘士らの殺害は眼前の者の仕業だと、屋敷内を含めこの場にいるほぼ全員が理解していた。

 中央都の市内にも軍隊や犯罪者を捕まえる機構は一応存在する。だが、突き出そうという発想に闘士達も含めて至った者は皆無……。

 常識として罪を裁かれる者と裁けない者が存在するのだ。

 

 アーグランド評議国においても――『強さ』こそ偉大な正義。

 

 法すらいい加減になるのだ。

 100年以上前のビルデバルドの武勇伝でも武勇を賞賛こそされ、罪に問われるような動きは一切無かった。

 勿論、強さには権力も含む。この閑静な邸宅地一帯や商業地の一部はゲイリング家の率いる一族の勢力管轄区でもあり、中央都の長ですら口は出せない地域でもある。

 故に、ここではゲイリングが動かなければ、何も無かったのと同じになる。

 様々な思いが入り混じる、今の何とも言えない異様な雰囲気の広がる中、アインズが軽快に口を開く。

 

「おはよう、諸君。昨夜はよく眠れたかな?」

 

 厳重警備のままで徹夜明けの面々に対し、凄まじい皮肉と言えよう。

 これは無論わざとだ。特に悪徳豚野郎(ゲイリング)へ向けられている。

 絶対的支配者は昨日、ヤツの屋敷から上がる火柱と煙を見ながら、ハーフネコマタの娘へ『時間を与えればこうなると思ったし、これでヤツが私へより協力せざるを得なく出来た』と説明した。

 アインズは丁寧に警告してやったのだから、この程度の言葉はまだまだ優しい対応だろう。

 一方、恐れる魔法詠唱者の挨拶を聞き、ゲイリングの視線は床へと泳ぎまくっていた。とてもアインズの方向をまともに見る事が出来ない。

 仮面を被るゴウン氏の怒りの無い様子と言葉から、全てが彼の思惑通りなのだと気付く。

 

(あぁ、何故(なぜ)かヤツが死の王に見える……)

 

 『悪魔』には見えないのが不思議である。それは悪道へ(いざな)うのではなく、単にあっさりと死が隣へと舞い込んで来るからだろう。

 国内有数を誇る大商会の主人は完全に委縮していた……。

 

 その情けない様子を、応接室の隣室側から戦士装備をした1体の雌の豚鬼(オーク)が豊かな双胸の片側を壁へ押し付けながら密かに見詰める。

 不倫も含め非道を続ける父親の顔を、日々憎らしく思っていた娘のブランソワ・ゲイリングだ。

 

「ふふっ。あの全てに傲慢で剛腕な父が、精神的に屈服しているなんて……」

 

 父の表情は、最近のアーグランド評議国内で権勢を思うがままに掌握しつつあり、自信に満ち溢れたいつもの豚鼻顔とは程遠いものであった。

 彼女にとって、初めてといっていい父の弱々しい姿へほくそ笑む。

 それと同時に強大な権力者である今の父に対して、これほどの圧力を示せる仮面の者に大きく興味が湧く。

 使用人に聞いた話では、アインズ・ウール・ゴウンという旅する魔法詠唱者だと記憶する。

 配下だろうか、視界には彼の傍へ立つ獣人と思える綺麗な雌も見えている。

 

(……んー、豚鬼(オーク)の雌は好みとしてどうなのでしょうね?)

 

 彼女は、目の前のアインズの如き破天荒な(オス)との出会いを待っていた。

 護衛団隊長の一人である身内の戦士の豚鬼(オーク)をはじめ、父の傍に居る者ややってくる縁談は、大金持ちのゲイリング家や『三ツ星』評議員の父の顔色を窺う連中ばかりであったのだ。

 評判だけでなく商会の催し物で会ってみても、概ね父に飼いならされたクダラナイ者達――。

 だが、目の前にいる漆黒のローブの者は全てが違うように思えた。

 

「……是非話がしてみたいわね」

 

 彼女の足は、隣室から目立たない形で応接室の中へと進んで行った。

 

 周囲の様子に満足し、ゲイリングの様子を見続けながらアインズは直接彼へと声を掛ける。

 

「ゲイリング殿、昨日の返事を聞く前に――確認したいことがあるのだが」

「ブヒィィッ。な、なんでしょう……アインズ殿」

 

 変な声が出つつも、ゲイリングはなんとか取り繕おうと背筋を伸ばし気持ちの悪い笑顔を向けてくる。

 そんな豚野郎へアインズは、右ガントレットの人差し指を立てゆっくりと振り『どうなんだ』という強い雰囲気を見せつつ容赦なく問う。

 

「昨日、私が消えてから、新たに二つ三つ貴殿から私へ借りがあると思っていいんだよな?」

 

 当然警告の『詮索するな』について無視した事を確認していた。

 あっさりと追跡者(チェイサー)らを殺していることから、「何の事で」などと言えばどうなるかは容易に想像出来る。

 ゲイリングは汗を盛大に噴出し始めた笑顔で首を細かく振りつつ伝える。

 

「も、勿論。勿論ですとも、私の出来る事なら何でもさせて頂きますです、ハイっ」

 

 揉み手まで見せ、もう既に下僕化し掛けていた……。

 嘗ての営業でもここまで想像以上に行くことは無かったので、アインズの心は上機嫌となり言葉へと出ていた。

 

「よしよし。では昨日、私が去ってからの不快な件は全て忘れよう」

「ありがとうございます、アインズ殿」

 

 命が助かったと評議員は本気で思い、一瞬ホッとした表情を見せた。

 そのタイミングで絶対的支配者が告げる。

 

「それでは、改めて昨日の竜王の件の返事を聞かせてもらおうか?」

 

 圧倒的優位に進め、借りも作らせたところでアインズは本来の目的を――有無を言わさない圧力を込めて要求した。

 ゲイリングは仮面の者らが現れたことで、莫大な儲けが飛ぶことや護衛団と屋敷で甚大な被害を出し、そして己の権勢への自信を容易に砕かれた思いがフラッシュバックする。

 でもまだ死にたくない彼は、要求を飲むしかなかった。

 ゴウン氏らへ対し完全なる敗北者……その屈辱に塗れた思いで承諾の言葉を述べ、勝者といえる旅の者(アインズ)の返事を聞いた。

 最後に合意の握手を交わす為、ゲイリングは眼前に揚々と立つヤツのガントレットへと苦々しく肩を落としたまま手を伸ばす。

 しかし――。

 

「ああ、ゲイリング殿。承諾の握手は別の者としてもらいたい」

「えっ? あ、では……」

 

 評議員(ゲイリング)は、当初から獣人の娘が客人として交渉に来た事を思い出す。なので、その者かと思いそちらへ顔を向けた。

 その時、仮面の魔法詠唱者の口から名が呼ばれる。

 

「――()()よ、前へ」

「はい……」

 

 ゲイリングの伸ばす手が依然空振り状態の中、雌の獣人――ではなく彼女が連れていた小鬼(ゴブリン)4体の横へ立つ、更に小柄で青紫色系のローブを纏いフードと黒い布で顔を隠した者が、周りを恐れる形で控えめに前へ出て来た。

 手前過ぎるので、アインズは「私の前まで来なさい」と告げ優しく手招く。

 その姿は、ゲイリングらへ向けた際に散々感じさせた威圧感はなく、評議員は驚きを覚えずにはいられない。

 ()()と呼ばれた者がアインズの前まで来ると、支配者はフードと黒い布を下げた。

 豚鬼(オーク)のゲイリングを筆頭に、応接室内にいる護衛団や使用人ら亜人達は目を見開く。

 

 そこに居たのは人間であった。

 

 このアーグランド評議国では完全なる奴隷種族だ。頭へローブと同じ色の布を巻いて被っているが、まだ子供だと分かる。

 ただ、額に奴隷を示す『Z』状の印は見つけられない。

 

(どういうことだ?)

 

 評議国の権力者(ゲイリング)は、疑問に満ちた表情を浮かべた。

 ゴウン氏の意図が分からないのもある。それにアーグランド評議国において、奴隷でない人間は非常に少ない。

 また奴隷から解放されても回りの環境は厳しいままである。

 結婚して子孫を残しても、奴隷から解放される程の力があった親やその前の代が死んだ時、身内にまだ実力者が居れば良いがいない場合、子孫は誰からも守っては貰えないのだ。それら一族は大概再び周りからの手で奴隷層へと落とされる。

 それを避けたい者からアインズの下へ預けられたという線が濃厚に思えた。

 だが、相当な友好や信頼関係がなければ奴隷種族の『人間』など迎え入れたりしないだろう。

 人間の子孫へは先に額へ『Z』状の印を刻んでやった方が楽というものだ。

 ここでゲイリングは、旅の魔法詠唱者が何者なのかと改めて思考し一つのケースを口にしかける。

 

「……貴方は、まさかニン――」

「フッ。もしや貴殿はまた私の詮索でも始める気か?」

 

 ()()という人間へ向けていた優しさから、一変した威圧的な態度と言葉が飛んで来た。

 

「――ブヒィッ。いや失礼、何でもないですぞ」

 

 よく考えれば仮面の彼は、美しい獣人の娘と屈強な姿と面構えの小鬼(ゴブリン)達を従えている者。違う可能性の方がずっと高い。

 この国の亜人へ向け『人間』とは最大の侮辱用語の一つであり、ゴウン氏へ告げるのはもはや自殺行為と言っていい。挙句に禁止の詮索を再度行い掛け、自分の愚かさに評議員は動転する。

 その無様な豚鬼(オーク)へ、アインズが不快感を滲ます雰囲気で逃げ場の無い選択を迫る。

 

「で、我が方の者と承諾の握手をするのか、しないのか? いつまで時間を掛ける気だ」

 

 人間の、それも幼い子供との歩み寄ってする握手が、評議国内で権力の一翼を担うゲイリング家へ膨大な利益をフイにする約束の正式な承諾になる……。

 どう考えてもこれは――最大級の屈辱と侮辱に違いなかった。

 だが、握手する以外に選択肢は無い。

 

 ゲイリングは引きつりまくった顔のまま、アインズ側の幼い人間へ自ら近寄り握手を交わした。

 

 これにより、竜王軍団撤退工作の交渉は纏まり無事に締結されたのである。

 

 

 

 アーグランド評議国における社会構造などの基本情報は、リ・エスティーゼ王国ルトラー第二王女がくれたものが役に立った。一方で、基本的な考えとしては第三王女ラナーの示した〝権力者懐柔〟と〝力は絶対〟という流れが正解であり、大きい成果を生み出すに至った。

 勿論ルトラーがそれらを伝えなかったのは、妹が既に伝えていると看破していたからに他ならない。

 あと王女二人は同じ重要な事を支配者へ知らせてくれていた。

 

 ――〝評議国と人類圏との間では情報の行き来が殆どない〟と。

 

 そのために『アインズ・ウール・ゴウン』を名乗り、強引とも言える展開をしてみせたのだ。

 こういった王国の王女達の助言を踏まえつつも、ナザリックの絶対的支配者として更に先へと続く新たなる試みをアインズは持ち出す。

 

「ゲイリング殿、一つ覚えていて欲しい事がある」

「ブヒッ。な、なんでしょうか?」

 

 莫大にあったはずの儲けを諦めたダメージが充満する心に、更に手酷いものが襲い掛かって来るのではと、恐る恐る返事を返す大商人。

 怯えるこの地の権力者へアインズは語る。

 

「近い将来、私はここ中央都と小都市サルバレで商売を始めたい。ついては貴殿の大商会所属の証を使おうと思っている。20個程都合しておいてもらえるか? だが、勘違いしないで欲しい。貴殿の商会とは別の存在になる」

「そ、それは……」

 

 酷い話だ。明らかに『手っ取り早く信用と名前だけ使わせろ』というのである。

 一方で大商人は断ることが無理にも思えた。これは貸しの一つなのだろうと。

 すると、言いよどむゲイリングではない声が横から響いてきた。

 

「アインズ様。そのお話、この私に手伝わせてもらえません?」

 

 アインズが声のした右へ仮面の顔を向けると、アルベド程の背丈で長い腰まで届くストレートの茶髪を揺らす一人の若い戦士風の豚鬼(オーク)の娘がニッコリと笑顔で立っていた。

 雌の豚鼻については個体差もあり、多くは下向きで高い形で人間種との差の違和感をそれ程感じない。なので顔立ちの整った者は彼女のように綺麗に見える。

 やや露出度高めの戦士風装備から、キョウに引けは取らないスタイルの良さも垣間見せていた。

 彼女の声に反応したのは当然ゲイリングだ。下手な妄言はゲイリング家の滅びに繋がると。

 

「ブランソワっ、お前は勝手――」

「――君は?」

 

 荒げる声へ被るようにアインズが声を向けると、豚野郎は口をまだ開けつつも声を止めた。

 豚鬼(オーク)の娘はその様子の合間に名乗る。

 

「初めまして。私はブランソワ・ゲイリング。そこへ立つ評議員のゲイリングは父です。商会を手伝って3年ですが、私は父の商会から独立したいと思っていたところなのです。十分力になれるかと」

「ふむ……」

 

 正直、当国内に不慣れな支配者としては現地に詳しい者がいればとても助かる。それが『ゲイリング大商会』所有者の親族ならば、なお好都合の話である。

 アインズとしては評議国内へ折角来たのだから、将来への足掛かりを残しておきたかった。

 損得はまだ別であり、彼女の申し出は渡りに船と感じた。

 とは言え、父親のゲイリングに断りなくとはいかないだろう。絶対的支配者は彼へと利点も込めて伝える。

 

「ゲイリング殿、どうだろう? ブランソワさんが私を手伝ってくれるというなら、ゲイリング大商会は竜王軍団の退却が無事実行された将来において、当然味方という事になる。その辺り、いかがかな?」

 

 『怪物が味方』――その素晴らしい響きに悪徳非道の豚野郎は猛反応した。

 加えて政略婚姻のため、結婚適齢期の前から幾多の縁組を勧めるもすべて断っていた娘である。依然結婚適齢期前半であるが、もう手は尽くした感もあって諦め掛けていた。またブランソワ自身の積極的反応も普通では無く、ツガイの相手をもう決めたかの雰囲気も漂う。

 

「(親不孝者と思っていた娘が、まさかこれほど役に立とうとは)……アインズ殿、不束者の娘ですが、お役に立つようでしたら末永くよろしくお願いします」

「(――っ。もうやだ、父上っ。でも……)……以後ブランソワと呼び捨てで構いません。どうかお任せください」

 

 悪徳ながら子の想いを汲む父と顔を赤める娘の親子二人が、目の前に並んで頭を下げる姿に――アインズはズレた事を()()に思う。

 

「(ゲイリング家を守るために、必死なんだなぁ)ではよろしく、ブランソワ」

「はい!」

 

 こうして、支配者の意図とは少し違うような形も有りで、評議国内の根回し工作作業がほぼ全て終わる。

 本当はもう一つ聞いておきたい重要事項があった。

 

『この国の中に人間で難度200を超える者はいるか?』

 

 至高の御方は、アーグランド評議国内でのプレーヤーの情報を欲したのだ。

 だが、それを確認した瞬間に評議国を良く知らない者だという事実がバレてしまう。今はまだ『国内を旅する』魔法詠唱者を騙っていたほうがいいだろうと判断した。

 評議国の構成や運営には、アインズの作ろうとする多種族の新国家の参考として興味もあり、情報を集める内にいずれ得られると信じて。

 一行は機嫌が超回復したゲイリング評議員により、キョウや小鬼(ゴブリン)達、人間のミヤまでもが、新たなる将来の親族候補として昼食を皮切りに大歓待されそうになる……本来ならメデタイ宴はこのあと夜通しで、という提案もあったのだ。

 しかしアインズはリ・エスティーゼ王国王城にてすぐの予定があり、少しコザックトやブランソワへ商い面で話をすると「所用があり、またの機会に」と(ケム)に巻き、今回は追跡されずまた昨日から通して仮面を一度も外すことなく屋敷を去っていく。

 

 

 ――そうアインズ達は本日、蒼の薔薇達との作戦会合を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが今日はリ・エスティーゼ王国の北西において、各所からひっそりと忘れ去られそうになりながらも、もう一つ大きな交渉が行われようとしていた。

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグの軍団と王国との間で協議途中であった和平交渉が最終会談を迎えたのだ。

 時間はアインズがゲーリングの屋敷内で交渉している丁度同じ頃である。

 どの世界でも当然、多面張(タメンチャン)の形が存在して状況は進んでいく――。

 

 

 大臣は王城の国王ランポッサIII世へ報告確認後の翌早朝に折り返し、出発3日後の夕刻(エンリが小鬼(ゴブリン)軍団を呼び出す直前)頃に和平の使者一行へと帰還し復帰する。

 代表であり、王城への使命を熟す彼の戻りを待っていた一行は、(ようや)く大都市リ・ボウロロールまで40キロ程の位置にある街へ入った。旧大都市エ・アセナル周辺70キロ圏内の街中は多くが店を閉めていた為にここまで移動して来ていた。

 本来、任務の完遂を持って寛ぎたいところであるが、2日後に竜王との再謁見もあるため、身を洗える施設のある場への逗留を求めたのだ。

 日が沈み、一行の騎士達や4日間近く強行を続けてきた大臣と魔法詠唱者らは湯を浴びて暫しの時間を息抜く。

 ただこの地は反国王派のボウロロープ侯爵の影響を受けている地域。ここで油断は出来ないと大臣は考えている。

 実は街へ入る門で、目的及び身分を明かさず単に「王城からの一行」と告げた際、領主館まで馬が走り「是非こちらの上級宿へ」と招かれていた。

 貴族自身の館に逗留だと、盟主の侯爵との折り合いでマズイとの判断もあったのだろう。

 現在、各地の貴族は王都へ派兵する必要があるも、北方の兵力は王都から折り返す手間を考慮され、一部が大都市リ・ボウロロール周辺へ集結中であった。

 

(確かここの領主の男爵は高齢で、御子息の長男が兵を率いてもう出ているはず。……もし今宵、我らを亡き者にする目的で、領主が兵を動かしても『()()()()援軍として動かす折、兵らに多少の混乱があった』程度でいい訳が立ち……ますか)

 

 不測の荒事に対しても大臣は考えつつ、少しの間とはいえ息を()けた湯の浴場を後にする。

 宿屋は5階建てでその最上階の部屋へ戻ると、宿の主人に代わり、領主からの使いが接待に立ってきた。

 漢のみである一行の顔触れを一通り確認したのち、使いの彼は告げて来る。

 

「何かご要望がございましたら、料理でもお酒でも、もちろん閨への連れなども精一杯ご用意させて頂きますので、ご遠慮なく申し付け下さい」

 

 領主側としては王城からの使者となれば、賄賂や接待の出費を惜しんで国王陛下などに悪い噂を吹き込まれては堪らないという考えで来ていた。狐ほどの力はなく、威に隠れる鼠という存在だ。これらの行動は、王国貴族社会での常識的範囲内である。

 自身も直参の男爵である大臣としては、その行動を理解しつつ『毒物』『ハニートラップ』の可能性も考える。

 この度は国家の大任を任されて来ており、遊んでいる暇など無い――身体の一部はムクムクと反応しつつも……。

 一行の戦力は戦車1台、馬車2台と護衛の精鋭騎士8名に第三位階魔法詠唱者2名である。恐らく夜中に宿を囲まれても、一般兵100名程度の兵力なら問題なく退けてしまえる。

 隙や思い上がりがなければ。

 なので大臣は、些か残念に感じつつも伝える。

 

()()殿()の御心遣いに感謝を。しかし現在戦時下であり、我々は明日早い出立を予定しています。御厚意はまたの機会にて」

「さ、左様ですか……」

 

 通常1名か2名であるはずの王城の使者に対し10名を超えた規模から、使いの男は(あるじ)に手厚い歓待をと言われて来ていたので、多少苦しい立場であるが『男爵を殿で読んだ』相手の地位の高さから無理強いも出来ず下がって行った。

 翌朝早く、大臣一行は上級宿を後にし出立する。その際、『これだけは何卒、路銀の足しに』と金貨100枚の賄賂だけは、使いの者と当地男爵の顔を立てる意味で受け取って。

 その日、彼等は周辺へ注意を払いながらゆるりと、ほぼ無人の大街道を北西へと進んだ。旧エ・アセナルから8キロ程手前の、人気(ひとけ)の絶えし大半が燃え落ちた村跡内に残った井戸脇の馬小屋近くを野営の地と定める。

 そして日付は変わり、和平会談当日を迎えた。

 

 

 生憎(あいにく)の曇天の下、先日の真っ白な衣装に『和平の使者』の文字が刺繍された姿の魔法詠唱者が一行の戦車隊列を〈飛行(フライ)〉で前方の上空から先導する。

 都市廃虚に近付き竜の姿も次第に大きくなって来たが、2体程こちらを確認する形で僅かに近付き()ぐにUターンして行ったぐらいであった。

 どうやら本日の再来について周知されている模様。

 本来の竜種は、やはり人類と変わらないかそれ以上の知性を持つ存在だと再認識出来る。

 それ故に大臣は、きっとこの和平締結も可能なのだと信じずにはいられない。

 こうして間もなく『和平の使者』一行は、無事に竜王らの宿営地内へと到着した。

 素早く支度を整えると指定時間の午前10時半の少し前に、大臣は護衛騎士3名を引き連れて煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)らの前へと進む。

 野外であるこの謁見の場は、正面奥へ数々の上質な生地が敷かれた席に巨体の竜王が座り、そこから一直線に謁見場の後方まで続く幅の広い紫の敷物の上に大臣らは立っていた。

 その敷物を挟むように10体程の見るからに屈強さの漂う(ドラゴン)達が居並ぶ。

 大臣は王国代表として堂々と挨拶する。

 

「ご健勝なるお姿の煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)様へ、再度の拝謁を許され恐悦至極にございます。本日は双方の間での和平につきまして、我が(あるじ)、リ・エスティーゼ王国国王ランポッサIII世よりの最終案をお持ちした次第にございます。つきま――」

 

 それに対し、竜王の脇に控えている百竜長のドルビオラが割り込み告げる。

 

「――人間の使者よ、これより我々の竜王様が今回の件につき話される」

「……はっ」

 

 大臣は前回交渉時の内容の確認と本日、王国と国王からの新しい贈り物についてまだ提示が出来ていない状況に躊躇するも一旦是と答えた。

 竜王自らの発言を止めては、失礼だと判断したのだ。

 ドルビオラからの「どうぞ」という長い首を下げる仕草を受け、上質な生地の敷かれた場に座るゼザリオルグが僅かに身を起こし、鋭い視線を王国の使者達に向けながら短く語る。

 

 

「交渉は打ち切る。

 今後俺らは、人類国家連中の全ての都市と地と国民を踏みにじって前進する。以上だ、消えろ」

 

 

 その後、静寂が10秒程続いた。

 周辺へ響いた余りに一方的である交渉破棄の発言の声は、もうこの空間に残っていない。

 唐突な驚きと絶望で、竜王から20メートル程離れた敷物の中央に立つ大臣は固まっていた。

 彼の後ろに控える3名の騎士達は、表情が恐怖に凍り(たたず)む場での無力で無残な死を直感する。

 それは彼等の周りへ前回と同様に、竜王以下12体の精強な竜達が取り囲んでいたからだ。

 助かる見込みはゼロである。

 竜王がもう用は終わったと、腰を上げ長き首を横へと向け始めた瞬間。

 

「お待ちください、竜王様っ。理由を、その理由をお聞かせ下さいませーー!」

 

 引けない大臣が叫んでいた。

 すると、竜王は()()へと静かに怒りを込めて告げた。

 

(かつ)て偉大な母や俺、同族の多くが人類に殺され、俺は今再び煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)として復活した。

 ――理由はそれだけで十分なんだよ」

「――!」

「文句があるなら、ごちゃごちゃと言う前に全力で掛かって来いや」

 

 もはや取り付く島はなかった。

 恐怖では無く、大役に失敗した事に震えながら大臣はその場へと膝を突く。

 その小さき者へ竜王は背を向けつつ伝える。

 

「ふん。二度俺の前に堂々と立って説得しようとした勇気に免じて、今日は全員、生かして返してやる。まあ次はねぇがな。精々遠くへでも逃げるといい」

 

 がっくりと膝を付いたままの大臣は、護衛騎士達に支えられる形で馬車の所まで連れられると、一行は速やかに竜王達の宿営地を離脱して行った。

 

 

 自分の居所へ戻ろうとした、ゼザリオルグは百竜長のドルビオラから声を掛けられる。

 

「ゼザリー様、最強種に相応しい良い御言葉でした。

 そもそも竜王(ドラゴンロード)とは――負けず、退かず、媚びず、省みずの偉大なる存在。

 竜種の寄る辺であり先代も優しいお方ながら、神話的殺戮者であった八欲王との戦いに一族の勇者達を先頭で率いて只の1体も戻らず。その後ゼザリー様も第二陣を率い一度それに続かれた。立派に勇猛果敢なお姿を示されたのです。此度(こたび)もこれで良いのですよ。今日(こんにち)のゼザリー様へは、我らが地の果てまでもお供いたします」

「ああ、頼りにしているぜっ」

 

 結局、多くの遺体達の所在も謎の脅威の連中も王国側へ確認しないままであり、もう後戻りは出来ない。

 この2日前、人間の捕虜3万についてアーグランド評議国本国への移送が開始されている。

 今後の行動は、本国側の中央評議会で国家の承認を待つつもりだったが、竜王はその考えを少し変えていた。

 

「ドルビオラよ」

「はっ」

「本国より物資が届きゃ、評議会による進撃の承認も近いんじゃねぇか?

 物資が来次第―――景気付けに進撃を再開するぞ。里に残った連中には立派になった(俺以上に強い)ビルデーが居るしな。この先何が来るか分からねぇが、心置きなく派手にいこうかっ」

「ははーっ!」

 

 竜王軍団はリ・エスティーゼ王国との和平交渉を蹴り飛ばし、遂に再進撃が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインズ達と『蒼の薔薇』の会談、王城一室に9名が集う席でのこと。

 ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラが言い放つ。

 

「勿論タダでとは言いません。金貨2万枚と、お望みなら――私の処女も差し上げましょう」

 

 彼女の(げん)に当然、『蒼の薔薇』のメンバーを中心に場は騒然となった――。

 

 

 

 アインズが評議国より王城内のヴァランシア宮殿3階滞在部屋へ戻ったのは午後1時前。

 丁度昼食の後片付けで、ワゴンに乗せた食器類をユリとツアレが奥の家事室へと下げ洗い作業を始めた折だ。

 アーグランド評議国を去る際の後処理に2時間程を要したが、この5日間程で無事に一つ『面倒な目的』を果たし、ナーベラルと入れ替わった絶対的支配者はいつもの一人掛けソファーでホッと寛ぐ。

 部屋の様子や、使いで不在の天使(ルベド)を除く戦闘メイド達の姿を眺め数分無心で過ごすも、約30分後の会談に対し思いを巡らせ始める。

 『蒼の薔薇』達5名は冒険者として最高位のアダマンタイト級だという。

 確かに、Lv.60弱の百竜長を平均Lv.30台前半の5人チームで戦闘不能にしたというのは快挙と言える。恐らく卓越したチームワークの下、魔剣や特殊技術(スキル)などで非常に効果的な攻撃が行われた結果のはずだ。

 ただユグドラシルではアイテム類が豊富にあったので、同様の事は難しくなかったけれど。

 その分、今居る世界では相当困難な成功例だとアインズも考えている。

 

(流石は、他国へまで名声を馳せる歴戦と実力のアダマンタイト級冒険者ということなのかな)

 

 クレマンティーヌがエ・ランテルへ出入りしていたからかは聞いていないが、『蒼の薔薇』達を知っていたのは間違いない。

 とは言え、いずれにしてもナザリック的には弱者のチームに過ぎないのだが。

 その彼女達はこの戦争の大舞台で、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)を引き付ける役だと決定している。

 強敵だったLv.60程度の百竜長とLv.90付近の竜王との戦力差は天と地ほどある。

 一応報告ではその竜王に見つかりながらも双子姉妹は逃げ延びたともいう。レベルから考えれば奇跡的だ。

 

(確か双子姉妹は“忍者”の職業を持っていると聞いたから、『逃げ』に関して絞れば可能性ぐらいあるかもだけど)

 

 それでも、他の3名も含めれば不可能へ挑もうとしている様にしか思えなかった。

 今日の会談の主旨は、アインズ達も一旦彼女達と前線に出る機会があり、そこで彼の(ニセ)超大魔法に対し『竜王を標的としてロックオン』を行なって、仮面の魔法詠唱者達は(溜める必要のない)魔力を溜める為、後方へ下がる流れの中での調整という事らしい。

 また会談自体は、ラナー王女の了承と共に王国戦士長が取り仕切っており、アインズとしては単に呼ばれる側に立っている。

 昨夜〈伝言(メッセージ)〉を繋いだユリからの『反国王派の使い』を含む報告で、王城内を盗聴しているソリュシャンによれば、『蒼の薔薇』は明日夕刻以降の王城内大会議場にて開かれる『戦時戦略会議』へ呼ばれており、アインズ達の動きを踏まえさせて出席させたいというレエブン侯と国王の意向が入っている模様。

 『蒼の薔薇』達はどこまで名声をあげても『冒険者』なのだ。国政に全く影響ないのである。

 一方、辺境とはいえ第二王女を娶り独立自治区の領主となる予定の人物が更に台頭する事態を、レエブン侯としてはなるべく避けておきたいのだ。この侯爵の考えをアインズはまだ知らない。

 ソリュシャンをはじめ、ユリもなぜ主力となるはずの(アインズ)が会議に招集されないのかと憤慨気味で伝えられていたが、支配者としては参加したらしたで面倒だしどうでもいいと考えていた。

 旅の魔法詠唱者が大貴族達の会議に出たところで、上がる『名声』は知れているのだから。

 

 名声の源は結局『強き力』であり、それを此度(こたび)―――戦いの最後に見せ付ければいいのである。

 

 故に、絶対的支配者は今はただ泰然と待つ形であった。

 間もなく、ツアレが食後のお茶会のセットを乗せたワゴンを押して家事室から出て来た。

 

 

 

 本日、会談へと望むアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』の一行は、慌ただしい早朝を過ごしていた。

 以前から第三王女ラナー指示の下、特定を進めていた麻薬農園の襲撃を前倒しで行なっていたのだ。先日も3つの村の麻薬畑を容赦なく焼き払っていた。

 竜王との大戦が控える情勢でも、彼女らの正義の闘いは続いている。

 これにより、村一つ分程の規模の秘密農園を焼き討ちしほぼ壊滅させた。敵側には100名近くの人員がいたが、半数以上は戦闘不能にしたはずである。

 無論、『蒼の薔薇』側に手傷を負った者はいない。

 その農園の背後には国を蝕む巨大地下犯罪組織である『八本指』が見え隠れしていたのだ。

 

 だから『蒼の薔薇』は王国にまだ残る正義を示したかった。

 

 ただ場所が王都から少し離れており、宿にしている西大通りへ建つ八階層の最高級宿屋に戻って来たのは午前10時を回った頃である。

 彼女らは順次、浴室で湯を浴び幾分(すす)けた体の汚れを落としていく。

 一番湯をもらいバルコニーへ続く窓辺の席で髪をときながら乾かすラキュースへ、ガガーランがふと伝える。

 

「んー、それにしてもリーダーは、女の俺から見てもイイ女だな」

「あはは。なに、急に?」

 

 思わず笑いながら、まだ下着姿で椅子に腰掛けるラキュースが振り返る。

 色白の彼女の姿態は、あの『黄金』の姫君にも負けないだろうと屈強の女戦士は思う。

 しかしそんなリーダーは、間もなく自分達を率いて地獄も(ぬる)く見えるだろう300体近い竜達が舞う死地の広がる戦場へと突き進んで行くのだ。

 

「いや。強さを求めた俺自身はこの強靭な身体と今の生き方に悔いはねぇけど、リーダーには別の生き方もあったんじゃないのか、とな」

「え? 何かよくわからないけど、安心して。 ――今が私の望む生き方よ」

 

 ラキュースは何の未練も無く言ってのける。

 彼女は人々に誇れる正しき英雄になりたいのだ。その為に家を飛び出してまで冒険者になっている。名声は英雄として気にするが、富や地位への興味は特に無い。ただただ、強い英雄に憧れ少しでも上を目指すのみである。

 いつか、未来の人達や少年少女達が憧れてくれれば、それだけでもう悔いは無く最高なのだと。

 彼女の自信に満ちるエメラルドグリーンの美しい瞳がそう語っていた。

 

「ふふふ。そうかい、ならいいや。悪い悪い、何でもなかった。ああ、そういえば最近――」

 

 ガガーランとラキュースはそれから軽い雑談を始めた。

 仮面を外し浴室が空くのを待つイビルアイが、二人のやり取りに遠い昔を思い一人弱く呟く。

 

「ふ、若さか」

 

 10分程でティアとティナが浴室から退室し、イビルアイも魔法では無く湯でのんびり汚れと疲れを流した。

 全員が身軽い服装に着替え一段落し、装備の手入れを始めた11時半前、ラキュースが今日の昼からの会談について少し語り出す。

 

「みんな聞いて。昨日の午前中、王国戦士長のストロノーフ殿から、竜王への陽動作戦の際に開始段階でゴウン殿達への護衛行動を要請された話はしたと思うけど」

「あれか、かの魔法詠唱者が大魔法を使うという。しかも第6位階を超えるものをと」

 

 同じ魔力系魔法詠唱者としてイビルアイが反応した。かなり気になっていたのだ。

 第6位階以上の使い手は『逸脱者』と呼ばれるが、仮面の彼の名は過去にも聞いたことが無い。

 

「そう。だから色々と、魔法を発動するまでに手順が必要らしいの」

「んー、理由を考えれば協力するのはしょうがねぇだろうな。リーダーもそう決めたんだろ?」

 

 ガガーランの言葉にラキュースは頷く。

 

「これは、ラナーからの承諾も得てるという話で来てるから。間違いなく勝機があるのよ」

 

 ラキュースは王女ラナーのこれまでの行動と判断を信じている。

 『黄金』の認めた過去数多(あまた)の作戦は常に『勝って来た』のだ。

 またその作戦を、見事に実行指揮したチームのリーダーをティナとティアは信頼していた。

 

「鬼ボスの決めた事ならやるだけ」

「今回も鬼リーダーに最後まで付き合うだけ」

 

 最後にイビルアイが同意を伝える。

 

「その大魔法がどれほどのものか我々が手助けしてでも、見ないわけにはいかないだろうな」

 

 全員の、旅の魔法詠唱者への援護を肯定する考えを受け、ラキュースは話を進める。

 

「それでね、これまで私達は竜王への対策を進めて来ているけど、まだ足りない」

「そうだな。結構、伝手や金を使ってアイテム類を探してはみたものの、突出した目ぼしいものが中々ないな。あと王都へ集結している冒険者の連中の中で第5位階魔法の使い手は一応見付けているが、強化系魔法は得意じゃないらしく、結局第4位階の連中に頼むことになりそうだ」

 

 ガガーランは、現状確認もする意味でラキュースへ返す。人柄も加わり意外に人脈があって調査を主導していたのは姉御肌の彼女だ。

 ここまで話すと、イビルアイがある事に気付き笑いながら指摘する。

 

「おい、まさか強化について――かの魔法詠唱者へ頼む気か?」

「「「――!?」」」

 

 双子姉妹とガガーランは視線と首を一斉に『蒼の薔薇』リーダーの顔へと向ける。

 ラキュースはチームの皆に、顔へニッコリと笑顔を示して自らの意を見せた。

 

 

 

 『蒼の薔薇』との会談の席へ所用中としてルベドは間に合わず、午後1時半からの開始時に揃ったのは王国戦士長の他、ラキュース達5名の面々と、アインズ、ソリュシャン、シズである。

 ラナーは公務の為に出席していない。

 これもレエブン侯の計らいだ。ただ、ゴウン氏と揉め事を起した王女を排除した形。

 『黄金』がラキュース側に立ち、裏の切り札の仮面の男を不快にさせない為にと手を回す。

 策士策に溺れるとなりかけている事実に侯爵本人は気が付くはずもない。まさかラナーとアインズが一蓮托生で手を組んでいるなど想像の斜め上であるのだから……。

 会談の冒頭は、この場を作った戦士長ガゼフ・ストロノーフの話で始まった。

 

「今日は、近日に迫って来たアーグランド評議国から侵攻中である竜軍団との決戦において、敵への最後の隠し玉としてゴウン殿達に動いてもらう際、“蒼の薔薇”の面々と一時行動を共にしてもらう事からここへ集まって貰った」

 

 そう、レエブン侯は竜王軍団への『隠し玉』という形で、王国軍全軍からもゴウン氏一行の存在をなるべく隠そうとしていた。

 王国戦士長自身は、ここへの移動の迎え時にゴウン氏へ「色々と申し訳ない」と苦しい立場を説明している。

 ガゼフは国王を守る一人の隊長であり、六大貴族のレエブン侯と国王ランポッサIII世の決めた事へ大きい発言権は無い。レエブン侯の意見は、知能の高い(ドラゴン)を相手に筋が通っており口を挟めるものでもなかった。

 アインズは「いえいえ」と相変わらず気にすることなく、またその時、昨夜ユリからの報告にあった反国王派のリットン伯爵からの使いに対し、今朝『先日より戦士長が仲立ちとなり、国王が私へと水面下で戦力協力に関し金貨を積み接触して来ている』とだけ漏らした事を事後報告した。

 これは、アインズへ与えた屋敷類を取り上げれば、ボウロロープ侯爵とリットン伯爵らは苦しくなるのは必至である事も狙っていた。実際国王から金貨5万枚をもう貰っている現実もある。

 ガゼフとしては、敵対勢力に対するゴウン氏の立場も考え「了解した」と黙認する。

 二人はそのあと揃って、先日『蒼の薔薇』らと会合した同じ王城一室へと共に足を踏み入れていた。

 王国戦士長の会談冒頭の言葉へ対しガガーランが発言する。

 

「話はだいたい聞いてるよ。そちらの大将達も大筋は聞いてるんだろ? ならここは全員で腹を割って話し合おうじゃないか」

 

 大きなガガーランの顔が、前回からずっと沈黙し続けるソリュシャンとシズへと向いていた。

 普通の冒険者チームでは大きい課題について皆で相談し解決する所が殆どである。ワンマンチームは無いとは言わないが極々少数。

 その極々少数が、アインズの一行とは思っていなかった風だ。

 ガガーランの言葉で、僅かに視線を向けたものの無口なシズは兎も角、ソリュシャンすら口を開く兆しはない。

 彼女達は絶対的に護るべき(あるじ)であるアインズの言葉へ忠実に従うのみ。

 戦えと言われれば、例え相手が強大であろうとも関係なく喜んで死ぬまで戦い続ける――それが彼女達自身が考える存在意義なのだから。

 その二人に代わってアインズが淡然と答える。

 

「それで良いのでは? そちらとの協力の話は聞かせてもらっています。今回、私の特別な魔法の使用に際して、多くの魔力を集める必要があるのです。理解されていると思いますが、これは私の個人によるお願いではありません。王国軍全体の作戦の一部として行われる事なのです。王国の存亡と生き残りをかけての。だからこそ、万全を期すためにこうして私も部下も来ています」

 

 支配者アインズの言葉で、ソリュシャンとシズは漸く口を開く。

 

「私達は、一時的に前線へ出る必要があるのですわ。その為に分厚い守りが必要ですの」

「……守り手が必要」

 

 姿だけではなく、二人のその美しい声にガゼフをはじめ『蒼の薔薇』達も目を見開く。

 カルネ村から顔を知り何度か部屋へ出入りしている戦士長も、直接声を聞いたのは1度程で僅かの言葉のみであった。

 アインズ側全員の言葉を受けて、『蒼の薔薇』のリーダーのラキュースは一つ頷き、凛とした声で伝える。

 

「私達“蒼の薔薇”は、その最大限の力を持って、ゴウン殿の護りに当たらせてもらいます。それで行動開始の時期と動きに関しては――」

 

 そこからアインズ側と『蒼の薔薇』側とで行動時の話をすり合わせる。竜兵が王国軍の総攻撃で広範囲へ分散することで竜王の供回りが少数となった段階……開戦半日か1日後辺りでゴウン氏らが一度竜王へ接近する事を決める。

 その接近時『蒼の薔薇』達は同行したのち残って引き付ける。一方、離脱するアインズ側も竜王の供回りから邪魔がある場合、片付けるまで攻撃する事で纏まる。

 あとは数日から1週間を要するという後方での魔力収集期間を、王国総軍は広域で地獄を見せつつ兵や冒険者達の命により時間をひたすら積み上げ凌いでもらう事になる……。

 現状のリ・エスティーゼ王国にはこれしか無いという流れなのだ。

 約300体の竜王軍団の圧倒的優勢は、動かしようのないものだとアインズ達を除き誰の目にもはっきりと見えていた。

 仲間達を率いこの死地へ向かうに際して、『蒼の薔薇』のリーダーには壮烈な決意があった。

 

 

 自身の何を対価にしようと、仲間が少しでも生き長らえる為に最善を尽くすという想い。

 

 

 だからこそ強く戦える力を欲して、彼女は旅の大魔法使いへと申し出た。

 

「ゴウン殿、一つお願いがあります。竜王との対峙の際、是非貴方のその飛び抜けて高い魔法力で我々への身体強化魔法をお願いしたい。勿論――」

 

 ラキュースは惜しげなく、預けてある個人の持つほぼ全ての金貨と『身体』をも提示する――。

 だが、『蒼の薔薇』のメンバーは一斉に慌てた……。

 

「おい何言ってんだ、リーダーっ」

「ちょい、鬼ボスっ」

「えぇっ。それは勿体ない!」

「……本気か?」

 

 事前に旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)への身体強化申し出は聞いていたが、多額の金貨や『処女』云々までの話は聞いていなかったのだ。

 

 とはいえ、ラキュース自身は無計画ではなかった。

 彼女も女として、いつまでもこの鎧『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』を着ては居られない事を知っていた。

 若き乙女の『英雄』として『処女性』は一つの魅力であり、難しい選択ではある。

 だが、今19歳で次は結婚適齢期の中盤でも大台の20歳を迎える事や、彼女の夢見る女傑英雄がこのまま『男性未経験』というのは……少し寂しくコレジャナイと考えていた。

 目前のお相手も美女らを侍らせ十分英雄級の人物であり、故にここが捨て時ではと考えたのだ。

 

 それにもう言い放ってしまった以上、誰もひっこめる事など出来ない。

 

 当の本人のラキュースは僅かに頬を赤くしつつも堂々としていた。

 これには大切な仲間の命が上乗せされている。恥ずかしがる事など一切ないと。

 彼女の態度がその心の強さというものを垣間見せる。

 場は固まっていた。

 ソリュシャンとシズは主の様子を鋭く窺う。いつの間にか窓の外には不可視化し距離を取って浮く〈兎の耳(ラビッツ・イヤー)〉装備のナーベラルや、室内空間には完全不可知化したルベドの姿もあった。

 そんな配下達の姿勢にアインズも暫し動けず……。

 案としては悪くない。今のままでは煉獄の竜王と『蒼の薔薇』達では差があり過ぎるのも確か。

 ただ絶対的支配者は、金貨は兎も角、やはり()()()()()()()()して受ける訳にはいかない。

 

 噂に聞く――自身に関する『女性関係報告目録大全』なるものの存在の為に……。

 

 だから、彼は思わず横柄に口を開き伝える。

 

「――ダメだな」

 

 場は再び動き始める。

 口調から不満さを感じ取り、頬を赤らめ気味でガガーランが大机を右手で軽く叩き吠えた。

 

「ど、どういうつもりだ。リーダーの身体だけでは、ふ、不足だということかっ!」

 

 誰もそんな事は言っていないのだが、更に場へと大量の油を注いだ。

 聴力も強化されているアインズの耳には不可視化のナーベラルから「アルベド様に、アルベド様へ何と……」という恐ろしい呟きが届いた気もする。いやきっと気の所為だと気を確かに持つ。

 ゴツイ仲間の衝撃発言に、相手のゴウン氏が少女ではないティアと、仮面の男が少年にも見えないティナは警戒するように胸元を隠す形で素早くその身を抱き締める。

 イビルアイすらも仮面越しで口許を右手で恥ずかし気に抑えて身体を引いていた。

 ここでなんとアインズの感情抑制が一度働く。

 

(うわ、なんか凄く恥ずかしいんだけど……)

 

 横のソリュシャンを含め元々旅の一行は美女ばかりだが、改めて色好みと女性陣から見られたことで、女性経験の乏しかった彼は強烈に恥ずかしさを感じたのだ。

 だが、一周回って落ち着くと、絶対的支配者らしく慌てることなく告げる。

 

「あの、少し言い方が悪かったようで……。男なのでそう言う部分は否定しませんが、()()勘違いしないで欲しい。魔力を温存する必要が有るので、現実的に考えて断るという話です」

 

 その言葉を聞いてもラキュースは、席を立ち上がり大机に手を突きつつ必死に再度交渉する。

 

「金貨はあと(仲間に借金して)2万枚ぐらいなら追加しても構いませんし、この際――この身体も1度とかケチ臭いことは言いません。戦いが終わったあと、何度ででも好きにしてもらって結構ですから。今、王国の人々の未来のために貴方の力が必要なんですっ!」

 

 美しく覇気に満ちあふれる緑の魅力的な瞳の眼光がゴウン氏を捕らえていた。

 仮面越しにアインズはその視線と対峙する。

 二人の間で僅かな時間が流れ、やがて彼は静かに決定的な一言返した。

 

「申し訳ないが――私は、支援魔法が得意ではないのです」

 

 当然嘘だ。

 ユグドラシルでも屈指の使用可能魔法数718を誇る絶対的支配者は、基本的なものは当然押さえていた。

 だが、いかにも弱い部分を最後に回して伝えた感が出ていた。またアインズとして、彼女達の活躍は望んでいない。死なない程度で無様に敗れ去ってもらいたいのだ。

 これで諦めてくれるか微妙に思ったが、都合のいい事にこの世界で得手不得手が有るのは常識的な話であり、どうにもならない事も普通の光景として存在した。特に高位魔法だと『種類は非常に限られ幅も狭い』ものだと多くの者が諦めている。

 希望は絶たれたと理解し、ラキュースはゆっくり瞬きすると視線を机へと落とす。

 

「そう……です……か」

 

 美少女剣士は椅子へと静かに力なく腰を下ろして行った。

 その様子は失望ではなく、どうにも出来ない己への無念さが漂っていた。

 こうして少し紛糾した両組の会談であったが、あとは戦士長の進行で淡々と行動手順を再確認ののち終了する。

 

 ただ後で、ラキュースの発言をメンバーから聞いたラナーが「そう」と静かに笑ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 名高きアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』にとって、実り無きとも言えるアインズ一行との会談のあった、その翌日午後6時頃。

 このリ・エスティーゼ王国にとり、実に悲しい知らせが届いていた。

 

 ――竜王軍団との和平交渉決裂の一報である。

 

 アダマンタイト級冒険者チーム『(あけ)(しゃく)』のメンバーで〈千里眼(クレアボヤンス)〉の特殊能力(スキル)を持つ生まれな(タレ)がらの異能(ント)持ちにより、その事実が確認され王城側へと伝えられた。

 以前王都側へとアズスが情報を送った同じ地点に『成否にかかわらずこの時間』と先日の一時帰還の折に取り決めており、大臣達一行の魔法詠唱者が和平会談終了後、1日強の間〈飛行(フライ)〉で移動し交渉の結果を示したのだ。

 交渉失敗の報告も王国総軍の行動決定には、最重要な役目と位置付けられていた。

 成功の場合は、白装束に『和平の使者』と評議国文字で刺繍された衣装の魔法詠唱者が立ち、手を振る。

 失敗時は、白装束では無い魔法詠唱者装備の衣装で立っているか、全員殺され誰もいないかだ。

 誰もいない時は、間に合わない場合も考え速報という形になるが、確認された光景は白装束と異なる王家部隊衣装の魔法詠唱者が一人俯き、ただ立ち尽くしているものであった……。

 

 

 

 ――そして午後6時半。

 王国の王都リ・エスティーゼ北部最奥に建つロ・レンテ城内でも一段と格式を持ち、幾つか弧を描く様に並ぶ天井まで伸びし金縁の大窓により夕刻でもまだ明るい、ここ大会議場にて『戦時戦略会議』が開催された。

 

 主な議題は――『竜王軍団に対するリ・エスティーゼ王国軍の出陣陣触れ』についてである。

 

 その会場中央に置かれた約30席を有する長い大テーブルへ、六大貴族の他に王国の有力大貴族達が一堂に会していた。協力する戦力の要として、『蒼の薔薇』のリーダーのラキュースと『朱の雫』のリーダーであるルイセンベルグも同席する。

 なお王都冒険者組合長を始め、組合連合側は王国軍と別の体制で動くためこの場には出ない。

 最高指導者の席へは国王ランポッサIII世陛下が座し、その後方左側へ王国戦士長のガゼフ、右側へ大臣代行が直立で控える。両隣の座席には二人の王子が座っていた。

 国王の左側第一王子側の列には、さり気なくボウロロープ侯爵やレエブン侯爵にリットン伯爵らが座っている布陣。右側の第二王子側の列にはぺスペア侯爵、ブルムラシュー候爵、ウロヴァーナ伯爵らの国王派が座り、いつもの如く迎え撃つ形だ。

 場に王国権力勢の顔触れが揃うそんな壁際の椅子へ、第三王女ラナーが静かに座っていた。

 最近はアインズの存在により、ランポッサIII世の内心へ僅かに余裕が出来たことで、今回は淫らな露出の抑えられた貴賓高い衣装を身に纏う。父国王の内心を読んで理由を知るラナーとしては、我が身を間接的ながら仮面の君に守って貰えている事が嬉しい。

 本来男嫌いの彼女である。アインズやクライムの前なら全然構わないが、国王の指示でなければ大きく胸元を開き強調した衣装で、欲情した低能な者らから見られるなど虫唾が走るというもの。

 

 ただ今、会場内にその愛しい仮面を付けた魔法詠唱者の姿はない――。

 

 思考の魔女の彼女にすれば、『なるべく手柄を立てさせずに、辺境の自治領へ追いやる』という戦後を見据えたレエブン侯やそれに同意した父国王の考えが透けて見えている。

 

(愚かしい連中。アインズ様を国王にでもして差し上げようかしら)

 

 王女は、この重要会議に主人であるアインズの席が無い事を知って、表情には一切出さないが憤りつつ一応彼に代わって状況を知っておこうと、先日の反省を口にした上で傍聴を父へお願いしていた。

 敵に回せば、智謀の限りを尽くし手段を厭わない恐ろしい令嬢であるが、愛しい者へはそっと最高のフォローをしてくれる存在でもあった。

 会議は程なく始まる。

 進行役の大臣補佐が本来まず、本日正午までに集った戦力を誇らしく伝える予定であったが、最初の報告として竜王軍団との和平交渉は成立せず完全に決裂したことを場の者達へ伝える。

 

「昨朝、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)との和平交渉が失敗と、先程一報あり――以上、(まこと)に残念であります」

「うむ。大臣達は二度竜王らへ会い、頑張ってくれたのだが……。非常に残念であるな」

 

 場を代表する形で、ランポッサIII世が無念さを伝えた。

 悲しい気持ちの王の言葉へレエブン侯が慰めの言葉を述べる。

 

「まあ、非常に難しく、決裂も概ね想定はされていましたので」

「そうですなぁ。こうなれば早急に追い払うべきでしょう」

「竜種とは人類へ対し常に容易ならぬ業を持つ存在ですな」

 

 120キロ程で隣接し領地が心配なボウロロープ侯爵や、経験豊かな辺境伯の言葉も続いた。

 そうして最後に、元々和平案には乗り気でなかった好戦派の第一王子バルブロが景気の悪い内容だとし吠える。

 

「ふん。所詮は、戦狂いの蜥蜴の化け物に過ぎなかったというだけの事。話を次に進めよ、戦いの前に気分が悪いわ」

 

 血気盛んな王子の言葉でもあり、大臣補佐はそのようにし次へと移り、言葉で現状の王国軍の戦力を並べ上げていく。

 半月の短期間であったが、王国は兵力20万と上位冒険者達700組を揃えていた。

 そして今日の議題の中心である陣触れへと移って行く。

 

 注目は――先陣の前線を誰が受け持つかだ。

 

 今回、20万の大部分を10名の小隊ごとで別々に行動させる部隊として分けていく。

 実に約2万組の別動部隊である。

 兎に角各隊は密集せずに、距離を取って挑発行動しつつ敵を分裂させながら逃げ回るのだ……。

 だからこそ先制攻撃でなければならない。竜王軍団が従来通り戦力を集中し『攻撃目標地』を決めて動き出す前に。

 なにせ、なぜ今竜王の軍勢が留まっているのか不明なのだから。1分1秒でも早くこちらが仕掛けるべきなのである。

 そういった事も含めて初動を掛ける兵達は迅速で確実に、そして敵の竜軍団を広範囲に包囲する形で一斉攻撃を掛ける。こうした指揮を冷静に執ってもらう力量が必要となる。

 これに対し――すぐ名乗り出る者がいた。

 

「本作戦は、私が提案しました。なのでその責任もあり、私自身が指揮をさせていただきたい」

 

 勿論、レエブン侯である。

 指揮に際しては前線へ立つ事になるが、彼には強力で優秀な元オリハルコン級冒険者5名を傘下に持っており自信もあった。

 他の六大貴族の面々では、集結した軍団指揮なら嘗て武勇で鳴らし大規模戦経験のあるボウロロープ侯爵ぐらいだが、今回は変則的な事であり傍の供回りも少なくなる点、それに反国王派のレエブン侯が目立ってくれれば盟主が動くまでも無いと考える。

 故に、真っ先に賛同した。

 

「彼が適任だと私は思う。あらゆる協力をさせて貰おう」

「私も彼の指揮官就任へ同意いたします」

「難しい局面であるがこそ彼でよろしいのでは」

 

 ボウロロープ侯の動きにリットン伯爵も即反応した。

 老齢のウロヴァーナ辺境伯も自身では無理と若いレエブン侯に期待した。

 これで、流れはほぼ決まったかに見えた。同席の多くの大貴族達も顔を見合わせ、賛同の声を上げようかというその時。

 

「私も今回、先陣で指揮してみたいのだが」

 

 そこへ割って入ったのが、第一王子のバルブロであった。

 王国の王子として、まず軍議の中心へ立ち颯爽と振る舞いたかったのだ。王位も近くなると。

 そしてもう一つ王子には企てがあった。既に彼はボウロロープ侯の娘を娶っているが、まだ子は出来ていない。

 それは少し別の話なのだが、彼は好みの顔と姿であり場へ同席する若きラキュースを是非、側女にと前々から狙っていた。

 ラキュースは貴族の娘でもあり、貞淑さも『鎧』が証明しており資格は十分。

 だが、彼女の好みを人伝(ひとづ)てに聞けば『英雄的な殿方』という話であった。故にこれは絶好の機会と考えた。

 

(20万の軍の中で魁れば、皆の目を俺に注目させ、彼女への覚えも良いはず。それは何れ俺様への恋慕となって閨にて、ぐふふふ)

 

 当然危険は承知しているが、下半身の勢いもある。人並み以上の武勇を持つ彼の驕りなのだ。

 悲しいかな誰もこれを指摘し諫める者はいない。

 義理の父になるボウロロープ侯はレエブン侯を推しているが、王族と貴族では立場が違った。バルブロは我の強い男である。

 しかしここで、第一王子を危険な前線へ出すことに異を告げる形で国王自体が動いた。

 帝国との戦いでさえ前線は危険なのにも関わらず、今回の相手は竜であるのだから。

 

「バルブロよ、そなたには第一王子として我らが王都を守ってもらいたいのだが?」

 

 これには王子も苦しくなった。

 国家最高権力者で父の言葉である。覆すには正当で且つ相当な理由が必要となる。

 第一王子は、ここで妹の第二王女ルトラーからもしもの時と聞いていた、父王泣かせの芝居を一つ打つ。

 

「父国王陛下へ申し上げます。今こそ、王国の存亡が掛かった戦い。王子の私が国を守るため、前線へ立って進まなければ、一体誰が国を守るために死地へ赴きましょうか?」

「バ、バルブロ、そなた……」

 

 ランポッサIII世は、我が子の語った尊い言葉に心を打たれていた……。

 そのバルブロは、将来の王位と求める女への欲望を通すために語りを続ける。

 

「ただ、父上の私への気遣いのお気持ちは嬉しく、ならば王国戦士長とは言いません。彼の、王国戦士騎馬隊の副長と精鋭から15名を付けて頂きたい。また前線の半分とは申しません、3分の1でも4分の1でも構いませんのでどうか指揮をお命じ下さい。このバルブロ、一生のお願いです」

 

 父である国王は、王子の言葉に一筋の涙を流した――『天よ感謝します、良き王子を』と。

 国王は、『人は追い詰められた時こそ本性を出す』と聞いており、今が正にその時。

 椅子から身を少し乗り出していたランポッサIII世は、背もたれへ体を預けると静かに告げた。

 

「よかろう、王子バルブロよ。王国戦士騎馬隊の副長ら15名を率い、前線にてレエブン侯と協力しその4分の1を指揮せよ」

「ははーっ」

 

 バルブロは、実ではなく名を取った形である。そこそこ成功すれば『竜軍団との前線での指揮官』という英雄的名誉が転がり込む事になった。

 国王は、前線指揮官に相応しい六大貴族へと顔を向け伝える。

 

「……レエブン侯よ、前線の4分の3を預ける。すまんが我が王子をよろしく頼む」

「……はい」

 

 レエブン侯は非常に複雑な顔をしていた。彼としては将来、第二王子を推したい所なのだ。

 一方、王子バルブロはもろもろの野望へと近付き、口許が僅かにニヤけていた。気持ち的に下半身も絶好調気味である。

 ()()()()の妹のルトラー曰く――。

 『父上は――ここぞという時の自己犠牲の言葉や、可愛い子達の一生のお願いに弱いのです。また、城内の名門貴族出の近衛騎士達では、過酷な戦場においてきっと精神を病み最後まで守って貰えません。対して王国戦士長の部下達こそ死をも恐れず一騎当千の精神を持つ戦士達。もし戦場へ赴く時が来たとすれば、是非に彼等を付けてもらってください』

 彼女は国王の性格を読み切っていた。ただ兄がここで使う事までは予想出来なかったけれど。

 対竜種との戦いの前線は温くない事に、敬愛する兄はまだ全く気付けていない……。

 

 それから順次、関係の大きい順に配置が決定されていった。

 第一王子が前線へ出たとはいえ、国王が王都へ残っていては話にならないとランポッサIII世は語り、王都へは第二王子のザナックを配置する。

 国王自身は穀倉地帯中央部の大森林内へ設けている、一部地下化された司令所へ兵300と王国戦士長並びに王国戦士騎馬隊が付く形で出陣。

 六大貴族達は、ボウロロープ侯爵とリットン伯爵以下反国王派の大貴族達を中心に、王都北側の14000平方キロ以上ある広大な穀倉地帯の西方半分を担当。そしてブルムラシュー候爵、ぺスペア侯爵、ウロヴァーナ伯爵以下国王派の大貴族達を中心に国王のいる中央部と東側を受け持つ形で展開することとなった。

 国王ランポッサIII世が総括として場の者へと呼び掛ける。

 

「我々には困難が待っている。だが、この地を守るために協力して欲しい。皆の者、出陣だ。宜しく頼むぞ」

「「「「「ははーっ」」」」」

 

 集った大貴族達は、全員が席から立ち上がると恭しく礼をして出陣について拝命した。

 彼等の忠誠は大半が微妙だ。しかし、己の領土や富に女など手放したくない物へと欲望と渇望と未練が士気を保たせている。

 そして――開戦は6日後の午後5時と決まった。

 戦闘開始後、前線4万、4000小隊が竜軍団宿営地を円形全方位から進撃し、反応した竜兵達の数によって部隊を広い外へと誘い反転していく作戦。

 ただし北への部隊は少数とし、竜軍団の多くを東西南の三方向へと分散させて広げていく。

 だが一度では上手くいかない可能性もあり、追って来ない場合は再度配置場所へ戻り、調整後に全方位進撃を再度行う。

 またこちらの意図に気付かれる恐れもあるが、作戦は続行することも決められていた。

 あと、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)へ対する『蒼の薔薇』の陽動作戦は、竜王の供回りの状況を見て半日か1日後から行動を開始する事や、『朱の雫』ら上位冒険者が指揮官級の竜を順次削って行く旨の確認がされる。

 王国軍本体は一心に竜達を分散させ、冒険者達が個別に倒せる機会を作り――最終的に()()()()()()が目的なのだ。彼らの行動に『竜軍団を倒す』という意味合いは欠片程しかない。

 配置位置に関する地図が、大量に用意されており順次大貴族達へ束で配布されていく。

 ただ戦域が非常に広く、貴族達で高齢の者は次男三男の息子達が代わって指揮する者も半数を超えていた。

 ラナーは、小馬鹿にする笑みを僅かに口許へ浮かべつつ思う。

 

(やはり家や目的、そして生を含む欲望の為に子を切り捨てる。親子の情などは無いも同然)

 

 大貴族達は傘下の有力な子爵と男爵達への配置をまず大きく相互で確認し話し合うと順次、駐留する彼等へ知らせる馬を走らせて行く。有力な子爵と男爵達にも其々傘下として小規模な男爵達が多く控えており指示を待っているのだ。

 王国全軍の移動配置は、この会議終了直後午後9時より各自で開始された。待ったなしである。

 なおエ・ランテルをはじめ、各地での一般兵の追加戦力の招集はまだ続いている。

 王国軍の兵達が地獄の戦地へと歩を進め向かい始めた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の王城へ竜王軍団との和平交渉決裂が届く1時間程前。

 バハルス帝国内、帝都アーウィンタールから南西約70キロの位置、隣国の大都市エ・ランテルへと続く夕方前の大街道上を、エンリ・エモット将軍率いる小鬼(ゴブリン)5000の軍団の列が進む。

 隊列の進行は今日で3日目であるが、日々まちまちであった。

 初日20キロ、昨日の2日目は僅かに15キロ。それに対して3日目の今日は、朝早くから移動を開始し35キロを超える勢いである。

 ただこの状況を、人の良いエンリは普通に『帝国側にも、その地域ごとにも都合があるよね』の感じで、周辺地域の地形毎に騎士隊の配置移動や封鎖等へ時間が掛かるのだろうと考えていた。

 まさか……巨樹との距離と天候を測られ策を謀られているとは思いもしていない。

 本日の移動距離が大幅に伸びた理由は簡単である。

 上空を見上げると、今にも泣き出しそうな曇天模様が全天を覆い尽くしており、まだ午後5時を前に辺りは随分と暗さを増していた。

 

 今晩雨が降るのである――。

 

 皇帝秘書官のロウネ・ヴァミリネンは、帝国八騎士団第一軍の将軍並びにニンブル率いる近衛の皇室兵団(ロイヤル・ガード)200名へのみ、王都方面へ移動を続ける巨樹の存在を知らせている。

 それ以外に知る者は皇帝ジルクニフ以下数名だけだ。

 亜人達の軍団へ知られないようにと、味方側へさえも情報を徹底して秘匿した。

 皇室兵団(ロイヤル・ガード)達の数が多いのは、巨樹の侵攻に関する連絡と周辺封鎖を担当させるためだ。

 ロウネは第一軍の副将軍へは「先導する15騎や周辺封鎖担当の者達には直前に通知します」と伝えているが、正直確実性と秘匿性を考慮し『両敵』激突後に――と非情な選択で考えている。

 また、帝国西方から中央部に住む農民の村々へ一般騎士の伝令を定期的に出し、天候を見るのに長けた者達から『雨の降る日時はいつ頃か』を確認させ続けていた……。

 全ては確実に皇帝の計画を実行し成功させ、帝国に平和を(もたら)せようと努めての事だ。

 午後5時20分頃の事、15分程前から南西へ向かう大街道を外れ麦畑の広がる脇の道を真西へと入り込み進んで来ていたが、前方からの伝令の騎士により先導していた帝国騎士達15騎は最寄りの()()()()()()()()空き地へと向かう。

 巨樹の侵攻に合わせて、帝国は小鬼(ゴブリン)軍団へ複数の野営候補地を用意しており、その一つへと到着した。

 騎士達は昨日と変わらず将軍のエンリへ「本日はこの地での野営をお願いいたします、では失礼します」と伝達し少し離れた所へと下がっていく。

 3日目なので慣れて来た感も出てきたエンリは小鬼軍師へと伝える。

 

「では軍師さん、早速陣設営をお願いいしますね」

「ははっ、エンリ将軍閣下」

 

 指示を受けた彼は、次々と場所に合った陣張りを命じていった。

 

 

 

 一方そこから少し時間が過ぎた頃、エンリ達を追い掛ける形で移動を続けていた薬師のバレアレ少年一行は、今の不規則な行軍状況に困惑気味であった。

 彼等はエンリ達が今朝まで陣を張っていた場所から700メートル程の位置にある林内へ潜んでいる。

 午前中の軍団の移動に距離が出た動きを、『本日の途中経過』として蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)からネム経由で午後1時頃に聞き、そして午後6時前の現在、野営位置等の知らせを再度受け取った。

 そうして利口な少年の思考の中で情報を並べ、ンフィーレアは確信する。

 この時、夏期の帝国西方の雨上がりに霧が出るという、地域の気候を知っていれば彼の確信は変わっていただろう。

 少年は相談があるとし、ネムやジュゲムに認識阻害も無くなったカイジャリ他、小鬼(ゴブリン)達を集めると衝撃的な予想を伝える。

 

「エンリ達は恐らく明日、僕らの見た巨木のモンスターと正面から遭遇すると思う」

「「「ええーっ!」」」

 

 驚くと同時に、エンリを心配しジュゲムが提案する。

 

「それじゃ、急いで乗り込んで姐さんに知らせましょう!」

 

 それは当然の意見である。

 ンフィーレアはエンリの忠臣達である小鬼(ゴブリン)らへ向かい、頷きながら意外な事を伝える。

 

「そうなんだけど、まずあれだけ大きいと遠くから見えて十分逃げられるし動きも遅いしね。あと――これってさ、エンリ達が急遽、帝国の為に戦おうとしてるんじゃないのかとも思えて」

「あ……」

「あちゃー」

「うわー、お姉ちゃんならありそう」

「姐さーん」

 

 ンフィーレアは一度手紙で彼女へと早期に退去するよう危機を知らせている。

 また遠方から丸見えの巨体から、不意を突かれる事はないとの認識が思考を邪魔していた。

 なので未だ距離を測る動きで、もしかすると帝国側上層部との間で高度な政治的取引があったとも思えるのだ。

 それなのにここで勝手に、エンリ達へ知らせる形で乱入すれば『我々帝国側の存知あげないこの大きな戦力は一体……?』とまた大問題へと発展する可能性が見えてしまった。

 

 故にエンリの性格を知る面々は、結局彼女の傍へとまだ動けなかったのである。

 

 

 

 アインズからの監視指示を受け、ナザリック地下大墳墓第九階層の統合管制室では担当の怪人達がエンリ率いる隊列を24時間態勢で追い掛け視ていた。

 先日、バハルス帝国からと思われる怪しい100名程の商隊風の一団の2つを捉えた際は、ナザリックの随分高高度の俯瞰位置からの広域定点監視で発見している。

 昨日未明の二つ目の隊列通過も問題なく、大墳墓の南15キロの平原を通過していったのを終始把握していた。

 それに対し、小鬼(ゴブリン)5000の軍団監視はエンリらの様子を知ることが重要とされ、随分高度が下げられており、周辺把握はかなり狭い範囲で実施されていたのだ。

 そのため、統合管制室責任者のエクレアの席へ、怪人は直立姿勢をとり現状を報告する。

 

「報告します。エンリ率いる味方の部隊は野営地に入り止まりました。現地は雨が降りそうですが、今は特に問題ありません」

「はい、ご苦労。分かりました」

 

 足の全然届かない席へ座ったまま部下を労う黒ネクタイ付きLv.1の全裸ペンギンは、内心で創造主餡ころもっちもちからの『使命』を交え考える。

 

(うーむ、この際、大墳墓の支配の駒に地上の者達……エンリとかの引き込みも考えるべきか。

 ―――あっ、角奥の壁のツヤが僅かに曇っていますね、掃除掃除)

 

 そんなトンデモナイことも日々結構考えつつ、彼は掃除で移動する為に怪人を呼び寄せた。

 

 

 

 帝国中央西部にて夜10時を回る頃、静かに運命の雨が降り始めた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 王都の怪人

 

 

 王都リ・エスティーゼの北東郊外へと、騎乗するクレマンティーヌが現れたのは漆黒聖典の隊列を離れて3時間弱過ぎ、日付を越えた翌日未明である。この日は午前中にアインズが評議国の中央都へ乗り込んでいる。

 夜は更けており星明かりの中、薄暗い畑の畦道を抜けて門の閉じられた村々を迂回し巨大都市である王都の長大な外周壁の東門傍までくると、(ようや)く彼女は一度馬を降りた。

 人目を気にする風に紺碧色のローブのフードを深く被る女剣士は、周囲を見回し近くの目立たない場所にある木々の茂みを認めると再騎乗してゆるりと常歩(なみあし)で向かう。

 間もなく茂みへ着き、馬を木へ繋ぐと背伸びし少し落ち着く。

 

「どうしよっかなー、んふっ」

 

 口より出た言葉がそのご機嫌度合の高さを感じさせた。

 現在居る場所から、心より愛する者へ会うまでの障害はもう随分と『低い』ためだ。

 彼女の身体能力なら、目の前へ髙くそびえる外周壁さえ垂直に駆け上がることすら可能である。

 気配により周辺や外周壁上の警備配置は概ね把握した。

 だが……彼女は()いているが、壁を越える行動へは直ぐに移らない。

 それには理由がある。

 今、戦時下にある王都周辺は厳重警戒態勢であり国内から冒険者達も大勢集まっている為、伏兵的生まれながらの異能(タレント)持ちが居る可能性を危惧していた。不法者へ反応するバカを。

 だからこのまま無理せず数時間待てば、東の門は開かれ安全に通れるはずと考える。

 なお、王都周辺におけるスレイン法国の秘密支部は―――“擦レ印(すれいん)聖典出版”だ。

 その所有する資材倉庫の一つにあった。

 王都外周壁内にある事は漆黒聖典隊員へも一応知らされており、地方からの便(たよ)りを届けるという役回りで、たとえ検問があっても正面から通過出来る手はずを平時より準備されている。

 便りには、“擦レ印(すれいん)聖典出版”から賄賂を貰っている近郊貴族の封蝋(ふうろう)印まで押されており多くの問題は消されている。とはいえ急の開門を可能にするものではない。

 しかし――だ、クレマンティーヌは俄然急いでいた。

 ただ不法で見つかると厄介である。こうして恋する女剣士の思考は何度も堂々巡りし続ける。

 実に悩ましい思いから、彼女は深めに被るフードで隠す顔へ両手を当てて唸る。

 

「うーん。うーん。うーん。………しょうがないかー」

 

 クレマンティーヌは結局待つことにした。つまらない事でのリスクを避けることにする。

 単に5時間程待てばいいのだ。それでもまだ丸4日以上ある。

 モモンが絡むと彼女はとても慎重になる。そしてそれを我慢出来るのだ。

 不思議である。

 他の事では、まず悩むなど馬鹿らしくて考えられず、即実行である。もちろん邪魔や気に入らないヤツが現れれば拷問気味に殺害するのみ。

 彼女は、馬の鼻筋や肩の辺りを撫でつつ呟く。

 

「モモンちゃんに会うんだもんねー。ゆっくり堂々と会いたいよねー」

 

 頬を染める乙女の表情のキレイなクレマンティーヌは、モモンの事を色々考えて5時間を待つことに決めた。無論エロい事もアレコレ一杯含めて。

 傍の農家の作業小屋横から桶をパクり小川から水を汲んで馬へ与えると、手綱を繋いだ木の根元へ足を抱えるように座り込んだ。

 だが、ここで邪魔が入る。

 明らかに今潜む目立たない場所へと接近する、何者かの気配をクレマンティーヌは感じていた。

 

(おぃおぃ、ダレだー。このクレマンティーヌ様とモモンちゃんとの大事な大事な時間を邪魔するバカはー。……糞ったれめ、ぶっ殺すーーー)

 

 桶を盗った様子や水汲みが見られたのかという考えも僅かに浮かびつつ、素早くローブをフワりと大きくはためかせて立ち上がると、既に腰へ佩く業物である2本のスティレットを抜き放ち完全攻撃態勢に入っていく。

 大方、帝都周辺へ集まって来ている冒険者の連中だろうと考えて。

 だがこの時、彼女は何かがおかしく感じた。

 近付いてくるモノだが、気配を察する事の出来る冒険者達の動きではなかったのだ。

 隠れる様子も見せず、淡々と歩を進め向かって来る。加えて一人ではない。

 

 そう、まるで――生者を感じて襲い掛かってくるアンデッド達のような。

 

 茂みで見えないが距離は30メートル程前方に迫っていた。

 予想外の相手で、少し怒りの冷めたクレマンティーヌは腑に落ちない表情を冷静に浮かべる。

 

(……えーなに。こんな王都の東門傍なのに……どういうことー?)

 

 確かに人口が多いと墓地も周辺に大きいものが作られる。そのため偶に出没することもある。彼女にすれば、良く知るズーラーノーンの高弟が平時から使っている事から武器のようなモノで、恐怖などの思いはない。

 圧倒的に慣れているのだ。

 当然、対応や扱いについてもしかり。

 だがら先を制したのはクレマンティーヌの方である。

 

「〈要塞〉〈超回避〉〈能力向上〉〈疾風走破〉――」

 

 呟き終えると同時にローブ姿のまま駆け出し、彼女は目の前の繁みを軽やかに飛び越えると、空中で太い枝を蹴って斜め前方へ降下し繁み外へと着地する。

 そこには、身形から元農民達と思われるアンデッド――従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)が数体繁みへと向かってきていた。

 視界内へ捉えた数は4体。全員丸腰の無手である。

 クレマンティーヌは、そこからアンデッド達へと一気に突撃する。

 すかさず、まるで風の駆け抜けるが如き鋭い突きからの払いを連続で放つと、連中の後方へ抜け出ていく。

 素早さを優先し噛み付き攻撃予防で〈不落要塞〉の下位の〈要塞〉に抑えて〈能力超向上〉もまだ使っていないものの、武技が上乗せされた今の彼女の戦闘力は難度で優に100を超えてくる水準である。

 一瞬で、アンデッドらの4つの首が各胴体から離れていた。

 彼等へは突きの攻撃がほぼ無意味。首を落とすか、手足を切り飛ばすかだ。ただ、手足では動きが止まらず、中には切り落とした部位を再度繋いで直す猛者もいる。油断は出来ない。

 クレマンティーヌが周囲を窺うとまだ他にもいるようだ。

 

「……(こいつら、まだ新しいわね)」

 

 隙なく動き出さないかを一応確認する彼女の目には、もう動かないアンデッド達の衣服へまだ新しい血の(あと)が見てとれた。

 今居るのは王都東門から200メートルほど離れた木々の茂る場所を北側へ出た、脇へ用水路的な小川の流れる低い草の生えた平らな地で、視界の遠くに柵のある小さい村の集落が見えている。

 恐らくそこからここまで来たと女剣士は判断した。柵を巡らす為に家々は密集するため、村の中は少しヤバい雰囲気が漂う。ただ、高い板塀ではないので、早く気が付けば十分逃げ出せる機会はあると思えた。

 

「――(まあ、私には全然関係ないんだけどー)」

 

 これは全て王国内の問題で、縁もゆかりもない村が惨劇に見舞われても彼女には痛くもかゆくもない。

 ただ――ニンマリと歪み切った狂気の笑顔を浮かべてこのイカレタ女は思う。

 

「イイところを邪魔されたしー、ちょっと暴れたい気分なのよねー、んふふふふー」

 

 そう、アンデッド達がいるのだ―――ついでに今、生きた村人を殺しても()()バレないと。

 

 殺しと血に飢え始めた彼女は、村へと疾走する。

 従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)へではなく、まず殺害を楽しめる生者の生贄を探して……。

 近付くと、こじんまりした外観通りに村は30軒程で、村内からの恐怖と断末魔の叫び声が時折聞こえてくる。

 クレマンティーヌは、村の門から通りへ入りつつ邪魔なアンデッドの首を10以上かっ飛ばして突進。

 それは、何人かの村人の危機を救う形になった。でもそれは一瞬だけの……気の所為。

 動死体(ゾンビ)に襲われ掛けるも、一撃で切り倒してくれたフードを被るローブ姿の剣士の登場に、助かったと思い笑顔を浮かべ掛けた中年女性。

 だが、瞬きする間もなくその首筋に、狂気の女のスティレットが容赦なく突き刺さる。

 

「な、ガッ……?!」

 

 襲われ喉から血が流れ始めた中年女性は目を白黒させ、眼前の者を見つめる。

 その――フード奥にある、これまで出会った事のない『人とは違う』異常者の目と歪み切った笑顔の表情へ気付き、恐怖し絶望する。

 剣先が喉を貫通しつつも、それはまだ一瞬で意識と命を奪わない一撃。

 

「うぷぷぷーー。んーこれこれ。スッと人の体を刺す良い感触ぅー。あぁ、オバサン、ゆっくりと死を楽しんでいってねー」

 

 喉より引き抜き戻す剣先の返しで、中年女性の脇腹をも深く切り裂いて背を向けると、次の獲物を求めて足早に立ち去った。

 その後も、絶好調のクレマンティーヌは、無垢な子供でも老人でも見つけ次第容赦なくバンバン狩っていく。

 嘗て秘密結社ズーラーノーンの実験への協力時、幾つか村の口封じをした手法に習って二刀流ではなく剣1本で、且つ普段とは違う突くのではなく『切る』剣術スタイルで殺傷する事を彼女は忘れない。

 

「みんな苦しんでねー。んふふふー、死ね死ねー。楽しー、うぷぷぷ――――」

 

 村の人口は100名ほどで、発生した従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)は40体程であった。

 一方、御機嫌で思うがままに振る舞ったクレマンティーヌの殺傷した人数はなんと50名を超えており、その悪魔的な虐殺劇を僅か2時間未満で展開し終えていた。

 正に狂った殺人鬼の名が相応しい女である……。

 周到な彼女は動死体(ゾンビ)について、これら悲劇の犯人として数体逃がすという事を忘れない。

 久々に満喫した時間を過ごし終えたクレマンティーヌは、闇に紛れ人知れず村を少し離れた辺りでアイテムを使い、返り血の滴るローブを始め全身の汚れを〈清潔(クリーン)〉する。

 身を覆い隠すローブへ綺麗な紺碧色が戻っていた。

 そうして、馬を繋いだ先の繁みへ戻ると外周壁の開門までの3時間、モモンの事を色々と甘い情景も含みつつ考えて……いつの間にか幸せの中で僅かに微睡(まどろ)む。

 

 村人の内、早い段階で村から遠くへと逃げおおせた数名だけは助かった。

 狂気の女剣士が村を去ったあと、朝を迎えてここへ戻って来た村の者達は僅かにまだ息が残っていた数名から事切れる直前、動死体(ゾンビ)と共にもっと恐るべき「うぷぷぷ、うぷぷぷ」と鳴き、血で闇色に染まったローブ姿をした謎のモンスター『()()()()()()』についての殺戮劇を伝え聞く。

 以後、この地域を中心に親がわがままな子供を叱る際に「そんな悪い子は、夜中にイカれた怪人に襲われるぞ」と言って教育ネタにされる存在になったという――。

 

 

 

 村の惨劇を終始、呼吸をする事も無く気配を消し静かに見ていた者がいた。

 騎士風のアンデッドと並んで潜む冒険者風の姿をした、顔が死人らしく土色に変色したアンデッドが呟く。

 

「失敗シタ……」

 

 元ミスリル級冒険者でゴドウという名の男であった動死体(ゾンビ)である。

 アンデッド化により全ての身体能力は強化されていたが、知能だけは幾分下がった形だ。

 

「オノレ、フューリス男爵メ次ハ殺ス……」

 

 冒険者風のアンデッドがしわがれた低音で語る。彼は、先の襲撃地の王都西部から東の郊外へと移動潜伏し一つの策を実行しようと考えた。仲間を大勢増やし、奴が逃げ込んだ壁の中へ攻め込み『仇』のフューリス男爵を殺そうとしたのだ。

 ところがそれは上手くいかなかった。『仇』が直ぐに取れず残念な思いが広がる。

 ただ彼は、もう既になぜ『仇』なのかはよく覚えていない。しかし『仇』を殺す事が己の存在意義に変わって来ていた。

 

 ――故に果たさなければならない。

 

 共に居る騎士風のアンデッドは、自身を生み出した冒険者風の動死体(ゾンビ)へ従っている形だ。

 身体能力が強化されたことで、難度で42程度の実力になっているので力強い存在だ。

 

「フューリス男爵ハドコダ……」

「ヤツハ城壁ノ中ダ。次ニ出テ来タラ必ズ殺ス」

 

 騎士風のアンデッドの問いにゴドウであったアンデッドが答え(なだ)めた。

 全身鎧の動死体(ゾンビ)は、創造者へ強く頷く。

 

「分カッタ。殺ソウ」

 

 忠義心溢れ従う元騎士の彼だが知能は些か低かった……。今後苦労しそうである。

 彼等はフューリス男爵を殺す為、『息をせず』静かに待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 『アウラ、マーレ姉妹を愛でる会』開催!!

 

 

 開演時間は本日午後10時。

 場所はナザリック地下大墳墓第九階層の通称『アインズ様執務室』――。

 

 アーグランド評議国において好条件での密約交渉の正式締結を明日に控え、アインズに今宵時間が出来たため、王都の冒険者宿屋に待機するマーレへまず「実際、昨日の今日という事だが、どうか?」と声を掛けてみた。間が空けば再練習もあり得て、善は急げの方がいいだろうと。

 鑑賞者は「(アインズ・ウール・ゴウン)と、後は護衛と当番のメイド各一名のみだ」とも伝えて。

 主からの声掛けへ「だ、大丈夫です」と伝え、(マーレ)は銀のどんぐりのネックレスを使い姉へ連絡を取り、第六階層に揃った双子の姉妹達へ直接アインズが確認承諾後、二人へと正式に実践通告したのは開演僅か3時間程前である。

 

「分かりました、ではあたし達の精一杯をお見せしますね、アインズ様」

「お、お姉ちゃんとぼくで一生懸命頑張ります、アインズ様っ」

 

 双方キラキラとした瞳で金髪を揺らし、本当に可愛く楽しげに微笑む双子の闇妖精(ダークエルフ)の姉妹達。

 

 遂にこの時が来てしまった。

 そう思わせるものが確かに存在した。

 『やってしまった』感を拭えないとの思いが、地下大墳墓の絶対的支配者の心に一閃を起こす。

 だがここで後ろを振り返って何になろう。

 そして、姉妹の美しい努力を無駄にしてはイケナイのである。

 それは悪魔の所業と言っても過言ではあるまい。

 後悔や挫折すれば我々は前へと進めない。もはやここは前進あるのみなのだっ。

 そんな、綺麗事を心の巨壁へと並べ立てまくって……納得するフリに甘んじる。

 彼は開演を目前に、毅然とその精悍な髑髏の顔を上げてみせた。

 さあ、姉妹同好会の記念すべき――――ファーストイベントである。

 

 

 『アウラ、マーレ姉妹を()でる会』

 

 

 なんという、イカガワシイ……いやイケナイ……イヤイヤ、そうっ正に愛らしい響きだろうか。

 その表現に困るほどである。

 だが、表立って正式な『その題名』を公言出来る訳もなく、アインズは建前としてそれとなくオブラートで包むが如く、今日の地下大墳墓内におけるこの時間帯の行動予定へ『執務室にて、双子に癒される会』とした。『心労を癒される』と付けたいところだが、後日守護者達が新たに騒ぎそうな思いもして支配者は外している。

 ところが、『双子に癒される会』――そして午後10時――。

 風の噂で開催はアウラの口から『昼のひと時辺りに』という事で薄れていた感があったのだ。

 だが御方による()()()()()の行動予定がNPCらへ周知されると、疑惑は逆回りし余計に深まってしまっていた……。

 執務室の扉の前には、アルベドとシャルティアという妃候補の双璧が並び立ち、それに加えてヘカテーまでが来ており「ハレンチな行為はイケマセン。いけないと思いまーす」と背にある小さめの蝙蝠風の翼や悪魔の尾も動かし、一人可愛い声で反エッチコールを上げて陣容は固まり騒然としている。

 仕事を放置して駆け付けたアルベドは、両手を胸元で緩く握りつつ落ち着きなく腰の翼を時折乱雑に羽ばたかせ、かなりの動揺を見せていた。

 

「これは一体、どういうことなのです……。アインズ様は私がいくらでも癒して差し上げるのに」

 

 一方、赤い完全装備の鎧姿でスポイトランスまでもう右手に握り込むシャルティアは〈転移門(ゲート)〉を繋げてまで、中を覗き見しようかどうかを悩んでいた。

 

「いと頭のおかしいチビすけとその妹に、真面(まとも)なご奉仕は無理でありんしょ。わたしがこの若い身体で尽くしてご覧に入れるでありんすえ」

 

 とてもそんな雰囲気では無い。骨が砕け散る惨劇の予兆しかない……。

 

 こうして場外も十分温まって来た頃、執務室内を優雅に飾る壁の大時計の鐘が、正に10時の刻を告げ重たく鳴る。

 今、執務室に居る『アインズ様当番』の一般メイドはフォアイルである。

 開催は急遽決まった事であり、これは偶然。

 そう別に先日、ルベドの部屋を掃除していた折に、極秘ファイルを落としてその禁断の中身を見てしまったからでは断じてない。また直前と言える1時間程前に本日当番日だったフィースが、室内へ護衛で(アインズ)と共に来た()()()()()使()に執務室から廊下へと連れ出され「体調を崩した」とし、急遽一時交代をペストーニャへ申し出た上に、態々付き添いで横へいた()()()()()()()()()使()経由でフォアイルが『ご指名』されたのは断じて……偶然に他ならない。

 正に偶然という名の――無断閲覧()への懺悔を静かに待っていた天使からの戒め。

 些か顔色の悪いフォアイルであるが『体調不良』は許されないため、天使という『嵐』が過ぎるのを待つのみである。

 

 執務室の隣室である寝室が、双子の姉妹の準備部屋として提供されていた。

 開演40分程前にここへと入ったが、二人は完成前に少し覗きに来たのみで、初めて完成状態の部屋を拝覧した。

 それは支配者に誘われた時の楽しみとしていた部分もある……。

 暗すぎない明るさに調整された見事な間接照明を始め、黒を基調にし落ち着いた雰囲気の全てが破格に豪華である広い室内の奥気味に大きいベッドが据えられている。

 もちろん、支配者を含めた闇妖精姉妹3人が横になっても圧倒的な広さを残すものだ。

 

「お、お姉ちゃん、勝手に乗ったらまずいよ」

「大丈夫だって。こうして中を見れたんなら、色々知っておかないと。ほら、マーレも」

 

 姉に引っ張られる形で、マーレも巨大なベッド上へと倒れ込む。

 適度にフカフカであった。

 

「うわぁぁ……あ、とっても寝心地がいいんだね、お姉ちゃん」

「うん。丁度いい柔らかさと反発性があるから、色々と上で騒いでも大丈夫そうだよねー」

 

 アウラは無邪気な笑顔で横へ転がりゴロゴロとする。

 マーレも仰向けからうつ伏せへ変わりその柔らかさと掛け布団の肌触りを暫し楽しむ。

 数分ベッドで戯れ、5分程室内を見て回る。クローゼットや広い浴室も覗き込んだ。

 だがそれから、彼女達がここに来ている本題に戻って来る。

 二人はまずは最後の合わせ練習を早回しで一通り行なった。通しで20分程だ。

 そのあとに最初の出し物用の衣装へと着替えていく。

 

 執務室の壁を飾る大時計の重厚な鐘の音が聞こえると同時に、寝室側の扉が開き小柄のアウラとマーレ達が時間通りで登場する。

 

「うんうん、可愛らしいな」

 

 姉妹の普段と違う姿に、アインズは赤き光点を小さくし優しく目を細めるように満足した。

 支配者の後ろに立つ屈強の護衛者も当然、口許から漏れるニヤニヤを止めようがない。

 闇妖精二人の頭には白地に青のセーラー帽、胸に赤いリボンの白地セーラー服。ただ、下は両者とも紺の短ズボンであった……。膝下少しまである6分丈程の感じ。

 今日の披露は、あくまでも『踊り』についてである。

 『その他(エロス)』のご要望ではないのだ。故に、下着などは見せないようにとの配慮。

 

 あと一応曲についても、聞けば正六面体(キューブ)状のアイテムにアウラが、ナザリックの管理システム『マスターソース』にあるグループでのお遊び系オマケのBGMの中から選び鼻歌を付けたものを用意してくれていた。

 反響の良さそうにみえる壁際の棚へ、その音源アイテムを起動し浮かべる。

 間もなく綺麗な鼻歌も付いた曲が流れだし、アインズの座る漆黒の大机の前方10メートル四方で遂にショーは開演する。

 普段大机の前にはテーブルやソファー類が置かれているが、今は片付けられて広々としている。天井も5メートル弱ほどは有った。

 二人は中央でスタートのポーズを取り、数歩離れて横に並んだ状態から可愛らしい振付と共に近付き、中央で背中合わせになって回ってゆきつつ踊りは始まる。

 腕を元気に曲げ伸ばし振り広げ閉じ回し、足も上げ下げ軽いステップと弾みのある全身の動きの中、基本は二人が同じに動き、時に対称、時には二人で別々の動作をして一つのポーズへと繋げていく。

 その流れの中のポーズや動きは30通り以上あるため飽きることは無い。構成は二人が並び背中合わせとなり回りつつ再び横に並び、離れ近付き時折お芝居のワンシーンの様な呼ぶと近寄るなどの場面も有り、偶に向き合うといった複数のパターンで組み合わされていた。

 特に、可愛い姉妹が並びその笑顔で首を左右へ数回傾けるところなど心が和む。

 飛び上がる高さも上手く差異を付けるなど、変化もあって7分弱を十分楽しめた。

 最後も横に並ぶ二人が片手を繋ぎ合い空く手を高く上げ、近い将来の『世界征服』への勝利を確信するVの字のような互いに斜めの状態で綺麗にフィニッシュする。

 アインズは思わず自然に両手を叩いて賞賛した。

 特にルベドは……ニヤニヤが進化してしまい姉顔を彷彿をさせ、その両目が悦っていた……。

 

「おお凄いぞ、アウラにマーレよ」

 

「あ、ありがとうございます」

「ありがとうございますっ。それでは次へ移る前に、少し御化粧直しをしてきますね」

 

 そうなのだ――本日の踊りはこれで終わらない。なんと大きく3つも用意している。

 

 一つだけでは支配者は単調に思うかもしれないと、双子の姉妹が考えて増やしていたのだ。

 まず、今みせたのは緩い自由感のあるジャズダンス系。

 次が――2分程で着替えを終えて隣室の扉を閉めると二人はその場から飛び出し、高い天井を少し下回る高さで反転倒立2回ひねりで、場の中央まで来る。

 アクロバティックなブレイクダンス系である。

 今回の二人の姿は、いつものアウラの白いベストに白いズボン姿。これと同じものをマーレも着用していた。

 違いは竜王鱗を張り付けた軽装鎧の色が青いことぐらいで、襟元のいつもの緑で短めのショール風の装備も外している。

 曲をスタートさせると踊りも始まる。床で片足を延ばし手も付く感じで横へ円を描く様に回るズールスピンやスワイプス、派手で有名な肩や背を使い足を開いて伸ばした身体を回転し地を独楽のように回るウィンドミルなどを二人で揃える形で冒頭に披露。

 そもそも守護者達の運動神経は人外であり、伸身2回捻り宙返りなども二人で空中でクロス風に魅せることすら朝飯前である。また、アウラやマーレが交互に片方の腹部へ仰向けに巻き付いての変則的パフォーマンスも見せる。

 締めは二人で横へ程よい距離を取り、並ぶ形でウィンドミルからヘッドスピンへ、そこから腕だけで倒立のまま回って腕の反動で立って静止ポーズという流れの踊りでフィニッシュする。

 飽きさせない構成と見事なシンクロを見せる二人の踊りに、アインズは満足し拍手を送る。

 ルべドに至っては護衛者の立ち位置であるはずの壁際から既に数歩前に進み出て、砂かぶり的位置に座るアインズの後方傍へと近付いていた……。

 

 そして3つ目となる最後は、ペアの踊りらしい競技ダンス系である。

 化粧直しの後に隣室から登場した姿は、赤いスーツ姿のアウラと青く裾の長い胸元から膝程まで白糸で華の刺繍の入った素敵なドレスのマーレ。

 曲が流れだすと男性役的なアウラがリードする形で踊りが始まる。

 序盤は軽快なチャチャチャ。

 構成のメインは片手を繋ぎ合い、鋭いツイストやターンを主体にしている。代表的な素早く繋ぐ手を変えつつ空いた手を伸ばし広げ左右両面へアピールするスプリット・キューバン・ブレイク等、キレッキレな動きの踊りだ。

 中盤は陽気なルンバ。

 手を離してそれぞれが踊る機会も多く、求愛表現も含む情熱的スタイルと腰のくねりも特徴的雰囲気の踊りだ。その立ち位置で既定の振りを付けての華麗な回転や止めポーズが見せ場である。

 最後は優雅なクルクルと舞うワルツを選んでいた。

 スタート時にアウラが右手を差し伸べると、それに応えマーレが乙女チックに左手をアウラの右手の上へと置く様に手を繋ぐ。そして近寄り向かい合いで両手を握り合った。

 社交チックな横への移動にはスローテンポの舞い。しかし、回転する動きは速度に緩急があり、止めるポーズやタイミングが最高の見せ場となっている。

 時には回転を止めて揺れるように、更に逆回転へと動き、運動量は決してヌルイわけではない。

 絞めは、手を繋ぎ向かい合う双子がクルクルと回転を上げて舞い、のちに速度を落として揺れるように優美さをアピール。

 そしてアウラが握り手を解くと、マーレが離れながら一回りして止まり、優雅にアウラと共に支配者へと礼をした。

 姉妹はいずれの踊りも可愛さと華麗さで魅せて踊り切る。

 

「二人とも本当に素晴らしい踊りだった。お前達は私とこのナザリックの誇りだ」

 

 アインズは、立ち上がるとアウラとマーレの姉妹へ惜しみない拍手を送った。

 ドアの傍では踊りの見事さに魅入っていたフォアイルも同様に手を激しく叩いている。

 

「可愛い、素晴らしいっ!」

 

 そんなルベドからの賞賛する声も()()()()()聞こえてくる。

 主達からの言葉を聞き、アウラとマーレの姉妹が抱き合って喜んだ。

 

 ふと気が付けば――いつの間にかルベドはもう絶対的支配者の後方へ居やしなかった。

 遂には漆黒の大机の前に回り込み座って楽しんでいたのだ……。

 今の時間、護衛者なる者はこの場に誰もいない模様。ただただ姉妹を愛でる観客が二人と、1名のもう逃れる事の出来ない()を背負ってしまったメイドが居ただけである――。

 こうして双子の踊りを存分に楽しんだ『アウラ、マーレ姉妹を()でる会』は無事に終わりを迎えた。

 

 

 いや、そんなわけも無かった。

 

 

 約40分ほどの可愛い闇妖精(ダークエルフ)姉妹の講演が終わる頃、執務室前の開演前に温まっていた空気は――狂った澱みを見せ始めていた……。

 

「もう我慢出来ません。今ならまだ、私もアインズ様との淫らな閨の宴に参加出来るはずですっ」

 

 そう言って、あろうことかアルベドが腰へ手を伸ばし、廊下のド真ん中で華麗な衣装を脱ぎ出そうとしていた。

 

「抜け駆けは許しんせんっ。では、わらわもハレンチに参りんしょう」

 

 真祖の吸血鬼の彼女は最近もパッドを使っていないので、胸へ盛ったモノが舞うという見苦しさは見られない。アルベドに負けじと完全装備を解除すると、深い紫の可憐なボールガウンのボタンを外しだす。

 その行動に統括としてアルベドが反応する。

 

「ちょっと、シャルティア! 何、真似しようとしてるのよっ」

「はぁ? 早いモノ勝ちは女の戦いの常。そんな出っ張りの酷い弛んだ身体じゃ時間が掛かりんしょう。先に行かせてもらいんす」

「なんですってぇ!」

 

 守護者統括アルベドの怪腕と、階層守護者第一位シャルティアの剛腕が久々に激突する。

 二人は額をぶつけ両手を掴み合う形になった。互いに体調は万全。

 Lv.100同士による異次元のパワー勝負が、いきなりフルスロットルへ突入する。

 傍にいたヘカテーだが、止めるべきと思いつつも余りの戦闘力の差に、数歩下がっていた。

 その行き場のない両者の究極のパワーは、微かに周囲へ地響きを感じさせ始める――。

 

 

「ん、なんだ?」

 

 心を癒してくれたアウラとマーレの頭を、左右の御手で同時に撫でてあげていた支配者は、ふと周囲の異変に気付く。

 ルベドの方を見るも、彼女は扉の方を黙って静かに指差すのみ。

 すると扉のすぐ外で、確かに何者か()が、大きい声を上げている風に感じたのだ。

 静かで安らかな雰囲気を誰が乱すのか。

 そういった思いが芽生え、アインズは撫でる手を止めると扉へと近付いて行った。

 高級感の満ちる重き扉は、脇へ控えていたフォアイルにより開かれていく。

 

 

「何事かっ。皆の者、騒々しい。静かにせよっ!」

 

 

 絶対的支配者からの一喝に、アルベドとシャルティアは掴み合ったまま一瞬固まる。

 アルベドの衣装からは両手の白い手袋が床へと落とされ、腰から下の衣装を僅かにずり下げようとした状態……。

 シャルティアも大きな可愛いリボンの付いたヘッドキャップを廊下へ放り、上着の背中のボタンの上二つを外した所……。

 乱れた衣装であるが至高の御方の言葉を受け、直ちに畏まり片膝をついてその場へと控える。

 ヘカテーや騒ぎに集まって来ていた数名の一般メイド達も跪いていた。

 気が付けば、執務室内のルベド以外のアウラやマーレ、フォアイルまでもがその態勢へ移っている。

 (ちな)みに女の闘いへ男は無用と、デミウルゴスやコキュートスは知らせを受けても見て見ぬふりをし、ここへは近付いていない。

 

 状況が良く分からず、アインズが統括のアルベドへと尋ねる。

 

「どうしたのだ、アルベド?」

 

 なんと答えるべきか、アルベドは悩む。しかし、明晰な頭脳を持つ彼女は見ていた。

 扉が開かれたままである執務室内のアウラやマーレの姿を。

 

(……あれは……ダンスの衣装であったように記憶してるわ。それに40分程の時間……ご多忙なアインズ様が閨をお楽しみになるにしても少し短すぎよね。もしかして、単に踊りを見られただけなのかしら――)

 

 主の問いに嘘を吐く事は出来ず時間も置けないとし、守護者統括が伝える。

 

「はい……正直にお伝えしますと、アウラやマーレが羨ましく思い私とシャルティアが、この場にて次の順を争っていた次第です。ヘカテーは私達の行動に対して慎ましさを求めていたようです。でも――願わくば、私達にも機会を頂きたく思います」

「ん?!」

 

 支配者は、次の順というのは何の事だと思うも、アルベドが続けて見事に()()()()()()で明確に補足の言葉を述べて来る。

 

「なにとぞ、姉ニグレドや妹のルベドと共に私も御前で舞わせて頂きたく思います」

「(え、なに? でも、アルベドには負けられないっ)――なら、私も――そ、そう、眷属になったカイレと共に舞いんす」

 

 シャルティアはアルベドの行動を良く理解していないが、同様に御方へ要求し食い下がった。

 両名から急の申し出にアインズは即席で思考する。

 

「あー(ど、どうしよう。でもアウラ達はOKで、アルベドの姉妹やシャルティアらはダメというのは、悲しむだろうしなぁ……ルベドもヤると言うだろうし……はぁ)分かった。では踊りの練習が出来たと思えれば知らせてくれ」

 

 そこでもう終わりそうなはずであったが、ルベドは引きずるようにフォアイルを横に連れて来ていた。

 そしてナゼだかルベドが姉妹同好会会長(会員No.1のアインズ)へと語り出す。

 

「(姉妹ともいえる)メイド達一同も――――ラインダンスを見せたいらしい、是非にと」

 

 執務室前に衝撃が走った。数人いたメイド達が固まる。掃除以外の仕事は得意では無いのだ。

 アインズが、本当かとフォアイルを見ると、首を横に振りた()にしていたが、ルベドの力強い片手がLv.1である彼女のか弱い首筋を掴んでおりコクコクと縦に振らせる。

 希望と同時にフォアイルから漏れ知った者達へも団体責任を課すが如く。

 その様子を全て見届けるも詳細を知らぬアインズは、せめてこう述べてやるしかなかった……。

 

「(すまない……)いいだろう。お前達も()()()練習が終わった時が来たらペストーニャ経由ででも知らせてくれ」

 

 こうして、惨劇に近い形で新しき『()でる会』計画がまた次の一歩を踏み出したのである――。

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 商会(みせ)の名は。

 

 

 アーグランド評議国内での商会立ち上げについて、アインズ一行とゲイリング家との間で応接室の中にある柔らかいソファーへと腰掛けての話合いが半時間程持たれた。

 アインズの横へは当然の様にキョウが上品な仕草で腰掛け、その横に()()が元気よく座る。立場の違うレッドキャップスは立ったままだ。幼い少女の地位が窺えるこの状況から、握手をした評議員の面目は一応立った。見上げるミヤは姉の手を握ると両者は可愛い笑顔を咲かせる。

 その様子を、向かい側へ父コザックトと50センチは離れて座りつつ、ブランソワが静かに眺めていた。

 

(人間の子供と獣人の娘は随分仲がいいのね。それにしても……獣人の娘とアインズ様の距離が近すぎない?)

 

 ソファーの幅には十分余裕があった。見れば、アインズのローブ下で開き気味に座っていると思われる膝より、10センチ離れている程度でキョウは傍へ座っていた。毛並みも容姿も装備すらも美しい獣人の少女としては護衛のためぐらいで、他へ特に思惑など無いのだが。

 でも自然に傍へ寄り座れるという事は、地位と共に他者から見れば気持ちも遠からずとも映ってしかり。

 豚鬼(オーク)娘のブランソワには獣娘が身の熟しといい、美しさといい強敵に見えていた……。

 

 乙女の密かな思惑がありつつも、商会に関する事柄は順調に決まって進んでいく。

 資本金として、ゲイリングが金の粒で5万粒を申し出たが、アインズは却下。

 娘ブランソワの個人資産内より金1万粒を、アインズがアイテムボックスから取り出した上級アイテムの小剣を担保に借り受けるという形で話が付く。上級は遺産級(レガシー)、最上級に次ぐ水準である。アインズの個人所有していた余りアイテムの一つ。

 それでも場にアイテムが出て来ると当然商人の目を持つゲイリングとブランソワは普通じゃない品だと理解する。それはアインズの身に付ける破格の装備も今、改めて間近で見ているためだ。

 この上級アイテムの小剣は後日、ゲイリング家お抱えの鑑定師により金4万粒分ぐらいの価値は十分あると査定されている。

 新商会の所有者にアインズが就き、責任者代行としてゲイリングの娘が給料をもらう形で運営する体制で合意。

 また用心棒や監視人として、小鬼(ゴブリン)レッドキャップの内3体を残す事にした。

 あと、所属商人についてはブランソワの方で腕の良い者へ声を掛けるという。

 国内有数の『ゲイリング大商会』と完全同盟を組む形の新商会である。成り手は後を絶たないだろうという話だ。

 ブランソワが要点の一つである方針を尋ねてくる。

 

「商会としてどういった特色を持たせるおつもりです?」

 

 今のところ、アインズとしては大規模化を望んでいない。

 

 おぼろげだが最終的に目指すのは――『八本指』やナザリックの地上新都市間での闇貿易。

 

 なので、人類圏に反感を持つ商人を現時点で大量に抱えたくないと考えている。

 一方で奴隷売買も含め、必要なら全項目の取引を行えるようにしておきたかった。

 

「変動の少ない塩や調味料を主力で、あとは一部穀物、衣類でいこう。雇い入れは少数精鋭だ。口が堅く一度受ければどんな仕事でも、黙って命を掛けてやってのける信用のある者達を10名程集めていて欲しい」

「……なるほど。分かりました、最善を尽くし集めます」

 

 商品は兎も角、人集めはまだ若輩のブランソワには少し荷が重い話でもある。

 それほどの腕利き商人達が只の小娘の誘う商会に入るとは思えない。

 しかし、ブランソワには一つ秀でた面があった。それは、父をも越える程の難度144の丈夫な身体と高い身体能力だ。

 身内の隊長である戦士の豚鬼(オーク)でさえも、彼女を容易に組み伏せる事が出来ないと判断し、欲情のまま強引に襲い掛かる事はしなかった。

 彼女は自身の強さを武器に、これまで3年余りの仕事で商人関係の信用を急速に築きつつある。

 難しいがだからこそ、やりがいのある大役だと引き受けていた。

 その彼女が支配人(アインズ)へともう一つ要点を問う。

 

「あのそれで、商会の屋号(名前)はどうしましょう?」

「ふむ」

 

 胸元で腕を組み少し考える素振りをしてみせるが、絶対的支配者は『名前を』と要求され仮面の中で目を一瞬泳がせる。自慢ではないが、名付けへ関してはセンスに全く自信が無い。

 責任者代行で副支配人となるブランソワが気軽に助言してくれる。

 

「どうでしょう、知名度の高い名称とかも良さそうですが」

 

 その言葉で、アインズの脳裏に燦然と閃いたものがあった。それを口にする。

 

「“モニョッペ”――商会とかはどうか?」

「ああ、ラミアの英雄モニョッペスですか。良いのでは」

 

 ブランソワは笑顔で賛同してくれる。種族が違っても有名な強者は人気があるのだ。

 ここで正解の名称を知るも、いいのかよと思いつつ素早く言い直して相槌を打つ。

 

「そう、モニョッペスだな。モニョッペス商会、これで行こう」

 

 旅の魔法詠唱者は、如何にも評議国の知識がある風にと頑張って振る舞った。

 無事にナザリック所属のアーグランド評議国内新商会は名称他、資本の金1万粒や、基本方針は塩、調味料や一部雑貨等も決まり、アインズはブランソワと握手を交わす。

 

 翌日から若き敏腕の副支配人ブランソワ・ゲイリング率いる『モニョッペス商会』は小鬼(ゴブリン)レッドキャップスと共に営業を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 幼い少女ミヤは……(評議国からの引き上げにつき)

 

 

 アインズは、コザックト・ゲイリング評議員の昼食から始まるであろう大宴会を断り、所用へと急ぐ風に小鬼(ゴブリン)レッドキャップの3体をブランソワの下に残し評議員の中央都滞在屋敷を出た。

 本日、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』との王城一室で行われる会談へ赴く為だ。

 会談開始の予定時刻は午後1時半。今は午前11時前後である。

 時間はまだ十分あるように思えた。

 だが、絶対的支配者が『評議国の旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)』のフリを続ける為、殆ど姿を見せていない〈完全不可知化〉のアインズとルベドに()()は兎も角、キョウ一行は直ぐに中央都やアーグランド評議国から消え去る訳にはいかないのだ。手間であるが、国民らしい一連の行動を暫く取る必要があった。

 ネコマタ娘(キョウ)とレッドキャップ1体は、宿屋に残していたレッドキャップ1体と合流し、それから間もなく予定より1日以上早いが宿部屋を引き払う。

 小都市サルバレでは目を付けられる立場でなかった為、宿屋や街中でのんびりと出来たが、近日中の中央都ではそうはいかないと考えた。それにあと数日残ってもアインズは不在気味となる事に加え、キョウも不穏状態のカルネ村へ戻りたがっていたのもある。

 そうしてキョウ一行は、昨日入場した中央都の南西側大門から正午前に退去した。

 アインズはまだアーグランド評議国へナザリックの本拠地がない状況へ、何か考えておく必要性を感じる。

 

(王都のように、どこか適当に屋敷でも借りようかな)

 

 ただ長期滞在の適任者が中々いないなど、直ぐにとはいかないだろう。

 色々思案をしているうちに、6名は昨日小都市サルバレ近郊から〈転移門(ゲート)〉で出て来た街道の脇道が通る小さな森へ到着し、誰も立ち入らない茂み奥の空き地まで進む。

 その地でアインズとルベドは不可視化を解除した。

 さて――ここで()()をどうするかと支配者は考える。

 姉のキョウはトブの大森林内へ、レッドキャップ2体はナザリックへ、ルベドは王都内へ……と行き先を割り振ろうとしていた。

 キョウと一緒というのは姉妹として好ましいが、村へ連れ帰り森の中に人間の子供がいたというのは不自然過ぎた。とは言え王都へ連れて行くわけにも行かずである。

 結局、アインズは姉のキョウにその旨を伝え、了承を得ると守護天使へと告げる。

 

「……ルベド、()()をナザリックのニグレドの所へ預けて来てくれ。この冷気対策のアイテムが有れば問題ないだろう。お前はその後目立たないように王都へ戻れ」

「分かった。必ず無事に届けて傍へ戻ってみせる」

 

 既に少女を優しく抱きかかえつつ、何故か鼻息が荒い感じのルベドは主から対策アイテムを受け取る。

 少し不安そうに見える幼い少女へ支配者は伝えておく。

 

()()よ、これから送り届ける地は我々ナザリック勢の本拠地であり家だ。ニグレドというのはこのルベドの姉でな。ただ、顔や姿に少し驚くかもしれない。でも、子供をとても大事にする者だ。安心して向かうがいい」

「はい。分かりました、アインズ様」

 

 ニグレドなる者がルベドの姉と言う話を聞き、ミヤは安心し笑顔を浮かべた。

 その様子を見た後に支配者は〈転移門〉を順に開いていった。

 

 

 

 ミヤを連れたルベドは小鬼(ゴブリン)レッドキャップ2体と共に〈転移門〉を抜け、ナザリック地下大墳墓の地上施設である中央霊廟正面出入り口前に降り立つ。

 至高の御方がいないので出向かえはない。

 レッドキャップ2体については生存に水や食料が必要なため、第六階層の『ジャングル』にて待機するようにと指示されている。

 それを伝える意味もあり、ルベドがそこまで同伴した。

 これでもレッドキャップスはアインズが金貨を使い呼び出している直属の配下の為、自動ポップする連中と扱いが違う形だ。

 第六階層を歩くと密林の手前に守護者のアウラがいたので、ルベドは簡単に説明し引き渡す。

 

「アウラ、この2体はアインズ様が呼び出した直属だ。ここで預かれと」

「了解っ。……で、その子は?」

 

 闇妖精の姉(アウラ)は、小柄で自分程の背をしたルベドと手を繋ぐ人間の子供を不思議そうに見た。

 

「この子は()()、アインズ様の計らいでキョウの妹になった。第五階層の姉の所で預かる。虐めるな」

「へー。分かった、よろしく、ミヤ。あたしはアウラ。一応ここの階層守護者だよ」

「よ、よろしくお願いです、アウラ様」

 

 新入りの人間には『階層守護者』なるものはよくわからないが、やり取りから偉い責任者の感じに見えた。

 また褐色肌の彼女の傍へは巨体の怪物達が多数控えているのが見て取れている。

 幼いミヤであるが(アインズ)達を知り、単に姿や形で左右されてはいけないと理解していた。

 アウラとしては、御方自らの肝入りであるしキョウの妹という点や、幼いながらきちんと頭を下げる殊勝な態度に笑顔で頷き伝える。

 

「ようこそナザリックへ。いつでも、ここへ遊びに来てもいいよ。あそこは少し寒いからね」

 

 とりあえず今はそう言って歓迎した。

 笑顔で手を振るアウラとレッドキャップスと分かれ、ルベドとミヤは、第五階層の『氷河』へとやって来る。

 まずは、階層守護者コキュートスへの挨拶である。冷気対策のアイテムは有効に働いていた。

 吹雪いてはいないとはいえこの階層は全域へ氷塊が広がり気温は常時マイナスなのだ。

 ルベドら二人は大白球(スノーボールアース)に向かい、シモベの雪女郎(フロストヴァージン)へ用を伝え中の一室へ通される。

 間もなく身の丈2・5メートル程の巨体の蟲王(ヴァーミンロード)が現れた。

 

「ルベド殿、新入リノ挨拶ト聞イタガ?」

 

 ルベドより武技の教えを受け、武人としての強さを評して珍しく『殿』を付けていた。

 守護者のその大柄さと異形の姿に、()()は思わずルベドの手を強く握る。

 ルベドがコキュートスへと少女を紹介する。

 

「コキュートス、この子はミヤ。アインズ様の計らいでキョウの妹になった。この階層の姉の所で預かる。だから挨拶に来た。少し怯えているぞ、虐めるな」

「ソウカ……私ハ何モシテイナイガ。ミヤヨ……私ハ虐メナイゾ」

 

 コキュートスは、態々(わざわざ)僅かにしゃがむ形て視線を随分下げて話す。

 彼の属性は中立(カルマ値:50) であり、強者的理性を持ち無益な殺生はしない。至高の御方がナザリックに目の前の少女を加えたのなら、それへ従うのみと考えている。

 その少し気を使ってもらっている雰囲気を()()は直ぐに理解する。

 

「よろしくお願いです、コキュートス様」

「ヨロシク、ミヤ」

 

 可愛く微笑むミヤは、もうコキュートスへの怯えをみせなくなっていた。

 かなり順応性が高い子であった。このナザリックでは重要な事だ。

 こうして第五階層の守護者への挨拶を終え、ルベドとミヤはいよいよ『氷結牢獄』の館へ入って行く。

 今、ルベドは歪な腐肉赤子(キャリオンベイビー)は持ってきていない。ミヤしかいないのだ。

 すると、()()がやって来た……。長い黒髪に黒色の喪服姿で迫って来る魔物的姿。

 狂ったような「こどもをこどもをこどもを――」という一連のイカれた言葉の連打が来たが、ルベドは最後まで聞いて告げてやる。

 

「姉さんの子はこの子、()()

 

 そうして両脇を抱え上げ顔を前へ向けていた人間の子供()()を手渡す。

 すると――いつもと反応が違った。

 赤子と違うからか揺り籠へ移すことなく、いつもよりも柔らかく優しく胸元で抱きかかえていた。

 

「あああ、ミヤ、ミヤちゃん、私の可愛い子供」

 

 正に『亡子を求める怪人』に子が戻って来たという雰囲気。幸せな空間がそこにあった。

 一方ミヤは、支配者から聞いていたので『覚悟』しており、長い前髪の間から覗く表皮のない顔面と瞼のない目玉からの視線を受け入れていた。

 表皮のない顔面とは、極論で言えば髑髏的にも見えるのだ。

 慣例が終り、ミヤを抱っこし続けるニグレドがルベドへと話し掛ける。

 

「まあまあ、可愛らしい下の妹よ、ご機嫌よう。(いと)おしい子を連れて、どうしたのです?」

「ニグレド姉さん、この子はミヤ。アインズ様の計らいでキョウの妹になった」

「よろしくお願いです、ニグレド様」

 

 ルベドの姉へ抱かれつつ、ミヤは小さくペコリと頭を下げた。

 その様子を見ながら妹の天使が姉へと伝える。

 

「当面、姉さんの館でミヤを預かって欲しいとのこと」

「――なんですって! 素晴らしい」

 

 柔らかいミヤの頬へスリスリしながら、ニグレドは喜んで引き受ける。

 生きた純粋の子供はネム以来で、まさか共にこの牢獄空間で暮せる日が来るとは思っていなかったのだから。

 こうしてさり気なく姉孝行もしつつ、ルベドは無事にナザリックへとミヤを送り届け、地下大墳墓の地表へ上がると王都へ〈転移(テレポーテーション)〉して行った。

 

 

 そして―――。

 

「くふ、くふふ、くふふふふふふ――――」

 

 ルベドはもう一人の姉へも福音を届けた形となった。

 妹が地上の中央霊廟前にその()()()()()と現れて以降、統合管制室の一角にアルベドの楽しげな声が響いていた……(勿論、誰も近付かない)。

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 恋乙女クレマンティーヌの誤算

 

 

 クレマンティーヌが王都リ・エスティーゼに来て初めてモモンと(マーベロはオマケで)の再会へ向かい鼻歌交じりで“擦レ印(すれいん)聖典出版”所有の資材倉庫事務所を出た時、彼女は不覚にも気が付かなかった。まだ顔を見ていない支部員二人の内の1名が〈生命隠し(コンシール・ライフ)〉で潜んでいた事に。

 この少し太り気味の支部員の男は、副支部長が王都にて引き入れた元(ゴールド)級冒険者で、足跡の残り気による追跡も可能であった。

 太り気味の支部員は、懲りない副支部長よりクレマンティーヌの驚異的身体能力と追跡者把握など高い隠密力の情報を貰い、遅れて経路を辿らず平行移動し距離を取るなど攪乱的に追跡を行なった。

 その結果、王都の南東地域の広場で、漆黒の全身鎧(フルプレート)を着た戦士と小柄な純白のローブの者との接触を目撃する。

 ただし、通り過ぎるようにしか確認出来ていない為、会話等の収集は皆無。

 その後も通り過ぎる形で、飲料店の場で4人組の冒険者チームと思われる連中とも会話をしているところを目撃していた。

 標的の金髪で可愛い女剣士が間もなく去った為、用心深い太り気味の支部員の彼も、経路を大回りして時間を置き引き上げた。

 

 

 クレマンティーヌが秘密支部の事務所へ午前11時前に戻って来た。この時、顔を合わせていなかった2名の内の1名を把握している。

 室内も副支部長らが「お疲れ様です」と声掛けぐらいでシツコイ接触も起こらず、特に問題を感じなかった。彼女は事務所内で調査資料に30分程目を通すと昼食に外へ。不思議と副支部長からのアクションは見られず。

 ところが食事を終えて戻って来ると、無精髭のあの男がニヤニヤしながら直ぐに横から近付いて来た。

 そして、周りの作業する支部員には聞こえない囁きで伝えてくる。

 

「クレマンティーヌさんは――エ・ランテルの2人組と4人組の冒険者の方々とお知り合いで?」

 

 豪胆で冷静なクレマンティーヌが、思わず目を見開いて動きが一瞬止まってしまった。

 

(――なんで知ってんのっ……この糞がぁぁぁ)

 

 だが、まだである―――殺すのは。

 おもむろに左横の男へと向きながら彼女は笑顔で答える。

 

「んーまあ、よく王国への情報収集や調査で行くからねー。偶然会っちゃったー」

 

 すると、副支部長がニヤリとして鋭く突っ込んで来た。

 

「そういや朝は、()()()()()()回って来ると言ってませんでしたっけ?」

 

 これも揺さぶりだと場数を踏む彼女は感じ、落ち着いて言葉を返す。

 

「私の身体能力だと王都の近郊周辺までは全部近くなんだよねー。ゴメーン、ここの“規則”ってよく知らなくて。行先申告はそもそも言われてないしー、一々細かく言わなきゃいけないのー?」

 

 この答えにさすがの無精髭の彼も苦笑う。

 

「あー、そういやそうですね、ははは」

 

 人外のクレマンティーヌに、普通の人間への問答は意味を成さない時が有るのだ。

 更に、彼女は今事務所へと入って来た太り気味の支部員が最後の1名として認識する。一瞬目が合った雰囲気で彼女は悟る。様子から推測して元冒険者だと予想した。

 

「(……こいつかぁ) で、何か用ー?」

 

 思考では支部員を追いつつ、言葉は鬱陶しい副支部長へ対して『反撃』した。

 クレマンティーヌからの不自然さのない返事を受け、副支部長は考えと共に答える。

 

「(この女、付け入る隙がねぇ。イイぜ、落とし甲斐がある)……出来れば、何か情報を仕入れたのなら知らせてもらえりゃと思いましてねぇ」

 

 チョイ悪そうな無精髭のこの男も、伊達に副支部長をしていない。

 ここは王国と王都内の情報を集める秘密支部。女の弱みを探る行為を仕事へと置き換え、辻褄をキッチリと合わせてきた。

 それに対して女剣士は、もう余裕を持って返す。

 

「彼等は王都へ来たばかりだからー。あの場じゃ、挨拶程度しかしてないしー、大して情報はなかったよー。まあ、何かあればその時、知らせればいいんだよねー?」

「ええ、そういうことで一つよろしくお願いしますよ。ははは、では」

 

 副支部長は、後ろ髪へ手を当て口許へ無理やりに笑いを浮かべるも、背を向けたと同時に表情を不満溢れる顔にして席へと戻って行った。

 クレマンティーヌは、もう彼を視線で追っていなかった。既に先の、今後の事へと考えを巡らしている。

 

(好きに動けなくなっちゃったじゃん、アッホがーっ)

 

 支部員を全員把握したことで、彼女にとって事務所の連中を撒くことは難しくない。

 しかし、今後何度もモモン達『漆黒』チームと街中で接触することは、リスクが跳ね上がってしまった。モモン達と接触した事実は、持ち帰り用で手渡される資料に記録として含まれるだろう。

 例えその資料を取り除いても、ここの資料と支部員の記憶には残り、竜王との戦いの後などで再度本国へ知らされる可能性は十分にある。

 今、資料的に誤魔化しをすると、逆に目を付けられバレる可能性の方が高くなると判断した。

 またこれ以上の状況悪化は極力避けるべきとも考える。

 

(王都内で会うことへ偶然を装うならあと一回が限度かー、うえーん)

 

 クレマンティーヌは近くまで来てるのにと酷く悲しくなってきた。

 それがあり午後(『蒼の薔薇』との会談が終ってしばらく後)、モモンからの『小さな彫刻像』を通した連絡に対して、彼女は事務所でのやる気を無くすと飛び出し、宿屋へ向かいながら会話する。

 そして『モモンらとの接触露見』に関する一連の内容を伝える雰囲気は沈んだものであった。

 

「――というわけー。がっかり―。仕方ないけど、今日はこのまま宿に帰るねー。寂しいよー」

『分かったよ。寂しいね。こっちでも何か対策を考えるよ。また連絡するから』

「うん。待ってるよー、モモンちゃんっ」

 

 愛しの彼との連絡が切れる前に、クレマンティーヌは少し笑顔が出来た事が救いであった。

 恋乙女の王都での奮戦はまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 竜王国で(くつろ)ぐ犬

 

 

 (アインズ)の特命を背負いしナザリックの者ら二名、セバス・チャンとルプスレギナ・ベータが竜王国の地へ降り立ち、既に丸3日が過ぎる。

 だが、4日目で早くも飽きが来てしまった駄犬(ルプスレギナ)がそこにいた……。

 

「ずっと、暇っすねー。もっと……大軍で襲ってこないっすかねー」

 

 口調はしびれる程クールに、そして内容は呆れる程フールで。

 上司のセバスは都市内の様子を見に出ており今は一人。

 借りた部屋の窓際に残されていた椅子へのんびりと座り、開いた窓からぬるい風を受けて晴れた昼下がりの夏空を眺めていた。

 黄昏ている感すらある。

 決して疲れた訳では無い。彼女達戦闘メイド六連星(プレアデス)は疲れない。主も姉妹達もおらず、相手も弱く単に飽きたのだ。

 

 東方三都市へ到着した晩のゴーレムを粉砕した後、夜が明けるとセバスとルプスレギナは一番南の『東方第三都市』にてしばらく街中で色々聞き込むと、外観がベージュ色の5階建て雑居棟の3階一室を師弟の冒険者チームだとして借りた。

 これは勿論、セバスが偉大な至高の御方の行動を参考にした形だ。

 ただ宿屋とは少し違う賃貸部屋であった。既に宿屋は空きが無い状況での選択である。ここも今朝、数日前の戦死が分かった冒険者チームの部屋という有り様。利点としてはベッドメイクなどがないので、終始誰も部屋には入って来ない。但し1週間分の前払いを要求されたが。

 信用がない初めての者は決まりの措置らしいので、白鬚白髪の紳士は気にせず要求に応じた。都市を守る者らである職業から、一応大家から歓迎されスムーズに話はつく。

 二人に食事の必要はないが、セバスは「あの、最寄りの市場はどの辺りでしょうか?」と紳士風の丁寧な言葉でいくつか尋ねたりしていた。

 鍵を受け取り教えられた部屋へ向かう。武器はあるが二人とも荷物はないので、家事室とお手洗い(兼浴室)に納戸、寝室とリビングの2部屋ある借りた室内を一通り確認すると外へ出掛けた。

 連日の戦場と化す都市の中は、はっきり言って荒んでいる。

 通りには近隣からの難民なのか、宿無しの者達で溢れている光景が都市全域でみられた。夏場なので過ごせるが、衛生面には色々と問題が起こっているように感じた。

 幸い難民へは配給制で食事券が配られており、なんとか食い繋ぐことだけは出来ている。

 身内が兵へ志願すれば、難民にも長屋風の住まいが与えられるなどの優遇面もあるようだ。

 だが、過酷な戦場へ出れば容易く命を掛けなければならないのは明白で、多くの父親だろう男達は家族と通りの端で身を寄せ合っている姿が見て取れた。

 セバスの善の心には、悲惨な者達の姿が克明に刻まれていく。しかしその彼も、行動はあくまでも絶対的支配者の命令の範囲内で、とは十分理解している。

 

「皆……困っているのですね。助けになればいいのですが」

 

 彼は自然に呟いていた。

 今の言葉にルプスレギナは――。

 

「頑張るっすですよー」

 

 敬語が混ざり変になったが、心の中は明かさずにどうとでも取れる相槌を打っていた。

 あくまでもアインズ様からの指示である『戦地でのセバス様補佐』、そのセバスの仕事『御方の到着まで都市を防衛しつつ闘いを拮抗状態で維持させる事』についての発言である。

 まず、この使命での上司に良い印象をと、ルプスレギナは努力する。

 セバスは主にも信頼厚き側近で階層守護者級の者。

 ここでミスれば、御方にダメっぷりが伝わってしまうと彼女は気を引き締めていた。

 御方からは『なるべく目立たないように』という重大な指示もあるのだが……。

 

 セバスとルプスレギナの二人は、自然と目立っていた。

 

 特にルプスレギナは派手な上に綺麗な赤髪と突出した美貌の持ち主。更にスリットが深くて可愛さも追求された上に、白地のアクセントの効いた黒の最高級衣装装備なのだから。

 なので、軽くあしらうがよく何度も野郎から声を掛けられてしまう。

 セバスについても、ダンディーな雰囲気にワイルドな特別製の黒いバトルジャケット。そして紳士的な物腰と言葉。

 いかにも何者だろうと思わせる空気が漂う。

 更に市場でセバスは、荷が満載の重い荷馬車が道の穴に嵌り込んで困っていた運び屋の老人を見てとっさに助けてしまう。

 車体の下へ差し込んだのは、どう見ても片手であった。

 更によく見れば、床板を支える横梁棒に引っかかっていたのは小指の先だけだった――。

 『ため』が全くなかった様子や通常起こらない地面への足型沈み込みも非常にマズいと思えたが、本人は気にする事もなく車輪を持ち上げ出して前へと進めてやる。

 周囲にどよめきが起こったのは言うまでもない。

 直後から、セバスの横を付いて歩く美少女ルプスレギナへの声掛けは随分と減っていた。

 

 その後や翌日も昼の街中へ出るとセバスは、可能な範囲でいくつか困っている人を必ず助けていた……。

 また、先日からこの都市の噂になり始めている謎の二人組の話も、ルプスレギナ達の注目度へ輪を掛ける。

 強烈な足技で敵ビーストマンの副将を倒した男性戦士と、瀕死の兵士と老戦士を一瞬で完治させた天才魔法詠唱者(マジック・キャスター)の華麗な少女の事である。火事を鎮火させるのに貢献したとも伝わる。

 だが近くで両者の姿をハッキリと見た者は、オリハルコン級冒険者チームのリーダーで鎧の老戦士のみ。何でも『聖者』の二人は正式には名乗らずすぐ去って行ったらしく、紳士的偉丈夫と美少女でどちらも黒い装備衣装だったという情報ぐらいしか流れていない。

 とは言え、噂の組み合わせはそれほど多くなかった。

 特に目撃者である老戦士への重篤な病の症状の完全回復魔法は、オリハルコン級冒険者チームの魔法詠唱者にも出来なかったとも伝わる。

 『聖者』と呼ばれるに相応しい者達だと噂が都市内の一部から広がっていく……。

 その中で、目立つ手助けを繰り返していれば――軍から声が掛けられるのは必然だろう。

 

 3日目の今日はルプスレギナも連れており、直前に老婆の背負う大箪笥程の荷物運びを手伝ったセバス達は、都市の通りの脇を歩いていた。

 彼女的には、先日から上司がこの都市の者へ施す行為はとても無駄に思える。ナザリックへ無関係の者を助ける意味など欠片も見いだせないのだから。

 逆に苦しむのを楽しんだ方がずっと有意義に思えていた。

 

(動かない馬車も馬の尻をひっぱたきまくった方が絶対に面白いっす。今の大きい荷物に「しんどい」と(うずくま)ってた婆さんも、背中に火を付ければ全速で走って行ったはずっすよー)

 

 人狼(ワーウルフ)の娘がトンデモナイ事を考えつつも黙し、ニッコリと上司の行動へ理解を感じさせる笑顔を浮かべていた、その時。

 

「失礼するぞ。二人とも少しよろしいかな?」

 

 それは前から来た15名程の都市を巡回している風の衛兵小隊。それを率いていた隊長が声を掛けて来た。

 上背と体格はセバスよりもある男だ。もっとも、レベルは10を僅かに超えている程度のゴミ水準。ルプスレギナの視線はそう捉えていた。

 彼女の半歩前に立つセバスが、隊長へと紳士的な言葉と雰囲気で応対を始める。

 

「何か、御用でしょうか」

「うむ。あなた方二人は、その服装から冒険者の様に思えるが、今どの地域の護りに当たっているのですかな?」

 

 衛兵の隊長は、多くの冒険者達が都市防衛へ交代で参加していることを良く知っている。

 なので、防衛戦へ参加していないチームの方がずっと少ない事も分かっていた。

 そして参加していないチームは(カッパー)級ぐらいで、彼等も最前線ではないが多くが街中の警備へ当たってくれていたのだ。

 つまり、所属が言えない者達は『非常に特殊』だということ。

 セバスは特に気にする風もなく答える。

 

「いえ、我々は特に都市の護りへは付いていません」

 

 答えを聞き、隊長の目は驚きに変わる。目の前へ立つ白髪の老紳士的戦士と美少女の組み合わせは、オリハルコン級冒険者チームのリーダーから()()()()()()の二人に一致していた。

 隊長は思い切って尋ねる。

 

「あの、もしや二晩前の夜にビーストマン側の強い副将を倒されたのは、あなた方では?」

 

 ルプスレギナの視線は一瞬流れる――が、セバスの視線は隊長から動くことは無かった。

 紳士の彼は静かに泰然と告げる。

 

「人違いではと。我々は周辺から退避してきた身。今後も滞在しますが戦うつもりはありません」

 

 歴戦の隊長には、眼前の者の答える姿にどう見ても肝が据わり過ぎていて、身震いを感じた。

 そして、その豪胆な男の言葉が続く。

 

「ではこれにて、失礼させてもらいます」

「あ、ぁあ、申し訳なかった」

 

 立ち去る二人へ、隊長はそれ以上何も踏み込んで聞くことが出来なかった。

 でも彼の言葉『今後も滞在しますが』の部分で確信する。

 

(あの『聖人』達は、きっと我々の()()()()味方なのだっ!)

 

 隊長は更に気付いたのだ。

 

 もしかすると彼等は、スレイン法国からの強力な援軍ではないのかと――――。

 

 勘違いされた『援軍』の存在は、公然と都市防衛陣でも秘密裏にされることとなった……。

 

 

 

 『東方第三都市』へ対する『ビーストマンの国』側の攻勢は副将を討たれ士気が下がったこともあり、ルプスレギナらが部屋を借りた晩と翌晩と翌々晩について、かなり大人しいものと成った。

 そのため、小都市の護り手達は上手く機能でき、辛くも防衛を続けていた。

 だが逆にセバス達は様子を見ているだけとなる。

 無論それも尊い任務の一つであり、セバスはルプスレギナへ監視を任せると北の二つの都市の様子を見に赴いていた。

 結局、ビーストマン側はこの3日、都市内への侵入はゼロである。

 

 しかし4回目の晩を迎え真夜中を回る頃、今宵は違う流れになった。

 敵の兵が少し増えていたのだ。恐らく本陣にいた負傷兵の復帰分1500程が、副将を失ったこちらの攻撃軍へ加わった様に感じられた。

 そのためビーストマン達が各所で防衛網を突破し侵入しており、誰も対応に来れていない二カ所について、セバスと分かれ片方の動向を追いルプスレギナは今、それを屋根上から寝そべり寛いで見ている最中。

 一応常に、白銀と漆黒の鎧付で動き易い戦地仕様の黒いシスター服系衣装装備姿である為、戦闘準備は万全であった。

 視線の先、約50メートルの場所に侵入者のビーストマンは7体おり、襲った人間へと容赦なくかぶりつく。それは必殺の攻撃でもあり食事とも言える。

 

「いいっすよねー。お腹すいたっすよねー」

 

 ルプスレギナは、何気なくビーストマン達の行動に共感していた。

 そして都市内の一般男性数名が勇敢に戦うも次第に殺され、女子供達が路上で追い詰められて絶望的思いに黄色い悲鳴を上げ、それがより大きくなる中――寛ぐ駄犬は全く動かない。

 

「可哀想っすよね、悲惨っすよねー。無力で弱い死んじゃう連中は、はっはっはっは」

 

 間も無く、20名程の女性と子供達が全員殺されるまでその惨劇を笑顔でじっくり見ていた。

 なぜなら『非戦闘員であり、都市防衛の大勢に影響がない』と判断したからだ。

 衛兵の一団でも居れば、助けに出るところであった。

 ()()()()敬愛する絶対的支配者の命令だけには忠実である。

 そして、弱い人間どもを殺し尽くし、口から血を盛大に滴らせ満足するビーストマン達が残った。

 駄犬はここで満を持して動き出す。

 『満足と優越感に浸る』ビーストマン達へ絶望を見せ思い知らせ、己が楽しむ為に――。

 その後、ビーストマン達7体は、まず手足を根元で折られて仰向けで横に並んで生かされ、次は全ての指を順に折られていく拷問を20分程受けた後、最後に頭をゆっくりと1匹ずつランダムに潰されて死を迎えた。

 ルプスレギナは泣き叫ぶ相手へ笑顔で容赦ない声を掛けていく。

 

「あれー。人間達を最後に殺せて食べて、もう十分楽しんだっすよね? 泣いても誰も助けないっすよー? ざまぁな自業自得ぷりっすよね、はは。最後ぐらい狂気に叫んで私をもっと楽しませるっすよー」

 

 彼女の属性、凶悪(カルマ値:マイナス200)の残虐性が竜王国の戦地で大炸裂していた。

 

 

 

 駄犬(ルプスレギナ)が散々寛ぎ、少数の敵へ時間を掛けて楽しんでいる間に、一カ所を片付けたセバスは追加で湧き続けるビーストマン勢らを数カ所で計60体程倒し、部下の所へ合流して来た。

 路上の片隅へ女子供の死体が無残に転がる光景に、上司は目を細める。

 

「なんと……間に合わなかったのですか?」

「はい、残念ながら。なのできっちりとビーストマン達は殺しておきましたー」

「分かりました。では次へ行きましょう」

「はいっす」

 

 残念さを滲ませ目を閉じ語るセバスの言葉に、人狼(ワーウルフ)の娘は機嫌よくニッコリと笑顔を返す。

 二人は一気に、周辺の6階建ての屋根へと飛び上がり屋上伝いに駆け出す。

 そこで、紳士的上司がルプスレギナへ伝える。

 

「先程、戦闘の最中にアインズ様より状況確認の〈伝言(メッセージ)〉を頂きました」

「えっ……」

 

 取り繕う笑顔をしていたルプスレギナは絶句し、余りの緊張で顔が引きつりだす。

 

 

 その時刻に己は何と――散々(くつろ)いで居てしまったからである……。

 

 

 敬愛する至高の御方が、お忙しくも配下の働きへ確認の作業をしておられたのにだっ。

 

(あぁーーーっ、最悪っすーーー! 申し訳ありませんっ、アインズ様ぁぁーーー)

 

 屋根の上を疾走しながらも、思わず頭を抱えた駄犬にはもう前が良く見えない。

 彼女は精神負荷で思わず倒れそうな感覚に陥る。

 ところが――。

 

「アインズ様は、我々の行動に満足されているご様子でした。最後に“ではよろしく頼むぞ”と、これからの働きへの期待のお言葉も頂きましたよ」

 

 セバスから伝えられた内容を受け、単純なルプスレギナは復活する。

 正にそれは、ご主人様に褒められた犬の如く。

 

「私、超頑張るっすーーーー! ビーストマンを惨く殺しまくって、アインズ様の使命を絶対に達成しますからーーっ!」

「ええ、その意気ですね」

 

 ルプスレギナの遠吠えのような可愛い絶叫に上司セバスは、部下のやる気のある態度へ満足し次の敵の侵入場所へと向かって行った。

 この日、二人は少し張り切り過ぎた……後半は都市外へも10分程飛び出し、今宵『ビーストマンの国』が大攻勢を掛けて増加動員したと思われる分に匹敵する1300体の死体を積み上げてしまったのである。

 その誰か分からない『聖人』二人の登場と大活躍の噂は、明日への希望として密かにこの都市内で有名になりつつあった。

 

 『くれぐれも()()()()()ように』という絶対的支配者の言葉は一体どうなるのか――。

 

 二人の使命はまだまだ続く。

 

 

 

 『ビーストマンの国』の竜王国侵攻拠点の陣地へ、伝令の兵により前線『南方都市』で戦死者急増という深刻な事態の報告が届く。

 

「や、やはり。参謀殿の言う通り、あそこには何かがいる……」

 

 竜王国方面指令官である、銀色鎧を纏う獅子顔の将軍の顔色は青ざめていた。

 

 3日前に『ビーストマンの国』へと帰国の途に就いた、豹顔で雄のビーストマン『大首領第二参謀』。

 彼の携える国家兵器ゴーレムの完全損壊や副将死亡など竜王国側の反攻報告は、あと数日でかの国の中央へと伝わる事になる。

 その先に何が待つのか、まだ誰も把握する者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. アルシェの家にて

 

 

 ヘッケラン達は小鬼(ゴブリン)軍団の野営地から、帝国騎士団の隊にも見つからず無事、南西外壁門の閉まる前に帝都アーウィンタールへと戻って来た。

 途中で〈魅了(チャーム)〉が解けると、あれだけいた屈強揃いの小鬼(ゴブリン)軍団と将軍へ捕虜救出行動を知られたにも関わらず解放された状況や、威厳に満ちた巨体のモンスターから魔法を掛けられていた事に3人は改めて震える。

 帰り着いた『フォーサイト』の面々は夜中の『歌う林檎亭』1階のテーブルに座っていた。

 野営地で起こったことを踏まえ、今後の行動を話し合うためにだ。

 

「それにしても幸運よね、無傷で帰って来れたなんて」

「不思議なぐらいだよなぁ」

 

 少し難しい顔をしながらイミーナとヘッケランは呟く。

 近くで見た赤肌の小鬼(ゴブリン)らの、鍛え抜かれた戦士的雰囲気は本当に危険さを感じさせたのだ。

 それらの記憶に対し、僅かに考えてからロバーデイクが語る。

 

「恐らくですが、現在亜人の軍団が異例の無血退却中だったからでは?」

「そう……だなぁ」

「それしか……ないわよねぇ」

 

 無傷で済んだ事自体、普通と違う事が逆に説得力を持たせ、十分妥当な理由といえた。

 他に考えようがない。関連情報不足もありアルシェと軍団の将軍が、まさか裏でつるんでいるとは想像出来るはずも無いのだから。

 素朴な疑問に全員が納得したところで、ヘッケランは次の議題に移る。

 

「アルシェが無事で解放されるって事で話を進めようと思うが、二人ともそれで問題ないな?」

 

 ロバーデイクらは頷く。

 リーダー他、全員、アルシェが無事で解放される予定だと、若い女将軍の語った言葉は鮮明に覚えている。

 最早これも実行されると前向きに考えようという流れで進む。

 逆方向へ悪く考えても、あの小鬼(ゴブリン)軍団へ再度強引に喧嘩を売りに行ったあげく『死』という結末が待っているだけなのだから。

 故に、アルシェは2週間後ぐらいに大都市エ・ランテルに来ると想定して動くことになった。

 まずは、帰って来ないアルシェの家へ行って、世話をするメイドと妹達に知らせるべきだという流れになった。次に引っ越しの件を告げ、出立まで数日預かってもらってという事になる。

 

「じゃあこれで、明日以降行動するぞ」

「そうね」

「頑張りましょう」

 

 このあと三人は漸く酒や果実飲料で、仲間(アルシェ)の無事確認と姉妹再会計画の発動に先立ち乾杯した。

 

 

 翌日の朝、早速ヘッケラン達はアルシェから預かっていた木片の割符も持って、地図を元にアルシェが妹達と住んでいると聞いていた帝都南東地区の一軒家へ足を運んだ。

 それは狭小と言える小さな白壁の可愛いお家。

 なおアルシェは、帝国魔法省への届け出住所として、先日から『歌う林檎亭』の一番狭くて安い一室を借り続けており、宿屋の番地を書いて提出している。彼女は常に狂った父親や貴族からの追跡を想定していた……。

 ヘッケラン達男性陣はまだ幼いと聞いた妹達を脅かさないようにと、家から少し離れた見える場所で待機し、この場のメンバーで紅一点のイミーナが玄関脇の呼び鈴を鳴らす。

 すると中から、白いキャップにメイド服を着た住み込みと聞いている小柄の娘が出て来た。

 イミーナはアルシェから聞いていた偽名の家名で尋ねる。

 

「こちらは、アルシェ・()()()さんのお宅かしら?」

「はい……どちら様でしょうか?」

 

 主人のアルシェが昨日から帰っていない事もあり、少し不安そうな娘にイミーナは割符を見せながら伝える。

 

「私はイミーナ。アルシェさんとは同じ仕事をしているの。これに合うものを貴方が預かっていると聞いているけど?」

「あ、はい確かに」

 

 少し掠れのあるハスキーボイス風のメイド少女は割符を確認する。アルシェからは『割符を持つ者が来たらそれは信頼できる仕事仲間であり、優しい家族同然の者だ』と告げられており、少し安心の表情に変わる。

 その変化に、イミーナが微笑みつつ伝える。

 

「アルシェさんは、昨日から急に10日以上の長期の仕事が入ったの。それと、その仕事が終ったらそのまま隣国の都市へ一時移る事になりそう。なので私は彼女の姉妹達の事を頼まれてここへ来たってわけ」

「えっ……」

 

 余りに急である内容と予告のため、娘が動揺したように見えた。

 

「ああ、勿論今日、今すぐ妹達を連れて行くということではなくて、8日後ぐらいに迎えに来る予定とアルシェさんの事を伝えに来たの」

「そ、そうですか……」

「それに御給金の事も全然心配しなくても大丈夫よ」

「……はい」

 

 訪問者からの追加の言葉にも、メイド娘の困惑した表情は続いていた。

 当然であった。彼女はここを追い出されれば行く宛が無かったのだ……。

 元々娘は孤児院で育ち、そこから2軒ほど通いでメイドをさせてもらっていたが、『住み込み』でということで孤児院を出てここに決めたのだ。

 主人のアルシェは優しいし、信頼して銀貨まで預けてくれており、その幼く可愛い双子の姉妹も懐いてくれている。

 だから、メイド娘はイミーナへ相談した。

 

「あの、実は私、このお家から御暇を出されてしまうと行く宛がありません。ですから姉妹達と一緒に私も連れて行っていただけないでしょうか――」

「――え?」

 

 予想外の発言に、今度はイミーナが困惑した。

 とりあえず、互いにその件はもう一度良く考えましょうということで、この日は家の中で一度アルシェの妹達クーデリカとウレイリカの元気な顔を確認すると「2日後にまた来るわ」と告げ引き上げた。

 

 

 

 

 元準男爵フルト家現当主の彼は『貴族への復帰』という野望に追い詰められていた。

 

 足りないのだ。手に入れなければならない。

 

 今日も朝まで2階自室にてイライラを紛らわす思いで妻を散々犯し続けたのち、昼間もずっと分厚いカーテンを閉ざしっぱなしの1階の洋室――かつては笑い声の聞こえる家族団欒があった場へ籠り、目の下にクマの浮かんだ顔で時よりウトウトしつつ椅子へ我慢強く座り続けていた。

 それはまるでずっと何かを待つかのように……。

 また時折、元凶を思い出し吠え立てる。

 

「お、おのれぇ、アルシェめぇぇ……馬鹿者が、馬鹿者がぁ」

 

 自分の()()であった双光の『玉』をビッチになり下がった己の娘に奪われていた。

 当初は金貨500枚と引き換えにくれてやったと考え、妻と連日夜通しで次の『玉』造りに励んでいたが、先日届いた1通の書簡により流れが一気に変わって来た。

 

 今こそ必要なのだ、幼い『(ぎょく)』二つが。

 

 4日前の午前中、彼は伯爵家を訪れて御子息から直に声を掛けられ、「ボ、ボクちゃんに()()()()を差し出すなら、望みを叶えてやるぞぉ」という『ありがたいお話』を真摯に受け止め、交渉を纏めようと考えた。

 しかし御子息曰く、重要なのは――『幼い』対価の現物だという。

 元准男爵にも異論はない。

 

(ふふふ、宿願である貴族への復帰のためには、我が家の何を犠牲にしてもかまわんのだっ)

 

 親の心はこの鬼畜の男にカケラも存在していなかった……。

 ただ叩き上げのワーカーである娘のアルシェは優秀で、気配と匂いすら無効化して屋敷を去っており、元準男爵は娘らが家を出た3日後……書簡が来た午後に安めの冒険者を雇うも、その日の内に追跡不能と回答されそこから困り果てていた。

 だから彼は伯爵家での会談の場にて、御子息から力強い援助を受けたのである。

 無論、万一にも伯爵家へ影響が無いよう、それはフルト家の全責任の下で動き始めていた。

 

 既に日が沈んだが、今日も変わったことはフルト家の屋敷で起こらなかった。

 しかし元準男爵の口から不気味な言葉が漏れる。

 

「くふしゅー、アルシェめぇぇ、絶対に逃がさんぞぉぉぉオーー」

 

 叫びは少し大きい声になり、廊下奥でそれを聞いたジャイムスはビクリと震え不安げに佇んでいた。

 

 

 




補足)時系列(新世界での日数、内容)
33 竜王国への援軍 (パンドラ地方組合と面会) ツアレ気のせい 和平の使者 至宝奪取作戦 アイ、デミ訪問 隊長と竜王の戦い ガゼフ昼食 守護者ルベド 同好会踊り依頼 帝国派兵 エ・ランテル出兵 アルシェ父の計画知る ラナーと深夜会談
34 冒険者点呼日-7日目 ビースト参謀帰国始 フルト氏伯爵家へ ルトラー面会 アインズ評議国潜入 法国激震 大臣帰還
35 クレマンと連絡 大臣再出発 竜王の思案 ゴドウ死 アルシェ就活 モニョ都市散策 ニグンビンタ2 ティサ&ブレイン王国へ 夜カルネ村へや王都の冒険者宿へ
36 帝国近衛通過1 エンリ誘拐 (人間捕虜移動開始) フルダ国境へ ビルデー密約 大臣和平使節団復帰 ゴブ5000 ザイトル帝国襲来 アイデミアウラ帝国潜入 アイ、国王等と密談 クレマン王都へ 駄犬寛ぐ
37 (双子踊り解禁)セバス駄犬1300 クレマン王都到着 帝国近衛通過2 エンリ移動 アインズ中央都へ アルベドエンリ伝言 同好会双子祭り クレマン王都1日目-連絡来る
38 クレマン王都2日目-再会ト誤算 和平の使者再び ゲイリング撤退密約 アインズ評議国退去 ミヤ,ナザへ 蒼の薔薇と連携に関し会談 (セドラン達エランテルで撤退指示受)
39 和平決裂一報 午後に戦時戦略会議で王国軍出陣 帝国に雨



捏造・補足)ゲイリング大商会
アーグランド評議国の亜人総個体数は67万台で奴隷を合わせても人口は220万程度。
多少裕福なので、国家の経済規模では王国の8分の1程度になる。
ゲイリング大商会は、評議国で3割強の経済圏を持つが、『八本指』の倍ぐらいの規模。



捏造・補足)アインズの情報系魔法への攻勢防御
5段階設定…対100-80-60-40-20レベル。3設定だと対Lv.60用。
範囲最大設定だと屋敷全体どころか都市にも甚大な被害が出るので局所に調整していた。
火柱は威力が横へ広がれず上方へ出た形。
また王城等では、爆発は大騒ぎになるので逆探機能しか有効にしていない。



補足)豚鬼(オーク)
書籍12-357で、『人間ほどの身長を持つ豚のような顔をした亜人で、綺麗好き』とある。
2メートル程のゲイリング評議員はかなり大柄。
ちなみに身内の豚鬼(オーク)の戦士は185センチぐらい。
鳥人の団長は180センチ無いぐらい。



補足)〈歩達〉
〈瞬歩〉(瞬間に歩を進める)よりも速い。



補足)「――ミヤよ、前へ」
もちろんキョウ、ミヤ姉妹の揃うシーンをニヤニヤ楽しむため、完全不可知化の守護天使様が歩く少女のすぐ横に張り付いていました。
評議員が小さく幼いミヤを強い握手でイジメるようなら『きゅッ』と首を絞めにいくつもりで。



捏造・補足)商会、大商会、連合商会
本作において商会は通常、特定の業種に大部分を特化する場合が多い。
自らも商いをする傍ら、仕事や情報、資金を傘下の個人商人へ貸付・融通したりし稼ぐ。
商人らも含め基本は独立採算制。
大商会になると、手広く全業種へと広がり、現代の財閥体形へ近付く。
別業種の商会が親商会と上下関係を持って集まったと思ってもいいかもしれない。
商会らが平等に手を組んだ『連合商会』もある。



補足)クレマンティーヌの笑い声
んふふふー 書籍2-154
えへへへー 書籍2-269
うぷぷぷ 書籍2-313
という感じですね。あと、
鼻歌 ふんふんふーん 書籍2-091
照れ てへ 書籍2-191
んふっ 本作で良く使いますが実はアニメ



捏造・考察)金貨の重さと管理
デカいユグドラシル金貨1枚を20グラム程度として、
王国や帝国や法国の金貨は10グラムぐらいかと。
100枚で1キロ。1万枚で100キロ。
アインズが国王から手付に貰った5万枚で500キロに(笑)
これでは、普段持ち歩くのが大変。
なので金持ちの多くの者は金貨を盗賊などから守るため、警備の整った各地の王家直轄の鋳造金細工施設にある大金庫へ預けている。
本作では王家や皇帝の直轄鋳造施設が銀行っポイ事をしている感じです。
故に『蒼の薔薇』など破格の資産を持つ者達は一部だけを宿屋へ持ち込んだり持ち歩いています。

ちなみに中世のイギリス金貨は7グラム、フランスやドイツ、イタリアでは3.5グラムの重さ。
あと中世後期、金細工師の家に大金庫があって、金持ちは金貨を盗賊から守るため、その金庫に預けていたそう。また、その証文が紙幣の元になったとか。



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