オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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注)モモンの声色と口調については、鈴木悟の素の声口調になっています
注)一部残虐的な表現や衝撃的場面があります
補)後書きに時系列あり


STAGE46. 支配者失望する/変ワラナイ日常ト戦場ト(20)

 ――攻め来る竜王軍団側へ対する(しん)王国(じんるい)側の反撃。

 王国側の待ち侘びるその攻撃の実行には幾つかの条件が立ち塞がっていた。

 (いず)れも絶対的支配者(アインズ)の望みし、人間達にとっては知る(よし)もない厳しい内容だ。

 それは戦いの日を重ねるごとに見えない形で少しずつ埋まって収束し、やがて完成する――。

 

 

 

 

 

 

 

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグの軍団とリ・エスティーゼ王国総軍が王国北西部の穀倉地帯で派手な戦闘を繰り広げていた。

 竜軍団の宿営地を広大に包囲する形で布陣した王国側だが、大差での劣勢は2日目、3日目、4日目と日を追って、より顕著になっている。

 酷い戦況にも、未だ周辺へと潜むバハルス帝国やズーラーノーンなどの外部戦力は表に現れず。

 

 現状の結果として、王国軍側の死傷者総数は既に9万人を超えていた……。

 

 それでも王国軍は撤退しない。殆どの上位戦力を投入している事もあり、『次』は存在せずだ。

 開戦時20万の兵の後にも、2万5千強の援軍が各大都市から到着しており、戦場へ順次投入されている。

 対して戦闘開始前、竜王側も「一度でも苦戦すれば撤退」の知らせと共に、竜王妹ビルデバルド率いる竜兵150頭の援軍が参陣済み。

 両者とも引く事の出来ない、これは正に総力戦である。

 とは言え、竜王側の戦力は圧倒的。一部の冒険者達が竜兵を2,3匹倒したところで、連日で兵達数万の死傷者を出す悲惨な王国側の現状にとって焼け石に水なのは明らかと言える。

 戦場全域は今日も(ドラゴン)達の吐く業火が広がり、時間稼ぎに徹する人間達を一方的に未来展望の見えない地獄へと導く。

 

 

 そんな中でも、絶対的支配者であるアインズはナザリック地下大墳墓での日課を欠かさない。

 先日はラキュース達『蒼の薔薇』、今はボウロロープ侯爵暗殺の件でゼロ達『六腕』と合流していようともだ。

 至高の御方は淡々とマイペースを貫く。

 死の支配者(オーバーロード)である彼にとり、竜軍団と王国の戦争そのものは大きい目的の一舞台装置に過ぎず、大量の王国側の犠牲者へと向ける思いも殆どない。

 戦地で気を使っていると言えば、ガゼフとニニャ達『漆黒の剣』や『八本指』関連、あとは後日に竜王国へ向かってくれる予定の冒険者達ぐらい。国王であるランポッサIII世の生死すらも眼中に存在せずだ。

 元々はアインズの責任外の場で発生した戦争であり、相乗りさせてもらっている感覚。

 過程はともかく、最終的にガゼフの望むだろう結末として王国側を勝たせれば、王家にも王都での礼を十分返せるとみている。

 それよりも。

 

(プレイヤー達はまだ出てこないなぁ、う~ん。まあ、それほど目立つのが面倒なんだろうな)

 

 己の今置かれた王国での多少面倒な状況を考え、そんな想いがアインズの胸中に浮かぶ。

 ガゼフ程度の低位といえる水準の強さでさえ、日々国家の柱として大変な責任を持つのだから。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』でも好きな事はとことんこだわる仲間達も、面倒なギルド運営面での協力について大体が割り振られた担当分を熟すに留まっていた。

 結局最後は、残ったアインズ自身が健気に丸ごと維持管理し続けた訳で……。

 体験があるので現状、プレイヤー達が姿を見せないこの状況も彼には何となく納得出来た。

 

 今朝方も含め、支配者(アインズ)は殆ど毎夜2時間程ナザリックへと戻っており、アンデッド作成や執務室で仕事を行っている。これも悲哀のサラリーマンやギルドマスターの勤勉さというべきなのか。

 そういう最後の(あるじ)だからこそ、階層守護者達も張り切るのである。

 今も第九階層に置かれる荘厳な『アインズ様執務室』を訪れたアウラが、御方の座る漆黒の大机前のフカフカ絨毯に片膝を突いていた。彼女はナザリック第五層『氷河』へと運び込んだ(ドラゴン)の遺体移送の報告を元気に伝える。

 

「――先程昨日分の(ドラゴン)2匹の死体を運び終わりました。アインズ様、報告は以上です」

「うむ。ご苦労、アウラ」

 

 絶対的支配者として精一杯の威厳を持たせるように、アインズは黒革の大椅子へと深くもたれながら重々しく臣下を労う。

 本来ナザリック内にいつもあるべき至高の御方の姿を見れて、(ひざまず)いて控えるアウラはとても嬉しそうに微笑む。

 当初、命じられていたのは竜軍団の宿営地に点在していた5体の死骸回収のみのところを、NPC達により作業が拡大延長されている。現在出撃中のシャルティアに出撃直前、〈転移門(ゲード)〉を一度使わせて15体をナザリックの地上出入り口前まで運んでいる。

 シャルティア出撃後は、責任者のデミウルゴスか補佐のアウラの指示で魔将らによって〈転移〉で1体か2体ずつ運び込んでいた。以前回収済みの15体を合わせると総数で35頭にもなる。

 素材の宝庫といえる(ドラゴン)の死体在庫数としてはもう十分だろう。

 ただ此度、ズーラーノーンの計画する『混沌の死獄』と過去の『死の螺旋』に鑑みて、彼奴(きゃつ)らの作戦領域から排除という意味でも作業を継続していた。

 闇妖精(ダークエルフ)の少女が報告し終わるとアインズは静かに黒の大椅子から立ち上がり声を掛ける。

 

「さあ立つがいい。もう楽にしていいぞ、アウラ」

 

 報告まではけじめとして重々しくしていたアインズ。

 しかしそれが終わり、支配者は懸命な配下のアウラを、大机の前の空間にあるソファーへと頭を撫でてやりつつ誘う。

 

「ソファーに掛けて少し話そうか」

「はいっ」

 

 ナデのご褒美をもらい上機嫌のアウラは、快活に返事を返す。支配者に促され、白ベストにズボンの少女は向かいの席へ足を揃えてお行儀よく座った。

 漆黒のローブが邪魔にならない形で、向かい側へのんびりゆったりと座ったアインズは『アインズ様当番』のメイド、デクリメントへ指示し冷えた炭酸入りの果実水をアウラへと出してやる。

 

「どうだ、外での仕事もあって疲れていないか?」

「全然大丈夫です、アインズ様」

 

 出された果実水をコクコクと飲み、元気一杯のいつもの雰囲気や可愛く揺らす艶の美しい金髪姿から、少女に疲れは感じない。

 

「そうか、ならば良いが」

 

 普段通りの活発な様子に安心したアインズは続けて、先日のアウラの報告書に少し気になる内容があった事を思い出し、それを尋ねる。

 

「そういえば、デミウルゴスが聴取したトブの大森林在住の各種族の者らを、第六階層の一角に集めて置いているそうだな?」

「はい。村を用意して今10体程預かってます。ペストーニャの願いもあったりしてデミウルゴスも処分するのは見送ったみたいで、あたし達の階層内での世話を頼まれました。まあ食べ物も自生してますし、第七階層『溶岩』は熱すぎてみんな死んじゃいますから」

「ふむ」

 

 第七階層は、耐炎特性や耐熱のアイテムでもないと、弱者は火傷し体力がどんどん下がりやがて死に至る階層なのだ。

 支配者は腕を組むと、この件で頭の中に色々と考えを巡らせる。

 

(へぇ。デミウルゴスは、ナザリック以外の者達へ余り慈悲を見せない気がしたんだけどな。ペストーニャ辺りのお願いだと考慮するのかな。それとも、今後の作戦で有効利用出来る者達なのか)

 

 この辺りの最終目的について、ヤツの報告書には明確な記載がなく、急でこちらへ話を振られれば返答に困る事態も考えられた。故にそれっぽい事をいくつか考えておく必要があるのだ。

 直接デミウルゴスに聞いたりアルベドに確認したりしないのは、無論ボロが出て彼等をガッカリさせないための予防線。

 因みに今、アルベドはこの部屋に不在だ。()()()地上の中央霊廟前で待ち構えられたかの如きドンピシャでの彼女の出迎えを受けた際、「書類確認の終わる1時間後に、基礎工事開始が近い小都市の件で打ち合わせだ」と告げていた。一応時間を決めると、統括の彼女は御方の都合に従ってくれるのである。それがないとアルベドは最近在所中に、『アインズ様、わたくしに何かご用はありませんか?』と艶っぽく傍でずっと控えている事も多いのだ……。

 支配者がアウラへ『ジャングル村』にいる連中の話を幾つか聞いたのち、「さて、今日はこれぐらいか」と口にした時のこと。

 一般メイドは居るものの、ここはマーレやシャルティアにアルベドもいない絶好の空間として、アウラが尋ねる。

 

「あの、先日のご褒美の件について、今お話ししてもいいですか?」

「おお。なにか決まったか、アウラ?」

 

 先の魔樹捕縛のご褒美を保留していた彼女。

 アウラの言葉と様子から、今すぐ実行という感じではないことからアインズは尋ねた。

 少年ぽい衣装の少女は、頷きつつ少し変わったお願いを伝えてくる。

 

「はい。今度、トブの大森林へ散歩がてらアインズ様と一緒に―――攻め込んでみたいです!」

 

 どうやら金髪闇妖精(ダークエルフ)の姉はトブの大森林への侵攻『ハレルヤ作戦』において、至高の御方と共に少々行動したい模様。それを褒美にと彼女はドキドキしつつ所望(しょもう)した。

 

(アインズ様に、戦場は遊び場じゃないって怒られない……よね?)

 

 妹のマーレは冒険者チーム『漆黒』で(あるじ)と一緒に戦闘を行っているが、アウラはまだそういう機会が無かったためだ。ハムスケの時とエンリ誘拐の際は随伴しつつも傍観し、クアイエッセ殺害の折は位置を知らせたのみで終わり、いずれも今一つだった事もある。

 また自身で丹念にトブの大森林を調査した彼女にしてみれば、弱い森の連中との戦いは散歩しているのと変わらない認識を持つ。

 大森林の中を二人で歩くが如く楽しめそうなイベントとしての提案だ。

 

「ふむ……(褒美だし、出来るなら叶えてやりたいなぁ)」

 

 虐殺や弱い者いじめ的な()()()()()での考慮は必要と思いつつ、アインズはアウラからの要望を少し整理して考える。

 アウラ自身が配下を連れて詳細に調査した地域資料内容を思い出し、大森林内勢力の脅威は小さいと判断出来る。同時に先日のナザリック戦略会議で、『ハレルヤ作戦』の序盤における指揮官にアウラは入っていなかったと記憶している。その段階でならアインズとアウラが半日程度、戦場の隅っこへ入ったところで影響はないだろうとも思えた。

 ナザリックの支配者は、目の前へ座る小柄で可愛い配下の者へと伝える。

 

「――よかろう、アウラ。ただし、森への侵攻戦の時で、主戦場からは多少離れるぞ」

「はい! それで十分です」

 

 アウラは結構我儘(わがまま)かなというお願いが敬愛する御方に受理されて、満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます、アインズ様! それでは失礼しますっ」

 

 報告を終え要望も通り、白ベスト下に見事な赤き竜王鱗の鎧を纏う小柄の闇妖精(ダークエルフ)は元気よく執務室を退室していった。

 

 

 それからアインズは、書類確認の業務を20分程のんびりと(こな)していた。

 すると、部屋の出入り口であるシックに金装飾された黒の重厚な両開きの扉がノックされる。

 扉はデクリメントによる来訪者の確認で静かに開かれ、資料を右手に持つアルベドがにこやかに入ってきた。

 勿論、指示時間丁度だ。

 アインズは奥の大机の席で、ナザリックの絶対的支配者らしく肘当てへ片肘を突き堂々と待つ。

 御方らしい姿が視界に入り彼女(アルベド)の心の喜びが漏れているのか、美麗な黒翼が(いささ)かパタパタしている。

 小悪魔の美女は資料をソファー前のローテーブルへ置くと、漆黒の大机の手前まで進み畏まる。

 そして、(あるじ)へ当然の如く低く頭を下げると、涼やかな美声が流れた。

 

「アインズ様。お呼びにより守護者統括アルベド、御身の前に」

 

 彼女がここまで頭を下げるのは至高の41人のみ――今はナザリックに残ったアインズただ一人へだけだ。

 

「うむ、ご苦労。我らの造る新小都市について、今日は城門周りの話を少し聞きたくてな」

 

 小都市といっても、要塞のようでもある壮大な規模の建造物集合体。

 一度の説明でアインズが全てを把握出来るはずも無い。なので打ち合わせと言いつつ、要点箇所を絞っての説明会みたいなもので多くの回を設けていた。何度も呼び出して時間を取らせてしまうが、地下大墳墓を六層造りから十層へ増やし大拡張した際もメンバー達で相当話し合っており『アインズ・ウール・ゴウン』として妥協はしたくないとの考えをギルドマスターとして持っていた。

 それに、統括を落ち着かせるのにもかなり効果的であったことが大きい。

 一方のアルベドも――。

 

「はい、十分にその深きお考え届いております。小都市建設は偉大なる計画の第一歩として非常に重要な案件ですので(くふふ。今日もアインズ様と二人での共同作業ね)」

 

 ――その内容は何でもいいみたいである……。

 アインズ達はソファーへと場所を移して座る。当然のようにアルベドは御方の左隣へと静かに腰を下ろした。

 まあ、デクリメントの目や天井に()()()()のされた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が8体も(ひし)めいているので、時折肩や膝が僅かに触れ合う程度で済んでいるが。

 本日の焦点は門についてだ。

 まず防御面で堀を設けるが、そこを石橋で地続きにするのか跳ね上げ橋にするのかの部分。

 小都市への出入口門の計画は3箇所。図面ではその内のもっとも小さい出入り口に石橋を採用する予定。正門を含む他の2箇所を跳ね上げ橋とするものだ。

 これは勿論、攻撃を受けた際に常設の侵入口を小さくし、攻められにくくするためである。

 小都市の外周壁は50メートル超と非常に高く、内壁面側へは居住部分さえ備え分厚いので地盤の強度を考え外周の殆どを堀化しない。防御面を考慮し、出入り口の門周辺部のみを水路や空堀化するにとどめる形。

 あと跳ね上げ橋にする場合、その仕掛けも分厚い壁の内部に整える必要がある。動力としては主にシモベらの力作業になるが、一部に水力や錘を使い梃子の力も利用することで作業力をかなり低減する予定だ。また外部からの侵入を考え、魔法や鍵でのロック機構も導入する。

 ナザリックの周辺地理把握の折に南方地域の探索を担当したアルベドは、城塞都市のエ・ランテルを参考に小都市の基本設計案へと色々取り込み発展させていた。

 そんな彼女からの、物理式を含む建築学の理論も交えた難しめの説明の大半を、アインズは静かに聞いている。

 もっとも、完璧と思える配下の言の細かい部分を理解するのは二の次でいい。

 ナザリックの支配者として重要なのは、良く聞いてやり――褒めてあげることである。

 支配者は切りの良い所で声を掛ける。

 

「おお、そろそろ時間か。今日はここまでだな。なるほど。仕掛けをはじめ、門の装飾部分も中々のものだ。アルベド、とても良く出来ていると思うぞ」

「くふふふ、(よしよしっ。アインズ様は満足されてるわ、イイ感じね!)はぃー。お褒め頂きありがとうございます」

 

 覚えが良ければ、近い未来の『ご休憩』時の状況もきっと変わってくるというもの。

 その時に備え、まめに第五階層の姉ニグレドの館『氷結牢獄』を訪れており、少女()()との接触を重ねている。彼女の『ビッグな計画』は水面下で進行中であった……。

 アルベドは満面の微笑みを浮かべ、(あるじ)へと礼をした。

 その様子を見てアインズは次回に言及する。

 

「ふむ。次は上下水道辺りの話を聞きたいな」

「畏まりましたわ、アインズ様」

「さてと、私はそろそろ〝地底湖〟へ行かなくてはな」

 

 小一時間が過ぎ、アインズはアルベドと共に執務室を後にする。日課の最後に乗馬の訓練で第四階層へと向かうために。

 

 

 乗馬練習は歴戦の戦士モモンに必要だとして始めた事。

 しかしNPC達の気遣いから、まず裸馬であったゴーレム馬が非常に豪華な飾り付けへと変わった。そしてここ数日は『地底湖』の周回路がジワリと整備され始めたのである。元は荒い岩地なのだが土が入り、更に今日は部分的に芝生(ターフ)化され始めている。そして上達するうちに、気が付けば指導担当として蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)が加わっていた……エスカレートしていく状況に、ぼちぼち練習の辞め時かもしれないなと支配者は思っている。

 30分程の練習を終えるとアインズは指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で第五階層『氷河』へと向かう。同階層に建つ『氷結牢獄』の館へとルベドを迎えに立ち寄るためである。

 今、館内に評議国で保護した()()が居る為、ニグレドからのあの狂った出迎えはない。どうやら腐肉赤子(キャリオンベイビー)とは違い、子供らしいミヤの振る舞いに『子は居る』と認識しているようで、館内には暫しの平穏が訪れていた。

 なので、割と気軽にカルネ村から時々キョウや、今もルベドが来ている。

 カルネ村の探知防衛だが、先日のエンリ誘拐騒動以降、『同誕の六人衆(セクステット)』のフランチェスカが王城潜伏で外れるもエントマは継続させて残し、連絡しあえば互いに少しの時間なら場を空けても問題ない体制へとアインズが変更済みだ。

 ルベドは、アインズと共にナザリックに帰ってきていた。『六腕』との合流は普段と違う()()()()アインズと彼女だけであり、偽アインズのナーベラルやソリュシャン達は出陣したシャルティアと王都の北50キロ程の場所で現在待機している。

 『氷結牢獄』の領域守護者であるニグレドは、黒服を纏い廊下に立ち長い前髪に隠れたむき出しの眼球を光らせるも、普通にアインズを館の中に迎えた。

 

「これはアインズ様。よく出来た下の妹(ルベド)のお迎えでしょうか」

「うむ、そうだ。それでルベドは――」

 

 窓から、吹雪の凪いだ館の庭でいつもと違う赤い衣装のルベドがモフモフの翼をはばたかせ、上質で可愛い衣装を着るミヤを乗せ飛び回っているのが見えた。

 まだ子供のミヤはキャッキャと喜んでいる。

 

「フッ」

 

 満足気に支配者は微笑む。実に穏やかで平和な光景について、アインズはニグレドと廊下を並び歩きながら途中で現れる窓越しに目で追っていた。

 地上の遠方では、今現在も劣勢極まる王国側の血が大量に流れる凄惨な戦地の空気も状況も、栄光ある偉大なここナザリックには一切関係ない。

 

「ハハ、両名とも楽しそうだな」

「ええ。ミヤのお陰でわたくしも随分寂しさが紛れております。アインズ様、あの子をここに置いて頂き本当にありがとうございます」

 

 アルベドとルベドの長姉は、至高の御方へと心から頭を下げた。

 表皮のない顔面に満面の笑みを浮かべているだろう強面の彼女は話を続ける。

 

「ここ最近、よく出来た妹達、ルベドや――アルベドもミヤへ会いに()()()()()()()()し、誠に嬉しいことです」

「――(えっ。ルベドはともかく、アルベドもなの?)」

 

 一瞬の動揺も含む疑問を心に浮かべた支配者。

 しかし、アルベドはネムも可愛がっているように見え、もしかすると子供好きという可能性は十分にあった。同時に彼女が周辺調査のご褒美として、アインズとの分身的無垢なるイキモノを欲している雰囲気を感じ、釘を刺した過去も思い出す。

 

「……それは良かったな」

 

 結局アインズは、諸事を前向きな考えで飲み込んだ。

 中庭へ続くテラスのある部屋で「アインズ様っ!」と元気に近寄って来たミヤを、支配者は抱っこしてやる。

 この子の順応性は特に高い様子で、腐肉赤子(キャリオンベイビー)で溢れるニグレドの部屋や彼女の顔面にもすっかり慣れた上、片言だった言葉も随分改善されていた。

 

「アインズ様、今日もすぐにルベド様と行ってしまわれるのですか?」

「うむ。来週ぐらいまでは色々と忙しくてな」

 

 絶対的支配者は、キョウの義妹とはいえまだ子供に生々しい話をする気はない。

 

「ミヤはここで我々ナザリックの事を学びながら今暫く過ごすとよい」

「はい」

 

 そうしてミヤへ未練がましく後ろを振り返るルベドを従えるアインズは、ニグレドと手を繋ぎ空いた右手を振る少女に見送られて『氷結牢獄』を後にする。

 ナザリック地表部の中央霊廟を出たところで『同誕の六人衆(セクステット)』の1体である蛮妖精(ワイルドエルフ)のジルダへ指輪を預けると、支配者は〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉で外形を変える。

 その姿は戦士ではなく、赤いマントに全身鎧(フルプレート)ながら長身細身で真黒の騎士という出で立ちだ。腰に洋剣も差す。

 ルベドもいつもの白き鎧ではなく、深緑で白淵の兜や鎧を身に付け灰紺のローブを羽織る。

 姿へ偽装を施す両者は、程なくナザリックの地をアインズの〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で離れた。

 

 

 

 

 アインズとルベドは『六腕』との共同野営地へ戻って来た。今の時刻は午前3時16分。

 まだ周辺は闇夜の中。

 ここは、暗殺標的のボウロロープ侯爵の陣から南へ500メートル程離れた場所である。

 侯爵陣営としては、この戦争が例年のバハルス帝国との戦と比べ危険度が高すぎる為、名より実を取り影武者まで立てて本陣は当初からひっそりと最後方へ下げて置かれている。竜王軍団の宿営地からほぼ真南へ30キロ程は離れた場所だ。周辺は戦闘前、王国の工作兵達により作られた簡易の物資貯蔵庫群が点在している地域。侯爵の陣近くへ、時々戦地まで物資を運ぶ兵達がやって来ても、「この先は六大貴族様の特別な物資が保管されている」という名目で人払いされていた。

 此度も侯爵は、4万超の国内で最大兵力を領地から投入し反国王派貴族達と南側から西側方面軍までを率いており、総指揮官となっているレエブン侯や場合によっては国王からも伝令を受ける立場。総指揮官と将の場所が遠ければ連絡は遅れそうなところも、リットン伯爵やボウロロープ侯爵の所有する高価で非常に希少な便利アイテム類の効果から遅延は少ない。

 最も活躍しているのがトランシーバー的な通話アイテムで、(つい)の腕輪や指輪などだ。

 〈伝言(メッセージ)〉とは違いアイテムが反応して毎度直通の為、割り込みを許さず信用度も高い。

 勿論、アウラとマーレ姉妹の持つ『どんぐりの金銀ネックレス』程のずば抜けた性能ではない。彼女達のネックレスは長距離や殆どの情報系妨害を突破し通話出来る稀なアイテムである。

 侯爵らの持つアイテム類は通話距離も短く、低位妨害や防御されても不通となる程度の性能だ。それでもこの世界では非常に高評価され希少で高価。どれも普通に金貨で数万枚を数える値が付くだろう。

 番外としては、小さめの手鏡を動かすと遠隔地の壁の額縁に納まる絵画に描かれた女性の目を通して遠い場の様子が見える――という御貴族様のノゾキアイテムもある。本来は数キロ離れた本拠地屋敷内の仕事や様子を確認する為の物。まあ日常的には猥褻目的でフル活用されているが……。

 侯爵の敷くこの陣は、王を真似て精鋭200名程で周囲を固める一部が地下化された陣地。地下化とはいっても突貫で人力掘削した広めの坑道的なものだが。

 こうしてボウロロープ侯爵は、腕輪を渡しているレエブン侯からの指示を結構安全な地の陣内にて(つい)の腕輪で受け、指輪を使い激戦区にいる配下の筆頭騎士団長へ命令を出している。

 アインズは王城内において国王とレエブン侯の会話を盗聴していたソリュシャンからの報告で、この陣地の大体の位置を掴んでいた。統合管制室のエクレアへ命じ、戦闘前より俯瞰位置から動きを追跡。随時監視中である。

 ただ『八本指』側でも諜報に動いていたようで、『六腕』との共同野営地はゼロ達が誘導した地点に置いている。

 

* * *

 

 『六腕』はラキュース達とは違い、『八本指』の組織ごと仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の傘下に入った者達だ。今回、ゴウン氏達と初めて作戦を共にする場へ立ち、ゼロ達が自らの存在価値を示すのは当然の事と言える。特にやり手で『警備部門』を仕切る男はこの機を見逃すはずがなかった。

 ゼロ自身も地下犯罪組織『八本指』の未来を見据えつつも、強大な大悪党のゴウン氏に『警備部門』と組織の力をまず高く認めてもらう為、他の5名のメンバーを上司達との合流・移動前に鼓舞していた。

 

「今日中には、ゴウンさんと側近のルベドさんがここに来るはずだ。お前達分かっているな? 何事も初めの印象が大きく残るって事を。今回の作戦で俺達〝六腕〟と組織が抜群に役立つところをお二人にしっかりと認識してもらうんだ。信頼を得てこそ〝八本指〟の発展にも繋がる。忘れるなよ!」

「「「はい、ボス!」」」

 

 メンバーは、ゼロが裏世界で一人一人ひとかどの人物として見付け、声掛けし集めてきている。

 その中でサキュロントは戦闘力だけでみれば相当微妙である。しかしこれまで多少無理な指示を告げても、逃げずそれなりの成果を出してきていた。悪党らしい弟分として認め置いている。最近もゴウン氏の家人の危機を運もあるが駆け引きしつつ救い褒められており、小さくない成果を上げていた。

 ゼロは強く怖い悪党だが、仲間を簡単に切り捨てたりせず面倒見のいい懐の広い男であった。それだけに『警備部門』の結束はかなりのもので、ゼロが命じれば死を覚悟で動く者が相当数いる。

 デイバーノックも、アンデッドの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)であり、本来は正に恐怖の存在だ。だが奴の知性は増悪を抑え、裏社会内であったが人との生活に近い中で『魔法という力をより使いこなす』目的に生きようと努力する。一方で、世知辛い彼の周辺はアンデッドをやはり拒絶していた。そんなデイバーノックの噂を聞いたゼロが、魔法を勉強できる環境を提供する見返りに『六腕』へ引き込んだ。

 アンデッドながら彼の高い知性と強力な魔法技は、困難な戦いを経るごとに仲間から信頼を勝ち得ていく。初めは怖がっていた『警備部門』の警備員も、彼に救われた者やその班員から仲間として接してくれるようになっていった。『六腕』へ加わって数年が経ち、『警備部門』内でデイバーノックはほぼ人の如く普通に過ごせている。

 無くしていたはずの人の心的な熱い思いが、(デイバーノック)の中に湧く。

 ――将来、力を付けてもゼロをはじめ、仲間である『警備部門』の連中は絶対に殺さない――と。

 そんな彼が魔法技の次に皆から頼られているのは、不眠部分を生かした夜番だ……。

 

 以上の二名についてはゼロ自身、ゴウン氏の不満の種にならないかと一抹の不安が存在する。

 サキュロントは他と二段程も低い実力を指摘されないか。デイバーノックについては、やはりアンデッドの部分で不興を買い、放逐や解雇しろと言われないか等々。

 他の3名、優男のマルムヴィスト、全身鎧のペシュリアン、薄絹姿のエドストレームは実力面で難度90にも届き、余計な事は仕出かさないのでそれほど不安視していない。

 一点気になるとすれば、密かに『警備部門』の男連中に人気のあるエドストレームの美貌へゴウン氏が興味を持つ事だろうか。

 これまでに知る仮面の魔法詠唱者の側近や家人には、()()()()()()()。ゼロから見て、彼は間違いなく面食いの好色と考えられた。

 ゼロ自身も勿論、女は嫌いでは無いが、これは扱いの極めて難しい問題といえる。

 エドストレームは『六腕』へ加わる条件として、莫大な金の前借りに加え『体を売らない』という条件を出していた。戦力調達を優先し『六腕』のリーダーはそれを飲んだ。

 ゼロを前に淡々と言い放った彼女である。ゴウン氏を前にしても態度は変わらない様に思えた。

 ただエドストレームについては『警備部門』内でも浮いた話を聞かない。色気漂う衣装姿に対して、意外に操が堅い女のようなのだ。

 

「――なんか急に難しい顔してどうしたの、ボス?」

 

 不意に当のエドストレームから声が掛かり、いつの間にか眉間に皺を寄せ視線を下方へ落としていたゼロはハッと我に返る。

 

(今は、ゴウンさん達と合流してボウロロープ侯爵の暗殺成功へ注力すべきだ)

 

 詮無きことを少々あれこれ考えてしまった部門長は、思考をさっと切り替えた。

 ゼロ達は『八本指』の代表としての認識で若干の緊張と共に合流の場へと臨む。

 

 そんな『六腕』の6名とゴウン氏とルベドの合流は、支配者が『蒼の薔薇』へハンゾウ投入のテコ入れを行い偽モモンの件を片付け、シャルティアと合流し王都北部の後方駐留地へ移動した後。竜王軍団の戦闘再開から2日目のお昼前の話になる。

 場所は旧エ・アセナルの南西方向へ40キロ程の地で、大街道が海岸付近から真東に向かう長い直線の、内陸の大街道との合流点近くだ。

 晴れた空よりゴウン氏達が〈飛行(フライ)〉で現れた姿に気付いたのはゼロ本人。夏の陽射しを避け、街道から少し離れた見通しの良い木陰にいた彼らはぞろぞろと出てきた。

 夏場の熱い空気の街道脇へいつもと異なる姿の二人が降り立つと、ゼロが声を掛ける。

 

「どうも、ゴウンさんにルベドさん、お待ちしてました。これは、お二方とも変装が似合ってますな。野営関連の準備も整ってますんで、いつでも動けますぜ」

「そうか」

 

 当初からゼロ達の方で荷物支度をすると聞いており、実際ゴウン氏とルベドはほぼ手ぶらだ。

 ゴウン氏はここで、準備とは別の点が気になり『六腕』のリーダーへ伝える。

 

「あと私達へ――そのいつもの呼び方は少し困るな」

「なるほど、それもそうですね」

 

 ゼロが同意しつつ頷いた。

 ルベドの方は兎も角、ゴウン氏の方は魔法詠唱者と全く別物の()()姿()である。

 見るからに高価そうな二人の装備類も、元々が破格の装備をしていたので今更驚かれず。事前に変装して向かう話はしており、ゼロ達に混乱はない。

 ゴウン氏は相変わらず面頬付き兜(クローズド・ヘルム)で顔は見えないが背丈や声は同じで、護衛の兜の面を上げたルベドの顔は『六腕』の全員が覚えていた。深夜会合での恐怖の戦闘体験が、彼等の記憶に強く刻み込んでいたから。

 しかし、変装してもいつもの名前で呼ぶと意味がないのは道理。

 ただ、呼び名までは指示しておらず当然の状況と言える。

 

「じゃあこのあと、どうお呼びしたらいいんで?」

 

 『六腕』のリーダーの問いに、長身細身の騎士姿のアインズはふと()()()()()自分の仮名(かりな)を考える。

 

(まあ――ダークャヤェーとかグッニピョッコでいいかな。……んー)

 

 しかし、だ。

 正確な発音すら困難に感じて、自分で付けるのはイマイチかもという考えが同時に(よぎ)る。気付けば丁度目の前に今、ゼロ達がいるではないかと。

 なので連中に付けてもらう事にする。

 

「あー、悪いがゼロやそこのレイピアの得意な、確かマルビュ……(あれ?マルベ?)」

「(――マルムヴィスト)」

 

 すかさずルベドが極小声でフォローしてくれた。前に彼女自身が剣先で軽く喉元を突き刺した相手でもあり、某戦闘メイドのような名前へ関する失態はこの天使に無縁みたいだ。

 

「そうそう、マルムヴィストといったか。他の者も、私の仮の姿の武量を少しみて、似合う名を付けてくれ」

「了解です」

「是非に拝見しましょう」

「御意」

「わかりました」

「……心得た」

「イイのを考えますよっ!」

 

 ゴウン氏は張り切るサキュロントら『六腕』から数メートル離れると、とりあえず腰の洋剣を抜き放つ。一応強度は細身の分、以前のグレートソードよりも頑丈にしている。

 両手で剣を握り込むと騎士は一瞬で数歩分を移動し、エックス字に斬り込み即周囲を横一文字に切り裂く動きへと繋げていく。これまで冒険者の戦士としての経験へ騎士風味を加える形で2分程披露する。斬撃総数は余裕で3ケタに乗っていた。

 難度で言えば、モモン並みで100に迫るぐらいだろうか。

 ゴウン氏は、最後に鞘へ静かに剣を納め『六腕』達へと向き直る。

 

「……?」

 

 ルベド以外の者達の様子がオカシイ。皆、目を見開いて固まっているように感じられた。

 その中で、視線が合ったマルムヴィストが、ビクリと反応する。彼が驚いたのは、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の者なら有り得ないはずの動きを、目前のニセ騎士が難無くしてみせた事であった。

 

「お……お見事です。剣先を捉えるのが難しいほどとは」

 

 彼の動体視力はゼロを凌ぐほどであるが、その優男の目を以ても相当な水準であった。

 同様に剣では自信を持つペシュリアンとエドストレームも世辞ではない言葉が続く。

 

「驚きです。まさか剣でもこれほどの力量とは」

「素晴らしい腕前ですわ」

 

 アンデッドの〝王国の不死王〟デイバーノックも乾いてしわがれ気味の声を震わせる。

 

「……貴殿は本当に魔法詠唱者(マジック・キャスター)か? いや……人間か?」

「……(俺には動きが殆ど見えなかったんですけど)」

 

 その横で、武力の低いサキュロントは特に呆然としていた……。

 最後にゼロがゆっくりと手を叩き始める。他の5人も順に大悪党の上司へと拍手する。いつの間にかルベドも加わって。

 その中で、『六腕』のリーダーが伝える。

 

「やっぱりゴウンさん、あんたは凄いな。俺は本当にあんたを尊敬する。その気なら()()()()最高の騎士にも成れるだろう。今、そうだと紹介されても――俺は本気で納得するぜ。知る限り王国をはじめ、帝国にも騎士としてゴウンさんほどの使い手を俺は知らないからな」

 

 ゼロは勿論、戦士長のガゼフや刀使いのブレイン・アングラウス、『朱の雫』の剣士アルベリオンに『蒼の薔薇』のラキュースとガガーラン、法国の謎の女剣士やローブルの聖騎士レメディオスなどの強さも伝え聞く。

 同時に配下のマルムヴィストも相当の使い手だと認識している。優男の方が剣技や実力はゴウン氏よりも上かも知れない。しかし、奴の得物は随分細身のレイピアである以上、力強さが少し欠ける印象。

 戦士のペシュリアンにしても、変則的な柔らかい鉄で出来た「ウルミ」という鞭のような剣であり、異端の感想を持つ。

 強さで甲乙付け難いが、ゴウン氏の腕は最高水準の武量と語っても過言にはならないと感じた。

 それほどの腕前に似合う騎士の名となると、と――ゼロは思考する。

 横からマルムヴィストがリーダーへと耳打ちした。それに〝闘鬼〟は頷く。他の者も耳打ちしたがリーダーは首を横に振ったり(かし)げた。

 結局マルムヴィストの意見をゼロは伝える。

 

「ゴウンさん。それで名前なんですが――黒騎士〝ゼヴィエス〟とか、どうでしょう? 何百年も昔、南方に〝ぜう゛ぃおす〟という有名な黒髪の騎士がいたらしいんで」

「ほう……(まあ、なんでもいいよな)そうだな。では出発以後、作戦中はその名で呼ぶといい」

 

 二つ名までいきなり付いているがゴウン氏はOKした。

 

「あと、口調も少し無口へ変えようと思うので、上手く察してくれ。不明な事は質問を増やせ」

「分かりました」

 

 なお、ゼロの案は「カンデト」、ペシュリアンは「サヴァイオン」、エドストレームは「アーイン」、デイバーノックは「キッチョーム」、サキュロントは「マラーマクス」であった。

 一方もう一人、面を下ろした兜で顔を隠し灰紺のローブを纏うルベド――少し小柄ながら、大きめの胸を強調する深緑で白淵の鎧を身に付ける彼女については、エドストレームの意見『ルーベ』に決定した。

 デイバーノックの「イッキュー」とサキュロントの「パイーン」は共に不採用で終わった……。

 ゴウン氏達の仮の名も決まり、一息ついてから出発ということで木陰へ移動。今のうちにと40分程の昼食休憩を取り、一同は早々と荷を纏め終わる。

 移動については、ゼロから馬を使うと説明された。デイバーノックは一応〈飛行(フライ)〉も使えるが、他のメンバー5人についてはそう上手く運ばない。ここは移動手段を揃えた形だ。

 話を聞いたゴウン氏ことゼヴィエスは反論なく、ただ頷いて受け入れる。

 

(ここは信頼だな。それにゼロへ任せた方が楽そうかな)

 

 〈全体飛行(マス・フライ)〉という手もあるが、『六腕』達は移動部分で既にやる気を見せていた。なのに何でもかんでも上司が片付けては、支配者の自己負担も増大し組織の成長もなく、いずれ成り立たなくなる部分を考慮する。

 主人(アインズ)が納得して決めた様子に、ルベドも黙して従う。

 ……今でこそ純朴で簡単に従っている様に見える最上位天使(ルベド)だがこれは奇跡と言えよう。

 彼女は現状のナザリック内の個で最も強い。

 ユグドラシル最終日だったからなのだろう―――製作者である至高の41人のタブラさんに起動されていた彼女。恐ろしい事に彼女の起動時の『指揮権』は『AI(自己)』設定になっている。

 多分タブラさんの個人的な戯れだ。

 このため、至高の面々に縛られず概ねアルベドら姉達の関係重視という『キャラ設定』が個性へ強く残っていた形。

 新世界への転移前にたまたま、辛うじてギルド武器の杖『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』で設定を改竄していたが、それでもルベドは至高の存在を多少意識した程度。

 

 そう、一歩間違えば(モモンガはア●ベドからの愛に監禁されて)全てが転移後1週間で終っていたかもしれなかったのである……。

 

 しかし転移後、アインズはエンリらエモット姉妹を助けるところから、姉妹大好きな奴の興味を引くことに()()成功。まあ助けたのだからと()()()()()が姉妹を大事にする態度に、ルベドは感嘆しナザリックの怪物天使は徐々に心を開いたのだっ。そしてルベドがいくつか役目を熟した頃……最大の難関で居たニグレドへ、御方は「ルベドは随分役立った」と告げて末妹を見直させ、三姉妹の仲を見事に取り持つことを成し遂げる。

 その時、運命や歴史が一気に動いた。

 ルベドは敬愛を込めてアインズを主人として認め、ナザリックに真の平和が訪れたのである。

 これは、あのデミウルゴスでさえも容易ではない偉業―――メデタシメデタシ。

 ルベドより支配者へと贈る姉妹同好の称号も『同志』から始まったが、最近『会長』『上級者』『達人』という高水準へ到達している。まだ上があるらしいが。

 ただ、未だ時々究極の選択が訪れるのは……気にしない方向で。

 

 いよいよ『六腕』の者等と暗殺作戦への出発に際し、支配者は確認としてゼロへ問うた。

 

「それで、侯爵の陣の場所は……行先は決まっているのか?」

「はい、勿論です。我々〝警備部門〟と〝暗殺部門〟が共同で諜報活動に当たりましたんで」

 

 ゼロは用意した下準備に自信を持ってゴウン氏へ答えた。

 

* *

 

 先日以来『八本指』の各部門の(おさ)達も、これまでとは状況が変わったと感じている。

 今までは自分達が、『八本指』のボスとも殆ど対等に肩を並べるトップの位置であった。

 ところが組織の上に突如、圧倒的な力を持つ仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)ゴウン氏が立ったのである。以前の様にボスへ融通を利かすという裏技が、場合によっては命取りになり得る新体制へと変わったのだ。

 リアル社会で分かり易く言えば、いきなり会社が見ず知らずで個性の強い外国人に買収されたようなものであろう。

 新たな盟主の流儀が分からず、無能だけでなく相性の合わない者も一瞬で淘汰されるかもしれない恐怖。

 『八本指』の組織内でも、見えない部分で手探り的な競争と動きがもう始まっている……。

 君臨した仮面の男は何を最も求めているのか――と。

 『奴隷売買部門』長のコッコドールは、王国内の物価急上昇により生活へ窮する民衆が続出する中で家々を配下に訪問させ、社会の闇に隠れて娘の身売り勧誘をやんわりと上手く積極的に推進。奴隷禁止令がある中で斜陽だが、グレー部分の娼館業を拡大させようと動いている。また最近、帝国内から金貨千枚で手に入れた元子爵家の()()()()()()若く美しい身売り令嬢を、ゴウン氏へ上納予定。

 『暗殺部門』の長は、既に大都市リ・ボウロロール内で暗殺隊を編成し、敵対しそうな地下組織の有力人物の間引きを開始している。

 『密輸部門』の長は既存の帝国方面の拡大に加え、隣国ローブル聖王国のとある南部西方貴族との結託を模索中。現地特産品を関税無しで大量に密輸する経路を新たに増やそうとしていた。『麻薬取引部門』とも連携強化予定。

 『窃盗部門』の長は、侯爵暗殺により動揺・混乱するだろう反国王派貴族達の館から、大量のお宝強奪を計画している。

 『金融部門』の長は、既に今回の大戦の不足戦費において、多くの騎士らも含め弱小貴族達へ高利で多額の金貨を貸し付けている。ギリギリで苦しい貴族連中も、簡単には破産させずに物的人的に骨の髄までしゃぶり尽くす計画である。当然『奴隷売買部門』とも連携必至だ。

 『麻薬取引部門』長のヒルマ・シュグネウスは、『黒粉』を改良中の麻薬と更に新媚薬を売り出し『密輸部門』と結んで既存のバハルス帝国への侵食に続き、ローブル聖王国への販路開拓も準備を始めていて年間総売り上げを3割押し上げるつもりだ。新媚薬については、最近身体(からだ)へ再び磨きを掛けているヒルマ自身と共に深夜のゴウン氏閨への上納を構想中……。

 悪党である『八本指』のボスは――これらの内容の多くを直接指示していた。そして屋敷の一室へと呼んだ『警備部門』長にも。

 

「新盟主のゴウン殿と共に侯爵暗殺を成功させろ。いいな絶対にだ」

「分かってるよ、ボス。でもな、あの人がくれば心配は微塵もないさ」

 

 そう告げたゼロ。当然だろう、竜の大軍団すら全く恐れない男なのだから。

 最初に軍門へ下り、多額の資金譲渡や王都内ゴウン屋敷を警備するなど、色々な面でゴウン氏へ近い所で動くゼロは、新体制下でも圧倒的優位な位置にいた。

 正に『初めが肝心』という揺るぎない一つの結果がここに有ると言えよう。

 

 それでも――慢心はしない。

 

 〝闘鬼〟ゼロは、大悪党の魔法使いともっと先の未来の『八本指』の姿を見てみたいのだ。

 

* *

 

「では――()()()()()さん、そろそろ出発しますか」

「ああ」

 

 短く答え、黒き騎士は小さく頷く。

 ゼヴィエスの話し方については、第三者との遭遇時を考慮し宣言通りに言葉少なめで。あとアインズの声音は、モモンとの関連を考えれば変えるべきではなく同じにしている。

 ルーベの口調は、元々公の場で余り口を開いておらずそのままでいく。

 

「では、ゼヴィエスさんはこちらの馬に、ルーベさんはそちらの馬へお乗りください」

 

 馬は8頭。光の輪と翼を隠した女剣士の方が先に、エドストレームから手綱を手渡された。

 続いて細身の黒騎士もサキュロントが連れて来た馬の手綱を受け取った。

 支配者の、ナザリック第四階層『地底湖』での乗馬練習の成果が、ついに今ここで試されるっ。

 

 まあ――当然、普通に乗れたが。

 

 天使の方は、馬具無しの天馬(ペガサス)に乗れるぐらいなので、普通の馬なら手綱を握らなくても全速駆けで乗れるぐらい達者だ。仰向けに寝たままでも乗れるらしい……。

 馬が訓練されていれば乗馬の初歩はそれほど難しくない。

 馬の左側から騎乗する場合、(あぶみ)に左足を掛けて(また)ぐ様に乗る形になる。慣れるまでは台か他者の補助があった方が乗り易い。(あぶみ)は浅く、足先を掛けるぐらいの感じだ。馬は基本的に臆病なので驚かさないように扱わないとパニック状態へなり易い。乗る時から優しく扱う事を心掛ける。

 手綱は、まず両手の間を30センチ程空けて上から掴むが、この時小指の上に掛けて握り、両手の間を詰めて手前に垂れている手綱をくるんと上側から回し前に垂らす。そして手綱を親指で上から押さえる感じ。握りはこれでOK。

 進み出すには、馬の腹を軽く両足踵側面でちょんと当てる感じで合図すると常歩(なみあし)で歩き出す。続けて何度か合図すれば速度は上がり速歩(はやあし)へ、更に合図し続けると駈歩(かけあし)になる。

 最終的には全速疾走の襲歩(しゅうほ)へ変わる。襲歩は全速なので5分間持つかという水準。この世界の軍馬でも15分は保てないだろう。

 止めるには自分の体を起こす感じで手綱を引けばいい。この時力いっぱい思い切り引く必要はない。馬は敏感なので気持ち引く程度でも認識してくれるから。

 方向転換については、右へ行きたい場合は右手側を軽く引く感じで馬に知らせる。左へは左手側を引いて伝える形だ。

 後退については、止まった状態で足の太腿から踵側面を馬のお腹へぴったり付ける様にすれば、ゆっくり後ろへ下がり出す感じである。

 そして指示通り動いてくれたら、馬の首元をポンポンポンと軽く叩いて褒めてやるのを忘れないことだ。

 ただ少々注意したいのが速歩(はやあし)駈歩(かけあし)へ移り速くなると騎乗者への上下振動や前後運動が出てくる。その為に馬と連動した動きをしてあげる必要があり、この辺りを長期の鞍への座り具合や障害物回避等も含めて訓練し慣れておくわけだ。

 

 全員が騎乗すると、ゼロとゼヴィエス達は大街道を東へ一列になって進み始めた。

 騎乗に慣れた一行は、軽快にパカパカ――いや、そんな蹄の音は満足に舗装されていない王国の大街道の路面事情では鳴らない。残念ながら砂や砂利を踏みしめる鈍い「ドドド」感的振動音があとへ続いていた。 

 ゼヴィエスとルーべの乗る馬には荷が積まれず、サキュロントと体重の軽めなデイバーノックやエドストレームの馬へ荷物が多めに載せられている。

 隊列は速歩(はやあし)から駈歩(かけあし)へと移動速度をあげつつマルムヴィストが先導し、数分後に大街道から穀倉地帯の南東方面へ延びる広めの畦道へと入って行く。

 一行は3時間程でボウロロープ侯爵が陣を敷く近辺へと無事に到着した。

 

* * *

 

 ルベドとアインズはナザリック地下大墳墓の第五階層でミヤやニグレドと別れ、女剣士ルーべや黒騎士ゼヴィエスとして戻って来た。

 午前3時16分のこの時間帯は、『六腕』との共同野営地で過ごす2回目の未明にあたる。

 勤勉な配下であるゼロ達には一昨日の晩、秘密結社ズーラーノーン暗躍の話を大まかに伝えていた。

 まあ、この秘密結社の話と対応については、アインズ達が共同野営地からナザリックへと一時離れる正当な急ぎの口実とするためである。

 『蒼の薔薇』だと理由付けが不自然(深夜会談では勝手に竜王(ドラゴンロード)に負けてろとしていた)であり、また竜軍団対処でも理由付けが苦しく(今は竜より侯爵暗殺の予定期間で、また元々竜兵を暴れさせ貴族の兵を消耗させる日数を稼ぎたかったはず)、かと言ってソリュシャン達の様子確認というのも無理(2時間程で往復200キロ超移動は速すぎて超長距離での〈転移〉使用がバレる)であった。

 そうして伝えたズーラーノーンの――『混沌の死獄』計画。

 なぜ知っているのかという点については、『合流直前の移動時に広域へ張られた大きな魔法の仕掛けへ気が付いた』とした。超越した魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるアインズにしか語れない言い訳。ズーラーノーンとの関係は戦士モモンとしてであり、『八本指』側へ現時点では伝えられない内容だ。

 『八本指』の指導者としては、この組織と秘密結社ズーラーノーンの間にこれまで大きな闘争が無いと踏んでいる。クレマンティーヌや旧陽光聖典の連中から得た情報から、あのスレイン法国の諜報部隊さえもズーラーノーンの動きは掴めないほど闇に埋もれていた。裏の地下組織達さえ接触も難しく、活動方針で差もあり関わり合いは小さかったはずだと。

 対して、急に侯爵と竜軍団以外の勢力の話を聞かされたゼロ達は、驚きの声と表情を見せた。

 当然だろう。彼等もひと昔前に『死の螺旋』で小都市が滅んだ話は知っている。そんな相当危ない連中もこの戦争へ絡んでるとは想定してなかったのだ。今回、戦域全体を標的とするらしく、この野営地も影響範囲内だと聞いては……。

 それでもゼロ達は目の前に立ち、竜軍団との戦いを間近に怯まない『八本指』の盟主が短く語った言葉「手は打つ。大丈夫」をアッサリ信用した。

 ゼロ達は、何かあればゴウン氏自らが竜の軍団と共に叩き潰すのではと解釈した様子。

 ただ秘密結社の話はしつつも……絶対的支配者は『旅の魔法使い』の設定をずっと通しており、彼の真相となる強大なナザリックについては依然秘匿したままである。

 結局、昨晩に続き今晩もゼロ達へ「少し結社側を調べてくる。ここは頼む」と告げて堂々とこの場から離れていた。

 その二人が戻り、野営地近く70メートルの距離に姿を現す。

 この共同野営地も王国軍の簡易物資貯蔵庫群内にあった。物資を取りに来る兵に見つかりそうだが、当然対応済みだ。麦畑の脇にあった数メートル四方の狭い窪地を利用しており、デイバーノックの〈屈折(リフレクター)〉や〈幻影(ミラージュ)〉で他者の接近を上手く阻んでいる。周りには燃料を使わず即食べられる食料が大量にあるので非常にオイシイ場所ともいえた。

 なお、騎乗した馬達は到着当初放つ予定であったが麦畑の中、周囲に森林や草原もなく目立つ事で憶測を呼ぶ恐れから殺処分する事に。だが馬達に「姉妹がいる」という話を聞いてしまった某天使が「私がヤる」と言い、馬を連れて広大な麦畑の中を数度往復した。姉妹に種族差はない、と。昼間のカルネ村近くの草原に馬8頭が突如現れたと言う……。

 夜番で起きていた妖艶さ漂う美女エドストレーム。移動時や野営地内では、いつもの煽情的な薄絹の衣装の上へ灰黒のフード付きローブを纏っている。

 灰も降り普段の彼女の肌露出は少ない。装備衣装はあくまでも戦闘時の効果を狙ったものだ。

 

「――あら?」

 

 空間的気配で騎士と女剣士の姿を掴み、僅かに顔を上げた。でも、ルーべの高度に不可知化されている輪っかと翼についてを捉えることはできなかったが。

 戦場に慣れてきた事もあるのか軽くイビキをかき寝ていたゼロへ彼女は知らせる。

 

「ちょっとボス、起きてよ。ゼヴィエスさん達、帰って来たけどー?」

「んっ、ゼヴィエスさん? ――そうか、出迎えないとな」

 

 エドストレームに揺すられたゼロは、目を覚ますと思い出したように素早く起き上がった。

 

「帰ってきたようだね、ゼヴィエス殿達」

 

 仮眠していたはずの優男のマルムヴィストも、横になったままだが近付く存在に目を覚ましたのかゼロへ小声を掛けて来た。

 見回すと横になって動かないが全身鎧のペシュリアンも仲間の動きで起きた様子。アンデッドのデイバーノックは寝る事がないので言うに及ばず。

 『六腕』メンバーでは唯一サキュロントだけが気付かずに寝続けていた……。

 マルムヴィストらは横になったままで、その横をゼロと今夜番のエドストレームのみが歩を進めて、野営地内へ姿を見せた上司達を出迎える。

 

「お帰りなさい、ゼヴィエスさん、ルーベさん」

 

 黒騎士がゼロへと尋ねる。

 

「変わらずか?」

「ええ。今のところ特には」

 

 そう答えた太い腕を組む配下へ、ゼヴィエスも一応建前の行動への結果を伝える。

 

「結社側も動きはない」

 

 ただ、これは適当に言っている訳では無い。ナザリックの統合管制室やルーベは広域での異常を捉えていないからだ。

 

「……どうしましょう?」

 

 ゼロが静かに盟主へと、色々な意味を含めて(うかが)った。

 事前にゴウン氏が「侯爵暗殺」を掲げたわけで、『六腕』は現段階まで十分に有用な情報を示し行動も見せている。

 そういった流れから、ゼロ達は寝ているサキュロント以外、黒騎士の示すだろう次の一手への言葉に注目していた。

 一方、当のゼヴィエス(ゴウン氏)本人は。

 

(うわー、みんな見てるよ……どうしようかなぁ)

 

 方法として大まかの筋書きは幾つかある。

 まず一つ目の手は、安易で不用意となるが『六腕』に親衛隊と侯爵を討ち果たさせる事。

 合流した初日の日没直後、エドストレームとデイバーノック、マルムヴィストが気配を消し、監視の騎士らを出し抜いて陣内まで潜入している。エドストレームが地面に開く洞穴(ほらあな)傍から空間を認識し、地下8メートルに高さ2メートル半程で12メートル程北へ伸びる半円状の坑道を捉えてきた。

 (ちな)みに地下に降りるまで竪穴1本ではなく3階層になっており、騎士団が運んで来た2メートル程の角材を上手く繋げて作成した長めの梯子を使用。掘り出した大量の土は、山ではなく数軒の作業小屋に見える形で偽装し巻物(スクロール)の魔法で固められている。

 地下に居る常駐騎士の数は竪穴部も合わせて8名であとは侯爵のみ。通気口は存在するものの坑道内が人数により暑くなる為、最精鋭騎士のみに絞っている模様。あと、坑道内に仕切りは有るが布製の衝立で、十分隙間が存在する事も分かった。

 侯爵の親衛精鋭騎士200名余の実力は、流石に金級冒険者に近い猛者も少なからずいるだろうが、武技使用で平均難度90を超えるメンバーの『六腕』にすれば問題なく突破可能だ。

 王国軍兵士でゼロの進撃を止められる実力を持つ者は王国戦士長のガゼフだけである。そのガゼフはリ・エスティーゼ王国国王の傍にあり、この侯爵の宿営地にはいない。

 なので時間は少し掛かるが侯爵と親衛精鋭騎士隊の殲滅すら出来るだろう。

 だが、侯爵がこの位置に陣を置いて居る意味は『八本指』も無論調べ、知っていた。

 そして連絡アイテムの存在も――。

 

 つまり通報の危険を考えると、正体を明かす形で不用意に攻めることは難しい。

 

 エドストレームの剣を舞わす魔法〈舞踊(ダンス)〉を駆使すれば、ボウロロープ侯の殺害自体は地上からでも一応可能と聞く。

 ただし、〈舞踊〉での殺害はエドストレームの犯行と――『暗殺』だとバレる模様。

 ここまで入り組んで離れた距離だと、普通の魔法の使い手は剣を操作しきれないのだという。

 また、ゼロにしても多くの特徴ある特殊技術(スキル)を使う闘う修行僧(モンク)であり、ペシュリアンやデイバーノック達も明確な特徴を持つ。

 ポイントとして、連絡アイテムは侯爵以外でも使う事が可能なのだ。地下坑道の全員を殺しても不安が最後まで続く。

 ゆえになるべく別の手を考えなければいけない。

 次の手としては『勇ましい侯爵は竜兵からの攻撃を受け、()えない御最期』という戦死演出。

 可能なら是非、犯人役は後腐れの無い竜兵に負わせたいところ。しかし激戦区の戦場傍ならば容易であるが、困った事にこの場では演出しにくい状況であった。戦場の中心部からは20キロも離れている上に標的が地下へ籠っている嬉しくないオマケ付きだ。これはかなり困難に思えた。

 なら第3の手としては今のゴウン氏の変装を生かし、『六腕』の6名に『()()()()()()()()()程度のヌルい援護をさせ、黒騎士ゼヴィエスと女剣士ルーベで勇敢に斬り込むこと。ルーベがクレマンティーヌ程度の力を発揮すれば、騎士100名ぐらいは十分引き受けられるだろうし、ゼヴィエス自身で地下の親衛隊騎士達程度なら侯爵も含めてわけなく討てるはず。

 そして更に他の手だと、単純に殺すなら威力を持つ上位の魔法や特殊技術(スキル)を使えば楽に可能だ。

 『六腕』達を遠ざけ、単に〈絶望のオーラV〉だけでも事が足りる。心臓を潰してもいい。

 でも魔法の類は跡というか余韻が残る。調べれば分かってしまう。

 理由不明の突発的な死であればあるほど『一体誰が、何故殺したか?』という謎が大きく残る形になる。『王国六大貴族殺し』の盛大な悪名が付き、周辺国へも手配や様々な噂が流れるだろう。

 今回、魔法と関連付く手段の使用は上手くない。

 

 なぜなら――大魔法だとアインズ・ウ-ル・ゴウンが真っ先に疑われる可能性が高い。

 

 いや、戦争後英雄になった場合、まず確実に事態は発生するだろう。国内の最有力者を殺し権力中枢へ踏み込む為の布石であったのでは、と難癖を付けられるはずだ。

 対して変装の姿で斬り込んだ場合は恐らく、正体不明の殺し屋8人組に暗殺されたという話程度で済みそうにも思えた。まあ謎は残るのだけれども。

 それでも安全で現実的な方法は、やはり直接的に魔法系を使わない手だと予想する。

 内心であれこれ悩んだゼヴィエスは、ふと考える。

 

(ふう。デミウルゴスやアルベドや王女達なら、この窮状にどんな凄い方法で対処するんだろう)

 

 口に出せない色々の思いと孤独感が支配者に湧く。

 デミウルゴスとアルベドなら竜の死骸を上手く偽装して操り襲わせる手をまずは進言したと思うし、王女達ならやはり竜の組を彼等の自信のある空中で上手く挑発し誘導する手を告げたはずだ。竜兵が侯爵の陣地までくれば、強力な火炎や爆裂魔法の使用も不自然ではなくなる訳で。一方で、侯爵の筆頭騎士団長側からも情報誘導し、連絡の指輪で「地上へ出て別の場所へ逃げるよう」に進言させたりも有効。

 勿論そのまま竜兵を大暴れさせても構わないのだ。自らの手を汚さず、他者の力を上手に利用するのはデミウルゴスやラナー達の最も得意とするところである。

 しかし今このまま考え込んでいても、黒騎士の思考へ直ぐに良い考えは出て来そうになかった。

 それと現在、支配者は暗殺計画と今日の行動についてゼロからの問いを受けており、ここで皆へ何かを語る必要があった。僅かの沈黙が続く。

 黒騎士は、胸を張りつつゆっくり悠然と意味ありげに周囲を一度見渡す。そして最後に北北東となる戦場側の夜空を振り返り見上げると呟く。

 

「……結社の沈黙が少し気になる」

 

 連中の手を潰しており、余り心にもない事をそれらしく語って濁す。

 ゼヴィエスの言葉に、ゼロは逆にそれならばと尋ねる。

 

「でしたら間もなく早朝ですし、面倒が起こる前にこれからおっ始めますか?」

 

 『混沌の死獄』に巻き込まれる前に仕事を片付けようと考えるのは自然なものだ。

 それを黒騎士は、さも作戦有り気に言い聞かせる。

 

「ふっ、まだ早い。今日一杯は様子見する。より混乱している時こそ好都合。侯爵の下にも戦場の中心部から色々な状況は届くだろう。時期到来は、近い」

「おお、戦場も含めズーラーノーンの動きにさえ我らは紛れるんですな。分かりました」

 

 ゼロとその仲間達は納得して頷く様子に、支配者は安堵する。

 

(よし。とりあえず、今ここで焦って動かずに、手を考える時間を取り先送りしておこう……)

 

 最悪、ルーベと共に斬り込むことで場を凌げると、ゼヴィエスはこの時考えていた。

 

 

 

 ボウロロープ侯爵――バルブロ第一王子の妻の父であり、王国六大貴族の中でも傷顔に大柄で強い体躯と武勇を持つ男。また国内の貴族で最も広い領土を持ち、最大兵力を保有する。

 若かりし時から万を超える軍団を率いて、長年に渡りその領内の北方にある大森林に巣くっていた小鬼(ゴブリン)の大集団との戦いを繰り広げてきた戦歴を持ち、見事にその幾つかの討伐を果たしている。

 中には難度で80超えの小鬼(ゴブリン)族長達や猛将もいたが、お抱えの元冒険者隊や筆頭騎士団長らと前線にも立ち、精鋭兵団を前面に置き雨のような弓矢や槍の集団戦で討ち取っていた。

 昨今でも、彼にはバハルス帝国との戦いでの武勇がある。

 王国の威信もあって国内へ『帝国とはここまで痛み分け』と伝え流しているが、毎年の戦いで帝国に対し数倍する戦費と死傷者を出しており、甚大な労力を損失している王国側の負けといっても差し支えないだろう。兵や庶民達は良く知っている話だ。

 その中で、ボウロロープ侯爵の率いる軍団はかなり善戦し、度重なる帝国騎士団の突撃にも潰走したことは未だなし。彼の率いる大軍団の存在で、王国は厳しい戦いを持ちこたえてきた局面も少なくない。本来、声を大にし誇りたいところ。

 だが王国軍としては戦争全体でみると無様な状況。なので侯爵も大きくは武勇を喧伝出来ずだ。

 ただ侯爵の率いる軍団の力は相当なもので、レエブン侯の軍団やガゼフと王国戦士騎馬隊よりも年々帝国に警戒される形へ変わってきた。

 しかし侯爵も50代に入り、日頃の不摂生もあって僅かずつ老いが目立ちはじめてきた様子。

 彼は今、照明用水晶の〈永続光(コンティニュアルライト)〉に照らされる地下坑道の奥、赤い絨毯が敷かれ簡易の椅子やテーブルの置かれた空間で腰掛けていた。

 その表情は不機嫌な思いが滲んで憮然としている。

 今回の大戦において当初、布陣割りを聞いた彼は第一王子の出陣もあって軍団を率いて戦場に立つつもりでいたのだ。

 意気揚々と屋敷に戻り、早速侯爵家の側近達との軍議に臨む。だがその席で、配下からの最後方へ本陣を置く提案に吠えた。

 

「なにぃ、前線に替え玉だと!? 私のこれまでの武勇を愚弄する気かっ!」

 

 侯爵は武について特に強い誇りを持っている。数々の戦歴もあり、激怒した。

 しかし、多くの家臣達によって押し止められる。

 

「お待ちください、旦那様! 貴方様は我ら栄えあるボウロロープ侯爵家の御当主でございます。この度の戦いは熾烈を極めましょう。軽々しく戦場の中へ立たれては……」

「だまれっ。これまでの慎重な私の行動を見て、軽々しいとそう言うのか!」

 

 当主や将としてこれまで、良策をとって来たからこそ今があるのだ。第一王子へも娘を嫁がせ、貴族達の力を増すべく侯爵家の未来にも苦心している身。裏社会の地下組織へも目を向けた。また先月には、王国戦士騎馬隊や『蒼の薔薇』に対抗出来るべく貴族派の表側の戦力として、()()()()()()()を手懐けたりもしている。今回もボウロロープ侯爵家の勢いある立場を示すべく、戦場へ立つ行為を軽々しいと言われては立つ瀬がない。

 だがここで、戦場で苦楽を共にしてきた配下の筆頭騎士団長の言葉が響く。

 

「我が(あるじ)よ、この度の相手は竜王(ドラゴンロード)なのですぞ。人間や小鬼(ゴブリン)とは格が違いましょう。本当に無事で済むとお思いなら、それは旦那様の〝驕り〟でございますまいか? また、若様も成人して間もなくございます。ここは何卒ご自重を」

 

 長年互いに生死もよく預け信頼する配下の男にそう言われては、侯爵の勢いが大きく削がれた。

 

「お前がそこまで言うのか……」

「はっ、申し訳ございません。ですが意見は変わりません」

 

 歴戦の騎士は、会議の席を立つと片膝を突いて強い発言の非礼を主君へ詫びた。

 

「いや、かまわん」

 

 武人の侯爵へ戦いに関して面と向かって言えるのは、筆頭騎士団長の彼ぐらいである。

 多くの諫言無くして真の信頼は得られない。

 

「戦場でのお前の意見にいつも感謝している。私の出陣場所については今少し考えたい」

「はっ」

 

 会議へ出席していた他の側近達もホッとした表情を浮かべた。

 出陣させる兵力規模や徴兵関連に行軍経路、資材とその運搬などの戦略面で先に討議が進む。同時に一応として安全な最後方の本陣場所も検討されていった。

 後日、最後に残った事項としてボウロロープ侯爵は自ら、最前線を筆頭騎士団長へ任せ、影武者を立てて最後方へ出陣するとの行動決定を示した。

 

 そして出陣し戦闘が始まり丸4日目の今、ボウロロープ侯爵家がこの戦争へと動員した兵力は4万5千人。そのうち……死傷者は既に約3万7千人へ達しており戦線はほぼズタズタであった。

 最初に戦いの主戦場となった南西の広域に布陣展開していたのが、ボウロロープ侯爵家の主力兵団なのだ……。

 早朝を迎え、先程も筆頭騎士団長から連絡をもらったが、アイテムの指輪の性能もあり短い。

 

『昨晩も当家の兵達は頑強に奮戦。ですが戦いは大きく変わらず――一方的に猛攻を受け続けております。死傷者は3千余の増加であります。(ドラゴン)の攻撃は火炎を中心に依然圧倒的。以上となります。では次の通信で』

「分かった、ご苦労であった。気を付けよ」

 

 距離があるので、その分通話時間に影響を受けていた。

 戦闘開始の混乱当初は『これが今生の別れとなりそうです』とも語ったが、筆頭騎士団長の鎧は侯爵家の魔法アイテムの上位物で装備者の耐火、耐熱の補強を行う様に強化されており生き残っていた。

 装備アイテムの効力を実感し、今は筆頭騎士団長も落ち着いて侯爵に代わり指揮を執っている。

 直臣の生存は嬉しい事だが、領地の総人口の数パーセントが死亡している現状に、表情が曇るのは当然である。

 兵力はボウロロープ侯爵家の威信を最も示す形の一つ。その大兵団が消えていこうとしているのだ。側近達によって、徴兵する兵の年齢を上げさせたり、過去に武功のあった兵達や精鋭兵の半数は外していたりと全滅も考えての配慮はしている。

 それでも、領内の総戦力と総生産へ目に見える形での影響は必至だ。

 

「おのれ、(ドラゴン)どもめっ」

 

 侯爵に民兵一人一人への気遣いは全く無いが、侯爵家総力への損失面では残念に思っていた。

 だが、被害甚大の戦況は戦場全域で同様という話も伝わっている。そうであればボウロロープ家だけが損失を(こうむ)るのではなく、王家を筆頭に貴族階層が皆苦しい訳で、なんとかグチを口にせず憮然と我慢出来ている状態であった。

 

 侯爵をはじめ、王国貴族達はこの戦いへ自領の民を徴兵し兵隊として送り込んでいる。

 そして領主自ら、もしくは代理の子息がその兵隊を率いて戦場へと出陣していた。なので、多くの貴族が兵達と共に竜兵達の吐く強烈な火炎を受けてしまっていた。

 

 ところが、そんな貴族達の多くは負傷しつつも――無事に生き残った。

 

 最大の理由は勿論、一般兵達と比べて明瞭な装備類の差と言える。

 代々の家宝の鎧を装着したご立派な貴族達の鎧は、ハデな見掛けだけではなかったのだ。一応、(それ)(ぞれ)それなりの性能を持っており貴族達の命を救ったのである。

 また生還要因には、竜兵達が余り地上へ降りて来て暴れなかった事も大きい。

 流石に殴られたり踏みつぶされていれば、鎧も耐え切れずペチャンコになっていたはずだ。

 貴族生存率はこの時点でも8割を超えているようにみえたが、最終的な数値は戦後の報告を待つことになる……。

 

 

「ふふふふっ」

 

 ボウロロープ侯爵は不機嫌な顔から少し口許を緩め、潜む地下坑道内へと僅かに笑いの声を響かすと呟く。

 

「今に見ていろ竜共――私の差し向ける刺客達(『八本指』の戦力とゴウンら)によって目に物を見せてくれるわ! フハハハッ」

 

 その声は不思議な事に、護衛の騎士達にどこか虚しく響いて聞こえていた。

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国軍と竜王軍団の戦いが開始されて(はや)丸3日。

 戦場から直線で東南方向へ400キロ以上離れ、『激戦4日目という現実』を知るはずもない早朝を迎えたカルネ村。

 ナザリックの『友好保護対象地域』でもあるここは今、同じ王国内でも視界内へ納まる緑の麦畑と森や草原の自然に囲まれた(のどか)な片田舎の風景から、ナザリック地下大墳墓内と同様にのんびりした空気が流れている。

 この村はひと月と少し前の痛ましい襲撃騒動の件を受け、此度の竜王軍団との戦争に際し、徴兵や臨時徴税が全て免除されていた。襲撃主犯格の敵部隊と交戦の折、怪我をした王国戦士騎馬隊隊員への村民から温かい食事や介護もあり、感謝したガゼフ・ストロノーフ隊長からの言葉を領主の国王が()んでいる事も大きい。加えて、アインズがこの村へ滞在拠点を置いて居る点も、実は考慮されていたのである。

 村娘のエンリ・エモットは村内に建つ()()()()1階居間横の部屋で、今朝も窓からの眩しい日差しの中、早起きをする。

 ここゴウン邸は村を救った英雄的主人を迎えて呼び名が程なく変わり、それが馴染んできた旧エモット家である。村民がそう呼ぶ意味は、エンリが偉大なアインズ様の元に形はどうあれ()()()()()といえよう。エンリとしては新しい家名が出る度に、未だ頬を染めつつも立派で優しい旦那様で嬉しい。

 ただ旦那(アインズ)様一行の地上初の拠点ながら、少々部屋数とベッド数が少なく、現在もエンリと妹のネムは仲良く一緒に寝起きしている。

 それはまだ、10歳のネムがあの襲撃の恐怖から良く寝付けるようにとの面もあった……。

 まあ某天使にとっても姉妹一緒という部分は、とても喜ばしい状況だ。

 元気な村娘は家事室で木のたらいに水を張り顔を洗う。部屋へ戻り寝間着から普段着へ着替え鼻歌交じりに髪を梳き一部三つ編みへ整えると、妹を揺すり起こす。

 

「ネム、朝よ。ほら、もう起きて」

「……むにゃむにゃ、金ピカ……。え……あさ?」

 

 襲撃時、ネムの精神は本来、かなり危ういものであった。前触れなく突如、無慈悲で恐ろしい鎧の騎士団から襲われたのだ。両親の他、馴染みの村人達が残酷にも次々殺害される場面を目撃し、更に追い詰められる中で剣を振り回され、遂に目の前で姉も斬られて絶体絶命。心に大きく深いダメージを受けていた。しかし――その時にもっと度肝を抜く髑髏(どくろ)で骨姿のスゴイ人外救世主が現れて颯爽と姉を助け両親や村の仇をも取ってくれた事で、心のダメージが強烈なインパクトで完全に上書きされていたのである。当初は心の中で半信半疑であったネムだが、記憶改竄もなく偉大な御方の傍で数回眠ったことで心が無事強固な安定をみていた。その後にナザリックを訪れ経験した事(25話参照)も、新たに強力なインスピレーションを目覚めさせる結果となっている。現実離れした第九階層内装の金ピカ群も少女の心を七色に変えた要素の一つだ。

 

 ベッドで目を開け目尻を擦るネムを残し、姉はもう部屋を出て軽く居間の掃除から始めた。

 時折、旦那(アインズ)様はこの場所に現れ滞在するため、まずここから掃除を始める。嘗て両親と暮らしたこの家で、敬愛する夫の帰りを待つ時間は彼女を落ち着かせる。旦那様の姿を思い出しつつ、笑顔でせっせと励む。

 今エンリは小鬼(ゴブリン)新軍団5000体の将軍であるが、一方で生活面は以前のままを通していた。故にゴウン邸の家事も概ねエモット姉妹の手で行われる。小鬼軍師は一団の代表たる彼女の身分から渋い顔で熱心に説得をしていたが、少女は一切首を縦には振らなかった。

 

『軍師さんや皆さんの気持ちは最もだと思いますけど、これだけは譲れません』

 

 彼女は、帰ってくる旦那様達をこの家で純粋に慎ましく待ち、家族として出迎えたいのである。

 

『私もお姉ちゃんをしっかり手伝うから大丈夫』

 

 その時、妹のネムも姉の言葉を熱心に擁護した。

 エンリにすれば、贅沢が大好きそうなネムが姉の行動に賛同したのは意外に思えたが……。

 

『はぁ、仕方ありませんな。では、せめて護衛だけはお連れ頂きますよう』

 

 近衛隊のレッドキャップ3体と聖騎士団より3体、騎獣兵団から2体と暗殺隊所属の雌2体の計10体が駐留する内容で落ち着く。

 先輩軍団のジュゲム達がエンリのディフェンスで、新軍団の強力な面々がオフェンスである。

 軍師は先輩方の立場や、新軍団の実力を見てこれが最良とエンリへ進言し、快諾されている。

 とは言え今、ジュゲム達の館の隣にもう一棟建てており、普段は新軍団の護衛面々もそこで寝泊まりする事になる。ゴウン邸内ではない。

 ゴウン邸にはエンリ達が誘拐騒動で帝国から帰還した翌日に、ナザリック地下大墳墓の支配者直属のキョウが森の調査から戻って詰めている為だ。

 難度200(Lv.80)超えの彼女の存在は小鬼軍師にとって些か難しい問題であった。

 小鬼新軍団5000体はナザリックとは本来独立している組織。しかし、エンリがナザリック所属であり、自動的に組み込まれた形なのだ。小鬼軍師らもエンリからの知識があり、状況は理解しているがあくまでも行動は将軍次第である。

 現在はエンリ将軍の『キョウは頼りになる親しい方ですし、アインズ様は私の旦那様です。くれぐれも失礼の無いようにお願いします』の言葉に従い、一歩引いている状況にある。

 なお、新軍団の主な面々はまだアインズとの面会の場を貰っていない。

 アルシェがエ・ランテルへ出かけている間にという話で、ナザリック統括のアルベドと現在調整中。直属のエンリやネムならともかく、その下僕達への目通りとなればNo.2に一度は通さなければ大変面倒な事になるのである。

 因みに現在カルネ村へ滞在中のアルシェ・フルトは、20メートル程離れた一つ違う通りの空き家を借り、独り住まいをしている。食事は小鬼(ゴブリン)館の前で、エンリをはじめ、ンフィーレアやブリタ達と一緒に楽しく取っている形だ。

 起こされて一旦顔を洗いに家事室へ行っていたネムが、部屋から服を着替え護衛の白きG(オードリー)も連れ元気に出て来た。

 寝ていたベッドを綺麗に整え直し、服も自分で洗った物を身に付けている。このひと月で彼女は精神面で成長してみえる。

 

「おはよう、お姉ちゃん」

「おはよう、ネム、オードリーも」

 

 白きGの恩恵はネムの護衛に留まらない。ゴウン邸の周囲の家ぐらいまでGの被害が無いという利点は決して小さくないのだっ。

 ネムの肩に控えるオードリーは綺麗な触覚を前後へ揺らし、エンリの挨拶に答えた。

 その様子を見ながらエンリは妹へいつもの指示を伝える。

 

「畑への今日の手入れ分の道具を準備してて」

「はーい。あっ、そういえばキョウから聞いた話だけど……アルベド様がみんなの為に巨木の事をアインズ様へ知らせて下さったそうだよ。軍師さん達と正式にアインズ様がお話するなら、アルベド様に連絡した方がいいんじゃないかな?」

「大丈夫よ。キョウ経由でそういうお願いをもう伝えてるから」

「なら、大丈夫だね」

 

 旦那(アインズ)様なら気にされないとは思いつつも、5000体の大きな団体でお世話になる状況。ジュゲム達の少数への助力なら旦那(アインズ)様個人でどうとでもなるだろうが、以前と違い新軍団の規模だとナザリック全体を始め周辺国やトブの大森林への影響も考えられる。

 既に帝国での巨樹騒動への対応に始まり、穀物類保管や村の建設地選定に建物図面の下準備等の大きな協力を受けている自分達――帝国から戻り6日程経った森林内の小鬼(ゴブリン)達の村は、先に大倉庫3棟を建てて穀物の運び込みを終わらせると上下水道の工事も済み、今は建物の基礎工事の4割が終ったところ。格段に平均体力の高い軍団により、工事はすこぶる捗りを見せていた――である。それなのにこちらの要望だけ統括のアルベド様へ判断を仰がないのは、今後へ全く筋が通らないと軍団の将軍として当初から判断していた。

 自ら新たに呼び出した彼等も、エンリにすればもう切り離せない共同体的一団といえる。

 5000の皆の扱いにも影響する重要事の為、早い方がいいとキョウの帰宅の折にまずお願いしたのだ。

 掃除でゴウン邸2階へエンリが上がると一室からそのキョウが出て来る。村内では、ネコマタではなく人の容姿で暮らしている彼女。

 

「おはよう、エンリ。掃除の時間かしら(ニャ)」

「おはよう、キョウ」

「私も何か手伝った方がいい(ニャ)?」

「大丈夫。キョウは周辺警戒だけじゃなく、砦化でも随分手伝ってもらってるし、ここではゆっくりしてて」

「じゃあそうさせてもらうね(ニャ)」

 

 二人は仲良く朝の挨拶を交わす。

 エンリの総レベルは2桁に乗ったところ。キョウはレベルで80を超える。実力差は大きいが、幸いナザリックで階級を決める最大の重視点ではない。彼女達は加入日と起動日の近さから、ナザリックにおける同期のような関係になっている。

 共に暮らすキョウからは、ナザリック経由で旦那(アインズ)様の近況も入って来ていた。当然、王国軍と竜王軍団の戦端が開かれた事もだ。

 エンリとしては旦那様から色々と直接聞かせてもらいたいと思う反面、カルネ村近辺にずっと居る身では確かに多くが知る必要のない事項にも思えた。また彼は戦場に立つ事でネムも含め心配させたくないという気遣いも感じる。

 もし援軍などで応援が欲しいなら連絡が必ずあるはずと、そう確信するエンリに不満はない。

 

「エンリ、お願いされていた新しい小鬼(ゴブリン)の面々とアインズ様の顔見せの件だけど、先程アルベド様が予定に組み終えたと聞いたわ。近くお声が掛かるはず(ニャ)」

「わぁ、ありがとう。アルベド様に感謝を伝えてくださいね」

「ええ」

 

 エンリは2階の掃除をテキパキと済ませて下へ降りると、水を汲みに共同井戸へ向かう。

 そこでは村の女性達と笑顔で挨拶を交わし水汲みを熟す。

 日によっては、若い妻達の間で夫婦の夜のノロケ話なども披露される。

 今日は偶々そんな日であった……。

 当然、エンリも色々と聞いたり尋ねられちゃう訳なのが、旦那(アインズ)様の男の威厳を損なわない形へ収めるのに頬を染めつつ苦労してその場を後にする。

 片方で大体15キロはあるはずの水桶。それを以前から両手に一つずつ持つので結構きつい。しかし最近、自身のレベルが上がった事は分からないエンリながらも、日常生活における力仕事系が格段で楽になっていた。最近は満水の水桶を小指の先の()()でも軽く持てる程だ。無論、人が見てる前であからさまに超人的な行為は見せられない。旦那様に仕える()()()少女として振る舞っていた。

 ゴウン邸に戻り、エンリはネムと共に両親が残した畑の世話に出かける。

 途中、中央広場に寄り、助っ人へと声を掛けた。

 彼等は帝国の騎士団さえ恐れさせるモンスター、死の戦士(デス・ナイト)のルイス君と()()()()ジェイソン君である。他の2体はこの時間、村の中央広場に残って警備に当たる。なお、3体の蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)達はキョウの配下に戻っている。

 畑では既に、小鬼(ゴブリン)軍団からウンライとシューリンガンが手伝う為に待っていた。

 そして新軍団からも聖騎士団から1体とレッドキャップ1体も来ている。

 この時期の畑作業は細かい作業が多いので死の戦士(デス・ナイト)達の作業は少なめだ。

 元々両親とエンリが手伝う形で面倒を見ていた畑。毎日少しずつの作業という部分もあり、ネムも入れて6名でやればあっという間に終わる。

 結局、死の戦士(デス・ナイト)達は移動手段みたいになり、朝食の準備でジュゲム達の館まで送ってくれるだけになった。しかし、皆に手を振られ見送られて去っていく彼等の背中に不満は感じない。エンリとネムにはそれが理解出来た。

 砦化の作業については、例のエンリ誘拐騒動の影響で完全に止まり数日分遅れ気味である。ただ元々、厳密な期日や納期がある契約と違い、突貫作業のような無理をする必要はない。

 朝食が済んで落ち着く午前8時から晩の7時頃までで、村人達も交代で参加するこれまでのペースで村全体の日課のようになっている感じだ。

 しかし、今はまだ午前6時前。

 ブリタとアルシェが起き出す頃で、ンフィーレアはまだ調薬の作業小屋に籠っていた。朝食の下準備が始まる。新軍団の10体にアルシェが増えて実に34人分の調理である。小鬼(ゴブリン)達はブツ切りまでは出来るが、細かい皮むき以降は出来ない。

 包丁作業はかなり膨大に思えた。

 

 ただエンリとネムはレベルUPにより――動体視力や動作スピードも格段に上がっていたっ。

 

 皆での食事を始めた頃に比べれば確実に5倍以上の作業速度が出ており、誘拐以前よりも随分早く終了してしまう。この速度はエンリの豪華軍服装備にある剣捌きにも十分反映されそうな感じ。

 そんな雄姿に小鬼(ゴブリン)達は感嘆する。

 

「エンリの姐さんすげぇ。ネムさんも」

「やっぱり嫁に欲しいぜ」

「「将軍閣下、万歳!」」

「もう。そんなに褒めてもらっても、皆の料理の量と味はかわりませんからね」

 

 小鬼(ゴブリン)達の褒め言葉に将軍少女は照れていた。

 この日の午後、騎獣兵団の1名が大森林内の軍師の下へ近況報告に戻った折、『将軍閣下の手料理』を食べられる事が遂に知れ渡り、新小鬼(ゴブリン)軍団5000の野営地内は騒然となった。そして混乱収拾のため即刻、軍師の判断によりカルネ村駐在員についてはくじ引きの交代制に変更されたという……。

 

 そしてほぼ同時刻、村娘へと一つの〈伝言(メッセージ)〉が届いた。

 

『聞こえますかエンリ、アルベドです』

「――はい! 聞こえています、アルベド様」

 

 エンリは昼食の片付けを終えてゴウン邸に寄っていた時で、思わず背筋がピンと伸びた。

 

『そう。たまには、ナザリックへネムも連れていらっしゃい。では、早速だけど先日要望のあった件について伝えます』

「はい、お願いします」

 

 新軍団の小鬼(ゴブリン)達と旦那(アインズ)様との顔合わせの件だ。

 エンリはアルベドへ終始緊張気味である。

 でも当然の事なのだ。

 少女はナザリック地下大墳墓の大宴会の際に、多くのものと真実を直接見て会って『世界征服』を実現できるだろう総戦力について大まかだが知っている。

 栄光ある強大なナザリックでも、領域守護者以上は最重要の位置を占める。そしてその最高位の階層守護者らをも統括するのがアルベドなのだ。

 女淫魔(アルベド)の人外の美貌だけでなくその全てが旦那様と同じく圧倒的な存在――。

 至高の御方の配下で黒羽の彼女と対等に会話が出来るのは、恐らく彼女の姉と階層守護者のみである。エンリにはそう見えていた。

 また、普段アルベドが直接自ら会話する者もかなり限られている様子。至高の御方以外だと、基本は組織構成に従いトップダウンであり各守護者達までに留まるのかもしれない。

 ただ例外も多く、御方や各守護者達に近い者達とはエンリ自身も含めて割と会話をしている。一方で、離れる程眼中に入らなくなる感じだ。

 そんな高位の者から言葉を伝え聞く村娘のエンリ。

 

『あなたも知っている様にアインズ様は日々大変ご多忙です。新しく紹介したい小鬼(ゴブリン)達についてですが、アインズ様へのお目通りは4日程先になりそうだわ。カルネ村に居る魔法詠唱者(マジック・キャスター)の娘の不在中にという件も考慮すると数日流動的になりそうね。大森林内の村へは周辺警備中のエントマを使いに向かわせますからそのつもりで』

 

 アルシェについては、村の傍へのアインズの登場を掴まれる可能性がゼロではない点を考慮。

 そして旦那様の優しい性格だと、村のゴウン邸に寄ってもらってエンリらと大森林へ移動してもらえるだろう。しかし、敬愛する方に初めからそう動いてもらう訳にもいかない。

 アルベドとしては、キョウかエンリに連絡をとって、死の戦士(デス・ナイト)らで事前に森の村側へ皆が集合するように指示を出すつもりだ。

 将軍少女も、そう告げられずとも多忙なナザリックの主人の御都合時に直ぐ対応できるようにという意図を理解する。

 

「は、はい。畏まりました、アルベド様」

『くれぐれも粗相のないようにしなさい。じゃあね』

 

 アルベドにすれば、この支配者直属の村娘は大宴会の時に『アインズのお妃』と言ってくれた可愛いネムの姉で、なお且ついくつも有能な働きをしている者であり、人間ながら随分と優しく目を掛けているつもりだ。まあ、御方とのスキンシップは非常に気になる部分ではあるが……。

 一方のエンリは〈伝言(メッセージ)〉が切れても緊張が解けるまでに数分を擁した。

 少女はそれを意識することはなかったが、己の(まれ)なる職業由来の勘が訴えるのか本能が黒翼の美悪魔を恐れていたのである。

 

 女の部分ではない――もっと深いアルベドの自己中心的な闇の部分を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場は再び夜を迎えていた。

 

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグ=カーマイダリス率いる竜軍団は、依然420頭を超える戦力規模を維持し戦場にて王国軍兵を炎で飲み込み続けている。

 戦域は初日に、竜王軍団宿営地の南西10キロ過ぎ辺りから始まり、南、南東、東、北、そして4日程を経て最後に西側へと到達。反時計回りに広がる形で攻撃が行われ、最前線側も含めて取り巻く全ての戦場で点在する王国側の展開軍勢を圧倒していた。

 一方で鏖殺(おうさつ)し全域を制圧するには手間取っていた。優勢ながらも竜兵達の交代と小休憩の間に、人間側は度重なる兵員の分割再配置行動を実行し戦線を維持。制圧は今暫く掛かると竜軍団上層部は想定する。

 人間共の敷いた戦域の余りの広さと、王国軍総数の意外な多さも手こずる原因となっていた。

 加えて竜王軍団側でも再戦から既に20頭程の竜兵を失ったのは驚きである。その中には難度で140を超える十竜長までいたのだ。

 これらは先日、廃墟上空へ単体で殴り込んで来た非常に高い戦闘力を持ったヤツ程の仕業ではなく、今のところ全て人間の上位冒険者達の隊に因るものと判断した。特に首筋を狙う人間6体組の悪魔のような一小隊が、実に十数頭を倒している。他にも竜王軍団の上層部は、竜兵達や竜長へ深手の手傷を負わす部隊を幾つか確認、把握していた。

 人間如きと侮っていた事もあるが、王国側の上位冒険者達は神出鬼没の動きと想定外な戦闘力をみせて中々討ち取らせなかった。

 今の段階では竜王側の完勝とは言いきれない、嫌な空気が僅かに残る印象。

 また同時に、竜軍団側の殆どの死体が行方不明になるなど、幾つか不気味で腹立たしい謎の事態も続いている。

 竜王はその遺体不明の謎の答えの手掛かりを、戦局を見ながらもずっと探していた。

 まず一つ目の手掛かりを得たのは、2日半程前の朝の事。

 人間らが組む5つの小隊との不快な戦闘から初めて戻った竜王ゼザリオルグは、妹のビルデバルドから『夜中に宿営地内へ数名潜入された模様で、更に突如、魔法詠唱者と思われる()()()()()()()()人間を見た』との報告を受ける。それは『戦うこともなく忽然と姿を消した』という。

 これまで人間共の無断潜入を許した事の無い宿営地内へ現れたのだ。只者では無いだろう。(ようや)く謎に迫る者らが出て来たように思える。

 加えて竜王自身も人間との興味深い戦いに遭遇していた。

 ゼザリオルグ自身が、ここ3日程対戦する人間5体組の小隊に振り回されていた状況の中で異変を感じたのだ。初回接敵時に挑発され追跡する際、ゴツゴツした小さき一匹に「竜王なら1頭で来い」と言われて以来、竜王は連中へ律儀に竜王隊から扇動された風に単独で相手をしている。

 

 その時、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)は連中以外で確かに『なにか』が居たと感じた。

 

 百竜長のノブナーガと他3頭の竜兵もそれぞれ人間の隊を相手にしているが、そちら側だと特に『なにか』からの横やり的な行為はこの3日間でないらしい。人間を1体殺していたが竜兵1頭も片目を抉られており、微妙な均衡はまだ保たれている状況が続く。

 竜王隊は現在、この25名から成る人間の部隊との戦いに――些か固執していた。

 評議国内で、竜達は『奴隷階層の人間でも、羽虫が周りを飛んでいれば鬱陶しく目障りらしい』と聞いていており、今同じ心情を持つ形だ。

 どうしても竜達自身で、この不愉快な人間達をぶっ殺したい気持ちとなっていた。

 強者が弱者に対した時の、「弱い分際で」という一種の変な意地である。

 これには戦局全域が連日、竜軍団にとり概ね圧倒的有利な推移をみせていた事と、突出した強敵がここまで殆ど現れていない状況もあり、ノブナーガらも含め各対戦は継続された。

 竜王と対決する人間共は最初の遭遇時と違い、力量の差を理解し次から数を絞り魔法での()()()()を多用して消えたと思えば突如現れてみせる戦法へ変わっていた。更に時折視界を遮る攻撃魔法を放って来て、ゼザリオルグの苛立ちを増幅したのである。

 2日程は苛立つ勢いのまま対峙した為に隙が生まれ、人間への決定的な攻撃瞬間があった際、自然現象ではない不意打ち妨害を何回か食らってしまう。

 だから明確に気付けたとも言える。

 竜王は一族を率いる者として辛抱強さも持っていた。

 今日は終始、人間5体組小隊との戦いの中に感じた『なにか』を慎重に探る。

 結論的にどうやらあと1体、使い魔かもしれないが気配の非常に薄く、姿を隠した『なにか』が居ると竜王は確信した。

 これには2日半程前の、上空からの見えない落下物を感じたあの場面の状況も加味されている。

 あの不可思議な場面を経験していたからこそ、人間の5体組が『なにか』を召喚出来る連中ではとゼザリオルグは当たりを付けていた。

 

(……ふざけんな。ちょこまかと動く人間どもめ、7度は確実に殺せる機会があった。そこへ姿を見せない『なにか』がいつも邪魔を。ふん、全く忌々しいぜ。だが分かった――間違いなく、常に姿を見せている()()()()()()()()小柄なヤツが術を行使しているとみた)

 

 これは割と的を射ている。

 確かに仮面の少女自身の能力ではなかったが、Lv.80を超えるハンゾウはイビルアイの影に紛れ込む形で追随しており、影分身体によりの不意の攻撃を竜王へ浴びせ、流石の竜王も機会を逃していたのだ。

 だが、相手は実力でハンゾウをも優に凌ぐ煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)である。やられっぱなしではない。

 

 

 ラキュース達は竜種の威信を大いに逆なでして、竜王らの注意を引くことに十分成功していた。

 圧倒的と思われた竜王ゼザリオルグも、転移系の第3階魔法の〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉程は高速で移動出来なかったためだ。〈次元の移動〉は転移系だが、距離をとる退避要素が強く遮蔽物を通過できないという特性を持つ。補助アイテムを持つ事でもう一人同時移動が可能だ。

 無論、王国内最高の難度150と豊富な魔力量を誇り、〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉を多用出来たイビルアイがいたからこそ成し得た偉業だ。

 同じアダマンタイト級冒険者チーム『朱の雫』のアズスでさえも()()()()()多用は無理である。

 偉業の成果は、竜王の攻撃により死亡する兵数の減少で顕著に表れている。流石に1日中引き付けるのは難しいが、集中力を削ぐ事に成功しており犠牲者は開戦初日の半分以下まで抑えていた。

 『蒼の薔薇』の戦力は僅か5人である。

 己達の命を盾に、1日で1500名以上の王国軍兵の死を減じた事になるのだ。同様に『イジャニーヤ』側の働きも相当な成果である。既にそれを3日近く続けている。

 これは英雄と語るに相応しい功績だろう。

 しかしここに来て、そんな彼女達へと更なる試練が立て続けに訪れようとしていた……。

 

 『蒼の薔薇』達は今、非常に大きな問題を抱えるに至る。

 両軍激突から4日目の日没を迎えた中で、ラキュース達は予定よりもう2時間以上も出撃時間を遅らせていた。当然、連動して動いている『イジャニーヤ』の者達も含めてだ。

 最大の原因はイビルアイ。

 彼女は、かなり魔力面で疲弊している自分へ焦りが増す。

 

(くっ。流石に魔力回復が追い付かないか……)

 

 今次大戦は、余裕のあるいつもの格下相手の仕事とは全く勝手が違う状況。

 彼女は吸血鬼であるため、僅かな仮眠しかない作戦行動程度は問題なく凌げる。だが、前例のない別格相手で自身の極限に迫る過酷な連続魔法を続けた為か身体(しんたい)への負荷が重なっており、いつもほどの早さで魔力が回復しなくなってきているのを痛感する。

 王国内で魔法詠唱者として最高の能力を誇るが、ここ3日間近くの戦闘行動でその魔力量は殆ど底を突くような状態まできていた。

 負傷などと違い、イビルアイに限らず『蒼の薔薇』の面々に魔力量を一気に回復する手段は残念ながら無い。一般と同じで自然回復に頼っている。

 特にイビルアイが多用した〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉は第3位階魔法の上に転移系である為、魔力量の消費が大きいのである。

 しかし現状では、全てに圧倒的な竜王へ対抗出来る手段がこれしかないのでやむを得なかった。

 なにせ、切り札的なラキュースとイビルアイの放つ第5位階魔法同時多重攻撃が殆ど通らない。また物理面でもガガーラン自慢の巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)さえビクともせず、ラキュースの魔剣でもって鱗へ僅かに傷が付く程度なのだ……。

 ここまで3日程攻めてみたが、攻撃についてはほぼお手上げという事実を改めて思い知った形。

 とはいえ、彼女達にはまだ希望が残されている。

 それはゴウン氏の示す反撃が始まるまでの時間を稼ぐという点であった。

 この一手がもし予定に無ければ、『蒼の薔薇』達でさえも竜王並びにその大軍団との絶望的な力量と戦力差に心が折れていたかもしれない。なにせ竜王軍団には他にもう1体、強力な竜がいるのを自分達で確認している。ただ、今のところ竜王軍団の宿営地を殆ど動いていない様子。多分、守備側の要としての存在なのだろう。その点はかなり助かっている。

 人類圏最強とうたわれるアダマンタイト級冒険者チームを率いるラキュースは、急造の野営地で仲間の魔力回復を静かに待ちながら目を細めて思う。

 

(うーん。時間を稼ぐのさえ厳しくなって来たわね。でもまだ数日は必要だわ、竜王隊が1日中王国軍への攻撃に加わったら戦線がとても持たない……アイテムや()()を使う事も考えないと)

 

 イビルアイだけでなく、皆が疲弊していた。

 タフなガガーランだがここまでに戦鎚の角が全部欠ける程の攻撃も、戦力としては何も貢献出来ていないと疲れた顔でうな垂れた。ティアとティナも殆どの攻撃系忍術が通じない事への無念さで沈黙する。

 そして『イジャニーヤ』の者達も。

 頭領のティラをはじめ、白髪の老忍者や紺髪の刀使いに他の面々も静かに蹲ったり、疲れ切った体を地に転がせ休んでいる。加えて作戦開始当初より頭数が一つ少ない。

 部隊の雰囲気は少々重苦しい。

 昨日の昼間、竜兵と戦っていた青年が一人戦死した。膠着して苦しい状況を打破しようと無理をした形だ。

 竜兵が1匹減れば、戦況が有利に変わりそうであったのは事実。

 2日程拮抗した状態は死への我慢比べにも思えたのだろう。そして分が悪かったのは体力の無いこちら側。

 突撃し青年の命が作った好機へ、隊のリーダーの槍攻撃が入り竜兵の右眼球を破壊することに成功したがそこまで。

 死者を出し残り4人の隊になったが、眼球を抉られた竜兵は右側が死角のはずも戦い続け、幸い意地からか次戦以降も残り均衡は辛うじて保たれる状況が続いている。

 青年の躯は戦闘の終わった半時間後に回収されるも、竜の爪で引き裂かれ損傷が酷く、余裕のないラキュースの現状からも蘇生を断念。安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)は使われずそのまま埋葬された。

 ラキュースは『イジャニーヤ』の者達への視線を足元に転がした魔剣に戻す。

 

(竜種の王は、恐ろしく強いだろうと予想していたけれど、それでも今回の竜王は別格すぎる。最強硬度だと思っていた伝説の私の魔剣でさえも鱗にかすり傷が付く程度でしかないなんて……人類国家が相手に出来る水準さえ遥かに越えているわ。とても少数の冒険者達の手に負えるものじゃない。おそらくスレイン法国でさえも苦戦は免れないはず)

 

 もしかすると、大陸中央や東方も含めた中でも有数の強さを持つ大戦略級の怪物(モンスター)ではと思わせる存在。

 討ち果たせば、正に冒険者として『人類圏の大英雄』となれるだろう。

 ラキュースの思考はそんな英雄物語の甘美に一瞬ハァハァするが、自分も含め仲間達の現実は完全に袋小路であることを思い出し意識が戻される。

 一方でふと、あの化け物である竜王へ攻撃魔法を通すと語ったゴウン氏を考えてしまう。

 

(彼の竜王へ向かう時の余裕と自信には改めて驚かされる。使おうとしている魔法は、一体どれほどの破壊力なのかしら)

 

 先日の上空から仕掛けた彼の戦いぶりは、今の『蒼の薔薇』達のような切羽詰まった感がなかった様子を思い出していた。あの圧倒的な竜王相手に正面から戦いを仕掛け、出し抜いて見せる胆力と実力は正直、冒険者として憧れるものである。

 その力は間違いなく、大陸中央部の混沌とした怪物(モンスター)達の列強国内を旅して生き抜いてきた者だけが身に付けられるモノなのだろうと――。

 

 『イジャニーヤ』の頭領ティラの本陣隊をはじめ、組織内の精鋭から選り抜きのはずの彼等も、仲間を一人失った事も加えて正直参っていた。白髪に眼帯の重鎮で組織No.2の老兵から(ドラゴン)の恐ろしさを聞いていたはずであったが、竜種の防御力や筋力、対魔法防御力を侮っていたと痛感している。

 兎に角、斬っても叩いても忍術をぶつけても、余りに『頑丈すぎる』という結論に達していた。

 その愚痴が仲間内でも連日語られるほど、ストレスが溜まっている感じである。

 

「竜達にはもう絶対、〈不落要塞〉が掛かっているに違いない」

「俺もそう思うぜ」

「同意するね、実に腹立たしい」

 

 何故なら――多くの者の剣や武器の方が損傷するからだ。

 金貨で言えばどれも1000枚以上の得物のはずであった。まあユグドラシルでは良くて中級アイテムに届くかという水準になるのだが。

 『イジャニーヤ』の者達は20名いるが、主要武器が万全なのは、頭領と眼帯の爺とチャーリー(ブレイン)の3名だけである。

 他の者の武器は剣に刃こぼれが出たり、槍の穂先が欠けたり折れたりの被害が出ていた。

 今のところ手持ちの巻物(スクロール)で〈復旧(リカバリー)〉により直しているが、巻物の数には限りがある。

 仲間達の荷物は当然、竜兵達との戦闘時は置いて行く。正確には、『蒼の薔薇』達と共に次の合流地点へ一旦先に行き、隠しておくのだ。だから食料などもまだ残っている。

 現在、部隊は『蒼の薔薇』のメンバーで、赤い宝石の付いた仮面を被り続ける魔法詠唱者(マジック・キャスター)の魔力量回復を待っていると聞いていた。

 あの怪物である竜兵の王へ挑む前準備である。「遅い」などと言い出す不心得者は誰もいない。

 なぜなら3日もの間、桁違いの存在である竜王を相手に未だ全員生き残っている『蒼の薔薇』のメンバーへ英雄的尊敬の念を抱く方が自然である。

 それは、まだ見せていないが武技〈神閃〉を発動できる紺髪の刀使い、ブレイン・アングラウスでさえ例外では無い。

 

(噂以上だ。アダマンタイト級冒険者チームとは言え〝蒼の薔薇〟は本当に凄い。あの竜王は、人間が太刀打ち出来る相手じゃない。きっとシャルティア・ブラッドフォールンとも強さを比較できる水準のはず。俺では、大した時間稼ぎは無理だろうな……)

 

 人類を果てしなく超越した真祖の吸血鬼に出会った彼だから、『蒼の薔薇』達の高い実力が良く理解出来た。

 しかし、逆に言えば、『蒼の薔薇』の戦いが機能しなくなれば終わる事を意味する。

 百竜長級と竜兵3匹を抑えるので手一杯の『イジャニーヤ』一行にあの竜王を止める術はない。

 

(俊敏で探知が可能な竜王から、転移系以外で逃れる事は無理だと、〝蒼の薔薇〟のリーダーは言っていたな……)

 

 老副官から密かに『最悪時には我ら全員が盾になるゆえ、お嬢様方の事を頼む』と言われている結構お人良しのチャーリーであるが、爺らを見捨てて逃げないだろう娘達の事を考えて、どう転んでもかなりの無茶だなと思い口許を歪ませた。

 ラキュース達が出撃したのはそれから1時間半後の事である。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 王都リ・エスティーゼの北方約50キロ。満天の星空の下、穀倉地帯が広がる中に点在する林の一つ。

 その(きわ)へ一人、幻術の姿と右手へ剣に見える幻術武器を握る者が居た。

 探知系を使えない彼女は周辺空気の流れる気配を感じつつ、北のみならず周囲の空を真剣に窺い(せわ)しく視線を巡らせ続けじっと立つ。

 ルベド姿の〈実体幻影(マテリアリゼイション・オブ・ミラージュ)〉を纏い、身長より長い神器級(ゴッズ)アイテムのスポイトランスを握り込んだ、赤き鎧の完全全力装備姿のシャルティア・ブラッドフォールンである。

 既に丸2日間不休でこの警戒姿勢を続けていた。今の彼女は、『実に退屈な仕事でありんすね』などとは微塵も思っていない。

 思った瞬間に死すら受け入れる考えを彼女は持つ。

 場を与えてくれたのは、愛する『我が君』のアインズ様なのだ。

 これは以前、武技を使う紺髪で刀使いの脆弱な人間を取り逃がした己の無様な不手際へ対し、慈悲深く許して頂いた事への貴重な恩返しの機会なのである。

 故に今の彼女は微塵も気を緩める事はない。

 後方の都市へ近付くナザリックに所属しない(ドラゴン)や敵が現れれば全力で瞬時に排除するのみ。

 合流した当初からの『彼女の本気度』は、傍で共に行動する六連星(プレアデス)姉妹の3名、偽アインズ役のナーベラルや一行メンバーのシズとソリュシャンへも大きな緊張感をもたらし続いていた。

 

「……シャルティア様、あの――」

「――今はルベドだ」

「――はい。ルベド、少し休んでも良いのでは? ここは私が一時(いちじ)、代わりますわ」

 

 声を掛けたのはソリュシャンであった。

 シャルティアはルベド風に返事を返す。

 

「……私はいい」

 

 シャルティアは、我が君から直々に「よろしく」と頼まれている。

 また、プレアデス達では厳しい(ドラゴン)が5匹以上居る事を、以前に彼女自身も加わって竜軍団の調査をしたので良く知っている。ゆえに、戦闘メイド達の前へ立って迎撃出来なければ、ここに居る意味が大きく薄れると考えていた。

 

* * *

 

 2日半程前の朝――ナザリックの地上施設、中央霊廟正面出入り口前。

 全力装備で目を閉じ静かに待っていたシャルティアを迎えに来たのは、至高の御方であった。

 タイミングは、『蒼の薔薇』周辺にユリの傍で待機中だったハンゾウを投入し、竜を討った直後の偽モモンの下を訪れ離れた後、戦場後方の待機予定位置へ移動する為、上空に留まっているナーベラル達の所へと戻る直前である。

 

「シャルティア? (ここへ呼ぶつもりだったのに)……ずっと待っていたのか」

 

 真祖の姫は(あるじ)の登場の瞬間に驚き混じりで目を開いた。

 彼女はナザリックの護衛も兼ね、出撃へと逸る気持ちを抑えながら6時間以上待っていた。ナザリック第一から第三階層までの管理について、配下の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達からの報告をこの場で受け対応指示しながらだ。

 事前に言われていた通り、体力や総レベルについてアイテムで情報偽装も終了済である。

 迎えはルベドかナーベラル辺りだと思っていたところに、御方本人の登場。

 

「これは我が君~。いえ丁度少し前より、そろそろと思いこの場でお待ちしておりました」

「そうか」

 

 配下ごときが偉大なる至高の御方へ気を使わせてはならない。

 シャルティアは(ひざまず)き内心心躍るも、廓言葉でなく冷静に答えた。

 アインズは、ルベド達を待たせているという思いもあって、急ぐ形で移動を伝える。

 

「では、行こうか」

「はい」

 

 そうしてアインズの魔法〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉でルベド達の待っている上空まで移動した。

 シャルティアは眼下の様子にウットリする。

 

(あああ、まぁまぁ。なんて激しい戦場の空気)

 

 彼女の人外の視力は、死が蔓延した地表の様子を克明に捉える。

 もう夜の開けた朝の段階ながら、残る煙や炎の猛け狂る景色は人間達にとって正に生き地獄。それが見渡す限りに広がっていた。

 これはナザリックの『世界征服』にも相応しい情景といえるだろう。

 

 圧倒的な力と破壊と恐怖と蹂躙と殺戮―――全てが揃っている。

 

 思わず全力で少し加わってみたいという本能が、真祖の心の中には湧きおこる。

 ただこの時、シャルティアは僅かに地表を一瞥(いちべつ)したのみ。

 何故なら、この劣勢で脆弱な人間共を最終的に救う事が、此度の絶対的支配者の指示に含まれており、今「素晴らしい光景でありんす」とも口にしない。

 我が君の現在の心情に合わないかも知れない言動と行動は、毛程も行ってはならないのだ。

 さて、1500メートル程の上空だが雲が晴れつつあり、いつ竜兵達に見つかるとも限らないので、アインズは空中に留まっている5名の配下へ行動を手早く伝える。

 

「今より王国の王都から北方50キロ程の位置へ移動する。その地でシャルティアと我が代わりのナーベラル達は王都を防衛しながら、私とルベドが戻るまで待機することになる」

「はい、お任せください。心得ております」

 

 偽アインズ役のナーベラル・ガンマが決意も込めて力強く答えた。

 シャルティアにもその重みが良く分かっている。御方の代わりを務めるというのは、非常に大役なのである。

 ルベド役を予定しているシャルティアは少し気が楽なぐらいだ。

 もし、偽アインズ役で見苦しい失敗をすれば、アルベドやアウラ他の階層守護者達から何をされても文句は言えない。

 ナーベラルの返事に、支配者は頷くと直後に魔法を発動する。

 

「では移動するぞ。〈転移門(ゲート)〉」

 

 門を抜け再び穀倉地帯の上空800メートル程に現れたアインズ達。

 無論、彼はこの位置についてナザリック第九階層の統合管制室で確認済である。後方の南側には王都が地平線の近くに見えている。

 ただし、実際に来たのは今回が初めてだ。今、午前8時前と時間の余裕は十分あるため、支配者自身で駐留場所を決めるつもりで来た。

 眼下に視認出来た適当な林のうちの一つを見繕い、その上空へ移動。

 

「……ソリュシャン、周辺に人や敵対しそうな者の反応はあるか?」

「周囲3キロ程には確認出来ません。その外側には村が確認出来ますけど」

「よし、ではこの辺りで良いだろう」

「はっ」

 

 一団は、アインズの見繕った林の傍に順次下降し地上へと降り立つ。

 

(40メートル四方程度の林だけど、潜むならここでも十分かな)

 

 アインズとしては、吹きさらしの場所は流石に目立つので、少し隠れる場所がある程度でいい考え。夏場なので、林の周りにも草が鬱蒼と茂っているため、問題はなさそうであった。

 駐留地も無事に決まったので林の中へ移動する。草や虫が鬱陶しいので空間魔法で適度な居場所を確保。

 そして、落ち着いたところでこの場の責任者について、改めてアインズが指名する。

 

「シャルティア、以後は暫くルベド役を担当してもらうが、この場の指揮はお前に任せる。よろしく頼むぞ」

「はい、お任せを。我が君の為に最善を尽くします」

「うむ。補佐にソリュシャンを付けるのでよく相談するようにな」

 

 シャルティアは探知が出来ないことや、優位になった時に敵を甘く見てしまう部分がありそうなので、冷静なソリュシャンと一応組ます事にした。流石にここでナーベラルは指名されない……。

 支配者の指示に、真祖の姫は金髪の戦闘メイドへと顔を向けて微笑む。

 

「ソリュシャン、よろしくでありんす」

「はい、シャルティア様」

 

 我が君からこの場を任されたのである。彼女としてはそれで十分。趣味の合う者同士であり不満は無い。

 ここでナーベラルとアインズ役を交代する。偽役の様子を暫く見たいためだ。

 次に御方はシャルティアへルベドの〈実体幻影(マテリアリゼイション・オブ・ミラージュ)〉を施した。但し、魔法効果は半日程で消えてしまう。まあ、これはナーベラルにも可能な魔法なので大きな問題はない。

 アインズ自身とルベドは不可視化し、替え玉作戦はここに動き出す。

 引き継ぎの指示も無難に終わり、アインズは1時間近くルベド姿のシャルティアとナザリック第一から第三階層での近況を中心に、彼女の視点での話を聞いた。周辺警戒は、不可視化したルベドが見てくれている。

 こうして広くマメにナザリック内の情報を集めるのは、アインズがデミウルゴスやアルベドの話に付いていけない部分を少しでも補う為である。何気なく意外な部分についてアルベドやデミウルゴスと話をしているのが序列1位のシャルティアなのだ。

 彼女はあれこれ思案した事を(たま)にアルベドらと語って、高度に論破される過程をいくつも経ており、デミウルゴス達の構想の欠片を掴むことが出来るのである。実に貴重な情報源。

 

(あぁぁ、不可視化していてもなお伝わる、その美しい白きお体~)

 

 シャルティアとしても、愛しの『我が君』と話せるので幸せに目が眩んでおり、気付くはずがない。これぞWINWINの関係だ。

 その後、ナーベラル達ともナザリック内やエントマと竜王国へ出撃中のルプスレギナの話を30分程聞かせた支配者は、ルベドを連れてこの地を離れた。

 至高の君が去ってすぐ、シャルティアはナーベラル達の前で伝える。

 

「今回、北側の警戒と迎撃の先陣は私に任しんす。あなた達は、全域探知と南側の監視警戒と討ち漏らした者への時間稼ぎを願うでありんすよ」

 

 死せる勇者の魂(エインヘリヤル)はとっておきだが、清浄投擲槍など他の特殊技術(スキル)を使用すれば、同時に十竜長の10頭程度は十分相手に出来る筈である。

 彼女が竜軍団の上位陣を叩けば、下位の竜にはシズ達でも十分対抗は可能だと判断している。

 

「承知しました。先陣はシャルティア様にお任せいたします」

 

 年長のナーベラルがアインズの姿で姉妹を代表して答えた。

 その返事に満足すると、シャルティアが告げる。

 

「今より私はルベドとして行動し、北側の警戒に着く。アインズ様をソリュシャンが守り、南側の歩哨にはシズが立て。では、行動開始」

 

 シャルティア達は林の中で散開した。

 なお、アインズとルベドが『六腕』の連中と合流するのは、移動途中で偽装にアレコレ悩んだ2時間程あとの話となる。アインズは〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉で、ルベドは主人が自室からアイテムボックス内へ押し込んだ、個人持ちの女性NPC向け装備の中からチョイスしていた……。

 

* * *

 

 現場指揮官である階層守護者(シャルティア)から「私はいい」との言葉を受け、金色巻き髪の戦闘メイド(ソリュシャン)は見張りを任せ立ち去ろうとし、東から昇り始めた月へと体を向け掛けた。

 しかし彼女の体は急に、西へと向いた。

 彼女の広域探知が異変を捉えたからだ。暫し地平の先を見詰めるようにしていた彼女は、白き鎧を着るルベド姿のシャルティアへ伝える。

 

「西北西から後方の王都へ向け4体の飛行体がやって来ます。距離は40キロ。各レベルは50以上が1、他3体。距離があるのでまだ詳細が掴めません。北方にはあの天使がいますわ。恐らくこれは北側から大きく西方に抜けて戦場を迂回した竜軍団の別動小隊かと。ただ、その目的が不明の隊ですけど」

 

 ソリュシャンは王城内の盗聴でボウロロープ侯の陣の位置を知っている。ここから北へ100キロ弱の位置なので、傍の通過を見送っても気付いたルベドが先に知らせてくると思われた。

 ソリュシャンの振り向き警戒する気配から、異変へ注意を払っていたシャルティアは告げる。

 

「心配ない。連中の後ろが10キロ空いたら知らせて。()()()()()で出る。一応だけど周りへも油断するな」

 

 探知が使えないため後続が無いかを先に確認してから一気に出る手筈。

 

「分かりましたわ。あの、一つ提案が」

「……なに?」

 

 シャルティアは、我が君が補佐に押した事でソリュシャンからの言葉に耳を傾けた。

 

「我々プレアデスだと実行が難しいのだけど、貴方なら――捕縛も一瞬で可能では?」

「あら……良い案」

 

 ルベド姿の彼女は軽く握った手を可愛く顎先へ当てて自問し答える。

 

「でも多数の後続も有り得えるし、状況次第ね」

「はい、勿論判断はお任せしますわ」

 

 戦闘メイドの言葉に階層守護者最強の彼女は頷いた。

 ナザリックにとって、竜種は素材の宝庫でもあるので無闇に破壊は厳禁。

 同時に、絶対的支配者からの勅命は後方へと1匹も通さず都市部の完全防衛である。捕縛とも殲滅とも告げられていない。

 そこを間違えない様に動かなければと、真祖の姫は目を静かに細める。

 

 今回の恩返しの機会で、彼女は絶対に評価される形で任務を完遂したかった。

 

 シャルティアは、本来の朱く鋭い瞳で西方の空を睨み付け、出撃の合図を待った。

 そして10分と掛からず、ソリュシャンから声が掛かる。

 

「後方からの援軍的追尾数ゼロ、周辺にも探知されず。各個体のレベルは53、44、35、30ですわ」

「了解。出撃する」

 

 そう告げた、シャルティアは〈転移(テレポーテーション)〉で姿を消した。視界一杯を繋ぎ、連続の〈転移〉で移動すればすべては一瞬。さらに、装着するこの真っ赤な伝説級(レジェンド)アイテムである鎧の持つ機能、〈加速飛行(アクセルフライ)〉も即時発動させる。まあ外からの見た目は、紺の艶やかである髪に白い鎧のルベドにしか見えないが。

 さて、本来のシャルティアなら少しの問題もないが、今回はルベド役として戦う上で、槍ではなく剣術風の動きで対応するべきか思案の必要なところ。出来れば初手から独自性の高い特殊技術(スキル)使用は避けたいと考えている。

 それと、今現れたのは後続のいない4体だが本当にそれだけなのか、敵の今後の動きは不明なのも少し気になる。竜王側からこの地が集中的に注目されるのはシャルティア達替え玉一行の望むところではない。

 つまり王都に向かっているこの4体は、竜軍団の宿営地へ帰さず消えてもらうに限る、と彼女が考えるのは自然である。

 竜王へ報告が上がらなければ、どこで何があったのかは全て闇の中だと――。

 

 竜の小隊は、竜王軍団宿営地の北部での戦いに加わっていた2匹1組が2つの計4頭であった。

 彼等4頭は主命を受けて、戦闘の途中に紛れて行動を開始している。

 竜王からの勅命は、『人間の王国の王都を強襲し破壊せよ』だ。

 それは、戦死した仲間達の死骸を奪い続けるナメた行為と、広範囲に布陣し愚かで姑息な持久戦を展開し、更に冒険者達を使って不愉快で苛立つ戦いを仕掛けて来た下等極まりない人間共へ、強烈な報復を食らわせ500年分の恨みと新たな恐怖と絶望を思い知らせてやる為である。

 王城で第二王女のルトラーがアーグランド評議国に関する本を読んでいたと言う事は、逆も当然あるという話。交流が殆ど無い中でも評議国側にも人間の国家リ・エスティーゼ王国に関する書籍が少数ながら存在していた。

 王都リ・エスティーゼの場所は建国以来200年の間変わっていないのだ。

 博学の百竜長であるドルビオラが、王国西側に連なる海岸線の特徴から王都の西側に出るルートを伝えていた。

 十竜長2頭を含む4頭は、まず指示された北西ルートを通って一路、大回りして人間共の王都を極秘に目指す。

 山を越え、間もなく西方の海上へ出ると南下を開始。海岸線に沿って進む。王国西海岸沿いの上空を南進した小隊は目印の岬を過ぎた辺りで、王国の内陸南東側へと左旋回し45キロ程直進。眼下に横たわる全長数キロの湖の上を横切りつつ、視界前方の地表部全方向には地平線までの平野が広がって見えた。

 

「そろそろ人間共の大きな巣が地平線に見えテきますぜ」

「ふん、そうか。臭そうダな」

 

 十竜長ながら難度159の竜が鼻を鳴らして睥睨(へいげい)気味で答えた。彼は此度の竜軍団の中でも10傑に入る強さを誇る個体である。そのために重要な小隊の指揮官に選ばれている。

 そんな彼へ難度132の十竜長が相槌を打つ。

 

「違いない。ダが竜王様の御命令だ」

「わははは、全員踏ミつぶしてやりましょうぞ」

 

 陽気な難度105の個体も強気に、当然という意見を語った。

 竜達にしてみると、評議国で人間と言えば非常に一般的な脆弱で下等な奴隷種族に過ぎない。

 多くが食肉にもされており、多数の伝統料理も存在する。完全に家畜と同様といえる。

 用途的に短命な人間の平均難度は10に満たない。成体化すれば最低でも難度60を超える(ドラゴン)達にすれば小さく小汚い姿で足元に蠢く存在なのだ。巨体の竜達が単に歩いて回るだけで、気が付けば死んでいる連中、それが人間である。

 虫と何が違うのだろうかという連中が現在、竜王様の率いる軍団へ愚かにも戦いを試みている。

 身の程を知らぬ下等な人間共は、完膚なきまでに報復して滅ぼしてやるのが当然という考えで、この4頭は王都に乗り込んで暴れるべく意気揚々と翼を羽ばたかせて星の瞬く夜の大空を進んだ。

 彼等4頭もこれが別動の重要任務であることは心得ており、言葉ほど軽く任務をみて油断はしていない。

 その証拠に、途中の都市への軽はずみな一切の攻撃が見送られている。

 夜間に高い上空を素早く飛行し、完全に不意を突く電撃作戦として進行させていたのである。

 本来なら今晩、リ・エスティーゼ王国は100万の民の多くと第二王子と共に王都を失っていたと思われる……。(王城にはフランチェスカも潜伏中であり、王女姉妹とゴウン屋敷の三姉妹とツアレは無論死なないが)

 しかし今――。

 

 Lv.100の上位存在と、中位怪物(モンスター)との何も痕跡を残さない戦いが始まる。

 

 決め手は、4頭の竜が菱形の密集隊形で湖の上空を飛んでいた事につきる。

 その様子を確認した真祖の姫は、補佐するメイドからの言葉を思い出し実行する。

 

集団全種族捕縛(マス・ホールド・スピーシーズ)っ」

 

 シャルティアの視線が捉えた一定範囲内に居るLv.45以下の者へと、一気に体へ硬直と拘束が掛かった。

 捕縛から1匹の竜が自力で逃れるも、残りの3匹は高度が下がり纏まって湖に落ちていく。

 残った1匹の竜は、風へ長い髪を靡かせ上空に静止する小さな襲撃者を見つけ対峙する。

 

「なっ、き、貴様、何者ダ!?」

 

 奴の声はもう震えていた。だが、十竜長を含む仲間3頭を一瞬で無力化してしまった存在の衝撃に、思わず問い掛けずにはいられなかった。

 目の前の小さい姿は人間にも見えるが、ヤツから受けるプレッシャーは信じられない事に竜王様以上に思えたのだ。有り得ない存在――。

 その小さき者であるシャルティアが口を開く。

 

「私は今、この国へ力を貸す者。これ以上先へは進ませない。――くたばれ」

 

 前回、紺髪の人間を逃がした件もあり、あえてルベドとも名乗らず。

 空中を蹴る様に竜の懐へと一瞬で飛び込むと、幻術の剣の刃ではない剣身部分で竜の肩口を手加減しつつ殴りつけた。

 難度159の十竜長は、その余りの素早さに対応出来ずまともに武器の衝撃を受けると、その巨体が夜の暗い湖面へと弾丸の様に落ちて行き、水柱を上げて湖へと沈んだ。

 頑強な神器級(ゴッズ)アイテムのスポイトランスで真祖の吸血鬼のシャルティアに叩かれたのである。手加減したつもりなのだが、十竜長の左肩と翼の根元の巨大な骨は見事に砕けて失神していた……。

 彼女は湖の中から捕らえた4匹の竜を空中へ軽々と引き上げる。炎竜だが、水中で窒息して死ぬほど弱くはない。

 

(でもコレ、どうしんしょうね)

 

 ソリュシャンの意見が良策だと思って実行したが、階層支配者としてこの後、何かこの捕縛した連中を素材以外で有効に使える案を示したいところである。

 

(あ、そうだわ)

 

 彼女はまず、マーレの配下に竜の部隊があるので、それに加えるのはどうだろうかと思い付く。

 更に1匹はLv.50を超えているので、ナザリックが新造する小都市の門番にも使えそうだとも。

 その辺りまで2分程考えて、シャルティアはソリュシャンへとルベド口調で意気揚々と〈伝言〉を繋いだ。

 

「とりあえず、4匹とも生かして拘束した。今、空中にぶら下げてるけど」

『パワフルさは、流石ですわね』

 

 巨体の(ドラゴン)4頭は決して軽くはない。

 それはいいとして、シャルティアはソリュシャンにコレらの有意義な利用手段について伝えようと動く。

 

「ところで、この竜達だけど――」

『――是非早く、この件をアインズ様に報告すべきですわ』

 

 我が君の名を出されてはシャルティアも否定する事など出来ない。

 ソリュシャンとしては、敵の攻撃が広域展開したので、更なる竜軍団の動きも考えると報連相は大事だと言う自然な流れ。また、報告は戦闘の結果が出てからでないと、御方側も判断や動きにくいと考慮されていたのは思慮深い彼女らしい。

 

「分かった。直ぐ報告する」

 

 シャルティアは一旦ソリュシャンとの通話を切ると、直ぐに至高の君へと繋いだ。

 

「〈伝言(メッセージ)〉。あの、()()()ですが」

『ん? ああ、お前(シャルティア)か』

 

 アインズは、マーベロやユリなど王城駐在の面々との窮屈な通話があるので、結構慣れている感じである。

 今は、午後10時半を過ぎ掛けの時刻。

 支配者は『六腕』との共同野営地に居るはずで、真祖の姫も自分の名が口にされないのは理解している。

 

「その、今、よろしいのですか? 外への散歩中ですか?」

『いや。ちょっと今な、ここであいつ(ルベド)が急に――消えてな』

「えっ?」

『ぁ、まあ、こちらは大丈夫だ。で、どうした』

 

 至高の御方の方も何かが発生したようだが、「大丈夫」と言われた以上は、敢えてスルーするのが下の者の礼儀であろう。

 

「それではこちらの話を。先程ですが――」

 

 そうしてシャルティアは、王都へと進撃中の竜軍団の別動隊と思われる竜4頭編成の小隊発見しそれを生きて拘束した事を一通り伝え、その活用法についても「宜しければ」として2つの案を上申した。

 2分程に纏められた報告を受ける支配者はその間、内容へ静かに聞き入っている様に思えた。

 「――以上です」という配下の言葉を聞き終えると同時に彼は口を開く。

 その声は少し興奮気味にも思える。

 

『おお――素晴らしいぞ! 流石だ』

「ああぁ、我が君~」

 

 至高の御方の指令に従い、そして成果を出して役立ち、大いに褒められたのだ。ナザリックのNPC達にとってこれ以上に嬉しい事があるだろうか。

 そんな愉悦気味の配下へ、絶対的支配者は直ちに指令する。内容を結構ボカして。

 

それら(4匹の竜)は直ちに拠点(ナザリック)へ搬送し、(アウラへ命じて)急ぎテイムさせよ。今日明日中にも早速少し使いたい。お前の案も含めて有効利用しよう』

「はぃ~、仰せのままに」

 

 勿論、アインズがまず考えているのは、攻略に少し不十分さがみえていたボウロロープ侯爵暗殺の駒としての利用である。これで竜軍団の所業にし殺害の罪を擦り付けられるというもの。

 正直、残ると結構面倒な要素が一つ減る訳で、かなり助かるのである。

 

『では、よろしく頼んだぞ』

 

 そこで支配者との〈伝言(メッセージ)〉は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 2時間半程遅れて動き出した『蒼の薔薇』と『イジャニーヤ』の部隊は、王国軍の陣にて今回も()()()()()()()()()兵士から都合よく竜王隊の位置を教えてもらうと出撃。標的である竜王以下5匹の竜を発見して接敵する。

 一応、王国軍内でも竜王の部隊の動向は最優先で調査し、所定の旗を掲げた数十を数える各地の部隊で『蒼の薔薇』が情報を確認出来るようにと手配している。しかし、戦場の現場は常時大混乱しており、これまでラキュース達は1日に4、5回の計12回出撃しているが実際に王国軍側から最新の情報を通達出来たのは3回に留まる。それでも頑張った方と言えるだろう。

 それ以外の9回は、問われた部隊が答えられない場合に、ハンゾウが忍術〈影羽織〉で別の兵士を操り、遅れて現れ「あの、只今判明しました。場所ですが――」と伝えていた……。

 

 竜王の部隊へ接敵し、いざラキュース達が挑む場合は概ね、竜王達が王国軍部隊に襲い掛かっている状況へ割り込む形になる。

 チャーリー(ブレイン)の〈四光連斬〉を竜王へ見舞ったりやティア三姉妹による、不意の三重での〈不動金縛りの術〉により竜兵1頭の動きを縛るという風にこちらへと意識を向けさせるのだ。

 此度も、『蒼の薔薇』の誘動に乗った振りをして煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグは自身のみで闘いに付き合う。

 百竜長のノブナーガと竜兵3頭が、『イジャニーヤ』の4組計20名の部隊と向き合った。

 3日間も立ち会えば、双方の顔触れも見慣れたものになって来ており、自然といつもの組み合わせにそれぞれが数百メートル程離れて別れていく。

 でもこれは、慣れ合いとかではない。

 逆に死者と負傷者も出ており双方が真剣で、武に覚えのある連中のため、決着が付かない内に他の者と手を合わせるのは気が乗らないのだ。

 勝っても負けても最後まで行く――そういった闘いの空気でもある。

 移動する中で、竜王が厳つい顔でほくそ笑む。

 

(ふっ……。俺をいつまでも出し抜いて逃げ切れると思うんじゃねぇぞ?)

 

 竜王は、この夜の戦いの場へ鬱陶しい冒険者連中と一つの区切りを付ける考えで臨んでいた。

 

 ――冒険者共の隠す『なにか』を破った上に、決着までも付けようとだ。

 

 確かに転移系の移動魔法には竜王も追い付けない弱みがある。

 しかし、ゼザリオルグはここまで()()()姿()を見せておらず、実はまだ幾つか対抗する手が残されていた。王国の人間達がそれに気付かないだけである。

 また、人間の魔法詠唱者が使う移動魔法(〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉)の特徴にも気が付いたのだ。余りにも多用し過ぎたための露見と言えるだろう。

 竜王とは、人類にとってやはり底知れない存在なのである。

 ラキュースら『蒼の薔薇』のメンバーは、そんな恐ろしい竜王の自信が込められた戦いへ乗り込んでしまっていた……。

 

 王国軍は旧エ・アセナル廃墟北の竜軍団宿営地を中心に、Uの字風の半円状に内を前線、外を主力戦線という2重の形で広大に包囲している。あと、竜軍宿営地北部の死地へも弱小貴族部隊を送り込んでいた。

 『蒼の薔薇』ら彼女達が今戦っている戦場は旧大都市の廃墟から南西に14キロの付近。

 この一帯は貴族派のボウロロープ侯爵やリットン伯爵の兵力が広く展開する地域の外縁寄りである。また、既に負傷兵が大量に出ており、分割再配置をしていても目に入る陣地はかなり疎らだ。

 侯爵は最後方の地下陣地に籠っているが、意外なことにリットン伯は開戦当初より1万程の兵と共に戦線へ出陣していた。

 死にたくはないが、どうしても大貴族としての立場的なものが許さない。正直なところはボウロロープ侯程の権力が彼に無かった為だが。当然、屈強な10名で構成した12組の護衛小隊群に近辺を守らせてはいた。

 貴族達の祖先は元々、王国建国時に貢献した人材で身体的には優れた者達である。

 騎士水準以上の実力者も多かった。ただ、200年間で世代を重ねていくうちに衰える場合も散見される。リットン伯はその部類で、難度で言えば18程になる。それでも体力的にはやはり一般市民よりもかなり優れる。それも、貴族達の増長へと繋がっていた。

 また、家宝の鎧装備などは一級品の物が代々伝わっており、リットン伯の身に着けていた防具もそういった貴重なもの。兜へ南方の大鳥の羽を派手に飾った、肩や胸部にも金銀の装飾が眩しい全身鎧だ。

 そのおかげで、初日冒頭の大乱戦の際中に軍団は5000名以上の死傷者を出し自らも負傷したが、一命は取り留めた。現在は軍団指揮を騎士団長に任せ、後方の野戦医療所で静養している。

 くしくも侯爵と同じような形になっていた。

 一方、ボウロロープ侯の筆頭騎士団長は、侯爵の影武者の男を守る形で、本拠地の大都市リ・ボウロロールからの新増援3000と負傷からの復帰兵の再組込みにより、今もなお1万2000人程の兵力を維持し指揮していた。

 そんなボウロロープ軍団とリットン軍団の戦場外縁寄りの一角が、『蒼の薔薇』達と竜王の隊の戦いを見守る。

 彼等としては、一時的でも竜王隊の矢面に立たなくて済むのは非常に助かるという事。

 

 さて、ラキュース達とティラ達は各所へと散らばった訳であるが、『蒼の薔薇』と竜王の戦いにおいて、5人からどうやってイビルアイを含めて2人になるのかだが、それは難しくない。

 巨体の竜王に対して5人がまずそれぞれ距離を取って移動する。

 竜王は毎回捕らえられないイビルアイ以外に狙いを付けて動く。なので、狙いを付けられた者の所へイビルアイは〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉で移動し合流。

 残りの3人は散開する。

 恒星の光によりこの惑星の影側となる夜は言うに及ばず、昼間もティアとティナなら途中に長い土手や水路などがあれば〈闇渡り〉で一気に離脱できる。ガガーランとラキュースでも竜王と逆方向へ走るなら探知可能外1キロへ離れるのにそれほど時間は掛からない。

 あとはイビルアイと居る2人で竜王を連携して翻弄しつつ戦い、時間を稼いで最後に離脱する。

 この3日間程はこれが機能していた。

 それでも危ない場面は何回かあったが、ミステリー的に毎度、竜王が体勢を崩したり別の事へ注意を向けた隙に退避に成功している。

 今夜の戦いも、冒頭は同じ流れで竜王ゼザリオルグに対し、イビルアイと――ガガーランが残った。

 残りの3名のうちラキュースだけが、先に大きく離脱し合流地点を目指す。これは決め事。

 今は夜間なのでティアとティナは自力でなんとか離脱出来る。そのため戦力として残ったが、ラキュースは、単独では無理なためだ。

 

(あとは頼んだわよ)

 

 5人チームのボスとして、心配だが仲間を信用してラキュースは灰を蹴り元麦畑を走る。

 王国最強のイビルアイもあの恐るべき竜王を前にしては余裕が全くない。無理に残っても選択や手段を迷わすだけとなる。

 竜王攻撃から離脱したラキュースが『イジャニーヤ』の4組へ加勢しないのは、竜王隊が加勢を増やさずずっと5頭から変わっていない為だ。

 そもそも竜王軍団側の方が総戦力は圧倒的に有利。加勢を増やさないのは『油断』なのである。

 人間側から、わざわざそれを崩す必要は皆無。

 『蒼の薔薇』は竜兵を1頭倒すよりも――煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)を引き付けるのが大戦での役目なのを忘れてはならない。

 

 竜軍団の最高司令官の『油断』がゴウン氏の、王国軍の反撃までの時間を稼ぐ助けになる。

 

 そういった状況をラキュースは俯瞰した立場から冷静に見ていた。

 最重要は何であるか、それを見極める目が修羅場では大局や生死を分けるのである。

 それでも、竜王の全てを見極められる訳ではなかったが……。

 

 ラキュースを除いたガガーラン達の戦いは50分程が経過する。

 上空10から20メートル程に留まる竜王へは当然、基本的にヒットアンドアウェイ戦術だ。

 無論、漢らしいアニキ流を見せるガガーランの猛攻撃での単身突破は不可能。しかし、イビルアイとティアやティナも加わり、チクチクと刺すかの変則的な攻撃が絶妙の間を空けながら続く。

 例えるなら夏の夜中の睡眠中に蚊が現れて長時間格闘する雰囲気に近い。待ちの時には現れず、気を抜いた時に羽音や視界にかすめる嫌な感覚。

 相変わらず竜王へ手傷を負わす事が殆ど無いけれど、引き付けて闘争心をMAXにする効果は抜群である。

 早く片付けるつもりでいたゼザリオルグは、予想外に今回も逆襲の機会がまだ訪れない。日が沈んでいたので、昼間は居なかった影を利用する者達が2体増えていた為だ。

 竜王は相手を探知出来る。ただ本来死角からの攻撃は効果が薄いはずも、転移系や〈闇渡り〉は少し勝手の違う接近方法なのが大きい。

 また、竜王の探知は常時自動探知ではなく意識してもパルス的な為、標的が高速なら一瞬後にズレが発生する。

 そして、ガガーランの纏うゴウン氏から借り物の、視覚をだます常時屈折化のローブは近接時に転移系や〈闇渡り〉からの攻撃が横へ混ざると意外に面倒だ。

 4方向からの変則同時攻撃は非常に鬱陶しいものである。

 とはいえ、時間が経てば攻撃パターンにも類似が増え、慣れてもくる。

 それに、蚊のような虫を捕らえる手段としては――あえて取り付かせてから引っ(ぱた)く、というのも有効なのである。

 スッと竜王は一旦両目を閉じる。視覚へ頼らず、体に接触された瞬間で動くために。

 無論、今までも数回試している手段。ただ、毎回邪魔され失敗していた。

 竜王が目を閉じているので尚更ティアやティナ側は動き易く、またこれは物理打撃なので、七色に輝く眩い六角形盾である忍術〈不動金剛盾〉により受ける事も出来た。ただし攻撃は文句無く強烈。盾は攻撃に耐える程頑丈ではあったが、威力の殆どを受け流すティアやティナでさえも飛ばされるし打撲もした。それでも今まで、ある程度は竜王の攻撃に何とか反応してみせていた。

 ところが今回は、対応する暇が微塵もなかった。

 

 

「がはっ」

 

 

 地面に激突後、100メートル以上もの線を引いて()()()が転がって行った……。

 

「ガガーラン!?」

「――くっ」

「………嘘」

 

 イビルアイとティナらが竜王から反射的に距離を取りつつ唸る。ティアは〈闇渡り〉で負傷し倒れた仲間の下へ移る。

 

「――へぇ、人間如きの癖にまだ生きているとはなぁ」

 

 武器を握り倒れている人間を眺め、死んでいない事に竜王が驚いた風の台詞を口にした。

 続いて意味深な言葉も漏れる。

 

「……人間の方はあくまで衝撃の余波だけで、〝(なにか)〟がまともに受けやがったはずなんだが」

「「……奴?」」

 

 イビルアイ達には、ゼザリオルグの攻撃が竜王自身の胴体に当たり、その衝撃でガガーランが飛ばされた様に見えたので、良く分からないという表情を浮かべる。

 とにかく今回の竜王の攻撃は速く強烈だった。

 なぜなら、これまでは引っ(ぱた)く動作をしていたのは常に『前足』であったが、此度(こたび)は『尻尾』での一撃なのだから。その速度と正確さは正に鞭以上である。

 その上、並の竜兵の尻尾による打撃でさえ恐るべき威力が備わっているのに、これがゼザリオルグのものとなると最上位物理攻撃級といえる水準に届く。

 

 Lv.80を超える者でさえ只では済まない強力な破壊力――。

 

 ガガーランが攻撃を受けていればミンチになっていたのは間違いない。余波だけとは言え、怪我の状態は……全身骨折で、戦える状態には程遠い。

 そんな危機の大半を『なにか』が代わりに受けたのだ。その早業と存在に『蒼の薔薇』はずっと気付けていないが。

 ティアが動かない女戦士へ下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を与えるも回復へ時間が掛かる。彼女は手の形による無言の合図でイビルアイを呼んだ。

 ここで、イビルアイとティアとティナの頭へ真っ先に浮かぶのは、同じもの。

 

(((どうする?)))

 

 正直、竜王を相手に失神した者を連れながら戦うなんて不可能な行為。最低一人はガガーランと撤退を選択すべき。そうでなければ、ガガーランをこの場へ放置することになるのだから。

 一瞬の視線だけで三人は僅かに頷く。

 ティアは〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉の使えるイビルアイと入れ替わる様に夜の闇に溶ける。ティナと共にイビルアイらの脱出の時間を作る為に。

 今は撤退自体も難題事と言え、空気が自然と重さを増す。

 一方で竜王は対照的に厳つい竜顔へ笑みを浮かべ、内心で喜びの声を上げる。

 

(はははっ、今回は〝なにか〟へ確かな手応えがあったぜ)

 

 僅かの時間だが愉悦に浸る。

 長いような短いような連中との3日間に思える。

 これまでは、全て空気を掴まされるようなハズレ感があった。

 でも、今回は違う。モロに当たって砕いた感触が尻尾に残っている。

 

 

 つまり――『なにか』は今、満足に動けないはずである。

 

 

 実際、ハンゾウはHP(体力)の実に4割に迫るダメージを受けてしまっていた。攻撃の尻尾はガガーランを追尾していたために力ずくで止めるしかない状況。そして影分身では受けきれないと判断し、とっさに〈影代わり〉で位置を分身と入れ替えて攻撃を受けた。今は影に逃れている身で、右腕と右足を破壊され治癒を掛けているが、竜王への即対応は難しくなった。

 ゼザリオルグの視線が、意識無く倒れた仲間からこちらへ視線を戻した人間達と交錯する。

 竜王の瞳に浮かんだ新たな闘気へ、歴戦のイビルアイとティア達も本能で命の危険を直感した。

 

(……何かが決定的に変わっている。まずいかも。……今すぐに全員退却すべきか)

 

 仲間を掴み、僅かに身体(からだ)が後ろへ下がり掛けた人間の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の動きに、竜王が告げる。

 

「へっ、逃げても構わねぇが、ここに誰も残らねぇなら――今夜はあっちに居る人間共20体は俺が全員ぶち殺すぜ」

「「「――――っ!」」」

 

 『イジャニーヤ』を次の目標に取られた形になった。これは戦争であり人質とも違うため、卑怯でもなんでもない。

 これまでの戦いで『イジャニーヤ』は1名が死んで戦力が下がっている。

 頭領のティラと紺髪の刀使いぐらいは逃げ(おお)せる可能性はあるが、不意に竜王が加わった場合、全滅も十分に有り得た。

 ティアとティナは、姉妹の危機へ互いに離れた所で頷くと、もう腹をくくった様子で一歩を踏み出す。正直、彼女達も忍術を多用し、MPを消費していて苦しいが関係ない。

 姉妹達の決死の表情に、仮面の吸血鬼は状況の不利を思い(あえ)ぐ。

 

(うぅー、もっと私に魔力量があれば……くやしい)

 

 イビルアイは仮面の中で綺麗な顔をゆがめ、竜王に対する己の力の無さを痛感する。

 既に今回の戦闘も1時間近くが経過し、出撃前に2割近くまであった魔力量は1割5分を切ろうとしている。次の出撃は今回以上に遅れるだろう。でもそれはまあ、次が有ればの話。

 気絶したガガーランは重傷で、一旦どこか近場の圏外へ置いて戻ってくるしかない。安全マージン込みで往復4キロ程を考えると、魔力消費はかなり大きくなる。そのあと一体どこまで戦えるのか、自信の無い綱渡りが始まろうとしていた。

 そんな時だ。

 かすれ気味の声が掛かる。

 

「……おいおい。仮面の下で、湿気た顔をしてるんじゃねぇだろうな、全く」

 

 イビルアイが驚きで絶句したまま視線を下げると、女戦士の目が開いていた。

 

「――くっ、ヘマをこいちまったか」

 

 ガガーランは、正に鬼の形相でゆっくりと立ち上がる。

 治療薬は作用し始めてるが、普通の人間ならまだとても動ける状態では無い。それどころが痛みで気を失うほどの負傷なのだ。まだ、額から流れ落ちた血の痕も半乾きだ。

 それでも、立って見せる並外れた精神力である。

 首をゴキリと鳴らしつつ、倒れても手放さなかった重く巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を肩に片手で担ぐ。

 

「「「ガガーラン!」」」

「どうやらここで、ちんたらと寝てるわけにはいかないようだな」

 

 状況は待ったなしとはいえ、冗談交じりの台詞を皆へ語った。

 重症の仲間の心が折れていない様子と言葉は、他の面子の気持ちを奮い立たせる。

 離れた場所のティアが「さっき、血が少し紫っぽかったし」という発言に「やっぱり? 遂に進化形態?」などとティナも答え、互いに頷き合っている。

 ガガーランの「おい、聞こえてるぞっ、そんなわけあるか」といつものやり取りが入った。

 こういう会話の間も、彼女達の強気の視線と警戒が竜王から外れることは無い。

 

 そんな様子が竜王には不思議であった。

 

 評議国ではまず、脆弱な奴隷階層の人間が(ドラゴン)へ武器を持ち、向かって来るなどないらしい。

 最近に復活したゼザリオルグは配下からそう聞くも、その辺りについて八欲王らと闘った当時の知識を持つので人間達が歯向かって来るのはまだ十分理解出来た。

 とは言え、当時から竜種が圧倒的な怪物として恐れられていたのは変わらない。

 まして最強種族の頂点にいる竜王との戦いになれば、自殺行為のようなもの。

 

(……なぜ逃げず、ここまで戦えるんだよ)

 

 向こうで離れて戦っている20体の人間も含め、今戦っている連中の中で竜王自身に勝てる者は見当たらない。例えゼザリオルグが無抵抗であっても、人間達のへばる方が早いと。

 重傷から立ち上がって来た人間を考えれば今後、優秀で強力なアイテム類の使用は考えられる。

 

 それでも、アイテムを使う人間自体が弱い。

 

 どれほど強力で性能の良い武器を使っても、普通の人間の能力では100%引き出せないのだ。

 それは体力であったり魔法量であったりするが、人間共には絶対量が大よそ不足している。

 今は姿がないけれど、連中の中で魔剣を使っている者を見たが正にそれで、持て余している状態であろう。評議国の最上位水準の闘士が使えば、竜王鱗を切り裂けたかもしれない。先程の魔剣はそれ程の武器に見えた。

 まあ、武器については身に過ぎると言う事は結構あるが、目の前の連中はその性能を過信してる様子でもなく戦いを挑んで来るのだ。

 死にたがってもおらず、諦める風でもなく、手を抜いた戦いでさえもない。

 要するに、竜王には連中の前ノメリな戦いへ対する『ちぐはぐさ』の違和感があった。

 人間側の現状をみると遅滞戦に努めているだけに見える。確かに、冒険者達が攻勢戦力の主力にも思えたが、竜兵10体以上を撃破した一組を除くと、竜王としては余りに拍子抜けの内容。

 

(まあ、それが人間共の限界なんだろうが……いや、まだ何かあるんじゃ――)

 

 この戦争、一度も苦戦せずに敵を全て粉砕すれば良く、それで人類抹殺の悲願も成就する。

 その考えを煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)らしく実行しているわけだが、油断は出来ない。

 再侵攻前に、自分程ではないが百竜長を数撃で倒す強者が現れている。

 3日程前も、宿営地内へと魔法使いの人間らしき何者かに潜入されていた。

 ゼザリオルグの背には、自身が昔に死んだ時の悪寒が走る。

 嘗て人類側へ立ち、己や母を含む竜王達率いる万を超える竜の大軍団を全滅させつつ、見る間に大陸全土をほぼ制圧してのけたのが、八欲王達である。

 

 

 奴等は自分達の事を―――人間だと語っていた。

 

 

 竜王すら超える強さの人間達が500年前に居たのは、経験させられた揺るがない事実。

 だからこそ、全てを完全に侮る事は出来ない。

 ならばまずすべき行動は、ジャマをしていた(なにか)を退けている今、重症から立ち上がって来た目の前の人間とその仲間へ確実にトドメを刺す事。

 空中へ留まっていたゼザリオルグは、標的までの100メートル程の距離を詰めようと動き始める。

 立ち上がったガガーランだが、やはり完治にはまだ遠い。それでも。

 

(流石は王都で集めた上質の治療薬ってとこだな。並みの薬なら、まだ骨も筋肉もボロボロのはずだが、もう動けるなんてな)

 

 彼女は、手足に力を入れて状態を素早く確認する。

 相当のダメージに全身へ激痛は走るが、まあ我慢すればいい。動けないのとは雲泥の差である。

 バレアレ家の治療薬は王都でも高値で売られており、ラキュース達は何本か手に入れていた。

 それは以前に使用したことがあり、他と比べての即効性と効果の高さを知っていた為だ。

 

「おいっ、仕掛けるぞ」

「分かった」

 

 イビルアイはガガーランの、信用する仲間の言葉へと頷くしかない。駆け出す2人。

 ティアとティナも連動して動き出す。

 ただ、イビルアイと姉妹達は竜王を警戒しつつも、ガガーランの状態が気になっていた。実際、やはり精彩を欠く動作だ。

 なので仲間達は、自然と女戦士の負荷を僅かでも下げようと、積極的に少し前へ出て力を発揮しようと考えた。

 4人の攻撃が近寄って来ていた竜王へと襲い掛かる。

 

 すると竜王は、これまで殆ど使っていなかった火炎を突如吐いた。それは攻撃用では無く、大きく明るい光を生み出す為に長く長く。周囲への牽制に近い。

 その行動の意味は直ぐに出た。竜王の前面寄りの広い空間で夜の闇が突如消失する。

 結果、(いささ)か突出していたティアとティナは影から瞬間的に切り離される事になった。

 影にまだ近かったティナはなんとか影に戻りきれた。

 

 だが――青の髪紐が揺れるティアは空中に取り残されてしまっていた……。

 

 そんな彼女を、アダマンタイト級冒険者達の動体視力を遥かに超える速度を帯びた、竜王の尻尾が再び襲い掛かる。

 圧倒的な竜王の放つ凶器を、人間如きが避けたり受けたり出来るはずもない。

 

 

 それは―――しかし、ハジカレテしまう。当たる直前で()()()と軽く。

 

 

「……ハァッ?!」

 

 思い切り困惑の声を上げたのは、竜王のゼザリオルグである。

 意味が分からなかった。完璧なタイミングでの一撃だったから。

 邪魔をする『なにか』は今動けないはずで、脆弱な人間共も負傷した仲間に注意がいっていた隙を、見事に突いた攻撃だと自負する。確かに威力は渾身の一撃というほどではなかったが、それでも連中に弾かれようもない水準だと言えた。

 竜王が「何なんだよ、今のは?! あぁ?」と呆気に取られている間に、ティアは速攻で逃げ果せることが出来た。

 

 大ミステリー発生である。全く謎であった。

 

 いや。

 竜王にとって、同様の現象がこの人間共と最初に出合った時にも発生している。

 火炎砲を見えない『ナニカ』に遮断され、直後に人間は消え去った衝撃の光景が思い出された。

 その時も不安要素のない、確実に殺せるという状況で起こった現象だ。

 

(おのれぇぇ……)

 

 まだ『ナニカ』がいるらしい。

 冷静なはずの竜王だが、激しい怒りが一瞬で湧いて来ていた。

 一つの達成感を味わえる機を邪魔された時の苛立ちは、相当強烈な負の気持ちを生み出すのだ。

 攻撃が跳ね返されるのは、ゼザリオルグ自身がまだ本気を出していないから。そうに決まっていると竜王は考える。

 

(ははは……いいぜ、見せてやるよ)

 

 心の中に乾いた笑いが浮かんだ。

 ゼザリオルグの恐ろしく殺気の籠る視線が、少し離れた空中へまだ居た魔法詠唱者を捉える。

 イビルアイは先の竜王の火炎を吐く変則的な動作を警戒し、本調子では無いガガーランの所へ移動していた。

 今また、竜王の翼がひとつ強く羽ばたこうとする動作に、イビルアイは竜王が高速でこちらへ突撃して来ると判断。迷わずに魔法を発動する。

 

「〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉っ」

 

 一瞬で、イビルアイ達はほぼ南へ向かい250メートル程離れた低空地点へ距離を取った。

 しかし――これは見当違いであり、紆余曲折な結果へ繋がっていく。

 なぜなら、竜王の羽ばたきの動きは移動のものではなかったのだ。これは反動への備え。

 竜王の次の行動は、完全に想定外のものであった。

 

 

「消し飛んじまえ、愚か者共っ。〈獄 陽 紅 炎 砲(ヘル・プロミネンス・バスター)〉っ!!」

 

 

 竜王にとって最大技といえる究極の一撃。

 凄まじいエネルギーが、ゼザリオルグの口内から放出されようとしていた。

 これまでのモヤモヤした全ての苛立ちも叩き込んでだ。

 当然となるが、仲間の巻き添えを考えれば無闇には撃てないシロモノ。

 戦場で人間共の敷く南西戦線の外縁部に当たるのが、今のこの場所。

 その西側の竜軍団の展開していない場で、ノブナーガらが4組の人間達と戦っている。またこの場から見て、北から東へぐるりと南東方向まで竜軍団が広い範囲へ攻撃中であり、火炎砲を撃てる向きは限られていた。

 しかし幸い竜軍団側にとって、南側なら問題なく開けている方向である。

 ――今、圧倒的な火柱の暴力が解放された。

 

「なっ」

「おい……なんだ、あの光は?!」

 

 イビルアイとガガーランは、竜王の追って来るだろう方向へ振り向き、当然その輝きを知る。

 

「(マズい――)〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉!」

 

 ガガーランの頑丈な鎧装備であろうと吸血鬼の不死身の肉体であっても、旧大都市エ・アセナルの中央の城塞を土台ごと一撃で薙ぎ払ったという、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)の撃つ最大火炎砲に耐えられるわけがない。

 直撃なら完全消滅する威力と思われる。

 しかし、イビルアイが「マズい」と思ったのはそれだけではなかった。

 魔法の()()()において、優遇があったり制限の掛かる場合がある。

 例えば、〈雷撃(ライトニング)〉などの射撃系の連射の場合、前回と同一方向ならリキャストタイムが短く優遇される。

 実行できる者にとってこれは良い点が多いのだが、今のイビルアイの状況において音速以上の竜王の火炎砲を相手に〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉を使うとなると、再発動短縮は助かるが同一方向の延長上へ退避移動する事しか出来ない。即ち、火炎砲の有効軸線上に乗りっぱなしが続く。仮に方向変更する場合、数秒増のリキャストタイムをフルで待つなら火炎砲の直撃を受けるだろう。

 また竜王の超火炎砲は絶大な威力からみて、火柱の周囲200メートル以上でも十分焼死する可能性が高く、途中〈飛行(フライ)〉で横へ少し躱すとかの手も使えないのだ。離脱時間が不足していた。

 竜王は多用されて見ている内に〈次元の移動〉のこの点へ気が付いたのである。

 これは最早、イビルアイの魔法力と、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)の最大火炎砲との長射程距離勝負という話に変わっていた……。

 

 

 

 さて、ほんの数分前の話。

 最後方に置かれたボウロロープ侯爵の陣地近くにある『六腕』達との共同宿営地内。

 今早朝前に「今日一杯は様子見する」と語ったアインズことゼヴィエスは、割と暇であった。

 周辺警戒や偵察は『六腕』の者達が率先して動いていたからだ。

 まあ、配下がしっかりしていると楽なのは、ナザリックでも経験済みではある。

 だから彼は内心で「落ち着かないな」と手持ち無沙汰を感じつつも、慣れたようにのんびりして過ごす。時折、アルベドとマーベロとユリやソリュシャンにヘカテー、そして竜王国へ派遣中のセバスと評議国に残したレッドキャップなどへ〈伝言(メッセージ)〉を繋ぎ、優雅に状況報告を聞くなどしていた。

 

 一方、『六腕』達は忠実勤勉であった。

 これまでのところ、ゼロが心配していた様な盟主のゴウン氏からサキュロントの戦闘力の低さを指摘されたり、死者であるデイバーノックを毛嫌いされたり、エドストレームへ夜伽を所望されたりすることは無かった。

 戦場とは、生死が交錯する一つの極限地帯である。その者の人間性が出易い場所なのだ。

 ゼロ達は終始ゼヴィエスとルーベを見ている。

 王国軍が劣勢のはずである混沌とした戦場の傍で、盟主は大人物らしく泰然として見えた。

 ゼロ自身も含め配下達を最前線で有効に使っている彼の姿は、仕えるに相応しい存在だと改めて認識を強めた。

 世に口だけの者達は実に多い。特に王国の貴族連中には。

 

(ゴウンさんは、やはり違うな。本物だ。本物の――大悪党だな)

 

 王国最大の地下犯罪組織『八本指』の警備部門長のゼロの口許は満足に緩んでいた。

 聖職者の正義が色々ある様に、悪党にも様々な美学は有る。

 煌びやかな表の六大貴族を殺して、地下組織の拡大を精力的に図ろうなどと、小さい悪党には到底できない発想と行動力と戦闘力。

 改めてそういう畏敬の考えを持ったのはゼロだけではない。優男のマルムヴィストも全身鎧のペシュリアンも、妖艶なエドストレームもアンデッドのデイバーノックも黒装備のサキュロントも同様であった。

 マルムヴィスト達は、圧倒的な実力と(ただ)の悪党ではない魅力を持つゼロに従ってきた感じであるが、そこに規格外のゴウン氏が現れた。

 初めは、『どこの馬の骨だ?』と考えていたが、会談ではボスのゼロを戦闘で圧倒。

 ヤツは強いだけかと思うと奇策を披露し、それが口だけかと思えば最前線にて陣頭で共に行動してくれる。

 ボスのゼロが、彼を大悪党として慕うのも完全に納得出来た。

 一番驚いたのは、『八本指』のボスや各部門の長に実権の主体性を全て持たせている点だ。

 ボウロロープ侯爵らの様に、頭ごしで主導権を掴みたがり汚く散々に利用するのではなく、「私の提案にお前達はどう応える? 私はこうするがさあ色々みせてくれ」という発展型のスタンス。

 これで、奮起しない部門長は『八本指』にはいないだろう。

 マルムヴィスト達は、ゼロが率いる警備部門だから『六腕』として働いているのだが、ゴウン氏が率いる『八本指』ならば、仕えるのも悪くないと真剣に考え始めている。

 

 夜も深まって、女剣士ルーベことルベドはお楽しみの時間が増えていた。

 彼女に『暇な時間』など存在せず。

 手が空けば、可愛い保護対象の姉妹達の様子を〈千里眼(クレアボヤンス)〉で眺めるのに()()()()()()()のだ。

 先程までは眠りに就く評議国のカロ四姉妹を手始めに、アルシェの下の双子姉妹からのカルネ村のエモット姉妹(攻勢防御があるので〈非実体(ノン・エンティティ)〉で潜入)、続いて王城ロ・レンテ城の王女姉妹へ向かい、そしてリッセンバッハ三姉妹の様子を堪能してした。

 今は『蒼の薔薇』の姉妹二人を含む三つ子姉妹が竜王を相手に戦場へ出て危険があるため、重点的にチェックしている最中。

 信頼する同志の会長がハンゾウを付けてくれていたが、あの竜種の長が相手だと少し厳しい部分がありそうで一応気を配っている。2週程前にエモット姉妹の姉が帝国に攫われたり、先日もアルシェの双子姉妹が酷い目に遭遇しており、天使さまは些か神経質気味。

 とりあえず、今夜も1時間近く危なげのない感じには見えていた。

 しかし、唐突に竜王が目を閉じて何やら策を仕掛けようと動く。少々雲行きが怪しくなった。

 

 すなわち――三つ子姉妹が危ない。

 

 最優先事項の発生に、彼女は横へ座っている主人(アインズ)へ一言告げてからと口を開いたが、言葉を口にした時点でもう余裕がなかった。

 

「用事が――」

 

 天使の遠目の視覚には、ハンゾウが竜王の尻尾によって傷を負わされた光景が映っており、ハンゾウによる三つ子姉妹へのフォロー(正確には『蒼の薔薇』への、なのだが……)が十分ではなくなってしまった。

 そのまま、眼前でルーベは消えた。 

 

「(えっ)……?」

 

 無詠唱での〈転移(テレポーテーション)〉に支配者は、「幼児?」と一瞬()()()()でも指すのかと浮かんだが、『用事』の発音と気付き結局「ああ、同好会がらみか」と納得する。

 

 女剣士の消えるシーンを見たゼロ達は、ルーベことルベドへついて考える機会を持つ。

 彼女の恐るべき実力は、消えたかの如き剣の攻撃で喉を刺されたマルムヴィストを筆頭に良く知る事実であり、今更驚きはない。

 彼等にとって女剣士の感想はまず、余りにも美しいというもの。次に――謎の塊という思い。

 丸2日以上同行しているが、彼女は掴みどころがない。

 女性の相手が得意なマルムヴィストの巧みな話術も通じず、女同士のエドストレームも会話が成立しない感じで話が進まない。姉妹の話ばかりをされては続かないのである。デイバーノックへは最早無視に近い……。ただ、意外にサキュロントへ関して口調が優しい。彼本人は良く分かっていないが、リッセンバッハの長女の危機を救ったのは大きかったようだ。

 一方でルーベの、ゼヴィエスへの忠誠心が高い事は『六腕』にも一目瞭然に映った。

 基本、片時も彼の傍を離れない姿は献身さを超越している様にも思える。

 今、姿が突然消えたのはギリギリまで我慢した上で、花を摘みに行ったのだろうとの考えでゼロ達の認識は一致していた……。

 

 ゼヴィエス(アインズ)がルーベの行動に唖然となって程なく、偶然にシャルティアから〈伝言〉が届く。

 内容は王都へ向かっていた竜の強襲小隊を捕縛した旨の報告であった。秘策への要望を伝え3分弱で通話を終えたが、終わるや否やルベドから若干慌ただしい声で〈伝言〉が届いた。攻勢防御外から望遠の〈千里眼(クレアボヤンス)〉でこちらを見つつ、連続で〈伝言〉して空き待ちしていた模様。

 

『アインズ様っ、竜王の火炎攻撃が20秒程でその付近を通る。余波で人間は死ぬから対処を』

「なっ!?」

 

 通話はそれで切れた。いきなりである。

 でももう、視界良好な広い麦畑の北の地平線上に眩しい輝きが遠く見えていた。

 

「くっ――〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉解除、〈自己時間加速(タイム・アクセラレーター)〉!」

 

 アインズは漆黒の装備に突如戻ると自身を急加速する事によって、思考も加速し1秒が1分ぐらいの体感へ伸ばした。

 つまり体感3分内に対処を決定すれば詠唱込みでなんとかなる。最悪、魔法詠唱も〈魔法遅延(ディレイマジック)〉を使えば問題ない。

 

(むう、ルベドめ。あいつは〝蒼の薔薇〟のところへ行ったのかよ、全く)

 

 余計な事をしてこの事態になったのでは、と考えに(ふけ)りそうになるが今そんな時間はない。

 

(……しかしさて、単に避けてもゼロ達が死ぬと言うんじゃ連れて逃げるか、手前で無効化するとかしないよな……って、ああっ!)

 

 アインズは咄嗟に思考へと閃くものがあった。

 私蔵するアイテムを確認し、静かに妙案の実行を開始する。躊躇は無い。

 

「〈魔法遅延(ディレイマジック)転移(テレポーテーション)〉、〈自己時間加速(タイム・アクセラレーター)〉解除」

 

 絶対的支配者は、視界内に見える北側へ200メートル程、高さ約20メートルという低空へ転移すると、そこで〈飛行(フライ)〉を発動。火炎砲の通過軸線上へ移動しつつ直ちに防御魔法を奏でだす。

 

「〈光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジエントベリル)〉、〈上位抵抗力強化(グレーター・レジスタンス)〉〈上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)〉、〈魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)上位魔法盾(グレーター・マジックシールド)〉〈無限障壁(インフィニティーウォール)〉――」

 

 そして、確認していた巻物(スクロール)を取り出し開きつつ唱える。

 

 

「――〈魔法三重位階上昇化(トリプレットブーステッドマジック)上位魔法(シールド・オブ・リフレクツ・)反射盾(グレーター・マジック)〉!」

 

 

 距離を経て威力が落ちるも、依然強烈なエネルギーを持ち地平から伸びてきた輝く火炎は、あっという間にアインズの所まで到達した。

 煉獄の竜王の放った圧倒的な〈獄陽紅炎砲(ヘル・プロミネンス・バスター)〉を、アインズの三重で展開し最上位階まで引き上げられた魔法盾が力強く受け止めると同時に反射した。

 

 ――角度を前方の下方へと向けて。

 

 その砲撃は、ボウロロープ侯爵の宿営地部隊が北からの攻撃に備え、南側へ向けて地下坑道の入口として掘っていた洞穴目掛けて炸裂する。

 全てを薙ぎ払う一撃は、周辺地下の土壌すらも溶解させつつ大爆発を起こした。

 周辺の夜を一瞬昼に変え、大きな地揺れと数千メートルまで巨大なきのこ雲が立ち上がるほどの規模を見せて……。

 この砲撃で発生した凄まじい爆炎と熱線と衝撃波も含めて〈上位魔法(シールド・オブ・リフレクツ・)反射盾(グレーター・マジック)〉と範囲拡大された〈上位魔法盾(グレーター・マジックシールド)〉が後方への被害の全てを反射し防いでいた。

 

 近い距離での巨大爆発に遭遇したゼロ達は、「何だコレは?!」と叫ぶ時間さえなく咄嗟に伏せる事しか出来なかった。だが、被害の影響が自分達まで及んでこない事へ直ぐに気付く。

 そしてゼロは悟る。

 

「何の爆発かは不明だが……、ゴウンさんが変装を急に解いて消えたのは、これを防ぐためだったのか。この爆発は、方向と位置的に侯爵の陣の辺りだな?」

 

 体を起こしたマルムヴィスト達も標的の死を直感し、ボスの言葉に頷きながらゴウン氏の桁外れさに唸る。

 

「全く、本当に凄い方です」

「命を助けられたのよね私達……。普通は対応なんて絶対無理な規模だもの」

「もはや神業だ」

「……人間にできるとは到底思えない」

「すげぇ………」

 

 壮大なスケールの行動を戦場にて目の辺りにし、彼等の忠誠心は一段と劇的に高まった。

 

 

 

 ボウロロープ侯の筆頭騎士団長は苛烈な戦場の中で、西の低い上空に輝き南方へと鮮烈に一筋走った凄まじい大炎の軌跡に戦慄する。

 しばらくのあと、南の地平線に弱く赤い明かりが十数秒広がって見えた。

 それはやがて暗く沈んでゆき、夏の夜の闇が戻った。

 

「今のは……(だ、旦那様)」

 

 彼は初めて感じる程の言い知れない不安に襲われた。

 筆頭騎士団長は直ぐに、通話アイテムの指輪を起動する。指輪に魔力が十分溜まっていないので通話時間は数秒かもしれないが、一声聞ければいいという思い。

 ところが。

 ピキリという小さな音を立てて指輪が真っ二つに裂け、指から地面へとスローモーションの感覚で落ちて行く。

 それは、もう片方の対の指輪が壊れた事を意味していた……。

 

「――――(うおおぉぉぉぉ、旦那様ぁーー)っ」

 

 筆頭騎士団長は、戦闘中の軍団の士気を(おもんばか)り、心の中で声にならない悲嘆と絶望を叫んだ。

 リ・エスティーゼ王国六大貴族の一角にして、反国王派の盟主である男が精鋭200と共に一瞬にしてこの世を去った。

 

 

 ―――ボウロロープ侯爵、『北西部穀倉地帯の戦い』の戦場にてあえなく散る。

 

 

 これにより、絶対的支配者は『八本指』との公約の一つを力技(新世界の正義)でアッサリと無事クリアした。

 

 

 

 

「「……」」

 

 イビルアイとガガーランは事態が良くつかめていない。

 急に放り出されたような感覚で、空中から50センチ程下の地上に飛び降りる形で着地する。

 二人とも着地状態で固まったまま、盛んに瞬きをしつつ周囲へ視線を巡らせる。

 数秒前、〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉で移動完了直後の事。

 空中にて直線距離12キロ付近で遂に追い付かれ、超火炎砲のマグマのような炎で背中を焼かれる状況に直面し、もうダメだと思った瞬間。

 

 ――二人の視界は今の場所に移っていた。

 

 ここで突如、後方から熱風を受け、彼女らは振り向く。

 そこには夜の広大な麦畑が、南へ向けて順に火の海となって行く光景が広がていた。500メートルは離れているが、頬に強く熱を感じている。

 呆然とその光景を眺めつつガガーランがポツリと呟く。

 

「おい……俺達は何で生きてるんだ?」

「知らない」

 

 イビルアイもよく分からない。

 あるのは二人が生き残ったと言う事実のみ。しかしその過程は全くのミステリーである。

 しかし、2分程が経つと現実が戻って来る。

 イビルアイとガガーランは助かったが、ティアとティナに『イジャニーヤ』の面々はどうなったのかという思いが湧いた。

 ただ、仮面の少女の魔力量は先程の逃走劇でかなり減ってしまっていた。

 そして、〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉も通用しないケースがある事が分かり、竜王への新たな恐ろしさが心に広がりつつある。火炎砲へ対し、上手く退避角度を変えれば問題はないのだが、此度の攻撃がトラウマ化し掛けていた。

 それでも、あの姉妹を置き去りには出来ない。

 

「悪いが、ガガーランは先にリーダーの待つ合流場所へ向かってくれ」

「ああ。二人を頼むぞ」

 

 女戦士は仲間の言葉へ潔く頷く。

 満足に動けない上に、戦力とならなければイビルアイの貴重な魔力量を消費する元になるだけである。

 仮面の魔法使いが、手を振って見送る女戦士の頭上を〈飛行(フライ)〉で飛び去って行く。

 肩に巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を担いだガガーランは、北の方角を睨むと痛みをこらえつつ駆け始めた。

 だが……彼女がリーダー(ラキュース)の待つ集合場所に現れることはなかった。

 

 

 

 火炎砲を放った煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)は、残った人間へと直ぐに視線を向けていた。

 

(ははっ。〝ナニカ〟も転移系で移動してる途中で助けるなんて無理だろうし、あの魔法詠唱者達は〈獄陽紅炎砲(ヘル・プロミネンス・バスター)〉が命中して灰も残さず消えるはずだぜ。残りはとりあえず2体か)

 

 評議国には難度200へ近い最上位の闘士達が居ると聞いている。そんな彼等でも転移系で移動している者を捕まえるのはほぼ不可能である。転移魔法の発動を事前に阻害するぐらいであろう。

 ゼザリオルグには、人間の魔法詠唱者達の末路が追わずとも見えていた。

 故に、影へ潜み依然残っている人間達を睨みつける。

 対してティアとティナも竜王へ警戒するが、イビルアイ達の陥った状況に焦りを覚えていた。

 

「流石にアレはまずいんじゃ」

「そうね……でも、ガガーランとイビルアイなら、きっと……」

 

 ティナの言葉に、ティアは視線を落とし眉間に皺を浮かべて、姉妹へ根拠のない希望を伝えるしかなかった。帰らない現実は見たくないという逃避的な思いも混じらせて。

 

「うん。じゃあ今は、私達が頑張らないと」

 

 ティナは辛目なティアの気持ちを汲んで「一矢報わねば」という思いで闘志を燃やし伝えた。

 

「うん、頑張ろう」

 

 ティアも前向きに気持ちを切り替える。

 仲間や姉妹の為だけではない。王国を代表するアダマンタイト級冒険者チームの一員としての矜持も含まれている。戦いが続く限り、彼女達の命がある限り、竜王を引き付けなければならない。

 

 それが多くの者から期待され託された役割なのである。

 

 竜王が先程のように火炎を使えば、照らされて闇は減り結構制限を受ける形になるが、吐かれる火炎の側面から後方寄りへ回れば対応可能である。

 同じ手を二度食らう訳にはいかない。

 二人は、油断して前掛かりとならない形で竜王を引き付け、慎重に戦い始めた。

 

 イビルアイは10分程を費やし、竜王と闘っていた場所の近くまで戻って来た。

 ティア姉妹へと気は逸ったが魔力も過剰に消費出来ず、〈飛行(フライ)〉を使っての移動である。

 遠目にも竜王の巨体はまだそこにあるのが確認出来た。

 つまり、ティア達はまだ厳然とあの場で奮闘しているということ。

 

(ふっ。〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉の助けは無いという中でなのに……本当に誇らしく頼もしい仲間だな)

 

 仮面の少女の思考へ、自分がティア達なら仲間は死んだかもしれず、その上で改めてあの圧倒的な竜王と冷静にここまで闘えるだろうかとの考えが浮かんだ。

 250年以上生きている吸血鬼の彼女をして凄いの一言である。

 一瞬の判断を誤れば間違いなくミンチか消し炭となって死ぬ。それが煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)との戦いなのだ。

 

「二人とも待たせたなっ! ガガーランは無事だぞ」

 

 イビルアイは〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉で戦場内へ突如現れて見せ、そう叫んだ。

 

「「「―――っ!?」」」

 

 戦いの中で、全員の動きが固まる。

 

「「イビルアイっ!!」」

 

 普段、感情の薄い淡々とした表情のティアとティナだが、驚きと共に笑顔が浮かんでいた。

 対照的に、竜王の見せたまさかという大きな驚きは、その厳つい表情からも明確に伝わる程であった。

 

(バ、バカなっ。ふざけんなよ。人間風情が〈獄陽紅炎砲(ヘル・プロミネンス・バスター)〉を一体どうやって凌げるって言いやがるんだ?!)

 

 これは正に青天の霹靂であろう。

 あれは一撃で大都市を壊滅して余りあるエネルギーを持つ超大で暴力的な火炎砲である。

 竜王自身が受けても、強靭な胴体すら溶かし貫通するかもしれない威力を秘めている程のもの。

 虫の如き存在の人類にどうこう出来るわけがないのだ。

 

(ま、まさか……な)

 

 ゼザリオルグの脳裏へと、それを可能にした存在が思い浮かぶ。

 思わず大きく唾をのみ込んでいた……。

 

(……〝ナニカ〟とは、そこまでの力を持った存在なの……か)

 

 転移途中での退避は難しいとすれば、火炎砲自体を無効化するか、方向を逸らせるしかない。

 ゼザリオルグの心に有った、揺るがないはずの竜王としての強固な自信へヒビが入っていた。

 

(本当に人間の軍は、脆弱な連中だけなのか? いや、この事実はそれを大きく否定する材料になり掛けてやがる)

 

 実際に事の全てを見たわけではないので、確定には至らず。

 人間の魔法詠唱者(マジック・キャスター)辺りが特殊な使い捨ての高位アイテムを使った可能性は残っている。

 その場合は、一時的な事象となるだろう。

 しかし、今の状況でこのまま戦いをゴリ押すのは、いい流れではないと竜王自身の直感が告げていた。

 戦いは全体的にまだまだ優位であり、この場は一度冷静になる必要があると判断する。

 

(クソッ。仕方ねぇな……)

 

 ゼザリオルグは、夜の闇に潜む2体の人間と、空中に現れた魔法詠唱者へ向かい口を開く。

 

「フン、驚いたぜ。良くアレから生き残りやがったな、人間の魔法詠唱者よ。我がゼザリオルグ=カーマイダリスの名において褒めてやる。その奮戦に免じて、今日はこの辺りで見逃してやろう。勿論、向こうで戦っている連中へも俺は手を出さないでおいてやる。まあ、まだ俺と戦うも良し、引き上げるも良し好きにしろ」

 

 それは竜王による威厳を守りつつの言葉による探りとでも言おうか。

 この返答によっても、何か掴める可能性があるとゼザリオルグは考えている。

 拒否するように強気なら、人間達側の強い反撃戦力が臨戦態勢にあるとも取れる。そうでなければ思い過ごしや、まだ反撃戦力を察知されたくないという流れなども残る。

 竜王からの言葉に――イビルアイとティアとティナの3人は動揺していた。

 

(マズい……。褒められても、どうやって助かったのか分からないのに。ソコを突っ込まれたらどうしようか。それと引き上げるのはいいとして、ヤツの隊が王国軍側へ攻め込まれては困る)

(褒めるだと? 竜王め、この後は何を考えている)

(油断は出来ないけど、今日はガガーランの様子も気になる。でもこの後、竜王はどうする気?)

 

 イビルアイは仮面の下でツッコミを恐れつつ視線をあちこちへ彷徨わせるが結局、丁寧気味で端的に返事を返す。

 

「そちらが真っ直ぐ宿営地へ戻ると言われるなら、こちらも下がらせて頂こう」

 

 ゼザリオルグは、その内容を即時に判断。

 酷い目に合っている人間共の返事としてなのか強気では無いと取る。また、冷静に遅滞戦の状態は継続したい意向が感じられる発言に思えた。

 つまり反撃戦力は依然整っていない可能性が高い印象で残った形だ。

 竜王として、宿営地ですべきことが出来たゼザリオルグは、魔法詠唱者の要望とも言える内容へ乗る。

 

「今回は、そのつもりでだぜ。まあ、日付が変ればまたそのうちに戦いへ出るがな」

「ならば、こちらも引き上げる。また別の戦場で」

 

 イビルアイは、無言で手による合図をティア達に送り、撤退を周知させる。

 先にティア達は影へと潜り退却する。

 その動きを察し、竜王が問う。

 

「ところで、魔法詠唱者――お前は、どうやって生きて逃れた?」

 

 少女は仮面の下で表情を変えたが、動揺を抑えるように直ぐ告げる。

 

「それは戦術的秘密です。では」

 

 煙に巻く様に〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉で離脱する。当然、竜王からの追い打ちを受けにくい位置でだ。

 その具体的な案としては竜軍団の展開地域方向、もしくは地上からの転移だと巨体の竜王としては同一軸線上へは撃ちにくい角度となる。今回は会話中に地上付近まで降りてから移動した。

 ゼザリオルグは、人間の消えた位置をただじっと睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 戦場には日が上り、戦いは5日目の朝へと移ってきた。

 時間だけは何ものにも平等に課せられる流れと言えよう。

 リ・エスティーゼ王国軍と竜王軍団は互いに有利と思う部分と、同時にかなり苦しく思っている状況が存在し始める。

 両軍首脳部は「このままでいいのか?」と何とも言えない不安を抱える形になりつつあった。

 それは生死を掛けている戦場内の兵へも、自然と伝わって混沌としたものへと変えてゆく……。

 

 まず王国軍側において、ランポッサIII世を始めにレエブン候など上層部へ激震が走っていた。

 

 ――ボウロロープ侯爵の戦死が伝わったからだ。

 

 竜王が攻撃時に南方へと放った超大火力の火炎砲が、()()()()にも侯爵の陣地を直撃したのである。この超火炎砲の軌跡は戦場内で多くの者によって南西戦線の低い空で目撃されていた。

 ボウロロープ侯より通信の腕輪を預かっていた総指揮を執るレエブン候が、最初に腕輪の破損で異変へ気付き、使者を国王の下へ向かわせた。

 早朝になって急報を知った国王は信用できる近衛騎士3名を現場へと向わせる。侯爵の陣地に大穴が開いており周辺に全滅した破損の酷い多数の衛兵の亡骸が点在していたのを確認済である。

 

 侯爵の、竜王の攻撃による壮絶な戦死は、全く疑いようがなかった。

 

 ただ、後方の地ではなく、『戦場内において討ち死に』と多くの兵達には伝わっている。

 戦場に出ていた侯爵の影武者は、既に死を知った筆頭騎士団長の指示で、兜と鎧を変え戦場から後方へと姿を消していた。侯爵家の鎧だけが棺に入れられ、本拠地へと戻って行った。

 六大貴族で勇ましい人物だったという体面は、国王や大貴族達によって守られた形だ。

 ボウロロープ侯は反国王勢という貴族派をまとめ、王国最大の領土と兵力を持ち、水面下では裏社会の組織へも繋がり大きな影響力をもっており、周辺国へも彼の名は広く知られている存在。

 王国にとっては大きな柱であった。

 その人物が国家にとり非常に難しいこの局面の中で世を去ってしまった。

 国王のランポッサIII世は、大きなショックを受けて地下陣地内の椅子へ座り込んだまま朝を迎えている。

 同時に彼が、西の最前線に配置した我が子の第一王子について心配になったのは当然だろう。

 

(ああ。お前は無事で帰って来てくれ、バルブロよ……)

 

 王はただただ無力感を漂わせ、眼前の机に広げられ多くの駒の置かれた王国北西地図の一点を見詰め続ける。第一王子を示す駒は、まだそこに倒されず残っていた。

 傍に控えていたガゼフでさえも「これは王国にとって大変な事になってしまったな」と戦後を見据えて思わずにはいられなかった。

 

 

 

 一方、昨夜の竜王軍団側宿営地内でも激震が走っていた。

 

 ――人間が煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)の誇る最大攻撃から生還したという報告に。

 

 ゼザリオルグは超火炎砲の攻撃に生き残った魔法詠唱者と話をつけ、即座に竜王隊を連れ都市廃虚の北側の宿営地へ帰還すると、妹ビルデバルドと百竜長達を招集し緊急会議を始めた。

 こういった会議は、竜王軍団の上層部を集めて時々不定期で行われている。

 そこで竜王自身の口から竜王妹らへ、尻尾攻撃を弾いた『ナニカ』の存在と一連の火炎砲の攻撃の話が伝えられる。

 一通り聞き終わったビルデバルドが初めに意見する。

 

「まさか……。尻尾攻撃の方はともかく、姉さんの〈獄陽紅炎砲(ヘル・プロミネンス・バスター)〉に耐えられる者はいないと思いますが」

 

 頑丈さに自信を持つ竜王妹も〈獄陽紅炎砲(ヘル・プロミネンス・バスター)〉の直撃に無事では済まないと考えていた。

 難度180程のアーガードら百竜長達なら尚更である。

 

「左様。先日、私を倒した上位装備の人間でさえ、一撃で半殺しにする威力ですからな」

「そうでしたなぁ」

 

 ()使()()()()()に敗れている百竜長筆頭のアーガードの言葉に、ノブナーガが同意した。

 続いて深い見識のドルビオラが予想を語る。

 

「あの威力ですからな、どうにかして躱したとしか」

 

 現実的な考えはやはり「攻撃を受けなかった」だろうと。

 その場合、注目点はどうやって避けたかになる。

 

「第一、それが可能なのか? 軸線から少し離れたぐらいでは、人間など炭になるぞ」

「「……」」

 

 ノブナーガの問いかけに場は沈黙した。

 ただ、人間の魔法詠唱者が再登場したのは15分近く経ってからという部分もあり、アイテムによっては攻撃に耐えた上で完全回復した可能性もゼロではない。

 とにかく、『途中を見ていない』という部分が問題と言えた。

 故に、ゼザリオルグは告げる。

 

「それでだ、今後、監視部隊を周辺に置くぞ。砲撃の先をちゃんと追って見てたらタネは分かったに決まってるぜ。俺達は情報が足らねぇ気がしてるんだよ」

「確かに」

 

 百竜長筆頭のアーガードが長い首で頷いた。

 ここで、以前から考えのあったビルデバルドが姉へと尋ねる。

 

「……姉さん、私がもっと戦場へ出た方が良くありませんか?」

 

 軍団にまだ大きな被害は無い。だが、今発生している謎の状況は軍団の優勢面へ相当の危険を孕むと考えての問い。もっと攻勢を強めるべきではと。

 竜王もビルデバルドが強い事は漏れ出るエネルギーで分かっている。だからこそ、妹が宿営地に居てくれれば後ろを気にせず戦えるのである。

 不安要素が増えている中で、味方陣地への安心感を減らす事に竜王は難色を示す。

 

「いや、ビルデーには引き続き宿営地の守りを頼む。ここが強敵に攻撃されない保証はねえ。この場の奴隷や物資を失えば、評議会決議による撤退への格好の理由になっちまうからな」

「……分かりました、姉さん」

 

 確かに敵の狙いが宿営地の可能性も十分にあり、目先の判断だったかと竜王妹は納得した。

 ゼザリオルグは、強者を疑心暗鬼にさせるのも人間ら弱者の手の一つと考えていた。

 なのでまず、やはり5体組の人間チームの周りに居る『なにか』と『ナニカ』についてを調べようと動く。

 主命を受けてノブナーガは直ちに会議脇へ配下を呼ぶと、目が良く難度の高い9頭の竜兵を選抜させ監視部隊を編成させ始めた。今後、監視部隊は戦闘には参加せず、5体組の人間チームの周辺を遠方から付いて回る事になる。

 最終的に『ナニカ』達を倒すため、強敵を知る為の一応の対策を打った。

 それでも竜王らの会議は、見えない相手へ後手に回っている雰囲気が漂い続ける。

 竜王の誇る最大攻撃を凌がれたという事は、それほどの特異なのである……。

 

 なんとか一つ目の問題にケリをつけた形で次の議題へと移っていく。

 それは、東部方面へ出撃した竜兵達が何故か倦怠感や疲労感に(さいな)まれるという話である。

 ゼザリオルグが渋い顔で問う。

 

「これも原因が分からんだと?」

「はい。出撃時には元気だった者が、東方の戦地へ到着する辺りから異様な体調になるとのこと。ただ、宿営地へ戻り休息をとれば、ほとんどの者は回復するようです」

 

 アーガードが状況説明と現在の対応を回答した。

 本当の原因はナザリックから派遣された、デミウルゴス配下のヘカテーの特殊技術(スキル)攻撃である。

 しかし、東部戦線から竜兵が離脱した段階で、ヘカテーは〈減退の呪い(カース・オブ・ディクライン)〉をリリース。同時数に上限がある為なのだが、連中の宿営地で調べると原因は不明のままとなる謎を竜王軍団へ残していた。

 

「んー。慣れない土地というのもあるのか……?」

 

 竜王の考えでは、体力のあるはずの配下達なので首を傾げるが、現実に起こっている事だと受け止める。

 確かに連戦させている者らもおり、竜王は色々と百竜長達と相談した結果、対策として現4交代を5交代にし内2つを休ませるというルーチンで回す事でしばらく様子を見ることにした。

 実施により攻撃個体数が相対的に減る事になるが、総戦力維持と回復重視の措置である。

 

 そして、午前2時を回った辺りで、次の大きな議題へと移る――。

 竜王はここで口許を僅かに緩める。

 前2つの大きな案件は、良い気のしない話であったが、本件は非常に楽しみにしていた。

 ゼザリオルグが嬉しそうに話し始める。

 

「さぁ、お前達。人間共の王都が火の海になったら、連中はどう動きやがる?」

 

 竜王ゼザリオルグは、昨日午後の宿営地北側への攻撃に紛れ込ませた竜兵2頭1組を2つの計4頭の精鋭に、『人間の王国の王都を強襲し破壊せよ』との勅命を与え送り出していた。

 人間共の、広範囲への展開や冒険者などを使い遅滞戦を行うこざかしさへ思い知らせるために。

 計画通りに電撃進行していれば、今頃連中の本拠地は蹂躙しつくされている頃で、日が昇り数時間後に人間の軍へ大きな動揺が走るはずである。

 

「ふふふ、これは大いに楽しみですな」

「奴らが慌てたところを総攻撃するのが宜しいでしょう。魁は是非このノブナーガにお任せを」

「連中は撤退の動きもあるかもですぞ」

「流石、姉さん。完全に人間共の意表を突いた一手ですねっ」

 

 皆の様子に機嫌の戻った竜王は、前足の指を握り込んで大いに笑う。

 

「くははははっ。ああ、連中の弱っちいどてっぱらにデカい風穴を開けてやったぜ」

 

 この後、気分の乗った竜軍団上層部の面々で、動揺した王国軍の動きを幾つか想定し、それに対して苛烈に死へ追い込む動きを会議内で決定し終えてお開きとなった。もう東の空は明るくなり始めている時分。

 ゼザリオルグと竜王隊はそのあと上機嫌で再び出撃した。

 電撃作戦の結果が待ち遠しく、例の5体組の連中とさえも2時間程適当に闘って朝を迎えると、急ぎ切り上げるように帰還した。

 ところが……。

 3時間たっても6時間過ぎ昼を迎えても、再度竜王隊として出撃し帰還したあとさえも「人間の王都の襲撃に成功!」の報は舞い込まず。

 結局夕刻になっても、王都へ向かわせた竜兵4頭は遂に返って来なかった。

 高度を上げて上空から遠く南の王都側を眺めるが、朝見た時と変わらず遠方へ煙らしきものは僅かも見えない……。

 

 

「まさか……失敗しちまったのかよ、畜生っ。くそったれがぁ!」

 

 

 怒りとともに人間共へ対し、連中の後方防備が整っていた事へ『侮れない』と気を引き締める。

 精鋭の攻撃部隊へ何があったのかまるで分らない事態に、竜王ゼザリオルグは人間側の見えていない戦力への不気味さをより一層大きく感じつつ、更に戦いの1日が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜王軍団が王国総軍と開戦して6日目と聞き、そうかと頷く帝国の将軍達。

 傍の無残極まる戦場と同じ夕焼けが彩る空を彼等6名も今眺めている。

 じっと待つ側には、随分遅いようにも感じる時間が過ぎていく。

 旧エ・アセナル廃墟の北東約50キロの位置にある2つの男爵家は、帝国内通者ブルムラシュー侯の息の掛かった者達だ。

 その領内の森へ隠れる様に帝国遠征軍は集結し布陣していた。

 遠征中の軍主力となる精鋭騎士騎馬隊5000と輜重騎馬隊1000を率いる将軍達は、此度の大戦の戦地情報を現地にて集める中で色々と経験と知識から王国軍司令部の狙いを掴もうと努めている。

 竜軍団宿営地の周りへと、異様に広範囲へ敷かれた王国軍の戦線で竜軍団側を分散させ、冒険者達を投入する事で竜を個別に討ち取る目的までは読めた。

 だが、どう見ても完全に王国軍は竜軍団に圧倒されている状況で戦いの時間は流れていた。

 もの凄い犠牲が出ており、その損失対効果に疑問が大きい。

 

(王国の連中はどこまで耐える気なのだ? ()()()()はそれほどなのか)

 

 竜軍撃退の指揮を任された八騎士団第一軍の大将軍は、王国側の動きの真意を掴みかねていた。

 このままでは戦線が持たないことは明白と言える。帝国にとってもそれは防ぎたい。

 あくまでも王国には、評議国への帝国の盾として残ってもらう必要があった。

 しかし帝国遠征軍は未だ動いていない。

 実は当初、早期参戦のつもりであった。

 では、なぜまだ動いていないのか。それには勿論大きな理由が存在する。

 原因は『王国軍が竜王軍団へ決定的な大反撃を行う』という情報を得た為だ。

 

 

 そして――その実行者が、旅の魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンであるとも。

 

 

 これは、王国内に紛れた斥候の騎士達が、大都市リ・ボウロロール近郊や戦地内の兵及び冒険者達の少なくない数から聞き集めた事実。

 また帝国側は情報部を中心に人物『アインズ・ウール・ゴウン』に関する物を集め始めていた。

 なぜなら、あの主席宮廷魔術師のパラダイン老が一目置く人物。

 現在、彼の老師が行方不明となっている所為で、注目度が大きく跳ね上がったのだ。

 (かなめ)が無くなれば、有る物で代用したいのは、ごく普通の流れと言えよう。

 それと帝都で暴れたという噂のゴブリン大軍団を率いた片田舎の村娘の住む村もアインズ・ウール・ゴウンに深く関わるとこちらへ伝わっている。

 フールーダ・パラダインへ依存していた帝国軍は、今、その老師が一目置いて居た人物の動きに乗ろうと考えていた。

 ただ、一応それだけでもない。

 

「本日も各所にて、上空より竜の軍団からの地上への攻撃は凄まじく戦局は一方的」

「局地戦において冒険者の部隊が反撃に出ていますが、空中戦を強いられ概ね苦戦しております」

「地上からの武器や魔法攻撃に対しても、竜は時に上手く上空へ距離を取って威力減衰や射程外への退避等、戦闘を優位に進めております」

 

 連日、こういった各地に放った斥候の騎士からのナマの報告内容も将軍達は考慮していた。

 

「むう、やはり流石に飛行する竜種相手となると一筋縄では行かんのう」

「こちらも空中攻撃用に、魔法省の秘密兵器という手はあるが」

「我らも100名いますが、300頭以上という竜の軍団全てを相手にするのは難しい」

 

 今、この場には帝国魔法省選抜の強襲魔法詠唱者部隊からフールーダの高弟2名も滞在する。

 魔法省は、稀代の大魔法詠唱者の知恵を元に大型飛行体の敵へ対する秘匿兵器を有していた。今回はそれを戦車に積み、騎士団が持ち込んでいる。効果は十分に見込める代物である。

 しかし、数と射程には限りがある上、竜の攻撃に耐えられる程頑丈でもない。投入する時期は慎重を期したいという考えだ。

 王国軍の今の作戦により、竜軍団側も休憩を取りつつ交代で出撃を繰り返していると思われ、疲れはある様子。

 来たるべき王国側の反撃作戦により、竜軍団側が崩れた時に帝国遠征軍は総掛かりで攻めるのが好機と見ている。

 ところが、その反撃らしい動きの兆しが全く感じられない。

 反抗手段は魔法と言う情報があるのみで、当のアインズ・ウール・ゴウンがどこに居て何をどのように仕掛けるのかも不明だ。

 王国軍の甚大な被害の広がりから、そろそろ戦線が完全消滅間近の状況が見えている。

 場に居る全員、帝国八騎士団第一軍、第三から第六軍までと第八軍の将軍達とフールーダの高弟らが眉間に皺を寄せていた。

 

「本当に、例の魔法詠唱者の反撃はあるのでしょうなぁ」

「無い場合、取り返しが付かない状況になりかねん……」

「それはマズい。皇帝陛下の御意向である竜軍団撃退が遠のく」

「王国には評議国への防波堤として残ってもらわねば困りますぞ」

 

 動揺気味の将軍らへ、不安な心を秘し第一軍の大将軍が願望を込めて皆へ呟く。

 

「一刻も早く、反撃が始まることを祈るしかないな」

「「ですなぁ」」

「まことに」

 

 将軍達とフールーダの高弟らは機会到来を待ちわび強く頷いた。

 

 その頃、大将軍と同じ観点の台詞を10キロ程離れた林へ潜むバジウッドが呟く。

 

「――大きな反撃か何か混乱があればなぁ。本隊はそれを待ってるんだろうな」

 

 斜め左後方の位置になる遠征軍主力の精鋭騎士騎馬隊が動いている様子はまだ見られず。

 バジウッドらは独立部隊。彼等の狙いは竜軍団宿営地内への攻撃とそこに待機する上位の竜長への攻撃である。

 戦場の混乱に際し更に上層部が乱れれば、竜軍団全体の統率へ大きな妨害になるはずとして、斥候の戦況情報からここ数日の間で自分達の行動指針を組み立てていた。

 部隊に皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)鷲馬(ヒポグリフ)も所属し、戦況の全体状況は掴んでいる。

 5キロ程北にナザミの一部隊も待機するが、バジウッド等はレイナースも居るとは言え皇室兵団(ロイヤル・ガード)200名程の部隊である。戦局をどうこう出来る数ではない。

 その為、部隊単独での攻撃は効果が薄く、戦場が大きく動くのを我慢強く待っていた。

 現在、戦地で被害を受けているのは帝国の将兵では無いが、報告を受ける内に竜達の容赦のない王国軍への攻撃に同じ人類として戦慄する。

 同時に、何としてもこの地で竜軍団へ大きな打撃を与えなければならないと決意を強くする。

 

(冗談じゃねぇ。王国だけでなく、とっとと追い返さねぇと、帝国も法国も灰になっちまうぜ)

 

 改めて気を引き締め、彼は厳しい表情で夕刻の空を睨んでいた。

 隣接する悲惨な戦地の空気を受けて、皇室兵団(ロイヤル・ガード)達が緊張に顔を強張らせる中で只一人、レイナース・ロックブルズだけは冷ややかな目をしている。

 

「……(今のところ、やっぱり戦場には大した使い手はいないようね……)」

 

 予想してはいた。王国軍の被害の大きさも。

 それでも彼女は、この過酷な中なら台頭して来る強力な魔法詠唱者が、一人ぐらい居るのではと淡くも期待していたのだ。

 窮地になれば実力を発揮するしかなく、存在感や勇名がきっと聞こえて来るだろうと。

 だが、戦場で躍動し期待の星として流れてくる幾つかの噂は、どれも突出した剣士や戦士のいる冒険者のチームの事ばかりである。

 並行して彼女は、敵対する竜軍団側へも期待していた。でも結局、火炎を主にし偶に暴力攻撃が混ざる程度の戦術を使う個体が殆どの様子。

 レイナースの待ち望む者は依然として現れていない。

 

(これが私の宿命的な現実だとでも言うのかしら。なら、ふふふっ……みんな死ねばいいのに)

 

 美しい肢体の彼女の心には、呪いに近いドス黒い不満が溜まって来ていた……。

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国軍の死傷者数は遂に15万の間近へと迫って来た。

 負傷者の中でも最早戦場へ復帰出来ない重傷患者は5万以上に膨らみ、総軍の損耗率は既に6割を優に上回る状況へ至る。

 しかし小隊を最低の1名となる4度の分割までし、戦場への展開率はまだ7割を維持していた。

 ただ彼等の多くは各貴族達が領地より招集した民兵である。一つの小都市の人口にもなる数の国民を失う状況が、国家の最高責任者の王へ間近の現実として突き付けられていた。

 同時に、西方の最前線も相当の被害が出ていると伝わる。第一王子の安否は昨日から届いておらず、本日もまだない。

 夏の時期だがひんやり涼しい地下の指令所にいながら、手にずっと緊張の汗を湿らせるランポッサIII世は目を細めながら、直ぐ後ろに直立で控えた屈強の戦士へと僅かに顔を向け小さく呟く。

 

「――まだ……なのか、ゴウン殿は?」

「……はい」

 

 忠臣として常に周囲を警戒していたガゼフ・ストロノーフは、声を受け王へ視線を下げると一度短く答えた。

 外の苦しい光景全てが今、藁をもつかみたい状況で、陛下が疑心暗鬼になるのも無理はない。

 戦士長は直ぐに地下室内の壁の遥か遠い先にある過酷な戦場へ思いを馳せ、未だ王国の為に魔力を溜め続ける友人の事を考えつつ主君へと伝える。

 

「ですが、〝蒼の薔薇〟達と共に初動の作戦は無事に成功と陛下自身から聞いております。あの人物は必ずや間もなく陛下のご期待に沿う働きを見せましょう」

 

 ゴウン氏は客将並みの扱いといえども、王として100%の信用は当然まだ出来ない。

 ランポッサIII世は、見返りに多くの領地と財に第二王女までを用意している訳で、仮面の者もこれ以上不足のあろうはず無く、雰囲気からも虚勢感は今までなかったとしても。

 レエブン侯と相談し裏方的役割を与え、極力目立たない配置にしているのもその現れである。

 国王派の信頼できる貴族達の幾つかへ密かに命じ、戦場内でのゴウン氏の動向は元より万が一の逃亡等へ当然目を光らせていた。

 

「うむ。そうか。……そうだな」

 

 『竜王を倒す』という大魔法である。確かに、どれほど魔力が必要であっても不思議ではない。

 だがそれ以上に、傍で大きな信を置く王国戦士長の揺るぎのない言葉を聞き、王は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 『蒼の薔薇』の女戦士ガガーランが行方不明となって2日近くが過ぎた。

 当初は「途中で休んでるんじゃ」などの話も出ていたが、半日経っても丸1日過ぎても彼女は現れなかった。残念ながら今、探索に回す時間も魔力も体力もない。

 この間に戦場へ、六大貴族の筆頭とも言えるボウロロープ侯の戦死が伝わり、自然とイヤな彼女の結末がラキュースの脳裏へ(よぎ)る。

 仲間達によれば戦闘中に大怪我をしていたとも聞く。その体で竜兵の(ひし)めく戦場を、一人抜けている間に難題が起こっても不思議ではない。

 

(何があったのよ、貴方に)

 

 ラキュースは移動途中にどうしても考えてしまっていた。

 ティアとティナも、普段、偶に冗談でからかっている様子だったが、女戦士の安否不明にショックが大きい。大柄だった彼女が居る事で気付かない安心感があったのだろう。

 イビルアイは仮面の所為で表情は読めないが、日ごろは先読みの意見を戦わせガガーランを副官と頼りにみて、時折女戦士に代わり前衛の位置も熟していた。

 勿論リーダーも『蒼の薔薇』最古参のガガーランをずっと信頼して来た。

 その彼女が今いない――。

 竜王との戦いでは他のメンバーに比べ、特殊面や武器の差で敵に先んじる働きは少なくなるも、ゴウン氏から借りた常時屈折化のローブで他の者達と組めば効果を上げていた。

 無くてはならない仲間の一人である。

 

(私には結局、仲間を守りきれる力も知恵もなかったのかしら……)

 

 戦場に出て戦う以上、生死は付きまとう。運もあるが、やはり努力で回避できる事は多い。

 それが足りなかったのではとの思いが広がる。

 アイテムの購入でも、アネキ、アニキ肌のガガーランはコネを使って希少な物を一番多く取り寄せてくれていた。

 ラキュースは自身の今の力不足を呪った。

 他のメンバー達も、ガガーランについては考えずにいられない。

 特にイビルアイは状況が許さなかったとは言え、重傷の仲間を一人で残してしまった事に後悔の念が強い。

 

(くっ、あそこは遠回りしてでも、合流地点の傍まで〈飛行(フライ)〉で運ぶべきだった。くそっ、私の考えが甘かった)

 

 ティアとティナは、ガガーランが重傷を負った戦闘状況を悔やんでいた。

 

((影をもっと上手く使って、竜王をこちらに強く引き付けてれば))

 

 だが全て――後悔先に立たず。

 

 一方で『イジャニーヤ』と共同での、竜王隊との戦いは相変わらずであった。

 いや、何か……竜王を筆頭に竜王隊側5頭の動きが変わった風に取れる。どこか〝探りもの〟でもあるかのように少し中途半端な攻撃が増えているように思えた。

 しかしそれは、竜王の放った最大攻撃からイビルアイが生還した想定外の事態に、連中が困惑し様子を見ているとの予想は付く。

 『蒼の薔薇』の使命は竜王達を引き付ける事であり、望むところである。

 ラキュースにイビルアイ、ティアとティナは同じことを考えていた。

 

(((これはきっとガガーランの存在と働きがあったから)))

 

 そうして戦いの中、何とか仲間の事を胸に整理しつつ竜王達が下がるまで戦った。

 4人は疲れた体を引き摺る風に、『イジャニーヤ』と共に合流場所を動くと、休む為に戦場から少し外れた急造の野営地へ移動した。

 『蒼の薔薇』チームは4人でまとまり腰を下ろすと、漸く少し気を緩めて寛ぎ始める。

 すると間もなく、ティア達は周辺に()()の気配へ捉えて身構えた。

 

(……かなり出来る相手!)

(何者っ?!)

 

 緊張が広がる中、その気配のうちの一つが野営地へふらりと近付いて声を掛けてきた。

 

 

「よお、リーダーにみんな。やっと見つけたぜ。連絡出来ずに悪かったなっ」

 

 

 現れたのは巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を肩に担いだガガーランであった。

 ラキュース達は目を見開き驚く。

 夕暮れ時ながら到底幽霊とは思えない。傷も癒えた風で覇気が漂ういつものガガーランの姿だ。

 更に彼女の後ろには――。

 

「ふっ、2年振り程の顔ぶれじゃな。竜王を相手にまだ元気そうとは、命知らずではないか?」

 

 そこには嘗て『蒼の薔薇』の仲間であったリグリットが、少々呆れ顔で立っていた。

 

「「「ガガーランっ、それにカウラウ婆さん!?」」」

 

 仲間が無事だった事と、修羅場の戦場で古い仲間に会えた喜びは大きいが、このタイミングなのかと困惑しているのがラキュース達の正直なところ。

 リグリット・ベルスー・カウラウの名は伝説の十三英雄として一般的にも非常に有名である。勿論、元『蒼の薔薇』のメンバーというのも周知の話。

 その上で暗殺者集団『イジャニーヤ』の面々にはなおの事。全員が此度初めて会うが、彼等は元十三英雄の一人、初代頭領の暗殺者イジャニーヤに連なる者達の末裔であるのだから。

 組織の全員が起立し、頭領以外の者達は後方へ下がり会釈する姿が見られた。

 ガガーランがまず合流が遅れた経緯を説明し始める。

 

「いや、イビルアイと別れて直ぐに北上したんだが実際、運悪く竜兵に出くわしちまってな。怪我の具合に苦戦して厳しい時に、婆さんに助けられたって訳だよ。ただ、直ぐに合流しなかったのには大きい訳があってな――」

「――ガガーラン、その先はわしが喋った方がいいじゃろう」

 

 女戦士は頷き、そこでリグリットと代わった。

 

「実はな、今この広い戦場には――巨大で強力な魔法陣が掛かっておる。それも死の連鎖に関わる呪いの如き忌まわしいものがじゃ」

 

 死者使いで魔法に長けた彼女なればこそ、戦場の傍まで近付いた時に澱んだ領域に気が付いた。

 彼女の衝撃発言に、野営地内は静かめながらもどよめく。

 

「「ええっ!?」」

「一体何の為に……何者が」

「それが確かなら危なくないか? 恐ろしいな」

「まさか俺達にも影響が?!」

 

 騒めき出すそんな声達を、元十三英雄の彼女が一括する。

 

「うろたえるな。今はまだ器が出来ているにすぎん。危険なのはアンデッドが唐突に大量登場し始めた時じゃろう。あとな――」

 

 リグリットは周辺を覆う極薄い邪気を見回しながら語りを続ける。

 

「――この巨大魔法陣を敷いたのは恐らく、秘密結社ズーラーノーンの連中だろうさ」

「「「「ズーラーノーンっ!?」」」」

 

 20年程前の出来事なので少し昔の話になってしまい、若い者達の記憶にはない惨劇であるが、その恐怖の話を親や年配者から伝え聞く者はまだまだ多い。

 小都市を滅したという前代未聞の、余りに強大で無慈悲な破壊活動へ、人々は憎しみよりも強い恐怖の念を持っていた。

 『秘密結社ズーラーノーン』は隔絶した恐怖の力を持つ異常集団として認識されているのだ。

 そんな狂った連中が、この戦場へ何を求めているのか。

 多くの者が自然と気付く。

 

 

 無論――大量の死である。

 

 

 最も恐ろしいのは戦争に因るものだけではなく、更にアンデッドを大量発生させ、竜王軍団と王国軍の全てを贄にしようとしている点だろう。

 正常な者はまず思い付かない着眼点と言える。

 それだけに背筋が凍るような衝撃をこの場の者達は受けた。

 同時に、それほどの大量の死を使い、一体ナニをするつもりなのだろうと――。

 

 多くの者の考えが到達する予想は、『世界の崩壊』。

 

 まさか、ズーラーノーン盟主個人の凡庸な淡い(呪いのハゲを改善したい)要望であろうなどとは思わず。

 これは全く斜め上すぎて何人(なんぴと)も正解出来ない難題と化していた。

 いずれにしても、連中の撒き散らす身勝手な欲望は――断固として防がねばならない。

 野営地へ居た者達は一斉にそう強く思った。

 決意の広がる空気の中、リグリットは皆の思いを受け止め対策を伝える。

 

「この大仕掛けを阻止するには、やはりこの魔法陣の一角を壊す必要があるじゃろ。その為に急ぎ調査しておる。連中とも戦う事になろうな。面倒じゃが、まあ何とかするわい」

 

 彼女自身、本当は戦争を終わらせるために評議国の白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)ツァインドルクス=ヴァイシオンへ直接怒鳴り込むつもりも、見つけたこのクソ仕掛けを先に壊してからと動いていた。

 十三英雄の言葉にラキュース達が頷く様子にガガーランが伝える。

 

「だからよ、俺は昨日からリグリットの婆さんの手伝いをしてたのさ。それでな――この件が終るまで俺は婆さんを手伝おうと思うんだが」

「「「――っ!」」」

 

 ラキュースやティアとティナにイビルアイは、難しい表情に変わる。

 ガガーランは落ち着いた口調で語り聞かせる。

 

「この件も、誰かがやる必要があるだろ? 婆さんは強い(つえー)が、連中の戦力は分からねぇ。それに……今リーダー達は4人で回せてるしな」

 

 最後の言葉は少し寂しそうに聞こえた。ガガーラン自身、竜王相手に他のメンバーへ余り力になれていないと感じていた。今回、深手を負い、足まで引っ張ってしまった形。

 その事が大きく決断させた。

 しかし実際、ズーラーノーン相手に大きな戦力が要るのも事実であり、前向きな判断と言えるだろう。

 イビルアイやティア達は、静かに横へ並ぶラキュースを見詰める。

 この判断はリーダーが行うべきことである。彼女は仲間の視線を受けると、その美しい瞳を閉じて改めて考える。

 

(………)

 

 今、リグリットを手伝う者としてガガーランの他に代わりは居るのか――否。

 竜王を相手にするのに、仲間4人では不可能か――否。

 そして、ラキュース自身の力で仲間のガガーランを竜王から守れりきれるのか――否。

 

(選択の余地は無いわね……)

 

 『蒼の薔薇』のリーダーは目を開き、ガガーランを見詰めると告げる。

 

「分かったわ、そっちは頼んだわよ」

「ああ、任せとけ。()しものズーラーノーンも、あの竜王よりかは弱いだろ?」

「あははっ、確かにそうよね」

 

 一同からも一斉に笑いが起こった。

 そうしてガガーランはリグリットと共に別行動と決まる。

 元十三英雄の老女は、(しば)し『イジャニーヤ』の頭領ティラらと会話を交わしたのち、時間が少ないという事から足早で逞しい女戦士と共に共同野営地を後にしていった。

 

 

 その約20分後の出来事。

 竜王の命を受け5体組の人間達の行動を終始見張っていた監視部隊の竜兵1頭が、竜軍団宿営地へ先に帰還していたゼザリオルグを追い、慌てた様子で急ぎ戻って来た。

 竜兵は直ぐに通されると伏して、綺麗な布を積み上げた山に座って寛いでいた竜王へ報告する。

 

「ご報告イたしマす。竜王様と戦イ不明だった人間と――もう1体、見慣れぬ歳を経た風貌の人間が連中の野営地へ現れマした。暫くするとその2体は仲間4体を残し再び出撃した様子でござイマす」

「なんだとっ!?」

 

 竜王の両目が殺気を帯びて鋭く光った。

 ゴツゴツした感じの人間は大したヤツではなくどうでもいいが、見慣れない老いた人間は初めて聞く。

 

(―――〝ナニカ〟はソイツかっ!)

 

 ゼザリオルグは、強い関心を示す形で上体と首を前へと伸ばし問う。

 

「ソイツはどんな格好だ? 魔法詠唱者(マジック・キャスター)風か?」

 

 先日、竜軍団の宿営地へ現れた者との関係も、幾分気になった。

 竜王からの質問に監視の竜兵は首を横へ振る。

 

「イえ、その者は全身を覆うような生地を纏イつつも、腰に剣を帯びてイマした。体は細身でしたので剣士辺りではなイかと」

「ほう、そうか……よし。引き続き監視しろ。下がっていいぞ」

「はっ」

 

 監視の竜兵は長い首を下げると、恭しく下がって行った。

 ゼザリオルグの視線は、その竜兵の姿を追いつつもその先の、剣を帯びる年老いた人間を射抜くようであった。

 

「ゴツゴツしたヤツと一緒にいる人間か、ふふふふっ。〝ナニカ〟め、今度は()がさねぇぞ!」

 

 ゼザリオルグの怒りは見当違いの方向へ向かおうとしていた……。

 

 

 




備考)STAGE46.は当初6200行 14万3千字あった為、STAGE47.と分割しております。
そのためP.S.は全てSTAGE47.側へ。
時系列で開戦後5日目に隠れているエピソード他があります(笑)
STAGE47.は1週間後に公開予定。
結構、どエライ事になっておりますのでお楽しみに。





補足)46話内の開戦後時系列
◆1日目(ナザリック新世界登場から44日目)
午後11:5? 後方の南西戦線より偶然に勃発

◆2日目
朝    ナザリック入り口前、シャルティア出陣
午前8時前 アインズ、シャルティアら王都北部へ移動開始
昼前   アインズとルベド、『六腕』と合流
40分程+ アインズ達、昼食休憩
3時間程 アインズ達、ボウロロープ侯爵の陣へ移動
日没後  エドストレームら、侯爵の陣調査
夜中   アインズとルベド、ナザリックへ

◆3日目
夜中   アインズとルベド、ナザリックへ

◆4日目
未明?  王国軍死傷者9万超
     アインズとルベド、ナザリック滞在
午前3:16 アインズとルベド、『六腕』共同野営地へ
??   ボウロロープ侯爵、動員兵力は4万5千人、死傷者は既に約3万7千人
午後   『エンリ将軍閣下の手料理』発覚騒動
日没   ラキュース達、2時間以上出撃時間遅れ中
日没+1.5+ ラキュース達出撃
夜    竜軍団420体超、取り巻く全ての戦場で圧倒
午後10:?? ガガーラン負傷 シャルティア、竜兵4体捕縛
午後10:3? 超火炎砲でボウロロープ侯爵戦死
夜中   ガガーラン、リグリットに会う ガガーラン野営地へ戻らず
     竜王上層部会議、東部戦線で異常疲労

◆5日目
午前2時 続く竜王上層部会議にて、王都強襲の話題
朝    ボウロロープ侯爵戦死伝わる
夕刻   竜軍団、王都強襲失敗を悟る

◆6日目
夕刻   帝国軍動かず、アインズの反撃を待つ
     王国軍死傷者数15万間近
夕刻   ガガーラン、リグリットを連れ仲間の前へ現れる




捏造)南方に〝ぜう゛ぃおす〟という有名な黒髪の騎士がいたらしい
南方に登場した剣聖騎士。
300年前に某常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)と戦い散った模様。


補足・捏造)キッチョームとイッキュー
ジュゲム同様、英雄譚の中の人物である。


補足)馬達に「姉妹がいる」
「実は、購入時に『この内の3頭は生まれた時からずっと一緒の姉妹なんですよ――』と店の者が言ってたな」と、移動し始めた時にサキュロントが喋っていた。
移動が終わり、善の心を持っている天使が殺処分の話を聞いた瞬間――この時も主人へ鋭い視線を送っている。
当然、彼は黙って即頷いた……。ナザリックは本日も平和である。


捏造・考察)ボウロロープ侯爵の戦歴
書籍版9-127で「顔に多数の傷。指揮官としてはこの王国においても比類なき人物といえた」とあります。
ここ数年の帝国との戦争での指揮から見たのかも知れませんが、本作では顔への傷は青年時代の血気盛んな昔、戦場に居て付き、そう言わしめた前歴があると考えました。
一方で、近年の30年間ほどジルクニフの代まで、バハルス帝国や周辺国との大きな戦争の記録は無い感じですし。
大軍勢を動かす相手は別に必要ということで、大都市リ・ボウロロールの北方60キロから広がる大森林に大敵を求めてみました。
昔、森内の凶作で小鬼の族が複数連合し、大規模で王国の畑を荒らしに出てきたとかの感じです。


捏造・補足)〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)
本作では、転移系だが距離をとる退避要素が強く遮蔽物を通過できないという特性を持つ。
第6位階魔法〈転移(テレポーテーション)〉の劣化版という位置付けで。


捏造)魔法の連発時において、優遇があったり制限の掛かる場合がある。
本作における独自の魔法設定になります。
ギリギリで連発する機会は余りないはずなので、普段は殆ど意識しないし影響もなく、知ってて慣れてれば便利と言う感じのものかと。
この新世界にそれだけの実力を持っている者が、殆どいないというのもありますね。


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