オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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補足)旧エ・アセナル周辺戦力と大まかな位置(STAGE47.終了時点)

                          【東北東】帝国軍騎士団+魔法省+近衛
             【北側最前線「死地」】弱小貴族
【西側最前線】子爵(王子不明) 竜王軍宿営地(旧エ・アセナル北) 【南+東側最前線】レエブン侯
【西部~南部戦線】反国王派貴族   旧エ・アセナル  【南部~東部戦線】国王派貴族
         【旧エ・アセナル上空】アインズ+ルベド&竜王 【東部外】六腕 ヘカテー
                       【南東】漆黒の剣 【東南】漆黒+組合長ら
                 【南進竜部隊】十竜長筆頭
             【穀倉地帯の大森林】国王 ガゼフ+ユリ
【全戦域】蒼薔薇+イジャニーヤ 冒険者達 デミ+アウラ サキュロント 【不明】ズーラーノーン
         【王都北方】シャルティア、ナーベラル、ソリュシャンら

 王国軍兵力 最前線1.5万 主戦線6.5万 冒険者1400余 負傷者約9万 死者7万超
 帝国軍兵力 騎士団5千+千 魔法省100 近衛200 冒険者他100?
 竜王軍団竜兵力 約410頭 死者40余頭

注)6000行超で物凄く長いです
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  華達 で検索
注)一部残虐的な表現や衝撃的場面があります
注)15万字超えにつきP.S.の最後5000字程が後書きへはみ出しています
補)後書きに46-48話の時系列あり


STAGE48. 支配者失望ス/御至高VS竜王/混沌ノ地 (22)

『皆が伝説の竜達との闘いに傷つき倒れ絶望し暗い表情で俯く中、王国軍側(われわれ)による真の反撃の先陣を切ったのは、不思議な仮面を付けし旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であった』

 リ・エスティーゼ王国の王国記にはそう記されている――。

 

 

 

「……(ふう。とりあえず出だしは上手くいったかな……)」

 

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグ=カーマイダリスを速攻で地上へと落としたアインズ。

 実は竜王を襲撃する際にも、注意を払う必要のある項目が幾つか存在した。

 一つ、味方の被害を抑える。

 一つ、大魔法は見られないに限る。

 一つ、しかるべき者達へ行動の直前に申告をする。

 一つ、竜王へ余り単身で対するべきではない。

 一つ、竜王は魔法反射の技を持つ。

 一つ、竜王の殺害厳禁。

 箇条書きで挙げると大きくはこの6つだ。

 竜軍団についてはもう一体、Lv.80超えの竜が居る点も支配者は忘れていない。

 

 まず、味方の王国軍を巻き込まず進める事については、戦後を考えると御方の行動で王国軍に多くの戦死者を出せば『他国から来た魔法詠唱者(マジック・キャスター)』という点も含め、裏側で政治的な風当たりが強くなるだろう。不可抗力的なものは目を瞑るとしても出来る限り犠牲者を減らす配慮が必要と考えられた。

 次に、多くの目がある戦域のど真ん中で上位魔法を使用するのも、今後を見据えればなるべく控えたいところだ。持てる手の内は何事も秘匿するに限る訳で。

 用意したこの大舞台だが、絶対的支配者の実戦を見せ付ける為の場ではなく、結果で名を上げると共にプレイヤーとの接触を目的としている。

 

(過ぎた力は面倒事しか生まないからなぁ)

 

 この新世界に来てまだふた月弱も、既に王家や反国王派の貴族達からの面倒事に巻き込まれて痛感するアインズである。

 やはり支配者は、ここで戦う姿をなるべく見られずに済ますのが最良に思う。

 

(まぁ、この戦域内にはうってつけの場所も在るしな)

 

 彼の頭に浮かんだのは、広大な旧大都市エ・アセナルの黒く燃え尽きた廃墟だ。

 高く分厚い外周壁が半分ほど残った、4キロ四方以上見渡す限りの瓦礫で埋め尽くされている廃虚地は現在、王国軍から戦域として除外されていた。

 それは、瓦礫により兵が展開し(にく)い上、ひと月程前の竜王軍団侵攻戦の犠牲者約30万人の死骸が放置される場所だからだ。夏場の腐敗により劣悪な環境と化しており、斥候によれば最近は少数のアンデッドの存在も確認されている。王国の上層部として、戦域除外は当然の判断であろう。実力を持つ冒険者達が時折、近道や退避場として利用するに留まった。

 元々、大魔法使用による王国軍への影響を考慮すれば、最終的に竜王を襲う場所はかなり限られていた。旧大都市跡を除くと、畑の広がる都市跡北西か北東側及び竜軍団の宿営地近辺と、あとはずっと南方のボウロロープ侯爵の地下陣地があった周辺ぐらい。

 なお国王らは、ゴウン氏の決戦場について事前に指摘も指定もしてこなかった。それは大魔法に関連する戦死者の発生から、戦後に『旅の魔法詠唱者』の力を少しでも弱めようとした王国陣営の気持ちの表れであった。

 でも意外に用心深い絶対的支配者は、小さな落とし穴を自然に回避していく。

 こうして注意項目を2つ消し、竜王を迎え撃つ場所は御方の頭の中で決まった。

 一応気掛かりはそこを標的が通るのかという点だ。しかし開戦から王国軍が展開されず冒険者達も殆ど見ない。加えて各戦線への最短ルートであり心配は杞憂。実際、澱んだ嫌な湿った空気は重く地上に有り、上空は快適で竜王隊や他の竜兵らも廃墟上空を良く利用していた。

 

 アインズが竜王を襲撃する際に注意を払う次の項目は、行動の直前での申告である。

 余り多くの者へ姿を見せずに竜王との闘いを進めるとなれば、今、仮面の彼の力を認識し強い権限を持ち判断出来る者に「今から始める」と告げておけばいいのだ。

 事が済めば告げられた者は『旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)』の力を確実に思い知り、以後は彼が保有する力を考え無下に扱えなくなる。

 その一つ目の申告先が、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のラキュースとイビルアイであった。窮地を救った直後の二人へ「これより機を見て、旧大都市の上空にて竜王へと反撃戦を開始します。近付かないように」「竜王の次に宿営地へ残る強力な1体とも対戦します」「冒険者の方々は王国軍と共に戦線を評議国側へ押し上げて欲しい」旨を伝えている。

 彼女達は野営地へ急ぎ戻り、『イジャニーヤ』らと共に散開すると僅か小1時間で西から南、東へと戦域各地へ移動。地域担当のオリハルコン級冒険者部隊と、幾つかの上位冒険者部隊や一部王国軍大貴族への通達にも成功していた。

 そこから更に接触した冒険者らへジワジワと周知が広がってゆく。

 そして、アインズ自身は――。

 

「お待たせしました。この(あと)、廃虚地にて竜王率いる隊への攻撃を始めます――レエブン候閣下」

 

 支配者がラキュース達へ話した同様の内容を伝えた相手は国王ランポッサIII世でなく、王国軍の総司令官を任されている侯爵であった。金銀の煌びやかな軽鎧で身を包むこの貴族が、元オリハルコン級冒険者達や精鋭騎士の護衛らと共に最前線の戦場を転々としていた事で要探査も、ルベドの探知能力でレベルの高い護衛達の居場所で特定。竜兵の記憶を改竄してから20分程で面会までこぎつける。

 全軍の最高権限を持つのは国王である。だが本大戦で総軍を実質的に動かすのはレエブン候であり、アーグランド評議国方面へ全戦線を押し上げる為に、アインズはまず彼の手腕が不可欠と判断した。

 仮面の魔法詠唱者から聞く言葉に、侯爵の反応は戦後よりもまず今だという雰囲気で溢れる。

 

「おおぉ、ゴウン殿! 本当に待っていましたっ」

 

 彼は絶望的な戦局へ本当に救いを求めていた。この時点ではまだ、竜部隊の南進による国王師団への攻撃報告は届いていなかった為、希望だけが広がる。

 総司令官の上機嫌な表情と、絶対的支配者は両手のガントレットを強く握られた様子に、仮面の中で小さくニヤリとほくそ笑みつつ語る。

 

「竜王隊への私の魔法攻撃を見て、王国全軍は直ちに反撃行動を開始して頂ければと」

「万事、心得ました。宜しく頼みます、ゴウン殿」

 

 ()えある王国の六大貴族で、此度24万人近くの兵を統べる総司令官の彼だが、握るゴウン氏の重厚なガントレットを大きく上下させて強く懇願するように伝えた。

 簡易の陣幕内にいる周囲の者達はその光景に驚く。

 怪しい仮面に漆黒のローブ姿の者は王家の客人だと聞いてはいたが、この戦場では末端の小隊よりも小さい一分隊長程度でしかないのだから。

 レエブン候はここ数日、荒れ気味であった。声には出さないが、大事な息子のリーたんを守り切れるのか不安が大きくなり彼の精神が極限に達していたためだ。言葉もきつく刺々しくなっていたが、仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の来訪で随分と落ち着いた風に見える。

 元々沈着冷静の侯爵は、陣幕内から足早に去っていく大きなゴウン氏と華奢な白鎧の女剣士(ルベド)の背を静かに見送ると、場の者へと右手を翳し告げた。

 

「全戦線へ最優先の伝令を出せ! これより――総軍による竜軍団への大反撃戦を開始するっ」

「「「ははっ」」」

 

 程なく10名を超える伝令が、次々とレエブン候の簡易陣地から勢いよく各戦線の方面指令官の所へ向けて走り出して行った。なるべく魔法攻撃を見た以降、すぐに全軍が動けるようにと。この内の3名は、西部最前線で行方知れずの第一王子と王子の旗下宛ての者達だ。

 

 アインズはここで一旦、ルベドと〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で王都北方の駐留地へ戻った。

 シャルティア達へ幾つか指示を出すと、そこから漸く機を窺い竜王へ向かう事になる訳だが、襲撃する際の注意点がまだ3つ残る。

 支配者の相手は、Lv.89の竜王であり火炎を扱う怪物。装備類で大幅軽減しているが、アンデッド種族として炎ダメージ倍加のペナルティが存在する。また未知のアイテムや能力の保持も考慮すると油断は出来ない水準の敵だ。単身で臨むのはリスクが大きくなる。

 但し、これは正々堂々の試合などと違い戦争である。多対多の闘いもごく普通の事。そもそも竜王隊自体が6頭で構成されているのだ。アインズが単身で挑む方が変というもの。

 なので対応策として一応、最強天使が〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉で主人の護衛に付いていく。それにPVPの豊富な対戦経験を持つ至高の御方は、当然過去にLv.100の竜種プレイヤーすら倒している。凡ミスがなければ単身でも対処は十分可能と考えていた。

 そして次の注意事項は、竜王が最上位の魔法反射技を使うという点である。

 絶対的支配者はこの点について推測している。

 

(えっと、普段の竜王は魔法を殆ど使わない様子から、アイテムか特殊技術(スキル)の可能性が高いかな。大きい効果面から使用回数制限が存在するだろうな。ユグドラシルで全方向へ自動発動する反射の魔法や特殊技術(スキル)の存在は聞かなかった。無いとは断言できないけど竜王は多分、攻撃に気が付いてから反射能力を展開するはず。つまり、視界外から気が緩んで入る時の攻撃は――当たる可能性が十分有る)

 

 ユグドラシルには全方向からの攻撃に耐える〈結界(バリア)〉系の類は存在する。一方で、攻撃反射系は一面、一方向にしか張れないものだという認識であった。

 加えて竜王とイビルアイの闘いを見ていたアインズは、奴に結構な隙が有ると感じている。

 

(慢心はマズいけど、油断を突けば先制攻撃するのはそう難しい話じゃないかな)

 

 彼の予想は竜王隊が悠々と宿営地へ引き上げる折、接敵の出合い頭において的中した――。

 

 仮面の御方は、まず先日仕掛けた〈遠距離標的固定(ロング・ターゲティング)〉の1度きりの効果を使う。竜王の後方2キロの遠距離から、長期睡眠も取る竜種の体質を考え第8位階魔法〈深き眠りへの誘い(ディープスリープ)〉を放つ。それも〈魔法抵抗突破化(ペネトレートマジック)〉ではなく〈魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)〉を効果付加へ選択しぶつける。これで竜王隊全員が〈深き眠りへの誘い(ディープスリープ)〉の影響を受けた。

 攻撃魔法耐性の高い竜種も万能ではない。逆に慣れない有効打を不意で食らうと、大きな効果があった。

 4匹の竜兵達は一瞬で仮死状態のような深い眠りに落ちて落下していく。

 百竜長のノブナーガでさえも、寝起き状態の様に朦朧としてしまう。

 そして竜王自身も、急激な意識の混濁と眠気に抗う方へ意識を完全に持っていかれた。

 対するアインズはすぐ〈転移(テレポーテーション)〉で竜王(そば)の上方に移動していた。未だ発動展開されていないが、後方から攻撃を受けたとして使われる可能性のある竜王の反射技を無にする為だ。

 しかしその反射技を、わざわざ待つ必要は全く無い。支配者は攻撃する。

 竜種に効果的な第10位階魔法の〈竜を討つ槍(ランス・オブ・ドラゴンスレイヤー)〉に続き、超冷気光線である第10位階魔法〈極地光線(ポーラー・レイ)〉、第9位階魔法〈爆裂する槍(ランス・オブ・エクスプロージョン)〉を続けざまに〈上位転移〉で位置を真上から右側面、左側面斜め上へと次々移動しながら魔法を発動。

 竜王は〈竜を討つ槍(ランス・オブ・ドラゴンスレイヤー)〉等でダメージを受けたが火炎と共に冷気耐性も幾分持っていた為、〈極地光線(ポーラー・レイ)〉の効果は今一つであった。それでもこの段階で、当初は何とか飛行していた百竜長のノブナーガが、強烈な〈極地光線(ポーラー・レイ)〉と〈爆裂する槍(ランス・オブ・エクスプロージョン)〉の効果を浴びて撃墜された。

 

「ああぁっ、ノブナーガまでもが。グォッ」

 

 この時、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグは混乱していた。そして僅かに思考を掠める。不意打ちとは言え、もはや――苦戦と言う状況なのでは、と。

 反射魔法を使おうにも、断続的に探知した敵の位置が次の一瞬で大きく変わって感じられた。

 

(ちっ。おのれぇ、また転移系の使い手かっ)

 

 だが、1時間程前に屠った吸血鬼の魔法詠唱者とは比べ物にならない。精鋭の百竜長を含めて、たちどころに5匹の竜が落とされた。圧倒的な攻撃力と言える。

 竜王の使う〈最上位魔法(シールド・オブ・リフレクツ・)反射盾(グレーテスト・マジック)〉は、1日に2度のみ使える特殊技術(スキル)であった。無駄な乱発は控えるべき手。また盾は一度張ると位置は変えられても、向きまで大きく変えられないのだ。それに加え、来た攻撃をそのまま返すには盾に対し垂直に受ける事が必要。反射盾は、遠距離の者が多少上下左右に位置を振っても微調整は可能なのだが、〈転移〉で全く違う場所に移られると対処が難しいという弱点が存在した。

 それに受ける角度が変われば、思わぬ方向へ魔法攻撃が向く。廃虚地の外側周辺には、戦闘中の竜兵達が多数居る。敵の聞き慣れない魔法攻撃が強大であればある程、ヘタに反射すれば大きな被害になりえる。

 更に〈爆裂する槍(ランス・オブ・エクスプロージョン)〉には信管のような感知起爆モードが付いていた……。

 

(クッソォ、避けても至近距離で爆発しやがるとは)

 

 これを見ると、反射する前に発動する広範囲魔法であれば、飽和攻撃の多くを反射困難な事態も考えられる。竜王は目の前の強敵との闘いで、魔法反射盾に拘り頼るのが愚かしく思えた。

 一方アインズは、ただ1頭残った竜王へと容赦なく右後方から三重化した雷撃最強水準の魔法攻撃を叩き込む。

 

「――〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)万 雷 の 撃 滅(コール・グレーター・サンダー)〉!」

 

 多数の雷を束ねた感じの恐ろしく巨大な豪雷が、竜王ゼザリオルグの巨体を3本も射抜いた。

 冒頭からの攻撃に加えこの圧倒的な雷撃も含め体力(HP)が一気に3割程も削られつつ、万雷の威力に起因する爆発も起こり、竜王は空から地上へと叩き落とされた。

 連続する巨大爆発は、空気層内で変化を起こし巨大なキノコ雲となって廃墟上空へわき立つ。

 ゼザリオルグは何とか、ひと羽ばたきして片膝を突く形で汚れた廃墟跡へ着地するが、上空に大きな(パワー)の存在を探知する。

 長い首を伸ばす形で視界にとらえたその謎めく敵の姿は、小さい。

 そして漆黒の布を纏っており、魔法詠唱者に見えた――。

 

(――っ!? ビルデーが宿営地内で見たというヤツか)

 

 竜王の背中へと猛烈に悪寒が走った。

 急襲されたとは言え、ここまで煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)である己が一方的にやられているという展開。間違いなく上空の者は、半月程前に闘って倒した槍使いの人間以上の存在といえた。

 この状況は500年前にあの八欲王達と戦い敗れて以来だろう。

 しかしゼザリオルグは世界最強種族の竜種に連なる者であり、此度も軍団を率いる竜王として断じて逡巡(しゅんじゅん)する事は出来ない。

 

「ぐぅぅ……テ、テメエっ、一体何者だぁぁ!」

 

 乱暴で強気な言葉を叩きつける事で精一杯、竜王の威勢を示そうとした。

 (いか)って見えたその問いへと、絶対的支配者はいつもの調子で堂々と名乗る形で答える。

 竜王は、自称『旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)』から「アインズと呼ぶが良い」と言われ唖然としてその名「アインズ」を思わず呟く。名乗りを上げる者は今までにもいたのだが、呼び名を指定してきた敵は初めてであった(ゆえ)の戸惑いだ。

 一方、眼下の竜王から取り敢えず名を呼ばれた彼は。

 

(ふむふむ。名前を返して来たじゃないか。もしかして結構、話が通じるやつかもなぁ)

 

 新世界へ来て以来、この過程でのふるい落としが何気に有効なのだ。

 竜王を襲撃する際の最後の注意事項である、竜王を殺さずこの戦いを治めるのは苦も無くかと、彼はそんな気の早い事を強く考える。

 なぜなら――今も、護衛で完全不可知化し背後に居るはずの某天使様(ルベド)から送られてくる突き刺さるような厳しく鋭い視線がグサグサと痛く、長引かせるのは良くない。

 以前、王城内宮殿の滞在部屋で彼女からの「仲良し姉妹は揃ってるのが一番、ねっ」と竜王姉妹の助命を懇願されて「ダメだな」と断った折の、恐ろしく凍り付いた場のアノ空気を思い出させるものがある。平和とは実にあっけなく(はかな)いものなのだ……。

 現状を例えると、まるで囮が竜王でルベドから完全に挟み撃ちされている感覚――オソロシイ。

 彼の背後に世界級の(エネミー)がいると言っても過言では無い。

 でも……絶対的支配者はこの件につき、彼女と移動の合間を縫ってきちんと直前の話し合いをしていた。

 

『誇り高い竜王となれば手加減せず全力の先制によって力を見せつけ、屈服させるのが最良。ルベド、お前にも分かるな?』

『………………(コクリ)』

 

 支配者の目は確かに捉えた。姉妹同好会の会員は間違いなくそこで一つ頷いていた事をっ。

 目の錯覚とは思えず。同意は取ったはずなのだ。

 しかし、この理不尽な仕打ちである。ああ、自らの欲望に正直すぎる某天使様(ルベド)よ……。

 全く見えないが小柄のルベドは、軽く握った両拳の甲を腰に当てる感じで宙へ仁王立ちし、両頬をぷくりと膨らませてプンプンしている感じだ。

 ……姿が見えれば、きっと可愛く見えたかも。

 アインズはとっとと目の前の先制攻撃でダメージの大きいはずの竜王に負けを認めさせ、この悪夢の状況を打破し、ナザリックの平和を早急に取り戻そうと安易に考えていた。

 ここまでは――。

 

 

 人間と(おぼ)しき魔法詠唱者からの圧倒される攻撃魔法を受け、地に片膝を突いた竜王ゼザリオルグは強敵の出現に追い詰められていた。

 明後日には本国アーグランド評議国から、戦況の確認で忌々しい監察官が来ると言うのにだ。

 人類殲滅を掲げた戦いはまだまだこれからという時に、躓いてなどいられるかとの思いで心が満ちる。同時に里から多くの仲間を率いて来た責任というものもあった。そんな自分が早々に脱落して良いはずがないと。

 間もなく竜王の心の奥底から大きな怒りが湧いて来た。

 

(……ふざけんなよ、人間どもめっ!)

 

 彼女は、こんな見すぼらしい廃虚の地でこのまま人間如きに敗れ去る訳にはいかないのである。

 

「クソ、やっぱり――()られて終われるかよ。仕方がねぇな、本気を出してやらぁ!」

 

 竜王にとって人間は大嫌いな存在。当然、その矮小でか細い体形も含まれる。全く歯がゆい。

 だが今、姿を気にしている場合ではなくなった。

 ゼザリオルグは厳つい竜顔の眉間へその不快な想いから皺を寄せつつ呟く。

 

特殊技術(スキル)発動、――〈竜    の    闘    気(ドラゴニック・オーラ)〉」

 

 竜王を中心に風が渦巻き、竜王の体が白い輝きへ飲み込まれた。

 絶対的支配者は、急に眼下の地上で起こった変化へ内心で戸惑いを見せる。

 

「(なにっ、これは?!)……」

 

 嫌な予感がした。ユグドラシルのクエストでラスボスが見せた事のある、強化変化に酷似する演出効果に見えたのだ。

 間もなく竜王からの輝きは収縮してゆき、やがて人に近い小さめの翼の有る姿へと変わる。ゼザリオルグの厳つい竜王の巨体は、身長が小柄な少女サイズの竜人体となって顕現した。

 竜王少女は拳を握りしめ大地へ立つ。

 更に。

 

「まだまだっ! ――〈竜     の     進     化(ドラゴニック・エヴォリューション)〉っ!!」

 

 周囲の腐敗した空気を竜気で払うが如く、空間と他を圧するように変化を始める。

 白い人肌であった体皮は以前の黒紅の鱗色へ変化し鱗模様へと変わっていく。

 身長が少し伸び、14、5歳の姿。バッサリ切り落とされた感じの黒紅色のワイルドな髪型頭から先程は見えなかった二本の可愛い角が覗く。人並みだった両腕と両足の爪が鋭く伸び、背部の小翼が少し大きくなり、見えなかった尻尾が伸びてくる。先までは残念だった胸が十分に膨らんで、口からは可愛く炎がチロチロと見えた。巨体の時には体形に合わせて伸びて殆ど隠れていた、少しハレンチっぽい黒緑色のビキニ系の衣装装備を纏う。

 彼女は生まれながらの異能(タレント)で自身の最終形態への進化を終えた。

 予想外の変化に支配者は驚く。

 

(――姉妹だから雌とは思ってたけど、少女の姿に変わっただと?! 古老(エインシャント)じゃなく若い竜王だったのかよ)

 

 竜人は断定まで出来ないが、大よその年齢に比例した体形となることが多い。

 ここでアインズは不可知化中のルベドへと〈伝言(メッセージ)〉を繋いで確認する。

 

「ルベドよ、竜王の強さはどれぐらいだ?」

『この子の実力は今――Lv.95相当まで上がってる。あと、竜人化の時点で、ダメージが全回復してる』

「(――っ)そうか。分かった」

 

 シャルティアの使う特殊技術(スキル)、肉体の時間を巻き戻して致命傷も一瞬で修復する〈時間逆行〉とは違うが、身体強化と共に完全回復する様子。竜王だけに、中々能力が高い個体のようだ。

 通話を切る中、仮面の下の支配者の表情が引き締まる。

 どうやら竜王はまだこの闘いを諦めていないということらしい。

 竜種のLv.95といえば、他種族のLv.100とそれほど違いは無い水準といえた。

 変身前から奴の攻撃力は、至高の御方の使う攻撃無効化の常時発動型特殊技術(パッシブスキル)を大きく超えており確実にダメージが届く。無抵抗で受け続ければ、こちらも死ぬということだ。

 これは互いに命を掛けた戦争という場での真剣勝負――。

 

(先日の遭遇時とは状況が違うよな。これが、この世界へ来て初めて本当に死へ繋がる可能性を持った闘いかもしれないな)

 

 アインズの頭蓋骨の眼窩(がんか)に灯る紅き光が、覚悟を帯びて強く輝く。

 嘗てニグンの召喚した威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が上位魔法無効化の常時発動型特殊技術(パッシブスキル)を突破する魔法攻撃力を有するも、ルベドが一撃で片付けてしまっていた。それ以上の危険度があったのは、スレイン法国の至宝使いのカイレとトブの大森林の巨大魔樹ぐらいだが、それも階層守護者達が一方的に()ちのめしてしまっている。

 そういえばと支配者は一瞬思い出す。アーグランド評議国首都のゲイリング評議員屋敷でLv.70超えの上級闘士を見た気もし、あとはこの竜王と戦って生き残った法国の漆黒聖典の『隊長』も居たなと。

 残念ながら、王国最強の使い手のイビルアイやバハルス帝国の大魔法使いであるフールーダについて、御方の思考へ浮かぶ事はなかった……。

 対して眼下の廃墟に立つ竜王少女は水準から実質、先の者達以上の強敵と言えるだろう。

 その彼女が地を蹴ると砲弾の如く、真っ直ぐに上空の魔法詠唱者(マジック・キャスター)へと襲い掛かって来た。

 

「――〈超翼〉。 オラァァァーーーーっ!」

 

 それは〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉並みの移動を見せる竜人翼による超加速移動。更に強烈な(パワー)の乗った(こぶし)による一撃が、体当たりの様にアインズの腹部(レバー)を襲った。

 竜王の巨体を支える超剛筋肉が凝縮された小柄な身体から放たれる圧倒的な右の拳打。

 だが既に、絶対的支配者は多重の防御魔法を張っており、その攻撃を防ぐ。

 第10位階魔法〈光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジエントベリル)〉により、殴打属性であった竜王の初撃目は完全無効化された。

 ただ竜王もそこで止まらない。猛然と左右の両拳を振るいノーガードで連撃(ラッシュ)する。

 人間の魔法詠唱者など、力ずくのゴリ押し攻撃で速攻叩き潰すと言わんばかりであった。

 また彼女は当然知らないが、アインズには正攻撃脆弱Ⅳや殴打武器脆弱Ⅴという大きめの弱点もあるのだ。竜王の攻撃は武器使用と異なるので通常のダメージ効果だが、アウラにも匹敵する彼女の筋力から放たれる拳打だけでも危険極まる一撃。支配者も装備等で弱点対策しているが、もしメリケンサック系の武器でも手に嵌められれば、ダメージは跳ね上がった事だろう。

 2撃目以降は殴打ダメージを軽減させる効果を持つものの〈光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジエントベリル)〉だけでは抑えられない。重ね掛けする〈無限障壁(インフィニティーウォール)〉も経て軽減し、〈上位抵抗力強化(グレーター・レジスタンス)〉〈上位全能力強化(グレーター・フルポテンシャル)〉〈上位硬化(グレーター・ハードニング)〉で防御力と回復力アップと両肩の装備及び両腕のガードで耐える。

 でもこの闘いに限り、それだけではダメと言えた。御方は奴を(パワー)で屈服させねばならない。

 空中で位置を変え竜王の攻撃を極力躱しつつ、先の爆発で大きく湧いた爆雲の周囲を移動しながら10分以上相対(あいたい)する。途中、アインズもノーガードの竜王少女へとガントレットの打撃で反撃に出た。

 そして、旧エ・アセナルの北側廃墟上空付近での事。

 絶対的支配者は発動済の〈竜の力(ドラゴニック・パワー)〉〈天界の気(ヘブンリィ・オーラ)〉〈抵抗突破力上昇(ペネトレート・アップ)〉〈超常直感(パラノーマル・イントゥイション)〉〈上位幸運(グレーター・ラック)〉を総動員すると共に長いリーチを活かし、インファイターの竜王へと強烈なカウンターを左右の側頭部(テンプル)へ見舞う。アインズはここで戦士モモンとしての前衛的戦いの経験を十分に生かしていた。

 それに此度は鉄製のガントレット『イルアン・グライベル』ではなく、強化された漆黒の伝説級(レジェンド)アイテムのガントレットを装備しており、竜王鱗や超剛筋肉をも浸透する発勁を打つことが可能である。

 この強烈な威力の反撃を受け、少し大きく飛ばされフラついた竜王は動揺する。

 

「うっ……馬鹿な。魔法攻撃力は兎も角、魔法詠唱者は身体的に脆弱なはずだろうがっ」

「竜王よ、余りこの私――アインズ・ウール・ゴウンをなめるなよ」

「―――っ!」

 

 目の前の空中で依然、強固なファイティングポーズを取る相手が、竜王少女には衝撃であった。

 彼女の復活した今の世界では、八欲王達は400年以上も昔に死に絶え、それ以降は人類勢力も大きく衰えたと聞いている。大陸中央以東に人類国家は存在せず、彼女の本国となったアーグランド評議国も300年程前に人類国家を討ち滅ぼして建国されており、脆弱な存在となった人間共はほぼ全て食用や奴隷と化して、実に小気味の良い流れであった。

 だからこそ今が、大陸西部に依然蠢く憎き人類とその国家殲滅の好機だと思ったのだ。

 それなのに。

 

 ――また仲間の竜兵達を大量殺戮する、自分以上の強者かもしれない人間が居るという事実。

 

(おのれ、死の魔神の如きクズの人間めがっ)

 

 嘗て、大陸中の亜人種族全てを敵にして圧倒した、あの八欲王達との闘いの恐怖が蘇る。

 連中は1体1体が最高の装備衣装で圧倒的な武器攻撃と魔法を振るい、竜の大隊ごと相手に数撃で粉砕する怪物揃いであったのだ。当初は竜王達の間で軍団の連携が取れず、散発的な攻撃で万を優に超える軍団や部隊が各個撃破されてしまった。

 ゼザリオルグの母や彼女の率いた軍団もその敗れ去った一軍であった。

 そして今再び、竜王隊が易々と粉砕され、自身も得意な接近戦闘において強い打撃を受け押し返されている。

 それが、たかが一人の人間の魔法詠唱者相手にだ。

 何と言う屈辱であろう。

 

(……ここは一歩も引かねぇぞ。人間の殺戮者だけは、俺が()()()()倒すぜっ)

 

 壮絶な表情を受かべて決意を固める煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)の少女であった。

 

 

 一方で、絶対的支配者のアインズも心に結構大きな衝撃を受けていた。

 

(うーん。()()()()での差し勝負かよ。流石に肉弾戦でこの竜王の相手はきついよなぁ)

 

 ここまで某天使様(ルベド)が――少しも助けてくれないのだ……。

 (ただ)し彼女が悪いとは言えず。事前に支配者自身が彼女へ、『誇り高い竜王へ手加減せず全力で先制し屈服させる』と言い聞かせていたからである。

 その思惑が外れたのはアインズ自身の判断ミス。ここは少し踏ん張るしかない。

 竜王の放つレアな攻撃はまだ無く、現在まで身体強化でのパワーアップぐらいで許容範囲内。当初より、自分だけで何とか出来ると計算していたのだから。

 ルベドにしても、複数で追い詰めたとして誇り高い竜王が屈するとは思えなかった。ここはやはり多対一を主人であるアインズが見事に制し、竜王へ姉妹同好会会長としての絶大な()()()()()を是非示して欲しいとの願望も強い。

 それに(アインズ)からはまだ助けを求められたり、攻撃指示も出していないのだ。

 最強天使はあくまで『護衛に』付いて来ただけ。

 ただ、当の絶対的支配者は竜王へ「なめるな」と大言を吐くも、正直なところ、既に結構な物理ダメージを受けていた……。

 そもそも、なぜ真っ向勝負の肉弾戦に乗っているのかという話。

 実は〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉で竜兵の記憶の改竄をした際に魔力量(MP)を大量に消費していたのもあったりするからなのだが。

 ラキュース達に反撃開始を告げた直後の状況で、アインズはそんな弱みを誰に言える訳も無い。至高としての見栄も立場もあり表面上、泰然とそのまま竜王退治へと臨んでいた……。

 魔力量(MP)については一応残量はあり、宿営地に居るもう一体の竜との対戦分も考えての事で、竜王との戦闘でもあと幾つか第10位階魔法の使用は可能だ。それに魔力量(MP)消費の無い超位魔法がまだ残っている。

 

(超位魔法は最高の防御装備が無い状態で食らえば、威力があり過ぎるからなぁ……殺すのが前提なら初めから使うんだけど)

 

 恐らくこの竜王へ最も有効な超位魔法を放てば体力(HP)を一気に半分以下まで削れると考えられた。しかし、万が一に殺してしまってはその後の事を考えたくない……生き返らせても到底「メッ」では済まないだろう。

 ならば焦らずコツコツと行くのみというのが現況なのである。

 それに支配者も、この空中戦については計算も一応働かせての行動。

 

(まずは先制の魔法で力の差を十分見せれたと思う。この近接戦闘で魔法詠唱者の俺を相手に痛い目をみれば、アインズ・ウール・ゴウンの存在を強く認識するんじゃないか。弱者に屈するのでなく格上相手となれば、屈服にも竜王としてのプライドは保ちやすいはずだし。そろそろ一度呼び掛ける頃合いかな)

 

 堂々、竜王と正面から(こぶし)で打ち合い存在を示した者からの言葉なら、届くのではとの目論見。

 ここでアインズは最初の勧告に出る。一応奴の名前は王国の大臣が和平会談の中で正式に聞いて持ち帰って来ており、知っていたので呼び掛けた。

 

竜王(ドラゴンロード)のゼザリオルグよ、まだ私と戦うつもりか? 分かったと思うが、魔法抜きでも私は強い。ここで素直に負けを認め戦闘を停止し、軍団と共に評議国へ引き下がるのなら命は助けよう。だがもし、これ以上戦うつもりなら――本気の魔法攻撃を仕掛けるぞ。どうする?」

「――っ。(何ぃ、あの強烈だった魔法攻撃が、まだ本気じゃねぇとでも言いやがる気か。まさか八欲王共も使った(まぼろし)の究極魔法か!)……」

 

 竜王は既に死闘への決意を固めていたが、魔法詠唱者の言葉に一瞬の動揺を見せた。

 当たり前だ。自分が仮に容易く敗れ去れるような究極魔法であれば、妹と軍団だけでなく里や評議国自体すら危うい話となる。

 対峙する相手の強さと言葉振りから、嘘と断言するのは難しい響きがあった。

 それでも竜王は、今は昔となったが八欲王達の行った容赦ない残虐な振る舞いを思い出すと、決然と言い放つ。

 

「はぁ、助ける? お前、アインズとか言ったな? 俺や母を殺した八欲王共と同じ人間(クズ)のぬかす言葉なんて、信用出来る訳ねぇだろ? 第一、俺はまだまだピンピンしてるぜ。そんな勝者の吐く事ぁ、俺を動けなくしてから言ってろよ!」

 

 竜王少女の怒りに満ちた、聞く耳など持つかという答え。現状、問い掛けは支配者の思惑と全くの逆効果であった……。

 返事を聞いたアインズだが、拒絶された事より相手の言葉の中に聞き逃せない内容を得た。

 

「……(えっ。今コイツ、八欲王に殺された、と言ったよな? この竜王は若いけど、あれ? 復活したという話だったっけ)」

 

 支配者がナザリックの情報調査で配下達の集めた資料で読んだ内容だと、八欲王達は500年前に大陸を制覇しその後、死に絶えたと言う事だったはず。また、クレマンティーヌから漆黒聖典のメンバーが別の竜王復活を確認しに行って、この煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)に襲われたという話を聞いたのみに留まる。

 竜王の過去と復活まで知らない支配者は、少し混乱気味で意味が完全には分からなかった。

 そこで、質問しようとする。

 

「おい――」

「もう話す事はねぇよ、いくぜっ! 〈超翼〉っ、オラオラァァーーーーっ!」

 

 竜王は絶対的支配者からの言葉を遮ると、再び仮面の者の懐に飛び込む形で殴り掛かって来た。

 その強烈な拳の連打攻撃で、御方の仮面――略称『嫉妬マスク』の右上部分が砕け散り、実体幻術の金髪の眉と目が少し覗いた。大体、無料配布のイベントアイテムなので強度は貧弱である。

 

「オラオラッ、どうした? このこのこのっ」

 

 魔法を使われる前にと、一気にブチ殺す勢いで猛烈にアインズへ拳を撃ち込む竜王少女。

 

「くっ――〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉っ」

 

 一瞬で10発以上の拳を浴び、堪らず支配者は〈転移〉で竜王の視界外へ一時脱出した。

 竜王は舌打ちしつつ、アインズの口走った魔法を反芻する。

 

「チッ……(グ、〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉だと!? なんだそりゃ)」

 

 ゼザリオルグは、そんな魔法を使う者を聞いた事が無い。だが〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉の上位となる、〈転移(テレポーテーション)〉ですらなく更に上位版だという事は予想が付いた。

 

(やべぇ。追い付ける気がしねぇ。恐らく瞬時に1000キロ単位で飛べるんじゃねぇのか)

 

 そう思った、瞬間――。

 

「ガッ。な、にっ」

 

 竜王少女は、正面の右肩から袈裟懸けに竜王鱗と超剛筋肉が見事に斬られて鮮血が流れていく。

 自身に何が起こったのか、その瞬間、彼女には状況が分からず。

 すると後ろから、(アインズ)の声が聞こえた。

 

「対処が悪いな。油断しすぎだぞ、竜王。だが、真っ二つにならないとは流石に頑丈だな。

 ――〈 現   断 (リアリティ・スラッシュ)〉」

「グぁッ」

 

 更に、彼女は背中の左肩から翼の一部ごと袈裟懸けにバッサリ斬られた。

 〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉は第10位階魔法でもトップクラスの破壊力を持つ攻撃魔法である。この攻撃には頑強な体を持った煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)もたまらない。

 アインズは「真っ二つ」とか言っているが、それは脅し文句だ。支配者は、竜王の高いレベルから直撃でも数撃はもつ事を分かった上で放っていた。

 闘いの流れは完全に変わったかに思えるが、竜王は胸と背から鮮血を流しつつも魔法詠唱者へと振り向き翼の全速で殴り掛かって来た。

 

「痛てぇな、この野郎がっ!」

 

 彼女は屈しない、退かない。

 しかし御方はまた〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で竜王に拳を空振らせ躱し移動する。魔法の目玉を飛ばした遠隔視(リモート・ビューイング)とのコンボによる闘いが続く中で、クリティカル的当たりは1回のみも突如の出現からの〈現断〉が4撃続く。

 防具装備が万全なら、10撃以上は耐えれるだろうが、竜王は今、真面な鎧を着ていない状態。それでも生きていること自体が頑丈さを物語っている。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……、くそぉ」

 

 既に6撃もの〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉を受け、彼女は多くの血を流し肩で息をしていた。体力(HP)も半分を大きく下回り、限界は近かった。

 アインズも流石にこれ以上の〈現断〉はマズイかと思い、もう一発別の魔法を撃ち込もうかと、〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で竜王の近くへと現れた一瞬であった。

 後方から何かが超高速で彼の所へと飛び込んで来た。それは――巨体の竜であった。

 

「お姉ちゃんを傷付けたのはお前かぁぁぁーーーーーーっ!!」

「ぐむッ」

 

 絶対的支配者は、竜王妹が首を伸ばした渾身の特攻的頭突きの体当たりをモロに受けた。

 またしても某天使様は助けてくれなかったのである……。

 但し、彼のダメージはゼロだ。アインズは用心深く、一応ながらと竜王からの突発的反撃に備えて、最初の〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉での離脱時に〈光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジエントベリル)〉を一旦解除して張りなおしていた。

 巨体の威力で少し飛ばされたアインズは、竜軍団宿営地で邂逅した竜王以上の体格の竜と対峙する形になった。巨竜が傷ついた竜王を護る様に前へ出ていたためだ。その巨体の背へ竜王の声が響く。

 

「ビルデー!? お前……はぁはぁ……何故ここにっ」

「大丈夫、お姉ちゃんっ? だって、お姉ちゃんの気配がそろそろ休憩の時間で戻って来ると思ってたら、いきなり大爆発と大雲が出来た上に、気配がどんどん小さくなっていくんだもの。心配になって当然でしょ」

 

 矮小で下等な生き物へ気を使う奴はいない。妹は姉と普段の調子で会話を交わした。

 

「むっ。……心配掛けちまって悪ぃな」

 

 何やら場へと仲良し姉妹の空気が少し漂う。アインズと共にルベドも、巨竜が竜王の妹とは知らなかったので、彼女的には(ドラゴン)姉妹が揃って大変ご満悦である。

 しかし、相対する支配者はそう気楽ではない。

 

(この2頭を手加減しながらってのは、ちょっと厳しいんだけど)

 

 武闘派の竜王と巨竜の2体を同時に相手しつつ、どちらも殺さず屈服させる必要があるのだ。

 不可知化したルベドの前なので、一旦片方を殺して――と、ごまかす事も難しい。

 

(時間魔法がどちらかに通れば、〈時間保持(タイム・ホールド)〉で数分、拘束出来るかも……)

 

 だがここで、意外な事が起こる。

 なんと某天使が〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉を解くと、割り込んで来た巨竜の前へ出て告げた。

 

「この闘いの邪魔をするのは良くない。介入するなら、お前の相手は私がする」

「――! 何よ、人間風情……が……?」

 

 巨竜は、突然登場した小さな、でも()()()()()の相手に目を奪われた。

 それは純白に輝く鎧を着た完全武装の姿――特殊白金鋼の羽根で両耳部を飾る兜に加え、翼部分にも鎧の付く天使の姿であった。

 また、右手に握る神器級(ゴッズ)アイテムの聖剣シュトレト・ペインの刀身へ縦に5つの穴があったが、全て伝説級(レジェンド)アーティファクトで埋まっている。

 頭頂に輝くべき輪っかだけは不可視化していたので、翼はあくまでも人が身に付けた鎧の装飾に見えていた。

 

「私はルベド。主人の護衛をしている者。で、姉の竜王はお前の援護を求めたか?」

 

 確かに助けを求められておらず、中々厳しい質問へビルデバルドは強引に返す。

 

「人間如きが我ら竜種の行動に口を挟むな。下がれ下郎め、〈全力火炎砲(フルフレイムバスター)〉っ!」

 

 竜王の妹は、問答無用で猛烈な火炎砲を吐く。それはこざかしい矮小な者へと直撃したかに見えた。

 白き翼の有る鎧の剣士は、そこで手に握っていた剣で眼前に迫った火炎を受けると呟く。

 

「〈火炎流用(フレイムディヴァージョン)〉」

 

 すると剣に()めている紅い伝説級(レジェンド)アーティファクトが輝き、聖剣は火炎砲の炎を全て巻き上げる様に奪うと炎を帯びた。

 見た目からの想像通り、その受けた炎の威力を一時的に剣へ併呑していた。

 その光景に、竜王妹は驚愕せずにはいられない。

 

「なっ!?」

 

 威力を持つはずの火炎攻撃を、耐えず、斬らず、流さず、跳ね返さずに丸ごと利用されてしまったのである。明らかに普通の武器では無い。そしてそれを握り使う者も……。

 改めて気配を見れば、先に感じた漆黒の布を纏う者に勝るとも劣らない威圧を受けていた。

 アインズ達はアイテムで常時、体力(HP)魔力量(MP)について外からの探知数値を低く抑えているが、打撃や魔法等の使用中には体外へエネルギーが出る為、その間だけ大まかな力量はバレる。

 

(何てこと。これほどの存在が今の時代に……いえ、ずっと人類主権域に居たと言うの!? だから永久評議員達は保守的で動かなかったのね)

 

 実際は全然違うのだが、評議国内でも飛び抜けて圧倒的な力が有ると知る白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)ツァインドルクス=ヴァイシオンが一切動かない理由としては納得出来るものが浮かぶ。そういえばと、数百キロ離れていても探知出来る彼の能力を思い出した。

 先日現れたと聞いた槍を持った人間に加えこの2体と、他にも居る事を知っていたら、人類圏側へ攻め込むのに躊躇するのは無理無き話である。

 ただ――現在、姉が殺されそうになってる事情とは比べようもなく。

 

(相手が何であれ、関係ないっ。お姉ちゃんの敵は、私の敵だ!)

 

 ビルデバルドは先程、上手く言い訳出来ずにいた言葉を言い直す様に、改めてアインズ達へと告げる。

 

「勘違いしている。お前達如きは、竜王が相手をするまでもないわ。――私だけで十分よ」

 

 彼女は、姉に気を使ってこれまで秘していた己の究極的な力を今、ここに開放する。

 

特殊技術(スキル)発動、――〈全  能  力  倍  加  算(プラス・ダブルフルポテンシャル)〉!」

 

 一気に力を増し高速化した竜王の妹は、霞む程に一瞬で、翼を持つ剣士の前へ移動した。

 その速さに絶対的支配者も思わず唸る。

 

「なんだとっ(階層守護者並み、いや、それ以上の空中移動速度か)」

 

 通常、能力値には上限が存在する。上昇させても最大値で止まってしまうが、この特殊技術(スキル)は、能力値の枠が上に積み上がる形で加算されるため上限が遥かに高くなる。

 一方でリスクも大きい。通常上限以上の力で行動し続ければ、身体への過剰負荷に劣化と寿命が削られてゆく代物。全力を出す場合、なるべく瞬間的な発揮にとどめる事が最良である。

 

「――はぁぁっ!」

 

 そんな彼女の一瞬に込めた、右前足拳による強烈な全力打撃が小さな存在へと炸裂する――。

 王国勢で某天使だけは、常時発動型特殊技術(パッシブスキル)で隠された竜王の妹(ビルデバルド)の元々のレベルが96もある事を知っていた。

 故に、より力の増した竜の拳が襲い来る。

 

 

 だがそれを――「〈能力向上〉〈剛力〉」と発し、左手1本で受け止めるルベド。

 

 

 両者の余りに超越したパワーの激突に、周囲の空気が衝撃で震えた。周囲数キロの低空の雲が払われ掻き消え、キノコ雲さえ大きく形を崩すほどに。

 ビルデバルドの発動した特殊技術(スキル)は『全能力倍加算』という景気のいい名だったが、難度自体が2倍分加算され3倍になる訳ではない。まあレベルで言えば15相当程も能力が上がって、Lv.100水準すら優に超えたトンデモナイ存在ではあるが。

 でも武技を覚え使えるルベドには、十分対応出来た。

 竜王妹が戦慄し震えるように呟く。

 

「そん……な……」

 

 〈全能力倍加算(プラス・ダブルフルポテンシャル)〉は、姉の復活とその窮地が無ければ、生涯使うつもりの無かった封印した特殊技術(スキル)

 ただ秘していつつも、自身の力を強く自負していた彼女には、人間如きに渾身の一撃を受け止められたこの光景が信じられない。評議国最強の白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)さえも膝を折るだろう威力の一撃であったのだから。

 その動揺を突いて、ルベドは受け止めた巨竜の右前足拳の指一本を一応掴むと唱える。

 

「〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

 

 竜王の妹と共に、空へまだ崩れ残る爆雲の反対側、旧エ・アセナル廃墟南側の上空へと移動し、主人(アインズ)や竜王から3キロ程引き離した。

 

「このっ、手を離せ人間」

 

 対してビルデバルドは、剣士の掴んだ手を振り解こうと右前足を大きく振ろうとする。

 キノコ雲に加えて地表や周辺の情景から、旧都市廃虚の上空にまだ居る事に気付いたのだ。一刻も早く目の前の強敵を倒して、重傷の姉ゼザリオルグを助けに行かなければと逸り気味。

 空中で力相撲する場合、体が重く翼等で定位置を確保出来た方が有利。軽くて体格の小さい方は振り回される形になるはずである。

 

 ところが掴まれたビルデバルドの右前足を掴む相手は、力を掛けてもビクとも動かない。

 

 依然として、(パワー)で抑え込まれているのが直ぐに分かった。

 ビルデバルドが翼の有る鎧の剣士へ強面の竜顔で睨みながら問う。

 

「どういうつもり?」

 

 先程から、火炎砲を剣へ巻き上げたり、殴りにいった前足を掴まれたりしているのだが――この人間からの攻撃が無い。攻撃が中和されている感じに見える。

 有利な能力を持っているなら攻撃し倒せば良いはずで、竜王妹からすれば理解に苦しむ行動。

 それに対するルベドの答えは。

 

「秘密」

 

 ピクリと苛立ちを顔へ見せたビルデバルドに対し、兜の中で涼し気な顔のままのルベド。

 某天使の狙い目は当然、同好上級者の会長による保護手腕を見たいからであるが。 

 それを言ってしまっては「馬鹿にするな」と暴れられた上、わざと姉妹で一緒に居ない意地悪をされて、後日に自然な普段の微笑ましい竜王姉妹の様子をニヤニヤしながら見れなくなる恐れも考えられた。決して、あってはならない事態だ。

 ルベドは己の欲望のまま突き進む――両者のにらみ合いは(しば)し続いた。

 

 

 巨竜(ビルデバルド)翼ある白き鎧の剣士(ルベド)が消え、残されたアインズと竜王少女(ゼザリオルグ)は再びにらみ合う形に戻る。

 

「〈復元(レストア)〉」

「……くっ(ビルデー……引き離されたか)」

 

 支配者はここで余裕を見せるが如く、先程の猛攻で一部が砕かれた仮面を修復する。

 負傷状態のゼザリオルグはその様子を眺めつつ、目前で先程見た事に色々と衝撃を受けていた。

 

「はぁ、はぁ……(でもビルデーめ、圧倒的じゃねぇかっ。成長してとっくに俺を超えてやがるのに、気を使いやがって全くしょうがねぇ可愛い妹だぜ。それにしても、何だ先の突然現れた白い鎧のニンゲンは。あのビルデーのもの凄い(こぶし)の一発を平然と受け止めやがったぞ、どうなってやがるっ)」

 

 『魔法詠唱者の護衛』と名乗った事で、流石にまだ、『ナニカ』とは関連付かない模様……。

 言うまでもなく攻防に関し、攻撃側より完封する側の方が技量はいるのだ。

 それも有象無象の撃った攻撃などとまるで違い、先の一撃には地に撃てば大地震を起こす程の膨大なエネルギーがあったはずなのだ。受け止めるのさえ、最低でも同等のエネルギーが必要。

 正直なところ、全力全開の竜王でさえも超剛筋肉だけで瞬間的に出すのは厳しい。

 対抗出来るとすれば、渾身で撃つ〈獄陽紅炎砲(ヘル・プロミネンス・バスター)〉の総エネルギー量ぐらいだろう。

 彼女の視線はずっと、目の前の小さき魔法詠唱者の動きを見ていたが、ここで意識も向く。

 

(こいつも、俺やビルデーの渾身の攻撃をまともに受けていながら、倒せてねぇ)

 

 恐らく高位の防御魔法に因るものと予想出来た。

 とはいえガードされても、あれだけ連打を受ければ吐血や血を流しても不思議ではないが、今のところ全くその様子は見せず。

 まあ骸骨体の支配者には血が流れていないので、当たり前ではあるけれど……。

 

「はぁ、はぁ……(くっ、骨の様に頑丈なヤツめ。大して効いていねぇのかもな)」

 

 現状、敵から切断系の魔法攻撃を連続で受ける苦しい状況から、竜王は悲観的に思えてしまう。

 垣間見える大きな魔法量しか探知出来ておらず、彼女には魔法詠唱者のダメージ度合が不明なままであった。それだけに、焦り始めた彼女へ残された対抗手段は限られてきている。

 一方のアインズは、魔法をもう一発という状況で竜王の妹に割り込まれたが、ルベドがその巨竜を引き受けてくれたお陰で、竜王に注力出来る形になり仮面の中でほくそ笑む。

 

(ルベドが武技を使ったぐらいだからな、あの巨竜は竜王以上の力があったんだな。しかし、ルベドも随分気が回る様になったよなぁ。いい傾向かな。後で褒めてやらないと。さて――)

 

 支配者はこのまま竜王少女へ追加の攻撃魔法を叩き込むよりも、目の前でルベドが見せたこちら側の実力を材料に、再度の撤退勧告をした方が効果面も含め状況的に最善と感じられた。

 それと先程聞きそびれた重要事も残っているので、すぐさま実行する。

 

「竜王よ、八欲王を見たことがあるのか?」

「はぁ、はぁ……あ? だったらどうした? 闘いの際中に……はぁ……くだらねぇ事、聞いてんじゃねぇぜ」

「そうか、悪かったな」

 

 絶対的支配者の一つ目の質問への答えは十分。これで、上手くいけばプレイヤーかもしれない八欲王の情報が手に入りそうである。ますます殺す訳にはいかなくなった。

 なので即、懐柔を図る。

 

「――では改めて。私だけに留まらず、先程見た通り私の配下も実力者揃いだ。そろそろ、戦いを止めて評議国への引き上げを検討してはどうか?」

 

 内容においてアインズは、『負けを認めろ』という直接的な表現を外してみた。

 引き分けすら臭わせるかなりの善処をみせる。だがそれでも。

 

「ふざけるなっ。誰が……はぁ……っ、敵のテメェの話など聞くか」

 

 青息吐息ながらゼザリオルグにすれば、以前に八欲王と人間の軍団は、母と自分と仲間を含めた竜種他、全非人類種の投降や捕虜を一切許さず殲滅している。それによって多くの国々が滅んだ。そんな狂った人間連中の側に立つ者の語る言葉など、信用出来るはずがない。

 それに弱者の言であれば、竜種族の力を恐れての言葉で恐怖から実行の可能性も有り得よう。だが目の前に居る人間の魔法詠唱者と奴配下の剣士だけでも、大陸を制する可能性の高い(パワー)を持っている。

 ゼザリオルグの思考には、虐殺に明け暮れた八欲王と同様で、目の前の魔法詠唱者が絶大な力を背景に、油断させた背後から竜の軍団を踏みつぶし蹂躙する非情の未来しか浮かばなかった……。

 故に彼女は言い放つ。

 

「俺は……はぁ、はぁ……、無慈悲な八欲王と同類へなど……死んでも屈しねぇぜ。最後まで闘って……その細い喉とド頭を食いちぎって……はぁ……テメェだけでも道連れにしてやんよ!」

 

 リーダーが居なくなれば組織の揺らぐ事は多く、八欲王達も結局は上に立つ者が出ずに潰し合った歴史が残っている。竜王少女は敵わずともと意外に冷静であった。

 

「……(うわ、マズイな。折れそうにないし、誤って殺したら蘇生を確実に拒否されそうかな)」

 

 アインズは正直、凝り固まった竜王少女を相手にこの先どうすべきかという考えに詰まる。

 強引に従わせることは〈支配(ドミネート)〉を〈魔法最強化(マキシマイズマジック)〉で強め〈魔法抵抗突破化(ペネトレートマジック)〉も付加し何度も実行すれば可能かもしれない。

 しかし代償として、竜王の妹への優しさを含めた個性的感情は殆ど失われるだろう。

 それは、姉妹同好会規定に思い切り違反する邪悪な行為である。優秀な狂気的会員から成敗される危険性が非常に高い……。

 状況は深刻に思えた。場合によっては、先日法国から入手した一定期間精神支配を与える世界級(ワールド)アイテムの使用など、強制的な形も含めて他の手を考えるべきだが、既に今、決死の覚悟をした竜王と対峙している最中。

 

(初顔合わせのやつの考えを変えるとか容易じゃない。状況が厳しいんだけどぉ)

 

 土壇場の支配者は改めて思う。平和とは、何と持続の難しく壊れ易いものなのかと。

 

 

 絶対的支配者の彼へと―――単に(パワー)だけでは屈しない者達への対応を試される時がきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王国総軍は竜王軍団の宿営地へ対し、広大な地へ円弧形に取り囲む戦線を敷いている。

 故に、良く晴れた夏の空へ未だ夕方前の白光が照る中、ゴウン氏の放った真の反撃の号砲とも思える大魔法〈爆裂する槍(ランス・オブ・エクスプロージョン)〉及び〈万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)〉の閃光と轟音は戦域の外縁傍まで届き、旧大都市廃虚の中央付近から天へと高く立ち(のぼ)った爆雲は全戦場から見えた。

 総司令官のレエブン候から指令が届いていない戦域で奮戦する貴族や兵達及び、ラキュースやオリハルコン級部隊経由での連絡が難しい冒険者達と、そして宙を舞う竜達も突如高く湧き立った異様な巨大雲へ注目が集まる。

 この時、アダマンタイト級冒険者チーム『朱の雫』の面々は、遅くなり夕食と言える昼食を東部戦線の外にある野戦診療所の傍で取っていた。秘されているが彼らのチームの主戦場は元より南部域の戦線であった。それは当然、南方に国王の陣地が在るためだ。

 ここに今居るのは、アルベリオンの遺体が保管されてあったから。

 そして――彼が奇跡的に生き返ったとの報を受け、一時的に駆け付けて来ていた。

 完全にミステリーである……(ドラゴン)の爪で、心臓を深く切り裂かれ胸に幾筋も入っていた酷い傷痕さえ、いつの間にか綺麗に消えている奇跡。結局、治療で居た神官達も、人間離れした剣豪アルベリオンの生命力の凄さや、竜の返り血を幾度も浴びた事などが要因ではという話で落ち着いた。

 無論、生き返ったが彼の意識と難度は下がっており、当面は野戦診療所の幕舎内で回復に専念する予定。

 そんな大幸運に恵まれた『朱の雫』の面々が食事する中、巨大雲の異変へ最初に気付いたのはアズスであった。

 

「ん!? あの方角は、エ・アセナルの廃墟辺りか……尋常ではない爆発があったな」

 

 西方の空へ自然では無い、太く大きく立ち(のぼ)りつつある雲を不信に思ったのだ。

 戦友のルイセンベルグの復活は歓喜したが、王国軍自体がもろ手を挙げれる戦況に程遠い。この(あと)も、チームを預かり直ぐに激戦地の南部戦線へ戻るつもりのアズスは注意深かった。

 仲間達も神妙な表情で西の雲を見詰める。

 

「ほんとだ……凄い雲だな。煙か? モクモクと空へと上がって行くぞっ」

「大火災かっ。まさか、あの竜王が全力で動いたのか!?」

「……いや違うな」

 

 アズスは大雲から視線を右下方の地面へ外しながら思案気に否定した。

 雲についてだが開戦当初は麦畑が広く燃え、太い煙も上がっていた。しかし多くが燃えた今、細い煙ばかりなのだ。それに、通常の火災の火力だと、高い上空まで太い煙が届く事は中々難しい。

 世界には火薬も存在するが、これほど大きな変化をもたらすのは大魔法や、先日に竜王が撃った様な超火炎砲ぐらいと考えるのが自然。

 また現在、優勢な竜軍団の竜兵が多く展開する戦域内でこれ程の火力が必要とも思えない。

 アズスはルイセンベルグから聞いていた、王家の客人と言う魔法詠唱者の『反撃』の話を思い出す。

 

「これは……(とき)が来たか」

 

 その言葉を裏付けるように〈千里眼(クレアボヤンス)〉の特殊能力(スキル)を持つメンバーが決定的な言葉を口にする。

 

「うおっ、これは凄いぞっ! 雲直下の地上の廃墟に、竜王(ドラゴンロード)が墜ちているのが見えた」

 

 彼と『朱の雫』の好運は続く。

 雲が余りに大きかったので結構引いた位置から覗いた事だ。巨体の竜王は1キロ強の距離からでも十分確認出来た。近ければ支配者(ゴウン氏)の対情報系魔法の攻性防御に遭い、この野戦診療所ごと吹っ飛んでいたところである……。

 

「いよいよ始まるな」

 

 アズスの声で『朱の雫』のメンバー5名は顔を見合わせると、直ちに急ぎ昼食を口へ押し込むように頬張ると席から立ち上がった。

 そして彼等は出立前に、野戦診療所中央の陣幕の前の広場で気勢をあげる。

 

「私は、アダマンタイト級冒険者チーム〝朱の雫〟のアインドラだ。皆、聞いてくれ! あの西の空に太く立ち上る雲を見て欲しい」

「「おおぉ……」」

 

 野戦診療所のオープンな周辺越しに臨む西方の光景。そこへ、見た目で10センチ程に成長して見える雲がハッキリとこの場の者達の視線の先に見えており、少し不安めいたどよめきが起こる。

 だが、アズスは構わず言葉を続ける。空気を一気に変える内容で。

 

「噂を聞いた者もいるだろう。あれはゴウンなる人物が竜王へ見事に一撃し、地へ落とした大魔法だ。仲間が〈千里眼(クレアボヤンス)〉で地に這う竜王の姿を実際に見ている。――遂に我々王国側の大反撃が始まったぞっ。動ける者は今一度立ち上がって戦ってくれっ。俺達も今から戦地へ向かう!」

「「「うおおおおぉーーーーっ!!」」」

 

 こんな戦場から(こぼ)れた、場末の野戦診療所にも限らずの盛り上がり方を見せた。

 希望とは、傷つき倒れた人間でさえ、再び前へと踏み出させるものなのだ。

 激戦が続くと変化を敏感に知る連中は以外に多く、ほぼ同時に広い戦域の各地で爆雲の異変に気付き呼応する者達が続々と出て来ていた。今、王国総軍の全力の一大反攻戦が始まりを迎える。

 その筆頭は総司令官のレエブン候であり、連絡が早く届いた東部から南東戦線に陣取る国王派貴族の軍団も足並みを揃えこぞって動き出す。

 だがしかし、日没の迫る頃。

 この反撃へ向かう大きな流れの中で、大変な情報がレエブン候の下へと舞い込む。

 南部戦線の外の南方から、一人の傷ついた王家の近衛騎士装備の伝令が現れたのだ。

 

「非常事態です。竜の大部隊約40頭が南進し、王家の軍団と交戦を開始。……更に陛下の陣へも迫っています! 全力で応戦も、敵は十竜長水準を主力に揃える強力な部隊構成で、状況は完全に一方的っ。既に接敵から1時間半程経過して……おります。侯爵閣下、早急に……対処をお願いいたします」

「なんだとっ(ええい、これからと言う時に)」

 

 総司令官のレエブン候は苛立つも、ここで大きな決断を迫られた。

 彼は厳しい顔で額に手を当て瞼を閉じると、僅かに考え始める。

 現状の王国軍から王家の兵団を救援出来る戦力を割き向かわせば、今でさえ厳しい反攻への力と機を大きく減らす事になる。

 恐ろしく非情だが総司令官としては、南方の1万余の兵を囮的に使うのはアリな策であった。

 1万余が例え国王と王家の兵団で全滅したとしても、国を守る貴重な時間を稼げるだろうと。

 それに――反貴族派筆頭のボウロロープ侯爵は戦死し、第一王子は現在行方不明。更にここで国王が居なくなれば、一応密かに手を結ぶ王都に残る第二王子ザナックの擁立は非常に容易となる。

 数年前、国王派と貴族派の間で揺れた蝙蝠の心が悪魔的に囁く。

 

(もし当家が次期国王の後ろ盾になれれば、リーたんの将来も明るい。此度の大戦で、王国の人的損失は甚大だが、戦力として今後もあの魔法詠唱者をしっかり味方に付けれれば、帝国や法国へ対しても問題ないはずだ。ただ、戦士長も戦死した場合、友人を見殺しにしたのではと、ゴウン殿に恨まれる可能性が残るか……まあそれは、領地か金貨を積み上げれば解決しよう)

 

 一方で、リーたんの安定的な未来を望み、国王の(がわ)へと決心して着いた経緯も思い出す。

 

(くっ。可愛く愛しいリーたんの父親として、もう非情な裏切りはやめだと決めたはずだ。第一、バッサリ切ったはいいが万一にも陛下と戦士長や第一王子が生き残って終戦を迎えた場合はどうなる? そんな危険性の高い賭けを再びするために、私は国王側に組みしたのか? 違うだろう……将来、リーたんに厳しい境遇を絶対に残さない為だっ)

 

 レエブン候は目を見開くと伝令に告げる。

 

「伝令ご苦労。――相分かった。直ちに、()()()()の部隊を送り出そう。貴様のその傷では、帰還は厳しかろう。まず治療を受けよ」

「……はっ。申し訳ありません。侯爵閣下、あとは……宜しくお願いいたします」

 

 衛兵に支えられ近衛騎士は簡易幕内から下がって行く。

 結局、侯爵は南方へ応援を向かわせることにした。しかし、王家の軍団ごと助け出す余裕は王国総軍にはない。

 急ぎ、レエブン侯爵が呼んだのは彼を護衛する元オリハルコン級冒険者達5名であった。彼は状況を端的に説明する。

 

「竜軍団から選抜されたと思われる精強な40頭程の竜部隊が南進し、王家の部隊へ襲い掛かっているとの知らせが届いた。だが先程、魔法詠唱者のゴウン殿が反撃となる竜王への攻撃を開始したばかりで、ここで多くの軍戦力は割けない」

「――なるほど。我らは国王陛下を救出すればよいのですね」

 

 元オリハルコン級冒険者チームのリーダー、火神の聖騎士であるボリス・アクセルソンが勘よく用件を確認した。さらりとだが、相当困難な指令内容と言える。

 王の陣地への経路に詳しい伝令の近衛騎士を陣に残すのは足手まといでもあり、同行時に本音と規模を知って騒がれないようにだ。

 レエブン侯爵は頷き、ボリスの言を肯定すると同時に予想される難題の解決策も伝える。

 

「そうだ。ただ恐らく陛下は、陣地を離れる事を拒まれるだろう。その時は、ゴウン殿の大魔法による反撃が始まったとお伝えし、その場で〝大戦で疲弊した王国と戦後の陛下存命の重要性〟を説きご理解頂くのだ。きっと陛下は避難される事を選ばれるはずだ」

 

 此度の大戦で、王家直轄領の大都市エ・アセナルは破壊され、捕虜も含め市民40万人以上を失い、現状で10万人からの民兵も戦死している。更に得る物は無い戦争への莫大な戦費に加え、穀倉地帯の一部焼失により確実に5%は穀物収穫が落ちるだろう。その状況で国王を失えば、王国は一体どうなるのかと。

 

「委細承知しました」

「現地には王家の宝物を装備した、王国戦士長が踏ん張っているはずだ。彼の協力を得て共に脱出せよ。大よその位置はこの地図に記してある。貴様らなら4、50分で到着出来るだろう。出来る限り急いでくれ」

「はっ、ではこれにて」

 

 歴戦の5人は「しかし侯爵の護衛は?」という点をあえて聞かなかった。

 レエブン侯の表情には、既に『選択の余地は無い』という決意がハッキリと見えていたから。

 侯爵はリーたんの為、一度乗った船に賭ける。

 元オリハルコン級冒険者達5名を送り出すと、追加でレエブン侯の軍団から1000名と、東部から南東部戦線に展開する王国派の大貴族の軍団へも伝令を出し兵3000を南方へと向かわせるように指示した。元々南進したと聞く竜軍団の大戦力から、王国戦士長も助かれば儲けものというほど厳しい状況にある。兵4000は確実に全滅すると予想する……。

 だが、六大貴族で王国軍の総指令官としてのレエブン侯の立場を踏まえると、何もしない訳にはいかない。王家の軍団を救出するべく動いたという建前だが、これが現状で精一杯の判断。

 兎に角、国王さえ助け出せれば大義名分は手に入るのだ。

 それに今、彼の最大の役目は、総司令官として『王国をこの戦争に生き残らせること』である。

 

 ――『アーグランド評議国側へ戦線を維持しつつ、少しずつ押し上げよ』。

 

 レエブン侯が王国全軍へ指示したのは、主にそれだけであった。

 竜種相手に貧弱な一般兵の残存戦力で突撃的な戦闘を強いても、戦列が容易に崩壊するだけと冷静に判断する。局所戦は、冒険者達の意地を見せる形の奮闘に期待すべきところだ。

 それより貴族達の軍団には、戦線自体を現状から匍匐前進のようにゆっくりと動かしてもらい、ジワジワと広く大きく()()()()()敵を威圧させるのが目的である。

 総司令官は、ゴウン氏の大魔法に竜王ら竜軍団の上層部が屈し、人間側の広大な陣に押し寄せられれば連中も戦局の大勢が見え、評議国への撤退に傾き易いのではと考えた。

 

(ゴウン殿、何卒頼みますよ)

 

 最早、完全に旅の異邦人任せと言えるが、近い西方の空に高く立ち(のぼ)った巨大な爆雲を見上げて、仮面の男の圧倒的な力に今は縋るしかなかった。

 

 総指令官からの指示を受けた各戦線の大貴族らは、少しずつ配下の小隊の陣を北北西へを移動させ始める。それは1時間に100メートル程でだ。なので、包囲陣形の戦線はほぼ維持されたままで、竜軍団の宿営地方向へゆっくりと前進が起こり始めた。

 形としての華々しさは全くなく、大いに地味である。

 だが、この1週間程で、全ての貴族達とその兵団の民兵らは過酷なまでの闘いで疲弊しきっていた。対効果を考えればレエブン候の策は良策で、精一杯の反撃戦と言えよう。

 正に皆の損得抜きにした、純粋な『大切な者達を竜から守りたい』という強い想いだけで、闘志を燃やして這うが如き最後の進撃を見せる。その行動に貴族も平民もない。

 負傷して戦域外へ下がっていた冒険者を始め、兵達や騎士に男爵さえも動ける者らは皆、続々と担当の戦線や元の小隊まで戻って行き再参戦していった……。

 

 その中には王都で、リッセンバッハ三姉妹の仇敵と言えるフューリス男爵へ一時的に仕えるも男爵が『八本指』のサキュロントと揉めた際、戦闘を拒否して首となり後日、ポアレ男爵家に雇われたあの騎士も居た。

 大反撃の此度は到底、他人任せに出来ない闘いだとして。

 

「王都に残る愛しい妻よ、可愛い娘達よ、私がお前達を守る! そして、生きて帰るぞっ」

 

 新たな決意で銀の面頬付き兜(クローズド・ヘルム)を被り長槍を握る彼は、大戦開始時にポアレ男爵の率いる民兵185名の歩兵隊と22名の騎士団の兵団へ、騎士の一人として参戦。

 そして、2度目の竜兵との闘いで彼は、火炎砲により左腕を肩から大きく負傷する。

 ポアレ男爵兵団内では民兵の多くも負傷し戦死する中、騎士の称号を持つ彼は、男爵の計らいで同様に負傷した他の騎士達8名と共に、戦域外の野戦診療所で手当てを受けさせてもらえた。

 少し残る傷の痛みを堪え、家族と名誉と収入を守る為に彼は再び戦場へ立つ。

 

 また冒険者達も……。

 アズス率いる『朱の雫』は野戦診療所から南部戦線へと戻ったのだが、そのメンバーにはなんと聖遺物(レリック)級アイテムの『疾風の双剣』を両手に握る剣豪のあの男がいた。

 

「俺はヤれたら()り返す――〈三影連・倍斬〉っ!」

 

 ルイセンベルグは難度と共に筋力も落ちていたが、「大反撃が始まったのに、大人しく寝て居られるか。剣技はそれほど落ちていない。俺も出るぞ、連れていけ!」と闘志を燃やしての再参戦。

 死んだはずの有名なアダマンタイト級剣豪冒険者の『不死身の復活』に、戦場は冒険者達の他、民兵達も大きく気勢と士気を上げる。

 南東部の戦線において『漆黒の剣』達の銀級冒険者部隊は、攻撃の(すべ)なく土塁に籠り殆ど動けずにいたが、怪我のまま彷徨う冒険者数名を収容し手当する働きを見せる。反撃が始まると、運よく通り掛かった歴戦のミスリル級部隊と白金(プラチナ)級部隊と連携合流する形となった。この冒険者達は――旧エ・アセナルの冒険者組合の生き残りだと語った。最悪の地獄を経験した中で、勇気ある者達が再び武器を握っていた。そこでダインの土塁防壁が、上位の冒険者達にも褒められ重宝がられる。

 東南部戦線では、モモンとマーベロを擁したアインザック率いるオリハルコン級冒険者部隊を軸に動いた。怪我を押して戦場へ戻って来た冒険者達を含む多くの部隊が、アインザックの指示に従い、竜兵達の殺害に拘らずダメージ重視の攻撃に切り替え、多くの竜兵を戦線から退却させる攻勢を見せた。

 その指示の発案は、何気ない偽モモン(パンドラズ・アクター)の言葉であったが……。

 

 (のち)に反撃戦参加兵力は2万以上回復し、南方の1万余を含むが約10万1000人で開戦時の陣の8割近くをカバーした。冒険者達も1700人以上が参加し、部隊間の連携を強め竜兵らへと意地の戦いを見せ始める。

 竜達の攻撃が続く中、疲弊などの逆境にも怯まず冒険者と王国軍が互いに声を掛け協力し合う事で、全軍が連鎖し着実に前進を続けていった――。

 

 これと並行して、王国軍内では『〝蒼の薔薇〟のリーダーらが竜王との戦いに敗れ死亡した』と言う話が西部戦線方面より流れる。一時的に西側中心の戦場へ動揺が走るも、生きて各地に現れたガガーランを除くラキュースら『蒼の薔薇』のメンバーはその敗北についての情報を肯定。それと同時にゴウン氏により助けられたとも伝え広がり、彼の実力により大反撃が起こったという話へ更なる現実味を持たせた。

 『蒼の薔薇』や『イジャニーヤ』達も竜王担当を外れ、ここで一般戦線へと加わり反撃に勢いが付いてゆく。

 共に戦場へ立つ六大貴族のブルムラシュー侯は、先の『蒼の薔薇』リーダーらの敗北死と言う話で一時、大いに内心で安堵し掛けたが、間もなく連中の存命が事実と知るや眉間に皺を作り不機嫌な表情となった。

 

(……チッ、運の良い連中め。劇薬は購入し渡ったはず。まだ使っていないのか? ……次の手も用意すべきか。全員が平民であれば、例の内通の件など出自の怪しい者の戯言だと一蹴出来るが、アインドラ家の娘の存在は少々厄介だ。消えてもらうに限る)

 

 ラナーの放った罠も、主人(アインズ)の見せる世界の深淵を覗く様な奇跡の力の前では予想外に未達の場合もある。しかし簡単に一度では終わらない手堅くシツコイ一手でもあった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日の竜王軍団の宿営地は、いつもと少し違う感じで始まっていた。

 未明から早朝まで続いた上層部の臨時会議において、『本国からの監察へ対し攻撃戦果を作る』という竜王の強い要望で急遽決まった南進攻撃部隊の編成が朝から行われた。

 竜王の妹ビルデバルドとしても、やむを得ないと考えている。

 

(現状でも一応、人間共の戦力を大規模で確実に減らしているとはいえ、捕虜移送や長期補給待ちの件も加えれば攻め足が20日以上もこの地で止まっているのも事実。でも連中の首都への攻撃が始まれば、停滞面の悪印象は十分払拭出来るもの)

 

 南進へ投入する戦力として、現在全軍410余頭を約80頭毎で5交代に分けてあるが、総員から臨時で十竜長筆頭など精鋭42頭を集めての編成と決め、午前11時をもって送り出していた。

 普段、竜王のゼザリオルグは出撃する為、陣内の諸事を配下に任せている。今日も臨時会議が済むと約1時間とかなり短くなった早朝出撃のあと、攻撃担当として竜王隊を率いて通常サイクルで午前の出撃に加わる。そしてその竜王不在と陣内の諸事を、ビルデバルドが中心で百竜長筆頭のアーガードと百竜長ドルビオラの補佐を受け、共に仕切るのがいつもの形である。

 軍団5交代の1つ、竜兵約80頭の大部隊がこの宿営地を守り、2つの大部隊が出撃している体勢。また2つの大部隊が休息しているので、宿営地内には常時240頭程が居る事になる。今は臨時で出た南進部隊の参加者分少ないが。

 宿営地内は、午後に南進部隊が接敵したとの情報が来たぐらいで、監視部隊が追跡中の『人間5体組内で2体が出撃』などの情報は竜王へ直接伝えられたので、常時落ち着き静かであった。

 そんな竜軍団宿営地の事態が急変したのは、夕暮れも近い午後6時頃の事。

 

 南へ出来ていた広い廃虚地上空において、短い間隔で数度の大爆発が起こったのだ。

 

 帰投する姉の巨大な気配を捉えていたビルデバルドは、移動が止まった上に姉の気配も一回り以上小さくなっている事に気付く。

 

「――(お姉ちゃんっ!?)」

 

 何者かによって、竜王が攻撃されダメージを受けた可能性に驚く。

 間もなく廃墟中央付近の上空へ威力を物語る巨大な雲が立ち(のぼ)っていく。

 多くの竜兵も、急激な巨雲の発生という大きな視覚的異変には気付いたが、3キロ以上離れる竜王の状態を捉えたのはビルデバルドのみ。姉ゼザリオルグの気配が、他と比べ規格外の水準で圧倒的に大きいからこそ分かる。恐らく大陸北西域では3本の指に入っているはずだと。

 ビルデバルドでも気配を感じる取るのは、姉以外の一般的難度の連中だと1キロ半前後の距離が限界だ。

 今感じ取った竜王の状態は、重めながら中程度の怪我と言う状況。まだ瀕死には程遠い。

 姉の様子は心配だが、ビルデバルドはこの宿営地を姉から任されており、今勝手に離れるのは時期尚早に思えた。半月程前に現れたと言う槍使いの人間との闘いでも、中盤でゼザリオルグは負傷しており、そこから見事に巻き返している。

 加えて下手にビルデバルドが力を出して助けると、姉の竜王としての尊厳を傷付ける恐れもあった。

 

(お姉ちゃんが、今の人間勢力に負けるはずないっ)

 

 強大で無慈悲な八欲王達は彼女(ビルデバルド)が子供の頃に、欲深く互いに殺し合って死んだのだ。もういない。この大陸の他、西方の海を渡った先の大陸にも、あれら程の存在は御伽話にさえ聞かずだ。

 先日の王都強襲小隊への対策はされたようだが、それでも人類など恐るるに足らずである。

 さればこそ、この段階での自身による竜王救援は一旦ガマンする。

 彼女は、姉の代行として座る綺麗な布の積み上げられた席から立ち上がりアーガードを呼ぶ。

 南方側の空の異変もあって、直ぐにアーガードが露天する『執務の間』へ現れた。

 ビルデバルドは既に見上げる程の高さのキノコ雲へ視線を向けつつ、彼へ竜王の気配の変化と戻って来ない竜王隊の面々から、状況予測を伝えた。

 それを聞いたアーガードは厳つい顔を驚きで引きつらせる。

 

「竜王様が攻撃され、手傷をっ! 兵達他、ノブナーガの奴もやられたと? くっ……では私を含め、直ちに救援の精鋭部隊を向かわせますか?」

「いや。もしもの場合は私が出る。あれほどの雲となる巨大な爆発は、きっと大魔法だ。お前達では――ん!? 姉さんの気配が随分大きくなった。これは……変身したのかもしれない」

「おお。では?」

「ああ。本気になった我々の竜王は、確実に敵を叩きのめす事だろう」

「ですな、はははっ」

 

 アーガードは竜王から、この前聞かされた槍使いの人間を半殺しにした話を思い出し笑う。

 だがビルデバルドは巨大な雲への視線を暫く外さなかった。

 一応、闘いの状況を知るべく、アーガードは斥候だけを出すことにした。

 

 それから10分程が過ぎる。

 にもかかわらず、ビルデバルドの姉は竜軍団の宿営地へ帰って来ること無く、依然として廃墟北方の上空に気配があった。位置は目まぐるしく動くが、気配の大きさは余り変わらないため、闘いは拮抗している風に取れる。

 

(本気になったお姉ちゃんが、倒すのに時間の掛かる程の敵なの?)

 

 今のところ視覚的な敵情報は無く、何者か全くの不明。

 竜王と対する敵の存在を示す気配は断片的にしか探知出来ないが、姉ら両者の活発な動きからみて敵に負傷はあっても軽微のはず。

 (なお)、以前現れた槍使いの可能性は低いと見ている。奴は窮地に際し、大魔法の類は使わなかったからだ。それに今、仮に再度登場しても、奴の受け技は凄かったが、変身からの進化状態となった竜王を攻めるのは(パワー)的に困難と聞いている。

 廃虚北側上空でも宿営地から2キロ以上の距離があるため、ビルデバルドも難度で200未満の者を捉えるのは困難。

 変身進化状態の姉と互角に渡り合う力とこの点から、敵は――瞬間的に難度を強烈に上げられる人間なのではという予想が立つ。彼女(ビルデバルド)の隠す特殊技術(スキル)に近い能力。

 

「……(槍を使う人間も特殊技術(スキル)で総力を増したと聞いたけど。そんな特異な連中を集めた秘密部隊でも敵軍にあるのかしら)」

 

 隣国の人類国家、リ・エスティーゼ王国は建国より200年程。その間に脅威としての話を聞いたことが無い。近年、突発的覚醒でもあったというのだろうか。

 

(ううん……王国の戦力に、遠方のスレイン法国も居ると見た方が自然よね)

 

 アーグランド評議国内でも、人間側の強国といえば法国が知られている。ただ、半月程前にあった和平交渉の使者は王国のみからの代表だったと聞いており、法国が絡むとすれば最強水準の戦力を投入しながら竜軍団と交渉しない部分について納得しづらい。

 確かに(あと)で王国から多額の協力金などを受けるという話も考えられるが、竜種や評議国と直接交渉するという面を考えた方が人類国家として得る物は大きいはずなのだ。

 個人ならともかく、国家として利益の小さい与力が成立するのだろうかと。

 それ故に、やはり王国のみの戦力という筋も消えなかった。

 政治の駆け引きが得意で無いビルデバルドに、力の無い王国と強気で攻撃的な法国が別々に動いていたとの考えは浮かばずにいた。

 

(その事より今は、お姉ちゃんと闘ってる敵の強さが気になる)

 

 スレイン法国勢がいてもいなくても、姉がこの敵に勝てればどうでもよい話に変わる。

 彼女は人間側の戦力の疲弊振りから、連中が最後の切り札を出して来たものと確信する。

 

(大怪我をしたという槍使いが回復していれば、これまでにどこかの戦場へ投入されていたはず。それが無かったと言うことは、死んだか完全回復せずか今も動けない理由があるんだと思う。だから、この敵を退ければ――)

 

 その時、アーガードの声が掛かる。

 

「ビルデバルド様、闘いの場近くへと向かわせた斥候の者が戻って参りました」

「そのまま入って」

 

 アーガードと共に『執務の間』へ通された竜兵は、長い首を垂れると直ちに伝える。

 

「申シ上ゲます。竜王様と対峙する者は小さイ姿をシており、人間の様子。また、そ奴は立派な装備を身に付けておリ――黒キ布を纏った魔法詠唱者風に見えまシた」

「まさかっ」

「なにぃ」

 

 ビルデバルドとアーガードは大いに驚く。

 彼女は不審な魔法詠唱者が宿営地へ現れた時にその姿を目撃しており、百竜長筆頭も直後に報告を受けていたので忘れるはずもない。

 その驚きの最中、ビルデバルドの強面(こわもて)の顔が更なる驚愕の表情に変わった。

 

 姉の気配が弱まりゆくのを捉えたのだ――それも断続的ながら短期で急激に危険な水準まで。

 

 竜王ゼザリオルグは、竜人化等により人類勢に比べ圧倒的な強さとなっていたはずなのだ。

 その姉を追い詰められるとすれば、自身を除くと白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)ぐらいのものであろう。

 報告だとそれを、人間の魔法詠唱者が只一人で行っていると言う事実。

 

「――っ。アーガード!」

「はっ」

「悪いけど、今から私が出ます。気配から現場の事態(たたかい)が急変したみたい」

「なっ!?」

 

 明確には語らずも、彼女の様子は竜王の苦戦を予感させる雰囲気が漂う。

 

「宿営地は貴方に任せます。それと応援は寄越さないで。間違いなく巻き添えを食うから」

「分かりました。ビルデバルド様、勝利を」

 

 そう伝えるアーガードは、眼前の巨竜(ビルデバルド)に隠された真の実力を知る数少ない者の内の一頭。

 彼女は百竜長筆頭へ頷くと、その場で大きく羽ばたき、上空へとカッ飛んで行った。

 竜王でないがビルデバルドは、現時点で姉の煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)をも凌ぐ逸材だ。

 現在まで700年以上に渡り群れの統率が取れている彼等の山里だが、現竜王が隠れ少し経った頃、竜王の復活を待たず己の強さに溺れて、里を実力で乗っ取ろうと決起した反乱騒動もあった。

 ビルデバルドがまだ子竜の頃の話だ。しかし彼女はその成竜の反逆者達を単身、火炎砲無しの打撃のみにて圧倒的な力で()ちのめし平定してのけた。

 何を隠そう、アーガードとノブナーガは嘗ての反乱首謀者達である……故に身に染みている。

 

 百竜長のアーガードやドルビオラと共に竜兵約220体が居る宿営地は、己達の力足らずを歯がゆく思いながらも血気に逸らず各自が役目を果たし、竜王達の帰還を我慢強く待つ。

 半時間程が過ぎた辺りで日没になり、周囲へと夜の帳が降りる。

 その時、流石に状況へ焦れたアーガードは1組の斥候隊を送り出した。

 斥候隊は無事に10分程で戻って来る。しかし、斥候の報告する竜兵だけでなく内容を聞いたアーガード達も取り乱してしまう。

 

 なんと――敵の魔法使いの姿も含めて竜王()の姿が、()()()()()()()()という――。

 

 

「これは……どうなっているっ」

「一体何が……」

 

 百竜長達は、竜軍団の柱である2頭の姿を見失うこの突飛な状況に、呆然となった。

 

 

 

 

 

 旧大都市エ・アセナル廃墟の北東約50キロの位置。

 夜の森へ隠れる様に布陣していた6000余のバハルス帝国遠征軍は――臨戦待機していた。

 戻って来た斥候の騎士が、八騎士団第一軍の大将軍の幕舎へ通されると、急ぎ状況を伝える。

 

「閣下、報告いたします。本日まで殆ど動きのなかったリ・エスティーゼ王国の陣が、総勢で順次北側へと僅かずつ移動を始めております」

「そうか。ご苦労」

 

 大将軍は予想したように大きく頷いて答えた。斥候はあくまでも事実確認といった様子で。

 先程、日没前の旧大都市方向へ立ち上った巨大キノコ雲を見てから、既に全部隊へ戦闘準備を指示していた。

 流石に爆発音はこの地まで届かないが、夏場とは言え(いささ)か巨雲の湧き立つには不自然な場所と状況から、戦場での変異を鋭く感じての行動であった。

 巨大な雷雲の自然発生には下に湿気た空気層が供給源に必要となるが、ここ数日に大量の雨は降らず、周辺は竜兵達の火炎砲で燃え尽くされ乾燥気味のはずなのだ。同様に燃える物無く、地表からの煙でもないと。

 

 更に――例の旅の魔法詠唱者(アインズ・ウール・ゴウン)による決定的な大反撃があると聞いていた。

 

 帝国八騎士団は精強だが騎士達だけでなく、第一軍の大将軍を始め、まず指揮官の将軍達に優秀な者が多かった。彼等は機を逃さない。

 大将軍は幕舎を出ると各将軍への伝令に告げる。

 

「これより我らは帝国の敵を討つため、出陣する! 将軍達へ伝えよっ」

「「はっ」」

 

 各将軍とはこれまでに色々な状況での作戦を想定し会議を重ねてきており、王国が取れる反撃作戦の一つに陣の前進による状況も検討してある。

 この場合は、王国軍の手薄な竜の宿営地の北西と北東方向からの侵攻が最良と決定されていた。

 遠征軍本隊の行動に、こちらの陣へ詰めていたフールーダの高弟2名も作戦開始の頃合いと読んで大将軍へ伝える。

 

「では、大将軍閣下、我々魔法省部隊も動きますので」

「よろしくお願いする」

 

 高弟達は速やかに〈飛行(フライ)〉で去っていく。

 国家の柱石フールーダは不在なれど、それでも第3位階魔法の使い手100名の揃う帝国魔法省強襲魔法詠唱者(マジック・キャスター)部隊の攻撃力は十分に期待出来る。

 帝国遠征軍は前衛となる5000騎が、威風堂々と順次出撃を始めた。

 

 この動きに夜の闇で暗い中、本隊から西へ10キロ程離れた山際の林へ潜む帝国皇室兵団(ロイヤル・ガード)の精鋭200騎を率いる鎧姿のバジウッドらの所へも『本隊動く』との一報が届く。

 部隊にいる皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)所属の鷲馬(ヒポグリフ)乗りの騎士が、帝国遠征軍の行動を上空より〈能力向上〉の夜目にて捉えた知らせである。

 

「いよいよ俺達も闘いを始めるぞっ」

「……危なくなったら姿を消しますので」

 

 やる気を見せる帝国四騎士筆頭のリーダーとは対照的に、露骨に嫌そうな顔のレイナース。

 今のところ、彼女の最大の目的が果たせず、相変わらずで(くすぶ)って見えた。

 

 だが――本当は、遂に望む僅かな期待が見つかっての行動判断。

 

 本日も彼女(レイナース)はバジウッドと共に居たが、日没時に戻って来た戦場内を探る斥候からの報告『旧エ・アセナル廃墟上空への王国軍の反撃らしき巨大な爆雲の発生』を聞いたのである。

 呪いに苦しむ女騎士は(ようや)く『これだ!』と強く思った。

 『巨大な爆雲』を起こしたのは、きっと魔法だとレイナースは確信する。

 それ程の大魔法が使える者ならば――と、正に思考と全身へ稲妻が走る如き想い。

 日没ギリギリであったが、確かにその時の南西方向の晴れた空へ茜色に染まって立つ巨大な雲が見えていた。これまでの様な、虚言や幻では無いのだっ。

 ただ不運にも、レイナースを含めバジウッドやナザミ率いる部隊は、人目や人家を避け戦場でも外側に居た為に、旅の魔法詠唱者のゴウン氏による反撃の話は入手していなかった。

 だから残念ながらこの時点で、大魔法の使い手が誰なのかは不明だ。

 故に今、彼女が最も心配しているのは『その魔法詠唱者がこの戦争で死ぬこと』である。

 戦後、直ぐに人物は分かるはずだが、それでは何もならないと。

 なればこそ早く会える可能性も含めて『姿を消したい』とレイナースは思う……。

 しかし雇用主である皇帝ジルクニフとの契約で、彼女の離脱が許されているのは『身に危険が迫る』場合のみ。それ以外の場合では逃亡罪での投獄の上で最悪、処刑の可能性も十分あった。

 私欲のままに下手を打つと、大国の帝国から追われるという話もありえる。

 流石の彼女もそこまで愚かでは無い。

 バジウッド・ペシュメルの皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)隊100名が支度を整え出撃する時、彼の次に続いたのはレイナース・ロックブルズであった。ナザミ・エネックの隊もバジウッドの隊に続いてゆく。

 彼等は、帝国遠征軍本体とは少し異なる地を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 南進――竜王の強い要望で即日決行された、憎き人間共の首都攻撃を最終目的とする人類国家内地奥への中規模電撃作戦。

 部隊長には、竜軍団でも有数の強さを誇る難度165の十竜長筆頭が選ばれ、ゼザリオルグの本気度が窺えた。臨時編成された42頭の南進部隊精鋭は進撃を開始すると途中、正午を少し過ぎた頃、南方の大森林北側の広範囲に人間共の陣地を見つける。

 地上に展開していた王家の軍団は、今日まで一度も攻撃を受けていなかったのが仇となる。麦の青い茎色の布を夏の暑さの為に被っていない騎士が居た事で、輝く鎧や武器の日光反射が空中から多数見えたのだ……。

 ゼザリオルグからの指示は、「全て踏みつぶせ」であり、当然素通りなど有り得なかった。景気付けもあり激しく襲い掛かっていく。

 彼等は気持ち良く、脆弱な分際で逆らう人間共を焼き、踏みつぶしていったが、敵陣最南側を攻撃していた十竜長水準の竜兵2頭の進撃が止まって見えた。

 部隊長の十竜長筆頭が支援にその場へ移動し、炎を吐くと直後、1体の矮小なニンゲンが愚かにも斬り掛かってきた。

 

(うおっ、痛ぇ)

 

 意外にも、その赤茶装備の者の剣は、中々の切れ味で部隊長の鱗を切り裂いていた。今朝まで居た主戦場では無かった事だ。驚きである。

 十竜長筆頭の、評議国内に見る人間へ対する認識は『神聖な里には居ない、足元に小さく這う下等でひ弱な食用家畜』といったもの。此度の戦いが始まり、隣国で闘い歯向かう人間を見ても考えは変わらずにいる。

 そんな人間(ゴミ)に、里でも高い地位に就き、近年でも力勝負の首相撲で百竜長のノブナーガに1勝を残す自慢の強固な体の鱗を割られたのだ。彼は(いきどお)った。

 

(このぉ、家畜如きがぁーっ)

 

 空中へまだ居た奴を、渾身の力の前爪で切り裂こうとしたが、小癪にも剣で受けたのを見た。

 ならばと、十竜長筆頭はそのまま地面へ向け前足を強く振ってやる。

 予想通り、空すら飛べない脆弱なニンゲンは地面に叩きつけられ無様に負傷した。

 近くで竜兵2頭が見ている中、只の人間に手こずるのは恥というもの。

 部隊長は、誇り高く強い竜戦士として振る舞う必要もあり、傷を一応負わされたこのニンゲンを特別に評価する言葉を少しだけ語ってみせる。そして――奴の怪我を見越しつつ、さっさと殺しに掛かった。

 ところが、邪魔がもう一匹いた。

 突如、十竜長筆頭は頭部へ強烈な一撃を食らう。

 彼は大きくグラつき、狙いを外した上に地響きを立てて地へ片膝を突く。

 

「くっ。(ワシの巨体を、何者だ? 剣使いと違い、こやつの(パワー)は侮れん)……今のは随分効いたぞ。他種族で、ワシをグラつかせる者に会うのは久しいな」

 

 230年程昔の小竜の頃に里を抜け出して街へ行き、空から商店の店先に並ぶ食料を幾つか拝借して〈飛行(フライ)〉を使う衛士に捕まり、主要門護衛長のミノタウロスのおっさんに殴り倒されて以来である……。

 部隊長の巨竜は、中程度のダメージで間もなく再び立ち上がった。

 

 1時間程前、国王ランポッサIII世の陣地近くに竜兵が2頭現れ、その撃破と地表で苦戦する近衛部隊の救援に出撃した王国戦士長ガゼフ・ストロノーフであったが、3頭目に現れた巨体の竜の強烈な攻撃に遭い負傷し絶体絶命となった。

 そこへ突然のユリ・アルファの参戦により、戦士長は辛うじて命を救われた今の状況。

 闘いは続いており、二人はホッと息を吐く暇すらない。

 眼前へ立ち上がった巨竜に外見上、傷はあるものの致命傷には見えず、まだまだ闘争心十分と言える。

 そしてこの巨竜以外にも、先の十竜長水準の竜兵2匹だけでなく、すぐ北に約40頭もの強大な竜兵部隊が暴れ、展開した王家師団の小隊群を蹂躙し南下中であった……。

 剣使いを殺す絶好の機会を阻止された十竜長筆頭は、長い首と頭を不機嫌そうにゆっくり振る形で、改めて邪魔をした者へと殺気の強く籠った目を向ける。

 巨竜の目に映ったのは倒れた剣使いの前に立つ、やはり小さき人間であった。

 

(こんな細腕で先程の(パワー)か。それにしても……)

 

 一目で上質と分かる立派な装備と、足元を隠すが如く下半身へ長く高級な黒い布を纏う。

 後ろの剣使いの装備に比べ、はっきりと強度や価値の差が分かる代物。

 剣使いの持つ見どころのありそうな剣も、性能的に竜王様の鱗を削る程の切れ味は無さそうだ。

 対して黒い装備衣装の打撃格闘系の者は、ガントレットの棘だけでも、竜王様の鱗に傷を付けるだろう事は感じられた。

 竜種は皆が概ね高価な宝石や宝物、装備などへの識別力と欲望が高い。

 起きあがってきた竜からの強い眼差しを受けて、ユリも背に庇う戦士長へ向けていた横顔の視線を、顔ごと正面の巨竜へと向けた。

 睨み合いながら、彼女は状況を冷静に考える。

 

(流石に、視界内に見える3匹全ての(ドラゴン)を同時で相手にするのは厳しい。後方には他にも竜部隊が居るようですし、ここは早めで個別に対しつつストロノーフ様を連れて逃げるのが最良だけど)

 

 問題は、彼が王国戦士騎馬隊の隊員達や国王を置いて動いてくれるかと言う点となる。

 戦士長の普段の言動と人物を考えると、容易ではなさそうに思えた。

 一方、恋の盲目で()()()()()()()()()()ガゼフであるが――なんと意識が復活していたっ。

 それは最愛の眼鏡美人ユリの前に、彼女を殺そうと迫る巨大な竜の影とその怪物の声が聞こえたからだ。

 

 今、幸せ一杯の個人的未来妄想にふけっている場合ではない。

 

 夢を夢で終わらせるものかと、戦士長は普段の鋭い状況判断力を見せる。

 

(いかん! 正面から攻撃を受けては竜達が余りに有利。移動し場所を変えて、個別に不意を突く形の態勢で迎え撃つべきだ)

 

 先の攻撃の一見ではあるが、これは彼女の力量を見ての判断。

 無理な闘いで、ユリが目の前で殺されてしまうなど、断固あってはならない。

 情けなくも、事実としてガゼフ自身よりもユリは高い攻撃力を持っていると認める。その戦力を活かすには、この竜へ正面からの攻撃では少し分が悪いと思えた。

 

(――この竜にも弱点は存在する)

 

 〈急所感知〉で、それは見えていた。

 とはいえ、ガゼフはまずユリと共にこの強大な巨竜との、正面での対峙を回避したかった。

 彼女の鮮烈な攻撃で時間を2分近く稼げたお陰で、戦士長の潰れた肺や折れた右足がかなり回復してきていた。万全ではないが、なんとか走る事も可能。

 目の前の巨竜を出し抜くべく依然、地へ体を投げ出したままの戦士長は、眼鏡の最愛の君へ声を掛けようとした。

 

「ユリ――」

 

 ここに居る彼女には改めて確認したい謎の部分が多い。

 でも今は一旦置くことにする。

 要は――あの英雄的なゴウン殿の配下――という一点で大抵の項目は納得出来るものだからだ。

 

「――・アルファ殿、感謝する。これより、一旦この場を離脱しますっ」

 

 彼女に劣ると知るガゼフは、事前に自身へ武技〈肉体向上〉と〈流水加速〉により肉体強化と反射神経加速を通していた。

 彼は瞬間的に起き上がると剃刀の刃(レイザーエッジ)を両手で強く握り込み、ユリの右横から前へ踏み出し全力で正面の巨竜へと放つ。

 

「〈六 光 連 斬〉っ!」

 

 これは倒す為ではなく、目くらましと敵を前に出させない為の一手だ。

 

 

 次の一瞬で引いた戦士長は、ユリの()()()()()と全力で右後方へ駆け出した――逃避行の如く。

 

 

 国王の地下指令所は大森林の幅の狭く(くび)れた辺りに在り、周囲に森が茂る。それらへと紛れるように二人は進む。

 ユリもストロノーフの行動の狙いを理解し、歩調を合わせる形で同行する。

 周囲に居た王国戦士隊は、隊長の行動を一時離脱と判断した。連絡員を2名程向かわせ、他は竜兵から距離を取って牽制気味での待機に入る。

 ガゼフは駆けつつも握った彼女の手が、以前の昼食会で握った時と同じく冷ややかに感じた。

 戦場で巨竜を前にすれば、体温がおかしくなって当然であるっ。彼は気にしなかった。いや、もう殆ど気付かなかったと言った方が正確だろう。どこをどう走ったのかも覚えていない。幸せ過ぎて、またホワイトアウトしかけていたから……。

 一方、打撃格闘系の人間(ユリ)と対峙していた十竜長筆頭は、突然の剣の連撃と逃走に激怒し2度ほど火炎砲を吐いた。でも剣使いの神掛かった動きで、森と草木の中に見失う。

 

「あの剣使いめ。往生際の悪いやつよ」

 

 口でそう語った部隊長だが、注意すべきは先の拳使いの人間であり、見失った方向を強い視線で睨みつけていた。

 

 

 ガゼフ達は、10分程で大森林の(くび)れた幅の狭い地域の、東側へと抜けそうなところまで移動していた。

 

「―――ノーフ様。ストロノーフ様っ」

「ハッ。……ユリ殿っ、こ、これは!?」

 

 最愛の人の声で正気に戻ると――王国戦士長は、なんとユリにお姫様抱っこされていた……。

 余りの動揺に、とっさで彼女を名で呼んだ事にも気付かず。

 森の中にも起伏は有る。意識の飛んだ戦士長は、足場のない小さな崖の先に出て空中を進もうとしたのだ。足が空回りする中、自然法則により3メートル程の落下が起こり、ユリにキャッチされた模様。

 

「も、もう下ろして頂いて大丈夫です。申し訳ない」

「い、いえ」

 

 彼女も僅かに頬が赤い中、その抱える左手をゆっくり下げられ地に立たせてもらったガゼフは、流石にバツが悪い。

 恥ずかしさで視線を下げ、僅かにプルプルと身体が震えていた。

 一方のユリも、ここまでの一連の流れ『手を握られ、共に駆ける』という行為と、出陣前に彼からの『美しい女性として慕う想い』を伝えられているのを思い出していた。顔の鼻先で可愛く両手を合わせる形で森の中に佇む。

 眼鏡越しの視線は、赤恥に地面を見詰め両手を握りしめて立つ彼を見ている。

 ただ、彼女は単に彼へ従って手を引かれるままにここまで来たわけでは無い。

 状況が好都合だったという部分が大きい。何故なら今――。

 

 ストロノーフ氏に関し、竜達を始め、国王や王国戦士隊の隊員達から十分引き離せていた。

 

 あとはこのまま、戦争が終わるまで二人でどこかへ逃げれば良いだけの話。それで至高の御方からの命令の本題は概ね完遂出来るのだ。

 しかし恥に震えていたと思いきや、彼の口からは別の言葉が飛び出す。

 

「ユリ・アルファ殿、恥の上塗りながら今少し、非力な私に力を貸して頂けまいか」

「……」

 

 それだけで直ぐに、戦士長が竜達との再戦へ赴く考えだと分かった。しかも、最愛の女性の力を利用してでも、国王や周りの者達を助けようとするつもりなのだと直感する。

 当然そう伝えた本人、王国戦士長の顔は苦渋に満ちていた。

 

(ユリ殿、本当に申し訳ないっ)

 

 だが今、他に選べる手が無く、彼女の強さを見てしまったからには最早やむを得ずの一手。

 ユリは――それを予想していた。

 

(やはり、この方の厚い忠義心は、私達ナザリックの者がアインズ様へ向ける意志と、通じるものがありますね)

 

 己の事よりも尊い存在が居る者による、手段を択ばない行動と言える。その考えがユリにはとてもよく理解出来た。

 属性がカルマ値:150の『善』である彼女は、純粋な願いを受けて苦悶する。

 ユリの戦闘力を以てしても、先程の竜長達だけでさえ分の悪い相手に感じている。押し寄せる竜の部隊全てを相手にするのは無理な話。なので、このまま戦士長を連れてここを離れる事こそが、至高の御方の命令に対してベストだろう。

 一方で日頃、支配者が彼へ待遇良く接する様を見ている。また戦士長の普段の真摯な姿から本当に困っている気持ちも伝わり、多少手を貸してあげたいとも感じた。

 なのでユリはこう伝える。

 

「敵が多いのでお手伝いするには、条件がございます」

「……確かに。是非、それをお聞かせ頂きたい」

 

 ガゼフも敵の強大さには、切りが無いように感じ、それでは余りにも無茶な願いだろうと気付き彼女へ確認する。

 戦闘メイドの彼女は頷くと静かに語る。

 

「協力は、少数の救出にのみ注力させて頂きます。はっきりと申しますが、現状で全員を救う事は無理と存じます」

 

 彼女の言葉は暗に『国王救出に絞れ』と言っていた。

 戦士長の表情は一層難しくなるが、出来る事を考えれば異論はない。彼女の参加で、彼の最後の選択肢はまだ残されているのだから。

 

「有り難い……少数の救出について了解しました。是非、お願いする」

 

 任務を帯びるユリも、これ以上の譲歩は無理であり、ストロノーフが納得し撤退してくれそうでホッとする。

 こうして二人はこの場より大森林の西側へと折り返し始めた。ここは、流石に手を繋がず。

 すると間もなく、連絡員として追って来た王国戦士隊員らと出会う。

 

「隊長!」

「ゴウン様の召使いのお嬢さんもよくご無事でっ」

「おお、お前達っ。追って来てくれたのか?」

 

 隊員2人は、『召使いのお嬢さん』ことユリの事を勿論知っている。なにせ、彼女は馬車に轢かれた戦士長を、騎馬隊の屯所まで一人で軽々と担ぎこんで来た女史その人であるからだ。

 今や王国戦士騎馬隊の中では超有名人と言ってもいい。

 近年、浮いた話が全く無かった隊長に若き眼鏡美人現る――二人きりの食事会に加えて、馬車の件で知れ渡っていた。普通なら、ガタイの良い戦士長の搬送など他の者に任せるはずと。

 第一普段、彼女の話を振ると隊長の機嫌とテンションが凄く上がるので、使わないはずがなかった……隊内で知らない者は損というモノ。

 そして此度の彼女の救援登場は決定的だ。

 人の命など吹けば飛ぶ様な竜王軍団との戦争の真っただ中である。遊びで来るはずもなく。

 またあれほど熱烈で高らかに「私が守りますから」とまで宣言したのだ――愛ゆえに、だろう。

 王国戦士長の周りでも、既成事実的に大きく誤解が広がりつつあった……。

 ただ現状、隊長の恋路の件は少し脇へ置いて、4人の話は竜達の迎撃と国王の脱出説得に終始した。

 先程のユリの協力する『国王救出』では大きな問題が一つ残っている。ランポッサIII世が地下指令所から動かない件である。

 この戦争では、ただただ時間稼ぎの為だけに、竜兵達の火炎砲で焼かれて死んでいった兵達が既に何万人もいる。なのに、死守を命じずっと後方に居る国王自身が多少の窮地でスゴスゴと逃げ出すのでは、亡くなった者達が納得出来ようかとの考えを持っていた。

 

 だから、王は死ぬと分かった時でも地下指令所に居座ると決めている。

 

 『動くつもりはない』との言葉を出陣する前から、主君よりガゼフは聞いていた。

 しかし、一般兵と国王の立場では果たす責任に大きな差がある。

 ランポッサIII世は貴族派の貴族達も一応認めている王であり、リ・エスティーゼ王国の非常に大きな要。此度の戦役で王国は今後、より疲弊の深刻化が進むはずで、彼が居なくなる状況は国情を一層不安定化させるのは目に見えている。

 それにランポッサIII世は、ヴァイセルフ王家でも大きな良心と言える存在。

 表に立つ2人の王子達はまだ若い上に、どちらも権力欲が強い性格。ラナー王女は、多数の改革立案や奴隷売買の禁止など聡明で立派だが、いかんせん姫君であり他家へと嫁ぐ存在でしかない。最悪、婚姻により王家の敵対勢力側に移る可能性も考えられた。

 父の国王が今居なくなれば、第一王子の後ろ盾であった義父の六大貴族のボウロロープ侯も亡くなった事で、王家も衰退するだろう。

 だがガゼフとしてはそれ以上に、大恩と温かみのある王には生き残って欲しいとの思いが強い。

 戦士長の語る問題点へ、ユリは冷静に『立場を軽視した思い込みによる王の個人的な我儘』だと考える。

 ただ、王国戦士騎馬隊の者達は君主ランポッサIII世の考えを尊重する立場である。容易な問題ではない。

 そこでユリが一計を考え披露する。

 

「では、あの場に居る事よりも〝過酷〟な位置と思われる、レエブン候の居る最前線へ向かうと進言してはどうでしょうか? これならば現状の窮地は一旦回避出来ますし、〝兵達を見捨てて逃げる〟という負い目も無いはずです」

「おお」

「逆転の発想ですな」

「……確かに。しかし、実際に最前線へ移り潜むとなると――」

「――ストロノーフ様、今は思い切った行動が必要です」

 

 眼鏡越しのユリの言葉に、王国戦士長も『まず現状を乗り切ってから』との意志に賛同する。

 

「……了解した。それで説得してみよう。……ただ、一つだけ確認したき事が」

「何でしょうか?」

 

 眼鏡美人へと一層強い視線を向けつつガゼフが尋ねる。

 

「貴方が此処へ居る事は、ゴウン殿の反撃開始と関係が?」

「いえ、残念ながら(あるじ)の今の状況は分かりません」

「そうですか……」

 

 眉間に皺を深く刻み、戦士長の視線は低い角度で木々の隙間に覗く遠い空を漂う雲へと移る。

 この時、ユリは聞かれなかったのもあり口にしなかった。敵の竜部隊の目的が南進である可能性を。国王達が踏みとどまる理由の一つに成り得るからだ。

 また、後でそうだったとしても大した()()()()()()()、として。

 脱出作戦について10分程で手短に要点を決め、王国戦士隊側への指示もこの場で与えると4人は西側へと夕刻が近付く森の中を急ぎ進んだ。

 

 王国軍の最重要施設である地下指令所近くで、王国戦士隊員の2人は「こちらは任せて下さい」と笑顔で伝えると隊長のガゼフ達と分かれ、他の場にて牽制待機中の隊員達の下へと向かった。前方に炎を上げる森林の光景が見え、今生の別れとなる事を感じながら。

 ガゼフとユリは真っ直ぐに最短ルートで地下指令所の出入口へと立つ。そこは森の木々がやや薄い、少し開け気味の場所になっている。幸いまだ、先程の巨体の竜長達は来ていない様子に安堵する。流石にこの場で暴れられると、国王を連れ出す事は難しいからだ。

 守衛の近衛騎士に物々しい装備のユリが止められ掛けるも、戦士長の「彼女はゴウン殿の配下です。緊急により通らせて頂く」との、とりなしにより通されて地下への階段を駆け降りる。

 

「陛下、急ぎの進言をお許しいただきたい」

 

 声高に『王の間』へと(せわ)しく入って来たのが王国戦士長だけでなく、武装した初見の女性の登場にランポッサIII世は面食らう。

 

「いきなり騒がしいですぞ」

 

 控えていた近衛百騎士長が先に声を掛け、続けて問う。横の人物にも視線を移しながら。

 

「何事ですかな、戦士長殿。貴殿は戦闘中のはず……それに、そちらの棘々しいガントレットを付けた御婦人は?」

「彼女はユリ・アルファ殿。()の客人ゴウン殿の配下の者です」

「ゴウン殿の……」

 

 近衛騎士長もその存在を知っており、王家の客人で王の前では無下に出来ない事と、よく見れば余りの美しさで言葉に詰まる。

 空間奥ヘ置かれた長机の席に座るランポッサIII世は、ユリという名に聞き覚えがあった。以前に戦士長が絶叫した女性の名と記憶していた為だ。その国王と、宮殿へ居つつも裏方であるユリに面識がないのは仕方なきところ。

 

「お初にお目に掛かります、陛下。ユリ・アルファでございます」

 

 ユリは、礼儀を弁える王都滞在のゴウン氏配下として、僅かに漆黒の長いスカート部の裾を持ち上げ優美に礼をする。

 

「おおっ(彼女がユリと申す者か……いや、なんとも美しいの。ふむふむ、なるほどのう)」

 

 純粋に彼女の凛とした立ち姿が美しく、横で護る様に立つ赤茶の鎧姿で凛々しいストロノーフと似合いに見えた。

 王国最強戦士の鼻息の荒い様に、婚姻宣言でもしにきたと想像し、少し国王の頬が緩む。

 現状、地上では竜兵達が暴れて迫り、とても和んでいる場合ではない。しかしそんな状況も、ランポッサIII世は全てを覚悟してこの場におり、達観した精神の域に達し掛けていた。

 なので、気持ちよく進言を許す。

 

「戦士長よ、何かな?」

 

 ところが、全く違う内容がガゼフの口から飛び出す。

 

「陛下におかれましては、急ぎレエブン候の陣までの移動の御支度をお願いしたく」

「「――!」」

 

 近衛騎士長と国王の顔が驚きに変わる。

 近衛騎士長にすれば、『その手があったか』という思いも混じる。

 ランポッサIII世にすれば、己の剣という者からの思いもよらない言葉である。事前に『この場を動かず』という強い意志を伝えていたはずなのにと。一種の裏切りを受けたような思いだ。

 だが、それは一瞬でもあった。

 王は今、『ゴウン氏の配下』が王国戦士長の横に居るという意味を考えた。

 

(もしかして遂に――あの者の反撃が始まった、いや始まるのかっ?!)

 

 当然、ガゼフとしても、国王にその勘違いの効果を期待している。問われれば「もう間近に」とぐらいは伝えるつもりだ。

 王自身、全く希望が無い状況では、死んでいった者達を前に動くわけにはいかないという強固な意地とも取れる思いであった。だが絶望的現実が変わり、輝く未来の光景を王国民へ再び見せられる機が与えられるというのなら、死んでいった者達に報いる意味で自らが必ずや導かねばとの高尚な強い気持ちも持っている。

 そのためには、断固生き延びねばならない。

 ランポッサIII世の表情へ険しさと共に生気が漲る。同時に、ここでストロノーフが『退却』ではなく、『レエブン候の陣へ』と伝えて来た気遣いにも気付いた。

 

(優しくも律儀な男よの。嬉しく思うぞ)

 

 そんな忠臣の男へと、国王ランポッサIII世ははっきりと告げる。

 

「よし! レエブン候の陣まで移動する、即支度せよ。我が剣、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフよ、我の進む道を切り開け!」

「御意っ!」

 

 礼を取る戦士長は『これでいい』という表情を一瞬見せ、直ぐ近衛騎士長へと伝える。

 

「移動の準備と、陛下が離れる際の援護をお願いする」

「心得た。任せられよ」

 

 騎士長の彼も、覚悟をしてこの場を守っている。息子はまだ若い騎士見習いでも、父が竜と闘い国王を護っての戦死であれば、どこへ行っても悪い扱いは受けまいと。

 近衛騎士長は、騎士達に王の荷物を纏めさせる。元々ランポッサIII世は、戦場へ不要な物を持ち込んでいなかった事と寝具など嵩張(かさば)るものは残す為、数分で一抱え程度のものが集められた。主に執務を取る際に必要な筆記具や参考文献書物など、一応替えが利きそうな道具であった。それを行動するのになるべく邪魔にならない大きさへと3つに分けて3名の若い騎士へ持たせる。

 あと一つの問題は60歳を超える国王自身の移動だ。輿などを使っている場合ではなく、巻物(スクロール)で精神魔法を掛けた愛馬の白馬に乗ってもらい、万一に備えて難度高く体格の良い騎士が背負う準備も進める。更に指令所内から地上への階段を上ると、戦場から指示で護衛にと戻って来た4名の王国戦士隊の隊員が待っていた。

 国王とガゼフやユリ達も含め一行は11名プラス馬1頭の小隊である。

 

「隊長、先程の3頭の竜兵達が間近へ迫って来ています。急ぎましょう」

「そうだな……」

 

 竜達は依然200から500メートル程離れた所の上空で暴れていた。どうやら似たような装備の王国戦士隊の連中からの牽制で、戦士長とユリを探し周辺をウロウロしている模様だ。流石に巨竜らさえも、先程の剣使いが東の端近くまで狂ったように真っ直ぐ進み続けるとは思っていなかった……。

 隊員達が森の木々を隠れ蓑に距離を取って時間を稼いでくれていた。

 でも火炎によりその稼げる時間には制限があり、もう余り残されていないのが業火に包まれていた広い範囲から歴然であった。

 国王を護る以上、戦士長がこの地の王国戦士隊や近衛部隊を助けることはもう出来ない。

 地上は炎と同じ夕焼け空色に染められていた。雲の増えていた空には、紫も少し混ざるピンク系に満ちた光景が幻想的に広がる。

 正に黄昏の時を迎え、この場へ残る近衛騎士長達からの送り出す言葉が胸に刺さる。彼等は、第一王子と違い、気遣いのある国王には日頃の恩を感じ忠義を示していた。

 

「陛下、この地はお任せを。何卒ご無事で。――我らがリ・エスティーゼ王国に栄光あれ!」

「「「栄光あれ!」」」

「皆の忠誠、生涯忘れぬ……よろしく頼む」

 

 敵の竜部隊の総力を考え、宝物装備の王国戦士長も欠く戦力となれば、厳しい戦いが想像される中、王の返す言葉はそれしかなかった。

 この地下指令所は、国王の座する王国総軍の最重要拠点として急に放棄・喪失する事は、連絡不備等で全軍に動揺と混乱を生む事にも繋がりかねない。

 少なくとも、ランポッサIII世がレエブン候と合流し、『王は移動し健在』ということが周知されるまで維持する必要がある。

 誰かが命を懸けてやらなければならない事なのだ。

 その光景を、ユリは沈黙して見守っていた。いつの日か、自分達がこんな状況を()()()()()()がアインズ様へと己の存在意義を高く伝えるだろうと考えながら……。

 

 ガゼフ達は速やかに移動を開始した。

 ユリに助けられ、巨竜から逃げて40分程は過ぎていただろうか。

 もう暗い大森林内の草木の僅かに薄い間を抜け前方へと進む一行。

 

「後方上空及び、地上側100メートル後ろまで敵影無し」

「了解だ」

「この獣道は大きな植物の根元を上手く避けていて、かなり進み易いですね」

「そうだな」

「では」

 

 戦士長への定時報告を終え、斥候の王国戦士隊員が後方の持ち場へと駆け戻って行く。

 間もなく夜を迎えるが移動ルートとしては、大森林の西端に近い地下指令所から東へ森の中を進む道程を経ての方が、西側から直ぐ森を抜けて開けた麦畑内を北上するよりも安全だとみる。

 実際、先程戦士長とユリは、何とか追手の巨竜を森の深い草木で撒く事が出来ていた。まああれは、誰かが恋の盲目で超常の動きを見せた結果でもあるが……。

 指令所から小隊に選んだ者達も無論、夜目の利く者ばかりなので行軍に問題はない。

 体格の大きい騎士が国王の乗る愛馬を引き、それを中心に戦士長達が周りを固めつつ進んだ。王国戦士隊の4名が、斥候として前後からの竜兵の接近と前方の進みやすい道を探ってくれていた。

 ただ、この大森林は南北へと70キロ程あるため、モンスターでも小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)悪霊犬(バーゲスト)魔狼(ヴァルグ)ぐらいは普通に居るので油断出来ない。これまでにも多くが討伐されたが、森の奥には小鬼(ゴブリン)で難度の高い者が率いる群れも依然幾つか残るとの事。巨木のウロなどから地下に居住区を広げ、別れて潜んでいる為、近年はこの大森林で大きな群れの発見は難しくなっているらしい。

 用心しながらすっかり闇の広がる森の中を、周辺に視線を回しつつ小隊は足早で進んでゆく。国王陛下を少数で竜兵達から守り移動するという大きな緊張の中、確認や斥候報告以外での会話は必然的に少なくなる。ユリという貴婦人も同行し、騎士や王として女性へ関する軽口も語れず、一行には重苦しい雰囲気があった。

 となると一瞬の合間の気分転換は限られる。

 

「「……(ふう)」」

 

 美しい容姿のユリ嬢について、『ゴウン氏の配下(絶世の美人揃い)の一人』としか聞いていない若い騎士達男子陣は当然、時折チラチラと彼女へ視線を伸ばし溜息を漏らす。王城の近衛騎士達は普段、時間ごとでの持ち場があり、メイドとしてソリュシャン達より比較的宮殿の室外に出る機会の多かったユリですら殆ど見掛ける機会はなかった。

 世に不満を持つ者は稀だろう顔立ちや瑞々しい肌の表情と唇、夜会巻によって髪が上げられて見える(うなじ)や大きめの胸元は鑑賞しなければ逆に失礼というもの。

 若い近衛達は騎士の家柄で、これまでに数々の名家の女性を見て来たにしても、ラナー王女と王城へも出入りするラキュースを除けば思い浮かばぬ程の美人。

 己が身分と剣の実力を弁えれば王女や最上位冒険者は無理だが、王家の客人とはいえその配下の女となれば、望みは持てる。

 ところが、若い騎士達は少々気に掛かる事があった。眼鏡貴婦人の傍をゆく王国戦士長だ。

 彼女を眺めると、猛獣の如き「ガルル」と聞こえてくるかの彼の険しい視線とよくぶつかった。

 加えて、普段殆ど女性と会話をしないという堅物の戦士長が表情を緩め、この貴婦人へ何度か話かけている姿を見る。一応、彼女の仕えるゴウン氏が戦士長ストロノーフと友人との話も聞くが。しかし。

 

(戦士長はもう30代半ばも超えつつのはずだっ。対してあの婦人はまだ10代か20歳程………()せない。 ロリ……いや)

 

 国王の乗る白馬を引きつつ、体格の良い20代前半の若い騎士が首をひねっていた。

 一般的には貴族でもなければ、やはり男女間で年齢の近い者同士が魅かれあう傾向だ。ただし、実力が有る者にはやはり世代を超えて人気があっても不思議ではない。

 

 この新世界において―――(パワー)に魅かれるのは、ごくごく自然な事なのだから。

 

 ここ数年だけで、帝国の大魔法使いフールーダや元十三英雄のリグリットさえも、商家や地位の有る家の10代、20代の異性の若者達から何度か求婚されたと伝わっている……。

 ガゼフ・ストロノーフも王国最強戦士の二つ名を持つ男。平民でありながら武骨を通す生きざまは若い町娘達にも人気があった。ただ、ここ10年程の彼は、民や忠義一筋という雰囲気で全く町娘へ手を出していない。

 それだけに、彼とこの貴婦人との様子は特筆すべき状況と言えた。

 戦士長としては正直、非番時の城外における近衛騎士達の女癖の酷いゴシップを聞き飽きている為、当然とも言うべき態度を示しているだけ。彼女との会話も、若い騎士達の露骨な視線に気分を害さない様、説明をしていたぐらい。なにせ、彼女やその主のゴウン氏と一行には、無理を言って戦争に加わってもらい、王国に大貢献しようとしてくれているというのに申し訳ないとして。

 ユリは、全く意識しておらずどうでもいい弱き者達からの視線であり「大丈夫です。気にしていませんので」と返している。その言葉にホッとする戦士長。

 

(全く。若い野郎連中の考える事はどこも変わらんな)

 

 イイ女へ色目を向けるのは、王国戦士騎馬隊でも若い隊員には結構見かける風景だ。

 さて、緊迫の行軍と一時(いっとき)のたわいない思考の時間も含めて国王一行は、森の中を進み50分程が過ぎる頃、大森林を東側へ抜け麦畑の広がる平地へと出る。

 途中で小鬼(ゴブリン)などは現れずここまでは無事に来れた。どうやら竜の部隊の気勢を感じて南へ移動したか森の奥へ引き篭もっている模様。確かに、連中も好き好んで竜種の集団と遭遇したいとは思わないだろう。

 この一行で最も体力が低い国王ランポッサIII世は今、馬上だ。その次は難度21の若い騎士。なので、当面の行軍は平気と思われる一行は休憩を挟まず、そのまま移動することにした。

 但し、このまま北上すれば、北側に展開する王家の軍団と縁戚の連隊を襲う竜部隊本隊の戦域へ入ることになる。故にここは北東へ進み、大街道を超えた辺りで街道沿いに旧エ・アセナル方面へ移動するルートを予定している。

 間もなく午後8時を越えたが、大森林の反対側の西から北側の王家と縁戚の軍団付近の空は、赤く炎の色を映している。

 

「「「………」」」

 

 少し大森林から離れたところで、夕刻から夕食も取らずの為、休憩がてら炊事の要らない携帯食での夜食を取る。この地域は幸いまだ緑一面の麦畑が燃えておらず、麦穂までの高さは1メートル以上あるので、しゃがむ形で各々が距離を取れば目立つことはない。馬の頭が1つ出ている程度。人とは違うので、休憩中は鞍を外せば野生にも見えるだろう。

 国王を始め『善』属性のユリも含め一行の誰もが、炎の光景の惨状を無念に感じながら食事の合間に見詰める。大森林を出た事で、緊張感もより高まっており、最早多くの者が携帯食の味を殆ど感じていなかった……。

 午後9時が迫る頃、再びガゼフ率いる国王一行は白馬に馬具を乗せ準備が整うと、再び北東方向への移動を始める。麦畑の中を固まらず、麦の青穂と同じ色の布を纏った各自が5メートル程ずつ離れて進む。

 ガゼフは今、慌てず動こうと考えている。竜兵達の目は侮れず注意すべきだと。

 

(……距離的にまだ、こちらには気付けないはずだ)

 

 広い領域を探す場合、動きが無ければ連中も捉え辛いはずなのだ。休憩で停止中も、王国戦士隊員は交代で監視を続けていたが、遠く北北西側の空に竜兵の飛ぶ姿が見えていた。国王一行は北東寄りへ移動したので、竜部隊本隊の戦域は少し北西側へと移ってみえる形。

 極力、竜兵達と距離がある時を狙っての移動を慎重に心掛ける。

 開戦以来、40頭という数の竜達がこれ程狭い戦域に集まった報告は初めてだけに、北の主戦場側はだいぶ竜兵の密度が薄いと思われた。

 この戦域を無事に北へ抜け切れれば、楽になるはずなのだ。逆に、ここで引っかかれば集結した竜兵達から集中攻撃を受けると言う事であり、絶対に避けなければならない。

 

 ところが――儚い無常な急の変化に見舞われた。

 

 42頭もの十竜長水準の精鋭南進部隊の集中攻撃により、広く展開していたにもかかわらず王家の軍団と縁戚の連隊、計12500余は、僅か4時間少々でほぼ全滅に至る。近衛騎士団長以下あの地下に居た近衛騎士長も含め300名の近衛部隊と王国戦士騎馬隊員30名以上が引き受けた地下指令所周辺部も炎上していた……。

 ここから、人間共の脆弱な軍団を圧倒的(パワー)で踏みつぶした精鋭竜部隊の更なる南進が始まる。

 王国戦士長達の静寂だった周辺が激変する。何故なら、大森林()()()()()するの方が王都リ・エスティーゼに近い為、竜軍団精鋭南進部隊の進路上に当たったからである――。

 

「隊長、大変です! 竜兵達が急にこちらへと多数飛来してきますっ、指示を」

「戦士長殿、ど、どうしますか?」

 

 四方から駆け寄って来た王国戦士隊員と白馬を引く近衛騎士から詰め寄られながら、一気に窮地へ立ったガゼフの顔色は蒼白に変わる。

 

「くっ(見つかったというのか、この距離で。竜種の視力はケタが違い過ぎるっ)」

 

 本当の竜部隊側の行動面の実情が不明の為、そうとしか思えない展開に彼は唸った。

 ひと月半前に、カルネ村近くで法国と思われる特殊部隊の40名程と対峙したが、竜部隊と比べればあの連中でさえもチビっ子集団に思える程の実力差がある。

 当時と違い、相当の戦闘力を持つユリが居てくれる状況すら、ストロノーフも多勢に無勢なのは目に見えて分かっていた。

 しかし、国王を護っている以上、諦める訳にはいかない。

 

「騎士殿らは陛下を連れて、()けっ。私達王国戦士隊の面々が前へ出て目立ち引き付ける。今はそれぐらいしか策は無いっ。陛下と全力で北東の果てまで走りきれ!」

 

 その言葉にランポッサIII世が、思わず続かない声を掛けた。

 

「戦士長……」

 

 王は、傍に居れば巻き添えの為、足手纏いとして全力を出す戦士長の足を引っ張ると理解する。

 主君と視線を合わせ、ガゼフは一つだけ力強く頷いた。

 

「この場は是非もありません。陛下にはこれからも出来る事を全力でお励み頂きたい」

「うむ。武運を」

 

 近衛騎士4名と国王を乗せた白馬が北東へと全力で遠ざかっていく。彼等も助かると言う保証は全くない状況。しかし戦力的に考えて、先に矢面に立つストロノーフ達に賭けるしか手は無い。

 王国戦士長と隊員達、そしてユリも国王一行を20秒程だけ見送る。彼女は当然、この死地に残っていた。御方の使命を果たさんとする表情に恐怖は微塵も浮かばず。

 国王を見送りつつ彼女の横へ立つガゼフが囁く。

 

「ユリ・アルファ殿、このような所へ付き合わせてしまい誠に申し訳ない」

 

 顔をユリへ向けると瞼を閉じ頭を僅かに下げた。言い訳など浮かばず、ただ詫びるしか返せるものがない現状だ。

 ユリは無言でただ首を横に小さく振る。

 こうなっては絶対的支配者からの任務完遂へ彼女も手段は選べず、戦士長へ後ろめたい気持ちは同じであった。

 竜兵との戦いによる負傷で彼が動けなくなった時を見計らい攫う計画へと切り替える。その頃には、王国戦士隊員や国王一行は全て世を去り、戦士長がこの場で闘う理由は無くなっていると考えて……。

 

「皆、いいか? 派手に打って出るぞ」

 

 ガゼフ・ストロノーフは周囲の仲間達へ告げ、頷く隊員の顔を確認する。

 4人の隊員達は、全員笑っていた。

 どいつも地方で片田舎の一平民の三男以降に生まれながら、栄えある王国戦士騎馬隊の一員に加わり、(ドラゴン)の部隊を相手に最期の時まで王国最強の男と肩を並べて戦える事へ満足している戦士の表情であった。

 部下の様子にガゼフも口許が笑う。

 

「いくぞ!」

「「おおう!!」」

 

 右手の剃刀の刃(レイザーエッジ)の柄を握り込みつつ、戦士長は前方の遠い上空へ舞う竜達を睨みつけると瞬動する如く駆け出した。

 ユリが続き、王国戦士隊員4名も地を駆けて続く。

 ガゼフを左端で先頭に斜め横列で各自数メートル空けて疾走する。

 揃い纏まった動きは上空の竜達からも人間の小隊的動きとして存在が見て取れただろう。

 竜兵達はまず10頭以上、更に後続も順次こちらへ向かって飛来接近しつつあった。

 連中の反応を待つまでもない。王国戦士長は、武技により肉体強化と反射神経加速を通した身体から、距離が詰まった所で空中へ飛び上がると出し惜しみなく最大攻撃を放つ。

 

「〈六 光 連 斬〉っ!」

 

 先頭を勢いよく飛んで来た眼前の竜兵の顔面部分へ向け集中的に浴びせる。

 

「グォァァー、顔がァー」

 

 難度110台だったその個体はかなりの威力攻撃として受けた。視界の左片方が失われ、上空へと体を捻りつつ昇り退避する。

 突然、地上からの敵の出現に、横にも少し広がり始めていた既に20体程も確認出来る竜達が、この地へと一斉に殺到し始めた。

 一応ガゼフの目論見通りであるが、これは余りにも無茶が過ぎる状況と言えた……。

 竜達はすぐさま、敵の数を地上に這う6体程の人間だと把握する。1対1以上の数を揃える竜部隊側の者達は、最早嵩に懸かって我先にと地上へ降下し直接的肉弾攻撃へも転じていく。

 

「ぐあっ」

 

 王国戦士隊員の一人が竜兵の前足の爪攻撃により、受けた剣ごと引き裂かれ、その横では巨体の後ろ足で踏みつぶされ鎧ごとひしゃげた隊員のミンチ的残骸が夜の麦畑の地に沈んで見えた。

 後方では、竜兵の打った前足の拳打を受け、隊員の上半身が砕け散る。そのまま下半身だけが地上の麦畑を150メートル以上も転がっていった。

 最後の隊員は、数本の火炎砲を至近距離から集中的に撃たれ炎上する。

 

「う゛ぁぁぁー! 熱いっ、痛ぃ……し……ぬ…………」

 

 彼の革装備は数秒で燃え落ち、20秒ほどで剣や金属防具までが雪の様に溶け去ってしまう。骨の完全焼却には2000度も必要で意外に難しいながら、気が付けばそこに人間の居た形跡はなくなっていた。

 竜兵達にすれば、虫を払った程度の事だ。

 難度30程の王国戦士隊員4人にはガゼフやユリ程の俊敏さもなく、十竜長水準の竜兵達にあっという間で捕まり、剣撃を浴びせることなく一方的な最期を迎えた……。

 

「くっ。お前達、すまん」

 

 戦いはやって見なければ分からないとはいえ、当初の戦力差から結果の見えている勝負も多い。明らかに隊員等をフォローする余力はガゼフやユリに無かった。

 二人は時間稼ぎも有り空中戦を避け、竜種に対して小さい体と地上を素早く駆ける事で機動性を使っての地上戦に終始した。戦闘メイド衣装は当然だが、王家宝物の装備も火炎砲が掠ったぐらいなら周辺加熱で軽傷も体力を常時微回復する不滅の護符(アミュレット・オブ・イモータル)により何とか凌げた。

 幸いまだ、あの格の違う強い巨体の竜長は見ない。

 戦士長や少し離れた場所のユリへ、難度で十竜長水準の110辺りから140台までの竜兵達が交互(かわるがわる)襲ってくる。しかし状況としては好都合であった。竜兵達が我先にと地上で混みあい重なる事で、互いに邪魔をする死角が出来たのだ。そこを抜け道に躱す形で戦いへ誘いつつ引き付け対峙する。

 だがしかし――やはり上空の竜兵達からは随分広い範囲が見渡せた。

 一帯は麦畑の平地が広大に続く。視線を北東に少し向けられれば馬に乗る者と数体の人間が移動している姿を捉えるのは難しくなかった。先程以上に上空へ集まった60を超える竜眼なら……。

 国王らの移動距離は、北東へ20分程移動も軍馬と言えど麦穂をかき分け、下は麦畑に足場も悪く6キロ程に留まる。

 上空から数頭の竜兵が『なんだアレ?』とそちらへ興味を示し向かう姿を、王国戦士長は竜兵からの絶え間ない攻撃の中で、苦々しく(うな)りつつその場で見送るのみ。

 

「ううぅっ(陛下ぁっ)」

 

 ユリとしては全て、非情な最終案のストロノーフ保護計画で予想された展開だ。

 この時、戦士長が僅かに気を逸らせた隙を難度140台の竜兵は逃さなかった。素早い着地からの後ろ回し蹴りは躱されたが、同時の翼によるリーチの長い素早い当身が炸裂。

 

「そロそロ死ンどけよ、人間(ゴミ)めッ」

「ぐぁっ」

 

 相手より断然軽いガゼフは右上腕に痛打を受けて地を転ぶ。

 

「――(ストロノーフ様)!」

 

 ユリが安否を心配する中、戦士長へ他の竜兵達の放つ火炎砲が集中するところで、届く前に彼は直ぐに地を蹴って駆け出した。

 

(……良かった)

 

 ホッとする戦闘メイドも、数体の竜兵から力強い拳打をガントレットで受け流すのに忙しく、ストロノーフの傍へと簡単には近寄れない状況を()()()いる。

 ユリとしては最後、彼を抱えての脱出へ体力温存もあって、抑え気味な部分で戦士長と同程度の動きを見せており、竜部隊の攻撃は二人へほぼ均等という感じに思えた。どうやら先の巨竜から竜達へ『打撃格闘系の人間』の話は伝わってなかった模様。

 元々彼女の素早さはかなりのもの。Lv.40台の頑丈な竜達を全部倒し切る事は中々大変とは言え、偶に〈発勁〉以外の打撃を打ち込み闘うフリをして時間を稼ぐのなら難事とは思わず。また自身は〈気探知〉で近接の者達の位置について、視界外の真後ろや不可視化の者でも捉えられるので、不意打ちを受けない自信も持つ。

 裾の長い漆黒のスカートが足元を隠すも、ユリはその華麗なフットワークを披露。また、群がる10頭近い竜兵達と棘のガントレットで、鱗を削る火花を夜闇へ派手に飛ばしつつ翻弄した。

 ただ、難を脱したがガゼフは、地を駆けながらどうしても考えてしまう。

 

(俺は一体何をしているのだ。陛下の傍が俺の戦場のはずっ)

 

 でも今、この地の竜兵を引き連れて駆け付けるのは、馬鹿のする事である。

 ままならない事が多いとは言え、今程虚しい気分も無い。

 

「うおおおーーーーっ!」

 

 その怒りの思いを剃刀の刃(レイザーエッジ)に乗せて、寄せ来る竜共へ踏み込むと斬って斬って、そして斬る。しかし、竜兵数体の鱗を切り裂いても状況は何一つ変わらない。悔しさも彼の表情へ滲んだ……。

 

 一方その頃、国王ら一行の注意は否応なしに残り戦う王国戦士長達の方向を向きつつも、2名の近衛騎士へそれ以外の方向を警戒させて進んでいた。

 そんな中、ガゼフ達の居る南西方向から確実にこちらへ向かって来る数匹の竜に、国王を含め全員が気付く。足を速めるも進む速さの差は歴然で、死の使いと言える竜達の、空から徐々に迫り来る姿は正に恐怖だ。

 

「……う(あぁぁ)」

「……(く、来るなぁ)」

「……(ひぃぃ)」

「(ど、どうすれば)陛下……」

 

 成す術もなく、皆まだ若い事もあり、言葉は我慢しつつも近衛騎士達の動揺は大きかった。

 国王ランポッサIII世も、夏の熱帯夜的なものとは違う背筋の寒い冷や汗を流しつつ呟く。

 

「……遂に来るか」

 

 地下指令所に居た時は、竜達の圧倒的迫力を持つ姿を見る機会が無かった為、達観出来ていた。だがやはり初めて間近で見るその世界最強種族の威圧は、飲み込めるものではない。

 翼を羽ばたかせ空を飛ぶ4匹の竜達が50メートル程逸れた夜空を一度通過した。先程は初っ端に、仲間が人間側の攻撃で傷を受けた事から警戒行動へ出た形だ。

 竜達に追い付かれて上空まで取られた事で、一応の纏め役である体格の大きい近衛騎士が叫ぶ。

 

「全員停止っ。き、騎士隊抜剣っ!」

 

 円陣の指示も忘れ、恐怖に引き吊る彼は移動をやめると剣を抜き放つ。彼の役目は本来、陛下を背負って走り去る事であった。でも足が震え、依然地平線まで続く大地に逃げ切れる望みはゼロと判断し武器での抵抗を選ぶ。

 彼の大声で他の近衛達も、思わず反射的に抜いた剣を構える。

 馬上の国王ランポッサIII世は、目許に皺の寄る目をただ大きく開いて伝説の怪物(モンスター)を見ていた。空を舞う姿は、余りにも大きく雄大な存在だと感じつつ。

 一国の王である彼だが、己の矮小さと無力さを思い知らされた瞬間と言える。

 

「これ程の存在と我々人間は戦っているのか……」

 

 戦場でアダマンタイト級冒険者チームの『朱の雫』により、10頭以上倒されたという噂も聞いていたが、この大空の雄を一体全体どうやって倒すのかという疑問で満ちる。

 今、国王自身も含めて、この場に居るのは5名のみ。その中に頼りの王国戦士長ストロノーフは姿無く。王家の宝物を装備し武技を発動した戦士長は、難度で100をも優に超え、『王の剣』に相応しい存在。対してこの場の彼等は近衛騎士と言えど、良くて難度で30辺りの者達だ。

 もはや国王の運命は決したと思える。

 

(それでも……断じて降伏は出来ん)

 

 これは恐らくリ・エスティーゼ王国だけではなく人類圏の戦い。自分が死のうとも、竜軍団の侵攻は止まらないと分かっている。

 残念ながら第一王子のバルブロは西方最前線の戦場にて行方不明であるが、少なくとも王都を守る第二王子のザナックは健在だ。ゴウン氏の反撃等でまだ王国は闘える、と国王は信じたい。

 

 上空を舞う竜兵4頭は、地上の連中を確認して笑う。

 

「ハハっ。少し用心が過ギましたね」

「ああ、やハリ馬に乗る年老いタ人間を含メ5体だけでスか」

「くくくっ、アノなまくらな剣で空の俺達に何ヲするツモりだよ? 所詮、貧相な家畜だなッ」

 

 ランポッサIII世が腰に差す王家の宝剣を抜いていれば、価値のある品として捉えたかもしれない。しかし強行軍と分かっている移動に際し、目立ち重量の有る金細工や(かさ)張る物は外していた。その為、国王の愛馬や彼自身も、軽装飾な耐火耐熱の優れた実機能を持つ銀鎧の上へ、青麦穂色の布を纏っていただけである。

 なので、竜達には先程の人間の軍団との戦い同様、単なる一般兵の小隊に見えていた。

 

「……ハン。目障りだ。さっさともう、殺しトクぞ」

 

 小隊長と思われる老竜の野太い言葉に、他の3匹は長い首で頷いた。手早く済ませるには、やはり火炎砲に限る。4頭の竜は低空で四方から包囲し、一斉に地上へと火炎を盛大に吐く。

 ところが――火炎を受けたはずの馬や5体の人間共が燃え上がらないのだっ。

 

「「あ?」」

「なにっ!?」

「……」

 

 小隊の4匹の竜達は、再度火炎砲をぶつけた。それも威力を最大に近付けて。それでも、家畜風情の人間共は何ともない様子。

 完全におかしいのだ。その場周辺の植物は実際に燃え上がっていたが、よく視ると視界に見えている馬や人間共と足元の植物へ変化がなかった。防御魔法なら、視界の中で誰かが使わなければ焼け死んでいるはず。老竜はそれで気付く。

 

「これは〝幻術〟だ。魔法が使われているぞ、一旦場を離れろっ」

 

 4体の竜は直ちに上空へと散開する。

 移動しつつ老竜は考える。

 

(なんだ、この幻術は……普通の魔法と違い、拡張……されている?)

 

 普通の幻術はもっと範囲が狭く、自身か1体の動きを再現する程度。これは、風景の一部と馬に加え5体の人間の幻体を同時か順次操作している様に見えた。

 更に実体の人間共をも隠している。〈幻影(ミラージュ)〉や一部の方向以外からは見えない〈屈折(リフレクター)〉等を並行して使っている模様。只者ではない――。

 ――そう、遂に国王一行への援軍が現れたのだ。

 

 レエブン候配下の元オリハルコン級冒険者チーム5人の面々である。

 

 地下指令所へは午後7時半前後に到着していた。予定より10分以上は遅れてだ。どうしても竜兵部隊を躱すために、西から大回りし南へ一旦迂回するしかない状況であった。残念にも、肝心の国王の姿は指令所内に見つからない。ただ、周囲は大火に包まれている中で幸い、地下指令所内は健在であった。

 指令所の直接破壊を防ぐため籠らず、一度防衛側は全員で打って出ていたのだ。その為、多くが討ち死にし負傷者が大半となる。その中で火傷を負いながら、あの近衛騎士長や王国戦士隊員10名程を含む30余名がしぶとく生き残っていた。ボリス達はその者達より、国王が日没前にレエブン侯の下へ脱出した事を聞く。

 但し、脱出ルートは状況次第と聞いていて、最有力は東方面としつつも、幾つかのルートの何処を通ったのかは分からないという。おまけにその時には既に指令所の東方向の森も数百メートルに渡って燃えていたのだ……。仕方なく、彼等は大きく大森林内や周辺を手探りで探す事になり、時間を結構使った次第である。結局、ガゼフや見知らぬ女拳闘士との戦闘に因る竜部隊の火炎が大森林東側に見え、位置を知るきっかけになった。

 そこから国王一行はレエブン候の下を目指している事から、北東寄りルートではと推測。盗賊能力に長けたロックマイアーが真新しい馬や人の足跡を見つけ、〈屈折(リフレクター)〉を展開しつつそれを追った。

 幻術の魔法を使ったのは、独自魔法を幾つか開発した才を持つ、第3位階魔法の使い手ルンドクヴィスト。

 まず、竜兵達がかなり接近して来ていた段階ではあったが、国王達が知らない時点で、起点として馬に〈屈折(リフレクター)〉が広く展開され、ほぼ同時に幻術の国王一行が動き出す。

 そして間もなく、幻術の一行からも数十メートル程離れた上空を竜兵達が通過した形。

 幻術達の行動は、ルンドクヴィストが実際の近衛騎士達の動きをトレース。幻術側が火炎を受けていた頃、実体側では手短な挨拶と共に状況説明的なネタ晴らしが行われていた……。

 

「陛下、良くぞ御無事で。私めは、主のレエブン侯爵様より陛下救出を命じられた家臣でボリス・アクセルソンと申します」

「おおっ、そち達はレエブン侯の手の者か。大儀である」

「「ははっ」」

「以下こちらからディクスゴード、ロックマイアー、フランセーン、そして向こうに見える幻術達を魔法で操作するのがルンドクヴィストです。今我々は〈屈折(リフレクター)〉が馬に広めで展開された中におり、竜兵達からは見えない状況です。しかし――火炎の余熱を強く感じられる事でお分かりと思いますが、余り安全とは言えません」

「「「――!」」」

 

 単に、姿を誤魔化してるだけの状況と気付き、国王だけでなく近衛騎士達の顔も強張る。

 幻術から約150メートルしか離れていない為、火災自体が迫っていた。多彩な魔法の才の有る ルンドクヴィストも距離に限界があるのだ。

 竜兵も間抜けではない。直ぐに周辺部も火炎砲で焼き払う手を試すだろう。

 ボリスが残された時間と手段から行動を伝える。

 

「ですので、この場を直ぐに離れます。間もなく幻術の一行を数分後に自動消滅へ移行させます。陛下はあのルンドクヴィストとこのロックマイアーを御供に移動を。あと……残念ですが戦士長殿らや馬に関してはこの場で一旦お別れとなります。どのみち集まって動けば、竜達に上空より痕跡で移動が知られます。散開での行動はやむを得ないと心得ください」

「……任せる。よろしく頼むぞ」

「はっ」

 

 『戦士長らや馬を見捨てるな』と我儘をいうのは容易いが、それは現状を見ない愚か者の台詞。

 死と隣り合う戦場を良く知る者達が判断する最良の手を取らねば、連鎖的被害で全滅も十分有り得るのだ。国王はその事を心得ていた。

 ランポッサIII世へ畏まり返事をしたボリスは、内心で敬意を払いつつ安堵する。

 

(陛下が冷静な方で助かった。あの王子達ではこうはいかないだろうな……)

 

 二人の王子達の様子は、国内行事で何度か見掛け、気難しい風に感じていた。

 あと、王国戦士長達も助けたかったところだが、先程ここへの途中で次元の違う戦場を見た。腕に自信があったフランセーンら戦士達も、圧倒的な武力水準の竜兵達多数と近接で乱戦して1分持つとは思えず、国王救出優先を考えれば無理と判断し素通りした。

 

「他の者達は、私も含め〈屈折(リフレクター)〉を10分程付加されるので上手く散って欲しい。ここまで見ると敵は視覚に頼る連中だ。炎からゆっくり距離を取って潜み、落ち着いて目立たなければ躱せるはずだ」

 

 近衛騎士4名も終始冷静な救援隊リーダー(ボリス)の言葉に頷く。

 隙を見てもう少し北方へ移動出来れば、点在する簡易食料庫もあり、生き残れる可能性は大きく広がる。今こそ落ち着いて慎重に行動する事が重要と冷静になっていた。

 既に一回死んでいたはずで拾った命という部分も、精神安定にかなり寄与する。

 国王達の脱出行動は即実行された。

 ルンドクヴィストにより幻術の解除時間設定後、まず〈屈折(リフレクター)〉の付与が行われる。愛馬の白馬の〈屈折(リフレクター)〉は元々強めに掛けておりまだもつとの事で、国王は大柄の騎士へ預けると戦士長が気になりつつも、納得してロックマイアー達と離れてゆく。

 若い近衛騎士達も順次バラバラで移動していく。残ったボリス、ヨーラン・ディクスゴードとフランセーンも「後で会おう」と別れた。

 ボリスが最後に移動を始める。その前後で幻術の国王一行が消滅し、やはり竜兵達が周辺の麦畑へ向かって総焼き討ちとばかりに火を吐いて回っていた。直撃だけを避けて進む。

 元オリハルコン級冒険者達の装備は、普通の野火程度では問題ない。それに炎や煙は目眩まし的に逃走を助ける部分もある。

 ボリス達の〈屈折(リフレクター)〉は持続が短い。国王救出優先で魔力量温存の為だ。

 国王にはルンドクヴィストが付いており、例え気配で追われても、その場合はロックマイアーが上手く撒くだろうし、合流まで見つかる恐れは小さいと見ての人選。

 実際、ランポッサIII世達は先の竜兵4頭を躱したように、リーダー達も加わった北方の戦場でも敵に見つかる事はなかった。また、近衛騎士達もボリスの言葉を守って行動した結果、この場を生き延びる。

 老竜率いる4匹は、最終的に800メートル四方を炎上させ、上空から周辺も観察したが動く者を見付けられず計30分程で『焼却完了』として部隊側へと転進する。

 こうしてボリス達は国王の窮地を見事救ってみせた。流石はレエブン候が信頼し、大金で召し抱えた者達である。

 

 

 現時点で、王を逃がすべく竜兵部隊の矢面に立ち死地へ残った王国戦士長ガゼフ・ストロノーフも、『王の剣』として半分護衛を成功させたと言える。

 でもこの時、喜ばしいその事実を彼は知る由もない。

 ボリス達は国王一行を探す過程でガゼフ達を見つけたが、竜兵達との戦闘を見て知らせる術が無く去っている。

 そうして陛下らを追って竜数匹が北東へ向かって行くのを戦士長は苦渋で見送り、しばらく(のち)

 ガゼフは炎自体見えないものの、国王達の居るだろう辺りの北東上空が僅かに赤くなりゆくのを認識し、より果てしない絶望的思いを(いだ)く……。

 

「くうぅっ」

 

 今も剃刀の刃(レイザーエッジ)で竜の爪攻撃を流す。竜達の攻撃を多く躱してきた事を物語るように、流石の赤茶の守護の鎧(ガーディアン)も肩部や胸部への傷が目立つ。

 

(陛下ぁぁーーーー。糞、糞、糞ーーーっ!)

 

 確実な生死が分からないとはいえ、竜兵数頭に対して陛下と若輩の騎士が4人である。見つかった場合は、贔屓目に見てさえ、生き残れる可能性は相当低い。

 仮に全員隠れたとしても、見つけるまで火炎砲が地上を蹂躙するはずで危険は大きい。

 なので近衛3名が目立つ馬と共に囮で離れ、陛下と近衛1名は周辺へ潜み、火災に限れば影響が軽微な装備でやりすごす展開に賭けるほかない。

 

(なんとかこの絶体絶命の窮地を凌ぎ、ゴウン氏の反撃の始まった暁には、その後の人類の勝利を味わわれ、疲弊した王国の再建に努めて頂きたいっ)

 

 対して、彼自身の状況も相当にシビア。

 護衛は生き残ってこそ任務完了と言える。ガゼフもその事は重々承知していた。

 でも、広い平地の夜空に十竜長水準の竜達が40頭程もいる状況から、完全に撒いて逃げ切るのはまず無理と思える。現状から見逃すほど竜種族は甘くないだろう。

 

 だから、あと彼に出来る残された事は、この全ての敵を己で引き受け――ユリを逃がす事のみ。

 

 その機会は、国王一行へと向かった数頭の竜達がこちらへ戻って来た時とみる。奴らが帰って来れば、国王達への追撃はもうないと言う段階に移る。直近の後顧の憂いは無くなるのだ。

 戦士長は竜達との混戦の中で、いかに彼女へ伝えるか少し考えると、思い付いた機会を探る。そして戦闘の途中で、意図的にユリの背側へ背中合わせに立ったガゼフは、その意志を伝えた。

 

「ユリ・アルファ殿。時間は余り稼げないが、私が()()()()を使って全ての竜を引き付けます。合図したらその隙に脱出して欲しい。貴方を無事に大恩ある(ゴウン殿)の下へ帰す事が、最後の務めだ」

 

 敵の多い現状を考えれば、逃げるにはどちらかがこの場へ足止めで残る必要があった。そうしなければ両方が死ぬのだ。

 これは自己犠牲により、相手への強き愛を示す行動とも言える。巻き込んだ詫びも込めて。

 彼の決死の提案に対しユリは即答した。

 

「お気遣いへはとても感謝します―――が、謹んでお断りします」

「えっ。なぜ?!」

 

 そう驚き返しつつ、戦士長の胸の心臓はこの期に及んですら激しく高鳴る。

 ガゼフ・ストロノーフは、ユリ・アルファからの決定的な愛の言葉を期待して。

 眼鏡の似合うユリの美声が改めて伝える。

 

「私を嘘吐きになさるおつもりですか? 〝あなたは私が守る〟とお伝えしたはずです」

「しかし――」

「――否はありません。私も残ります(予定任務通り、あなたを連れて脱出する為に)」

 

 ユリは装備機能で不可視化が可能な上、力づくでフル装備の戦士長保護も可能である。しかし、支配者が友好的に接する相手の為、今彼女は一歩引いている形だ。でもここで、ユリを含め自分達は時間を稼ぐ役目だったはずでの、彼の脱出容認的発言。どうやら状況を考察すれば、国王一行へ向かった竜達の戻って来た時点が撤退の頃合いと読む。

 戦士長は、もっと単純な答え(大好きだから/愛してますので)を期待したが、この死地へ『共に残る』と言う事以上の愛の表現を求める方が、最早浅ましいというものっ。

 ガゼフは、激しく強く納得する。

 

「分かりましたっ。(ユリ殿、好きだぁぁぁーーーー)うおおおおおおーーーーーーっ!」

 

 心の絶叫と共に興奮から思わず咆哮し、斬り込んで来た竜兵の前足の爪1本を剃刀の刃(レイザーエッジ)で切り飛ばしていた。

 だが、この有頂天で調子に乗った行為が天の怒りに触れたのだろうか……この時になってヤツが遠くの空へ現れる。そう、難度165を誇るあの十竜長筆頭の巨竜が、である。その巨体は上空でもよく目立ち、直ぐ識別出来た。

 

「「――!」」

 

 幸せに(あふ)れたガゼフの表情は、一気に絶望感漂うものへと変わる。

 ユリの表情も流石に険しくなった。数時間前、奴1体に一旦逃げるほかなかったのだから。

 巨体の奴が降り立つ頃までに、この場の戦いは何故か自然と収まっていた。竜兵の多くが共に地上へと降りる。巨竜が部隊長というのも理由だろう。戦士長達は遠巻きに竜達から囲まれ、ほぼ逃げ場の無い状況。

 十竜長筆頭は地響きと共に地を進む。そしてユリ達を前に立ち止まると、巨体で一層高い頭から見下ろしつつ口を開く。

 

「こんなところに居たか。探したぞ、先程ワシを殴り倒した(こぶし)使いの人間め」

 

 その言葉に周りの竜兵達が僅かにどよめく。十竜長筆頭は百竜長のノブナーガにかなり近い存在なのだ。十竜長の中でも頭ひとつ程出ている実力を持つ。

 直前まで拳闘士が見せた、攻撃手数の少ない受け流し主体の戦いぶりから、所詮は剣使いの人間と同程度で難度100超え辺りかと見ていた。竜兵達は一斉に冷や汗を浮かべる程。

 十竜長筆頭は近年において、難度140以下の者に力で押し負けた事すら無い程の剛力持ちでもあった。その奴が一度だろうけど、体勢を崩されたというので場に衝撃が広がっていく……。

 今は開戦から七日目の夜の10時に近い時刻。

 

 因みに、十竜長筆頭が南進部隊の再進撃へ少し遅れて来たのには理由がある。

 奴は先の竜兵2頭を従え、剣使い(ガゼフ)の格好に似た者達が居た一帯の人間(ザコ)達を30分程で掃討した。結局、拳使いと剣使いは発見出来ず。その後、北側で人間の軍団を攻撃中の竜部隊本隊へと戻ろうとした折、周囲を警戒していた者から北方より人間側の援軍と思われる集団が南下し接近して来るとの情報を受けた。

 直ちにその殲滅に向かったのだが、意外に手間取ってしまう。

 何故なら人間の援軍が異例な状態であった所為だ。

 これはレエブン候と国王派の貴族達が南方へ送った援軍計4000なのだが、確実に迎撃されほぼ撃破されると考えて、侯爵は当初から5人以上へ纏まらず大きく間隔を取る事を指示。隊列を全く組まない『竜に対する遅滞戦』移動を命令していた。

 大きく4つへ別れつつ更に広範囲へ約1000分隊もあった為、流石の十竜長筆頭も少数で迎撃に向かった事で、単に時間が掛かり手こずったのだ。

 十竜長筆頭は2時間程真面目に頑張ったが、火炎砲の効率面と時間の無駄にも思え、直近の30分程は降下し肉弾戦に切り替えて適当になってきていた。

 

「ふう、全く。やってられん」

 

 ドカンと明快に全力勝負が個人的好みでもあり、細々した作業にイライラが募っていく。

 現状で7割焼却程度だが、あと30分でここはもう切り上げ、南進を急ぐべきと決める。

 そこへ、様子を見に来た伝令の竜兵が現れた。

 

「部隊長、こチらの進捗はイかがでしョうか?」

「見ての通りだ。ちまちまゴミクズの様に散らばっていて、時間だけが掛かっておるわ。そっちは地べたの連中を片付け終わって、南への先発隊を出したのか?」

「はイ。人間の軍団は殆ど焼き尽クしたかと。ただ、先発隊を出したのデすが……そこデ人間の剣使いと(こぶし)使いが現れ、我ラの部隊を相手に30分以上逃げ回ッてオります」

「何っ……よし! お前に半時間この場を任せる。それでここは切り上げろ」

「えっ。アの小生は伝令デすが?!」

「部隊長命令だ。ワシに文句あるか?」

「イ、イえ。了解デす」

 

 拳使い達が現れたと聞くや飛び付き、無理やり伝令の竜へと仕事を押し付けダッシュで飛行し、ここに来たところだ。

 

 ゆっくりと長い首や前足の指を鳴らし戦闘態勢に入る十竜長筆頭は、己の強さに自信があった。

 

(フハハ、丁度良いわ)

 

 直前のクダラナイ作業的戦いに少しイライラしていた事で、再進撃前の気分転換にはもってこいという気持ち。それに、数時間前の戦いで不意を突かれた借りの分を、この拳使いへシッカリ返しておきたいと考えた。巨竜の鋭い視線と身体は、早くも拳闘士へと向いている。

 

(マズい。1対1でさえ、不利な点が多過ぎる)

 

 ここまで全力で戦闘してきたガゼフは焦る。彼自身は疲労無効化の活力の籠手(ガントレット・オブ・ヴァイタリティ)と体力を常時微回復する不滅の護符(アミュレット・オブ・イモータル)がここまで武技連発の驚異的な動きを終始支えてくれていた。

 しかし、ユリにはそれがない。彼女は本来の高い実力から抑えて闘っていた風に見えたが、既に竜兵達相手に50分程は休みなく動いていたはずである。

 戦いにおいて、人間の誰もが体力を使い疲労のたまる事は当然であり、戦士長は心配する。難度の高い彼女のスタミナが単に凄いだけという勘違いをしていた。

 

(それにしても、彼女は……)

 

 ここまでユリと共に戦ったガゼフは不思議に思う。彼女の美しく精悍な眼鏡顔の表情や姿に動きは、当初から全く変わっていないようにみえた。

 ストロノーフは知らない。真実は想像外で心配は余計なのだと。疑問の答えはシンプル。

 ユリ・アルファは元々全く疲弊しない――それは動死体(ゾンビ)だから。身体さえ破損しなければ、不眠不休で何日でも闘える。

 竜兵の数が少なければ、闘い続けているだけで相手が勝手にヘバっていくだろう。流石に40頭もいると交代休憩されそうだが……。

 ただ残念ながら此度、その異常な光景を見ることはなさそうである。

 

「では、闘いを始めるか、人間の拳使いよ?」

 

 そう口にした十竜長筆頭に、拳闘士は無言で漆黒の裾の長いスカート内で右足を僅かに半歩前へ進め構えで応える。

 この世界の異種間の戦争においても、一騎討ちは当然存在する。

 十竜長筆頭は竜軍団南進部隊の隊長で、前後の口調からそれを望んでいる節もあった。また、奴を殴り倒した程の者と聞いて、周りで多くの竜兵達の足が数歩後ろに下がっていた……。

 上位の竜達も、しばし静観の雰囲気。

 だがそこに剣使い(ガゼフ)の者の声が割って入る。

 

「待て! まずは、私と勝負を――」

「――だまれ! 剣使いめ、邪魔をするな。お前の出る幕などないわ」

「――!」

 

 ガゼフは十竜長筆頭から一喝され、威に押された。

厳つい竜顔の口許を緩ませ、巨竜が剣使いの図星を突く。

 

「貴様、この雌の拳使いを庇うつもりであろう? はっ。そんな必要など皆無。こやつ、筋力だけでお前より何倍も強いぞ」

「くっ!」

 

 この部隊長らしき巨竜は、確かにガゼフとユリ双方の全力攻撃を直接受けていた。二人の力量差を掴まれている可能性の高い存在の言葉に、漢ガゼフは悔しさに唸った。

 そんな彼を立てるように、戦闘メイドが告げる。

 

「どうでしょう? 戦いは実際にやってみなければ分からないものです」

 

 雑魚の言葉には耳を貸さないが、拳使いの言に楽しみを見出す十竜長筆頭。

 

「ほう。それは面白いな。では(余興も込みで)――試してみるか?」

「「――!」」

 

 巨竜の一癖ありそうな内容の言葉に、ガゼフの顔は強張りユリは目を細めた。

 十竜長筆頭が遊び(ゲーム)を提案する。

 

「2分間だ。そこの剣使いが、ワシに殺されず居られるか試してみようではないか? もし、生き残っていれば、お前達はこのまま生かして見逃してやろう」

「2分……」

 

 奴としては、ウルサイ剣使いを速攻でぶっ殺せば、怒る拳使いと対戦出来そうで二度美味しそうな展開に思えたのだ。

 ガゼフ自身には、短いようで途方もなく長い時間に思える。

 圧倒的な体力差に加え、数時間前の対戦は大森林の中であった。周辺に高い木々があり、障害物や足場としても利用出来た。だが、この場にはそれが無い。苦しい状況だ。とは言え、達成出来れば2人とも生還出来る可能性は大きい。

 奴の言葉が本当ならばの話であるが――。

 その時、ユリが逆に提案し返す。多数の竜を前にするも彼女は終始怯えを見せずに。

 

「――10分。10分間、私も加わり彼を護りきれたなら、の方がまどろっこしくないのでは?」

「ん?」

 

 十竜長筆頭としては本気の拳使いと存分に闘いたいというのが本心。

 1対2なれど、確かに庇う者が居れば本気で抗い向かってきそうに思える。南進も残すが、5分では楽しむのに短いかと考える。

 足元で拳使いへ剣使いが何やら問答する様を見下ろしながら、10分という時間は丁度良いように思えた。

 40秒程思案し、十竜長筆頭は拳使いの提案を認める。

 

「……まあ、いいだろう」

 

 逃げ回られるのは面白くない。正面対決で勝敗を付けたいのだ。

 当初2分と言ったのは、大森林までは駆けこもうとしても5分は掛かる為。10分間だと逃げ込まれるが、それはあくまでも『何もしなければ』の話。第一に十竜長筆頭の猛攻撃が有り、万が一にも竜兵を事前に並べておけばよいだけ。

 広い平原にこの人間共の逃げ場はもう無いという事。

 十竜長筆頭は「おい、そこの13頭は大森林手前の上空へ向かえ。こっちの10頭は、時間係な――」と簡単に指示し、力強く地を蹴り空へ舞うと告げる。

 

「では、改めて始めようぞ」

「………(――ん?!)」

 

 この時、空に舞う奴の姿の後方となる北東向きの夜空に小さく竜達の姿が見えた。

 国王一行襲撃へ向かったと思われる竜の小隊だ。それをユリの瞳は(いち)早く捉え、一瞬変化する。しかし巨竜が現れ戦闘となっている今、先程とは状況が異なる。

 並みの十竜長水準の竜達相手ならば、ストロノーフ氏を抱えても全力の瞬動的動きで逃げ切れただろう。だが、眼前に対峙する部隊長の竜は段違い。ユリを実力で明らかに上回っている感触。

 ここで装備機能の不可視化を使えば脱出も大分違うはずなのだが――問題はソレ。

 現在、戦士長の前での〈不可視化〉は少々使用し辛い理由がある。

 発端は王都へ招待された道中。某天使様がツアレを助けに〈転移〉をいきなり使った……。

 水準(レベル)の低い王国内において、〈転移〉や〈不可視化〉等、相手を大いに不安や犯罪への関与をも連想する過剰な特殊技術(スキル)や魔法は、使えないとしていた方が実力を隠す意味で圧倒的に都合良いと支配者(アインズ)は気付く。ツアレ以外の面々は宮殿の宿泊部屋で一度だけ話を聞かされており、ソリュシャン達も今日まで地味に行動へ気を配っている。

 流石に戦場に出た後なのでユリは知らないが、至高の御方も『蒼の薔薇』メンバーの前で、常時屈折化のコートを出したり〈上位(グレーター・イン)認識阻害(フィビット・レコグニッション)〉や高速移動という事で留めている。イビルアイ救出時も種明かしはしていない。

 その言い付けを戦闘メイド六連星(プレアデス)の長姉として自分が、安易に破るのは躊躇われた。

 

(仕方ありませんね……脱出に不可視化は使えません)

 

 だが、ユリが優れているのは物事の組み立てや発想の転換である。

 

(でしたら――速さ主体の戦術に混ぜて使い、部隊長の竜を倒してしまえば良いという事)

 

 そうすれば、ストロノーフ氏を抱えて脚力だけで逃げ切れる状態になると。

 一旦空中へ飛んだ十竜長筆頭であるが、火炎砲攻撃では興醒めというもの。望み通り、拳使いの言を意地悪く試してやろうと、剣使いへと向かって地上へダイブする。

 突風と重量体の大きな振動に、戦士長は後方へ飛ばされた上で一瞬足も取られそうになる。何とか堪え剃刀の刃(レイザーエッジ)を両手に構えると、詰められた間合いを広げようと右手側へ駆ける。

 逃げる剣使いを追おうとした巨竜の前へ、ユリは奴の左側から回り込み立ち塞がる形で入って来ると、拳を連打して前進を止めた。

 

「はぁっ! んっ。やぁっ」

 

 拳使いの行動と重い拳打を受けて、巨竜は喜ぶ。

 

「いいぞ、いいぞ。やはり戦いとは(パワー)を正面からぶつけ合い、こうでなくてはな。ゴミ掃除には飽きたわ、ハハハハッ」

「やっ。ふっ。えい。はぁぁーっ」

 

 ユリは、奴の語る言葉など聞いていなかった。

 時間も無く、この巨竜の対応力をまず正確に掴む事から始めていく。少し危険とも思うが、正面から8割以上の力で襲い掛かっていた。

 しかし、戦闘メイドの放つ威力有る各一撃は、奴の前足側面や握った拳で見事に受けきられる。

 

「……(これは、力づくでの突破は無理。では――)」

 

 浸透系の〈発勁〉を打てるユリにすれば鱗等の硬さよりも、防御反応の方が脅威なのである。

 ユリの姿が霞み急加速する。鋭い動きからの拳が十竜長筆頭の胸部左右へと炸裂した。

 

「むぅ。うおぉ。これは、ふん、中々動きが速いな」

 

 巨体が半歩下がり、周囲の竜兵達がどよめく。地上に這う矮小な人間が『部隊長を殴り倒した』というのが嘘ではなかったと。依然ユリの攻撃は続いている。

 でも奴もやられっ放しではない。

 

「おらっ、でやぁっ。はぁ!」

 

 拳使いの素早い攻撃に、巨竜は面積のある翼で防御と絡めての当身(あてみ)を見せて来た。そのまま強烈な前足拳も放つ。

 

「――くっ」

 

 ユリは右手のガントレットで翼の当身は辛うじて流したが、前足での打撃を左側から受けて少し飛ばされる。

 

(こちらの動きが見えている――)

 

 ユリの顔色は冴えない。

 この時、彼女の攻撃に紛れて隙を見て後方へ回っていたガゼフは、強烈な風圧を伴う尻尾の牽制に身体を数メートル押された。

 

「くっ(甘くないか……。奴の急所は一応伝えてある。邪魔にならず生き残り、ユリ殿の攻撃へ繋げる機会を作るのが俺の出来る役目か)」

 

 ヴァイセルフ王家の宝物と武技全開で難度110以上にもなっている王国戦士長をして、巨竜とユリ・アルファの戦闘は次元が違って見えている。

 竜に比べ小さい体格と素早さを生かし、攻撃を凌ぎつつ地上を駆けまわって時間を稼ぐことは彼にも出来た。だが戦士長とて、真っ向勝負的な打撃戦は筋力面で不可能。

 

 この勝負は、余りにも人間の限界を超えている風にさえ思えた。

 

 伝説の竜種族に人間の筋力(パワー)は基本、届かないのだ。そもそも、体格差をみれば常識的に分かる話。武技〈怪力〉を誇るアダマンタイト級冒険者のガガーランでも1対1は厳しいだろう。ガゼフのように、ある程度の筋力から高度な剣技により切り裂く戦法が、一番攻撃力を持つはずである。

 

「ユリ殿……」

 

 不甲斐ない中で、()()彼女の超人的打撃戦闘力に期待するのみの状況だ。

 実は先程、弱点を伝えた30秒ほどの会話の中で、ガゼフはユリへ「この剃刀の刃(レイザーエッジ)を」と言う話も出していた。彼女の剛力であれば、分厚い筋肉ごと巨竜の剛体の切断が可能ではないかとして。

 でも彼女は「それに――残念ですが第一、私に剣は上手く使えません」と断ってきた。まあ本当は『指し棒使い』なのでそれなりの腕前は持っていたりするが……。

 確かに、相手側の竜の高い水準を考えれば、不慣れな武器は命取りと言うもの。

 その中でガゼフが嬉しかったのは先に、「いけません。ストロノーフ様自身を守る術が無くなります」と愛を感じる心配をされた点だ。妻にと望む愛しい人を死地へ引き込む己に最早、伴侶を娶る資格は無いと思いつつも強く感じてしまう。

 

(大好きだぁぁぁぁ―――――っ!)

 

 王国戦士長は、この苦難にも奥歯を噛みしめ内心で幸せに咆哮していた……。

 依然ユリは相手を把握するべく、積極的に接近戦を続けていく。巨竜へと戦闘を続ける事で、戦士長への直接攻撃をさせずに守り5分を迎える。

 尚、時間は上空に横一列で並び留まる10匹の竜が、吐き続ける小さな火炎を1分毎に1つ減らす形で知らせるしくみ。全部消えるのを見られれば拳使い達の勝ちと言う訳だ。数分吐く担当に当たった十竜長水準の竜らは結構真剣である。火炎が続かず早く消えてしまうと『(たる)んでいる』として、後で部隊長に怒りの鉄拳を食らいかねない。十竜長筆頭の余興は味方にも撒かれていた。多勢に無勢と勝負は見えているが一応、人間側へのお遊び的ハンデという感じもみせる。この世界の軍隊では、随所に上司の気分次第という緩い部分も多いと言えた。

 

「ふっ。はっ。えいっ」

 

 近接位置で激しく戦うユリに『時間一杯まで使う』という考えは全く無い。

 それは戦士長が狙われる時間が確実に出てくる為だ。なので、短期決戦こそが狙い。

 

 ――『早く部隊長の巨竜を討ち、機動で振り切ってストロノーフ様とこの場を脱出する』

 

 当初の考えの完遂のみ目指す。その為に、戦士長から聞かされた弱点への攻撃が重要となる。

 故にやはり狙うべきは、弱点が一番固まっていた頭部。

 また短時間だが、胸部や腹部へと攻撃した結果、前足が届く範囲は防御され易い上に内蔵系も相当耐久面で高い反応が返ってきた。特殊技術(スキル)の〈発勁〉を心臓へ命中させれば分からないが、まだ温存している。多用すれば順応される可能性も考慮して。世界最強種族である竜種の対応力は未知数だ。

 ただ、最初の頭部への〈発勁〉の一撃は間違いなく『脳震盪』を起こしてのグラつきであった。なので、より骨や筋肉の薄い部分へ連打し撃ち抜ければ倒せるはず。

 人間への打撃でこめかみ(テンプル)部分が狙われるのは、脳に近く頭蓋骨でも薄い為だ。顎は脆さと梃子の原理で脳を揺らすという点でも候補になる。では竜の頭蓋骨はというと、表面部で人間ほど極端に薄い場所は存在せず。顎も人間の様に縦長とは違い梃子の原理も使えない。強いて言えば、目の後方に納まる脳に一番近い位置からの攻撃が有効となるだろう。

 それも――視覚外となる死角からの一撃だ。

 ユリが数時間前に放った不意を突いた渾身の一発は、見事にクリーンヒットしている。

 勝機はそこにあると見た。

 一方、王国戦士長としては、相当難しい立ち位置となっていた。下手に攻撃をして巨竜の注意を引くべきかの判断は極めて難しい。こちらへ完全に攻撃が向く事は、ユリの動きから見て良くない状況と考えられた。なので彼は、敢えて『隙を狙う攻撃を探っている』振りだけに徹する。並みの戦士には決断出来ないだろう。

 ユリはこの1分程、巨竜の視線の中を霞むような高速の攻撃と動きで完全に前方へと引き付けていた。

 残る時間と作れる機会は僅かだ。迷うことなく戦闘メイドは仕掛ける。

 

「(今ですね)発動っ」

 

 集中攻撃で巨竜の意識を前へ引き付け、それを囮にここで装備機能の〈不可視化〉を使う。

 すると、巨竜だけでなく、距離をおいて尻尾の後方側で見ているガゼフの視界からも突然彼女の姿は消失した。

 一瞬だけ消え失せると同時に、ユリは温存していた100%の最速の動きで巨竜の右後方の死角へと一気に回り込む。続けてジャンプした。

 この辺一帯は燃え残った麦畑であり、上空の各所に舞う竜達の羽ばきの強風に煽られて終始方向を変え揺れているが、移動に因る風圧は地を僅かに遅れて走る。

 巨竜もその変化から当然、視線で位置を追うだろうが――後の祭りだ。

 

 死角へ回った事や攻撃を気付かれるよりも、頭頂部を〈発勁〉の一撃で殴る方が早い。

 

 さっさと〈不可視化〉を解除して竜の頭上に飛ぶユリは、既に握り込んだガントレットの拳を大きく振り被り、撃ち抜く体勢に入っていた。

 ところが。

 

「――残念だったな?」

 

 もう首を僅かに左上へと傾けた巨竜と視線が合っている。

 

「(なっ)――?!」

 

 戦闘メイドの声にならない驚き。一杯食わされたのはこちらだと気付く。

 ユリが、数時間前に放った不意を突いた渾身の一発。十竜長筆頭は拳使いの死角から迫る気配が分かっていて、強さを測る為に敢えて受けていたのだ……。

 ただ奴は敵の作戦を全て見越していた動きとは異なる。偶々だ。〈不可視化〉は今も感付いていないわけで、先程は『一般的に人間の攻撃力は高が知れている』という事で受けたが、図らずも同じ状況となりこんな結果を見せただけ。

 ユリの一撃は無論躱される。

 不意に十竜長筆頭は両後ろ足で地を強く蹴って飛び上がった。前足で拳使いを捕まえる為に。

 彼女は、奴の左前足に漆黒の長いスカートごと右足をガッチリと掴まれてしまう。

 

「ユリ殿ーーーーーっ!」

 

 ガゼフは地を駆け無我夢中で上空へ飛び上がる形で追随し、巨竜へと斬り掛かろうとしたが、圧倒的な尻尾の風圧だけで30メートル以上飛ばされた。

 

「離しなさいっ!」

 

 掴かむ敵の左前足へと〈発勁〉の拳打を振るうユリ。一番手前の太い第二指の根元に打ち込み、神経系を破壊して掴む力が少し弱まる。だが、そのまま地面に降下した十竜長筆頭は痛さを堪えて構わず、拳使いの片足を掴んだ左前足を振り被るとソレを地面へ全力で叩きつけた。

 

「ぅっ!」

 

 ユリの身体が叩きつけられた強烈な衝撃で、地面がクレーター状に陥没する。更にもう1回すぐ横の地面へとぶつける。

 音速以上が生む強い遠心力にユリは打撃を出せないが、地面の方が柔らかいのでまだ致命傷にはならず。

 

「ほう。流石に頑丈だな。では、これではどうか、なっ!」

 

 すると地べたでは効果が薄いと見た十竜長筆頭は、そのまま続いて躊躇なく信じられない攻撃へ出た。ユリも気付き身構える。

 

「――くっ!」

 

 なんと、竜の剛体の中でも特に強固な己の左ひざへと叩きつけたのだっ。

 これにはユリも両手のガントレットで防御するしかない……そして。

 

「うぉぉぉ、痛ぇ!」

 

 意外にも悲鳴を上げたのは十竜長筆頭の方であった。ユリの纏う最高水準の装備衣装であるガントレットのスパイクが鱗を割りめり込んでいた。

 自業自得とはいえ突如、思い通りにいかなかった結果と激しい痛みへ行き場のない余計な怒りの炎が湧くのはよくある事。

 

「おのれぇぇぇーーーーっ!」

 

 また竜種族も経験を活かす連中であり、原因が分かれば二度同じ失敗はしない。そして、失敗した事を成功させようとする努力も惜しまない。

 大きく咆哮した巨竜は、再び渾身の力で左前足を大きく振り被ると、両手の装備で防御する拳使いの人間を今度は右膝へと叩きつける――ぶつける直前で手首を突然に返して。

 手首を回す事で、人間の身体の表裏を入れ替えたのだ。残念にも、ユリが両手のガントレットで防御出来るのは顔の前面と側面だけ。

 結果、彼女の後頭部を、恐ろしい振り下ろしの(パワー)と巨竜の蹴り上げの強固な右膝が襲い、痛打されてしまう。

 

「がっ!」

 

 彼女の首を飾る青色のチョーカーもミシリと音を立てた……。一気にユリの意識が混濁する。

 

「す、とろ(ノーフ様、にげ……)」

 

 巨竜は続けて容赦なく左前足を振るった。そのまま、2撃目、3撃目を受けて、無情にも拳使いの両手は力なくぶらりと垂れ下がる。

 3撃目を終えてその様子に気付き、人間の小さい体を持ち上げて()()()()()と確認した。十竜長筆頭は勝鬨的な声を上げる。

 

「ハハハッ、思い知ったか人間共めーーっ!」

 

 先程チマチマした作業をさせられた恨みを返してやったと言わんばかりに吠えた。

 そうして、今頃走り寄って来た剣使いへと嬉し気に、ぐったりとしもう動かない拳使いを見せ付ける。恐るべき衝撃にも、彼女の眼鏡は中々外れなかったようで依然残っていた。

 

「ぁぁ……ユ、ユリ殿………」

 

 現実の余りの惨さと心理的ダメージに、戦士長の足は止まり、そのまま力なく膝を突く。時間を知らせる竜達の小さい火炎はまだ3つを残していた。拳使いを屠った今、剣使いの死は時間の問題に過ぎない。

 竜種族において本来、優れた戦士には他種族でも敬意を払うのが通例。この拳使いの人間は竜軍団の上位個体へ対し大いに善戦したと言える。

 しかし今なお激しく痛む左前足の指や左膝に加え、人間風情が逆らった『罰』の余興として十竜長筆頭は悪乗りする。よせばいいのに。

 巨竜は、左前足に握る拳使いを持ち上げると、大きなその口で頭から噛み付いた。

 

「――――!」

 

 ガゼフの眼前10メートル程前の上空には、ユリ・アルファの体がブラリと言う様でぶら下げられていた。

 

 その彼女の首部分が――部隊長の竜の口へ数十本並ぶ鋭い牙に挟まれた姿で。

 

 憧れたユリの凛々しく美しい眼鏡顔は、巨竜の口の中へ埋もれ戦士長からはもう見えない。

 間もなく、首飾りが軋み始めた。この(ドラゴン)が何をしようとしているのかは語るまでもない。公開ギロチンである。

 

「やめろぉぉぉぉーーーーーーーーー!」

 

 彼女へと伸ばした左手はただ(くう)を掴む。剣使いの人間の絶叫が、夜の風舞う平原へ響き終る頃、首の無い人間の身体が地面に落ちて鳴る鈍い音が伝わった。

 十竜長筆頭のゴクリと飲み下す音の後、奴は口の中に残っていた遺物をプイと吐き出す。

 遺物は宙へ弧を描くと剣使いの前へと転がった。

 それは思い出深い最愛の人のしていた黒縁の眼鏡。彼は震える手でそっと取り上げると、鎧装備内の小袋へ大事にしまった――直後。

 

 ブチン。

 

 周囲一帯へと、そんな何かの派手に切れる音がどこからか聞こえたような気がした。

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは、左手の籠手を外すと薬指を見詰め小声で囁く。

 

「……((いにしえ)の指輪よ、我に力を)」

 

 絶望に塗れ膝を突いていた一人の人間の漢が立ち上がっていく。

 彼の目からは不思議な事に血が流れ出て見えたという……。

 

「手前ら、やっぱり人間とは全然違うのだな……。俺の怒りの魂が全員叩き斬る!!」

 

 師匠のヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファンからは、怒りで剣を振るうものではないと言われていた。秘宝の指輪を譲ってくれたリグリット・ベルスー・カウラウからは、無闇に使っては駄目だと告げられている。ガゼフ自身も、人間の戦士として生まれ持った力で最後まで闘いたい、と考えここまで来た。しかし、それを曲げても『譲れないもの』がある。

 憤る剣使いの言葉に、十竜長筆頭は余興の続きを楽しむつもりで無言のまま、その場で不用心に両前足を手前へ誘う手振りで動かし『遊んでやるから、とっとと掛かって来い』との意を示した。

 仇敵の舐めた様子に、ガゼフも右手に剃刀の刃(レイザーエッジ)を握り、間合いを漠然と詰めるべく数歩近付く。二者の距離が、5メートル程になった時であった。

 王国戦士長は刹那に大きくあと一歩踏み込んだ。ヴェスチャー発案の究極武技を発動して。

 

 

「受けよ――――〈七  光  一  閃〉!!」

 

 

 ()だしは7つの斬撃を示した光の軌跡が途中で一つに収束し、それは吸い込まれるように眼前へ立つ十竜長筆頭の巨体の右側を通過した。

 

「ん?」

 

 十竜長筆頭も剣使いへのトドメを刺すべく左足を素早く踏み出そうとしたが、激痛のしていた左膝と左前足の指からの痛みが()()と気付く。

 不思議な感覚と同時に十竜長筆頭は、視線が自然と下がる。いや、奴の身体が傾いて行く。

 なんと十竜長筆頭の左太腿と左前足が見事に切断されていた。加えて左翼も根元近くから切り落とされている切れ味。

 

「なっ?! ぎゃぁぁぁーーーーっ」

 

 遅れて来た痛みに声を上げながら、支えを失い左側へと竜の巨体が倒れ込んだ。

 そのブザマにもがく奴の姿へ、血の涙の男は続けて冷たく告げ、追い討つ。

 

「死ね、外道めっ。〈七光一閃〉!」

「うおぁぁぇfsぁ;skまkmks、――――」

 

 巨竜は、真横へ倒れた体から首を起こし火炎を吐こうとまでしていたが、ガゼフの秘技に眼球中央より上の頭部が脳ごと水平に切断され、致命傷となる。息は続いていた為、言葉が途中から意味不明なモノに変わって終わる。

 

「「「――?!」」」

 

 周囲の竜達は、闘いの激変と結末への驚愕に固まっていた。圧倒的なはずの部隊長の死と、剣使いは素早く捕まえ難いが攻撃は致命傷にならない水準と高を括っていたのに、安全神話が完全崩壊したからだ。

 現在、指輪の効果により、彼の難度は大きく上昇。一撃でもかなり強力となった剃刀の刃(レイザーエッジ)の斬撃が7本同時に同一軌道で打たれた事になり、武技〈七光一閃〉は最上位斬撃級の近くまで到達していた。

 四光連斬は若き日のガゼフのオリジナル技で、元の六光連斬は以前より存在する。ヴェスチャーはその使い手でもあり、若いガゼフなら六光連斬を一撃へ収束させた強力な威力の武技を極められると考えて強引に指導した。収束させる難易度が四斬撃でも異様に高く()()()()()為、普段見せることは出来ない。

 

「………」

「「「………」」」

 

 剣使いと残る竜部隊の竜兵達は暫し睨み合う。

 だが、余興の約束の10分を超えた辺りで、竜兵の1頭が気付く。人間の剣使いが、立ったまま瞬きせず動かない事に。

 

「……おい。剣使イの人間、気絶シてなイか?」

「ナに?」

 

 確かに、究極の武技〈七光一閃〉――〈連光一閃〉は、人間が放つには気力を使い過ぎて多用出来ない代物。

 指輪を使い、王家の宝物のフル装備であったから二撃放てたが、そこまで。

 無論、ガゼフ自身もこうなると分かっていた。でも、それでも、巨竜の野郎だけは(フェチ)として絶対に許せなかったのだ。

 

 ガゼフ・ストロノーフ、王国北西の穀倉地帯中央の大森林東側の麦畑で倒れる。

 

 意識の無いまま剣を握る仁王立ちの人間へ向かって、今度は竜兵達が『部隊長の仇』と殺到していく。まるで一瞬だけ傾いたシーソーゲームのような展開。

 所詮は一方的な力勝負(パワーゲーム)の中における一時的な逆流であったのだろうか……。

 でも――この場の力勝負(パワーゲーム)にはまだ続きが残されていた。

 棒立ちの剣使いへと急降下で近付く竜達の、先頭を飛んでいた者から順に――空中で突如、桁の違う強烈な打撃を上から受ける。

 

「ギャぁ」

「ガッ!」

「ぐァッ、――――」

 

 滑空飛行からの垂直落下という勢いで地上へめり込み、後続も次々叩きつけられていった。

 この(ざま)で5頭も地上へ堕とされれば、竜達も状況の異様さに仰天し一斉に空中で羽ばたきし止まる。

 地上へ転がる者達は、誰も立ち上がって来なかった。いや、見れば直ぐに分かる。既に死んでいると。我先にと素早く動いた難度140程の頑丈な竜達が、何者かに全て一撃で瞬殺されたのだ。

 これまで遭遇した経験の無い化け物以外に有り得ない。

 

「なッ?」

「どウなっている?!」

「周りにもう敵は居ないハズではっ」

 

 焦りと困惑と恐怖の混じる声が上がる中、各自が周囲へ視線を向けるも敵影は見えず。自然と棒立ちのままの剣使いへと視線が集まった。しかし、周辺での一方的な殺戮攻撃は止まらず未だ続いている。

 見る間に地上へ転がる死者の頭数がダースを超える頃、竜兵達は最早パニックとなりこの場から全力で逃げようとした。すると、その時。

 

「仲間を派手に痛めつけてくれた愚かな連中は、1匹も生かして逃がさないでありんすよ」

 

 竜達を悪夢の様に圧倒する見えない敵の、可愛く美しくも怒りの籠る声だけが、周囲に響いた。

 その声を聞き、先程ランポッサIII世一行への攻撃小隊を率いた老竜が、大地に転がる首の無い拳使いの身体の位置が動いているのに気付き、思わず叫ぶ。彼は拳使いの雌の声と勘違いして。

 

「おおぅ、こ、これは――魔人じゃ! 怨念で呪われ狂い生まれた魔人の仕業じゃぁーーーっ」

「「「う゛わぁぁぁぁぁ」」」

 

 現実が叫声を強く後押しし、パニックに一段と拍車が掛かる場へ、(とど)めの魔法が放たれた。

 

「――〈魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)集団全種族捕縛(マス・ホールド・スピーシーズ)〉」

 

 軍団宿営地の在る北方寄りへ、バラバラで散ろうとした竜達の内、一気に15頭程が動きを拘束され一カ所へ集まる。それらと別に、南方向へ逃げた奴や捕縛を逃れたLv.45以上の十竜長水準の竜達が〈転移(テレポーテーション)〉で位置移動して来た見えない謎の敵にブチ殺されていった。そして最後に捕縛した連中も……。

 斬殺された巨竜以外の、この場に居た十竜長水準の31頭は僅か1分程で全滅した。

 勿論、易々と実行したのは〈不可知化〉のまま左手を腰に当て、スポイトランスを右手へ握り真紅の完全武装姿で空中に立つ、ナザリック地下大墳墓階層守護者序列1位のシャルティア・ブラッドフォールン。

 

「……ここはもうお終いでありんすね。本来はもっと惨たらしい死が似合いでありんしょうが。ソリュシャン、ユリは大丈夫?」

「はい。上半身骨折と意識不明でHP(体力)が2割を切っていたので、危ない状態でしたがなんとか」

 

 ユリが転がる地点の直上からの声に、姉の手当てを始めていた〈不可視化〉中のソリュシャンが答えた。巨竜の右膝へもう一回叩きつけられていたら、HPはゼロになっていたかもしれない。元から心臓が止まっている戦闘メイドは命拾いをしていた……。

 なぜソリュシャン達がこの場所に居るのかというと、アインズが反撃戦に臨む直前に王都北方の駐留地で「後方の守りは任せる。あー、一応単独行動中のユリのフォローを頼む」と指示されていたのだ。ただ、シャルティア達は王都北方で防衛線を張って守っている部分もあり、ユリのいる場所とはかなり離れている為、工夫して対応する必要があった。支配者がルベドを連れて去った後、ソリュシャンの提案で、取り敢えず彼女同様にアサシンの職業を持つシズを駐留地へナーベラルと一緒に常駐とし時折、広域探知の出来るソリュシャンと共にシャルティアが〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で北寄りへ出張する形でHP反応を確認しカバーしていた。

 ところが先程、出張場所で広域探知すると、ユリの反応が2つになっているではないか!

 一応ソリュシャンはその状態をよく知っていた。身体が千切れたのではなく、ユリは種族が首無(デュ)し騎士(ハン)で、頭と胴体が離れている状況だと。

 とは言え、ナザリックの外での分離状態に、やはり非常事態だと現場指揮官へ進言し、最終的にシャルティアが突撃を選択したという訳である。

 ソリュシャンは現場指揮官へ姉の容体を報告する。

 

「頭を反応のあったこの竜の胃袋から(変形した私が)回収しましたし、巻物(スクロール)を使って〈死体復(レストア・デッ)(ドボディ)〉や〈大致死(グレーター・リーサル)〉などを掛けました。首の部分は、チョーカーが大きな外圧で外れただけのようです。ただ――愛用の眼鏡が見当たらないですが……」

 

 破損は直せるが喪失した場合、作るか探し出すしかない。残念ながらアイテム探知は意外に面倒なのだ。アイテム探知魔法の巻物(スクロール)にしても在庫はナザリックにさえ無かった。可能なのはニグレドぐらいだ。

 

「そう」

 

 シャルティアにも創造主の選んでくれたアイテムへの愛着と残念さは分かるが、激戦で失ったのなら後日この辺りを探すしかない。後方の防衛線を任されており、仲間の救出は上位実行事項であるが、アイテムをここで探す時間までは取れなかった。

 

「今は、ユリの無事を喜ぶでありんす」

 

 身体の損傷は修復され、HP(体力)も完全回復したが、依然ユリはまだ意識が戻らず妹の膝枕で静かに眠っていた。某天使様がニヤニヤと喜びそうな光景だが、残念にも見逃す。

 ソリュシャンは姉の無事への礼を伝える。

 

「はい。シャルティア様ありがとうございます。しかし――流石は我らのアインズ様。この成り行きをも完全に予想されていたとは」

「あああぁ、ぬし、分かっているわね! そうでありんすっ。我が君の深き読みは正に天才だと思いんすよ」

「ええ、本当にっ」

 

 のちにユリも、自身への支配者直々の大いなる気配りに『真に慧眼。それにボクの身をそれほどまでに心配していただけるなんて嬉しいっ』と敬愛度を盛大に強める。

 これだが――(アインズ)としてはユリが戦場から離れているので、シャルティア達に片手間で気に掛けられれば大丈夫と思っていた。また単に、某天使様(ルベド)の監視が()()()()()()で単身の者は結構手薄となる為でもあった。二人切りの移動の度に、姉妹報告を聞かされ続けている支配者が気付くのは当然。アルシェにしても下の双子姉妹より現在の関心は低い。エンリについても、夜間にネムと一緒の時間帯であれば誘拐されなかったであろう……隠された読みの真実に誰も気付く事は無い。

 こうして趣味的にも気の合うシャルティアら二人で至高の御方への感嘆に一瞬ふけるが、先に冷静なソリュシャンが残件を挙げた。

 

「シャルティア様、北西7キロ程の出発拠点と思われる地と北14キロ程離れた場所にまだあと数匹程居ますので、処理をお願い出来ますか」

「了解よ。ナーベラルとシズの応援でありんすね。と、その前に、〈転移門(ゲート)〉」

 

 ユリ救出と敵掃討には時間短縮の為、別動隊にナーベラルの〈転移〉でシズ達も動いていた。

 鮮血の戦乙女はソリュシャンから少し離れた地上へ〈転移門〉を開くと、配下の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達が10体程そこから登場する。

 

「お前達、私が戻って来るまでにさっさと死体を〈転移門(ゲート)〉へ運び込んでおきなさいね」

「「はい、シャルティア様っ」」

 

 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達は声の揃った返事を上司へ返すと、3体一組で最寄りの竜の死骸を早速せっせと運び込み始める。尚、竜連中の死体は再利用する予定の為、全て首がへし折られた形で綺麗に死んでおり、麦畑へ殺戮の後は残っていない。今次大戦参加において油断はしていない真祖の姫(シャルティア)であったが、『死体愛好癖(ネクロフィリア)』の彼女はユリの危機を告げられ強い怒りが湧く。しかしソリュシャンの「竜の死体をどうされるかの判断はアインズ様にお任せすべきかと」との冷静な進言にハッと気付かされていた。アドバイス無しでは怒りで最初の竜の血を大量に浴び、血の狂乱から残り全部もグチャグチャにしダメにするところ。同時に以前暴走し、刀を振るう武技使い(ブレイン・アングラウス)に逃げられたのを思い出した。此度は、その失態を挽回する為の出陣という訳で、正に本末転倒になりかねないと。

 キレイな屍がサクサクと〈転移門〉先であるナザリック地下大墳墓の地上中央霊廟正面出入口前へ運び込まれる様子を満足気に見ながら、シャルティアは北西の大森林北端地域へと〈転移〉で掃討に向かった。

 

 だが、シャルティアと先着していたナーベラルは面倒な状況に直面した。

 

「……少し困ったでありんすね」

「はい。全く、下等生物など一緒に殺せばいいのですが、アインズ様の指示では殺すなとのことですので」

 

 穀倉地帯中央の大森林北端部には生き延びた王国軍王家軍団の残党数百名が残っており、そこから10キロ程北側に居たナーベラル側でも、北方からの王国軍援軍の残存250分隊程が点在していた。気絶したガゼフしか居なかった先の場所とは少し勝手が違う状況。

 Lv.63を誇るナーベラルだけでも竜達を殺しまくるのは簡単だ。でも〈不可視化〉のシャルティアとナーベラルは終始暗躍する様命じられている。(ゆえ)に、竜兵らが突如『勝手に死んでいく』のは不自然過ぎるのだ。

 そのため()()()、10分程掛かって掃討すると、シャルティアだけがソリュシャンの所へ戻って来る。

 その折、死体回収に王国軍が居る前で〈転移門(ゲート)〉を開く訳にもいかず。

 苦慮した結果、とりあえずシズに周囲探知で誰も見ていない場所を調べて貰い、そこへ転がっていた5匹だけを〈不可視化〉し尻尾を掴んで吊り下げて持って帰って来ると〈転移門〉へ放り込んだ。

 

「あとの残り5匹は、デミウルゴスとアウラに任せるでありんす」

「……そうですわね」

 

 ソリュシャンの周辺に転がっていた30頭程の躯は、短時間で回収作業が終わらないと見たシャルティア配下の謎スライムのエヴァが気を利かした。ナザリック第二階層からの応援で数を倍程へ増やした吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達やカイレを含むシモベらにより余裕をもって運び終える。配下達は既に〈転移門(ゲート)〉内へと下がった後だ。

 (ドラゴン)の死骸が残っていないのを確認し〈転移門〉を消したシャルティアと、姉の手当を終えたソリュシャンは一仕事終えた感に浸るも、まだ問題点が幾つかあった。

 

「ところでコレ……。コホン。この者は、どうするのかえ?」

 

 真祖の姫が横目に視線を向けたのは、立ったまま気絶した王国戦士長だ。

 

「一応、我が君が友好的に接する者というし。それにまあ、ユリの仇は取った様子でありんすが」

「はい。それですがユリ姉様にお任せしようかと考えておりますわ」

「あ、そうね」

 

 数分後、ユリが無事に目を覚ます。

 

「……ソリュシャン? それにシャルティア様……」

 

 直ぐ正気に戻り状況を把握すると、仲間の救援に「ありがとうございます、シャルティア様、ソリュシャン。後で改めて私から述べますが、ナーベラルとシズにも先に伝えておいてください」と礼を言い、戦士長側の経緯のあらましを語る。

 ユリの元気な様子にシャルティア等も安堵。アインズ様の行動や、この場での討伐内容を伝えて本件の後処理に関し戦闘メイドの長姉へ任せると、真祖の姫達はナーベラルと連絡を取り100キロ程南に置く王都北の駐留地へ戻っていった。

 竜部隊は南進を続けても、結局同じ末路を辿ったはずである……。

 

 さて、王国戦士長が意識を回復したのはそれから約5分後のこと。

 つまり、気絶してから25分程が経過していた。彼は王家宝物の、疲労無効化の活力の籠手(ガントレット・オブ・ヴァイタリティ)と体力を常時微回復する不滅の護符(アミュレット・オブ・イモータル)を装備しており、時間が経過すればある程度、気力体力等は戻るのだ。

 

「……? ――――っ!!」

 

 ガゼフ・ストロノーフは余りの驚愕に飛び起きた。意味不明と言った方が良いのかも知れない。

 夜空が見えたのは分かる。究極の武技に気力を使い果たして失神し、仰向けに倒れたのだろう。 しかし、なぜ――()()が、それも『膝枕』をしてくれているのか――と。

 

 ユリ・アルファは勇敢ながらも、無残に戦死したはずであるっ。巨竜に頭を食われて……。

 

 それなのに、彼女は傍らで座り僅かに笑顔を浮かべていた。

 ガゼフには不可思議しすぎて、夢かあの世かと、そう考えてしまったほどだ。でも、起き上がった傍にユリは膝を曲げて確かに座っていて。

 更に眼鏡を掛けていないにも関わらず――闇の星明りに映る白き肌の彼女は美しい。

 

「ユ、ユリ・アルファ殿……、ご無事で?」

 

 彼としては滑稽でも、そう聞くほかない。

 それへとユリが頷き答える。

 

「はい、運よく。竜達は――撤退したようです」

「撤退……ですか?」

 

 半信半疑のストロノーフが立ち上がると、確かに周辺には30頭以上居た精強な竜達が1頭も見えない情景が広がっていた。

 でも究極の武技で切り伏せたはずの部隊長の竜の死体さえ無いのは、どういう事だろうか?

 

「実は――」

 

 そうして、ユリが戦士長へと語ったのは、まず夕刻前頃『大反撃』に出たゴウン氏の話。続いて竜達が撤収する前後に、主人と別行動のソリュシャンとシズがこの場を()()通った事を告げた。

 戦士長は拳を強く握り目を瞑りながら、友人へと真に強く感謝する。

 

「おお遂に、遂にっ! ゴウン殿、本当に有り難い……」

 

 余りに大きなその喜びへと意識が向き、彼の多くの不信は思考の片隅へとかなり流れた。

 そして、彼女の生首だけが残った状況については、竜兵達が部隊長の死骸を持ち去ろうとした際に、口から落としていくのを見て拾ったと。

 確かに開戦以来、竜兵達の死骸が見当たらないという話は、国王の居た地下指令所でも話題に上がっていたがそれが裏付けられた形で納得出来る点はある。

 また、この地で圧倒的優位だったはずの竜達が、どうして撤退したのかは――。

 

(むっ。ゴウン殿の強烈な攻撃へ対応する為に後退したか。もしくは近付くゴウン殿の連れの者達を見て、鋭く察し恐れたか……確かに有り得るか)

 

 仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の放つ第6位階を超える大魔法が主戦場で炸裂したならば、竜軍団側もそちらの戦線を立て直す必要が出てこよう。

 また、厳密な装備類は異なるが、黒と白の色合いと『メイド調』には共通点があり、竜達が接近者に恐れる要素は十分。

 控えの召使いの位置にいるユリがこれ程強いのだ。ゴウン氏と共に行動する事の多いソリュシャンとルベドとシズ達は、実際それ以上強いと考えても辻褄は合うとガゼフは思う。

 何れも不自然は話では無い。

 最後に、ユリの首をソリュシャンにより秘蔵の特別な巻物(スクロール)の魔法で胴体へ繋ぎ、回復を掛けたところ生き返ったという。

 

(えっ……流石に、そんな事が有り得るのか?! いや、でも現に目の前に彼女は生き返っている。……東方を広く旅して来たゴウン殿達ならば……)

 

 第5位階魔法に復活魔法は存在する為、不可能事とは違い、最早嘘であったとしても構わないのではと、ストロノーフは王国を今まさに救おうとせん男を強く信じ完全に割り切る。

 自分の責任で死地へ巻き込み死なせてしまった彼女が、今生きているだけで十分なのだと。

 

「……とにかく良かった。それと、ソリュシャン殿達にも感謝する」

 

 王国戦士長は、ゆっくりと元気に立ち上がって来たユリにそれだけを伝えた。

 ここで、彼は鎧装備内の小袋から例のブツを取り出しユリへと手渡す。

 

「ユリ・アルファ殿。これを」

「まあ、これは私の眼鏡」

「はい、部隊長の竜が破棄した時に取っておきました。………………」

 

 ガゼフは、眼鏡を大事そうに受け取ったユリが、両手で耳へ掛け鼻へ載せる様を至近距離で一貫して見れて、その興奮に内心で震えつつ吠える。

 

(うおぉぉぉーーーーーーっ、やっぱり眼鏡を付ける姿と眼鏡顔のユリ殿がイイっ)

 

 対するユリは、申し訳ない様子で礼を伝える。

 

「ありがとうございます、ストロノーフ様。これは私に取ってとても大切なモノなのです。大事にお持ち下さり感謝いたします。それと――私があなたをお護りすると言っていたのに、申し訳なく思っています」

「いえ。貴方は言葉通り、最後まで私を護りました。謝る必要はどこにもありません。本当に感謝している」

 

 戦士長は漢として、既に取っていけない選択をした事で、恋への気持ちに整理が付いていた。

 元々ゴウン殿に魅かれて見える彼女に横恋慕している感じではあったのだ。

 だから逆に彼女がゴウン氏と上手くいく風に何か力添え出来ればと思う。勿体ないけれど……。

 そう考え一瞬夜空を見上げかけた戦士長へ、今後の行動をユリが問うてきた。

 

「ストロノーフ様、これからどう動きますか?」

 

 再びユリへと視線を向けて、現実に帰って来た戦士長は既に決まっている行動を伝える。

 

「まず、陛下一行が襲われた場所へ向かいます。安否を調べなければなりません。それが今、私のすべき事です」

 

 後の事はまだ考えられないと言う重い雰囲気が漂う。

 その中でユリは眼鏡の礼という事で先に伝えておく。彼の燦然と輝く希望になるとは知らずに。

 

「あの、この戦争が終ったら――またきっと、約束のお食事へ連れて行ってくださいね」

「―――!」

 

 男の(さが)として、心の奥底ではやはり眼鏡美人を諦め切れていないのだろう。

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフはまたホワイトアウトし、数分間記憶を失ってしまった……。

 ゆっくりランラと幸せボケでスキップする彼を、ユリは優しく手を引き共に北東を目指す。

 途中で正気に戻った彼は、再び赤恥にプルプルと震えるが、やがて二人は焼け荒れた広い麦畑だった大地を目にし愕然とする。

 

「……くっ(陛下っ)」

「……」

 

 そこから1時間以上慎重にその広い地で国王の行方を探すも、予想外に1名の亡骸も見付けられず。戦士長の口から良い意味で困惑の言葉が出る。

 

「これは……もしや」

「ストロノーフ様」

「はい。陛下は、ご無事なのかもしれない」

 

 今後、二度は無い奇跡だとガゼフは思った。先までの絶望的な気持ちが縮み、大きく明るい希望が心に広がる思い。

 ガゼフとユリの二人はまた足早に進み出す。北にあるレエブン候の陣を目指して――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次期国王となる王太子確定の名声と実績を得るべく、王城での戦略会議で最前線の指揮官へ名乗りを上げ、王らから最終的に西側最前線を任された、リ・エスティーゼ王国第一王子のバルブロ。

 彼は開戦時より、最前線内でも後方の、山脈の裾野の先にあたる地の森へ護衛達と潜んでいた。

 潜む森の大きさは直径で100メートル程。周りには草原が広がる。

 だが、その地も前線の一角であり、開戦5日目までに周辺へと何度も竜兵達の襲撃を受ける。

 間近で見る(ドラゴン)達の大きさと強さと怖さは王子の想像のずっと上にあった。正に圧倒的な最強種族という存在。

 王子は18歳の時に、王国西海岸の大都市リ・ロベル東南に広がる大森林へ赴き、数体の小鬼(ゴブリン)退治を果たした経験から少々剣に自信を持っていた。しかし、英雄伝説級の怪物を前にして、そんなものは子供のお遊び程度だったと思い知る。

 周りの小隊が、竜の放つ一撃の火炎砲で溶ける情景を何度も見せつけられ愕然とする。

 

(こんな化け物達に、並みの人間が勝てるはずなかろう……)

 

 バルブロは自分が低い水準とは思っていない。あくまでも竜が強すぎるという考え。

 腰の剣を抜きつつも、結局一度も自ら斬り込む事はしなかった。それは妹のルトラーからの金言だけではなく、巨体で空を自在に舞う敵へ無力ささえ感じ、本能的に恐れ動けずにいたからだ。

 そして終始、 窮地的な闘いが続く中で開戦5日目の夕刻の事――。

 

 

 殿下の小隊に同行する王国戦士隊員の内の数名が、潜む森の周辺警戒をしていた。その一人が、バルブロへと本日8度目となる近隣への敵来襲を、近衛騎士達に比し端的正確に知らせる。

 

「東方300(メートル)で、竜2匹と味方3小隊が接敵中です」

「……」

 

 簡易椅子へ腰掛け黙し、鞘に収まる剣を少し開く足の間に立て、両手で押さえる姿の王子。

 彼の、左脇に副官の男爵一人と、両側に近衛騎士2名ずつが並んで立つ。

 王国戦士隊の副長と隊員達6名は、座る王子の前から数メートル離れた位置で控える。

 他に近衛騎士2名と王国戦士隊員8名が周辺を警戒する歩哨に就く。

 25名居たこの小隊も、5日程で近衛騎士2名と王国戦士隊員1名が竜兵の犠牲になっていた。

 開戦2日目の昼頃までは、展開する自軍からの伝令がここへ頻繁に来ていた事で少し竜達の目を引いたのだ。それもジリ貧の報告ばかりで、今は大局の変化以外の指揮を700メートル程東南東の前方で精鋭小隊と共に居る副官の子爵に殆ど任せている。

 

「報告ご苦労」

 

 伝えた王国戦士隊員へ、近衛騎士の一人が偉そうにそう告げた。

 バルブロ達貴族が王国戦士隊員と直で会話をする事は殆ど無い。王国戦士隊の副長と稀に会話を交わす程度。この場でも平民などと親し気にしない風習が当たり前に見られた。

 隊員が持ち場へ戻る姿を見つつ、副官の男爵が口を開く。

 

「今日はやけに竜が多いですな」

 

 午後の初めに、軍団を任せた副官の子爵からも「敵からの襲撃数がいつもの倍以上」との知らせが来ており、バルブロは適当に「敵の動きを見て応戦せよ」とだけ返している。

 

「そうだな」

 

 王子が答え終えた瞬間、今度は近衛騎士が取り乱し駆け込んできた。

 

「殿下大変です、北から竜が攻撃を! お逃げくださいっ」

「なにっ!」

「なんと」

 

 一気に場は騒然と変わった。

 バルブロは立ち上がると反射的に剣を抜き敵へ備える。近衛騎士4名と男爵も剣の腕は立つが、数日の戦いを経て圧倒的な竜へ怯える度合が強くなっており、同様にただ剣を抜いていた。

 ここ、後方の森では潜んでいれば大体が助かり、最前線の様な逃げ場の無い火炎地獄の中で「死にたくなければ決死で抗え」の修羅場まで行かなかった為、中途半端な状況に精神が食われた形。

 対する王国戦士隊員達は、王子の周囲を固める者と、退路を確認し確保する者、周囲の歩哨へ連絡する者に別れて素早く動く。

 隊員の一人が木へ登り、竜兵の位置を確認して距離を取れる方角を指し、王子を守りながら森の反対側への退路を進む。途中で歩哨の者達が合流し、隊員から「竜は戦闘態勢にあらず。周囲を探りつつも、位置は森から北200以上離れてますが」と報告される。一行は森の茂みを抜ける前に再度、状況確認する。

 すると、竜兵は森の北西70メートル程で空を高く通過し、徐々に南へと離れて行った……。

 誤報による空振り的退避となる。

 皆が胸を撫で下ろすも、いい加減な近衛騎士の報告に「またか、おいっ」という感じだ。

 近衛騎士達は、空飛ぶ火炎の怪物への恐怖が先に立つ事で、焦った判断から信頼性の薄い報告が多く、脱出に森の(きわ)まで来る無駄な行動が増えていた。

 

「「殿下、男爵様、再び申し訳ありません」」

 

 バツが悪く、近衛騎士達は殿下達に謝罪するも、王国戦士隊の者らへ向ける言葉はない。

 そうして、再度歩哨を立て警戒態勢へ戻ろうとした直前。少し油断した時間でもあった。

 先の竜により、去った南方向へ皆の意識が向いていたのも大きい。

 北東から素早く現れた竜兵部隊の急襲を、この周辺は一斉に受けたのである。

 竜兵達の攻撃前滑空飛翔速度は〈飛行(フライ)〉よりもずっと速い。竜兵2頭組が複数で、空に10頭は舞って居ただろう。連中は、間もなく地上へと一斉に火炎砲を連発で撃ち込んで来た。

 そのため周辺の土地と、この余り大きくない森へも数発の火炎砲が命中。森の木々は一気に燃え上がり、近くへ複数あった近衛騎士小隊群と共になすすべなく霧散した。

 

 

 皮肉にも、竜の前では改めて()()()()()()()高貴な王家や貴族、騎士の者さえも無力と示した。

 

 この日、西の最前線全域が集中的に攻撃を受けており、戦域は混乱して司令官である第一王子の行方はそこで途切れてしまう。

 1万を超えていた第一王子の軍団は、開戦5日目までに日々数を減らしていたが、6日目を迎えた時点で死傷者は7000人程に達しており、王子の安否も分からず士気は大きく低下した。

 ただ、国王の付けていた副官の子爵が懸命に指示を出し、今日まで戦線を支え続けている。

 

 当の第一王子バルブロであるが――彼は大反撃の始まった7日目の日没時にもまだ生存中だ。

 

 先日受けた竜兵勢の急襲時に、王子は火炎砲の至近攻撃に遭い、右半身へ火傷を負う重傷も命からがら脱出していた。

 体力において王家では突出していたことが、彼を生き延びさせた一つの要因であろう。

 でも一番は、やはり小隊内でも後方に居た事だ。前に出ている程、死ぬ確率は上がっていた。

 あと王子の纏う高価な鎧も割と貢献。その他に挙げると王国戦士隊のお陰と言える。

 近衛騎士達は多くが竜兵の攻撃で死傷。動ける者らは殿下を見失うと、まずそのまま方々へ離脱した。対して、王国戦士隊の者は火炎の威力で()()りの混乱極まる中でも王子を探し出し生存第一で動いていた。隊員5名が火炎攻撃の犠牲や囮となって戦死するも、火炎地獄から抜けた安全な場所まで殿下を連れて移動。副長達9名は依然として王子の傍にあった。

 小隊内や、森の周辺にも数十名が小隊展開していたはずの近衛騎士達で残ったのは、たったの2名のみ。副官の男爵も生死は不明だ。

 この事実をバルブロは口へ出さないが、奴らの実力面だけとは異なる大きな現実差を感じた。

 昔、妹のルトラーに聞いた通り、日頃の温い環境からか近衛騎士達は此度の過酷な戦場に精神を病む者が多かった。対して、平時も怪物(モンスター)討伐など命がけの雑務で出撃の機会も多かった王国戦士隊員は死をも恐れずに王子を誘導した。2名の近衛騎士達は、怪我もあって只付いてきただけ。

 戦場離脱後間もなく、火傷で満足に動けなくなったバルブロ王子が居た為、小隊は()()()()()()戦域外で安全域の、西方に連なる山脈(ふもと)の森を目指す。

 既に壊滅していた最前線後方の、西部戦線側北端を更にずっと西へ抜けて辿り付いた。

 王子は携帯する〈保存(プリザベイション)〉使用の高級な下級治療薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)の存在を、近衛騎士ではなく王国戦士隊員へ伝えて飲ませてもらい、数秒で重傷の火傷を回復していた。

 

「(チッ)――」

 

 その折、視線を宙へ向けた近衛騎士から(かす)かに舌打ちの音が聞こえた。

 騎士を差し置き平民を頼った事に加え、もし治療薬があれば自身の怪我用に小瓶の底へ少し残し失敬しようと考えていたので、随分面白くない顔を見せた……。

 バルブロが直ぐに薬を服用しなかったのには、4つの理由が挙げられる。

 そのうち3つは、手持ちが乏しい事、更に酷い怪我を負う状況であった事と、混乱した場所では()()()()に小瓶ごと薬を奪われる可能性も考えてである。

 

(ふん。騎士とは違いを見せる王国戦士……か。戦場で信用出来るのはどちらなのか、ルトラーの言葉通りであったな)

 

 ガゼフ・ストロノーフを始め、絶対の忠誠心と勲功を認められ、名声を持ちながらも出自の怪しい平民ゆえに、騎士へは叙されない者達。

 一方、近衛騎士として代々王家に仕えるはずの連中の、忠誠心や騎士的行動はどうなのか。友や愛する家族の為には戦えるが、王家に対しての気持ちは薄れているのではと。

 強気のバルブロも『竜を倒せ』とまでは言わない。でもせめて、王国戦士隊の隊員程度の働きは期待していた……。

 王国の第一王子は、戦地での極限において、少し大事なものを知った気がする。

 同様に、治療薬を遅れて服用した最大となる4つ目の理由は、彼にとってかなり重要な事だ。

 

 それは当然――怪我を理由に地獄のような戦場を離れる為である。

 

 戦闘中に彼が動けなくなるほどの重傷火傷を負った事は事実であり、戦場傷病者には療養する事が公で許されているのだ。

 

(ふはははっ。これで王国が戦いの後に残った場合、俺は生きて堂々と王都へ凱旋する事が出来るぞ。ザナックめ、残念だったな。ふむ、まあ今後立場を弁えるなら外交担当の要職ぐらいには付けてやるか。態度を改めないなら牢獄行きだ。父上亡き後に死が似合いだろう。後はラナーか。早めにどこか適当な貴族に嫁がせて――)

 

 王位継承権を争う長兄は、早くも内心で生意気で知恵者の愚弟への勝利宣言と、面倒な妹の厄介払いについて考え始める。

 こうして彼は、薬で回復したはずも「まだ調子が十分ではない」などと主張し早2日、ゴウン氏の大反撃の夕刻時まで生きながらえていた。

 現在、この小隊には王国戦士隊の面々とバルブロを合わせた10名が残る。

 目障りな近衛騎士の2人には、王国戦士隊員が持つ治療薬を1本から半分ずつ与えると、1日休ませて開戦7日目の今朝、王子の命令で彼の生存と療養中を知らせるべく伝令に送り出していた。

 だがその後、彼等を見た者は居ない。どうやら移動途中で運悪く、鎧の光反射を竜兵に見つけられ襲われた模様。

 故に、西方最前線指揮官のバルブロは5日目の夜以降、総司令官のレエブン候と国王側からは行方不明のままだ。

 

 さて、西の戦域外で、当面の日和見を決めていたはずの王国第一王子であったが、しかし――ゴウン氏の大反撃の数時間後に再び迷う事になる。

 草色の布を身に纏うレエブン候からの伝令が、日没後の夜に王子達を見付けやって来たのだ。

 

「バルブロ様、レエブン候閣下より緊急の伝令をお持ちしました」

 

 見張りを除き、既に王子と隊員の多くは仮眠に入っていたが、戦場の緊急時にマナー違反という事もなく、起こされた殿下は鎧を纏うと面会した。

 総司令官の読みは中々鋭く、西方最前線内で戦死の可能性を考えつつも、生存する場合にバルブロ王子が取りそうな行動を予測。西方最前線へ騎士3人の伝令を当てていたが、当初から伝令の一人へ西方の山麓沿いで探させ、他の二人も王子旗下への伝令が済み次第、西方の安全そうな地域へ向かわせていた。

 今は午後10時前という時間。夜の伝令に選ばれる者達は無論、かなり夜目が利くので昼間と変わらない行動力を持つ。初めから山麓沿いで探した騎士が、殿下の前へ立った。

 逃避先の森の中には簡易椅子も無く、表向き負傷中の第一王子は落ち葉へ薄い布の敷かれた上へあぐらをかく形で座る。

 殿下の無事を「何より」と喜びつつ、伝令の騎士が伝えて来たレエブン候の指示は、バルブロにとってかなりの衝撃があった。

 

「間もなく、竜王を打ち破る大魔法での反撃を実行予定。実行は明確に分かる形でとの事」

「なっ(そんな作戦の話など聞いていないぞっ。誰がやるんだ? 王はご存じなのか……)」

 

 レエブン候は、実行者の名を予定通り通達せず。仮面の魔法詠唱者(ゴウン氏)は、あくまでも王国軍内の一つの手駒という扱いだ……。最大限に実行者の戦果を削ぐ流れがあった。

 

「全軍はその機に合わせアーグランド評議国側へ戦線を維持しつつ、1時間に100メートルを目安で押し上げる攻勢を予定。バルブロ様も準備と実行をお願いします。――尚、大魔法での反撃は午後6時頃に成功し、既に全軍で攻勢を開始しております」

「むぅ(もう動いているか)………」

 

 騎士には殿下の様子が、単にいつ実行か不明であった点と王国軍の反撃成功を知った驚きに見えた。しかし実際には違い、もっと深い。

 伝令を出したレエブン候は無論、作戦自体を知っていたという話。

 今次大戦は間違いなくリ・エスティーゼ王国の存亡に拘わる重大事であった。それなのに、次期国王へ最も近いはずの第一王子の自分へ、何も知らせが無かった事実に愕然とする。

 

(レエブン候は貴族派のはず……父上の王も存知ない一手だった可能性もあるな。あと、義父の侯爵殿が、知っていたのかは重要になるかもな)

 

 大きな後ろ盾であった義父のボウロロープ侯が亡くなり小事も重要事に思え、少し冷静になるバルブロ。取り敢えず、レエブン候からの伝令の騎士へ返答しておく。

 

「……総司令官殿の指示、相分かった。私は竜の火炎砲で重傷を負ったが、今も健在だと皆に仕えてくれ」

「はっ、必ず。ではこれにて」

 

 伝令が去っていく姿を見つつも王国戦士隊員らは副長以下、殿下がどう動くか注目する。

 侯爵からの指示を聞く前までの様子だと、元々王子にここを動く気配はなかった。

 隊員達は武人の心情として戦いたいが、世継ぎの王子をまた死の危険に晒す事を天秤に掛ければ考えるまでもない。

 しかし、総司令官の指示を了承した事から、今は戦場復帰も含めどちらの行動選択も有り得た。

 当のバルブロはまず落ち着いて、反撃戦にこのまま出ず、ここへ留まった場合を想像する。

 

(反撃戦が上手く進み、王国が残った時は確実に生きて王都へ凱旋出来よう。これは相当大きい。ただし――その時に名声はどうなるのかだ……)

 

 恐らく王国民達へ『大戦に参加はした……が、戦場で負傷し反撃戦には出なかった王子』と記憶されるだろう。貴族達へも(しか)り。『王子』の前に『残念な』さえ付きかねない。

 そうなれば今後「剣に自信がある」という話も舞踏会で語り辛くなる事必定。愛人として狙いを付ける女性、冒険者で名を馳せる若く美しいラキュースからの印象も悪くなるだろう。

 諸々の想いへ、強気で自尊心の高い彼の心が囁く。

 

(王国第一王子バルブロよ――――お前は、それでいいのか?)

 

 次に彼は反撃戦へ出た場合の事も思考する。

 

(反撃戦が上手く進んだとしても、戦場に再び出ればあの竜達と遭い闘う事もあり得るか……。とは言え必ずと決まった訳でもない。それに――名声は十分となるはずだ。消極的では何も掴めん)

 

 王国民達には『大戦へ開戦時より参加し戦場で負傷もしたが、竜の軍団への反撃戦にも勇ましく出た王子』と誇らしい内容になって後世まで語られる事だろう。

 貴族達の、そしてラキュース嬢からの視線も変わってくるはずと考える。

 彼の我儘な心が自尊心で満ちた。バルブロは思案に目を細める。

 

「んー(これは、何とかすべきだな)」

 

 ここで最も重要なのは、兎に角『反撃戦には出た』という既成事実。目立つ必要はないっ。

 極端な話、戦場に居さえすれば条件は満たされるのだ。例え最後方でも。

 勿論、それでも死の危険は発生する事になるが。

 

(そもそも、戦域外の場に居ても絶対に生き残れると言う保証はない。どこにでも危険はある)

 

 一瞬、妹の言が頭に過ったが、『隊列の後方を歩けば金言の範囲内だろう』と無理やりな理屈でバルブロは自分を納得させた……。

 王子は決心が鈍らない内にと、夜中にも拘わらず王国戦士隊の副長へ指示を伝える。

 

「戦場へ戻るぞ」

「……ははっ。全力でお守りいたします」

「うむ。よろしく頼む」

 

 こうして第一王子は、間もなく10名の小隊で山脈の麓の森から最前線へと、夜中の移動を開始した。

 目的地は、指揮代行を任せる子爵の簡易陣を目指す。また戦域内の経路として、貴族派の兵団が兵数減で戦線を縮小し、現在兵がほぼ不在の西北寄りの一帯を選択。竜の偵察が少ないと見てだ。

 一行は用心しつつ前進を続け、日付が変わる辺りで西部戦線の外縁部へ到達した。

 しかし――そこで王子達は竜兵の襲撃を受けた。

 広く開けた麦畑の焼け跡の中であり、遮るものは何もない。中腰での移動であったが動くものはやはり目立った。

 夜間であっても(ドラゴン)達の目は上空から遥かに数キロ先の人間サイズも十分視認し逃さない。

 竜兵の数は僅かに1頭。されど1頭である。

 難度は王国戦士隊副長の優に倍はあった。立派で屈強な竜兵が空より舞い寄る。

 そして上空20メートル程より火炎砲を吐かれ、火炎が地へ液体の様に広がり地表を覆ってゆく光景を王子達は再び見た。地面はあっという間で火炎地獄に包まれる……。

 

「ギヤァァァーーー」

「ぐおおぉぉーーーー」

「熱いぃぃぃぃーーーー」

 

 王国戦士隊の隊員達9人は、人間防壁となってバルブロの周りを囲むように円陣となった。その身をジリジリと焼かれる彼らの激痛の声が重なる。

 王子も同様に全身へ火炎を浴びつつ、一度は助かったのに欲をかいた事を後悔した。

 

(うぉぉぉ、俺の傲慢な判断が選択を間違えたのかぁぁーー)

 

 己で撒いた種なのだ。最期ぐらいはと泣き言を叫ばず只ひたすら耐える。

 

「ぐぅぅぅ」

 

 だが、不思議な事に彼等はまだ生きていた。

 全員が難度で30を超えていたからだ。

 

「ムッ!?」

 

 (うな)ったこの竜兵は、難度10程度の一般民兵ばかりを相手にしていた。その為、省エネで結構火力を落としていた事が不運であった。

 とはいえ、一発で燃え尽きず耐えたなら、次でと竜が準備するのは考えるまでもない話。

 人間達に反撃する手が殆ど無かった様子は、第二撃までに余裕感を持たせる。

 連中(ゴミ)が見せたのは2名程、蔓が燃え切れる前にと弓を放ってきたぐらいだ。それも鱗へ当たっただけで刺さらず、剛火に命中音すら掻き消されて終わる。

 竜兵の口許には、最後に思わず笑いが浮かんだ。

 

 バルブロ小隊の終わりの時が、確実に間近へと近付いていた。

 火炎に包まれた10人全員がそう考え、苦しみの中で空の竜兵を見上げたその一瞬。

 翼を広げ口から火炎を吐こうとした竜兵と、西から高速で飛んで来た何かが上空で交差した。

 高速の、長物を持つ騎士風の姿にも見えたそれは、東へとそのまま通り抜けて行く。

 

 程なく、飛んでいた竜兵の――首がバッサリ切れて見えた。

 

 

「「「え゛っ?」」」

 

 唐突すぎる眼前の展開に驚き、その時だけ王子達は火傷の痛みを忘れた。

 先の火炎が弱まって来た地上の30メートル程先へ、重量感のある音を大きく響かせ、竜は落ちた。

 勿論、奴は長い首と胴が離れて間違いなく死んでいた。もう見ることはないだろう物凄い光景。

 バルブロと王国戦士隊員達は全身火傷を負いつつも命拾いする。

 だが、彼等には一体何が起こったのかその後も分からずのままであった。

 こうして結局、第一王子は無事に……ではないが、一応反撃戦へ参加した事となったのである。

 

 

 

 

 

 

 

「――っ、目障りだったのでつい。……斬ってしまったが、まあ余計な事にはならないか」

 

 戦場の夜空上を東方面へと突っ切りつつ、そう語るのは―――漆黒聖典の『隊長』であった。

 

 人類を脅かす存在の姿と攻撃する光景に身体が思わず反応した。

 偶然だが彼は、知らずに王国の第一王子を救った形となった。今後にどんな影響が有るのか無いのか……知る由もない。

 黒き長髪を靡かせ、長槍を右手に握った騎士風装備の青年が、再び王国北西部の空をゆく。

 

 スレイン法国の最高執行機関が下した撤退決定により、本国へと9日前に王都北東の大森林から撤収したはずの漆黒聖典部隊。

 しかし、メンバーの中で彼だけが戦場近くへ残っていた。

 六色聖典でも漆黒聖典の部隊長のみに与えられた非常時の『隊長権限』を使い、独自判断による行動だ。

 それは何故か。

 きっかけは先日、クレマンティーヌが王都に在る法国の秘密支部から持ち帰ってきたもの。

 

 ――あの『アインズ・ウール・ゴウン』に関する資料である。

 

 王都で収集されたゴウン氏の情報を一通り確認した『隊長』は、文面に『彼の魔法による竜軍団への反撃』の文字を見た。

 『隊長』の脳裏に、アーグランド評議国が送り込んで来た、竜の軍団の炎の幻影が浮かぶ。

 強大であった竜王(ドラゴンロード)らと直接戦い、自身は敗れ至宝とカイレ様にクアイエッセも失った。

 いざ再度、竜王率いる大軍団と戦って評議国内へ撃退する場合、スレイン法国も相当の損失を覚悟する必要を感じている。

 なればこそ今、()のゴウン氏の強き力を利用出来るのなら共にと『隊長』は考えたのだ。

 本国が、この大きな好機を逃してはならないと。

 ただし確実に勝てる保証は無く、脱出も考慮して部隊内で自分だけを残した。

 

 『隊長』には謎で、スレイン法国にとっては(いわ)くも有る人物――アインズ・ウール・ゴウン。

 

 彼の資料を目にして以来、移動中の今はしないが漆黒聖典第一席次は時々物思いにふける。

 

 

 風花聖典の調査報告によれば、王国戦士長抹殺にリ・エスティーゼ王国へと差し向けた擬装騎士団50余名を、村に現れた彼は召喚した死の騎士(デス・ナイト)3体を(もっ)て殲滅し、陽光聖典部隊の行方不明にも関与すると聞く人物。

 陽光聖典の隊長ニグン・グリッド・ルーインは第4位階魔法の使い手で、率いる44名の隊員達も全て第3位階魔法の使い手達であった。加えて隊長の彼は当時、準秘宝級の『魔封じの水晶』を()()()()()()()と神官長より申告あり。

 それらを相手に無傷だったのではと考えられ、以上からゴウン氏は、圧倒的な高位の魔法詠唱者だと予想されている。

 また、王都秘密支部の資料からは、彼の人物像がある程度分かった。

 普段から魔法詠唱者然とした見事な衣装装備に妙な仮面姿。ただ、素顔は20歳台後半の金髪で長身の男との事。

 本人は旅の魔法詠唱者だと述べている。王国東部辺境のカルネ村を経た、亜人達の国家が犇めく東方からの来訪が有力だ。カルサナス都市国家連合を経てのトブの大森林縦断か、『ビーストマンの国』と飛龍騎兵部族の住む山岳地帯やカッツェ平野経由のルートが予想される。

 陽光聖典らの攻撃を受けた王国戦士騎馬隊と辺境のカルネ村を救援。その村には戦闘以降、滞在し続ける家が在る模様。

 救援の功と礼により、国王ランポッサIII世から王都へ招待を受け現在も滞在中。

 王都到着直後には王城の『謁見の間』で王へ拝謁。その後、『王家の客人』として主に王城内宮殿で宿泊している。

 王城訪問時には、四頭立ての八足馬(スレイプニール)が引く最高級の漆黒の馬車で現れ、絶世の美女の配下を5名従えていた。その内の3名が辺境の村での戦闘に参加したとの事。名前はルベド、シズ、ソリュシャンと伝わる。ゴウン家の武力面での家臣と思われる。

 他、召使いとしてユリ、ツアレがおり、ツアレは王都で購入した元高級娼婦という噂も聞く。

 当主のゴウン氏は礼儀正しく、宮廷のマナーも概ね身に付けており舞踏会や、礼服での晩餐会への参加も確認された。

 城外への外出時は、召使い達も含め配下全員を連れて最高級馬車で出掛けるのが数度目撃されている。

 王都内には『ゴウン』の表札が掲げられた屋敷の存在を調査済み。美人三姉妹の小間使いが居るとのこと。

 また国王ランポッサIII世より、王城での謁見の場で褒賞金として金貨400枚が贈られている。ただ、元よりゴウン氏の所有する物は配下も含め上物ばかりで、生活は相当裕福と思われる。

 友人となった王国戦士長の要請に応え、近日、竜軍団との戦争への参戦を表明。反撃の契機として、魔法の使用を上位冒険者らの会合にて公言したと伝わる――。

 

(……只者ではないですね)

 

 一通りゴウン氏について思い出した『隊長』は、最も仮面の魔法詠唱者に合う言葉でそう結論付ける。スレイン法国最高執行機関が、ゴウン氏との敵対を早々に見送り、融和策を模索しているのは彼も正解だと考えている。ニグンらの戦力を失ったのは痛手だが、作戦面では強引であったし、逆にその件からゴウン氏との(よし)みを通じ、我が法国へと招聘出来れば数倍する益となろう。

 今迄、何処の勢力にも属さず、それだけの行動と物を維持しているというのは実力がなければ到底出来ない事。

 同時に、そんな何にも縛られない仮面の男の、自由奔放な旅の生き方に漆黒聖典の第一席次は関心が少し向いた。

 生を受けて以来、『隊長』は長い時間を、スレイン法国最高執行機関の者達の下に管理されている。生活自体は何不自由なく上質なものが保証されていたけれど。

 

 しかし本当に彼の意志で自由になる事は実に僅かだ。

 

 配下は居るが友と呼べる者はいない。呼出しや任務以外で、外出してぶらつくという概念も持た無い。生活する場所も、攻撃で出陣する主な戦場も敵も、果ては己の子を産む女でさえも選ぶことは出来ないのだ。予め候補は提示され「好みとは違う」と断れるぐらい。後日、また候補が選ばれて……。悪く言えば、どことなく半奴隷的な飼われた存在。

 此度の独自行動も、基本は『人類の敵を排除する為』という国是の下での行動と言える。

 これが『隊長』だけの環境であれば大きな疑念を持っただろう。

 しかし国民全員が、六色聖典が、最高神官長すらも法国という巨大な管理国家組織の存在によって、使命を思考へ刷り込まれており、『当たり前』と多くの諸事に不満を持たない……。

 

(機会があれば少し、彼と話をしてみたいですが)

 

 そんな事を思ったのは、数日前の長く待機中で時間を持て余した、ほんのつかの間だ。

 国是への自己犠牲精神に厚い彼等とすれば、気の迷いであったのかもしれない。

 

 『隊長』は、漆黒聖典部隊と分かれた後、どこでゴウン氏の魔法に因る反撃が行われるのか分からなかった為に、見晴らしの良い高い場所で監視待機する事に決める。

 ただ、戦場北方の山脈は竜軍団の宿営地から10キロ程と近く、竜王を敬遠。

 30キロ弱と距離の離れた、旧エ・アセナルの西北に連なる山脈の標高800メートル程の山頂付近を選んだ。木々は少なく吹き曝しの岩場で、バルブロ達が居た麓とは少し離れていた。

 潜伏状態での監視待機の為、竜軍団へ対し動けない日が続く。3日程前にも北側の戦場を離れ近くの山脈を越え、王国西海岸へと抜けた4頭の竜小隊も素通りさせている。

 日が経って難点といえば、短く区切っても仮眠中の情報や警戒が抜ける事と、部隊から持って来た食料がそろそろ尽き掛けていた。でも今日でそんな心配は無用になりそうである。

 

 

 漆黒聖典の『隊長』が今、西方向から東へと高速で戦場上空を突っ切り移動しているのは、ゴウン氏と竜王()の闘いを追っての行動。

 だが、彼は竜王達の()()を追尾している訳ではない。

 どう言う事なのかを要約すると、『隊長』はゴウン氏一行が竜王を抑えている間に、竜軍団の宿営地へ乗り込み、上位陣を倒してしまおうと考えたのだ。ゴウン氏が手の回らない部分についての作業分担化とも言える。

 それに、先日は少し強い竜兵を1匹殺し掛けたが、竜王に阻まれている。

 

「同じ奴を見掛ければ、今度は一撃で(とど)めを刺す」

 

 彼はそう意気込み、星々の瞬く夜天を東進する。

 

 『隊長』がゴウン氏達の戦闘に気付いたのは、夕暮れが始まる前の反撃直後の時間帯であった。

 今日も潜む山頂付近の岩場に腰掛け、晴れた東方の戦域を広角に見ていた『隊長』は突如、旧大都市廃虚上空付近に湧いた大雲の異変に気が付いた。

 

『んっ。〈能力向上〉、……これは普通の雲とは異なる。竜王が動いたのか? それとも……』

 

 先日の夜に、竜王の撃った超火炎砲の長い炎線も直後の大爆発のキノコ雲も見ていた。

 しかし『隊長』はいずれにせよ、竜王が健在の段階では潜伏の面もあり安易に動けない。

 何故なら、魔法の強さを期待するゴウン氏だが、彼は魔法詠唱者。竜王に瞬殺される可能性もゼロではない為だ。超火炎砲以外でも、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)の接近速度と戦闘力は相当なものと知っている。

 それに、『隊長』自身も武技と特殊技術(スキル)の〈上限超越(オーバー)全能力強化(フルポテンシャル)〉での戦闘時間には制限が存在する為だ。

 並みの竜兵達が相手であれば武技などを未使用でも十分対抗出来るが、現状で竜王の変身時間の期限は不明であり『隊長』の最大戦闘時間よりも長い事は分かっている。

 下手に表へ出て動くと『神人』の存在を広め、ゴウン氏の足を引っ張った上で、前回の二の前で終わってしまう。いや、前回は運が良かった部分もある。

 もう互いの手の内がほぼ判明しており、次はかなりの比率で自分が死ぬ場合を予想する。その結果は彼自身に留まらず、スレイン法国としてまずいのだ。

 仮面の魔法詠唱者には配下が3名いるという情報も、その3名であの化け物の猛攻を凌ぎきれると思うのは余りにも都合が良すぎる考え。

 元々竜王とは人類の強さを超えし存在。更にアレは別物だろう。

 

『それでも……彼と配下達が何とか竜王さえ倒してくれれば、負傷した彼らを護り治療しつつ離脱させても、他の竜部隊の撃退は私だけで何とか出来るでしょう』

 

 法国の民として、ゴウン氏が神々の奇跡の生み出しし人類の希望である事を願うのみだ。

 ところが大雲発生20分以降、夕方や日没を迎えても、1時間過ぎても3時間経っても、近辺へ特に派手な異変は起こらなかった。冒頭から終始集中して監視し続けつつ『隊長』は時折、周囲の戦場方向へも注意し視線を向けたが特に大きな動きや姿は見つからず。

 状況がまるで中断したか、終わったかの様子。

 何度か経過を訝しく思った彼だが、遂に難しい表情の顔ごと右下方へと視線を向け考え込む。

 

(………おかしい。……どうなったのです?)

 

 冒頭の大雲を作ったのは高エネルギー攻撃のはず。自然では有り得ない。

 また竜王は無闇に大火力を使わない。『隊長』が撃たれた方角も竜兵未配置の北東寄りだ。

 風少なく、大雲は縮小したが依然残っており、何かが起こった事は確か。

 するとやはりこれはゴウン氏の攻撃と思うのだが。

 ただ竜王が、もし負けたらこの戦争は間違いなく大きく動くはずだ。

 それなのに日没から、もう夜中を迎える今も、戦場の竜兵達の動きは大して変わっていない。

 

「もしかして、魔法詠唱者の彼があっさり負けただけ……なのか」

 

 それは有り得る事で……。

 だが、竜達の放つ火炎の赤色が地上へ数十カ所灯る東方の戦場へ、彼は再び視線を向けようと頭を上げ掛けた時。

 ――顔の右側方向となる背中側より一瞬光を受けた様に感じた。

 『隊長』が何気に後ろを振り向く。

 すると、なんと西方の海上遠くの水平線近くへ不自然に連続して小さく輝いた光源を幾つも見た。距離で言えば、陸から50キロは離れている。

 直ぐにそれが大きな闘いの光だと悟った。思わず立ち上がり、視力を今までより一段と上げる。

 

『なに、海の上へ!? いつの間にっ。〈能力超向上〉っ』

 

 闘いは場所を変えて続いていた様子。両者とも、全力の激突で味方を巻き込みたくないという考えの一致とみられた。

 一瞬、『隊長』は山頂から60キロ以上先の視界に竜王の巨体を捉えたかに思えたが、人間大のゴウン氏一行の姿は難しかった。

 

(竜王は、変態せずに闘っているのか……いや時間上限に達したのかもしれない。あ……も、もしかして更に上の形態へ……?)

 

 竜王に見えた巨体――『隊長』は8日前の仮眠中に合流していたビルデバルドと援軍の存在を知らず、距離に因る空気の揺らぎと透明度の問題と考えた。

 直後、それ以上の重要事に『隊長』の顔色が悪くなる。彼は反撃開始時から遠距離で戦場を監視していたので、通常の飛行移動を見逃すとは考え辛かった。高位魔法詠唱者(ゴウン氏)なら分かるが、竜王にも転移系移動されたと判断するのが妥当。

 いずれも近寄れば分かる話。

 でも、竜王の力と転移能力を考えれば『隊長』は結局、10分経っても隠れる場所の無い海上の決戦場へ乗り込む気は起きなかった。

 竜王が本当に転移系の魔法も使えるとすれば、彼では全く勝ち目がない。

 槍の防御の間合いへ一瞬で入られ、拳での一撃を腹へ食らうだけで動きが止まり、次の一撃で沈むだろう。竜王と『隊長』自身とは、筋力と動作速度の面だけでも大人と子供程の差を感じる。

 それでも葛藤は有る。

 

(私はここで見ているだけしか出来ないのですか……)

 

 ゴウン氏達の闘いぶりを幾つか状況想定していたが、3時間を過ぎても決着せず長引くというのはなかった。常識で高位魔法詠唱者とは、肉体面がそれ程丈夫で無いと知っているからだ。

 法国にいる上位の魔法詠唱者達を見ていればそう言う結論に至った。

 でも驚く事に仮面の男は違った。彼の配下が壁になったとしても、間違いなく何発か打撃を食らったはずだから。『隊長』自身が完敗したあの竜王と、それだけ力が拮抗している事になる。

 魔法で竜王を一方的に短時間で倒す、というのが最も期待した展開。

 一方で、拮抗している状況は、それ以上の意味がある。あの驚異的剛力の竜王の攻撃をも凌いでいる訳だから。一気に倒すよりも実行難易度はずっと高いはずなのだ。

 恐るべき魔法詠唱者一行と言える。

 それはつまり今、竜王は正にゴウン氏へ釘付けという事だろう。

 

(ああ、神に感謝します。我ら人類へ大きな力の者達をお遣わし下さった事を。あの番外席次に匹敵する存在と見ていいのかもしれない)

 

 ここで状況は変化する。海上に見えていた小さな光が5分程途絶えたのだ。

 『隊長』は竜王の姿が消えた事を視界で確認した。

 竜王はゴウン氏に倒されたのか、それともまだ生きていて闘いが続くのか不明である。

 しかし、ここまで仮面の魔法使いが竜王を抑えているのであれば、彼に任せていいと思えた。

 

『では私は、私に出来る事をするとしましょう』

 

 ――位置は不明でも、ゴウン氏と竜王との対決の『先の展開』を追った動きを始めた。

 

 そうして『隊長』は、先程の戦場外縁部で竜の首を刈った様な凡戦を避け、竜軍の上位陣を探す意味もあり高度を上げて戦場中央域上空へと侵入する。

 日付が変わり開戦8日目へと突入している戦場は、大反撃開始から6時間程が過ぎ、王国軍の前進で包囲陣全体が北の竜王軍団の宿営地側へと600メートル近く動いている。

 漆黒聖典の『隊長』はそれに気付かないが、戦場全体から上がる人類側の気迫を感じていた。

 流石に元々の竜兵数が多過ぎて、廃墟周囲の主戦場での戦況はまだ殆ど変わっていないけれど。

 

「近年のバハルス帝国との戦争で、リ・エスティーゼ王国軍の民兵部隊は貧弱に崩れると報告がありましたけど……次の(いくさ)では分かりませんね」

 

 今後は、精強な帝国騎士団を前にしても「竜達に比べれば」となる事必定。

 もっとも次の光景を見て、彼はその考えを撤回するのだが。

 竜軍団宿営地周辺で状況が大きく変わろうとしていた。

 

 

 

 

 竜王ゼザリオルグとその妹ビルデバルドを見失った竜軍団上層部の百竜長、アーガードとドルビオラは現状を非常事態と捉え、直ちに休憩中の2つの大部隊を緊急動員していた。

 午後7時過ぎの話だ。

 監視部隊の9頭を始め、竜兵2頭組で50組計100頭を竜王達の捜索に充てつつ、残りを主戦場攻撃と宿営地防衛に振り分け20分程で出撃させ終えた。

 これにより宿営地付きの竜は100頭弱となった。ただこの内の40数頭は、宿営地北側で王国軍の戦力へ対し『人間の盾』としても置かれた捕虜6万程を監視する任務に当たっており、宿営地内担当は実質50頭程まで落ちる。その中で直掩として10頭が飛ぶ。

 また、一時的に10頭を使って廃虚地より、瀕死状態のノブナーガと眠りから覚めない竜兵4頭が収容された……。

 非常時体制のまま時間は進むが、戦域周辺に竜王達発見の報は中々来ずで、アーガード達は焦りと不安からイライラした気持ちで軍団の指揮を執り状況を見守る。

 捜索途中に、宿営地()()()()で新手の騎馬小隊が幾つか発見され、百竜長の指示で竜兵の3組6頭が向かう。

 本来、竜達の宿営地北方へ布陣しているはずの弱小貴族兵団中心の王国軍勢は、総反撃の檄に対して、大半が死傷し1000も残っていなかった。家ごとに分散状態で、まだ準備に手間取ったままであった。なので、焼け野原が広がる北方正面はほぼ空いていた。

 現れた人間達は馬を巧みに蛇行させ炎を避け逃げ惑うも、撤退はせず。見ようによっては注意を引き付けている風にも取れなくはないが、騎馬小隊群は北方正面を動き回るだけでなく稀に宿営地へも迫り目立ったので、まず排除対象と目された。

 騎馬小隊の連中は馬と共に魔法防御や〈獅子のごとき心(ライオンズ・ハート)〉等で精神強化されており、数度の火炎砲にも耐えた。そして、減らされても追加の者達が順次現れ2時間半以上注意を集めていたが、竜側も竜兵1組を増やして8頭で対応。人間からの反撃は主に矢や槍であったが、偶に魔法での反撃も受ける。それでも竜の対応部隊は遂に騎馬部隊を上空から焼き尽くした。その数、延べ500余騎……。

 この頃には百竜長のアーガードとドルビオラも報告から、主戦場の各所で竜兵の負傷急増と、人間側の広大な陣全てが僅かずつ北上している事を把握していた。加えて、殲滅したが宿営地北側で開戦以来初めての纏まった騎兵による攻撃等を聞くと、百竜長達は軍団長である竜王を見失っている現状へ全てが繋がってくると理解する。

 

「……人間共め、舐めおって」

「大規模に仕掛けて来ている、か」

 

 彼等2頭は、竜王達が不在でも圧倒的な戦力差は変わらないと考えている。

 何故なら、人間側もゼザリオルグとビルデバルドを抑える為に、超常の戦力を投入しているはずなのだ。

 竜王様と妹君の強さは異常と言える。

 永久評議員達を除く、本国中の全竜種を集めた戦力よりも上だと確信する。

 つまり人間側の切り札はもう無いはず。

 仮に存在しても――百竜長2頭が其々率いる100頭部隊の一斉十字砲火で焼き滅ぼすのみ。

 筆頭のアーガードが(おもむろ)にドルビオラへ提案する。

 

「そろそろ、集団戦術に戻すべきと思うが?」

「ですな。私もそう考えていました。このままの個別戦術では被害が拡大しそうです。状況打開には仕方ありますまい。明日の早朝より仕掛けるとしましょう」

 

 百竜長達は互いに頷く。

 実行されれば、人間の兵力が100万居ようと、冒険者達が1万居ようが物の数では無い。

 旧エ・アセナルの惨劇の再現が王国軍へと忍び寄り始めた。

 

 

 結局、100頭掛かりでの約3時間の捜索でも、アーガード達が指示した近辺に竜王達を見つけられず、捜索範囲を外へ広げて当然続行される。

 30分程が過ぎて午後11時に近い時刻となった。

 宿営地上空には、直掩を交代した難度90から105くらいの竜兵達10頭が飛ぶ。

 彼等は周辺より近付く敵への即応攻撃を考慮し、高度は100メートル程。

 すると宿営地の東西から人間勢の騎兵が現れ、宿営地へ一瞬近付くと離脱する不審な動きを複数発見。

 先程の北側正面での騎馬部隊の怪しい動きもあり、8頭が追跡しつつ火炎攻撃に移るも、人間共は魔法効果や盾で耐え続け、バラけたまま北方向へ向かう。

 逃がすかと其々を追う8頭の竜兵達だったが。

 

 ――突然、一斉に撃墜される。

 

 宿営地の直ぐ北の空へ、魔法使いの人間共が虫の如く湧いて出た。

 その模様を見て、残る竜兵2頭が援護攻撃と確認へ向かう。

 

「撃て撃て、撃てぇ!」

 

 空だけではなく、地上からの叫声。

 後続の2頭も、宿営地北方へ出た所を、強力な魔法で撃たれ落ちてゆく。

 大将軍の「攻撃開始」のあとに途切れず続く声が、戦場へ大きく響いていた。

 撃ち落としたのは、帝国遠征軍が王国内へ持ち込んで並べた14台の馬車風戦車に載せた魔法省開発の秘密兵器『魔法砲塔』である。但し、製造と運用にはフールーダが第6位階魔法で調整した部品が必要で、今後増強の見通しは厳しい代物。撃ち出したのは第4位階魔法の〈雷撃の矢(ライトニング・アロー)〉だ。

 更に帝国魔法省側は、強襲魔法詠唱者(マジック・キャスター)部隊を10人1組で10組に分け、各隊員が上空で第3位階魔法〈雷撃(ライトニング)〉等を浴びせた。編隊を組んだ上で一瞬、〈飛行(フライ)〉から低位の〈浮遊(フローティング)〉に切り替える為、かなりの熟練がいる。また接近戦法はアインズも使った、高高度からの急降下で仕掛けた。

 つまり、竜1頭に〈雷撃の矢(ライトニング・アロー)〉と〈雷撃(ライトニング)〉や〈冷気弾(フロストバレット)〉10発以上が同時で向かった。勿論、不意とは言え全攻撃が当たった訳ではない。

 それでも砲塔や魔法詠唱者(マジック・キャスター)部隊の更なる連射が続き、これには()しもの伝説の(ドラゴン)も短時間で15発以上を受け痙攣しながら墜ちていく。

 竜軍団の宿営地外に落ちた数頭の竜は、北西と北東側へ伏せる多数の騎馬小隊群に群がられる形で襲われて止めを刺されつつあった。最上級(遺産級(レガシー)の下位)アイテムの剣や槍を持つ千人騎士長も数名居たが、非力な人間達という事もあり手段は選ばず。竜達は両目を潰された上で、鱗や剛筋肉の身体を徐々に削られ血管をズタズタに裂かれて……。

 先の帝国遠征軍配置完了までの引き付け役を買って出た、5軍団の精鋭騎士騎馬隊から各100名程の決死隊500余騎の仇を討つという気迫が、騎士達には(こも)っていた。

 この空中への一斉攻撃に対して、宿営地内の竜兵達も動き出す。20余頭が次々に飛翔。

 副官筆頭のアーガード自身も動こうとする。

 

「私も出る」

「今、前へ出るのは危険ですぞ、アーガード。人間達は捕虜達などお構いなしでの攻撃で、連中がこの時まで温存していた魔法精鋭部隊の様子」

 

 実際、捕虜収容所にも外れた魔法攻撃や負傷した竜兵が落下し、30人以上の死者が出ていた。

 帝国遠征軍にすれば捕虜へ対し、敵国の臣民や非常時であり特段考慮するに値しないが、竜軍団側からすれば『いよいよ割り切った作戦』という見方。

 ドルビオラの制止にアーガードは反論する。

 

「何を言うか。明晩訪れる評議国からの使者を前に、仲間をやられ人間如きに手間取りつつある今こそ、連中の奥の手を早急に片付けるべきだ。本国の者らが最も欲する捕虜達ぐらいは確保しておかねば、使者から余計に足元を見られよう」

 

 人間の捕虜については、王国側が宿営地北側へも軍を配置した事で、開戦後は流石に評議国へ捕虜の輸送を出来なくなっており、足止めされている状態。

 どうも夕暮れ以降、竜軍団側は悪い流れが立て続けに起きている感じだ。

 今しがた落とされた10頭を除外しても大きく負傷した竜兵は25頭に達する。瀕死のノブナーガや南進で上位の十竜長らが多数居ない上に、人間側の冒険者と思われる数組が難度100超え辺りの竜兵を適度に傷付けてどんどん敗走させていた。

 王国軍側は、あくまでも大反撃の圧力的な行動としてであったが、監察を控える竜軍団側は随分痛い話だ。竜兵の負傷数が明らかに増えている中、本陣の宿営地に居る捕虜達も大きく減る様なら苦戦の度合いが明確に色濃くなる。

 だからこそアーガードは早急に敵の魔法精鋭部隊を叩く必要性を感じた。

 彼の逸る言葉に、ドルビオラは冷静な言葉で返す。

 

「多少の捕虜などより、貴方が倒れる方が問題です」

「むっ、貴様は私が負けると申すか?」

「負けるとは申しませんけど、誘い出しが敵の狙いかも知れず、この地を預かる我々が迂闊に乗るべきではないかと。先に敵を把握し兵数を整え、私と西と東から挟み込みましょう」

「くっ、仕方がないな」

 

 アーガードの同意をとったドルビオラは伝令を宿営地の南側から南西へ抜ける様に送り出し、竜王捜索の部隊から5組10頭を呼び戻す。加えて宿営地に残る中から10頭を選びアーガードとドルビオラがそれぞれ10頭ずつ率いる形で出陣の準備が整う。

 ただ、伝令が行き戦域外の捜索位置からの帰還もあり、準備へは40分程を費やした。

 加えてこの間に百竜長達は、北方に巣くう敵へ攻撃を行なっていた竜兵23頭の戦況を聞いたが余りに酷い。

 宿営地外へ落ちて殺された4頭を含め、なんと重傷以上で既に19頭が落とされていた……。

 相手の戦力と手の内は読めて来たが、正直、耳を疑う信じられない戦況だ。

 捕虜収容所の人間達の被害として、魔法の流れ弾等で死傷者100名程増加と伝わるが、痛手は比べるべくもない。

 

「糞っ、甘く見過ぎたか」

 

 ドルビオラの忠告通りの展開にアーガードが唸る。竜軍団側には、完全に想定外である。

 敗因は、明らかに個別での攻撃と初期での優先標的を誤った事だ。

 特に強力な戦車側から潰しておくべきを、まずは空中の魔法詠唱者部隊を排除しようとした。

 すると、人間の魔法詠唱者部隊は一部2体1組を経て、4体1組の25組に再編成。

 そうして空中で1対1以上の闘いへと持っていかれた。

 竜兵はそのまま人間共を追った為、魔法詠唱者隊に上手く低空へと誘導もされる。

 魔法詠唱者部隊の余った内1組はフールーダの高弟4人の隊であった。全員が第4位階魔法の使い手という構成。

 彼等が放つ第4位階の攻撃魔法で動きの鈍った竜兵から、地上の『魔法砲塔』の集中攻撃を浴びた。〈雷撃の矢(ライトニング・アロー)〉の連べ打ちである。

 魔力供給は遠征軍の騎士隊の中にも魔法を使える者が200名以上おり、その者達の魔力が充填に順次使われた。

 流石に竜兵らも、再び短期で10頭も落ちた途中から、真の標的と単独での不利を思い知り4頭程で隊を組んで上空から一斉火炎砲撃を地上の砲台へ仕掛けて来る。ところが戦車は凝っており、外板も木目調加工の金属板が張られ、木造部分へも強化や耐熱と断熱魔法等を付加され、地面へも重く太い鉄の杭と鎖でアンカー固定されていて、一撃二撃の火炎砲だけでは破壊出来なかった。

 フールーダの魔法技術は実に大したものである。

 魔力充填された『魔法砲塔』は火炎砲を受けながらでも反撃出来たのだ。

 そのため、各竜兵小隊は少なくとも内1頭が地上の戦車へと直接突撃せざるを得なかった。

 竜兵の隊が地上へ近付いた際は、数台の戦車の破壊を巡って遂に竜兵部隊と帝国遠征軍との間で死闘の大乱戦となる。至近距離での『魔法砲塔』砲撃や、魔法詠唱者部隊も何組かが突撃。また雨のような弓隊の剛弓攻撃に騎士隊を始め、武力に優れる将軍達や千人騎士長らも馬を降りて竜兵の巨体へと斬り込んていく。

 ある十竜長は火炎を吐きつつ小隊を離れ、第4位階魔法を受けながらも自分の体重を活かして護衛の騎馬ごと戦車を押しつぶした。だが、立ち上がり飛んだ直後、周辺の『魔法砲塔』から〈雷撃(ライトニ)の矢(ング・アロー)〉を4発と魔法詠唱者隊の放った第3位階魔法を15発以上食らい落下。痙攣して動けない中、騎士団の猛攻で両眼と口に剛槍を10本以上受けて壮絶に息絶える。

 こういった闘いが数各所で数分毎に繰り返され、竜兵は負傷して飛べなくなった者から退却。突撃への防御戦で延べ3頭の竜を地上で討ち取った帝国軍側も、6台の戦車が破壊された。魔法詠唱者部隊員も空中戦等を含め26名が戦死。騎士隊も650名以上が死亡、1000名以上が負傷している。

 戦力集中で打って出た帝国遠征軍主力は短時間で3割以上の戦力を失う。

 魔法詠唱者部隊も疲労が濃く、一部を空中で〈浮遊(フローティング)〉待機させている。

 そして闘いは未だ継続中。

 想定はしていても、強力な第4位階魔法をこれだけ撃っての現実に、帝国遠征軍首脳陣の気分は重い。

 

「対人類戦へは門外不出であったパラダイン老の最高技術兵器を使っても、ここまで(ドラゴン)を討ち取る事が容易で無いとは」

「やはり恐るべき伝説の怪物よな」

「貴公ら、ここからが踏ん張りどころだぞ」

 

 最後の大将軍の言へ、第三、第五軍の将軍も頷く。

 彼等は皆、竜の宿営地に先程の竜達よりも強力な個体がまだ居ると知る。

 現在、上空には、残存で纏まった竜兵4頭の小隊一つと4人1組の強襲魔法詠唱者(マジック・キャスター)部隊8つが、『魔法砲塔』の届かない高度でドッグファイト中であった。

 戦う竜兵達は、百竜長達の部隊が間もなく空へ上がって来ると知っており、時間稼ぎに徹している。

 ただ、アーガード達の部隊が出撃すると、宿営地内自体には健在な竜兵が10頭以下の状態となる。直近数時間の戦いで人間側の攻勢が増し、負傷した竜兵の数が増える中、不安はジリジリと上昇気味であった。

 しかし、今は打って出て目障りに向かって来る人間共の排除が必要優先事項と両百竜長も判断。

 そして彼等の率いる2隊が、南方面へ伸びる宿営地中央通路からいよいよ飛び立とうとした、その時。

 ――狙われた瞬間であった。

 上方から剛弓の矢を始め、〈雷撃(ライトニング)〉や〈冷気弾(フロストバレット)〉、〈毒針(ポイズンニードル)〉での攻撃を多方向から竜達其々の顔付近へ一つないし二つ受けた。しかも()()()()()からだ。

 

「こ、攻撃だと?! 北方上空は4頭小隊が依然押さえているはずっ」

 

 ドルビオラが、竜軍団の宿営地上空を見上げ、まさかという声を漏らす。

 人間勢へ竜王(ドラゴンロード)達に匹敵する者らが現れ、また宿営地の竜兵らを払う魔法攻撃の敵を北側間近に感じ、更に新たな謎めいた敵の登場。

 強い警戒心は百竜長達に一旦、離陸を踏み留まらせる。

 

「人間共に、ここの上空侵入を許していたのか!?」

 

 現在、アーガードの視界に敵の姿が見えていない。

 

「攻撃は、一体どコから?」

「敵影は見エませんがっ」

 

 周囲の確認に長い首を(せわ)しく動かす竜兵達。気が付けばドルビオラ達は、宿営地の上空を何者かに取られている屈辱的な形。

 

「これは……不可視化系の魔法を使っているのでは?」

「「――!」」

 

 博識なドルビオラの言葉に、アーガード達は『どれ程の魔法使いか』と渋い顔を浮かべた。

 皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)所属の鷲馬(ヒポグリフ)とジャイアント・イーグル騎乗の騎士達は、着用者と騎獣を不可視にする貴重なマジックアイテムを装備していた。更に遠征組には精鋭中の精鋭として魔法騎士も数名参加している。冒険者にすれば白金級以上の実力者達だ。

 まんまと隙を突き、ジャイアント・イーグル15体と、鷲馬(ヒポグリフ)10体を上空へ待機させていたのは勿論、彼等を率いる帝国四騎士筆頭のバジウッド・ペシュメルである。

 敵情偵察を兼ね飛行獣に一時同乗していた彼は、遠征軍本隊の攻撃に連動し、宿営地直上に竜兵が居なくなったのを見逃さなかった。

 ただバジウッドは一つだけ腑に落ちない。帝国遠征軍の魔法詠唱者部隊が大人しい様に思えた。フールーダの誇る、強力な第6位階の雷系範囲攻撃魔法等が無いのはナゼだと。

 

(……あー、宿営地や他へまだ残る大戦力に対して温存してるって訳か)

 

 パラダイン老が所在不明なのを知らない彼は、慎重策かとそう判断した。

 空中待機に入った皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)は途中、帰還して来た竜兵達を素通りさせている。やはり空中では竜種側に分があり、飛び立つ時の方が狙い易く心理効果も高いと踏んだからだ。

 15分程前に上空への戦力配置と敵情偵察を終えたリーダーの彼は今、担当の部隊に戻り、地上で壊れた木製雨戸の隙間から外を窺う。

 

「初手は、上手くいったな」

「……」

 

 〝雷光〟の言葉へ横で無口に頷くのは、もう一隊を率いていた帝国四騎士〝不動〟のナザミ。彼らは既にグレートソードや両手へ盾を構え臨戦態勢でいる。

 ここは旧エ・アセナルの外周壁北側600メートル程の場所。石造りの半壊した地主の屋敷を見つけており、皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)120騎程が3棟の建屋に分散する。彼等は西から旧エ・アセナルの外壁沿いまで南下して周り込み潜んでいた。

 レイナースに最前線を任せるのは色々と危ういので、輜重の連中と共に崩れた外周壁傍で後詰めを任せている。

 竜軍団の陣内を見ていれば、手負いの竜が増えて来ている事から、後になるほど彼女が活躍できる機会も出てくると睨んでの配置。

 帝国四騎士のリーダーは慎重に大局を見ている。

 とは言え、現実は中々厳しい。

 

(さてと、どうするかな)

 

 予想以上の状況が重なり、竜達は少々逡巡気味に映った。と言ってもバジウッド達には、遠距離用で第4位階魔法程の強力な攻撃力がない。

 実力を考えれば、帝国四騎士達が冒険者水準でオリハルコン級以上でも、3人では難度で120程度までの竜一匹相手に足止めが精々だろう。皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)でさえ、もう数匹の足止めが良い所。先程攻撃した魔法には第3位階魔法も混じっていたが、1発当てたぐらいでは手傷を負わせる程度で討ち取る事は困難。

 出撃しようとしている竜部隊の方が圧倒的な戦力と言える。

 ただし此度、バジウッドをはじめとして彼等帝国四騎士率いる皇室兵団(ロイヤル・ガード)200騎の目的は、あくまでも竜軍団上層部の混乱である。

 

 連中を倒す必要はない――だから寡兵ながら作戦が成立するのだ。

 

 バジウッドは先程、この20頭程の竜部隊を率いる2匹の竜長の姿を上空から宿営地内に見て、他の個体を凌ぐ見事な体格と風格から恐らく竜軍団の上層部の竜だと判断、標的と決定し攻撃を指示していた。

 竜軍団上層部の邪魔をして、注意の引き付けや足止め、果てはイライラさせるだけでも意味は有ると。それも出来るだけ長く。

 何故なら、指揮官が機能していない軍は脆くなると分かっているから。もっとも、個々の力が圧倒的な竜軍団に仕掛けたところで、指揮官不在でも人間側をねじ伏せる可能性は十分ある。

 でもその場合は最早、天祐を期待するのみだろう。バジウッドもそこまで責任は持てない。

 この遠征では、絶対に勝つ必要がある中、最善を尽くしても不可能な事は有るのだ。

 

(遠征軍本隊と魔法省の連中は、間違いなく善戦している。その踏ん張りに期待するしかねぇな)

 

 三重魔法詠唱者(トライアッド)としてフールーダの放つ、人類一個人で最強の攻撃魔法が連続で炸裂すれば、先程の竜長らを地に転がす可能性も残ると見ている。

 されども〝雷光〟と呼ばれる彼は、覚悟を以って目を細める。

 勝敗に関係なく、竜軍団上層部を狙うバジウッド達の隊は高い全滅の危険性を負ってこの戦いへ臨んでいた。

 竜軍団討伐の遠征には、主君の皇帝と共に帝国、そして多くの臣民達の命運も掛かっている。

 指揮官級の竜達の押さえ役は、近衛騎士として後ろへ一歩も引けない闘いなのである。

 

 次の手に関し、(バジウッド)は幾つかの指示を皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)へ事前に済ませている。

 尚、姿の見えない飛行獣の騎士達同士が作戦を遂行するのに決めている事がいくつかあった。

 25体も舞う本作戦では、空中衝突を避ける意味で、戦術毎に兵団内で各人の行動位置や高度を固定。あと、どの戦術を取るか等を周知する方法として、昼間は煙玉だが夜間は〈永続光(コンティニュアルライト)〉を発する色違いの4種の水晶を〈滑空(グライド)〉させる事で知らせる。単色、2色などで組み合わせ、隊長が移動中に放る事で位置も特定され辛い。指示ミスも白でリセットなどだ。

 これにより、バジウッド側も水晶付きの矢を、潜む場から離れた地より上げる事で指示も可能。逆に皇室空護兵団側からも要請等が可能だ。

 あとは、竜の部隊側がどう動くかで攻撃が決まる。

 対する百竜長のアーガードだが、考えたくはないものの現実に内心で唸る。

 

(くぅぅ、ありえん。我々気高き炎竜種が、人間如きに手こずっているなどとっ)

 

 竜軍団宿営地内の南側へ伸びる広い中央通路が、滑走路の様に居並ぶ竜兵達で埋まっている中、(いか)るアーガードは横に並ぶドルビオラへと伝える。

 

「上空の不明な敵の実力と数は気になるが、手を(こまね)いてもおられん。私の隊だけでまず出る。攻撃の的役とこの地は引き受けよう。ドルビオラの隊は続いて空へ上がり、北方へ先行し人間共を遠距離から排除しろ」

「……それしかないですな」

 

 百竜長筆頭は自らの頑丈さを頼みに強硬出撃を主張した。ドルビオラも致し方なしと同意する。

 その行動は即時実行されようとするが、それをあざ笑うかのように上空から先に皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)の攻撃が始まる。

 でも、その対象は――竜達ではなかった。

 宿営地内各所へと上空から40個程の大きい油壺のあと、火矢や〈火球(ファイヤーボール)〉が投下されたのである。

 

「うっ、しまった」

 

 ドルビオラも、まさかの『火攻め』という皮肉な歯がゆい状況を見て思わず声が出た。

 見る間に、竜軍団の物資や綺麗な布の山を炎が包んでゆく。

 

「おおぉぉっ、竜王様の御座所が……。糞、おのれぇ、人間共めらがぁぁ!」

 

 怒り心頭となった副官筆頭のアーガードは、宿営地上空へと向かい、闇雲に火炎砲を数発ぶっ放す。

 しかし、皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)は宿営地の外へ向かう形で作戦を行っており、誰も居ないところを火炎砲が宙へと伸びていくだけ。

 戦争において、相手の物資を焼き払う手は常套手段の一つだ。

 本日までは、所内を守る竜兵は潤沢で、防火対策で土を掛けていたのは一部のみ。殆ど野ざらしの物が多かった。ただ皇室空護兵団の数量的に、焼き討ち出来たのは一部に留まる。

 それでも人間勢が火炎竜達へ火計での手酷い逆襲に、インパクトはあった。

 予想通りの展開に、バジウッドは静かに一度目を閉じる。

 

「人間側として、一矢報いてやったぞ」

 

 王国へ恩に着せるつもりなど無く、単に戦争とは言え都市の何十万もの一般人を殺す事は不要であったとしての想い。歳を経て育った騎士道精神と平民上がりのバジウッドには、竜達の非道が許せずいた。

 この『火計』の状況に堪りかね、アーガードのみが上空へと突撃気味に、カウンターさえ狙って上がった。

 ところが一切攻撃を受けず。

 

「攻撃が無いだと?! くっ、不気味な(これでは宿営地から動けん)」

 

 地上のドルビオラと竜兵達は宿営地各所へ走り、まず全力で消火に当たった。巨体の為、一斉に動くと地響きは凄いが、彼等の地上での移動速度は速い。

 竜王不在中での損失であり、これ以上物資を焼かれては『何をしていたのか』と叱責されてしまうとの判断だ。

 火計によって皇室兵団(ロイヤル・ガード)達は戦闘を全くせずに、更に15分以上も百竜長達の翻弄に成功した。

 ただその間、上空に上がった百竜長は豊富な火力を背景に長い火炎砲を水平に伸ばすと、空中を払うように首を大きく振り広範囲への侵入を防いでいた。

 この火炎で直撃ではないが、飛行獣4体とその騎乗騎士が軽傷を負う。流石に、皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)達も不用意に竜長近くへの上空侵入は難しくなった。

 こうなると、バジウッド達の次の一手は命懸けのものだ。

 窓から離れ振り向くと、彼は問うように伝える。

 

「そろそろ――俺達が出るか」

 

 ナザミやその後ろで待つ騎士長らは、力強く頷く。

 現在、竜軍団宿営地内の竜達の注意は完全に上空へ向いている。地上から宿営地内へ侵入し翻弄するのは、正に頃合いだ。

 ここは、竜の宿営地と廃墟地との中間付近に建つ、潜む半壊屋敷の2階となるが、1階では既に騎馬群が出撃を今や遅しと待っていた。

 帝国四騎士筆頭の彼は、皆の覚悟へ嬉しそうに口許を緩めるとグレートソードを掲げる。

 

「出陣だ! 各隊、予定の経路で侵入し、作戦実行後は散開しろ。1時間半後、またここで会おうぜテメェら」

「「「おぉーーーーっ!」」」

 

 数分後に、潜んでいた屋敷から3人1隊の計40隊が次々に竜軍団宿営地へと向かう。

 一人の伝令騎士が、別の場所から水晶を結んだ矢を打ち上げ、皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)の行動決断を上空へ知らせた。以後しばらく皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)は空中への注意引き付け役となる。それには状況によって、不可視化を解いて姿を現す事も含まれていた。非力な彼等なりの総力戦である。

 地上の各隊は、南方面より東西にも順次広がり最大15分程の時間差も付ける形で、魔法で精神強化した騎馬を走らせ、灰に埋まる麦畑跡の土を後方へと蹴りつつ進んで行った。

 無論、先陣を駆け目的地へと迫るのはバジウッドだ。

 彼は空で火炎を吐き続ける竜長の姿が次第に大きくなると共に冷汗の量も増えていく。

 

「なんて持久力してやがるんだ、アレは。炎を吐きっぱなしじゃねぇか……化け物すぎるだろ」

 

 繰り返し口から250メートルにも届く長さの火炎を出しつつ、振り回しながら空を周回しているのが見えている。

 だが、竜王(ドラゴンロード)はこんなものではないとも聞く。

 斥候で空に居た皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)の騎士が先日、かなり南西の位置でだが何キロも伸びる火炎と大爆発を見ていた。確かにバジウッドも同時刻の地揺れを覚えている。

 最早、自然災害級の人知を超えた存在と言ってよい。

 その真の怪物の姿が無いとは、どういう事かをバジウッドは改めてふと考える。

 

(王国内に竜王と対抗出来る者が居たってか。いつからだ……ずっとか?)

 

 竜王に比類する人物として、まず彼の頭に浮かびかけたのは帝国の柱石パラダイン老。でも、それ以上の戦士ということになるだろう。

 冒険者なら有り得る。彼等は人類間での戦争へは基本的に出ないからだ。

 でもそれなら帝国情報局が既に掴んでいるはず。嘗てのアダマンタイト級冒険者達は、元十三英雄のカウラウ女史も含め、体力の衰えで最前線から引退していると伝わっている。

 

(んー、流石にそれはないか。とすると……例のゴウンとか言う謎の魔法詠唱者か)

 

 出陣直前にベテラン秘書官が(バジウッド)にだけ伝えていた。王国内で遭遇する場合は『力量を見てきて欲しい』と。

 旅の者だとすれば冒険者ではないため、帝国との戦争にも参加出来るということであり、今後に一応備える必要がある。

 帝国は当面、王国を評議国との防波堤とする方針へ転換したので、八騎士団の軍を向け戦場へ出たとしても今後はポーズのみとなる。

 一方、王国が力を持てば、いずれ向こう側から報復もありえると考えられた。

 

(にしても、去年の秋に帝国が戦った王国軍からは想像もつかねぇ話だな)

 

 此度の大戦で、王国軍は竜軍団から逃げない決死の持久戦を1週間以上も続けている。これから『弱腰の王国軍』と語る者は少なくなるだろう。

 近年は帝国側の長期的戦略方策が実り、王国内では収穫期の帝国戦での混乱と多大な戦費に、大貴族以外の貴族達の疲弊が激しい。各所で継戦能力の底が見え始めていて、帝国軍は寡兵でありながら有利に戦いを進め続けている。

 直近の昨年も、帝国八騎士団が四軍団4万を出したが正味3万弱で王国軍20万を事実上敗走させたと聞いていた。

 だが帝国の騎士団員達も、戦場で死を覚悟した兵達程怖いものはないと知っている。

 数年前、王国戦士長達の突撃的決死の逆襲によって『前』帝国四騎士2名が討ち取られて以来、皇帝ジルクニフの護衛である帝国四騎士達は王国軍との戦場へと立っていない。

 その時はあくまでも局所的な敗走であったにしても。

 竜に対しての窮鼠(王国軍)は恐ろしいと改めて認識する。

 そしてそれは、丁度今のバジウッド達自身であろうと。

 バハルス帝国の最高戦力を投入したこの機での竜王軍団撃退を逃せば、本国の一部蹂躙は不可避となるはずで乾坤一擲の戦い。

 ただ相手となる竜軍団宿営地からの威圧は、襲撃地内へ立っている訳でない現態でも、フル装備のガゼフ・ストロノーフを見た時より明らかに高いものを感じていた。

 駆けるバジウッド達3騎は皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)のような姿を消す程のアイテムは無い。それでも、支給された巻物(スクロール)魔法で〈認識希薄〉を掛けて臨む。

 隅を走り目立つ動きをしなければ、1時間弱は行動を誤魔化せるだろう。

 天命も人間の力で切り開けると信じ、彼等は眼前に迫る虎穴ならぬ竜巣へと飛び込んで行く。

 上空へ強く気を向けさせている竜軍団の宿営地でバジウッド達が実行する事は、やはり『再度の火計』だ。

 先程の火計を竜達は現場各所にて後ろ足で地を掘り、土を翼ですくい火元へかぶせて徐々に鎮火させた。

 一方、宿営地内にはまだまだ野ざらしの物資は多い。

 現状の急務重なる中で、防火対策へ割く時間は殆どゼロだ。上空で竜長が見えない敵を払っているという心強い気持ちの部分も考える。今回は先程よりも数倍する箇所へ盛大に火を付ける予定。

 これにより、まさかの人間達が多数、地上から潜入しての再攻撃という意外さと衝撃度で、竜長らを大混乱に叩き落とす計画。

 故に各騎馬には燃料が満載されている。仮に見つかり火炎を吹かれても――物資へ突撃すれば敵軍団への打撃実行が可能と言う……。

 非情な策とも言えるが、飛翔出来て火炎を吐く頑丈な竜相手へ単に剣で挑ます方が無謀というもの。

 いよいよ宿営地へ取り付いたバジウッド達だが、直径で1キロ半以上のこの宿営地は、外周が土塁のように土が積み盛られており現在、実は平らな出入り口が一カ所もない。

 竜達は空から出入りするので門は不用なのだ。

 そのため、垂直では無い盛土の土塁へ沿うように少しずつ坂を上る形で越えての侵入となった。

 視線が4メートル程の土塁を越えた中には、区分け的な2メートル程の低い土塁が幾つも連なっており、遠くに負傷した竜達が所々で手当てや休んでいる姿が見受けられる。先程の火計は概ね消火された様子で、この場まで焦げ臭さは感じない。

 夜中とは言え、竜眼で見れば外周の土塁付近は目立つ。バジウッド達は、速やかに土塁を越え土煙を上げない速度で侵入する。

 竜兵達の動きは巨体から丸見えなので、こちら側で頭を低く土塁へ沿うように進む。

 消火の終わったドルビオラ達は、再び南方面への中央通路に集まりつつあり、外周の土塁周辺へ対する意識は向き辛い。

 だから、上手く潜入出来たと思ったバジウッド等だが、程なく――。

 

 

「――侵入者だーーっ! 外周の土塁上に人間共が6体、外にも馬に乗った奴と中にも居るぞ」

 

 

 大きな怒声が宿営地の空に轟いた。あの巨炎を吐いていた竜長である。

 (いくさ)において見通しの良い上空とはそれだけで有利なのだ。加えてアーガードは、上方への気配誘導や〈認識希薄〉の魔法を突き抜けた凄まじい集中力を見せた。

 伊達に百竜長筆頭に居る訳では無い。

 発見された事で皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)全員潜入、という訳にはいかなくなった模様。

 バジウッドとしては、この事態で窮地になる皇室地護兵団だが、一方で竜軍団の本拠地を掻き回し、帝国遠征軍本隊への攻撃部隊のいくらかを引き受ける事になるとして、本作戦に迷いはない。

 竜兵達は指揮官の言葉を受けて、再び凄い地響きを立て侵入者狩りに各所へ動き出す。数匹が土塁の外へ向け低空飛翔するも、外周に近い上空で(ことごと)く姿の見えない敵から第3位階魔法の集中攻撃を受け、ふらつく程の手傷に驚きながら下がった。

 姿を隠した皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)の攻撃だ。彼等は竜長の吐く火炎を避けて宿営地の外の上空を周回していた。

 並行して皇室空護兵団の内の5体が、地上へ目を向けた竜長の上方へ回り、魔法攻撃を見舞う。

 惜しくも避けられたが、挑発と牽制には成功した。これらも事前に取り決めていた援護行動だ。

 アーガードは位置が分からぬ敵に、空振りの火炎を吐きつつ苛立ちの声を上げる。

 

「くっ、ふざけた虫どもめ。見えさえすれ貴様らなど一瞬で完全焼却してやるのに」

 

 皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)が姿を現すのは最後の手だ。外見が露わになれば、戦力を把握されるリスクも出て来る。依然謎のままの方が都合が良い。

 竜長は再び、宙へ火炎を吐く形で上空側へ釘付けになった。空中での速度は鷲馬(ヒポグリフ)とジャイアント・イーグルもかなりのものだ。射程を把握している火炎からは上手く退避した。

 こうして一応、上空に舞う百竜長側はどうにか抑える。

 でも、地上側の竜長と竜兵達はそう上手くいかない。先に突入したバジウッド達とは侵入難易度が別物に変わる。

 誠に残念ながら、竜軍団側の物資が宿営地の外周寄りに少なかった。そのため、竜兵が潜入直後の騎馬兵達を見つけた状況だと、火炎砲を土塁方向へ撃ち放題となった。

 負傷療養する仲間の竜は、火炎に多少当たっても耐性があるのでお構いなしだ。

 この時点での皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)の援護は、宿営地上空へ中々入れないので望み薄。

 今から潜入する騎士達らの唯一の突破口は、火炎に紛れて地形の凹凸や障害物を利用し〈認識希薄〉を活かせた場合のみ。その状況で何とか10名が負傷しつつも追加で潜入に成功。治療薬を飲み干しながら宿営地奥を目指す。

 結局、潜入戦では半数の60名以上が戦死し、ナザミ達10名近くが引き返す事態となった。

 

「…………すまない」

 

 〝不動〟の彼と数騎が、潜入の頭数を重視し他の騎馬隊を少しでも通すべく囮役的に目立つ形で行動する。その際、土塁上へ留まって『最硬の騎士』自慢の両手の盾と〈不落要塞〉を使って竜兵の火炎砲に10発近く耐え続ける。だが、地上に居た百竜長の〈全力火炎砲(フルフレイムバスター)〉も合わせて受けた為、盾が一部融解し片手も炭化する重傷を負ってしまい、やむなくの後退となる。

 水晶の矢で『ナザミ』『重傷』『一部退却』と遅れて知らせて来た。

 バジウッドは深夜の空にそれを確認する。

 ナザミの双盾はフールーダの第5位階魔法攻撃にも完全に耐える程の強度を持つ。並みの竜兵の火炎砲ではビクともしないはずなのだ。

 

(あちゃぁ、半端ないな指揮官水準の竜長の攻撃は。アイツの盾の防御が破られるとは……)

 

 バジウッドは位置発覚の危険を考え『了解』とは返せぬまま奥へ進む。途中、馬さえも荷を下ろし囮に使って。最終的に50名弱が何とか潜入出来ていた。

 彼等は、移動途中に竜軍の資材を見つけると、焼き討ちしながら命懸けの『かくれんぼ』に突入した。油による黒い煙の混じる炎が所々から上がり始める。潜入側は荷を持ち火を付ければ居場所さえバレるなど常に不利な為、短期の時間勝負であり、出し惜しみなくドンドン仕掛けていく。

 宿営地中央寄りでは竜兵側も物資があるので、おいそれと火炎砲を使えなくなり肉弾戦へと移った。

 当然、長居は無用で、火災に目が行くと〈認識希薄〉が有利に働くので、その隙に工作完了した者から即時トンズラ(脱出)である。

 その中で、バジウッド達3名は最初に潜入出来た事から、最も奥の物資を狙っていた。まだ身体の前後へ大きめの平たい油壷を吊るし移動していく。狙いは予備の綺麗な布の山だ。

 

(中央部に近いし、どうやら竜王が使うらしいからな。精神部分で大きいだろう)

 

 危険は増すけれど、他の物資よりも心理面での打撃は相当と見る。

 既に彼等は45分以上、竜軍団の上層部を振り回すという数字では見えない戦果を続ける。

 その結実の一つとして宿営地北方の空から残っていた竜兵4頭組の姿が消えていた。

 『魔法砲塔』は届かない高度であったが、フールーダの高弟達の多くは威力のある第4位階魔法を使う事が出来る。そして第3位階魔法の使い手達の半分を待機させても、応戦中の30名程が居て、少数の竜兵では相手をするに分が悪すぎた。

 十竜長水準の竜達も雷撃系や冷気系の攻撃で身体が焼け痺れては飛び続けられず、重傷を負い宿営地内へ降下していった。

 バジウッド達はそんな間接的効果を上げながらも、更なる動揺に繋がると期待し布の山を探す。

 そして程なく、奥の一角へ遠目に低い土塁から大きく姿を見せている布の山を発見し近付く。そこは広めの低い土塁で仕切られた空間。潜入して20分近くは経過しており、バジウッドと共にいた騎士が手早く工作を済ませるべく布の山へ近付こうとした。すると。

 

「待て!」

「隊長?」

「チッ、もう先回りされてたかよ。随分足が速いようだな」

 

 足を止め振り向いた配下を見ずに、止めたバジウッドは動き出した()()()を睨みつける。

 

 崩れた布の山にうつ伏せから立ち上がり姿を現したのは百竜長のドルビオラだ。

 頑丈な盾使いの人間への砲撃直後に、後を配下に任せて重要物を襲う者達に備えていた。

 

「ほう、人間にしては感が鋭いようだ。近付けば当方から尻尾の一撃を馳走してやったものを」

「悪いが遠慮させてもらう。先から仲間達が火炎を貰い過ぎてお腹は空いてないんでね」

 

 そう語るバジウッドは、既に油壷を下げる縄を右手に握るグレートソードで切って配下へ任せつつ歩を進め、巨大な竜長と向き合っていた。同時に彼は、背中側で左手により後ろの2人へ合図を送る。『決行。ブツを燃やせ』と。

 そのまま、工作時間を稼ぐべくバジウッドから仕掛ける。

 〝雷光〟の通称に相応しい、あっという間で間合いを詰め斬り込んだ。そう彼はゴツイ体格だが実はスピードスターである。

 ドルビオラは左前足の爪で素早く受けようとしたが、バジウッドは――更に加速した。爪を掻い潜ると、踏み出していた竜長の右後ろ足へ斬り付ける。

 しかし、一撃は金属音を周囲へ響かせて弾かれた。ドルビオラが一瞬後ろ足を浮かし、鱗で滑る様に当てさせて。

 

「うわっ。かてぇなぁ」

 

 速度重視でいささか踏み込みは甘くなったが、斬れるかと思った一撃。驚きつつ、速攻で竜長の返しで来た右前足の爪攻撃を辛うじて躱しつつ下がる。

 にやけつつも、バジウッドのこめかみを冷や汗が伝わる。

 

(こっちは全開速度の動きなのに、この竜長には俺の動きが完全に見えてやがるな……2分稼げるかってとこか)

 

 初見もあり、動きに緩急を付けた事で捕まらなかっただけと言う事だ。

 帝国四騎士ともなれば、相手の武量も有る程度推察出来る。正直、帝国の大闘技場で最強戦士の武王ゴ・ギンより、目の前の敵が圧倒的な存在と分かった。

 当然だろう。難度だけでも、ドルビオラはバジウッドの倍以上ある相手。

 

(竜長とはいえ、空じゃない地上戦の動きだけでもこの強さとは。竜種はヤバすぎだろうが)

 

 ここまで、火炎砲中心の空中戦しか見ていなかっただけで、実際に接近戦の動きまでみると、伝説に伝わる世界最強種の存在の大きさを痛感させられた。

 皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)の騎士達が、竜長の背中側にある布の山へ近付こうと両脇から距離を取り抜けようとしたものの、竜長は翼を大きく羽ばたかせ強烈な瞬間の風圧で土塁の外まで、双方の人間を抱える油壷ごと上空10メートルまで浮くほど遠くへ吹っ飛ばしていた……。

 竜の巨体を浮かせる浮力を生み出す翼からの風である。造作もない。

 残るは、咄嗟にグレートソードを地面へ突き刺して風に耐えたバジウッド一人。

 

(こりゃ、逃げれる気がしねえ。何か火計よりも衝撃的な事でも起こらねぇ限りは――)

 

 羽ばたく間も、竜長はバジウッドへ集中し風圧で揺らごうものならその時、突撃して倒そうという雰囲気を感じさせた。

 しかしここで、事態は意外な方向へ急変する。

 なんと上空の竜長――アーガードの巨体が突如、吹っ飛ばされたのだ。

 まず上空の竜長へと5本の魔法攻撃〈雷撃の矢(ライトニング・アロー)〉と共に60発以上の第3位階魔法が襲い掛かる。

 帝国魔法省の強襲魔法詠唱者(マジック・キャスター)部隊が放つ一斉魔法攻撃だ。

 6人1組の11組が宿営地上空へと遂に侵入して来ていた。

 それに対し、見えない周囲の敵へ注力し側面を取られていたアーガードだが、当然回避運動と反撃に移りかけるも、ここで視界の間近に一瞬入った恐ろしい存在に気付く。

 

 

 背後の空中に舞う、見覚えのある―――槍を右手に持った騎士風の人間へ。

 

 

「な゛っ!?」

 

 (アーガード)は深夜の恐怖体験の如く驚愕する。

 忘れるはずもない。半月程前に百竜長筆頭の自分を僅か3撃で殺し掛けた者の姿を。

 アーガードが応戦に動こうとした刹那、彼の心臓はもう奴の強烈に捻り込んだ槍の一撃で消し飛んでいた。

 槍を握る騎士風装備の奴は言う。殺した竜兵についてではなくて。

 

「これは……帝国もやりますね。やはり王国軍は厳しいかな」

 

 次の瞬間、強襲魔法詠唱者部隊の放っていた、一斉魔法攻撃の束が百竜長筆頭の側面から巨体へ命中し盛大に炸裂する。

 その機に合わせて槍を持った人物は消えた。

 ずっと周囲に居た皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)もその存在に気付かず。

 というより、気に掛ける間がなかった。

 槍の者は既に武技で〈能力超向上〉まで上げており、〈飛行(フライ)〉〈加速(ヘイスト)〉〈足場(フッティング)〉により、移動線が一瞬見えた程度で、何か居たような気がする程度の余韻も、竜長のド派手な地上墜落という大きな戦況変化の前に霞むのは当然。

 

「馬鹿なっ。アーガードが普通の人間達にやられた?!」

 

 空中での魔法炸裂と、直後のアーガード墜落という予想外の変異に、流石の老練なドルビオラも動揺する。

 向き合う竜長へ集中し、詳しく見る間のなかったバジウッドは口許を緩める。

 

「へへっ、人間様もやるもんだろ?(流石はフールーダ・パラダインの魔法だな)」

 

 あの老人の放つ偉大な攻撃魔法なら不思議では無いとの刷り込みがあり、四騎士筆頭の彼は状況を信じ切っていた。

 アーガードが目の前で倒れた今、竜軍団を預かる指揮官はドルビオラしかいない。彼は、目の前で剣を両手で握り構え、薄ら笑う小さき者へ一瞬だけ視線を向けると、一気に突撃した。

 首を伸ばした頭突きの体当たりである。

 

「――っ、ぐはっ」

 

 巨体ながら自分以上の素早い攻撃にバジウッドは躱し切れず、100メートル以上吹っ飛ばされ竜長の視界から小さく消えていく。

 ドルビオラの視線は、もう別の方を向いていた。緊急事態の今、人間一匹に関わっている場合ではないのだ。一瞬で片付け終え、即時に力強く吠える様に号令する。

 

「狼狽えるなっ! 人間共への反撃の態勢を整えよっ!」

「「――!」」

「――そうだっ! 2頭来い。十竜長の俺に続けぇー」

 

 頼りとなる百竜長の声に、十竜長らも冷静さを取り戻し竜兵へ指示する。

 竜軍団副官の一角として、見事に動揺する宿営地内の空気を一気に引き締めた。

 ところが。

 

「貴様も邪魔だな」

「―――?!」

 

 ドルビオラは目を疑う。

 直前に翼風や体当たりで蹴散らしたはずの人間が、再び足元の目の前に――いや、違った。

 そいつの手に握る得物は油壷や剣では無く、槍だ。

 

「お前は――」

 

 そこから続く言葉は、喉へ空気が流れずに発せられなかった。ドルビオラの頭部が竜血とともに宙を舞う。

 

「……(まさか……あ……の……)」

 

 博学の百竜長の意識は、地上に転がった頭の中、そこで暗転した。

 巨体が地響きを立てて地に伏す頃、槍の人物の姿はまたこの場に見当たらない。

 百竜長ドルビオラの、長い首より血を撒き散らして倒れゆく姿を地上の竜達の半数が目撃し、更なる大きな動揺となり広がる。

 

「あ?! あぁーーーー」

「ドルビオラ様までもが。何と言う事だ」

「そ、そンな……」

 

 先程、地上から侵入して来ていた人間共の騎馬戦士の誰かに討たれたと――。

 

「魔法部隊と地上部隊……バハルス帝国の連中だが、丁度いい」

 

 槍使いの騎士は暗躍する。『神人』の存在は、竜軍団のみならず帝国側にも知られ無いに限るわけで。

 今の竜王軍団主力は南進部隊への注力により、難度で120を超える竜の数がかなり限られた。生存する難度150以上の個体については竜王と竜王妹を除くと、瀕死のノブナーガと廃墟周りの主戦場に健在な1頭が残るのみだ。他、アウラによって調教済が1頭居たりするけれど。

 そんな竜軍団の状況下で、槍使いの彼は続いてあっという間に、宿営地内各所へ散らばって高い迎撃行動を見せる7頭の竜兵を次々と切り伏せてのけた。上空で大物を仕留め、一瞬歓声の沸いた強襲魔法詠唱者(マジック・キャスター)部隊の続く地上攻撃の成果へと上手く紛れてだ。

 これにより竜軍団宿営地内での戦局は、制空権を握った帝国遠征軍側へ幾分傾く。健在の残存竜戦力と負傷した竜兵達では、強襲魔法詠唱者(マジック・キャスター)部隊の第4位階と第3位階の魔法攻撃の雨に持ち堪えられない。

 だがこの時、上空の百竜長が討たれるという異常事態を見て、宿営地北側の捕虜収容所内の十竜長達がほぼ半数の21頭を率いて、地上から宿営地内へ移動を開始した。空路を使わないのは、地上からの強力な魔法攻撃を避けての行動だ。

 尚、帝国魔法省の『魔法砲塔』は質量弾と異なり、地形による俯角側への山なり攻撃を不得意とし、捕虜収容所に残る竜への制圧攻撃はされていない。それには、一般人が大半を占めると聞く捕虜虐殺攻撃にも直結するので、騎士道に反するとの考えもあり、大将軍以下の将軍達も竜兵達の出方を待つ形であった。

 

 こうして、宿営地内は竜軍団側の戦闘参加者が増した事で、再び大混戦へと変わる。

 

 大活躍の強襲魔法詠唱者(マジック・キャスター)部隊の他、皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)も戦況と味方支援になる点を見て地上攻撃へと参加し始める。

 一方、竜兵達も地上からの火炎砲を撃ちつつ、半数が強引に飛翔し上空での決戦に臨んだ。

 上空狭しと、人間対(ドラゴン)の激しい空中戦が数か所で同時に起こる。

 また空へと竜側の注意と戦力が向き、その隙を突く形で敷地に未だ残っていた皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)の騎士達が、意地を見せる形で物資へと火を放つと離脱していった。

 地上の竜軍団側は、負傷した竜兵さえ加わるも暗躍する槍使いの騎士が強すぎた。地を這う人間へ応戦しながら、難度で倍以上の相手に闇討ちされては、竜種といえども結果は見えている。

 竜軍団宿営地の戦局は、ジリジリと人類側へ傾き始め、司令部の機能はほぼ停止状態となる。

 ただし、竜王捜索中や主戦域に居る竜軍団主力の竜達を始め、生存総数は依然として300を優に上回り、王国軍に対してはまだ圧倒的な戦力を残してはいた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 負傷し退却したナザミを含む皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)の8名は、出撃場所の壊れた屋敷へ戻っていた。

 ナザミは信仰系魔法を使える騎士から〈中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)〉を数回受け、炭化した腕を回復させつつあった。単純に切断された腕と傷を戻すのではないので少し期間が掛かる。

 それから20分程が経つ頃、ちらほらと死地で火計を実行して来た命知らずな漢達が帰還して来る。星と火炎と魔法の明かりの下で油の黒煙は依然見えており、彼等は互いの雄姿を称え合う。

 

「……諸君、見事だ」

「潜入援護、感謝です」

 

 あの時、目立つ土塁際にて、ナザミ達が百竜長を含む5頭もの竜を引き付けたお陰で潜入出来た者も結構居る。それが無ければもっと潜入者は少なく、犠牲も出ていただろう。

 彼等はまだ撤退しない。状況によっては再度の出撃もありえるのだ。

 

 そのころ、後詰めに残ったレイナース達は旧エ・アセナル北側の、破壊され上部へ3階層も通る内部通路まで露わになった分厚い外周壁の傍で待機していた。

 バジウッド達が潜む屋敷に入り切れなかった分も含め80騎程だ。十騎士長の代表に預けてもよかったが輜重も有るので重要な部隊と言える。帝国四騎士の一人、〝重爆〟の通称を持つレイナースが指揮しても不思議では無い。

 いい加減な様に見える彼女だが、難所の隠密的隊列行軍を始め、この場の布陣にしろ警戒指示にしても実にそつのない指揮振りである。

 そうでなければ、あの皇帝ジルクニフが多岐に便宜を図り帝国四騎士にはしていない。

 先程、水晶の矢でバジウッド達が打って出た事を知り一応臨戦態勢に入っていたが、竜の宿営地方向を眺めつつ、彼女はふと()()を感知していた事を思い出す。

 

 ――日没後の作戦以降、顔の右半分が僅かに疼くのだ。

 

(……何かしら。気持ち悪いわね)

 

 それと関係するのかしないのか間もなく、周囲を警戒していた斥候の騎士が戻り、異様な状況を伝える。

 

「レイナース卿、緊急事案です。廃虚内のここから500メートル程の位置に死者の群れを発見。こちらへ向かって歩行移動中。数はおよそ50体っ」

「死者の群れですって?」

 

 眉間に皺を寄せて思考する。確かに、旧市街は数十万の市民が犠牲になった場所と聞いているので、多少のアンデッドの発生は起こると思われる。ただ50と言う纏まった数に違和感を感じた。

 

「……やけに集まっているわね。分かりました。ご苦労様」

 

 斥候の騎士は、再び陣の外へ戻ってゆく。レイナースは傍に控える副官の十騎士長の代表へ命じる。

 

「直ちに20名を騎乗させて。気になるので私が出ます。早めに一当てしておきましょう」

「そうですな。今、準備を」

 

 死者の連中は弱いうちは群れる者と聞き及ぶ。しかし、彼女はここ数年でそれ程の数の集団を聞いたのは唯一かもしれない。

 あのカッツェ平野でも、20体集まっていれば随分多い方と聞く数なのだ。

 

(何かが起こっているのかしら……それも込みで何か分かれば)

 

 遠征組の面々は夜戦も想定し、夜目の利く者が選ばれている。程なく準備は整う。

 軍馬へ淡々と跨り、レイナースを先頭に20騎が崩落した外周壁の間を抜けて深夜の廃墟地内へと続いた。

 

 レイナースの部隊は(じき)に死者達と遭遇する。

 斥候の報告通り、連中は生者へ誘われるかのように真っ直ぐめでレイナース達皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)の陣方向へと深夜の瓦礫の中を、あと300メートルの位置まで進んで来ていた。

 大火災で丸焼けになっていた者が多く、殆どが骸骨(スケルトン)かと思ったが、皮膚がボロボロながら意外に服を着た者達であった。ひと月程が経ち、水分が抜けたか蟲に食われたのか目許は空洞化し、そこに紅い光点が灯る。

 

「「「オオオォォォーー」」」

 

 生者を憎む連中は、不気味な声を出しつつ騎士団の登場に立ち止まる。

 

「おおぉ、相変わらず不気味な……」

「本当にアンデッドだ」

 

 馬を止めた近衛騎士達は、帝国八騎士団時代に怪物(モンスター)討伐やカッツェ平野へ度々掃討に出陣し経験豊富だ。ただ、精鋭の皇室兵団(ロイヤル・ガード)に選抜されて以来、帝都の皇城でジルクニフを守る部隊であり、ここ数年はほぼ相手にしていない敵を前に、顔を引きつらせていた。

 そんな中で、皇帝から帝国四騎士へ下賜されたオリハルコン製の鎧を纏うレイナースは、長い槍を掲げ淡々と勇ましくも美しい声で告げる。

 

「全員突撃!」

 

 彼女は、勝てる相手に対し怯む事が無い。

 先陣を切って50体程の死者(アンデッド)達へと単騎で突撃した。

 レイナースは細身の美しい肢体をしている。だが、彼女の操る槍はまず正面に居た3体の死者達(アンデッド)を串刺す。そのまま構わず軽く持ち上げると、振り回して刺さる奴らをぶん投げつつ、10数体の死者達を薙ぎ払い敵の集団中央へと大きな風穴を開けて見せた。

 余りにも豪快な武量。

 〝重爆〟とは、呪いを受けた彼女の職業レベル、カースドナイトに由来する人並み外れた剛力による、爆裂魔法のような突撃粉砕の様を指しているのだ。昔とは闘い方が大きく異なる。

 皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)もその勢いにつられて〝重爆〟の彼女に続く。

 敵は難度20から30と、騎士達にとって油断ならない相手であったが、レイナース一人で40体以上を片付けたので、数の優位で間もなく殲滅した。数名がかすり傷を負う程度で済んだ。

 

「大したことありませんでしたな」

 

 十騎士長が、剣を鞘へ納めつつそんな軽い言葉を口走った。

 その軽口を聞いて、直感的にレイナースは嫌な予感を覚える。

 

「……(確かにそうなんだけれど……これで終わりなの?)」

 

 最終的に死者達の51個の首を確認。

 伸ばした金色の前髪で隠す顔の右半分の疼きは治まらないまま。

 余りにも呆気(あっけ)なかった事が、逆に彼女の思考へと不自然さを生んでいた。

 数体程度なら何も感じなかっただろう。しかし、50体超えとは『意図的』なものを感じさせたのだ。

 

(気持ち悪いわね)

 

 彼女には、これは何かの始まりのように思えた。

 それを現実と知ったのは、レイナース達21人が後詰めの陣へと戻った時の事である。

 

 陣内には――残していた十騎士長の代表を始め、皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)60名程の死体が転がっていた。

 

 たった25分程の間での、仲間の変わり果てた光景に近衛騎士達は怒りと共に恐怖する。

 

「こ、これは。一体どこの連中が……」

「おのれっ。なんとも……酷い」

「ひいぃっ」

 

 レイナースは周囲を警戒しつつ馬上から冷静に、横たわる死体の傷を確認する。

 致命傷の中には、魔法強化のかかった兵団鎧の上から斬り込んでいる一撃も見られた。

 

「見事にやられた感じね……(槍や剣に因る傷痕。敵は複数で、かなりの力があるみたい)」

 

 彼女は技量を含めて(パワー)を持つ者と推測した。また、この攻撃は竜では無い。

 太刀筋から、戦い慣れた人間かそれに近い背丈の怪物(モンスター)の可能性が高い。

 そして、彼女の言葉『やられた』を指すのは――陽動に引っかかったと言う事。

 50体の死者(アンデッド)達は後詰めの戦力を分断する囮だったのだ。

 迎撃隊を出さない場合でも、側面を突かれるという状況になっただろう。

 レイナース以外で迎撃隊を送り出すという展開など、彼女が残っていれば、もう少しマシな結果となったかもしれない。

 最も、敵の死体が1体も見当たらず、数名で囲みながらこちら側が倒されている死体の位置状況から、相当出来る連中とは思われた。

 

(これは……いろんな意味で、少し危険な相手かしら)

 

 身に危険を感じると同時に、竜軍団との戦争中の現況から、今襲われる理由が分からないのだ。

 帝国軍が竜軍団と闘っているのは、この地を把握した者なら気付きそうなもの。帝国軍の侵入が不当だと襲撃するなら、竜達を撃退した後でもいいはずに思える。

 少し、常識的な道理の通じない相手という感覚を覚えた。

 

「ぐぁぁーーーー」

 

 レイナースの思考を、騎士の絶叫が破る。

 皆が声の方へ視線を向けると、同じ皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)としてここまで来た戦友の突然の死を悼み、騎馬から降りて祈りを捧げていた騎士の胸を、倒れて死んでいたはずの者の握った剣が貫いていた。

 流石のレイナースもこの展開まで予想していない。

 

「何てことっ……」

 

 剣を握った騎士の死体はそのまま立ち上がってくる。その目は――生者を憎んでいた。

 

(襲撃の犯人は―――死者達(アンデッド)! でも、この変化の早さはどう言う事……)

 

 死んで数分の内にアンデッド化し動き出すなんて、自然では早すぎる。

 生物は脳や心臓が停止しても全ての体組織が即、死に絶える訳では無く通常では考え難い。頭を失っても痙攣して動いている虫などを見ているので知識としては一般的。

 不自然な全身の組織即死という異常変化が起こっていた。

 レイナースは疑問を後回しし、即座に叫ぶ。

 

「この場の者達は、死者達に討たれているっ。やむを得ないが、死体の首を即刻全部断って! 化ける前に、人間として死なせてやりなさい!」

 

 彼女は馬を走らせ、立ち上がっていた騎士の死者へ首を薙ぐ様に槍を振るった。

 その剛槍の威力に押され横滑りしつつもなんと、騎士の死者は左手でも刃を支え剣の根元で受け止める。

 

「(くっ、アンデッド化して力が増しているみたいね)せいっ!」

 

 レイナースの本気は、剣を槍の柄でへし折りつつ、槍先が騎士の死者の首を刎ね飛ばした。

 

「誰か、この者に治療薬か魔法の手当を」

 

 死者に胸を貫かれた騎士は、辛うじて生きていた。直ぐ騎士達に手当をさせようとする。

 しかし、そんな猶予的時間は無さそうであった。

 

「ぐぁぁーーー」

「こいつっ、俺が分からないのか」

「セタビオォーー、くそお」

 

 陣内に散らばる元戦友達の死体から、20程の首は起き上がってくる前に刎ねれたが、あちらこちらで不毛な闘いが勃発していた。早くも数名が倒されていく……。

 アンデッド化し筋力が増した元皇室地護兵団の騎士の武量は、上質の装備もあり侮れない。レイナースの様に一閃でという風には事を運べず、互いに激しい斬り合いとなる。

 そして、数の差も。騎士道など忘れた死体達は、複数で斬り掛かってきた。

 

「皆、怯まないでっ。 ――っ!?」

 

 元部下であった数体の騎士の死者相手に囲まれ、単騎で応戦していたレイナースは手加減無く首を飛ばしながら、陣の外を取り巻く者達の姿に気が付いた。

 ――後詰めの陣を襲った連中がその身を現す。

 連中の姿を見た帝国四騎士の彼女でさえも愕然となった。皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)60余人を皆殺しに出来る程強いはずである。

 

 

(……くっ、なんてことっ。王国の上位冒険者達の動死体(アンデッド)だなんて!)

 

 

 20体程居るだろうか。各個体の雰囲気から漏れる技量以上に生者を深く憎む『殺気』が凄まじい。

 相手の強さをある程度悟れるレイナースは強く身の危険を感じた。

 

(1対1ならともかく、これだけ居たら勝ち目はないわ――――逃げましょう)

 

 多少体を突き刺しても、倒す事の出来ない相手ばかりとなれば分が悪すぎる戦いと言える。

 彼女はこれまでも両親を始め、多くのものを裏切られたり切り捨てて失ってきており、割り切り方が凄い。もう思考の中からは、この場の皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)達の事は消えていた。

 

(アンデッドだと炎は苦手のはず。最悪、竜の宿営地まで逃げ込めば追ってこないでしょう)

 

 主戦場側なら戦場を突っ切れば良かったが、ここからだと廃墟地を抜けていく必要がある。ここまでの展開から、廃墟地内は危ない雰囲気が漂い通過を避けた。

 レイナースは対する3体の死者達の足元を傷付けると、馬の踵を返して無言で逃走を始めた。

 疾走する彼女の騎馬は敵へ向かわず、外周壁沿いで陣の東側の外を目指す姿に、皇室地護(ロイヤル・アース)兵団(・ガード)の10名程残る面々の一人が気付き驚く。

 

「レイナース卿、いずこへ?!」

「なに!? ぐぁぁっ」

「レイナース様ぁぁぁーーーー」

 

 見捨てられた彼等は余所見をしている場合ではなく、30体程の元戦友の死者達だけでなく王国冒険者の死者達にも群がられていった……。

 レイナースも陣を出た所で、2体の冒険者の動死体(アンデッド)が前に立ちはだかる。

 止まることなく突撃する彼女が予想する敵の水準は、ミスリル級冒険者。

 〝重爆〟が放つ全力の捻り込んだ槍の突きで、一体の片足を吹き飛ばす。その返す柄先で、もう一体の頭を天頂から打ち据えたが、体勢が流れたのもあって剣で受けきられた。

 だが更にそこから、槍を高速で180度下から回す様にし槍先で首を刎ねてみせる。

 彼女は振り向くことなくそのままその場を駆け抜けた。

 

「―――!?」

 

 女騎士の恐るべき突撃力に、上位冒険者達の動死体(アンデッド)は驚き追撃を諦めた。

 

 

 

 

 仮面の魔法詠唱者(アインズ)が魔法での大反撃へ出て少し後の時間帯、西日が傾き地平線へ掛かる頃。

 

 ズーラーノーンの一大計画―――『混沌の死獄』が遂に動き始めた。

 

 結社の連中は別にこの時を待っていたわけではない。

 むしろ竜の死骸確保の目処が立たず、予定は数日遅れていたほどだ。

 『混沌の死獄』で面倒なのは、()()()()()()()()()を造り出す最初のアンデッド達について、個別に用意する手間であった。故に少数精鋭として、強力な竜の死体使用にズーラーノーンの盟主は(こだわ)ったのだ。

 しかし何者かの妨害により、それが依然として手に入らなかった。

 

「スレイン法国と漆黒聖典の連中め、よくも我の未来の掛かった渇望する計画を(ことごと)く邪魔してくれたものよ。ならばこちらにも考えがあるというもの。我が力を見るが良いわ」

 

 盟主はこの状況に憤慨し最後の手に出た。

 直系の配下へ命じ、ここ数日間で戦場に放置されていた冒険者達の躯100体程を身形から選別する手で地道に回収し、確保していた。更にそれらへと順次、第6位階魔法〈死者召喚(サモン・アンデッド)〉を強化改良した〈連鎖の不死者創造(クリエイト・チェインニングアンデッド)〉を施し、起点となる冒険者のアンデッド達を既に準備完了していたのである。

 丁寧な形で不死者と化した彼等の身体能力は、以前よりも大きく飛躍したものとなっている。

 アンデッド達の中にはオリハルコン級冒険者の躯も数体含まれていた。

 この他、ズーラーノーンの十二高弟5人が、其々第4位階魔法の〈死者召喚(サモン・アンデッド)〉や戦場から集めた民兵の死体から第3位階魔法〈不死者創造(クリエイト・アンデッド)〉により短期間で1000体に及ぶアンデッドの援軍を用意。先の冒険者の動死体と共に『混沌の死獄』の超広域フィールドである『(うつわ)』の中へと投入された。

 

 それは旧大都市エ・アセナルの地下深くに置かれたアジトから、続々と――。

 

 

 ズーラーノーン十二高弟の一人にエ・アセナルの墓地の地下を根城にしている者がいた。

 細身ながら長身のがっしりした体格で、第4高弟とも呼ばれる彼。

 ところが竜軍団の侵攻の折、竜王の〈獄陽紅炎砲(ヘル・プロミネンス・バスター)〉により直撃は免れたが、衝撃や振動により地下アジトは崩壊し生き埋めに。

 何とか一命を拾ったが、配下の多くと長年に渡る個人的な研究の数々が失われた……。

 

『竜王共め、羽のある蜥蜴畜生の分際が。伝説に有るぐらいで調子に乗りおって。覚えていろ!』

 

 彼は、竜王を始め、竜軍団への並々ならぬ復讐心を募らせる。

 その機会は直ぐ、ズーラーノーンの盟主により与えられた。『竜共の死骸と死を利用し、大量の負の魔力を集める忌まわしい大計画』へと誘われたのだ。第4高弟は感謝しつつ地元の地の利を生かしてみせると全面協力を約束した。

 その頃にはもう、地上の都市廃墟で見つけた死体を元に〈不死者創造(クリエイト・アンデッド)〉で新たな労働力を補いつつ、アジト内の修復に取り掛かっていた。廃虚となったが、エ・アセナルは要所に在るため、将来的に規模の差こそあれ再建されると見越してだ。

 計画参加決定から1週間程で、アジト内へ儀式用の祭壇空間を確保。平行して超広域フィールド形成用に各地の村墓地の小さい霊廟地下へも術式の一部となる魔法アイテムの設置や、墓地内へ5基から10基ほどアンデット工作兵入りの墓を上手く散らして配置する。

 そうして、間もなく竜王軍団と王国総軍が激突し、満を持して『混沌の死獄』の『(うつわ)』も起動された。

 この儀式ではなんと、盟主様自らが第4高弟のアジトへ配下を連れ出向いて行われている。

 盟主が本拠地以外へ姿を現すのは大変異例な事であった。

 ただ第4高弟は、結社結成時の初期メンバーであり、盟主の姿を知る少ない人物の一人。そこも大きく考慮された形だ。

 

 まあ一番の理由として、彼が盟主の(ほの)かに想いを寄せる――イケメンの独身オヤジという話。

 

 他の高弟達4名は、各地の村落墓地の小霊廟地下にて時刻を合わせての実施となった。

 しかし竜の死体の無い事態のまま。それを見かねた第4高弟は捕獲作業を申し出る。

 

「盟主様、駒となる(ドラゴン)でしたら、(わたくし)めが仕留めて参りましょうか?」

 

 これでも第4高弟は、職業クラスのモンク(修行僧)とブオウの達人で且つ第4位階魔法詠唱者であった。闘えば恐らく盟主同様、クレマンティーヌを凌ぐ強さ。

 王国内の人間で、最強水準の使い手の隠れた一人だろう。竜王の攻撃で生き埋め時に、崩落してきた数トンの岩石群に埋もれても死ななかった程だ。

 第4高弟の当面の目的は、負の魔力に満ちた『最強の不死者の木偶(デク)』を作り上げる事。特筆すべきは素体を人間に限っていない点で、魔神的な肉体が欲しいのだ。そして最終的に、その体へ自分の頭部を移植して――と、かなりトチ狂った考えの持ち主。

 ここ20年の研究成果である木偶(デク)達の殆どがアジトと共に潰されてしまっていた……。その怒りもぶつけたいと。

 だが盟主としては、複数の竜との遭遇や狙う竜が強大であった場合など、彼が死亡するもしもの惨劇が起こっては『計画の大部分が無駄になる』と、竜の死骸が欲しいにも拘わらず別の理由を考えて押しとどめる。

 

「貴様の申し出は嬉しいが、それには及ばない。焦らずとも戦争は激化し場が荒れよう。直に、竜の屍の数と共に得る機会は増えるはずよな」

 

 この時はまだ、竜の死骸が不明となる原因に思い当らない中、王国軍勢を上手く有効利用する見通しを示した。

 両肩や胸部にオリハルコン製の防具が付く軽快な装備衣装を纏う第4高弟は、目を瞑り太い腕を組むと難しい表情で仁王立ちのまま答える。

 

「左様ですか」

 

 盟主の意見にはそれなりの理屈も入っており、残念に思いつつも彼は同意した。

 勝気な第4高弟を上手く説得するのは骨が折れるのだ。ホッとした盟主である。

 ところがその後、戦況が進んでも竜の死骸はやはり手に入らなかった。

 苛立つ盟主は犯人として、カジット経由でのクレマンティーヌからの遠征情報を思い出しスレイン法国の漆黒聖典部隊と断定。ただ、どうやって戦場からあれだけの巨体を連中が運び出しているのかは、正にミステリーであった。

 死体とはいえ、竜ほどの質量体を何キロメートルも動かすとなると相当の重労働のはず。近場へ埋めた可能性も考えたが、周辺に小山や竜の体格分の土砂もなく、形跡も見つからずでその案は使われなかった模様。

 消えたとしか思えない手口。

 

(まさかね……私と同じ考えの方法を実行しているというのかしら? でもカジットからの情報だと、漆黒聖典の中に第6位階魔法を使える者はいないはず)

 

 盟主はかなり限定的だが〈転移(テレポーテーション)〉を使えた。

 可否で言えば〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉でも可能ではある。ただ、低位(ゆえ)に魔力効率が悪く〈転移〉で運ぶよりもずっと多い魔力を消費する。なので竜1匹の屍を運ぶだけでも途中で魔力が枯渇し、難易度は相当高くなり余りに非現実的だ。

 

(とすると……〈不可視化〉か〈多重屈折〉等を使ったか)

 

 視覚妨害と〈認識阻害〉や〈飛行〉など他の手を混ぜて実行されたと考える方が良いだろう。

 とは言え、竜達が空を飛び交い、地上も王国軍兵士が至る所に溢れる中を移動させるのは、かなりの手間に思う。そこまでして妨害したいのかと考え、盟主にはふつふつと怒りが湧いてくる。

 

(本当に忌々しい連中だな。必ずや罰を与えてくれるわ)

 

 そう決意しつつもここ数日、想い人の第4高弟のアジトにて過ごし、儀式当日などは配下のせいで二人きりと行かないが間近に居れて、内心僅かに上機嫌であった盟主。

 だが既に、他の高弟達も合流しており、このままじっとしている訳にもいかない。

 漆黒聖典らの妨害を前に、第4高弟がまた竜狩りを言い出す恐れから、次善の策を思案した。

 それが、『上位冒険者達の死体を中心に民兵ら、人間のアンデッドを使う』だ。

 無ければ有るモノを上手く使うのは智者の策。戦場で選別し回収するだけで良いので基本、戦う必要もなく効率的だと。

 第4高弟のアジト内の広い祭壇空間の中、跪く5名の高弟達の前に姿を見せ告げた。

 ズーラーノーントップの勅命の言に高弟らは答える。

 

「万事お任せを」

「御意でございます」

「おほほほ、畏まりましたわ」

「盟主様のお心のままに」

 

 最後、第4高弟も「左様ですか。心得ました」と伝えた。

 即時命に従う彼等。第4高弟以外も、頭のオカシイ奴しか居ないので、嬉々として昼夜問わず死体を集め瞬く間にアンデッドの兵団を量産していった。

 例えば髭面オネエ風の第8高弟の様に『負の魔力による人間の男女融合化』を目指す奴もおり、合間に女兵士の上半身と男兵士の下半身を結合した死体兵士を50体も作り投入している……。

 最早、キモチ悪い水準。彼等が普通の人間達の生活空間に溶け込むのは不可能なのだ。

 と言うものの、連中の造り出した死者の群れは優秀で――難度が高かった事だけは確かである。

 

 

 日没後の旧エ・アセナル廃墟地内へと一気に1100体程のアンデッド達が溢れていく。

 その中で、ズーラーノーンの盟主の生み出した上位冒険者の不死者達は、知性を(もっ)て全体を動かした。

 野伏(レンジャー)クラスを持つ者ら10体程を斥候へ送り出し、獲物を求め探させる。

 その内の1体が素晴らしい獲物として、中心部に程近い瓦礫の上に転がる4体の眠った竜と瀕死の巨竜を発見。直ちにオリハルコン級冒険者だった者を含む50体の精鋭殺戮部隊を向かわせる。

 けれども、到着した時には竜兵達の手で保護搬送された後であった。

 

「残念な。逃した獲物は大きいか……。次こそ、主人(マスター)へ獲物を捧ゲようぞ!」

「「オオーーーーっ!」」

 

 彼等の主人(マスター)である盟主からは、『アジト外の生者の殺戮』を命令されていたが、特に『冒険者と負傷した竜の殺害並びに竜の死骸の通知』についても言い含められていた。

 大きな好機を逃した形だ。

 ただ、『勝てない相手に対して無理をするな』とも伝えられており、負傷した仲間を保護しに来た竜兵達と遭遇していた場合は結局、手を引いた可能性が高い。

 序盤で連鎖元となる戦力を多数失うのは非効率であったからだ。

 彼等は気を取り直すと、次の獲物へと向かう。斥候の多くは、生者の多い外周壁を越えた廃墟の外へと調査に出ており、報告に従って殺戮戦力が送られた。

 冒険者の不死者達は、民兵の量産アンデッド達を囮や陽動に上手く使って、まず王国軍の兵士達へジワジワと襲い掛かる。

 1、2体の動死体(ゾンビ)の徘徊であれば、旧エ・アセナル廃墟地内に発生していると民兵達も聞いており、自然と湧いたモノぐらいに軽く考えてしまった。また高弟達の用意した動死体(ゾンビ)達も、ノロい動作で難度3以下風を装うなど大いに王国軍側を油断させる。少し離れた場所へおびき寄せられ、民兵達はあっという間に冒険者の不死者達の手で屠られた。

 それも、北上する前線部分ではなく、後方の小隊から餌食にしてゆく。殺した兵達は10分もすれば力を増した死者の兵となって、病魔の如く拡散していった。

 

 これにより王国軍内での、不死者部隊の異常増殖について、把握が遅れたのである……。

 

 そうして静かに4時間半近くが過ぎた午後11半頃。

 不死者達は味方の数の増加状況を見て、2時間程前から戦場外縁寄りで徐々に兵の他に冒険者達も襲い始め、順調に仲間と戦力を増やしていた。

 そんな時に、廃墟地北側の外周壁傍へ80名程の騎馬の部隊を見付けたとの報告が、上位冒険者の不死者達の部隊へ入って来る。なんでも、斥候の冒険者はその騎馬部隊の統率者に見覚えがあると言う。

 

「間違いナい。アれハ、バハルス帝国で有名な帝国四騎士ノ一人、レイナース・ロックブルズだ」

「何? すると帝国の部隊なのか。何故帝国がこの地へ……?」

 

 オリハルコン級だった者を筆頭に、冒険者達の多くは生前の記憶が残っている状態であり、王国の窮状や家へ残して来た愛しい者達の想い出さえ持つ。でも既に主人(マスター)の命令は絶対であり最早、家族であろうと殺害に躊躇いはない。逆に死者側へ引き込もうと全力を発揮するだろう。

 レイナースの存在を聞き、オリハルコン級冒険者だった不死者は一瞬難しい顔をする。

 精強な騎士が多い帝国において、最強の騎士の一人で〝重爆〟と言われる騎士。

 なので、正面からの闘いは避ける形で、陽動による各個撃破的一計を講じる。

 

「まあいい。結局は殺すだけだ。まず()()()()()()()を分かりやすい形で接近させろ。恐らく帝国四騎士の奴が蹴散らしに出て来るだろう。その隙に陣内を制圧し、陣に居た戦力も加えてロックブルズを()る」

「アア、いい感じだナ。今の俺達ナら敵ハいナいゼ!」

「「オオーーーっ!」」

 

 冒険者の不死者達は、力が増した事でテンションがやや高めであった。それに、今は相手を殺せば戦力を増強出来るのだ。

 彼等は皆思う。

 

((殺す程味方が増えるなんて、最高じゃねぇかっ! 主人(マスター)最高! ミンナブッ殺セーー!))

 

 いささか狂った宗教集団とも類似性が感じられるかもしれない。

 ただしこの時、冒険者の不死者部隊は各地へ戦力を振り分けており、動かせる戦力はこの場から20体程という制限が気になる点だ。

 オリハルコン級冒険者だった不死者達は(ドラゴン)を倒す戦力なので、ミスリル級冒険者だった不死者がリーダーで動いた。

 

「フフフ、帝国最強の騎士か。どれ程の強サなのか楽しみだな。早く殺してぇぜ」

「倒すに越したことはないが、主人(マスター)の指示もある。無理は控えろよ?」

「了解だ」

 

 そうして計70体程の不死者部隊が、レイナース率いる帝国軍部隊の居る北側の外周壁近くへと向かった。その内のアンデッド達50体程を分離し、廃墟地内側からゆっくり向けさせて、まんまと最大標的(レイナース)が迎撃へ出た隙に陣内へと斬り込んだ。

 陣には60名程の騎士がいたが、難度で48を超える者は10名程しかおらず。

 対して、元白金(プラチナ)級冒険者以上しか居ない不死者部隊側は1体も討たれる事無く、帝国騎士全員だけでなく馬60余頭も斬殺した。

 『混沌の死獄』は()()()()()()()()()()の他、犬サイズ以上の動物の死なら闇の魔力の元になる為、兎に角血の雨が降る事となった。

 15分程で斬り伏せ終わり、そこからぼちぼち10分程が経つ。

 

「――?!」

「おい、もう戻って来たぞ。仕方ない、陣内が()()()()()混戦になるまで散って待機しろ」

 

 アンデッド達にとって、近くの生者を感知出来る感覚は非常に便利なもの。しかし、当初の考えではこの陣の騎士達60体の不死者達も加えた戦力で、先の50体の部隊と挟み撃ちにする予定が狂っていた。

 予想以上にレイナース達の部隊が……いや、この陣の騎士達の水準から、確実にレイナース一人が強いと言う事を証明していた。

 

「「「了解!」」」

 

 リーダーのミスリル級冒険者だった不死者の言葉で、全員が周囲へと潜む。

 アンデッドはそもそも生体反応が無いので、気配を読むのは少々コツが必要でもあり、優秀な敵の場合は潜まれるとかなり厄介な難しい相手となる。

 仕掛けに全く気付かないレイナース達21人が陣内へと戻って来たが、変わり果てた様子に動揺していた。中には戦友の死に涙を流す者さえ居て。

 でも不死者達には全てが滑稽に見える。

 

「……(フフフフ、心配しなクても30分後には、俺達皆、最強の兄弟サっ!)」

 

 全く余りにも嬉しくない兄弟であろう。

 陣内は間もなく、人間では無くなり力を増した元皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)の騎士の不死者達が嘗ての戦友らに、生者への憎しみを込めて猛然と斬り掛かり始めた。

 不意打ちとよく知る戦友の亡骸に皇室地護兵団の騎士達の剣の冴えは鈍かった。

 その中でただ一人、レイナース・ロックブルズは淡々と騎士の不死者達へ相対する。

 彼女の様子に、周囲へ潜む冒険者の不死者達は、血流が無い以上に顔色が悪い。

 

「ムッ……強いナ。何と言ウ剛槍……」

「ああ、あノ腕力、もう俺達以上あるか。かなり危険ダ」

「だガ――殺して、味方に出来レば大きな戦力に化けるゾ」

「「――!」」

 

 やる気を出した冒険者の不死者達は、陣を囲み威圧する形で姿を現した。

 陣内も、アンデッド側に加わった40体程の騎士の不死者達により有利に展開していく。

 その状況に最大標的(レイナース)がとった行動は――なんと単独逃走。

 

「あァ?!」

「逃げル、だと?」

 

 帝国四騎士の余りの行動に、冒険者の不死者達も唖然となる。

 思わず反射的に、東方へ外周壁沿いでの移動を阻止しようと、()()()()()()()()2体が同時に立ち塞がった。

 しかし、〝重爆(重く爆ぜる)〟の通称通りの圧倒的な突撃力の前に1体は足を吹き飛ばされ、そしてもう1体は首を刎ね飛ばされてしまう。

 彼女の通った後には爆裂魔法が炸裂したような、アンデッドの破片が飛び散った光景のみ残る。

 現実を見せられ、ミスリル級冒険者だった不死者のリーダーは即時に追跡を断念した。

 

 

 

 一方、主戦場の外縁域へもズーラーノーンの『混沌の死獄』に関連する異変が静かに広がっていた。王国軍の南東から東部戦線の後方部隊と冒険者の一部に、アンデッドの部隊が登場し始める。

 この事態に竜達との闘いへ注力する、対処の専門家と言える冒険者達や、王国全軍を把握するはずの総司令官のレエブン候でさえも未だ気付けていなかった。

 だが、先程午後11時半を迎える頃。

 

「これは、マズイね」

「くっ。婆さん、どうする? 端から少しでも潰してくか」

 

 元十三英雄のリグリットと同行する『蒼の薔薇』のガガーランは、この動きを現場近くで逸早(いちはや)く察知し把握。

 彼女等は3日前の合流段階で、秘密結社ズーラーノーンの関与を感じたカウラウ婆さんの直感に従い動いていたからである。リグリット曰く「墓場が怪しいね」と二人で日夜、旧大都市跡の廃墟地内を含め郊外の儀式拠点を探し回っていた。

 しかしどちらの地域でも、未だに発見へと至っていない。

 何故なら、特に郊外は広い上に該当箇所が多すぎた。今は大半の者が戦火で死んだか焼け出され難民化し離れるも、以前数十万の農民や民達が点在し住んでいた近隣の街や村といった集落の数は1000箇所を大きく超えているのだ。

 墓地は大体それ毎に置かれ、ダミーのアイテムまで見つけており捜索は決して容易で無かった。

 ズーラーノーンの第4高弟が地元の地の利を十分に生かしていた事に加え、日頃は矢面に立つ前衛的なリグリット達が、捜索の専門家と違う事も関係あるだろう。

 流石は強大なスレイン法国にすら、殆ど全貌を掴ませないズーラーノーンと言える。

 さて先程、リグリットが『マズイ』と言ったのはこの後、儀式アイテムを破壊しても、既に不死者化した者達は基本、自然に死滅しないのだ。連鎖が速いので早く止めなければ倍々ゲームになってしまい、手に負えなくなる事を危惧した。

 儀式を止めれば一応、呪いの連鎖の即時性が失われる等限定的となる事や、負の魔力の集束が破壊されれば強大なアンデッドの出現も抑えられるのは大きい。

 兎に角、何としても早く手を打つ必要ありと、女戦士は握る鉄槌に力を込める。

 

「ガガーラン、慌てるんじゃないよ」

 

 末端を叩いても切りが無いと(たしな)めるリグリットが勿論、何もしていない訳では無かった。今は待っている段階。

 婆さんの作戦が何かというと――。

 覚えているだろうか、彼女が配下にしたゴドウという以前は娼館の黒服だった元ミスリル級冒険者のアンデッドを。中位喰屍鬼(ガスト)となっている彼を、ここでスパイとして利用した。

 ただし、そのままでは呪いが連鎖していないアンデッドであり当然バレる事から、偽装が必要である。普通の魔法詠唱者では、難解過ぎてお手上げというどうしようもない分野だ。

 しかし、リグリットは違う。

 彼女の中には250年以上の死者へ対する確かな圧倒的魔法技術が蓄積されていた。

 その為にまず参考資料として、王国軍を襲っている冒険者の不死者達の最後方に居た元白金級の不死者を倒さずに捕獲する。

 少し前、午後10時の辺り時間帯だが、実行担当を志願したガガーランの手段は豪快であった。

 彼女は剛体を揺らし地を蹴り、速攻で不死者へと接近していく。

 

「な? アンタは、ガガーラン?! 生者の反応が無ぇ」

「……記憶があるのか。すまないな、助けられなくて」

 

 遅れれば何万人もの犠牲に繋がりかねず、目を細めた彼女に手加減は無かった。

 自慢の刺突戦鎚(ウォーピック)で不死者の腹部を強打し、100メートル以上仲間から引き離すと追撃し、転がる奴の頭を残し四肢を巨大な戦鎚で粉砕して確保完了し離脱。

 追跡者が来るも常時屈折化のローブと、事前にリグリットから付与された〈生命隠し(コンシール・ライフ)〉の魔法を使っていて素早く撒いた。

 戦場内の窪地でリグリットと落ち合い、その場で直ちに不死者を眠らせると解析しだし、『混沌の死獄』の特殊な不死者の独自術式を掌握。その根源の一部になる臓器の心臓を左貫手で掴み出しつつ〈保存(プリザベイション)〉〈虚偽臓器情報(フォールスオルガンズデータ)〉など幾つかの魔法を唱えると、不死者の首を右手で放った剣の一撃で落とした。

 リグリットの知識をもってしても、死者の種族へ堕ちた者を人間にかえす技術は無い。

 せめて楽に永眠させてやるぐらいしかしてやれないのだ。

 昔、十三英雄のリーダーから、第10位階を超えた魔法なら種族すら変えられると聞いた記憶がある……。でも正に夢のような話であろう。

 その後、『腐心臓』をゴドウの体内へ埋め込む。元の心臓を変えると、ゴドウが『本物』になるので残し、腐乱が少し進んでいた右肺へ押し込んで縫合後、『混沌の死獄』の偽装術式魔法を付加した。

 これで『混沌の死獄』で生み出された不死者の中へ入っても敵対されないアンデッドとなった。

 高弟達の生み出した普通のアンデッドに紛れたらとも思うが、連中には知性と意志が乏しいので不自然なのだ。

 やはり情報を得るには、知性と意志が必要であった。

 多少ゴドウにも不安があるものの、打てる手は限られる中で最も情報源に無理なく近付ける方法を取っていた。

 程なくリグリットを主人(マスター)に持つダリード・ゴドウは、弟分の少しヤバい騎士ザラードを残し、儀式アイテムの有る場所を聞き出すべく、潜入工作を開始した。

 実はリグリットらが郊外を調査する間、廃墟地内を捜索していたのがゴドウ達である……。

 同族のアンデッドに遭遇しても襲われる事無く、ゴドウが居たので王国軍の冒険者達とも何とか出会わず上手くやり過ごしていた。リグリットの様に感覚で探し当ててくるような達人は殆どいない。

 

 ゴドウが潜伏工作を始めたのは、1時間と少し前。

 

「時間が余りない。急ぐのじゃ、ダリード。お前には一応、敵の不死者達の存在が感じられよう。その呪いの領域を維持する儀式アイテムの位置を、連中のアジト内部で掴むのじゃ」

「了解、マム」

 

 エサをくれるのでいつの間にか、ゴドウ達にとってリグリットはママになっていた……。

 期待を受けて送り出されたと感じた彼は張り切る。

 ゴドウには、確かにこの呪いを受けた者しか分からない感覚があった。それを辿ると、旧エ・アセナル東南の外周壁近くで5体いる冒険者の不死者部隊に出くわした。ただし一難ありで。

 

「ん、オ前は……?」

「見なイ顔だが、ああ新入り……にシては貴殿、ヤたラに傷んでるなぁ」

 

 連中から指摘されたが、そう。ゴドウの身体は結構『傷んでる』のだ……。

 ズーラーノーンの盟主に造られた者同士は知る顔であるし、死にたてならまだ腐敗は進んでいないはずなのだ。

 しかし、ゴドウはリグリットから一計を得ていた。

 

「――アア、俺ハ……竜ニ火炎デヤラレテナ。数日……戦場ニ転ガッタママ生死ヲ彷徨ッテタ」

 

 火炎砲で大火傷を負って暑い夏の最中、不衛生な地面に転がっていれば(ただ)れた皮膚は相当傷んでくるというもの。その段階で殺されれば辻褄は合う。

 僅かに警戒感のあった皆の態度は、温和に変わった。

 元々、()()()()()()()()の同志の感覚は感じられたのだ。部隊のリーダーが近寄って来てゴドウの肩を叩く。

 

「オオ、悪かっタな。さあ、一緒に行こうゼ兄弟!」

「オウ。俺ハ、気ニシテナイ」

 

 こうして上手い具合に冒険者の不死者部隊へと混ざり込め、連中に付いていった。

 ところが、彼等はアジトの中までは帰らず、廃墟地内の崩れた神殿の建物内で出撃を待つ状態。

 ゴドウは、隣に胡坐(あぐら)で座る冒険者の不死者へ尋ねる。

 

主人(マスター)ガ居ルトコロニハ……戻ラナイノカ?」

「ん? そウか新入りだったな。戻らなイぜ。廃墟地内の墓地にあった()()()()()()は封鎖されたしな」

 

 聞けば、アジトは墓地の地下深くに作られているが、本来の出入り口は外周壁の外側に在るらしい。中々見つからない訳である。

 最初期の冒険者の不死者達は祭壇の空間で造りだされており、場所は地下アジト内との事。

 だが情報を待つリグリットとしては、異様な力を持つだろう盟主以下、ズーラーノーンの戦力が集結した地下アジトへの直接攻撃は避けたかった。狙うなら発見が困難ながらも手薄な場所にすべきと考えている。

 聞き出しを託されたゴドウは話を一旦、郊外のド田舎の風景へ逸らし間を計る。次にこの計画を賞賛しながらさり気なく、点在すると予想される儀式アイテムの置かれた場所について、遠回りに「仕掛ケッテ……ドウナッテンダロウナ?」と探ってみる。

 些か知能は下がったゴドウであるが、冒険者の腕だけでなく客商売の娼館で話術も慣れていた事から根本的な誘導に成功していた。

 すると、大きなキーとなる言葉を不死者から聞く事が出来た。

 

「あー、何ダっけ。エ・アセナルを中心にシた五角形の位置に、儀式アイテムを置いているッテ話を聞いた気がスるな」

「ヘェ……ヤハリ主人(マスター)達ハスゲェナ」

 

 濁った眼の奥をゴドウは光らせつつ、速やかに別の笑いと生者への憎しみの話へと誘導した。

 そんな彼等は今忙しい。

 10分も経たない内に出撃していく。元ミスリル級冒険者のゴドウも死んでアンデッド化してから力が上がっている。でも、ママのリグリットの厳しい躾から、与えられた物しか食さなくなっており、王国軍部隊への襲撃時も危なくなった不死者達をフォローする立ち位置で、直接の殺傷は行なわなかった。

 呪いの連鎖が不完全な為に、偽物の不死者だとバレるというのもある。

 彼が直ぐにリグリットの下へ脱出しないのは、まだ情報が十分では無かったから。

 殺戮戦闘が終り、不死者の仲間が増えた事と、確かな実力で戦友を実証したゴドウへは当然、皆の口が軽く滑らかとなった。

 ゴドウはそれから更に2度出撃。通算3度目の出撃作戦中に戦場からフェイドアウトし、リグリットの下へ帰還を果たす。

 既に日付が移り10分程越えていたが、リグリットとガガーランは多くの有益な情報を手にしていた。

 最大の戦果は、『北の儀式アイテムは盟主自らが遠隔で起動していて、その設置場所はデリム村の墓地。アンデッドが10体配置のみでかなり手薄』だ。その他、現時点でのズーラーノーンの戦力の多くが判明する。

 仕事へのご褒美に、リグリットは〈小型空間(ポケットスペース)〉から熊の肉の塊を取り出すと、〈保存(プリザベイション)〉を解除してゴドウに与える。

 

「よくやったね、ダリード」

「ウン、俺……頑張ッタヨ、マム」

 

 知能低下で少々幼児化も入り、ママに褒められた事を嬉しそうに笑ったはずの彼の顔だが、外から見ると死肉に引きつった表情と相当ヤバく映った……。

 アンデッドの様子に、ガガーランは僅かに引き気味である。

 そんなゴドウはご褒美の肉の3分の1を、頭の緩い弟分の騎士ザラードにも分けてやった。

 

「兄者ッ、コノ肉ウメェ!」

「ソウダナァ」

 

 ガツガツと肉を頬張る動死体(ゾンビ)の義兄弟は今日も仲良しだ。

 

 間もなくリグリット一行は北へと向かって消えた。

 

 

 

 開戦8日目に移る時間が迫った、夜中の西部戦線外縁の片隅で。

 

「……自分は今、何をしているんだろうか」

 

 殺伐的でなお唖然となる光景を前に、そんな少し哲学的な言葉を口に出した男が居た。

 幻術に因って顔や衣装の部分で元の姿と異なっているが『六腕』の一人、サキュロントである。

 

 手下として、竜兵達にも比類する10体もの恐るべきアンデッドの怪物(モンスター)死の騎士(デス・ナイト)――『八本指』の盟主様より突如押し付けられて――と共に行動していた。

 目的は、戦場近くの何処(いずこ)かへ潜伏中という、あの秘密結社ズーラーノーンへの妨害活動。

 絶対的支配者(アインズ)にすれば、サキュロントへ告げたこの一手は割と適当なもの。

 

死の騎士(デス・ナイト)達が導いてくれるだろう。戦いが始まったら上手く指示してやってほしい」

 

 竜の死骸はデミウルゴス達が回収しているので『もしかして役に立つ機会があれば』という感じでの命令だ。それと秘密結社の関与を『六腕』へ重要()に伝えていたので、何も対応しないのも変かと考えた。また、戦線に展開する反国王派側へ裏の戦力的立場として一応の借りを作れる可能性も押さえる。

 適当に言われた側のサキュロントだが、偉大な盟主の命令なので何としても実行する必要があると考えていた。戦闘力的に低いながら、これでも『六腕』の一角として難局を前に逃げる事無く、結果を出して来た忠誠心の高い人間だ。

 『六腕』の中で見捨てられていないのは、そう言う部分をいつも見せているから。悪人達でも、勇気と成果有る者には一定の評価を持つものである。

 そんな男が率いる中、託された死の騎士(デス・ナイト)達は標的を見付けられなかった。

 理由としては元々、防御主体の怪物(モンスター)という面も影響有りそう。まあ彼が詳しく死の騎士(デス・ナイト)の力を知るはずもなく……。

 故に――サキュロントは、かなり途方に暮れて数日を過ごす。

 同時に彼は、盟主様へ少し配下の心情を考えて欲しいとも感じていた。

 

(上手く意思疎通(コミュニケーション)の取れない人外の手下達相手に、一体どうすれば……)

 

 戦闘時なら指示を了解しそうなのだが……普段は、生者側の話など一切通じない恐怖の存在。

 連中に囲まれて丸3日以上過ごすという事は、どんな苦行かお分かりですかと。

 死の騎士(デス・ナイト)達は不眠不休の連中なので、24時間監視されていると言ってもいい。彼としては特に、用を足す時に付いて来て周囲を10体で取り囲むのはやめて欲しかった……。

 

 ところが苦行的な丸3日が過ぎ、日付を越えるまで30分程となった先程。

 西部戦線の外側で仮眠を取っていたサキュロントは初めて死の騎士(デス・ナイト)に大きく揺り起こされる。

 

「……んー?」

 

「オァァ……、アア!」

 

 夜中の真っ暗な中で、地獄からの声と思える野太い呼び掛けを受けつつ、目を開いた彼の眼前には、朽ちた顔の眼窩(がんか)に生者への憎しみの籠る赤の光点のみがあった。

 

「――(うおぉぉぉぉあああーーっ!)」

 

 驚きと恐怖に、眠気は一瞬で完全に飛ぶ。

 サキュロントは、思わず口許を両手で必死で塞ぎながら、内心で絶叫して目を全開で仰向けのまま固まる。

 だが、起こしに来た死の騎士(デス・ナイト)は、そんな彼の様子に構うことなく、腕をつまむと肩へと乗せて高速で移動し出す。

 他の死の騎士(デス・ナイト)達も続き、乱暴そうな見かけによらず2列縦隊で整然と移動した。

 精神的に病みそうな展開であったが、意外に直ぐ冷静さは戻った。〝()()()不死王〟のお陰だろうか。あと、風を切っての疾走は予想外に気分がいい事も救いになっている。

 

「お前達、どこに行くんだ?」

「アオオオオァァ……」

 

 何を言っているのか全然分からないが、隊列の真ん中辺りに居る彼の乗っていた死の騎士(デス・ナイト)は巨剣を握るゴツイ右腕を伸ばし方向を指す。

 間もなく、目標らしきモノが見えて来た。サキュロントはその光景に思わず呟く。

 

「おいおい。冒険者達が……王国軍を襲ってる?!」

 

 常識で見れば、あってはならない行為。

 冒険者は組合規則で、人類勢力間の戦争への参加が基本的に厳しく制限されている。上位冒険者チームが一般兵相手に闘えば、未曾有の被害となるのは試さずとも分かる事。

 だから本来、組織的に人類勢の軍隊への攻撃風景は見る事のない場面なのだ。

 それが目の前に広がっていた。いや、違った。

 

 ――良く見ると、冒険者ではなかった……アンデッド化した元冒険者達であった。

 

 両陣営の動きを見れば分かる。人間を辞めた連中は貴族の指揮官を始め、騎士の隊長や民兵達を怪物(モンスター)らしく一方的に荒っぽく殺害して回っていた。

 単純に剣捌きでは、サキュロントを随分と上回っている者達ばかりに見える。

 

「……(うぁぁあ、ヤバイんじゃないのかよこれって)」

 

 不死者と化した者が力を増すのは、一般人のアンデッド化でも結構起こる事なのだ。

 なのに、元より高い難度を持っている冒険者達に加え20体近く居る状況に、サキュロントの表情は青くなった。

 

(俺、死んだかも……)

 

 こちらの数は10体と一人。対して敵に19体居る事を、『六腕』の〝幻術師(イリュージョナリスト)〟は素早く確認していた。

 数とは暴力で最も有効なモノの一つと言える。倍近い差が初めからあった……。

 しかし窮地(きゅうち)気味の中で、サキュロントは思う。

 

(それにしても、余りに酷いな)

 

 魔法召喚により対竜兵用の不死者(アンデッド)が、1体ぐらい軍を襲う程度なら事故的とも取れる。だがこれは逸脱した悪意で明確に作られた惨劇。

 また此度の戦争は、王国だけでなく恐らく人類圏が存亡を賭けて竜王軍団と戦う重大なもの。

 聖戦とも言うべき戦の尖兵を今こうして踏み(にじ)る、普通では考えられない状況と言える。

 

(間違いない。これはズーラーノーンの仕業だ! なんて恐ろしい狂った結社なのか)

 

 悪党でもトップの、大犯罪組織『八本指』で警備部門の頭を張る『六腕』のサキュロントが戦慄する程の所業。

 

 ズーラーノーンの連中の持つ、人類圏存亡に対し何も考えない意志が、余りにも不気味過ぎた。

 

 人類の端くれとして、不利と思われる形勢で彼は果敢に叫ぶ。

 

「やれっ! 盟主(アインズ)様の生みし死の騎士(デス・ナイト)達よ」

「「「オオオオァァァァアアアアアーーーーっ!」」」

 

 アンデッド同士の激突で、この場は凄まじい闘いとなった。

 正に死兵同士の潰し合い。腕がモゲようとも、トドメを刺すまで勢いは止まらない。

 この時、ズーラーノーン側の部隊は、上位冒険者だった不死者達が生み出した部隊に殺された第3世代のアンデッド冒険者達で、元(ゴールド)級や(シルバー)級の者達であった。

 傷ついたりして後方で生き延びていた者達の成れの果てだ……。

 己の身体能力上昇へ酔い、優位とばかりに3体掛かりで先頭に立つ死の騎士(デス・ナイト)へ向かって来る不死者達。それを、難度の差(ゆえ)に巨剣フランベルジェの横()ぎした一閃が鎧ごとブッた斬る。

 

「「「―――っ!!」」」

 

 中下位冒険者だった不死者達の表情が一気に焦りへと変わった。しかし周りも、死の騎士(デス・ナイト)の剛撃に不死者達の剣自体が持ち(こた)えきれず、へし折れそのまま両断される。

 寡兵の死の騎士(デス・ナイト)らは同行の男(サキュロント)支配者(アインズ)の存在を示されて、全員がハッスルした動きを見せた。

 地を滑るような残像を残す俊敏な動きを各所で見せ、5分程で敵の冒険者だった不死者達19体をタダの細切れの肉塊に変え終わる。連中が殺した王国軍兵士達も含めて。

 

「…………」

 

 眼前の凄惨な様子に、サキュロントは絶句し再び激しく戦慄する。

 数の劣勢など微塵も関係なかったという状況。

 

(こ、こいつら、(しん)の化け物だろ。何だよ今の戦いはっ)

 

 正味、6体しか動いていなかったが、死の騎士(デス・ナイト)達は圧倒的な強さを見せつけていた。

 

 生き残った王国軍兵数名は転がる様にして逃げ去っていくものの、死の騎士(デス・ナイト)は反応しなかった。

 アインズ(マイロード)の指示は『人間を襲う不死者部隊の撃滅』であり、今は生者に用無しとして。

 サキュロントは漸く一難去ったとして安堵しかけるも、直ぐにまた20名程で次の不死者部隊が現れる。

 

「これハ、死の騎士(デス・ナイト)ダと!? しかも10体。どうなってんだ」

「私達モ人の事は言えなイですけど」

「ははっ、(ちげ)えネぇワ」

「……無駄口は、後にしろ」

 

 細身のリーダーらしき男の個体が会話を制する。

 奴らの装備を見た『六腕』の〝幻術師(イリュージョナリスト)〟は背筋が寒くなった。明らかに、先の元冒険者の不死者部隊より上質の装備に見えたのだ。

 死の騎士(デス・ナイト)達も相手の様子が先の連中とは違う事に気が付く。

 奴らはリーダーの「いくぞ」という言葉に続き軽快に動き出した。〈火球(ファイヤーボール)〉を打つ魔法詠唱者もいる中、先頭で勢い良く斬り込んで来た大柄の男の不死者が、死の騎士(デス・ナイト)に高速で剣を打ち下ろした。

 驚いたことに、初めて死の騎士(デス・ナイト)が受け側で押される。

 

「なっ(あの死の騎士(デス・ナイト)を動かしただとぉ)」

 

 サキュロントは次元の違う闘いに恐怖する。

 押された死の騎士(デス・ナイト)も足元を踏ん張ると、太い両腕を振るって押し返す。

 

「くっ、流石に恐ろしく強いと伝え聞く怪物(モンスター)だな」

 

 パワー勝負で分が悪いと見た大柄の不死者は、剣で受ける剛剣を右側へ一瞬で流しつつ一度間合いを取った。

 他の場でも初撃の対決で、死の騎士(デス・ナイト)達は不死者を討ち取れず。1対1では勝てそうな死の騎士(デス・ナイト)達も1対2、1対3では、連中と拮抗していた。

 サキュロントも幻術で位置をずらしていなければアッサリやられただろう。

 対峙する相手は3体で、しがみ付くサキュロントと死の騎士(デス・ナイト)へ包囲気味に激しく襲い掛かって来る。

 

「……(ひぃぃぃぃーー)」

 

 幻術の表情は冷静な顔になっているが、実際の顔は恐怖で引き吊りまくっている。その状況で、彼は悲鳴を出さない様に頑張っていた……。

 この異様な戦力の連中だが、実は……元帝国の冒険者達である。

 遠征し参戦するも、各チームで欠員と負傷者を出して中途半端なチーム戦力ばかりが残り、後方で待機していた。彼等は、一時的に戦闘で協力しつつも慣れ合うことなく少し離れた場所ごとに居た為、オリハルコン級チームからほぼ丸ごと順次ズーラーノーンの上位冒険者だった不死者に食われた形。

 そして生まれ変わった今、西部戦線後方を襲うよう指示を受け、皮肉にも互いに協力し合い相乗効果で実力を高く発揮していた。大局的にみれば王国軍にとって『余計な連中』だったと言っていい。彼等は既に100体を超える第3世代の不死者達を生み出していたから……。

 戦いは意外な所から動く。

 連中は不死者でありながら〈火球(ファイヤーボール)〉を撃てる者が2体おり、それを後方に前衛も3体掛かりで1体の死の騎士(デス・ナイト)へ挑んだ。

 防御が堅い死の騎士(デス・ナイト)も火炎ダメージ倍加算に苦戦する中で、元オリハルコン級の剣士1体と元ミスリル級戦士2体の不死者達より、厳しい前衛攻撃を連続で受け続け昇天する。

 奴らの身体能力は『混沌の死獄』でのアンデッド化により大きく向上し、元オリハルコン級の剣士はアダマンタイト級水準に到達していた。

 5体の内の3体から継続してクリティカル攻撃を受け続ければ、防御の固い死の騎士(デス・ナイト)も長時間は持ちこたえられなかった。

 

「――(嘘だろ、盟主様から託された死の騎士(デス・ナイト)が……やられた? うわぁぁ、終わりか)」

 

 サキュロントが早々と悲観する中、死の騎士(デス・ナイト)達も黙ってはいない。敵の奴らが戦力を集め薄くなった対戦において、計3体の元上位冒険者の不死者を倒していた。

 その対戦の戦力差は更に広がり、そこから機動力を生かし剛剣を振り回し突破していく――。

 動いた状況に、元帝国冒険者の不死者達は騒めく。

 

「おい。まタ1人やられたゾっ」

「こっチもキツイゼ」

 

 部隊のリーダーは、仲間達の悲鳴に苦しく唸る。

 

「チッ、マズイな。死の騎士(デス・ナイト)は倒せる相手でも、今こちらの数が足りないか。頃合いを計って一旦下がるぞ」

 

 そんな台詞に、サキュロントが乗っている死の騎士(デス・ナイト)が咆哮する。

 

「ゴオオオオァァァァアアアアアーーーーッ!!」

 

 何を言っているかは分からないはずが、頭部にしがみ付く彼にも『逃がすかよ(兄弟を殺した)クソヤロウドモめーーっ!!』と聞こえた。

 対峙する3体やサキュロントが居るのも構わず、不死者部隊のリーダーへと左手に持つ巨大で頑丈なタワーシールドでの全力全速でのブチかましを掛けた。

 これに、元オリハルコン級のリーダーの剣がなんと豪快に折れて地に落ちる。

 そのまま続く死の騎士(デス・ナイト)の怒りの一撃が、奴の不死者の剛体を脳天から割った。

 

「「リーダー!?」」

 

 動揺した不死者部隊の動きを突く様に他の死の騎士(デス・ナイト)達も、1体また1体と敵の元帝国冒険者の不死者達を倒していく。

 だが、此処で大柄の元オリハルコン級の不死者が叫ぶ。

 

「俺達が、食い止める間に下がれーーーっ!」

 

 奴とミスリル級だった戦士2体に〈火球(ファイヤーボール)〉と〈飛行(フライ)〉を使う魔法詠唱者2体が殿に残り、下がりつつ死の騎士(デス・ナイト)の動きを上手く牽制した。最後は地上の仲間を逃がしたあと、魔法詠唱者2体が〈火球(ファイヤーボール)〉を連打して、空中へ去って行った。

 

 今回、死の騎士達は9体を討ち取ったに留まる。恐ろしいのが、元冒険者の連中は首を刎ねても胴体が近いと再結合して生き返りそうになっていた事だ……。

 また、後で気付いたがサキュロントも頬や腕を浅く斬られていた。すれ違い様に対戦していた3体の不死者の攻撃が当たっていた模様。

 

「ふう、生き残ったのか……」

 

 しがみ付き殆ど何もしていない彼だが一応、幻術で結構な数を空振りさせてはいた。不死者にしても生者への反応だけでは、腕や首の位置を正確に知る事は出来なかった模様。

 サキュロント達は次の不死者部隊を探す。

 ただ、この戦争の期間内で彼等が、再び元帝国冒険者の不死者達に会う事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大反撃と意気込んで間もなく、絶対的支配者(アインズ・ウール・ゴウン)の戦いは、廃墟上空で難局を迎えていた。

 

 古き昔、人類種以外への大量殺戮を行なった八欲王の如き者らが居た連中(じんるい)側など信用出来ず、撤退勧告など死んでも受けないという、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグ=カーマイダリス。

 では、殺さず強引に精神支配しかないのかと御方は一瞬考えるも、それもルベドから『成敗』と言う形での造反に繋がる恐れが高い。

 かと言って王国をいっそ裏切って、手を引き王国以西の人類圏蹂躙を見逃せるのかと言えば、カルネ村等もあるし、登場が待たれるユグドラシルプレイヤー達を考えると、やはり選ぶ事は無理な選択肢。

 至高の御方は正直、この完全に行き詰った袋小路のような状況で途方に暮れる。

 それでも、栄光あるナザリックの統率者としてアインズは、この難題を諦める訳にはいかなかった。取れる手立てを模索しなければならない。

 つまりそれは、竜王姉妹殺害、竜王精神支配、竜王側へ寝返り人類圏を見捨てる、以外の選択肢を用意する必要が出て来たと言う事。

 

(うーん。それは一体何だろう……)

 

 先程までアインズ自身、圧倒的な(パワー)を見せれば、竜王と言えど考えを変えるものと思い込んでいた。ズバリ、結構楽観的に見ていたのである。それも見境なくの力押しだけではなく、『勝敗』をうやむやにする形の上、現残戦力さえほぼ無傷で引き上げられるという十分に竜王軍団側にも利点のある案を提示したつもりでいた。

 これで納得しないと言われると、取引が初めから成立しない相手だったと言う事になる。

 

(どうすればいいのかなぁ。ああ、タブラさんとかヘロヘロさんでもいてくれたら)

 

 思わず、ユグドラシル最終日の最後に来てくれたメンバーを思い出す。

 窮地なのに誰にも頼れない孤独感と寂しさを、アインズは感じる。ギルドメンバーが誰か一人でもいれば、随分気楽で行動や相談を出来るのにという思いが広がり湧いてくる。

 でも現実は彼只一人だ。

 

(……何なんだよ、この状況は! 俺だけ苦しむ必要があるというのかよ?)

 

 何故だという思いに沸々と静かな怒りが湧いて来る。まるでそれは生者への恨みのような感覚。

 竜王少女の回復力はかなり高い。今は体力に関してなら負の回復アイテムも在庫が豊富。なのでアインズ側もまだ持つが、戦いが長引けば体力面で逆転される可能性も出てくる。

 

(よし。本人を脅してもダメだというのなら、身内に圧力を掛けてみるか)

 

 戦争内での逆境に、邪道だろうと可能性の有る手を試すほかない。非情手段とも言えるが、支配者はルベドへ〈伝言(メッセージ)〉を伝える。

 

「――聞こえるか、ルベド」

『問題ない。アインズ様、何か?』

「今から、お前の押さえている巨竜と私と竜王を連れて――西方の離れた海上へ移動しろ。そこで再度の交渉をする。これは竜王の()()()()()()()()の行動だ」

『分かった。すぐ実行する』

 

 姉妹同好会会員の某天使は、会長(アインズ)の言葉に即答し素直に行動する。

 趣向とは馬鹿に出来ないもので、主席会員のルベドは姉妹の監視と保護活動を円滑にするべく、アーグランド評議国全土のみならず竜王国まで、既に大陸北西部のほぼ全ての大まかな地域へ視線を通し網羅していた……。

 気が付けば、アインズ達4者はルベドの〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉でリ・エスティーゼ王国西岸から50キロ以上離れた海上に現れていた。

 

「な、……くっ……海上?!」

「これは……魔法?」

 

 竜王姉妹は、己達の意志に()らぬ位置移動と周りの景色の急変に戸惑う。

 500年以上生きるビルデバルドでさえ、3体超も連れ立っての転移は見るのも初めてである。この世界に使い手が殆ど居なかったのだがら当然と言えるが。姉から「〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉と言う……ふぅ……らしいぞ。はぁ……(さっき)、知ったがな」と聞かされ警戒する。

 勝手に海や大陸の果てへと飛ばされてはたまらない。

 転移系魔法自体に攻撃力は皆無という認識も持つだろうが、距離を空けて連携を阻害し、移動で無駄に時間と体力を使わせる風に攻撃面で使う事も可能なのだ。

 自身や相手の移動を阻害する魔法を使えれば対抗出来るのだが、竜王姉妹はそんな術を持っていない為、脅威を持つ魔法の一つと言えた。

 僅かに困惑気味のゼザリオルグ達へと、アインズが威厳の漂う重く響く声で告げる。

 

「竜王よ、今ここで評議国へ撤退しない場合、そこの妹も酷い目をみることになるぞ。私の本気の攻撃を食らえば、無事ではすまないだろう」

「――チッ(ビルデバルドまで……。しかしどういう事だ? 俺をあれほど追い込みながら、場所を変え、中途半端にここでビルデーへも攻撃する意図ってのが分からねぇ)」

 

 頂上決戦と言えるこの闘いでは、殺すか殺されるかと考える竜王に、敵の動きが()せない。

 いや一案として、統率の取れた形で撤退させたいという事なのだろうとは考えられる。竜王が死ねば、治め処が無くなるという流れも起こる様に思えた。

 だが一方で、敵の仮面の魔法詠唱者と白い剣士程の戦力が有れば、軍団を鏖殺することも十分戦略的に考える事項。アーグランド評議国へ帰せば、後々の大きな報復戦力を残すと危惧するのが自然である。

 それだけに、疑念のみが竜王少女の思考へと深く広がる。

 

(連中の狙いは一体何だ? あ、…………ま、まさか……俺の懐柔か……?)

 

 ゼザリオルグは一度だけ、八欲王の人間の1体に言われた悪夢の言葉を思い出す。

 

『おっ、お嬢ちゃん、カワイイね? 俺様の夜のペロペロ愛玩ペットになるなら助けてやろうか』

 

 正直、異種族からの求愛と捉え、その際に背筋へ強烈な寒気が走ったのだ。今も思い出すだけでゾッとする。

 他種への殺戮を楽しむだけでなく傲慢な性的欲求を起こす人間……断固(おぞ)ましき存在なのだっ。

 彼女は全然別の視点からとなるが、敵の絶対的支配者の思惑に近い部分へ気が付いた。

 至高のアインズ・ウール・ゴウンを会長に、ルベド主席会員を擁する極めて健全で崇高な理念の下に結成された世界屈指の一大機密組織。

 

 その名も―――『姉妹同好会』。

 

 似て非なるものであるが、鑑賞し蝶よ花よと()でる事に変わりなしっ。

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)の視線に、殺気以上の強く激しい侮蔑の思いが加わったのは気の所為に(あら)ず。

 

(この()()()を捕まえて一体何をさせたり、する気()()()……この変態人間めがっ! 絶対に頭を食いちぎってやるぜ)

 

 別の面への身の危険を感じ、乙女的底の地が一瞬覗くが、怒りに自身を振るい立たせた。そうして、仮面の魔法詠唱者へとぶつける。

 

「俺らの覚悟はとうに出来てんだよ。まどろっこしいぜ。やるならやってみろっ、テメエの思い通りには絶対ならねぇからな!」

 

 ゼザリオルグ的には、ザマミロという確固たる思いの内容であった。

 竜王に相応しい姉の強気の言葉にビルデバルドも吠える。

 

「お姉ちゃんの言う通り。だいたい、この白い剣士がさっきから私の手を離さないけど、纏めて片付ける気?」

「……(うわ……ルベド、そういう気か?)」

「………」

 

 アインズは某天使様の小顔サイズの兜と仮面越しで視線がぶつかる。当初の話では、竜王を屈服させると伝えていた訳で、妹まで傷付けるとは聞いていない「話が違う」という事の模様。

 ルベドの首が左右に小さくスイングしつつ、剣を握る右手の人差し指が立ち上がりゼスチャーで『メッ』と言って右腕も剣ごと縦に振る動きを繰り返していた……。

 最早、1対3の劣勢状況と言っても過言では無いっ。勝機が一気に遠退いてゆく。

 

(あぁ無常だ……支配者とは艱難辛苦(かんなんしんく)の上に、何て孤独なんだろう)

 

 絶対的支配者として、正に追い込まれし土壇場というべき有り様。ガチ勢の竜王単体でも厳しいというのにだ。

 ここでふと彼は、ナザリックの諸葛孔明を言われたぷにっと萌えさんの言葉を思い出す。

 

(――〝焦りは失敗の種〟か。時間はないかもだけど、まず落ち着こう。………ふう。ん……そういえば、孔明の策に近い状況があった気がするな)

 

 アインズは『三国志演義』で蜀の丞相となった孔明が、南蛮征伐へ赴いた時にとった七擒七縦(しちきんしちしょう)(七度虜にして七度放つ)を思い出す。

 

(ようし、1度でダメなら、相手が折れるまで何度でも(パワー)を見せようじゃないかっ)

 

 そこからは、アインズとゼザリオルグがガチで殴り合う気の長い戦いとなったのである――。

 PVNの再戦が始まって数時間が過ぎていく。

 接近戦において分が悪い支配者は、転移魔法と防御魔法や回復アイテムによってゼザリオルグの攻撃を凌ぐと、攻撃魔法に加えて打撃でも1対3の低い頻度だがガントレットによるカウンターの打撃を返してみせる。

 アインズもここは必死であった。

 この、()()()()()上級会長が取った根気ある保護計画の初心貫徹行動へ、ルベドも主席会員として大いに理解を示し、時折暴れそうになった竜王の妹をずっと抑え込んでくれていた。

 そうして開戦8日目に入り午前0時も回った頃となる。

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグが気を失って海に落ちた回数は10回にも到達する。その度に撤退同意を確認したが拒否されるも、互いに少しインターバルを取り再戦する。意外にも戦いの中で大きな溜めの要る〈獄陽紅炎砲(ヘル・プロミネンス・バスター)〉を打つ機会はそれ程見つからず。また、敵の魔法詠唱者が使う異常加速(〈自己時間(タイム・アクセラ)加速(レーター)〉)や〈転移〉で避けられる事と一気に消費する体力を考えれば、リスク回避せざるを得なかった。

 対して支配者も、大きく砕けた仮面をアイテムボックスへ仕舞い、魔力温存で手持ちしている巻物(スクロール)の〈大致死(グレーター・リーサル)〉や灰色の治療薬(ポーション)等の回復アイテムをほぼ使い切っていた。ドズ黒い治療薬(ポーション)はまだ残っているが……そろそろ手が尽きる。

 それでも――。

 

「……どうだゼザリオルグ、いい加減もういいだろう? 勧告を受け入れろっ」

「……はぁはぁ……馬鹿にするなよ、アインズ。誰が……はぁ……人間側の要求に屈するかっ(クソッ、勝てねぇ。………コイツ、そこまで俺が欲しいのかよ……)」

 

 相手の強引ながら正面よりぶつけてくる気持ちを考えると、竜王少女に少し複雑な想いが湧く。

 アインズは既に延べ15発以上の〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉と、多数の〈内部爆散(インプロージョン)〉や〈千本骨槍(サウザンドボーンランス)〉に〈万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)〉等を放っていた。総合的実力差は十分に見せつけれたと言ってもいい。

 竜王の妹のビルデバルドも途中からじっと戦況を眺めている。姉を殺せる機会は確実に何度もありながら、奴は止めを刺さずに撤退確認を拒否されても休憩を与えて再度対決し続けた。接近戦では仮面の魔法詠唱者が一方的に殴られる展開も多々あり、八欲王達のように楽しんだ虐殺感の強い一方的な戦いではなく互いの考えを問う勝負として成立して見えた。

 故にビルデバルドも敵を信用する訳ではないが、ここは姉の戦いを見守るべきという心境になっていた。

 同時に彼女は、人間の魔法詠唱者の恐るべき攻撃力に舌を巻いてもいる。

 

(攻撃を総計すれば、私でも凌ぎきれない圧倒的な戦闘力……アインズと言ったか。本当にこの者はニンゲンなの……?)

 

 評議国で見る脆弱で臭い家畜的な人間とは、明らかに別次元の存在であった。

 

「(……そう、例えるなら)……神人か」

 

 アインズがガントレットの拳を構えるところへ、疲弊しながらも竜王が〈超翼〉により踏み込んで来ると左右の拳をボディへ連打する。

 

「ぐっ(マズい、体力を1割近く削られたか。――しかし)うぉーっ、発動〈百裂発勁〉!」

 

 支配者の付ける漆黒の伝説級(レジェンド)ガントレットの装備攻撃であるマシンガンの様な拳打が、竜王少女を襲う。

 カウンター気味で出だしの攻撃が深くヒット。ふらつく彼女は直ぐに両拳で頑強に防御したが、多数のすり抜けた連打に大きなダメージを受け、気が薄れつつ海へと落ち掛ける。

 そんな彼女を、アインズは右手で掴んだ。HP(体力)の残量を考えれば、これはもう最後の勧告機会に思えた。

 それを感じているのだろう、掴まれた竜王も暴れず。ただ俯いてぶら下がっていた。

 

「竜王よ、どうしても……人間側の退去勧告を受け入れられないというのか?」

「……はぁ、はぁ……多くの破壊と殺戮を……繰り返しやがった八欲王達の率いた……ふぅ……人類連中の行為は決して……許せねぇ。そんな者達の……くっ……要求は断固拒否するぜ。さあ……もういいだろ……殺せ……。フッ……殴り合い、悪くなかったぜ」

 

 俯いたままで、覚悟の出来た小柄なゼザリオルグは動かない。

 

「……(うわぁ、どうしよう……普通の事をしてみても、竜王を承知させる事は出来ない……)」

 

 孔明の策でもダメと言う事かと、諦めかけたその刹那。

 

(――あっ)

 

 アインズは全く違う部分に着眼する途方もない事を思いつく。だが、それには多くの問題が発生するのだが、今はそれを考えず無視する事にした。ここを乗り切るのがまず先だとして。

 

「おい、竜王よ」

「…………なんだ?」

「私は諦めない。それと、私を―――()()()()()と同じに思うなよ」

 

 その力強く悠然と語る威厳の満ちる言葉に、ゼザリオルグは顔を上げた。

 

「ぁあ……なんだ、と……?(コイツは何を言ってやがる)」

「悲劇ばかりというお前らに、私が度肝を抜く光景を見せてやろう。私の奇跡の力を」

「……なに?!」

 

 竜王は、訝し気にアインズを強く見詰める。だが、仮面を外したままの人間の視線はブレる事がなかった。

 

「……くっ……そこまで言うのなら……その奇跡とやらを見せて貰おうか?」

 

 なぜ、そんな話に乗ったのかこの時、竜王もよく分からない。ただ『八欲王如き』と言ってのけた目の前の者の事が、十度逆らった自分をまだ殺さないコイツが気になったのだ。

 ゼザリオルグの返事に、絶対的支配者はしっかり頷くと、ルベド達へと告げる。

 

「これより、場所を移動する。そちらの両者も私が連れてゆく。その場で待て」

「……分かった」

「お姉ちゃんが行くのですから、行きましょう」

 

 アインズは、〈転移(テレポーテーション)〉でルベド達へ近付くと〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で4者にて目的地へと一瞬で向かった。

 そうして、移動地へ付くも意外にその奇跡は直ぐには始まらず……。おまけに数分間アインズは姿を消したりもした。

 夜空の中、1000メートル程眼下には10万以上の者達の住まう大都市の光が見えている。

 

「お姉ちゃん、ここって……評議国の中央都だよね」

「……ああ、一応動くなって話だろ。アインズと白い剣士が暴れれば、俺達が人間の都市を壊滅させた様に、この地も更地に成っちまうって事だ。そうなれば、里の連中もただでは済まなくなるってのは馬鹿でも分からぁ」

 

 竜王達には人間の魔法詠唱者が何をするつもりなのか全く分からなかった。

 気が付けば、この場所へ到着から20分近くが経過している。

 

「おい、アインズ。まだなのかよ……戦争は続いてんだぜ。全く何してるんだ?」

 

 早くも既に体力が少し回復して来ている竜王。回復力は死の支配者(オーバーロード)の御方を確実に上回っているだろう速さだ。

 

「まあ待て。奇跡が簡単に起こる訳ないだろう? 竜種は長寿の割に気が短いのか?」

「はん、うるせぇ。俺はまだピチピチに若けーんだよっ!」

 

 そんな漫才を合間に挟みながら、支配者が何をしているのかと言うと――単にナザリックの自室から持ち出した奇跡の代物とその取説(マニュアル)を見ていたのだ。恐らくユグドラシルで、誰も使った事のない一品のはずである。サービス開始以来のニュースで流れた事は無いのでほぼ間違いない。

 

 それは――ユグドラシルではほぼ用の無いゴミアイテムを使う事であった。

 

 漸く一通り読み終わると、アインズは竜王少女らへと告げる。

 

「よし、始めるぞ」

「はぁ。やっとだぜ」

「あと、もう一度、皆で移動する」

「またかよ。……好きにしろや」

 

 ブツブツいう割にゼザリオルグは、再び直した仮面を被った人間の男から差し出された虜への手を素直に握る。先程両者の勝負は着いたのだ。今はもう死を与えられるまでの余白に過ぎないと。

 そうして4者は約束の地の上空へ移動した。

 支配者はローブの内側のアイテムボックスから、実に約50センチの高さのトロフィー程もある巨大な短杖(ワンド)を取り出していた。

 

(説明文では期待通りなんだけど……上手く動いてくれよ)

 

 そして絶対的支配者は、竜王少女らの前でそれを右手に高く掲げ(おもむろ)に唱える。

 

 

「――〈都  市  復  元(アーバンレストア)〉、エ・アセナルっ!」

 

 

 そう、彼等が最後に移動してきた場所は旧大都市エ・アセナルの廃墟上空である。急に大都市が完全復活すればどうなるのか、アインズにも正味良く分からない。

 短杖が激しく(まぶ)しく輝き出す。それはさながらアインズ自体が輝いている風にも見えた。

 同時に揺れのない不思議な地響きと、廃墟の大地が(きら)めき巨大な光の柱となって次第に空へと立ち始める――。

 

「な……にっ、滅ぼした都市が……蘇ってゆくだと……ありえん」

「ふふっ、どうだ? それに建物だけではないぞ。――お前達が殺した数十万の者達の命もだ」

「――――ぇ……」

 

 竜王は完全に絶句する。そんな数の蘇生など聞いたことがない。この大陸の長い歴史の中で誰も成した者はいないだろう。

 街復元の短杖(ワンド)は、村、街、都市とそこへPOPしていたモブキャラ群ごと復元するアイテム。大は小を兼ね、都市復元の短杖(ワンド)は村でも対象になる。尚、何故ゴミアイテムかと言えば、ユグドラシルにおいて都市が崩壊しても全て運用元のシステム側で復旧されるからである。また、手に入れる機会も殆どなく、完全にゴミコレクションとして持っている奇特な者しか手元に残っていないアイテムなのだ。それを高らかに誇るように語るアインズ。

 

「こんなことは八欲王は言うに及ばず誰にも出来まい。これでもまだ私と戦うつもりか?」

 

 この眼下で起こった巨大な奇跡を見せつけられ恐縮しうつむく竜王。

 

「――――くっ…………それでも俺は煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)。人間共の撤退勧告には従えねぇぜ」

「なに……」

 

 アインズの表情が険しくなった。だが直後、ゼザリオルグは顔を上げ笑顔で告げる。

 

「慌てんな。連中には従わねぇが……アインズ、確かに八欲王らとは違う力を見せたお前さんには従おう。俺達は撤退する」

「そうか(ホッ。やっとルベドとの約束は守れた)」

 

 平然という感じで返す絶対的支配者であるが、先程戻ったナザリックだけでもひと騒動あり、王国側の反応や説明も後回しの状況。相当無理をしたのであとが怖いという思いだけが残る。

 

「お姉ちゃん……」

 

 ビルデバルドもそれ以上語らない。

 彼女にも母と姉や仲間を殺された者として、姉とは違う考えがある。しかし、王として姉のゼザリオルグが決断したのだ、それに従うのは臣下の務め。

 それに、敵が圧倒的に強大過ぎる事もまた事実。勇気と無謀は似て非なるモノで、両者は天と地ほどの差が存在する。大好きな姉が前者で妹は満足していた。

 

「なぜ、直ぐに実行しなかった? 廃虚地は占拠していなかったのに。出し惜しみか」

 

 そんな質問を仮面の人間へ突き付けるゼザリオルグ。

 正直、そんなゴミアイテムに考えが届かなかったのだが、支配者も物は言いよう。

 

「私にも都合と言うものがある。それに、話し合いの前に実行しても、ゼザリオルグがまた壊す恐れもあっただろう?」

「なるほど、そりゃそうだ。ところで……俺らの撤退だけでいいのかよ? (本国に送った)捕虜とか、まだ他に何か(私とか)あんじゃね?」

「ああ。今は撤退で十分だ(面倒だし、王国側に後で文句を付ける戦力はないからなぁ)」

「……そっか」

 

 両者は、大都市の外周壁や城と街並みの復元が続く壮大な光景を眼下に見下ろす。双方の力をぶつけ合って殴り合った事で、穏やかな会話に思えた。

 

「さて、それでは戦闘停止へ向けて互いにひと仕事するか」

「ああ」

 

 両者は、ずっと握って居た手を離し別れる。

 竜王少女とそしてなぜか、ルベドが少し寂しそうにしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『北西部穀倉地帯の戦い』に参加し、最後まで戦場へ(つど)っていた者達は皆が確かに見た。

 それは夕方に見たのきのこ雲以上の圧倒的な大きさで、水平面に対し2倍超の高さ10000メートルにまで淡い輝きを放ち、深夜の空高くへと伸びた神秘的な光の摩天楼の如き壮大な柱を。

 

「おおぉ」

 

「世界の終わり……か?」

 

「うお、ゴウン殿の攻撃か。やってくれているな……(リーたんにとって少々危険分子か)」

 

「なんたる光景……神よ」

 

 ――王国の国王と第一王子他、レエブン候や貴族達。

 

「廃墟に柱が……光って……。人間共ノ魔法攻撃……か?」

「……竜王様は行方不明。まタ3頭の百竜長の方々モ……倒れられタ。……我らはどうナル」

 

 ――竜軍団の竜達。

 

「ぁぁぁぁ、あれは一体」

 

「――っ! ………ゴウン殿か……」

 

「わぉ!(間違いない、ゴウン様の最終究極(ファイナルミラクルアブ)絶対全力魔法(ソリュートマキシマムマジック)だわっ)」

 

「……邪悪な光では無い。これは例の魔法詠唱者の大魔法か?」

 

「うわぁ、凄い光景……(モモンさん……)」

 

「ゴウンさん……」

 

 ――王国軍の民兵にガゼフ。ラキュースやアズスにニニャら冒険者達。六腕メンバー。

 

「何が起こっている?」

 

「見た事も無いほど大規模な……これは魔法なのか」

 

「……すげぇ」

 

「何ですか、あれは」

 

 ――帝国軍の大将軍とフールーダの高弟達や、骨折で動けないバジウッドに近衛部隊。エルヤーらワーカー連中。

 

「おい、ばあさん、何だありゃ?」

「……復活魔法系だね、あれは」

 

 ――遠くの輝きに気が付き、振り返ったガガーラン達。

 

「オオオオオオオ」

「……ァァァ」

 

「エ・アセナルの廃墟が輝イてイやがる」

 

 ――光の中で怯えるアンデッド達と周辺の元冒険者の不死者ら。

 そして。

 

「これは……アインズ様ですね」

「わぁ、綺麗い」

 

「(ピンクでは無く白……)ハレンチさは無いですね……」

 

 暗躍する、デミウルゴスにアウラやヘカテー達も……。

 

 広大な廃虚を完全に覆い尽くす、白き神々(こうごう)しき巨大な奇跡の光が輝き続ける――。

 見た目は神聖風だが、対象は無機物や不死者の死も含まれるので実質は中性。

 そして光源の中に、あの圧倒的であった竜王達さえ大人しく傍へと従え、空に浮かぶ者が居た。

 聖者的彼の姿を、密かに竜の宿営地内から槍を握った騎士風の人影が眺める。

 

「あれが、アインズ・ウール・ゴウン。……まるであの伝説のお方の様な力」

 

 人間の男の姿なのに、漆黒聖典の『隊長』の目には不思議と六大神の一人であるスルシャーナとタブる。

 

「ああぁっ。これは正に――――神の降臨だっ!!」

 

 彼は、跪いて槍を右脇へ置き両手を胸元で組むと、目を閉じて信心深い祈りを仮面の人物へと捧げた。途中で一瞬、謎の悪寒が背を走り目を開くが、再び彼は瞼を閉じて懸命に祈る。

 

(どうか、盟主となりて我ら人類を導きたまえ。立ち上がられるならば、私は付いて行きます)

 

 アインズの起こせし全員の度肝を抜いた光景で、今この時、戦争は停止していた。

 

 

 

 

 だがまだ、絶対的支配者のこの地での戦いは終わっていない――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. ナザリックの階層守護者で休暇を最初に取ったのは?

 

 

 『ナザリック地下大墳墓内における休暇推進計画』――。

 

 リ・エスティーゼ王国国王出陣の夜遅くに、ナザリック戦略会議において至高の御方から正式に認可された、NPC達主導(主にアルベドだが……)でナザリック地下大墳墓内に導入された新休暇制度だ。

 本制度は、認可された会議終了時の早朝より即時施行されたが、『休暇』という『勤労によるナザリックへの貢献に反する行為』への抵抗感はナザリックの者達には強かった。

 折しも王国の戦争へ至高の御方が協力参入した事により、支配者の要請に喜んで応える階層守護者達の外出が必然的に増えており、その余波で地下大墳墓に残る階層守護者達にも負荷が掛かり、ここ数日でまだ誰一人として『休暇』を取得していない。

 それは配下の者達が先に休むという訳にいかない流れにも繋がってゆく。もうかなりの者に代休が発生していた……。悪い連鎖と言える。

 そんな皆の常識的考えを少しでも払拭するべく、率先して最初に動いた者がいた。

 

 勿論――守護者統括のアルベドである。

 

「まずは、私がお休みを頂きます」

 

 『休暇』という時間は、彼女の秘める『休憩』を織り交ぜた『ビッグな計画』には必要不可欠。最大のキーとなる子供()()も、偶に『氷結牢獄』へ訪れ「ここだけでは退屈でしょう」と館外へ出れない姉のニグレドを説得。アルベドが時折、ナザリック内の散歩へと連れ出し懐けつつある。下準備は順調で周到に進んでいる。

 故に、制度は早期にナザリック内へ定着させる必要があった。中途半端な運用で留まるなら最悪廃止にもなりかねない。それは、彼女にとっては非常に困るのだ。

 ただ物凄い多忙なアルベドも、丸1日というのは中々難しい。そこで、替えの利かない忙しい守護者達に限り、24時間の休暇を最大4分割して取ることが認められている特別制度を利用する。

 その初日が今日となった。『休暇』は午後6時から午前0時までの6時間。

 

(くふふふふ。さぁ、じっくりと予行演習を楽しみましょう)

 

 統合管制室の仕事を終えて彼女が向かったのは、自室ではなく……アインズ様執務室の奥、寝室へと来ると、イケナイ事とは思いながらも服を脱ぐと大きな支配者のベッドへと潜り込む。

 そして望遠ながらもリアルな映像の〈千里眼(クレアボヤンス)〉と〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉で御方の姿を大画面で楽しむ。

 

「あっ。はぅ、そこ……イイですわ。ぁぁん、くふふふっ。」

 

 だが今日は特別であった。冒頭で見せた旧エ・アセナル上空での、竜王隊へ向けた魔法多重攻撃を見舞うアインズ様の雄姿に彼女は大興奮。

 

「ぁ? あああーーーきゃー。やっべ、アインズ様マジかっけー。あ、あはぁ、イっちゃう。

 ……ぁぁぁ、ああイああクーーーーーーーーっ」

 

 遂に大声で、高き頂へと達していた……。

 まあ、完全対防音対振動を完備したこの寝室のその外は静か。執務室の廊下側扉傍へ控える本日の『アインズ様当番』であるエトワルには聞こえず。

 だがしかしその後、画面(モニター)に映る接近戦で支配者が、なんと竜王に手酷く殴られ――負傷する。

 

(負傷!? アインズ様が? なにそれ)

 

 モモンガ様ラブの彼女は一瞬で激昂する。

 

「ルベドはどうしたのよっ! あの役立たずが! わ、たしの大好きな敬愛すべき主人で、私の超愛してる、アインズ様をよくもぉぉ! フーーーーーッ。あのくそドチビの竜人娘風情かぁぁぁぁあーーー。ぶっ殺すっ! 私自ら赴き、腕も足も引きちぎってバラバラにして、死ぬまでドタマを蹴り飛ばしてやるぞぉぉ! その後で死姦地獄だ。覚悟してろ、あああああぁぁぁーーー憎い、憎い、捻りつぶすぅぅぅぅ、糞売女め!」

 

 アルベドは、ベッドから勢いよく立ち上がると、寝室の扉を大きく開けて飛び出す。

 

「憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い――――――」

 

 指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使えば転移出来るが、アインズ様執務室への直接入出は無礼であり使わないのが臣下の礼儀である。

 エトワルは、先程磨き上げた権威あるアインズ様専用の漆黒の大机と、立派な黒の大椅子を御方が座る姿を想像してウットリと眺めていた。だが突然、その奥の扉が全開し全裸のアルベドが飛び出して来てたまげる。

 

(ひぃぃぃい)

 

 全裸の上、大口ゴリラ化し掛けた姿で扉まで近付き、外へ出ようとした元清楚な原型を全く留めない守護者統括。

 そこへ怯えつつも慌てて懸命に止める一般メイドの声が掛かる。

 

「あぁぁぁ、アルベド様っ! 何かお召し物を。ここは至高なるアインズ様の執務室でございますよっ」

「―――!」

 

 『アインズ』と言う重要な発音の声にビクリと反応し、両肩が超超硬筋肉で巨大化すらしていたが、動きがピタリと止まる。

 冷静さを取り戻し、発狂的体形と怒髪天な表情が美しい容姿の造形へと戻る。

 このナザリックをアインズより任された者として取り乱し、あろう事か全てを捧げるべき最愛の方の部屋で秩序を乱してしまった自身に恥じる。

 

「……よく言ってくれたはね、エトワル。私の行動が間違っているわ。戻って服を着てくるわね」

 

 他の事はどうでも良いが、モモンガ様に関する部分での無礼は自身でも反省すべきなのだ。

 寝室に戻り扉を閉める。暗い部屋に〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉の映像が明かり代わりに照らす。そこへ御方が苦戦の中で竜王へのカウンターを見事に決めた姿が映る。

 

「あああああーーーっ、きゃー。アインズ様っ、ステキ―――! やっべ、マジやっぱかっけ」

 

 残念ながらまた、エキサイティングした発情状態の雌に戻っていた……。

 

(……ちょっとだけ、ホンの少しだけど、苦しみつつも懸命なアインズ様も、イイんじゃねー?)

 

 更に何か新しい彼を見た気がし、アルベドは変に胸をトキメかせる。ただそれでも。

 

(あの、ドチビの竜人ガキムスメだけは許せないわ。私のちょー大切なアインズ様を散々殴ったり蹴ったり……ぜってーギチョンギチョンにブチ殺す!!)

 

 大事な大事な主君へ怪我を負わせた事だけは、万死に値するとナザリック地下大墳墓の守護者統括は息巻く。

 それから、興奮さめぬままに『休暇』の6時間が過ぎた。ハッキリ言って、精神的には彼女へ相当負荷が掛かった時間と言える。

 部分的ながら『休暇』を終えたアルベドは、一応粗相の目撃者であるエトワルへ厳重に口止するのを忘れず、身形を整えたいつもの美しい姿で『アインズ様執務室』を後にする。

 彼女が最終的にナザリックを飛び出さなかったのは、あくまでもアインズが優位であったから。戦争であり、アイテムを使って一方的に攻撃や体力を回復するのは、別に卑怯でもなんでもないのだ。それに至高の御方から「頼むぞ」と直々に任されたナザリックを勝手に放って出る訳にはいかないのが最大の理由。

 きっちり職務へ復帰した彼女は、直ちにナザリック内へ『休暇』を取得した事を高らかに宣言。

 

「――と、こうして私は6時間ですが〝各地の映像を見る事〟で自身の見分を広める有意義な時間を過ごしたのです。良いですか、『休暇』を取得する行為は、我々のナザリック内の正当なる制度を守る事なのです。分別を弁えて皆取る様に努めなさい。以上です」

 

 美しいアルベドの宣言を、執務室へ自動POPした〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉で見たエトワルは何も語らない――なぜなら、守護者統括様が『アインズ様執務室』奥の御寝室で一体何をご覧になっていたのかは知らないから。

 一般メイドの彼女は以後、アルベドから叱られる事がなかったと聞く……。

 

 この宣言の直後、絶対的支配者がナザリックへ急遽帰還する。

 桜花領域の巫女の一人より緊急通達を受けたアルベドは、直ちに移動位置を把握し、アインズへと会いに行く。

 余りに急であったため、此度アルベドは出迎えが出来なかった。でも、支配者にすれば、『ああ、いつもは偶然なんだな』と思わせる事には成功していたが。

 第三階層で(あるじ)を見つけると、その前へアルベドは跪く。

 

「アインズ様、無事な御帰還、何よりでございます。指輪をここに」

「うむ。少し急ぎの用があってな、いつも助かる」

「いえいえ。……あの、アインズ様」

「なんだ?」

「急ですが――私を護衛に付けて頂けないでしょうか? 心配なのです、ルベドでは不十分なのではと」

「ん?」

 

 急な申し出に支配者は驚く。確かに該当することは結構ある。今日は特にだが……。

 とはいえ、護衛に出れば攻守で鉄壁を誇るルベドに替えが必要とも思えない。

 それに……やはりこの唐突さには理由がありそうに感じた。

 

「急にどうした、アルベド?」

 

 彼女は黒い翼を揺らしつつ、とても心配そうな表情を浮かべ豊かな胸元へ両手を合わせるようにし、清廉な乙女風に可愛く語る。内容も主人の威厳へ失礼のない最小限で。

 

「実は、先程の戦いを〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉で拝見していたのです」

 

 どうやら、長時間に及んだアインズ対竜王のガチ勝負を見ていたのだろう。アインズ自身が傷付き、当然ルベドが離れていた状況も見ている。

 支配者は骸骨顔の眼窩(がんか)の紅い光点が僅かに一瞬小さくなる。

 

「(上手く説明しないと姉妹仲に影響が出るな……)護衛についてはルベドは良く働いている。今日も――あれは私の厳しい指示に因るものだ」

「えっ?」

「竜王を屈服させるには、私自身で力を見せる必要があると考えたのだ。体力の安全マージンは取ってあり、傷を負うのも計算通り。だから、ルベドは私の指示に良く従ってくれたに過ぎない……何か問題があるか?」

 

 ここまで確認しなければ、アルベドは納得しないとアインズは判断して問うた。

 

「いえ……微塵もございません。護衛の件につきましては心配し過ぎていたようです。では――改めて」

「ん、なんだ?」

 

 この時、何となく絶対的支配者は少し嫌な予感がしていた。それは的中する。

 

「――あの竜王の小娘を私に殺させて頂けませんか?」

「(なにぃ?)……」

 

 一難去っていないのに、また一難である。支配者は内心で呪うように叫ぶ。

 

(この俺から、逃げ道を奪ってそんなに楽しいかっ!)

 

 時間も無い上に名案も無く仕方がないので、アインズは破れかぶれの強引な理由を作る。

 

「却下だ、奴は―――()()()()()必要な駒の一つだ。お前にはまだ分からないかも知れないがな」

「えっ」

 

 流石のアルベドも詰まる。

 智謀の主君である絶対的支配者にそう言われてしまうと、反論は現時点では最早不可能。

 最低でも『支配者の考えを否定して』論破する手順が必要なのだ。これは可能でも、アルベドもデミウルゴスも実行をかなり躊躇う一手と言えた。

 でも、アインズは嘘は言っていないと自負する。なぜなら――ルベドが造反する状況に、未来は決して無いはずだから。

 視線を落とし、苦渋の表情で守護者統括は答える。

 

「承知いたしました、アインズ様」

「すまんな。でも、お前の私を心配する気持ちは嬉しく思うぞ」

 

 そう語り、彼女の瑞々しい頬をそっと優しく撫でてあげた。

 

「ではな、用があるので、私は先を急ぐ」

「……は……いぃ……(あぁぁぁあ、アインズ様ぁー)」

 

 絶対的支配者(アインズ)の誇る奇跡の()()が、ここで強烈に炸裂する。

 アインズは難題を治め、自室へ到達し代物を探し出すと、ナザリックから見事に生還した。

 このあと、アルベドの機嫌がやたらに良い事で『休暇』効果とみられ取得も増えたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 私の戦場に妖精が舞い降りた

 

 その騎士は王国軍の大反撃の動きに、怪我の痛みを押して戦場へと帰って来た。

 しかし即時、死地の地獄行きに加わるとは運が無かったのかもしれない。

 彼は今、3人の民兵を率い4人構成の分隊として過酷な南方の王家師団救援へと向け麦畑の中、歩を進めていた――。

 

「王都に残る愛しい妻よ、可愛い娘達よ、私が皆を守る。生きて帰る事を願っていてくれ……」

 

 銀の面頬付き兜(クローズド・ヘルム)を被り長槍を握るポアレ男爵家の雇われ騎士。勇気あるあの男と言えど、少々気弱になるのも仕方なき事だろう。

 

 レエブン候の命で、北側の主戦場各地から南下して来た侯爵旗下1000名と国王派3000名の援軍は、当初から計1000分隊程に別れて広い範囲に散らばり南下した。迎撃を受ける事を前提での遅滞戦的な進軍となる。それも「夜を徹して行軍せよ」との指示で。

 その国王派部隊の中には、ポアレ男爵の率いる兵団も居たのだ。

 男爵は貴族派のスタンレー伯と内通しているが、表面上はエ・ランテル近郊の男爵として単独で国王派の家柄。

 此度の戦争では、度重なる竜兵の攻撃により大きく疲弊したポアレ男爵の兵団は、ペスペア侯爵派の子爵から民兵の助勢を受けていた。そのために指名を断れず派遣されてしまった。

 男爵が騎士を多く揃えていた事も災いしたと言える。王家への援軍には、見栄や体面的にそれなりの戦力を送る必要があり、目に留まり巻き込まれた部分もあったから。

 誰かが貧乏くじを引くしかない。これも貴族社会のルールのようなものと言える。

 

「問題ない。生き残れば良いのだ」

 

 そう語り、渋い表情でポアレ男爵も古株の騎士3名を供にやむなく南方へ進んだ。

 

 やがて予想通り……と思いたくないが、王家軍団1万余の守る地域へまだ10キロ以上距離を残す北側の地で、上空に3頭の(ドラゴン)が現れた。

 時刻は午後7時をとうに過ぎていただろうか。

 いずれも北の主戦場にて強大と思われた十竜長水準の竜達であった。だが、更にその中でも巨体の竜は圧倒的存在感を放つ。その火炎砲は他の2頭を遥かに凌ぎ、途轍もない威力で150メートル以上離れた分隊が幾つも一撃での全滅をみた。

 そこから巨竜を中心に僅か2時間半足らずで、7割以上の分隊が灰と化す。奴は先程まで空中からの攻撃のみだったが、今は地上で虫を踏みつける如く直接人間達をいたぶる感じで攻撃を見せていた。

 いずれにしても一方通行的な殺戮暴力。

 長槍の騎士が引き連れる民兵3名は弓を持つ者が2名と剣を持つ1名。その腕は弓使い、剣使いと言える水準に程遠かった……。難度はどう見ても5から7という凡人の者達。

 難度21の騎士である彼の持つ武器は、右手に握る親父から継ぎし形見の長槍のみ。

 

「妻よ、娘達よ……もうダメかもしれん……」

 

 前の大怪我を負わされた難度75程の竜兵()より、明らかに手強いと分かる。難度で100を遥かに超えているとみる3頭を相手に、どうしろというのか途方に暮れる。彼に出来る事は、悲しいかな民兵らを庇いつつ逃げ回る事だけ……。

 でもそんな中で、一大転機が来る。巨体の竜が、やって来た竜と交代して去って行ったのだ。

 まあ彼の分隊の戦力では、1頭変わったとして、どのみち出来る事に大差はないが。

 

 それどころか巨竜が交代しために――長槍の騎士等の窮地が逆に早く迫った。

 

 なんと、巨竜から代わった竜は真剣に人間共を虱潰しで狩り始めた為だ。

 先の巨竜は最後の辺りで結構、戦闘が怠慢で雑となり多くが見落とされていたのである。交代が完全に裏目に出たかの様な悲しい展開。

 やがて遂に騎士達の分隊も、真面目な竜に見つかってしまった。

 彼は行軍時、連れていた3人の民兵と気さくに話を交わしていたが、やはり昨今の経済的に厳しい農村生活に皆喘ぐ中で、毎年の戦争に続き此度も妻と子供達を村へ残しての出陣と聞いている。

 せめてそんな連中だけでも、この地獄から生かして前へ進ませようと騎士は勇敢に前へ出た。しかし竜兵は、逃げるように迂回しようとした民兵を先に狙い攻撃を定め火炎を吐こうとする。

 長槍の騎士は思わず、その怪物の背に罵倒的な大声を投げつける。

 

「――待てぇい、(ドラゴン)よっ。貴様ぁ、騎士の私が怖いの、かっ!」

 

 だが裏返る声に身体は震え気味。自殺行為とも言える状況に無理もない。

 すると空中で竜の長い首がゆっくりと振り返った。

 

「……家畜(しょくりょう)の分際で()が高イな人間。ヨかろう、そのお前の背丈程の長さの大層な槍デ掛かって来イ」

 

 部隊長の巨竜にはペコペコしていた奴も、矮小なニンゲン相手には偉そうで強気だ。

 態々(わざわざ)、地上へ降りて長槍の騎士の前へ長い首をのばし強面の顔を近付ける。

 騎士は家族を思い、勇気を振り絞る。

 

「妻よ、娘達よっ! 私に力を。うおおーーーーっ」

 

 彼は強く握った長槍を突き出し、竜の顔面へと突撃した。でもやはり。

 

「フーーーーンっ」

 

 強烈な突風が彼の正面から吹いた。単に竜兵の鼻息であるが、瞬間で風速70メートルを超えれば、騎士の彼も立っていられず後方へ派手に飛ばされた。

 

「ハハハっ、さあどうした人間? この私と闘うのだろう?」

 

 最早騎士は、竜兵から完全に遊ばれている感じだ。

 

「くっ」

 

 長槍の柄を地に突き立ち上がる騎士だが、奴の鼻息でさえ凌げない自分に何が出来るのかと一瞬、心に過る。

 

(いや。私の闘いは、無駄ではないっ)

 

 先の民兵3人は既に離れた場所へ向かいつつあった。彼等だけじゃなくその周りの生活の苦しい彼等の家族をもこの瞬間において、騎士は守ったのだ。

 ただ、彼と王都に残す妻と娘達の未来は……。

 

「くっそぉぉーーっ!」

 

 幸せを壊す眼前の(ドラゴン)への怒りが、彼の足を1歩、また1歩前に出させた。

 駆け出し再び強大な竜へと突撃する騎士。

 またも向かって来る愚かな人間へと目掛けて、容赦なく竜の頑強な左前足の爪が高い位置から振り下ろされる。

 攻撃の威力に、周囲が僅かに揺れて(しず)まる。

 

 騎士は――倒れていた。

 

 ただそれは、急に横から押された為に。その彼へと傍から可愛らしくも淡々とした声が掛かる。

 

「――……お前に娘達……居る?」

「えっ?」

 

 顔を上げた長槍の騎士は、質問へでは無く、状況にまず驚いていた。

 何故なら、竜の放った左前足の爪の一撃は、目の前に立つ小柄で長い赤金(ストロベリーブロンド)の髪先が膝裏まで届く少女の前で止まっていた。受け止めたのは魔法盾にも見える。

 金属製の箱か筒のようなモノを抱える彼女は、驚いた事に後姿から貴賓さえ感じられた。

 問いへ答えなった所為か彼女の首が騎士の方を向く。

 左目に眼帯をしていたが、見た事も無いと断言出来る非常に整った顔立ちの美少女。妻は愛していたが……別の意味で彼が心を奪われるのに時間は無用であった。

 

 そう、まるで夜の夢に現れた『妖精』の如く彼には見えていた――。

 




 騎士は(ようや)く問いへ一つ頷く。すると少女は「……了解」と答えた。彼には何が『了解』なのかよく分からない。
 場を支配している者と信じる竜兵は、存在を無視されたやり取りに困惑しつつ小さき者へ問う。

「な、なんだ、お前は?」

 これまで圧倒的な力で人間共を殺害してきた竜兵は少し緊張気味。初めて己の攻撃が通らない相手でもあるから。同時にコイツはどこから現れ、なぜ人間如きが攻撃を防げたのかという点にも疑問が膨らんだ。
 竜の問いかけに、彼女は前を向くと手にしていた長モノを何やら構えた。
 この世界では、殆ど存在しない兵器、『銃』である。

「……私はシズ。……味方(ユリ姉)を攻撃した……これはその『罰』」
「――?!」
「??」

 銃口を向けられた竜兵は知性から、弩を連想し思わず両前足を翳したが、その様子を見た騎士の思考には疑問符のみが浮かぶ。

「……弾丸換装5番……電力充填(チャージ)……〝電 磁 投 射 砲(レールガン)〟」

 契約者の声に『魔銃』がキュゥゥンと甲高く反応する。次の瞬間、シズの銃が上角45度で火を噴く。彼女の握る銃は、火薬ではない魔法をも推進源にする強力な『魔銃』である。その最大攻撃力は、ナーベラルの魔法攻撃力をも更に一段上回り戦闘メイド中最高を誇る。

 最大出力の『魔銃』のドドドドンという重く激しい連射音を残した6発の弾丸は、難度135の竜兵の両前足の甲を貫通し、左の竜眼と頭部へ多数の風穴を空け見事に撃ち抜いていた。
 少女の踏ん張る両足は圧倒的な威力にも動くことなく、傍に居た騎士も耳がツンとした程度。
 程なく、痙攣しつつ竜兵が仰向けに後方へ地響きを立て倒れ込む。
 呆気ない竜兵の死と、少女の武器の放った恐るべき攻撃力を目にし、彼は完全に固まっていた。

「……じゃ」

 シズと名乗った彼女はそう言って颯爽と立ち去ろうとした。
 彼女からの声にハッと長槍の騎士は、そんな『妖精』的少女へと思わず声を掛ける。

「あのっ! ……」

 しかし、どこにお住まいですかと聞くわけにもいかず。
 声を受けて振り返ったシズも続かない言葉に首を傾ける。

「……ん?」
「――っと、シズ殿……でしたな? 命をお助けいただき感謝します。それと……貴殿の御主君のお名前は?」

 道義的にまずは騎士として礼を述べると共に、手掛かりとなる重要な情報を尋ねた。
 それに、彼女は胸を張りながら自慢の(あるじ)の名を答える。

「……アインズ様。アインズ・ウール・ゴウン様」
「アインズ・ウール・ゴウン様」

 長槍の騎士の復唱に満足し頷くと、前を向いて少女は歩いて行くが、数歩進むとその幻想的な姿は忽然と消えた。

「えっ……」

 呆然とした彼だが、1分程で遠く空を飛んでいた残り2頭居た片方の竜兵が撃ち落とされる光景に理解する。

(シズ様。私の戦場に現れた妖精だ。――戦争に生き残ったら私は、きっとあの方へ仕えるぞ!)

 一人の騎士の心に、何か変なスイッチが入った模様……。

 周辺にいた3頭の竜兵と数キロ南方の7頭は、シズの魔銃によって(ことごと)く討ち取られていった。防御面で少し弱い部分を持つ彼女は、不可視化で補佐するナーベラルに〈中位盾壁(ミドル・シールド・ウォール)〉等の防御魔法で鉄壁に護られた。
 シャルティアは、顔が知られても構わないゴウン氏の配下であるシズを前面に立てる事で、ユリを攻撃したこの方面の敵の討伐を見事に完了した。

 尚、シズが騎士に声を掛けたのは、娘達が居ると叫ぶ声を聞いたから。
 最近、絶対的支配者が姉妹を大切にしていると感じた為である。
 しかし……ルベドがシズとこの騎士の状況に勘づくと、娘が複数居る父親を世界中から大量に急募しかねないという、非常にヤバい危険性も孕んでいた……くわばらくわばら。









――P.S. 『漆黒聖典』の帰還

 偽モモン役をパンドラズ・アクターが順調に熟す中、アインズが竜王少女(ゼザリオルグ)に撤退勧告を飲ませたその頃。
 『六色聖典』本部内。

「くぅ~ん。(モモンちゃん、大丈夫なのかなぁ……)あーーぁ、会いたいよう」

 地下に置かれたその厳重警備区画にある広い自室で、白いシーツの敷かれた大きなベッドへと下着姿で寝転がり、枕を抱き締めながら悶々とした気持ちを声に出すのは、『漆黒聖典』第九席次のクレマンティーヌ。
 彼女は二週間程の遠征を終えて、つかの間の休暇を貰っていた。

 城塞都市エ・ランテルの南方約300キロ。スレイン法国のほぼ中央に位置する首都『神都』。
 人類の守り手として、リ・エスティーゼ王国北西部へ侵攻した竜軍団撃退の為、遠征していた国家最高戦力の『漆黒聖典』部隊が『神都』へ帰還して来たのは、丸2日前の日没後の事である。
 リ・エスティーゼ王国の第一王子が戦場の西部最前線後方で襲われ負傷、失踪した時間帯だ。
 最高執行機関の面々が開き、法国内での最高意思決定会合である神官長会議にて〝本国帰還〟が決定され早半月が経過しようとしていた。
 『漆黒聖典』部隊が帰還するまでに届けられた戦果に、プラス要素は皆目見当たらず。希少な至宝と使い手のカイレを失い『隊長』も敗れ去った事に加え、副隊長格だったクアイエッセや随行した『陽光聖典』の精鋭5名も戦死した。

 更に今、その決定事項の〝本国帰還〟に反し部隊指揮をしていた『隊長』の姿さえない――。

 会議の席に座る最高執行機関の者達は皆、憤懣(ふんまん)やるかたない表情を向けていた。『漆黒聖典』部隊責任者の一時代行を任された『巨盾万壁』のセドランへと。
 彼は帰還直後の、午後8時より緊急開催された神官長会議にて報告の場に立っていた……。
 本来、上司の神官長が報告や調書を纏めてのはずが、一介の部隊員が神官長会議で直接発言するのは極めて異例である。身形も普段の物々しい装備服では無く、白い礼装に青い帽子を被る姿。
 夜の間接的な室内の明かりにも神秘的に輝く、最高級ステンドグラスの窓群で飾られた半地下の中央大神殿内最奥に在るこの荘厳な会議堂は、立ち入りを許されている者が非常に限られた神聖なる場なのだ。

「――となった次第です。故に王都支部の資料より、ゴウンなる高位の魔法詠唱者の参戦と反撃の機会を知った〝隊長〟が〝本国帰還〟の指示に対し再参戦を選択したわけであります。一応、本国の決定に異を唱える行動について小隊長の者達で確認しましたが、〝隊長〟は特務権限を行使され我々には本国帰還を命じました。それに従い、私以下〝漆黒聖典〟隊員10名は、帰路650キロを途中エ・ランテル支部へ寄り大よそ7日間で行軍、本日午後7時10分に帰着いたしました。報告は以上であります」

 開催冒頭から、状況説明を簡潔に20分程で彼は話し終える。一応、会議の席に着く者達の手元には、『隊長』により纏められセドランから提出された、ここまでの経緯等を記した報告書も置かれ大まかには目を通している。
 現場の者からの直接報告に場は、数秒間だけ静かであった。

「……ヤツめ〝隊長権限〟を改悪しておるわ。己の死が、どれほど国家に迷惑を掛けるか分かっとらん」

 保守的な闇の神官長マクシミリアン・オレイオ・ラギエが、鼻先付近へ指を当て丸眼鏡を上げつつ最初に口を開いた。
 一方で、元漆黒聖典のレイモン・ザーグ・ローランサンは、『隊長』の行動を支持する。

「此度の人外種勢が起こした災厄に人類の守り手である我々が後手を引き、主体となって動けぬ事が誠に歯がゆい。だからこそ、〝隊長〟の判断は一理ある。彼も同じような敗北を繰り返す程愚かとは思わぬ。きっと好機を探るだろう。少なくとも、ゴウンなる謎の旅の魔法詠唱者の驚くべき力量を直接知る事が出来よう。魔法詠唱者が勝てば良しで友軍として(よしみ)を通じ、もし運無く負けても実力があれば連れ帰るやもしれん」

 その考えへ、元陽光聖典で風の神官長のドミニク・イーレ・パルトゥーシュも賛同する。

「至宝の〝ケイ・セケ・コゥク〟と使い手を失い最早、竜軍団への確かな優位の一つが失われた状況だ。限られた機会を最大限に生かす努力はするべきだと私も考える。〝番外〟は容易に本国から動かせないのだからな」

 以前の会議で出た彼等の『竜王の鱗や体の一部を得て呪いを掛ける』という手は、『隊長』の敗北や竜王へ簡単に近付く事すら出来なかったとの報告により霧散しており、積極交戦派の彼等には明確に有効な手が欲しかったのだ。
 謎の魔法詠唱者の話は、丁度渡りに船。
 二人の考えに僅かに頷く者もいる中で、別の声が上がる。

「それはどうでしょうな」

 ここで軍事機関トップの男、大元帥が疑問を投げかけた。
 彼は近年大元帥位に就き、現在エルフ王国への攻勢を強め、着実な戦果を上げており発言力が高まっている人物。

「ゴウンなる人物、勝てば喜ばしい事。ただ、45名の〝陽光聖典〟部隊を倒したのではという謎の魔法詠唱者が、格の違う竜王に通用するというのは少々都合の良すぎる考えと存ずるが? 確かに死の騎士(デス・ナイト)などを複数使役と、近年に同程度の実力該当者を見ないと評価するのは分かる。だが()の竜王は〝隊長〟を圧倒して破ったのですぞ?」
「む」
「それは……」

 戦争とは、推測で勝てる程甘いものでは無いと。
 これには経験豊富なレイモンとドミニクも反論出来ない。
 戦の大前提として、味方の戦力と敵の戦力を調査し把握した上で、地形や気象、そして戦略戦術で相手を理論的に淘汰する行為であると知っていた。
 噂の魔法詠唱者がどれほど凄いかは知らないが、単体の戦力で戦況が覆る事など、ここ200年でも僅かに数える程の記録が残るだけ。
 それも此度は、法国でも単独で最高戦力水準の〝隊長〟が全力全開の勝負で敗れた事実のあと。覆すのはそれ以上の奇跡のような戦力でしか不可能。

 例えば『絶死絶命』――番外席次のような、大陸最強水準の者だ。

 大元帥は、場を仕切る様に声を少し高めて語る。

「〝隊長〟はやはりここは一旦、国家の決定に従い帰還すべきであったと考える。まあ確かにあの者も無茶はせんとは思うし帰還の後日、その命令違反について詰問会を招集したいが?」
「んー」
「確かに……」

 周りの新たな声に、レイモンとドミニクの考えへ(なび)きかけた者達も難しい顔になった。
 この戦犯を吊るし挙げるかの状況に、紅一点の火の神官長ベレニス・ナグア・サンティニや老いた水の神官長のジネディーヌ・デラン・グェルフィが、『生還を前提』としながら、重要な遠い戦地の状況を詳しく知る意味で『隊長』の存在は大きい部分があると主張。
 最新情報も戦争には不可欠と良く知る大元帥も「まあ……それは確かに」と多少歩み寄りを見せる。今回の『隊長』の独断行動に対して『問いの場』を作るという事で上手く収めた。
 ここで、責任者代行のセドランは会議から退出となった。
 国家の意思決定に、彼等下位の意見は必要なく、また過程に上がる話も知られる事は好ましいわけもない。
 その後会議の本題は、最終的に最高神官長が述べた『竜軍団の進攻をエ・ランテル近郊で迎え撃つ』事を前提にした作戦会議へと移っていった。

 退出したセドランは、礼をしつつ会議堂の重厚な扉を閉め薄暗めの廊下を進む。最奥の神聖区画を出た直後、彼は明るい声を掛けられる。

「〝隊長〟は負けたのに一人で戦地へ居残ってるんだって?」
「はっ」

 良いガタイに強面の彼が恐縮しながら向き直り答える相手は、戦鎌(いくさがま)の柄を肩に当てて壁に寄り掛かる『絶死絶命』の彼女。

「ズルいなぁ。私も(敗北を知るために)外で遊びたいのに。まぁでも、竜王は雌だって話だし残念」
「……(決して遊びでは無いのですが)」

 思考を悟られない様に、視線を天井へ向けていたセドラン。彼は彼女を恐れている。
 それは、普段殆ど全くと言っていいほど交流は無いのだが、2年に一度ぐらい行われるのだ……乱取りの『組み手』が。

「あーあ、面白くないっ。ムカっとしたからぁ――貴方とメンバー全員をちょっと連れてきなさいよ。少し遊んであげる」
「――――っ!!(うおわぁぁぁ、最悪だぁぁぁ。隊長っ、例の魔法詠唱者の資料が有れば大丈夫とかニッコリ言ってた癖にぃ、効果無ぇじゃないですかぁぁぁ!)」

 これは彼等にとり拒否不可な試練的事案。そもそも番外席次の彼女は、土産を頼んだだけで『組み手』について別に約束していなかった……。
 程なく30分後――。
 『六色聖典』本部の地下にある、高天井の広い闘技空間に繋がる通路から、戦鎌(いくさがま)を肩に担いだ『絶死絶命』が、ただ一人退屈そうに出て来た。

「……集まるのに25分も掛かったのに。全然暇つぶしにもならないか、はぁ」

 闘技空間内で、セドランをはじめとしたスレイン法国神官長直轄特殊工作部隊群『六色聖典』の最強部隊である『漆黒聖典』メンバー10名は、番外席次一人から()()()()ボコボコに倒されていた。
 捉えられない相手には、人数を揃えても打つ手無しと言う結果だ。

 彼等は、翌日より休暇という名の数日の療養を余儀なくされる。
 そう、クレマンティーヌも――。

「……イタタっ。……ボケがぁ、あの糞女。ホント、モモンちゃんがいつかブッ殺してくれないかなぁーー」

 下着姿の彼女の瑞々しい肌にも、治療薬でかなり薄くなるも『組み手』でボコられた青い痣が幾つも浮かんで見えた。
 一方、番外席次は自室でかしゃかしゃと面を回転させ飽きる事なく正方形の小箱的の玩具(ルビクキュー)を弄っていた。突出した強者は、別の面でみれば孤独で退屈なのだ。

「本当にコレ中々揃わないなぁ。ムカつく」

 これまでに一度だけ3面まで揃えられたが、4面は不可能じゃないのかと密かに考えている。

「よし、帰ってきたら〝隊長〟も組み手で遊んで、あーげるっと」

 どうやら、王国北部の竜宿営地の中で祈る『隊長』の背筋へ悪寒が走ったのは、偶然ではなかったらしい……。
 法国内にも小さいながら変化が起こり始めようとしていた。





補足)46、47、48話内の時系列 王国総軍VS竜王軍団開戦後+α

◇竜軍団がエ・アセナルを破壊(ナザリック新世界登場から22日目)
     ズラノン第4高弟、アジトごと埋もれる
◇不明
     ズラノン第4高弟、盟主より『混沌の死獄』計画へ誘われる
     祭壇空間を1週間程で確保


◆開戦1日目(ナザリック新世界登場から44日目)
午後11:5? 後方の南西戦線より偶然に勃発

◆2日目
深夜   ズラノン『混沌の死獄』発動に成功(45話)
朝    ナザリック入り口前、シャルティア出陣
午前8時前 アインズ、シャルティアら王都北部へ移動開始
昼前   アインズとルベド、『六腕』と合流
40分程+ アインズ達、昼食休憩
3時間程 アインズ達、ボウロロープ侯爵の陣へ移動
日没後  エドストレームら、侯爵の陣調査
夜中   アインズとルベド、ナザリックへ

◆3日目
夜中   アインズとルベド、ナザリックへ

◆4日目
未明?  王国軍死傷者9万超
     アインズとルベド、ナザリック滞在
午前3:16 アインズとルベド、『六腕』共同野営地へ
??   ボウロロープ侯爵、動員兵力は4万5千人、死傷者は既に約3万7千人
午後   『エンリ将軍閣下の手料理』発覚騒動
日没   ラキュース達、2時間以上出撃時間遅れ中
日没+1.5+ ラキュース達出撃
夜    竜軍団420体超、取り巻く全ての戦場で圧倒
午後10:?? ガガーラン負傷 シャルティア、竜兵4体捕縛
午後10:3? 超火炎砲でボウロロープ侯爵戦死
夜中   ガガーラン、リグリットに会う ガガーラン野営地へ戻らず
     竜王上層部会議、東部戦線で異常疲労
午後10:5? サキュロント、ズラノン妨害工作へ出発
午後11:2? 六腕、生存者始末し野営地帰還
午後11:4? 六腕とアインズ達、侯爵陣傍より撤収
??   王国軍死傷者、総兵力の約半数へ

◆5日目
?    アウラ「テイム完了」
午前2時 続く竜王上層部会議にて、王都強襲の話題
朝    ボウロロープ侯爵戦死伝わる
朝    『クラルグラ』4人処罰
夕刻   竜軍団、王都強襲失敗を悟る
     バルブロの小隊群壊滅し消息不明に
日没後  漆黒聖典部隊、法国首都帰還

◆6日目
夕刻   帝国軍動かず、アインズの反撃を待つ
     王国軍死傷者数15万間近
夕刻   ガガーラン、リグリットを連れ仲間の前へ現れる
     竜軍団へ評議国から使者来訪の先触れ

◆7日目
未明頃  竜軍団監視部隊リグリットらを見失う
未明   アルベリオン討ち死
早朝   竜軍団会議終わる。新規攻撃指示
早朝   王国軍死傷者数16万 死者7万
午前   戦況悪化
??   女王ドラウディロン、ヒガむ
午前11:00 竜軍団、南進攻撃部隊出陣
昼前   王家、国王縁戚貴族部隊接敵
正午前  『ビーストマンの国』で報告会
昼下がり 『イジャニーヤ』配下4名死亡
良い時間 アインズ、『反撃を窺う』体勢へ方針転換
3時間後+ ラキュースとイビルアイ出撃
午後5時前?『蒼の薔薇』敗れる
??   ガゼフ出撃
午後05:4? アインズ、レエブン候の反撃前報告
午後05:5? 王都北方の駐留地へ戻る
午後6時頃 アインズ、竜王軍団へ反撃する 支配者、竜王と対決
午後06:0? ガゼフとユリ、十竜長筆頭から逃げる
午後06:1? 朱の雫、東部外の野戦診療所から出陣
     竜軍団の宿営地へ斥候戻り、竜王を襲った者判明
     ガゼフとユリ、大森林を東側から西へと折り返す
午後06:2? ビルデバルド乱入
午後06:3? 竜王らと海上へ転移 竜王への孔明策開始
     ガゼフとユリ、国王の居る地下指令所へ
午後06:4? レエブン候の下へ『王家軍団へ別動竜部隊が襲撃』の報
     ガゼフとユリ、国王と脱出
     バルブロ生存
日没後  ズラノン、アンデッド部隊投入
午後07:0? 竜軍団宿営地で、斥候から竜王姉妹不明伝わる
     竜軍団宿営地、非常事態で総員動員
     帝国遠征軍、魔法省、近衛部隊行動開始
午後08:1? ガゼフとユリと国王達、大森林東側で休憩
午後08:5? ガゼフとユリと国王達、北東へ移動開始
午後09:0? ガゼフとユリら竜部隊と戦闘
午後09:?? ズラノンアンデッド部隊、戦場後方で増殖中
午後09:40?ガゼフとユリら戦闘 十竜長筆頭現る
午後09:5? ユリ、ガゼフ 十竜長筆頭との激戦終える
     シャルティア達参戦
     レエブン候の使者がバルブロ達を発見し反撃指示
午後10:0? ガガーラン、サンプル狩り
午後10:1? シャルティア達持ち場へ戻る
午後10:2? ガゼフホワイトアウト
午後10:5? 竜軍団宿営地、竜王捜索で成果なし
午後11:00?リグリットら3日前から儀式拠点探索
午後11:0? 竜軍団宿営地北側で帝国軍、竜兵10頭撃墜し参戦
午後11:?? バルブロ達移動開始
     『隊長』、海上のゴウン氏達に気付く
午後11:2? サキュロントの戦い始まる
午後11:3? 竜軍団宿営地、上空に帝国近衛部隊展開
午後11:4? 上空の帝国近衛部隊、竜攻撃後に火計
午後11:5? 帝国近衛騎馬部隊、竜軍団宿営地へ潜入
午前00:0? バルブロ達西部戦線の外縁部へ到達 戦闘
     サキュロント生き残る
     支配者と竜王ら戦いを中断し転移
     バジウッド、百竜長と対戦
     『隊長』、百竜長と対戦
午前00:10?リグリットら儀式位置特定
午前00:1? 『隊長』、山頂より移動開始
     レイナース出陣し、アンデッドと遭遇。
午前00:20?バルブロ達助かる
午前00:2? 帝国近衛部隊後詰め全滅 レイナース逃走
午前00:30?竜軍団宿営地、大混戦
午前00:3? 支配者、竜王と決着
     『隊長』、新神に祈る

◆?日目
??   『クラルグラ』、ナザリック内で収監中




捏造・補足)上空から数頭の竜兵が『なんだアレ?』
見付いた竜兵達の高度が約60メートルで馬上の国王の頭までは2メートル程。
スケール的に例えるなら人が腹這い状態で15メートル程の距離から、触覚を揺らし平らな地面へ這う蟻が見えるかというもの。一般人の肉眼では殆ど見逃すが、人外の優れる竜眼ならば識別は十分可能である。
プールサイドの端に居る蟻が、やたら良く見えるぐらいの差を竜眼は持ってる感じ。



補足)国王が日没前にレエブン侯の下へ脱出した事を聞いたのである。
結局、国王の居た地下指令所へ、『蒼の薔薇』リーダー死亡の第一報は伝令が戦死して届かなかった。



捏造・考察・補足)究極の武技〈連光一閃〉
斬撃数を変える事で一応威力を調整出来る。
ガゼフは指輪未使用でも1発は撃てる。本作でのカルネ村で、瀕死の彼は道ずれにニグンへ放とうとしていた。奴へなら王より与えられた剣で打つ〈四光一閃〉でも天使ごと斬るに十分だとして。
書籍9巻のアインズとの一騎打ちの展開でも『〈六光一閃〉ならゴウン殿を倒せるか』と考えてもおかしくない威力ではと。
ルベドが習得し全力全開で〈十光一閃〉すれば世界すら真っ二つに斬れるかも……南無南無。



捏造・考察・補足)治療薬を1本から半分ずつ与える
本作において、魔法と異なり効果は使用量に割と比例する形。
少量でも、全く使わない自然回復よりかは確実に効果があるとします。

書籍1-228&230より、完成された赤色の下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)は瞬間的にHPを50回復する。
本作の、市販の下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)はバレアレ家の製作物も含めて、薬草及び錬金術溶液ベースのものは常時劣化もあり回復量が少なく、回復時間も遅いものとなっています。
書籍2-056から059より〈保存(プリザベイション)〉まで使用した最高級のものも、即効性はあるが赤色ではないので、回復量はユグドラシル製に比べ劣っていると考えてます。



捏造・考察・補足)〈中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)〉を数回受け、炭化した腕を回復させつつあった
本作では切り落とされた場合、近くにある腕なら消滅して再構成されて元の腕として戻る。これは千切れた腕の断面に多少の隙間があっても傍で密着させていればくっ付くのと同じような感じの効果と現象。裂傷は体力回復時に再生力が上がる事で細胞が増えて塞がる。
炭化した腕は細胞の再生力活性化でジワジワ治る感じ。
切り落とされて遠くにある部位は、欠損した事になるので〈中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)〉を何度何度も掛ければ、裂傷を直す様に細胞が増えて少しづつ再生される。指の欠損ぐらいならLv.20の者でも数度実行すれば元に戻る。但し低位魔法の場合、『早期』という条件が付く。
第6位階魔法〈大治癒(ヒール)〉以上では体力の回復度合いが桁違いのため、低位の者は再生力活性化により瞬間に欠損部も込みで完全回復する。老人の場合は10歳以上若返った感覚になるかもしれない。また『早期』じゃなくてもOK。
42話でフューリス男爵の右腕の接合に『第4位階魔法』とあるのは、夏場の上で泥に塗れ4時間程過ぎていて『傷み』始めていただろうから。

疑問に思ったのは、アニメで蜥蜴人(リザードマン)の切り落とされた腕が一瞬で再生したような表現から。
考えようによっては「じゃあ、腕や足を切り落として〈中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)〉を繰り返せば〝肉〟が増やせるんじゃないか。蜥蜴人(リザードマン)達の食糧難は解決出来たはず(笑)」と。
多分、上記の考え方ならそれなりに辻褄は合うかなと。
また『羊の皮の量産』程度なら剥いだ後に、〈中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)〉を使えば細胞が増えて再生され、何度でも収穫出来そう。



捏造)〈連鎖の不死者創造(クリエイト・チェインニングアンデッド)
オリハルコン級冒険者の死体なら一度に3、4人はアンデッド化出来る。
ただ、百竜長の死骸を捕獲出来ても、中位水準のこの改造魔法ではアンデッド化出来なかった可能性が高い。



捏造)ズーラーノーンの十二高弟達
第4、第8など能力は非常に高いのに、一般的な人間社会から逸脱した連中という感じでの設定。
共通点として『人間は実験材料に過ぎない』。



捏造)弾丸換装5番……電力充填(チャージ)……〝電 磁 投 射 砲(レールガン)
本作で魔銃は、契約者以外は使用出来ない設定。
「弾丸交換」だと次番が選ばれる感じ。

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