オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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注)モモンの声色と口調については、鈴木悟の素の声口調になっています
注)一部残虐的な表現や衝撃的場面があります
補)後書きに時系列あり

補)登場人物紹介
ティラ…………………………ティア、ティナの三つ子姉妹の一人。『イジャニーヤ』の頭領
リッセンバッハ三姉妹………長女メイベラ、次女マーリン、三女キャロル。王都ゴウン屋敷で働く
ゲイリング評議員……………評議国中央評議会の中立派の有力者
ゼザリオルグ…………………評議国の煉獄の竜王(雌)
ビルデバルド…………………評議国の煉獄の竜王の妹


STAGE44. 支配者失望する/それは反攻ノ前夜に(18)

 竜王の軍団に対し、劣勢ながら逆に威勢を示すべく飾り立てた王ランポッサIII世旗下の兵団。

 ガゼフら王国戦士騎馬隊も伴い王都リ・エスティーゼを出陣したのは、もう昨日午後の事。

 

 翌昼の今、『イジャニーヤ』を率いる頭領ティラとその一行が、雲疎らな夏の高い蒼天を臨む王都へと人知れず到着する。メンバーには、偽名のチャーリー・ウイラントことブレイン・アングラウスの姿も見えた。

 此度、彼等は莫大な賞金も有り、活動基盤のある帝国への竜軍団侵攻を阻止すべく参戦のため動いている。大街道を進む旅路の途中では、馬車に乗る6名の仲間から一人を使い、後続の仲間達と互いに通過した街や都市で得た情報を交換。状況判断しつつ急ぐ形で、8日間に570キロ程を走破していた。

 着いた都市内は、軍主役の上流層達や多くの兵士らを送り出し、随分静かになった雰囲気。

 数年振りに訪れたチャーリー(ブレイン)にすれば、王都にどことなく懐かしい空気も感じる。

 しかしそれ以上に、知り合いへ会いたくないという思いが、都市西部にある多少寂れた区画の砂利道へと降り立った彼に、薄くボロいローブのフードを深く被らせた。

 彼は、まだ心へと空く人生の大穴を埋めれた訳ではない。

 そんな男へとティラが、隣国の王都にも確保されているアジトの建屋前で遠慮なく誘う。

 

「さてと、私はちょっと()()()()()()に会ってくるから――チャーリー付いて来い」

「……なんで俺なんだ?」

「ぞろぞろ連れて歩くわけにもいかないし」

 

 チャーリーなら一人で『イジャニーヤ』の腕利きメンバー4、5人分の戦力とみての発言だ。

 馬車から降りた爺を除く他の若い連中は、新入りへ対し些か表情を顰める。

 だが、この数日の旅路で、食事後の軽い運動と称する手合わせにて、眼前の紺髪男の突出した強さは皆が知るところとなっていた。なにせヤツの間合いに入った瞬間、手にする得物が一瞬で叩き落とされてしまうのだから。

 若い者らの視線は刀を腰へ佩く新入りから、白髪で眼帯をした組織の重鎮の男へと判断を仰ぐように移る。

 

「分かりました。早めにお戻り下さい、()()()

 

 あっさりチャーリーの同行と部外者との接触を認めつつ爺は、ティラが会いにいく相手を指すように、ワザと頭領をそう呼んだ。

 ティラも理解し、若い連中の新入り(チャーリー)への風当たり削減の点も考量し、そこは注意しない。

 

「居なかったら直ぐ戻る」

 

 王国冒険者のトップに居て英雄的な相手側(ティアとティナ)は、既に戦場の前線へと出向いてしまっている可能性もあったが、ダメ元で三姉妹の一人である彼女はそう答える。

 頭領の気持ちを察する仲間達からも「よろしくとお伝えください」他、最後に土産までも片手へ持たされていた。

 

(みんなしょうがないな)

 

 僅かに口許で笑いつつ、ティラはチャーリーを伴って移動を始める。

 姉妹達の滞在場所については、有名人なので事前に調べてあり目星が付いていた。

 紺色髪の彼は、緑系の紐で金髪を箒状に結ぶ少女の後方を付いて歩く。目的地は、王都北西の大通りに面した白い石造りの外観で八階層建ての最高級宿屋と聞き、ブレインの頭へ場所が思い当たる。しかし、今後も面倒事を避ける為に、ここは『王都を余り知らないチャーリー』で通す。

 気持ち急ぎめに歩き、二人は時折たわいない会話の内に20分弱で目的地の最高級宿屋へとやって来た。

 1階受付の者達が来訪した娘をみて、最上階の有名な上客の中の見覚える顔と同じ事に驚く。

 瞼をやけに開き加減で、表情が固まった風の些か滑稽に映るフロントの男へ、ティラはアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』一行の滞在をまず確認した。

 すると、「間もなくの出立」と聞いているが滞在中との返事を受ける。

 

「私の名はティラ。悪いけど、急ぎティアとティナを呼んでくれ」

 

 どう見ても姉妹だろう者の言葉に、受付の者は取次に同意し頷いた。

 それから10分後、ティラとチャーリーは『蒼の薔薇』一行からボーイ経由で招かれて、最上階の部屋の前へと通されていた。

 チャーリーは初めに1階で待つと伝えたが、彼女から「護衛なんだから一緒に来い」と言われ従った。

 ふと彼は旅の中で聞いていた、三姉妹のうち二人が『蒼の薔薇』リーダーの暗殺に失敗し、そのまま説得され仲間へ加わった話を思い出す。良く考えれば、命じたのは暗殺集団『イジャニーヤ』側だ。確かに万一はあるかと続く。

 更に階段を上るうちに、相手は5人組のアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』。おまけに待ち伏せるのは狭い室内であり、一カ所しかない扉――。

 人間相手にはまだ、腕に自信の有るブレインでも流石にちょっと厳しい相手かと、対決となった場合を想定し徐々に彼の緊張感は上がっていった。

 実際に剣を交えれば、あのシャルティアとの戦い以来となる『死』との邂逅を迎える場になるだろうと。でも、あの時程の絶望感は到底持てない。思わず内心で笑いがこみ上げてきた。

 

(アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』が相手でもか……ははは……)

 

 本当の怪物を知る事で、緊張はありつつも思考は冷めて妙にクールであった。

 扉に対し少女の前へ出て、慎重に叩いたのはチャーリー。

 だが中からは「どうぞ」という、緊迫を感じさせない綺麗な声が聞こえた。

 経験から、中が殺し合う場所なら今これだけヌルイ雰囲気の言葉は聞けないと彼は感じ、視線を少女へと向けた。

 ティラも、室内の気配から不穏な空気を感じなかったので、彼女が扉を静かに開けた。

 

 結局――2人は普通に歓迎された。

 

 一見すれば笑い話である。

 しかしながら、常に相手の命を狙い『死』と隣り合わせの暗殺集団である彼等とすれば、当然の警戒反応ではあった。

 

「「ようこそ、ティラ。久しぶり」」

 

 ティラそっくりの姉妹達が迎え同時に呼び掛けた。でもその二人の顔は結構複雑さが混じる。

 暗殺集団を勝手に抜け出して以来なのと、丸2年振りぐらいの再会であったから。一人残された姉妹の気持ちを思えば、笑い掛けるのも微妙というもの。

 でも、その全てを押し付けられた当人が先に笑顔で返す。

 

「ティアもティナも、先に言う事が他にあるんじゃないか? 全く」

「いや、でもほら」

「そう、あの場で負けたのティラだし」

「えーって、まぁそうだけどな」

 

 実は、ラキュース暗殺のメンバーは、三姉妹で親指を立てる数当てで決めていたのだ……。

 なのでティアかティナが残っても、同じになっただろう的なノリであった。

 そういう感じで、久しぶりに笑い合う()()()()()のわだかまりは特になくなった。

 この希少な様子に――本日、王都から出発する『蒼の薔薇』側の動向を知る必要もあり、遠視で覗いていた某同好会員天使が、王都ゴウン屋敷の一角で悶絶気味だった事へ気付く者はいない。

 さてティラだが、わざわざ単なる姉妹とのたわむれに宿屋まで出向いて来たわけでは無い。

 あくまでもついでの話なのだ。その本題である目的は明確にあった。

 『イジャニーヤ』の頭領は、視線を他の『蒼の薔薇』達へと向ける。

 

「遺恨を流し、竜王らを倒すのに共同戦線を組みたい。これが実現したら――〝イジャニーヤ〟は今後、〝蒼の薔薇〟へ二度と手を出さないと頭領ティラの名において約束する」

「「「――っ!」」」

 

 強力な魔法詠唱者ゴウン一行からの支援が見込めず、『蒼の薔薇』単体で竜王へと臨もうとしていたところだ。

 ここまでティラの連れだが蚊帳の外で、一応の警戒から壁を背にして立っていたローブの男(ブレイン)の存在がここで威力を持つ。

 ガガーランやティア達は、入室時からその者の強さに気付いていた。

 自分達にそれ程劣らない戦力は、現状において非常に希少で貴重なのだ。そして向こう側より申し出があった。

 場で初めて、2年前に〝イジャニーヤ〟の討ち漏らした『蒼の薔薇』のトップが口を開く。

 

「私がリーダーのラキュースです。そのお話、喜んで受けさせてもらいます」

 

 彼女は状況を総合的に見て即時判断し決を出した。

 頭領がティアやティナの姉妹であり、強い戦力を望む今、これほどの使い手らの居る集団と手を組くのを拒む理由が見当たらない。イビルアイとガガーランらも同意から異論を示さず。

 アダマンタイト級冒険者として、竜王への対処を引き受けたが『単独で』という面目へのこだわりも捨てている。ラキュースの考えは今回、生き残れれば十分だと考えていた。

 一応、彼女は昨夜に、とあるルートで希少という『秘薬』を入手済。でも、それを使ったとしても随分厳しいと思っていたが、これで幾分気は軽くなった。

 

 彼女は常々、物事の結論に『10割の確定はない』と考えている。

 

 手は多い方がいいに決まっているのである。

 『蒼の薔薇』リーダーのラキュースと『イジャニーヤ』頭領のティラは、合意の握手を交わすとそのあと30分程、簡単な打ち合わせを行う。

 ティラ達の合流は、ゴウン氏一行と入れ替わりの機会に、竜王の意表を突く形をと考える。

 その際、敵の王は索敵が優れる為、完全に気配を消せる連中を『イジャニーヤ』は選りすぐる手筈。

 

「「じゃあ()()、よろしく」」

「ふん。ティアとティナにそう呼ばれるのは、なんか凄くイヤだな」

 

 ティラの言葉が、場にいる面々の笑いを誘った。

 打ち合わせを終えて間もなく、『蒼の薔薇』達は滞在する最高級宿屋の部屋をティラ達と共に後にした。

 宿部屋の料金はまだ半年分程前払いしてあり、室内はそのままにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 王城ロ・レンテ城内でヴァイセルフ王家の客人として滞在していたゴウン家一行。

 彼等は、昨日夕刻より「国王陛下と第一王子が出陣中ということもあり一時、王都内へ下がらせて頂く」と表向きの言葉を伝え、宮殿から都内のゴウン屋敷へと移って来ていた。

 裏の理由としては、アインズ達が所用と称して宮殿よりコッソリ出陣し居なくなれば、その事実が無用な憶測を交え広がる可能性に加え、ユリとツアレだけが残る部分だ。

 また、ユリもガゼフの守護役のため、ハンゾウの1体を伴って『主の使い』で出る予定。つまり王城内宮殿にツアレだけを残すのは、可愛そうだし噂も含めて不用心と考えたのだ。

 それならゴウン屋敷を起点に動く方が秘匿性も高く、リッセンバッハ三姉妹もおり、ハンゾウの護衛が付く事もあり安心である。

 

 なお、ハンゾウ2体が護衛していたエンリ将軍の率いる小鬼(ゴブリン)大軍団は、昨夕の日没後間もない内にトブの大森林内へ入っていた。

 ヘカテーの作成した集落図や建物の図面もンフィーレアとアルシェに気取られる事も無く、こっそりエントマからエンリへ。そして小鬼(ゴブリン)軍師へと届けられ、まず木材の切り出しから〈乾燥〉と敷地への土台作りや木材を吊り上げる簡易クレーン設置を経て、倉庫の建設までが滞りなく進められた。大倉庫は数日で完成予定だ。

 これは帝国から長蛇の馬車列で森の中へ運ばれ、公約通りにエンリ側へ譲渡されて昨夜の内に野へ山積みとなっている小鬼(ゴブリン)2万7000体分の大量の穀物を先に早く貯蔵する為である。大倉庫を10棟建てる事で、10万体分の年間消費量の穀物備蓄が可能であった。

 ただし今回は、倉庫群に1万9000体分を保存。当初、大部分をナザリック内への一時保管も考慮されていたが約3割である8000体分の穀物に留めた。あくまでも火災などでの全損へ備える分離保管的措置としている。

 それよりエンリが驚いたのは、金貨2万枚の件である。

 アインズは、大森林へ到着の知らせを村娘から〈伝言(メッセ-ジ)〉で受けた折に、何気なく告げている。

 

『エンリよ、それは残す穀物と合わせ、お前の権限において軍団で大事に使うとよい』

「……は……ぃ(えぇぇぇーーーーーーっ!?)」

 

 金貨10枚でも、村では揃ったのを見たことが無い数なのだが、最早そんな水準を遥かに越えてなんと2万枚である。まあ、ンフィーレアの祖母の、エ・ランテル最高の薬師で老舗でもあるリィジー・バレアレが隠し持つ額は、こんなものではないけれど……。

 少女にとって、大量過ぎる金貨の山に心の整理が付かず、一晩考えて結局これはナザリックの、旦那(アインズ)様のものを預かっているのだと思う事にした。

 落ち着いたエンリは、集落建設の現場を小鬼(ゴブリン)軍師へ任せ、朝の内にネムやンフィーレアとジュゲムらに加え、依然捕虜として残るアルシェも共に一旦カルネ村へと無事で戻っている。

 トブの大森林には、縄張りへ帰ったハムスケと共にエンリ達をひっそり見守るキョウがいた。彼女は大森林内調査中という立前であったが、そろそろ村へ戻る予定だ。

 

 さて、出陣を控えるアインズが『蒼の薔薇』からの出陣予定について受け取ったのは、昨日、出陣する国王へ挨拶を終えて宮殿部屋に戻った直後である。

 彼女(ラキュース)らの出立は本日午後3時頃との事だ。出陣は別々だが途中で合流し、一度共に竜王へと接触する計画。

 なので、支配者は間もなく『王都内への所用』と称しゴウン屋敷を数日留守にする。

 屋敷メイド長のユリも、代行のメイベラへ『アインズ様から言いつかった別件の使い』で数日外出すると通達済みだ。メイド長として絶対的支配者達を屋敷より見送ったあと、ユリ自身も戦闘メイドとして戦場へ密かに立つ。

 ただ一点、彼女は王城で出立直前のガゼフ・ストロノーフより告げられた()()()()()()を複雑な思いで受け止めながら。

 一家のこの状況に、メイベラやマーリンにキャロルをはじめ、ツアレも何か主人達が()()()()()として動こうとしている予感があった。

 彼女達は、日々受ける大恩に未だ何も返せていないと考えている。

 この見送りが最後になるとは考えたくも無いし、思いも湧かない。

 何故ならご主人(アインズ)様に一切、不安や暗い影等の見えない事がそう感じさせた。

 

(((私達の主は、英雄なのだから)))

 

 故に、最高の姿勢と敬愛する想いと――メイドの誇りの全てを乗せて送り出す。

 

「「「いってらっしゃいませ、ご主人様、皆様」」」

 

 アインズ達は、眼鏡美人のユリを筆頭としたゴウン屋敷自慢のメイド達に見送られる。

 ただし、場所は最寄りの街角でだ。

 少々わざとらしい御忍びでの出立の為に御方他、シズやルベドらは服装を普段と変え、紳士系の服や街娘調の衣装を纏っていた。衣装については、以前ユリへ提供したアインズの保有データからの貸出だ。

 見慣れぬ姿だが、意外にソリュシャンやシズ、ルベド達の姿が新鮮に見える。可愛い子や美人に美少女は何を着ても似合うと言う事だろう。

 雇い御者が座る使用感の滲む馬車に今、支配者らが何食わぬ顔で乗り込み、そして固めの板バネの車体に揺られながら地味な形で屋敷地区を後にする。

 ゴウン屋敷を張り込んでいた『八本指』警備部門下二名の内、若い方が組織へと知らせに走って行った。『六腕』のゼロ達も別動ではあるが、ゴウン一行らが前線から後方へ一度下がる段階より共に動くため、後日出立する手筈で備えている。

 尚、王国裏社会最大の地下犯罪組織『八本指』では、今日未明まであった臨時の部門長深夜総会において大きな指針改変が断行された模様だ。

 

 

 モモンとマーベロの『漆黒』についても、アインザック達とエ・ペスペルの者らを加えた一行として、既に昨日より馬車が走り出していた。

 経験を買われて一団のリーダーはアインザックが務める。彼等は堂々たるオリハルコン級の冒険者が多数を占める部隊。貴族達も無理に脇へ下がらせ追い越す様な事はないため、王の兵団が出陣する少し前の昨日昼過ぎに王都を離れていた。

 その際のモモン役は、王城内へ挨拶に戻ったアインズの代わりとしてパンドラズ・アクターがそのまま務めている。移動がメインであり、組合長らに大きい動きもなさそうな点で問題ないとされてだ。

 マーベロらの乗る馬車は、王都北側の外観が後方へと小さく消えて、郊外の街も過ぎてゆく。視界には時々こじんまりした村と畑一面で穂の揺れる風景が広がりはじめていた。

 

「モモン君にマーベロ君、この地域は初めてじゃないかね?」

 

 例の如く、変に詮索をされても困るので、御方を真似て替え玉モモン(パンドラズ・アクター)はアインザックからのその問いを肯定する。

 

「ええ。なので、地形的な情報が詳しく欲しいところですね」

「まあ、着いても戦いが始まるまで半日ぐらいは時間がある。心配はないと思うぞ、モモン殿」

 

 エ・ペスペルのオリハルコン級冒険者の一人が不安を気遣うように伝えてくれた。

 

「そうですね」

 

 答えたモモンと彼等一行は王都北門から北東へ延びる大街道を急ぐ形で北上し進んでいた。リ・ボウロロールからは穀倉地の畦道を走る予定。

 結局、意気込むアインザックに率いられ、午後の出立から休憩を挟み8時間以上進んだあと、夜は小さな街へ寄って宿を取った。次からは野宿と聞いている。

 途中、食事以外で兜を取って素顔を見せたり、出身を聞かれたりと難しい場面もあったが、パンドラズ・アクターはマーベロと上手く切り抜けていた。

 出身地については『南方』とだけ大雑把に語る。最近はナザリックにも情報がそれなりに揃ってきており、モモンの容姿に近い黒髪の人種は法国の更に南の方に住んでいる事を得ている。アインズはこれを利用することに決めていて、パンドラズ・アクターにも指示していた。

 マーベロについては昔、『南方』の街で出会ったとだけ伝えるに留める。

 如何にも気弱そうに構え乙女座りする少女の姿から、悲しい事情があるのだろうとそれ以上は誰も突っ込んでこなかった。

 夜の、まだ活気ある宿1階の酒場で晩飯を終え、偽モモンは歓談後に頃合いをみて退席の挨拶をする。

 

「申し訳ないけど、これで休ませてもらいます」

 

 それに続き彼と手を繋ぐマーベロも、「で、では皆さん、おやすみなさい」と述べて上階への階段に消える。

 そんなマーベロだが、宿部屋へ入ると彼女の方が上官である。周辺に盗聴がないのを確認するといつもの調子で口を開いた。

 

「あ、あの、周りは大丈夫みたいです。楽にしてくださいね」

 

 用心して名前は出さないが、部下や仲間に優しいマーレがパンドラズ・アクターを気遣う。

 アインズの居ないときはこんな感じである。

 パンドラズ・アクターが、趣味的欲求もありそれに甘える。

 

「はい。あの、その杖をちょっと触らせてもらえればと」

「あ、はいどうぞ」

 

 幸いな事に、マーベロとして持つ紅い杖も宝物である。それをこういった時間に少し持たせてやると、パンドラズ・アクターは随分落ち着くのだ……。

 また少女は、彼が時折恋しそうに話す宝物達の話を聞いてあげてもいた。

 彼が十分宝物の感触を堪能した頃。不意にマーベロの思考へ電子音が鳴り、〈伝言(メッセージ)〉を通じて凛とした美しい声で一方的に呼び掛けられる。

 

『マーレ、可能なら階層守護者としてナザリックへの一時帰還を命じます――』

 

 不意に来たアルベドからの急ぎの指示であった。用件はアインズ様絡みとの話。

 当然、第六階層守護者でもある闇妖精の少女は統括からの連絡に従いナザリックへ一時帰る。

 用を終えたマーレが宿部屋へ戻ったのは、日付を越えた3時間後の本日未明である。

 

 今、昼下がりを迎えるアインザックの一団は、大都市リ・ボウロロールを夕刻前には抜けれそうな辺りを移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マーレが態々(わざわざ)呼ばれた様に、活発な動きは本拠地のナザリック内でも見られた。

 アインザック達の他、ランポッサIII世と兵団が昼間に出陣した、昨日夜11時過ぎのこと。

 ナザリック地下大墳墓第九階層の会議室に、主立った階層守護者達が集まっていた。

 体の大きい第四、常時大役のある第八に、あと任務のため竜王国へ出向いているプレアデス指揮官で第九、十階層の責任者を除いて。

 

 アインズがいつもの日課に先立ち―――ナザリック戦略会議を招集したのである。

 

 間もなく始まる竜の軍団との戦いに際して、シャルティア他を動員する予定から、ここは階層守護者達へ正式な場での通知が必要だと考えたのだ。

 

「アインズ様。守護者統括、並びに指示のありました階層守護者達全て、御身の前に」

 

 支配者の入室をみて、アルベドの声が響いた戦略会議室内部は、重厚な扉を含め以前より装飾の強化が進み、照明も絶妙の暗さを残し灯され栄光ある組織に相応しく荘厳さを増していた。

 その奥へ用意され、一際背もたれの高く威厳ある椅子がアインズの席である。

 背もたれを支え、微かに広がりながら2メートル程も上へ伸びる5本の材のてっぺんには、加工され黒光り牙もある頭蓋骨が其々に乗る。

 

「おぉっ……(でも、なんの頭蓋骨だよっ)」

 

 絶対的支配者が感嘆し椅子へと向ける視線から、さり気なくデミウルゴスの顔が上機嫌で上向き気味である……。

 頭蓋が人間のものでないのは見れば分かった。(あるじ)は僅かに考えを巡らせる。恐らく、最近在庫が減ってきた中位アンデッド制作用の人間の死体へ続く、300体を超えて横へ置かれている躯からビーストマンのものだろう。

 だが遠方からと思われる輸送に〈転移門(ゲート)〉は使用されていない模様。ナザリック近辺へ直通口を開く可能性が高いあれを使う場合、事後においても絶対的支配者への報告が義務付けられていた。

 報告が上がっていない事から多分、複数の物体も指定出来る〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉を使ったのだろう。水面下でシャルティア辺りの協力があったはずだ。

 配下達はさり気なく、アインズの行う日課へのサポートも進めてくれている模様。

 典型的であるのが4日程前から日課に加えた、冒険者モモンとして身に付けておくべきと第四階層『地底湖』の周回ルートで始めたばかりの騎乗練習。それ用で適当に用意していたゴーレムの裸馬があった。

 しかし日が経つと、いつの間にか造りの凝った鞍や手綱へと交換が進み、先程見ると全身鎧に真紅で金刺繍の入る垂れ布までもが派手に付加され、凄まじくゴージャスになっていた……。 

 全部、階層守護者達が自主的にしているのであろうと心の中で嬉しく感謝しつつも、ナザリックの統治者としては表面上『当然』と受け止めなければならない。

 せめて「うむ」とアインズが一人で重々しく語り、胸を張りつつ満足げに乗ってやることしか出来ないのが難点といえそうだ。

 今も階層守護者達が席から立ち、依然直立にて待つ中で『支配者に相応しい立派な椅子』へと彼はそう(うむと)呟きながら満足感を見せて腰掛けた。

 

 その堂々たる(さま)に――アルベド以下階層守護者達の嬉しそうな顔や雰囲気が広がる。

 

 彼等にとり、仕えるべき御方の健在で偉大な姿を目の前に見れる事こそ最高の幸せなのだ。

 

「全員席へ掛けよ。さあ、会議を始めよう」

「はい」

 

 アルベドが代表し、穏やかな笑顔から返事を行い座ると、漸くシャルティアやコキュートス達は腰掛けた。

 落ち着いたところで、アインズが語り始める。

 

「まず最初に一昨日、バハルス帝国内にて突如、ナザリック旗下であるエンリの小鬼(ゴブリン)部隊を襲った巨大な木の魔物への対応について、この場で改めて褒めておきたい。アウラにコキュートス、良くやってくれた。そして、この場にいないがガルガンチュアもな」

 

 信賞必罰。フールーダを筆頭に帝国側を罰しつつ、貢献した味方を支配者は称えた。

 

「アウラは樹木の魔物を見事調教し封印に成功してくれた。コキュートスもその誇る武でアウラ達を守りながら、敵の攻撃力を有効的に割いてみせた。ガルガンチュアも怪力を存分に示し、巨大な相手を誘導するのに大きく貢献した。其々に褒美を与えたいが、何かあれば申し出てくれ。今、思いつかなければ後でもいいぞ」

 

 すると、コキュートスが口を開く。

 

「アインズ様、私ハ今ノ御言葉ト、コノ腕ヲ見込ンデノ先ノ戦場ヲ与エテ頂イタコトガ、最高ノ褒美ニゴザイマス。モウ十分ニ頂キマシタ。満足デアリマス」

 

 これまで常に防衛のみで言い知れない想いもあったが、己の武でナザリックへ貢献を示せた事で彼の心は十分満たされていた。武人の彼らしい言葉であった。

 アインズも清々しさをみせる配下に、「そうか。だが、気が変われば遠慮はいらないぞ」と伝えておく。

 対してアウラは支配者へと元気よく伝える。

 

「あのアインズ様っ、後でお伝えしていいですか」

「分かった。よく考えて決めればいいぞ」

「はい、ありがとうございますっ」

 

 彼女は満面の笑みをアインズへ向けた。でも、本当はもう『主との森のお散歩』と決まっているのだが。

 支配者は最初の議題を終え、そのまま次に今回の会議の主題へと移る。

 

「さて、では本題に入ろう。――もう知っていると思うが、ナザリックのあるリ・エスティーゼ王国は竜王率いる軍団に侵攻を受けている。それに対し数日後……正確には3日後となるが、王国からの報復戦が始まる予定だ。私は最終的に裏側から王国側で参戦するつもりである。対価として、ナザリック周辺地域を平和的に我々の自治領として手に入れる事で話が纏まっているのもある」

 

 ここまでで、既に関連資料等を読んでいるからか、守護者達の多くが時々頷いていた。

 順調に進めばカルネ村を含む王国辺境が、絶対的支配者の正式な初の領土となる話も含んでおり当然の関心事とも言える。

 アインズは話を進めた。

 

「ただ、この件には私の思惑を多く含んでいる。また、私やユリら戦闘メイド達は今の所、素性が一介の旅人的な立場で行動している。今後も動き易さを考え、当分その立場を続けるつもりだ。なので目立つ動きに制限が付く。まあ、そこで少しお前達の手が必要になりそうでな」

 

 至高の御方の含みのある言葉に、この場の全員の目が光る。

 (あるじ)から必要とされる事こそが、彼等にとっての存在意義であり重要なのである。

 全NPC指揮官であるデミウルゴスがまず絶対的支配者へと伝える。

 

「何なりとお申し付けを」

 

 それに続き、全員が堰を切った感じに続く。

 

「勅命アレバ、如何ナル場所ヘモ即座ニ」

「アインズ様、あたしも」

「あ、あの僕も」

 

 マーベロ役のマーレだが、控えめながらも状況によっては何でもするつもりでいる。

 特に某ミスリル級チームについては、正眼からの打ち込みやフルスイングの準備も万全だ。

 

「私にもなにかございましたら」

 

 アルベドも、物欲しそうにしっとりとした視線を送ってきた。

 そして座り並ぶ階層守護者の最後に、以前「考えておこう」「そのつもり」と聞いていた主の声を促すようにシャルティアが言葉を口にする。

 

「……今こそ私の出番ではありませんか?」

 

 するとアインズが、その思いに応えるべく伝える。

 

「その通りだ、シャルティア。お前には今回、出陣してもらう」

「ああぁっ、我が君。とても嬉しい御言葉……、ありがとうござい……ます」

 

 真祖の少女は勅命を受け、背もたれに身を預けながら、己を抱き締め既に恍惚の表情を浮かべていた……。

 その顔へとアルベドが、支配者に見えない顔の角度から凄い視線で睨む。でも、それは一瞬。統括の彼女には『ビッグな計画』が控えており、「そう、順番よ、順番」とここは気を取り直す。

 支配者は「マーベロ役のマーレと、出陣するシャルティアを除き、ナザリックへ残る守護者達には後で伝える()()()()()()()を任せたいが基本、皆で守りを頼む。アルベドの分は妹のルベドが働いてくれるだろう」と告げておく。

 『以前行なった件』だけで、デミウルゴスには「今朝の時点で5体ですね」と通じた模様。話を聞くと、どうやら一応再度の準備は常にしていたらしい。アインズは機をみて実行を命じる。

 シャルティアへは、替え玉のアインズ(ナーベラル)らと後方にて当面待機し王都へ竜側の到達を阻止する事が中心になると話した。

 これで階層守護者達自身への通達は一応終わる。

 マーレへこの場では特に指示せず。あとで、白金級冒険者チーム『漆黒』として、パンドラズ・アクターと共に()()()伝えるつもりでいるからだ。

 ただ支配者は更なる出陣する者について、()()()()()()()名を出し上司へと通知を命じた。

 出陣の者には大都市リ・ボウロロールへの竜達の到達を阻止させる他、加えて重要な役目を担わせる。

 

「竜軍団の対処を終えた直後に、竜王国への応援が控えている。その布石もこうして同時に打っておかねばな」

 

 御方の軽く右手を上げて悠然と伝える姿に、居並ぶ階層守護者達は理解から頷く。

 アインズとしては、これも営業マンであった経験からの行動。足元も大事であるが、進む道の先を確保することも先決である。上へ立つ者なりに悪くない選択のはずと考えた。

 基本的ゆえに幅広い応用へも繋がる。優秀なアルベドやデミウルゴスも、支配者の手をなるほどと聞きながら、こんなモノではないハズの遥かなる展開を先読みしていった……。

 

 以降の議題は、最初に竜王軍団への関連もあり、アーグランド評議国内の状況が登場する。

 支配者から皆へと、評議国に関し現時点では当面、民間での情報収集や交易ルートの確保を主軸で考え進めている話が伝えられる。

 まあ、元は某天使の我儘への対応であるが、それは一切語らない。結果をみれば、将来的に悪くない一手だったのが不思議と言えよう……。

 アインズはここ数日の日課の傍ら、評議国へ残して来た小鬼(ゴブリン)レッドキャップ3体と連絡を取っていた。そして評議会における竜王撤退推進の件が昨夕刻(第一王子が出陣した日)早くも通過したと聞いている。ゲイリングは、一族の権勢とコネの総力を挙げて4日と掛からず実行してくれたようだ。それ程、脅しが効いていたという事か。まだまだ奴は使えそうである。

 次の議題には、エンリの呼び出した小鬼(ゴブリン)5000体への対応案件が続いた。

 新集落建設へ関する事に続き設計したと聞いたヘカテーを支配者は褒める。またアルベドによる小鬼(ゴブリン)達の活用話からの、彼等も徴用するナザリック地上都市の基礎工事着工の説明へと進んだ。

 続いて、デミウルゴスからトブの大森林への侵攻『ハレルヤ作戦』の進捗も語られた。地形の把握や各種族の戦力及び情報解析が進み、当初よりも容易に攻略可能と伝えられる。ただし、コキュートスの先陣や恐怖公勢出陣についての変更は、特にないとも付け加えられた。

 因みに仮面を被る意味等、全貌についての説明は未だコキュートス達へされておらずだが。

 

 

 概ねが順風満帆である事に、統治者のアインズは―――またも随分と油断していた。

 

 

「では、次は私からでありんす」

 

 ここでシャルティアから、何やら()()()()()が開かれ、そこからの報告が淡々と語られ始める。

 

「まずは、7月中旬の王国内にて――」

 

 そう、数々のイカガワシイ内容が列記され収められていると聞く幻の代物、『某御方女性関係報告目録大全』の朗読。

 その中には、モモンによるクレマンティーヌへの膝枕やお姫様抱っこをはじめ、人間のニニャとのデートの話。エンリとのベッドでの同衾や、異国にて人馬(セントール)四姉妹や素っ裸で売られていた人間奴隷の幼女ミヤを助けた件も漏れず。某国某王女のシースルーのネグリジェ姿を堪能した状況や、ルベドとガッチリ抱擁を交わした件に、マーレと手を繋ぎ過ぎという事象等々。各日時と場所、状況に至るまでが克明に書かれていた。ユリ達や人間のメイド達へとドレスを作っている話までもが、参考事項に上がっている。

 語られたのは、初回の戦略会議以降の記事であった。

 直近2回の会議では後がつかえ時間もなく控えられていたが……今日は容赦なく進んだ。

 

(ぐあぁぁー、ぎゃーーー。うあぁぁ……も、もう勘弁してくださいぃぃぃーーーーっ)

 

 朗々たる赤裸々な語り部と化した吸血鬼の守護者を作ったペロロンチーノさんへ、心の中で叫び続けるモモンガ。

 しかし御方は、この場にて多数の感情抑制を繰り返しつつも、苦行の全てを耐えに耐え忍びに忍び、泰然と無言を貫き通して終始微動だにしなかった。

 ――それが正解。

 配下達は、偉大なる絶対的支配者の女性事情を糾弾しているわけでは決してない。

 至高の御方の意思は絶対。何をしてもこのナザリックでは正当化されるのだから。

 全く発想が逆なのである。

 これは、女性陣階層守護者達側からすれば『表彰』されているようなものであった。

 どうすればこう『なれるのか』、『されるのか』の重要な思考、研究の場であり『実績』を纏めた道しるべが大全なのだっ。

 男性陣階層守護者にしても世継ぎの誕生に直結する内容の為、非常に重要であり聞き逃す事は出来ない。

 コキュートスなどは、世継ぎを上手くあやす練習を今後の予定に入れているぐらいなのだ。

 しかし……しかしである。

 聞かされる御方自身は、晒しモノといっていい状況。

 真剣にもうやめてと告げようと決意を固めた頃、アルベドからの言葉がいやに胸を(えぐ)る。

 

「アインズ様は、どうか心穏やかに思うがまま、(女性関係でも)我が道をお進みくださいませ」

「……あー」

 

 『いや、無理だからっ』と口から伝えようとしたが、この場の守護者一同の揃ったとても温かく穏やかな微笑みで頷く様子に水を差したくなかった……。

 

「…………そうか」

 

 アインズは組んだ指を大机の上で数度モミモミしながら小さく答え、平和なナザリックの絶対的支配者としてこの件を飲み込んだ。

 

 十分議題が出尽くしたように思えた中で、アルベドが脇へ控えていた一般メイドのシクススへ視線を送る。

 すると、シクススが資料を配り始めた。

 絶対的支配者の横で最敬礼のあと、丁寧に置かれた資料の表紙へとアインズは視線を落とす。

 そこには『ナザリック地下大墳墓内における休暇推進計画』と表題が書かれていた――。

 

(……これは何かなぁ)

 

 支配者はそう思いつつ、左横前方へ座るアルベドへと顔を向けた。

 愛しい主からの説明要求のそぶりに、守護者統括はにこやかに満を持して口を開く。

 

「アインズ様、是非ともワタ(シからの)……いえ、皆からの具申を最後までお聞き下さい」

 

 彼女は、個人的『ビッグな計画』の激しい欲望が少し零れるも、必死に抑え切る。

 アインズはデミウルゴスをはじめ、アウラ達の顔を一通り見渡すが、視線を逸らす者はおらず既に皆で話し合っているという雰囲気を感じた。

 これまでに無かったNPC達の統一的な動きに一瞬の不安が(よぎ)るも、表題の『休暇』という文字やマーレにシャルティアの表情からは不穏なものはない印象にホッとする。

 

「……わかった」

 

 今日までの守護者達の厚い忠誠を考えれば、明確な反逆はありえないと思い、己の未熟な考えに辟易する。

 でも再び、巧妙に誘導すれば可能ではとも僅かに浮かんだ。その暗い思考を意識だけで再度追い払う。

 

(馬鹿な。俺が、この子達を最も信じなくてどうするんだっ)

 

 (あるじ)の僅かな葛藤を他所に、アルベドが御方へ向かい話を述べる。

 

「アインズ様には休暇が必要だと感じております。我々から見てもアインズ様は働き過ぎでございます。しかし、それは我等配下に気をお使いだからではないでしょうか。ですので、まず私達が休暇を頂く事にしました。この資料は、ナザリックの者達の休暇取得について表形式で簡潔に纏めております。どうか中をお改め下さいませ」

 

 アインズが、このナザリックでもっとも頼っていると言えるアルベドの言葉を受け、手元の資料を手に取り捲っていく。時折統括からの補足説明が入る形。

 全階層毎に所属の者達を(おも)に担当で分け、ひと月に1日の割合で休暇日が設定されていた。

 六連星(プレアデス)やメイド長のペストーニャや正副料理長達、階層守護者達やアルベド自身にも休暇日が設定されていた。

 勅命などで出撃中の者は、後日に代休を取得する等の補填措置も用意されている。

 無論、アインズへ対しての休暇設定はない。配下が偉大なる至高の41人の休みを勝手に決める事こそ、不敬以外の何物でもなく言語道断だろうと。

 

「おぉ……(俺を気兼ねなく休ませたい想いで、これを守護者達が自主的に纏めたというのか……素晴らしい!)」

 

 仲間達のNPCが成長したように思え、感慨がひとしおだ。

 涙は出ない支配者であるが、ちょっと気持ちが昂り感情抑制が起こっていた。

 御方は手に持った資料から視線を上げる。

 当然だが判断を待ち、ここに集う6名の者達の視線がこちらへと注がれていた。

 アインズは、静かに資料を置くと一同を見回し、側近の美しい純白の悪魔へと告げる。

 

「いいだろう。良くぞここまで纏め上げた。私は嬉しいぞ――勿論、私も休むことにしよう」

 

 その瞬間、階層守護者達の「やったー」「おぉ」「ば、万歳っ」などの歓喜の声が上がる。

 ただそれに混じり、ミシリと微かだが鋭く何かが鳴ったかように思えた。

 アインズは「ん?」と思ったが、にこやかな統括をはじめ、皆や周囲へ特に変化は無く、大したことは無いかと直ぐに流す。

 その音は――大机の下でアルベドが怪力で思い切り拳を握った音である。

 

(よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!)

 

 心の中心で彼女は全開で叫んでいた。

 資料にあったアルベドの休暇日の表だが、そこだけ片隅に小さく小さく『※これは暫定です』と書いてあったことに、支配者はこの時点でまだ気付いていなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣国のリ・エスティーゼ王国へ多数が侵攻した、アーグランド評議国からの竜の軍団。

 それらにつき、東進されれば国境を接するバハルス帝国への到達もあり得ると警戒し、皇帝ジルクニフは王国内の竜の軍団を撤退させるべく旗下の軍団へ勅命を発令した。

 帝国は首都の帝都アーウィンタールをはじめ、全国の都市から帝国八騎士団8万騎より選抜した輜重隊1000騎もすべて騎馬隊という総勢6000騎の精鋭騎士騎馬隊を越境させ派兵。

 その3日後には、魔法省所属の精鋭100名からなる強襲魔法詠唱者(マジック・キャスター)部隊も送り出す。

 騎士達の出陣から11日(王都からランポッサIII世の兵団が出陣して2日)が経過していた。

 精鋭騎士団は全軍、商隊へ偽装の上に分散行軍しているため、その全貌は未だ王国の地へ現していない。王国のブルムラシュー候爵の息の掛かった貴族領を無検閲で通過している面もあるが。

 既に大都市リ・ブルムラシュールを経由しリ・ボウロロールを抜けた辺りまで到達。

 彼等は移動を急ぐ一方で、途中の街へ数名を派遣し王国軍側の情報もまめに収集しながら進んでいた。流石に、王国軍の部隊と遭遇するのは面白くないとの判断がある。

 ロウネの計画では、旧エ・アセナル近辺に居を構える2つの男爵の領地内で集結し、突撃機会を待つ手筈となっている。

 今回の地上精鋭部隊には、帝国八騎士団を率いる8名の将軍の内、第一軍の大将軍を筆頭に、第三、第四、第五、第六、第八軍から6将軍が出陣して来ていた。

 騎士達一人一人についても皇室兵団(ロイヤル・ガード)級の選りすぐりの者達ばかりだ。

 魔法省の派遣部隊も同様に、第4位階の魔法詠唱者達をも含む、全員が経験豊富な第3位階以上の使い手で編成されている。夜間に直線的経路で進んだ彼等は、リ・ボウロロール北方60キロから広く北側へ広がる大森林の西端で待機中である。

 出陣した者達は皆、当初より自国が戦場でない事もあり割と意気揚々としていた。

 しかし今、魔法詠唱者達に限り、どの者の顔を見ても深刻な表情を浮かべている。

 なぜなら今日になって、余りにも衝撃的な情報が本国から飛び込んで来たからである。

 

 帝国の柱石であるフールーダ・パラダイン老が――消息不明であると。

 

 精鋭騎士団側は、将軍のところで止められた事で配下の騎士達までは届いていなかった。

 連絡の伝達自体は、魔法省所属のフールーダの高弟の一人が〈飛行(フライ)〉を使い、騎士団側へも知らせた後で、強襲部隊側へ合流していた。

 将軍達の多くは表情を変えながらも「やるべきことは変わらない」として気丈に耐えた。

 だが、師から「陛下の御用を数日で片付けたら追う」と告げられ、先行していたフールーダの古参の高弟達は動揺が激しかった。

 

「一体、どういう事なんだ? 何処へ行かれたのだっ」

「これから、竜の軍団とやりあうのだぞ。あの方無くして戦えるのか!?」

「ま、まさか、(あの村娘を監禁して)研究に籠られた……とか」

「職務を放られてしまわれたかっ。作戦はどうなる?」

 

 高弟の内、誰一人としてフールーダが死んだとの言葉は出ずにいた。

 200年以上も帝国の繁栄の歴史と共に歩んできた人類の英雄が、あっさり死亡するとは思考へ浮かばなかったのだ。

 だが直後に、村娘は小鬼(ゴブリン)の軍団を呼び寄せたので王国側へ開放された事や魔樹の話も伝える。すると、高弟達は行方をくらませる程の理由がない状況から、老師が巨木に巻き込まれ消えた可能性も高いという結論に至り押し黙る。

 

「師の状況は、私の方でも分からない。所在は依然不明なのだ。ただ――陛下からは作戦を続行せよ、とのことだ」

「「「――っ! ………」」」

 

 師に従っていようと、彼等も帝国の民であり、皇帝の先兵の一員なのだ。

 古株の高弟達は、部隊長代行をこの場で定めると作戦を続行し始めた。

 

 

 

 帝国八騎士団の精鋭と魔法省の部隊の他にもう一つ、帝国が王国内へと送り出した兵団がある。

 帝国四騎士3名が率いる皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)を含む、100名程の部隊だ。5キロ程後方にもう一部隊が控える。

 彼等はこの時、リ・ボウロロールから穀倉地帯内の北西70キロ程先(旧エ・アセナルからは約50キロ)で、人口微少地の林へ潜み夜を待っていた。昼間に斥候を出して、夜間に進む道や次の潜む場所を決めて日々前進を続けている。

 

「王国軍は、どうもこの西側へ大量の兵を分散配置させてんな。思い切った作戦だぞ、こりゃ」

「……そうだな……」

 

 斥候の知らせで前進への難易度が上がり、そこは語らずも眉を顰めるバジウッドの言葉に後方部隊から来ていた〝不動〟のナザミが頷く。

 王国軍が、火炎竜の被害を抑える事へ随分と重点を置いているのが分かる。

 10名程度の一般兵小隊では、竜へ対し全く戦果は期待できない。王国は、敵兵力を広域へ切り離し持久戦も選択しているかに見える。

 そこへレイナースが意見を追加する。

 

「これって、広い意味で陽動よね。打撃部隊が別にいるって事かしら。……それって私達……ってことはないでしょうね?」

「――っ」

 

 王国が帝国の干渉に気付くか、見越しての作戦を打って来たと考えようもある。

 ナザミがつぶらな目を少し大きめに開いた。だが、バジウッドはそれを否定する。

 

「……ねぇな。それ程の深読みが出来るんなら、帝国が毎年王国に完勝出来てないさ」

「ああ、それもそうね。ということは……冒険者辺りも動いてるのかしらね」

 

 王国には、帝国へも名が轟く有名なアダマンタイト級冒険者が2組在籍している。また他にも優秀な冒険者達が多数存在している。その数は軽く帝国内の冒険者数の倍以上居たはずだ。

 モンスター専門の彼等をオフェンス側へ回せば、随分バランスが取れるように思えた。

 人間相手の帝国との戦争へは、参加することが無い大戦力も、今回の相手は竜種。存分にその武力を発揮させることが出来るだろう。

 また、そうあって欲しいとも思うバジウッドである。

 横で倒木へ膝を組んで座るレイナースは、戦況が不利に傾けば戦線を離脱すると明言している女であるからだ。

 王国軍の奮戦に紛れて、帝国軍渾身の痛打を浴びせて竜の軍団を撤退させることが今回の作戦の最大の目標である。

 そのように戦いが上手く運ぶ流れを願っていた。

 

 一方の〝重爆〟レイナース・ロックブルズは、今日も朝起きた瞬間から変わらぬ右半分の爛れた顔を憂う。

 でも、この度の戦場へは期待があった。

 評議国から来た強大な(ドラゴン)達の中に、卓越した魔法の使い手が居ないかという部分に夢を見ている。もし、期待できる個体がいれば彼女は接触してみるつもりだ。

 あとは、王国内に多数いる冒険者達へもだ。

 国境での戦争へ彼等は参加しない為、個々で素晴らしい魔法詠唱者(マジック・キャスター)が居る可能性はまだ残されている。普段は見せないとっておきの魔法を強敵相手に駆使するはずで、最大能力を見せてくれるだろうと。

 しかし、それ程の者が既に居れば、情報のさわりぐらいは掴んでいてもいいはずである。

 彼女はこれまでも経費度外視で給金から少なくない額を投入し、八方へと捜索に手を尽くしている。王国だけでなく、遠方との取引のある商人達へも手を回し、スレイン法国やカルサナス都市国家連合、はては竜王国やローブル聖王国までも調べてもらっていた。

 また有力な噂を聞いて、無理に休みをもぎ取って自ら赴いた事も数回ある。要求されれば、成功報酬に金貨5000枚でも1万枚でも払うつもりであった。

 

 だが――今もこの忌々(いまいま)しい呪いは残り続けている。

 

 この呪いは、低位の解除魔法であれば、感染する(たぐい)の強力なものであり、誰もが顔を調べる段階で尻込みし、解除魔法を実施したものすら未だ存在せずなのだ。

 彼女は絶望したくなかった。

 

(きっと誰か、どこかにまだいるはず。この呪いを解ける程の者が……)

 

 彼女は、重たく冷たいこの呪いが解けたあと、何をするかを色々考える事が楽しみの一つとなっている。

 外見の姿で彼女を嫌ったりしない優しい男性と結婚し、子供は4人。静かな広い屋敷にのんびりと暮らし、もう金輪際モンスターの討伐に縁のない生活をと。

 そしてまず最初にする行動は、もう随分前から決めていた。

 

(バッサリと、この本当に鬱陶しい右の前髪を切り落とすんだからっ)

 

 本当は、デコがよく見えるくらいのサッパリした髪形が好きなのであった。今の髪形は多様な部分で、ものすごくストレスが溜まっていくものの仕方なかった。

 同時に日頃、彼女はこの悲しい外見だけで、自分へ冷酷に接した者達への不満を『復讐日記』に書き留めている。この遠征中も当然に。

 日記の最終ページ付近にも日記とは別に氏名が100を超えて列記され、横4本へ縦1本を通し数を(しる)していた。多く溜まれば報復あるのみ。上の方に並んでいた両親や元恋人等自分を捨てた身近な存在の氏名他、いくつかはもうこの世におらず完了しておりペン線で手荒く消されている。

 氏名は多岐の人物に渡り、帝国四騎士の自分を女性として扱わないバジウッドやニンブル、ナザミ、配下の皇室兵団(ロイヤル・ガード)の騎士達他、秘書官のロウネやフールーダ。挙句に恩のあるはずの皇帝ジルクニフでさえも例外無く2、3本のチェックが入っていた……。

 彼女の傷ついた心の闇は意外に深い。

 その反動もあり、呪いの解除の要求が『5年間の隷属を誓え』程度のハードなものでも快諾する気でいる。

 

(この呪いが解けるなら、何でも、例え誰を殺してでも――)

 

 両親すら死獄へ叩き落とした彼女である。今更、何の気の咎めも無かった。

 レイナースは今、呪いの解けるその時へ繋がる機会を戦場の中も、淡々と待ち侘びている。

 

 

「しょうがねぇ、この先へは王国軍が動いてから進むとするか」

 

 バジウッドは、流石に王国軍将兵が点在し警戒する地域への、隊の前進に待ったを掛けた。

 

「そうね」

「……ああ……」

 

 リーダーの意見にレイナースらも同意する。

 なお、彼ら皇室兵団(ロイヤル・ガード)の部隊に対し、フールーダ不在の戦いになる事は未だ届いていない。

 理由の一つに、飛行隊が同行し見つかる恐れの高いバジウッド達の潜む場所は八騎士団選抜の本隊と異なり、日々アバウトに変わり未定で連絡の付けにくい進軍をしていた点があった。もう一つは、帝国の柱石不在でも命令の変更はないというのも大きい。

 バハルス帝国の脅威へ対し、ジルクニフの取る手は一つなのだ。

 

 ――王国に侵攻せし竜軍団を帝国の選抜精鋭軍にて撃破し、アーグランド評議国へと叩き返せ!

 

 帝国四騎士と皇室兵団(ロイヤル・ガード)の彼等にとっては、直々に聞いた皇帝の勅命が全てなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 良く晴れた空が赤く染まった頃、夏の日のぬるい強めの風が吹いてきた。

 彼女(ラキュース)は美麗な金の巻髪をはためかせるまま、西北西側の地平線へと近付きゆく夕日を静かに眺めていた。

 もうゆっくりと、見れる機会はないかもしれないとして。

 その気持ちを理解し、ガガーランも無言でリーダーの横に立つ。

 数秒のあと、夕日を見詰めながらラキュースが口を開いた。

 

「よく考えれば、馬鹿みたいよね。普段は気にもしないのに、よ?」

「ははっ。でも、そんなもんだろ。それにこんなのは偶に見るからいいんじゃねーのか?」

「ふふっ、それもそうね。さて、行きましょうか、そろそろでしょ」

「ああ」

 

 二人は、まだ沈むのに20分以上あるだろう夕日に背を向けると、足早に森の木々の奥へ隠れる形でイビルアイ達の所へと戻る。

 彼女達が王都を離れて早1日以上が過ぎていた。

 ここは、旧エ・アセナルの南西門へと繋がる大街道沿いへ点在する小さな森の一つ。

 竜王の軍団の宿営地までは直線で約50キロという辺りである。『蒼の薔薇』が竜王の所へ向かうのは、攻撃開始から最低1日程度の時間を置いての予定だ。なのでまだ幾分距離を取っていた。

 戦いが始まった直後は激しい混戦が予想される事と、初めから動いては体力がとても持たないというのが大きい理由である。

 彼女達は破格の強さと持久力も持つ。ただ、それはあくまでも人類の中での話。

 今回、相手となるのは竜種。全種族中最強である事は語るまでもないこの世界での常識だ。

 また『蒼の薔薇』達は威力偵察の任務で、実際に竜王以下の者達にも遭遇している。少しでも余力を温存しなければ勝つ以前に、対抗すら到底難しい相手だとよく理解していた。

 戻って来たラキュース達をみて、イビルアイは仮面を被り、ティアとティナが同時に尋ねる。

 

「「鬼リーダー/鬼ボス、そろそろか」」

「ええ」

 

 さて、先程から彼女達5人の気にしているものが何かというと、それはゴウン氏一行である。間もなく一時的ながら合流する話になっているのだ。

 此度、最終的に仮面を被った旅の男を中心とする一行の戦い次第で、王国の命運の決する展開が想定されている。噂で聞いた王国戦士長らを救った時のように、大量転移系の魔法を駆使するのかは分からないけれども。

 『蒼の薔薇』達をはじめ、皆の奮闘が実るかは、彼等よそ者の働きで確定されそうなのだ。

 現在、当代のアダマンタイト級の冒険者チームとして、人類圏内で最高とも言われている彼女達であるからこそ、この状況は悔しくもある。

 それでも今は、現実を受け止めなければならない。あの竜王(ドラゴンロード)の軍団に対して、自分達だけでは余りにも非力であったのだから。

 同時に、もしゴウン氏一行が竜王の軍団へ実際に反撃の一撃を与えることが出来、勝利へ導くのならば歴史を見た者として、後世に渡って称えなければいけないだろうとも考えている。

 強者の他種族を相手に、何百万もの民達のいる国家の窮地を一つ救うと言う事は真の英雄の行いであり、それは王にも並ぶ破格の偉業者なのだと――。

 だが、古い伝記から通説まで常識的に考えれば、たった4、5人で成す事はほぼ無理な話。

 

 

 何故なら――人類はそれ程強くない。

 

 

 客観的にここ数百年の歴史から見ての動かない厳しい現実なのだ。

 嘗ては、八欲王や六大神の中で、語られるような神にも通じる人類が存在したという。

 でも、あくまで着色された英雄譚やおとぎ話の世界に聞こえるのである。

 彼等はやはり神であり、人類ではなかったはずだと……。

 神達の子孫等についても同様で、『神人』の呼称すら曖昧で伝わり王国や帝国では建国前から今に至るまで実在を確認できた者はいない。『プレイヤー』についても〝ぷれいやー〟としてイビルアイら十三英雄に連なった一部の者が知識として持つ程度。

 

 故に、()()()()()ゴウン氏一行が大魔法で力を示すとすれば――それはアイテムのはずなのだ。

 

 ラキュースの叔父アズス・アインドラの持つ、『赤賢者の杖』の如く。

 竜王へ大魔法を放つために、何かを事前に仕掛けるという流れを聞いていた話からの判断。

 ならばそれが何かを間もなく見ることが出来るだろうと、英雄譚好きのラキュースを筆頭に彼女達は考えている。

 

 

 

 昨日、王都のゴウン屋敷より少し離れた街角から、雇い馬車へと乗り込んだアインズ一行。

 暫く街中を走ると王都内南東区画の一角に建つ、小さく古めのとある館の門の中へと入る。

 間もなく一行を下ろしたのか、御者のみを乗せた馬車だけが門の外へと現れ街中へと走り去っていった。

 建物は敷地内に木々が茂り外見上、何の変哲もない館だ。ただこの建物――『八本指』系列の物件であった。

 管理人だろうか、無口な老人が馬車の去った門を閉じる頃、もう館の中にアインズ一行の姿は見えなかった。

 御方は、協力関係を強めた一大地下組織の『八本指』側へ対し、「大戦への関与に、魔法で王都外へ密かに移動する際、在都を思わせる理由となる場所が必要」と伝え、王都所在のアリバイ工作を手伝わせている。

 ゴウン屋敷以外の方が、自由に動けると考えてだ。『新しい屋敷を閲覧していた』とでも言えるし、最悪『()()楽しんでいた』と取ってもらっても理由にはなる。

 そこからアインズとルベドにナーベラル、ソリュシャンとシズは、一旦ナザリックへと帰還していた。

 『蒼の薔薇』達でも、合流予定場所への移動には最低半日程度掛かる距離先である上、明日の日没頃が取り決めの時刻。それまで十分な空き時間があった。支配者は、ラキュース達へ手の内を見せない意味でも竜達へ目に付かない利点からも、当初から合流までは別々での行動を選択。また、ショートカットを兼ねて、ナーベラル達に少し自由な時間があってもいいだろうと考えた。

 ソリュシャンとシズらはナザリックの第九階層にて、エントマとのお茶会など暫し楽しむ。言うまでも無くその時間、ルベドもコッソリとプレアデス姉妹達の団欒姿を満喫した。

 まあ、忙しいアインズ自身は当然、僅かな滞在時間でパンドラズ・アクターと交代したが……。

 

 そんな支配者一行が『蒼の薔薇』と合流の為に、先日から通行制限され全く人の通らない大街道の脇の林から〈転移門(ゲート)〉を潜り現れる。

 なお同行のナーベラルは当然不可視化中である。

 彼等は、そこから少しの間、動かない。

 夕日が地平線へ掛かり、周辺は燃えるような赤い景色が広がっていた。

 

「ふむ。どうやら出迎えは無いらしいな」

「――虫共が」

「――無礼ですね」

 

 絶世に美しいソリュシャンとナーベラルの表情の瞳が揃って思い切り殺意で濁る。

 

「……無礼」

 

 無口で無表情のシズにも不満が滲む。左手で腰のガンホルスターから大型ライフルサイズの魔銃を引き抜くと、腕を曲げ銃の上部側を左肩へ乗せ担ぐ。属性が善寄りである故に、悪意への反応は早く激しい。

 

「居ない……」

 

 無論、この時ルベドは――そんな事より先に会長へ知らせるべく周囲へ知覚を向け、実は三つ子だった姉妹二人の姿を探していた……。彼女の表情は真剣さで一杯だ。

 そういったそれぞれの忠実心を見せる彼女達へ、(あるじ)は声を掛ける。

 

「今回、そう(無礼)ではない。実戦を控え、組む相手の技量を少し見たいというのが本音だろうな」

 

 ここまでアインズ達は、王城でも自分達の技量に関し殆ど語っていない。

 周辺の気配をどこまで読めるのかという部分などは、連携を取る意味で重要である。

 アインズ達にその力が少ない場合、『蒼の薔薇』側が面倒をみる必要があるというわけだ。

 支配者は(ルベドが両手の人差し指で可愛く『こっちこっち』と、同志へ盛んに指示を出しているのを横目にしつつ、気付かぬ風に金巻き毛の配下へと向き)告げる。

 

連中(蒼の薔薇)の居場所を探せということだな……。ソリュシャン」

「お任せください。既に居場所は捉えております」

 

 そうして4名は、真っ直ぐ森の中へと消えて行った。

 歩く事5分。日没直前の森は随分薄暗くなっている。まあ闇を見通せる彼等には関係ないが。

 一見簡単にアインズ達はラキュース達の居た場所へと姿を現した。

 しかし『蒼の薔薇』のメンバーらは、弱冠の窪地へ居た。

 つまり、側面からの植物群の透視では見えない。そこで上空へ誰か上がれば〈飛行(フライ)〉を使えるという者について知る事も出来る。

 しかしティアとティナはそんな気配は近くで感じなかった。距離で言えば300メートル程。

 ゴウン一行は迷わず途中で時間を掛けず、真っ直ぐにここまで来ていた。そこから、直接気配や存在を知ることが出来る者がいると分かる。

 

「すみません、ゴウン殿に皆さん。大変失礼なのは分かっているのですが、失敗できない戦いを前にどの程度距離を取って連携が出来るか、実際に知っておく必要がありましたので。でも、流石ですね」

 

 ラキュースが先に非礼を詫びて、ゴウン氏一行を迎える。彼女達は全員並んで立ち待っていた。

 高慢な態度で待っていれば怒りも湧いただろうが、そうで無い事は雰囲気で分かる。ここには緊張があった。そういうものは中々隠せないものだ。

 待つ姿をはじめ、非礼を詫びられ理由も聞いた以上、アインズが見せる態度はひとつ。

 

「いえ。問題が解決したみたいで何よりです。こちらから、特に不満は無いので」

 

 腹いせで、『蒼の薔薇』側へ期待していないと返したようにも取れるが、それは尖り過ぎる考えというもの。もしそうならば、先の無礼に怒りを述べてもいいはずであるから。

 あくまでも御方側の準備が整っているということだ。

 実際、アインズは高名である『蒼の薔薇』の()()()期待している。

 彼女らの奮戦の後の敗北は、アインズの名を高めるはずである。加えて、戦後の竜王国への救援に出てもらう必要もある。

 今のところ欠かせない存在なのだ。

 目の前の冷静なゴウン氏らの様子に安心するラキュース。ソリュシャン達は主の『不満は無い』の言葉に従っていた。ガガーランやイビルアイらも、内心で『ほう』と思う。

 こういった手合いが気にいらない連中もそれなりにいるのだ。特に中途半端な実力で満足している、一流気取りの者達で多い傾向にある。

 ゴウン氏へは悪いと思うが、この情報は作戦をスムーズにする上で必要であった。当然普通に聞けば良い気もするが、情報の少ないよそ者でもある以上色々な情報が欲しかったのである。

 ただラキュースはここで改めてゴウン氏について思い出す。

 

(あぁぁ。あの戦士長殿が信頼する方なのに。……色々あったし、私や皆も焦っているのかも)

 

 それでも、王国戦士長に話す事でも『蒼の薔薇』へ教えるとは限らない。

 こういう才能は、外へ大っぴらに出すものではないのだから。

 なので二転三転したが、彼女はリーダーとしての判断を誤っていないと内心で結論付けていた。

 

(ううん、いいのよこれで)

 

 

 さて、明日の攻撃開始を前にアインズ達と『蒼の薔薇』は無事に合流を果たした。

 因みにこの時、『六腕』達6名は、王国の西側に南北で450キロ連なる海岸沿いの小都市の歓楽街で、戦の景気付けとしてゼロを中心に豪遊を開始。『イジャニーヤ』達総勢21名は、西海岸から1本内陸側の大街道途中の街で宿へ入った所でこれから酒場へ繰り出す模様。

 双方へ協力する側の者達は勝手に楽しんでいる様子。

 対してゴウン氏一行と『蒼の薔薇』メンバーは、一つの照明用水晶が放つ〈永続光(コンティニュアルライト)〉を囲むも、ラキュースが「時間もありますしゆっくりお話でもしませんか?」といいながら、皮肉だったかのようにそれ以後の会話は弾まない……。

 不可視化でそんな様子を森の影から静かに窺うナーベラル。

 場には薄らと居心地の悪い空気が漂う。

 未だ彼女(ラキュース)の衝撃的発言が、なんとなく尾を引いていたのである。

 気が付けば、ここに男性はアインズただ一人。ガゼフでもいれば(わだかま)りも薄まると思うが、御方の両脇へ陣取るソリュシャンやシズは話す気配もなく、ルベドは2組の姉妹達をチラチラ眺めるのに忙しい。

 姐御肌のガガーランは、童貞っぽい若い少年不在に調子が出ない雰囲気。イビルアイも仮面の中で黙り込む。

 ティアはルベドとシズへ視線を時折送り、ティナは『おっさんに興味無し』と手持ち無沙汰だ。

 そして、ラキュース本人。

 

(うーん、処女進呈の案の件で気マズイ感じね。でも、……旅先の戦いの武勇伝とか突然尋ねたら駄目かしら。もしかしたら闇の魔王とか、暗黒の魔竜とか、根源へ(いざな)う魔笛なんて。ふふふ……あ、今回使う大魔法について知っておいた方が良い気もするけれど。――荒ぶる大地の精霊達よ、今こそ我に力を!――なんてのも聞いてみたいわ)

 

 その考えには、さり気なく彼女の妄想と個人的趣味が散々漏れている気もする。

 己の世界が混じり、些か時間だけが過ぎていく。

 最後に、御方アインズだが。

 

(おいおい……。話をしないかと振った者が話題を提供しないのかよ。これが、戦士モモンだったら歴戦風に振る舞うけど、旅人のアインズが同じ様にやるとキャラがダブるし。そもそも先日のアレは俺が言い出した訳じゃないし。下手な話だとまた変に取られるのもなぁ。どうしようかな)

 

 思いを多々馳せるチームを率いる両名。

 だが、流石に3分間の沈黙は重すぎた。

 そして遂に。

 

「「あの」」

 

 両リーダーが同時に、切り出した。

 

「「あ、そちらから、どうぞ」」

 

 二人は返しも見事にシンクロする。

 その気の合う二人の状況に、ソリュシャンやシズはムッとした。一方でガガーランは爆笑する。

 

「ぷっ。はははははっ。よう御両人、随分と気が合うじゃねぇか! この調子なら作戦は結構上手くいきそうだぞ」

 

 ある意味、二人とも真摯なのだ。

 そして、一つの事柄へ真剣に全力で挑むと言う部分では近い性分を持っていると言える。

 ティアとティナもガガーランに続く。

 

「「鬼リーダー/鬼ボスは生真面目が売り」」

 

 そんな仲間の茶化しにラキュースがいつもより淑やかで気弱気味に反論する。

 

「も、もう、みんなっ。すみません、ゴウン殿に皆さん。仲間が適当な事を言って。気を悪くしないでいただければ」

「いや。でも時間は有効に使いたいものです。そうですねぇ、今互いに何か聞きたいことがあるなら、可能なものは交互に話すとかどうです? とりあえず、そちらから何かあればどうぞ」

 

 アインズは、停滞した流れを自然な形で動かした。

 ラキュース達も当然それに乗って来る。

 

「あ、はい。それは良いですね。では、ゴウン殿達は――(ドラゴン)と戦った経験がおありで?」

 

 やはり、冒険者トップチームのリーダーである。

 話の切り替えと共に、否定や隠しにくいバランスのとれた上手いところを尋ねてきた。

 NPC達はユグドラシル時代、ナザリック地下大墳墓内のみの行動範囲もあり、基本的に侵入してきたプレイヤー以外と戦った経験が無い。

 またプレアデス達に限れば第九階層が定位置で、ルベドも第十階層に未起動で眠っていた。

 アインズだけが、モモンガとして(ドラゴン)と戦った経験があるのみだ。

 しかし、その経験とこの世界の大よその傾向から竜王以外なら、装備差もありプレアデス達でもそれなりの勝負になる事は想像できる。

 それら全部を話す必要も無く、支配者はよく考えて伝えた。

 

「勿論。これまでにそれなりのもの達と戦ってきています。そうでなければ、自信は示せません」

「なるほど」

「そりゃすげぇな」

「「……凄い」」

 

 アダマンタイト級冒険者といえども、先日まで殆どの者に竜相手の経験がなかった。

 感心するリーダーとガガーランらの驚きは自然なものだ。少数で遭遇すれば、空を高速で追って来る為に生き残るのも難しいと言われている怪物の筆頭である。

 すぐ横で聞くイビルアイすら、赤宝石の煌めく仮面の中で目を見張った。

 

「……(250年生きる私でさえも、今回を除けば竜とは遭遇すら数える程なのに)」

 

 十三英雄達は各地を転戦したことから、多種の怪物(モンスター)達を相手にしてきている。

 北方の森林の辺境の村を襲った、獰猛な数体の竜の群れを討った事もある。だがグループには当時、20名を超えて豊富なメンバーがいた。

 対して、もっと数の少ないゴウン氏一行で自信が持てる程に戦ったという。

 経験豊富なイビルアイですら今回は味方が少ない上、竜王以下相手の強さが桁違いの部分から不安もあるのにだ。

 そんな驚いた様子の『蒼の薔薇』達へ、今度はアインズの方から尋ねる。

 

「あなた方は、どうして危険な世界の中で冒険者になったのです?」

 

 御方には素朴な疑問であった。

 冒険者という職種への、モモンとして実入りや危険度を考え自分もやってみて感じた残念感。

 

 それが――割に合わない、である。

 

 別に新しい発見や事実を開拓することも無く、既存の地域で地味にただ苦しみ、多くが命を掛けたギリギリのところで戦い、結果的に僅かな収入を手にする。

 支配者には『かなり夢の無い仕事』として、最近少し社畜的要素もあるのではと感じていた。

 それに対して、ラキュースは即答した。

 

「これは今の時代に、誰かが誇りを持ってしなければならない事。少なくとも私達全員、損得だけではありません。ゴウン殿、冒険者ではない身で参戦される()()()()()()分かるのではないでしょうか?」

 

 その返しは、『この戦いで』の問いと違う意味で絶対的支配者の思考へ突き刺さる。

 彼は仮面の中で眼窩(がんか)内の紅の光点を大きくさせた。

 

 

(……ナザリックの支配者は――――俺にしか出来ない……か)

 

 

 確かに忙しかろうと、それは損得ではない。守りたい大きなモノがあるからだ。

 この目の前の彼女達もそうなのかもしれない。

 それは多くの人類の平和を守ることなのか分からない。しかし、人生を掛けて自分の決めた事へまい進することに『割が合わない』と理屈のみで決め付け片付けるのは間違っていると思えた。

 

「よく分かりました。(ちょっと変な質問だったかもなぁ……)次はそちらから何か――」

 

 そこから食事を挟んで相互質問の時間は続いた。

 ただ『蒼の薔薇』から出た色々な質問の内、「どこの国から来たのか」「魔法をどこで習得したのか」「破格の装備はどこで手に入れたか」「シズとルベドは何歳か」「ソリュシャンと知り合った馴れ初めは」「八足馬や馬車の入手場所は」等、ナザリックに触れそうな多くでゴウン側は回答を拒否した。

 一方で、「なぜ王国の地へ来たのか」については「探し物がある」と、また「今後も王国の地へ留まるのか」については「近隣への旅の拠点として当面考えている」と大きめにはぐらかして回答している。

 アインズ側からは、低俗にならないよう努める。

 「王国の歴代のアダマンタイト級の者で最高難度者は?」に対し、ガガーランやティアにティナが傍のイビルアイを人差し指で指した。

 ソリュシャンからは「お弟子のような方はいないのかしら?」という質問にガガーランが「引退廃業したら考えるさ」と答えた。王国内において現役ではまず弟子は取らず、引退後も高名な者達でも、滅多に弟子は作らないらしい。

 そして、食後の落ち着いた時にラキュースからゴウン氏へ「なにか武勇伝を聞かせて欲しい」と「今回の竜王の軍団へ使う大魔法について」が質問された。

 武勇伝については、全く無いのも不自然なため、「では一つだけ」と至高の41人のメンバー数名で偶然に発見し行なった、地下洞窟の探検の話をアレンジして語った。

 遥か東方の地で旅の途中に巻き込まれてという設定。深き地下奥の地底湖に地竜王が居て、そこまでにも4体の中ボスのモンスターを片付けた後で乗り込む。最後、仲間達の援護の下で強力な魔法の壮絶な打ち合いで倒したと語る。

 その時の実際の戦利品が、この両肩に乗る立派な角部分ということも加えてだ。

 神器級(ゴッズ)アイテムに恥じないこの装備のズバ抜けた魔法耐久力はそこから来ている。

 

「うわぁ、凄い。羨ましいっ。私もいつかそんな闘いをしてみたいわ!」

 

 ラキュースは胸元へ両手の指を組み猛烈に話へ食い付いていた。

 彼女の思考の中では、魔界の一角を統べる暗黒竜との激戦に遭いまみえたかの展開が壮大に繰り広げられていた模様である……。ゴウン氏を見詰める視線へと、崇拝の念も混じるに至る。

 そこから幾つか問答を挟んで落ち着いたところで、今回の大魔法の話となった。

 支配者も各所で明言している以上避けては通れない。それ故、アインズは十分考えていた。

 

「竜達に悟られない為に、竜王へ撃つ大魔法側についてはまだ語れないが、前線においてあなた方の協力の下で使用する魔法については説明しておきます。

 その魔法は――〈遠距離標的固定(ロング・ターゲティング)〉。補助魔法であり、事前に設定を施した者は、通常よりも遥かに遠くから放った魔法を当てる事が出来ます」

 

 ここではさも、特性だけをもっともらしく自慢気に支配者は語る。

 なぜなら実は課金する必要が有る事や、事前に設定する面倒さに加え、条件で使用不可や威力が落ちる、連射は不可、使用回数制限、時間が掛かり過ぎる等々あってユグドラシルでは殆ど使われていない。

 今回は、アインズが公で言い放った条件に合う魔法としての使用となる。

 ここでイビルアイが少し興奮気味で尋ねて来た。

 

「知らない……私の知らない魔法だぞっ。随分上の位階に思えるが、その位階を教えて欲しい」

 

 するとアインズは小さく頷くと告げる。

 

 

「確か〈遠距離標的固定(ロング・ターゲティング)〉の魔法位階は―――第7位階のはず」

 

 

「「「――――!」」」

 

 イビルアイだけでなく第5位階水準の魔法を使うラキュースも一瞬固まる。

 しかし、彼女は予想していた事であり、仮面の旅人へと尋ねた。

 

「それは、如何なるアイテムを使われるのですか? 出来れば少し見せて頂けると嬉しいですっ」

「ああ、なるほどな。そうか、アイテムかよ」

 

 かなり驚いていたガガーランもリーダーの言葉で納得し我に返る。よく考えれば第6位階以上を放てれば『逸脱者』なのだ。ラキュースの叔父は、その肩書きではないのだから。

 でもそこでアインズは伝える。――衝撃的言葉を。

 

「いや、アイテムなんて使いませんけど?」

 

「―――えっ?」

「はぁ、うそだろ!?」

「(バカな)……」

「「……」」

 

 イビルアイや、ティアにティナもその意味に無言で震える。

 帝国の雄、フールーダを相手にするという想定を『蒼の薔薇』も考えた事があった。

 しかし、長期戦ではまず殺す事は無理だという結論に至る。

 大きいのが〈転移(テレポーテーション)〉による追跡不能事態だ。まずこれを阻止する手がないのである。

 故に出合い頭の短時間で即死させなくてはならない。一方で第6位階魔法を多重で掛けた、分厚い防御魔法群を突き抜けるのは相当の困難でもあった。

 第5位階を誇るイビルアイの最大魔法とラキュースの最大魔法の一点同時攻撃ですらも厳しい。

 

 それが大陸に僅か数名しかいないと言われる『逸脱者』の水準なのだ。

 

 豊かな金髪の巻き毛を揺らし、凛と立ち上がったソリュシャンが誇らしげで静かに言う。

 

「アインズ様を敵にする者は己の無力さを知る事でしょう。(ドラゴン)共は、愚か者ですわ」

 

 ラキュース達は、その言葉に何故か恐怖すら覚えたのである。

 そこで『蒼の薔薇』からの質問は終わり、静寂さの中で夜が更けていった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その晩、澄んだ漆黒の夜空へ、無数の星達と共に輝き浮かぶ月がとても綺麗であった。

 

 それは嵐の前の静けさだろうか。

 明日午後に迫った反攻の開戦を控え、リ・エスティーゼ王国軍は各所方面にあらかた展開し終えて、比較的落ち着いた前夜を迎えていた。

 旧エ・アセナル北側近郊の竜王軍団宿営地へ対し、王国軍は西方最前線にバルブロ王子、南方と東方へレエブン侯爵とその旗下が布陣。

 展開する全兵へは、濃い緑と焦げ茶の大布の持参が通達されており、移動や配置位置に合わせ青い草や枯れ草を使いカムフラージュする。

 最前線の後方、南部中央から東部戦線へかけてブルムラシュー候爵とぺスペア侯爵にウロヴァーナ伯爵や王家、その其々にぶら下がる貴族達の兵が展開。南部中央から西部方面へレエブン侯系を除いた、今回王国最大の兵力4万超を動員するボウロロープ侯爵家他、リットン伯爵らの貴族派閥らの兵が集結し配置されている。

 反国王派のレエブン侯が最前線と総指揮を務めるだろう時点で、バランスからボウロロープ侯爵は本拠地リ・ボウロロール方面を自身で守れぬ事を予想した。故に、アインズ一行と『八本指』の戦力へ竜の軍団排除を強く催促していたのである。

 なお、北側の戦場は全て最前線扱いだ。武名を上げたく志願した貴族の他、これまでどこの派閥にも所属しなかった貴族や、各大貴族の抱える勢力内で立場の弱い男爵家がいくつも()()()されていた。そこには当初、国王派に属するあのフューリス家の名も挙がっていた。動きの鈍いゴウン氏へ提供した3名の娘達の質が、随分悪かったのだろうという責任のなすり付けでだ。派閥を超えて上の貴族へ圧力が掛かっていた。

 しかし、当主が右腕を負傷喪失したフューリス家は難を逃れ、代わりに次男が病死し三男にフィリップという息子のいる男爵家の名が入っていた……。

 

 リ・エスティーゼ王国総軍の旗頭であるランポッサIII世の本陣は、王都北方の穀倉地帯中央部へ広がる大森林の北寄りで、森が狭く(くび)れたような地域にあった。

 その森林北方周辺部へ王家と縁戚家の兵ら1万超が小隊群へ別れ持ち場に就いていた。

 王の居る本陣は、古き昔に小さい洞窟を拡張する形で岩盤部を削り出して掘られ残っていた地下施設を利用する総司令所だ。近衛の精鋭騎士300と王国戦士騎馬隊40余騎、並びに王国最強の戦士で戦士長のガゼフ・ストロノーフが警護する。

 地下2層目へ作られていた幅4メートル奥行き12メートル程の空間の奥に、ランポッサIII世は静かに座っていた。王が居て作戦室も兼ねる事から、分かり易く一時的に『王の間』と呼ばれる。

 午後8時を迎えたこの場へは、ガゼフと王国戦士3名と共に近衛騎士らも8名が詰めている。

 そして王の座る手前に置かれた駒の乗る大きい地図の広げられた長机の席へ、王家縁戚の子爵や男爵ら3名の他、従属し近隣に兵を配置する男爵が甲冑姿で腰を下ろしていた。

 先程届いた書簡を手に駒を配置しながら、もみあげから顎まで連なる髭を蓄えた縁戚の男爵が子爵へ伝える。

 

「南部地域はほぼ揃いましたな」

 

 子爵は駒の配置を一通り指差確認すると顔を部屋の奥へと向けた。

 

「陛下。各所からの伝令の報告から、恐らく朝までには攻撃態勢が整いますぞ」

「そうか」

 

 国王が状況報告に頷く。

 相手が帝国なら、もっと時間を掛けてのんびりした配置になっただろう。

 だが、今回の相手は(ドラゴン)達である。そのためにレエブン侯は作戦として軍兵の展開と準備について、可能な限り短期間且つ攻撃開始直前に持ってきていた。

 更に兵は広域分散しており、パッと見では攻撃目的が把握出来ないとの読みも加えている。

 リ・エスティーゼ王国軍は、将官として指揮を執る貴族達や騎士に民兵が20万。

 そして、アダマンタイト級冒険者2チームを筆頭に王国内冒険者ら精鋭3000余名。

 彼等は旧大都市エ・アセナルから40キロ圏へ、間もなく全兵力展開を終えようとしていた。

 炊煙が上がる理由から、火の使用は禁止されており、随分と日持ちのする糧食が各地へ作られた補給所に置かれている。事前に工作兵により整備され500箇所にも及ぶ。

 レエブン侯の指揮は反攻戦の立案時から非常に優れている。準備も順調にここまで来ていた。

 そう言った面で、ランポッサIII世は最前線での彼の手腕にも大いに期待する。

 

 ただ気掛かりなのは――そう、第一王子のバルブロの事だ。

 

 一応、今回が王子の初陣というわけではない。

 18歳の時に血気盛んで怖いもの見たさから、騎士や雇いの冒険者を連れリ・ロベルの東方にある大森林へ小鬼(ゴブリン)退治に赴いている。

 当時から剣についてそれなりの腕前を持っており、戻った王子から小鬼(ゴブリン)数体を討ち取ったと自慢げに報告を受けていた。

 また、現バハルス皇帝による最初の西方進撃においても、最前線から遠いが後方の砦へと出陣している。

 だが最前線は今回が初めてであり、1万もの兵を率いるのも未経験の事である。更に部隊は変則的な小隊の分散配置ときている。一応と副官の一人に子爵を付けては送り出したが。

 兵が固まれば逆に格好の標的となるため、目立たないよう他との差を考えれば傍へは精鋭15名程度までしか集められない。それ以上は自殺行為のようなものだろう。

 

(見事あの者が戦場の恐怖に耐えられるか……これは試練)

 

 先の会議で王子らしく語った言葉が、本当かどうかについてハッキリと答えが出るだろうと。

 そして、そんな息子を信じてやれるかという王自身へのものでもあった。

 ランポッサIII世としては、世継ぎとしてやはり長男のバルブロに期待するところが大きいのである。第二王子のザナックに悪いが、彼には大国を継ぐ者に欠けているものが多すぎた。低水準の容姿へ目を瞑ったとしても内面の理想だけで、人は決して付いて来ない事に気付けていないと。

 仮にバルブロがこの戦いを無事に生きて帰って来た時、困難な戦場へ勇敢に立って帰還した第一王子への国民や貴族達の目は180度変わるだろうとも考える。

 国が纏まるにはいい機会に思えた。

 

(我が息子バルブロよ、帰って来ればきっと王太子決定の儀を行おう。だから頑張るのだ)

 

 王子達の手の及ばぬところで、最終的な次期国王選定への考えが進んでいた。

 

 そのバルブロ当人であるが、旧エ・アセナル西方に迫る山脈の裾野へ茂った森の中に25名程で固まり夜の闇を迎えていた。妹からの言葉を考慮し、対峙最前面から2キロ程後方である。

 

(しんどい上に、王子の俺様がこの歳で野宿とはな。護衛も少ないし心細いが、ここは我慢だ)

 

 今は森の木々に隠れる状況であり、これでも彼なりに随分人数を絞ったつもりである。

 野営は若き日の小鬼(ゴブリン)討伐の折に経験しており、季節も今は夏であり問題は僅か。

 とはいえ、慣れない長時間の行軍と目立つ事を避ける事から粗末な野営により、精神的部分も合わせて結構疲れがみえる。

 しかし、王子の威厳として後々も考えれば、ここで弱みはさらけ出したくなかった。

 なので彼としては口に合わないが将官用の糧食をかじると、状況を副官の貴族に確認したのち任せ、「周辺警戒を怠るな」とだけそれっぽく指示し早めに横になる。

 起きていれば愚痴をいいたくなるのを避けようと、バルブロなりに心掛けてだ。

 彼の生涯で間違いなく最大級の忍耐力をみせていた。

 今回の出陣において闘いは二の次で、『帰還』が目的である。それだけで名声の他、野望も欲望も手繰り寄せることが可能。

 

(ぐふふふ。先に今夜の夢で俺様の未来を堪能するのも悪くない)

 

 そんな事を考えつつ、バルブロは近衛兵に真紅のマントや鎧を外してもらうと、低い野草の生えた地面へ王子用に敷かれた厚めの布へと大きな体を投げ出した。

 

 

 

 

 王城ロ・レンテ城宮殿内は午後9時が近付く。剣士クライムが4階奥のラナー王女の部屋から退出する時刻である。これ以降の異性の滞在は、舞踏会など特別な催し日以外、王国の玉といえる若き乙女への無用のゴシップを生む種になり得るとして認められていない。平時においては、国王や王子など身内以外の面会は夜9時以降基本遠慮願っている。

 なので、他人で異性、おまけに平民であるクライムも、側近であろうと例外にはならず。

 本日の任務終了の退出とお休みの挨拶を伝えるべく、彼はラナーの傍へと参る。

 

「ラナー様。いよいよ明日から、王国の攻撃が始まりますね」

 

 王女の剣である少年は、昨日から努めて精悍な表情で公務を続けていた。

 (あるじ)の姫だけがその事に気付いている。

 朝一や昼食後などに、思春期の少年らしく僅かにみせていたラナーへの胸元や腰、唇への淡い想いの視線が感じられない。

 どうやら戦地へと向かった国王や兵士達、そして戦士長らへ対して、安全な王都で浮ついていては失礼だと、気を引き締めている模様。

 

(ふ、クライム可愛い)

 

 忠義に厚い愛犬の健気さへ改めて愛おしさが湧く。

 この真面目な剣士を、いかにドロドロに腐らせるかが楽しみで仕方がない御姫様であった……。

 

 クライムは、ガゼフが戦場へ向かうその日の朝、彼に練習をつけて貰っていた。

 それはいつも通りの30分程。

 最後のところで、クライムが漸く身に付けつつある武技〈斬撃〉を放ってみせた。

 戦士長は、少年の打ち込んできた武技を笑顔で褒めてやる。

 

「中々いい攻撃だったぞ、クライム。ただ上段からだけでなく、更に色々な体勢からも自在に放てるよう鍛錬するといい」

「はいっ、ありがとうございます」

 

 少年にとって、王国戦士長は正に憧れの武人だ。

 届くはずはまずないだろうが、数年のうちに肩を並べて戦場を駆けるのが目下の目標にしているぐらいである。

 同じ平民の出ながら、国王陛下の信頼厚き側近の一人でもあり、何と言っても王国最強の戦士の肩書きは燦然と輝く。

 そして、その名声にのぼせることなく己への厳しさに生き、また武骨ながら優しさのある人柄が素晴らしいと感じている。

 王城には少年よりずっと腕の立つ近衛の騎士達もいるが、武量も含め人間的にも戦士長程の人物は見当たらない。

 そんな目標の王国戦士長へ自分も負けないよう、主のラナー第三王女への忠義を尽くそうと考えているクライム少年であった。その強く熱い気持ちだけは、かの英雄にも決して負けまいと。

 

「では、本日はこれで失礼します。ラナー様、おやすみなさいませ」

「おやすみなさい、クライム」

 

 白きドレスの美しい(あるじ)へ一礼したクライムは、背を向けると使用人の娘の立つ部屋の扉へと歩き出す。

 その時、背に居るラナーが独り言のように低く小さな声で呟いたように感じた。

 

「ぇ……?」

 

 クライムは思わず振り返る。

 するとラナーは、満面の笑みでにっこりと僅かに首を傾けて問う。

 

「……なに?」

 

 夜にも拘わらず、まるで先の事が気の所為だったと錯覚するほどの眩しい笑顔であった。

 だから勘違いなのだと少年は思い言葉を返す。

 

「あ。いえ、なにも。では、おやすみなさいませ」

 

 そうして彼は部屋を退出して行った。

 

 

「((ドラゴン)達が―――都合よく、攻撃を明日まで待っててくれればいいんだけど)」

 

 

 剣士の少年が、聞いた気がしたのはそんな縁起でもない衝撃的言葉であった。

 だが、ラナーは魔女といえる思考の持ち主。

 先を見通すその慧眼は、やはり神掛かっていた――。

 

 

 

 王国北西部の戦地一帯へ、今宵再び、真夜中から容赦無き炎獄ショーが広がってゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王国軍側にとって明らかに悪い異変が起こっていた。

 今夜までは静かな夏の夜のつもりであったはずが、地平線は赤く灯りだす。

 そして風に乗って遠くから、言い知れぬ叫び声のようにも聞こえるざわめきが届いてくる。

 午前0時半を回った頃、仮眠を取る国王の下、本陣である総指令所もまず北西方向の空の異変に気付く。更に午前1時を過ぎその範囲が左右へ広がった辺りで、遂に最前線後方の部隊から非常事態が伝わった。

 

「竜の軍団側からの総攻撃あり! 数多の竜兵へ対して、最前線をはじめ、各所で激しい戦闘が開始されている模様です」

「な、何という事だ……!?」

 

 伝令の到着に飛び起き、王の間奥の席へ着いてランポッサIII世は衝撃の報告を聞いた。

 思わず一度席から立ち上がるも、力なく背もたれへ寄りかかりながら座り込んだ。

 先制攻撃を許してしまった冒険者達を含む王国軍。

 その王国総軍の動きに期待していた、帝国遠征軍とズーラーノーン。

 満を持すナザリック勢。

 

 そして、その全てのカギを握る、アインズは――。

 

「今、なんだと?」

 

 就寝の時間を取るということから、『蒼の薔薇』達と少し距離が離れて休んでいた一行。

 北東側に臨む地平線のその先から、異様な変化を感じ調査に出たソリュシャンからの報告に、彼は思わず聞き返した。

 彼女は明朗に伝える。

 

「はい。再度申し上げます。少し先行し広域で周辺を探索しましたところ、北東の戦地方向奥に――竜王以外でLv.80以上の(ドラゴン)がもう1体いたのですが」

「……そうか」

 

 悠然とした態度の支配者。

 

(えっ?)

 

 でも、仮面の下でやっぱり驚いていた。

 

 

 

 

 旧エ・アセナル廃虚南方へ広大に拡大していく戦場の中心地。

 竜兵達が飛び交い、火炎の柱が空から何十と入れ替わり立ち代わり地へ伸びていく。

 その度に、絶望し絶叫する人間達の声、声、声……。

 

「う゛わぁぁーーっ」

「熱いっ、体が燃えてるぅぅーー、熱いぃぃーー」

「ぎゃぁぁーーーーー」

「ぐへぁ」

「ひぃーーqあwせdrftgyふじ」

「あぁぁ、私の髪が、顔がががぁぁーーーー」

「俺はまだ、死にたくねぇーーー」

 

 一般兵士らは、まだ殆どが冒険者達からの強化魔法を受けておらずゴミの如くただ燃えゆく。

 

 空を飛び交う火炎と地上からの炎の所為なのか、白っぽかった月の輝きはいつしか朱色に染まって見えたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 和平の使者、王城へ帰還する

 

 

 大臣率いる和平使節団の者達は、奇しくも国王出陣の4時間程前に全員が生きて王城へと帰って来た。

 その中には大臣達から一時先行し『無念の立ち姿』で竜王との交渉決裂を伝えた、あの魔法詠唱(マジック・キャス)(ター)の姿も見える。

 本日国王と共に出立する貴族達の間では、彼等を失敗した連中だという者もいた。流石に、臆病者とまで(そし)る人物は居なかったが。

 冷ややかな貴族達とは対照的に、ランポッサIII世は大臣達の帰還を温かく迎える。竜種へ対し、人類の一つの可能性を示してくれた彼等を、王城奥の謁見の間にて第二王子と第三王女、数名の貴族達や王国戦士長も立ち会う場で労う。

 

「大臣とそれに同行した者達よ、無事に良く戻ってくれた。交渉が纏まらなかったのは本当に残念である。だが、そなたらは大きなものを残してくれた。我ら王国は、(ドラゴン)達と堂々と交渉してみせたのだとな」

 

 確かに竜王と対面して生きている者は、人類史上でみてもそう多く無い。交渉を行なった者達は更に少ないだろう。

 貴族達から、やっと「おおっ」と感嘆の声が上がった。

 この労いの場は国王が、出陣前にどうしてもと自ら望んでのもの。ガゼフは仕える主が見せた、臣下への配慮に胸を打たれる。

 ランポッサIII世は、大臣らへ失敗した経緯は一切問わなかった。当初から相当無理な手なのは分かっていた事である。そして国王は、最後にこう語り伝えた。

 

「お前達は、胸を張って今後の仕事に当たってくれればよい。使者の件、大儀であった」

「は、ははっ」

 

 和平が締結されなかった現況から、特に国へ直接の益は無く、無論報奨など無い。

 強く意気込んでいた分、王城へ戻って来ても使節団の面々には竜王と話を纏める責任を果たせなかった挫折感だけが巨大に残っていた。

 だが彼らは、陛下により救われたような気持ちを貰う事が出来た――。

 

 帰還者への謁見の儀が終り、国王以下、王子に王女や貴族達が謁見の間を出て行く。

 大臣達は立ち上がった。何か心が軽くなっている事に気付く。

 まだこの大戦における王国の命運は不確かだ。

 でも、交渉失敗を悔い続けて懺悔の中で死ぬという思いはしなくてよくなった。彼等の多くが胸に再度拳を当て、もう姿の見えない陛下の退出した方へと感謝する。

 正直なところ大臣自身、代表者として当然責任を取り辞職を考えていた。

 しかし、今の陛下の言葉により、それは到底出来なくなった。

 

「さてと、では胸を張って仕事に励むとするかな」

「ええ」

「そうですね」

「頑張りましょう」

 

 大臣が振り向きながら皆に語った言葉へ、使節で生死を共にした者達も笑顔で返していた。

 その様子に最後まで残っていた王国戦士長も、会釈をしてこの場を後にしようとする。

 

「大臣様に皆も、王都のことをくれぐれもお願いする。では失礼させて頂く」

「分かりました。戦士長殿も、陛下の護衛をしっかり頼みますぞ」

「はっ。この命に代えても必ず」

 

 文官の大臣が見せた、竜王の前に2度立って生きて戻るという気迫の快挙。

 真っ直ぐな武人である戦士長の心を揺らし、強く打っていた。

 

(俺達戦士は一歩も後ろへ引けないな)

 

 そんな気持ちでガゼフは、歩む血の様に赤い絨毯の敷かれた廊下の真っ直ぐ先を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. ラキュース、良薬(ゲキヤク)を得る

 

 

 王都から10キロ程東へ離れた街の一角。夜の更けた頃の、とある地下酒場。

 店の親仁(おやじ)は、闇で希少な薬の売人もやっていた。

 そんな店へ、ふらりとフードを深く被り灰色のローブに身を隠し、布で(くる)んだ剣を背負う一人の客が訪れる。

 ゆっくりとカウンターまでやって来ると、ソイツはエメラルド色に美しく輝く鋭い瞳をフードの奥から親仁へと向けてきた。飲み物を頼みつつ隠し差し出す指先から割符を覗かせ渡す。

 割符を確認し終え一つ頷いた親仁は、注文の飲み物の脇にソレを5つ並べた。

 

「――こちらが、注文分となります。効果は確認済です。持続は20時間程。ただ、切れた後の副作用が厳しいですが……」

「そう。ですが、構いません。これが代金よ。確認して」

 

 親仁は2つに小分けされた銭袋を、カウンターの中で音をさせず手慣れた風に1分足らずで数え終わる。

 払った代金は、最高貨幣の白金貨で実に100枚。

 ラキュースは目の前に置かれた小瓶を見つめた。それは()()()()()()()だという――。

 

 

 その知らせは、出陣前日の昼過ぎに『蒼の薔薇』の宿泊する最高級宿屋の部屋へと飛び込んで来た。

 ガガーランが上手く手を回してくれていた努力もあるのではと、疑いはそれほど持たず事が進んでしまった。

 そういった状況も全て見越し、巧妙に裏で暗躍していた者がいたのだ。

 

 無論――ラナー王女である。

 

 王女が行なったのは『発起人が自分だと知られない様』に他者を必然的に動かす事だ。

 文官として万能の才を見せるラナーは、まず公務の書類で見た商人の筆跡を利用。

 書き上げた匿名の手紙を、ブルムラシュー候爵へと送っていた。

 それも確実に読まれるように、王都内で貴族らの使う書簡便へこっそり混ぜる形でだ。それは王城内でも集荷し通過する定期巡回もあり、作業者の隙をついて行われた。

 そして先日の戦時戦略会議の前に、書簡を読み同封されていたモノを見たブルムラシュー候爵は顔色を変える。

 読んだ書簡の概要は以下。

 『私は嘗て侯爵様に恩を受けた商家の身。本書は候爵様の心中を脅かす者を発見した故、お知らせするものなり。侯爵様のされている()()()()()を〝蒼の薔薇〟が極秘探索中との情報を入手。証拠の一つとして帝国との内通書簡を添付いたす。一方で現在〝蒼の薔薇〟は出陣へ際し、対竜王戦にて強化系の薬剤を方々へ手を回し探査収集中とのこと。リーダーのラキュースを亡き者にすれば探索は十分頓挫せしめると存ず。なお、彼女はクレリックとプリエステスの職業(クラス)持ちなり。強化作用重視で、職業へ対応した致死薬でも服用すること必定。この機を有効に利用されたし』

 即日、裕福な候爵は金を惜しまず動き出す。早期に特殊な劇薬を入手し、内容の詳細を知らない第三者を立て、善意を装い〝蒼の薔薇〟の宿泊宿まで知らせが走ったという寸法だ……。

 

 出陣前にガガーランを連れラナー王女の所を訪れたラキュースが、「何とかなりそう」とこの事を喜ばし気に語ったそうな。

 王女が、本当に裏腹の嬉しさを込めた気持ちで、満面の笑みを浮かべたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. エンリ、カルネ村へ戻る

 

 

 リ・エスティーゼ王国の王家東方辺境領内のカルネ村は現在、僅か人口87名の村である。

 ジュゲム達、小鬼(ゴブリン)19体を入れなければ、頭数が3ケタに届かない小さい村だ。

 小村の次代を担う人物の名は、エンリ・エモット。16歳の若き少女だ。

 ところが先日、彼女は突然行方不明になってしまった。

 2時間程村内を捜索した後に事態は急変。村外へと救出隊も出発した模様。

 残った小鬼(ゴブリン)らやラッチモンから皆で話を聞けば、バハルス帝国の魔法詠唱者に連れ去られたと聞き及ぶ。

 普通だとこの時代や情勢ではもう絶望的な展開だ。

 辺境の娘一人がいなくなったとしても、国や領主は動かないのが常識だ。相手は大国でもある。

 探しに行くほどの覚悟があるのは身内だけだろう。

 だが、そのエンリが1週間ぶりで村へと無事に帰って来のである。奇跡と言っていい。

 救出に向かった小鬼(ゴブリン)やアンデッド達に、エンリの妹や薬師の御曹司の姿も見える。

 

「あーよかったぁ。心配してたんだから。どこか怪我とかしてない、大丈夫?」

 

 村に残って案じていた(アイアン)級冒険者のブリタが声を掛け、村人達が中央の広場で大きく輪を作る様にして集まり、この脅威的な無事の帰還を喜んでいた。

 その様子を村の衆に混ざり見詰める一人の男の影。

 

 特に胸を大きく撫でおろしたのは、紛れもなく彼―――村長であった……。

 

(よかったっ。ひと月前にスレイン法国の騎士連中に襲われ村の仲間が40名以上死に、今度はバハルス帝国の高名な魔法詠唱者による誘拐。正直、到底私の手には負えない相手ばかりだよ。冗談じゃない。早く、村長を譲ってしまいたい)

 

 彼は大人の男として情けないが、もうそんな思いに強く駆り立てられていた。

 それは被害を受けたエンリ本人の表情を見て、更にその気持ちが大きくなっていく。

 驚いたことに彼女は、全くの自然体に見えた。大国の権力層上位で高名な魔法詠唱者の手で攫われたのにである。

 凡人ならその衝撃と恐怖から、動揺と混乱で精神が錯乱していても不思議では無い。

 なのに加えて、村長がチラリと聞いたエンリの言葉に「帝国とはもう話が付きましたので」などと、意味不明な発言も聞こえた。自分達の祖国である大国の王国が毎年秋の戦争で、連戦連敗している国家がバハルス帝国なのである。

 

(エモット家の長女は一体何を言っているんだ……)

 

 常識的に、一平民の身で交渉の出来る相手のはずがないっ。

 どう考えても、この村娘が勝手に拡大解釈し過ぎているようにしか思えなかった。

 村の次代を背負って貰いたいが、かなり不安が増した。

 村長は己が震えているのに気が付く。なぜなら今の状況の中、彼は自分が立て続けに強大な相手からの被害地になっているカルネ村の、現村長である事が怖ろしいのだ。

 王都の優雅な生活に浸ってしまわれたのかアインズ様の長期不在もあって、またあんな殺戮劇がカルネ村でこの先何度も起こるのではないかと考えてしまう。自分ではもう何も抗えないという思いと共に……。

 彼は少女へ一度、事情を確認すべきだと決めた。

 今は午前中の9時過ぎ。村長は早速エンリへと警戒させないように言葉を選んで伝える。

 

「少し落ち着いたら昼前にウチへ来てくれ。少し話をしたいことがあってな」

「分かりました、村長」

 

 それから2時間ほどした11時過ぎにエンリが村長宅を訪れた。

 1階の居間へと通され大きめの机に並ぶ椅子の一つに腰掛ける。嘗て、ここで旦那(アインズ)様が腰掛けていた一つ横の椅子である。

 

「1週間振りの村で色々忙しいだろうに、来てもらって悪いね」

 

 そう言いながら村長がエンリの向かいに腰掛ける。

 

「いえ、最近はみんなが良く手伝ってくれますから」

「そうかね」

 

 依然、カルネ村に関する決め事は、全て村長を中心に村人達が集まって決めている。

 エンリはあくまでも防衛面についての責任者に留まっていた。

 つまり村の砦化についても発案はエンリだが、実行するかの決定までは村長が担っており、それ以後の具体的部分をエンリが纏め実行しているという形である。

 彼女も幼い時からの村長と伝統的流れであり、それが村でずっと続くものだと疑わずにいる。

 村長が一度机へと視線を落とし、何か躊躇いのあるそぶりで語る。

 

「……しかし、大変だったね、本当に無事でよかった」

 

 エンリはその様子に気付きつつも彼の話に答える。

 

「はい。運やみんなに助けられたおかげです」

 

 実際、彼女の自力のみでは到底、脱出など出来るはずがない相手であったと振り返る。

 

「それと村内でも皆さんに探してもらったと聞きました。ありがとうございます。色々とご迷惑をおかけしました」

 

 エンリは申し訳なく頭を下げる。

 村長はその素朴な様子に、まるで驕りや尊大さなどがないことを感じた。

 村内で育った小さいころから良く知るエンリ・エモットだと改めて認識する。

 なので『帝国とはもう話が付きましたので』という大きな言葉は、やはり聞き間違いかとさえ考えてしまうほどだ。

 でも、呼び出してまでおり一応と聞いてみることにした。

 

「――ところで、エンリ。その、今回の件は本当に問題なく終わったのかね?」

 

 帝国の上層部が絡む誘拐の顛末。無事に終わるには『何か(ちから)』が必要のはずだと。

 

「あ、はい。これなんですけれど――」

 

 カルネ村へ迷惑を掛けた事もあり、エンリは説明の為にアノ公約の書簡を持って来ていた。

 非常に立派な細工の入った豪華な筒を開け、みるからに高級な羊皮紙を広げて見せる。

 そこには達筆によって王国の文字で書かれた文章が並んでいた。

 村長は、内容に愕然とした上で署名欄の名に固まった。

 最後への直筆のサインには『バハルス帝国皇帝 ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス』と刻まれ帝国の優美な刻印がしっかりと押されている。

 加筆部分にも、『バハルス帝国皇帝筆頭秘書官 ロウネ・ヴァミリネン』と美しいサインが見えた。特徴のある皇帝代行印なるものも押されて。

 その公約書の格式溢れる迫力が物語り、偽物とは思えない。

 

(おいおいおいおい、エンリよ。将軍って? ……5000体の小鬼(ゴブリン)とか、毎年の帝国から大量の穀物譲渡とか、広大な領土割譲とか、なんだコレは……)

 

 どれ一つを取ってみても、人口87名の小村の村長には縁遠い話。

 祖国リ・エスティーゼ王国は、既に5年を超えてバハルス帝国に毎年負け続けている。

 その超大国が非を認め、破格の公約を敗戦国内の辺境に住む平民のエンリへと贈ったのだ。

 帝国にとって途轍もなく屈辱のはずだが、飲まざるを得なかった『(ちから)』をエンリが見せたに他ならない。

 彼はこの時、見てはいけないモノを見てしまった気がした。

 しかしエンリとしては、この件で旦那(アインズ)様の治めるナザリック関連について、表向き一切入っておらず問題のない事象であった。

 エンリにとって、カルネ村は大好きで両親の眠る大切な故郷。また彼女はその一員でもある。

 此度の迷惑の結末は、村長に開示しておくべきと村娘は考えたのだ。

 だけども、辺境にある小村の長にとって、これはもう受け止めきれる水準を遥かに超越している内容。

 両腕が自然と小刻みに震え始めた彼は、堪らず口を開く。

 

「エンリ。………私はカルネ村の長をしてはいるが、一介の農夫に過ぎない。分かると思うが、この村は小さな街でみてもほんの一区画分程度なんだ。それなのに、こんな大きい話をどう受け止めればいいと言うんだ?」

 

 良い歳の大人として、取り乱した風で情けないとは思いつつも、それが本音である。

 いや、エ・ランテルなどの大都市の市場の大きさ、都市の圧倒的な経済的力を知ればこそ、それ以上の国という存在を相手にする底なしの恐ろしさが分かっていた。

 この時代、『死』は身近にあるのだ。それは暴力に限らない。経済でも人は殺せるのだ。

 辺境の小村など、離れた遠方にあるような男爵家が商人らを動かすなど少し本気になるだけで、干上がらせるのは造作もない。

 吹けば飛ぶようなものである。

 村長は、右拳を左手で包む形で机へ肘を突いていたが、その親指部分へ額を付けつつ目を閉じながら静かに語る。

 

「私は何も見ていない。今の件は、なかった事にしてくれ。私は生涯、墓の中まで誰にも言わないから。頼む」

 

 目の前で萎縮気味の村長が見せる反応に、エンリは慌てる。

 

「あぁっ、村長さん、すみません。脅かすとか、そういうつもりじゃなかったのですが」

 

 確かに自分達平民には政治的水準で高すぎて、刺激が強すぎたかもしれないと。

 慰め風の言葉を述べた村娘へと彼は伝える。

 

「丁度いい機会かもしれない。エンリ、カルネ村の村長を――私はお前に譲りたい。今の状況は大きな勢力に睨まれている感じで、私のような力の無い者ではとても乗り切れない。小鬼(ゴブリン)5000が味方というのなら――」

「――あの、少し待ってください、村長っ」

 

 そこでエンリが(おさ)の話を突然切った。

 村娘は机へ手を突き前方へ突込んだ姿勢で、首を横へ振るとしっかり立場を主張する。

 

「困ります。カルネ村はこれまで通り村長にお願いします。なぜなら―――私は5000体の小鬼(ゴブリン)達の族長をしなくてはいけないんです。今、トブの大森林の中で村を作っていて……なので無理です」

 

 それを聞き、村長は瞼を(しばた)かせて固まった。

 つまり、大きな勢力に睨まれるカルネ村の村長は自分のままなのだと。

 彼女の話から押し付けようもなく。また、村の生え抜きでエンリに変わる適任者はいなかった。

 だからと言って、村の新参者に任せる訳にもいかない。薬師の御曹司や冒険者の娘は、あと10年居たらというところだ。

 結局、村長自身がまだ当分頑張るべき状況なのだと、彼は力なく理解し椅子の背へもたれる。

 

(どうなるんだろうか、カルネ村は……)

 

 周辺状況を心配している彼へと、エンリは自信有り気に伝える。

 

「村長、大丈夫です。この村には、私やカイジャリさん達もいますし、きっと――アインズ様からも手を貸して頂けますよ」

 

 村娘(エンリ)は、帝国をも動かした5000体の小鬼(ゴブリン)軍団の登場も、かの魔法詠唱者(マジック・キャスター)から頂いたもので召喚したのだと伝え、安心させようと心掛けた。

 カルネ村だけでなく、王国戦士長達をも救った王国の英雄的人物のアインズ様が、華やかな王都から戻って来るかは分からない。

 しかし状況を、悪い方ばかりへ考えても仕方がないと村長は考え直す。

 確かに、森の調査に向かったと聞くあの方の一家のキョウという娘がまだ村に残っていた。

 寵愛されていたエンリも居る訳で、カルネ村の長はもう少し頑張ってみようかと伝える。

 

「そう……だな。分かった。私が、気弱過ぎたな。まだ暫く続けてみるとしよう」

「はいっ。お願いします、村長」

 

 やっと少しだけ微笑みを見せた村長へ、ホッとしたエンリが励ます様に笑顔で頷く。

 ここまでカルネ村は、ずっと村長が立派に纏めてきたのだから。

 それも込みで村娘の大好きなカルネ村なのであった。

 

 因みにエンリはまだ金貨2万枚の話はしていない。

 あれは破棄された前の帝国との公約に書かれており、今の公約には書かれていなかった。

 

 

 話した瞬間に多分、村長は卒倒するはずだとして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 臨時の『八本指』部門長深夜総会

 

 

 クレマンティーヌが、王都から北東の大森林内に在る漆黒聖典の野営地へ戻り、『隊長』への報告を終えて戦車内で仮眠しかけた頃。

 王国裏社会最大の地下犯罪組織『八本指』では、本日未明にかけて部門長深夜総会が開かれようとしていた。

 それは「急遽」という漠然とした臨時招集の形でだ。

 場所は王都の南部地区の一角に建つ立派なボスの屋敷。通例通り、その屋敷地下の豪華な一室ということもあり、特に不満を述べる事も無く『八本指』の八部門長が揃う。

 だが、いつもの大きい円卓を見る時になって、その異変に部門長達は気が付いた。

 

 円卓を囲む椅子の数がボスの分以外に、いつもより一つ多い10席あったのだ。

 

 八部門の一つを仕切る窃盗部門長が思わず口に出す。

 

「ん。席が多いが……聞いてないぞ。どういうことだ?」

「もしかして今日は、驚かせる仕掛けが何かあるようね」

「あらん、やだぁ」

 

 それへムダに色気を放つ麻薬取引部門長のヒルマと、オカマに染まる空気を纏う奴隷売買部門長のコッコドールが訝し気に続いた。

 以前にボスが、息子を金融部門長にした時も同じ演出があったのは、まだ皆の記憶に新しい。

 

「はぁ。相談なく、いきなりなのは困りますがなぁ」

 

 賭博部門長は、その時を思い出し、またかと安易に愚痴をこぼす。

 結果的に()()()()()()()()密輸部門長も含め5名は、呑気に構えていた。

 真実を知っているのは、ボスの息子の金融部門長と暗殺部門長と警備部門長らだ。

 間もなく一度閉められていた会議室の両開きの大扉が、再びゆっくりと開かれていった。

 一応組織のトップを迎える為、部門長達は起立する。

 円卓に立ち並んだ彼等の視線は、自然と入口の扉へと集まってゆく。

 すると、そこには聖印を首から下げる白髪のボスと並んで、一人の見慣れない大柄で仮面を付けた謎の魔法詠唱者っぽい人物の姿があった。

 

 語るまでも無く――アインズである。

 

 彼の豪華な装備に、一瞬「おぉっ」と声が上がるが、それを一声が破る。

 

「だ、誰ですかな、ボス。その人物は!?」

 

 賭博部門長が、初顔の者をこの秘匿性の高い会合へいきなり呼んだことを非難気に告げた。

 これは、暗黙の決め事を破る行為である。

 今の金融部門長の時は、ボスの息子であり、しばしば補佐でこの場へも顔を見せていたので、状況が大きく違うと言えた。

 僅かに場がざわつき掛けた時である。

 

「静かにしろ。死にたいのか?」

 

 ゼロが、部門長達へ口荒げに静粛を求めた。

 各部門長は、難度でいえば警備と暗殺が60以上と突出しており、密輸と賭博と窃盗が40から20というところで後は10程度といったところ。

 組織としては部門長の手腕を重視している部分があった。

 だからこそ、大きくなった組織が破たんも見せず、拡大出来る余力を残して上手く回っているのである。

 そういった部門長達の中でも、ゼロは個の力と部門の力が大きい上にボスへ近い事から、影響力を相当持つ。彼の一喝に、皆が立ち尽くす円卓で口を開く者はいなくなった。

 静かになったところで、ボスが用件を述べる。

 

「集まって貰ったのは、今後の八本指についてを話し合う為だ」

 

 部門長達はボスの言葉に傾注する。今の『八本指』を上手くまとめて来たのは彼なのである。

 ゼロが率いる『六腕』をずっと従わせていただけでも、実績は大きい。

 ボスは仮面の者へ、顔を少し向き加減で告げる。

 

「横にいる方は、名をアインズ・ウール・ゴウン殿と言われる」

 

 その名に聞き覚えのある者が数名おり、「この者か」「彼が?」との声も僅かに出た。

 ボスの顔が左右へ部門長達を見回し、間を一拍取った。次の衝撃的文句を告げる為に。

 

「そして……我々の新しい盟主となる方だ」

 

 その声が場に残っている中、警備部門長と金融部門長と暗殺部門長が揃って一言を放つ。

 

「「「異議なし」」」

 

 場の急展開に残された5部門、奴隷売買、密輸、窃盗、麻薬取引、賭博の部門長らの思考は混乱する。反論していいものなのかも含めてだ。

 警備部門長と暗殺部門長が賛成に回った以上、抗争になれば大きい被害が出ることは必定。

 ここで、密輸部門長が冷静且つ真剣に確認する。

 

「……これは冗談、というわけではないんですな?」

 

 部門長の問いに対し、ボスが答える。

 

「無論。ここは〝八本指〟の部門長会議の場ぞ。まあ少し聞け。我々はここ10年、反国王派側の動きを利用する形で国王派側の経済基盤を上手く食って来た。組織の独立性を保ちながらな。確かに奴隷廃止などで国から締められた部分へ、侯爵や伯爵が抜け穴を作ってくれ助けられた恩はあった。だが最近、勢力を伸ばした我々を都合よく思うように使おうと、侯爵や伯爵が動き始めたのは皆の知っての通りだ」

 

 ボウロロープ侯爵とリットン伯爵は、地下の一大組織へしてやったとばかりに、最近は一方的に『八本指』へだけ泥を被らせ、汚い裏の抜け道を作らせる傾向が増え始めたのだ。その為、『蒼の薔薇』の執拗な攻撃を受ける事にもなっている。

 初めの内は、持ちつ持たれつという部分から納得して協力していたが、要求の規模と頻度が目に見えて増えようとしていた。もはや『八本指』の利益にも影響の出る水準である。

 このままでは、組織の独自性が失われ、侯爵や伯爵の駒に成り下がってしまうと、ボスには先が見えてしまっていた。

 だが対抗も中々難しい。『八本指』の経済力はかなりの額だが、それでも実際はまだ六大貴族の一つと比べてさえ大きく及ばない。今更都合よく、国王派側にというわけにもいかない。

 

「だから、ワシは決断した。組織を脅かす上位を食ってやる、とな」

 

 その時にゼロからの提案があったのだ。

 

 ――ボウロロープ侯爵の暗殺とリ・ボウロロールでの権益拡大をと。

 

 リットン伯爵は小物感があり、ボウロロープ侯爵の子息らも現当主程の器ではない。

 最近の組織を蝕む暗い影へ向けて、ボスは一挙に解決する案だと思えた。

 これらの対価は小さくないが、『〝八本指〟の独立性は守られる』という部分が判断の決め手になった。

 ゼロからの提案には、組織の大方針も含まれていた。

 

『伯爵から来てる例の竜の軍団への件で会談の折、俺は一人の男に完敗しちまった。なあ、ボス。俺の100倍強いそのアインズ・ウール・ゴウンという人物に賭けて欲しい。独立性は保証するから〝八本指〟を傘下に欲しいと言ってきたんだよ。あの人は、大悪党だが約束は守る男だぜ――』

 

 ボスは、あの何気に律儀なゼロが惚れ込む程の強さと、()()()というのが気に入った。

 貴族達は、悪党であっても小物ばかり。どちらかと言えばペテン師の方が近い。所詮は王国内の都合に振り回され踊るクズい人形である。

 奴らに悪の美学はない――とボスは思っている。

 

「我々は駄犬ではない。負けると分かっていても時には食らい付く。そして普段は人差し指を天へ立てるように、各部門が国内で1番を目指し連携して賢く立ち回るのだ。〝八本指〟とはそう言う組織。そんなワシらを、今後はこの人が導く。ゴウン殿、一言語って欲しい」

 

 依然、円卓の周りに立ち尽くす者達へ絶対的支配者は胸を張り伝える。

 

「諸君、私はアインズ・ウール・ゴウン。まあ、このままずっと立ち話もなんだ、全員一度席へ着くとしよう」

 

 アインズとボスは、円卓を回り込み奥の上座側へ座る。

 ボスの分にと開けていた場所へ支配者が座りボスは左の席へ。そこから左側は一席ずつずれて部門長らが着席する。

 

「急ではあるが、先程の諸君の長から聞いた言葉通り、これより〝八本指〟は私の傘下に入ってもらう。ただし、組織内についての細かい所は全て諸君の長に任せる。これまで通り、頑張って欲しい。さて、これでは何も変わらず、納得出来ない者も居よう。だが、間もなく始まる竜王の軍団との戦いで、私の放つ一撃が王国の趨勢を左右する有り様を見るがよい。それと戦時中にボウロロープ侯爵は死ぬ。安心して待っていろ。これからは六大貴族にも対抗しうる〝八本指〟を、我々で築いていこうではないか」

 

 語られた指針は壮大である。

 けれども新しい盟主の言葉に、ゼロを含め全員が沈黙した。

 『王国の趨勢を左右する有り様』――それは本来個人が軽々しく口に出来る言葉では無かった。

 それはもう、王の発言に近い……。

 だからゼロまでもが、驚いていたのである。

 暫くしてボスとゼロから始まった拍手が円卓に広がった。

 

 言うまでもないがアインズが組織についてボスへ任せるのは――勝手が分からず面倒だからだ。

 

(ふう。俺が回せるわけないしなぁ……これがいいよな)

 

 でも、それが実質的に『〝八本指〟の独立性は保証する』ことを強くアピールする事になった。

 結局この場での不満は出ず、無事に終わる。

 

 全て、結果オーライであった。

 

 

 

 

 ボスの屋敷からの去り際に、アインズは在都に関しアリバイ用の屋敷の手配と、あと一つゼロへと指示を出す。

 これまで『八本指』は別の組織であったため、頼むとしても今のゴウン屋敷の見回りぐらいまでがいい所であった。

 それ以上は、少し借りになるのではと支配者は考えていた。

 悪党への借りは、常識外で非常に高くつく事を忘れてはいけない。

 しかし傘下となり、もう状況は変わった。

 そこで、アインズは捜査を依頼する。

 

「ゼロよ、私の屋敷にメイドが居るのは知っているな?」

「ええ」

「分かると思うが、家に仕える者は一応身内のようなものだ」

「まあ、そうですね」

 

 実際、『八本指』の警備員が他の組織に攻撃を受ければ、落とし前を付ける事からアインズの理屈は通る。

 『八本指』の新盟主は話を続ける。

 

「でだ、メイドの三姉妹の両親が、フューリス男爵家に連れ去れれてどこかで借金の形に働かされているらしいのだ。それを調べてもらいたい。ファミリー名はリッセンバッハだ」

「……問題を起こさず、可能なら助け出せばいいんですかね?」

「ああ、出来れば」

「分かりました、ゴウンさん。他には?」

 

 その後、支配者はツアレについても小都市エ・リットルから南へ70キロ程にある、とある領主の領地内の二村で聞き込みをして欲しいと告げた。

 ツアレの妹はニニャだと確信しているが、領主と叔母の情報を集めるためである。

 ゼロはそれについても「じゃあそっちにも、直ぐ手を回しておきますぜ」と請け負う。

 

「よろしく頼む。ではな」

 

 そういって、支配者はゼロが寄越してくれていた馬車へと乗り込み帰路へ就いた。

 

 

 

 因みにこの時間、アインズの傍には終始、護衛として不可視化したルベドが張り付いていた。

 言葉通りにガッチリとローブの端を握られ、時折肩へスリスリされながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. ガゼフ、告白(フラグ)との戦いが始まる

 

 

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 平民からは未だ変わらない身分であったが現在、王国最強戦士という名声と金貨数百枚の年収に加え、中流層区画へ5層戸建ての館を持ち、王城でも並みの騎士以上と言える破格の厚遇を受けている。

 ただ、彼はそれらへ拘る気持ちはない。

 あくまでも、リ・エスティーゼ王国の民と、王家、そして唯一の主と仰ぐ国王ランポッサIII世陛下のため、常に一己の武人として身命を賭す考えで仕えてきた。

 ガゼフが王国戦士長になって、既に10年程が経つ。

 

 その間、国王は王国戦士長へ武人の本懐を多く遂げさせてくれていた。

 数年前に王都で盛大に開かれた御前試合も、ガゼフの何気ない一言「いつか国内の武芸者と渡り合ってみたいものです」を聞き、日ごろ彼の武勇を見て王が企画した一つだ。

 それを噂で聞いたガゼフが『態々の御配慮。絶対に負けられないっ』と奮起したのはいうまでもない。

 また、帝国との戦争の際には、王家に伝わる宝物の装着を許してくれていた。

 貴族達や騎士達すら触る事もままならない極上の装備類であったのにだ。

 他にも6年程前、アベリオン丘陵北限に東西へ300キロに渡り連なる、峻険な山脈の低部から亜人の一軍が侵入し王国南方の村々の民達を脅かした。そのモンスターの討伐へも、ガゼフが集めた王国戦士騎馬隊を差し向け彼等平民出の戦士達の存在と、弱い民達を救うという武人の誉れの場を幾つも与えたのである。(因みにこの闘いが、王女による大規模な冒険者達の組織、組合の発案と必要性へ繋がった)

 

 故にガゼフ・ストロノーフは王に絶対忠義を持ち、そして陛下の為に喜んで死ねるのだ。

 

 それはもう何があっても揺るがない。

 だからこそ、伴侶を得る間も、興味も置き去って忠義一筋に燃えていたのである。

 だが最近、彼は偉大な一人の友を得た折に、一つの運命と出会ってしまった。

 

 ユリ・アルファという―――絶世の眼鏡美人に。

 

 彼の業とでもいうべきものか、眼鏡美人への探求心は尽きない……。

 しかし彼女は、偉大な友の忠実なる臣下であった。

 また大きい壁として、家柄の問題に加え、彼女は偉大な友を想っているように見えた。

 

(彼女を妻に欲しいっ。……しかし、それは彼女の気持ちがあってのものでなければ)

 

 無理強いはガゼフの正義が許さない。

 そこで過去の経験も入れながら戦士長は、コツコツと積み上げてきていた。彼女へ対し、初対面時に馬車の納庫を手伝い、友との面会時にも積極的に会話をし、偶然を装って食事の約束をして、遂に食事会が実現し会話も弾んだ。

 その場では「また食事会を」と、順調に次も約束していたが……。

 結局、王家へ仕え大任を背負っている戦士の彼に私的な時間は十分に無く、次回を実現出来ずに王都から出陣する今日の朝を迎えていた。

 

「……ふぅ。もう朝か」

 

 3時間程の仮眠。時刻は朝の5時半。

 ロ・レンテ城の西側城壁近くに建つ、騎馬隊屯所内宿舎の固いベッドで、眠りから意識が一気に戻り瞼を開く。

 疲れも完全に抜け切れず、体も微妙に痛い気もするが起きあがると、ガゼフは行水場へと向かった。

 その帰りにクライムへ稽古を付け軽く体をほぐすと、身支度し武器の手入れを終え朝食をとる。

 ただ、その間も一つの事が頭を離れない。

 

(ユリ殿……)

 

 戦士長には、しておかなければ、伝えなくてはと、ずっと考えていた熱い想いの言葉があった。

 

『この戦争が終ったら、一緒に―――』

 

 キメ台詞的にも思えるが、彼の素直な気持ち。

 午後の昼下がりが終わる頃に出発する、ランポッサIII世の率いる兵団出陣準備から考えると、午前中にしか伝える機会はないだろう。

 だが今の時間、奇しくもゴウン氏一行は昨日より城下の屋敷に出ていると聞いていた。

 戻りは10時以降という話。

 

(俺は、そこからの2時間に掛けるっ)

 

 他者を挟まない場での、ユリ・アルファ嬢との偶然の出会いを期待する戦士長。

 一方で現実は無情である。

 この段階で、まだ出陣の準備不足点の発覚に、大臣ら和平使節団の帰還などで王城内はおおいに混乱し、戦士長も時間に追われる程の仕事を熟す羽目になったのである。

 気が付けば午後も1時間を優に回っていた。

 だがその時、偶然的機会が訪れる。

 

 城内施設の廊下にて、国王の執務室へ挨拶に来ていたあの人物に会ったのである。

 

「――ゴウン殿」

「これは、戦士長殿」

 

 ガゼフは人生に後悔を残したくなかった。故に――ゴウン氏へと伝える。

 

「大変不躾ながら、中庭へアルファ殿を呼んで頂けないだろうか」

「……ユリを?」

 

 その問いにガゼフは言葉で答えず、一つ頷く。

 真剣な武骨者の表情を見て、支配者は同情感が僅かに湧いた。先の昼前も宮殿へ戻る途中、戦士長が忙しそうに大臣補佐らや近衛へ話や指示し、騎馬隊の戦士達と仕事で奔走する姿を見ていた。

 また彼はここまで、家長のゴウン氏にユリへの想いは見せつつも強引に「欲しい」「くれ」とは一言も語らず、相手を尊重しフェアに振る舞っている点を考慮して考える。

 仮面の友は伝えた。

 

「朝からずっと忙しそうですね。分かりました。では、10分後に」

「おおっ。有り難い」

「では」

 

 そう述べて去っていくゴウン氏の背を、戦士長は一杯の感謝で見送った。

 ゴウン家の者との厳しい婚姻条件は理解しているつもりである。例え彼女の了解が取れたとしても、陽光聖典を無傷で退けたゴウン氏へ、腕試しに一太刀浴びせなければならないという難関が待つのだ。

 この恋の行方は困難を極めるだろう。

 それでも、彼女の為に修羅道を進むと戦士長は決めている。そしてもう一つ。

 

(主が居る私が貴君へ仕える事は叶わないが、命を救って貰った者として、そして友としていつか何かお返しできればな)

 

 竜の舞う戦場に出る以上、生還は不明。確約出来ず伝えなかったが、心の中で仮面の傑物へそう語った。

 ガゼフは、静かにゴウン氏と逆方向へ廊下を抜けると、中庭へ向かい会う前に、城内建屋での仕事を一つ片付けた。

 

 

 

 平時は王城内で『駆け足禁止』という慣例により、足早で宮殿傍の広い中庭へと戦士長が立った時。宮殿の出入り口から、ゴウン家使用人姿のユリが現れこちらへと歩いて来る。

 静寂の中、夜会巻の髪と丸眼鏡を掛けて歩くその姿は凛と咲き誇り美しい。

 見とれていると戦士装備の武骨な男の目の前で、彼女が止まった。

 

「――ノーフ様。あの、ストロノーフ様?」

「あ……。ああっ、失礼した、ユリ・アルファ殿」

 

 戦士長は、ほんの僅かの間で意識が飛びかけた。

 慌ててこの場へ来たことや、想いの言葉を述べるという事態など、色々な状況がごっちゃになった上、女神の登場に思考が一気にホワイトアウトをみせたのだ。暗転(ブラックアウト)するというよりも、明るさで真っ白となる思いであり彼はそう感じていた。

 それでも、まず名を呼びたくて、さり気なくフルネームで言ってみたり……。

 一方、ユリは(あるじ)から「戦士長殿が、宮殿傍の中庭で少し話があるそうだ。次の昼食の約束の件ではないか? 数分でいいと思うので向かってくれ」との指示でこの場へ来ていた。

 察した支配者は、変な先入観を持たせないようにと、そう伝えて送り出す。

 なのでユリは淡々と尋ねる。

 

「あの、お話ということですが、昼食のお約束の件でしょうか」

「あ、いや。その、ですね……」

 

 仮面の友から態々機会を貰い、9日前の昼食会以後、妄想の中で伝える言葉を何百回と反芻し編纂していたはずが――詰まる。

 でもそれは一瞬であった。既に告げる言葉は決まっている。

 ただ、死ぬ可能性も低くないこの度の戦いである。いきなり「妻に」と一方的で無責任な想いだけを彼女へとぶつけたくはなかった。

 この期に及んでの尻込みは逆に、ただ見苦しいのみ。ガゼフは今、静かに漢を見せる。

 

「私は間もなく出陣します。戦場で竜に遭遇しようとも、前へ出て堂々と立ち塞がる所存です。陛下とそして――ユリ殿のいる王国の地を守る為、命ある限り1体も後ろへは行かせませんのでご安心を。ただその前に今、少し言葉を伝えさせてもらいたい。よろしいか?」

 

 戦士長の左手薬指に、とある老婆から譲られた指輪が光る。竜との戦いで『最強の武技』を使う事に躊躇いはない。ガゼフは、目の前に立つ想い人で眼鏡美人の『名だけ』を初めて呼び、優しい目で彼女を見詰め、穏やかに語って尋ねた。

 なんとなく困った事を問われていると感じつつも、属性がカルマ値:150の善というユリが、真剣に思いつめた表情の『主の客人』へと無下に出来るはずもない。

 

「……どうぞ」

 

 彼女は小声でそう促した。

 戦士長は今までの万感を込めて告げる。

 

「ユリ・アルファ殿。私ガゼフ・ストロノーフは美しいあなたに好意の想いを寄せております。その事を覚えていて頂きたい」

「(――っ!)……」

 

 戦士長の言葉を聞いたユリは、「(皆を)愛している」という胸の高鳴る有り難いお言葉は御方よりもう頂いていたが、個人的に言われたことで(しば)しどうしていいか分からず。

 視線を下げ、下ろしていた両手をきゅっと握ってしまう。

 その様子にガゼフは、少し慌てるように、それでいて穏やかに伝える。

 

「ああ、急で申し訳ない。でも……生きている内にお伝え出来てよかった。これでもう、思う存分戦える」

 

 武骨な男の純粋な死地への言葉に、ユリは視線を上げて反応し、思いが籠る口調で語った。

 

「ストロノーフ様、あなたは死にませんよ(命令を受けているボクが……ナザリックが護るんだものっ)、きっと」

 

 制約がある(正体をバラさない)中での、彼女の精一杯の雰囲気帯びる言葉を、ガゼフはハッキリと聞いた。

 

 何の想いも持たない者へ、女性がそんな風に気持ちを態々聞かせるだろうかっ。

 

「それでは、ストロノーフ様、御武運を」

 

 ユリは会釈し、静かに背を向けて宮殿へと去ってゆく。

 それを見詰めているようで、ガゼフの意識はもう、とっくに幸せでホワイトアウトしていた。

 

 

 

 2時間後、赤い旗や布で派手に飾られた装飾類を靡かせ、国王ランポッサIII世の率いる兵団1万や縁戚貴族の連隊が王都の大通りを進む。王国戦士騎馬隊も堂々たる雄姿でその列に加わっていた。

 兵団の列は王都内を1周する形で、最終的に外周壁の北門から外へ勇ましく抜けてゆく。

 しかし、何故か途中まで列へ居たはずの、王国最強戦士の姿が見えない。

 戦士長の乗る軍馬はその時、別の所を進んでいた。

 

 

 彼は、リットン伯爵の隊列に続いて北西門から出て行こうとしていた……。

 

 

 幸せ一杯で(ほの)かな意識のガゼフだけが一人、その隊列へと無事静かに紛れ込んでゆく。

 戦士長が正気に戻ったのは翌日の朝であったという。

 そこから単騎で取って返して国王の兵団へと勇ましく合流する。

 竜との戦い開始まで無事に生き残れるか、そこが最初の関門になりかけた彼であった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 漆黒聖典の撤収

 

 

 漆黒聖典第八席次〝巨盾万壁〟のセドランは、戦車を駆り〝深探見知〟と通った裏道を経て9日間程でエ・ランテル秘密支部までの往復770キロ以上を移動した。

 今回は、先日の破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の調査とは違い、自分の小隊を率いている。メンバーとしては両手剣の第六席次と忍者系に近い姿の第十二席次を連れていた。

 往路は途中で本国へ情報を送るという重要な寄り道もあり5日を要したが、復路は本隊が結構王都寄りの森林へ移動している事から4日間で済んでいる。

 エ・ランテルで受け取った本国からの指示について、隊長の命を受けているセドランのみがその場で閲覧済みだ。

 それはやはり、途中で指令を消失する事態もゼロではないとの判断があった。今は強敵との実戦出陣中であり、非常時の措置。

 そうしてセドランの小隊は、本隊へ王都からクレマンティーヌの戻った翌朝に合流した。

 早速セドランは人払いをした戦車内で『隊長』へと面会し、本国からの書簡を手渡す。

 

「撤退との判断です、大変悔しいですが」

 

 先に要点を伝えるセドランの声を聞きながら、『隊長』は一通り書簡を読み終えると溜息交じりに答える。

 

「ふぅ。予想してはいたが、第五席次クアイエッセの不明だけでも損失は小さくない上、私の敗戦や秘宝とカイレ様を失った衝撃は本国内で大きかったな。番外席次の国外派遣は国防面で無理と判断されたか」

 

 それにより自動的に、戦力不足となる遠征中の漆黒聖典部隊は撤収指令が下されていた。

 番外席次の長期不在に加え、もしも援護の少ない他国内において単騎で敗北という事態は絶対に避けたいという神官長会議の決定は理解出来る。

 

「今はやむを得ない判断かと……」

 

 セドランは、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)の火炎を実際に二枚の盾で受けた身でもある。無策での突撃は犬死でしかないと大きな拳を強く握り込んだ。彼としては、人類圏の一大国家を見捨てるという状況に、何も出来ない己の無力さを噛みしめる。

 その様子に『隊長』は瞼を閉じる。

 

「長駆の連絡行動、ご苦労。昼過ぎまでは休め。皆の撤収作業はそれからでいい」

「はっ。失礼します」

 

 身を正し会釈すると、セドランは『隊長』の戦車から立ち去った。

 その日の夕方、『隊長』からの「悔しいがここは一旦、本国へ――」の挨拶がされる。

 多くが人類愛で溢れる精鋭達は、小隊長の〝神聖呪歌〟をはじめ、眉間に皺を寄せる者、目を強く閉じる者、「クソッ」と土を蹴り上げる者、涙を浮かべる者さえいた。

 『人類はどうでもいい』クレマンティーヌは、数少ない例外といえる。ただ彼女も、『モモンちゃん大丈夫かなー』との恋乙女の内心から、周囲の雰囲気へ相応の不安な表情ではあったが。

 漆黒聖典部隊はスレイン法国への撤収移動を始める。

 本国からここまでやって来た合計7台の戦車は、王都リ・エスティーゼ東方40キロの夜の暗闇の中で畦道を南へと人知れず抜けて行く。

 この時、第五席次を欠いた漆黒聖典は11名いるはずであったが、その影は10名のみ。

 

 

 既に1名の姿がみえなかったのである――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. ヘッケラン達の誤算/鬼畜の逆襲

 

 

 帝国のワーカーチーム『フォーサイト』が、最初に帝都南東地区のアルシェ宅を訪れて早2日。

 昼食後にヘッケラン達は、再び大切な仲間の自宅へと向かっていた。

 ただし、裏の情報でアルシェが亜人の軍団に囚われている話は既に広域で流れており、『歌う林檎亭』へも元貴族の父親らの手が回るかも知れないことからロバーデイクが残る。ヘッケランとイミーナも途中で馬車などを乗り継ぎ、追手を警戒しつつ慎重に移動する。彼等の行動で足がついては意味がないためだ。

 都市内には、どことなく騎士達の姿が少なく感じていたが注意を怠らない。

 今日はアルシェの雇っていたメイドの件と、脱出までの準備について話し合う予定。

 先日の様子では、動揺気味の少女へそのまま語っても纏まらないと考えて時間を置いた。その効果はあり、呼び鈴へ扉を開け出迎えてくれたメイドは冷静な態度に見える。

 

「あ、いらっしゃいませ」

「落ち着いた様ね」

 

 その言葉にメイドの子は、少しはにかむ。

 ヘッケランは周辺の監視がてら外で見張っており、先日同様イミーナのみで宅内へ入った。

 

「あ、この間のキレイな人」

「お姉さまのお友達」

 

 アルシェの妹達クーデリカとウレイリカが、とてとてと寄って来た。二人の愛らしい姿に若干釣り目風のイミーナの目じりもやや下がる。

 姉のお仕事のご友人とメイドから聞かされており、それぞれ半森妖精(ハーフエルフ)の両足にしがみ付き、5日も姿を見ない恋しい姉アルシェに繋がる温もりを探している様子。

 二人の頭を優しく撫でながらイミーナはメイドへと改めて本日の訪問の用件を伝える。

 

「今日伺ったのは、あなたの今後とこの家と6日後までの準備について話しをするためよ」

「はい」

 

 お昼寝タイムとしてクーデリカとウレイリカを20分程で寝かせる。

 イミーナがアルシェの活躍するお話をして聞かせると、安心したのかスヤスヤと幼い双子は眠りに就いた。

 メイドとイミーナの二人は、少しはなれた隣部屋に置かれた小テーブルに4脚ある椅子の二つへ向かい合い座る。

 流石に、少し少女は視線を下方へ落とし左右へと彷徨わす。

 本人としては付いて行きたいが、それは雇われ下僕の我儘という話。勝手は言えない事は分かっていた。

 メイドにとって不安な空気の中で、イミ―ナは切り出す。彼女の言葉はフォーサイトの中でも話し合った結論である。

 

「悪いんだけど――」

 

 メイド少女の耳へ入って来た内容から、『ああぁ……』とネガティブな思いにぐっ目を瞑ったその瞬間。

 

「――一緒に来てくれる? クーデリカとウレイリカも懐いてるみたいだし。あなたが見ていてくれれば私や他のメンバーも全員動けるしね」

「え……、あ、はいっ!」

 

 ダメだと思っていた。しかし、答えは真逆。娘はハスキーボイスで嬉し気に返事を返す。

 少女としては、ここを追い出された場合、孤児院に戻るしかないが生活は厳しい。年長の口減らしが必要なのだ。しかし再び、全うなメイドの仕事を見つけるのは運次第の部分がある。気弱な所のある彼女は毎度、不安一杯で辛い。その点、この家ではよい主人に恵まれ穏やかに過ごせた。

 住む場所は変わるが、離れずに済みホッとする。

 フォーサイト側としては、少し悩んだがクーデリカとウレイリカを抱えては、何かあった時に一人は自由に動けない事となる。

 それよりも、妹二人を抱えるこのメイドを連携に長けた3人で守る方が、やり易いと判断したのである。

 次にこの家については、そのまま放置する事にした。引き払う手続きや家具の処分等で、動きが制限されるのを減らす狙いだ。

 あとは帝都を去る日までの準備だが、着替え等最小限の荷物だけにする様にと伝える。

 アルシェ自身、元々フルト家から、大したものは持ってきていない模様。

 昔の思い出という物に関しては、父親が鬼畜すぎて持ち出す気にもならなかったのだろう。

 イミ―ナは移動手段や食料雑貨などに関して、全てフォーサイトの方で用意すると告げ娘を安心させた。

 出発は6日後の午前中と告げ、起きて落ち着いた時間には出れるようにとメイドへ頼み、アルシェの自宅を後にする。

 

 

 

 それから帝都では4日が過ぎ去った。

 ヘッケラン達は『歌う林檎亭』で連日警戒していたが、現在まで伯爵家を含むアルシェの父親らからの動きは直接感じない。しかし、裏の情報によるとフルト家が、カルサナス都市国家連合所属の連中を雇い動かしているらしい情報が入って来ていた。金貨を使い、何者か現在調査中だ。

 それとは別に街中の噂で、帝国の西方地域へ巨大な樹木の怪物が現れたのち消えたという話を聞く。穀倉地帯に結構な被害が出たとの内容だ。アルシェを心配するも、亜人達の軍団は王国側へ退去し、陛下の勅命を受けた帝国八騎士団の活躍があったとも伝わり、胸を撫で下ろす。

 また、トブの大森林の東方5キロ圏は、全域で届け出なく立ち入り禁止との御触れも出された。これは先の恐ろしい怪物へ関連した、当面安全の為に厳守すべき措置らしい。今後も見据え一旦放棄するという流れもあるようだ。

 最近というかこのひと月程は、仕事で一挙に大金を獲得し気運上昇かと思えるも、王国への竜の軍団の侵攻が発生。帝都内への亜人軍団の出現や仲間の大問題さえ加え大きい異変が連続している様に思えて、自由奔放なワーカーの『フォーサイト』メンバー達も少し今後への不安が混じり困惑気味だ。

 リーダーをはじめ、彼等は夕刻を迎えた『歌う林檎亭』の1階でテーブルを囲んでいた。

 

「領土放棄なんて勿体無い話よねぇ」

「そうですが、トブの大森林には強力な魔物達が居る事は事実ですからね。それに広いですから警備や防衛にも手間を掛ければ費用は常に膨大に掛かる事にもなりますし」

「まあ、上で色々判断したんだろうな」

 

 イミ―ナとロバーデイクの考えにヘッケランが政府の結論を肯定する発言で締める。

 でもここで、半森妖精(ハーフエルフ)の彼女に予感や虫の知らせというべき感情が浮かぶ。

 

「あのメイドの子、色々起こり過ぎて不安がっていないかしら」

「ん? ああ、あの子か」

「少し気弱そうな雰囲気がありましたね」

 

 一応、ヘッケランと最初一緒に訪れたロバーデイクも、玄関先へ出て来ていたメイドの少女を建物の影から確認していたので知っている。

 あれから4日経ち、明後日には出発となる。

 『フォーサイト』の準備は慎重に水面下で進めていた。

 馬車は当日に御者ごと雇う予定だが、雇い先とはまだ交渉していない。食料や必需品も途中で購入できるかぐらいを調べており、自分達の周辺に出国の準備らしき形を残さないように上手く動いている。

 彼等は命を張る修羅場をいくつも潜って来ているプロであり、抜かりはない。

 それよりも、素人のメイド娘である。

 アルシェの妹達も任せており、イミ―ナの発案は的を射ていた。

 そこでヘッケランが提案する。

 

「イミ―ナ。明後日の準備の確認も兼ねて、ロバーデイクと二人で少し見て来てくれ」

「そうね」

「異論はありません。いきましょう」

 

 日没後20分ほど経った頃、イミーナ達が白壁の可愛いアルシェの家を尋ねる。

 そしてロバーデイクが離れて周辺を見張り、イミーナが玄関脇の呼び鈴を鳴らした。

 しかし、1分近く待っても扉の開く様子が無かった。

 部屋からは一応、蠟燭だろう明かりが漏れて来ており在宅の雰囲気があるのにだ……。

 

 

 すると、控えめながら夕刻より残る周囲の喧騒の中、白い玄関扉の中から僅かに何か聞こえた。

 

 

 それは部屋の何かにぶつかる音と呻くような女の声のようにも思える。

 耳のいいイミ―ナは中の異変に気付く。後ろを向き『来て』と指で司祭(クレリック)の男に素早く無言で合図した。彼は直ぐに彼女の傍へ寄り、緊張気味で顔を見合わせ頷く。

 全身鎧(フル・プレート)で防御力の高いロバーデイクが、玄関戸の取っ手を握って押し開けようと試みる。

 扉は鍵が掛かっておらず全く音も無くそのまま開いた。扉周辺へ〈静寂(サイレンス)〉が発動されている模様。良く見れば鍵穴には新しい傷が見て取れた。

 ロバーデイクは、そのまま腰に下げていたモーニングスターを握り持つと宅内へ入って行く。イミ―ナも短剣を抜き、音も無く続いた。

 踏み込んだ二人が室内で見たものは――。

 

 仲間達が出発して40分と少しあと、『歌う林檎亭』の1階に残っていたヘッケランの下へ、知り合いの情報屋が現れていた。

 その男には、フルト家が雇い動かしているという隣国の者達の情報を調べて貰っており、それを知らせに来たのだ。

 

「ヘッケラン。頼まれてた話だが、どうやら変わった特殊技術(スキル)を持っているワーカーの連中を使っているようだぞ。(都市国家)連合に関してのワシの情報網では〝嗅覚〟に関する能力と〝占い〟に関するものを使うみたいだ」

「……〝嗅覚〟と〝占い〟だと?」

 

 『フォーサイト』の面々は、アルシェより両親宅を出る時に足跡を消したとの話を聞いていた。

 多分その為に、一般的追跡での捜索では行き詰ったはず。

 となれば全方位で闇雲に探すのは労力的にも難しくなる。それなら大きく当たりを付け、絞った上で限定域内の臭いで探そうと言う狙いが見えて来た。

 

「そうか(こりゃ、護衛が居ないのはマズいな)」

 

 そう思った時であった。イミーナが宿屋の入口からこちらへと駆け込んで来た。

 彼女の焦っている表情を見た瞬間、それだけでアルシェの妹達に異変が起こった事を知ってヘッケランは思わず立ち上がる。

 彼の耳元へ急ぎ寄ると半森妖精(ハーフエルフ)は小声で伝える。

 

「(大変よっ、やられたわ連中にっ)」

「―――! チッ(遅かったか)」

 

 『フォーサイト』のリーダーは、思わず舌打ちし机を強めに叩いた。咄嗟に力を抑えたが、僅かに拳側面が机に沈みミシリと音が聞こえる程で。

 

「ロバーデイクは?!」

「大丈夫。今、まだ(あの子を)診てる」

 

 実行者が冒険者なら縛る程度で済んだかもしれない。

 しかしならず者も多いワーカー連中では――と、ヘッケランの顔が強烈な苦虫を噛み潰した感じに変わる。

 また今は夜の始まった時間で、1階の酒場兼食堂には他にもワーカー仲間がおり、神殿からの監視は無いにしろイミーナも、『治療』とは語れなかった。

 

「悪いがそろそろ、ワシは帰らせてもらう」

 

 ここで、それなりに事情を知る初老の情報屋の言葉を聞く。

 ヘッケランは前金に2枚の金貨を調査費用込みで出していたが、成功報酬の金貨1枚へ今の口止めに銀貨も10枚付ける。

 

「あんたは、何も知らないと言う事で頼むよ」

「ああ。ワシは知らんよ」

 

 裏業界にも暗黙のルールはある。それを軽く破り噂が広がれば、ザラに『死』という形で排除される世界だ。また、若くともヘッケランの凄腕は業界に知られるところでもある。

 彼の率いるこのチームを好んで敵に回そうと考える連中はほぼいない。

 だから裏でアルシェの話が知られる中、下っ端の使い走りではなく情報屋自身が来ていた。この情報屋とはもう4年程つるんでいるが謝礼を出せば口の堅い男だ。彼も元は腕の立つワーカーである。並みの脅しには屈しない。

 面の皮の厚い何食わぬ顔で去っていく男をイミーナとリーダーは見送る。

 

 これから次に、アルシェの家へ行くまでの動きは決まっているのだが、二人は焦らずに動く。

 テーブル席で酒を酌み交わしつつ、ヘッケランはイミーナよりアルシェ宅内へ踏み込んだ後の話を、他愛もない言葉の間で断片的に聞く。

 『家の中へ入ったら、あのメイドの子が滅多刺しで床が血の海よ』『殺し慣れた者が、わざと急所を外してた感じね』『暗くなった直後を狙われてる。連中の去った時間は、私達が到着する20分程前みたい』『かなり重傷状態だったから、あと10分遅ければ間違いなく出血多量で死んでたわ』『彼女は後ろからいきなり襲われて以来、気が付くまで意識が無かったそうだから幾分マシだけど』『それでも、気が付いた後に恐怖で震えてたけどね』と。

 死臭の中でも食事の出来る彼等は、平然と酒を飲み干していく。

 また、イミーナは急変が起きながらも『歌う林檎亭』への帰路において、冷静にアルシェ宅の周辺や追手の存在を確認していた。その時に『こちらを探る潜伏者はいなかった様に感じたけど』と語る。敵は、幼い双子の姉妹を攫ったのち、素早く消えた模様。

 確かに今日の訪問は予定外であり、以降の訪問時にはメイドが事切れている姿だけを見せるつもりだったのだろう。

 10分程経った頃、店内へ活気の出て来た雰囲気の中で二人は人知れず退場する。

 

 イミ―ナとヘッケランがアルシェの家を訪れた時、椅子に腰掛けさせていたメイドの少女は、かなり落ち着いていた。来訪に立ち上がろうとする娘へ「そのままでいい」とリーダーが制する。

 彼女は、ロバーデイクの第2位階魔法〈中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)〉で一命を取り留めている。難度で60に近付くと、体力と回復分の比率から1回での効力は薄くなるが、彼女の場合は問題ない。

 目を覚ました当初、自分へと大きい手を翳す大柄の男性に驚くも、イミ―ナの「大丈夫? 私が分かる? こっちは仲間のロバーデイクよ」と紹介を受け、よく見ると大らかな彼の表情と神官風の装備に安堵する。

 イミ―ナが一旦『歌う林檎亭』へ戻る時に、メイドの少女はまだ立てず怖さに震える身体ながら気丈に「早く知らせて……クーデリカ様とウレイリカ様を助けてあげてください」と訴えた。

 ロバーデイク達は気弱に見えたこの子が、死に直面する中でまだ家人を気遣える心を見て、意外に芯は強いようだと感じる。「大丈夫よ」とイミ―ナは決意を持って、この時伝えて安心させていた。

 今、ヘッケランが歩く室内の床には、広がっていたと聞いた血溜まりも〈清潔(クリーン)〉で処理されてたのかもう見えない。これは優しいロバーデイクが、メイド少女のフラッシュバック要素となるだろう最大の痕跡を消してくれていた。

 

「俺はヘッケラン・ターマイト。アルシェの友人だ。君には、随分怖い思いをさせて悪かったよ、すまないな」

 

 リーダーの言葉に続き3人は揃って、メイド少女へと――小さくだが頭を下げる。

 アルシェの下へ連れて行くと決めていた以上、使用人とはいえ仲間の関係者だ。配慮が足らなかった事を悔やむ。あと1時間あれば違ったと思うがそれは結果論に過ぎない。

 一方、主人の友人らに謝られ、メイド少女は慌てた。

 

「あ、あの、私は大丈夫ですので。もう命を救って頂きましたし。それよりも、あの子達を」

「ああ、分かってるよ」

 

 ヘッケランは娘へと頷く。その表情は覚悟のある戦士といえる精悍なものであった。

 彼は視線を仲間達、半森妖精(ハーフエルフ)の女と司祭(クレリック)の男へと向ける。

 

「いいよな?」

「ふっ、もう決まってるんでしょ?」

「アルシェと約束しましたからね」

「ははっ。じゃあ、いくか」

 

 彼等は皆、少女に向くとリーダーが告げる。

 

「と言う事で、俺達は()()()()()()()行って来るけどよ、君はどうする? これからも、怖い事があるかもしれない……昔居た場所の方が安全とは思うがな」

「ここで……私は、ここで待ちます」

 

 彼女はしっかりと言い切った。怖いだろうに。

 ヘッケラン達は皆、口許を緩める。小さいが間違いなく少女から勇気を貰って。

 3名は少し打ち合わせをしたのち、白壁の可愛いアルシェ宅の玄関からメイドの少女に見送られ夜の(とばり)へと静かに歩き進む。

 真っ直ぐ、広大で強大な私兵達が守っているであろう伯爵邸へと向かっていく。

 この期に及んで、街(なか)の家で監禁なんて特権階級の貴族達は考えもしない。下民に対し、安全だと確信している己の屋敷へ連れ込むのが常道である。まずは敷地内へ潜入し所在確認からだ。

 少し無謀ともいうべき彼等の小さな戦争が始まった。

 ただ仲間との約束を果たす為に――。

 

 

 

 

 表立つフルト家の当主が雇った事になっている無頼の連中は、実のところ伯爵子息の伝手で集められている。

 この伯爵の跡継ぎは己の性的悪趣味を謳歌するため、長年裏家業の連中を下民に相応しい汚れ仕事人として良く利用していたのだ。

 狙う双子の父親である元準男爵の話により、妹達を連れ出した長女は帝都内でワーカー風情だと聞く。所属を調べると名の通る『フォーサイト』のチームと知って、当初からアーウィンタール以外の都市の者を使おうとした。

 その際、荒事請負屋の男の勧めで、都内まで来ていたカルサナス都市国家連合からの出稼ぎワーカー共の中に要望の力を持つ者がいるとし、話が纏まって今日に至る。

 なお当の伯爵家とその当主は、かの皇帝による血の粛清へ際し、ジルクニフ側が苦しい早期より恭順したため上手く生き残っていた。60代後半に入ったが当主本人はまずまず有能であった事も皇帝の覚えを良くしている。惜しむらくは家の長い伝統として、子息の年長者が継ぐという流れを守っており、この40歳過ぎの跡継ぎに少々の問題があっても敢えて目を瞑っている事だろう。

 幼稚な精神ながら、領地を治める実務力は悪くないという事も大目に拍車を掛けた。

 犠牲となるのは、潰れた元反皇帝派か落ちぶれた貴族家の娘という部分も、当主の不満を逸らさせている。

 一応ながら、『幼い娘を売り、家は潤う』――ギブアンドテイクという話もあるのだ。

 当主にしても『陛下の覚えめでたい我が家の力に陰りはない』などの驕りや油断も当然としてあった。

 彼等は特権階級の中でも、より上位者であるが故に……。

 そんな伯爵家なれば、帝国の新規定により相当の所有兵力削減がなされたとはいえ、それでも私兵数で400名を数えた。

 騎士については有事の折、帝国八騎士団に編入するという形式ながらも100名以上を擁する。

 ただ今日のこの晩の、更に屋敷という場所に限れば、私兵と騎士を合わせても50名に届かない程まで下がる。帝都内の非常事態は3日前に解除されており、帰宅する前の者と夜番の者達が残る形であるためだ。

 そんな屋敷本館の一角に、割り当てられた跡継ぎの居住域の一室へと、待ち侘びていた朗報が届く。

 

「坊ちゃま、下民の請負屋が()()()()()を届けに来たとのこと」

「お? おおおっ。ボ、ボクちゃんのオモチャが来たのだぞっ。早く、早く」

 

 執事の言葉を聞いた伯爵子息は弛んだ腹を揺らし、気持ち悪い声を上げて喜びながら手を叩いて急かした。

 

「は、はい。それではここへ」

 

 数代に渡り、古くから家に仕える執事の一人である彼は無心で仕事を熟すのみ。

 本来なら苦言の一言も伝えるべきだが、当主の伯爵から「この件は捨て置け」と言われており、それに従う。夜の欲望に目が濁り、盛んに首を縦に振る伯爵子息の姿へ、将来に不安を覚えつつも彼は下がって行った……。

 

 荒事請負屋が、今回の件に投入したのは1チームの4名。報酬は金貨250枚。請負屋のピンハネ額はこの内の50枚。

 なおこの費用の全額は当然――フルト家当主持ちだ。

 チームの構成だが、一人は占いの出来る神官風の男。そして嗅覚の能力が長けた野伏(レンジャー)の女。あとは、共に突入し標的確保を実行する2名。

 難度で力を表すとそれぞれ、27、36、39、48。

 リーダーは最後の大柄の戦士風の男で、難度39の者は魔法詠唱者姿(マジック・キャスター)の女だ。

 カルサナス都市国家連合所属のワーカーだが、裏で殺しも平気で実行する野盗に近い連中と言える。出自は、幼い頃からの同じスラム街の仲間達。

 占い作業は全方位と範囲が広かったため、20回も行ない場所を絞った。1日に2回しか実行できない上に、失敗も多いという理由で最も時間を要する。そのあと、フルト家から提供されたアルシェや双子の姉妹の愛用品等から臭いを覚えると、占いの16回目以降街内を徘徊。遂に昨日、帝都南東地区のアルシェ宅を見つけた。

 アルシェが亜人の軍団に人質となり自宅に居ない事は、荒事請負屋にも情報が入っていた。故に家に残っているのは使用人の若い娘と標的の双子のみ。

 そして、本日の日没後程なく犯行は実行された。

 魔法で玄関口周辺の音を消し、鍵をこじ開けて手際良く侵入。後ろから娘を殴打し意識を奪い、奥にいた双子へ〈睡眠(スリープ)〉を使い眠らせ連れ去った。

 後は、娘の急所を外す形で滅多刺し。これは、標的確保の仕事が楽過ぎた事で、一息に殺さずお遊びになる。

 しかし結果的には色々と残す事になった。

 

 荒事請負屋からの知らせは、フルト家へも届く。

 アルシェ達の父親は、1階居間の一人掛けの椅子から立ち上がり、両腕を上げ掌を広げ震わせつつオーバーアクションに叫ぶ。

 

「くくく、くふしゅー……。やったぞぉっ。クーデリカにぃ、ウレイリカよ。お前達は見事にぃワタシとぉフルト家の礎となるのだぁぁぁ。ひゃはははっーー。そしてみたかっ、親不孝者で売女の我が娘アルシェめぇ。フルト準男爵家は、お前抜きで再興だぁぁぁ!」

 

 あれからわずか数日しか経過していないが、フルト家当主の姿に最早貴族の品格は見えない。

 既に髪はボサボサで抜け毛も増え、目元はクマと窪みも酷く無精髭が伸び、まるで狂人のような風体に変わっていた……。

 人間の親らしい心を捨てた者への、報いか呪いのようにも執事のジャイムスには感じられた。

 そして同時に彼は、無理と思いながらも救いを願わずにいられない。

 

(ああぁ、アルシェお嬢様……クーデリカ様にウレイリカ様が危のうございます)

 

 心を大きく痛めつつも、平民に過ぎない彼には強大な伯爵家へ対して、小さい事での抵抗が精一杯である。しかしそれも空振ってしまっていた。

 『歌う林檎亭』へ男の使用人を走らせるも、アルシェの仲間達はこんな時に『不在』として伝言のみを残し戻って来ただけであった……。

 伯爵家が相手では誰も動くと思えない。それでも、微かな最後の望みとしてジャイムスは祈る。

 

(どうか、どうか、助けの手がありますように)

 

 

 ここでも長くなりそうな夜が静かに過ぎてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 中央評議会の決議で

 

 

 アーグランド評議国の首都、中央都――。

 広い都市区画の中寄りの場所に、中央評議会の大議事堂は建っていた。

 直径が200メートルを超える円形土台の建物である。巨大な低い円柱に半球を乗せた丁度お椀を被せた独特の形状で、頂上には内部に大鐘の並んだ小尖塔が立つ。議事堂全体の高さは約130メートルにも及ぶ。

 分厚い岩盤から削り出された石柱を組み合わせ外周部から支えて作られた内部は直径170メートル、最高点も90メートル超の大空間が広がる。

 建国時の種族間でも纏まりのあった時期に、国家のシンボルとして総力を挙げて作られていた。

 なので巨体の永久評議員の(ドラゴン)達でも、十分寛げる席が用意されている。

 天井部の一角はガラス張りで開閉式の大窓もあり、昼間は十分に天から光彩が降り注ぎ神秘的な空間を演出していた。

 この大議事堂には、永久評議員7名、一般評議員104名の計111の議席を満たす140程の座席が弧を描く様に並ぶ。会場内の中心は直径40メートル程で円形の広い空間が残されている。

 勿論、そこは中央で激論や熱弁を振るう為の場としてだ。

 本日(隣国では第一王子が午後に出陣した日)の会議は、()()で招集が掛かり開催されている。

 

「ブヒッ。過去300年の格式ある評議会の歴史を見ても、これほど独断で行動を起こした記録はありますまい。我々は、随分とないがしろにされておると存ずる。半日で都市を灰に変えた武勇については認めるが、やはり――煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)殿の隣国侵攻は我々評議会の判断を全く仰がずに進められておる。これはどう見ても良くない、受け入れがたい話かと――」

 

 今回の会議長へ対し、『三ツ星』の評議員バッジを付ける中立派のゲイリング評議員が、議場中央の『演説の場』で大きく声を上げた。

 彼の発言に呼応して「その通りだ」「独断行動には異議ありですな」と発言する議員達あり。勿論、ゲイリングがそう手筈を整えての事だ。

 こうして場の大きい流れを作るのが彼の常道である。

 

 ゲイリングは狡猾に正論で責めていた。

 この評議国は多種族で構成されている。国の組織機構から大きくはみ出す行為については、眉を顰めるのが自然の感情となる。

 評議国民の心理を巧みに利用することで、彼はアインズとの約束をなんとか達成しようと画策した。仮面の男の圧倒的(パワー)を見て、ゲイリング一族の存亡が掛かっていると考えてだ……。

 また、娘のブランソワからの催促も厳しかったのである。

 

「父上、いつもの強引な手腕で何とかしてくださいっ。モタモタしていては、私までアインズ様に嫌われてしまいます。あの方の御不興を買いたいのですか?」

「お、おう。分かっとる、分かっとるっ」

 

 皮肉だが、そんなやり取りにより娘との会話の機会が何気に増えていた。今回の正論でという原案を出してきたのも彼女である。

 ゲイリング評議員には息子達も数人いる。しかし、いずれも思慮の浅い脳筋系だ。それに難度まで4、50程しかなく、将来的に考えても大仕事ではほぼ使えず頼りない存在。

 そんな中で、ブランソワは娘ながら文武で光るものがあると見ていた。

 ただ、どうやら父の傲慢且つ悪徳で議員妻への淫らさも混じる戦略がお気に召さないようで、非協力的であった。

 今も父コザックトへ向けての考えではなく、アインズの部下として熱心に動いているのは分かっている。

 それでも、優秀な我が娘の成長をみるのは悪い気分では無かった。

 今日の彼は大なり小なりの色々な思いの中で『演説の場』へと臨んでいる。

 

 しかし先日までは、交戦派への同調を強く感じさせていた有力者ゲイリングの動きの変化に戸惑う評議員達も多かった。大商人の彼へ関係や借りを持ちながら、事前に相談の無かった者らが顔を見合わせる。

 一方で、中立派の中には先日までのゲイリングと同様で、今後見込まれる奴隷需要に関わって横流しでひと儲けしようと考えている連中が他にもいたりする。

 議会内でそれぞれの思惑が激しく交錯した。

 

「ゲイリング殿、〝時には戦いも必要〟などと、先日申されていた事と主張が違うのでは?」

「旗頭の一人であった貴殿が、そうあっさり意見を変えられてはなぁ」

「そうだ、そうだ」

 

 巨大な利権を巡り、先日と話の流れが違うと異論を並べ述べる評議員も当然現れる。

 ここは、比較的平和な今の時代を過ごしてきた評議国内において一つの戦場だといえる。

 力技のみでの血は流れないが、議会の決定によって淘汰された者達はいた。

 だからこそ必死になるのだ。

 今日の場の評議員席には、モロに該当者である煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)の妹、ビルデバルド=カーマイダリスも居た。

 彼女も数日前に無念さをグッと飲み込んで結んだ援助の密約を、簡単に反故にされる話に無論、激怒しながら食って掛かる。

 

「どういうつもりですか、ゲイリング殿っ。話が全く違うのでは? 我が姉は評議国国民の多くが未だ持つ、憎き人間共への恨みを背負って勇敢なる戦いに臨んでいるのです。それを邪魔する気ですか!」

 

 そんな意見群を受けても、ゲイリング本人は余裕のある態度に軽く目を閉じると述べた。

 

「では、皆さんに問いたい、ブヒッ。だからといって、我らの祖先やここにおられる永久評議員の方々で厳粛に決めた国家の約束事を盛大に破り、勝手な行動が許されるとでも?」

 

 この発言で、場は一旦鎮まる。

 だが、以前もこれに近い意見を語る評議員はいたのだ。その時に交戦派寄りで動いていたゲイリングは「時代に合わせた判断も時には必要でしょう。ブヒッブヒッ――貴殿の種族の多くが(ウチの商会系列からの)借金で首が回っていないのを、見直すようにですよ」と脅しも交えて語り、交戦賛成側へ寝返らせ一蹴している。

 そんな下僕評議員が今、先頭で相槌を打つのである。

 

「ゲイリング評議員殿の申される通りだ!」

「全く同意見。侵攻に賛成であった方々も、今こそ考えを変える時ですぞ」

「妹殿も、無理に正当化したいだけだろう、筋が通らないぞっ」

 

 他のゲイリングの犬達も応援に加わり、その弁舌の勢いを増していく。

 それでも、交戦派やそちら寄りの中立派も黙ってはいなかった。激しく意見で応戦が始まり、「都合よく使い分けるな」「ゲイリング殿は横暴だ」と暫く喧々囂々(けんけんごうごう)の状態になってしまう。

 そんな場を受けゲイリング評議員は、百歩譲ってと提案する。

 

「確かに急な話ということで、納得出来ない方々もおられる事でしょうな。ブヒッ。であれば、一つ条件を付けましょう。今後――一度でも苦戦すれば撤退ということでは?」

 

 以前、「姉は圧倒的」「必ずや我が国へ勝利を」と語った手前、ビルデバルドら交戦派と中立派の一部はその厳しい案で決議を取る事へ応じるしかなかった。

 それから10分後に中央評議会総決議が行われ結果、111票の内、永久評議員7名の全員がゲイリング評議員の意見に賛同し、一般評議員の賛同票も75を超えて終了した。

 中央評議会の議会は、有力議員達にとって、ある意味凄まじい茶番劇の場とも言えた……。

 

 

 結局、この世界では――『(パワー)』を持ち、且つそれを振りかざす者のみが覇権を握るのである。

 

 

 今回は元々拮抗気味だった場で、中立派の3分の1も率いて保守側へ動けば、大勢は決する話であった。

 ただゲイリングは、自身の意見変えの理由であれこれ迷っていたのだ。

 悪徳の道を歩んできた男も、今回に限り背に腹は代えられないと娘の案を採用し、正論での意見でアインズとの約束を達成する。

 これで、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグは、評議国側から竜兵を多く失うだけでも撤退する状況へ追いやられたのである。

 

 無情の決議結果を目の当たりにし、評議員席で竜王の妹は呆然とする。

 

(ああぁぁぁぁ……。お姉ちゃん、またゴメン。どうしよう……)

 

 もはや後の祭りである。

 派手さのある力勝負の喧嘩と違い、こういう政治的駆け引きは本当に苦手な彼女。

 長い首を天井へ向け、高い天窓から夕刻の赤く綺麗に染まる空を見て思わず黄昏ていた。

 

 翌日午後、あれから中央都内にある評議員宿舎で悩んでいたビルデバルドは、一つの結論へ達し決意する。

 

「ならば、こちらにも考えがあるんだからっ」

 

 一度でも苦戦すれば撤退―――つまり、圧倒し蹂躙しつつ進撃し切ればいいのだと。

 

 その為に取る手段は、姉の軍へ強大無比な援軍を送る事。

 また、郷里の者らの協力には一度報告が必要と、ビルデバルドは中央都を飛び立ち東方へ200キロ離れた山脈を目指した。

 

 里では賛同者が続出する。準備を開始し整え終えた援軍は、2日後の午後に国境を越え隣国リ・エスティーゼ王国へと向かう。

 その先頭に立ったのは当然の如く、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)の妹ビルデバルド=カーマイダリス自身であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 戦場での動きが始まったのは、日付を越える直前、午後11時50分過ぎこと。

 まだ戦闘開始まであと半日はあると信じ、王国軍内で仮眠を取りはじめた者が多かった時刻。

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグ=カーマイダリス率いる竜軍団が突如、王国側への攻撃を再開したのである。

 不遇にも最初の標的になったのは、竜達の宿営地の南西方面であった。

 どうやら、竜王らは人間側の移動や炊煙などで王国軍の動きに気付いての迎撃という訳ではなかった。

 ゼザリオルグらは真っ直ぐ、旧エ・アセナルの南西75キロにある最も近い都市を攻撃対象として進軍を始めた模様。

 侵攻する竜の総数は、約220体。

 本国アーグランド評議国への人間達捕虜の監視、並びに宿営地の管理・警戒へ多数を残しての行動であった。

 先陣を切るのは勿論、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)であるゼザリオルグだ。

 

 

 

 侵攻の引き金を思い切り引かせたのは、昼に本国から漸く届いた補給物資と共に、遅れて中央都から里を経て竜兵150体と共に飛来し現れたビルデバルドからの言葉と報告だ。

 

「お姉ちゃん。この戦い、苦戦したらダメだからね」

 

 そこから始まった話を聞くと、どうやら3日前の中央評議会内にて豚鬼(オーク)族長で大派閥を率いるというゲイリング評議員ら中立派の半数以上が突如、保守派へと傾いたのだと言う。

 奴らは『議会に無許可の進撃を中止し撤退』を考えるべきだと強く述べ、厳しい条件を突き付けて来たと聞いた。

 耳に入って来たその言に、ゼザリオルグは憤慨した。

 

「――一度でも苦戦すれば――だとぉ? なめんなよ、豚野郎が。奴隷での金儲け狙いで我らの足元をうろつく事しか出来ない、小さい腰抜けどもの分際でっ」

 

 今から中央都へ乗り込み、必殺の火炎砲でゲイリングという豚野郎を丸焼きにしてやりたいが、戻る行為すら叩いてきそうに感じて思い留まる。

 500年振りに復活した若輩の姉より、経た年月で一回り大きく貫録を帯びる立派な体から伸びた長い首を傾け、妹が尋ねる。

 

「……お姉ちゃん、どうするの」

 

 竜王陣内は幸い、補給物資の到着を待って再侵攻の準備が整っていた。

 また、姉思いの妹が期待する前である。

 そして誇りある竜種の、いや全種最強の種族にあって頂点の竜王であり姉でもある分厚いプライドが、弱気で引く事を決して許さない。

 それに、人間如きに苦戦などすれば撤退する以前に死んだ方がマシであるとも考えていた。

 先日の如き強者達が現れようとも、竜王らしくただただ前のめりにゴミ共を踏みつぶすのみ。

 

「聞くまでもねぇよ。ここは―――勇猛に進撃あるのみだろ」

 

 本国のくだらない決議を笑い飛ばす意味でも、不安要素はゼロなのだとして告げた。

 

「流石ぁ! だよね、お姉ちゃんっ。じゃあ、私も少し手伝うよ」

 

 だが、可愛い妹からの申し出に対し、姉らしく告げる。

 

「ダメだ。お前達は帰ってろ。そして郷里で見守っていてくれ」

 

 しかし、妹より返って来た次の言葉にゼザリオルグは詰まってしまう。

 

「お姉ちゃん……これだけ派手に出て来たら、豚野郎(ゲイリング)に部分退却したとか思われないかな?」

「あっ……」

 

 こうして、姉に勝るとも劣らないパワーを秘める竜王妹ビルデバルドもここでセンレツ(戦列/鮮烈)に加わった。

 

 竜王以下200体を超える竜達が順次離陸し、宿営地を旋回すると攻撃地のある南西方向へと進む。

 まるで巨大で圧倒的装備の重戦略爆撃機群が飛び立ったかのようだ……。

 ビルデバルドについては要として宿営地に残した。他に、ドルビオラ、そして戦線へ復帰したアーガードも残す。

 同様にアーガードより2日早く復帰したノブナーガを侵攻部隊に組み入れている。

 5体組だったという人間のグループに不覚を取った彼は懇願する。

 

「竜王様、人間の都市攻撃の先頭は私めに」

「病み上がりでまあそう勇み逸るんじゃねぇよ。都市は他にもまだまだいっぱいあるだろ。今回は軽めに流しておけ」

「はぁ」

 

 主命へ残念そうに語るノブナーガ。そうして旧エ・アセナル上空を超えて4キロ程進んだ時であった。

 ゼザリオルグは、地上に間隔の開いた位置で潜む者達をその自身の感知能力で多数発見する。

 ただ、1カ所へ潜む数は少ない。それらは布を利用した隠れ蓑を纏っている様子。これにより、上空から目視で発見されなかったみたいだ。

 風にそよぐ一面の青い穀物の穂軸に紛れていたのだろう。

 

(なんだ、この連中は?)

 

 個体の大きさから恐らく人間だと確信する。

 そして、そこから数キロ進む。途中で3キロ程見掛けなかったが、その先にまた同様の点在を見つける。結局眼下に総計で1000箇所近くは感知することが出来ていた。

 攻め寄せるには戦力がばらけ過ぎていると思える。

 流石に数の多さと目的が見えず竜王も不気味に感じた。

 

(これは……人間どもめ、一体何をする気だ)

 

 飛行しながら竜王は即座に考える。いつもなら、目的地を粉砕してからと考えるところ。

 しかし今は、妹から『一度でも苦戦すれば評議会から正式な撤退指示が来る』との話を聞いていた。

 ゼザリオルグ個人としては、白いジジイの居る評議会の決定など完全に無視したい。だが、この500年のうち300年間をアーグランド評議国の一員として過ごしてきている妹や里に残っている一族連中の立場というものがある。

 先日までは『評議国に関係のない部分で、勝手に暴れている』という事になっていたが、状況が変わったのだ。一族を纏める竜王として最善を尽くさなくてはという思いが、眼下の目障りな連中へと意識を強く向けさせていく。

 

(後顧の憂いを無くすため――目障りは、先に殲滅しておくべきかもな)

 

 そう考えを変えると即座にノブナーガへ指示を出す。

 竜王以外は、眼下に分散して潜む人間達に気が付いていないため、その点から説明しながらだ。

 警備の任についての責任者へと復帰したノブナーガは顔色を変える。

 

「私が至らず、敵の動きを発見出来ずにいたこと申し訳ありません、竜王様」

 

 彼は部下達ではなく長期間動けなかった自分の失態のように告げた。

 だが、ゼザリオルグはそれを酌んで返す。

 

「復帰したばかりで責任なんて言わねぇよ。人間共の浅知恵だろ。焼き尽くせばいいだけの話……あぁ、そうか」

 

 ゼザリオルグは、地面に広がる人間共の間隔を空けて潜む理由に気付く。一気に炎で焼かせないためなのだと。

 

(人間どもめ、こざかしいな)

 

 竜王程の火力があれば、一息の火炎砲で広範囲を殲滅可能だ。

 しかし、多くの竜兵ではかなり範囲が狭くなるのである。

 また竜王ならば火炎砲を100回でも余裕で吐けるが、竜兵では2、30回も続けて全力で吐けば、炎が切れてしまう。

 だが、竜種は馬鹿ではない。

 

(確かに一度で一斉に攻撃すればなぁ。でもな、回復時間と数をずらして攻めれば十分に対応可能だぜ)

 

 竜王は直ぐに対策を考え付いていた。丁度今、約半数が出撃しているところである。

 どれだけの人間共が潜んでいるか不明だ。とはいえ、現在の出撃数で全力攻撃から余力を残し、宿営地の戦力と交代すれば、そしてそれを繰り返す形で2、3日あれば殲滅出来るのではとの考えに至る。

 間髪入れずゼザリオルグが、ノブナーガへと指示を出す。

 

「隊列の進路を反転させるぞ。死にたい人間共は、この地域の地上へ広い範囲に点在しているようだぜ。2体一組で順次広域へ展開っ。上空から威嚇の一発を放ち、動いたところを丸焼きで仕留めろ。あと1時間後毎で宿営地へ半数を戻し交代させる。あー、一応、地上へは降りさせるなよ」

「ははっ」

 

 上空なら竜種の独壇場である。

 何があっても優位は揺るがないと考えて、そこだけは念を押した。

 竜王は仲間へと気遣うが、直後――己は単体で降下し地上へと降り立った。

 そして、巨体から見下ろす眼下の地面に虫の如き10名程の人間(ゴミ)達を発見して冷酷に告げる。

 

「死ね。―――〈全力火炎砲(フルフレイムバスター)〉っ」

 

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)口から吐き出された激烈な火炎砲を受けた兵達は、その威力で周囲の土ごと跡形も無く蒸発した。

 竜王以外の周囲でも同様の光景が広がる。

 圧倒的な竜兵と絶望的強さの竜長らの火炎砲攻撃を受け、阿鼻叫喚の世界が湧いてゆく。地獄絵図は、王国軍の後方兵力の南西側から南方面と東に向けて、広域でますます大きく描かれていった。

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国軍は、一方的な被害が広がり始めていた。

 だが、兵を分散させた効果は予想に沿いかなり出ており、竜の強烈な火炎攻撃1回に対しての死者は平均で10名を切り狙い通りではあった。兵の纏まりから一人でも撃ち漏らせばその分、空撃ちに近い火炎攻撃が増える。

 そして、まだ―――冒険者達は動いていなかった。

 危険で逃げ場の無い北方側の兵達も。

 更に、竜の宿営地の周りへは最前線の兵4万余が丸々残っていた。

 そんな彼らが小さく吠える。

 

「やるぞ」

「「「おおっ」」」

 

 王国軍側の兵力の一部で混乱をみせつつも、各所で立ち上がる。

 最前線をはじめ、銀級以上の3000名を超える冒険者達や伏兵的な者達が今、力強く攻撃へと動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. アインズ、ズーラーノーンの計画を「  」する

 

 

 秘密結社ズーラーノーン。

 その全貌は、人類圏で最大の国力と調査組織をもつスレイン法国でさえも掴み切れていない。

 しかし、闇に蠢く結社の極秘計画をアインズは、見事に事前で入手することに成功する。

 ズーラーノーンは此度の王国軍と竜王軍団の戦争において恐るべき計画を立てていた。

 

 

 その名も―――『混沌の死獄』。

 

 

 (ドラゴン)の死体を活用し強力なアンデッドの竜を先兵にして、盟主が5名の高弟と共同で展開する超大包囲魔法陣内の一帯を死で埋め尽くし、膨大な闇の力を生み出す計画。

 だが、集めた大量の魔力の使い道は結局、御方の得た情報においても不明のままである……。

 

 この大計画の全貌をアインズ扮するモモンへと届けたのは、漆黒聖典第九席次のクレマンティーヌであった。

 彼女は、王都で第一王子出陣の喧噪を利用し紛れるように調査を行なった。

 所用時間は僅かに4時間程。

 それは紛れもなく、彼女の飛び抜けた優秀さを示すものでもある。

 でも、昼食時はモモンと過ごしながら、そこから短時間に一体全体どうやってと思うところだ。

 

 実はクレマンティーヌ自身も、モモンに「カジットから……」と話を聞いた瞬間には、やはりお手上げかもと思った。

 しかし、カジットが詳細を伝えられず、計画から外されていた事を笑った時に閃いたのである。

 

 『高弟達のアジトって、やっぱり〝墓地〟にあるんじゃないのー』……と。

 

 ただ、人類圏で最大級の都市である王都リ・エスティーゼには『集約した巨大墓地が1つ』と言う訳ではなかった。

 中規模の墓地が10箇所程もあり分散して作られている。

 これが王都へ、ズーラーノーンの盟主がアジトを置かなかった最大の理由だ。同様に他の高弟達も敬遠していた。

 そして、クレマンティーヌはもっとも大きく目立つ墓地を外し、2番目の大きさを持つ墓地から調査を始める。王都の詳細な地図については、モモンを探す必要から秘密支部へ来た当日に「独自調査で必要」と正式手順で当然入手済だ。

 彼女の考えは見事に的中する。

 アジト発見までの所要時間はたったの20分であった……。

 ここ数日完全に気配を消すのに慣れていた彼女は、そのまま潜入したのである。

 墓地内の、小さい霊廟の一つの地下に作られていた支部的な規模の広さと設備であった。

 更に王族出陣当日の所為もあるのか情報集めで、多くが出払っていたのだ。

 ドラ猫と化したクレマンティーヌは人知れず部屋から部屋へと侵入し、多くの資料を斜め読む。彼女は、部分的に開示された計画内容と支部が行う作業に加え、過去の『死の螺旋』から全てを組み立てた。

 それが『混沌の死獄』の全貌である。

 

「――そんな感じなんだけど、モモンちゃん?」

 

 夜中に木彫りの『小さな彫刻像』経由で連絡を受け、小隊長も休んでいる戦車から「お花を摘んでくるねー」と出ると、人気のない場所で愛しのモモンへと伝えていた。

 どうやって情報を得たのかも一通り聞き終えたモモンは感心し、改めてクレマンティーヌの存在価値を感じる。

 発想と実行力を備えていないと、この結果はまず得られなかっただろうと。

 だから、モモンとして彼女を言葉で十分褒めてあげる。

 

『流石だね、(小動物としてだけど)愛しいクレマンティーヌ。凄く助かったよ、ありがとう』

「モ、(――モモンちゃんっ………嬉しい、嬉しいよーっ)」

 

 彼女の声は余りの喜びで大きく且つ少しひっくり返り、彼女自身で口を押えたほどだ。

 はしゃぐクレマンティーヌだったが、戦地に赴く彼へやはり不安は隠せない。

 

「モモンちゃん、対応はどうするのー? 戦場に出るからさ、やっぱり心配だよー。手が足りないなら、私も一緒に残ってもいいよー」

 

 傍に頼りないマーベロだけだと、厳しいのではと気遣う。それは漆黒聖典からの離脱を意味するのだが、彼女は全く気にする風もなく告げていた。

 しかしそういった彼女の心配は無用。

 

 今回の計画について、モモンことアインズは――一応手は打つつもりである。

 

 同時に、最強のアンデッドであるモモンへ影響があるはずもない。

 まあ、超大包囲魔法陣が既存のアンデッドへどういった影響を及ぼすかは不明であるが、多くの状況や攻撃へ耐性を持つ絶対的支配者への直接的影響は低いを思える。

 

『大丈夫。可愛いクレマンティーヌは安全なところにいて欲しいかな』

 

 彼氏からの優しい想いだとして、恋乙女の彼女は大きく頷いた。

 

「分かったー」

 

 納得したクレマンティーヌへモモンは「お休み」と告げて有意義な通話を終えた。

 

 そして3日が過ぎ、戦場へと竜達の火炎吹き荒れる激しい戦闘の始まった数時間後の事。

 またしても竜の宿営地から残っていた遺体が全て突如消えたという――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 不穏な密談

 

 

 ここはナザリック地下大墳墓の広大な第九階層の一区画。外とは無縁の地と言えよう。

 一般メイド達も含め、NPC達には概ね自由に解放されている空間だ。バーや美容室等各種の店舗をはじめ、スパリゾート的なものから庭園風のちょっとした公園もある。

 場のざっくばらんさもあり、珍しい組み合わせで居合わせてもそれ程注目されることはない。

 そんな一角の、目立たない路地へと置かれたベンチの一つに、腰掛ける2体のNPCが居た。

 

 片方の個体は随分と小柄な―――鳥人(バードマン)

 

 普段連れている怪人は見当たらない。珍しく単独での行動。

 彼が、ナザリック内で異質な設定を持っている事は、結構有名であった。無論『ナザリックの支配を狙っている』という内容だ。

 冗談と言う見方もあるが、本人は『冗談でも使命は使命』との考えを持っていた。

 当然『(リスク)』の覚悟も出来ている。

 ただ、自身のLv.1という何とも余りに最終目標まで遠い現状から、途方にも暮れているのが本音。

 しかし、そんな彼へと接触して来た者がいたのである。今回で3度目の密会だ。

 一人分程空け右横に座る『同誕の六人衆(セクステット)』の1体であるNPCは、小声で静かに重要事を語る。

 

 『()()()()為に、出来れば()()を手に入れて貰いたい』という趣旨で。

 

 密会の1度目は鳥人の有名な設定の再確認。2度目は本気なのかという鳥人の気持ちと、六人衆の1体である自分も近い使命があると告げた。

 それは『設定』ではなく、過去の記憶にある『口伝』によるものだと。流石に至高の御方も、プライバシー的にNPC達の記憶の中までは見ていなかった……。

 鳥人も『創造主の残した崇高な我が使命』を達成するには、他者を引き込んだ上での連携が必要だと常々思っている。

 

「ほう」

 

 相手からの同志的言葉に鳥人NPCの目が細まり、ナザリックに対する悪巧みの要求へ、つぶらな瞳を鈍く光らせた。

 なお、横に腰掛けるNPCは、要望話の一つ前に鳥人(バードマン)()()()()について尋ねている。それは手柄を上げ、御方へとネダれば貰える可能性があるアイテムかと。

 小柄な彼は肯定した。

 そこで、新入りである六人衆の自分では早期に貰える可能性がかなり低いと見て、鳥人(バードマン)への相談であった。

 新入りの己だけで、既に急ぎあれこれ手を打っているけれど難しい面が多い。やはり、協力者が必要との考えであり、両者の利害と思惑は一致していた。

 鳥人はLv.1ではあるが、随分と前から階層守護者の助手という位置に立つ。

 現在、統合管制室の責任者でもあり、六人衆の者よりも先に機会を得る可能性は随分高い。

 鳥人の彼もそれを理解し、眼前の相手のレベルなど思案した後に返事をする。

 

「いいですよ」

 

 怪し気な話はここに大きく前進する。

 ただ、赤身のある嘴から放たれた彼の言葉にはまだ続きがあった。

 

「でも―――そこ、美々しい床を汚さないでくれよっ!」

 

 足元が少し汚れていた六人衆(セクステット)の1体は、掃除好きの鳥人(ペンギン)にナザリック本階層の潔癖さにつき厳しく注意されていた……。

 

 

 

 

 アインズが王国の北西方面へと戻ってゆき、第九階層のアインズの執務室ではいつも通りアルベドが書類の確認や訂正など日常の事務処理を行なっていた。

 そこへ、今日は扉の中ではなく、外で待機している一般メイドから伺いが入る。

 

「アルベド様、デミウルゴス様がいらっしゃいましたけれど」

「そう、通して」

 

 間もなく大扉が開き、漆黒の大机の前の空間へ置かれたソファーに座り、テーブルへ書類を積んで作業をしている統括の近くへとデミウルゴスが歩いて来た。

 そして、アルベドの右横傍へと立つと、『ハレルヤ作戦』関連の書類を手渡す。

 

「アルベド、これが本日の分です」

「分かりました」

 

 そう言って、書類を受け取り何枚か捲って斜め読む。

 統括に相応しい彼女の仕事振りを少し見て、デミウルゴスが「では失礼」と背を向け立ち去ろうとしたところで、アルベドが静かに問うた。

 

「――デミウルゴス、()()()はいつお知らせするのです?」

 

 最上位悪魔は体を半身で振り向かせ、尻尾は垂らし首をアルベドへ向けると小声で告げた。

 

「責任は、全NPC指揮官の私にありますので。アルベド、これはナザリックによる〝世界征服〟へも影響の出るだろう事象です。くれぐれも勝手な行動は自重願いますよ」

「……分かってますけど」

 

 アルベドは複雑な気持ちでいた。

 デミウルゴスの考えも理解出来る。それは、ナザリック地下大墳墓の者達にとっても非常に重要な問題であった。

 すると丸眼鏡の彼は伝えて来る。

 

「貴方で責任を取れると言うのなら構いませんが?」

 

 その言葉に黒い翼をピクリとさせ、白き美しい悪魔は顔と視線を左へ外した。

 彼女の様子を見たデミウルゴスが語る。

 

「まあアルベドにはやはり、少し酷かもしれませんからね」

 

 そうして、背を向けると扉を開き静かに退出していった。

 一人残されたアルベドは、胸元で手の指を組むとじっと数分間考え込んでいた。

 

 

 




時系列)移転後の日数/内容(左程時間が早い)
38 クレマン王都2日目-再会ト誤算 和平の使者再び ゲイリング撤退密約 アインズ評議国退去 ミヤ,ナザへ 蒼の薔薇と連携に関し会談 アルシェ宅へ(セドラン達エランテルで撤退指示受) アインズ→クレ絡
39 和平決裂一報 エ・ランテル兵が王都へ 午後戦時戦略会議で王国軍出陣 帝国に雨 アインズ→クレ絡
40 巨樹と激突予定 再退去交渉 モモン、王都冒険者組合へ移動 冒険者会合 リッセン長姉ピンチ 帝国荷駄隊出発 冒険者宴
41 六腕会議の知らせ エンリ荷駄隊と共に移動 午後第一王子出陣 クレマンズラノン調査 ゲイリング案議会通過 クレマン部隊ヘ帰還(ビースト参謀帰国)六腕深夜会議(竜王国2週間経過)
42 セドラン達部隊ヘ合流 昼前、和平の使者王城へ帰還 午後アインザック&モモン達が出立 ガゼフ告 国王の軍団出陣 ゴウン屋敷へ エンリ日没後トブの大森林圏へ到達 ラキュース薬GRT 聖典撤収 ナザ戦略会議
43 未明八本指総会 午前中エンリカルネ村へ 8日間で王都へティラ&ブレイン イジャニーヤ揃いルベド狂喜 蒼の薔薇移動 アインズ達にユリも出立(帝国軍遠征10日経過)
44 アインズ蒼薔薇と合流 アルシェ妹拉致 竜軍団再侵攻 ズラノンの計画は…
45 王国、竜軍団と開戦予定日

例えば、本話冒頭の国王が出陣したのは 42日目午後



捏造・考察)フィリップは国王派男爵家の三男
書籍版10-175で、上級の貴族の服装をうらやみ、己のみすぼらしい服装を嘲笑と書かれている。
しかし、準男爵ではさすがにパーティーを開いても集まらないと考えて、(落ちぶれ気味の)『男爵』としました。家名は『ゴーダウン』とかよさそう(笑)



捏造・考察)バルブロの初陣
武に自信があるという部分からこういう感じではと。
ザナックはあの体形もあり、まだ戦場に出た事はないと推測。

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