オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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最強種の(ドラゴン)共よ思い知れ。ついに、俺達(じんるい)の戦いは始まったっ!(笑

補足)旧エ・アセナル周辺戦力の大まかな位置(前話の後書きへと思うも、結局ここで)

                          【東北東】帝国軍騎士団+魔法省+近衛
             【北側最前線「死地」】弱小貴族
 【西側最前線】バルブロ   竜王軍宿営地(旧エ・アセナル北)  【南+東側最前線】レエブン侯爵
  【西部~南部戦線】反国王派貴族       【南部~東部戦線】国王派貴族
  【大街道傍の森】アインズ一行&蒼薔薇  【南東】漆黒の剣 【東南】漆黒+組合長ら
【海岸傍】六腕 イジャニーヤ  【穀倉地帯の大森林】国王+ガゼフ ユリ
      【全戦域】冒険者達 デミ+アウラ  【不明】ズーラーノーン
            【待機】シャルティア ???

 王国軍兵力 最前線4万 主戦線16万 冒険者3千余
 帝国軍兵力 騎士団5千+千 魔法省100 近衛200 冒険者他数百?
 竜王軍団竜兵力 約440体

注)モモンの声色と口調については、鈴木悟の素の声口調になっています



STAGE45. 支配者失望する/竜軍団ヲ迎エ撃ツ王国(じんるい)(19)

 リ・エスティーゼ王国の王国記には、この年の夏に起こった戦争についてこう記されている。

 

 『北西部穀倉地帯の戦い』あり。王国の精鋭軍は竜王率いる空一面の竜軍団と戦えり――と。

 

 一方で、後世の人々はこの戦いを現実と皮肉を込めて『大火葬の戦い』とも語っている。

 地上の兵達は連日、空から伸び降り注いだ数百数千数万を数える火柱に、ただ焼かれ続けたと口伝により伝えられて……。

 

 

 リ・エスティーゼ王国の北西へと壮大に広がる穀倉地帯の北端領域。

 その一帯へ夏の深夜の(ぬる)い風が流れる中、それへ焦げ臭くまたイヤな肉の焼ける様な臭いが徐々に深く混ざっていく。

 領域北方には、まだ繁栄時の姿が記憶に新しい王家直轄の旧大都市エ・アセナルが灰色の巨大な廃墟として静かに朽ちていた。

 ついに煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)の軍団をアーグランド評議国へと撃退すべく、王国の総力と国家存亡を掛けた一大決戦が暗闇の中、予定より半日以上早く始まった。

 王国側にとっては、夜襲的な不意の強襲を受ける形になり予想外の開幕となったが戦いは想定内へ納まり気味で進んでいく。

 また現状不利な中も意図せず、この戦場の周辺には人類圏の戦力が密かに集まって来ていた。

 遠方の帝国からは少なくない軍の精鋭騎士団に魔法省部隊、冒険者やワーカー達、更に広域で見ればズーラーノーンや先日まではスレイン法国の漆黒聖典までもがだ。

 とは言え、現段階でまだそういった外部戦力は動いておらず、残念ながら広き戦場内は華々しいおとぎ話や英雄譚に程遠いものだ。ただただ竜王軍団からの火炎砲で、脆弱な王国軍側の一方的に焼かれる酷い地獄的情景が地表へ広がるだけであった。

 おまけに竜王軍との戦力差はより過酷に。

 竜軍団の宿営地を監視していたアズス達3名は、リーダーのルイセンベルグから指示された仲間が若干早く迎えに来た事で、監視位置から撤収しチームへ合流。偶然なので責めることは出来ないが、それにより王国総軍は竜王の妹ビルデバルドが率いてきた新たな150頭もの竜兵の援軍合流について、情報を丸ごと見落としてしまっていた。

 現在、アーグランド評議国から侵攻して24日目の竜王らは、(ドラゴン)440頭近くを有する人類圏全域に対してすら余りにも強大な軍団となっている。

 こんな状況で果たして、王国は……いや人類圏側は本当に勝利を掴めるのだろうか――。

 

 

 戦闘開始時から両軍序盤の動きについてはギクシャク気味である。

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグ=カーマイダリスは、旧エ・アセナルの北1キロに置く宿営地へ本日の昼に本国より補給と里からの援軍を受け、人間側へ再侵攻する準備が完全に整ったと夜半に半数の220頭を率いて南西最寄りの小都市を破壊する為に出撃していった。

 そこで、眼下の広大な地表部へ王国軍の大規模展開を感覚で捉える。

 ゼザリオルグは里の援軍を率いて来た竜王妹ビルデバルドから聞かされた『一度でも苦戦すれば本国へ撤退』という憂いを重視し都市攻撃から方針を転換。まず、上空へ密集体型で纏まっていた軍団を周辺掃討の為に広域へ散開させつつ、王国軍の展開する南西後方陣地帯を攻撃し始める。

 王国側の狙い通りで、厄介な竜軍団を2匹一組という薄い状況にすることへ成功しつつあった。

 竜王陣営側としては、人間達が少数の隊で広い範囲にばらけている為、統率立った反撃は低いと判断してだ。

 それを見た前線のレエブン侯は、敵の竜軍団の厚みを更に希薄化させるためにバルブロの陣をはじめ、最前線各所へ作戦指示の馬を走らせる。

 

「竜王軍側を動揺や混乱させるのは今しかない! 小隊群、突撃せよっ!」

 

 侯爵自身の前線部隊が挟み撃ちにされる危険も高いが、竜王へ『王国軍が既に軍団の宿営地近くへ兵を寄せている』事を実際の攻撃により知らしめるのはこの時だとして動く。

 レエブン侯が囮的に放った竜王宿営地への進撃部隊数は一隊10名の約80小隊。本来は翌日午後で、日の明るい間の攻撃を想定していたが、その手段を侯爵はそのまま使った。彼は好機と見るや直ちに、火矢や弩級などでの挑発中心の装備で部隊を出したのである。

 その動きへ、宿営地に留まっていた竜王妹のビルデバルドが反応。すでに、近郊の広範囲で姉の軍団が戦闘に入っていた知らせや光景を受け、これは憎らしく脆弱で愚かな人間達の総攻撃だと判断して宿営地に残っていた内の竜兵数100を周辺への攻撃に動かした。

 レエブン侯からの伝令に、寝起きのバルブロも動き出す。

 王子は予想外の夜間戦闘でもあり、帝国との戦争経験豊富なレエブン候の作戦へ素直に従った。それは勿論、妹ルトラーからの「自ら前線に赴かないよう」との金言を踏まえている。

 彼も完全な馬鹿ではない。間もなく訪れるだろう次代の国王という輝かしい将来を掴む為に、この戦いは「生還」する事が第一だと理解していた。

 伝令の要望通りに西の最前線近くからおよそ30小隊を竜軍団宿営地へと西方から突撃する振りをさせ攻撃に出した。暫くのちに小隊は撤収する様にして。

 敵の竜兵達を少数に拡散させて広範囲に誘き出すのが目的であるからだ。

 数時間差を置いて竜軍団宿営地の北側『死地』である前線領域からも少なくない陽動の小隊が動き出す予定。

 

 ここで、竜王も旧都市周辺に味方の火炎砲が見えて、この動きに気が付く。

 

「おのれぇぇ人間共、ふざけやがって! 宿営地との間にも入り込んでいた人間(ゴミ)の連中が攻撃に動きやがったかっ。クソッ、これなら先にビルデーへ今後の指示を出すべきだったな」

 

 ゼザリオルグの作戦では、宿営地の部隊は休んでいてもらわないと竜兵のローテーションが出来ず、火炎息が切れてしまう期間が出来てしまうのだ。

 竜王妹の指揮する本陣をみて、竜兵の一部を早期に宿営地へ下げるという予定変更を余儀なくされそうで、軍団長は苦い顔をしていた。

 

 一方この時、王国の冒険者達は想定通り、自軍の酷い被害から焦りと恐怖を覚えつつも、純粋に竜兵達がバラけて広がっていく状態を攻撃準備しつつじっと待っていた。

 王国軍の一般兵士達を犠牲にする形で。

 予定では彼らに身体強化や耐火系の防御魔法を施すはずであったが、この状況に至っては機を逸していた。故に断腸の思いで次の段階へ進むしかない。共に居る前衛の冒険者達の強化へと振り替えてだ。

 彼等冒険者達はモンスター達との戦いに生死を掛けた中で実戦経験を積んだ者達である。機を見計るのは長けていた。

 

「……今だぁっ、竜共をぶっ殺して全員進めぇーー!」

「「「うおぉぉーーっ!!」」」

 

 既に、各所へ配置についていた冒険者達が上手く少数へばらけた始めた最強種族へと徐々に挑んでいく。

 相手は(ドラゴン)――誰もが一度は夢見た闘いだといえよう。

 しかし断じて甘くはない。

 竜兵らの最低難度は66を誇る精鋭連中であった。

 これでも、竜王側の援軍で数を優先し、以前の難度75よりも最低水準が少し下がっていてだ。

 つまり冒険者で言えばミスリル級以上の難度。おまけに低魔法を跳ね返す超硬質の鱗に、剛筋肉の巨体から素早い暴力も振るうのだ。

 最低でもオリハルコン級超の冒険者を相手にする気構えが必要であった。

 だからその怪物に対して、多くが複数チームで挑みかかるのである。

 

 相手に――上空を飛ばれ、強力な火炎砲を吐かれながらだが……。

 

 戦士系の者であれば、剛弓や投げ槍を使うしか手が無い。

 魔法詠唱者はそこそこ射程のある呪文での攻撃となる。

 どうしても白金級以下の冒険者達のはっきりとした苦戦は免れなかった。戦闘を開始した冒険者達で落命する者が、各地域であっという間に二ケタに乗り増え続ける。

 ミスリル級の冒険者チームさえも竜兵へ丈夫な鎖の付いた強烈な剛槍を打ち込むなど、地上へ引き摺り下ろし集団で襲い掛かるぐらいしか手が無い風に見える。

 オリハルコン級のチーム達も上位の竜長級と戦う為、劣勢感は否めなかった。

 流石にアズスらも合流したアダマンタイト級の『朱の雫』だけは、出合い頭に十竜長を早くも1匹戦闘不能にしていたが。

 あと、想定するも難題として、既に戦場の最前線へ竜王が出て来ている事である。

 引き付け役の『蒼の薔薇』は丸1日程は登場しない為、開戦初日の遭遇時は全員上手く逃げおおせる他ない。でも逆に好都合な面も見えた。フレンドリーファイアーを恐れてか竜王は絶望的な破壊力を誇る全力攻撃をしてこない点である。

 両軍混乱気味のまま1時間など、あっという間に過ぎていく。

 そして次の1時間で、竜王軍団側は竜王の指令で宿営地から出ていた攻撃部隊を陣へ引き上げさせた。

 対して王国軍側も国王の下へレエブン侯からの「最前線全域も攻撃中。このまま前倒しで戦闘継続希望」の伝令が届き国王も冷静に戦局をみることにする。

 主戦場は南西から南部、そして最前線南西部へ広がりつつあっても国王を守るガゼフ達が動く様子はない。

 国王の戦場近くへの出陣は、言うまでもなく全軍の士気のみを考えての事である。

 相手は竜種であり、誰もが逃げ出したい状況なのだ。その中で国王さえも落命を恐れず戦場に出ているのだからという王国民の心理は決して小さくない。

 もし、こういった民を率いる王様の勇気を見せる行動が無ければ、この時代の日頃ただ傲慢な多数の貴族達の為に民兵らの大部分は戦おうと思わない恐れもあっただろう。

 年齢もあり体力の優れないランポッサIII世自身が戦場で闘う事はない。代わりに王の剣は今、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが務めている。

 そうして戦闘開始より3時間近くが経過し、竜王軍団からの蹂躙劇に対して、冒険者達からの反撃が少しずつ戦場に広がりつつあった。

 

 

 

 人間らの大量死が蔓延し始めた過酷な戦場から南西へ50キロ程離れた大街道傍の森の中で、明日からの大役を控える『蒼の薔薇』チームと僅かに離れて野営するゴウン一行が居た。

 メンバーはLv.100のアインズとルベドにLv.57のソリュシャン、そしてLv.46のシズ。あと不可視化で離れて控えるLv.63のナーベラルがいた。

 王国軍の前線がある北東側の動きを察知し探索へ出て戻って来たソリュシャンから、アインズは戦闘の開始ともう1匹Lv.80超えの竜の存在を知らされる。

 「そうか」と答えながら驚きは内心に留めていた。

 

(うーん……これって援軍だよな?)

 

 デミウルゴス達に調査してもらってから少し日が経っている事もある。

 でも確かアダマンタイト級チームの一部が残り、監視していたように思っていたのでアインズは少し首を傾げた。

 ここで、アインズは先日のナザリック戦略会議の一コマも思い出す。

 ナザリックとしては遠方の話であり、緊急度や脅威としての認識度で高くない事情もあったが、デミウルゴスはその後も竜の死骸数は追っていたみたいである。なので、援軍は昨日今日の話かもしれないと行きついた。

 

(ふむ、多分そうだな)

 

 あのアルベドや最上位悪魔に抜かりはないだろう。

 絶対的支配者は、そこから続き評議国にはまだ高レベルの怪物(モンスター)が居ることに思考が向かった。

 

(でも流石にLv.80という水準をいくつも無視するのは色々と危険だよなぁ)

 

 同レベル帯ならソリュシャンらも上位装備で負けないはず。

 しかしどう考えても、プレアデス達では対処が難しいどころか容易に撃破されてしまう相手だ。

 みすみす可愛い配下達を失うなど、非常に不快な事項になりかねない。

 今度、評議国で先日支配者が立ち上げた『モニョッペス商会』で副支配人を任せているブランソワ辺りから、難度で200以上の有名な者達のリストをもらう事を考える。

 一方でLv.80超えの個体が1匹増えた程度では、アインズ達の優位は変わらないとも思っている。

 無論油断は出来ないのだけれど、先日の巨大魔樹もLv.80超えの個体であったが結局、階層守護者3名では完全にオーバーキルであった。

 此度、相手の数と規模は大きいが、ナザリックの投入する戦力は自身も含めずとも先日を上回っている。時間を与えれば今回全力装備で出すルベド1体だけでも確実に十分だろう。

 勝敗については必要ならマーレ達もおり、大きな不安を持ちようがなかった。

 ただ、今は死なせたくない弱者達や近隣都市の防衛を考えると、人手が必要なのである。その部分では不安が少し増した形になる。

 言葉の止まっていたアインズへ、状況の変化にソリュシャンが小声で尋ねてきた。

 

「アインズ様、王国軍と竜王の率いる軍団との戦端が急に切られていましたが、我々は予定通りこのままで宜しいでしょうか?」

「今のところはな。だが念の為、少し確認してみるか? ……」

 

 視線を向けるとソリュシャンが頷き、周辺について確認済で『蒼の薔薇』から聞かれる事はなさそうだ。

 アインズはまず冒険者『漆黒』チームの状況を知ろうと考える。

 パンドラズ・アクター達は昨日となるが午前中には最終配置位置に着いていた。

 彼等の行動方針については、アインズ達が『蒼の薔薇』と合流する前のナザリック内から、「同行する連中に上手く合わせよ。竜を倒しまくるな。最終的に1、2匹倒し名を上げれば十分」と、かなり()()()なものを伝えている。

 安心して任せているマーレへと繋いでみる。

 

「……〈伝言(メッセージ)〉。アインズだが、聞こえるかマーレ?」

『あ…………うーん』

 

 「アインズ様」という言葉はなく、受け答えが窮屈そうであった。傍に冒険者組合長らがいるのだろう。

 今、マーレは健気に頑張っているのが伝わる。察した御方は状況に合う指示を送る。

 

「話せそうなら、可能な範囲で周りに見える状況を何か知らせてくれ」

『モ、モモンさん、炎はずっと西に遠いですし、敵はまだしばらくここまで来そうになさそうですね? ………………。あ、はい。とりあえずここに待機ですか、分かりました』

「状況は大体分かった。マーレ、ありがとう」

『……(はい)』

 

 アインズは可愛い配下の小声を聞き終えると〈伝言(メッセージ)〉を終了した。

 続いてユリへと繋いでいく。彼女はハンゾウと共に国王を守る戦士長ガゼフが籠る地下指令所の近くへと潜んでいた。どうやら今のところは伝令だけが出入りしているようで、まだ戦闘域からは遠いとの報告を受ける。

 そして支配者は、次にニニャに渡した木彫りの『小さな彫刻像』経由で音だけを拾う。

 彼女のチーム『漆黒の剣』の近くには可能なら4人をカバーするために、ハンゾウよりも強力な八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が1体いるので大丈夫だとは思っている。

 そんなアインズの思考へ届く音は、心拍数が上がり恐怖や緊張する気持ちからすでに少し荒い呼吸音が幾つも聞こえて来る。ペテルらの配置は、マーレとパンドラズ・アクターらの居る東南部の戦線よりも少し西側へ位置するため、戦闘域が近付いて来ていると予想できる。すでに3分程経つが呼吸音の他は「くっ」や「はぁぁ」とかのみで話しをする者が誰一人としていない……。

 

(あー、ニニャ達、大丈夫かなぁ)

 

 (シルバー)級冒険者といえばレベルで10辺りの者達である。竜兵らに遭遇すれば、ほぼ確実に命は無いだろう。この状況をアインズの過去の経験的に示すと、ユクドラシルにおいてギルドメンバー少数でワールドエネミーにバッタリ出会うようなもの。

 それにこれはゲームではなく――己自身の命が掛かっているのだ。

 

(一応大丈夫とは思うけど、ちゃんと生き残ってくれよニニャ。……出来ればペテル達も)

 

 ツアレやルベド(姉妹保護)の件も大きいとはいえ、仲良く過ごした知っている者が居なくなるのはやはり寂しいものがあるのだ。アインズにとって、それも戦場を共にした連中であればなおのこと。

 しかし、これをずっと聞いている訳にもいかず、今は祈って接続を切る。

 ただまあ八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)の八連撃はかなりの攻撃力である。第一、レベル差から百竜長級でも圧倒するはずで護衛を信じる事にする。

 なお、シャルティアの参戦はアインズ達が表向き後方へ下がるタイミングで、もう1体のNPCは東部方面戦域の状況を見てであり、まだナザリックにて出陣を今か今かと待っている状態だ。

 アインズはここでふとこの新世界の戦争に関する疑問が浮かぶ。

 

(……人類の勢力間の戦争で普段、冒険者……組合での決まりがあるといいつつも、特に魔法を余り使わない感じなのは気の所為か?)

 

 今回の様に怪物(モンスター)の軍団が相手になれば、魔法詠唱者を多数含む冒険者達も率先して参戦する。

 何か大きな理由が存在するのではと思える。

 魔法の使用を抑える事で武技の発達へ繋がる部分があるのかもしれない、とさえ。

 御方が違和感を強い感じたのは、王国の軍自体に魔法詠唱者(マジック・キャスター)が殆どいない点だ。

 冒険者と住み分けられているといっていいだろう。少数での小競り合いは別にして、貴族間や民衆の争いでもほぼ武器を使う武力により決着する。魔法の威力を知り、魔法詠唱者は存在するのにだ。

 『戦争文化の歪』といえばそれまでだが、それにしても効率が悪すぎる。

 魔法詠唱者はやはり絶対数が少ない、と聞けば一理はあるだろうけど。

 クレマンティーヌの話を聞くとスレイン法国でも、何となく『過剰な戦力』は秘匿部隊扱いという流れがある。

 ただ一方で帝国には公な魔法省があり、魔法詠唱者部隊を組織、運用してはいる。とはいえ王国との戦争では、これまでに毎年帝国八騎士団しか投入していないようなのだ。

 そうかと思うと、武人の王国戦士長一人に全員が第3位階魔法詠唱者で固めたスレイン法国の秘密部隊45名をぶつけて来るというのもあったわけで。一応騎馬隊はいたが。

 

(……費用対効果かもしれないし、少し俺の考えすぎかな)

 

 そしてアインズはそこから、戦争や軍における己の組織に関しての弱点に辿り着いていた。

 

(ナザリック旗下には万夫不当や一騎当千は多いんだけど、大兵団を指揮する者が意外に少ないんだよな。今後を見越すと士官不足の現状放置は、以外にまずいかもしれない気もする)

 

 現在日課としているアンデッドの軍団についても、指揮を誰に任せるかは考えていなかったことにも気が付く。

 

(うーん。アンデッドでもあるユリとか、新入りのカイレ辺りの指揮官特性を調べておきたいな)

 

 現在、エントマには配下に蟲達をはじめ、旧陽光聖典の隊や死者の魔法使い(エルダーリッチ)の部隊など、幾つか部隊をぶら下げてみている。

 蟲愛でる少女は、張り切って部下の教育と訓練に励んでいると報告を受けていた。

 とは言え、エントマの指揮する各部隊の個体数は多くても数十と少数。

 配下の兵隊規模が1000体程と大きくなると、指揮官の数は実際にかなり心許ない。

 デミウルゴスにアルベドは理論的有能さで何とかするだろうが、残りの階層守護者達は現状でアウラとマーレが2~300を率いれる程度に思える。

 ナザリックの旗下にて階層守護者級以外で挙げれば、万単位を率いれるのは恐怖公だろう。

 

「あとは……ふむ――エンリぐらいか」

 

 アイテムの効果が絶大だったとはいえ、いきなりにもかかわらず5000体の兵団を難なく完璧に率いて見せた彼女は、聞いていた某職業(クラス)からも相当貴重な存在と再認識する。

 

(一応、精強の護衛を付けるべきかな。でもまあ、今はキョウが傍にいるから問題ないか)

 

 帝国の老人(フールーダ)に不意を突かれたが、改めてよく考えれば優秀な部下を失う所であった。

 やっぱり地上については今後手に入る領内でも、安全面で気を引き締める必要があると考えさせられる。

 

 エンリやネムは人間であるが、地上で一番初期に支配者直属の配下となり、既にナザリックの立派な一員である。

 対して、同じ人間の某陽光聖典の隊長については、日々頑張るエントマから健気に「()()()()部隊長としては使えそうです」との回答を直接聞いた事を支配者は思い出す。

 その時、変わらない笑顔の表情ながら僅かに彼女の答えへ何か負の含みを感じるも、「相手は人間だしやりにくいのかも」と単にアインズが考えても無理はない。

 主もまさか、徐々に調子に乗り始めた元陽光聖典の隊長が、ハレンチ行為をこっそり繰り返ししているとは思っていなかった……。

 勿論、その都度エントマは強烈な形で返り討ちにしてはいる。だが予想外に頑丈な男であった。いくつもの瀕死を乗り越えた事と部隊への殺人的猛特訓もあり、いつの間にかレベルが一つ上がっている様にも感じられた。

 そんなヤツとは知らないが、アインズとしてはニグンという者へ、信用と共に士官としては一部隊程度が限界でまだまだ微妙という考え。素養を試したいところではあるけれども。

 クレマンティーヌは……性格的に全く指揮官へ向かない気がする。隊が毎回全滅しそう(彼女の手によって……)だ。

 

(トブの侵攻に際して、いっそ各自の指揮官適正の訓練的な要素を組み込むべきかもなぁ)

 

 攻勢を受ける相手はたまったものではないだろうが、提案し実現すれば中々面白そうでもある。

 根が真面目なアインズは、近くに『蒼の薔薇』の居る野営地で、ナザリックの将来に対して更なる布石を夜通しで考えはじめた。

 

 

 

 王国軍と竜王の軍団の戦いは開始6時間を過ぎた辺りで、戦闘は最初の小康状態となった。

 人類にとって(ドラゴン)と言えども疲労はする種族なのが救いである。だが、戦闘は散発的には続いている。上空にはまだ20頭を上回る姿が確認出来た。大幅に減ったとはいえ本来、十分に脅威の数である。高度を上げて人間側の対応を確認している模様。

 朝日が昇って1時間半近く過ぎていた。

 王国軍の被害の全貌は不明だが、死傷者が万を下回るとは考えにくい惨状が旧エ・アセナルの南西部から南部戦域の地上へと見渡す光景に延々広がってみえる。

 先月に襲われた旧エ・アセナル周辺の受けた被害面積を大幅に越えているはずである。

 ただそれからすれば、随分死者数は抑えられていた。

 レエブン侯の時間稼ぎ作戦は、今のところ計画通りと言えよう。でもその中で、大地へと転がる竜の死骸は片手の指数に納まる程に留まる。

 全てが上手くいっていると喜ぶことは出来ない。

 凄い乱戦で余裕もなく誰も気が付かなかったが――それでも違和感を覚える者らがいた。

 アダマンタイト級冒険者『朱の雫』チームのメンバー達である。

 

「……おい、あそこの付近で竜長を倒したと思ったんだがな」

「えっ、あの場所だったか?」

「いや……違ったのかな」

 

 そう。戦場に残っているベき(ドラゴン)の死骸は、気が付けば少しずつ減っていた。

 勿論、デミウルゴス達が最低コストに納まる形で、せっせと回収しているのだ。

 ナザリックにとっても大変貴重な素材群である。無駄にするわけにはいかない。

 でも流石に〈転移門(ゲート)〉や〈時間停止(タイム・ストップ)〉を連発出来ない。その為、竜王から距離をとった上で戦場の外に拠点を作ってそこへ〈上位不可視化〉や〈上位転移〉を使って運び込み、15匹程集めてからナザリックへ移動させる予定である。

 アウラが丸眼鏡の悪魔へ確認する。

 

「デミウルゴス、間違いなくアインズ様は褒めてくれるんでしょうね?」

 

 それへデミウルゴスは自信を持って言葉を返す。

 

「勿論です。アインズ様の深きお考えは当然理解していますから」

 

 一体どんな『お考え』なのだろう。アインズ自身がこの場へ居ればそう思うはず。

 彼等は、竜王らの宿営地から〈転移門(ゲート)〉と〈時間停止(タイム・ストップ)〉を使って既に5匹の竜の死骸を回収した上でこの作業を行なっていた。至高の御方からの指示とは少し異なるためのアウラの質問だ。

 しかし、より一層褒めて欲しいという願望には逆らえないのも事実。

 アルベドさえ反対しなかった事も大きい。これにはNPC達が自主的に動いた『休暇推進計画』の成功も背景にある。

 竜の躯の山と同時にもたらされる利益を考えれば、決して小さくない働きという事である。

 なればあとは皆、最大の成果をナザリックの主へと示すのみなのだ。

 

 

 

 竜王軍団の宿営地では攻撃部隊主力の帰還後、すぐに軍団上位の者達が全員集められた。

 その場において開口一番、竜王ゼザリオルグが嘆く。

 

「バカにしやがって。いくら何でも人間共の潜む範囲が広すぎんぞ」

「やはり、地上へ降りて一気に蹴散らすべきでは?」

 

 王の言葉へとドルビオラが具申した。

 提案内容に一理あるがゼザリオルグは、やはり一抹の不安も拭えない。

 

「……いや、それも連中の狙いなんだろう」

 

 Lv.25の竜が吐く火炎砲は本来強力なものである。しかし、広範囲となると1回での被害は限定的であったのだ。

 それなら地上へ降りて腕力に訴えれば、と思うところ。

 実際、戦端が開かれ間もなくという事もあり、少なくない竜兵が単独で降りている。すると冒険者達が何処かより湧いて来て、結構な被害が出ていた。

 点呼を取ったが、6時間程度の戦闘で7頭程も姿がみえない。

 そして開戦時に2頭一組ということを通達したが、結局は1頭ごとの戦いになったようだ。

 

「どうしますか、姉さん」

 

 公の場で重臣達がいるとき、ビルデバルドは大人の喋り方をする。

 当然だが、種族の長代行としてTPOは弁えていた。

 ちなみにこの場に揃っている竜長達の中で、もっとも体格が立派で大きいのは彼女。

 

「仕方ねぇ。下手を打てない以上、ここは時間を掛けてでも確実に潰していくしかねぇよ」

 

 軍団長の言葉へ、ビルデバルドだけでなくアーガードやドルビオラらも頷く。

 意気込みは盛んでも、盲目では無いのが竜王である。

 ここで、百竜長筆頭のアーガードが竜王へと報告する。

 

「実は……配下より報告があり、3時間ほど前に陣近郊で安置していた仲間の遺体が5頭すべてなくなっているとの事です。それぞれの場所を離していたのですが……」

「またかっ!? おのれぇぇ、一体何奴だっ」

 

 勇敢な仲間の死を侮辱する行為に思えてゼザリオルグは憤慨する。

 偉大な竜王の怒りに、アーガードが長い首の頭を大きく下げる。

 

「2度目となり申し訳ありません。部下達は警戒をしっかりとしていたのですが、そんな警戒網すら突破する者のようです」

 

 参謀的な彼は隙を突かれる可能性をちゃんとみていた。

 しかし、某地下大墳墓の集団から第10位階魔法を繰り出されては防ぎようもなく……。

 不快感がMAXの中で湧き上がる剛力に手を何度もニギニギしつつ、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)はあの謎で特異な人間の襲来を思い出す。

 

「クソッ、またヤツがくるんじゃねぇか」

「ヤツって……なんですか、姉さん?」

「そういや、まだお前には話してねぇか。俺よりも弱かったが人間の中にも少し強い奴はいてな。そんなアホが単独でここに乗り込んで来やがったんだよ。仲間の大事な亡骸を持って行きやがったのは連中の仲間のはずだ。そいつみたいなのがもし複数来れば油断ならねぇぞ」

「そんな事が……(私が来てよかった)」

 

 評議会で報告されていれば、その場で撤退指令が出ていそうな案件であった。

 

「だが、次こそはぶっ殺すっ!」

 

 ゼザリオルグは竜王らしく力強く咆哮しながらそう吠えた。

 

「とはいえ皆疲れてる。ひとまず、これから1時間程休憩だ。宿営地はビルデーに任せるぜ」

「分かりました、姉さん」

 

 そうして程なく1時間は過ぎ、竜王は準備を整えると200頭を率いて再び出陣する。

 

「おいっ、そろそろカス共を蹴散らしに出るぞ。2頭一組みを厳守しろ!」

「「「オオーーーーッ!」」」

 

 1時間半程で再び、一方的な戦いが再開された。

 

 だが、この竜王軍団の休憩の間に王国軍は、朝食を各所で取り仮眠もし、更に――レエブン候の用意していた秘策が炸裂する。一つの伝令が軍内を縦横に浸透していく。

 王国軍は南西部戦線を中心に結構広い範囲の戦域で死傷者が出ているが、傷や欠員の少ない小隊を2つに分けて、掃討された戦域の一部へ再び間隔を取って2000を超える分隊を再配備させたのだ。

 そして、持参させた焦げ茶の大布の片面へ、地表の黒い灰や焼け残った麦の幹部分を付けてカムフラージュするように事前に指示している。兜や鎧、金属武器は太陽光でキラキラと反射し、気付かずに居場所を空を飛ぶ者へと知らせてしまうのだ。これは見た目だけでなく、それを防ぐための一手であった。

 そう簡単には貴重な兵達を殲滅されないようにと、レエブンは狭い部屋の机上であったが十分に工夫を重ねてきていた。

 概ね単に時間を稼ぐためだけではあるが、しかし意外に竜側としての手間は大きい。「またか」という心理的な面へも訴える良策でもあった。

 

 この王国軍の一連の動きは、上空に残って監視し続けていた十竜長から上空へと再出撃した竜王へと伝えられた。

 

「人間ドもは、兵を分散し掃討地域に再び多くの兵を各所へと配置してオります」

「なっ……(おのれぇぇ、完全に時間稼ぎかよっ。連中は一体何を狙ってやがるっ?!)」

 

 時間稼ぎだけでは必敗であるが故に、逆転の手を用意しているという予想が濃厚になる。

 それは冒険者達のようにも思えるが本能的に危険度で少し弱く感じた。

 『一度でも苦戦すれば本国へ撤退』は、竜王の心理面で非常に重い足かせに変わり始めていた。

 攻撃を緩めることは出来ず、見えない反撃へ徐々に怯える事となったからだ。

 敵は、連中の逆転の手は?――それに己は対処しきれるのかと。

 

「……攻撃だっ。空から徹底的に地面を這い回るこざかしい連中を殲滅しろっ!」

「ははっ。おい、者共っかかれ!」

 

 百竜長で副官のノブナーガが竜兵らへと指示を出すと約100組の竜兵達が広範囲の戦場へ別れていく。

 竜王はその集団の薄まる光景に不安を覚えつつも、早期の敵掃討にはやむを得ない戦術であると理解だけはしていた。

 ただ、現状はゼザリオルグの軍の一方的な掃討戦であることは事実。

 

(何を以て苦戦となるかだな……)

 

 竜王は戦場を見渡す上空で真剣に考えていた。

 6時間毎に食事と1時間半程の休息に部隊の入れ替えをする事で、初日はこのままの流れが続いて過ぎていった。

 なお過ぎただけで、戦闘は終わってはいない。

 竜王軍団はローテーションを組んで連続して延々と攻めて来ていたのである。

 僅かな休憩で戦場へと出続けられる竜王の体力は無尽蔵の如きであった。だが余り驚くほどでもない。元々この世界において、それほどケタ違いの怪物なのだから。

 そうして再戦開始より丸1日を過ぎたころ――。

 彼女、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグ=カーマイダリスは、一つの真理たる結論にだとりつく。

 

「フフフ……どうやら考えすぎてただけってこった(多くの冒険者も混じっている。これはこの国のほぼ全主戦力のはず。つまりここの連中を全滅させて勝てば、後はなんとでもなるはずだ)」

 

 また、隠し玉に強い者が居れば逆に好都合。それを幾体も討ち果たせば、結果的に被害へ対して数倍する戦果となり『苦戦』とは言われない。『大勝利』というのだ。

 単に勝って〝(パワー)〟を、強者も全部倒して更に〝(パワー)〟を示せばいいだけ。

 竜王の進むに相応しい明解な道だ。

 

 『力こそ正義(Power is justice)』のこの世において――強者はガタガタ文句を言われるはずがないのであるっ。

 

 この戦いへの確信と自信を取り戻し竜王は、大空を気分よく羽ばたき飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とうに日は沈み、雲多き夜が深まり、4度目の竜王率いる大部隊の空襲といえる攻撃中に開戦から早くも丸1日が過ぎる。

 やはり王国軍の被害は甚大になっていた。

 0時に近いこの時間、戦域は遂にニニャ達のいる南東側へも広がりつつあった。また最前線のうち、竜軍団宿営地北側の『死地』も百竜長率いる60頭の猛攻を受け始める。

 王国軍は〝受け〟の状況が続く。

 旧エ・アセナルから南南東へ50キロ程離れた国王のいる指令所へ届いた報告を纏めると、全戦域の死傷者数は3万人を優に超えつつある。

 国王ランポッサIII世は、子爵からの経過報告に難しい顔をして終始聴き入っていた。傍へずっと控えているガゼフも無言のまま視線を落とす。各戦線で救護も一応行ってはいるが、この戦いに限り二の次になっている。負傷者が死者になる数も更に増えると(うれ)いて。

 また冒険者の被害については――詳細不明である。

 とにかく戦場の全域が常に混乱気味であり、ドンブリ勘定になるのも無理はない。

 なので討ち取った竜の数においても、良く分からない状況となっている。なぜかずっと2匹から4匹の間を行き来していた……。本当は十竜長3匹を含む11匹程転がっているはずなのだが。

 成竜の体は全長で18メートル以上にもなる。その死んで残っているはずの巨体が、いつの間にか見当たらなくなったと幾つか報告が上がって来ていた。

 『王の間』にずっと詰めている髭の男爵が小さく愚痴る。

 

「いい加減な……。未確認の情報を送って来るものではないわ。この非常時だというのに」

 

 彼は、民兵の雑兵達が混戦で、正確に確認せず重大な報告をしてきていると感じていた。

 確かに毎年繰り返えされている帝国との戦争とは、戦場の状況や緊迫感がまるで違い冷静な判断は難しいと考える。しかし、国家存亡にも繋がる今回の戦果報告は正確でなければならないのだ。

 また、時折地上へ竜が降りている事も確認されており、もしかすると仲間達の死体を持ち帰っている可能性も十分にあった。

 竜討伐の賞金を得る為には、死体から明確な部位を切り取り、後で提示する必要がある。

 当然、殺す事が出来ても『証拠』がなければ賞金は出にくい。賞金を払う国王や大貴族の面々が、討伐現場を複数で目撃し事実が認められれば認定されるだろうが。

 切り取る部位も、鱗や爪は1匹から複数取れるので注意すべき。鱗には個体毎に鱗紋があり、調べれば同一個体と分かってしまうのだ。その時は賞金や名誉が均等割りになる可能性も残る。

 故に鱗等と共に、換えがなくて比較的取り出しやすい眼球の水晶体などがベスト。

 だがそんな余裕など、今の戦況では例えアダマンタイト級冒険者達にもなさそうに思えた。

 

 

 冒険者達は苦戦していた。

 (ドラゴン)との戦いの中に有った現実は『栄光』などでなく、ひとえに厳しさのみ。

 白金(プラチナ)級冒険者達でさえ、空飛ぶ竜1頭へ団体で挑もうと、殆ど何をやっても傷付けた手ごたえが返って来ないのだ。

 余りに強く、異様に固い。

 竜と対峙した冒険者達が、一度は必ず思うのが『絶対に〈不落要塞〉が掛かっている』だ。

 〈不落要塞〉は武技〈要塞〉の上位版。持続が難しいので短時間だが、上位の武人が使用すると剣や槍、矢が殆ど通じなくなる。

 無論、(ドラゴン)達はそんなものを使っていない。単に強靭なだけである。

 加えてついでに魔法さえも弾いてくる。正にお手上げ状態へ近い。

 その世界最強種が相手であるから、やはり金級以下の冒険者には多くの死傷者が出始めていた。

 彼らの多くが、竜の強力な火炎砲に一撃も耐えられないのは苦しい部分である。難度75程の竜兵の砲撃は第3位階魔法の〈火球(ファイヤーボール)〉よりも強力だ。

 流石に白金級冒険者水準になると、体力面や資金を高価な装備へ回す者もいるため(金貨で数百枚級もユグドラシル的に言えば中級に届くかの水準だが)、一撃二撃には普通に耐えられる者が少なからずいる。

 ただ今回、3000名以上いる冒険者で金級以下が占める率は60%を超える。複数のチームで立ち向かおうと、多くの戦域で状況は苦しいばかりだ。

 なら上位と混ぜれば良かったでは?との考えも浮かんでくる。確かに、今回の戦争における冒険者の同級編成に異論もあった。

 でも、余分な時間もなく膨大な数へ細かい編成を考えられないのが現実だった。更に加えて、初めて組み『足を引っ張る連中』がいるのといないのではどうだろうかと。

 大混乱の中で、更に足を引っ張られる方はたまったものではないだろう。

 それよりも速やかに同級で組み、初めから『足を引っ張る連中』がいない方が動いやすいと王都冒険者組合長は判断した。

 実際、窮状に際し同階級という共通の仲間意識が働き、チームをばらしての期間限定で特別編成になった混合チームすら幾つも出来ていた。

 出陣前の王都では、『火炎へ耐えられないなら、チーム連合で直接受けないようにする他ない』と下位の当事者らで研究も起こり、多くの混合・連合チーム間にて知恵を持ち寄った。

 

 そして、いくつも考えられたうちの数案が――今、戦場で地味に輝く。

 

 多くが魔法詠唱者(マジック・キャスター)達の発案である。

 例えば真空を利用して火炎の先端を消したり曲げる(長時間は無理)。水魔法の幕で火炎熱を遮断する。大きいローブを纏い両脇へ2名を隠して〈屈折(リフレクター)〉で正面から一時姿を消す。面白いのは竜兵の眼前を直接、劇薬や刺激水で霧状に一時塞ぎ、暫く目測を誤らせる、等々。

 竜兵本体へ低位の武器攻撃や魔法が殆ど通じない事から、小細工に近いものが並んだのは否めない。

 それでも救われた者達からすれば、眩しい手段に違いなかった。

 戦争では多くの無名の者達が見せた煌めきが起こり、そして静かに消えても行くのだ……。

 

 

 

 

 アインズ一行と『蒼の薔薇』は潜んでいた森を既に離れ、夜闇(やあん)の眼下に北東側へ一直線で続く大街道沿いを終点の戦場まで目指していた。

 

 ゴウン氏と『蒼の薔薇』の竜王へ接触する重要なタイミングが刻々と迫って来ている。

 

 『蒼の薔薇』メンバーはイビルアイの〈全体飛行(マス・フライ)〉で移動する中、緊迫感が非常に高まって表情が硬くなりつつあった。

 至極当然だろう。彼女達は旧エ・アセナルで実際に竜王と遭遇しており、絶大な恐ろしさを良く知っている。

 一方で少し後ろに続いて飛ぶ支配者達はというと――。

 

 アインズはソリュシャンとシズと()()()()()()()飛行(フライ)〉で移動していた……。

 

 ルベドもその横を〈飛行(フライ)〉風に進んでいたが、実は不可視化した美しいもふもふの羽をゆっくりゆっくりパタパタしながら飛んでいた。

 パタッパタッパタパタッパタパタッパタッパタッ――。

 まあ〈無音〉も実行中で音はしないが、少々ほのぼのとした雰囲気が漂う。緊迫感ゼロである。

 但しソリュシャンとシズの『魔力を温存したい』という話にすれば、この状況もごく自然な流れだろう。全く問題にはなり得ない。

 ナーベラルは不可視化のまま〈飛行(フライ)〉で御方らの後方から続く。

 一応だが、アインズが戦闘メイドらと手を繋ぎ飛ぶのに大きな意味はない。

 いたって単純である。

 

「…………アインズ様……手を繋いで飛びたい……です」

 

 『蒼の薔薇』らが出発した直後、単にシズからそう言われたためだ。

 確かにどういった形で飛ぼうとアインズ達のスタイルであり構わない気もした。

 ついでに何故かソリュシャンも「いいですわね、あの(わたくし)もお願いできませんか?」と上目使いに便乗した。だが、無情で残念な事に(あるじ)の腕は一対二本しかなく……出遅れたルベドは単独でとなったのである。役目上、ナーベラルは枠すらないという惨状に無音で咽ぶ。

 最近の彼女達にとって、至高の御方と馬車も転移系も使わない移動は珍しく、彼の手を握る絶好の機会というわけだ。

 状況判断にめざといシズは結構な『したたか娘サン』なのである。

 

 さて、そんなのんびりした旅の出だし――森を出発直後に絶対的支配者は、ソリュシャンより報告を聞く。

 

「アインズ様、後方からLv.20付近中心で20名程の集団が地上を追ってくるように進んできます」

「……20名? ふむ……」

 

 それは数的にも、『六腕』のゼロ達ではないことから支配者は移動しながら考える。

 

(一体、何の連中かな? 考えられるのは王国軍の援軍だけど、それにしてはちょっと数が少ないよな)

 

 水準と人数を聞いてスレイン法国の六色聖典のような部隊も連想していた。ところがリ・エスティーゼ王国には、その水準の組織も部隊も存在しない。

 近いのはガゼフ率いる王国戦士騎馬隊ぐらいだ。でも今は国王と王子に付いているはず。

 アインズは『蒼の薔薇』と帝国の『イジャニーヤ』の共闘について知らなった。

 ラキュースとしてはゴウン氏に問われた時に答えればいいという判断である。

 ルベドは三つ子姉妹について先日知ったが、残念ながらそこで止まっていた……。最強天使はソコ以外に興味が無く概ねスルーである。

 しかし、その三つ子姉妹の一人が、今追って来てるという点には()()気が付いていた。『保護対象』にしっかりノミネートされているからだ。

 ルベドの考えを知らない絶対的支配者の思考は対応へも及んだ。

 

(どうしようかな。もしスレイン法国関係でも、今は竜の連中を何とか倒したいようだから、放っておいてもいい気はするけど)

 

 アインズは法国に対して、陽光聖典の部隊を討って敵対している立場であるし、かの国はワールドアイテムかもしれない秘宝やレアだろう至宝アイテムをまだ持つ相手だ。

 勿論、油断は出来ない。

 クレマンティーヌとの会話において、今まで『アインズ・ウール・ゴウン』に関して殆ど会話に出てきておらず、まさか法国の考えが彼を許し人類圏に貢献させるように融和政策へ転換しているとは思いもよらずである。

 なので、本日もナザリック地下大墳墓の周辺警戒は情報魔法系への対処も含め怠らずしっかりしている。

 この時、アインズの思考にはバハルス帝国という存在はまるで浮かんでいない。

 王国の隣国とはいえ、毎年戦争までして反目する国でこの戦場とは距離がある上、捕らえたフールーダ・パラダインより強い奴はいなさそうで正直『弱い国』と認識していたから。

 実際、つい先日もエンリの率いたゴブリン軍団に怯え、エンリへと領土割譲までしていた程なので、竜の軍団相手に何かしてくるとは考えつかなかったのだ。

 アインズの描く『夢舞台』では、現時点で帝国関連への穴がたくさん空いている。大きさにすれば穴は小さいのだけれど。

 

 

(でもなぁ―――ズーラーノーンの連中だと何をしてくるか分からないよな)

 

 

 やつらの切り札的な(ドラゴン)の死体をナザリックが回収していく反動については予測不能だ。

 クレマンティーヌの話から、盟主他、十ニ高弟達はかなりコダワリの有るイカれた連中という話を聞いている。追い詰められた狂信者達が一体何をしでかすかという不安はあった。

 だが、ここでアインズには引っかかる点がある。

 カジットやクレマンティーヌはマーレの計測において、素の難度で100へ届く水準。

 にもかかわらず、現在追って来る連中の中で、一番高くても難度90にも届いていないのだ。表現するなら連中は粒ぞろいというところ。一方で、クレマンティーヌが十ニ高弟達で勝てないという者は3名だけとの話もあり、難度の低い者を一概に除外も出来ない。

 支配者に迷いが生じた。

 

(ルベドとナーベラルならすぐに()()()()()()はず。……排除すべきか、それとも放置か)

 

 アインズは非常に、究極に世界平和への危機的な選択を、()()()()()()考える。

 『イジャニーヤ』の集団へはティラが居るのに、殺害を命じようとしている状況。

 そんな暴言を『偉大なる会長同志』から聞くようなら、最強天使ルベドは――――メッ。

 

(ここはやはり――不穏分子(ズーラーノーン)の連中なら綺麗に消しておくべきだよなぁ……)

 

 絶対的支配者はそう考え、指示を言葉へ出そうとした。

 でも――この瞬間、彼の脳裏へ()()()()()()()連続で一つの思考がしつこく浮かぶ。

 

(ん? ……『墓場大好き』な連中が、夜中とは言え表立って派手に追跡するのかな?)

 

 カジットのような陰鬱な連中を想像すれば、大きく違和感が膨らんだ。

 アインズは、先の「ふむ……」からここまで2分程あれこれ考えて出した〝謎の追手〟対処の結論をソリュシャンらへ語る。

 

「……しばらく連中の様子を見よう」

「畏まりました」

 

 そのやり取りを聞き、ルベドは『流石は会長同志、当然っ』という風で口許を緩めていた。

 ブ厚い信頼はそのままに……。

 こうして誰もが気付くことなく全く関係の無いところで、ナザリック及び世界の平和は今日も無事に守られたのである。

 

 

 さて、御方は〈飛行〉しつつ、次に『六腕』の6名との行動について少し考えが向かう。

 彼等はアインズ達が潜んでいた森近くの大街道より、もう一本北西側を通る大街道脇で合流を静かに待っている。

 事前にした打ち合わせ通りである。

 アインズと共に大都市リ・ボウロロールの領主で反国王派盟主のボウロロープ侯爵の暗殺に動くのはそれからである。

 『八本指』との共闘の会談が始まった当初、大貴族達を弱らせるのは出来るだけ時間を掛けて兵を大量に失わせるのが良策と語っていたアインズ。

 しかし、ボウロロープ侯爵家に関しては当主を亡き者にすれば、それは十分達成できるために重要なのはタイミングとなる。

 そしてその機会を掴む為には早めに周辺へ潜むのがベストである。

 故に『蒼の薔薇』と分かれた直後から、後方へ下がる幻影(ナーベラル)という形の替え玉アインズを立てて『六腕』と合流する計画を『八本指』へ提示していた。

 手順でみれば、竜王への反撃前に侯爵の暗殺は実行と完了されるべきにも思える。

 だが焦ってはいけない。

 万一、失敗しアインズや『八本指』主導と分かればただではすまないのだ。

 相手は六大貴族である。敵に回せばアインズの安全はともかく『八本指』側は大きな損失を受けるだろう。支配者も王国での全信用を失いかねずかなり大きな痛手だ。

 その辺りは、アインズも当然考えている。

 

 ここは戦場――自然な形なら直接的恨みはこちらへ向かってこないと。

 

 六大貴族の当主としても誇らしく悪くない最後なら疑う者も少なくなる。

 大まかの筋書きは絶対的支配者の思考へ描いている。ただ、その通りにいくかはこれからの展開次第。

 そもそも、アインズは他にやるべき項目が色々ある身。

 中でも最大の目的はこの大戦で、人類国家の危機をエサに『プレイヤーを見つけ出す』ことだ。

 

(邪魔する奴は何者も絶対に許さないぞ。―――そろそろ〝大舞台〟が見えて来たなぁ)

 

 アインズは仮面内の髑髏の眼窩(がんか)に赤き瞳を燃やし前方を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『蒼の薔薇』とゴウン氏一行が戦場外縁付近へ到着した時も、深夜の闇の中、赤い紅蓮の炎が南西部から東南部まで広大な戦場の大地を各所で染めていた。

 余りの場景(じょうけい)に、ガガーランをはじめ『蒼の薔薇』のメンバーはあふれ出す感情から唸る。

 

「うっ……こりゃひでえな」

「「……地獄」」

「くっ。これが現実か(カウラウ婆さん達はどこに行ってるんだ!)」

 

「ええ。でも皆で何とかしないと」

 

 リーダーの声にイビルアイらは頷いた。

 派手に動いてるのは、巨体で飛行する多数の竜兵達しか目にはいってこない。距離からまだ小さくしか見えていないが。

 そして、地表で炎に巻かれ薪の様に燃え上がるのが王国軍であった。

 

 これは一方的な殺戮戦争。

 

 しかし、弱くて反撃もままならないのならば仕方のない自然の優勝劣敗的光景とも言える。

 弱者でないという怒りがあるのなら、それを力で示し返すしかなのだ。

 今、王国側の一矢を担うアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』が、反撃への布石を打つべく動きだそうとしてた。

 『蒼の薔薇』の隊は段階的に高度を落とし、戦場の外周から煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)を慎重に探し始める。王国軍の敷いた戦域は延べ200平方キロ以上もあり、その外から竜兵に発見されず探すのも一苦労となる。

 勿論、ラキュースはイビルアイへと旧大都市の北西側を迂回するように伝え、当初から敵の宿営地寄りで近付いてゆく。『蒼の薔薇』とゴウン氏一行は、竜王軍団と王国軍の戦闘開始に至る経緯を知らないため、竜王は宿営地に居る可能性を取っていた。

 彼女(ラキュース)らの動きへゴウン氏一行は()()()続いてゆく。彼らが同行しているのは王国側の反撃の狼煙となる大魔法への布石――補助魔法〈遠距離標的固定(ロング・ターゲティング)〉を竜王へ撃つためで、『蒼の薔薇』はそれをまず主導し助勢する役目で動いているからだ。

 アインズはソリュシャンより先程「竜王は廃墟都市の南側で反応があります。宿営地にはもう1匹のLv.80超えの竜が残っています」との報告を聞いていた。だがその事をラキュース達へ知らそうとはしない。なぜ分かったのかを問われると色々面倒であるし、もう1匹のLv.80超えの竜を見ておく良い機会とも考えた。

 ルベドはナゼかソリュシャンの言に少し首を傾げていたが、竜王への単なる関心だろうと(あるじ)はひとまず無視する。

 それより絶対的支配者は状況の変化を考える。

 

(大きな標的が一つと二つでは戦いの流れが結構変わるよな。どういう展開にすればいいのかな。ああそうだ。変に考え込むと面倒な事になりかねないし、とりあえず()()へ補助魔法を撃っときゃいいか)

 

 裏で課金というひと手間はあるが、大分(だいぶん)適当な考えにしておく。

 こういう時は細かく決めても、ずれた場合に修正が面倒になるだけなのだ。

 支配者はここで、ギリギリ(ごと)は避けたいと考えた。

 『蒼の薔薇』が低空から地上へと着陸する。どうしても、飛翔しながらでは竜の眼から目立ち過ぎるためだ。雲も多い夜中なので暗さは濃いが、連中にとって関係ない。

 宿営地から北西寄り2キロという場所で草の背の高い地へと降りた。

 遅れて来る『イジャニーヤ』達からは、1名が魔法の〈認識低減〉と武技〈肉体強化〉〈走破改〉を使い斥候として先行して付いて来ていた。

 ただ、もう仲間の元へ折り返したようで、その姿は見えない。

 ここで『蒼の薔薇』からティアとティナが、夜間で最大の有利な術となる闇渡りを使って陣内へ潜入していった。

 彼女達は20分程で戻って来る。

 そして、ティアが開口一番に告げた。

 

「もう出撃してるのか、竜王がいなかった。――でも、1匹相当強いのが増えてる」

 

 『蒼の薔薇』はエ・アセナル近郊で潜伏調査していた時に軍団構成や3頭の百竜長も確認している。それとは違う1体を見たと言うのだ。ティナも情報を続いて語る。

 

「あれは百竜長らより強そう。あと、竜兵の数も以前より数十頭規模で多いように見えた」

「おいおい、本当かよ。冗談じゃねぇぞ」

「……援軍……かしら。うーん」

「恐らくな。これは厄介になったな(私達だけじゃ厳しいぞ)」

 

 ガガーランやラキュース、イビルアイらの驚く傍で、ゴウン氏もひとまず冷静に発言する。

 

「……敵が増えたか。まあ、今慌てても仕方ないですね」

 

 整列気味で(あるじ)の傍へ控えるソリュシャン達もコクコクと僅かに頷く。

 アインズは立場的に驚くわけにもいかない。かと言って雑魚が結構増したとはいえ尊大に語るのもどうかの微妙な空気と場を読んでの行動。

 この辺りの読みは営業職で修羅場的現場の空気も見て来た強みだ。

 でも、この状況で冷静というのはそれだけで凄いということ。

 直前に炎で覆われた戦場の一方的な竜共による惨殺風景を見てきて、王国(じんるい)側はかなり土壇場的と痛感させられたはずなのに――である。

 

「へぇ(ゴウンのやつ、この状況でか。流石だな)」

「ほう(こんなにキツい状況は、嘗ての十三英雄(あのひと)らでも冷静には振る舞えないんじゃないのか)」

「「……(おっさんには興味ないけど、できるな)」」

「ゴ、ゴウン殿……(これが本物。英雄って存在はこういう人なのね)」

 

 度胸のあるガガーランと長い戦歴を持つイビルアイは感心し、特殊な趣味のティア達に続きラキュースも目を見開いていた。

 場数が違うというゴウン氏達の肝の座り方に、『蒼の薔薇』のメンバー達は彼等の大物さを改めて感じる。

 今の状況で動揺が見えないというのは、人間の枠では測れない精神性にも思える。

 本来対処できない水準の物事や相手に対し、冷静さを保てる者はそういない。

 いや――つまり十分対処出来る自信があるからこそだと。

 底知れないゴウン氏の存在にラキュース達は口許が上がった。我々の反撃は本当にすぐそこなのだと。

 対してアインズが仮面の中で一瞬戸惑う。

 

(なんか彼女等の反応が予想とズレてるんだけど。俺、大したことは言ってないよな)

 

 しかし流れを切るのも余計であるし、そのまま確認の言葉を伝える。

 

「……念のために、そのもう1体にも網を仕掛けておきたいですが」

(――っ! そうよね。私達が対処しなくちゃってもう判断してるのね。本当に流石だわっ)

 

 ゴウン氏の言葉に、ラキュースが感心しつつ頷く。そしてティアとティナへ視線だけを送り情報提供を促した。

 忍者系姉妹は、アインズへ新たな標的の竜について伝え始める。

 

「風格もだし、体が一番大きいので見た目は分かり易いはず。ここから南東へ1・5キロ程の位置に居た」

「私達は影の中から600メートルの距離で確認したけれど――探知能力があるかもしれない。こちら側を向かれたから」

「……そうですか。それだけ分かれば、後はなんとか」

 

 ゴウン氏からの自前で対処できそうなニュアンスの言葉を聞くも、ガガーランが作業を補助する行動について尋ねる。

 

「でも、そいつを(おびき)き出すような手はどうする。難題だろ?」

 

 今回事前に撃つゴウン氏の魔法がどんな形で標的へぶつかり効果を見せるのか不明な為、普通に考えれば傍へ近付く必要や魔法を受ければダメージがあり反撃される事を想像する。

 現状、集団化していた竜軍団の分散に成功気味の戦場内でなら、護衛は少なさそうで目標の竜を挑発する手も選べるが、この場所は宿営地。

 下手にハチの巣をつつけばどうなるのか結果は言うまでも無いだろう。

 上手い手を考えないと、選択を間違えば総攻撃を受けるハイリスクな一手になる。

 不安も含むガガーランの問いへ、泰然とアインズは伝える。

 

「補助魔法〈遠距離標的固定(ロング・ターゲティング)〉は、遮蔽物のない状況下で300メートル内まで接近出来れば使用可能です。放つ際も受けた側も衝撃や光はありません。自身の状態を詳しく見た時に、敵性支援が増えていると気付く程度。付加状態は長時間経過で自動解除されますが、強引に外そうとする場合は相当難しいはず。なので、あとは私がそこまで対象の()()()()()()()という点になりますね」

「ああ、そういう魔法なら……まあそうだけど」

 

 ゴウン氏の言葉は、数200の竜兵らが籠る中へどうにかして彼が入って行くという話だ。ティアとティナ達でも相当厳しいのに、大柄の魔法詠唱者の彼には荷が重すぎというもの。

 ガガーランの表情に『でも、それは余りに無茶だろ』という考えがはっきりと浮かぶ。

 それへ支配者は仮面の中でニヤけつつ告げる。

 

「では今ここで少し試してみましょう。〝蒼の薔薇〟の方々では特にティア殿とティナ殿は気配の察知に長けているとお見受けします」

 

 アインズの試すという発言に半信半疑も、ガガーランとラキュースは試しにと頷く。

 

「私はこの場から()()()()()()()()ので。じゃあ、いきますよ――」

 

 次に起こった目の前の変化に、ティア達を含め『蒼の薔薇』は驚きで言葉がしばしなかった。

 

 

 それから15分が過ぎた頃。

 アインズはルベドだけを伴い、竜王軍団の宿営地内の広い通路の中央を堂々と歩き進む。当然だが、200匹以上宿営地内に居る竜兵達に気付かれること無くだ。

 絶対的支配者が使っているのは〈上位(グレーター・イン)認識阻害(フィビット・レコグニッション)〉。

 因みにルベドは途中から〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉を実行中。彼女は主人護衛の片手間で、残すソリュシャン達を見守ってもいる。

 アインズも〈完全不可知化〉を使えるが、丁度良い実験中という感じである。勿論、油断している訳では無い。移動途中で〈無限障壁(インフィニティーウォール)〉や〈光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジエントベリル)〉等、五重の最上位魔法防御群を体へ付加済みだ。

 

 先程、ラキュース達の前で〈上位(グレーター・イン)認識阻害(フィビット・レコグニッション)〉を披露した折、彼女達は驚愕した。

 視界にゴウン氏を捉えられないのだ。ティアとティナですら完全に消えたと認識した。

 しかし、アインズは姿を消したわけでは無く、目の前に居るのに魔法で〝見えない〟状態へ変えていただけ。

 普段、視界には沢山の物が入るも細かく小さなものは見えていないのに等しい。〈認識阻害〉の下位の〈認識低減〉はそういう状況を魔法で強引に作り出している。〈認識阻害〉や上位版は更に強力で、派手に動いても大声で話しても存在が強く除外されるのだ。

 上位版ならアサシン系の職業(クラス)を持つソリュシャンやシズ水準でも、見落とすほど。

 唯一この中で信仰系上位の為、まやかしが効きにくい天使のルベドだけが、アインズを終始ジッと見ていた。

 ソリュシャンとシズは、ルベドの視線の先を見て主の存在を認識していた形だ。不可視化のナーベラルは魔法で二重に視覚強化することで、阻害を低減した。

 程なくアインズは魔法を解除し『蒼の薔薇』メンバーへ尋ねている。

 

「どうでしょうか?」

 

 彼の言葉は丁寧ながら最早、雰囲気へと有無を言わなさい大きな圧力さえラキュースらは感じていた。

 

「凄い……この距離で」

「完全に知覚から消えていた。……これなら近くまで行ける」

 

 ティナとティアがありのままの感想を伝えた。

 

「まあ逆の発想ですよ。竜達もわざわざ正面から来るとは思わないでしょうしね」

 

 アインズは仮面の中でほくそ笑みながらそう言った。

 なおルベドの指名はすんなりと通った。「護衛を彼女(ルベド)に」というゴウン氏の説明を聞き、『蒼の薔薇』メンバーらが〝まさかゴウン氏並みの強さ?〟と言う思考に辿り着くのは自然である。

 不可視化中のナーベラルにソリュシャンとシズは御留守番ということで、まさに盾となり至高様の御ために散る名誉な機会を外され、反論は無いが相当残念そうに見えたが。

 (あるじ)は微妙な空気を読み切り、ちゃんとここで即、「も、もちろん次の竜王の傍へ連れて行く護衛はお前達だぞっ」とフォローしていた……彼女らを護衛するのが自分になったとしてもだ。シズ達の機嫌が戻ったのはいうまでもない。

 

 ルベドとアインズが歩を進める竜達の宿営地であるこの場所は元々草原で、小さな丘が少しある程度。今は周囲を土塁が囲む。そうした中の小高い所へ竜兵達が数頭固まって陣取り休んでいる光景が続く。

 

「ふむ。(ドラゴン)達がこれだけ居ると中々壮観な光景だな……配下に多く置くのもそう悪くないな」

 

 マーレの配下にも居るものの、質は圧倒的ながら数はそう多くない。竜種系はアウラのところにもいるがナザリックでは合わせても十数匹というところ。

 主人の言葉に、ルベドは大望の竜王姉妹加入に想いを馳せてコクコクと同意し頷くが、まあその様子はアインズに見えていない。

 そうして、ルベドの探知力へは頼らず適当に道なりで進む。程なく二人はカラフルで綺麗な布を集めた山が幾つか見える開けた場所に出ると、ひときわ大きめの竜が一つの山に腰掛けている姿を見つける。

 確かに一目見て他の竜達とは違った。溢れ出ている力の波導的迫力が凄い。オーラと言うべきものか。支配者からの距離は直線で250メートルぐらいだ。

 アインズ達は奴側から見ると正面の、かなり右斜め方向の位置に立っている。少し近寄り過ぎていたが、初めて来た場所というわけで適当に歩いていたのだから仕方がない。

 幸い気が付かれていない様子にアインズが小さく呟く。

 

「あれだな」

 

 でも、巨竜は数回こちらを向きつつ小首を傾げる仕草を見せた。それは、今、布の山で視線が通らず見えにくかった通路を進んで来たはずの仲間ではと感知していた存在が居なかった事に。

 

(ふーん。探知能力は高そうだな)

 

 潜む者には敏感でも、なまじ見えている状態のため認識阻害は逆に気が付きにくい魔法なのである。

 それでも、目の前の竜は何か違和感を感じている様子。集中して凝視されると結構見えてしまう可能性を感じたアインズ。

 軽く右手を標的へ翳すと魔法をさっさと放つ。

 

「〈遠距離標的固定(ロング・ターゲティング)〉」

 

 竜王への分は即放てるように事前で課金し準備してきたが、この新規個体分への課金魔法分を5分ほど前に歩きながら準備してきていた。

 作業途中『課金が発生しますが、続行しますか? OK キャンセル』という過程もあったが、思考内でOKを選択し結構少なくなってきた金貨をデジタル数値保持している分から投入し準備完了していた。

 そうして課金済の補助魔法は、無事にLv.80超えという個体――竜王の妹ビルデバルドへと命中し付加に成功した。

 用は済んだので、アインズとルベドは『蒼の薔薇』とナーベラル達の待つ場所まで戻るべくこの場で背を向けた。

 ――次の瞬間、ルベドだけが高速で振り返る。

 翼を広げ羽ばたき巨体を浮かせた先の竜の素早い動きに気付いたのだ。奴は視界に映っているアインズへ真っ直ぐ急速で突っ込んで来た。

 巨竜が叫ぶ。

 

 

「―――こらっ、貴様はなんだぁぁ!?」

 

 

 〈上位(グレーター・イン)認識阻害(フィビット・レコグニッション)〉中も姿を捉えたられたアインズはその掛けられた大声に振り向かず、天使へ静かに呟く。

 

「私を掴め。〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉」

 

 至高の御方は油断していなかった。

 漆黒のローブ姿と気配が忽然と完全に消える。そのためビルデバルドは不審者への接近を急停止して周囲へ目を向かわせた。でも気配ごと完全に見失い、この先見つかるはずは無く。

 アインズ達は敵の動きを少しみるため転移系は使わずに、様子を暫く見つつゆっくりと来た道を戻って行く。

 そして、先程からパタパタ飛んでいて今、右肩を掴んでいるルベドへと繋いでいた〈伝言(メッセージ)〉越しに会話をする。これならお互いに体を認識出来ず、声が体外へ届かなくても会話は可能である。

 

「奴の不審な動きから私の存在看破の可能性はみていたが、動きを良く知らせてくれた」

天使(ルベド)あれば憂いなし」

「はははっ、そうだな。その通りだ」

 

 絶対的支配者達は、20分後にはソリュシャン達の居る場所へと戻り着いた。

 

 

 

 竜軍団宿営地内では、ビルデバルドの怒声と行動へ、周囲で歩哨任務に付いていた竜兵達が5頭程すぐに集まって来た。

 

「ドうされましたか、ビルデバルド様っ!?」

「……」

 

 いかに告げるべきか、そもそも伝えるべきか宿営地を姉王から預かるビルデバルドは悩む。

 何か質の飛び切り高く黒い生地を纏う者が居た。それは間違いない。

 大きさは人間程。だが、それが一瞬で消えた。

 先日この宿営地傍へ現れ、相当強いと聞いた人間共側の上位戦士……にはみえず。

 

(あの容姿は魔法詠唱者に見えたけど)

 

 一方で、ここ何度か被害を受けている、仲間達の遺体を持ち去っている神出鬼没で不届きな連中との関係は多分にあり得た。

 

(でも今、周りの竜兵達に不確定な事象を伝えて動かしても、単に混乱させる要素しかないわね)

 

 彼女は己の政治力の無さを理解しており、自分だけでの判断は危険と取る。

 竜王の妹も、これまで500年以上も種族の長代行をしており、状況判断はそれなりだ。

 一度、陣内の百竜長達や姉に報告してから総合的に対処すべきと結論付けた。

 

「ビルデバルド様?」

 

 再度の竜兵の問いへ、彼女は口を開いた。

 

「――周辺の警戒はどうか? 今の私の声や動きに反応がまだ少し遅いぞ。我々は竜王の絶大な力で圧倒的優位に闘いを進めている。だが気を緩めるなっ、分かったか!」

「「ははーっ!」」

 

 ビルデバルドは、すぐさま5頭1組の隊2つを宿営地外縁域の周回警戒部隊に追加すると、陣内に残る百竜長2頭を呼び寄せる。

 百竜長のドルビオラと筆頭のアーガードがやって来た。

 

「ビルデー様、警戒部隊を増やされましたが、何か?」

 

 アーガードの言葉に、竜王妹が先程の不審な侵入者の話を伝えた。

 

「なんと……それは油断なりませんな」

「……警戒網がまだ甘く申し訳ありません。陣内はこちらで何か手を考え早急に対処いたします」

 

 ドルビオラに続き、アーガードが案を思いついたのか責任者として長い首の頭を下げた。

 ビルデバルドは、頷きまだ残る懸念部分に付いて語る。

 

「人間の強かったという戦士は、竜王が殺した可能性もあるほど重傷を負わせていると聞く。ただそれから10日も経っている。傷を癒し終えている可能性もあるはずだ。そして、先の魔法詠唱者は無傷のままだ。つまり人間共の戦力にまだ2人以上強敵がいる可能性が残る」

 

 3人目の強敵が現れ同時に攻撃を受けた場合、今の優位はどうなるのか不明だ。

 百竜長のうちドルビオラ以外は人間勢に重傷を負わされており、鼻で笑える内容ではない。

 

「ですな」

「はい」

 

 両名とも事の重要性を理解していた。軍団には『一度でも苦戦すれば撤退』という足枷もある。

 それにつき、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグからは、竜軍団の上位で王国軍側の脅威勢を返り討ちにすれば『問題ない』という言葉を、この3名も聞いてはいる。

 しかし、戦いに――絶対はない。

 ただ言えるのは勝ち残った存在が、『力ある強者』というだけである。

 

 

「いざとなれば―――私も持てる()()を出す」

 

 

「「ははーっ」」

 

 意を秘め静かに語ったビルデバルドの言葉に、里で長年従いその意味をよく理解するアーガードとドルビオラ両名は深々と長い首を彼女へと下げた。

 

 

 

 

「そうか。〝蒼の薔薇〟とゴウンとかいう魔法詠唱者の連中が、再度空に上がって竜共の宿営地を離れるのか。分かった」

 

 再び赴いた斥候が、ティナから伝えられたというその報告に『イジャニーヤ』の頭領ティラは頷いた。

 この状況は、まだ『蒼の薔薇』との合流を意味しない。

 報告を終え、再び斥候の者は草陰へと後ろ向きに下がっていくと姿を消した。

 黒眼帯の隻眼の顔を横のティラへ向け、副官の爺が確認する。

 

「では、頭領。我々も追い掛けますか?」

「そうだな」

 

 『蒼の薔薇』が竜王への挑発行為に挑む際、不利な空中戦ではなく地上戦だという話を、王都での打ち合わせにて聞いていた。

 また挑発行為開始時前には、魔法詠唱者の一行が戦場の後方へと下がるらしい。

 ティラにすれば、当初は『ゴウンのチームってのは臆病者の連中か』とも思ったが、「竜王への反撃には膨大な魔力が必要で、それを戦場外にて精神を集中し集めるため」と聞いてはしょうがない。

 とにかく再び斥候を先行させて、彼女達は追跡に戻る。

 彼女達一団はここの数キロ手前まで、足早の軍馬が引く馬車を使っていた。だが、そろそろ熾烈(しれつ)な戦場へと入る為、小川の傍で軍馬達を馬車から解放・放棄し、今は全員荷物を担ぎ自慢の足での追跡である。

 頭領ティラの傍には本隊として爺と、『イジャニーヤ』でも上位の腕を誇る3名が付く。そこにあと、紺髪下へ「何故新参の俺が」という表情を浮かべるチャーリーことブレイン・アングラウスが入っている。

 もちろん、彼の腰へと帯びる刀から繰り出される帝国内随一ではという剣撃の凄さだけは、一団の皆が認めているからである。

 これ以外に、斥候で一人抜けているが精鋭5名組が3つ続いた。

 

 

 イビルアイの〈全体飛行(マス・フライ)〉で移動を再開した『蒼の薔薇』は()()()()()()()を目指す。

 彼女達は今、ゴウン一行を護衛してなるべく安全に目標まで導くのが役目である。

 どうして竜王の正確な現在位置がラキュース達に伝わったかと言うと――ゴウン氏より知らされたからである。

 そして勿論、ゴウン氏は『竜王についてのとても詳しい位置情報を竜軍団の宿営地内で聞いた』という事にして、ソリュシャンによる最新の探査結果に関し抜かりなく辻褄を合わせていた……。

 ただ、やはり竜王や竜兵達の得意とする戦域内の空中をこのまま進むのは、『蒼の薔薇』にとってかなりのリスクがある。

 そこでどう進むかということであるが――ゴウン氏からの新提案に、ラキュースは彼へと一点確認していた。

 

 『例の魔法は()()()()当てられますか?』と。

 

 アインズは「大丈夫です。問題ありません」と答えている。それを聞き作戦は確定した。

 加えて、ゴウン氏が敵宿営地内で掴んだという、ソリュシャンの探査による竜軍団の配置分布から『竜達は都市廃虚東方面へまだ余り攻撃していない』の話に従い、都市廃虚東側を迂回する形で空から南側を目指した。

 『蒼の薔薇』とゴウン氏らの両一行は上空100メートル程を進んでいく。

 そして王国軍の東南部戦線辺りまで来た時、前方の遠くで、飛翔する竜兵達による王国軍への一方的な地上攻撃が目に入った。

 アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』は今、局所での戦闘へ参加する訳にはいかず、火炎に追い詰められる兵達を見捨てつつフライパスするしかない。ラキュース達は、「ごめんなさい」「すまねぇ」「悪いな」と其々眉間へ皺を寄せ目を閉じた。

 イビルアイはその交戦域の手前辺りからグングンと急角度で高度を上げていく。上空で1キロ以上の高度的距離を取れば竜王の探知には掛からないというわけだ。また竜軍団側は、空中戦で人間側より優位に立っていると安心しきっている面もあり、自分達のいる高度よりずっと上空への注意度は随分低く、移動はスムーズに進む。

 仮面の魔法師側は知らない事だが、ラキュース達は『イジャニーヤ』側の斥候による追跡を王都にて聞いている。なので高度を上げる代わりに水平方向への移動速度を落としたが、残念ながらあとは斥候に頑張ってもらうしかない。

 とりあえず上空1500メートルから全長20メートルある目標の飛翔物体を探す。

 論理的には、高級宿の高層階の窓から見通しのいい庭にいる大きめの鳥を見つける程度の話で、決して難題ではない。

 ただ今夜の空は雲が多い。低層の雲というのは意外に低く、多くは300メートルから2000メートルの高さに発生している。こちらにとっては見つかり(にく)いが、標的を見つけ辛くもしてくれていた。

 高度を上げたままで一行は戦線の南東部上空、そして南部上空へと慎重に進入する。

 いつの間にか、東の地平線が紺から明るい青へ徐々に移りつつあった。

 戦場へ新たな朝が近付く。

 そしてラキュースらは遂に情報通り南部戦域の空で、地表を焦がす炎の明かりの中へ竜王隊の影姿を見つける。5頭編成の組だ。

 夜が明けるギリギリのタイミングに、王国軍兵士達の魂の光が下方より仇を照らし挙げている風にも思えた。

 ここから『蒼の薔薇』とゴウン氏一行は()()()()()()()()()()()という手段に出る。

 空中にて、両隊は決めていた簡単な手のサインで確認と了解、やがて実行へ進んでいく。

 まず竜王らへ気付かれないように高度をゆっくりと落としてゆく。

 上空1200メートル程度から急降下し仕掛けると、反撃されない場合、実質約15秒後に補助魔法はあてられるとの試算である。

 

 

 恐ろしい事にこの降下作戦は――即時開始された。

 

 

 更に先発で急降下し頭から突っ込むのは〈上位(グレーター・イン)認識阻害(フィビット・レコグニッション)〉を実行したゴウン氏一行である。

 阻害効果は発動時に手を繋ぐ者へも作用拡大を選択でき、それを利用した。

 今回も手を繋ぐのはソリュシャンとシズ。出発前に低レベル順で決めさせて貰った。

 因みに不可視化中のナーベラルも先程の約束通り当然、至高の御方と共に降下する。〈上位不可視化〉ではない為、どうなるのかという不安はあったが。

 ルベドは〈上位(グレーター・イン)認識阻害(フィビット・レコグニッション)〉でも『蒼の薔薇』に認識されない事から、初めから〈完全不可知化〉を使用していた……。なおナーベラルとルベドは(あるじ)の肩の装備を其々掴む形だ。

 こうしてドンドンと降下する……落下とも言えるアインズ達。

 さて結局、ナーベラルは〈不可視化〉の効果で姿がよく見えないというのが大きかった。

 竜王ゼザリオルグは上空から落ちて来る連中を当然感知する。

 

「……ん。こりゃなんだ!?」

「竜王様、何か?」

 

 急に上空を高く見上げるゼザリオルグへ、百竜長のノブナーガが同様に上を向きつつ尋ねた。

 

「空から二つ落ちて来るのを感じるぜ。遠い方は人間の小隊のようだ。だが――()()()()()()()()()()んだよ」

 

 竜王は迎撃せず、そう答えるに留まった。

 何故かと言えば、竜王への直撃コースで落ちて来ていなかったのである。

 至高の御方は100メートル程離れた場所を目掛けて進んだことで、攻撃とは取られず警戒より疑問や不安の度合の方を高くさせていたのだ。

 早朝を迎え、周りが明るくなり始めた上方の空を向きつつも、何も見えないという現象へ戸惑う間に10秒以上は経ってしまう。

 

「〈遠距離標的固定(ロング・ターゲティング)〉」

 

 竜王が射程内に入ったところでアインズは魔法を見事当てて、無事に仕事を終えた。

 当然、そのまま即時〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で離脱する。

 

「――!? なんなんだ、こいつわよぉ」

 

 『見えない何か』は地上へ到達する辺りで消滅する形になり、ゼザリオルグは困惑した。

 彼女も妹同様に自身の体へ付加された異常へはまだ気付けないでいた。

 

 

 

 『蒼の薔薇』は遅れて降下したが、先着したのは彼女達の方。ゴウン氏達が攻撃された時に側面から乱入する役割で東方向に650メートル程離れた位置へ降下したのち全力前進し、距離600メートルで待機していた。しかし、竜王の隊にゴウン氏らとの戦闘行動は見られなかったため、戦場外縁側へ後退する。

 

「彼等は無事みたい。戦闘にもなってないし、流石だわ。ふう……。私達の最初の目的は果たせたようね」

「ああ。あの大人物がヘマするとは思えねぇしな」

 

 ラキュースの色々の意を含み安心したような声に、ガガーランのゴウン氏を持ち上げて相槌する言葉が続いた。

 イビルアイやティア姉妹も仮面の魔術師一行を賞賛する。

 

「ゴウン殿達でなければ、流石に今の手は成立しなかったな」

「作戦面でも高い質で色々勉強になった」

「実力の中にトリッキーな部分もあって面白い」

 

 『蒼の薔薇』としては『イジャニーヤ』との連携や竜種の空中優位面をみて、当初はなんとか地上から接近してという考えでいた。

 だが絶対的支配者としては、間違いなく面倒でしんどいという思いもあり、高い上空から急襲する『力技』を提案したのだ。

 結果も最良のものを出しており、ゴウン氏一行の見せた高度且つ勇敢極まる行動への評価は揺るぎない。

 とはいえ、難度150のイビルアイを擁する『蒼の薔薇』でなければ〈全体飛行(マス・フライ)〉が使えず、他の冒険者チームではゴウン氏一行のサポートすら出来なかったのも事実なのである。

 当代最強とも言われる冒険者チーム『蒼の薔薇』が決して伊達で無いことを彼女達は示した。

 そして、ここからが今次大戦における彼女達の本来の仕事である。

 

 ――戦場内で竜王を引き付ける役目だ。

 

 王国軍との戦闘開始から1日以上経過し朝を迎えた戦場では、これまでに煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグ1頭だけで、3000名以上の戦死者が出ていた。

 竜王の吐く火炎砲は、全力攻撃でないにもかかわらず格が違う威力を誇っており、一撃で何度も王国軍側の複数の小隊を全滅させている。

 この怪物的竜王へ『蒼の薔薇』メンバーは向かう準備に入った。

 土壇場で手に入れた希少アイテムである()()()()()()をラキュースとガガーランは身に纏う。

 一方『イジャニーヤ』の斥候は途中で、目印と共に「棘の高い昼食待つ」とメモを残していた。蒼薔薇達が高度を上げて遠めの南へ向かったと言う意味。〝朝食求む〟だと〝東の近場〟になる感じだ。

 斥候はその後も高度を上げた『蒼の薔薇』らの隊を追跡し続けた。かの者の特技は片目で上空の姿を追いながら、もう片方の目で前方を見れるという追跡のプロフェッショナルでも持ち合わせない左右非同期に視線を向けられるものだ。

 少しして斥候の彼女は、南部戦域内で外縁へと後退する途中のティア達を見つける。目印を辿って、『イジャニーヤ』の一団はラキュース達が対竜王の準備を終える頃に合流した。

 ティラが『蒼の薔薇』メンバーの明るい様子を見て声を掛ける。

 

「例の魔法使いの件は首尾良くいったようだな」

「ええ、おかげさまで。でも――ここからは相当厳しいわよ」

 

 『イジャニーヤ』の首領の言葉から温めの雰囲気を察し、ラキュースはここまで上手く事を運んでも、竜王達を絶対甘く見ないようにと釘を刺す。この後は、ゴウン氏達抜きなのだからと己へも言い聞かす様に。

 意を感じたティラが問う。

 

「……そんなに、仮面の魔法詠唱者は凄かったのか?」

 

 それにガガーランが笑いながら答える。

 

「200頭の竜達がいる竜軍団の宿営地内を歩き回って、敵さんの情報を集めて平然と帰って来る程の御仁だせ? ちょっと真似出来ねぇだろ?」

「本当か!? うーん。それは確かに……」

「それは凄いですな……」

 

 ティラに続き、横に付いていた歴戦の爺も思わぬ規格外さに驚く水準である。

 初代首領でも無理ではないかと思う潜伏行動力だ。

 また、爺が若い頃に1匹の成竜の霜の竜(フロスト・ドラゴン)に襲われ、敗走しながら片目を失ったと聞いた話を思い出し、頭領として油断した事に恥ずかしくなった。

 一団を率いる者として、ティラは厳に気を引き締め直す。

 

「確かに竜王ら上位へは楽観出来る訳がないな。覚悟して行こう――で、竜王が動いてから仕掛けるか? それとも、こちらから仕掛けるか」

「そうね。最初は用心して竜王が動いた時に隙を突いて仕掛けましょう」

「よしっ」

 

 頭領が『蒼の薔薇』リーダーへ小気味よく返事する。

 王都であらかじめ話は詰めており、もう動くだけになった。

 確認は終わった感じも、ここでティラが改めて妙な事を尋ね始める。

 

「ところで……仮面の魔法師の顔は見たことがあるのか?」

「ええ。王城で少しと、あと一昨日の晩と昨日、皆で焚火を囲んだ食事の際に。それが?」

 

 ラキュースが疑問気に返した。

 ティラは適度な理由を考え出し本題を所望する。

 

「あー、高名でもないというのなら、仮面の魔法師は若い人物とも思えるし、一方でそれだけの人物なら()()()()()年齢(おっさん)なのかと考えたりな、うん」

 

 ブレインを除き、爺達『イジャニーヤ』の面々はナゼかそっぽを向き始める。

 ティラの個人的特殊な男性趣味を知らないし、何が「うん」なのか分からないがラキュースは、いささかゴウン氏を持ち上げるように伝える。

 

「私が拝見しましたところ、ゴウン殿は金髪の立派な青年という顔立ちですわ。年齢的には……そう、そちらの()()()()()()()()()()かしら」

 

 枠外――ハズレだった。

 

「あ、そう。じゃ、そろそろ準備しないと」

 

 一気に興味の無くなったティラは、サバサバと新たなオッサンに夢と希望を膨らませつつ竜王隊へと挑む準備に入った……。

 

 

 

 

 『蒼の薔薇』達の狙う煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)は現在、王国軍の南部戦線地域内で戦闘中である。

 20分程前に竜王らは不可思議な状況に出くわしたが、10分程様子をみて特に危機もなく再び動き始めている。先程の変な状況の際、距離を置き降りて来た人間の小隊が気になり、700メートル弱東進してきていた。

 

(見えない落下物は1つの塊に感じられたが、小隊側は5体に分かれてた……見えない、だと? ……これはもしかすると消えた仲間達の死体の運び方に何か通じてないか――?)

 

 謎というものは知能の高い者が考え始めると、思わぬ方向にいってしまう場合もある。

 しかし彼女の頭には他の思考も浮かんできた。

 

(先の状況は例えば、人程の大きさの岩石を〈召喚〉し〈屈折(リフレクター)〉の魔法で表からは隠し、上空から落下させて我々にぶつけるという戦法とも考えられる)

 

 〈召喚〉を解除するか制限時間がくれば召喚物は消滅するのだ。

 5体いたのは、〈飛行〉使いを含め、それぞれの魔法を担当者別で担っていたと考えられる。

 『見えない質量攻撃』は無理なく再現できると思えた。でも肝心の命中率が悪い様子に竜王はほくそ笑む。

 

(ふっ。人間どもめ、下らん浅知恵を。そんなもので我々は倒せないぜ)

 

 竜王のゼザリオルグは、百竜長ノブナーガと竜兵3頭の計5頭により強力な竜王隊を形成していたが、腹いせもあってかゴミの様に地上へ散らばる無意味な人間共をドンドン焼き払う。

 地上からの反撃は殆ど皆無に近い。矢や槍が時折飛んでくる程度。

 竜達にしてみれば、風が当たるのと何も変わらない。鱗は傷付く様子を僅かもみせず。

 それが人類共の弱者たる水準なのだと。

 

 ノブナーガも体格といい十分強大であるが、この組の中でやはり竜王の存在は際立つ。

 ゼザリオルグの放つ通常の火炎砲は体内の造りが違う為、竜兵の数倍の威力がある。

 炎の長さや太さ、温度に持続時間の全てで脅威の水準だ。

 一つ上の火炎砲は〈全力火炎砲(フルフレイムバスター)〉。全力とあるが、百竜長級にとっての全力という水準で竜王にとっての強化火炎といえる。

 それでも人類にとっては間違いなく戦慄の一撃だろう。村や街が消え去る程なのだから……。

 その上の火炎砲には〈獄炎砲(ヘルフレイムバスター)〉がある。すでに戦略級の攻撃力といえる。

 そして竜王究極の一撃〈獄陽紅炎砲(ヘル・プロミネンス・バスター)〉も。

 エネルギーの大半は貫通してどこかへ去っているが、余波だけで大都市の大半が壊滅する程の攻撃力である……。

 更にゼザリオルグは、竜王鱗と超剛筋肉により魔法耐性が異様に高い。中位の攻撃魔法の多くで威力が大幅に減衰する。

 ついでに半径1キロに及ぶ探知能力や〈最上位魔法(シールド・オブ・リフレクツ・)反射盾(グレーテスト・マジック)〉を使いこなす存在だ。

 

 これ程の相手に、『蒼の薔薇』と『イジャニーヤ』達は今より挑む事になる。

 合流後、準備を進めつつの僅かな時間だが、ティアとティナは『イジャニーヤ』の懐かしい者達と会話を交わし懐かしんだ。爺がちょっと背を向けて隻眼をコッソリ拭っていた事に、皆気付かない振りをしてあげたりと。

 そして現在、午前5時を少し回った時刻。

 

「……(はじめます)」

「……(よし、皆、いくぞ)」

「「「「「「―――」」」」」」

 

 勇ましい掛け声は一切なく。

 両隊のリーダーであるラキュースとティラの小声のあと、無言で皆が頷く静かな出陣となった。

 総勢26名が気配を落とし消し、姿も周辺の死体すら利用して極力隠しながら一斉に進む。

 彼の者等が最初にやることは当然決まっている。

 

 竜王隊をばらすことだ。

 

 どう考えても、圧倒的な竜王の傍に他の(ドラゴン)が居ては話にならない。

 是が非でも単独にしなければ隙も見い出せず終わる。

 逆に言えば、そのための『イジャニーヤ』の連中といえる。

 丁度良い事に、ティラ達は4組であった。竜兵の数が多ければ、更に組内の人数を減らして組数を増やしてもらうところだが、慣れた現状でいけるのは助かる。

 『蒼の薔薇』のみで臨むと思っていた当初とはかなりの差だ。

 以前は、イビルアイに竜王を挑発してもらい、ラキュースら4名で他の竜兵を引き離す――そんな無謀極まるところから始める覚悟であった。

 ゴウン氏に支援魔法を求めてラキュースが必死になるのも十分理解出来るだろう。

 ただ、ラキュースはこのまま気付かれずに竜王隊の間近まで近付くのは、絶対に無理だと作戦前に全員へ説明している。

 

「――竜王はほぼ間違いなく我々の感知します。ですが、他の竜兵達はそうでもありません。ですから最初、間近へ進んでの攻撃までが一つの山でしょう。そこで――」

 

 ティアとティナ、そしてティラも手を挙げ加わった3つ子姉妹揃い踏みで偵察へ出て得た竜王隊の最新配置状態を元にして途中より組ごとに別れて、全方位より接近し接敵する。

 

 ――5匹を同時攻撃するために。

 

 手の空く竜が他を援護するのを防ぐためだ。格下とはいえ自分へ向かって来る者がいる場合、そちらへ注力してしまうものなのだ。

 『蒼の薔薇』が竜王に向かうのなら、当然、百竜長へはティラの本陣隊が対処に向かう。他の竜兵3匹へ『イジャニーヤ』の5人組3隊が向かった。

 因みに一歩早く魁で仕掛けるのは、5人組3隊である。彼等は果敢に攻撃を仕掛ける。

 一瞬でも、竜王や百竜長ら上位者の気を逸らせたところに、最大攻撃をぶつけるのが最上手。

 『竜兵達3匹は竜王より敵の接近を聞いている』という流れでの行動で『イジャニーヤ』の精鋭らは動いており、火炎砲がいつ来るのかというタイミングも計っていた。

 難度60程の『イジャニーヤ』の精鋭達は、火炎砲対策として当然集団で固まってなどいない。

 竜兵に対して正面の地上に立つのは一人だけだ。

 火炎砲にも弱点がある。それは――自分に近い感じで素早く動くものへ当てるのが難しいという点である。

 狙いを定めて首を振っても距離から火炎の先がその位置へ届く頃には、別の位置へ移られているのだ。ただまあ、上位の火炎砲はレーザー砲みたいな出力になるので時間差もなくなるが……。

 そして避けれれば地面が所々で燃えていても、難度60の者なら装備的にも火炎砲そのものを受けるよりかは全然耐えられる。

 自然とイラつく竜兵が次は降下して距離を詰めてくるのも想定済。

 こういった状況を作り、更に巻物(スクロール)の第一位階魔法〈浮遊板(フローティング・ボード)〉を利用して2人組で互いに足場とし、剣や魔法攻撃を空中側面より浴びせ竜兵を怒らせ竜王からジワリと引き離していくのである。

 ただ『イジャニーヤ』の面々も、必殺のダメージを与えるつもりで放った一撃が、頑強な竜兵の体へ余り通じないのはかなりの衝撃ではあったが……。

 竜兵達へ対する、仲間達の見事な戦闘が始まってすぐ、ティラの隊も百竜長へ挑む。

 精鋭の一人が地上正面を引き受ける間に、豪槍を構える爺はそれを百竜長へと死角から当てる。次の瞬間、空に舞う百竜長の朝日で翼から西側へ伸びた影から突如現れた爺とティラ二人の渾身の一撃。槍には紐が結ばれており、その紐の影を渡って乗り移ったのだ。

 攻撃自体は傷を付けた程度で、頑強な鱗にはじき返されてしまったが。

 人間の思わぬ攻撃に百竜長が気を取られたところへ、チャーリー(ブレイン)らは側面から切り込む。彼も今、技を出し惜しみをしている場合ではない。

 地上からジャンプしチャーリーの空中で振り抜いた神刀から放たれし〈四光連斬〉が、ノブナーガの右前足の腕の鱗を切り裂き、爪の先を2本見事に斬り飛ばしていた――。

 

「くっ。また人間共がぁ」

 

 百竜長の前足から早くも竜血が流れる。彼自身、以前5体組に重傷を負わされており、一気に表情が真剣に変わった。

 

「「おおーーっ!」」

 

 この偉業には『イジャニーヤ』の仲間達は歓声を上げた。

 

「なんだと?!」

 

 竜王も百竜長の負傷に思わず声が出た。

 総勢26体の人間共の接近には気付いていたが、ゼザリオルグは個々でみると特に高い水準でないと考え甘く見ていた。連中の連携の卓越さに加え、切断力の高い武器による武技や特殊技術(スキル)のある面々と気付き、ノブナーガの方へ目を見開く。

 彼女(イビルアイ)達は――その一瞬を逃さない。

 

「はぁぁーっ、貫けっ! ――〈魔法抵抗突破最強化(ペネトレートマキシマイズマジック)龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉ーーっ!」

「切り砕けっ、超絶剣技っ! 暗 黒 刃 超 弩 級 衝 撃 波(ダークブレードメガインパクト)ォォーーーーーーッ!!」

 

 空中の右側面からイビルアイが、地上後方からガガーランの巨大な刺突戦鎚『鉄砕き(フェルアイアン)』により打ち上げられたラキュースが魔剣『キリネイラム』を振り下ろし、第五位階級の魔法をいきなり連発する。

 見事にどちらも竜王の巨体へと直撃した。

 〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉は鱗上で一瞬プラズマ化した様子で閃光を上げ焦げ目を作り、竜王の左足後方では剣撃の直後に大きな漆黒の爆発が起こる。その衝撃波に煽られ一瞬竜王の巨体が前方へ少し(かし)ぎ前のめりで空中バランスを崩しそうになった。

 ティアは全力最大魔法直後で一瞬動きの落ちたラキュースを空中で抱えて全力で走り去る。

 ゼザリオルグは、体の二カ所へピリリと少し痛みが走ったのを感じた。

 

「……先日の()()以外に下等な人間如きが、俺へ痛みを感じさせるとは……テメエら、何者だぁ?」

 

 問い掛けてきた竜王へ、ガガーランが刺突戦鎚『鉄砕き(フェルアイアン)』を右手で軽々と振り回しながら挑発する。

 

「教えて欲しけりゃついてきなっ」

 

 彼女は焼け野原のような麦畑跡の中を戦鎚を肩に掛け、手招きしつつ素早く走り出す。

 竜王が、ゆっくりと空から追いかけ始める。

 計画通りに『蒼の薔薇』は他の竜兵から引き剥がしていく。状況は上手く進んでいた。

 己の強さからそんな状況にはそれほど関心がないゼザリオルグはふと気付く。目の前の者らは5体組だ。百竜長へ挑むのは6体組である。

 竜兵等へは各5体組。その中で、長時間空を飛んでいるのは目の前の連中の1体のみ。

 人間共にとって空を飛べる〈飛行(フライ)〉は高等魔法で、魔法量消費についても個人差があるらしい。低燃費で長時間飛べる者もいれば数倍の燃費を食う者もいるようだ。

 目の前の連中が先の上空から降下して来た人間達の小隊にダブる。

 

(……さっきのはこいつら……か?)

 

 彼女が半信半疑という気持ちでいた時、前方の地上を駆ける人間が顔を向けて来た。

 ローブをはためかせガガーランは200メートル程走った辺りで、後方の竜王へと更に激しく挑発する。

 

「おい、人間様を舐めるんじゃねぇぞ、竜王っ! そんな頑丈でデカい図体(ずうたい)の癖に、俺達に1頭で挑んで来る勇気もないんだろ!」

「……なん……だと?」

 

 竜王にも、心の逆鱗というものはあるものだ。

 場の空気が、一気に変わったのが分かった。竜王の身体から怒りの波導が漏れて来た。

 ゼザリオルグはゆっくりと降下してくる。ガガーランの傍へと近付く。

 仲間の死の危険を直感し、気配を抑えて距離を取り並走するティアとティナにラキュースもガガーランとの距離を詰める。何とか助けに入れるようにと。

 周りは朝日が昇り明るい状態で、竜兵等に掃討されたのか周囲には王国軍兵の死体しか転がっていなかった。見渡す限り森どころか林すらなく逃げ場はない。

 この地には死の匂いが広く重く漂っていた。

 そのヤバ過ぎる状況にイビルアイが最初に動く。

 

「――〈水晶騎士槍(クリスタルランス)〉!」

 

 空中の右側面から竜王の頭部目掛けて今度は近距離で第四位階魔法を放った。だがゼザリオルグはそちらを見る事も無く、なんと怒気を込めた翼を大きくひと羽ばたきし頑強な翼面へ鋭角に当て、あっさり斜め方向へと跳弾させてしまった。

 イビルアイもその余りの光景へ愕然し声を上げた。

 

「くっ、全く効かないのか!?」

 

 『国堕とし』と言われ自身上位になる第四位階魔法が「ぺしっ」と弾かれたのだ……。

 竜王は正に規格外のバケモノである。

 ゼザリオルグは戦鎚を握って走る人間の前に回り込むと、どっしり堂々と地上へ降り立った。

 全長20メートルを誇る竜王は前足で腕を組み巨体の高い首上から、恐ろしく強面の眼光で見下ろしつつ静かに告げる。

 

「矮小な人間め。そこまで言ったのなら掛かってこい。俺を殺せるのならな」

 

 ガガーランの、人間の女性として余りにゴツゴツした超筋肉質の体格も竜種にとっては全く気にならない。単に小さくて脆弱な存在なのだ。

 各人距離を取って潜む中、ラキュースは魔剣の柄を握りしめて悩む。

 

(大事な仲間を見捨てられるわけないわ。……でも、ここで全滅するわけにもいかない。一体どうすれば……)

 

 今、身に付けているガガーランと()()()()()の裾を気付かぬうちに思わず握っていた。

 あの怪物に通用する手段となると非常に限られる。

 イビルアイの放った先の強烈な第四位階魔法〈水晶騎士槍(クリスタルランス)〉すら全く気にしないような素振りにも驚く。

 考えられる手は、やはり『超技』を竜王の眼前に叩き込んでその隙に逃げるぐらいだ。

 無属性エネルギーの漆黒の爆発と衝撃波によって視界が5秒か10秒かぐらいは乱れるはずである。それだけあれば全力なら数百メートルは逃げられる。

 もう一回撃てる魔力量もまだ残っている。

 だが……全力でアレを撃った直後は、身体がフルでは動かないのだ。

 雑魚ならいざしらず、目の前の竜王から逃げるとなると大きな懸念部分である。

 

(ふっ。でも、やるしかないわね。いえ――キッチリやってみせるわ、私もなりたいものっ)

 

 ――英雄に。

 

 病的部分も多々垣間見えるが、彼女へ迷いはない。

 ゴウン氏にその部下達という本物の英雄を知っているのだから。

 

 仁王立ちする竜王の殺気を多分に含む迫力ある声に、ガガーランも息を飲む。

 あの絶大な戦闘力を持つ煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)を本気で怒らせてしまったのである。

 歴戦の戦士の男も失禁してしまう程の圧力に、戦鎚を肩に担ぐ彼女は晒されていた。

 

(こ、怖え……こんな圧力は流石に初めてだ……な)

 

 身体が勝手に震えていた。普段は全く感じない死の予感がある。

 ここが『死地』である。

 

 しかし彼女は――超人ガガーラン。挑まれた戦いで()()()()の『後退』の二文字は無い。

 

 刺突戦鎚『鉄砕き(フェルアイアン)』の柄を強く握り込むと、彼女は一歩を踏み出す。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて行かせてもらうぜっ、ウラァァァァーーーっ!!」

 

 正に勇猛果敢。

 彼女は戦鎚を〈剛撃〉でこれでもかと叩き込む15連の『超級連続攻撃』を眼前で仁王立ちする竜王ゼザリオルグへと見舞う。

 それも、一番痛みがありそうな、大地へ立つ()()()()目掛けてだっ。

 ガガーランは決して無謀な猪突猛進型ではない。

 既に、リーダー達が何か手を考えていると信じての、竜王の目を自分へと引き付ける派手な行動に出ていたのである。

 そんな渾身の連撃であったが、竜王は呆れていた……。

 

(なんだ、このゴミクズにお似合いの無意味な攻撃は?)

 

 自分よりも柔らかな物体で叩かれても、余り痛くないという状況である。

 その一瞬緩んだ瞬間を、ティアとティナは見逃さない。

 

「「――大瀑布(だいばくふ)の術っーーーー!!」」

 

 水が大量に竜王の両脇から噴き上がった。

 大量の水により視界が通らなくなる。ただの水なのだが、一瞬なんの液体かという不安を持つのが心理。

 この隙に、既にガガーランはローブ機能の〈屈折(リフレクター)〉を背中側へと発動展開しつつ戦鎚を体で隠し全力で逃走していく。

 更に、イビルアイとラキュースも動いていた。

 

 

「〈結 晶 散 弾(シャドー・バックショット)〉!」

「超絶剣技っ! 暗 黒 刃 超 弩 級 衝 撃 波(ダークブレードメガインパクト)ォォ!!」

 

 

 共に同時に放つ竜王の眼前へのクロスファイア攻撃であった。

 顔面への礫の雨と漆黒の爆発により、ゼザリオルグの視界が僅かにチカチカする。

 

「お、おのれ、人間共め、調子に乗りやがって!」

 

 攻撃直後、イビルアイがラキュースを空中で抱えて〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉で退避する。

 5体の人間は4方向へと去って行く事を竜王は探知した。

 勿論、『蒼の薔薇』のメンバーはこのあとの合流点は決まっている。それは、事前で状況に合わせたルールを決めてあったものだ。

 有事の際に混乱するのはありえることで、手を考えてあるのは当たり前である。

 だが――。

 

「――クズが。俺から本気で逃げ切れると思っているのか? 連中は皆殺しだ」

 

 ゼザリオルグは静かに本気を出す。

 バッと、翼を一つ羽ばたかせて浮き上がった巨体が、次の羽ばたきでその場より消える。

 ズドンという勢いで、衝撃波を残し竜王が空中を滑るように弾丸の如くかっ飛んでいく。

 

(――(えっ)!?)

 

 闇渡りも織り交ぜ走っていたティアは気配を感じた瞬間、もう上空に竜王の姿があった。

 彼女は今、己の死期を悟る。視界内に逃げ場はなかった。

 竜王ゼザリオルグは低空で見下ろしていた。

 そして。

 

「消えろ。〈全力火炎砲(フルフレイムバスター)〉」

 

 声に抑揚なく、単に弱者へと死を告げた。

 ティアは全力加速でまだ地を俊足の足で後方へと蹴り上げ必死で駆けていた。

 しかし、豪炎は無情にティアへと後方から迫っていった――――――そして、当たらない。

 突如、竜王と人間の間に透明な分厚い魔法壁が立ちはだかったかの感覚。

 

「な?」

 

 思わず呟いたのは、何故か強烈な悪寒を感じたゼザリオルグであった。

 次の瞬間、竜王は幻の中のように人間の姿を見失っていた。

 

 

 

 ティアは意識を保ったまま、周りに何の気配も掴まれた感覚もなく風景が一瞬で変わったのを理解し立ち止まる。追手の竜王の姿もここにはない。

 夢ではないが、完全にミステリーである。

 イビルアイが使う〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉に近いが、移動距離はずっとある様に思えた。

 状況が全く分からない。でも、命が助かったことだけは確かだ。

 ここは竜王の追って来たほぼ反対側約1・5キロのところであったが、ティア自身は知らない。

 でも、近くにラキュースとイビルアイの気配を感じた。彼女はそちらへと向かう。

 

「……お疲れ、鬼リーダー」

「あ、ティア。無事でよかったわ。でも――態々こっちに来たの?」

 

 集合場所はここではなかったので、当然の疑問である。

 忍者娘は上手く説明できないのでとりあえずの言葉を返す。

 

「まあね。それより早く動こう」

「そうしましょう。他のみんなの方も気になるし……(でもどうしよう、次……)」

 

 毎戦、一か八かで運も続くと考える方がおかしい。歴戦の彼女らは一番良く知っている事だ。

 陰鬱な思いはラキュースだけではなかった。ティアやイビルアイ、この場にいないガガーランとティナも同じこと思っていた。アレは空飛ぶ不落要塞であり、何度も時間稼ぎ出来るような相手ではないと。

 『蒼の薔薇』メンバーは、なんとか旧エ・アセナル以来のセカンドインパクトには生き残った。

 だが、彼女達にとってやはり竜王は強すぎる相手だと再認識する。

 無謀と勇気は全く違うものだ。ここからは後先考えず死ぬだけの方がずっと楽に思えた。

 それでもラキュースだけは諦めずに考えている。

 死ぬかもしれない状況に負けず自分を信じ、生きて戦い抜けるのが本物の英雄なのだ。

 

 そして、彼女達の任されたこの仕事はまだ開始されたばかりである――。

 

 

 

 この時、アインズ一行はまだイビルアイ達の周辺にいた。

 絶対的支配者らは先の〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で『蒼の薔薇』と分かれたあと再度1500メートルの上空へと移動している。

 現在、防御対策した〈千里眼(クレアボヤンス)〉と〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉を数枚使って先程から状況を見ていたが、結果は支配者の予想範囲内だ。

 

「どうやら、連中は何とか生き残ったか。それに……(あ、俺は忍者娘の姉妹を殺……)後方から追って来ていたのは、()()()忍者娘の姉妹の関係していた組織のようだな」

 

 支配者は非常に危険な選択を回避していた運を感謝しつつ、知ったかぶりの言葉を混ぜておく。

 アインズも、王国内全ての組織を把握しているとは思っていない。ナザリックの集めた最新の情報によれば、王国の総面積は10万平方キロを超えており、穴はある。

 

(ルベドめ、教えてくれてもいいだろ……)

 

 彼女は意図して動いてる訳ではなく、天然で緊張感ある良き関係が好みらしい。刹那感や破滅的な判断を楽しむの精神は一体どこから来たのやら。強すぎるという事は退屈ということにも繋がっている影響かもしれない。今も主人へニッコリと信頼感のある笑顔を浮かべてくれているけれど。

 

 それを示すが如く先程、忍術使いの娘が竜王に急襲され上空を取られた絶望的場面で支配者は、鋭い――いや殺気にも近い視線を近接前方より感じた。

 当然天使からだ。『見殺しはメッ、助けるべき』と。

 彼は狂気へ全く気付かない風に「仕方ない」という感情も見せず仮面越しで平然と告げている。

 

「ふむ。ここまで折角のお膳立てが無駄にもなるな。時間の無い仕事だぞ、ルベド」

 

 『蒼の薔薇』はいずれ負傷脱落してもらう見積もりとはいえ、今はまだ早い。王国側全軍への影響も考えれば後にすべきだろう。また絶対的支配者が時間を割き、森の中の訓練にも付き合い2日程行動を共にした連中でもある。不可視化解除中ながら、僅かに『人間(ムシ)ごときは』という目を細めたナーベラルや一度瞼を閉じたソリュシャンにシズ達も軽々しく文句は口に出来ない。

 会員天使としては「姉妹達が貴重で愛おしいから」と敢えて口にしない主人(アインズ様)は素敵と、ニヤリとして一瞬だけ消えて仕事を熟し――速攻で帰って来た。

 悪魔のような天使と言うべきか……。

 

 さて、そんな余興的一コマ風景は過ぎ、『蒼の薔薇』達の現状と周辺の話である。

 竜王はあの忍術使いの娘を見失った辺りでしばらく呆然としていた。その様子は、色々な事を考えている様に見える。

 一方、『蒼の薔薇』へ協力する組織の4組は善戦していた。傷を付けることは出来ている。

 しかしそれでも竜兵の1匹も倒せず。攪乱(かくらん)が手一杯の模様。

 百竜長を受け持っているチームが竜兵へ当たれば違うだろうが、逆にその替わり百竜長へ当たる組で死者が出る可能性もあるのだ。

 そう上手くは回らないのが世の中というもの。

 『協力組織』は無理な対決にはせず、竜側の攻撃を何とかいなして戦い続けていた。百竜長へは忍術使いと刀使いが上手く、常に挟み撃ちの形で機能しており、時間稼ぎなら十分に可能の様子。

 竜王からの引き剥がしは結構上手く機能してみえる。

 残る問題は、竜王へ対しての『蒼の薔薇』の今後の対処だろう。

 毎回ルベドを張り付かせて使う訳にもいかない。

 

「〝蒼の薔薇〟の戦力が全然足らないか。ふむ(どうしようかなぁ)」

 

 それは、映像を見ていたここに居る全員が思った感想だ。

 実は同じ問題を緩和する為、東部方面には2時間余り前から()()()()()()を既に投入している。竜宿営地からの飛行移動途中にGOを出してだ。でも、それをこちらへ配置する訳にもいかない。

 ここで手を挙げる者がいた。ソリュシャンである。彼女の思考視野は広いと分かる。

 

「あの、アインズ様。お気付きとは思いますが、一つ具申してもよろしいでしょうか?」

「なんだ? 申してみよ」

「はい、では。現在配備中ながら、戦闘域にまだ遠いところの戦力を動かせないでしょうか?」

「ふむ(いい案じゃないか)、それも一応()()()()()()()

 

 ソリュシャンが意見で示したのは、王都内のゴウン屋敷へ配備中の奴か、戦士長の護衛のユリに付けたハンゾウの事に思える。

 『六腕』達が王都内にいないので、ハンゾウを外すとツアレ達の残るゴウン屋敷関連の護衛は随分手薄になる気もする。

 一応、王都側への竜軍団接近時の守りも兼ねて、偽アインズ達が下がる後方とは王都北部側だ。

 そこに、〈幻影〉でルベドを模したシャルティアも配置するので、防衛戦自体は強固だろう。

 でもゴウン屋敷関連に限れば守りは手薄。また変な貴族が他にも現れるかもしれない。

 

(……一度あったことは、2度あってもおかしくはないしなぁ)

 

 そう考えて、支配者は結論を述べる。

 

「では、ユリに付けているハンゾウを一時、弱い連中の援護に回そう」

「――畏まりました」

 

 しっかり返事をしてくれたが、刹那の間とソリュシャンの微かに泳いだ目の動きは事実。

 どうやら、ゴウン屋敷へ配備中の方を動かして欲しかった模様だ……。

 よく考えれば姉への防御の手を弱めて欲しいはずがない。

 だが、主から結論が明確に告げられており、戦闘メイド達は従うのみである。

 ソリュシャンは些かユリへと申し訳なさそうに、〈伝言〉で絶対的支配者の指令を伝え始めた。

 

 朝6時を前に6時間サイクルの攻撃を終え、竜王の声を受けて百竜長達も後退していった。

 『蒼の薔薇』と『イジャニーヤ』達は、疲労や魔力の回復で休憩を長めにとり午前9時を過ぎた頃、また竜王隊探しから始める事になったが――()()()()()が連発する。

 一つ目は、竜王の目撃情報。

 ラキュース達は情報を、広域にカバーする王国軍から一応提供されている。だが、混乱を極める戦場内では中々難しいのが実情のはず。ところが、彼女達が訪れると情報が届いていた。顔の表情がハッキリと見えない、伝令だという一般兵から……。

 そして、遭遇した竜王隊から『イジャニーヤ』達が百竜長らを引き付け、『蒼の薔薇』が竜王との挑発的戦いに再び臨んだ時も。

 ただこの時、ラキュースは竜王への戦法を上手く考えて変えている。

 正直、脚力では竜王の動きからは逃げ切れないという問題から手を付けたのだ。

 逃げ切れる方法はただ一つである。

 イビルアイの〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉を使うしかない。

 流石に、竜王でも転移系よりも早くは飛べない模様。

 イビルアイは上位魔法を封印し、移動面を重点的に引き受ける。そしてラキュース達が交互に同行して攻撃するという戦法へと切り替えた。

 それでも、稀に危機的な場面も存在したが、その都度ミステリー的な攻撃が起こり、竜王は決定的瞬間を逃し続けたのである。

 故に竜王ゼザリオルグのストレスは、凄まじいものになりつつあったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 低い空の場で、1頭の()()と連続して激しく剣を打ち合い続ける、人の小さな姿があった。

 時折着地しつつ、炎を時には避け剣で凌ぎ、上空へとジャンプして果敢に挑む。そこから両手二刀で闘う凄まじい様子を、周りの人間達が固唾を飲んで見守り続ける。

 もし彼が殺されれば、次は自分達が死ぬ番なのだと多くの者は知っていたから……。

 (ドラゴン)が強い事など分かり切っていた事。

 それでも伝説に誇張があるものと、愚かな弱者らは考え挑む。

 程なく、オリハルコン級冒険者達の武器と腕力ですら、空を舞う奴らが(まと)う頑強な鱗と剛筋肉の身を切り裂き倒すのがかなり厳しい現実に、やはり伝説的生物だと人は痛感し落胆した。

 だが――。

 皆の暗い空気を裂いて抗うように目の前で今、人の振るう二本の大剣と竜の両腕の爪が火花を雨の如く激しく散らせていく。

 鎧姿の彼は冒険者であるが、驚く事にアダマンタイト級でもオリハルコン級でもそして、ミスリル級ですらないそれ以下のプレートが首から下がっていた。

 間もなくその決定的(とき)が来る。竜の腕が弾かれ肩から胸元までのラインが見えた。

 

「――むんっ」

 

 

 ()()()()()は、グレートソードをへし折りつつも十竜長の剛体を真っ二つにしていた――。

 

 

「おぉーーっ、モモン君っ、流石だっ!!」

「やりおったな、すごいぞモモン殿っ!」

 

 分単位で数多(あまた)の命散る激しい戦場の中、モモンの偉業を見た瞬間に、彼の後方で剣を構えていたアインザックと攻撃魔法を撃つ準備をしていたラケシルの両名は思わず興奮し拳を握り我鳴(がな)った。

 漆黒の戦士は、折れた剣を着地の前に放ると手にするもう一本のグレートソードを天へと掲げ、眩しい日の光を赤いマントの背に浴びて、討ち取った竜の横へと立つ。

 周辺にいた王国軍兵達やオリハルコン級冒険者らも、おとぎ話で読んだままの冒険者の雄姿へ大歓声を上げていく。

 

「「「ウオォォォォーーーーーッ!」」」

「凄いっ、モモン殿!」

 

 ただ、()()()()()()を上空に舞いつつ見詰めていたマーベロは顔色が宜しく無かった……。

 

「あぁぁ、モモンさん――(パンドラさん、マズイです。目立ち過ぎです……)」

 

 (ドラゴン)相手に無双してみせた、漆黒の戦士モモンとは一体何者なのか。

 その名が戦場に轟いた出来事は、戦闘が始まって2日目の朝のことであるっ。

 

 

 リ・エスティーゼ王国ヴァイセルフ王家の直轄城塞都市エ・ランテル冒険者組合所属、白金(プラチナ)級冒険者チーム『漆黒』。

 チームリーダーは、巨躯に巨大なグレートソードの二刀流を使う〝漆黒の戦士〟モモン。

 他のメンバーは純白のローブを纏う小柄な褐色の美少女で第3位階の魔法詠唱者(マジック・キャスター)マーベロのみ。

 まだ2人組というのは、組合加盟からひと月と少しということもあると見られている。

 噂だと、南方出身で歴戦の戦士の彼がそこでマーベロと出会い、王国東部へやって来たとの話。

 彼等の名声については『銅級からの4階級飛び級』の実績、『竜王国救援話』という大仕事の伝達者、『王都冒険者大宴会での余興』のネタ話により、王都で上位冒険者を中心に知られる。

 しかし戦場へ移ると結局、多くの冒険者達にとっては戦局を左右するという反撃にからむ魔法詠唱者『アインズ・ウール・ゴウン』の噂の広まり方が自然とかなり大きくなっていた。

 原因として、組合の記録上でのモモンの実戦闘における力量について目にしたのは、カルネ村の帰路のンフィーレアと、エ・ランテル西方で夜中に盗賊団に襲われた際の『漆黒の剣』とブリタだけというのも大きいだろう。

 エ・ランテルの冒険者組合長と魔術師組合長が見たのはあくまでも模擬戦でしかない。

 

 つまり――『漆黒』が、多くの者達へと実戦闘を示すのは今回の戦場が初めてという事になる。

 

 それでも、アインザックとラケシルは模擬戦の様子から彼等の実力を確信していたが。

 

 

 『漆黒』のモモン達の担当地、東南部戦線は主に旧エ・アセナルと大都市リ・ボウロロールを結ぶ大街道の北側域を指す。この辺りは竜王軍との戦闘が始まって1日目は平和な戦域であった。

 しかし、王国軍側の時間稼ぎ戦術でも戦闘域は東へジワジワ広がっており、開戦から丸1日が過ぎて午前3時半を少し回った頃、激戦地の南部戦線から東南部側へと竜の兵が現れ始める。

 直ぐに王国軍兵士らと戦闘が散発的に起こり徐々に拡大。そこから2時間弱過ぎていた。

 既に午前5時前から朝日が昇って明るい。

 マーベロは支配者から昨日、2回〈伝言(メッセージ)〉による状況確認の連絡を貰っていた。

 1回目の連絡は昨日の午前3時辺り、2回目は今から6時間半前の午後11時頃だ。1回目は開戦の少し後の混乱時。2回目はアインズ一行がラキュース達と森を離れ出撃する前のタイミング。

 最初の連絡時、まだ竜軍団の攻撃の明かりから距離があると支配者はマーレに聞いた。しかし、2回目では間近での戦闘に変わっている。

 その時も冒険者組合長らが周辺へ居たことで満足に話せない状況であった。

 

『アインズだ。マーレ、聞こえるか。1日経ったがどうか?』

「…………モ、モモンさん、大きい炎が近いあちらの北方向にも竜が1匹見えます。距離は500メートル程でしょうか。この10分で3匹目です。この様子だと、あと数時間でここまで竜が来そうに思いますが?」

「はは、マーベロ君も、流石に少し緊張してきたかな。まあ大丈夫だぞ。普段通りでいいんだ」

「あ、はい……」

 

 アインズに対し「モモンへの確認」風で状況を伝えていたが、普段無口なマーベロが話すそれをアインザックは戦場での緊張と取った様子で話し掛けた。

 ラケシルと共に二人からすれば、自分の娘達と被る姿もあり何かと気を使ってくれる。

 それはモモンがマーベロを何となく保護している感じに見えていたこともある。

 モモンの〝女〟となれば、そういった事は出来ないが。何か少し違う純粋さが見えていた。

 絶対的支配者の方もアインザック達の会話までは聞こえてないが、王都での食事風景などの様子から小柄なマーベロを見守る空気を窺う事は出来た。

 

「大体の様子は分かった。予定通り、様子を見て()()()()()()()()()頼むぞ。大きな動きがありそうなら知らせてくれ」

『(は、はい)』

 

 支配者はその時もマーレの普段の可愛い声を聞き終えて〈伝言(メッセージ)〉を終えた。

 しかしアインズもまさかこの(あと)、マーレ側から変異の通信を貰うとは殆ど予想しておらず。

 

 そして――午前5時34分を迎える時分。

 

『あ、あの(アインズ様)、マーベロです。聞こえていますか、今、大丈夫でしょうか?』

「私だ。問題ないぞ」

 

 何やらマーレの声がいつもと少し違ったのだ。本当の緊張を僅かに感じさせたが、とりあえず応答する支配者。

 現在、『蒼の薔薇』のいる場所に近い南部戦線の上空で佇む至高の御方の傍には、ルベドやナーベラル達しかおらず盗聴の危険は一切ない。

 (あるじ)の了解の声に、東の地平線近くに朝日が輝く東南部戦域現地の低空から、偽モモンを見下ろす形のマーレが率直に伝える。

 

 

「大変です。――パンドラズ・アクター(モモン)さんが加減を間違えたのか、戦場で目立つ中、いきなり竜を真っ二つに切ってしまって……周囲の大歓声の中で唖然と立ち尽くしてしまってます」

 

 

「……(おぉぅ)……そうか」

 

 ナザリック地下大墳墓を率い『世界征服』や『新国家建設』を目指す絶対的支配者として、とりあえず泰然と返したアインズだが、続きの言葉を待つマーレに何か返さなければならないと必死に考える。

 また、偽モモン(パンドラズ・アクター)がなぜ今の状況になったのか。

 もしかすると(ドラゴン)側が()()()()という気もする。

 モモン達は、以前から持ち場で百竜長を相手にするという話をパンドラズ・アクターも聞いており、事前にLv.45程度の戦士辺りの力で立ち会った可能性は十分ある。相手が格下の竜だったとすれば、結果は順当と言える。

 

(でもまずい、マズいぞー。他の都市のオリハルコン級冒険者達と適当に流して最後辺りに1、2匹を苦戦してやっとぐらいで……と言っていたのに、いきなりか。まあ、戦闘部分でアイツと交代したのは初めてだからなぁ。ええっと、まずこれ以上別の竜は極力斬り殺さないように伝えて、その場での言葉としては、うーん――)

 

 だが同時に、今色々山ほどマーレに伝えてアレ(パンドラズ・アクター)を指導させるのは状況的に難しくかなり酷に思えて来た。更に一方で。

 

(いや、待てよ……アイツ(パンドラズ・アクター)は優秀と周りから聞くんだけど。もしかすると、アイツなりの考えがあるのかな。でもなぁ……任せて大丈夫か、それとも()()()()()に行くべきか……)

 

 最近自主的なNPC達の動きから、配下達の行動をどうも一概には否定出来ない。

 湧き上がった迷いと息詰まり感を胸に、仮面のアインズが言った。

 

「マーレ、私が不可視化で今からパンドラズ・アクターの傍へ行く。そこで〈時間停止(タイム・ストップ)〉だ」

『は、はい』

 

 通話を切ったあと、空中で周りへ浮く形の皆へと告げる。

 

「お前達は、この場で待機だ。私はマーレの所へ少し用がある。何かあれば知らせよ」

「「はい、畏まりました」」

「分かった」

「……了解」

 

 支配者と手を繋いでいたソリュシャンとシズは、ナーベラルと手を繋ぐことで空中へ留まる。

 各自で〈飛行(フライ)〉の巻物(スクロール)を使えばいい気もするのだけれども。

 プレアデス姉妹の仲良く手を繋ぐ光景に、無論ルベドの口許がニヤニヤしていた……。

 一瞬、闇妖精(ダークエルフ)姉妹の位置なら詳しいルベドに送って貰う方が早いと思いつつも、絶対的支配者は天使の様子を見て自前で移動する。

 

「ではな。〈不可視化〉〈転移(テレポーテーション)〉」

 

 余裕はないはずながら、同好会員へと貫録ある行動を示すアインズであった。

 『蒼の薔薇』と飛行した際に近くを飛んでいたので〈転移〉は可能である。他者の居る中で偽モモンの傍へ寄るための配慮も忘れない。マーレなら不可視化も感知することが可能だ。

 アインズは東南部戦域の上空へ現れていた。そこから地上へ1つ有るはずの目立つ()()()()を見つける。その際、目的地付近の光景に少し驚きつつ再度〈転移〉した。

 周囲に竜兵は遠く、偽モモンを中心に冒険者の部隊が竜との激戦を制した様子を見に、竜の死骸の傍まで近付いて30人程集まり始めていた。事後2、3分というところだ。

 近場に陣取る王国軍で持ち場を一時外れた兵達や小隊であろう。男爵という全身甲冑の貴族士官もいてラケシルへ走り寄り話し掛けていた。

 その最中、絶対的支配者が偽モモンの傍へ現れた瞬間、先程から傍へと降り立っていたマーレが第10位階魔法を掛けてくれる。

 

「〈時間停止(タイム・ストップ)〉。――ア、アインズ様、申し――」

「待て、マーレ」

 

 時間が完全に止まった空間。

 不可視化を解除し現れた(あるじ)への第一声に、現場責任者としてマーレは言い訳せず、頭を大きく下げようとしたが――絶対的支配者にそれを大きなガントレットの手で止められて、撫でられる。

 マーレは素直にじっと待つ。頬を赤らめ頭の撫でを受けつつ。

 パンドラズ・アクターはアインズ直属の配下。責任があるとすればアインズは自分のはずと考える。でもマーレはそれを見通しての行動とみた。怒れるはずもなく可愛いすぎである。

 撫でを続けつつ、アインズは偽モモンのパンドラズ・アクターへと本題を尋ねる。

 ただし、言葉には深い読みの支配者のイメージを添えてだ。

 

「お前、これは当然――考えがあってのものだな?」

「勿論であります、()()()創造主様。本作戦上官のマーレ様には戦闘の中で相談する機会と間がなく、大変申し訳なく思っております。ですがこの機を逃したくなかったものですから」

 

 単純なミスとかではなく、支配者の予想していた意図的な行動だった模様。

 

(創造主様、いえ父上っ、私は嬉しいです!)

 

 我が行動への意味があると読み取ってくれた事に埴輪調の表情ながら内心嬉しい軍服NPC。

 対して支配者はパンドラズ・アクターの言葉の中から、何が狙いかを推測する。軍服のアイツへ気を使う必要は余りないが、マーレには知者、遠謀の支配者として振る舞う必要が有るのだ。

 

(この機を、とか聞いたけど竜を倒せる機会は何時でもあると思うし……情報が足りないなぁ。 ん? ここに揃うのは竜の死体に一般兵士や貴族士官……組合長や上位冒険者達……なんだろう)

 

 〈記憶共有(シェア・メモリー)〉すれば、全て埋まるがそれでは威厳を示せない。 

 その前に一言、見せておかねばならない。

 一つハッキリしているのは『名声を上げる行動だった』という点だろう。

 

(今、名声を上げる。この機に名声を上げる……うーん)

 

 アインズとしては、この苦戦の酷い戦況の中で名声を上げたら、面倒事が増える事しか思い浮かばない。

 最も有名な冒険者チームの一つの『蒼の薔薇』でさえ苦戦している状況。

 

(って、あれ……。そう言えば組合長達はなんでもう戦っているんだ?)

 

 確か、モモン達のいるこの部隊は、オリハルコン級冒険者主力のために百竜長担当と告げられている。

 アインズには百竜長の居場所も配置分布で概ね分かっており、東部側には居ないはずである。

 仮に竜兵らと戦えば、オリハルコン級冒険者ならいい勝負は出来そうで……と死体をみるが激しく戦った正面の傷に対して後方部はかすり傷がチラホラだけに見えた。

 アインズは、撫でていたマーレから漸く手を離すと、一点だけ尋ねる。

 

「マーレ、この竜のレベルはいくつだった?」

「え、えっと、Lv.47でした」

「――そうか、(なるほど)やはりな」

 

 どういう経緯でアインザックが戦いを始めたかは知らないが、オリハルコン級冒険者達では

Lv.20台の(ドラゴン)ならともかく、本来次元が違う相手だろう。

 たとえ、先程より投入したナザリックのNPCの効果が出ているとしてもだ。

 竜長級の上位に対し体力を下げて精彩を欠かせた状態とは言え、パンドラズ・アクターが動かないと、苦戦状況から抜け出せず間違いなく死者が出ていたと想像出来た。

 まあ、マーレなら殿(しんがり)で一人残っても第三位階魔法の10連射が可能で、逃げ切れたような気もする。流石にLv.40台の竜でも〈雷撃(ライトニング)〉や上位の〈雷撃の矢(ライトニング・アロー)〉の大連射はイヤだろう。

 絶対的支配者がパンドラズ・アクターへと告げる。

 

「私の予想通り、膠着した戦局を打破する機と名声を上げる機が揃っていたという訳だな。確かに、状況をみれば私も同じ手を打ったかもしれないな」

 

 細かい事を言う必要はない――ボロが出るから。

 

「そうなんです。その通りでございます、創造主様っ」

「あぁ、そういう事だったのですかっ!」

 

 二人はナザリック地下大墳墓の絶対的支配者らしい言葉を聞いて喜んでくれた。

 特にマーレの目は乙女にキラキラと輝いて。

 そのあと、直ぐに「一応合わせておくか」と告げてパンドラズ・アクターと此度の件の部分を先行して〈記憶共有(シェア・メモリー)〉する。今回は軍服のNPC側からモモンの情報を貰うだけであり、アインズの記憶は奴へ流れない。

 なお共有時に、パンドラズ・アクターが名を上げた偽モモンの今大戦内での乱用を防ぐ手すら考えている事に関心したのは秘密である。

 共有が終ると〈時間停止(タイム・ストップ)〉の制限時間が近付き支配者は告げた。

 

「ふむ、では私は向こうへ戻るとする」

「えっ? パンドラズ・アクターさんと入れ替わられないのですか?」

「ああ。同じ考えでも実行したのはコイツだ。こんなイイ場面だけ奪ってはよくあるまい」

 

 正にこれから漆黒の戦士モモンが皆に賞賛される場面なのだ。

 主の言葉へ軍服のNPCも少し驚き気味に見えた。

 

「――私は次の機会でいい。上手く頼むぞ。〈魔法遅延化(ディレイマジック)〉〈転移(テレポーテーション)〉。ではな、時間停止を解除しろ」

 

 支配者が消える前に、偽モモンとマーベロは時間停止の補助魔法〈姿勢復元(ポーズ)〉で位置と仕草を直前へ戻して停止を解除した。

 アインズは去り、モモンとマーベロは時間の中へと動き出す。

 戦士モモンとチーム『漆黒』は周辺の戦場にいた皆に賞賛と祝福された。

 部隊リーダーのアインザックに勧められ、モモンは鱗と共に竜眼の水晶体を切り出し掲げる。

 

「「「「オオォォーーーーッ!」」」」

 

 戦場で僅かな今の時間、王国軍兵の勝鬨がこの周辺にだけ響いていたという。

 東部方面で戦う王国軍兵や各階級の冒険者達の間で、少しずつチーム『漆黒』と『漆黒の戦士』の名声は温められていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. アインズの出陣前の御挨拶

 

 

 アインズは出陣に際し、当然王都にて()()()()()()()者達への挨拶を行っている。それなりに。

 

 反国王派のボウロロープ侯爵とリットン伯爵へは、例の散々催促された『六腕』らとの深夜会談報告文書に『本来ならば足を運び挨拶したきところも、相互関係の秘匿を優先し出入りは最小にすべきと心得る。失礼ながら、この八本指の戦力との協力合意を以て出陣のご挨拶とさせて頂く』と書き記していた。

 相手を思えば、元々面倒なのでこういうもっともらしい扱いにしている。

 対して王城では、出陣する国王の顔を立て、本人と彼の長男である第一王子への挨拶へと(じか)に赴いている。宮殿での待遇には十分満足していたので、この辺りは表の律儀者の立場を守る意味でも元営業マンとしても筋は通しておきたいとの鈴木悟の持つ性格から来ているのだろう。

 後、非公式ながら国王出陣後の王城の(あるじ)代行になった第二王子へも一応と言う形で会いにいったが、僅か1分程の滞在と例の如く「客人の来訪は覚えておこう」で終わっている。

 レエブン候へは一度挨拶をしておきたいところであったが、()の御仁は表面上反国王派。王都屋敷へ乗り込んでもいい顔はされない気がし、支配者は敢えて動かなかった。

 

 

 

 そしてアインズは、もちろん情報面で世話になった王女達へも直接出発の挨拶をしている。

 ただし必然と言おうか、非公式すらも通り越して秘匿的にでだ。

 第二王女ルトラーへの挨拶は、国王執務室での挨拶時にランポッサIII世へ申し出て「手短にの」と釘を刺されつつ、宮殿へ戻ってユリへガゼフの願いを伝えたのち特別にさせてもらっている。

 支配者は、5分程の時間差で宮殿へと現れた復帰直後の大臣に連れられ3階から5階へ。そして大臣から呼ばれた()()に先導されて、アインズは国王の居室奥に隠されている第二王女の部屋へ入室する。

 この時、室内には()()の他に表向き笑顔を浮かべている若い使用人の娘が2名いた。帯剣していないが、無手による格闘戦の嗜みはありそうな者達だ。貴族の令嬢なのだが、視線の動きが一般人よりも少し素早く映る。

 カンストプレイヤーがその差を分かるという事は、一般的人間とはかなり差のあるということ。

 姫に対し国王が機密性も含めた上で相当配慮しているのが窺える。下級の貴族程度ならこの部屋の事実を知れば命がないと思わせる程。アインズは約定があり特別である。

 この世界で、弱者が大国の王を敵に回すということは、間違いなく三族までの死を意味する。

 残酷さと血にまみれた執拗な根絶やし的処刑のはず……恐ろしい。

 まあ、強大な絶対的支配者(アインズ)には関係のない事象であろう。いや、施す側か。

 それら周りへ控える怖い傍仕えの者に、気を使わない笑顔が一つ室内に咲く。

 長く伸びる金髪が揺れて、第三王女の目の青よりもっと緑に輝く瞳が見詰め、形良い鼻の下にある可愛い唇が動き、優しい声が部屋に流れた。

 

「いらっしゃいませ。ゴウンさま」

 

 心にラナー級の黒さがない為か、ルトラーの純粋な美しさはアインズにも危険な水準である。

 そんな彼女の部屋は、真っ白な壁と天井以外が本当に真っ黒い室内である。窓枠すらも黒だ。

 黒き絨毯の上を王女と同様に黒系の好きなアインズが、部屋の左右へ目を向けて感嘆しながら進む。

 

「どうも、ルトラー王女殿下――素敵なお部屋ですね。黒が見事で美しい」

 

 自然と支配者からはそんな感想が湧いてきた。

 近い未来に(つがい)の約定を交わしている間柄とはいえ、あくまで仮であるし二人きりでもなくこの場はまだ〝殿下〟付けにしている。

 

「(キャッ、くぅーーーー)まぁ。嬉しい……」

 

 黒の車椅子に腰掛ける漆黒のドレスのルトラーは、真っ黒いレースの長手袋の手をラナーよりも豊かな胸の前で合わせた。

 この様な趣味の合う言葉を語る(おのこ)を彼女は純真に待ち焦れていたのだ。

 王女は本当に満面の笑みと美しい瞳をキラキラとさせ、()()()()()()()へと向け大いに喜ぶ。

 全ての色を完璧に塗りつぶせるのは黒のみだ。最強であるっ。決して暗愚な色ではない。

 

 紛れもなく絶対的支配者に相応しい色合いなのである。

 

 ルトラーは「こちらへ」とゴウンさまを自ら招く。

 奥の黒革のソファーへと(いざな)う。アインズが腰掛けると向かいへ王女自身の手慣れた手付きで車椅子が止まる。

 支配者は評議国での礼を先に述べた。

 

「先日聞かせて頂いたお話により上手く行きそうです。感謝します」

「いえ、私でお役に立てて嬉しい限りですわ」

 

 二人が挟む眼前の大きめのローテーブルすらも黒檀系の木材でブラック。そしてお茶セットの陶磁器も金の装飾はあるが、カップもベースは漆黒焼きだ。

 使用人が入れてくれる注がれたお茶も『黒茶』と呼ばれる茶墨のような色である……。

 凄まじく『黒系』が徹底されていた。

 仮面からゴウンさまの驚く表情は見えないが、全身からは感情が伝わって来る。

 そんな彼をルトラーは楽し気に眺める。

 1年先とはいえ、彼女の目の前の人物は高尚で貴重な趣味を共通する伴侶となる者。

 今も見せてくれる、自分のこの不自由な身体を気にする風のない彼の様子も大きく好感度を上げている理由の一つだ。

 また、間接的にはなるが彼のお陰で、我が身が王家に貢献できる事も内心で凄く感謝していた。

 時代的にみれば、彼女のような身では家の恥にもなり大半が屋敷の奥で、無駄に生かされ老いさらばえさせられて静かに世を去るべきところである。

 概ね無価値な自分(ルトラー)へ、彼は大きな意味を与えた上で妻に貰ってもくれるというのだ。

 何を返せるか分からないが、末永く献身的に努めたいと彼女は考えていた。

 その熱い気持ちの全てが、純粋に目の前の仮面の紳士へと向けられる。先月の上火月(かみひつき)(7月)の日に双子の妹ラナーと16歳へなったばかりの、王女の本来透き通るが如き瑞々しい白き頬は、先程からずっと赤くなりっぱなしである。

 そんな王女へアインズは本題を伝える。

 

「数日のうちに私も出陣します。本日、国王陛下も出陣されるので明日より一時、王城から王都内へ下がる事もあり挨拶に参りました」

「(え?)……そう(なの)ですか」

 

 ゴウン氏は、仮にも第二王女の伴侶となる者である。

 しかし、彼女は表立っては幽閉の身なのだ。彼の立場も必然と低い扱いになってしまう事に、辛さを感じていた。

 彼女の表情の変化に、多くの気持ちが混じる負の空気がアインズへも伝播する。

 なので、彼は希望を灯す。

 

「あ、でも10日もすればこちらへ戻れるかと」

 

 王女は彼の心遣いを感じ嬉しさと、もう一つの哀れな己の現実に足元へ一瞬だけ視線を落とす。

 今の状況へいざ個人では何の力もなく、何も出来ない身の情けない思いが心へと募る。

 故にルトラーは心底想う。

 

 

(悲しいこの状況を打破するには――ゴウンさまに、(パワー)で竜の軍団を打ち破ってもらう他ない)

 

 

 二人の輝ける将来はこの仮面の紳士の働きが切り開いてくれるはずと、ルトラーの神掛かり的思念は強く訴えて来ていた。

 驚異的戦功の実現により王国東部辺境地へ広大なゴウン家自治領が得られるのだ。

 その時にルトラーもかの地の主君の妃の一人(――(ラナー)もいるので)として、自由も得られるのである。

 正に王道のおとぎ話的で夢の如き幸せな始まりの展開(プロローグ)

 しかし、ルトラーはそれを疑わない。彼女には理解と大きな確信があった。

 評議国から無事戻って来た彼が人類圏を超えて、より多くの物を手に入れて来た事すらも――。

 

(私のゴウンさまは、勝ちます)

 

 国王より『手短に』と言われた事もあり、室内や黒についての僅かな歓談のあと、アインズはお暇するべく立ち上がる。

 大きな大きな考えを胸に、第二王女は目の前の伴侶へと言葉を掛ける。

 

「ゴウンさま、大いなる御武運を願っております」

「ありがとう。それでは少し出掛けて来ます」

 

 笑顔で二人は別れる。

 背を向けたアインズは巨躯に漆黒のローブを(なび)かせ、黒き部屋を後にした。

 

 

 

 その晩、アインズは真っ白で統一されたラナーの部屋をも訪れている。

 午後10時5分――予定だとここから5分間はほぼ毎日、ヴァランシア宮殿4階奥のラナーの自室内には使用人不在となる。それは本来ラナーへ解放感を与える時間であるが、今夜は密会の時間となった……。

 アインズは、公務中のラナーへと昼の間に〈伝言(メッセージ)〉を通し、戦場へ向かう前の挨拶に行く旨と「訪問は、夜に突然の形となるかもしれない」とだけ、(あるじ)らしく一方的な形で告げていた。

 時間が迫り、アインズはソリュシャンから第三者の不在を確認すると、〈転移〉にてラナーの私室内に現れる。王女は白い不透明のネグリジェ姿で、部屋の中央付近にある2人掛けの椅子から立ち上がり仮面姿の主人を慎ましく迎えた。

 9日ぶりとなる夜の逢瀬にもとれる来訪である。

 ただ今日は5分間弱しかない。ロ・レンテ城内も戦時下の警戒態勢ということで、今夜はこの後もほぼ夜通しで使用人の娘が一人、部屋に付くらしい。

 なので今回は短時間で使用人が出入りする為、ラナーもシースルーものを着てアインズを歓待する訳にはいかなかったとみえる……。

 制限時間につられ、絶対的支配者の言葉も自然と手短になってしまう。

 

「準備は整った。数日後に私も前線へ出陣する。今夜はそれをラナーへ伝えに来た」

 

 部下扱いに近いのでこの内容で問題はないはずと考えた、女心の分からない御方。

 

「……つれないのですね、アインズ様は」

 

 『幼い恋』のクライムとは毎日昼間の多くの時間を同室で過ごせ、一歩一歩篭絡への布石は打てて満足しているラナーであった。

 反面、主人であるアインズとの熱い『大人の恋』は中々進まない。

 主人と約定のある姉ルトラーより先行し交わり、御子も授かり出し抜きたいという怪しく激しい願望も今は状況が許さない。

 支配者が竜軍団に勝利し権力を得ないと――第三王女は『王家から他家への婚姻道具』という牢獄から抜け出せず、あのイカレタ計画も頓挫し絶望の闇へと沈んでしまうのだ。

 それらジレンマ的不満が先の彼女の言葉へ遠回しに出ていた。表情も頬を僅かに赤くして、かなり残念に見える。

 

「今は王国にとっては厳しい戦争中だからな。優先すべき事は分かっていると思うが」

 

 夜の王女を前に、アインズの聖人的無欲の精神は全く折れない。いや童貞のなせる業か。

 淡々と答えるも絶対的支配者としてはニンジンを残した。

 

「10日もすれば、状況は大きく変わるだろう。全てそれまでの辛抱だ」

「……はい、そうですね」

 

 ラナーはスッと静かに支配者の大きな胸へと色っぽく身を寄せ一瞬視線を落としたが、直ぐに満面の笑顔で見上げてきた。

 

(これがきっと――〝焦らし〟という大人の恋の醍醐味なのねっ)

 

 偶にはこうして、思考を読まないのも楽しいのかもしれないと考えて。

 一方、アインズは聖人的無欲の精神に甚大な支障が出掛けていた……。

 

(お、おぅっ……。胸が、柔らかい胸が……良い香りも……こ、これはダメだぁ)

 

 黒い思念の姫とはいえ、主人へ対しては純粋であるが故に結構くるモノがあった。

 固まった体と仮面のお陰で動揺を気付かれる事はなかったが、頭蓋の眼窩(がんか)内に輝く紅い光点が壊れたピンボールのように一瞬弾け回る光景があった。

 でも即、感情抑制により興奮した恥ずかしい気持ちは沈静化したが。

 

「もう時間ですわね」

 

 壁に並ぶ白い戸棚に置かれた時計の針がもう10時10分に近い。短いような長いような数分間が過ぎた。

 美しい王女は一歩下がると、淑女らしく礼をして主人を送り出す。絶対的支配者は偶然なのかラナーにも姉と同じ台詞で見送られた。

 

「アインズ様、大いなる御武運を願っておりますわ」

「うむ、では行って来るぞ、ラナー」

 

 アインズは、こうして()()()出陣していった。

 

 

 

 

 あと――某所へも挨拶。

 

 王都内にあるフューリス男爵家の所有する小ぢんまりした屋敷が、アインズ一行の出陣した日の夕方に発生した火事で半焼したという……。

 屋敷の者らに死者はいなかったが、夜を迎えるころに焼け出され、物的損失額は金貨で500枚は下らないとか。

 普段は火の気のない場所から炎が上がっていたのを、使用人達が目撃していた。

 先日より右腕をはじめ、今回の戦争出陣関連の臨時費用や子飼いの騎士を失った上に、いたぶるべき市井(しせい)の女すら手に入らず、王都の屋敷までもが火事に遭う。

 

「ナゼだ、ナゼだ、ナゼだ、ナゼだ、ナゼだ、ナゼ高貴な私だけが酷い目に遭うのだぁぁぁ」

 

 半焼の屋敷を出て借りた高級宿屋の一室のベッドで一人、男爵は視線を錯乱気味で自問した。

 先日、街娘を漁った折に出会った王都裏社会の大組織絡みか。

 あの行軍中の雨の日に、道に居た頭のオカシイ冒険者崩れに遭遇してからなのか。

 それとも国王派の自分が欲を出し、危ない反国王派の上位へ足掛かりを作ろうとしてしまったからなのか。

 彼には理由がどれか分からない。

 無論、過去に領民の多くを惨く酷く殺している事などは、忘れたように棚に上げて――。

 彼の思考は下賤な家畜程度の者達へと割く事を拒絶している。

 

「……何か、高貴な生まれの私に相応しい好運を掴む方法はないものか。おのれぇ」

 

 なお、この火事の件に八本指は関与せず。

 男爵屋敷の位置情報は、ゴウン屋敷の2階居間の本棚に残っていた『王都内屋敷名鑑』から入手していた。リッセンバッハの三女キャロルが見つけたのである。

 実行したのは至高の御方(アインズ)配下で、忍術に長けた者であろう。

 こうして男爵への直接的御礼もまた始まったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. フォーサイト?の逆襲

 

 

 夜が更けるバハルス帝国帝都アーウィンタール内、某伯爵邸付近。

 

「では、行くか」

「ええ、そうね」

「さあ早く助けましょう」

                                            (コクコク)

 今よりヘッケラン達3人が視線の先にある大きな貴族屋敷へと乗り込む。

 この数時間後、西方の遠方地で王国軍対竜軍団での戦闘勃発に対し、帝都中はいつもと変わらぬ夜が流れる。

 でもワーカーチーム『フォーサイト』にとって、今夜は特別な夜になりそうであった。

 チームのメンバーであるアルシェ。その鬼畜な父、元準男爵が御家再興を某伯爵の子息へと掛け合い、その代償に攫われてしまった妹達、可愛い双子のクーデリカとウレイリカ。

 アルシェに妹達の帝国脱出を約束していたヘッケラン達は失態を感じ、ここで二人を取り戻すべく動いた。

 だが何と言っても救出する目標は、伯爵邸内へ大事に仕舞われた者達――これは特権層への攻撃でもあった。

 この行動が意味する重さは計り知れない。

 同業者が……いや、ロバーデイクでも別件で聞けば、間違いなく「命知らずだ」と言うはずである。

 平民風情が上位貴族を相手取るというのは、明確に自殺行為と考えて良い……。

 

 

 

 さて、救出するクーデリカとウレイリカだが、イミ―ナしか双子の顔を知らない。

 なのでチームは彼女を中心に救出作戦を考えている。

 脱出時にイミ―ナの両手は双子で塞がっているという想定から、イミ―ナを守りながらの逃走劇との展開でだ。

 一応大まかな屋敷図面は用意出来ているが、まず広い屋敷内で双子の囚われている場所の特定と屋敷外への脱出経路確保である。

 『フォーサイト』は名のあるプロ。相手も考え勢いだけで物事は進まないとよく理解している。

 現状況を判断すると、ヘッケラン達が強大な権力者である伯爵の手から生き残る方法は一つ。

 『誰も殺さず密かに双子を盗み出し国外に消える』――これしかない。

 ワーカーチーム一つに、屋敷へ侵入され重要物を奪われたという失態は、権威ある伯爵家にとっては恥であり隠ぺいされる事象。

 あとは数年の間、ほとぼりが冷めるまで帝国外で過ごせば解決するとみている。

 伯爵家として、いつまでも下賤相手の小事へ関わっていると裏で広まるのは宜しくないからだ。

 上位貴族には高貴な立場が存在し、『フォーサイト』が生き残るには逆にそこを利用するのが最上策といえる。

 

 しかし簡単ではない。

 

 広い豪華な屋敷には、多くの使用人や衛兵の配下に加え、室内にからくりや仕掛けもありえる。

 ワーカーチーム『フォーサイト』がミスリル級水準という自負を持っていても、無傷で達成するというのは虫が良すぎる考えだろう。

 それに今は優秀なメンバーである魔法詠唱者(マジック・キャスター)のアルシェを欠く。

 彼女が居れば手段が増え、相当状況は変わる。

 しかし無いものねだりをしている時ではない。彼等は3人だけで達成するつもりでいる。

 ただ、近接戦闘においては軽快なロバーデイクも、移動しつつの広域戦だと彼の壁的重装備が足枷となる。

 その点を考慮しての役割配置で救出作戦を開始する。

 総敷地が3万平方メートル程ある某伯爵の帝都滞在屋敷の西外壁へ回る。北面が外へ一番近くも、安易な選択は予想され易いと先の策を考えて外していた。

 野伏(レンジャー)でもあるイミ―ナは周辺気配の薄さを読むとロバーデイクの肩を利用し、高い外壁を軽く越えて中へと侵入する。それにヘッケランが続き壁上へ乗り、金具で壁に引っ掛けた登り綱を落とすとロバーデイクが上がってきた。次に登り綱を屋敷内側へ垂らし3名は侵入する。その脱出点をロバーデイクに頼む。

 敷地外壁から離れ木々を含んだ緑地の茂みに潜み、ヘッケランとイミ―ナが視界内の周辺を確認する。

 直線で斜め左約30メートル先に4階建ての立派でデカい御屋敷が横たわる。夜も少し深まり消灯されていて多くの窓に明かりは見えない。だが、私兵の姿は出入り口の要所には見えていた。

 そこから闇に紛れて双子捜索を開始しようと、イミ―ナが動き出そうとしたその時。

 

 

 静かだった伯爵屋敷内に轟音が響き渡り、建屋南面の一部が突如――崩壊した。

 

 

 そこから屋敷内は大混乱である。崩壊には悲鳴も混ざり、右往左往する使用人や衛兵が崩壊現場近くへと当然徐々に集まってくる。

 その光景にヘッケラン達も小声で呟く。

 

「……(おいおい、何が起こったんだ?)」

「……(分からないわよ)」

 

 異変が奥まで聞こえたのか、後ろからロバーデイクも様子確認で傍にくる。

 

「……(……これは好機にも思えますが)」

「「――っ」」

 

 判断の難しい局面だが、これなら多少の雑音や気配が紛れるのは確かだ。

 存在を知られないように潜入し奪取するなら有利な機会といえる。

 

「よし、俺とイミーナ―で行って来る」

 

 イミ―ナもリーダーの判断に頷く。本当なら一度捜索してからといきたいが、その時間は勿体なさそうである。

 ヘッケランとイミーナは、屋敷西側のこの場から建物の北面へと繁みの中を回り込むように移動していく。

 二人は夜の茂み内を進みつつ時折止まり周囲を窺い、再び慎重に進む。

 その止まった時にイミ―ナがヘッケランへ提案する。

 

「屋敷の建物が突如崩れたみたいだけど、私達もさっきの騒動の理由を知ってた方がいいかもね」

「……確かにな。状況判断や、何かに利用出来るかもしれないか」

 

 例えば、使用人や衛兵にバッタリ会った時など、会話で誤魔化し状況が変えられる場合もあるだろう。

 イミ―ナが先導し、ヘッケランが後方を警戒しながら人気の近い場へ向かう。

 すると衛兵2名が、建物傍の持ち場で話しているところに遭遇する。

 

「おい大変だぞ。なんでも――3階にある伯爵御世継ぎ様の()()()()付近で、外壁と床が崩壊したということだ」

「な、なんだと。それで伯爵御世継ぎ様は?」

「わからん。御寝所とは別のはずだが、あの一角は常時立ち入り禁止となっているからな」

「あ……、夜中や朝方に娘の喘ぐようで奇怪な声が聞こえてくるって話の?」

「……おい、めったな事は口にするな。旧知の俺だったから見逃すが、家族の首も閉まるぞっ」

「お、おぅ。すまねぇ」

 

 そんな会話をシッカリハッキリと耳にしたヘッケランとイミ―ナは顔を見合わせる。

 少し場を離れると今の内容を検討する。

 

「今のはかなり有力な情報みたいね」

「間違いない。ああいった外に漏れない内部の者の噂話は、真実が多いからな」

 

 経験的にこの手の話は、仲間内では口が軽くなるけれど、外の者にはまず漏れない。

 それが強大な権力を持つ伯爵家に仕えるものなら尚更である。下級貴族の配下と比べての豊かな今の生活と、伯爵家の恐ろしさを良く知っている連中なら。

 貴重な情報から、ヘッケランとイミ―ナは崩壊現場から離れた屋敷建屋3階のテラスを中継し屋根へと上がった。屋根裏部屋の窓の一つをこじ開け、建屋内へと侵入する。

 二人は時折通路へ現れる使用人をやり過ごし、屋根裏への正階段を降り、直近の4階倉庫部屋から3階天井裏へ移動した。

 3階へは崩壊場所へと向かう人が多すぎて、とても降りられる状態ではなかったためだ。

 そこで、天井裏を屋敷の南側へ向かい進んだが例の立ち入り禁止区画は、天井裏も分厚く頑丈に仕切られていた。フルト家の執事の話からここは監禁場所のはずで機密性を考えての工事がされている様子。

 破壊は可能だが、破壊音を考慮すると壊して進むのは現状難しいと判断する。

 ここまで建屋内潜入から10分程。

 ヘッケラン達は、その間も屋敷使用人らの錯綜した声を聞いている。中にはかなり気になる情報もあり、無人部屋の屋根裏で二人は小声で意見を交わす。

 

「……(聞いたよな)」

「……(ええ。でも本当かしら。伯爵世継ぎの子息が――死んでるんじゃないかって)」

 

 どうやら先の崩落現場で、情けない半裸姿で発見され救護を受けているらしいが、既に心肺停止状態の模様だ。

 しかし、崩落は監禁場所で起こったということから、アルシェの幼い妹達の安否も同様の状況があり得え、心配が膨らむ。

 可能ならこの隙に、監禁区画へそっと窓などからでも突入したいところである。

 ところが恐ろしい事に、監禁区画は何と大きな窓が1つも無く、ガラスブロックの壁や10センチ角ほどの小さな小窓しか存在せず、中の者を決して外部へと逃がさない構造になっていた。

 監禁構造の弊害により、侵入も崩壊した区画か、正規の出入り口である重厚な3箇所の扉を突破しなければならないようだ。

 その頑丈な扉は現在、中から全て鍵が掛かっており、崩壊箇所からしか出入りできないという話も、困った使用人らより漏れ聞こえてくる。

 崩落現場には篝火が幾つも置かれ、私兵や使用人達50名近くで溢れていた。他に怪我人がいないかと救助作業的に重い瓦礫を協力して移動させており、ヘッケラン達は近付くことも難しく、身動きが取れない感じで見守る。

 なおヘッケランらの作戦タイムリミットは日の出前までとしている。残りはあと6時間半程。

 流石にもし朝を迎え明るくなった場合、昼間働く使用人や騎士、衛兵達が集まり始める前に一度撤収する他ない。

 最悪、夜にまたという考えでいた。アルシェとの約束の手前、可能な限り継続あるのみと。

 

 しかし結局、屋敷の者達による崩落現場の作業は朝まで掛かってしまっていた……。

 

 途中イミ―ナは一度だけロバーデイクの所へ戻り、作戦継続中を伝え往復して来ていた。

 ヘッケランとイミ―ナは状況をより確認しやすくするため、救助作業の様子と声が聞こえやすい建屋南側2階の空き部屋天井裏へ移動している。時折室内へ降り、窓から状況も確認しつつだ。

 

「……(仕方ねぇ、また今夜だな)」

「……(ええ、しょうがないわ)」

 

 幼い双子姉妹達の安否が気になるが、今焦っては全てが台無しになる。

 幸い、崩落現場も瓦礫の多くが移動されたが、伯爵の子息の他には巻き込まれた者は居ない様である。

 クーデリカとウレイリカ達の救出への望みは十分ある。

 今夜までには、例の監禁部屋への扉も開かれているように思えた。普通の人間はそういう状況を看過出来るはずがない。

 元凶である伯爵の子息が居なくなれば風向きは変わるだろうと。

 東の空が僅かに明度を上げ始める頃、ロバーデイクの所へ戻ったヘッケランとイミ―ナらは、また今夜にと伯爵邸の地を後にした。

 

 

 

 早朝の朝日を横に、ヘッケランらは追手が無い事を遠回りしながら確認し、アルシェ宅で待っているだろうメイド少女のところへと戻って来る。

 ただ、昨夜『ちょっと迎えに行って来る』と言った手前、『フォーサイト』のリーダーは憂鬱な表情である。

 可愛らしい小さな白い家の扉の前で、彼女へ何と言おうかと少し考える。

 

「……(あー、手ぶらの俺達を見て、きっと凄くガッカリするだろうな。今夜必ず、と言うほかないか)」

 

 荒くれの男達を眼光で黙らせるヘッケランだが、こういう部分が可愛いと思っているイミーナである。

 しょうがないでしょ、という表情で彼女はリーダーの胸を指先の甲で軽く叩きつつ呼び鈴を鳴らした。

 中から、パタパタと少女の足音が玄関扉へ近付き戸が開く。

 メイド娘はヘッケラン達3人を見て一声を放つ。――満面の笑顔で。

 

 

「―――()()()()()()()()()()()、どうして私を起こしてくれなかったんですかーーっ?!」

 

 

 何のことか分からず、ヘッケラン達の表情はポカンとしてしまう。

 それぐらい、メイド少女はとても嬉しそう。

 だが、直ぐにその理由が少女からの言葉により分かった。

 

「本当によくご無事で―――クーデリカ様とウレイリカ様を救う事ができましたね、凄いです!」

「「「えっ!?」」」

 

 ヘッケランとイミーナとロバーデイクは余りの話に絶句した。3人とも目をしばたたかせて。

 ――意味が分からない。

 それが正直な今の想いである。

 3名はメイド少女から招かれて扉を入り、奥の部屋を覗かせてもらう。すると、可愛らしい双子のクーデリカとウレイリカがぐっすりスヤスヤと眠っていた。

 一体何か起こったのかは全く不明だ。

 しかし、アルシェの可愛い妹達が無事に帰ってきたことだけは確かであった。

 ヘッケランとイミーナとロバーデイクは顔を見合わせる。

 リーダーは頭をかいてメイド少女へと伝えた。

 

「……実は、俺達は救出出来てはいないんだ。伯爵邸へ侵入し、監禁されているだろう区画傍までは行ったんだがな。結局、機会がなくてな」

「えっ!?」

 

 今度はメイド少女の驚く番であった。彼女の表情が固まる。

 じゃあ、この状況は一体全体何か、と。

 ヘッケランら3名も同じ様に、このミステリーへ首を捻る。

 昨夜あれから、少女は4人掛けの小テーブルの席の一つへ座り、ずっとご主人(アルシェ)様の友人達の帰りを待ち続けていたが、いつしかウトウトしてしまった。

 そして肩をポンポンと叩かれ慌てて目を覚ますと、奥の部屋から感じ慣れた雰囲気があった。見にゆくと双子姉妹用の可愛い小さめのベッドへ、二人が布団を掛けられ仲良くスヤスヤと眠っていたのだ。

 これほどの親切をしてくれる知人は、ご主人様の友人達しか知らず、てっきり彼らが見事に助け出したとばかり思っていたのである。

 正直、伯爵邸からの救出は相当分の悪い命がけのお願いだった。

 なぜなら貴族様の元には何百もの私兵がいるのだ。平民達が束になっても勝てる訳がない。

 最悪の場合、それを頼んだ少女自身もその(とが)で伯爵の屋敷へ引き出され、散々の恥辱のあとに公開での打ち首や絞首刑もありえると覚悟していた……。

 少女は、瀕死の自分を全快に出来る程の腕をもつロバーデイクの存在から、目の前の3名が常人ではあり得ない水準の者達だと理解している。またヘッケラン達も、ミスリル級冒険者チームには負けないと自負している。

 そんな自分達が達成困難であった事を、()()()が誰にも気付かれずに完了している訳なのだ。

 

 感謝すれども―――正直恐ろしい。

 

 メイドの少女は少し震えが来ていた。

 これが、余りにも常識では有り得ない事だから。

 場はすっかり静まり返っていた。

 すると、スヤスヤと眠っていたクーデリカの小さな愛らしい純真な寝言が聞こえて来る。

 

 

「……天使さま……モフモフの……白いはね……やわらか……」

 

 

 何やらとてもとても気に入った(ふう)に聞こえる声であった……。

 

「「「………」」」

 

 実に神秘的で幸せな子供の寝言である。

 特に意味はないだろうと考え、一同は『最高の結果だし、まあこれで良いのかな』と思った。

 

 

 

 クーデリカとウレイリカが、カルサナス都市国家連合所属のワーカーチームに攫われて伯爵邸へ連れて来られた折の話。

 日没から2時間が過ぎる頃、幼い二人は〈睡眠(スリープ)〉の魔法でまだ眠らされていた。

 時間がやけに経過しているのは、成功手当をフルト家から荒事請負屋経由で貰う際に1時間以上手間取ったからである。

 伯爵子息より、手に入れた()()を部屋へ早く連れて来るよう言われ、子息担当の執事は戦士風の男と幼女2名を抱えた魔法詠唱者(マジック・キャスター)の女を伴い、子息の待つ部屋へと入って来る。

 すると、視界に下賤な者の姿を認め、伯爵の子息は不機嫌な顔で告げる。

 

「……見慣れぬ女と男、その上に娘子を寝かせたら、早く下がれ、下がれぇぇーー」

 

 癇癪を起したような声を聞き、執事がワーカーの男女へ指示した。

 部屋の中央へは車の付いた台車風のベッドが置かれており、そこに魔法詠唱者が幼い娘達を寝かせると、一礼のあと二人は退室していく。

 この部屋の奥の壁に、か弱き娘らに動かすのは難しい重厚な扉が開いていた。禁断の遊戯区画への扉である。扉の奥は非常に薄暗かった……。

 伯爵の子息は扉の予備の鍵を他者の誰にも渡す事はなかった。

 彼は台車のベッドへ寝かされたまだ小さい娘達に目を向けると、くつくつと笑う。

 

「ボ、ボクちゃん、今晩は寝る暇はないかも。げへへへ」

 

 伯爵の子息は、緩み切った腹を揺らしながら血走った目で二人の幼い小さな体を隅々まで舐め回す様に凝視していく。

 子息担当の執事は何度も見て来た光景ではあるが、人しては一生慣れないものと確信している。

 しかし、代々恩義を受けてきた伯爵家の為に耐えるのみと決めている。

 救いなのは、未だ子息の非道で(ただ)れた行為そのものを直接見ていない事だ。

 禁断の遊戯区画は三重の扉の奥へ400平方メートルに及び全3区画あり、ローテーションで定期的に清掃されているため、衛生面はある程度維持されていた。

 区画内での行為など考えたくない執事は、思考を投げ捨てる様にいつもの言葉を伝える。

 

「坊ちゃん、どうぞごゆっくりお楽しみください」

「お? おおおぅっ!」

 

 最早――執事の彼も同罪である。

 

 執事がさっさと去ったあと、伯爵の子息は軽く台車のベッドを押して進める。

 彼はこれでも難度12の体力があった。常人よりもずっと腕力が強いのである。それも特殊な快楽思考を助長させていた。

 第一の分厚い扉を閉め、第二の扉を開ける。その手順で第三扉を閉め終わる。

 そこは通路である。いつも薄暗い奥の幾つかの部屋にはしっかり木枠に鎖と錘に繋がれ飼われた若い()()が残っている。異常な精神の彼が、放し飼いになどするはずもなかった……。

 全員逃げれるチャンスはずっとゼロのままだ。

 飼い主の彼は、今週使っている中央の区画へ移動し、天井の高い一室へ台車ごと入った。

 続いてガチンと重たく鍵が掛けられる。幼女達に開けることは絶対に不可能な扉であった。

 ただ、ここはガラスブロックを壁面に並べた、昼間はとても明るい部屋である。

 双子の可愛い幼女達へと彼は、恥辱の限りを尽くし自分の欲望の好みに仕上げる為にと空けておいた部屋だ。

 今は夜だが幾つも灯る照明用水晶からの〈永続光(コンティニュアルライト)〉の明かりを強くしており十分明るい。色々と丸見えになるように……。

 

「……げへ、ぐへへ。ボ、ボクちゃんにお顔をよく見せて~~」

 

 明かりの下で、彼は改めて台車のベッドに眠る双子の顔を見下ろし見てみる。すると、これまでに20年以上飼ってきた玩具の中でも最も可愛らしいと思えた。

 それが双子でという物凄い当たりである。

 

「か、かわゆす。調教しがいがある、あるなっ」

 

 彼は手に入れた新しい玩具がとても気に入った。

 そして――。

 

「ぐへへ、そ、そろそろ~~、ボ、ボクちゃん専用にぃ~してあげなくちゃ、ちゃ」

 

 台車から少し離れた戸棚の傍で彼は服を脱ぎ始める。それも下半身からだ……。

 サッと慣れた感じで太いベルトを外しズボンを脱ぎ捨てる。

 でも豪華な上着に金襟のシャツと下着姿のところで、ふと先に可愛い双子姉妹を部屋の窓際にあるキングサイズより一回り大きめのベッドへ寝かせようと考えついた。

 彼は窓際のベッドへ向けていた視線を扉近くの台車ベッドへと向ける。

 そして台車ベッドへと近付き、可愛い双子の片方、ウレイリカへ手を伸ばそうとした。

 すると――突如声がした。上から。

 

 

「――――お前、キモくてばっちい手で触るな」

 

 

 彼は思わず見上げる。

 そこには白い翼の生えた天使が浮かぶ。彼はハッキリと姿を見た。

 伯爵の子息は、年頃の若い娘にずっと全く興味などなかった。

 

 でも、その天使は――とても素晴らしく美しいと思った。興奮もした。

 

 次の瞬間、天使の姿は掻き消え、部屋の床と壁が一気に崩壊していく――――。

 

 

 

 

 某伯爵邸で原因不明の屋敷崩壊事故から半日ほど過ぎた午前9時頃。

 屋敷裏側の裏正門脇の小門が開くと、カルサナス都市国家連合所属のワーカーチームの4名が出て来る。事故直前に伯爵子息と面会していたため、取り調べを受けての開放だ。

 当初の雇い主の御世継ぎ様は事故で亡くなったようだが、契約はほぼ完遂していた。

 目的の幼女姉妹を探し出し、伯爵の子息へと渡したのである。

 既に仕事は終わって、昨夜この邸内で請負屋から金貨200枚を受け取っている身。

 もう十分である。

 道で馬車を拾い、行き先の宿屋を告げ仲間で乗り込むと、戦士風のリーダーの男が皆へ問う。

 

「どうする? 今回で結構稼いだし、一度国に戻るか?」

「いやよ。いい思い出なんてないでしょ」

「俺は構わないぜ。金持ちになったし自慢したいし」

「私はんー、そうさね。自慢するのはいい気分かもー」

 

 彼等はスラムの出であり、本来金貨の袋など夢のまた夢という感じである。しかし4人には他者より身体的に優れた力があった。

 そう、この世界は力があれば、誰でも上を目指せるのであるっ。

 彼等4人もそんな夢を追って祖国を出て来ていた。そして今回はまんまと金貨200枚を得たのである。

 

 

 だが――世の中は意外に因果応報。

 

 

 不意に馬車が止まった。

 気が付けば、帝都内でも少し人気の無い道に入って来ていた。

 戦士風リーダーの男が馬車の窓から顔を出し御者へと怒鳴る。

 

「おい、宿屋はもっと先だろ、何止めてんだ、てめえ」

 

 するとカウボーイ風の帽子を深く被った御者はこう返した。

 

「文句があるなら、ちょっと降りて話をしようじゃないですか?」

「……なんだとてめえ……分かってんのか? 俺達はワーカーチームなんだぜ」

 

 そう肩で風を切りつつ、戦士風の男が馬車から勢いよく降りて来た。

 続いて他の3名も降りて来る。

 

「なにー? この御者、頭大丈夫ー?」

 

 野伏(レンジャー)の女が頭を指で叩きながら笑った。

 当然だろう、ワーカーチーム4人に御者が難癖を付けようとしているのだから。

 でも、御者は言い放つ。

 

「大丈夫に決まってんだろ。俺達は――ワーカーチーム〝フォーサイト〟なんだからな」

 

 御者席からカウボーイ風の帽子を投げつつ、ヘッケランは華麗に飛び降りる。

 気が付けば、戦士風の男のチーム4人は、御者の下へ新たに現れた2人を加えた3名に囲まれていた。

 だがこの状況、1対4で攻撃出来そうな構図である。

 まず体格の細い女へと攻撃するのがセオリー。

 そちらへと4人がおのおの武器を握り向きを変えかけた瞬間、モーニングスターを構えたロバーデイクと双剣を握ったヘッケランが側面と後方から襲い掛かる。

 ヘッケラン達の身体速度と練度は4人らよりずっと上であった。

 

「むうんっ」

「〈双剣斬撃〉」

「「「ぐぁぁっ」」」

 

 本気ではない攻撃であったが、カルサナス都市国家連合所属のワーカーチーム4人は薙ぎ払われていた。

 暗黙の了解で、他国のワーカーを表立って殺すのは互いに避けている。

 大きな抗争になるからだ。

 飛ばされた4人にヘッケラン達は次に横へ3人並び仕掛ける。

 それに対し、あわてて戦士風の男が両手持ち剣を握り、野伏(レンジャー)の女は短剣を翳し前へ、神官風の男と魔法詠唱者の女が下がりながら魔法を唱える。

 

「〈軽傷治癒(ライト・ヒーリング)〉」

「〈鎧強化(リーインフォース・アーマー)〉」

 

 仲間への治療と防御魔法を放つ。

 そんな相手に、ヘッケラン達は間合いを詰め構わず連続攻撃する。

 ロバーデイクのモーニングスターが野伏(レンジャー)の女の短剣を一振りで軽く弾き飛ばし、ヘッケランは戦士風の男と剣を交える。

 相手も武技〈斬撃〉を発動するも僅か3合で、ヘッケランが戦士風の男の剣を跳ね上げて奪い、喉元へ剣を突き付ける。

 イミ―ナも後衛の二人へと襲い掛かる。神官風の男を蹴り飛ばし、魔法詠唱者の女の眼前へ短剣を突き付けた。

 

「ま、参った。た、助けてくれ」

「私も降参です」

「降参します」

「俺も」

 

 そうして、カルサナス都市国家連合所属のワーカーチーム4人はヘッケラン達の前に膝を付く。

 彼等の内で一番強い戦士風の男で難度48では、ヘッケラン一人でも楽勝の相手であった。

 降伏したわけであり、命は取らない。

 だが、落とし前を付けることは別だ。『フォーサイト』へ反目するとどうなるかという警告にもなる。

 ヘッケランが彼等へ問う。

 

「お前達、なぜ俺達に襲われたか分かるか?」

 

 4人は顔を見合わせたが答えは出ず、リーダ―の戦士風の男が答える。

 

「……いいえ」

「では、教えてやる。お前達、双子の幼い姉妹を攫ったな?」

 

 ヘッケランは殺気の籠った凄い視線を向け、連中自身に行動から連想させる風で尋ねていく。

 

「は……い」

 

 言い逃れは出来ないと、リーダ―の戦士風の男は震えながら頷いた。

 返事を聞き、とどめの理由の言葉にも殺気を上乗せし告げる。

 

「その姉妹はな、チームメンバーの妹達だ。身内へ手を出された以上、只では済まさないのは……分かるよな?」

 

 双剣の戦士の余りの迫力に4人は震えながら下を向く。

 鬼気迫るヘッケランはまだ続けた。

 

「それで――メイドの少女をめった刺しにしたのは誰だ?」

 

 野伏(レンジャー)の女の身体がビクンと震えた。

 誰がやったのかをこれ以上聞くまでもなさそうだ。しかし、そこでリーダ―の戦士風の男が告げる。

 

「お、俺だ。俺が調子に乗ってやってしまった……」

 

 明らかに嘘だと分かる。

 しかし、ヘッケランはそれを認めた。

 

「そうか」

 

 男のリーダーならそれぐらいの根性がないと話しにならない。

 『フォーサイト』のリーダーは制裁について伝える。

 

「さて、過ぎた昔は一切戻らない。だが、今それに見合う償いは受けてもらう――まず当然だが今回の件で得た分も含め有り金を全てもらい受ける」

 

 これを聞き4人はガックリする。馬車内での話も聞かれ、またそれをされるだけの事を彼等はしてしまっていた……。

 彼等は所持金の殆ど全てをロバーデイクへと渡した。

 更にヘッケランは彼等の近くへ少し寄ると冷酷に語っていく。

 

「俺達〝フォーサイト〟を怒らせると甘くないぜ、覚えておけ。最後のけじめとして――」

 

 言葉を続けつつ腰の剣を一閃した。

 

「――リーダーの利き腕を貰っていくぞ。じゃあな」

「ぐぉぉぉー、腕がぁぁーーっ」

 

 戦いの最中の僅かな動きで、ヘッケラン・ターマイトは戦士風の男の利き腕が左だを見切っていた。

 戦士風の男が痛みに上げる声が響く中、上へと斬り飛ばした空中を舞う肘先の左腕を掴むと、振り返ることなく金髪碧眼の男は去っていく。

 これも仲間を守るためにはリーダーとして必要な事である。ワーカーは舐められては敵が増えてしまう職業でもあった。

 イミ―ナとロバーデイクは無言でリーダーに続いた。

 

 3人の馬車で向かう先は、メイド少女とクーデリカとウレイリカが長旅の準備を整え待っているアルシェの家だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 会員のお仕事+某伯爵家後日談

 

 

 アインズ一行が『蒼の薔薇』と合流した晩の事だ。

 両チームの閑談が終り、別々の場所で休む事になったが、無論アインズ達に睡眠は必要ない。

 時間はまだ午後8時程。つまり朝まで暇な時間と言う訳である。

 なので天使ルベドは貴重の時間だとして、黙々といつもの日課である姉妹鑑賞にふける。

 最初は勿論、目の前にいるプレアデス姉妹を堪能。ルベドには見えている――シズとソリュシャンの傍にナーベラルも仲良く揃っている姿がハッキリと。

 三人の姉妹とは自分とも重なり、特に趣があるのだっ。

 さて次は、カルネ村へと〈非実体(ノン・エンティティ)〉を飛ばす。

 すると村内のゴウン邸の一階で、エンリとネムとアルシェが楽しそうに話をしていた。

 会員天使はその雰囲気にピンと来る。

 

 今、姉妹の話をして盛り上がっている――と。

 

 これを彼女がムザムザ見逃す事など出来ようはずもない。

 そこで、ルベドはアインズへと確認する。

 

「アインズ様、今、非常に重要な(会員の)お仕事に行ってもいい?」

 

 そう問われた絶対的支配者は何のことかよく分からない。

 しかし、断ればどう見ても音速超えでタックルからのサバ折りされそうな、彼女の両手を軽く上げて揺らすポーズに首を縦へ振らざるを得なかった。

 

「(姉妹関連か……詳細によらず、反対するのはヤバイ)まあ、いいぞ。手短にな」

「わかってる」

 

 そういって右手でガッツポーズに、サービスなのか可愛く左目ウインクをして颯爽と〈転移〉していった……。

 カルネ村のゴウン邸内1階の居間に現れた〈不可視化〉のルベドは、エンリ達の会話を聞きながらニヤニヤしつつ窓辺で翼を繕い始める。ずっと変わらぬ彼女の特等席である。

 結局アルシェは、まだ森内のゴブリン村も作業中であり、やはり人間達の傍の方が落ち着くだろうとの配慮から現在、村長に了解を貰いカルネ村内に仮の居を置いていた。

 そして彼女は約1週間後に一度エ・ランテルへ赴き()()()()()するという重要事を交え、()()()()()の話をしているところであった。

 当然ルベドの両眼はキラキラと期待に輝く。

 話に因ればアルシェは三姉妹であり、下の妹達は双子――新規パターンであるっ。

 最早、完全に彼女(ルベド)の保護対象にノミネートされてしまっていた……。

 更に話を聞けば、妹達はまだ帝都南東地区のアルシェ宅に居るという。そして、とても可愛いとのことだ。

 

(是非、すぐに見たい。可愛い可愛い下の双子姉妹っ)

 

 そこまで聞いて最強姉妹好き天使がジッとしている訳もなく。

 アルシェは自宅位置の簡単な地図について、エンリへと魔法省制服に標準で付いている携帯ペンと紙に書き出して見せてくれる。

 ルベドはそれをフムフムと上から浮遊しつつ覗き込み記憶する。

 覚え終った瞬間に、彼女はウキウキしながら帝都内へと〈不可視化〉のまま〈転移(テレポーテーション)〉で移動する。

 アルシェの小さな白い自宅は、上空から直ぐに見つけられた。

 そして、ルベドはいよいよお楽しみと家の中へ〈転移〉していった。

 

 

 ところが――居やしない。可愛い双子のクーデリカとウレイリカは攫われたというではないか!

 

 

 メイド少女及びそこへ居たアルシェの仲間という3人の会話を聞き、最上位天使が絶望から気絶しそうになってしまう程の衝撃を心へと受ける。

 

(一体誰だっ……慈悲深い会長(アインズ様)なら許すけど、それ以外は誰も許さないっ!)

 

 一瞬、会長(アインズ様)が先行して攫ったのかと疑ってしまっていた……。

 会長なら有り得ると、それは流石だと。

 しかしどうやら、バハルス帝国の上流貴族らしい。

 これからアルシェの仲間3人が奪還へ乗り込むとの事なので、最強天使も参戦することにした。

 

 そうして伯爵邸に着いたところで、ルベドは屋敷内へと単独潜入する。

 調べてみると、建屋の室内の一角で数名の若い娘が、鎖に家畜の如く繋がれ可哀想な状況。

 そんな中で太り気味の気持ち悪いヤツが、車付きの台に乗せて可愛らしい双子の姉妹を連れて来た。

 ヤツの目的が、別室で確認した他の若い娘にしたような、姉妹同好会規則から余りにも逸脱・違反し過ぎている内容なのは明白だ。

 

 

(むぅ。コイツには厳罰――――成敗が必要っ!)

 

 

 属性が善の天使はそう強く直感する。

 彼女に眼下へ立つ愚物への、一切の慈悲や躊躇いはなかった。

 しかし、大きな威力手段を使うのはマズイように思えた。達人級同志の主人様は姉妹を大事に愛でる慎ましい支配者なのだ。

 ここは王国から出た隣国であり、会長には何も話していない状況。

 なので、不本意ながら地味目に屋敷を倒壊させて圧迫の刑に処した。

 

「柱……重ぃ……ボ、ボクちゃん……い、息が……くるし、天使……助け…………ろ」

 

 轟音と共に崩れた建材下でギシギシとジワジワ潰され苦しげな声も微かに流れた気もしたが、クーデリカとウレイリカを優しく抱えるのに大変忙しい某天使には丸で耳に届かず、彼女は程なく消え去った。

 

 

 

 

 某伯爵家の御世継ぎが事故で急逝したが、5日後にはもう新たな御世継ぎが立った。

 その2日後、前御世継ぎの担当執事も急逝した。

 公式には病死である。

 だが、彼は前御世継ぎの裏の悪行を知り過ぎていた事に加え、過去一度も諫言(かんげん)を聞いた覚えがなかったのが大きい。某伯爵にとって、良き執事とは主人に上手く小言を申し、助ける者なのだと。

 そのため、あっさり口封じされたのである。

 

 また屋敷に居た若い娘達は、後日に其々の家へと帰された。

 勿論、各家へはそれなりの見舞金と共にキツい緘口令も添えて。

 

 某伯爵家の権勢は、まだまだ安泰のようであった。

 

 

 

 そして、あぁ……フルト家。

 昨夜届いた『お家再興条件の()()()()()()』の知らせに、フルト家当主は歓喜し、乱れていた精神が数時間で随分安定した様子を見せた。下賤の荒事請負屋と揉めつつもこれまで買い集めた家財や残り少ない宝石類の多くを担保に金貨250枚をなんとか工面したことや、不浄な長女をはじめ双子の幼い娘達の事は記憶から消す様に考えるのを止めてだ。

 

(我が家は今からよ。娘など――もう誰一人おらぬ。また毎夜励み()()つくればよい。うんうん)

 

 一度腐ってしまった鬼畜さはもはや変わりようがなかった……。

 彼は朝まで自室で久々の安眠を取ると起床後に髭や髪を整える。無精髭面や髪の乱れは無くなり、目のクマもかなり改善されていた。

 貴族たる者、貴族位復帰の知らせを届けに来る新たな主家となる某伯爵家からの使者へ粗相があってはいけないと。

 アルシェの父親は粛々と待っている。夜は妻と閨で励みつつ、次の日も、またその次の日も。

 

「……ジャイムスよ、貴族称号付与状はまだ届かぬか?」

「はっ。まだでございます。旦那様」

 

 だが、某伯爵家より元準男爵のフルト家へと貴族称号付与状は届かない――何時までも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 英雄(モモン)との出会いは、やはり人を育てるのか?

 

 

 無名の者が放つ功にも色々とある。

 モモンの様に一躍括目される形と――静かに語られるものとである。

 静かに語られる場合、本人の事は余り語られず結果が少しずつ共感を得て後世に伝わって行く。

 

 南東部戦線の戦場の一角でも王国軍の小隊の多くが、竜兵の体力削りと時間稼ぎへただ徹しており火炎砲を受けて燃え上がっていた。

 一方で竜兵達側も2匹一組だが、戦線の広さによって2匹の距離が結構離れたりと、単体への攻撃に近い状況が自然と生み出される。

 そう言った中で『漆黒の剣』の担当域周辺も最早、最前線に(さま)変わりし、潜む(シルバー)級冒険者チーム6組集団も矢面に立たされていた。当然、(ゴールド)級より下位の彼等の方が状況は厳しい。

 おまけに銀級6集団は、直前に見てしまっていた。

 白金(プラチナ)級冒険者3チームの合同隊が火炎砲に加えて、地上まで急速降下して来た竜兵に容易く蹴散らされる光景に遭遇したのだ。

 巨体からの水平に振り回された翼での圧倒的な暴力攻撃を受け小石の様にふっ飛ばされ、何名か死人が出ていても不思議では無い様子に映った。

 竜の体は、大きな翼も含めて剛筋肉の塊である。特に最後に見せた全身を大きく振って放たれた長い尻尾の一撃の破壊力は強烈で、竜王でない竜兵でさえ途轍もない水準だ。

 見たところ正面受けだとアダマンタイト級冒険者ですら、ぺしゃんこになる気がして見える。

 尾っぽが地面を薙ぎ払った後には、もう誰も残っていなかった事だけは確かである。白金級の3チーム合同隊を簡単に蹴散らしたのだ。

 竜兵は周りを確認することもなく悠々と飛び去って行った。

 その時からまだ3、4分しか経っていない。

 『漆黒の剣』のリーダーであるペテルは唖然としていたが、ハッと気付いた様子でまた空の竜達の様子を徐々に眉間へ皺を増やしつつ確認する。彼は、いや周りの全員が一歩も動けず唾を飲むのも忘れ、細かく震える体で上空を舞う巨体の怪物へ視線を向けていた。

 

「……(どの竜も負傷もなく、まだ疲労している風にも見えないですね。飛ぶ高度も高めとは。槍なら何人か届きそうですが、それが刺さるのかは別ですし……手が無い感じですか)」

 

 ペテル達が戦いを始めるのは非常に簡単。しかし、生きて勝利し終わる結末を迎える手は超難問である。

 判断を誤れば、すぐに死が訪れる選択だ。

 ペテルの判断は「ノー」を選ぶ。彼としては合間を見て、負傷し弱り気味の個体を熱望する。

 現在総勢30名ほどで組む彼等は、この戦場へ臨むまでに竜への色々な対策方法を考えてきていた。通用するのではという期待もそれなりに持ってもいた。

 しかしながら、現実の壁は想像を絶している事をこの戦場で思い知る。

 仲間から15メートル程離れて話し合いに来ていて、動けず一緒に見ていた別チームの男性リーダーが独り言のように呟く。

 

「……あの白金(プラチナ)級の彼等が、何も出来ないなんてな……最悪の冗談だよ」

「ええ」

 

 モノは違うとはいえ、白金(プラチナ)級といえば、希望の『漆黒』チームと同級。ペテルも同感であった。

 開戦前に、近所でもあり先の白金級3チームのところへペテルらリーダー3名が一応の挨拶に行っている。

 装備も、腕前も、自信も、意気込みもペテル達とは全然違ったのだ。

 

『まあ、1匹ぐらいは流石に倒さねぇとな、がははは』

『『『ははは……』』』

 

 そんな、お付き合いの笑いを返していたペテル達。

 でももう自信気に映った白金(プラチナ)級の彼等の姿は先程から見えない。

 (シルバー)級冒険者に比べれば何倍も生命力や体力のある連中なので、死んでいないかもしれないが回復中などですぐに動けないのは確かなようだ。

 結論として「ここは様子を見よう」という話をして、ペテル達『漆黒の剣』のところから別チームのリーダーが左右の上空を確認しながら、夜中の戦場で15メートル程の距離を戻っていく。

 近い様に思えるが、戦場に安全な距離など無く慎重であった。

 しかしなんと……彼の動きが、目のいい竜兵に捕捉されてしまったのだ。

 高度を下げつつ竜兵が狙いを定めて砲撃軌道で高度を下げて来る。

 そして遂に、上空から先のリーダーの動きが止まった辺りへと、竜兵から容赦なく火炎砲が放たれた――。

 

「「「――――っ!!」」」

 

 第3位階魔法の〈火球(ファイヤーボール)〉を上回る物凄い火力である。

 その放射は10秒間にも及んだ。

 伝播分だけでも周囲の気温が一気に上がり、皆は目を背ける。

 ああぁ、あの顔見知りのチームが目の前で全滅してしまった………そう思われた。

 

 だが彼をはじめ、彼のチームのメンバーは全員無事であった――。

 

 なぜか。一体どうやって。

 それは王都における下位チーム間での火炎砲対策の相互研究が、この場で実証された事を意味する。

 

 いくつか考え出されたうちの一案に――『根隆起(こんりゅうき)土塁防壁』がある。

 

 森司祭(ドルイド)も少数しかいないし、土そのものを直接動かすのは難しい。だが、植物の根っこを拡張すること(〈植物の根の成長(プラントルーツ・グロウ)〉を応用)で、土を伴った形で植物の根を極端に隆起させ土塁化する事で火炎砲を防ごうとした。

 これはエ・ランテル銀級チーム『漆黒の剣』のメンバー、ダイン・ウッドワンダーの発案だ。

 マーベロとの空中模擬戦で、凶悪な火炎を一方的に受ける状況で長時間凌げないかというところからの発想であった。植物は多少焼けても形状を維持し、土は簡単に溶けないと。

 また、モモンの言葉『俺は全力を出し切って戦うだけ。苦しくても、前を向くしかない。結局はまず自分がやるしかないんだ。しかし、その中で俺は――絶対に仲間を見捨てないつもりだ』が、ダインを大きく奮起させていたのである。

 

(これなら――大事な仲間達を火炎から守ってあげられるのである!)

 

 ダイン渾身の一案である。勿論、発案から直ぐに成功したわけでは無い。行軍中も連日各所で何度も何度も試して実用レベルにまで高めてきていた。本物の〈火球(ファイヤーボール)〉も途中にいた金級冒険者の魔法詠唱者に撃ってもらったが、余裕で土塁は耐え自信も深めた。

 彼は仲間達と担当する南東戦域へ着くと、地面には幾らでも見える丈夫な植物を利用し、土塁を事前に魔法量の多くを使って整え備える。

 実行すると、植物の根を内包し厚みのある盛り上がった土塁は幅数メートルの壁のような高さから、上部がどんどん手前へ曲がって垂れて来るようなJやUの逆形状に仕上がる。高さを抑え向きを変えつつ計8箇所出現させた。

 炎や熱風は基本下から上へ広がる。土塁前面部は地面との間に隙間が無いのも強みだ。

 最後に庇側となる地面を少し掘り下げて完成させれば、簡易防空壕のような感じである。

 炎の直撃さえしのげば、サウナのような感じなのであとは何とかなる。

 この土塁の備えにより、今、真夜中の空襲を受けた冒険者チーム『漆黒の剣』を含む(シルバー)級冒険者6組だけの面々しかいない彼らは、竜兵の火炎砲に何度でも耐え凌ぐというちょっとした戦場のミラクルを起こしていた……。

 加えて、ニニャ達『漆黒の剣』らの壕へと直接接近して襲って来ようと動いた難度で70程はありそうな上空の竜兵へ、どこにあったのか『大きな岩』が突如、凄い速さで下方より現れ当たったのだ。

 受けた(ドラゴン)が空中でよろめくほどのダメージを受けていたので見間違いや錯覚ではありえない。

 だが、周囲の地上に援軍などは見当たらず、混乱した戦場のミステリーであった。

 これには全空の覇者も言い知れぬ恐怖を感じ、慌てて飛び去って行く。

 ニニャやルクルット達も、壕の外へ首を出しつつミステリーへの疑問が思わず口から出る。

 

「な、何かな、今のは……ふぅぅ」

「さ、さあ。わかんねーけど、助かったー。幸運だよな、俺達っ」

「戦場で何があっても不思議ではないということでしょうか」

「戦果を上げつつも、生き残る事が最重要である!」

 

 ダインの努力は静かに実る。

 そして彼等は強力な何かに、そっと派手に護られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 兆候 親切(情け)は(あるじ)の為ならず?

 

 

 王国軍側の惨状が広がる戦地から南西へ離れた大街道沿いの森の中。

 ゴウン氏一行と『蒼の薔薇』の面々の出発時刻が近付き、一カ所に集い準備を進めていた。

 彼等は昨晩、閑談(かんだん)後解散し別々の場所で過ごしたが、明け方前になり森の外へ出たティアとティナが遥か北東の空の異変に気付いた。

 そこで漸く『蒼の薔薇』側は王国軍と竜軍団が夜中に戦闘を開始していたと知ったのである。

 それにより、ラキュースは自分達のここからの移動開始時間を今晩の日付が変わった後と決め、ゴウン氏へと通知した。

 初めからこの決定権は『蒼の薔薇』のリーダーと決まっていたのでアインズに異存はない。

 双方のメンバーは朝食時に挨拶を交わし、その後に合同の移動訓練を森の中で行った。

 障害物の多い森の中を戦場に見立て、連携を確かめるのが目的だ。

 ラキュース側のこの要望に、ゴウン氏一行は賛同し協力。訓練も十二分に応えてみせる。

 アインズらにしてみれば『蒼の薔薇』の彼女達の動きはやはり遅い。容易なことであった。

 夕方前まで続け、そのあと夜中までは其々のチームで休憩という事となり、そうして出発前に集まって今を迎えていた。

 ぼちぼち離陸し、戦場へと向かおうかとゴウン氏へ声を掛けようとラキュースが近寄る。

 その時に、何やらずっと考え事をしていたのか支配者が小さめで呟いている。

 

「(んー。足り)ないなぁ……(蒼の薔薇達の自力で生き残る手立てがまだ……あ、アレを)」

「はい?」

 

 僅かにゴウン氏の口から漏れた言葉にラキュースが反応した。

 いつもの仮面の中で一瞬目が泳ぐも、丁度良いかと伝える。

 

「ん、いや……。少しいいかな、ラキュース殿。支援魔法はないが、これを貸しましょうか?」

 

 アインズはローブの中から程度の良い服飾系で寒色のアイテムを取り出す。

 

「常時屈折化のローブです。一部方向以外からは姿を見られません。丈夫だし存在も僅かに希薄となるはず。でも2枚しかないですが」

「えっ?」

「「……(いいモノ)」」

「……(あれは)」

「おいおい、本当にいいのかよ?」

 

 提示された目の前の装備品へ、ティアとティナにイビルアイも驚き、ガガーランが確認する。

 あの絶対的な竜王へ接近する以上、各自最大限で身を護る必要があるはずだからだ。

 しかし落ち着きが戻ったアインズは平然と言葉を返す。

 

「問題なく。これは先日の会談時も馬車にずっと仕舞い忘れていたもの。私達より、最前線の貴君達で持つ方が役に立つでしょう」

 

 仲間が生き残る手を、身の貞操や命を犠牲にする事もいとわず必死で模索し続けていたリーダの彼女は、申し出を即受けする。

 

「では、今は遠慮なく。ゴウン殿、ありがとうございます」

 

 ラキュースは自然に笑顔を浮かべた。

 それは先とは違う意味でも。

 英雄級の者が使っていたアイテムの一つと思うだけでワクワクするというもの!

 もしかして、例の地下魔界討伐の英雄譚で使われたのかも知れないっ、と。

 手に受け取りつつ、ブツを見下ろしながら口許が僅かにニヤけていた……。

 リーダーだけでなくガガーランも礼を告げる。

 

「いやあ、こいつぁ正直凄く助かるぜ。ティアらとイビルアイは竜王へ何とか接近出来そうだが、俺とラキュースは困っていたところでよ。……でもこれ、今の戦時下じゃ1枚だけでさえ金貨2千枚はするシロモノだろ」

 

 こんな便利で貴重なアイテムは中々残っていないし見当たらないのである。ナザリックの支配者にすれば、この程度はハズレアイテムの域でしかないが。

 アインズがジョーク感覚で伝える。

 

「だから、戦いが終ったら、無事に5人で利子も付けてちゃんと2枚とも返しに来て欲しいものです」

「はははっ、あんたわかってるな。嫌いじゃないぜ」

「ふふふっ。もちろん感謝の利子はきちんと付けてお返ししますね」

 

 シズとルベド、不可視化中のナーベラルは、静かに主の行動を見守っていた。

 そしてソリュシャンは、ラキュースらの反応から、某大全への新たなる報告書を頭の中で纏めながら……。

 

 アインズは特に期待していない。

 本当に何も期待してないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. ズーラーノーンの誤算と理解不能な行動

 

 

 秘密結社『ズーラーノーン』――世間一般において、その存在と共に彼等の目的は大きな謎だ。

 各国大都市の住人にとっては20年が経過し、過去に都市丸ごとで住民殺害という大悲劇を起こした『昔の組織の噂』へ変わろうともしてた。

 

 今回の竜種の群れとの大戦を受けて、『ズーラーノーン』の盟主をはじめ、十二高弟の者達は特に人類圏存続への執着はなかった。

 国が滅んでも特に困らないからだ。人間種そのものは奴隷としてなら今でも大陸中央でさえ生き残っている。必要なら入手はいつでも可能という訳である。

 国家として残っているか残っていないかについて、彼等は無関心でいた。

 最高幹部各々が持っている『狂った願望』からの、究極の到達点や結末を目指す連中なのだ。

 

 その彼等は戦場で、嘗て得た事のない大量の負の魔力を求めて大計画を起こしつつあったが、盟主は今の状況に少し困惑していた。

 

「ええい、竜の遺体が見当たらんだと!?」

 

 竜の遺体をアンデッド化させ、更に死を連鎖増幅で大量に起こそうと動いたのだ。

 王国北西の地上で戦闘が始まった事を確認した盟主は、準備を整えていた儀式『混沌の死獄』を5名の高弟らの各所と連携して地下での発動に成功。

 薄いながらも超広域フィールドを形成し、数時間で『(うつわ)』を起動し終えた。

 ところが、器内を満たす道具の竜の死骸を再確認したところ、全てで存在不明となる。

 竜達の部隊の後方から不意を突く予定から、即時投入ではなかったが把握・確保数ゼロは予想外の事態だ。

 計画がはなから頓挫してしまう形。

 それでも盟主は今一度冷静に考える。

 

(戦争が進めば、竜が戦死し新たな死骸も登場しよう。様子を見るべきだろう)

 

 確かに開始後に戦場へ傷つき倒れた竜の死体が1つ、2つと確認出来た。

 ところが、時間が経過するうちに、1つ、2つと消えていくのだ……。

 

「一体どうなっているのだっ」

 

 特殊な魔法陣上に立ち戦場を遠視で確認していた盟主が、顔へ装着した大きめのゴーグル風の物を震わしつつ愚痴る。頭の()()()()()()を激しく揺らしながら。

 脇へ控える者達は、妹も含めてまた落下しないかと内心ハラハラだ。先日見てしまった配下は今回の贄に使われ、ここに姿はもうなく。

 その時、盟主の動きがピタリと止まる。

 

「うっ、まさか……何者かが妨害している……のか?」

 

 何者かと語るが、頭に浮かぶのはスレイン法国である。

 これまでも何度か邪魔されていた事から、盟主は濃厚に疑う。連中は竜王軍団へ攻撃する為に漆黒聖典を動かしているという話は入って来ていた。スレイン法国の擁する特殊部隊のメンバーの占いによってこちらの行動が推測出来る事も、所属しているクレマンティーヌの知らせで分かっている。移動中に新たな占いで気付き、今ついでに妨害という線は多分に考えられた。

 

(おのれぇ、法国の奴らめ。この計画が万が一失敗した場合、タダでは済まさんぞぉぉーーっ!)

 

 盟主は『まだ婚期へギリギリ間に合うんだ』という長年の切実な『願いの先』への妨害に(いか)る。

 気持ちの乱れは思考へも影響したようで、戦場からあれだけ巨大なモノを持ち出せるのかという大きな疑問点を見落とす形で現れてしまう。

 しかし、彼女は戦場をみてまだ竜に代わる()()()()()()()()()を見出していた。

 憤怒の炎は、全く違う方向へと飛び火する可能性も湧いてきて不透明感が増加中である……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 戦地初出撃のNPCとその効果は?

 

 

 そのNPCは、既に平時の仕事において結構ナザリックから外出している。

 しかし今回、特殊な攻撃技が支配者の要望に合致し、初めて戦場へと赴くことになった。

 とはいえ、この世界においてレベル数で引けを取る者はそういないはずである……。

 

 

 竜の宿営地から、シズ達や『蒼の薔薇』の待機場所へと戻ったアインズは、ソリュシャンから最新の竜王軍側の配置分布を貰った段階で、冒険者チーム『漆黒』の担当である東南部戦線近辺へ竜兵の進撃は近いと判断する。

 マーレ達と同行する面々には、エ・ランテル冒険者組合長達やこの戦争直後に竜王国へ赴くエ・ペスペルのオリハルコン級チームを含んでいた。

 冒険者達が竜達には敵わないからといって、簡単に死んでもらっては今後の展開へ影響が大きくなると考え、絶対的支配者はこっそりとした手を打つ。

 

 

「〈伝言(メッセージ)〉。聞こえているか――ヘカテー・オルゴットよ」

 

 

『はい、アインズ様。問題ございません』

 

 随分固い感じでの最上位悪魔っ子からの返事である。

 しかし、至高の御方として彼は気にしない風に接し、威厳を以て命令を出す。

 

「デミウルゴスから、詳しい指示を聞いていると思う。 直ちに出撃せよ。 お前の持つ特殊技術(スキル)、〈減退の呪い(カース・オブ・ディクライン)〉を以て担当区域の竜共を弱らせよ」

『畏まりました、私にとり造作も無き事。この後直ちに出撃いたします』

「うむ。よろしく頼んだぞ。ではな」

 

 アインズは(あるじ)らしく通話を無事終了した。

 

(……特におかしくないよな。うん)

 

 宴会の闘技場で見た、彼女のローブ下へ見えたボンテージチックでちょいエロな漆黒の装甲衣装姿を思い出す。

 同時に「ハレンチなのはいけないと思います」の言葉が、割と胸へグサリにきている絶対的支配者であった。戦略会議での某大全朗読によるそれなりの精神影響も否定できない。

 力ある権力者故に、誘惑も多くなるのは仕方のない部分もあるのだ。

 決していい訳ではないっ。

 

 さて、先の〈減退の呪い(カース・オブ・ディクライン)〉は、呪いにより体を弱らせる。毒のポイズン系に近い。

 受けた者は下位中位上位のレベル差によって受ける影響が異なる。

 今回の竜達中位モンスターの場合、最大3割5分までの体力が徐々に減り、奪った体力の5%が発動者へ還元される。上位モンスターの場合、最大2割2分。下位の場合は、最大5割である。

 標的が弱いほど呪いの効果があるという代物。

 なお以前は12体同時が上限であったヘカテーだが、今はそれ以上でも可能な模様だ。

 ただ、この呪いにより死亡する訳ではない。既に大幅に体力が減っていた場合は、呪いの効果はほぼ発揮されない。あくまでも一定域まで弱らせ、対戦しやすくする補助魔法である。

 

 ヘカテーは第七階層赤熱神殿の自室で受け持ちの仕事をしていたが中断し、席を立ち部屋を出ると上司の階層守護者の執務室へと赴き、濃い赤髪の左サイドポニーの頭を小さくさげて自身の出陣を伝える。

 

「デミウルゴス様、アインズ様より例の件での出陣指示を受けましたので、仕事を中断しこれより参ります」

「大変よろしい。まずはアインズ様の期待へ応える事が何よりも大切です。あと、戻って来るまでが任務です。くれぐれも油断無きように」

「はい」

 

 先日のナザリック戦略会議の席でアインズよりデミウルゴスには話が通っていた。

 プレアデス達に関しては、アインズの護衛という部分もあり直接やり取りされているが、本来は上司の階層守護者に命令して動かすのがルールである。

 それでも緊急時などの例外は存在するが。

 ヘカテーの護衛には、デミウルゴスにより三魔将から女性体である『嫉妬』の魔将が2体付けられる。Lv.80超えの2体にLv.92のヘカテーが居る事から、竜軍団自体とも十分戦える戦力である。

 

「それでは」

 

 ヘカテーは魔将2体を連れて執務室より退出した。

 第七階層から6つの階層転移門を抜け、第一階層から階段を上り地上に建つ中央霊廟正面出入り口から出ると〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で出撃した。

 最上位悪魔っ子への此度の指令は、第一に王国軍東南部と東部戦線へ侵攻する竜王戦力への呪いによる減退化。第二に大都市リ・ボウロロールの防衛である。

 リ・ボウロロールの防衛に関しては、侵攻する竜兵の直接排除も含まれる。

 『八本指』へ勢力拡大の話を提示した手前、口だけという事態は『アインズ・ウール・ゴウン』の名を落とす悪例になってしまう。

 また純粋に大型経済圏としても置いておくべきとの判断だ。

 ヘカテーは、当然事前に担当現地の確認を済ませている。概ねの周辺地理は把握済だ。旧エ・アセナルから伸びる大街道上空へコウモリ風の翼を羽ばたかせ陣取ると早速、至高の御方からの要望である大街道を北へと越えている竜王戦力への攻撃を降下移動しながら開始した。

 左手を前へと翳し魔眼で中距離の目標へ狙いを合わせると告げる。

 

特殊技術(スキル)発動、〈減退の呪い(カース・オブ・ディクライン)〉、〈減退の呪い〉、〈減退の呪い〉――」

 

 最大200メートルと射程の結構長い呪い攻撃を連発していった。

 その高速の攻撃は、くすんだ紫の弾丸風に空を流れて飛んでゆき、幾分の追尾補正も有って全弾命中する。

 

「とりあえず現時点での攻撃は完了です。様子をみましょう」

「「はっ」」

 

 『嫉妬』の魔将達が凛々しく従う。

 最上位悪魔の少女はテキパキと効率よく作業を肩付けると、眼下の人間達の価値について僅かに考える。

 

(……この程度の竜達の群れに焼かれるだけなんて……脆弱です。弱さは罪)

 

 悪魔であるが彼女の属性は中立。ゴミなどと極端な感情には向かわないが、やはり評価は厳しい様子だ。

 

 

 

 

 ゲーム『ユグドラシル』において、群れを成す敵の一斉体力大幅低下は大きな支援といえる。

 王国軍東側における敵には大きな足枷が付いたのは確かな事だ。

 

 ただ……呪いを受け体力の落ちた竜達であったが、鱗の強度や火炎砲が弱くなるわけではない。

 落ちたのは動きの鋭さや力が入らない事で、打撃系の攻撃については効果がみられる程度。

 地を這う弱者が戦うための〝大きな追い風〟には向かわず残念でもある。

 結果、竜兵から火炎砲の火柱が起こり、地上の兵達が燃えていく光景は余り変わらない。

 東の空が明るくなり、朝の近付くここ東南部戦線は飛び飛びに散発的な戦闘が多かった。

 散発的という状況をみて、白金級の複数組や金級銀級の冒険者達の集団が竜兵に戦いを仕掛けていく。ところが、いずれも足止めが精一杯で逆に苦しくみえた。

 そんな周辺での戦闘と被害の様子に、モモンらと行動を同じくするエ・ペスペルのオリハルコン級冒険者から「我々も動くべきでは?」との考えが出て来た。

 当初より仕事の担当として『漆黒』とオリハルコン級冒険者達は、百竜長を討伐するために組まれている。

 しかし、百竜長級がこの近辺へと一向に姿を見せない事も意見を考えさせるのを後押しする。

 今居るのは戦場であり、現場に合った戦い方が必要なのだ。

 リーダーはアインザックであり判断が行われて、結果的に周辺で強い竜兵から狩って行くことで仕事の担当を補完出来ると考えを示し、全員が合意する。いきなり百竜長へ当たる前に、竜兵で自分達がどれほど戦えるのかを見ておきたいという気持ちもあった。

 かくして偽モモンら『漆黒』とオリハルコン級冒険者達は動き出し、潜んでいた陣地からモモンとマーベロを含む14名が走り出した。

 彼等の最初の目標は、金級冒険者達の部隊と戦う()()()()()()()竜兵。

 ところが新たに上空から飛翔して1頭の竜が現れる。

 その竜は、先に疲弊気味の竜兵と戦っていた金級冒険者達の集団へと襲い掛かり、あっという間に蹴散らしてしまったのである。強かった。

 アインザックは即刻全員へと告げる。

 

「あの竜兵――いや恐らく竜長だろう。まずはアイツを倒すぞ! 続けぇぇーーー!」

 

 彼はオリハルコン級冒険者としての戦闘加速で駆けて行く。魔法詠唱者のラケシルも〈加速(ヘイスト)〉や〈下級筋力(レッサー・スト)増大(レングス)〉で遅れず続く。〈飛行(フライ)〉は戦闘加速よりも遅いのが理由だ。

 白金級とはいえモモンとマーベロならば、これぐらいは問題ないとみての速度アップである。

 十竜長は、地面から10から20メートル程の低空で飛びながら仲間の竜兵を援護し終えると、少し先の地上に見つけた王国軍の兵達へ攻撃を始めた。

 アインザックを先頭にそちらへ急行する。

 当然、彼や他のオリハルコン級戦士らは、王国軍を攻撃する十竜長の後方から囲う形で飛び上がり渾身の一撃で強襲する。

 だが、竜種の視覚は長い首を少し振れば意外に広い。殆どの者が躱された。

 2名だけが翼へ斬りつける事が出来たが、羽ばたく力と鱗の硬さに大きく弾き飛ばされる。

 

「おわぁーーー」

「うおぉーっ」

 

 彼等は数十メートル飛ばされながらもなんとか着地する。2人は手に握り持つ剣の刃をみて目を見開く。

 

「あぁ! は、刃が」

「バカな、刃こぼれだと」

 

 竜長側は鱗が数枚割れたようだが、かすり傷に過ぎない。

 その結果を見て、アインザックは驚愕する。

 

「――なんだと。鱗が恐ろしく固いのか……先の2人が持つ剣は、其々かなりの名剣だぞ」

 

 名剣といっても、下級か金貨1000枚以上の中級水準に届くかというの剣だが。

 アインザックの持つ剣は彼等よりも良い物であるが、この分ではどうなるのか分からない。

 普段より幾分、身体が重い竜長がアインザック達冒険者を見下ろす。

 

「ふう、……人間ノ冒険者共か。群れねば何モ出来ないゴミどもめ。ワシの炎でくタばれ」

 

 口を開くと同時に火炎のブレスが噴き出された。

 堪らず、アインザック達全員がその場から少し散る。

 こういった場合の話は決めてあるのだ。竜兵達の火炎砲の有効範囲はある程度分かっている。加えてオリハルコン級冒険者達は体力や装備面で、大きく避ける必要はない。

 とは言え、直撃はかなり危険で避けるのが最良。

 低空にて竜長は小さく旋回したりホバーリングで、アインザック達へ火炎攻撃をし続けた。

 ラケシルとマーベロに、エ・ペスペルのオリハルコン級2チームにいる魔法詠唱者2名は空へと〈飛行〉で上がり、〈魔法の矢(マジック・アロー)〉や〈電撃球(エレクトロ・スフィア)〉など魔法で牽制する。エ・ランテルでは有数の魔法師組合長も愚痴る。

 

「くっ。これほど躱される上に、当たっても1、2発では手応え不足だな」

 

 地上の戦士や野伏らは、隙や機会を窺ってジャンプし攻撃するが、こちらも多くが躱され鱗や爪を削ってかすり傷を付けるのがやっとの状態で決定打に欠けた。

 それもそのはずである。

 この竜は、十竜長ながら難度で141もある個体であった。

 呪いを受けて体がだるく動きも鈍いはずだが、他の竜兵らより基本水準が高いので人が見たところで分かりにくい。

 アインザック達が今戦っていることで、この周辺に配置の王国軍兵士達は竜からの攻撃をまだ受けずに済んでおり、両者の戦いを静かに見守っていた。

 冒険者達の動きは一般兵にすれば圧倒的で人外の動きであった。並みの冒険者では3階の屋根に相当する10メートルを優に超えての飛び上がりなど無理な身体能力である。つまり相当上位の冒険者達の部隊が戦っていると理解出来た。

 でも目の前の戦いは、そんな彼等すらも竜への攻撃がほぼ通らず、逆に敵から反撃の火炎砲で蹴散らされているとしか映らない。

 兵達にはこの戦争の先にある希望が全く見えなかった……。

 

 この時に偽モモンのパンドラズ・アクターは、アインザックや他のオリハルコン級戦士達に合わせる形の動きで戦っていた。二刀流でもなくただの一刀で。なぜならこれは集団戦であるからだ。一人だけ、勝手な行動をする訳にはいかないと。漆黒の戦士モモンの名を守るために。

 リーダーのアインザックはこの出口見えずの状況に苦悶する。

 

(竜長の水準で、ここまで凄いのか……。私の剣は刃こぼれまではしていないが、竜の分厚い筋肉の体へ深々と致命傷を負わせるには、人間の筋力では無理ではないか? 持久戦になれば厳しいのはこちらだ。ただ、引くにしても2、3名が残らねば――全滅もある。何か、突破案が必要だ)

 

 現実的な事を彼は考えていた。

 ただ、彼はもう一つ考えていることがある。

 

(……モモン君達は、我々オリハルコン級の者達と合わせ全く遜色ない動きをしている。でも――彼達ならもっと高い水準の動きが出来るはずだ……戦場では心理面で調子が上がらないのか?)

 

 考えている合間も、仲間達と竜長を囲むように隙を付いて飛び上がり襲い掛かって行く。

 対する竜側はこういった戦法にも殆ど逃げようとはしない。なぜなら人間は弱いのだ。その必要が殆どなかった。

 開戦から丸一日と4時間半程過ぎ、これまで戦場内で計13匹の竜(内、十竜長3匹)が討ち取られている。

 だがその殆どは『朱の雫』の手によるものである。

 

 ルイセンベルグは、両断が無理なら首の細い部分での血管の切断という方法に切り替えた。更にアズスがその傷口へと第四位階魔法〈雷撃の矢(ライトニング・アロー)〉を連続で叩き込んでいる。後はオリハルコン級の複数組部隊2つが竜兵を各1匹ずつと、ミスリル級の複数組部隊が、大仕掛けの魔法剛弩槍を竜兵へ打ち込んで上空から引きずり下ろしとどめも魔法剛弩槍で刺している。運悪く魔法剛弩槍は、次に遭遇した屈強な十竜長には通じず破壊され、運用していたミスリル級の複数組部隊は多くの負傷者と死者を出して崩壊した。

 今のところ、殆どの冒険者部隊が竜を殺せていないのが現場での現実。

 『朱の雫』もアズスの魔法量が底をついて、現在竜長を倒すのが難しい状態である。

 旧エ・アセナルでは1000名程の冒険者達で15匹を倒しているが、やはり10匹以上は『朱の雫』が足掛かりを作っている。あの地は更なる生き地獄であったため、冒険者達が竜の傷口や腹の中へ飛び込んでまで魔法を炸裂させ倒していた……。

 

 竜長と何合が襲撃を交える中、冒険者組合長がモモンの近くへ着地した。

 戦いの中で会話の機会は多く無く、アインザックが漆黒の戦士へと問う。

 

「モモン君、今日はいつもと動きが少し違うようだね?」

(えっ、何が? どこでしょうか。それは困りますー↑。一体ぃー↑どうすればー↑)

 

 父アインズの演じるモモンに準拠し行動しているつもりが、組合長の指摘に優秀なNPCの彼は内心で動揺し、心理内の言葉の語尾抑揚が高くアレ(シャウト)した。それでも機とみて、今の行動を修正するための情報収集を開始した。

 

「……そんなことはないんですが。いつもなら例えばどんな?」

「君なら、この出口のない局面で何か凄いものを見せてくれると、私は期待してしまうんだよ」

「――っ(ここは、名声を高める好機。やるべきなのかもしれない)!?」

 

 パンドラズ・アクターも周りのオリハルコン級冒険者達も、責める手の無い非常に不利な膠着状態になっていると考えていた。今、動きが必要で、目撃者も揃っている。

 優れた思考のNPCである彼は瞬く間に思考を巡らせる。

 創造主様は後日に名を上げるというご意思のようだが、御方自身が反撃に出た後だと印象が薄くなる……それも狙っているとは十分考えられる。

 ただ、最後の方で『好機が上手く発生するのか』は未定だ。無理に用意は出来ると思うも、粗が出ないとは断言できず。それであれば現機会を取り、あるのか不明な後日の機会は見送ればいいのではと考案した。

 活躍の所為で以後の乱用を防ぐ意味でも、二刀の内の1本を折って戦力ダウンを見せる手も混ぜてだ。

 そして――アインザックにいつもと違うことを悟らせないよう、期待通りに現状を打破する働きをするべきではとも。

 

「やってみましょう。皆さんにはもしかの時の後方援護をお願い出来ますか?」

「おお、やってみてくれるかね」

 

 頷きつつ、両手持ちしていたグレートソードを片手で持つと、背負うもう一本も抜き放った。

 そして戦士モモンは竜長の前へと颯爽と一人躍り出ていく。

 他の者は唖然とその豪胆な歩みへと魅入った。

 マーベロ役のマーレも多くの者達の前で、いきなり行動されては止めようがなかった……。

 漆黒の戦士は右手に握るグレートソードを竜長へと高く指し向けるとこう告げる。

 

「竜よ、俺が相手をしてやるからさっさと掛かってこい」

 

 竜長は、脆弱な人如きからの驕っり切った言葉を受け、プチンと切れた。

 

「このゴミがぁぁぁーーー!」

 

 こうして両者の熱い戦闘が始まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 放浪一人旅中の魔法使い現る

 

 

 

「全く、おちおち旅も出来ないなんてね」

 

 馴染みの街道を歩き、南西から王都リ・エスティーゼの近辺まで戻って来てそう独り言つ紺藍(こんあい)色のローブの人物。

 浅いフードからは顔も見え、長い白髪を三つ編みし前へ垂らした皺顔の女と分かる。

 ただ老婆というには無邪気さのある表情に鋭い眼光。背筋もピンと伸びており、颯爽とした力強い足取り。

 彼女は下水月(しもみずつき)(六月)の中頃、王国西岸沿いに住む年老いた旧友に会い、ついでで海岸伝いにそのままずっと南下しローブル聖王国を訪れていた。隣接するアベリオン丘陵の、長きにわたり多数の勢力がひしめき混沌とした亜人らの動きが少し気になったのもある。

 聖王国南部の都市を幾つか回った頃、アーグランド評議国から竜王の軍団がリ・エスティーゼ王国北西部へ大侵攻との噂話が街中へ流れてきた。リ・エスティーゼ王国内の物価急上昇中という裏も聖王国内の商人らからとった上で、こうして祖国と言える地へ戻って来たのであった。

 

「チっ、竜王ってどいつなの。ツアーのやつは何をやってるんだい」

 

 古い仲間へ腹を立てる彼女の腰には、実に立派な長剣も下げられていた。以前、ブレイン・アングラウスの神刀を受け止めた事がある名剣を……。

 

 年季と風格を感じさせるこの女の名は、リグリット・ベルスー・カウラウ。

 

 イビルアイと入れ替わりで抜けたが前『蒼の薔薇』メンバーであり、嘗てはヴェスチャーらと元アダマンタイト級冒険者チーム『白き剣風』を組んでいた。また高名な十三英雄の一人、『死者使い』でもある。

 年齢は260程を重ねそろそろ体力面を考慮し、常時戦闘生活の第一線から引き気味の位置へ立つが、まだまだ最近のひよっ子らに負ける事はない。250年の戦闘経験が他者を軽くひねる。

 そんな彼女は逆に十三英雄の多くが世を去った今、王国における当代の戦力は心許ないと思いつつ、王国周辺を回る一人旅を続けていた。

 そろそろ時期が来る――『百年の揺り返し』に備えてだ。

 これでも王都冒険者組合へは顔が利く。彼女は早期に揺り返し関連の脅威事案を掴み、組織的対応へ持って行く手助けは出来ると考えていた。

 イビルアイは健在で残っているし、王国戦士長にもあの指輪と最強の武技があるとして。

 『百年の揺り返し』は不確定要素が大きい。過去の情報と2回の経験からみて、出現者の水準は性格も含めてマチマチだ。周囲への噂も含め存在把握まで最大で数年の差が出る。

 それがもし人類側の戦力であれば最高の機会だったとなる。

 一方で、世界滅亡級の未曾有の災厄の元凶になりえるものが現れる可能性も等しくあるのだ。

 魔神や魔樹だけではない。それ以上の存在――六大神や八欲王級の「ぷれいやー」達が現れた場合でも、生涯大人しくしているという保証はない。

 六大神や八欲王らは辛うじて人類側であったが、終始王達の上にすら立ち尊大な態度であり続け多くの欲望を求めた。故に……次も人類側で終わると言い切れるだろうか、の疑問が常に残る。

 だから、王国建国前の古くこの地に生まれ守る者として、常に考えて先を見た行動を取らねばならないのだ。

 高難度水準の存在については、これまでその多くを白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)ツァインドルクスが半径数百キロの広範囲で捉えており随分助かっている。

 活気のあった十三英雄時代には、奴のお陰で魔神からの不意打ちをほぼ受けなかった程だ。

 だがそれも遠い昔である。十三英雄のリーダーが世を去った後は活動が徐々に縮小傾向へ。15年後には数名まで減り、遂に『これからは各自の地元を守ろう』と言う大儀で解散。

 それから180年以上経ち、こうして世界の(ゆがみ)へと動いているのは彼女とツアーのみだ。

 壮健ならまだ十分生きていただろう森妖精(エルフ)の戦友は、法国の南の祖国に戻ったあと、風の噂で異常行動の目立つ甥の青年を止めようとして殺されたという悲しい話を聞いている。もう100年以上昔の話であるが。

 十三英雄ではあと、亜人で年老いた数名の友が静かに森奥へと残るだけとなった。

 自分も含め栄枯盛衰であり、いずれ枯れ落ちるのはいいとリグリットは思う。

 だが、世界の(ゆがみ)といえる『百年の揺り返し』は今後も続く。

 

(せめて、わしの息の有るあと数十年内に誰かへ引き継げればと思うが)

 

 イビルアイは実力もあり良い子だが、昔から少し精神面でもろい部分も見える。

 

(あの子を支えてくれるよい男が誰かいれば、申し分ないんじゃけどな……インベルンの嬢ちゃんはウブだからのう)

 

 若い頃のリグリットは漢勝りのサッパリした性格で男にも恋愛事にも困ったことは特にない。だが、イビルアイは元がアレなので、そういった男女の事象や素直に男へ頼るという部分では拒否感の強いところがあり時折からかったものである。

 故にその部分の精神面は弱点に近い。

 

(まあ、昔から悪い奴に引っかからないように、その面を切り捨ててる間は大丈夫なのかね)

 

 王国にとって不安なのは『百年の揺り返し』だけではない。最近、周辺地域も不穏である。

 彼女は正直、王国にとりスレイン法国は信用できない勢力だとみている。嘗ての十三英雄予備軍級水準とみる特殊部隊を擁し、ツアーによれば神人をも隠匿している様子。

 かの国が帝国内の神殿勢力と裏側で接触している事実を旅の中、自身で掴んでいた。

 更に近年の毎年に及ぶ帝国からの戦争である。

 皇帝ジルクニフはまだ若く、粛清により混乱した帝国は本来、国内統治に力を入れるべき時期のはずで、他国への侵攻はいささか不自然な点が多い。

 

(スレイン法国め……人類の守護者を気取るが、極端な政策へ急転換する恐れのある危険度の高い国家だね。あれは、ちょっとした危機で多くを切り捨てる臆病者のゲスな思想に思えるんだよ。断然気に食わないね)

 

 組織的に国民を管理・選別・監視し統治しており、旅の中で立ち寄った法国内の都市に住む者達の表情は、王国や帝国に比べると真の明るさや輝きが無く、何か窮屈さ不自由さ国家計画に沿わされた生活感、そういった不満を出す場も無く強い闇を含んでいる風に感じられたのだ。

 多くが『人類を守護する』という名目に縛られた檻で暮らすような連中で、哀れにも思える。

 

 さてそんな多くの不安もあるが、今は竜王の軍団侵攻への対処が先かとリグリットは、見え始めた巨大で高い外周壁の連なる王都の城門を目指し歩みを進める。

 彼女が王都南西側の門まで1キロ程に迫った時だ。周辺に僅かな異変を感じ取る。

 

「おやおや。王国北西の有事だと聞いて王都まで戻って来たが、こんな近くになんか変なのがいるね」

 

 彼女は、街道を脇道へ進み少し離れた林まで来ると、正午前だというこの時間に死霊的強い空気を感じた。

 そして林へ分け入ると、薄暗い木々の奥に2体のアンデッドを見つける。

 地面に仰向けで倒れていた2体は、軽快ながら気持ち悪く起き上がってきた。

 

「ほう、珍しい。場末のアンデッドにしては中々難度は高いようだ。でもこれは……危険だね」

 

 本来郊外の村の墓場へ稀に現れるアンデッドの難度は高くても精々9までだ。主に骸骨(スケルトン)や低位動死体(ゾンビ)である。

 しかし、目の前に現れた全身鎧と冒険者風金属鎧を着た2体のアンデッドは難度で40以上もありそうだ。特に冒険者風装備の男の動死体は難度60を超えているかもと感じられた。

 アンデッド側も、昼間の突如の来訪者に驚く。

 まず全身鎧で騎士風のアンデッドが剣を抜き放ち、生者を憎む気持ちを込めた声を上げる。

 

「人間来タ、殺ス!」

「待テ」

 

 それを、冒険者風装備の動死体(ゾンビ)が止めた。

 ゾンビ親であるこの男の指示に、全身鎧の動死体が従う。

 冒険者風の彼にはしっかりとした目的がある。恨みある某男爵を殺さなければならない。

 ヤツのおかげで自分が死んだのだから。故に、そのための戦いへ注力すべきなのだと。

 冒険者風装備のアンデッドが止めた様子にリグリットは注目する。

 

(おや、生者への殺戮に関して判断する知能があるんだね……)

 

 冒険者風の動死体(ゾンビ)が彼女へと問うてくる。

 

「何故、隠レテタコノ場所ガ……オ前、ナンダ?」

「わしはご覧のとおり、魔法剣士さ」

 

 言葉を聞き、冒険者風の動死体(ゾンビ)が腐りかけの濁った眼球の視線を下方へ向ける。確かに人間の腰には上等な剣がぶら下がっていた。そして自分達を見ても全く怖がっていない。

 低知能ながら総合的に思考して――〝なんか強そうだ〟と判断する。

 だから彼は告げた。

 

「闘イタクナイ。殺サナイカラ去レ。俺達ハ、ヤル事……アル」

 

 そんな事を言われたが、リグリットは彼等の足元に見えるモノに気付いている。それは大人だけでなく、どう見ても子供の腕や足の喰い残しが幾つか散乱していたのだ……。

 この2体は喰屍鬼(グール)中位喰屍鬼(ガスト)化しかけている。

 何もせずここへこのまま放置は出来ない。リグリットは奴の言葉を拒否する。

 

「そうはいかないね」

 

 だが、彼女は近日、(ドラゴン)を相手にする可能性を考えると――目の前の2体は戦力として中々である。

 なので『死者使い』の魔法を使う事にした。リグリットは素早く2体のアンデッドへ手を翳すと告げる。

 

「〈死者恭順(サブミッション・アンデッド)〉〈死者操作(コントロール・アンデッド)〉、我に従え喰屍鬼(グール)騎士と中位喰屍鬼(ガスト)冒険者よっ!」

「ウッ、オァォォォォォーーーッ」

「ガァァァーーォァーーッ」

 

 リグリットからの強い魔法を受け、2体は立った状態で思考を襲う頭痛を抑える風に、両手で頭を抱え膝まで突き30秒程苦しむとやがて静かになった。表情や目の焦点が怪しい。

 まあ死体なので不気味さは仕方なく、いつもの事と2体へ『死者使い』は語り掛ける。

 

「お前達、名はあるのかい?」

「……忘レタ」

「俺ハ……ダリード・ゴドウ」

 

 騎士の方は知力が元々低そうだったので気にしない。冒険者風の中位喰屍鬼(ガスト)は会話が成立するので結構まともである。暇潰しの会話相手にはなるかとリグリットは考えた。

 名前が無いのは適当に付ける。

 

「ふむ、じゃあ、騎士の方はザラードだ。ダリードと兄弟みたいでいいだろう?」

「オ、オウ。兄者!」

「俺ノ弟、ザラード!」

 

 肩を叩き合い2体は互いに喜ぶ。死体の為か両名の顔は引きつった感じで。

 さて『死者使い』として、まずは躾である。

 

「お前達、わしの許し無しに人間を襲うんじゃないよ。勝手したら即、土に返すからねっ。安心しな。ちゃんと喰う死体はわしが用意してやるから」

「「ヘイ、ご主人(マイロード)!」」

 

 こうして、リグリットは思わぬところで臨時の新たな手下を手に入れる。

 配下の2体には足元の惨状を処理させつつ、夜までこの林の中に待機させた。

 王都内で戦争の状況や食料を仕入れたリグリットは、日が沈んだ後にゴドウ達を連れて王都北部側の闇へ紛れて消えていった。

 

 アンデッドになった際、ゴドウに主はいなかったが彼はこうして主人を得た。

 だが、彼の中に某男爵への殺意が無くなったわけではない――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国軍とアーグランド評議国の竜王軍団との戦争『北西部穀倉地帯の戦い』は

 細かい戦局にて王国側が勝利や拮抗するも、依然ほぼ一方的に竜王軍団側の攻勢で進む。

 そのまま数日が過ぎ去っていった。

 

 2日目まで完全沈黙の帝国遠征軍に、ズーラーノーンらも暗躍する中――。

 

 

 ついに、王国(じんるい)軍反撃の時、迫る。

 

 

 




時系列)移転後の日数/内容(左程時間が早い)
42 セドラン達部隊ヘ合流 (不穏な密談) 昼前、和平の使者王城へ帰還 午後アインザック&モモン達が出立 ガゼフ告 国王の軍団出陣 ゴウン屋敷へ エンリ日没後トブの大森林圏へ到達 モモン達宿泊 ラキュース薬GRT 聖典撤収 ナザ戦略会議
43 未明八本指総会 午前中エンリカルネ村へ 8日間で王都へティラ&ブレイン イジャニーヤ揃いルベド狂喜 蒼の薔薇移動 アインズ達にユリも出立(帝国軍遠征10日経過) モモン達野宿
44 モモン達担当地へ アインズ蒼薔薇と合流 アルシェ妹拉致 アルシェ妹救出劇 竜軍団再侵攻で戦再開
45 マーレヘ連絡-1 ズラノンの計画は「 」 蒼薔薇開戦知る 漆黒の剣生き残る アインズ+蒼薔薇出撃準備 マーレヘ連絡-2
46 戦闘1日で王国軍死者多数 竜宿営地潜入 ズラノン盟主計画残有 竜王姉妹へ補助魔法 蒼薔薇+イジャ竜王へ 偽モモン無双 リグリット王都へ



捏造・補足・考察)今更ながら本作での暦月について(キャラ前の数字は誕生日)
書籍版13巻+特典までの巻末キャラ紹介の誕生日を参考に以下としてます。
四元素として土、水、火、風の順と捏造。
上土月(かみつちつき 一月)
中土月(なかつちつき 二月)21ガゼフ
下土月(しもつちつき 三月)01ラキュース 02ガガーラン
上水月(かみみずつき 四月)11ケラルト 19バジウッド
中水月(なかみずつき 五月)13ロバーデイク
下水月(しもみずつき 六月)14ツアレ
上火月(かみひつき 七月)07ラナー 29イミーナ
中火月(なかひつき 八月)08ニンブル 24レメディ 26カルカ
下火月(しもひつき 九月)27カスポンド 30レエブン
上風月(かみかぜつき 十月)01ジル 01ネイア 03ヘッケラン
中風月(なかかぜつき 十一月)10ブレイン 10エンリ 18ンフィー 26アルシェ
下風月(しもかぜつき 十二月)27グスターボ

ただ、ジルが1月1日生まれは有りそう(笑)

なお人類圏では歴が同一ですが、亜人達は異なる模様。
ゴ・ギン 剣星星二つ
バザー 黄金の角十つ



捏造)元アダマンタイト級冒険者チーム『白き剣風』
ガゼフに絶技を教えた剣豪ヴェスチャーがリーダー。
30年前に魔樹の薬草を取りに行ったチームである。
ここでは前衛だったリグリットをはじめ、後衛すら剣豪揃いの特攻チーム(笑)



補足)会員のお仕事 について
上の方の「さあ早く助けましょう」の付近をドラッグ
→コクコク(半角)
お仕事中(笑



捏造・補足)第3位階魔法〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉について
本来〈次元の移動〉は術者のみが転移する(書籍7-236)が、本作では補助アイテムを持つ事で同時に移動が可能とします。
『蒼の薔薇』のメンバーは非常用で高価な次元の指輪(ディメンジョナル・リング)次元の腕輪(ディメンジョナル・ブレスレット)を装備しているということで。
〈飛行〉に〈浮遊板(フローティング・ボード)〉を連結して人を運べるのに近い形です。
STAGE.22のルイセンブルグも装備していたということで。
移動距離については個人差ありで、イビルアイは平均よりはずっと遠くまで移動できる感じ。



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