オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

43 / 49
注)モモンの声色と口調については、鈴木悟の素の声口調になっています

補足)登場人物紹介
カシーゼ………………………王都南東小都市エ・リットルのミスリル級チーム『炎狼』のリーダー
ヘカテー・オルゴット………ぷにっと萌えが自室に残してたNPC。潔癖の最上位悪魔っ娘
フランチェスカ………………チグリス・ユーフラテスが自室に残してたNPC。動死体(ゾンビ)の盗賊娘
ポアレ男爵……………………アインズが王城へ招かれ向かう際、超高級馬車を見落とした
リッセンバッハ三姉妹………長女メイベラ、次女マーリン、三女キャロル。王都ゴウン屋敷で働く


STAGE43. 支配者失望する/モモン、王城ヘ/ズラ動キテ(17)

 王都リ・エスティーゼの、石畳も敷かれ整備されている見た目は華々しい中央通り。

 時刻は午前11時前。

 戦時下に加え、迫る出陣準備もあってか、多くの民達と荷駄が行き交い混雑する中を一台の馬車が進んでゆく。方角は北へ、王城へと向かっていた。

 馬車の座席には、深緑色の鎧を纏うアインザックと黒灰色のローブを羽織るラケシル。

 それに加え――漆黒の全身鎧(フル・プレート)を着たモモンの姿があった。

 

(何も起こらなければいいんだけど)

 

 兜のスリットから覗く彼の目は、いささか不安な色を帯びていた。

 

 

 

 事の起こりは、宿屋を引き払ったモモンとマーベロが王都冒険者組合へと到着し、エ・ランテルの組合長らと合流したところから始まる。

 立派な石造り6階建ての王都冒険者組合事務所の一階受付で取り次ぎを受けると、程なくアインザックとラケシルが現れた。

 まず宿泊する部屋へと案内されるのだが、漆黒の戦士はその上層へと階段で向かう際中に、意外な言葉をエ・ランテルの冒険者リーダーから告げられる。

 

「モモン君、実はこれから王都へ集まっている冒険者組合方の出陣前会合があってね。すまないが、そこへ私達と共に是非出て欲しいのだが」

「俺が、ですか……?」

 

 自然に組合長へと顔を向け話すモモンは、彼からの要求への返事に詰まった。後ろへ続くマーベロは(あるじ)の判断を待つ形で見上げるのみ。

 冒険者組合の会合については、実を言えば朝にナザリックから王城へ寄った折、ソリュシャンが昨日盗聴した情報だとユリ経由で聞き知っていた。でも、それはあくまで組合代表級の会合という話と聞いており、白金(プラチナ)級の冒険者に過ぎないモモンには全く関係ないはずと高を括っていた次第。

 アインザックの後ろに続くラケシルも口を開く。

 

「まあ、面食らうのも無理はない。しかし、モモン殿程の力のある戦士の意見も是非聞いておきたいのだよ」

 

 アインザック達は組合組織を率いる者に相応しく、柔軟で合理的な考えを持っていた。

 プレートの位に固執せず、マーベロも含めたチーム〝漆黒〟の実力について、白金級から2階級上のオリハルコン級より更に上だと確信している。今は正に非常時だからこそ、ここは実力主義で行くべきだという判断があった。

 モモンの方も、そういう考えからではないかと想像出来た。

 

 しかし、王城と言う場所とメンバーに―――嫌な予感が広がる。

 

 どうやらこの会合には、最高峰の冒険者としてアダマンタイト級冒険者チームも合わせて参加するという。

 『朱の雫』はともかく、()()『蒼の薔薇』達と会うはどうなのかと……。

 先日はあくまでアインズとして出た会合だ。モモンの立ち位置なら初対面の場ではある。

 ただ、感情の薄れている身であっても、あの意表を突かれた対価の件等で、中々気持ち的に切り替えるのは難しいところ。

 更にアインザックの口から説明される。

 

「そうそう、会合にはラナー第三王女も出席なされるそうだぞ。まあ君には場違い感があるかもしれないが、これも良い経験だと思ってくれたまえ」

 

 笑顔で語るアインザック自身「私も王女殿下には、初めて直接お会いする」といい、名誉な事とも言ってくれる。でも、アインズ的には王女達との接触なら、片方だけでももう十分間に合っていると内心で考えていた。

 それよりも、と改めて考えを纏めるべく、モモンは宿泊部屋があると伝えられた組合の4階まで上がった踊り場で足を止める。

 

「んー、そうですか……(兜を取る場合もあるかもだし。やっぱり、集まる顔ぶれにアインズと顔見知りを含むのは、ちょっとマズいかなぁ……)」

 

 中でも、特に王女のラナーは気になる存在。

 ここまで彼女へ、アインズがモモンだという話は必要もなく告げていなかった。

 王城のアインズは、悟風のモモンに対して声口調や歩き方すら意識して変えており、外形から気付かれるとは思っていない。

 しかし、あの娘はそういう部分では無く――別の部分で気付きそうな予感があった。

 ただ気付かれたからといって、既に手を組んでいるので問題にはならないか、とも考えが至る。

 

(まあ、王女には先に手を打っておけばいいし、蒼の薔薇の面々へも関心のない雰囲気で意識しなければいいかな)

 

 あとはメリット、デメリットのバランス具合をみて……という判断。

 幸い今回の会合にアインズは呼ばれていない。

 ここでモモンとしては、竜王軍団を倒した後の事へも気を配る必要性を感じた。

 

(竜王国の使者の……でぃお、いや……ざくそらディオネって名だったか。3、4週間で救援に向かうって伝えてたと思うんだよなぁ。あれからもうそろそろ2週間経つけど。こっちが終ったら組合らに直ぐ動いてもらわないとだし、皆に再度繋ぎも入れる必要があるか……。んー、出るしかない気がしてきたぞ)

 

 また今後、冒険者として他の都市へいった場合にも、各地の冒険者の上層へ「あの時は」という大きい共通の話題になる点でプラスと考えられた。

 モモンは僅かの間で営業的要素も加え吟味すると、アインザックらへ伝える。

 十分に真摯且つ謙虚さの滲む言葉で。

 

「……分かりました。この様な状況だし、俺で何かお役に立つのなら」

 

 期待を寄せる戦士の姿勢に、ラケシルはアインザックと顔を見合わせ頷く。

 アインザック達にはこの時も、組織の長として結構大きい悩みがあった。

 それは今のエ・ランテル冒険者組合員の層が、分厚いとは言えない事だ。

 確かにミスリル級冒険者チームとして、『クラルグラ』『天狼』『虹』など5つ程ある。

 しかし、他の大都市にはオリハルコン級チームが2組以上存在していた。アインザック達自身をカウントしても、十分とは言えないのだ。

 また目の前に迫った竜種との戦いに、自分達二人も含めてどれほど生き残れるか。おまけに、重要な質の問題も控えていた。

 エ・ランテルで三大チームの一つ「クラルグラ」リーダーのイグヴァルジを始めメンバー達は、性格が「(ワル)」だと裏で知られている。

 それでも冒険者組合として、貴重な存在であり最低限のルール上にいる彼等を排除へとは踏み切れていない。加えて30歳前後の彼等。まだ少しぐらい、更生の余地が残っていて欲しいとも考えていた。

 

 ――見本になるような『圧倒的力の者』達の登場で、変わる事もあるのではと。

 

 先日、アインザック達は確かに演習場でチーム『クラルグラ』を優位の形で連破した。

 しかし上司の決めたルールや制限の有る戦いの中でだ。

 イグヴァルジらについて裏界隈の噂では、勝つために手段を選ばないとさえ聞えてきている。対して演習時、組合長らに花を持たせる意味もあるのか、無理や無茶はしていないように見えた。

 このように組合長達上司では、御機嫌伺い程度の格好をさせるにすぎないと考えている。

 勿論、本気の戦いでもアインザックはチーム『クラルグラ』に勝てる自信と実力を持ち合わせている。でも、『圧倒的力の者』の姿は示してやれそうにない。

 それを、モモン達なら明確な強さで見せてくれそうなのだ。

 また同僚の『漆黒』からの刺激の方が、イグヴァルジ達への影響が大きかろうと期待した。そして今、モモンが示した謙虚さなども是非見習って欲しいのだ。

 

 ただ最早――絶対的支配者の『決定事項』として、悪どさと不快感際立つイグヴァルジらが生きたまま謙虚な者達へと変わる可能性は微塵もない。組合長らは知る機会もないが……。

 

 ピンキリの冒険者を率いる彼等は『クラルグラ』に限らない広い範囲でも、以前から組合員の良き前例や目標として強く立派な伝説的冒険者チームの登場を欲していた。

 だからこそ早く、彗星の如く現れた冒険者チーム『漆黒』をオリハルコン級以上へと昇格させたいと考えている。

 

「ありがとう、モモン君」

 

 アインザックは嬉しそうに漆黒の戦士の肩を気持ちも乗せて一つ叩いた。

 もう『漆黒』の実力は十分見ており、あと必要なのは周りが文句なく認める実績だけなのだ。

 彼等には今、正に格好の標的が存在する。(ドラゴン)どもを堂々と討ち取ればいい。

 その前に一流の揃う会合の場へ出て、注目され認められる事も当然評価へのプラスになる早道と考えての声掛けである。

 

 冒険者は――ほぼ完全に実力主義の世界。

 

 強さと力があれば評価される。

 概ね規約を守り殺人狂でさえなければ、たとえ人間性に相当の問題があろうとも。

 しかしモモンとマーベロについて、ラケシルとアインザックはそういった部分へ全く心配をしていなかった。

 普通の新人なら、エ・ランテル冒険者組合史上初の4階級特進で白金(プラチナ)級へ上がり、名声と共に待遇や手当も各段に増えて気が緩み少しは天狗にもなるはず。

 ところが『漆黒』の噂や情報をずっと集めていても、彼等が驕った振る舞いを見せたと言う噂を一切聞いていない。逆に仕事も含めて謙虚さと気遣いの対応が目立っていた。

 その中には組合の多くの上位冒険者へ仕事をくれているお得意様である、バレアレ家の天才少年からの話も含まれている。

 

『モモンさんとマーベロさんは、無名時から理性的行動や会話等を含め間違いなく全てが上級冒険者でした。特に小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)の集団に襲われた際に見せた、冷静で且つ圧倒的な対処能力は、オリハルコン級かそれ以上とさえ感じましたから』

 

 他にも、実力からすれば随分と安い手当で受けた、幾つかの送迎の堅実な仕事振りなどからもモモン達の人物が伺い知れた。

 そして王都へ着いてからの、モモン達が見せた新人らしからぬ対応の数々。

 

(状況と周りがよく視えているものだ)

 

 ラケシルと共に組合長はそう感心していた。

 エ・ランテルからの出陣当初、アインザックは竜王軍団を相手に正直、生きて故郷の地を二度と踏むことは無いだろうと考えていた。

 だが、演習場で『漆黒』の高みの実力を垣間見たのもあるが何より、王都へ到着した広場で彼等を指名した折の、余りの落ち着き振りを見て少し考えが変わって来ている。

 横に立つモモンらの存在は実に大きく心強い。

 

(この男を見ていると、死にに行くという恐れや雰囲気が本当に感じられない。不思議だ。ずっと自然体のまま。なんだか、(ドラゴン)達の強さが理解出来ていて、大丈夫だ任せておけという気持ちなのではと思えてくる……)

 

 実際、モモンとしては特殊技術(スキル)によって完全無効化されるLv.60以下の竜達の攻撃は意識していなかった。

 竜王についてだけ気を付ければ今回の戦場において、手傷を負う可能性は皆無なのだから。

 モモン達は再び歩き出し、宿泊部屋の扉前まで案内されると、アインザックが伝えて来た。

 

「申し訳ないが、中は一般的な宿泊部屋だ。昨日まで泊まっていた部屋よりも普通で手狭かもしれんが我慢して欲しい」

 

 ここは、冒険者組合事務所でありモモンも期待していない。支配者としては結局寝る事も無い訳で、雨が凌げれば問題ない程度。盗聴など密閉性や遮音性の方が重要であった。

 

「ああ、大丈夫です。十分ですよ」

「そう言って貰えて助かるよ、モモン君。では急ぎで悪いが20分後に下の受付前へ来てくれたまえ。こちらで馬車を用意しておく」

「分かりました」

 

 そうして、モモン達()()は組合長らと別れたのち部屋に入る。広さは今朝までいた宿と余り変わらないが、窓際へ二つ並ぶベッドや小物の質は確かに余裕で1階級以上落ちていた。

 モモンとしては、さほど気にする風も無く、とりあえずマーベロへ指示する。

 

「えっと、俺がいない間は、ここで待機しながら無理なく建物の内情を探っててくれればいいよ。話では周辺で張り込んでるヤツも居るらしいから」

「わ、分かりました、モモンさん」

 

 脱いだ純白のローブを椅子へ掛けようとしたが、わざわざ姿勢を正して主の言を聞く少女(マーベロ)

 モモンの護衛には不可視化したパンドラズ・アクターが付く。

 なお、一人きりとなるマーベロの安全確保には一応、王城に居るルベドへ頼む。対象が闇妖精(ダークエルフ)姉妹の妹でありホクホク気味におまかせであった……。

 そして次に、モモンはアインズとして――とある人物へ〈伝言(メッセージ)〉により一報しておいた。

 手を組んでいる以上、知らせない事で信用を失うデメリットが大きいと判断してである。

 

「――という訳で、これから()()としてそちらへ赴くが、私だと意識しないように」

『……そう……ね』

 

 了解と取れる部分で区切るように、若く美しい声の(ぬし)は発音した。

 どうやら先方は手が離せず、誰かと会話している模様。支配者は「ではな」と通話を切った。

 これで一通り宿泊部屋での用は済んだとし、モモンは少し早いがマーベロに扉外まで見送られ1階へと降りて行く。

 間もなく待ち合わせ時間となり、アインザックが事務所前に呼んでいた馬車へと3名の男達は乗り込んで今、移動途中である。

 

 

 

 さて、馬車内から窓の外の流れていく景色を見ているモモンとしては、初めての王城訪問になる訳で、それなりの行動や仕草が必要に思われた。

 城へと近付く街並みを、興味ありげに眺めつつ仁徳も感じさせるそれらしいことを語る。

 

「王都は流石に随分広いけど、王城へ近い地域へも困っている者達は多い感じに見えるかな」

 

 近道に二本ほど裏の通りを進めば、街角の路地口には先頃の物価高もあってか、更に生活に困窮した者達の姿も少なからず見えた。

 戦時下でもあり、誰も彼も多くの者達が余裕のない暮らしを強いられていく。

 エ・ランテルでは市政により救済が見られた分、王都より随分マシに思える。

 この地に、そういった救いはなかった。

 

「そうだな、モモン殿。我々が勝って、戦いを早期に終わらせるしかない。頑張ろうじゃないか」

「はい」

 

 鎧の戦士は、魔術師組合長の言葉へと一応小気味よい返事を返す。ただ戦いが終わっても、容易に解決できないだろうとの思いは変わらないままに。

 そんな会話を交えていると、いつしか馬車はロ・レンテ城正門へと進み、衛兵へアインザックが書簡を見せると通された。

 

「モモン君は、こういった国家の主の居る城へ登城した経験はあるのかね?」

 

 何気ないが、僅かに探りを感じる質問にも思えた。

 なので漆黒の戦士は、無難に答えておく。

 

「いえ。初めてなので、少し緊張してる感じで」

「ははっ、そうかね。だが、国王陛下は寛大なお方だし、滅多な事ではお咎めもない。普通にしていればまず大丈夫」

 

 何度か来てる様子でアインザックが教えてくれる。

 なぜなら貴族によっては、冒険者も含めた下々の者らに対し、屋敷や城内へ酷く厳しい規則や罰則を用意している場合もあるのだ。油断は禁物と言う話。

 大都市エ・ランテルの冒険者組合といえども、年間総生産で金貨数十万枚ある王国の大貴族の一つを前にすれば、権威以前に単純な資金力でも太刀打ちできない程度の組織だ。

 オリハルコン級冒険者チームの組合長等が一度の依頼で得た過去最高額は、金貨で3000枚程度。嘗てカッツェ平野に出没した強力なアンデッド群の退治で得たものである。

 アダマンタイト級冒険者チームの貰う水準なら、金貨で万枚超えも珍しくないが。

 故に、戦力では優位に立てるかもしれないが、もし有力貴族らと正面から揉めればやはり一大事なのだと組合長らも危惧している。

 

「そうですか、それを聞いて(ひと)安心かな」

 

 モモンはわざと少し安心した風を装った。

 ラケシルは、漆黒の戦士の一般的と言える反応へウンウンと頷き疑念を抱かない。

 いかに強い冒険者でも、逆らえない、太刀打ち出来ないという上位者の壁があるのだと……。

 しかし――ナザリックの絶対的支配者に、そんなモノは存在しないのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 馬車は石床の通路を進み、王城正門から80メートル程(なか)と割に近い区画で止まる。

 既に10台程の馬車が整然と脇へ止められ並んでいた。

 そこから降りて直ぐの、城内建屋3階にある広めの部屋で会合は行われるとのこと。

 御者へと、小窓から戻るまで待つよう指示を出すと、アインザックが先頭で席を立ち馬車を降りる。

 

「さあ、いくぞ。モモン君」

「はい」

 

 城内の盗聴で以前から知っていたが、貴族や騎士でもないアインズが王城内のヴァランシア宮殿に滞在しているのは、非常に例外的であった模様。『国外からの旅人』で『国王陛下の戦士と民を守った功績』の客人という特別待遇かららしい。

 本来、王国の平民がロ・レンテ城内の奥へと入るのはかなり特別な事なのだ。

 アインズ達以外では極少数。最近では戦士長や隊員らにクライム、貴族子女のラキュースを除くアダマンタイト級冒険者の『蒼の薔薇』や『朱の雫』のメンバー達ぐらいである。

 現在、アインズ一行はどうやら『ゴウン家』として貴族達から黙認されている様子。

 貴族派閥の盟主達とも裏で協力関係を持っており咎められることも無く、国王陛下個人に認められているという騎士水準を超える程の扱いから、『平民とは違う地位にいる者』で見られていた。

 地味に威力を発揮したのが支配者(アインズ)曰く『質素な』あの黒塗りの超高級馬車だ。加えて、三国一だろう美女達を連れている点である。

 貴族達も数々羨む『持てる者』の存在感は非常に大きかった。

 最近は王城内にも慣れ結構知られている姿であり、アインズは騎士や衛兵らからも会釈される事が多い。

 同様に、オリハルコン級冒険者のプレートを下げた士官等上級騎士にも比類するアインザックとラケシルへも、畏敬の念などあり時折会釈が入る。

 それに対して現在のモモンは――地方のしがない一人の白金(プラチナ)級冒険者に過ぎない。

 (ゴールド)級以上は騎士水準を満たすと言われているが、平民という立場が壁となる。クライムのような立場の者と言えば分かり易いかもしれない。

 王城の衛兵や騎士らは、漆黒の戦士へと偉そうに胸を張り、頭を下げる気配は皆無。そんな城内を彼は今、組合長らへ続く形で控えめに歩き進んだ。

 会合のある部屋へ到着すると、組合長を先頭に3人は中へと入る。

 そこには、既に王都冒険者組合長を始め、大都市エ・レエブルやエ・ペスペル等の冒険者組合長や冒険者筆頭の代表達が顔を揃えていた。

 元ミスリル級冒険者ながら突出して人望のあった王都冒険者組合長を除けば、代表者達は皆がオリハルコン級を経験する顔触れが並んでいる。さればこそ、古い顔見知りと言える関係でもあるのだ。

 勿論、彼ら以上の実力勢の姿も既にあった。英雄級の武人で王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。アダマンタイト級冒険者チーム『朱の雫』のリーダー、ルイセンベルグ・アルベリオンと、『蒼の薔薇』のリーダーのラキュースに――難度150を誇る王国最強の使い手と目されるイビルアイ。

 また格上の存在とも言える王国第三王女、ラナー殿下の姿も護衛剣士と共にみえた。

 漆黒の戦士は会釈をするが、いつも通り自ら先に兜は外さない。この場にはこれまで終始面を付けたままだったイビルアイも居る為、多分問題ないと判断する。

 後ろにモモンを従えた組合長が、改めて『黄金』へと頭を下げる。

 

「これは、王女殿下よりも遅くの入室となり申し訳ありません」

「いいえ。私がラキュースと少し早めに来ただけですので、気にしないで下さい」

 

 殿下の言葉はもう何度目かの様子で、ラキュースはラナーの顔を見て「だから後にしようと言ったのに」という表情を向けていた。

 

「はっ」

 

 当然アインザックは会合開始予定時間よりも15分程早く到着している。

 ただ礼儀として、上位の者を待たせない意味で先の入室は常識であり、一応一言筋を通したのである。

 そして――ラナーも己の主人(アインズ)へ対してその行動を示していたのだ……半分は。残りの半分は「私だと意識しないように」という部分へのちょっとした茶目っ気に思える。

 王女からコンマで一瞬、モモンへの視線の交錯と口許端の微かな緩みが感じられた。

 

(うわっ。黙っていても絶対、入室の瞬間にバレていただろうなぁ……。伝えててよかった)

 

 ちょっとした事であるが、あとにどうなるかの不安がないのは誠に良い流れである。

 先の読めないギリギリの展開も多い支配者にとっては、ホッと出来た。

 この後、2地域の組合代表者らが現れ、消え去った一つの大都市を除く7つの大都市と5つの小都市の冒険者代表達や戦士長ら22名が一堂に揃い、会合の席へと着いた。

 予定の午前11時25分を過ぎた。進行役は彼女、王都冒険者組合長が務める。

 進行役という意味合いで今回、王都の組合長は窓に近くコの字に配された机の上座となる中央部分に座っていた。オブザーバーとして座る王女ラナーと戦士長に挟まれる形。

 コの字の両側の机へ、各地の代表者が整然と座っていた。

 

「時間もありませんし、竜王率いる軍団への対応について最後の確認と意見交換を行いたいと思います。まず――」

 

 一通りのおさらい的概要を要約気味で語っていく。

 今回、前線へ出る冒険者達は階級ごとに分けられ3000人超に達する。彼等の担当は重大で且つ幅広い。

 王国軍の一般的兵力20万はほぼ全てが陽動である。軍に所属する20名程の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の部隊は全て王都の防衛に回っており、前線へは全く出ない。

 代わって、300頭に迫る圧倒的数の(ドラゴン)達を実際に討つのは冒険者達である。

 また彼等の内、魔法詠唱者(マジック・キャスター)達は、前線で王国軍の兵達の一部へ数時間程有効な強化魔法を掛ける役目も担う。

 その上で開戦となり、銀級、金級、白金級、ミスリル級冒険者チームが下位の竜兵達を順次狩っていく。

 そして、オリハルコン級冒険者チームとアダマンタイト級冒険者チームの『朱の雫』が十竜長や百竜長ら竜軍の上位勢を叩く役で、同時に最後『蒼の薔薇』が竜王を引き付ける形だ。

 なお誰も口にしないが、今次作戦が上手く機能する保証は全くない。

 全部が完全にぶっつけ本番である。

 いかに竜王の軍団を分散させ各個撃破出来るか、それだけに殆どの重点が置かれていた。

 竜単体なら、冒険者上位陣チームに勝機が出て来るだろうという希望的作戦。

 

 ――王国側にはそれしか手がないのだ。

 

 モモンは、アインズとして得ている知識を元に竜王軍団側の戦力と王国総軍の戦力での戦いを想定してみる。

 

(確か、竜王を入れてLv.50以上の(ドラゴン)が7頭いたはず。1匹倒せれば御の字だと思うなぁ)

 

 竜王軍団の全ての竜兵がLv.25を超えおり、30を超えている数は270頭以上、40を超えている数も40頭以上である。この世界では段違いの精強な軍団といえる。

 竜王が居なくても先の巨大魔樹を焼き尽くせる総火力がありそうな規模だ。

 それほど強い相手に対し、ミスリル級の一部とオリハルコン級とアダマンタイト級冒険者チームのみが、竜兵と十竜長までを最大25匹程度倒せるかというところ。半分以上がアダマンタイト級冒険者チームの勲功となる予想だ。Lv.15程度の白金(プラチナ)級冒険者達の攻撃が、竜兵の強固な鱗を貫通出来るとは到底思えない。

 Lv.50水準の竜長が暴れまわり、竜王軍団側が2頭一組以上なら、王国側の戦果はより少なくなるだろう。

 Lv.30台の竜兵2頭に対し1人でも戦えそうなのは恐らく、難度150を誇る王国内最強の使い手ではとソリュシャンが言うイビルアイのみ。

 竜兵と1対1なら、ガゼフやアダマンタイト級冒険者チームのメンバーの一部。

 それ以外はチームでなければ討伐は難しいとみている。

 

 だがここで――モモンとマーベロのチーム『漆黒』ならどうか?

 

 ここまで表立っては、Lv.30少しの戦士と第3位階魔法の使い手のチームでやってきた。

 奥の手無しに考えるなら、武技も使えず竜兵と1対1の水準に届くかという辺りである。

 ただ〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉を使えば、竜王とも問題なく戦えるだろう。

 マーベロも第5位階ぐらいまでは開放してもいいかもしれない。

 しかし、今回の戦いの主役はアインズや未だ潜伏しているはずのプレイヤー達であり、判断が難しいところだ。

 それでも竜王国へ救援の件もあるため、竜兵を数頭倒して冒険者モモン率いる『漆黒』の存在をアピールしておく必要はありそうに思われた。

 

(うーん、加減や影響予測がしにくいなぁ)

 

 そんな悩める彼へ、ここで一瞬のうちに思考を暗転させるような事態が襲う。

 会合とは少し違う所に意識が随分行っていたモモンへと、あろうことかアインザックからの質問が飛んで来たのだ。

 

「――という事もあり、こちらの彼を同席させています。モモン君、今のをどう思うかね?」

「(――え゛っ? ヤバイ、全然聞いていなかったぞぉぉぉ)……」

 

 モモンは場違いの階級であり、単にずっと座っていればいいだけと安心し過ぎていた……。

 流れていない血の気が引いていく思い。いつもの如く体は微動だにしないが、面頬付き兜(クローズド・ヘルム)内で視線が泳ぎまくる。

 ただ、モモンには今聞きそびれた内容を完全に知る術があった。

 あの定型の仕草により、護衛で傍にいるパンドラズ・アクターに〈時間停止(タイム・ストップ)〉を掛けさせて今の質問内容を聞く手だ。

 これならば、盗聴しているだろうソリュシャンにすら失態を聞かれる事も無い。

 しかし、である。「おい、聞きそびれたから今の質問の内容を教えろ」と、そんなクダラナイ理由でワザワザ第10位階魔法を使わせ、創造したNPCへ質問すれば、されたヤツ(パンドラ)は創造主に対し失望するのではないだろうか。

 

(うわぁぁ、マズイ。だが、どうすればいいんだよ……)

 

 何か知らない内に、一気に追い詰められた気がしているのは支配者自身だけである――。

 既に1秒弱経過中。

 あとが無かった。すると。

 

「――竜王国への支援ですか。噂は遠く少し聞いていましたが、そんな深刻な状況とは。竜王国が滅びる様な事態になれば、次は我が王国とも隣接する状況になります。今の話は決して他人事ではありませんね。『先発隊』という案ですが、やはりアダマンタイト級の者達の派遣も視野に入れるべきでしょうね、モモン殿?」

 

 なんと、ラナーが即応で助け舟を出して来た。

 アインザックの話は、一通り王都冒険者組合長の現状説明のあった終わり際、「亜人軍の猛攻で存続に窮する竜王国への対応もすぐ控えていますし、上位陣には奮戦をお願いしたい」という流れから。それを知らせて来たのがモモンであり、彼の提案に『先発隊』という話があって、この場に集うアダマンタイト級冒険者らへの勧誘の場に良いのではと考えモモンへ声を掛けていたのだ。

 故に今はモモンが答える時間で、王女の発言は明らかにマナー違反。だから普通はしない。

 この瞬間にアインズは、ラナーの(しん)の恐ろしさを知る。他人のその思考をほぼ完全に読んでくるという力に。

 1秒程度しか経過していない為、現在部屋内でモモンが詰まっている事実を正確に把握している者はいないはずなのだ。

 特殊技術(スキル)なのか、地力なのかは関係ない。

 

 ただ彼女は――もう味方であり、障害的意味の問題は存在せず。

 

 ズバリ、助かったというのが正直なところである。

 モモンは一つ王女へと頷き、意見を述べるべく口を開く。

 

「はい。まず我々は、眼前の竜達を何とかしなくちゃいけない。けど、その後に多大な準備をしてては竜王国の救援へ間に合わないって考えます。使者の言葉と声は本当に逼迫していましたから。なので先発隊を送りたいんです。それも強力な戦力に〈飛行(フライ)〉を駆使して急派する必要性を感じてます。ですから、最高の武勇を持つアダマンタイト級冒険者の方々に参戦して欲しい」

 

 上半身を少し前掛かりに力説するモモンの意見を聞いて、会合の場は僅かに騒めく。

 無論これは、王女ラナーの言葉がまずあったことが大きい。本来、今の顔ぶれの中で白金(プラチナ)級冒険者の発言は扱いの低いものになるのだ。

 腕を組むルイセンベルグや手を合わせるラキュースの表情は、視線を下方左右へと巡らせ思案中といった雰囲気があった。話も今後、王国への影響も十分考えられる大きさのものであり、ここで検討すべきと判断している風に見える。

 長く感じる30秒程の時間が過ぎ、先に口を開いたのはルイセンベルグ。

 

「先のエ・アセナルでの苦い経験がある。救える内に多くの人々を救うべきだろうな。時が来て、我に命あれば、剣に誓ってきっと馳せ参じよう」

 

 言葉に経験と覚悟の重みが備わっていた。

 一方のラキュースは眉間に皺を寄せて色々と考えていた。注目と期待を受けるアダマンタイト級の『蒼の薔薇』として、いつも自信のない約束はしない主義なのだ。数日後にあの圧倒的な竜王を相手にする訳で、最善を尽くしても無事で生き残れる可能性はかなり低いように感じている。

 敵と現場を一番見て来た彼女達である。此度の作戦が、随分希望的な見方のものだということに当然気付いていた。

 でも今は、全体の士気を大事にし優先すべきであると考える。個々の拘りに縛られてはいけないと。彼女は一度目を閉じ、そして次には綺麗な瞳の笑顔で伝えてくる。

 

「私達も勿論、竜達の件を片付け次第、竜王国の窮状を救うべく全力で駆け付けましょう。その時はよろしくお願いしますね、モモン殿」

 

 この辺り、流石にラキュースは優れたリーダーである。

 また、先にモモン達のチームも『先発隊』だという話が王都冒険者組合長やアインザックより場に流されており、支配者は少し顔を立ててもらった形にもみえる。

 先日は、そのラキュース渾身の願いを正面から無にすると同時に、皆の前で酷い仕打ち的状況となった事を思い出す。モモンは(いささ)か申し訳なく感じた。

 

(あー、意外にいい子なんだなぁ。うーん)

 

 絶対的支配者としては名声アップの為に、『蒼の薔薇』らアダマンタイト級冒険者勢には今次大戦で惨敗してもらう必要があるが――誰かを死なすのは少し可愛そうな気がしてきた。

 『八本指』勢との会談では、深い所でまだ生存に関して最終的対処を考えず、どちらでもいい計画をやや適当に述べていたが改める。竜王国の件も控えており、その部分でもあとあと上手く進むように取り計らうべきと考えを巡らせていく。

 

 だがここで、竜の軍団をも『駒』扱いにする強大さ溢れる主人の一連の思考に対して、慕いつつも一部異を唱えるのが、にこやかに美しい笑顔を浮かべて座る王女さまである。

 

(……あら、アインズ様がラキュース達を死なす事に躊躇ってる……? 私のご主人様を厚かましくも寝取ろうとした、こういう妄想好きの尻軽売女なんてあっさりと見捨ててしまえばいいのに。――いえ、私が処女のまま殺しておいてあ・げ・るっ)

 

 王国の魔女は、静かなる殺意を不要になった嘗ての『駒』へと募らせていた……。

 

 竜王国の件については、とりあえずだが『先発隊』として両アダマンタイト級冒険者チームと、エ・ペスペルのオリハルコン級1チームとミスリル級2チームにエ・ランテルのミスリル級2チームにモモン達『漆黒』を派遣することで一旦終える。

 今は何より竜王軍団への対処が先である。ここを越えれなければ王国に未来は無いのだから。

 それ故に――王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは昨日よりずっと悩んでいた。

 

(王国の安定した将来の為に、ゴウン殿の勲功を小さくしておきたいという、レエブン候爵と陛下のご意向に反する行いを考えるのとても心苦しい。だが、今は明日の王国の確かな未来の為に冒険者達とゴウン殿との連携は、やはりどう考えても不可欠だ……)

 

 竜王へ大魔法を使うと聞くが、事を成した後について冒険者達との行動もあると考えている。

 だからこそ、この場に本来居るべきあの御仁の不在に、戦士長は納得出来ていなかった。

 でもそれがレエブン候からの要望。

 現在室内では、冒険者同士の魔法による強化手順について、再確認する話し合いが進んでいた。

 その中でガゼフは、席から(おもむろ)に立ち上がる。

 何故か、既にラナーは顔を右側へ少し向けると、白きレース調の長手袋の左手で口許を隠す形で人知れず緩ます。

 戦士長の唐突な行動に、場の者らの視線が当然集まっていく。

 

「――急ですまない。だがこの場へ集まっている者達に、是非会って貰いたい人物がいる」

「「「――?」」」

 

 誰なのかという空気の中で、モモン的に一難去ってまた一難というイヤな予感が走る。

 

「(――ハッ。ちょ、まさかっ)……」

 

 そもそも、『レエブン候らの意向で、客人は目立つ活躍を極力抑える目的で会合へ出席させない』という、つまらない盗聴ネタで安心していたのにだ。

 『蒼の薔薇』のラキュースも、ガゼフの呼ぶ相手にピンと来た様子でいささか頬を赤らめる。

 ラナーに至っては――僅かに目も笑っており失笑している雰囲気が濃厚に漂う。

 王女は、先日の国王や大貴族達が参加した竜軍団緊急対策会議にて、論争となった短気気味の偽アインズの事をよく知っているのだ……。

 戦士長は、和解済という先日のラナーとアインズの両者が若干揉めた件を一応断っておく。

 

「……王女殿下もよろしいか?」

「構いませんよ」

 

 姫の了解を受けて、支配者にとっては無情にも聞こえるガゼフの言葉が続く。

 

「10分程でお連れするので、少し席を外させていただく。失礼」

 

 モモンは頭痛のしない頭蓋に被る兜の額部分を、思わず右手で押さえてしまう。

 

(戦士長殿っ、なぜそんなに正義(たぎ)る様な瞳で真摯に頑張るんだっ。気なんか使わなくていい。俺がここにいるんだから呼ぶ必要なんかないだろ)

 

 心の中でいくら考えても、ガゼフが知る事も彼へ届くはずもない。

 無駄な思いの中で思考に電子音が響くと、やっぱり盗聴していた優秀な戦闘メイドからの美声が〈伝言(メッセージ)〉によって伝わって来た。

 

『アインズ様、失礼いたします。ソリュシャンでございます。ストロノーフ殿が宮殿のお部屋へと近付いていますが、いかがいたしますか?』

 

 彼女の声でふと、パンドラズ・アクターにアインズ役をやらせる手もあると気付く。

 

(うーん、どうするかな。でもなぁ)

 

 ()()以来、ナーベラルは問題なく役を熟している。

 だからこそアインズ的に思う。それなのに大役を取り上げてしまっても良いのだろうかと。きっと、『一度失敗したら、二度と本気で信用されないのですね……さめざめ』と大いに悲しむに違いないとの想像を膨らませる。

 支配者にはまたしてもそんな、可愛く健気に頑張っているNPC達を信じたいという全く根拠のない親心的な考えが湧いて来ていた。

 

(…………………………………………………………………うん、きっと……大丈夫だよな……)

 

 

 

 ここに、忠臣ナーベラル・ガンマの対応力が再び試されるっ。

 

 

 モモンは、面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の中でソリュシャンに対し、濁点の無い静かな発音で小さく呟く。

 

「……(このまま)…………」

『畏まりました、その様にいたします。では』

 

 なお、ナーベラルの日々演じている偽アインズが、偶に王城内でガゼフに会っても彼の名前で困る事はない。何故ならガゼフには実に手頃な呼び名があったから。

 ナーベラルはガゼフに対し一貫して――『戦士長殿』と役職名で通していた。

 彼女は努力する。王城や宮殿に居る他の人間達も、虫の呼び名を我慢し『衛兵』や『大臣補佐』など役職名で押し通して……。

 

 間もなく宮殿3階へ、親しい客人の滞在部屋を訪れた王国戦士長は、愛しく美しい眼鏡姿のユリに迎えられつつも愛に浸っている時間は無い。彼はすぐさま、出迎えたゴウン氏へ事情を話す。

 簡単ながらも熱く、反撃の機会に飢える冒険者らとの連携への必要性を説いた。

 

「――ということで、ゴウン殿には是非、会合の場までご足労を願いたい」

 

 この要請に対してナーベラル扮するアインズが答える。無論、伝える言葉は〈伝言(メッセージ)〉経由でツアレや二人から離れて立つソリュシャンからの指示だが。

 

「……本当にいいのですか? 私が行っても」

 

 ゴウン氏らしい洞察眼を見せる発言に、ガゼフの目は一瞬大きく開く。この御仁なら、国王陛下やレイブン侯らの思惑を見抜くのも納得と瞼を軽く閉じ伝える。

 

「構わない。私はゴウン殿と冒険者達の連携が、必ずや陛下と民達の為になるものと信じている」

 

 次に向けられた力有る戦士の眼光に迷いはない。

 それは、目の前の仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)を強く信じている証拠でもあった。

 (あるじ)を慕っているナーベラルにもそれが自然と伝わる。

 

「……(この人間、確かにそこらの虫とは少し違うようだ)分かりました、戦士長殿。その場へ行きましょう」

 

 こうして、ゴウン氏を連れた戦士長が会合の場への帰路を進む。

 

 

 一方、冒険者代表らの会合はオブザーバーのガゼフが居ない中でも、強化についての話し合いが進んでいた。

 基本は以前からチーム内での強化を、との考え。だが、魔法詠唱者達は限られた魔法才能と魔力から取得を攻撃系へと割り振る者も多い、また強化魔法を元から使えない者も結構存在する。

 更に今回部隊は階級で分けてられており、下へ向かうほど支援は厳しくなる問題を抱えている。

 彼等の限られた魔法力をどう割り振るかに、シビアな状況と真剣さから意見と議論が何度も堂々巡りする。

 

「王国軍の兵達へ強化支援する事もあり、やはりどう考えても(シルバー)(ゴールド)級の余裕は殆どない。他所のチームへの支援は諦めるべきでは?」

「何度も言うように、ここはチームではなく同階級でも力の有る前衛戦士へ使うべきだろう。(ドラゴン)達を倒せなくては話にならん」

「いや、壁になる防御力の有る者へ振るべきと存ずる。今回はヤラれたら後が無いという状況なのだ。後方に余裕がなく気持ちに焦りが出れば、全体が浮足立ってきますぞ」

 

 どの意見も長い経験からのもので一理ある内容が並んでいく。

 話を聞きつつも王都冒険者組合長はまだ意見を言わない。彼女自身も迷いがあったし、今、王国戦士長が連れて来るという人物の話も聞いてみてからという考えを持っていた。

 その時に扉が叩かれ、入口が開くとガゼフに続く形で、変わった仮面を付けた巨躯の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が入って来た。

 

「「おおぉ」」

「これは……」

 

 彼の姿に室内での論争が止まると同時に、一同のどよめきが上がる。

 初めて見る人物の、まず身に付けている装備に皆の感嘆の声が漏れていた。

 

「何という凄い装備なのだ……」

「一品一品の輝きが違う……一体何者なんだ」

「王城に異国から来た凄腕の旅の魔法詠唱者がいると聞いているが、この方か?」

「黒きローブも見た事も無い高級生地。どんな経路で手に入れたのやら……」

 

 ナーベラルの身に付けている装備は大半が絶対的支配者のレプリカ品。

 それでも、ローブやガントレット他遺産級(レガシー)を調整したものも追加し当初よりグレードアップしており、いずれも最上級(遺産級の一つ下の)アイテム水準の性能以上を誇る。

 その者の身形が人物の全てではないが、最初の印象として多くの基準になるのは当たり前の事。

 だが室内で一人だけ、訝し気な表情をする者がいた。イビルアイである。

 

「……(ん?)」

 

 アインズと同様に仮面越しの彼女は、以前見た彼の圧倒的装備程の輝きが無い姿に気付いた。

 とは言え、宮殿の客人であり急に呼び出された状況や戦闘中でもない事から、完全装備でなくてもおかしいとは言えない。戦場で会うようなら偽アインズの存在がバレる恐れも残っている。しかし、開戦後直ぐに後方へ下がる予定のアインズ一行と遭遇する可能性はかなり低く幸いである。

 実際、この場のイビルアイも完全装備ではなかった。

 なので彼女もここでそれほど気にせず、一瞬で別の事を考えていた。

 

(……奴がもし支援強化魔法を得意であったなら……あわや私の穢れなき身体まで……ふう)

 

 世の強者に強欲な者は意外に多い。彼等は小さい理由から言い掛かりのように絡め手も混ぜ、物理的だけではなく心深くへも平然と押し入って来るのだ。

 純真なリーダーのラキュースだけでなく、兄貴系のガガーランや二癖はある双子の忍者達に、もしかすると――ツンデレアンデッドも関係ないかもしれない……。

 250年の人生の大半を孤高に生きて来た彼女である。恋や愛など、人であった遠く古い時代に置いて来たものだと思っている。

 

(陳腐なっ)

 

 危うく人間性の何かを目覚め掛けさせて、イビルアイは頭を小さく振った。

 ふと、その仲間の変わった様子にラキュースが気付く。

 

「どうかしたの?」

「いや、なにも」

「そ」

 

 正面のガゼフとアインズへと顔を向けたイビルアイを、まだぼんやりと見るラキュース。

 例の物議をかもした会合から早二日が過ぎていた。

 今日、彼女はこの場に無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)を着て来ていないが、もしあの時、話が纏まっていたら、こうして着ていない事が当たり前の身になっていたかもしれなかった。

 更に、竜王軍団との激闘に生き残り、次の竜王国の救援が終って落ち着きひと月を過ぎた頃には、自分一人だけの身体ではなくなっている想定外の展開も――。

 

(ふふ、なんてね……、あーあ)

 

 仲間の命も背負った上で未来の女傑英雄構想を描き、結構思い切った処女喪失の決心で居ただけに、思い通り進まなかった未来予想図に脱力感も意外にあったのだ。

 口の堅い王国戦士長に、どうやら旅の魔法詠唱者(アインズ)一行からもあの時の『恥ずかしい言葉』は全く外へ漏れていない模様。

 強請(ゆす)りどころかあれから彼に声を掛けられることも無い。城内で2度ほど姿を見掛けられたにもかかわらずだ。

 まあ、偽アインズ(ナーベラル)が自分から(にんげん)に関わりを持つはずもなく……。

 

(戦士長殿は分かっていたけど、あの英雄級の魔法詠唱者さんも随分と紳士な方なのかしら)

 

 仮面の彼が、稀代の美女達を何名も(はべ)らせている事から、強烈な意外性を感じた。

 美しいラキュースだが、オリハルコン級へ階級が上がるまでは、当然のように随分と男性冒険者達から声を掛けられたものである。

 実家からも稀だが、真っ当な縁談を持った使いが宿屋へ来たりもしていたのだ。

 でも最近は、アダマンタイト級という冒険者達の頂点に立つ者への畏敬の念が凄い形で、全くそういったアプローチが無くなっていた。

 

(まさか……まだ19歳なのに、もう私って乙女としてダメなんじゃないのぉ。魅力ゼロとか!? あぁぁぁ、暗黒の根源たる闇がー、なんて言ってる場合じゃないのかも………はぁ、超弩級英雄伝(メガヒーローズ)ノート、どうしようかしら)

 

 ままならないという、ちょっと乙女として悲しい気持ちが心へと広がっていた。

 その思いを一人抱き締めたまま、ラキュースは前を向く。

 だが、視界の端に入る彼女のこの思考を、近くへ座るラナーが偽アインズに視線を向けたまま、苦々しく読み取る。

 

(もうすぐ死ぬ運命のブスが。なんて図々しいっ。ご主人様との御子を先に孕むのは、お前なんかじゃないのよ。ルトラーにさえも、絶対負ける訳にはいかないのですから)

 

 永遠のライバルと感じている第二王女との対決を思い出し、笑顔に無言も内心で憤慨する王女さまであった。

 

 冒険者代表達の視線を受ける中で、王国戦士長よりゴウン氏が紹介される。

 

「ラナー王女を始め冒険者の方々、お待たせした。こちら、国王陛下の客人でもあるアインズ・ウール・ゴウン殿だ。今回の竜王らとの戦争では、我々王国にとって勝利への非常に重要な任務に就かれる」

「「「おおぉ」」」

 

 王国戦士長から『勝利』という言葉に室内へ歓声に近いざわめきが広がった。

 厳しいはずの王国側の現状において、当然とも言える反応。

 特に、エ・アセナルで絶望的戦闘を経験したルイセンベルグは、本当なのかという驚きの表情を浮かべていた。

 ラキュース達『蒼の薔薇』は、ラナーから聞いた『風の噂』なるガゼフが救われたというの異国の特殊部隊殲滅の件と、2度の会談をへて相当な実力であると理解しており、この場では特に表情を変えなかった。異国の特殊部隊とは、スレイン法国の陽光聖典辺りで規模も数十名と推測。それをアインズ一行のたった4人で、短時間に無傷で消し去っている状況から異様な強さは確実だ。

 ラキュースは思う。そうでなければ大都市を一晩で灰にした圧倒的強さを持つ竜王軍団へ対してさえ、これほど無頓着といえる態度に説明が付かないと。

 ラナー王女も特に変わらず上辺だけの笑顔を続けていた。

 因みにモモンは、周りに合わせて「おぉ」と驚く振りだけはしている。しないと不自然という立場からだ。流石にこういう細かい部分までNPC達では難しい。

 

 支配者として、今目立つのは『アインズ・ウール・ゴウン』だけでいいという考え。

 

 ガゼフは、一応ゴウン氏の具体的な任務に関して明言をこの時は避けた。

 その情報が冒険者達との連携に直接関係ないからでもある。己の主人へ出来る限りの配慮を忘れない。

 戦士長はこの場の全員に向け、一度右側から視線を端まで流すと告げる。

 

「開戦から数日間は、激しく厳しい戦いが続くと思う。でも、ある瞬間から劇的な展開が始まるはずだ。そこが――我々の反撃の(とき)だっ。……その時まで何としても耐え忍んで欲しい。今から少しだけ、開戦から反撃時等についての話をさせて頂く。皆の参考にして頂きたい」

 

 王都冒険者組合長をはじめに、各地の冒険者代表らが頷いた。

 戦士長はこの場において、あくまでもオブザーバー。決定権はなく、冒険者達へ参考意見を述べる立場でしかない。

 ガゼフの語りはじめた内容はまず、王国軍側と王国戦士騎馬隊に関するものであった。

 王国軍に関しては『最終目的は同じ』である事。故に冒険者達は心情を割り切り、戦士長自身も含めた上で、『庇うに及ばず』『局所的指示があっても無視可』『盾として利用可』だと伝える。次に王国戦士騎馬隊は『王の守り』と『反撃時の戦力』とし、明言しないが事実上開戦時から余り動かない予定を示唆する。

 続いてガゼフは、冒険者の士気を考えるとゴウン氏について、やはり大まかな具体的行動の開示は必要だと踏み切る。魔法詠唱者(マジック・キャスター)の彼は来たる時に明確な『勝利』への反撃の狼煙を上げる者だとし、冒険者諸君は撤退することなく無理をしてでも全員で戦線を評議国側へと押し上げて欲しい旨を伝えた。

 状況からその時に戦場は混乱しているはずで、細かい部分は各自の判断でと付け加える。

 でも自然と、目の前の強者であるゴウン氏が中心になるような形で動くことは想像出来る話だ。

 冒険者達の連携は、現場判断での臨機応変なものになると思われる。だから一番に重要なのは、まずゴウン氏がどういう姿でどの程度の実力者かを知ってもらう事であった。

 今日、彼の上位の装備を見た代表者達や話しを聞かされた者らは、(おの)ずとその時に行動を考え出すだろう。

 

「改めて言おう。反撃の時が訪れれば、我々王国戦士騎馬隊や残った王国軍も陛下の命の下で一斉に動くことを」

「うむ」

「良い流れだ」

「おう、やってやろうではないかっ」

 

 ゴウン氏を呼ばず不在で、ガゼフが話をするだけという流れもあった。しかし、実際に立派な装備を持つこの者の姿が、あるのと無いのでは実感が全く違う。言葉だけでは、強大過ぎる竜王の現実から余りに絵空事と思えるのだ。

 現に会合の場の雰囲気は一気に活気付いた。

 室内の戦いへの空気が温まったところで、ガゼフがここまでまだ発言のないゴウン氏へと言葉を求める。

 

「ゴウン殿からも、皆へ一言頂けるか?」

 

 虫達がどうなろうと余り興味のないナーベラルであるが、今は目の前に見えるアインズの代役として見事に振る舞わなければならない。

 

「……皆さん、改めてになりますが、私はアインズ・ウール・ゴウン。……この度は国家の客人として竜王らとの戦いに参戦させてもらいます。勝利の風は必ず吹きます。それを信じて戦いに臨んでください」

 

 ソリュシャンからの指示には建前的な『微力ながら」やアインズらしい「アインズと呼んでいただければ」という言葉もあったが、ナーベラルは自主的に外していた。偉大と慕う絶対的支配者の立場を少しでも大きく見せようと心掛けてだ。

 ここで、ルイセンベルグから当然と言える質問が飛ぶ。

 

「ゴウン殿の使うのは、やはり大魔法と思っていいのかな? 一体どんな魔法なのか」

 

 それに対して、魔力系魔法にも詳しい偽アインズは、偶然にもはぐらかす形で淡々と答える。

 

「竜王の強大な魔法抵抗値すら突破する――そういうモノです。安心ください、私の攻撃は強いですから」

「「「おおおーーー」」」

 

 オリハルコン級が多くを占める代表者達が一斉に驚きの声を上げる中、最強の剣士との声も高いルイセンベルグも唸った。

 

「なんと……本当なら驚愕すべきことだ」

 

 あのエ・アセナルで見た、チームメンバーのアズスの放った〈連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉の拡大魔法すらも反射する絶大な魔法防壁の話は伝わっているはずで、どうやって突破するのかへ興味は尽きない。

 王国内屈指の魔力系魔法詠唱者であるイビルアイもその一人。

 

(百竜長ですら、私のとっておきの第5位階魔法連発でも、トドメを差し切れなかった。間違いなく竜王はそれ以上の化物で、そこまで届く魔法があるのか? 逸脱者級の第6位階魔法でも、恐らく難しいはず……)

 

 この場の、特に魔法詠唱者達からの畏敬の視線がゴウン氏へと向いていた。

 モモンは第三者的で眺めるその様子に、名声が広がっていく高揚感をくすぐられ十分満足する。

 

(おお、いいぞぉ。やるじゃないかナーベラルも。まあ、ソリュシャンやユリからの助言があるんだろうけど。でも、ここまで出来れば問題ない。やっぱり、俺が心配しすぎなんだよなぁ)

 

 立派に働くNPC達をもっと信じてやるべきだ、と絶対的支配者は強く思った。

 ――ここまでは。

 このあと、ガゼフが余計な気を利かせる。

 

「良い機会だ。ゴウン殿、会合参加の者達を個別に紹介しよう」

(うわぁぁ。挨拶とかは別にいらないんじゃないかな)

 

 常識的な戦士長の行動へ、ナーベラルの人名不得意の件もあってそんな思いを向ける支配者。

 ただラナー王女や護衛剣士のクライム、『蒼の薔薇』『朱の雫』らは城内の謁見時や戦略会議にて面識があり省かれた。それでもモモンには少し、ほんの僅かにイヤな思いが広がる。

 不安な主を横目に、ゴウン氏は王都組合長に始まり、小都市の前に各地の大都市の組合代表者らから順に挨拶を行なっていく。

 皆、机を挟んで席から立ち上がった形の定型パターン。

 まずはガゼフからの紹介があり、本人達が言葉を交える。

 

「こちらがエ・ペスペルの冒険者組合長、オリハルコン級のリートバルド殿だ」

「リートバルドです、ゴウン殿。よろしくお願いする」

「どうも。こちらこそよろしくお願いします、リートバルド殿」

 

 だが偽アインズは、人の名前に関しほぼ完全な対応を見せた。

 裏でソリュシャンが懸命に、人間の名前としてではなく別の表現で指示を出す事で、表面上は不自然なく名の発音がされていく。

 間もなく大都市として4番目にエ・ランテルの順番がやってきた。

 冒険者組合長のアインザックに魔術師組合長のラケシルが紹介され挨拶も程なく終わる。

 そして、いよいよ漆黒の戦士へと移る。()()は当然その時に起こった……。

 モモンについてガゼフとしては、今日初めて合う人物であったが、竜王国救援の件は大きい問題であったため彼の印象はしっかりと刻まれていた。

 

「こちら、エ・ランテルの冒険者でモモン殿だ」

 

 戦士長の紹介を受け、モモンは前の組合長らと同様に定型で平然と答える。

 

「モモンです。ゴウン殿、よろしくお願いします」

 

 対して、仮面の魔法詠唱者がどこか緊張気味に告げる。

 

 

「……どうも。こちらこそよろしくお願いします、モモンさ―――ん。………失礼、モモン殿」

 

 

 身長がほぼ同じで、机を挟み兜と仮面の顔を付き合わす大柄の二人。

 

(おいーっ、ナーベラル! なんでここで他と違うんだよぉぉー)

 

 ナーベラルへの突っ込みと内心で激しく動揺し、一度沈静効果が起きたほど。

 絶対的支配者には何となく予感があった。至高の者らに対し忠誠心が高すぎる傾向から、敬称は大丈夫なのかと……。更に。

 

「――っ!?」

 

 眼前のゴウン氏が咄嗟に頭を下げようとしたのを、モモンは右手を軽く上げて制止した。

 この会話で場の空気が、一瞬「あれっ?」となったのは言うまでもない。

 ただ、誰にでもいい間違いはある。それに『さん』で留まり『さま』と言い切っていない事から結構救いがあった。そして、支配者がナーベラルに頭を下げさせなかったので、ギリギリ状況も踏みとどまっていた。

 またここで戦士長が、他への紹介も途中であった事から停滞させずに、次へと進めてくれたのも大きい。

 特段に不自然さを引き摺ることなく、そのままガゼフは一通りの冒険者代表らとゴウン氏の挨拶を無事に終わらせる。

 モモンは、正直ホッとしていた。

 

(あー、こういった状況も想定して、練習や訓練をしておくべきだったよな。うーん、俺の考えがまだ足りなかったかな)

 

 既にモモンの中で、ガゼフや戦闘メイド達へのマイナス性を含む思いは残っていない。

 ナーベラル自身の気持ちは別にして――。

 

 その後は、途中になっていた冒険者達の強化の件について、話し合いが続く。

 ゴウン氏には席が用意され、ガゼフの隣に座る形でそのまま会合へ残っていた。

 強化の件に影響を与えたのは、ゴウン氏の『反撃の刻』という話である。

 冒険者達は、大きい希望をもって戦えるという心の拠り所を得ることになる。その為、他チームへの強化については、各階級の力の有る前衛戦士へ強化を振る方針にほぼ満票で決まった。

 王都組合長から「では最後の議題となりますが、冒険者達の展開につき今一度確認を」という話が出ると、ルイセンベルグは厳しい表情で「少し時間が欲しい、皆に話がある」と告げて来た。

 王都組合長の他、会合の組合長らが頷き促すと、ルイセンベルグは口を開く。

 それは1週間前の話。

 旧都市エ・アセナル上空であった竜王らしき個体と不明者との壮絶な戦いについて語り始めた。

 モモンにはその内容が何かを理解出来た。しかし、目撃したアズス達3名には遠すぎて闘う相手の正体は不明のままであった。竜王よりも随分小さい相手なのは確からしい。また竜軍団側の被害状況も不明だという。

 結果は竜王が勝った模様で、趨勢を決める一撃により遠方の山の一部が吹き飛ぶ程の攻撃を見せた話を伝えると、ルイセンベルグは述べる。

 

「現地に潜伏を続ける者達から知らされていた情報だ。竜王側が勝った事から、それほど大勢に影響を与えず、伝えてもこれは士気を下げる内容だと思い今まで黙っていた。でも状況は随分変わったと考え、今伝えた。ゴウン殿も竜王の必殺の一撃には十分注意されよ。最大射程は――10キロに届く模様だ」

 

 ゴウン氏は一言「分かりました」と泰然に答えて一つ頷く。ただそれだけ。

 その様子に、会合の冒険者代表らは互いに驚きの表情で視線を交わし合い、同様の考えを心に浮かべていた。

 

(((この人物は、本物の英雄級だっ)))

 

 続いてルイセンベルグは、その竜王を相手にした者についても考えを語る。

 

「恐らく人程の大きさだと思う。しかし、我々王国の者ではないだろう。先月に戦士長が異国の部隊に襲われた件もある。故に私は、越境して来た法国の特殊部隊の者ではないかと考えている」

 

 聞いた者達は多くが「んー」と唸るような声を思わず出していた。

 スレイン法国の特殊部隊。遭遇した者は、ミスリル級冒険者のチームですら殆どが死んでいる恐怖と謎の精鋭部隊である。

 法国内に幾つか存在するとされるも、王国内では殆ど把握出来ていないのが現状である。

 そして、これらに対し調査し備え国民達を守るのは冒険者達の役目ではない。

 王国戦士長や王家や貴族達、王国軍の仕事であった。

 

「アルベリオン殿、貴重な情報提供を感謝する。我々も先日の件から現在、対策(各大都市へ影響力を持った調査機関の立ち上げ)を模索しているところだ」

 

 ガゼフが、耳の痛い話について手を(こまね)いている訳ではないと強めに言葉を発した。自身が狙われた所為で3つの村が壊滅した責任と怒りは決して忘れていないのだと。

 ルイセンベルグは戦士長を責めているのではないと、話を区切る意味で首を縦に一つ振った。

 

 最後に、冒険者達の展開について今一度確認が行われ、一部調整されると冒険者代表達による会合は無事に終わる。

 解散となり、まずラナー王女とクライムが会合部屋から去っていく。結局、ゴウン氏とは直接会話せず、不仲案は健在のままに。

 続いて戦士長がゴウン氏と退出する。その際、冒険者代表の皆から「我々に希望と力を戦いの中で見せて欲しい」と期待の声を掛けられていた。

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)と300頭もの(ドラゴン)は、人間達がどれほどの武勇を誇ろうともやはり大いなる脅威でしかない。その強敵の壁へドデカい風穴をあけてくれる『人類の英雄』へと希望を託すように……。

 そうして壮絶な戦いへ臨む者達の顔は、皆、最後にそれでも上を向き部屋を後にする。

 

 モモンは、王城からの帰り道の馬車でアインザックから問われる。

 

「あのゴウンと言う魔法詠唱者は、どういう人物に見えた?」

 

 漆黒の戦士は、難しい質問をされた気がした。

 客観的に答える必要も感じ、モモンは偽アインズと初対面を利用する形で返す。

 

「んー、正直、まだ良く分かりませんね。やはり、実力を見てみないと」

「そうだな」

 

 アインザックは、モモンの意見にも理解を示す。

 しかし、王国民としてはやはりかなり期待していた。

 ゴウン氏と同じ魔法詠唱者のラケシルは、興味深げに話す。

 

「ははっ、第6位階の魔法かもしれないぞ。是非とも直に拝見したいところだ」

 

 久しぶりにはしゃぎ気味のラケシルの姿に、昔から変わらんなと組合長は楽しげに呆れる。

 馬車は王都冒険者組合の建屋へと近付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏の陽射しが照りつける組合事務所前の石畳へ、馬車から降り立つモモン。

 アインザックらに誘われ、漆黒の戦士は一度上の部屋へ戻るとマーベロを伴い4名で少し遅めの昼食に向かう。

 冒険者の多い王都冒険者組合の建物内には、2階に酒場兼食堂もあった。

 時刻は午後1時を回っていたが、急ぎの用はなくのんびりと45分程昼食休憩となる。

 食事を終えて飲み物を取りながら席で寛ぐ最中に、ラケシルからある行事を知らされた。

 

「そうそう、モモン殿。今夕に、ここの1階の大広間でちょっとした宴が開かれる。我々の協力チームとして是非君らも出て欲しいのだが」

「宴ですか?」

 

 出るのは構わない。だが、モモンは一介の冒険者だ。国王の客人であるアインズみたく勝手な格好は出来ない。

 この世界の正装の知識をそれほど持っておらず内心で戸惑う。以前のデートで着た上下黒でジェントルマンみたいな方がいいのか、それとも貴族風のシャレたものがいいのかと首を傾けた。

 すると、アインザックが内容について補足してくれる。

 

「なに、今日会合で会った各地の冒険者代表を始め、上位冒険者達を集めての相互激励会みたいなものだ。いつもの身形で構わないよ」

「あ、そうですか。分かりました」

「モモン君達は、午後5時半ぐらいに1階の大広間へ来てくれればいいぞ」

 

 モモン達とアインザックらは昼食を終え食堂を後にする。

 代金はアインザックが()()全部払ってくれた。先日も共に食事をした際、モモンは払わせて貰えず。思いのほか良い上司達だ。

 この新世界で初めて絶対的支配者を奢ったのはアインザック達である。マーベロからの報告により、密かに組合長等はナザリックの歴史にその名を残していた……。

 今、午後2時前を迎えていよいよ暑いが、調温調湿出来るモモンとマーベロは涼やかに王都冒険者組合の建物から外へと出たところ。

 3時間程自由時間となったため、暇つぶしもあるが結構深刻な話も存在して『漆黒の剣』の宿屋へと向かう。

 組合長達はのんびりした昼食時にあえて触れなかった。先程馬車の中では、アインザックから戦場の持ち場についての話もあったのだ。会合の最後で最終確認があった際に出ていたが、改めて告げられていた。

 

「――我々は、旧エ・アセナル東方域で百竜長級の(ドラゴン)を相手にする予定だ」

 

 一応、それは大都市エ・ペスペルの2組のオリハルコン級冒険者チームと合同作戦とのこと。総勢で14名だ。

 恐らくLv.50以上辺りの竜長が討伐対象というところだろう。

 ただ、アインザック達オリハルコン級のレベルは25弱程度だ。かなり無茶である。いやユグドラシル的には、もう絶望的と言った方がいい。

 

(どうしたものかなぁ。組合長ら2人に死なれるとエ・ランテルの組合はどうなるんだろう。あ、エ・ペスペルのオリハルコン級達が居なくなるのも竜王国救援に支障が出るじゃないか)

 

 『漆黒の剣』の滞在する宿屋への道を進みながら、モモンはずっと難題を考える。

 

(うぅぅ……。んー……)

 

 いずれも生き残って欲しいが、現実的には難しいと言わざるを得ない。

 かと言って組合長らへ、異常に不自然な強化の下駄を履かせるわけにもいかないのだ。

 

「うーむ」

「あ、あの、モモンさん。どうかしましたか?」

 

 支配者の苦悶するような声に、手を繋いで歩くマーベロが守護者として役立とうと尋ねた。

 常にモモンガ様の敵を全て薙ぎ払う準備が出来ており、彼女の眩しいオッドアイの瞳の奥は、色あせた灰色の闇が見え隠れする。

 モモンは中々厳しい難問に当たり悩ましい中、見下ろす先の可愛い闇妖精(ダークエルフ)の笑顔でも見て和むことにする。

 しかし、ここで絶対的支配者は見上げている()()()()()()から閃き、足掛かりを掴む。

 

(……あー。これなら、いけるんじゃないか)

 

 策を得た絶対的支配者は立ち止まり、手を繋ぐマーベロへ体を向けると、ヒントをくれた彼女の頭をフード越しに空いた手で優しく撫でてやる。

 

「いや、マーベロが良い所で声を掛けてくれて、なんとかなりそうかな」

「あぁっ。は、はい、よかったです」

 

 主の声が明るい雰囲気を帯び、思わぬご褒美まで頂いて、小柄な最狂の守護者は満面の笑みを浮かべた。

 『漆黒』の二人はそのまま10分程、計50分弱歩き、王都の西側の中央からみて、少し外周壁寄りの地区に建つ宿屋へと至る。

 宿屋としては中の下という感じ。冒険者人口で(シルバー)級の階級相当に比例した辺り。ニニャやペテルらの話しから、他都市の同階級の冒険者達で満室らしい。

 一応『漆黒の剣』の泊まる宿屋の場所は聞いていたものの、真っ直ぐこの周辺へ来れたのは、無論八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)の反応を探ったからである。〈上位不可視化〉実行中でかなり接近しないと捉えられなくなっているが、ペテル達は宿屋近くの店と思われる建物にいるようだ。

 合同訓練は早朝ということだし、この時間は昼寝か涼んでいるかだと聞いていた。

 しかし、いきなりニニャ達の居る場所へ向かっては不自然。

 まず「他から聞いた」という行動の理由を作るべく宿屋へと寄っている。1階の受付で宿屋の親仁へと『漆黒の剣』の者達について尋ねる。すると、意外な事にダインが降りて来た。どうやら彼だけ昼寝をしていた模様。

 

「これは、モモン氏にマーベロ女史。では、ペテル達のところに案内するである!」

 

 二人が来たのはニニャの件だけでなくきっと話があるのだろうと、ダインはメンバーらの居るところへ直ぐ連れて行ってくれた。

 

「それにしてもモモン氏、先日の食事の席は楽しかったであるな!」

「ああ。ルクルットが自分の拳を口の中へ入れてみせたのは驚いたけど」

 

 数日前に会った際の内容について、支配者はパンドラズ・アクターから記憶を貰っているので、道すがら会話を振られても問題ない。

 1分程で着いたのは酒場風の店で、ダインを先頭にモモン達も入って行く。

 

「あれっ、ダイン。昼寝してたんじゃ……って、モモンさんにマーベロさん!?」

 

 最初に反応したのは入口が見えていたルクルットだ。仲間の声に、背を向けていたニニャや横向きのペテルも驚く顔をこちらへと向けた。

 

「あれ、こんにちは」

「えぇっ、モモンさんとマーベロさん!? こ、こんにちわっ」

 

 ペテルの挨拶に続き、昼下がりに暑さもありダレた感じでいたのでニニャは少し焦る。

 

「ニニャ、二人もどうも。ちょっと話したいことがあってね」

「こ、こんにちわ」

 

 モモンの後にマーベロも挨拶を送る。

 ニニャ達には現在、強力な八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を付けているので、中位の竜兵なら数匹同時に襲われても問題はない。

 それでも支配者は、一応戦場の場所や役割を把握しておこうと考えての行動だ。

 ――保護対象死亡という失態は許されない。

 なぜなら、ツアレの妹であろうニニャの存在を、未だ直接某天使へは伝えていないと言う恐ろしい事実があった。ただ護衛を付けている現状から()()()()()が、気付いていないわけもなく……。

 達人級の同志である会長(アインズ)の行動を、静かにワクワクしながら見守っているのは間違いない。

 ペテルらとモモンにマーベロは、店員を呼ぶと大きめの6人席へと移る。

 店内や周りはざわついており、大声でなければ注目を集める感じではなかった。

 ダインと共にモモン達も飲み物を頼むと、漆黒の戦士は率直にペテル達へと尋ねる。

 

「みんなの担当はどの辺りになりそうかな? 俺とマーベロは旧大都市の東方になったよ」

「「「「っ!!」」」」

 

 どうやら彼等4人にも配属指示が来ていた模様。

 モモン達は後でルクルットに教えられた。経験と情報豊富な老練の冒険者達によれば、最も激戦地となる予想は旧大都市南方域という。

 また一番小規模だが、袋小路で必死地という北側。そして西側は元々竜達の防御陣が薄く一番マシと言う話だ。噂では王国の第一王子がそちら方面を率いるらしい。

 東方側も戦域は広く、激戦が予想されているそうだ。

 モモンの問いへペテルが若干、間を空けて答える。

 

「……そうですか。私達は、旧都市の南東側の配置になりました。6つの(シルバー)級チーム合同隊です。少し配置が近いかもしれませんね」

 

 『漆黒の剣』の4人は、穏やかな笑顔を浮かべた。以前見たモモンの雄姿がそうさせる。

 竜兵の強さについては、『朱の雫』や『蒼の薔薇』達からの報告と共に難度で60以上が伝えられていた。全体の士気を考え、随分と控えめな値で。

 その数値を上回る水準が目安で、各地の合同隊は組まれている。

 

 でも――現実は余りにも厳しい。

 

 兜を外し、頼んだ飲み物を受け取ったモモンは、ペテルから真剣な表情での相談を受ける。

 

「モモンさん。私達〝漆黒の剣〟は……どうすれば戦力に成れるのでしょうか」

「何かあったのかな?」

 

 余計な言葉も吐くイグヴァルジに近い悪漢冒険者は、他にも居そうに思えた。

 

「実は――」

 

 一昨日の早朝訓練において急遽、(シルバー)級冒険者チームの各リーダーへ対し、難度60水準の強さを体験するため、ミスリル級冒険者との練習手合わせが行われたという。

 普通は、上位階級の者達が下の相手をすることなどない。

 その経験を各チームメンバーへ伝え、(ドラゴン)との対決に備えるという特別メニュー。

 『漆黒の剣』代表としてペテルは武技〈要塞〉も駆使して立ち向かったが、相手に手加減されつつも惨敗していた……。

 その差は余りに歴然であったという。

 

「人にすら全然届かなかった。なのに……全てが強靭な竜種には特に外皮の鱗もあります。低位の魔法なら完全に跳ね返し、上位の武器の攻撃で殆ど傷も付かないという伝説を良く聞きます。

 ――モモンさんならどう戦いますか?」

 

 戦いがいよいよ現実味を増し、ペテル達に言い知れぬ難敵への恐怖が迫って来ていた。

 それに対してモモンは、嘗て絶望的なワールドエネミー級との戦闘やナザリックへ大侵攻を受けた折も、真剣に死力を尽くして覆してきたユグドラシルでの戦いを思い出し伝える。

 

「確かに火炎竜(ファイヤードラゴン)は強い。それでも、無敵じゃない。まず相手の得意な分野では闘わないこと。つまり、空中や火炎系、打撃戦では元から不利なんだ。それ以外で突破口を見付けて貫くしかない。雷撃や冷気系には耐性が弱い傾向にある。一部個体によっては、鱗の強度にムラがあるヤツもいる。

 そこへ――俺は全力を出し切って戦うだけ。苦しくても、前を向くしかない。結局はまず自分がやるしかないんだ。しかし、その中で俺は―――絶対に仲間を見捨てないつもりだ」

 

 確かにユグドラシルで、鈴木悟の命は掛かっていなかったかもしれない。

 しかし彼自身、ヌルイ気持ちで戦いに臨んだことは一度も無かった。それがあったから、仲間達とナザリックを護りきれたのだとギルドマスターとして自負している。

 憧れ頼りにする戦士の放った言葉に、ペテル達は強く勇気付けられていた。

 

「ありがとうございます、モモンさん。目が覚めた感じです。もっと策を練ってみます」

「流石、モモンさんっ。力も使いどころがあって、集中すべきって話だよなー」

「やっぱりモモンさんは凄いです。私も冷気系や雷撃系を中心にし、竜へもっと負荷を掛けれないか考えて組み立ててみます」

「うむ! 私にも、点在する植物群を使って竜達の足を捕まえ、地上へ釘付けが可能かもしれない〈植物の絡み付き(トワイン・プラント)〉を強化するなど、まだまだ出来る事があるな!」

 

 (シルバー)級冒険者チームだけで倒すのは無理かもしれないが、竜を足止めしている時にミスリル級の冒険者チーム達と合流する場合も考えられる。

 何が起こるか実際に戦ってみないと分からないと、ペテル達は個々で考えを新たにする。

 自分の言葉を信じ、懸命な彼等の姿を見てモモンも少し複雑な心境となった。

 

 

(仲間……を見捨てない……か)

 

 

 ユグドラシル時代を思い出し、心の底が少し熱を帯びていく、そんな感じを覚えていた。

 このあと15分程、竜について6名で特性や戦いを整理する。モモンは勿論のことマーベロも、マーレとして配下に竜達を従えており意外に詳しいのだ。それから店を出ると少し歩いた空き地でペテルとルクルットはモモンへ、ニニャとダインはマーベロへ1時間程、体を動かした対応の指南を乞うた。

 想像する訓練も重要だが、実際の動きやタイミングを掴むのは、やはり見て体感した方が早い。

 モモンは二刀の剣で竜の鋭い爪を表現し、マーベロは空を舞い空中の者への対応を考えさせた。

 マーベロとしては、『漆黒の剣』達への感情は特にない。ただ、熱心に〝漆黒〟の噂を広げてくれる有益な者達である点や、至高の主が他の者とは違う待遇をしている事は十分感じられた。だから手を抜かずに手伝っている。

 あっという間に時間は過ぎて午後4時半を大きく回る。

 『漆黒の剣』への指南の前に、5時半から外せない用がある件を告げており、モモンら二人は組合事務所へ引き上げる時刻となった。

 ペテル達から、遅くとも明後日の朝には部隊が移動を開始する予定と聞く。

 ニニャとモモンが、マーベロら4人から少し離れた場所で静かに向かい合う。

 

「モモンさん、今日来てくれてありがとう。私はチームの仲間達と、全力で戦って来ます。戦いが終ったらまた会って下さいね」

 

 約束は守るためにある――ニニャの強い決意が表情から読み取れた。

 頷く目の前の彼氏が、あるモノを彼女へと手渡す。小さな『木彫りの彫刻像』を。

 

「これを。……君に持っていて欲しい」

 

 魔法詠唱者の少女は笑顔でそれを大事そうに受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここひと月程の昼間、至高の御方の不在時間が多めのナザリック地下大墳墓。

 今日のこの時も大墳墓内に(あるじ)の姿は無い。

 栄光ある本拠地の留守を守る最高責任者にして、またしてもアインズの執務室に籠る守護者統括のアルベドは思う。

 

(寂しいわね。あぁ毎日、夜のお戻りが待ち遠しいわ)

 

 愛しいモモンガ様が居てこそのナザリックなのである。

 No.2の彼女にも御方に遅れる形だが当然、第九階層に専用の執務室が与えられていた。

 しかし――彼女は当初より支配者へと願い出ている。

 

『あの……アインズ様。御不在の折ですが、()()アインズ様の執務室にて仕事をさせて頂いてもよろしいでしょう……か?』

 

 彼女は淑女らしく、それはそれは随分と寂しそうな表情で訴えていた。

 

『ん? (まあ見られて困るものはないんだし、それぐらいならいいか)ああ、別に構わないぞ』

 

 アインズとしては、既にデミウルゴスも含めて多くの面倒事を押し付けていた面もあり、そう伝えていた。いや、伝えてしまった……。

 そのためアルベドが、御方の部屋へ居る事は正当であり不敬と言わせないっ。

 彼女は了解を貰って以後連日、支配者を想い時折「くふふ」と微笑みつつ、愛しい主の居た空気がまだ残るアインズの執務室で仕事の8割近い時間を過ごす。当番のメイドへも「くれぐれも、アインズ様退室直後の空気の入れ替えは断じてしないようにっ」と厳命気味で通達していた。

 本日のアインズ様当番のメイドはフォス。彼女は、室内の扉脇で直立姿勢のまま微動だにせず控えている。

 アルベドは、絶対的支配者が使う黒き大机の前にあるソファーセットへと腰掛け、日常の膨大な仕事を(こな)す。彼女が、支配者の大机と立派な椅子を使うような無礼をするはずもない。ただ、偶に大机や椅子の背もたれへ手と指を這わせ、主人の温もりを探すぐらいである……。

 あと常時、支配者のベッドへと潜り込み程良い己の香りを残している訳ではない。――稀にだ。

 愛する至高の御方に、この大事なナザリックを頼まれているのだ。『妻のお仕事』という気持ちで運営には常に命を掛けていた。

 なお仕事の2割の時間は、統合管制室で御方の野外活動に合わせて超望遠映像を楽しみながら業務する。

 先程もマーレと手を繋ぎ街中を歩く豆粒ほどの御方の姿を堪能していた。マーレが甚だ羨ましいがコレは順番である。

 

(あぁん。きっともうすぐ私に決定的なターンがくるはず。今は我慢よ、我慢っ)

 

 今日の彼女には目覚ましい成果があった。

 第五階層へと赴き、姉ニグレドを介して()()なる雌ながら人間の子供に接触することが出来ていた。統括の個人的にビッグな計画はもう走り始めている。

 

 そして計画といえば―――NPC達主導のナザリック休暇推進計画。

 

 彼女はここ数日、日常業務の傍らで別の書類の山と猛烈に格闘している。

 各階層毎に守護者から上がって来た、ナザリックのNPCやシモベ達及びポップするモンスター達に至るまで、その休暇ルーチンのおおよそ全てへ目を通していた。

 

「くふふふふふふ――――――」

 

 いずれアインズ様とのご休憩に繋がる為、この膨大極まる作業すらもご褒美のようなモノだ。

 アルベドが代行した第四階層が一番早く終わり、第八、第七、第一から三、第六、第九と十、そして最後の第五階層もメドが立つ。

 コキュートスには、3回やり直しが掛かっていた……。

 

『事務ハ慣レナイノデ、スマナイ』

 

 武人の彼は、少し苦手としており苦戦するが、良き配下達にかなり助けられている。

 シャルティアも、配下で謎粘体のエヴァが上司を上手く気分よく自発的に考えさせていた。彼はシャルティアが性格から単調になりがちなだけで、完全に馬鹿というわけではない事に気付いていた。それは……時折思考から零れ、口から漏れ聞こえる支配者との『四つん這いの上に座ってもらう』等、求愛パターンへの余りの巧みさからの推測によるものだが。

 ――まあ違う意味でオカシイと言えそうではある……。

 第八階層内の頭数が少ない事もあるが、慎ましいヴィクティムと思い込みの激しい桜花領域守護者オーレオールのコンビも意外に悪くない。

 第六階層は不在がちな妹をフォローし、二人三脚的に姉のアウラが安定した結果を出している。

 第九、十階層は善意溢れしっかり者のペストーニャと、意外に細かいところも見ているエクレアが無難に纏めた。

 デミウルゴスは、多くの魔物の配下と山ほどの仕事を抱えつつも、第八階層とほぼ並ぶ速さで完璧な内容の資料を提出していた。圧巻である。

 このように調整と資料が揃ったナザリック休暇推進計画は、まもなく至高の御方へとNPC達の総意として具申される予定だ。

 一方、第七階層守護者の本日提出した資料の中に、トブの大森林へ侵攻する『ハレルヤ作戦』の関連物があった。

 関連資料を斜め読み、優秀なアルベドはデミウルゴスのその意図を掴み始める。

 

「ふっ。流石はデミウルゴス、いつの間に。――アインズ様へ楽しんでいただくために、随分と趣向を凝らしているようね」

 

 資料には参考や補足情報風で、トブの大森林以北の地理や勢力の調査情報までもが上がって来ていた。加えて王国内のトブの大森林の西側にある小都市の詳細情報も目に入る。

 長時間に渡り北方を調べていたのは『同誕の六人衆(セクステット)』の一人、ジルダ・ヴァレンタイン以下数体のシモベ達だ。ジルダはナザリックの大宴会で、アインズの頭蓋を見事に磨き上げた胸の大きい蛮妖精(ワイルドエルフ)の娘である。

 善寄りの彼女はセバス配下。しかし、竜王国へ乗り込む以前からデミウルゴスより『ハレルヤ作戦』へ間接的に協力出来る面を伝えられたセバスが調査の指示を出していた。これはナザリックの方針からで、デミウルゴス個人に手を貸すわけではないと。

 王国の小都市については三魔将達が調べ報告されていた。

 これらはまだ、上がって来た単なる地域資料に過ぎない。しかし、各指揮官への仮面装着指示など、それらから派生する戦略が――その奥底に隠された大仕掛けを含む最終目的について、統括の思考へ微かに浮かび上がらせる。

 アルベドは、アインズを輝かせる時事や計画が順調に進行していることに満足しつつ、次の案件書類へと目を落とした。

 

 

 

 そのころ、デミウルゴスは第九階層へと降り立ち、階層代表代行のペストーニャと調査したジルダより新たな報告と共に資料を受け取っていた。

 

「階層守護者であるデミウルゴス様自ら、わざわざのお越し恐れ入ります」

「いやいや。満足のいく情報を調べてもらっているのだから、何も問題ありませんよ」

 

 とても穏やかな笑顔でデミウルゴスは答えた。外部の連中に対し、全く容赦のない恐るべき最上位悪魔の彼だが、有能且つアインズ様へ忠実なナザリックの者達へは気を配り非常に優しい。

 セバスが注文を付けたのは、第九階層まで報告を受け取りに出向いて来るのならという点だけであった。協力する事へ、悪魔も感謝と誠意を少し見せて欲しいとの気持ちからだ。

 デミウルゴスの方も、これは大事なナザリックの方針の中の話や、同じ主へ仕える者が頑張ってくれている訳であり、小さな部分だと割り切って「いいでしょう」と快諾している。

 絶対的支配者へと尽くす強力な両名の守護者は、個人的拘りなど後に回して協力していた。

 

「あの、デミウルゴス様、サンプルの者達については……?」

「大丈夫ですよ。まだちゃんと生かしてますから」

 

 ナザリックの良心を持つペストーニャからの問いへ、笑顔を崩さず最上位悪魔は答えた。

 デミウルゴスからの強い要望で、資料として集められたモノの中には下位のイキモノも混じっていた……。

 本来、デミウルゴスであれば用が済めば全部殺してしまうところである。だが今回、要望を受ける代わりとして無事に生かしておく事をお願いされた。彼にすればこれは完全に特別措置。

 小鬼(ゴブリン)を始め数種族の者達は、各勢力について持てる知識の多くを魔法で聞き出されていた。

 

「サンプルの1体、蜥蜴人(リザードマン)の話からすると、どうやら森の湖南岸に住む蜥蜴人(リザードマン)達の勇者が例の魔樹と遭遇した際に大怪我をしたようですね。その際に病気に感染したらしく、怪我は随分回復しても、まだ起き上がれないらしい。――士気を上げたりでき統率力も高そうな中心者を欠けば、攻略はそれだけ容易くなります」

 

 此度、ナザリックの総指揮官として『ハレルヤ作戦』へ臨む以上、大悪魔は一切手を抜くつもりがない。各地の情報を集めて抜かりもほぼ全部埋めつつあった。

 

「またボガードによれば、東の森では魔樹により最大勢力である妖巨人(トロール)達の部族も壊滅したとのこと。小鬼(ゴブリン)の話だと、森の西側の勢力は被害無く健在みたいで、この機に数を揃え東へ侵攻準備中のようです。そういった混乱に付け込めば、序盤は随分楽に進められますね。この分だとコキュートス抜きで恐怖公だけでも、今調査で分かっている山脈中央までは短期間で制圧出来そうですよ(まあそこまでは、まだ本計画の準備段階なんですけどね――)」

 

 もう既に、彼の頭の中では戦いが終わっていて戦後の、更にその先も全て見ている感じだ。

 ここのところ、驚異の策を連続して見せている(あるじ)に対し決して恥ずかしくないモノをと、侵攻間近に迫るデミウルゴスの意気込みは相当の強さを持つ。

 

(それにしても、アインズ様の先見と巧みな策には常に驚かされます。評議国へ大きな楔を打ち込む片手間で人間の配下エンリを餌に、その者の力と忠誠心も確認しつつ帝国を油断させ、罠に誘い込んでの痛い懲罰をなされるとは。大外から見ていて何と清々しい。巨大で余分な魔樹すらも、気が付けば我々の戦力へと絶妙に組み込まれている……)

 

 デミウルゴスの想定する斜め上の結果を得ており、大悪魔の描く計画よりも広域で随分早い進捗が多いのだ。

 

(本当に存分に楽しまれておられる。これで、帝国は大駒を一つ失った上に魔樹への恐怖も含め、領土すら奪ったエンリの存在を未来永劫無視出来ず、今後へいくつも楽しみが残りましたねぇ)

 

 偶然ではあり得ない展開を数多く見せつけられていた。

 そんな華麗に立ち回った至高の御方へと、今度はデミウルゴスが忠実な配下として魅せなければならない。

 ナザリックが誇る天才へ嬉しいプレッシャーが掛かっていた。

 

(私がお仕えするのは、私を超えるアインズ・ウール・ゴウン様ただお一人。是非とも喜んで頂けるものを示さなければっ)

 

 それは――大量殺戮での単なる征服では余りに芸が無いものになっている。

 ここまで絶対的支配者が示した多くのものは、『殲滅』ではなく敵を激しく翻弄し愕然とさせるゲーム風の闘い。苦渋に苦しむ相手の姿をあざ笑い、己が存分に楽しむ余興そのものと悪魔には見えていた。

 

『楽しむことを忘れるな』

 

 デミウルゴスは、嘗て支配者から自身へと掛けられた重大な言葉を忘れてはいない。

 

(滅ぼすのはアインズ様が飽きられた時に限るのだと、我々配下は常々心掛け守らなくては)

 

 そういう部分も振り返れば、先日から生かしている賢小鬼(ホブゴブリン)らしき個体や白い蜥蜴人(リザードマン)の他、第六階層の村へ預けた昨日の木の妖精(ドライアード)や今日も手に入れた山小人のサンプルらについても聴取後、何か使い道がある様に思えてくる。

 

(ふむ。いずれアインズ様に会わせるのも良いかもしれませんね)

 

 やたらに元気よく(やかま)しいかった木の妖精(ドライアード)などは直ぐに首を手折られるかもしれないが、それこそ御方の自由というものであろうと。

 サンプル達の生存を聞いてホッとするペストーニャらに見送られ、デミウルゴスは上階層へと移動して行った。

 

 

 

 第七階層奥の赤熱神殿まで戻ると、デミウルゴスは入口で立つ補佐のプルチネッラに出迎えられた。カラスの嘴を模した仮面の道化師は大げさに報告する。

 

「これ()これ()デミウルゴス様。ヘカテーさんが執務室で粛々とお待ちです」

「そうですか」

 

 早速彼は執務室へ向かい、中に入る。壁の棚には相変わらず飾られたデミウルゴスお気に入りの骨細工が並んでいた。

 上司の入室に『同誕の六人衆(セクステット)』のヘカテーがソファーから立ち上がる。

 彼女は、頼まれてから4時間程で早くも描き起こし終えた小鬼(ゴブリン)軍団5000体分の集落配置図を差し出す。大きめの用紙で10枚程あった。

 

「デミウルゴス様、こちらが新しい集落図です。ご確認を」

 

 階層守護者は1枚1枚をしっかりと確認する。

 それは部隊構成を元に総数で350棟を超えていた。まず倉庫なども含め大中小12パターンの建造物を考え、それを立地に合わせ調整配置するものであった。

 

「……んー、いいですねぇ。問題ありません。プルチネッラ、十二宮のサバオートを呼んで、守護者統括へこれらを届けさせたまえ。運ぶ際、くれぐれも燃やさないように」

「おおぉ、畏まりました」

 

 オーバーアクションで答えると、プルチネッラが集落建屋の設計図と配置図を持って退出する。

 ヘカテーにすれば、間もなく土台の基礎工事が始まるナザリックの地上都市の設計時でも、抜群の才を発揮した身である。この程度は全く問題なかった。

 デミウルゴスとしては、彼女がいる事で随分と助かっている。

 次の大森林への侵攻に際しても、各所に砦的なものを作る必要が有り、自分で考案しても良かったが現在、建造物系は全て副官のヘカテーにお任せである。

 

「よくやってくれました。アインズ様も喜ばれることでしょう。私からも君の素晴らしい成果だとお伝えしておくよ」

「ありがとうございます」

 

 時間は午後5時半過ぎ。急ぎと思われる仕事は一段落した形。

 

「どうかな、バーへでも。偶にはのんびりと何か飲まないかね?」

 

 悪魔は長寿であり、ここは地下でもあるので時間への感覚は結構アバウトである。

 しかし――彼女は全く違う考えへ反応する。

 

「失礼ながら、これは男女に関するお誘いなのでしょうか?」

 

 NPCの身でもアインズへ臆せず、例の言葉(ハレンチなのはダメ)を放つ彼女である。上司のデミウルゴスにも遠慮はない。

 ヘカテーはLv.92の最上位悪魔だが、属性は中立でカルマ値はマイナス20という中途半端な数値。おまけに設定へ『男女交際はプラトニック推奨』と書かれているのだ……。

 創造主はギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の軍師ともいうべき、あのぷにっと萌えさんである。

 『焦りは失敗の種であり、冷静な論理思考こそ常に必要なもの。心を鎮め、視野を広く、考えに囚われることなく、回転させるべき』という理念から、単純に善悪へ寄らずハニートラップにも動じない事を言いたかったのだろうか。

 しかし彼女が起動されていなかった状況で、それらは打ち消されていると考えられた。

 まさか、あの人でさえも転移した今の状況を想定出来たはずもなく、起動後にヘカテーの設定を一応確認したアインズにも、「ハレンチなのはいけないと思います」の真意は分からなかった。

 そんなヘカテーの問いに対し、デミウルゴスがナザリックの良識を語った。

 

「ヘカテー。君の創造主から与えられた大切な考えは尊重しましょう。でもですね、一言だけ告げておきます。このナザリックの全ては――アインズ様のものであると。だから我々は、あの方の望みとお言葉へ忠実に従うべきなのだよ。それが如何なる要望であってもね。基本的に反抗、反論は許されません」

 

 頭の良いヘカテーには、上司の伝えたい真意を理解する。

 普通に彼女へアインズ様の要望があれば拒む事は許されないと告げただけではない。

 つまり同時に、ヘカテーがアインズ様のものである以上、ナザリックの男性は勝手に手を出せないと伝えたのだ。

 彼女はデミウルゴスの言葉に一応納得し、二人はのんびりとバーへ赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都冒険者組合事務所1階の大広間では、午後6時前から宴会が始まっていた。

 給仕の居る立食のビュッフェのような形式といえば分かり易いだろうか。中央に広い空間が取れる事もあり、立ち止まっての会話がメインの場には向いている。

 参加者は、王都リ・エスティーゼに集結した冒険者の中でミスリル級以上の者達である。

 その身形は皆、自身の強さを誇るかのように煌びやかな装備を整えて会場へ現れていた。

 特に破格の装備を付けるアダマンタイト級冒険者チームの周りには、自然と塊が出来ていく。

 地方の都市の者達は、王都組合所属で剣豪のルイセンベルグや、魔剣使いのラキュースと直接話せる機会は多くなく、この宴会は千載一遇という場でもあった。

 欠席者はいるものの、400名を超える王国内最精鋭の冒険者達が揃う。

 一応マーベロに指示し探査してもらったが、素でLv.30を超える者はやはり片手に数える程だ。依然としてプレイヤーの影は見えない。

 

「モモン君にマーベロ君、どうかね? 王国全土の上位冒険者達が並び立つこの壮観な光景は」

「……流石に凄いですねー」

 

 会場内でのアインザックからの問いへ、モモンは棒読みにならない感じで答える。

 

「は、はい。僕もそう思います」

 

 宴で無用の関心を避けるべくフードを浅く被らせたマーベロも、主の発言に合わせて組合長へ伝えた。

 「ははっ。流石の貴君らでもそう思うか」とラケシルもご機嫌の様子。

 組合長達は、これまでモモンとマーベロから随分驚かされているのもあり、少しぐらい彼等の驚く姿を見てみたいと思っていたのだ。

 そうしていると、モモンは胸に王都西方の大都市リ・ロベル所属を示す、緑色の花飾りの胸章を付けた見知らぬ冒険者からも軽く手を上げられる。

 5時半過ぎに会場へ入って気が付いたが、モモン達〝漆黒〟はもう結構有名になっていた。

 『竜王国への救援』の件は、水面下でかなりの反響があった模様だ。

 難度30程度のビーストマンは、数を除けば手頃な獲物ともいえる。名を上げるには悪くないと多くの上位冒険者が考えを持ったのである。

 それを伝えて来た、漆黒の見事な全身鎧(フルプレート)で大柄の戦士と、気品のある純白で上等のローブを羽織り、紅色の杖を持つ小柄な美少女のコンビの名も同時に広がっていた。

 〝漆黒〟は白金(プラチナ)級にも拘わらず、オリハルコン級のアインザック達と組むという異例も『4階級特進』を交えてこの場の話題へとなり易かったのだ。

 

(冒険者の俺達の名は、そこそこでいいんだけどなぁ)

 

 耳を傾ければこの会場内で『アインズ・ウール・ゴウン』の名もよく聞く事が出来る。

 この宴会は、ゴウン氏の名が王国全土の冒険者へと広がっていく良い機会となっていた。

 何と言っても竜王の軍勢へ、『反撃の刻』を派手に奏でる実行者という魔法詠唱者(マジック・キャスター)の名である。各都市の代表から話を聞かされ、上位冒険者達の間でも数日中に始まる戦いの趨勢について話題となるのは至極当然。

 しかし、大きい話であるからこそ、当のゴウン氏本人が居ないため、どうしても少し希薄となった。今のところ、〝漆黒〟も話題が並んだ形で伝わっている感じだ。

 

(まあいいか)

 

 別に目くじらを立てるものでもない。この世界では名が知れていれば、各地へ赴いた折に活動がし易いはずなのだ。

 そして名声は、仕事の料金の他に待遇面へも歴然と表れてくる。

 今後も冒険者モモンとして活動する訳で、大きなプラスに考えるべきと支配者は思い直す。

 組合へ加入間もない二人だけの新人チーム〝漆黒〟が、目覚ましい活躍をした話――10名以上の不明者を救出し50名を超す凄腕の盗賊団を討ち果たした――は、竜達との戦いが迫る厳しい状況の中で、勇ましい彼ら冒険者達の心を燃え上がらせていた。

 だから、白金(プラチナ)級であろうと〝漆黒〟の二人へ、多くの声や合図的挨拶が掛けられた。

 

 でも――そういう羨ましい流れを恨めしく思う者らもいる訳で。

 

「けっ! 面白くもねぇ。ちょっと新入りが一発まぐれで大手柄を上げて、次は運よく情報を貰っただけじゃねぇかっ。どいつもこいつも、単なる見た目に惑わされやがって。……俺達がこの10年でどれだけエ・ランテルの街の連中に貢献してきたと思ってやがるんだ」

 

 愚痴るのはエ・ランテルへの貢献より、裏でもみ消した被害や犯罪数で馬鹿にならない人物。

 モモン達と少し離れた所から、椅子に掛けるイグヴァルジが二人を苦々しく見ていた。

 チーム『クラルグラ』の面々は、先日からちょっとした悪行で意気投合した小都市エ・リットルのミスリル級冒険者チーム『炎狼』の者らと10名程でテーブルを一つ占拠し酒を飲んでいる。

 

「ふん、あの全身鎧(フルプレート)、売り飛ばせばかなりの値段だろ。新入りが随分いいのを着てやがるな」

 

 『炎狼』リーダーのカシーゼが、漆黒の戦士が纏う鎧に目を付けていた。

 彼等はよく〝余興〟を行う。装備を賭けたとある真剣勝負を。

 冒険者達には、人間という枠から突出した様々な生まれながらの異能(タレント)を含めた特性を持つ者がいるのだ。

 イグヴァルジが、ニヤリと笑いを浮かべ(けしか)ける。

 

「あんたなら、あの見掛け倒しのヤツには楽勝だと思うぜ。――ガガーラン以上って言われてるあんたのアノ実力を知らないだろうしな」

「ふっ。それじゃあ、一丁決めてやろうか」

 

 イグヴァルジはモモンが成した盗賊団討伐について、自分達のチームでも同様に可能だと考えている。盗賊団の連中は(ゴールド)級冒険者チームをいくつか殺害しているが、恐らく不意を突いたとかで大したことはないとの見方。だから自分達ミスリル級には遠く及ばず、以前から尾ひれの付いた噂がモモン達の無双劇の正体と決めつけていた。

 そもそも下っ端の(カッパー)級がそういうオイシイ話に遭遇したら、上位のチームへ知らせるのが世渡りの常識というもの。

 エ・ランテルで色々幅を利かせている上位冒険者の自分達を差し置いて、組合長らに上手く取り入り、『クラルグラ』の地位へあっさり迫って来ている事が気に食わなかった。

 これまでイグヴァルジは、組合長らに随分と遠慮していたものの、今日のこの流れでもう限界が来ている。

 またモモンと一緒に居るマーベロとかいう美しい娘は、気弱で言いなりになりそうなオマケもあり、仲間達で十分に楽しめそうなところでも目が眩んでいた。

 

(くくくっ。チームに夜も便利な魔法詠唱者(マジック・キャスター)が一人いてもいいだろ)

 

 

 宴会の冒頭は、王都冒険者組合長からの「では始めましょう。暫くは歓談を」と短く簡単な挨拶だけであった。

 そうして40分程が過ぎ、互いの会話が進み場が温まって来た今、王都の女性組合長が再び2段ほど上がる壇上へ立つ。

 

「お集まりのみなさん、少しの注目を。早い方々は明日から王都を離れ担当の戦地へ向かうと思います。今からあれこれ言うのも無粋でしょう。なので皆を鼓舞したいと私がお願いし、これよりアルベリオン殿に剣舞を披露頂きます」

 

 王都組合長のサプライズに、会場内の冒険者達は沸く。

 ルイセンベルグは、剣技であの王国戦士長ガゼフ・ストロノーフをも上回ると言われている冒険者。その太刀筋を見れるというのは中々ないことである。

 同階級のラキュースの横へ立つ完全装備のガガーランも「ほう」と興味津々の表情をした。

 ティアとティナも、其々会場内で趣味の娘や少年の姿を求めて彷徨ったが、収穫なく共に見物する。イビルアイだけは、剣技に余り興味なさげであった。

 名の上がった『朱の雫』リーダーが会場中央へ出て来ると、周囲が下がり直径13メートル程の人の輪が出来上がる。後ろの魔法詠唱者(マジック・キャスター)の中には〈飛行(フライ)〉で4メートル程の高所から見るものも結構いた。

 

「では舞おう」

 

 両腰の鞘を鳴らし聖遺物(レリック)級アイテムの『疾風の双剣』を抜き放つと、腰を少し落としつつまず左右で全く違う技を見せる。右は武技〈穿撃〉、左が〈斬撃〉。彼は左右で同時に別々の武技が発動可能なのだ。

 決め技の一つに、左右同時で〈三影連斬〉を別々に放つ〈三影連・倍斬〉が存在する。ガゼフやブレインとも違う天才剣士である。ガゼフの両手持ちで前方中心の〈六光連斬〉より、前後や左右も攻撃可能で攻めの範囲を広く取れる。ただし、片手持ちのため威力が落ちるという面はある。

 ルイセンベルグは次に地上へ立ちつつ体を中心に激しく回転し周囲を撫で斬る〈転斬改〉を見せた。

 それを軽やかに宙へ反転倒立しながらも持続し、着地と同時に〈双斬月影〉を放つ。簡単に言えば腕を超高速でクロスさせつつ往復させ、軌道が弧を描き三日月型に敵を薙ぐ技だ。

 彼の強烈な太刀筋は簡単に武具ごと切り裂いてしまうと言われている。

 8分程の間、洗練されたルイセンベルグの剣舞は会場の多くの者を魅了し、最後に拍手が大きく広がった。

 アダマンタイト級冒険者という階級は、単に強さを示すものでは無い。

 恐怖の中だろうと数多の冒険者達を導き、勇気付け、そして上へと引き上げる。また仁徳や寛容さにカリスマ性等そういったものも備え『格』の差というか『英雄』にも届く存在なのだ。

 そういう者達でなければならないし、示す責任もあった。

 

「ありがとうございます」

「お見事でした」

「いや」

 

 王都組合長やラキュースから贈られる言葉に、ルイセンベルグは目を閉じながら答える。

 誰もが彼は謙遜していると見た。が、剣豪の心には寒風が吹きまくっていた。

 

(渾身のパワーでさえ、百竜長級には鱗の薄皮一枚傷付ける程度だからな……硬すぎる)

 

 驚異的な竜鱗を突破出来ても、その下のメートル単位で立ちはだかる圧倒的な剛筋肉を――人間の力では断ち切れない。

 

(だが、まだ諦めん。竜達も不死身では無い)

 

 それでも、彼は瞼を開き声援に手を軽く上げ応えると前を向いて歩き進む。これがアダマンタイト級冒険者である。

 

 会場内では、「やっぱり凄いな」「うずうずしてきたぜ」「私も」「俺もだ」と男女関係なく冒険者達の士気が上がっていた。

 剣舞から15分が過ぎた頃。まだ先程の剣舞の興奮さめやらぬ中で、会場一角のテーブルが突如砕ける。

 冒険者達は常人よりも筋力が高く、この場の強化されているテーブルでも意図せず少し壊してしまう事は開宴時から数件あった。

 しかし、今回は故意の破壊である。大きな音を伴い派手に破片が散らばり、会場の視線の多くが一カ所へと集まった。

 同時に小都市エ・リットルの『炎狼』リーダーであるカシーゼの声が場に響く。

 

「おやおや、エ・ランテルの冒険者の方は、少々〝か弱い〟ようで!」

 

 『クラルグラ』メンバーの一人がわざとらしく倒れており起き上がる。

 この騒動は勿論仕組まれていた。

 モモン達は鬱陶しいイグヴァルジ達をさりげなく避けて動いていた。下位でもあり、宴会開始後間もなく一度は挨拶も済ませている。でも、だからといって組合長らにくっついたまま、その後全くヤツらの傍を歩かない訳にもいかない。

 その動きを待つように、(ようや)く標的が近付いてきたタイミングで悪漢達は事を起していた。

 イグヴァルジが、丁度()()()モモンとマーベロを見付けた風で告げて来る。

 

「あー、全くいいところに。ちょっと助けてくれよ、盗賊団50人斬りで強くて有名冒険者のモモン君さぁ」

「えっ?」

 

 言葉には悪意の雰囲気が満載であり、状況がキモチ悪さと嫌な予感しかない。

 場が整ったと、周辺にテーブルの残骸が転がる中で、椅子に座ったまま居たカシーゼがゆっくりと立ち上がる。

 身長は1メートル85センチ程度ながら、彼のアンバランスな体型にモモンも僅かに驚く。

 

 ――強固な肩当ての装備を始め、むき出しの両腕が人間離れした異常な太さをさらしていた。

 

 大きめのメロン大の拳に、両前腕と上腕回りは1メートル程ありそうなゴリラ的サイズだ。

 薄ら笑うイグヴァルジがモモンを『とあるゲーム』へと招く。

 

「なあに、難しいことじゃねぇ。ただちょっと――〝腕力勝負〟で勝ってくれればいいんだよ」

 

 支配者は、それにしても腕相撲に自信があるのがメチャメチャ分かり易いヤツを選んだものだと呆れる。この悪そうな二人がつるんでいるのはミエミエであった。

 しかし、イグヴァルジの挑発は意外に巧妙で逃げる事を許さない。

 

「まさか、相手が強そうだからって逃げたりしないよな? 盗賊団50人へ立ち向かえたのに腕力勝負では戦えませーんとか……ねぇよなぁ? あ、それともやっぱり噂通り、弱ーい盗賊団だったのかねぇ」

「………」

 

 これほど大勢の上位冒険者達の前で、高らかに散々言われて引き下がっては、流石に〝漆黒〟の名声が落ちるのを避けられない。

 ただ、それより敬愛するモモンガ様をこき下ろす風の発言から恐怖が迫る。

 早く答えて決着を付けないと、俯くマーレの瞳が灰色を超え目に見えて黒ずんできていた……。少女は小幅も1歩また1歩と前へ出て行く。それが支配者の視界の端に映り込んできて焦る。

 

(あっ、ヤバい)

 

 彼女の両手に握る丈夫な紅色の杖が、人間の愚か者共の頭へといつ容赦なく振り込まれてもおかしくない状況。

 支配者は主思いの配下の頭を優しく撫でつつ(マーレの瞳に辛うじて色が戻り始める)、気持ち早口で意思を伝える。

 

「分かりました。この勝負を受けますよ」

「おおぉ、そうこなくっちゃ」

 

 ニヒヒとイグヴァルジは、ご機嫌で邪悪な満面の笑顔を浮かべた。

 そして受けた以上、もう引き下がれないだろうと確信し、調子のいい言葉を並べる。

 

「――あー、ただし悪いが賭け勝負なんで、そのご立派な全身鎧をベットしてもらうが。実はな、先の勝負で仲間の装備と結構値の張る剣が取られそうなんだわ。まあ、勝てばいいんだよ、問題ないよなぁ? エ・ランテルの冒険者の力をお前が見せてやってくれよぉー」

 

 『クラルグラ』と『炎狼』の面々も既に、漆黒の鎧を売り払った代金でかなり遊べると気が逸りニヤけた顔を浮かべている。

 モモン的には、『お前がリーダなんだし先にやれよ』と思うが、イグヴァルジも非難を最小限にする逃げ道を用意していた。

 

「無いだろうけど、もしかの時は勿論、次に俺がやるからさぁ」

 

 そこで勝っても、先の『仲間の装備と剣が』という空手形分がチャラになるだけで、モモンの鎧は戻ってこないのだ……。

 エ・ランテルの冒険者の面目を回復した上で、モモンの名のみを地に突き落とす計画的犯行といえる。

 やり方は単純で幼稚だが、明解なので効果は絶大だ。

 あとはカシーゼという男の力量である。

 マーベロの調べで、レベルだけは24とオリハルコン級並みの水準であった。モモン側でそれ以上不明だが、武技を想定すればLv.30に近い戦力と考えられた。

 実際、大きい拳に長く太い腕のカシーゼは、武技の〈能力向上〉と〈剛力〉と〈超剛力〉を発動し、更に秘策として装備の〈筋力強化〉を起動することで、力だけなら難度90程度の者と同等のパワーを発揮出来たのである。

 あながち『ガガーラン以上』というパワーは嘘ではない水準。

 カシーゼは、己の大きい掌を力強く開いたり握ったりして自信のほどをアピールする。

 用意周到にも『クラルグラ』のメンバーらが、大広間脇の倉庫にあったのだろう頑丈な金属製で1メートル四方の作業台を、大広間側へと運び込んで来る。

 この騒ぎを王都冒険者組合長やエ・リットルの冒険者代表に、アインザックも止めようとはしなかった。既に少なからず冒険者達の意地が掛かっていた為、仲裁は結局何かで決着をつける必要があるのだ。

 だから皆、ここは見守っている形である。

 ラケシルが相棒へと厳しい表情で囁く。

 

「またイグヴァルジらか……、困った連中だな本当に」

 

 アインザックはそれへ静かに答える。

 

「ああ。でもモモン君が王国内へ轟く本物の戦士なら、ここで掛かる火の粉を己で払って見せる必要が有る。……頑張って欲しいし、彼なら出来るだろう」

 

 この大一番の公平を期すために、審判はラキュースが務める。

 程なく、広間中央に置かれた黒い丈夫な台を挟みモモンとカシーゼの二者は右手を合わせて握り合う。

 そして台へと両者が肘を付けた。互いに左手はもう台の外側を掴んでいる。

 あとは、その両者の組み合う右手上を審判が叩けばいい。

 この一戦は注目を集め、会場は一瞬の静寂に包まれた。

 

「――――始めっ!」

 

 綺麗なラキュースの声が聞こえたと同時に二人の右手が叩かれ、両者の戦いが遂に始まる。

 開始直後から時折、両者を応援する声が飛び交う。

 しかし、間もなく会場の者が息を飲むような展開が待っていた。

 カシーゼは、いきなりモモンの右腕を破壊するつもりで渾身の力を出し、自分の極太の腕をプルプルさせる程の状況。

 

 にもかかわらず台の上では二人の腕の位置が――――余り動かない。

 

 カシーゼは、見る見るうちに額へ汗を浮かせていく。全力を出し「うぉぉぉー」「あぁぁーっ」「おりゃぁぁ」と気迫の叫び声を上げる状況が3分程続いた。

 なお、モモンは〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉をまだ使っていない。

 支配者の狙う闘いのポイントは己のLv.30強の力と――疲労や衰えない無尽蔵の体力だ。

 眼前の両者が、まさか拮抗するという大きな誤算を見てイグヴァルジは、口を開けたまま呆然とした表情で固まり呟く。

 

「バ、バカな。そんなはずが……」

 

 ムカつく新入りの無様さをあざ笑う目算が大きく狂い困惑する。ほぼ実力主義の冒険者業界で、罠に嵌めた相手が全て上手であったなら――後はどうなるのか。

 今の彼はソレを考えたくなかった……。

 人間が最高水準で力を出し続けられる時間はそう長くない。

 それでも鍛え抜いた冒険者達は、持続力もあり10分ぐらいは持つだろう。

 しかし、アンデッドの支配者にはそういった制限時間はなかった。

 モモンは涼しげに首回りの凝りを取る感じで兜を被った頭を左右へ動かすと、軽い雰囲気の声で煽る。

 

「これがそちらの全力かな? 出せるんなら今のうちに全部出して欲しいね」

 

 カシーゼは相手の腕を余り動かせない状況に愕然とする。

 手合せする男と筋力差がそれほどない事がわかった。故にこれは純粋に持久力勝負もあると。 

 渾身の力を入れたまま、言葉を絞り出すように漆黒の戦士へ煽り返す。

 

「お、おい……モモンとやら。慣れてないお前がこの状況で……いつまでもつと思ってやがる」

 

 勝負には駆け引きがあり、(そし)り合いでなければ言葉を交わす事も反則では無い。

 相手の苦し気な言にモモンは平然と返す。

 

「宴会の時間はまだたっぷりあるみたいだし、あと30分間ぐらいやります?」

 

 カシーゼは馬鹿言えと感じた。もってあと10分程だ。人間の全力の持久力がそんなに続くわけがない。だが、思考がある予想に至る。

 

(こいつ……まさか俺よりも筋力が若干上なのか……? そうでなければ、30分などと言えないはずだ)

 

 まだ余裕を残す力加減なら持続時間が、随分伸びるのは常識である。

 焦りを覚えた『炎狼』リーダーは、目の前の戦士の余裕を、筋力の余剰分だと感違う。

 そして、このままでは惨めに負けだとも思い始めた。

 楽勝で勝てると思ってイグヴァルジの話を受けたが、白金(プラチナ)級に負ければいい面汚しである。

 このままでは、『宴会で調子に乗り、下位のヤツに惨敗した大馬鹿者』として王国全土の冒険者達に知れ渡る存在になってしまうのだ。

 

(じょ、冗談じゃねぇっ)

 

 カシーゼは何としても、自分の持久力が尽きる前に、先に仕掛けようと決心する。

 でも、少し筋力差がありそうなのにどうするのか。

 カシーゼには豊富な知識と経験があった。それはというと、『腕力勝負』には勝つための理論的テクニックが存在するのだ。これには鍛錬が必要で、素人相手ならかなりの筋力差があっても勝つことが可能だ。

 勝負は一瞬と考えていた。

 『炎狼』リーダーは腕の力を保ったままで、握力を若干強弱させ握り具合を確認する。

 

(……いけそうだ)

 

 互いに掌を握りがっちり組んでいるようでも、実際のところ指を抜いたりずらしたりするのは思うほど難しくない動作。無論それは握力や手首(リスト)の強さがあっての話であるが。

 余力のある今のうちにと、カシーゼが仕掛ける。

 『腕力勝負』は腕力が割と近ければ最終的に支点、力点、作用点を上手く利用する者が勝つ。そのために、それぞれの点を自分に有利な形に、位置へと構築し直す。

 まずは握る指を上へ引き抜く様に微妙にずらす。この時相手の指先を引き延ばす様にしつつ腕も引くようにすると相手は手首から離れた所へ作用点が移り組む力が随分下がる。

 ここが勝負時。更に自分側へ相手の腕を引き込むようにすればモモンの腕が伸び切った感じの状態に変わり、そこで手首の強さと回転運動で捻るように一気に倒すのだ。

 宴会場内は『腕力勝負』の急展開に、大きな歓声が上がった。しかし。

 

「――あれ……?」

 

 疑問的な声をあげたのはカシーゼであった。

 彼は確かに勝ったという手ごたえを感じていた。体勢的には確実に有利であるはず――今も。

 しかし、固まったかように相手の腕が倒せなくなっていた。

 その相手であるモモンが満を持した様子で告げる。

 

「これで、もう手は全部出してもらえたかな? じゃあ、今度はこちらの番で」

 

 如何にも余裕の有る雰囲気と言葉であった。

 その言葉通りに、手の甲があと2センチほどで付き掛けていた不利な体勢から、腕がスゥっと立ち上がっていく。そのまま『炎狼』リーダーの必死の形相や抵抗する雰囲気をよそに、何の抗力も感じさせない形で漆黒の戦士は反対側へ相手の手の甲を台へと押し付ける。

 

「――勝者、〝漆黒〟のモモン!」

 

 

 場に響くラキュースからの勝者コールを受け―――モモンは見事に勝利した。

 

 

 今、大広間の者達は新星の活躍に沸き、また表面上はパンドラズ・アクター達にも『御方は下等な相手を初めは泳がせ、最後に華麗な逆転劇……と計算通り』の展開に見えている事だろう。

 ただモモン側は腕が伸び切り、指も伸ばされその第一関節を相手に握られた形で、どう見ても力が入れにくい状態にされていた。

 支配者自身、内心では多少ドキドキの展開であった。

 

(ちょっと、ヤバかったか。まあさせないけど、あのままだったら本当に負けてたかも。なるほど〝腕力勝負〟が得意なだけはあるなー)

 

 支配者は最後、堪らず大きな歓声に紛れて小声で〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉を咄嗟に発動していた……。

 冒頭で単調な力任せの組み手になり、予想通りに凌げた状況からこのまま単に時間が経過すれば相手の疲労で十分勝てる、という見通しを覆された形だ。

 モモン自身、手を用意し真剣味が欠けていた訳でもなかった。しかし、狭い範囲においては知恵や技術、手段により負ける可能性も潜むと言う事だ。

 相手が格下でも油断大敵であり、再度少し甘く見ていた考えを戒める。

 

(……竜王戦には全力で備えよう)

 

 

 モモン達の勝敗は明確についた。

 余興風とは言え冒険者の意地を掛けた真剣勝負に、勝利者が宴会内で喝采される。

 王国東方の城塞都市へ彗星の如く現れ、4階級特進で白金(プラチナ)級になったチーム『漆黒』リーダーの戦士モモンが強敵のミスリル級チームリーダーとの〝腕力勝負〟を見事に制し、エ・ランテル冒険者達の面目を守ったというお話が残る。

 多くの冒険者が、『漆黒』の二人へ次々と声を掛けてくれた。

 

 『漆黒』のモモン達の名が、実力も含めて王国中の上位冒険者達に認められた夜となった。

 

 その中でイグヴァルジも、苦々しい顔で一言「よくやった」とだけ言い残すと『クラルグラ』のメンバーを連れ端の方で大人しくなった。

 ある意味被害者的なカシーゼ率いる『炎狼』も、モモン達に握手を求めた。

 

「完敗だった。悪かったな。行きがかり上だが吹っかけて」

 

 冒険者達は、多くが強者を認める。

 お互いに持てる力を出し合ったわけで、カシーゼ側も『腕力勝負』自体にズルはない。

 黒幕はハッキリしているので特に後引かす理由は無いと、モモン側も応じる。

 

「いえ。好勝負の中で、いい勉強をさせてもらったかなと」

 

 酒杯を鳴らし合い、この件は良い余興という事で宴会内で丸く水に流した。

 ここは冒険者組合内でもあり、冒険者達の宴会はまだまだ日付を越え賑やかに続く。

 

 ただ、モモンらの勝負から1時間半程あと――。

 

「おい、戦士カシーゼ。俺とも〝腕力勝負〟してくれよ。右はしんどいだろうから、左でいいぜ」

 

 そう語って肩で風を切りつつ、漢らしい重甲冑姿のガガーランが例のウワサを聞いて、カシーゼのところへ現れたのは不幸であったかもしれない。

 モモンと戦わなければ、こんな事にならなかっただろう。

 『炎狼』リーダーは再び宴会の余興として、華々しく散った……左腕を派手に骨折して―――。

 でもこれは名誉の負傷とも言える。

 高名な戦士ガガーランは強者としか勝負しないといわれており、白金(プラチナ)級に負けたというカシーゼの汚名は、同日に随分と返上されていた。

 モモンの力量をみての、女戦士の手荒く優しい気配りというところかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 多くが謎と闇に包まれた人類圏に潜む一大組織―――秘密結社ズーラーノーン。

 組織の全貌を知る者は、恐らくただ一人。

 それはズーラーノーン盟主本人だけである。

 ズーラーノーンの高弟達は、もれなく王国内の各地の大都市に本拠地を置いていた。

 しかし盟主本人の『彼』の本拠地は、少し異なる。

 王国中央から北東へと伸びる山脈の北端近く、鉱山都市と言えるリ・ブルムラシュールから南西に40キロ程の山脈の広くすそ野が東側へ伸びた地。160年間、近隣の金山にミスリル等各種鉱山を始め大貴族達の下で死んだ者達を大量に葬って来た広大な墓地があった。

 その地下へ、大規模に『彼』最大のアジトが築かれている。

 生きた手下の数は100名程である。そして200体程のアンデッドの群れも従えていた。

 地下150メートルの本拠地最深部へ近いところには、100メートルを超える長細い空洞が存在する。高さも20メートルに届く場所もあり、地下ながら圧迫感は余り感じない。

 自然の残した壮大さも含め、盟主はこの場所を気に入っており、魔法陣や祭壇を置いていた。

 深夜の今、足元へ浮かび上がる魔法陣の中央へ一人の人物が静かに立つ。

 細身で170センチ程の身長に、魔石の並ぶ首飾りや黒茶のローブに金属的な銀色の杖等、その身は各種魔法装備で固められていた。

 しかし、その中でも一際の輝きを見せていた部位があった。

 

 

 勿論頭部である。そこに、髪の毛は一本も見えず――。

 

 

 大きめのゴーグル風の物を顔へ装着しており表情は余り伺えない。

 ただ口許には皺は見えず、40歳未満ではなかろうかという年齢に見える。

 『彼』は特殊な魔法陣で増幅した魔力を使い、(ドラゴン)の軍団の情報を遠視を使って密かに探っていた。

 組織的にリ・ブルムラシュール内へ潜む部下から、王国軍の噂等も集めている。同時に竜の軍団については高弟達より多くの情報を得ていた。

 しかし自身で確認してみればみるほど、噂以上である竜達の戦力の強大さを痛感しているのが実情だ。

 正面からの戦いは随分愚かに思えた。

 だから、今こそより活用すべきだと感じた――(ドラゴン)の死体を。

 ところが侵攻から出たであろう(ドラゴン)陣営側の犠牲者の躯が、宿営地内で5体しか見つからなかったのである。また1体毎で安置場所が違う上、周回での警備も付いていた。

 

「意外に少ない……埋めた形跡も無いようだが(それほど竜達が強いということなのか?)」

 

 盟主は少し困惑していた。

 エ・アセナルの戦いでは、アダマンタイト級の冒険者も参加していたと聞く。ならば躯が15体程は有るだろうと思っていたのだ。

 アンデッドの竜は、火炎力やパワーだけなら生前より3割は確実にアップする。15体程での遠距離一斉最大砲撃を掛ければ相当な火力のはずである。

 盟主は結果的に、更に多くの竜達の死体から強力なアンデッドを量産出来ると見越していた。

 しかし5体という規模の小ささから始める場合、死体を増やす前に殲滅される可能性が残る。

 儀式に祝われたアンデッド竜達の攻撃による死体増加でなければ、連鎖的に闇の魔力は増えていかないのだ。

 状況を考えれば、ズーラーノーン単独で仕掛けるのではなく、王国軍の動きに紛れて竜達の部隊の後方から不意に襲うべきだと結論付ける。

 

「難題も多いが、今回の儀式で得られる闇の魔力量は嘗ての〝死の螺旋〟の比では無い。我はきっと神にも到達出来るだろう。これは千載一遇の好機である」

 

 盟主直属の配下には、高弟水準まで及ばないが第4位階魔法の使い手が揃う。その上位の配下達10名が、闇の野望溢れる主人の言葉に魔法陣の傍で感涙しつつ粛々と頭を垂れていく。

 今回の儀式は『混沌の死獄』という。盟主が長年研究し続けてきた成果の一つであり、高弟達と連携して超大包囲魔法陣を王国北方に展開する大計画。

 その範囲内において祝われたアンデッドに殺された者は高位で連鎖してゆき、最後に闇の魔力の源になる。そして『混沌の死獄』は人間だけで無く、()()()()()()()()()()となるのだ。

 それだけに今回は想像を絶する成果が期待出来る。

 ただ今回、高弟内で参加するのは5名のみ。その中にカジットの名は無い。

 彼は勤勉で義理堅い男であるが、どうやら最近活動の一部に――怪しい動きが伝えられている。

 盟主直属の配下がカジットの下へ赴き、直接〝死の宝珠〟の状況を確認して、モモンなる謎の戦士の話が嘘でなさそうとは理解する。

 一方で、クレマンティーヌの件は漆黒聖典隊員の抹殺の知らせを待って目を瞑るとしても、謎の戦士が何者で如何なる組織に通じているのかは、やはり気になるところなのだ。

 盟主本人にも出来ない事を成す者へ、不安を覚えないわけがない。

 更に組織への、カジットの忠誠を揺るがせる『死者復活の件』にも何か変化があった模様。

 カジットは自分の配下にも完全秘匿にしており、盟主の犬を紛れさせているが『灰にならずの復活』とはどういう方法なのか依然把握出来ていない。

 でもそんな心配は、此度の儀式が成功すれば小さなものに成り下がると確信している。

 

「(小さい小さい)くははははははは――――」

 

 早くも闇神(あんしん)への到達を疑わず有頂天の気分に酔いしれ、頭部を燦然と輝かせるズーラーノーンの盟主は地下の空洞へ声を反響させ高らかに哄笑(こうしょう)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、ルトラー。今日の気分はどうだ?」

 

 朝の少し落ち着いた時間帯、9時を前に王都王城内ヴァランシア宮殿5階奥のルトラー王女の部屋を、兄のバルブロが訪れた。

 彼はいつもと余り変わらない服装と雰囲気で挨拶を伝える。妹を心配させまいとしてだ。

 今日の午後、バルブロは王都より北方の戦地へと出陣する。そのために、明日から当分この部屋を訪れることはない。

 しかし、そんな思いなどルトラーには全て御見通しであった。

 

「バルブロ兄様、本日出陣されるのですね?」

「……はぁ、やはり分かってしまったか。困った妹だ」

 

 これまでも、義母の葬儀や自身の結婚式など区切りの日にバルブロは語る前に告げられていた。

 だから今日も努めていつもの風を装った。それでも当てられる予感はあった。

 ルトラーはこの部屋からほぼ動く事は無く、基本的に多くを知る術がない。偶に、覗き窓から外を見ても声まで聞こえてくるわけでもないのにだ……。

 どういう理屈かは分からない。それでも妹に分かるのは、きっと兄妹だからと兄は考える。

 そんな妹が一言だけ助言を伝えてきた。

 

「兄様。くれぐれも絶対に、絶対に攻撃の先頭へは立たないようにしてくださいね」

「……分かった。お前がそれほど言うのならそうしよう」

 

 傲慢さと気の強さで他人の言に大概耳を貸さないバルブロであったが、この妹の言葉だけは金言として信用していた。

 そしてやはり結果的に、この言葉が生命線の境界になる事を長兄はまだ知らない。

 バルブロが少しだけカーテンを開けた窓の外は、快晴の蒼い空が広がっていた。

 兄妹は遠い夏の日に庭で遊んだ僅かな思い出話をしばし楽しんだ。

 長兄がどれほど欲望を秘めていようと、ルトラーへ優しい第一王子として王国を守るために戦場で命を掛けようとしている事は不変である。

 

「御武運と無事の御帰還を、バルブロ兄様」

「うむ。では行ってくるぞ、我が愛しい妹ルトラーよ。変わらず強く生きよ」

 

 死ぬつもりは毛頭ないが、戦場では何があるのか分からない。

 まだ兄らしい行いは何もしてやれていない事もあり、励ます言葉を残す。せめて妹がいつか、窓際から見て気に入った者と添い遂げさせてやれればと思いながら――。

 第一王子は宮殿を後にし、城内の自身の公務室へと戻っていく。

 同じ妹のラナーの部屋へは立ち寄らず。なぜなら、彼女には自由に歩け挨拶に来れる足がちゃんとあるとして。

 バルブロが公務室の前まで来ると衛兵より、珍しい人物の来訪を聞き一瞬驚く。

 室内へ入ると、来客用ソファーに掛けていた第二王子のザナックが立ち上がる。

 

「お邪魔してます、兄上。挨拶をと。本日の出陣の準備はいかがです?」

 

 弟は兄へと、挨拶に来たのか追い出しを喜びに来たのか分からない言葉を伝える。

 近年、将来の王位を意識している両名である。普段から会話をするのも数える程だ。

 なお城内において、室内や廊下の衛兵と騎士は時間ごとに不規則で変わる体制を取っており、不意の訪問では害するのを自然と難しくしている。

 

「(厄介払いか、失態でも探りに来たか?)ふん、問題ない」

「それならば、今しばらくゆっくり出来ますか」

 

 弟は薄い笑顔を浮かべた。

 今回の兄バルブロの出陣は、ザナックにとって崖っぷちと言っても過言では無い。

 もしレエブン侯の作戦がそれなりの成功を収めれば、第一王子であるバルブロは未だ空席の王太子の座へ確実に就く未来を意味していた。

 ザナックは、父で国王のランポッサIII世から、それ程評価されていない事を知っていた。

 それは次男という立場に加え、余りにも見栄えが悪い見た目も影響している……。

 身長が155センチ無い程度で、足も短くおまけに幼少から太り気味という体形はエレガンスに欠けるものがある。

 対してバルブロも細かい思慮に欠ける点から、第二王子同様に国王より今まで王太子について口にされなかった。それでも長兄であり、並み以上の武の才と大きい体格にも恵まれるバルブロは、青年へ成りたての時期に妻を娶らせたりと長年成長を父から望まれていた。

 そして先日の会議にて、王国の厳しい状況での王子らしい発言と行動でランポッサIII世から、現在随分と期待されている。あの意気なら貴族派に担がれ大きく流される事もないだろうと。

 

 だが、戦場に出れば第一王子の死亡もあり得る。

 

 他力本願であるが、ザナックはまだ次期王位争いで十分に逆転可能であった。他力も(ドラゴン)の軍団という、非常に力強き存在なのだ。

 王国軍に負けてもらっては困るが、ギリギリで勝つぐらいの戦況なら、最前線のバルブロは死んでいる展開を間違いなく期待出来る。

 故に、第二王子は現時点でまだまだ焦っておらず落ち着いていた。

 弟のザナックが、兄を押し退けて国王を目指した最初の理由は、昔より王家他多くの者達からことごとく疎まれている恨みと言っていい。

 国王と我の強いバルブロや大貴族達の他、挙句は妹のラナーまでもが第二王子の自分を軽くあしらうような視線と態度をずっと感じていたのである。

 実際、貴族の次男の立場は長男のスペアみたいな扱いが多くなる。病気などで跡継ぎが死ぬ確率は30に1つぐらいだろう。概ねオマケ扱いだ。

 

(ならば、自分が王になってやる。兄を含め、全ての者を見返して、足元へ跪かせてやるっ)

 

 動き始めたのは青年になってからだ。子供では相手にされない為である。

 ラナー程ではないが、幸い頭は悪くなかった。

 水面下で地道に交渉し、六大貴族のレエブン候を上手く味方へ引き込めている。

 レエブン候が戦争国家ではなく、平和な封建制の法治国家を望んでいる思いが会話や書簡により掴め、直接の密談で水面下での協力関係を構築した。

 第一王子のバルブロは激しい気性と我の強い性格から、そういったチマチマした交渉事が一切出来ない。毎年の帝国からの揺さぶりでイラ立ち(いくさ)で返し、徐々に揉みつぶされていく未来が見える。

 

 第一王子が王位を継げば、リ・エスティーゼ王国は――10年持たないだろう。

 

 それがレエブン候と共に出した結論である。

 王太子がバルブロと決まれば、現国王の存命中も国力は年々衰退傾向を維持。そしてバルブロが継承した2、3年後、帝国との敗戦からエ・ランテルが割譲され、数年で候爵規模を含む多くの貴族の裏切り等が起こり国内は大混乱に陥る。最後に王都が帝国騎士団の直接進攻を受け陥落するとの見方だ。

 だから今は、王国の将来的にもザナックは王位争いから降りる気がない。

 最悪――兄を暗殺してでもだ。

 

「ザナック、お前の方こそ王都の備えは出来ているんだろうな? 父上も明日、ご出立されるんだぞ」

 

 一方のバルブロは、最近の弟の行動に兄として苛立つ。

 第一王子の影的存在のはずの弟が、ここ数年、会議において兄を差し置き度々主導権を臭わす発言をしていることが気に食わない。弟は、ただ黙って父上や兄へ従い、場に座っていればいいのである。

 妹のラナーもしかりだ。いずれ、政略結婚で王家盤石の礎になるだけの存在にすぎない。

 奴隷廃止などと、貴族達の利権を奪い王家に反感を持たせる火種を作って何を考えているのかと思う。

 

(己の立場を(わきま)えんザナックとラナーは話にならん)

 

 妹と弟の頭の良さは多少認めるが、第一王子という存在に比べればとるに足らないモノである。

 バルブロにとって、全ては次期国王の自分へと利するものでなければならないと考える。

 その点、嫁いだ第一王女や、役立つアドバイスをくれる第二王女のルトラーは可愛い。

 二人の妹達は日頃から兄を立て、素直に王家や兄へと貢献してくれている。役に立ってこそ家族の愛情も強固となる。慈悲も見せようと思うものだ。

 バルブロは貴族派に担がれているが、第一王女の嫁ぐぺスペア侯爵とは仲が良い方である。

 義理ではあるが、実弟のザナックよりか余程弟として信頼しているぐらいだ。

 信用度の低い実の弟が答える。

 

「大丈夫ですよ、兄上。王都は私がしっかりと守りますので、是非とも前線にて先駆けで武功をお立てください」

 

 さりげなく煽るザナックである。

 弟の言葉に、弱気は見せられないと第一王子の兄が吠える。

 

「ふん、言われるまでもない。(ドラゴン)の首を土産にしてくれるわ、はははっ!」

 

 大きく笑いたいのはザナックの方であった。

 

(はははっ。これで、(ドラゴン)達の方で片付けてくれるだろう)

 

 本当に単純な兄で大助かりだという気持ちで一杯になった。

 満足出来る良い答えを聞け、弟は席から立ち上がる。

 

「長い時間邪魔してもいけませんので、これにて失礼しますよ、兄上」

 

 ザナックは、これが実の兄を間近で見る最後だと思い、その元気な姿を目に焼き付けると背を向け退室した。

 

 

 

 正午が近付く辺りから、王都リ・エスティーゼの全ての大通りは、竜王軍団へ挑む勇兵達を見送ろうとする多くの民衆により徐々に埋まっていく。

 昼食についてランポッサIII世は、出陣するバルブロの他、ルトラーを除きザナックにラナーも集めて共に過ごした。

 そして午後3時過ぎ、王国軍前線の旗頭的立場として第一王子バルブロが出陣する。派手な真紅のマントを翻し黄金と銀色の鎧に身を包み、王城ロ・レンテ城の正面正門より1万余の兵を率いて中央通りを進んだ。王子の傍へ近辺を守る15騎の王国戦士騎馬隊の同行する姿も見える。

 これに合わせて、王都の各地より総勢8万を超える大貴族達の兵団が、王都北方の各担当戦地へと向かい動き出した。既に出立した兵と大都市リ・ボウロロール周辺に待機する北方の兵団を除くと、残りは明日出陣する国王らの約3万弱を残すのみ。

 ただ王都守備軍の兵は、現在も周辺領地内より集結中であり、明後日以降も王都へは少なくとも3万以上の兵力が籠る形だ。

 王都の外周壁に5つある大門はいずれも全開され、勇ましい騎士や兵達を次々と送り出す。

 バルブロの軍勢は中央通りを一度南下し、王都の中央広場から北西に向かう大通りへ転進後、北西外周壁の大門を抜けて旧エ・アセナル西方へ向け進軍していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日の王国軍出兵という大きい動きに隠れ、王都周辺ではいくつか別の動きも見られた。

 

 午前中10時頃の王城ヴァランシア宮殿。

 アインズの下へ、使いが訪れ()()深夜会談開催の書簡が舞い込む。

 絶対的支配者は今早朝、冒険者の宴会後にナザリックへ日課を片付けるべく赴き、午前9時過ぎから王城宮殿の滞在部屋へ移り、今は暫しの合間を寛いでいたところ。

 昨日まで反国王派から会合の連絡が来ていない時点で、今日にも来るだろうと考えていた。既に貴族達の出陣が順次始まっている。流石にもう時間がないと、ボウロロープ侯やリットン伯らは相当焦っているはずである。

 『八本指』が随分焦らして引き延ばしたのだろう。大丈夫かと少し心配する程だ。

 当初、子爵からの使いと聞きドコのと思うも、書簡と共に「(貴族派の盟主ボウロロープ)侯爵様は本日出陣されますが、(リットン)伯爵様は明日、国王陛下の出陣に合わせて出立されます」とボカし気味で伝えられ、聞こえた内容にユリ達もピンとくる。

 使いが去ったのちに書簡を開くと、やはりどう見ても内容は某六大貴族の伯爵からである。

 アインズは翻訳眼鏡(モノクル)越しで内容を読む。以下は要約。

 

 『盟主様の示す最終期限が迫る。伯爵に、リ・ボウロロールへの被害を確実に食い止めよとの厳命あり。多くを与えられし者は今宵、最終行動を示されたし』

 

 いつも通り、どうとでも取れる風に書かれていた。

 ボウロロープ侯爵は、自領地の中心的大都市のリ・ボウロロールだけは是が非でも死守したい模様。『反国王派の戦力』と広く言いつつも、元々アインズへの投資の殆どを侯爵が払っているので気持ちは理解出来る。『八本指』との繋がりは、色々な貴族が絡むのだろうけれど。

 リットン伯爵は、アインズ参画へ賛同しツアレの件などで少し噛んでおり、侯爵への面目上で仮面の魔法詠唱者に動いてもらわないと苦しい立場。

 恐らく明日の伯爵の出立時に『共闘組織との良い話』を切望しており、『多くを与えられし者』という表現で、必ず今晩方針を纏めろという圧力へ繋げているようだ。

 ただ今回は――屋敷取り上げに類する脅し的な文句が無くなっていた。

 先日の、『王家からアインズへと金銭を交えて接触があった』話を伝えた効果が結構出ていると思われる。

 『反国王派の戦力』のフリを依然続ける為に、アインズはとりあえず動き始める。ユリへと本日の王都内屋敷への外泊を、宮殿管理担当の大臣補佐へ伝えるよう指示した。

 話を伝えられた大臣補佐は了承するも、また妄想を膨らませ「はぁぁ、(いくさ)の前のお楽しみですか、実に羨ましい」と呟いたとか……。

 今日の午後2時以降は、王都内の全ての大通りが数時間封鎖される事もあり、午後1時過ぎに城を出ることにする。

 アインズは、少し別件があるため昼食後までの時間を、ここでナーベラルへと交代した。

 

 

 

 

 正午を迎える頃、この新世界でも変わらず多くの者が食事を行う。

 王都南西の外周壁門の最も傍にある酒場風の食事処に、フードを深く被るクレマンティーヌの姿があった。

 無論、宿泊する最高級宿屋から気配を消して抜け出してきており、秘密支部の者の監視を完全に振り切ってこの場に居る。

 彼女は今夜、漆黒聖典の部隊へ合流することから、王都を日没後には離れると語った。

 四角い4人掛けのテーブル席の向かいへ座る――愛しのモモンへと。

 

「王都で、モモンちゃんと一緒に(一晩も)過ごせなくて、ほんと残念だよー」

 

 不満気の言葉を口にするが、彼女の表情は飼い慣らされた猫の様に穏やかで嬉しそうである。

 絶対的支配者は、朝のナザリックから木彫りの『小さな彫刻像』を使い連絡を取っていた。彼女が王都でまだ来たことが無い地区を聞くと、再会場所へここ(南西の門から一番近い食事処)を指定した。

 大通りの門から近いので人の出入りも多く、紛れるには容易いとの考えもあった。

 因みに今、マーベロもモモンの横に可愛く座っている。流石にモモン一人とだけでは、偶然という言い訳は不自然過ぎるので、いつものこの組み合わせとなっている。

 昨日のマーベロの()()()()は、クレマンティーヌにとって少しショックであるが、この華奢(きゃしゃ)な娘はモモンの下僕であり、逞しい歴戦の男性戦士なら『正常な欲求行為』と割り切る。

 今後も小娘(マーベロ)はモモンに付いてくるだろうし、まあ彼氏のアクセサリーのような物だとして、クレマンティーヌの熱い想いは特に冷めない。

 だから愛しい男からの呼び出しに、弾む気持ちで駆け付けた形だ。

 

『えへへー。モモンちゃんにまた会えたー』

 

 店の前でそう語った再会当初、本当はモモンの胸へと抱き付きたかった。でも諸々の面と周辺の目を考慮し、クレマンティーヌは彼氏の両手をしっかり握って激しく上下させ嬉しさを表現している。

 時間は無く、三人はそのまま直ぐに店内へ入り席についていた。

 

「悪かったかな、急だし。でももう(今日王都を)出るんだろうし……」

 

 運ばれて来た料理を前に、そう口にするも支配者がクレマンティーヌを呼び出した理由は明確。

 

 ――当然ズーラーノーンの件である。

 

 竜王軍団と王国軍の戦いの中で、何か大事(おおごと)を起こす計画が存在し進行しているとカジットから聞いたのは昨日の朝のこと。モモンは行事の多かった昨日一日掛けあれこれ悩む。

 結局、それにつき一番詳しそうなどら猫的彼女へ問い、必要なら一応可能な限り調べて貰おうと考えた。恐らくズーラーノーンの支部も王都内にあると睨んでだ。

 一見、これら支配者の行動に関し、単に『小さな彫刻像』経由で確認し指示すれば事は済むように思う。だが支配者は、クレマンティーヌとのこれまでの親密といえる関係を踏まえ、王都を今日離れる彼女とここは直接会って頼むのが自然体だろうと出張ってきていた。

 効果はてき面で、女剣士は鎧越しの豊かな胸元前で僅かに手を傾けて合わせると、歪みない満面の笑みを浮かべる。

 

(んふっ。やっぱり、モモンちゃんも私と離れるの寂しいんだー)

 

 両想いの彼氏の気遣いがとても嬉しい。こうして今も危ない橋を渡っているクレマンティーヌだが、全く悔いはない。自身の溢れる愛で、目が完全に眩んでいる状態だ。

 モモンの為なら、傍で何でもしてあげたいとの想いが心に温かく広がっていた。

 彼女はそれを嘘偽りの無い言葉で伝える。

 

「全然大丈夫だよー。モモンちゃんの為なら、この大陸のどこへだって私は駆け付けるからー」

 

 食事を取り始めたモモンが、それを聞いた上で口を開いた。

 

「実は、昨日()()()()()()から知らせがあってね。どうやら彼等の組織は、間もなく戦争の際中に大きい仕事を始めるらしいんだ。だけど詳しくは言ってくれなかったなぁ」

 

 支配者は名や計画をはぐらかす事で、極力周りの者達からの関心を引かないように配慮した。

 利口なクレマンティーヌは、無論これだけで用件の大半を理解する。

 

「あれー? そうなんだ。私は何も聞いてないけどー。あとさー、多分あいつ計画から外されてるみたいで笑っちゃうー」

 

 カジットはわざわざモモンへと重要な秘密事項を知らせた。なのに、詳しくなければ意味がないところから、彼女の推測は外れていないように支配者も感じた。

 (うなず)くモモンへ、クレマンティーヌから笑顔で申し出る。

 

「それじゃー、時間ないけどちょっと調べてみるねー」

 

 少しでも大好きな人の役に立ちたい彼女は、支配者の希望する思惑通りの行動を提案してきた。

 モモンは、食事の席で兜を外していた顔へ笑顔を浮かべて「悪いね、凄く助かるよ」と語る。

 クレマンティーヌには、この夫婦的一コマの光景だけでも幸せであった……。

 来るべき未来、世界の片隅でこうして愛し合う二人が笑顔で毎日を過ごせたらと、ちょっと遠い目をしそうになる。

 でも、彼女は直ぐ現実に戻る。まだそういうお楽しみの機会は先であると。

 

 今夜は――王都に来て以来、散々邪魔をしたムカつくアノ男の処刑が控えているのだ。

 

 それまでに愛しのモモンからの期待へ応えたい思いもあり、クレマンティーヌは名残惜しいが1時間弱で楽しい二人(プラスオマケ1名)の食事会を切り上げる。

 「じゃあ、モモンちゃん。会いに来てくれて、凄く嬉しかったよー。後で(今夜の内にでも)またねー」と、調査結果を知りたい彼氏からの連絡を楽しみに元気よく手を振りつつ、女剣士は王都大通りの人混みの中へと消えていった。

 

 

 

 

 漆黒聖典第九席次の女剣士と分かれた支配者は、パンドラズ・アクターとモモン役を交代。そのまま王城へトンボ返りし、食後のお茶を片付ける合間に偽アインズ役のナーベラルと入れ替わる。

 早くも午後1時を迎える。

 約2時間後に第一王子が出陣する為、城内は普段と違い随分物々しい感じであった。

 客人で本作戦の裏の主戦力のアインズであるが、表ではレエブン侯と国王の方針から全く知られていない。王子の出陣する今日と国王の出陣する明日は、余りお呼びでは無い存在と言える。

 城内の公務室に居るバルブロの所には、朝から今日明日出陣する大貴族達が時折挨拶に訪れていた。

 アインズも、王家の客人の礼儀として城外へ出掛ける前に数分王子との会見に臨む。

 ランポッサIII世としては、バルブロが見事大任を果たしたのちにルトラーの件を知らせるつもりでいた。なのでこの時、彼の前にいる仮面の者はまだ只の旅人の客人にすぎなく、挨拶は実に形式的なものであった。

 貴族間での『形式的』なやり取りについて、ソリュシャンの盗聴により把握出来ており、アインズの挨拶は最後までスムーズに進んだ。

 

「――ではこれにて失礼します。バルブロ殿下のご活躍を期待しております」

「うむ。客人の来訪は覚えておこう」

 

 当然ながら終始、上から目線の王子であった。

 明日、アインズはゴウン屋敷から戻り次第、国王の下へも挨拶に赴く予定だ。

 時刻が午後1時15分を回る頃、4頭立てで八足馬(スレイプニール)に引かれるあの見事な漆黒の優美さを放つ自称『地味』な四輪大型馬車(コーチ)が、王城ロ・レンテ城の正門を出て行く。前回と同様、ユリ達全員を連れての移動である。留守番には、キョウがカルネ村周辺へ戻っている事から、先程昼食より王城へ戻る時点でフランチェスカを〈伝言(メッセージ)〉で呼び寄せている。

 

『フランチェスカ。再度、王城宮殿の滞在部屋での留守番役だ。急の用だが、よろしく頼むぞ』

「至高様ー、了解でーす。ミーにおまかせー」

 

 彼女はトブの大森林内にて、声だけの命令にも掌が上を向く可愛いポーズでオレンジ色の髪を揺らして敬礼。そのまま指示へ従う形で不可視化し、〈転移(テレポーテーション)〉にて宮殿へと来ており後を任せた。

 一応、アインズ一行も出撃を控える立場だが、今のところまだ正確な時刻が決まっていない。

 軍の攻撃開始二日前に動くというアバウトな情報のみだ。理由としては、『蒼の薔薇』が強化についてギリギリまで模索検討したいという理由から。つまり明日一杯は王都に留まる。

 『蒼の薔薇』が要の竜王を抑えるという事なので、彼女達の意見が尊重されている。

 とりあえず、最終的な出撃時間については『蒼の薔薇』から知らせを送るという取り決めで、それまでアインズ一行には自由時間があるという状況だ。

 

 王都南東部の閑静な高級住宅街区へ走る石畳の道を、眼鏡美人のメイド御者に操られ一際目を引くアインズ達の馬車が進む。

 間もなくゴウン屋敷が見えて来た。二回目の深夜会談の翌朝以来10日ぶりの帰宅と言える。

 門周りや周囲の鉄柵も含めて、屋敷は以前より綺麗になっていた。

 『ゴウン』と家名の刻まれた門柱プレートの良く磨かれた様子が馬車の中からも窺えた。

 ご主人様の帰宅に、庭の掃除をしていたリッセンバッハ三姉妹のうち、長女メイベラが門を開くと脇で礼をして迎える。

 次女マーリンは下車時に敷く赤いマットを用意持ち、末妹のキャロルも馬車の扉を開ける役で玄関前へと姉妹が並んで待っていた。

 そんな中で〈千里眼(クレアボヤンス)〉越しで見ることの多い三姉妹を、肉眼で間近に堪能出来て車内のルベドはニヤニヤしている……。

 馬車が泊まるとマーリンによりマットが敷かれ、キャロルが馬車の扉を開く。そして、門を閉め戻って来たメイベラとマーリンが並び、降りて来た者達を「お帰りなさいませ!」と迎えた。

 最後にアインズが降り立つと、屋敷を守っていた3人に声を掛ける。

 

「メイベラ、マーリン、キャロル、……屋敷が綺麗になっているな。本当にご苦労」

 

 それぞれ名が呼ばれると、その場で背筋がピンを伸び直立してご主人様の言葉を受けた。

 一瞬、お叱りでもと思うも、主の声は十分に優しさを感じさせる。

 

「「「ありがとうございます」」」

 

 三姉妹は笑顔で答えた。

 アインズ達は2階の居間へと移動し寛ぐ。ユリとツアレが屋敷の手伝いへと加わった。

 今日明日の、王国軍の王都からの出兵については街中へも立て札他で周知されていたという。

 リッセンバッハ三姉妹は、買い物等の用を昨日中に終えていると屋敷メイド長のユリへ報告。

 まだ午後2時前でもあり、マーリンがお茶を入れたりと屋敷内にはのんびりした時間が流れる。ルベドだけは三姉妹の姿の堪能に忙しそうであったが……。

 それと、マーリンが下がったその直ぐ後にソリュシャンがアインズへと耳打ちする。

 

「アインズ様。人間が二人、屋敷の近くでこちらを窺っている風に思えます。レベルは12程度とゴミですが。排除いたしましょうか」

 

 属性が邪悪(カルマ値マイナス400)なので、外部の人間へは容赦ない表現となる。

 

「いや、伯爵に連なる連中かもしれない。……あと〝八本指〟からの手の者とも考えられる。しばらく泳がせておけ」

「畏まりました」

 

 この件について色々分かったのは、夕食の後の時間である。

 

 時間の空いたアインズは、2階と3階の各部屋に屋根裏も見て回る。どの部屋も、隅々までよく掃除と手入れのされていたことに驚く。

 庭へもソリュシャンとシズにルベドを連れて出ると、キャロルがまだ残っていた仕事を続けていた様子で、ロータリーの花へ水を撒いていた。ここも前回来た時よりも華やかに変わっている。

 そのあとも予想した通り、裏庭を始め倉庫や馬車庫と厩舎なども満遍なく掃除と手入れがされていた。

 気が付けば屋敷の外壁も少し綺麗になって見える。そういえば倉庫に随分と長い梯子があった事を思い出す。この分だと屋根の上までも……と考える。

 

(うん。実に良く働くイイ子達だなぁ)

 

 正直、掃除に関しては〈清潔(クリーン)〉を使えば一瞬である。

 だが絶対的支配者は素直に感心していた。

 

 

 

 

 王国軍の隊列行進が王都を離れて大通りから消え去り、一段落した夕暮れの近付く時刻。

 1000名を超える結構な数の冒険者達が、王国軍の後に続いて動き出す。

 それは、貴族の率いる軍へ道を譲る()()()機会を少なくするためでもあった……。

 

 準男爵達の兵の隊列と遭遇した場合、白金(プラチナ)級であっても多くが「道を譲れ」と言われ平民並みの扱いだ。

 貴族達から正式に一目置かれるには、昨今ではミスリル級以上が目安。

 とはいえ、ミスリル級でさえも騎士級の扱いにすぎない。

 男爵様や子爵、伯爵、侯爵など特権階級の上流貴族連中とは明らかな差があった。

 また王国には1万以上騎士の称号を持つ家が存在するが、実際に(ゴールド)級の冒険者とある程度戦える者は3割も居ないと言われている。(シルバー)級と比べても8割を切る数らしい。騎士の中には成人ながら難度でたった6という、ある意味ツワモノらもいるという噂だ。

 王国の騎士は貴族同様に、多くがただ古来の地位にしがみ付く。そのために低い水準の者が目立つ。

 これに対し、バハルス帝国には騎士として満たす明確な基準が存在し、2代目がそれを満たせない場合、その2代目の死で騎士称号は剥奪される。3代目が成人し満たせば継続されるという救済はあるが。

 養子についても等親で制限されており、遠い縁者や赤の他人では継ぐことが出来ない。

 それ故に、バハルス帝国の八騎士団は王国の雑兵らに比べて精強なのである。

 

 王都の外周壁の北西と北の門より、午後6時から2時間程の間に冒険者達が出立していった。

 なぜ明朝にしないのかというと、明日も国王を始め3万程の貴族率いる兵達が動くからである。それへ出来るだけ先んじた形で動こうと考えた者達が今晩動いていた。

 移動に際し、白金級や金級以上の上位チームには馬車を利用する者らもいる。馬車持ちの御者を雇い入れての乗り合いや、共同で馬車を買って途中の街で手放すなど色々だ。

 勿論馬を使う者もいる。魔法を込めた防具で軍馬を飾る猛者も当然存在する。

 でも大多数はやはり徒歩である。

 そんな感じで移動する冒険者達の中で『とある話題』が広がりつつあった。

 

「そういえば、ミスリル級の強い先輩の剣士に聞いたんだけど、戦争の途中で俺達の軍から魔法らしき大反撃があるらしいぞ」

「ほんとかよ」

「あ、俺も聞いたぞ、その話は。確かゴウンとかいう魔法詠唱者(マジック・キャスター)が絡んでるって」

「私も聞いたわよ」

 

 話題と並行し『アインズ・ウール・ゴウン』の名も時々流れていた。

 

 今、王都から戦地へと移動を開始した冒険者の中に、『漆黒の剣』のペテル達4人の顔も混じっていた。

 いよいよ竜の集団へ近付いて行くわけで彼等の表情は皆、多少強張り気味である。

 少し離れる形で、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が4人を静かに見守り続けている。

 『漆黒の剣』は他に同階級の銀級冒険者チーム5つと共に移動していた。30名近い集団だ。

 時折、ニニャが後方の地平線へ徐々に小さくなる高い外周壁に囲まれた王都へと振り返る。

 彼氏のまだ残る巨大な都市を、何故か少し懐かし気に見た。胸元の小さな『木彫りの彫刻像』へと手をそっと当てて。

 

 王都内で、明日の出陣を控える者達もまだまだいた。

 昨日、『八本指』のサキュロントに見逃してもらった、長槍を持ち銀の面頬付き兜(クローズド・ヘルム)を被っていた騎士の称号を持つあの男もそうである。

 家の借金に養うべき妻と可愛い娘達。彼には、お金が必要であった。

 称号があっても、主が居なければ当然給金を貰えないのだ。

 安くても出来れば、戦場に出ない昨日の様な貴族様に仕えれればよかったが、そんな上手い話が戦争間近のこの世知辛い日常渦巻く王都内に多く転がっている訳も無い。

 そんな時に、ピンと両側へ跳ねた口髭を生やす一人の騎士から声を掛けられた。

 彼は、東方の大都市エ・ランテル近郊へ領地を持つスタンレー伯爵派の男爵、ポアレ家に仕えているという。

 

「お見受けするに貴公は吾輩と同じ騎士と存ずる。当家の主であるポアレ男爵が、今、腕の立つ者を王都で探しておってな」

「おおっ」

 

 困った折の渡りに船と思い、長槍の騎士は男爵へと目通りした。

 貴族様は例に漏れず悪癖のありそうな人物。しかし――贅沢は言っていられない。

 長槍の騎士の難度は21。(シルバー)級冒険者と戦っても厳しい水準だ。

 でも戦場へ出ることもあり、雇われにしては給金が1日に銀貨3枚。月給で金貨4枚半程にもなる。

 男爵の下には20名以上の騎士が揃う事から、結構裕福な家柄に感じた。

 戦後も上手く継続して士官出来れば、生活は上向くと長槍の騎士は夢を見た。ただ、現実の戦場は竜達側からの狩場だと噂が広がっている。

 それでも彼は雇い入れを受けた。前金で10日分を先にもらい、家路に就く。

 だが途中、足がふらりと自然に酒場へ向いた。彼は久しぶりに金貨を握った所為で、気が大きくなったようだ。

 明日の出陣を前に、酒場は多くの兵達で埋まっていた。

 空いていたカウンターへと長槍の騎士は座る。長槍を片手に、反対の右手には酒杯を握り喉を酒で潤した。

 後ろの席に座る王都の兵と、エ・ランテルの兵が会話が聞こえてくる。

 

「俺たちゃ、エ・ランテルから予定より1日早い到着したほど、行軍が早いんだぜ」

「あー? 早いのは、てめえの逃げ足の速さじゃねぇのかよぉ、あははだ」

「何をーっ」

 

 そんな感じて、軽く始まった酔っ払い同士の乱闘を、背中越しに斜め見て長槍の騎士は久しぶりの酒の席を楽しんだ。でも――酒4杯に銅貨4枚が消えた。

 ほろ酔いの騎士は、愛する者達のいる家へと帰る。

 しかし士官を報告すると、見事に妻から怒られていた……。

 

「あなたっ、どうして勝手に決めて、勝手に戦場へ出ちゃうんですかーっ」

 

 両手を腰に当てて仁王立ちの妻の激怒に、子供達までが起きて来る。

 

「んー、母上―、父上ー」

「むにゃ……トトさまー?」

 

 妻の怒りを横へと流す為に、両手にそれぞれ可愛い娘達を抱きあげる。

 娘達はキャッキャと喜んだ。

 そして騎士は言い訳がてら妻への説得を試みた。

 

「これでもお前達の事をよく考えたつもりだ。今度の主様は結構裕福だと思うんだよ。それにこのままじゃいつまでも暮らせないだろう? 家賃も半年溜めてるんだしな」

「でも、戦場なんて……」

「大丈夫だ。20名も騎士が居る男爵様だぞ。私は生き残って帰って来るよ――綺麗なお前やこんな可愛い娘達がいるんだからな」

「あなた……」

 

 長槍の騎士は両手に娘達を抱えつつ妻を優しく抱き締めた。

 ―――彼は、妻の説得に成功した。そして子供達を寝かせた後に、夜の妻の攻略にも……。

 

 腰を僅かに痛めつつも、長槍の騎士は翌日午後勇ましく出陣するっ。

 

 

 

 

 今宵は仰ぐ主人と家人達の滞在で人が増え、王都ゴウン屋敷の中は賑やかだ。

 リッセンバッハ三姉妹は、メイド長ユリと先任のツアレと共に楽しく仕事を片付けていった。

 夕食後、2階の居間でアインズはユリから三姉妹の長女メイベラが昨日、大変な目にあった顛末の概要を聞く。

 そこで被害を受けた当人を居間へと呼び、詳細を話させた。

 街中でリッセンバッハ家の仇とも言える憎きフューリス男爵の馬車と遭遇し、馬車の中へ連れ込まれたが、『八本指』警備部門『六腕』のサキュロントを名乗る男が男爵と交渉し助けてくれたと語る。

 

「――以上……ですけれど……」

 

 彼女は、その時見た欲情気味の男爵のキモチ悪い情景と、あのまま連れ去られていれば今どうなっているかとの恐怖がぶり返し、己の身体を抱き締めていた……。

 真面目な仕事振りを評価している彼女のその様子に、アインズが気遣う。

 

「嫌な事を思い出させてすまなかったな。よく分かった。この件は知っておく必要があるのでな。助かる」

「い、いえっ。私などでお役に立てれば」

 

 支配者としては打ち漏らしていたフューリス男爵の件や、ゼロ達への対応を考える必要があり確認したのだ。

 強く慕う立派なご主人様にまたも謝られ、肩程までの黒赤毛を揺らし彼女(メイベラ)は頬を染め恐縮する。

 そもそも、昨日の不幸もあの時間に買い物へ出てしまった己の運の悪さが原因と彼女は考えていた。それをご主人様の偉大な御威光から、本来悪漢であろう『八本指』の者に救われたのだと。

 あれからメイベラは思いを巡らし、姉妹達と昨晩の自由時間にも話し合って結論を出している。

 それは、英雄にも近い我らのご主人様に、悪の組織『八本指』も何か大きい恩があり、それで助けてくれたのだろうと考えた。

 仁徳者の(あるじ)が、極悪の地下犯罪組織と仲の良いはずもなく自然とそう思った次第。

 この件でメイベラは、主にまた身の窮地を助けられたと敬愛度を激しく上昇させる。同様に部屋の扉傍へ控えるマーリンとキャロルも、姉の窮地を見えない力で救ったご主人様への親愛が更に増していた……。

 さてまだ午後8時を回ったところで、11時過ぎの外出までは時間があった。

 なのでこのあとにまず、まだまだ夢見る少女らしく好奇心盛んなキャロルから「あのぉ、少しお城の中のお話を聞かせてもらえませんか」と元気に可愛く後ろへ両手を組む姿でリクエストされ、主は20分程歓談する。

 アインズは、塔の並ぶ城の中の様子を簡潔に語り、宮殿や複数の中庭、貴族や王女についても聞かせて一応「華やかだぞ」と夢見る乙女へと伝えてやる。

 姉妹らも含め平民達は、まず一生入れない事もあり、キャロルは目をキラキラとさせマーリンやメイベラも終始聞き入っていた。

 次に、支配者は屋敷の行き届いた手入れについて、とても満足しているとリッセンバッハ三姉妹を改めて褒めた。

 

「これからも、変わらず宜しく頼む」

 

 そう伝えられた三姉妹は、こみ上げた嬉しさに目頭を押さえて「はい、頑張ります」と声を合わせて答えていた。

 彼女達の心には、気が付けば忠誠に等しいものがしっかりと固まっていった。

 最後は早、恒例になりつつあるキャロル自慢の綺麗な声での朗読である。

 末妹の朗々とした上手い語りは、40分間隔で休憩を挟み2時間を越えた。『十三英雄の活躍』についての物語は完結まで進む。

 創作や誇張された部分もあるだろうが、とりあえず十三名の特徴をアインズは掴めた。

 小柄なキャロルが本を閉じ、綺麗に編まれたツインテールを揺らして主へペコリと一礼する。

 そこでアインズが彼女へと仮面の顔を向け、労いを伝える。

 

「今日の綺麗な朗読もとても楽しめた――ご苦労だったな、キャロル」

 

 少女としては、この朗読へと大きな感謝を込めていた。

 悪漢の貴族達や犯罪組織が蔓延り景気も治安も年々下へ傾いている王国で今、二人の姉達とこうして共に平和で過ごせているのは、目の前の優しく立派なご主人様のお陰であると。

 まだ深夜会合までに時間があり、ベッドメイク等作業を終えて居間へと集まっていた上の姉妹達も含め、ついでにツアレへも自然に問う形で(あるじ)は尋ねる。

 

「十三英雄についてだが――まだ生き残っている者はいるのか?」

 

 朗読を聞いた限り、彼らの中にプレイヤーを含む可能性は高い。特にリーダーにはその雰囲気を感じていた。

 しかし4人からの回答は芳しくなかった。

 三姉妹を代表して黒縁の丸眼鏡を掛けたマーリンが話し出す。

 

「あの……有名だったのは200年前ですので既に亡くなっているかと。最近は人間の国同士での争いはありますが、人類の存亡に関わる魔人などは現れていませんでしたので、話も聞きません」

 

 ツアレへも仮面の顔を向けたが、申し訳なさそうに横へと小さく顔を振った。

 多くの時間を閉鎖空間で過ごした彼女には、知る機会がほぼなかったようだ。子供の時に聞いたことが無いかと思ったが、些か過去を(えぐ)ったかもしれない。

 

「そうか、分かった」

 

 アインズは、そう小さく答えて話題をここで切る様に終えた。

 十三英雄については、元陽光聖典のニグン達からリグリット・ベルスー・カウラウなる者の存在が挙がっている程度。

 支配者はふと、250歳以上だというフールーダなら詳しく知っているのではと思い付く。

 しかし、一度『不要』と言い切った以上、改めて聞くのはバツが悪いと考え直す。

 

(まあ、世界は広いし、そのうち知っている奴に会うんじゃないかなぁ)

 

 至高の御方はまだ、イビルアイの年齢やガゼフに最強の奥義を伝えたローファン、評議国の最強の竜王ツァインドルクスのお茶目に、ピニスンが以前に会った者らのことを知らない。

 間もなく屋敷のベルが鳴らされ、(リットン)伯爵からの迎えの黒い馬車が現れ、外出の時間がやって来た。

 屋敷の玄関で、主ら外出組がユリを筆頭に整列した献身的なメイド達から見送られる。

 黒服の御者が操り、アインズにルベド、ソリュシャン、シズを乗せた馬車は、天に月光も注ぐ夜の更けた石畳の道へと走り出して行った。

 

 

 

 

 夜中間近、クレマンティーヌにも動きがみられた。

 王都北東へ30キロ程の位置に大森林が広がる。その北西端から500メートル程入った場所に漆黒聖典の宿営地があった。

 午後11時の少し前には、クレマンティーヌが予定通り部隊へと復帰した。

 拝借していた軍馬も、止めてある戦車の傍へと手綱を繋ぎ無事に返却する。

 これは彼女にとって、『王都で特に問題はなかった』との結構重要なアピールのつもりである。

 彼女はまず、『隊長』のところへ向かい報告に臨む。

 

「隊長ー。今戻りましたー。これが王国内の動きと竜軍団の分の資料で、こっちが――アインズ・ウール・ゴウンなる魔法詠唱者(マジック・キャスター)の資料ですよー」

 

 クレマンティーヌとしては酷くムカついた邪魔者の所為で、モモンとの熱い想いを少しも遂げられず不満満載。しかし王都出向には多少無理を通した事から、心とは裏腹に明るくハキハキと伝えた。

 ただ、口頭での説明は面倒なので、いつも通り一切しないが。

 それに対して『隊長』は――。

 

 

「クレマンティーヌ、君はとてもいい働きをしてくれた。助かった」

 

 

 クールな彼にはかなり珍しく、非常に嬉しそうな表情を浮かべた。

 しかしそれは、何故か『アインズ・ウール・ゴウン』の名が出た時からで、彼女には意味が分からず不思議であった。

 とはいえ特に関係も興味もないので軽く返事する。

 

「いやー、そりゃ、よかったー。じゃあ、私はちょっと疲れてるんで休むかなー」

 

 そう言って所属小隊の戦車へと向かう。

 この時、『隊長』の他に『神聖呪歌』ら小隊長達も胸を撫で下ろしていた。

 何故なら『アインズ・ウール・ゴウン』について、あの番外席次『絶死絶命』から「じゃあ、せめてお土産に竜王の強さと、そのすごい魔法詠唱者の話でも仕入れてきてよね」と頼まれていたからである。

 番外席次の怖さは、その圧巻の強さも去ることながら――。

 

 凄く不機嫌になると『組み手』をして苛立ちを発散する悪癖である。

 

 それは『地獄の組み手』といわれ、何もさせて貰えず一方的でボコボコにされるのだ……。

 難度で200を遥かに超える『隊長』ですら長生きを後悔するほどのキツさ。

 実はそれをクレマンティーヌも経験している。

 その時は、〝漆黒聖典十二席5名〟対〝漆黒聖典番外席次1名〟であった。

 結果は言うまでもない。手加減され遊ばれながら、僅か3分弱で漆黒聖典十二席側は全員KOである。

 兎に角、キツイ事から二度と味わいたくないのが、漆黒聖典隊員達の共通意思である。

 『隊長』はカイレを失い自身も竜王に惨敗した事から、そんな指示は頭の隅へ行ってしまっていた。だが、クレマンティーヌを送り出した後に、〝王都〟と聞いて何かあったような気がし、そして思い出したのだ。

 なので『隊長』は、もしクレマンティーヌがアインズの資料を持って来なかった場合、再度王都へ派遣する話を小隊長達にしていた。

 その二度手間が省けた事から、第9席次を随分と褒めたのである。

 『隊長』は満足気に受け取った資料を確認し始めた。

 王都秘密支部からの資料には、クレマンティーヌが支部をいつ訪れたのかの日時等も詳細に書かれている。事務所での資料確認など行動の一部も記されていた。

 

 だがその中に――彼女が王都で偶然遭遇したという、エ・ランテルの冒険者達の事を記した内容は一切存在しなかった。

 

 不満も残るがその点についてだけ、女剣士(クレマンティーヌ)はホッとしていた――。

 

 

 

 

 もう間もなく深夜迫る時刻。

 レンガ畳の広がる以前訪れた倉庫から地下の通路経由で、『八本指』警備部門のアジトの一つへと絶対的支配者一行が踏み込む。

 先導で案内する警備の黒服達が「ようこそお越しくださいました」「こちらへどうぞ」「狭めなのでお気を付けください」と非常に丁寧である。

 地下屋敷の広めの入口空間でゼロと『六腕』メンバー〝幻魔〟のサキュロントの二人が、アインズを始め、シズにソリュシャンとルベドの4名を出迎えた。

 

「どうも、ゴウンさん。配下の皆さんも」

「ようこそ、お越しに。ささ、奥へとどうぞ」

 

 堂々と語るゼロの横で、笑顔を浮かべ腰も低めで控えめにサキュロントが招く。

 恐らく以前の屋敷を襲った事への贖罪もあるのだろう。アインズが先に告げる。

 

「そうそう、ゼロと特にサキュロント。昨日は屋敷の者が、危ない所を救ってもらったと聞いている。助かる」

「いいってことですよ、ゴウンさん。前に随分迷惑を掛けてるんで」

「先日は大変失礼しました」

 

 最初の深夜会合の晩にゴウン屋敷へ、ゼロの指示でサキュロントが兵を率いて乗り込んだ不手際があった。ゼロ達はその大穴を少しでも埋めれればと、今も組織内で腕利きの警備員を割いて護衛に当たらせている。

 

「うむ。では、屋敷の傍にいる連中もそうなんだな?」

「ああ、そうですぜ。その件を、今伝えるつもりでしたが、先に言われちまいましたね」

「そうか、助かる。これからも見てやってくれ」

 

 一応支配者も、エンリ達がカルネ村へ戻ったらハンゾウを1体屋敷へ当てるつもりでいる。それでも、ハンゾウが人前に出る訳にもいかないだろうし、人間側の手があった方がいいだろうと考えた。

 アインズの指示に、もはや配下の如くゼロ達は答える。

 

「分かりました、ゴウンさん」

「何かあれば、俺も含め皆が駆け付けますので安心ください」

 

 彼等二人から満足いく答えに頷くと、アインズ達は会議室へと向かう。

 奥の立派な机と椅子へアインズ達4名が着くと、席を立ち直立で迎えた『八本指』側のゼロら『六腕』の警備部門6名、暗殺部門の8名、密輸部門の7名らが順次座っていく。

 ここでゼロが、今日の本題的な事情を尋ねてくる。

 

「ゴウンさん、今日は俺達の具体的な作戦行動を決めちまうんですよね?」

「そうだ。伯爵や侯爵らが随分と焦っているようだからな。ふっ」

 

 椅子の背へ大きくもたれながら語る支配者の言葉に、場へ笑いが起こる。

 忠実なソリュシャンも、支配者からの言葉ゆえに笑う。その笑顔の美しさには、かなりの美貌を持つ『六腕』のエドストレームも思わず魅入る程だ。

 ここで『八本指』側から暗殺部門で王国軍の動きを探った内容が報告される。

 王国軍の一般兵の総兵力、冒険者達の数、貴族達や冒険者らの主な配置位置についてが、配布の資料へ地図入りで簡潔に纏められていた。抜けはあるが概ね間違っていない。でもそこへ御方にとって目新しい情報はなかった。

 一応だが、その中にアインズによる『反撃の機会』についての情報も含まれていた。冒険者達から伝わったのだろう。

 ただこの場に集う顔ぶれ達は、前回の深夜会談で目の前の恐るべき魔法詠唱者(マジック・キャスター)が『竜軍団について1日か、2日ぐらいあれば鏖殺(おうさつ)可能』と言う話を聞いているので特に今動じる事は無い。

 さて、絶対的支配者は『八本指』の者達への指示について、一応色々考えていた。

 それは『八本指』側の望む理想的展開と利益に近付けつつ、今日まで掴んでいるアダマンタイト級冒険者達の動きも考慮したもの。

 また――一部オリハルコン級の上位戦力については、竜王国への影響を考慮して極力死なせない方針を盛り込んだ形になっている。

 アインズが、独自の計画を告げる。

 『悪役』のロールプレイを心掛けつつ、前回、ゼロの語った『戦いはゴウンさんの計画で進めよう』にコジつけて。

 

「では〝私の計画〟を伝えるぞ。細かい話はあとだ。まず〝八本指〟として大目標を決める。

 今後〝八本指〟は運営の独立性を維持するが――私の影響下に入ってもらう」

 

 いきなり度肝を抜いた。

 今現在、『八本指』は八つの部門がある。

 八人の部門長を上手く纏めるのが『八本指』のボスだ。彼は金融部門長の父親でもある。

 アインズは、ゼロがボスに過去、大きな借りがあると聞いていた。

 ボスは各部門へ影響力を持ち、ゼロを従えたことで纏め役を務めれたのである。

 だから体制を維持出来れば、既にアインズへ心酔するゼロはボス以下を説得し、絶対的支配者の考えに従うと判断した。

 でも、これだけでは一方的な押し付けのみが目立つ事から、極悪な魔法詠唱者は『飴』を用意している。

 

「その替わりとして、竜軍団を私が王国から排除した上で、リ・ボウロロールにおける〝八本指〟の権益圏を拡大する。

 実現については簡単だ。 ――ボウロロープ侯爵にはこの戦争で戦死してもらう」

 

 50代で武勇と戦場及び公職の経験に優れ統率力の高い当主がいなくなれば、後継は若輩で領地内は大きい揺らぎが起こることだろう。

 それとアインズは、自分を都合よく利用しようとした報復の意味も込める。

 

 絶対的支配者からの予想外の反逆を促す斜め上の言葉に、会議室内は静まり返っていた。

 圧倒的な力を持つ目の前の人物に、反論は許されないだろうとも。

 その中で最初に口を開いたのは、やはりゼロである。

 

「俺は、ゴウンさんの考えに従うぜ。俺達〝八本指〟はもっと大きく成れる筈だっ」

 

 ゼロが動いた以上、『六腕』のメンバーが同意を語り始めた。

 『八本指』最強の警備部門が反逆したことで、近い暗殺部門長以下も続いた。

 それを見た密輸部門から来ている冒険者崩れ風の7名は「異議なし」と即答する。

 ただ、密輸部門の者達はあくまでも構成員であり、個人的な考えに留まるのだが。

 それでもアインズは構わない。

 彼は言い放つ。

 

「ゼロよ、近いうちに私と残り六つの部門長達並びにボスとの会見の場を用意しろ」

「分かったぜ、ゴウンさん。俺が〝八本指〟の将来の為に何とかしよう」

 

 目の前に居る圧倒的な強者で『大悪党』のアインズが動いたのである。

 ゼロは最早『並んで走る以外に道は無い』と考えていた――。

 このあと戦場での細かい作戦について、新たなる『八本指』の指導者から言葉が告げられた。

 大まかに言えば、『蒼の薔薇』達と前線へ出たあと、偽アインズが後方へ下がるタイミングから、アインズ自身は『六腕』達と変装して行動を開始する。その際、ルベドも変装させて支配者へ随伴させる。

 建前的には後方のアインズとルベドは、幻術での見せかけという形だ。

 ナザリック的には後方傍へ本人の希望通りシャルティアも配置する予定なので、ソリュシャン達の護衛の面で問題はない。

 そして『六腕』とアインズ達が戦場で実行するのは、竜退治とボウロロープ侯爵の暗殺となる。

 ついでで冒険者の上位陣が死なない程度にフォローしつつといきたいところ。

 戦場の後方では『八本指』主導で総力による、大都市リ・ボウロロール裏社会への攻勢準備を行なってもらう予定も伝えた。ゼロが「了解だ」と頷く。

 最後に支配者は、当然お決まりの――ボウロロープ侯とリットン伯達へ報告する、本日のニセ進捗内容について内容を語った。

 

『ゴウン氏と〝八本指〟側精鋭の両者は期待通りに手を取り合い、作戦も全て纏まりました。盟主様のご満足のいく、大都市リ・ボウロロールを守り将来も末永く栄える我らの作戦行動にご期待ください』

 

 血も涙も無いような、『大悪党』に相応しい死する者へ送る騙しの報告文である。

 悪党のゼロ達も爆笑した。

 

 内容が厳重に秘匿された書簡は翌朝、『八本指』の使いにより出陣準備中のリットン伯達の軍勢の所へ。実に喜ばしい裏戦力合意による深夜会合の報告内容に伯爵は喜ぶ。

 そして書簡は早馬によって、その日のうちにボウロロープ侯爵へと届けられた。それを見た侯爵は、満足そうにほくそ笑んだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. ナーベラル痛恨の失態

 

 

 アインズに扮するナーベラル・ガンマは、ヴァランシア宮殿の近くで王国戦士長と分かれ3階の滞在部屋へと戻って来た。普段と変わらず、定位置である一人掛けのソファーへ悠然と腰かける。

 ツアレが主への飲み物を用意しに、いそいそと奥の家事室へ入って行くのを見届けると――偽アインズは小声を漏らし頭へと右手を当てた。

 

「(ぁぁぁ)…………」

「お疲れさまでした」

「お疲れさまですわ」

「……お疲れ」

 

 傍へと控えるユリとソリュシャンにシズも大役を(ねぎら)ってくれる。

 ただ、王都には居ない扱いとなっている姉妹(ナーベラル)の名が呼ばれる事はなかった。

 因みにルベドは、警備という役目の下にマーレの『観察』が忙しい模様でベランダに居る。先日の双子が仲良く踊る場面や楽し気な会話風景などを思い出しつつ、且つ戦闘メイドの姉妹達4名が揃う様子も逃さず、チラリと室内を眺めニヤニヤしていた……。

 さて、今日はナーベラル自身、ただ一点を除き上手く出来たといえる。

 

 しかしそのマズイ点について、至高の御方の判断が分からない。

 

 以前の大失態がなければ彼女もここまで気にはしなかった。

 仮面の下を美しい卵顔へ戻していた戦闘メイドは、丁度(あるじ)のところでの挨拶におけるミスを悔いる。

 

(至高の御方で、我々の希望、そして……敬愛するお方に『さん』などと低い敬称などを……)

 

 支配者の所有物に過ぎない己であり、個人的には『さま』と言い切るべきだったと考えている。

 それがナザリックのNPCとして正しい行動であり、他を考える余地なしと。

 

 

 完全にミスの争点がズレまくっていた――。

 

 

 あの時、ソリュシャンからの指示の言葉は『モモン殿』であった。

 でも偉大なる御方へ付ける敬称ではないと、『さま』でいこうと発音に入っていた。

 だがソリュシャンからの「ユリ姉様がお怒りになるわよ」の言葉で咄嗟に「さん」へ切り替わったのである。姉妹の絆の強さを、本能が示す反応であった。

 既に済んだ事で時間はもう戻らない。

 しかし思い返すと、失礼を詫びる仕草を支配者から制止されていた事もある。

 

(……あれは、お許し頂けたという印なのでしょうか)

 

 ナーベラルは頭の中でそう考えるが、ツアレがお茶セットの乗ったワゴンを押して戻ってきたため誰にも相談出来ず。

 その後間もなく1時間遅れでの昼食となる。

 昼食後も、姉妹達はシーツやカーテン類の交換など部屋での仕事が有った。アインズが日課とする散歩へはツアレと共に出て来たので、相談も出来ずモヤモヤとスッキリしない気持ちのまま、午後の時間が過ぎていった。

 気が付けば宮殿は早くも夏の夕方を迎える。

 途中、姉のユリから「ボクの所へアインズ様からは特にお叱りなど来ていないから、きっと大丈夫」と気を使った言葉を貰っている。戦闘メイド六連星(プレアデス)の現場トップの姉は絶対的支配者からの信望が厚く、宮殿内の滞在に関する交渉もほぼ任されている。

 そんな姉のところへ何も言葉が来ていないというのは、確かに説得力があった。

 

 では、逆に――アインズ様からのお褒めの言葉があってもいいのではとの考えも浮かぶ。

 

 ただそれは、守護者の列にもいない配下として、欲張りで贅沢な希望的発想とも思える。

 表面上は慎まなければならない。だが、心に思う事は自由である。

 

(あぁ、『よくやった』と一言頂ければ、とても嬉しいのですけど……)

 

 でも未だ何の通達も無いことから、気分はどうしても沈み気味でその顔も自然と俯く。

 ナーベラルは日が沈み暗くなっていく窓の外の光景を、午後に取り換えられたレースの純白のカーテン越しにボーっと眺めていた。

 

 結局その日、絶対的支配者から連絡が入ったのは夜も遅い時間であった。

 ユリへと王城側の確認と言う形での、ごく普通の一報。

 ツアレが横のベッドで休む奥の寝室から抜け出た長姉は、王都内の情報を一通り伝えた後で、支配者へと提案してくれていた。

 

「――あの恐れながら、本日の妹の働きに本人へ何か一言頂けないでしょうか」

 

 その言葉への返事を貰ったユリが、ソファーに座ってソワソワしていた偽アインズへ向くと一つ頷く。

 間もなく、ナーベラルの思考へ接続の電子音と待望の御方からの言葉が流れた。

 

『私だ。ナーベラルか?』

「はいっ」

 

 小声ながら、彼女は主の言葉へ正に食いつくような反応を見せる。

 その行動に絶対的支配者は、可愛い配下が随分不安がっていた事を知る。彼としては、昼前の会合ではちょっとした言い間違いがあった程度ともう流して終わっていたのだ。

 どうやら先日の件もあって気にしていたナーベラル様子に、アインズは言葉を贈る。

 

『ナーベラルよ、本日昼前の代役()()()()()()()と思うぞ。これからも―――)』

 

 偽アインズ(ナーベラル)は、このあとの支配者からの言葉をよく覚えていない。

 

 彼女は無言ながら、嬉しさ極まり思わずソファーから立ち上がり、両手で万歳をしていた……。

 

 だが聞きそびれた言葉は『ソリュシャンやユリの指示を上手く判断するように。それと――何か褒美に要望があればいうといい。ではな』である。

 彼女の逃した言葉(モノ)は随分と大きかったではないだろうか。

 それでもナーベラルの心は今、十分に温もっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 冒険者達の宴のあとで。

 

 

 楽し気な宴は、気が付けば午前4時を過ぎ朝方を迎えていた。

 ほろ酔いだった王都冒険者組合長が叫ぶ。

 

「戦いが終ったらもう一回大宴会をやるから! 全員死ぬんじゃないよっ。ただじゃおかないからね」

 

 笑いを誘う言葉で宴はお開きとなり、冒険者達が会場を順次後にする。

 東の空が明るくなり始めたまだ静かな大通りを歩きながら、昨夜のガガーランの腕力勝負を思い出しティアとティナ達は囁き合う。

 

「チッ。あれは、もうちょっと強敵だったら、絶対第二形態に進化してたと思う」

「多分血の色がまだ、少し紫っぽく変わってるはず」

「そんなわけあるかっ!」

 

 ガガーランのツッコミの言葉にラキュースが笑い、頭の後ろで手を組むイビルアイは呆れながら続く。

 有名な彼女達は馬車での移動ばかりで、こうしてのんびり道を歩く機会は随分減っていた。

 『蒼の薔薇』のメンバー達は、久しぶりに自分達の足で澄んだ空気の中を、冒険者組合の建物から遠ざかっていった。

 

 

 

 

 イグヴァルジと『クラルグラ』のメンバーは、宴会が終ると同時に真っ先で大広間から姿を消していた。間もなく離れた閉店間際の酒場へ押しかけると、無理やり営業時間を延長させ飲み直す。

 

「……ふざけんなよ。おかしいんだよ。……なんでこの前まで(カッパー)級のヤツが、俺達ミスリル級に圧勝するんだよっ!」

 

 変えようのない事実にも納得のいかないイグヴァルジが、不満から愚痴りまくる。

 メンバー達は、モモンの実力を間近に見た事で、複雑な表情をしつつもリーダーに「ですよね」「なにかアイテムでも使ってるとか」と二人が同調する言葉で場を取り繕う。

 それでも結局、実力がものを言う業界であり、本当に強い相手なら波風を立てない方が賢い選択なのは明らかだ。

 だから、メンバーの一人が、遂に口にする。

 

「リーダーよぉ。そろそろ、あの連中に絡むのはやめないか? アイテムを使っていようが、魔法だろうが、あの筋力は普通ちょっと出せないぞ」

 

 この男は、カシーゼと軽くだが『腕力勝負』のマネごとをしたので、その筋力が丈夫なテーブルを粉々に破壊するほど尋常じゃなく凄まじい事を一番理解していた。

 それにカシーゼは、あの高名なガガーランとの勝負も完全に一方的では無く、武技〈怪力〉へ耐えた際中に腕が折れていたのだ。

 つまり、そんな男に勝ってしまうチーム『漆黒』のモモンは、相当ヤバいという事である。

 また、あの宴会で『漆黒』は白金(プラチナ)級とはいえ全土規模で有名なチームへとなり掛けている。

 ミスリル級の『クラルグラ』も結構知られてはいるが、同じエ・ランテルのチームであり、争っても利が感じられないどころかマイナス面しかない。

 ここまで名が広まり掛けている相手だと、無理に絡む方が馬鹿にされ、名を落とす事にもなりうる。

 仲間からのビビリ気味の警鐘に、イグヴァルジが吠える。

 

「ケッ。ビクつくんじゃねぇよ。あいつらはもうすぐ、組合長達と共に竜長らとやり合うんだぞ。くたばるに決まってる。俺達が何も心配する事なんてねぇんだ。組合長達が居なくなれば―――俺達の時代がくるんだぜ。ヒャッハァー、ざまぁ見ろだろ?」

 

 『クラルグラ』のリーダーは、酒で濁り血走った目を仲間達へ向けた。

 可能性の高い先の事を考えているイグヴァルジの発言で、先の2名の仲間が息を吹き返す。

 モモンらへの警鐘を語った隊員へ「心配し過ぎなんだよ」「リーダーに付いて行けば間違いないって。これまでも上手くいってたろ?」と酒を進めながら宥めた。

 確かに、言われてみれば竜の軍団とモモン一人では比べようもなく、「そ、それもそうだな」と結局、全うな道を踏み外すのであった……。

 

「ヤツらの派手な最期に乾杯だーーーっ!」

 

 イグヴァルジの()()()()()()で、『クラルグラ』の面々は笑顔で酒杯を鳴らし合う。

 「ん?」とメンバーで野伏(レンジャー)職業(クラス)を持つ一人が既に明るい窓の方を向いた。

 

「どうした?」

「……いや、気の所為だ」

 

 一瞬だけ何者かの気配を感じように思えたが、今は何もない。

 「なんだよ、飲め飲め」というリーダーからの言葉に、隊員らは酒で喉を潤した。

 酒場から一体の影の悪魔(シャドウ・デーモン)が離れていく。

 それは人知れず優しい仮の(あるじ)である、闇妖精(ダークエルフ)(妹)の下へと帰って行った……。

 

 

 朝、王都冒険者組合の建物周辺で、突風が鋭いスイング音のように多数鳴き吹き抜けたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 王都リ・エスティーゼ内スレイン法国秘密支部所属 副支部長殺害の件につき。

 

 

 無精髭の副支部長が目を覚まし瞼を開く。

 ぼんやりとした意識へ首元から痛みが走り鮮明に変える。

 

(……俺は確か――)

 

 晩に秘密支部の事務所を出て、100メートルぐらい歩いたところからの記憶が途切れていた。

 

「ふんふんふーん。おやー、お目覚めですかー」

(――この甘エロい声! クッソ、あの女剣士か――)

 

 実に嬉し楽しの声がする方へと、地面に転がされていた副支部長は思わず恐怖の顔を向けた。

 

「クレマンティーヌ……さん。あんたはとっくに王都を出たんじゃ……」

 

 話す彼の見た光景は、星明りの薄暗い林の中、腰のスティレットを一刀抜き放ち立つ、歪み切った愉悦に溢れる表情で見下ろしている彼女の姿だ。

 その彼女が抜いていた剣を舌でイヤラシく舐め上げながら語る。

 

「うぷぷぷ。やだなー、私との二人きりの熱い(血の)夜をたっぷり楽しみたかったんでしょー? だからー、一杯激しく遊んで、あ、げ、るっ。んふっ」

 

 そう言ってクレマンティーヌは、手首を効かせて剣を楽し気に軽く振って見せる。

 嘗て法国の軍で大隊長を務めた事もある歴戦の男も、自身の結末を理解する。彼の背中へ冷たいものが走り抜け、震えを覚えた――。

 

 

 

 

 昨夕、副支部長は引き篭もった彼女の泊まる最高級宿屋に乗り込んでまで、クレマンティーヌへと猛アタックを掛けている。

 それはもう強引と表すのが適切。貴族チックな流行りの服装に女を酔わせる甘い言葉の数々と、金貨もふんだんに浪費したいくつかの贈り物も持参してだ。

 しかしながら当然、如何なる贈り物も誘い文句も彼女の心へは響かなかった。まるでもう誰か伴侶的存在がこの上玉の女剣士の心へしっかりと住み着いている感じすら覚える。

 

(俺はこれまで、狙った女を逃した事は一度も無い。引けるかぁ)

 

 千の夜を楽しむプレイボーイは、危険を孕む準男爵家の令嬢すら食っている。だからこの難しい相手を迎え、無精髭の副支部長は結構意地になっていた。

 それは、難度で自分をこれほど上回る女に初めて近付いた事が起因している。

 彼も武に自信があった男である。現場で多くの難題を越えて来ていた。その漢の満足感を形は違うが再び熱く達成したかったのだ。

 しかし――クレマンティーヌの怒りに大量の油を注いだだけに終わっていた。

 彼女は冷たい瞳と言葉で語る。早くぶっ殺したいという殺気が上乗せされて……。

 

「……あんたなんかねー、私には男として1ミリも興味ないからー」

 

 大切なモモンちゃんと比べようもない。比べたくもない。

 クレマンティーヌから見て身体一つとっても、初日に事務所内で絞めた副支部長の首の柔らかさからして、そもそもカチの低さが漂っていた。

 鎧越しに感じるモモンちゃんの、鋼鉄以上だろう圧倒的固さを誇るカッチカチの肉体とは全てが段違いすぎであると。

 最終的に1時間以上粘るも副支部長は、客であるクレマンティーヌの指示で最高級宿屋からつまみ出される。追い出された彼は夜が進む中、その場へ私的に張り込ませていた2名のうち、青年支部員へと事務所に残した雑務の仕事を押し付けた。

 まだ挫折感も含め、色々興奮気味で納まりの付かない副支部長は、そのまま――別の女のところへと転がり込んでいった……。

 

 

 

 翌日の午後6時を前に、クレマンティーヌは秘密支部の事務所へと現れる。

 彼女は昼食をモモンらと楽しく有意義に過ごした後、大事な調べものを4時間程で終えると最高級宿屋の傍で気配を気分よく開放し一度宿へ戻っていた。急の気配へ、その場に詰めていた支部員の目を白黒させ、どら猫的彼女はそれを僅かに楽しんだ。

 クレマンティーヌはもう、普段の場で面と向かって副支部長と顔を合わせたくなかった。でも、漆黒聖典の部隊へ資料を持って帰る必要があり、やむを得ずという思いで宿をチェックアウトしここへ来ていた。

 それに今晩、事を起こす為に少しヤツの動きを掴んでおく必要もあった。

 今日で最後という事もあり、資料を受け取りがてら額と顔がテカテカの脂っこい支部長や支部員へ「じゃあねー」と挨拶をする。支部員の一人から聞くと、副支部長はまた昼過ぎから『王国軍出陣関連の調査』と号しサボっているらしい。

 

(ふーん。もうさー、あいつ、絶対居なくても問題ないヤツだよねー)

 

 クレマンティーヌ自身でさえ、奴より仕事をしている気分になる。

 幾分だが消す意義が増え、彼女は落ち着きを深めた。

 そうしていると、仕事がまだあったのか副支部長が事務所へと戻って来た。

 彼としては時間をズラしたつもりが結局逃した女とかち合い、一瞬眉間へ皺が寄る。昨日のバツの悪い件もあり「あ……、今日が最後でしたっけぇ。お疲れ様です」と白々しい台詞を語るのが精いっぱいで、自分の席へと座り何やら資料をごそごそ捲り始めた。

 クレマンティーヌもこの場でやるべき事はもう無いと、秘密支部の事務所をあとにした。

 預けていた軍馬へ颯爽と跨ると、日没直前の赤い西の空と支部長らの見送る姿を背に、一度も後ろを振り返ることなくを通りの角を曲がって去っていった。

 それが午後7時前。

 約2時間が過ぎ9時を回った頃、副支部長が片付け終えた書類仕事を支部長へ提出する。「では、お先です」と事務所の扉を閉め、暗めの倉庫内の階段を下りて行く。

 その途中で、熟れた女剣士を逃した想いをまだ引き摺り壁を軽く拳の側面で叩いた。

 

「……ちくしょうめ。百戦錬磨の俺様が、一晩も楽しめなかったなんて」

 

 その事が逆に、強く彼の印象に残ってしまっていた。

 副支部長は倉庫の建屋を出ると、目の前の地面に落ちていたボタン程の小石を思わず強めに蹴り飛ばす。

 常人よりかなりの筋力があるので、それは弾けるように周囲の塀の側面まで伸び当たると僅かに砕いていた。

 嘗て鍛え慣らした軍人の目は、暗い中でもその様子を克明に捉えている。

 

(俺でも届かない女は、まだまだいるんだな……)

 

 

 彼は――単に女遊びをしているわけではなかった。

 

 

 これは、秘密支部員として情報集めの一環でもあったのだっ。

 日々の生活でも、そのテクニックを思考し実践して技術として磨いている。

 勿論、女を抱くことは大好きである。しかしそれに溺れている訳では決してなかった。彼はそれを強力な武器に、王都内で各階層から各種の幅広い情報を集めていた。

 当然懐柔した女達を別の男へと当てがって、ハニートラップも縦横に仕掛けている。

 そうやって、表立っては女好きのだらしない中間職を演じていたのである。

 

 しかしいずれも、クレマンティーヌには関係無い話。

 

 度重なるふざけた行為へ、もう彼女の怒りの限界点は優に突破していた。

 昨夜の件も含め、彼が女剣士の堪忍袋の緒を存分に鍛えるのに貢献したことは間違いない。

 そして緒はここで切れた。

 副支部長は秘密支部の倉庫が建つ敷地を後にし、最初の角を曲がる。その直後、彼は油断をしていた訳で無かったにも拘わらず意識を見事に刈り取られた。

 

 

 

 

 副支部長は、王都内の東地区にあった小さい林の中へ、足首を含め手首と親指を背中側に回された形で特殊な鋼鉄線で括られ転がされていた。

 

「……俺を殺すつもりなのか?」

 

 彼はクレマンティーヌの醸し出す恐るべき殺意の雰囲気から率直に尋ねた。

 彼女が嬉しそうに歪んだ笑顔で答える。

 

「んふっ。そうなんだけどさー。てめー、楽に死ねるとは思うなよ」

 

 冒頭の甘い声から、後半は一気にトーンの落ちた拷問者の声へ代わっていた。

 彼女がこれまで殺して来た数百人の中で、最も残忍で激痛を伴う手を使うつもりである。

 とはいえ正直余り時間も無い。

 今は午後9時半。『隊長』からは今日中の夜という事で、帰還時間を明確に決められていない。なので彼女が自由に設定出来た。これをクレマンティーヌは簡単なアリバイとして利用しようと考えている。

 部隊野営地までは40キロ程あり、軍馬で相当急いでも2時間近くは掛かる距離。

 午後11時には部隊へ合流するつもりで計画を立てている。

 すでに計算的に合わないが、問題ない。

 彼女自身が全力で走れば30分程度だ。

 昼食後から準備時間は十分にあった。問題となる馬は王都外の人気(ひとけ)の無い所から、今商人に運ばせている。

 まず午後7時前に、一度王都の北門をフードを下げローブの前を開いた騎士風のクレマンティーヌが、軍馬に騎乗して通行したという事実だけを作る。

 その後、昼間に王都内で交渉していた商人に王都外で金を払い馬を頼む。ただそのままでは盗まれる可能性もあり、以前のスティレット補充用として持ち歩いていた巻物(スクロール)から〈人間種魅了(チャームパーソン)〉を利用。これを交渉のあと商人に掛けている。

 商人は「大森林北西にある大街道沿いの小さな街の近くで待ってるよ」と親し気に語っていた。それだけ分かれば彼の探知は可能である。

 軍馬への手を打った彼女は、王都北西の門から何食わぬ顔で再潜入する。今日は夕方から冒険者達が大勢門を出ており、フードを被りローブの前を閉じた彼女が「ちょっと忘れ物をねー」と可愛く告げれば全く怪しまれる事はなかった。

 王都からの脱出については門を通れればよし、気配を消して外周壁を越えるもよしだ。

 入る時と違って王都外は広い。見つかっても容易に返り討ちや振り切れる自信があった。

 

 あとは――目の前の獲物へ痛く苦しい拷問を掛けるだけ。

 

 彼女はまず、憎たらしい副支部長の顔の頬を強力な握力で掴み、痛みも混ぜて口を強引に押し開く。そして叫び声を抑え舌を噛まないようにボロ切れを口に詰める。鼻は通っているので窒息の心配はない。彼女は十分に手慣れた動作で手早く行う。

 1時間ぐらいは楽しめるだろうと、クレマンティーヌの脳内は趣味的な喜びに活性化する。

 ポイントとしては出血を最小限にすることだ。

 出血多量となれば獲物の意識が低下して、反応も減り楽しめなくなるからである。

 

「まずはー、一枚ずつ爪でも剥ぐー? それともー、腕や足の激痛箇所を(えぐ)るように突かれるのとどれがいいー?」

 

 狂った女剣士のリクエストへ副支部長は激しく首を横へと振る。

 彼も大隊長までなった軍人である。拷問の基本ぐらいは知っていた。どれも相当痛いのだ。

 その反応に、クレマンティーヌは嬉しそうである。

 

「じゃあまあー、景気付けに足の指の爪からいきますかー」

 

 

 人気のない夜の林の中で、口へのボロ切れの所為で男の低いくぐもる声が上がる中、地獄の宴が始まる。

 足をバタつかせても、人外の動体視力と素早い剣捌きを誇る彼女は、正確に彼の靴の底だけ切り落とす。クレマンティーヌはここで一旦、抜いていたスティレットを鞘へ収めた。

 彼女は副支部長をうつ伏せに組み伏せると、エビぞり風で彼の背に座り左手で右足首を掴んだ。足首を縛られている為にもう逃げようがない。

 そうしていよいよ彼女は、その並みのペンチよりも頑丈で強力な右手の親指と人差し指を、まずは彼の右足親指爪へと近付けていった。

 その時――。

 

「もうその辺で勘弁してもらえませんか?」

 

 それはこの場の二人ではない、第三者からの声。

 クレマンティーヌは突然の後ろからの声に、咄嗟で副支部長からも距離を取る形で離れる。同時に振り向き様でスティレットを両方抜き放ち立った。

 距離がまだあるも、彼女は後ろを取られた形で少し焦る程だ。

 そして、声を掛けて来た者を見てクレマンティーヌは驚く。

 噛ませを口へ食らう副支部長すらも地べたで驚き、目を大きく見開いていた。

 

 

 そこに立っていたのは、なんと支部長であった。

 

 

 僅かな星明かりでさえも、相変わらず脂ギッシュな額と顔をテカテカさせている。

 噴きそうになるが、今も気配は全く感じない――。

 クレマンティーヌは、猛烈に警戒する。

 

(まさかー。……この支部長、相当ヤバそうなんだけどさー)

 

 伊達に法国の一大秘密支部を任されていないと言う事だろう。

 明らかに、眼前のオイリー肌の男が漆黒聖典のメンバー水準に近い使い手だと理解出来た。

 でも、現況に及びそれを全て見られた以上、クレマンティーヌももう引く事は出来ない。

 今は副支部長よりも、支部長へ全力で対するべきと考えを即切り替えた。

 

「へー、支部長って大変だー。こんな面倒事まで見なきゃいけないなんてねー」

 

 殺し合いに歓喜するクレマンティーヌ。

 接近戦闘勝負なら現在身に付ける破格の全力装備で、負ける気はまるでしない。

 だが、ふと音に気が付くと直前まで目が開いていた副支部長が、いびきをかいて眠っているではないかっ。

 

(――え、なに? これは魔法っ!? でも今、全然詠唱してなかったんだけどー)

 

 クレマンティーヌはこのままだとまずいと思った。

 どうやら、衣装装備が魔法に耐久(レジスト)してくれたらしい。

 彼女は武技を直ちに発動する。

 

「〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉〈能力超向上〉――はぁぁっ!」

 

 そして、間髪置かずに支部長へと切り込んだ。渾身で強烈なスティレットの突きを左右の腕から連続で雨の如く見舞う。

 しかし、その攻撃は見事に空振った。支部長の幻影が掻き消える。

 気配を消し〈生命隠し(コンシール・ライフ)〉をも実行しているようで、本体の位置がクレマンティーヌにも掴めない。

 

(糞ったれーっ、位置が分からないと突けやしないっ)

 

 視線を周囲へ巡らせるが、視界には捉えられない。

 恐らく〈屈折(リフレクター)〉により、クレマンティーヌから見えない位置取りをしているのだろう。

 今、剣士のクレマンティーヌは圧倒的に不利であった。

 だがこの状況を支部長は待っていた。

 

「クレマンティーヌさん。提案します。副支部長は、これでも当支部の貴重な戦力なのですよ。何とか目を瞑ってもらませんか? 無論――タダでとは申しませんので」

 

 この状況で支部長の、相変わらず丁寧な言葉遣いがクレマンティーヌの気に障る。

 それだけ向こうへ余裕があるという事なのだ。彼女側だけ戦闘相性がかなり悪い。

 とりあえず、しゃべらせて音源での場所特定に注力しようと、彼女は尋ねた。

 

「いやー、こんな状況で一体何を払ってくれるのかなー」

 

 すると、支部長がこれなら釣り合うのではと、満を持すように彼女へ伝える。

 

「――先日、貴方がエ・ランテル所属の2組の冒険者達と遭遇の件。あれを王都支部の記録から抹消しましょう」

「――(なっ)!?」

 

 当初、全く聞く耳を持たないつもりでいたが、モモンが絡むとなると話は変わる。

 そのクレマンティーヌの様子から興味を強く持ったことを確信し、新たに登場した〈幻影(ミラージュ)〉だろう支部長が告げる。

 

「少し離れたあちらに削除した資料を置いていますよ。それを持ってお帰り下さい。ただし、副支部長はこのまま置いていって頂きたいのですが」

 

 彼女としては『本当に修正されてるのか』等、細かい事は色々あったが、向こうがまだ十分有利の状況での提案にそれは大丈夫なのだろうと考える。ただ一つだけ尋ねる。

 

「でもさー、支部員達の記憶に残っているよねー?」

 

 それについて支部長は淡々と告げた。

 

「一応、支部員へは通達しますし、第一――私が知らないといえば問題ありませんので」

 

 どうやら、クレマンティーヌはまだ支部長を容姿で見くびっていたらしい。

 

「……あっそ。分かったー。じゃあもう私は振り向かないからー」

 

 クレマンティーヌは、支部長が手であちらへどうぞを示した方向に見えた書簡の方へと静かに進んでいった。

 

 王都外周壁の北門を無事に通ると、クレマンティーヌはそこから己の足で大街道脇を風の如く掛け抜ける。その途中で先程の事を振り返る。

 

(まあ、これでよかったよねー)

 

 あのまま、戦いを続けて支部長や副支部長を殺せたとしても、結局支部員全員を殺して資料も全部燃やさないと記録が残ってしまう展開。

 また、そこまでしたら――犯人は王都にいたクレマンティーヌだとバレるはずだとも……。

 そこからの展開は考えたくないと、頭を振った。

 結局、不審な死体は発生せず死亡事件には繋がらないので、商人から無事に馬を受け取った彼女は、彼らをそのまま見逃すと漆黒聖典部隊の宿営地へとのんびり馬脚を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. ズーラーノーンの衝撃

 

 

 威厳を示し頭部を燦然と輝かせ、高笑いをしていたズーラーノーン盟主であるが、ふと足元に視線を落とし固まる。

 

 

 あろうことか―― ヅ ラ を 落 と し て い た 事 に気付いたのだっ。

 

 

 盟主は音速に迫るような動きでしゃがむと大事なソレを掴み、頭へと乗せた。

 しかし、まだ前後が逆だった――。

 茶髪ウィッグの長い後ろ髪の間から顔へ装着したゴーグル風の物を通して、その幽霊のような容姿の中で鋭く目が輝く。

 脇へ並んでいた配下10名の者達は、すでに全員が盟主より視線を逸らせていた。

 でも盟主の()()はシッカリと見ていた。

 左から3番目の配下が最後までこちらをじっと見ていた事を。

 

「……(次の生贄はあいつみたいね。ふう、()でなくてよかった)」

 

 無情である。

 だがこれは、秘密結社ズーラーノーン盟主直属の配下への厳粛な掟でもあった……。

 彼女は(ハゲ)む。この()()()()頭部の有り様を何とかする為にっ。

 

 

 この忌まわしい()()()()()()()()()ために闇の魔力をずっと追い求めている。

 

 

 しかしその事実をまだ誰も知らない――――。

 

 

 




捏造)ズーラーノーン盟主とアジト関連
とりあえず、それっぽい感じで。
鉱山関連は貴族達の利益優先主義で事故や病気で一杯死んでそうかなと。
あと盟主は、とある生まれながらの異能(タレント)により、Lv.40を超えている。とは言え第六位階魔法を連発出来る『逸脱者』という訳では無い……。



捏造)『八本指』のボスは金融部門長の父親
彼が父親とすれば、金融部門長は30代辺り。
40歳未満ぽいのヒルマも居るので無理はない年齢かと。
よく考えれば、全く力がない人物に付くとも思えないので、大金を動かせたということなら辻褄は合うのではと考えました。



裏話)長槍の騎士
エ・ランテルの兵達が、予定より1日早く(6日間で)到着した事を書きたかっただけなのに(笑



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。