オーバーロード ~ナザリックの華達は戦っている~   作:SUIKAN

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注)6000行超で物凄く長いです
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注)一部残虐的な表現や衝撃的場面があります
注)15万字超えにつきP.S.の最後が後書きへはみ出しています
注)モモンの声色と口調については、鈴木悟の素の声口調になっています
補)後書きに49話の時系列あり


STAGE49. 支配者失望する/一ツノ終戦ト栄達、ソシテ(23)

 中火月(なかひつき)(八月)中旬の今日、リ・エスティーゼ王国内において一つの大戦(たいせん)が終わりを告げた。

 

 ――『北西部穀倉地帯の戦い』は結局、甚大な被害を出しながら勝敗の付かない(いくさ)となった。

 

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)の軍団侵攻開始から31日目の事である。

 最終的に竜450頭超と総勢24万余を擁した王国軍との開戦から8日目。

 丸7日と1時間弱――人類側の大反撃が始まって6時間程――で、互いの最大戦力により雌雄をほぼ決し、王国軍、竜王軍団双方の激闘の幕は閉じられた。

 戦場は、直ぐに全域の戦闘終結へと大きく向かい始める。

 完全壊滅した大都市を、ある意味『屈指のレアアイテム』で全面復活させるという、数時間は続く感じの超ド派手な大魔法が続く状況の中で話は進行する。

 竜王と別れたアインズは、まず東部戦線上空で罠を張っているヘカテー・オルゴットへ伝言を繋ぐ。

 

「〈伝言(メッセージ)〉。ヘカテー、聞こえるか?」

『はい、アインズ様。問題なく届いております。何なりと』

「うむ。竜軍団への妨害工作、ご苦労。竜王達との戦いは終わった。竜兵への呪いを全解除し、お前達には今しばらくの待機を命じる」

『はっ、御命令確かに。アインズ様におかれましては、此度の戦場において、終始ハレンチな行為もなく喜ばしい限り』

「そ、そうか。ではな」

 

 どこからか監視されていたのだろうか。絶対的支配者は少しだけ気になったが。

 続いてルベドを伴い、速やかに東部戦線で前進を続ける王国軍総指令官であるレエブン候の本陣へと報告に向かった。

 最高戦力としての実力を持つゴウン氏達だが、竜軍団との戦争の一方は王国軍が中心の戦争なのだ。アインズは王家の客人ながら精々分隊長格。客将ならば発言力もそれなりにあるが、当然ワザと外されている形。

 彼は軍への明確な指揮権を持つわけでは無いので、鼓舞等はいいとしても、停戦について全域へ声を通しても指示が通らない立場と言える。

 なので、レエブン候の本陣を目指した。

 一方のゼザリオルグは、族長並びに軍団長としての立場から威圧と発言力は絶大である。

 少女の姿を解いた威風堂々の巨体である竜王の姿と良く響き通る大声は、竜軍団に留まらず、王国軍、果ては無断入国中の帝国遠征軍に対しても同時に影響を与えた。

 また竜王の動きは早かった。

 竜軍団に限れば、撤退承諾の5時間半後の朝6時には国境線以北までの撤退を完了する程だ。

 それには無論、竜王自ら戦場を回り戦闘停止と撤退指示に当たった。

 

「聞けっ、煉獄の竜の者共よっ。単なる殺戮者共が相手なら俺達は絶対に下がる事はねぇ。過去の殺戮は、殺戮で返すのが当たりめえだからな。だが、()()()()()俺達で破壊した都市を復活出来る程の相手が現れて、状況が大きく変わりやがった! 俺達は一旦本国まで撤退するぞ、急げ! 怪我してる仲間達を見捨てずに、とっとと下がるぞっ」

 

 まだまだ優勢な主戦場側にいる竜兵らにすれば、寝耳に水の通達である。

 だが、大都市廃虚を覆い尽くす程の光の巨大柱などを見れば、想定外の状況から組織的に人間側に因る広範囲への大打撃も十分に考えられ、十竜長格が周辺を纏め速やかに退却の動きを始めた。

 竜王は大都市北方に置く宿営地にも早い段階で現れており、一度は帝国軍の強襲魔法詠唱者(マジック・キャスター)部隊からの数十発に及ぶ一斉魔法攻撃を受けるも「ふん、気は済んだか?」とほぼ無傷で睨みつけ、その圧倒的存在感を大いに示した後に『撤退』を敵味方の双方へ告げた。

 

 それ以外に、激戦中の人間共と竜軍団の竜兵達を停戦・撤退させる手は無かったと言える。

 

 まず下等で脆弱な人間側からの『停戦』や『撤退』などという言葉に、戦場の竜兵達が耳を貸すわけもないのだ。例え、アインズが語ったところで同様。大した効果は見込めない。

 旅の魔法詠唱者が、別格の存在だと竜兵達の多くは全く知らないのだから。

 それは、アーグランド評議国内での人間に対する序列的なものや権力階級をはじめ、竜種としての自負や尊厳にかかわる為でもある。価値観の差は直ぐには埋まらないものだ。

 だからこそ、王であるゼザリオルグの言葉であれば、竜兵達は不満を持ちながらも軍命令であり従わざるを得ない。

 また対峙する損耗率7割弱と疲弊仕切っていた王国軍、密かに動いていた帝国軍も3割以上の損失と実質的に限界状況を超えて闘っていた。なので、更なる余分な禍根を残すだけと言う点でも、追撃の動きは殆ど起こらなかった。

 無断入国で動く帝国遠征軍と皇室兵団(ロイヤル・ガード)は『竜軍団の撤退』という最大の目的を果たした事と、王国軍に捕捉される前に帝国領へ帰還する必要もあり、急ぎ竜達の宿営地周辺から北東にある2家の王国男爵領へと撤収して行った。

 尚、バジウッドは何とか体力を回復させて、ナザミと生き残りの皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)達が待機していた半壊の屋敷に戻ったがレイナースは未帰還である……。

 因みに漆黒聖典の『隊長』は、光の柱の中に浮かぶアインズと居る竜王の姿を見ており、戦争の決着を悟り、竜王が宿営地へ接近してくる前に北西の数日潜んでいた山頂へと退避済。彼は、もう戦後の状況確認へ入っていた。

 

 竜王軍団側はまず竜兵を宿営地へと順次下げてゆく形だが、あとで王国側の代表と最後の交渉の場を持つ事になる。

 勿論、これはアインズが仲介した形だ。

 彼は竜王少女と別れ、都市復活の光景を背景に、東部戦線の戦地内を真っ直ぐジワジワと北上していたレエブン候の本隊を訪れた。ルベドに侯爵個人をマーカー指定させていたので無駄足なし。

 侯爵軍団の中央部付近。進撃中であり、精鋭小隊は少し高めの密度で隊列が点在する形。なので陣幕等は見えず。

 

「レエブン候閣下に至急目通り願いたい。戦争終結に関する重要な要件です」

 

 空より巨躯の魔法使いの言葉を受け、護衛の騎士や兵達に加え、騎士長までもが狼狽えるような緊張感のある雰囲気で、舞い降りたゴウン氏達二人を前に並んでいた。

 彼等は昨日となるが夕刻の王国軍反撃前に、味方のゴウン氏が陣幕内で客人然として閣下と普通に語らうやり取りを見ていた。それでも大いに警戒する空気が漂う。

 圧倒的と知った者を前にし、無意識で怯えた目や態度になるのは仕方の無い事だろう。

 近年にも一応、一人の人間が『戦争の流れを変えた』という話は噂に流れかけた事がある。

 ガゼフ・ストロノーフが帝国との戦争で反攻作戦時に帝国四騎士の2人を討った時だ。この時、王国の劣勢は一気に五分にまで戻ったと言われ、彼の実力が民兵達だけでなく貴族達にまで広く認められる転機となった。同時にそれは、貴族派から睨まれる最大の契機にもなった訳だが……。

 ただ、此度の相手は総数300を超える竜軍団と竜王。比較する相手との戦力が違い過ぎた。

 

 王国側は帝国戦と比べて今、格段に滅亡の危機感と未来への絶望感が存在していたから――。

 

 ところがゴウン氏達は、レエブン候への宣言通りに竜王のいた隊へと反撃を開始。

 最後に、眼前の闇夜に浮かぶ巨大で圧倒的な光の柱の情景を全両軍に見せつけ、竜王との勝負から再びこの場へ生きて……いや見た目は、無傷で戻ってきていた。

 アダマンタイト級冒険者ですらない者が、である。

 正に信じられない。

 この異様な状況を、平常心で迎えられる人間は限りなく少ないと言える。

 

「「おおお……」」

「この方達は……一体……」

「凄い……(が恐ろしい)」

 

 あと、それだけでもない。視線の幾つかは、魔法詠唱者の横に立つルベドへも集まっていく。

 背や耳へ、なんとも神聖な翼状の飾りの付いた美しくも超常の白き鎧と聖剣を持つ姿。また、目や顔を隠す兜のバイザー部を上げた表情にも注目された。

 

「なんたる美しさ……」

「あぁ……神様の使いか……」

 

 周囲の数十名がザワザワしている感じだけで、1分程もそのまま放置された。

 仕方なく再度ゴウン側が催促する始末。

 

「失礼。状況は急ぎます。レエブン候閣下への目通りの取次を」

「おおぉ、そうでしたな。直ちに」

 

 騎士長が動いて、支配者は数分後に、部隊を停止させたレエブン候との対面に漸く臨む。

 ゴウン氏は先ず、王国軍の待ち望んだ決定的な状況を説明する。

 

「こちらの反撃により、竜王から撤退の意志が取れました。既に向こうは、全軍で停戦と宿営地への帰還へ動いているはずです。こちら側も速やかに――」

 

 すると六大貴族の男は、話しの途中ながら満面で喜びを爆発させてゴウン氏の巨体の両肩を同時に大きく叩いて掴む。

 

「――素晴らしいっ! よくやって下さいましたぞ、ゴウン殿っ」

 

 竜王との戦闘や、今もゴウン氏の後方に見えている光の柱の大魔法等、尋ねたい話はいくつもあるが、まず王国軍の総司令官として感謝を述べた。

 これで大事な息子のリーたんが守れるとして。無論、本音は出さないが。

 それに対し、ゴウン氏は淡々と語る。

 

「約束ですので最善を尽くしました。なのでこちら側も直ぐに、全軍への指示を」

 

 何を指示するかについて、アインズは語らず。

 侯爵は強く頷くと口を開いた。

 

「――伝令の者達よっ。即刻、総指令の最優先命令として、これより告げる」

「「ははっ」」

 

 レエブン候の言葉に、傍の騎士姿の者が数名膝を折る。

 

「急ぎ全軍へ即時停戦と、陣形維持し今の速度での300メートル後退を告げよ。それと、直ちに全軍へ向けた停戦の信号弾の用意を。準備出来次第で撃て! 王都冒険者組合側へは通達してあるはずだが、一応各方面師団の小隊指揮官以上には、見掛けた冒険者達へも通達するように告げよ。停戦により、竜兵を余計に挑発するなとな」

「「はっ、直ちに」」

()けっ!」

 

 レエブン候の言葉で弾かれるように、10名程の伝令がこの場を駆け出してゆく。

 ここで、一息の時間が少し出来るかに思われたが、一人の伝令の騎士が慌てた風で飛び込んで来た。

 

「閣下、お知らせします!」

「どうした?」

「はっ。部隊最後方にて――アンデッドの()()が出現したとの事。現在、既に戦闘中であります」

「なんだと。規模は?」

「――! (うわ。竜の死体は概ね回収しているはずだけど、抜けがあったのかな)」

 

 レエブン候の表情は「どういう事だ?」という疑念に満ちた表情を浮かべて伝令へ問うた。

 傍に立つゴウン氏は、仮面内で『全体が上手くいっていた流れなのに』という不快な感じで左下へ視線を落としていた。

 ただその感情は、決して配下のNPC達に向けたものではない。

 当然だろう。余計な事を始めたのは間違いなく『ズーラーノーン』の連中のはずである。

 総司令官の問いへ伝令の騎士が答える。

 

「我が軍団後方で確認した数は、およそ400でございます」

「400? ……難度の低い動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)程度なら問題無かろう?」

「いえ、それが――死んだ兵士や冒険者が大量にアンデッド化して強くなり戦力が膨れ上がっている模様。また、死んだ者が10分程度で、アンデッド化し短時間で数が倍増する勢いです」

「なにぃ!?」

 

 レエブン候が驚きと対処に苦悶する形で声を上げる横で、仮面内のゴウン氏も少しだけ同じ気持ちを共有していた。

 

(なにぃ!? ズーラーノーンの計画って竜の死体を使うんじゃなかったのかよ? いや……手に入らなかったから、まず戦場にある人間の死体の利用や大軍の兵達と冒険者へ標的を切り替えたのかっ)

 

 御方は呆れつつも、敵の基本戦略転換には納得出来た。

 そうして思う。

 

(元が竜だと20体ぐらいまでだろうけど、人だと数が多いだろうし対処は面倒臭いなぁ)

 

 纏まって居れば殲滅は難しくないが、恐らく相当数が全域へ分散してるはず。

 折角、竜王との戦いにおいて目撃者の少ない状況へ出来たと言うのに、彼は王国軍の見ている中で上位魔法の使用を避けたかった。

 即ち彼としては、王国軍の敵わない竜軍団との戦いは片付けたから、何とか出来そうなアンデッド勢ぐらいは自力で対処して欲しいという考え。

 ふと、支配者は放置気味だったサキュロント達の事を思い出す。

 連中には元々、秘密結社側の序盤戦における少数だろう竜のアンデッドの間引き的行動しか期待していなかった。

 

(あー、死の騎士(デス・ナイト)達は王国軍師団に捕捉されるとマズイかもしれないな。ズーラーノーン側のアンデッドと纏めて倒す標的に認識されたら面倒か)

 

 なので、レエブン候が小さく唸りつつ対応策を思案する横で、絶対的支配者も王国北西部に居る死の騎士(デス・ナイト)だけを認識し対処する。

 〈中位アンデッド作成〉で生み出したアンデッドはこれまでにもう500体以上あるが、地域を絞れば個体単位でまだ認識は可能だ。

 ここで1体足らないことに初めて気づく。

 

(ん? 既に戦闘になったのかな。単体に倒されたのか複数に倒されたのか、少し気になるな)

 

 そう考えながら思念を飛ばして1体へ命じる。

 

(――死の騎士(デス・ナイト)達よ、東部戦域外で同行のサキュロントと別れ南へ向かい、王都北方50キロ……その辺りを、人目に付かず目指せ。朝までに、シャルティア達で回収させる。目安としては穀倉地帯の中央に大森林があるが、その南東の端から南へ約25キロだ)

(――オオォォァ……)

 

 死の騎士(デス・ナイト)から受諾の意思が伝わって来た。問題なく通じたようだ。

 サキュロントには一応、ゼロら『六腕』のメンバーがリ・ボウロロール傍で終戦まで徘徊潜伏している件を告げている。何とか合流するだろう。一人で放り出されて困惑すると思うが、死の騎士(デス・ナイト)達を撤収させた理由である『王国軍に攻撃される危険性』についてを後で語ればいいはずだ。

 先の疑問も死の騎士(デス・ナイト)へ確認してみる。

 

(――死の騎士(デス・ナイト)よ、1体いないが倒されたのか?)

(――オオァオ、オォォァ……)

(――そうかそうか。身形(みなり)は冒険者風だったか。では、相手は単独か複数か?)

(――オァァ……)

(――ふむ。やはり複数に倒されたのだな)

(――オォォ、オオオォォォァ! オオォァァァオ……)

(――そうだったか。残念だ。いつか討てるといいな。ではな)

 

 思念でシモベ側の何を考えているのか完璧には掴めないが、ある程度は伝わって来る。

 最後のは「ムカついたので、相手の半分はぶっ殺しました! でも仇には逃げられました……」そんな感じだ。

 Lv.35の死の騎士(デス・ナイト)を1対1で倒すアンデッドが居れば、王国軍だけでなく冒険者達でさえ相当厳しい相手となるだろう。

 だが、今のところは杞憂のようである。

 これでゴウン氏側での直近の用件は、レエブン候の陣を辞した後でシャルティアへの死の騎士(デス・ナイト)達の回収連絡と、ユリの状況確認。そしてマーレと偽モモンの現状確認ぐらいである。

 反撃前に、王都北方の駐留地でシャルティア達へ「反撃完了を伝えるまでは連絡無用」と告げていた。それもあって、ガゼフを護衛させているユリについてフォローさせていた形。

 なので、『竜兵にユリが殺され掛けた』という話を絶対的支配者はまだ知らない。

 この場では〈伝言(メッセージ)〉を使いにくいので、ゴウン氏はレエブン候の次の指示について少し考えていた。

 

(俺と国王達の公約は〝今回の戦争に手を貸せ〟というものだったはず。戦争が終わったかはまだ微妙だしなぁ……。それに、レエブン候がこのアンデッド勢を〝どこの手の者〟と判断するかな。竜軍団による騙し討ちとか判断しないとは思うけど)

 

 戦争は終わった風に告げた手前、ゴウン氏も侯爵に「まだ終わってないのでは?」と突っ込まれる可能性が残り、スッキリしない時間が1分程、場を流れる。

 両眼を閉じて考えていたレエブン候は、瞼を重そうに持ち上げながら目を開き呟く。

 

「これは……一体全体どこの勢力からの攻撃か?」

 

 戦争が終わった、終わり掛けた王国軍の弱り切っている状況で仕掛けてきた戦いとも取れる。

 しかし、それは残存戦力豊富なまま停戦に移った竜軍団が実行する意味はまずないだろう。

 残っているのは、近年戦争を続けているバハルス帝国か戦士長を討とうと擬装戦力や極秘部隊を送り込んで来たスレイン法国。しかし、人類圏の危機と言える状況で、戦争がまだ終わっていないだろうこの契機に仕掛けて来るとは考えにくい。

 王国が滅びれば、次は帝国か法国も危なくなるのは考えるまでも無い話なのだから。

 それだけに、レエブン候には理解と判断が直ぐつかない。

 大局が見えないので今は戦略を取りづらい状況であった。

 

「アンデッドの部隊だと……」

 

 そう言いつつ、侯爵は一瞬だがゴウン氏の方を見た。なぜなら、ついひと月半程前にゴウン氏はカルネ村で3体の死の騎士(デス・ナイト)を使役して法国からの擬装騎士団を殲滅したと聞いているからだ。

 でもたった今、公約通りに大敵の竜軍団を退けた眼前のかなり信用出来る人物が、実行する意味も全然無いと思える。

 ふと視線を地面へ落としたレエブン候の動きが止まった。

 アンデッドが1名居る『六腕』を擁する大規模地下犯罪組織『八本指』も一瞬浮かんだが、彼等も各地の都市が壊滅すれば大打撃になる。利に聡い者達だからこそ、最後は何も残らないと知るはず。

 現状での人類軍への攻撃は、正に狂った者達の所業。そして国の戦力を相手に、アンデッドを大量動員出来るのは相当の組織力が必要に思えた。

 それに全て当てはまる侯爵の記憶にある勢力は――ただ一つ。

 

「まさか……()の秘密結社か? ……そうなのか。〝ズーラーノーン〟なのか?」

「……(凄いな、気付くんだ。流石は総司令官を務める程の才を持っているなぁ)」

 

 ゴウン氏は内心で感心する。

 大量の死を撒き散らす集団。その理念に、人類圏も国家も富も名誉もない。

 あるのはただ、己達の破滅的な欲望を探求するという狂った心理のみ――。

 敵の姿をそれなりの確信で捉えたレエブン候は、直ちに反撃の指示を飛ばす。

 

「続けて、緊急指令を伝える」

「「はっ」」

 

 『ズーラーノーン』は20年ほど前に大量のアンデッドを増殖発生させ『死の螺旋』で都市を滅ぼしている。故に最大の有効策はアンデッド勢の早期殲滅だろう。

 全軍でまだ10万程と冒険者も1700名は動いている王国総軍。数ではまだかなり優勢と思われる。ただし、戦場内で部隊は分散展開している為、速やかな戦略と戦術の転換が必要であった。

 

「直ちに各方面の大貴族指揮官達へ伝えい! 竜王軍団との停戦は維持しつつ、今から敵を()()()()迫って来るアンデッド共へ絞って戦うように。全軍で各部隊を集結させ、アンデッドの部隊を発見次第即時殲滅せよ。火計を中心で組織的に包囲し圧倒するのだっ。尚、戦死、重傷の兵は躊躇わず首を落とす様に。これは総指令の厳命として伝えよ。近隣の冒険者達への協力も合わせてな。急げ」

「「ははっ」」

 

 先程と同数の伝令騎士が去っていく。

 総司令官として目の前の強力な戦力のゴウン氏に助力を求めれば、という考えも当然ある。

 しかし――これ以上この御仁を目立たせては、戦後の王国内のパワーバランスがどうなるのかという大きい不安を拭えずにいた。

 

(この目の前に広がる、巨大な光の柱は初め何なのだと思っていたが……殆ど崩れ果てていた都市の分厚く高かった外周壁がかなりの規模でもう修復されている……これはまさか……都市復元の超魔法なのか?)

 

 記憶の限り歴史書も含めて、これほどの規模では聞いたことが無い。

 瓦礫で埋め尽くされた数キロ四方の大都市が完全復元される……それは壊すよりも、時間や資材や資金に労働力を考えれば圧倒的に難しいはずの事象。可能にするそれは、正に夢か幻でだけ。

 そう思っていた。

 

 もし完全復元した場合――莫大となる敷地や建物の所有権や利権は一体どうなるのか。

 

 この時点で侯爵は、まだ都市の実に37万を超える人的面の復活には気付かず……。

 利権について、王家が王城会議の場で一旦、竜軍団占領により事実上周辺丸ごと放棄しているというのもある。

 また王国内の実力者の筆頭でもあった、六大貴族のボウロロープ侯爵がこの戦争で去ってしまっている。猛烈に対抗出来る勢力は弱まっていると言える。

 

(……ゴウン氏については、よくよく考える必要がある)

 

 今後を見据えれば、国内のみならず周辺国に対してさえ彼の存在は非常に大きくなるだろう。当然ながら王国として最早、決して彼を無下には扱えない。

 貧相な辺境地の自治領の話は兎も角、既に多くの金貨譲渡と第二王女を娶ると言う話が決定的でもある。

 重ねた異常な功績を考えれば、一介の旅の魔法詠唱者が改めて『侯爵』として、復活した大都市エ・アセナルを治め、いきなり王派の一角に入る可能性をレエブン候は考えてしまっていた……。

 

(親王派に圧倒的な戦力が加われば、王国の未来の安定に繋がる事は間違いない)

 

 愛しい息子のリーたんの安らかな将来を考えれば、ゴウン氏と第二王女との間に生まれた娘を嫁に貰って縁者となるのはどうかとまで考えてもみる。

 そんな未来の思考の中であったが、まだここは戦場であるという現実に引き戻される。

 未だ国王と第一王子の安否すら不明ときている。もっと状況が不安定になる可能性を孕むのだ。

 

(まだ、周辺が余りに流動的過ぎるか。判断をする段階には遠い)

 

 レエブン候は、冷静に今を考えて口を開いた。

 

「……コホン。ゴウン殿」

「はい、なんでしょうか」

「竜王軍団の撤退に当たり、王国側として竜王へ確認したい事が少しあり、一度だけ会見出来ないだろうか? 会見の時間については、竜王側へ合わせますので」

 

 『ズーラーノーン』勢と思われるアンデッド部隊も十分気になるが、王国としては竜軍団の方が十倍以上脅威であり、まずそちらを処理するのが冷静な判断と言えた。

 レエブン候の言葉に正直、ゴウン氏は何を聞きたいのか気になった。しかし、国家の事に関して一介の者が尋ねるのも変に思えた。

 

「……分かりました。向こうが乗るか分かりませんが、上手く提案してみましょう」

「よろしく頼みます、ゴウン殿」

 

 侯爵としては一瞬、ゴウン氏に数名居ると聞き及ぶ美女の配下が、この場に1名なのが気になった。他は別動中なのだろうか。まあ今後、彼の及ぼす影響力を考えれば戦力減も期待するが。

 特に今確認する事をレエブン候はしなかった。

 

「では、早速行ってきます」

 

 ゴウン氏はそう告げると、顔のバイザーをここでは下ろして脇に控えていた天使の如き護衛騎士を連れて、レエブン候の本陣を一旦立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 灰が酷い地上を避け、アインズとルベドは既に〈飛行(フライ)〉で上空にいた。

 某天使はここで臨戦状態を解き、兜や翼の鎧部分と聖剣を装備収納へと仕舞う。

 そんな姿を眺めつつ、御方はてっきりレエブン候から『ズーラーノーン』戦への協力を告げられるかと思っていたが、それがなかった事で逆に考えを巡らす。

 

(あれ……? 本当に大丈夫なのかな。脅威差で竜王達を優先するのは分かるけど。ここで王国軍が各所で打ち破られて、アンデッド勢が周辺に溢れたら折角の停戦と両軍退却の話がグダグダになりそうなんだけど。こっそり手伝うか……まあちょっと様子を見よう)

 

 侯爵からのアポイントメント依頼は、急ぎでは無い。竜王は今頃戦地を飛び回っているはずであるから、それが落ち着いてからで問題ないはずだ。

 

「さて。まず、シャルティアへ連絡してみるか」

 

 ルベドは、コクコクと頷く。ただそれは、主人の言に同意してのものかは不明だ。

 護衛として御方の周辺を警戒しつつも、既に忍者三姉妹の行動へと〈千里眼(クレアボヤンス)〉を飛ばす。彼女は先程のレエブン候の陣でも、周辺警戒をしながら、当然の如く片手間で保護対象の姉妹達の深夜の寝姿を順次堪能していた……。

 

「〈伝言(メッセージ)〉――聞こえるか、シャルティア」

『はい、我が君~』

 

 真祖の姫のとても嬉しそうな声が思考に流れる。

 

『何かお手伝いする事態でありんしょうか? 直ちにそちらへ伺いますが』

「いや、大丈夫だ。竜王達とはもう上手く話が付いた」

『流石はアインズ様っ!』

 

 シャルティアの褒める声は一際嬉しそうである。

 その声を聞き当然、絶対的支配者も悪い気はしない。だから、さり気なく配下達を褒めてやる。

 

「うむ。だがこれも、お前達が各所でしっかりと働いてくれたからだと思っているぞ」

『ああ~~我が君~』

 

 見れば目の前でルベドがコクコクとしてる事に、絶対的支配者は少し納得いかないが……。

 

(竜王へ速攻でダメージを与えて、負けを認めさせるとルベドに宣言したのは確かに俺だけど、竜王や妹の不意打ちだった体当たりの初撃を護衛としてなぜ防がなかったのかは、後で問い質す必要があるなぁ)

 

 とりあえず、それは置いておきシャルティアへと伝える。

 

「実はな、先日私が生み出した死の騎士(デス・ナイト)9体を現在、南へと移動させている。存在すれば無用な憶測を呼ぶだろうから、それを回収せよ。急ぐ要件とは異なるから、今日の朝までで良い。その頃には近くに隠れているはずだ。ソリュシャンかシズに見つけて貰え」

『了解しました。他には何か』

「うむ。ユリの方は変わりないか?」

 

 この何気ない御方の質問に対し、シャルティアの雰囲気は激変した。

 

『アインズ様…………実はそのユリですが、3時間程前――』

 

 ソリュシャンがユリの反応を2つ捉えた状況から、首の離れたユリ救出と40頭程の竜部隊殲滅劇を聞く。後半は、ユリから聞いたという戦士長の護衛任務中に、竜長に敗れて死に掛けた話を6分程で一通り聞いたアインズ。

 二周ほど怒りの精神抑制が掛かっていた。

 

「……ユリを手に掛けた竜と、ソイツの率いていた周辺の竜部隊は全て殺し終わったのだな?」

『はい』

「――分かった。ユリの救出ご苦労である。よくやった」

『はい。ところで、アインズ様。残った竜の軍団の殲滅は宜しいので?』

 

 両者とも淡々としているが、非常に緊張したやり取りとなっている。

 シャルティアは既に臨戦態勢である。「やれ」と一言頂ければと。

 絶対的支配者には竜王らへと以前から少し考えていた事があったけれど、方針はこの時点で転換された。

 

「……竜王に軍団の撤退を約束させたのは私だ。ここで反故には出来ぬ。回収した100体程の竜の躯について今後、竜王と前向きな取引するつもりだった。だが、それをやめる事にする。復活を条件として、定期的に一定量の竜の皮を貰うつもりでいたんだがな。竜の躯については、全てナザリックで有効利用するとしよう。……竜王へは別の提案をするつもりだ」

『はい、アインズ様。連中には相応しい待遇でしょう』

 

 絶対的な支配者の意見にシャルティアも賛同した。

 

「では、死の騎士(デス・ナイト)の回収と、ユリの件は引き続き頼む」

『お任せください、我が君』

 

 通信を切ったアインズは、当初この後直ぐにマーレへ繋ぐつもりでいた。

 しかし彼は、ユリが自分の気付かぬ間に危機を迎えていた事に少なからずショックを受ける。

 

(――クソ、クソっ。なんて事だよ。でも……これは俺の責任だな。それと、この者にも()()()きちんと伝えておかねばならない)

 

 絶対的支配者は空中でルベドの方へと向き直った。先程浮かんだ護衛時の不満は、既に小さい話になってしまっていた。

 シャルティアとの会話の後半で漏れた「おのれぇ」という怒りの言葉と、張り詰めたような「別の提案」と語った厳しい主人の雰囲気に天使も『何かが起こった』と気付く。

 

「ルベドよ」

「はい、アインズ様」

「シャルティアからの報告で、3時間ほど前か、任務中にユリが死に掛けたそうだ」

 

「えっ?」

 

 ルベドにとり、勿論ユリもプレアデスの長女として保護すべき対象である。

 その者が死に掛けたと聞き、流石にビクリとした。そして、当たり前のように怒気を上げる。

 

「――誰が!? 敵は?」

「ユリと闘ったのは部隊長の竜で竜長の中でも相当強かったみたいだ。どうやったのか……孤立した中で王国戦士長が1対1で見事に倒したらしい」

「えっ? あの人間が……」

「ああ。正直、聞いた私も驚いている。武技を発動しても戦士長の水準では、普通に無理だと思うんだがな。一時的なパワーアップアイテムでもあったのか……それはまあいい。重要なのはな、連中の部隊が北から40頭程で進撃して来たらしい。そして、それを命じたのが――間違いなく竜王自身と言う事だ」

「――っ!」

 

 流石のルベドも絶句した。偶然の1対1の遭遇戦ではなかったのだ。

 そうして事の重大さを理解し、彼女は静かにゆっくりと俯いていく。

 

「これは、私が甘かったと言う事だろう。ユリへの配慮も足りなかった。全て私の責任だ。

 以前、王都内の私の屋敷が攻撃された場合の例をあげたが、やはり矛盾が起こる可能性があったのだ。それはいつか、本来守るべき者らを死なせる事に繋がってしまうかもしれない。

 だから――お前もナザリックの敵に成った者には今後、如何なる理由でも容赦するな。私が敵対者には厳しいと知りおけ。いいな、ルベドよ」

「……………………はぃ」

 

 最強のルベドがしょげて小さく言葉を返して来た。

 でも、やはり少し可哀想になったアインズは、ルベドに告げてやる。

 

「……お前との約束や竜王との交渉など幾つかの宣言(アルベドにも言っちゃってるし……)に加え、竜軍団に限れば撤退が決まった後は竜王自身が動いて終戦進行が速やかな部分もあるしな。今回は特例だぞ。私は後でユリを見舞おうと思うが、一緒にくるか?」

「――っ!」

 

 コクコクコクとルベドは反応した。

 素直さを感じた支配者は、一応、戦闘時の疑問もついでに尋ねてみる。

 

「ところで……私と竜王との戦闘中の話だ。竜王と妹の竜からの不意打ち的な攻撃時に、お前が動かなかったのは何故だ?」

 

 アインズとしては、どうも納得がいかない部分である。

 それ以外は、自分の宣言が関係していると思えるが、ルベド本来の護衛の任務から外れるのではと。

 ――一種の不安である。

 それに対し、ルベドは当たり前のように答える。

 

「それは――あの時の、それぞれの攻撃に限っては、アインズ様の魔法防御でダメージゼロだと分かっていたから。でも、初撃以外で妹の竜のビルデバルドまで闘いに入ると、アインズ様でも厳しいと判断した。だからその後、妹の竜は引き離した。竜王との1対1では、アインズ様が勝つと分かっていたから」

「……そうか」

 

 彼女の判断はやはり特殊なようだ。護衛としてはかなりおかしいが、安全面はしっかり考え配慮している様子。適当な対応とは違う感じに思えた。

 まあ確かに、彼女は緊張感がある関係を好むようなので、支配者にも常に油断せず警戒していて欲しいという考えの延長線上的行動なのかもしれない。

 それに――あのたっちさんに勝つには、相当先の動きまで多分岐して読めなければ難しい。

 

(俺や敵の動きと実力を正確に読み切っていたということか)

 

 その彼女の自信ある考えの結果が、怠慢やワザとにも見えた敵攻撃スルーの真実の様だ。

 

 

 つまり、ルべドは主人のアインズを強さの面も含めて信頼している――という事だろう。

 

 

 逆に言えば、信頼に足る行動をいつも求めているとも言える。

 

(……そういう考えの者が多いのは当然かな)

 

 彼自身がそうだから納得出来る。

 ルベドの今の真意が概ね分かり、絶対的支配者はひと安心した。

 竜王の妹は、昨夕の戦いで強大なパワーを垣間見せたがまだ魔法の面で底を見たわけでは無い。全力のシャルティアで、どうにか倒せるかもしれないが、1対1のマーレやコキュートス、セバスでは厳しい相手の可能性が高い。

 こういった圧倒的にイレギュラーな相手が登場した時こそ、ナザリックにとり武技を習得した事で完全に規格外となったルベドの存在は非常に大きい。

 実際に、あのビルデバルドは戦闘への介入を躊躇していたほど。全く底が掴めなかったルベドの全力を恐れたからと考える。

 この天使には、ずっと良い子でいて欲しい。

 

「ルベドよ」

「……?」

「今後とも、護衛は任せるぞ。しっかりな」

 

 ルベドは承諾を口には出さず、静かにアインズへとそっと優しく抱き付く。それは……サバ折りじゃなかった。

 

「さて、マーレに繋いでみるか。戦場内の現状確認やアンデッド勢への対処も気になる」

 

 ルベドはアインズへ抱き付いたまま、顔を上げコクコクと頷く。

 一方で、遠視での姉妹寝姿探訪も再開していた。まあ彼女のマイペース振りは変わらない。

 現在、レエブン候の陣を出て20分近くが経過している、午前1時15分過ぎ。

 支配者はマーレへと〈伝言(メッセージ)〉を繋ぐ。最前線組なので一応、毎日数回は確認をしている。

 

「マーレ、聞こえるか? 私だ」

『……ド、竜王(ドラゴンロード)の停戦と撤退の呼び掛けに、竜達が周囲からあらかた飛び去っちゃいましたね……僕達はどうしましょう』

 

 どうやら、竜王はもう東南方面の戦線へ現れたらしい。

 冒険者組合長達が近くにいるようで、マーベロとして彼女は当たり障りのない内容を呟いてくれていた。

 また、王国軍へ知らせる停戦の信号弾は、この時点でまだ打ち上げられていない。恐らくレエブン候は、今の段階で戦場全体の緊張や即応解除を躊躇ったと思われる。

 

『え? 僕達も一旦、東南方向の外へ移動ですか?』

 

 部隊長のアインザックは竜王軍団側の動きに合わせるのが懸命と判断した様子。

 大局では正解だが、やはりアインズとしては微妙な判断に思えた。なので伝える。

 

「マーレよ。私は30分程前、竜王の全面撤退了承の話を王国軍総司令官のレエブン候へ伝え、侯爵の陣を離れた。その去り際に、侯爵の軍団後方から数百体のアンデッドの部隊が襲って来たとの伝令が来た。敵はクレマンティーヌの話から〝ズーラーノーン〟の連中だろう。どうやら戦場後方から攻撃を始めた感じか。間もなくそちらにも個別で協力要請が来るはずだ。冒険者達には油断させるな」

『……あ、あの、アインザックさん。下がる時も、従来通りの即応体制は維持しましょう』

 

 マーベロは、アインズからの情報を即時解釈し、アンデッド勢と遭遇しても対応できる形をさり気なく提案する。英雄モモン率いるチーム『漆黒』の天才魔法詠唱者からの言葉は、この頃には周辺へかなりの発言力を有していた。

 

『ありがとうございます。あぁ、そ、そんな……』

 

 どうやら、進言が認められた模様だ。更に周囲から「そうだな、ここはまだ戦場だ。皆、気を引き締めよう。しかし、モモン君同様で、もう完全にベテランの域だ」「本当に。この若さで第4位階魔法を幾つか習得して尚、この落ち着きと判断は凄い」と誉め立てられている空気も伝わって来た。

 

(相変わらず、パンドラズ・アクターと共に周りと上手くやっているようだなぁ)

 

 何も心配する感なく御方は伝える。

 

「ふむ。マーレ達は良くやってくれている。いい感じだな。引き続き頼むぞ」

『(は、はい)』

 

 こうして、偽モモン達の所は問題無く確認を終わる。この時は。

 この後、どうするか。

 無論、単独護衛を続けるユリの方も気になったが、横に戦士長が居る話と、シャルティア側も頻度を上げてソリュシャンと共にユリの安否確認をしていると聞いた。今の時点だとアインズ達との再会は唐突であり、辻褄が難しくなる。赴くのは時間を置くべきに思えた。

 なのでここは『蒼の薔薇』に付けていたハンゾウへ連絡。「王国戦士長と居るユリ・アルファの護衛に復帰せよ」と指示しておいた。

 こうなると、単独ではないが遠くの地で戦闘活動をしているセバスとルプスレギナ達の方も、より気を配る必要があるのではと支配者の思考へ僅かに(よぎ)る。

 

(真夜中でビーストマン達の動きも活発な時間か。でもセバスが居るし心配し過ぎかな。過保護なのもいい傾向じゃないし。直接連絡で聞いた話でも直近の問題として、大量の援軍が一度に来るという状況を、裏方としてどう(さば)くかぐらいだからなぁ)

 

 考えた末、セバス達については、現状維持で見送った。

 

 さて、竜王軍団の撤収進行に比べて先のマーベロ達の周辺状況から、王国側は戦域の広さや10万越えの規模もあり、兵や冒険者への連絡が遅いように思われた。

 

(はぁ。アンデッド部隊への対応が遅れれば、どんどん倍々ゲームになる感じだよなぁ……)

 

 元冒険者のアンデッドなら、数体でデス・ナイトを倒せる者も居ると言う話。

 一般の民兵らが、今の『ズーラーノーン』の特殊な儀式下で死んでアンデッド兵に変わった時、どれぐらいパワーアップするのかを知っておいた方が良い気がした。

 実際に早速確認する。

 

「ルベドよ。周辺でアンデッド化する前と後ではどれぐらい変わっている?」

「……Lv.1だった人間なら、Lv.2になる者はまず居ない。小隊長っぽいLv.5から10の者だと、3上がった者もちらほらに居るので良くて上昇幅は3割ぐらい?」

「ふむ、元がLv.40なら50前後になるのか……」

 

 確かに竜の死体に使われ、数が集まればかなりの脅威だったろう。

 冒険者達だとLv.15の者なら3か4UPする。階級が従来よりほぼ1つ分上がりそうだ。

 

(アダマンタイト級で死んだ者はまだ居ないが、オリハルコン級やミスリル級の者達は10人単位で居るんじゃ――)

 

 そう考えると、嫌な予感も浮かぶ。

 腕組みをする主人へ、珍しくルベドが声を掛けて来た。

 

「アインズ様。冒険者で死んだ者が結構いるかも。アンデッドでLv.10を超える者達は現在、広域で250に近い」

「……アンデッド反応の総数は?」

「約5100」

「因みに、一番レベルの高い個体は?」

「Lv.32。だけど、武技を使っているのかLv.40相当の反応の個体も居る」

「ほう……(複数で死の騎士(デス・ナイト)(ほふ)ったのはその辺りかな)」

 

 Lv.30程あれば、死の騎士(デス・ナイト)と結構戦えるはずだ。

 それよりも、天使からはマズイ話が語られる。

 

「復活中の大都市内に、そういったアンデッド達が結構固まってるみたいで」

「なんだと? チッ……アンデッドへ種族が変わってるから生き返らず……か」

「どうする?」

「クソッ(折角復元して、死者も復活させようとしてるのになぁ)……仕方がない。10分程で都市内の邪魔者は全部片付けるぞ」

「分かった」

 

 アインズ達は手早く空中で()()すると、復活しつつある大都市エ・アセナル内へとルベドの〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で緊急出動する。

 幸いなことに、頑丈な都市周囲の外周壁からほぼ復元されつつあり、内部も建物がまず優先される形で順次進んでいた。大量の死体については最後に修復・蘇生されるようで、まだ都市住民は戻っていない状態。

 なので知能の低いアンデッド達の都市内への再侵入は、かなり制限されそうで好都合。

 支配者達が現れた場所は、エ・アセナル内北東地域に建つ立派な神殿の近く。

 結構な広範囲を遠視でカバーしている某天使だが、ワンクッションぐらいは掛かってしまう。

 

「あの大きな建物の中に、一番レベルの高い個体が居る」

「そうか」

 

 建物は視認出来たので、アインズも移動潜入が直接可能となった。

 この時、地上の激変を捉えた『ズーラーノーン』盟主と幹部達は、都市内墓地直下の地下アジトに居たが、流石に200メートル近い最深部だとLv.40程度の者の小さな反応はルベドも拾えなかった。障害物が分厚い(ゆえ)、対象の気配を阻害された為だ。マーレなら違っただろうけど。

 廃虚だった神殿を根城にしていたアンデッドの元冒険者達は皆、建物が綺麗に変わっていく状況に、落ち着きをなくし狼狽えつつも未だその場へ留まっていた。

 一応、創造主(マスター)である、『ズーラーノーン』盟主からの思念は届いて来ており『何が起こっているのか、周辺から確認する。少しの間、現状待機せよ』との指示による。

 

「ど、どうなってるんだ、リーダー?」

「……慌てても状況は変わらねぇ。まず落ち着け」

「そうは言っても、周りはボロボログチャグチャで、死体がそこかしこに溢れていたから落ち着けたんだ。それが、見る間にこんな綺麗に戻りやがって……生きてる奴らの街に戻っちまったら……俺達にはもう、居るのに相応しい場所は墓場ぐらいしかねぇ」

「うわわ……息苦しいな」

「糞がぁ。おい、目障りだし、またぶっ壊しちまおうぜ!」

 

 そう言って、元ミスリル級の冒険者がまず立ち上がる。それに続き10名以上が立ち上がっていく。

 

「おう、やろうやろう」

「ひゃっハァァァーー破壊だぁぁ」

「派手にやろうぜ」

 

 しかし――。

 

「全く。折角直しているのに、迷惑な話だな」

 

 広い空間だからかタイミングが良かったのか、その反論する重々しい声は聖堂内へやけに大きく響いた。

 

「「「――!?」」」

 

 3階分程の吹き抜けの広い聖堂の中、高い位置に付けられていた星明り越しのステンドグラスを背にした2人の人物が、飛び降り白の大理石張りの床へと静かに着地する。

 2人の姿は、片方が大柄ながら赤いマントに細身の全身黒鎧の騎士。もう一人は小柄な深緑で白淵の兜や鎧に灰紺のローブ姿の女騎士であった。

 

「……何者だ?」

 

 『混沌の死獄』の死の連鎖元となる第一世代のアンデッド50体のリーダーである元オリハルコン級冒険者が侵入者へと尋ねる。

 それに答えるのは黒騎士ゼヴィエス。

 

「これから直ぐに消え去る者達へ語る必要はないな」

「「「――っ!」」」

 

 周囲にいた、35体のアンデッド達を一瞬で完全に敵へ回した2人である。

 リーダーの次の一言と連中の行動は決まっている。

 

「殺せ!」

「「「おおぉーーーーーーーっ!」」」

 

 たった2人の愚かな侵入者に対し、35体もの元冒険者アンデッド達が容赦なく襲い掛かる。徒党を組み連携度の高い彼等は、アダマンタイト級冒険者チームさえも明らかに上回る戦力だった。

 ところが……1分後。

 元冒険者アンデッド達全員の首が飛んでいた。いや、首と言わず連中の全身が小間切れに変わっていた。

 〈完璧なる騎士(パーフェクト・ナイト)〉を実行中の黒騎士と、武技を発動するまでもない超天使騎士の攻撃を前に敵では無かった。

 結果的に腐敗した肉片と液体を撒き散らし、神聖なる堂内を派手に汚してしまったかもしれないが、御方にそこまでの面倒を見る気は無い。

 

「あと8分程だし次に行くか」

「分かった」

 

 2人は、延べ15箇所程を回り、都市内に残っていた400体以上のアンデッドを人知れず手早く掃討した。

 それは両名にとって、うっぷん的モヤモヤがスッキリし、ちょっとした良い気晴らしとなった。

 

 

 

 

 

 復活中の都市に湧いていた邪魔者共を綺麗に排除し、軽く一仕事を終えた絶対的支配者(アインズ)とルベドは、午前1時半頃、エ・アセナル北側の竜軍団宿営地傍の空へとやって来た。

 侯爵から依頼された竜王側との会見のアポイントメントを取る為だ。

 上空で直掩する竜兵に止められるのも面倒なので、探知力の高い竜王や竜王の妹には分かるはずと〈上位(グレーター・イン)認識阻害(フィビット・レコグニッション)〉を実行し堂々と空から接近する。

 すると上空へと、竜王自身が妹を伴って上がって来る。

 ただ、竜王の思考はこの時、大きな厄介事で一杯になっていた。それは――。

 

 軍団長の彼女は、配下の5つに分けた大部隊のうち、既に4つへの指示を終えている状況だ。

 残りの1つは未だ竜王を戦域外で捜索している部隊。広域へと数頭の伝令を送り、まず宿営地まで帰還するよう順次指示中。

 あと、別というか真っ先に――南進させた42頭の部隊へ、高速飛行の得意な2頭の伝令を大至急で向かわせている。南進部隊からは、昨晩午後9時過ぎに「人間共1万程の部隊をほぼ殲滅。間もなく南進を再開する」という連絡が来ていた。

 知らされた進撃再開時間から優に4時間以上経過していた為、『人間国家の都の一つが壊滅』という最悪の事態が想定される。竜王ゼザリオルグとしては、今更慌てても仕方なしという時間経過度合であった……。

 

(かー。……あーあ。これは、あとでアインズに頼むしか……)

 

 そんな居た(たま)れない心境の彼女。

 

(……おっ?)

 

 撤退指示が一段落し一頭で休息していたところ、吸血鬼の魔法詠唱者程度の大きさながら、馴染みのある存在達が()()近付いて来るのに気付いた形。

 

 

 接近者達と竜王達の再会地点は、宿営地から南へ約500メートル、高さ200メートル辺りの位置だ。

 ゼザリオルグは、探知位置へ居るだろう者へと言葉を投げかけた。

 

「姿が見えにくいが存在はハッキリ分かるぜ。この感じアインズだろ? 用はなんなんだ?」

 

 絶対的支配者に続き、護衛の天使も阻害魔法を解除する。

 姿を見せた仮面のアインズは直ぐ依頼を伝える。

 

「ああ。取り敢えず用件だけ伝える。実は竜王軍の撤退に関して確認したいことが王国側にあるらしい。それで、一度会見の場を持ちたいという。どうだ?」

「はぁ?(チッ、そんなことかよ……) アインズは質問内容を聞いてねぇのか?」

「そうだ」

 

 竜王は、厳つくても判別の付くほど、結構怪訝な表情を竜顔へと浮かべた。あれだけ自分を死なせないように何度も何度も説得したのだから、()()()()()()()()があるはず……とも思って。

 それと彼女は以前、『和平の使者』の謁見を許したが、あれは取引的な事情を考慮しただけ。

 せめて代表者が、難度で最上位冒険者ぐらいの者でなければ正直なところ、家畜と話をしろと言われてる感覚なのだ。そういう価値観の差がある。

 だから、ゼザリオルグはアインズと会ってる今この場が丁度いい会合なのにと思う。彼女にすれば、これ程の強者ならば、もうこちら側との交渉主導権と王国側の全権を持っていて当然と考えていた。

 でも、肝心な確認事項をアインズは聞かされていない。彼は役目を伝えた。

 

「単に会見の仲介に来た」

 

 これでは彼ほどの者が、完全に王国側の使い走りである。

 

「……どういうことだ。アインズは王国と完全に無関係の協力者なのかよ? ……例えばスレイン法国所属とか」

 

 竜王の目が嫌なモノを見るかのように少し細まる。彼女の記憶へ復活以前から、既に存在している忌まわしい人類圏の国であった。

 その視線と言葉へ支配者は首を横に振って答える。

 

「言っておくが、私と配下達はこの周辺国とは関係ない所から流れて来た。今は少し世話になってる王国へ協力している。立場として色々ある感じだ」

「……そっか。そりゃ悪かった」

 

 竜王としては、自分達に堂々と勝った強者達を別に悪く思いたくはない。

 また、真の勝利者であるアインズと関係ない殺戮者共の末裔の国に便宜を図るつもりもない。

 だが、王国には少しとはいえ世話になっていると語った事から、ゼザリオルグは返事を返す。

 

「分かったぜ。何時(いつ)がいいんだ、今すぐか?」

 

 彼女の答えに、周辺地域の状況からどのみち伝わるとみた御方は、ある程度の事情を話す。

 

「実は今、被害の大きな王国軍へと後方から突如、()が攻撃を仕掛けて来ている。その対応が済んでからにして欲しいんだが」

「賊? そんなのアインズの魔法や、横の配下なら排除なんて造作もねぇだろ?」

「ふん。私が全てを処理しても良い事は無いだろう? 自力で対応出来ると今、王国軍は総司令官を中心に動いている。まあ、復活中の都市内に居た連中はもう勝手に片付けて来たがな」

「あはははっ。そうだったか。そりゃそうだよなぁ」

 

 竜王は、愉快そうに巨体の右前足で右膝頭をバンバン叩いた。アインズの言葉から、一々弱者の尻拭いをする事は、当然楽しい訳がないという『強者の真理』を共感していた。

 

「広い戦場から全部の仲間共が戻って、撤退の準備とかでまだ結構掛かるからよ。日が昇るまでなら何時(いつ)でも問題ねぇ」

「では、そう伝えさせてもらう。日の出までには使いが来るはずだ」

「(オメェじゃねぇのかよ)ふん……」

 

 ここで、会話のネタが切れた状況に。なので絶好の良い機会だとし、竜王は凄く困っている難題を持ち出す。

 

「アインズ。今な、各地へ撤退について伝令を飛ばしているんだが、一つとても大きな問題が出来たかもしれねぇ」

「……それは、一体なにか?」

 

 相当深刻()に語ったゼザリオルグの様子から、絶対的支配者が重々しく聞き返した。

 

「実は、昨日の昼頃に、人間の国――王国の首都攻撃部隊として42頭の精鋭を南進させてる」

「――っ!」

 

 前方のアインズから怒気の如き難しい雰囲気の空気が流れ始めた事に、竜王と妹のビルデバルドは気付く。横の女騎士も視線を落としたまま、じっと動かない。無言の彼らを見て、竜王は話を続けた。

 

「途中に来た連絡内容と時間経過から、人間の国の首都は既に壊滅してる可能性が――」

「――(問題ない)」

 

 話の途中で、怒気に満ちた小さい声が仮面の魔法詠唱者から聞こえた様に感じた竜王。

 

「――あ?」

「問題ないと言ったんだ。そんな部隊は――もうない」

「「――!!」」

 

 口早で吐き捨てるように呟いた彼の言葉で、ゼザリオルグとビルデバルドは語られた意味を直感した。

 

(――既に……全滅ということか! 軍団の中でも精鋭達の部隊が……一体、いつの間に)

 

 時間的には、アインズと横の騎士と竜王姉妹が顔を合わし戦っていた際中である。

 つまり、目の前の人間2体以外の戦力――間違いなくアインズの他の配下が実行したのだろう。

 仮面の彼は語り始める。

 

「南進してきた部隊に遭遇した私の配下の一人が瀕死の重傷を負った。その部隊長によってだ……でもそれは戦争中の事だ。だから、それについて今更とやかく言うつもりはない」

「「………」」

 

 攻め句を否定する内容だが、それはもう――恐ろしく威圧的な言葉として竜王姉妹の耳に入っていた。

 

(配下1体が瀕死の重傷? 俺達の方は42頭が全滅……? そんな訳が)

 

 先程、宿営地でアーガードとドルビオラの死体を見た。双方とも一撃で倒されていた……。

 

(あの2頭までもか?)

 

 否定しようとしても、アインズ達の現実に存在する高い実力がそれを許さない。

 

(戦争とは、力を誇示し勝った方が正義――とはいえ、これ程の戦力差があっただと? こっちは里でも上位を集めた総勢450頭もの軍団。アインズ達はたった数体……では? まさか、あの槍の騎士風の人間や、〝なにか〟や〝ナニカ〟まで……。あぁぁ――遺体が消えたのもそうなのか)

 

 ゼザリオルグの思考は激しい電流がスパークするように刹那で一つへと繋がった。

 

(なんなの、この目の前の連中は!?)

 

 ――『余り人間を甘く見ない方がいいよ。これ経験だから』

 同時に白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)のジジイの言葉が鮮明に彼女の思考を掠めた。

 

(クソォ、その通りじゃねぇかぁぁ!)

 

 超剛筋肉の巨体に震えがくるほどの衝撃をゼザリオルグは感じていた。

 

「……そうそう、忘れるところだった」

 

 魔法詠唱者からのどことなくトボけたような言葉に、ゼザリオルグは改まって長い首を少しひねる。

 

「ん?」

「王国とは別で、私から後で竜王へ伝える事がある」

「――っ。……ふー。そうかよ」

 

 威風堂々とみせていた竜王ゼザリオルグは、一瞬目を開く形で緊張したが、一息吐いてアインズへ精一杯軽口を返した。

 今、彼が語らないのは、先に王国側との話を優先させたという事だろう。それ以下の小さな事かと彼女は考えもする。甘いかとも思いつつ。

 

「以上だ、ではな」

 

 竜王の返事を受けたアインズ達は、静かに南方向へと離れていく。

 その姿が随分小さくなるまで竜王とビルデバルドは見送った。

 姉の横顔には複雑な表情が浮かぶ。小さき相手の、先程のちょっとした言葉がどれもこれも気になっているのは明らか。

 

「……(お姉ちゃん……)」

 

 その姿をより巨体の妹は不安そうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 秘密結社『ズーラーノーン』の盟主は、困惑する。

 

(外では何が起こっているのか)

 

 まずは、昨夕にあった都市廃墟上空での大爆発と竜王らしき個体と謎の人物の戦い。

 運よくその折、秘密結社の盟主は、創造した特殊な1体のアンデッドに実際の視覚を送らせていた事で、アインズの対情報系魔法の攻性防御へも引っかからなかった。

 映像は盟主の顔へ装着している大きめのゴーグル風の物へと投写されている。

 

(漆黒聖典にあれだけの魔法使いは居なかったはず……いや、〝叡者(えいじゃ)額冠(がっかん)〟の新しき活用?)

 

 戦っていた者達は間もなく姿を消す。映像はそれ以後、大して変化を見せないまま。

 気になるが、盟主や5名の十二高弟達自身では経過を深く探る事が困難な状態にあった。なぜなら既に大計画である『混沌の死獄』のメインターンがその直前より始まっていたからだ。

 盟主達は制約の所為で、この地下の祭壇傍から容易に動く事が出来なくなっている。

 仕方なく、盟主は本拠地より連れて来ていた数名の側近達へ「地上での状況を正確に掴むのだ、行け」と指示を出して調べさせた。

 だが、そこから3時間近くは、アンデッド勢が順調に増加している以外、異常は特に捉えられなかった。

 次に変わった動きがあったのは、午後11時に近い時刻。

 都市廃虚の北にあった竜共の拠点付近での事。

 空を舞う100名もの魔法詠唱者部隊や地上からの魔法兵器らしき攻撃状況から、どうやら帝国の部隊が動き始めたと地下アジトへ伝わる。

 これら、王国には無い強力な攻勢が続き、盟主は当然、本格的な帝国ら外国勢による戦争への干渉を推測する。

 

(先程の竜王らしき個体へと挑んだ者は、やはり法国の戦力では……いや帝国勢なのか?)

 

 バハルス帝国軍は質と数を揃えるが、突出した者は割と少ない。まあフールーダについては別格なのだが……『ズーラーノーン』が帝国を敬遠しているのは、特に人類で規格外の彼がいる故。

 でも、竜王らしき個体へと挑んだのは、例の老師とは随分違う風体(ふうてい)の者に見えた。

 ただ近年、『ズーラーノーン』側は、帝国魔法省内でアンデッドについての極秘研究が進められている動きを掴んでいた。視覚的に見えずとも、魔法やアンデッドの気配は漏れるものだ。

 死者を得意分野として扱う秘密結社の高弟ら高位魔法詠唱者ならば、近く寄れば気付くのは難しくない。

 その研究成果を強力な兵器として此度、投入して来た可能性も考えられた。

 帝国は本国への被害を、この地で食い止めるべく精鋭部隊を遠征させている様子で、大きく損失を出しつつも竜共の拠点に猛攻撃を掛け続けていた。竜軍団は余りに強大で、出し惜しみをしている場合ではなく、とっておきのアンデッド兵器の投入があったとしても現実的だ。ここまでは、盟主にも十分納得出来る流れ。

 だが。

 日付を越えて30分程立った頃、途轍もない事が起き始めた。

 まず魔法と(おぼ)しき、その光の巨大さ。

 そして、その光の包んだ地域――都市の廃墟に変化が起こる。

 瓦礫や死体と灰を綺麗に排除するぐらいなら理解の許容範囲であるが、どういう仕掛けか砕け燃え尽き灰になっていた物が嘗ての姿に返ってゆく。

 それは見た目、復元系の魔法であった。

 

(完全破壊物の復元だけでなく、何と言う恐ろしい規模であろう。物品のみで総数は優に億へ届こう……。この間違いなく莫大な魔法に対する、見返りや代償はどうなっている? 竜軍団全部の命でも到底足りぬであろうがぁ! ――ありえぬ)

 

 しかし、現実には今、地上で起こっている事。

 即座に盟主はその希望に満ちた考えが脳裏へ浮かんだ。

 

(これ程の魔量持ちならば――私の〝クソ忌まわしい呪い(ハゲ)〟を瞬時に解決出来るのでは?)

 

 完全に個人の執念的欲望ながら、盟主にはそれが秘された成し遂げるべき重要事であった。

 その実現の為として、ここまでどれ程の犠牲と貴重な青春の時間をつぎ込んで来た事か。

 貴重な『女』としての時間は残り少なく儚い。

 女性の命と言える自毛による実物の髪がチラつく。(さわ)れない幻術や、呪いで摩擦係数の低い頭皮から落下するウィッグはもう嫌なのであるっ。

 それを可能に出来そうな者が、大都市の廃墟を包み込む巨大な光の柱の中にいた。

 竜王らしき巨体の竜2匹と翼のある鎧の女騎士を従えている魔法詠唱者(マジック・キャスター)――。

 何者かは不明。

 しかし、先程まで脳裏にあった攻撃特化型の『アンデッド兵器』などとは根本的に違うと理解出来た。

 

(あの者の協力が欲しいっ。〝混沌の死獄〟なんてやってる場合じゃないわっ)

 

 この時、盟主は地下アジトの祭壇空間から更に下層の個室へ下がって短い休息を取っていた。

 その場で一度、現状放棄を思いつつも、よくよく考え直す。

 

(いや待って……。異常な強さを誇った怪物的な竜王共を従わせる程の者と交渉するには、相応の手土産が必要ではないのか?)

 

 普通に考えれば、接点が無かった者からの急な依頼へニコニコ無償で応える有力者など、この世界には居ないのだ。

 そこで、『混沌の死獄』の負の膨大な魔力が役に立つのではと一考する。

 だが同時に、あの魔法詠唱者は竜軍団を退け、わざわざ廃墟を復元する姿から王国寄りと容易に推測出来る。

 現在、『混沌の死獄』を仕掛け、戦場各地で王国軍へと襲い掛かっているアンデッド部隊の攻撃は、()の人物の心象を悪くする恐れが高い。

 

(……どうすべきか)

 

 優先事項を考えれば、自ずと行動は決まる。

 

(今回は〝発動実験に成功した〟という成果で満足し、負の魔力は他の大地で集めるのが良かろうて。幸い戦争の嵐は現在、各地に激しく吹き荒れている。今、正に国土が派手に燃え上がっている竜王国(しか)り、聖王国も傍に抱える大きな火種で直に燃え上がろう)

 

 『ズーラーノーン』のTOPは、ここで負の力に関し、トンデモナイ事も思い出す。

 

(おお……そう言えば、バダンテールが、膨大な貯蔵量を持つと自慢していた『死の宝珠』を一度の魔力供給で満たしたという強者と手を組むべき旨の話があったな。強き負の力の者と聞き、その者の組織と協力するのも悪くないと取り敢えず返していたが……早急に一度会っておくか。確かその者――()()()なる冒険者の戦士であったな)

 

 彼女は大願が近くに見えた事で、慎重よりも大胆にと実利へ重きを置く戦略側へ振れた。

 『混沌の死獄』へ関し、高弟達へと考えを急ぎ告げる為、盟主は地上の元冒険者のアンデッド達のリーダーへ『適当な理由』や『落ち着いて待機せよ』と思念を一旦伝えて部屋から外へ出る。

 すると、なんと都市復元は地上だけに留まらない事を実感する。

 竜王の超火炎砲の衝撃で地下崩落し、埋まったり押しつぶされたと聞いていた箇所が、応急処置的な部分と融合するように復元されつつあったのだ。

 

「おおお……」

 

 間近で見る奇跡に盟主も震えた。

 

(我が髪もこのように勢いよく伸びて来る日は近いぞっ! くはははははーーー)

 

 彼女は希望に足取りを羽根の様に軽く感じつつ、広い洞窟空間の祭壇傍に居る十二高弟5人の所へと戻る。

 そうして異常事態の中で盟主として、内心では()に満ちた考えを語る。

 

「皆も地下の状況で気付いたと思うが、地上で異変が起きた」

「「「――!」」」

「何者か分からぬが、何と竜王を制した上で、その者が廃墟となったあの大都市を復元している」

 

 その話には、人外漢的精神である十二高弟達でさえ驚いた。

 

「なっ。その様な者が居たとは」

「一体どこの者っ。正体が気になりますな」

「そ、そんなの信じられないわ……」

「盟主様……」

 

 ただ、第4高弟だけは少し反応が違った。

 

「素晴らしい力よ。我が研究物が次々と蘇ってゆきますぞっ」

 

 そう。心血を注いだものが一度は完全に失われた。それは本当に悲しい感情である。

 でもそれが、予想外に戻って来た時の喜びはかなりのものになる。

 第4高弟が珍しく笑顔を浮かべる様子に、盟主も愛しの彼がご機嫌なのは悪くなく、口の滑りは増した。

 

「地上へ強大な者が降り立った事により、我々は状況を急ぎ判断し、今後の行動を的確に決める必要がある。このまま此度の計画を続行すれば、その強大な者と対する事になるのは避けられまい。故に、無念なれど――ここで計画中止について皆の考えを聞きたい」

 

「「「――!」」」

 

 5人の高弟達は総じて難しい顔に変わる。当然だろう。計画はここまで順調に進んでいた。王国軍と竜軍団を全て飲み込んだあとの大量の死による負のエネルギーは絶大。

 それは、盟主の取り分を引いても莫大に残るはずなのだ。あっさり諦めるには未練が大きい。

 とはいえ反論するには打開策が必須である。

 そんな十二高弟達の中で、意見を述べる者がいた。第4高弟だ。

 

「この時点での計画中止は――妥当でしょう」

 

 先程まで彼にあった竜軍団への恨みの大半は大幅に減っていた。また、負の力は欲しいが、多くの研究物を直してくれている者と無理をして戦う必要性は小さいと判断。

 異様な実力者達の揃う『ズーラーノーン』でも屈指の戦闘力を持つ彼が計画中止に言及し、流れは大きく決定付けられた。

 このあと30分程細々(こまごま)したやり取りが盟主と十二高弟らの間で交わされた。その中で、間近に別の紛争地において『混沌の死獄』を再現する提案などの調整話もあり、高弟達も現状へのリスク回避と将来の実益を納得して結論的に計画中止が決まる。

 そうして、盟主をはじめ十二高弟らも動こうとした時、彼等の身体に激痛が走った。

 

「ぐおぉ。盟主様、こ、れはっ!」

「うぐぐ、これほどの痛みが」

 

 他の高弟と同様に苦しみながら片膝を突く盟主は、今の痛みの原因の理由を良く知っていた。

 

「むうぅ。儀式のアイテムが破壊されたか」

 

 『各自でそれぞれの地点を』というのではなく、全員で各地の儀式アイテムへ各人の臓器を一部ずつ供物としてそれぞれ紐づけし、皆で危険を分散していた故の状況。

 儀式拠点の一つが破壊されたことで、高弟各自の臓器も一つが破壊された形。

 幸い、心臓や脳は外してある。しかし、片肺や肝臓などを損傷して苦しいのは当たり前だ。

 無論全員が直ぐ、魔法やアイテムで回復に努める。

 

「くっ、馬鹿な。何故位置が?!」

 

 第4高弟は地元の地の利を生かし、綿密にいずれも関心の薄く目立たない地方の墓地を選び、少数精鋭でそれなりのアンデッドの護衛も付けていた。それが破られたと言う事。

 儀式アイテムの破壊で、『混沌の死獄』の(うつわ)は遂に砕かれた。

 

「……これはデリム村の儀式アイテムか」

 

 盟主が遠隔で(おこな)ったので、紐付けした傷む臓器で覚えがあった。

 失態として、場所の決定と護衛を手配した第4高弟が、盟主と他の高弟へ謝罪する。

 

「スレイン法国の諜報部隊にも知られない自信があったのですが。盟主と皆へ、申し訳ない」

「いや」

 

 第4高弟への批判を抑えるべく盟主が否定し語る。

 

「外の異様な状況から、何が起こっても不思議では無い。最早、儀式の他の〝縛り〟を維持する意味も無くなった。先に急ぎ開放しよう」

 

 現状へ上手く理由付けしつつ提案し『混沌の死獄』の儀式について完全解除へと踏み切った。

 

「――混沌なる呪いの死鎖を今、解かん。〈放怨〉っ!」

 

 場に充満する如く溢れていた、忌まわしい空気は静かに霧散してゆく。

 とは言え、既に生み出した数千のアンデッド達が消える訳では無い。彼らは、現実の死体に宿った個々の存在として既に活動していたから。

 秘密結社側の続く流れとして、残った大量のアンデッドの中から、使えそうな者だけを回収する事になるのは自然であろう。

 ところが、盟主が地上の廃墟に待機させていたはずの元冒険者部隊のリーダーへと、ナゼか思念が届かない。更に映像を送って来ていた特別なアンデッドさえも反応がなかった。

 他の高弟達も都市廃墟内にいたアンデッドの部隊長格と連絡が取れない模様。

 盟主は大戦力が、ただ吹く一陣の風に消え去ったような事態へ恐れるように呟く。

 

「これは……中性感のある復元の光が実は神聖魔法系で、消滅したのか?」

 

 髭面オネエ風の第8高弟が、気に入っていた男女合体アンデッド隊の消失を受けて神妙な表情で語る。

 

「状況から見て、その可能性は高いですわね。あの光に近寄らせないのが良いかと」

 

 これ以後、光に包まれている間に大都市内へアンデッド勢が向かう事は無かった。

 

 そういった動きの中、都市廃虚外に居た『混沌の死獄』第一世代の元王国冒険者アンデッド63体と、第二世代以下として元帝国冒険者達10名に元王国冒険者や王国軍と帝国軍の元騎士、民兵部隊士官など総勢230体程がエ・アセナル校外に点在する第4高弟の地下施設に分散して引き上げた。

 指揮官の多くを失った形のアンデッド勢約4500は各所で散発的に王国軍と激突する。

 対して、統率が取れている王国軍側は順次集結し各地でアンデッドの部隊を包囲する形で確実に殲滅していった。

 また、アダマンタイト級の冒険者達を筆頭に、冒険者達がアンデッド部隊正面に集まる難度の高い個体を撃破して抜いていく事で闘いの勢いが違った。

 闘いの冒頭、『蒼の薔薇』のリーダーであるラキュースによって、このアンデッド部隊の正体について伝わっている。

 

「このアンデッド達は、あの秘密結社〝ズーラーノーン〟の連中が戦場に撒いた傀儡達よ。一匹も逃がさないで!」

「なんだと?」

「一体、どういう事なのだ?」

「そんな情報はどこから?」

 

 冒険者達や民兵、大貴族達からも少々困惑した声が上がる。だが、『蒼の薔薇』のリーダーが納得する理由を告げた。

 

「これは、元〝蒼の薔薇〟で十三英雄だった、あの名高い〝死者使い〟リグリット・ベルスー・カウラウの調査による判断。間違いないわっ」

「「「………」」」

 

 元十三英雄の専門的調査判断に、異論を挟む程の者はいない。

 ラキュースは魔剣を掲げると叫ぶ。

 

「さあ、秘密結社だろうと、アンデッド軍団だろうと、竜軍団の猛攻さえ耐え凌いだ私達みんなが力を合わせれば、打ち倒せないものはないわっ。みんな、最後の戦いよ!」

「「「うおおおおおーーーーーっ!」」」

 

 ハッキリ言って、伝説水準の竜兵達と闘って来た者達にすれば、平均難度で10というアンデッド勢など、民兵達数名が組む事で確実に戦える相手と冷静に対応。連戦に疲れながらも多くの者が最後まで闘志に満ちて戦った。

 10万の王国軍と1700名の冒険者達の活躍により、アンデッド部隊は午前4時前となる時分にはほぼ鎮圧された。

 

 

 

 

 

 

 夏の夜空の東方が深紺色から薄くなり始める時刻――午前4時38分。

 アーグランド評議国加盟勢力、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)の軍団側とリ・エスティーゼ王国総軍側の代表が会見を持つ。

 場所は、数時間前まで竜王軍団に制圧されていた大都市エ・アセナルの北側600メートル程の位置。石造りの半壊した地主の屋敷近くの平地だ。

 巨大な光に包まれて4時間程が過ぎたエ・アセナルは復活が随分進み、中央の城の尖塔さえ嘗ての権力を示す勇壮な姿を取り戻した外観を見せる。加えてこの頃には、城壁上へ死んだはずの民兵達の影さえ多数現れ始めていた……。

 都市を覆う超魔法の中は鮮やかに復元されつつあるが、対照的に瓦礫と化した周辺の街や村にそういう変化は僅かもない。広大に燃えた麦畑にも無残な灰が舞う。

 そのギャップは、この戦争が現実であった事を強く印象付け、両陣営に忘れさせない。

 会見場所がこの地となった理由は、周辺同様に無残な廃墟が点在するも、双方から中間的な立地に加え、竜兵が低空飛行で往来したことで灰が殆どなくなっていた事が大きい。

 この会見の場へ臨む竜軍団側の参加者は、竜王と護衛のみ。王国軍側の参加者は、総司令官のレエブン候の他、国王ランポッサIII世と護衛に王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの姿もあった。

 

 

 レエブン候の本隊へ、侯爵旗下の元オリハルコン級冒険者のボリス達が国王を連れて現れたのは午前3時前頃。

 廃虚だったエ・アセナルを囲う形の主戦場は、ボリス達が想定していた以上に隠れる場所が少なかった。また竜兵の密度が事前の想定より高かった所為で、国王の居る一行は慎重に戦場を避ける行動を続けた。百竜長らが非常事態発令で、待機部隊の一つの半数を主戦場へ回した影響だ。

 竜兵撤退後も、国王一行は各地でアンデッド兵団を散見する形で確認し、生体反応を捉え幻術も通用しない連中に囲まれる事を避ける意味で、やはり戦場をかなり迂回したため時間が掛かった。

 ランポッサIII世がレエブン候の陣へ現れた時、国王の隊にはガゼフとユリも加わっていた。

 彼女等は各地で国王の安否を確認しながら北上したが、午前1時半には先に一度レエブン候の本隊へ到着している。

 しかし未だ戦地内をゆく陛下を心配した戦士長は陣で待たず、戦闘メイドも戦士長護衛の為、再度国王を探すべく各地を巡る。そうして遂に国王らと午前2時過ぎに東部戦線の北寄りの場所で再会した。戦士長達は先に国王目撃情報を得たので、再会時は国王の方が興奮して迎えた。ガゼフ達の状況は余りに絶望的過ぎたから。戦士長は、竜の部隊長を自身で討った直後に倒れるも、現れたゴウン氏配下の2騎士の姿に将を失った竜達が総退却したと報告。

 そこからはレエブン候の陣まで、ボリス達の合流劇と逃避行を聞きつつ、到達した次第。

 ボリス達やガゼフとユリを擁した国王一行も、結局戦闘は避けられず。最後、荒れる戦場を通る際に小隊規模のアンデッド勢と2度遭遇し30体程は倒している。そういう皆の苦労の甲斐あって見事、王国の要であるランポッサIII世を護り通す事に成功したと言える。

 また、レエブン候の陣へ到着した時、王には更なる喜びの知らせが届いた。

 

「陛下、本当に良く御無事でっ。それと――先程、王子殿下の御無事も確認出来ましたぞ」

「なんと、バルブロがっ」

 

 ランポッサIII世はその場で夜空を仰ぎ、自分の無事よりも喜んだ。

 尚レエブン候が送り、王子へと直接反撃指令を伝えた伝令の騎士は――残念ながら帰還途中で戦死していた……。

 対して第一王子自身は、竜兵との遭遇(のちに本人はこれを戦闘だと伝え誇る)で負傷しながらも引き返さず、そのまま殿下の軍勢を預かっていた子爵の陣まで何とか辿り着く。そこから、レエブン候の本陣まで、子爵が伝令の兵士を送り無事が伝わった形。

 バルブロは負傷の直後、進退の決断時にやはり迷いがあった。

 

(これで反撃戦へ参加した事になるが……距離のある戦域外まで生き延びられる保証はない。途中でまた襲われ倒れれば、誰も俺様の勇気ある行動を証明出来ない。無駄死にだ! ならば、まだ距離が近い子爵の陣へ行き、部隊の奥で治療する方がマシではないか? 今の少数の状況は、最前線を常に歩いているのと変わらぬ。これはマズイ。子爵は夕刻の時点で俺様の軍勢を未だ率い生存中だ。ヤツの傍なら生き延びる可能性は高いはず)

 

 今の境遇と妹ルトラーの金言を考慮した判断。

 彼は、国王が付けてくれた参謀である子爵の、7日間に及ぶ多くの竜兵からの攻撃を掻い潜り、どうにか指揮を続けている実績を選んだ。

 実際、この決断は正解であった。

 なぜなら――行方不明の竜王姉妹を探す竜兵部隊が、戦域外を70頭程も各地で別れてウロウロしていたのだから。その余波で、戦域外を移動し帰還中の伝令騎士も命を落としたのである。

 

 会見の場へ竜王と護衛の竜長3頭をエスコートしたのは、王国貴族の娘でもあるラキュースが率いる『蒼の薔薇』の5名。

 『リーダーが貴族出身』という身分を出して活動した事など結成以来一度も無いのだが、王国と貴族達のメンツを汲んだ人選となっていた……。

 彼女は思いを声に出して愚痴る。

 

「竜王相手に家柄なんて……全く、くだらないわね」

 

 ただ、彼女は違う意味で立腹していた。

 一応として確認した、王国側の会見者達の中に王都冒険者組合長代理や値千金の働きをしたゴウン氏の名が無かった事で、残念さを超えて最早呆れていたのだ。

 

「まあ、ある意味いつもの事だろ?」

 

 権力至上主義批判はリーダーの手前、やや抑えたガガーランが真意を勘違い気味で宥める。言葉の内容は矛盾しなかったが。

 午前2時半の時点でガガーランは、カウラウ婆さんと共に秘密結社『ズーラーノーン』がデリム村の墓地内霊廟地下に設置していた『混沌の死獄』の儀式アイテムを破壊した後、エ・アセナルの南側まで戻って来て仲間達と合流している。婆さんには戦場内の霊気力(オーラ)の流れで、激戦地の位置がおおよそ分かるらしい。

 ラキュースらもリグリットとはそこで別れた。

 

『どうやらこっちは一段落したみたいじゃし、わしはこれから古い知り合いにチョット文句を言いにゆかんといけなくてねぇ。忙しいんだよ。後は、そっちで上手くおやり』

 

 ニヤリとした顔で語り、5人が止める間もなく立ち去って行った。

 

『もう、リグリットったら』

『はははっ、婆さんらしいじゃねぇか』

 

 大仕事をやり遂げながら、何事も無かったように去る姿。

 元十三英雄達にすれば、『持ち上げられることへはもう完全に飽きてる』という心情らしい。

 全く大した婆さんである。デリム村の墓地でガガーランが2体の精鋭アンデッドを倒し、次の獲物へと振り向いた時、リグリットはもう既に精鋭のアンデッド3体を剣で易々と細切れ状に切り伏せ、霊廟の近くまで歩を進めていた光景が浮かぶ。

 

(ガゼフのオッサンより普通に強ぇかもな……あの調子なら、あと100年は元気じゃねぇか)

 

 筋肉の可憐なる戦士は今回の困難極まった大戦で、姿が見えない強大な敵を相手にした時の恐ろしさも経験した。

 『竜兵らを躱しつつ、潜む闇の敵を討つ』姿に改めて十三英雄水準の応用力の高さを見た気がする。アダマンタイト級冒険者なのに、自分では全く届かなかった。実態不明で大規模な『ズーラーノーン』の計画のみですら大苦戦していただろう。

 7日の間、アノ竜王との近接戦で移動力面を制し、仲間を欠くことなく生き残らせたイビルアイも同様の凄さがある。

 今、イビルアイの〈全体飛行(マス・フライ)〉で竜王らを南の空へと先導する中、半日前を思えば不思議とも言える状況に、ガガーランは『俺も本当に進化とかする必要があるかもな……』と冗談交じりにふと考えていた。

 一方。

 竜王としても、宿営地の目の前に先導者として現れた連中へ対し、思考は十分複雑だ。

 異様な(パワー)を見せたが骨や内臓をグチャグチャにした魔剣使いと、灰に変えたはずの人間に扮する吸血鬼は、両名ともピンピンしていた。

 

「……(何故、どうして生きてやがると言う俺の問いへ、ゴウン様……アインズに助けられたと聞いて思わず納得しちまったが……。手応えで死が確定的だった昨日の状況から助かると思えねぇ。死んで、滅んですぐに復活させてもらったという話か?)」

 

 前後の記憶からそう考えなければ納得出来なかった。

 同時に、都市の復元は終戦工作へ意味を持ったのに対して、目の前の両名の復活はアインズの個人的となる考えに基づくだろう行為。

 

(………気に留めていた……いや世話になった者達だった……のか?)

 

 戦場では何万と人間(ゴミ)共が死んでいる中、彼が2人へ目を掛けたのは間違いない。

 先導者として、コイツらが選ばれた意味はそこに在りそうで、アインズの「後で竜王へ~」の言葉も脳裏を巡って威圧となり、竜王は大人しく静かに従う形で会場まで先導されたのである。

 

 

 会見場所は100メートル四方程の広さで王国側が用意した。

 王国側の者達が立つ南寄りの地面には、幅7メートル程で数十メートルに渡り真っ直ぐ南へ紅い布が敷かれ、それと対照的に竜王軍団宿営地向きへも同じ幅で折り揃えた紫色の布が長々と敷かれてそれぞれ地へ杭止めされていた。

 王国側の会見者であるレエブン候と国王が紫の布まで10メートル程手前へ出迎える風に立ち、5メートル程後ろでガゼフと護衛騎士4名が控える。

 そんな会場へと、全長20メートルを超える竜王が護衛の3頭を連れてズシンと重たい地響きをさせ紫の布の上へと舞い降りる。

 竜王の視線は、紅い布の上の中央へ立つ2名を素通りして、自然とその後方で探知したアインズらの方へ向く。

 

「……(居た……。何故、テメェはそんな端に居るんだ?)」

 

 アインズと女騎士は、代表者の護衛らしき連中どころか少し下がった貴族達の後方、会場の正方形状の枠となる周囲へ立つ100騎の儀礼騎馬隊の更に後ろ。距離を置いて居並ぶ上位冒険者と組合代表達もちらほら見える中へ立っていたのだ。尚この時、御方達は既にユリと合流を果たし、見舞いの言葉も贈っている。

 因みに竜王らの先導役を果たした『蒼の薔薇』達もこの近くへ降下している。栄えある護衛の列に加わらないのは、叔父の居る『朱の雫』と同じ位置に立つとラキュースが断ったからだ。近くにはゴウン氏も居るので、竜王が暴れる心配もないと。

 あと、この地に第一王子の姿は無い。撤退準備へ入った後方にて、荷馬車に幌を付け用意させた荷台内で治療を受けているという建前。竜の傍などもうコリゴリだとして彼は出てこなかった。

 アインズ達と、代表者と思しき者らの位置関係を目にしたゼザリオルグ。彼女も母に一族の頂点へ立つ王として、数年だが政治の何たるかは聞かされて来た。

 常に建前があるものだとも。

 

(……眼前の2名が王国側の軍事と権力者代表ということかよ。難度で言えば20以下……。身に付けてる飾りはそれなりの品で家畜とまでは言わねぇが、面白くないぜ)

 

 国王とレエブン候は、竜王へ対し王国の代表として箔を付ける手段を考えた。分かり易く、価値のある装備を貴族達から借り受けて身に付けたのだ。

 戦場なので装飾はかなり限られるが、鎧に纏う大貴族各家の一品を集めれば、それなりの格好にはなった。

 竜王とすれば、多少装飾を付けた程度の者など大して話す価値は無いが、アインズの「少し世話になっている」との言を思い出し、投げやりにならず2名を見下ろした。

 レエブン候達からの距離は約15メートル。首を立てた頭の高さは12メートルを超える。

 侯爵だけでなく勿論、一番前に並ぶ国王のランポッサIII世もただ高く見上げるしかない相手。代表の二人は歩み寄る事さえ忘れ、間近にみる圧倒的な雰囲気を持つ竜王の姿に……固まる。

 それは、戦場でみた恐怖だった竜兵とも丸で違う大きな自然的威圧であった。

 例えるならば、人間如きは小さいと実感する巨大災害の前へ一人で立たされた感覚、と言えば分かりやすいだろう。絶望的な現実の存在。

 

((これほどまでとは……我らが何も出来ないはずだ……))

 

 同時に侯爵達は、この怪物と戦い、撤退に同意させ会見の場へと立たせた旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の事を考えずにはいられない。

 目の前の存在以上の者――。

 彼等の思考が混乱しようとする前に、竜王から言葉が発せられる。

 

「俺は煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグ=カーマイダリス。俺に問いたい事があると聞いたが、何だ?」

 

 少し不機嫌感も入り横柄で、天然ながら威圧感が半端ない。変な返答をしようものなら直ちに火炎砲が返って来そうな感じにさえ思えた。

 堂々と名乗った竜王へ、名乗り返すのは当然国王である。

 

「私は、リ・エスティーゼ王国国王のランポッサⅢ世である。こちらは王国総軍の総司令官だ」

「総司令官の侯爵エリアス・ブラント・デイル・レエブンです、カーマイダリス王。会見へのお越しを感謝する。早速ながら、3つの確認事項を申し上げる」

 

 レエブン候は両手で持っていた、幅1メートルで長さが80センチ程の横長な掛け軸調の大きい書簡を広げると宣言するかのように語り出した。

 

「一つ、竜王様率いる軍団は国境を超えて完全撤退されるのか?

 一つ、破壊占領していたエ・アセナルとその周辺地の権利についてどうされるのか?」

 一つ、王国の地に残る捕虜についてはどうされるのか?

 以上について、回答を頂きたい」

 

 現実的に力のない王国側としては、返還要求など出来ないのである。

 これは対等な五分五分での交渉とは異なる為だ。

 違う面で述べるとアインズが表に立てば、圧倒的に優位で交渉出来る。しかし、それでは王国としてアインズらに大きく頼ったという事実が鮮明に残り、今後が非常に困る為出来なかった……。

 だからこそあくまでも竜王の判断としての確認のみに留める形を取るのだ。

 でも、竜王も分かっている。アインズ達が王国側に協力している以上、要求が無いのは建前に過ぎないと。

 ただ――彼女としては、嘗て殺戮を繰り広げた人間の末裔らの国家へ、そのまま返すのは非常に癪である。なので竜王は順にこう返していった。

 

「じゃ、ゼザリオルグ=カーマイダリスの名で告げておく。

 一つ、我々煉獄の竜の軍団は、俺を含め全軍アーグランド評議国へと撤退する。但し、この3頭は宿営地で2日程状況を見届ける。

 一つ、破壊占領していた都市跡と周辺の地は再建した者へ全ての権利を譲渡する。

 一つ、王国の地に残った捕虜は、この周辺で早急に面倒をみれる者へ譲渡する。

 以上だ。今後、変更されない事を願うぜ」

 

 3頭の竜長級を残すのは、後日密かに評議国からやって来る監察官対応の為だ。

 この宣言により実質、竜王は王国内からの全面撤退や、得た占領地と残っていた捕虜を全て手放す事となった。

 しかしである。

 

「「「「――っ!!」」」」

 

 確かに、占領されていた全地域に加え、6万にも及ぶ民衆の解放は告げられた。

 だが聞き終えた王国側の者達は予想とかなり異なる内容へ動揺し、慌てるように騒然となる。

 『再建した者へ』『面倒をみれる者へ』という重たい条件が付いた事で、戦後の流れが大きく変わろうとしていた。

 これは畏怖すべき竜王の名で告げられた為、安易に変えられない事項となったのだ。

 都市内に居た者達は殆どが死んでおり、解放される捕虜6万人の多くは周辺の街や村の者達である。つまり周辺小領主によっては捕虜が戻らないと、労働力を根こそぎ失う状況もあり正に死活問題。

 また戦前、周辺領主の街や村の経済と生活は語るまでも無く大都市であるエ・アセナルがその大部分に関連し支えてもいた。

 此度の大戦は至急の面と相当難航すると思われた事で、特に周辺都市から多量な形で物資と人員が徴用されている。また大戦は、家や畑を失った20万以上もの難民まで生み出しており、押し寄せる窮状は日々一層の深刻さを増しつつあった。

 なので今、周辺経済は明らかに完全な余力不足へ陥っている。

 『大商人や大商会なら可能では?』という疑問も出そうだが、この世界の人類圏における商人達は、大商人や大商会といっても大貴族や都市行政庁より経済的には小さく抑え込まれていた。

 権力階層を脅かす存在は経済的であっても許されないのだ。暗黙でその資産を領主から定期的に没収されるか、一部が商売敵などの大商人や商会等へ渡され分配される仕組みがあった……。

 なので勿論、大規模な没収を逃れるために、裏で商人からの賄賂と癒着が横行し、更に腐敗度が増すのは自然の流れと言える。

 それでも多くが連結決算で年商、金貨100万枚を超えると事業規模は頭打ちにされた。

 そう言った人類圏の経済社会の事情もあり、大都市級の経済を肩代わり出来る許容量のある商人は王国だけでなく帝国や法国、聖王国にさえ表社会内で存在しない。

 『八本指』は裏社会の組織で、8つの分野を幅広く展開させている為、経済規模で金貨200万枚以上の年商を例外的に有していたが……。

 当面について、一体誰が面倒を見るのか――それがまず王国内の大きな戦後問題になるのは間違いない。普通に考えれば、再建を含めて以前までエ・アセナル周辺を直轄領としていた王家中心であろう。

 エ・アセナルが廃虚のままで朽ちていれば、将来の話として既定路線となったはず。

 だが――王国側の皆が変化を感じて、思わず後ろを振り返った。そこにある現実は。

 

 

 光の柱が消えゆく中、朝日が昇るのを待つ、完全復活した大都市エ・アセナルの姿があった。

 

 

 以前の威風を取り戻すどころか、老朽部分までもが新築された状態にさえなっている。

 加えて――37万超の失われた住民の生命が戻っていた。

 都市内からそれを互いに喜ぶ、物凄い地響き的に広がって上がる歓声が会見の地までも届いて来たのである。貴族の一人が思わず声高に呟く。

 

「……これは……もやは神の奇跡っ…………」

 

「――馬鹿めっ」

 

 それに反論する者が居た。竜王である。

 

「あれはテメェ達の国に協力した魔法詠唱者の放った都市復活の大魔法だ。この大魔法は存在価値が全然違うぜっ。六大神も八欲王のヤツらも過去の馬鹿げた神共は決まって――亜人種への破壊と殺戮しかしちゃいねぇんだよ!

 言っとくが、俺は有象無象の人間共如きに負けたわけじゃねぇ。ただ今回は侵攻に際して、本国中央評議会での決定で〝一度でも苦戦的状況があった場合、速やかに撤退せよ〟と言われてるから下がるだけだぜ。俺達の軍団でも破壊に半日掛かったってぇのに数時間で再建されてりゃ割が合わねぇっての。運が良かったな。その魔法詠唱者が居なけりゃ、この国に限らず周辺の人類国家を含めて、地平の果てまで全ての都市や集落は灰になってたはずだ」

 

 人類圏全てとまで恐怖を突き付けられ、国王とレエブン候の表情が凍ったのは当然だろう。

 ゼザリオルグは、あくまでも王国側へは屈していないというスタンスと『誰のお陰か』を盛大に述べた。竜王を退けた者が、人間共の勢力圏下で場末の扱いでは最強種族の権威にも関わると。

 これらは別にアインズ達へ特に気遣った訳では無い。

 そもそも、多くの一族の仲間を殺した上で、死体さえ奪った可能性の高い者達なのだから。

 ただ、政治的に小賢しいだけの脆弱な人間共へと、釘を刺しておくのは当然であっただけ。

 

「おい、もう聞きてぇ事は話をしたよな?」

 

 竜王は長い首を伸ばして、ランポッサIII世とレエブン候に数メートルの距離まで竜顔を近づけて問う。

 レエブン候が強張った表情ながら一応、思考を巡らせると頷いた。

 

「なら、もう俺に用はねぇんだろ? あばよ」

 

 竜王は首を返し、威風と優雅さを感じさせつつ巨体の背を人間共へ向けると、歩き距離を取って飛び立つ。そうしないと国王らが吹っ飛ぶからだ。それに倣う形で3頭の竜長達も続いた。

 ゼザリオルグ達は、会見場の上空をわざとゆっくり大きく旋回してから北の宿営地へと去って行く。それは、アインズの「後で竜王へ伝える事がある」と言われた事を心のどこかで気にするかの様に……。

 

 

 

 竜王の放った衝撃度の高い言葉で場が鎮まりかえる中、恐怖の対象は遂に去った。

 ここで王国軍総司令官のレエブン候が宣言する。

 

「我らリ・エスティーゼ王国は、遂に竜の軍団を退けたぞ。皆、本当によく戦ってくれた。全ての者に感謝する!」

「「「おおおおぉぉぉーーー!」」」

 

 大貴族と小貴族達をはじめに、周辺にいた上位冒険者達に精鋭騎士や民兵達5000程へと気持ちが伝播し歓声が広がった。権力階級を問わず皆、九死に一生を得て嬉しいに決まっている。

 勝利などとは到底言えないが王国全土が蹂躙され消滅する絶体絶命の危機は脱したのだから。

 数分後に歓喜が一旦鎮まったところで、レエブン候が王国の(あるじ)に皆へ労う言葉を求める。

 

「陛下からも是非お言葉を頂ければ」

 

 国を背負っているランポッサIII世は、口をゆっくりと開く。

 

「我々王国が今、無事に残った事をまず素直に喜びたい。そして――未曽有の国難にレエブン候をはじめ、身命を掛けて戦場で闘ってくれた者達全てへ感謝を。勇敢だったボウロロープ候を筆頭に亡くなった者達も多いはずだ。今後、大きく傷を負った我らが王国を皆と共に立て直す決意を私は新たにした。臣民の兵達へは、直ぐではないが、いずれ必ず何か報いたいと思っておる。王の名において約束する。皆、本当に此度は苦労であった」

「「「「うおおおおぉぉぉーーー!」」」」

 

 臣民の兵へ施しをするとの宣言は、相当異例であった。

 だが、この万難に塗れた大戦こそが異例尽くしであり、その宣言も合ったものと言えるだろう。

 多数を占める民兵達の顔はほころび希望が広がる。

 対して貴族達の表情は一部で難しい者が連なった。『平民に配る程の金がどこにあるのか』と。毎年の帝国戦に続き、竜達との急な大戦で確実に小貴族達の疲弊は酷さを増した。加えて、前例のない規模での領民と農作物の損失は致命的状況だ。

 

((ボウロロープ侯が生きていれば、今の貴族達の苦境をもっと考える様、王へ即時に反論されたはずだ))

 

 現に今、誰も王の言葉へと反論出来ずにいた。

 貴族派では、国内へ強い影響力を持っていた盟主であるボウロロープ侯爵を失い、今後の政治勢力図を想像しかねている者達が増えていく。

 既に戦後の王国経済の混乱を見据えた、権力政治の駆け引きが始まっている……。

 そして、この場において国王もレエブン候も大問題の一つ、大都市エ・アセナルについて語ると言う愚かな事はしなかった。

 既に侯爵の思考には対応案が浮かんでいる。ゴウン氏の使用したのが一世一代の大魔法とは考えつつも、それは現実感の高いフェイク系の魔法だと考えていた。

 

(見えている物全てが真実という訳ではない。まずはゴウン殿と確認や裏交渉をする必要がある。そもそもあのエ・アセナルの姿や音についても……全て〝幻影〟〝幻響〟の可能性が高い。歴史や常識を知る者ならば、4キロ四方以上の広大な一帯を魔法のみで復元するなど、そもそも聞いた事がないはず。ましてや死んだ何十万もの命を復活など、神でさえ無理な夢物語に過ぎない。

 ……万一、竜王の言葉通りに復活していたとしても、陛下も都市をお渡しになるはずがない。数年、周辺の交通を制限封鎖し、表向きは〝幻覚都市〟で通すのだ。その後、再建されたとしてゴウン殿には実権のないエ・アセナルの最高位名誉職に就いてもらって、恒久的なそれなりの金貨収入を約束すれば十分だろう。問題は30万以上の住民達だが……〝復活〟について死罪を含む緘口令を敷くしかないか)

 

 雑な感じではあるが、要は個人戦力だけで余りに大きいゴウン氏へ、更なる権力的基盤が発生しなければ良しと考えていた。

 それと次期王位継承についても侯爵は考えつつあった。

 

(国王とバルブロ王子は健在。裏でザナック王子と組んでいるが、ボウロロープ候亡き今、貴族派は随分弱まった。今後、私がバルブロ王子を上手く補佐すれば国政を安定させる事は出来そうだ。外交面で強気に出るバルブロ王子であったとしても、ゴウン殿が居る限り最早、帝国戦についても十分に対応出来るだろうからな)

 

 故に、侯爵は割と冷静にこれからの指示を出し始めた。時刻は午前5時前。

 辺りは日の出間近の明るさへ移る。

 

「これより、陛下と私で借り受けていた各家の宝物をお返しする。それ以外の方々は順次陣地へ戻り、食事や休養を正午まで取って頂きたい。正午以降、撤収を前提で今後についての軍議を予定している。尚休養中、我が師団の一部隊と有志勢で、アンデッドなど周辺の最後の残党確認について威力偵察を行なう。場合によっては今一度、戦闘の可能性はある。なので皆には、残念ながらこの戦場をあとにするまでは、深い飲酒はまだ自粛するようお願いする」

 

 貴族らを含め兵達からの反応は若干溜息の混じるものとなったが、彼等も絶望的な死線を超え、油断すれば『次に死ぬのは自分』と分かっており、頷く者が殆どであった。

 そうして、国王と総司令官が預かっていた貴族達の装備品の返却と前後し、貴族と護衛達を始めに冒険者達も続々と離れて行く。

 

 さて、絶対的支配者は王国側と竜王との会見の間に、シャルティアより「死の騎士(デス・ナイト)達をナザリックへ無事に収容」の一報を受けていた。この時アインズの周囲は、間隔で数メートルあるとは言え王国軍の騎士や冒険者らが居る事で〈伝言(メッセージ)〉へそのまま満足に答える事は出来ず。主の返事「よし。…………」と長めの沈黙からシャルティアはそれを察して、『……はい~。目立たず待機を続けます。では我が君』と通話を切った。

 そんな配下の連絡の後、支配者の居た場所にも無論、ゼザリオルグの発した大都市エ・アセナルを()()()()()きた言葉は聞こえてきていた。

 

(えーっ。そんなの急に振られてもなぁ)

 

 アインズが最初に思ったのは、王国を去る竜王から厄介事を置き土産にされたと言う感覚。

 元々エ・アセナルがヴァイセルフ王家の直轄領と言う話は聞いており、ゼザリオルグの告げた事が、王家との難しい問題になる可能性が急浮上する。

 

(竜王に後で〝私が誰に譲っても文句をいうな〟と言っておけばいいか)

 

 まずは『手に余るし、元は王家の物だとして国王へ渡せば問題ない』と、そう単純に考えた支配者の彼。

 しかし――。

 

「……(いや待てよ。世界征服を目指そうと動く主が、都市一つに面倒だからと言う考えで、好機を逃して……NPC達は納得するのか?)」

 

 既に、横へ並ぶルベドやユリには聞かれている。また先程、視線を少し遠くへ巡らせば、上位冒険者の端に偽モモンとマーベロの姿があった。そして恐らくは、遠方上空で待機中のヘカテーさえ聞いていた可能性が大だ。彼女はデミウルゴス配下。

 アルベドとデミウルゴスを正論で上手く納得させる言い訳が、どこにもない気がした。

 敢えて挙げるとすれば『譲られてどうする? 全てを力で奪い取る事こそ、栄光あるナザリック地下大墳墓の支配者に相応しいとは思わないか?』と大きく語るぐらいだが。

 

(実はこれ、世界征服者の判断として、相当デカい話でマズいんじゃないのっ?)

 

 一難去ってまた一難である。今度は、巨大な政治的問題へと直面する絶対的支配者。

 そんな事は知る由もない周りの民兵達や上位冒険者達の多くが、会見場を立ち去る前に一言をと旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)へ次々に声を掛けてくる。

 殆どが「王国を救ってくれて感謝する」という主旨の言葉であった。

 その中で少数ながら、やはり英雄様の武勇を詳しく尋ねて来る者もいる。

 彼等は連日連戦で極限まで疲れながらも、竜王と戦った魔法使いの力に強く興味を持った連中である。

 

「どうやって、あの恐ろしい竜王へ対抗出来たんだ?」

「使用した魔法は一体何? 攻撃魔法も使ったの?」

「〝蒼の薔薇〟が何日掛かってさえ説得出来なかったのに……まさか十三英雄水準の魔法を使ったとか?」

「アンタは酷い怪我をしなくて済んだのか?」

 

 竜王に関する問いも多い中、当然だが600メートル程離れた長く高く続いて見えている外周壁を横目にしつつ、復元された風に見える大都市エ・アセナルについても聞かれる。

 

「ワレも魔法を使うが、あれほど広い領域をどうやって指定できるのか? 単に光らせるだけでも想像出来ん」

「あれは巨大な幻術なんだろう? 歓声まで再現してるのは本当に驚くしかないよ」

「竜王の考えを変えさせた凄い魔法だが、他の形も造り出せるか、某はそこに興味があってな」

「羨ましい事だ。俺達の仲間がこの魔法が使えてれば、王様やお貴族様から恩賞がたんまり貰えたかもしれねぇ。これは幾つかの魔法を組み合わせた複合魔法なんだろう?」

 

 常識的に多くの者が、『竜王も勘違いした魔法に因る高度な幻』だと考えていた。

 矢継ぎ早な数々の問いへ対し、ゴウン氏は多くを語るつもりはない。それでも、皆が納得出来る回答をする必要があった。それも端的に。

 なので、実際に使った魔法について少しだけ述べる。

 

「私が使用したのは――第7位階や第8位階の魔法でした。それらは、竜王へも有効な威力と規模を持っていましたので」

「「「――――!?」」」

 

 周囲の者達は皆、絶句した。以前、上位の魔法を使うとゴウン氏から直接見聞きしていた数名を除いて。

 第6位階魔法でさえも、人類で使える者は『逸脱者』と呼ばれ、称えられる一方で強く恐れられている。そして本当に絶大な威力を誇るのだ。特に広範囲への攻撃魔法に至っては数千人の部隊が一撃でほぼ全滅する規模となる。

 前例はまだないが、フールーダ・パラダイン一人で、集結した王国軍全軍を相手に上空からの魔法攻撃のみで敗走も容易く可能だろう。

 だからこそ、第7位階や第8位階と聞いて、竜王さえ黙らせるその威力を周囲が想像したのだ。

 竜王を退けた実績と他の誰にも使えないからこそ、仮面の男の言葉に強い説得力が付く。

 更に。

 

()()()()のお話は本当の事。この方が率いる一行の戦闘や魔法を幾つか拝見させてもらった上、命さえも救われた私達が証人よ」

 

 そう周囲の者達へ声を高く上げたのは、数日間竜王隊を引き付けるという大業を成し遂げたリ・エスティーゼ王国最高のアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』リーダーのラキュースであった。彼女の頬はナゼか少し赤かったが。

 リーダーを筆頭に並ぶメンバー5名は先日、ゴウン氏の〈上位(グレーター・イン)認識阻害(フィビット・レコグニッション)〉を目の前で実際に体験している。

 それ以上に、ゴウン氏達の竜王を前に余裕すら感じる突撃戦なども同行して目撃しており、何よりあの傲慢で強大な竜王へ撤退を同意させた事は、魔法力以外に考えられないと見ている。

 旅の魔法詠唱者の周りに居た者達も、大戦の英雄である『蒼の薔薇』が絶賛する人物を認めざるを得ない。

 

「……凄い」

「彼こそ真の大英雄だ」

「ゴウン殿……いや、ゴウン様に最大の感謝を」

 

 最後に周辺から「ありがとう」の合唱が起こる有り様。そうして、多くの者が徐々に去りゆく。

 その中には、エ・ランテル冒険者組合長のアインザックや『漆黒』チームの姿もあった。マーベロと偽モモンは、他の者に倣い続く形で会釈をして東南の戦場後方へと離れた。

 ルベドとユリを伴うゴウン氏の傍に留まったのは、『蒼の薔薇』だけと変わる。

 貴族達も多くがこの地を後にし南の自陣へと向かい、残りはレエブン候と有志の大貴族達の護衛を残すのみに見える。

 その様子を一瞥したラキュースが静かに伝える。

 

「エ・アセナルの件は大変な事だと思いますが、大戦の大英雄であるゴウン様の判断をこれから多くの人達が支持すると思いますよ」

 

 大都市の権利について、ここまで誰も口にしなかったのは、王家や貴族達の怒りや反論を恐れたからかもしれない。しかしラキュースは権力階層出身であり、少々英雄に憧れてアレな面も持つが柔軟な思考の持ち主でもある。

 ゴウン氏は腕を組みつつ、対応に迷う気持ちを隠しながら聞き返す。

 

「……そう思いますか?」

「はい。……では、我々もそろそろ行きますね。と、その前に――」

 

 彼女は、ガガーランから渡された2着の畳まれたローブ調の装備を、ゴウン氏へと返却する。ラキュースにすればお気に入りのローブであるが、あくまでも恩人からの借り物である。

 

「コチラをお返ししておきます。竜王相手に紙一重の激戦の最中、お貸し頂いたこのローブには本当に随分助けられました。ありがとうございました」

「確かに受け取りました。5人が約束通り無事で何よりです」

「ふふっ、ですね。勿論、利子は後日に必ず。今日のところは、これで失礼しますね」

 

 ラキュースは穏やかな笑顔を浮かべ会釈の後、背を向けた。仲間達全員が生き残り、竜王に挑む直前に替えのないだろう秘蔵薬を使ってまで助けてくれた彼の無事に、理想の未来を描けると内心でとても喜んで。

 ガガーランは、そんなリーダーの様子に『やっと乙女に春が来たか』と含み笑いで、相手の漢へローブの感謝も込めて軽く右手を上げ離れてゆく。

 忍者風姉妹もリーダーらを救った恩人達へ、息の合った会釈をしそれに続いた。某天使の口許が一時ニヤニヤとしていたのは言うまでもない……。

 最後に、「そ、それでは、()()()()失礼します」と小柄な仮面少女が緊張気味にカクカクと礼をして仲間達の下へ小走りに追い付いて行く。恋愛経験未熟な彼女――強さに加え、乙女の憧れである衝撃の御姫様抱っこの殿方を忘れる事など出来やしないのだ。

 間もなく、イビルアイの〈全体飛行(マス・フライ)〉でラキュース達は、南部戦線の後方へ移している『イジャニーヤ』達の待つ急造の野営地へ向かった。

 

(俺の判断か……)

 

 南方向の空へと消えていく『蒼の薔薇』をぼんやりと見送っていたアインズは、後ろから野太い声を掛けられる。

 

「ゴウン殿」

 

 声で誰か分かった御方が振り返えると、そこには先程まで赤茶の王家宝物の甲冑を纏っていたはずの王国戦士長が、通常の装備姿で立っていた。危機は去ったという事なのか。

 五宝物の話は会見場を目指すレエブン候一行での移動時に聞かされたが、流石に個々の性能へ関してやユリを救った武技は語られず不明だ。

 

「これは戦士長殿」

 

 誇り高い戦士の彼には午前3時過ぎ、レエブン候の陣で合流時に再会した折、国難を救った大きな感謝の思いを、深々と頭を下げる姿で示された。

 ――『本当に、本当に感謝している。王国を救ってくれた事、誠にお礼申し上げる』と。

 ゴウン氏としては、そこまで真剣に王国側へ肩入れしていなかったので少々面食らった気持ちであった。竜王と真剣勝負になったのは、別の約束の所為であったからだ。そのあとで、ユリの件でも丁寧な謝罪を受けていた。

 またゴウン氏は、以降同行する国王からも別途、両手を握られての感謝の言葉を受けている。だから今、戦士長の来訪でそれ以外に用件を思い付くのは、先のエ・アセナルの件ぐらいである。

 だが仮面の魔法詠唱者と向き合ったところで、ガゼフ・ストロノーフは突如両膝を地へ突き、堰を切るように述べる。

 

「先程は戦闘警戒中でもあり、十分に告げられなかった。なので――改めて深く謝らせて欲しい。ユリ・アルファ殿を危険に巻き込んでしまい、本当に申し訳ない。全て私の責任だ。今後、私に出来る如何なる事でもさせてもらうつもりでいる。どうしても許せないなら――死ねと言ってくれれば、今この場でこの命も差し出そう」

 

 道理で彼が、王家の宝物である剣や装備一式を身に付けていない訳である。

 両膝に続き両手までその場へ突いた戦士長に二言はなかった。既に王国の危機回避とランポッサIII世の命の当面の安全は確保されている。

 その手段の一つとして、愛する者を死の戦場へ分かりながらも引き込み、そして一度は死なせてしまった……それを彼自身が一番許せないでいた。

 ならばこそ、ユリが想いを寄せ、絶体絶命の国難を救って見せた尊敬と恩義を感じる事の出来るこの御仁に命を取られるのならば、正に本懐。戦士長として悔いは全くないという思いだ。

 対するゴウン氏としては、予想外の急な申し出にどう答えていいのか悩んでいた。

 

(えっと、別に戦士長の所為じゃないからなぁ……ユリに護衛を頼んだのは俺なんだし。でも、凄く大きな借りに感じてるって事だよなぁ。まあ、王国は救ったわけだし、とりあえず一つ貸しという事にしておこうかな)

 

 考えを纏めた支配者は、両手両膝をついて土下座に近い姿の戦士長へ、自分の手を真っ直ぐに差し伸べながら言葉を伝える。

 

「戦士長殿、お気持ちは分かりました。でも、どうか立ってください。元は、竜軍団の侵攻が原因です。カルネ村では共に戦い、今回も親交のある貴方の頼みに私が応えたもの。それは決して、互いに命を代償にしろというものではなかったはずです。確かに貴方の頼みに、私は応えたと思います。だから――今度はいつか、私の願いへ戦士長殿が可能な時に応えて欲しい。だから、それまでは決して死んではいけない」

「……っ(ゴウン殿……)」

 

 戦士長のガゼフは笑顔を浮かべた。彼はゴウン氏のガントレットを力強く握ると引かれるままに立ち上がる。

 支配者の傍へ立つ眼鏡顔のユリも、笑顔で戦士長へと頷いていた。

 

「英雄的武量だけでなく、気遣いと寛容さに感服する。心にあった大きな棘をゴウン殿の言葉が完全に取り除いてくれた。約束しよう、いつか友である貴殿の役に立つまでは決して死なないと」

 

 両者は、固く約束の握手を交わした。

 ここでストロノーフが伝えて来る。

 

「そうだ、陛下より伝言を頼まれていた。最期の言葉に伝えるつもりでいたので後になったが」

 

 そういう事は早めに伝えて欲しいものだが、きっと急がない用件のはず。

 それに、信頼する忠臣に最期を迎えさせた者と、国王も今後快く接する事なんて不可能だろう。

 

(真っ直ぐな考えの戦士長だから、王へ宝物の装備を返した時にでも〝私に何が起こっても他の者の所為ではありません〟とか言ったんだろうなぁ。……王は、俺がそうさせないと知っての上か、それとも俺という者を試したか、どちらかだな)

 

 国王側とは、裏で竜軍団撃退協力への見返りに、自治領や婚姻に金銭供与など政治的な駆け引きが既にあるわけで。ランポッサIII世から、愚直な戦士長のこの件も上手く頼むと投げられたように感じた。

 ゴウン氏は一件を片付け終わったとして、改めて尋ねる。

 

「いかなる話でしょう?」

「私の用件が済み次第で良いので、来て貰えないかと――陛下自ら、あのエ・アセナルの中を共に確認したいとの仰せだ」

 

 絶対的支配者は、戦士長へ『おいおい上手く利用されたんじゃ?』と思ってしまった。

 当然国王と同様に、ゴウン氏へ関し戦後の影響力を抑えたいレエブン候も同行するはず。こちらへ戦士長個人の悩みを解決させつつ色々考えさせる時間を奪えるとして。

 

(うわぁ。周辺の威力偵察の話は本当だろうけど、本題はエ・アセナル内部の確認に有ったのか。まだエ・アセナルをどうするか考えが纏まってないのにぃーー)

 

 正午までにはまだ6時間半以上ある。この間に国王と侯爵が急ぎ現状を把握したいと考えるのは当然かもしれない。

 

「(今は、行くしかないか)……分かりました。では、王の(もと)へ向かいましょう」

 

 仮面の下に困惑と焦りを上手く隠して、泰然としたいつもの声音で快諾の風を装う支配者。

 王国戦士長と先頭へ並び、ゴウン氏はルベドとユリを連れ、会見場に敷いた布を撤去する者達の居る方へと移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の北西端に在った大都市エ・アセナル。

 竜種を始め、多種の亜人達で満ちるアーグランド評議国の国境に王国内で最も近い位置の為、堅固な城塞都市として置かれた。北と南西と南東の三方に大きな門が設置され重厚な扉が守る。

 嘗ての周辺人口は85万とも言われるが、一度は竜王軍団の総攻撃で完全に壊滅した都市。

 それが一人の魔法詠唱者の大魔法に因って、都市部分に限ってだが以前の姿を再び見せていた。竜王との会見前から皆が少なからず気になっていたのは極自然な事である。

 会見場へ向かう際に、王国側の部隊が近くを通るも3つの門は完全に閉じられている状態で、都市内の様子を直接窺えずにいた。どうやら都市を包む光が完全に消え去るまで、門の開閉機構が凍結されたように全く動かないらしい。

 また光の壁の所為か、城壁上の者達の個別の声は殆ど聞き取れずにいた。

 

 なので、国王やレエブン候らにとって都市内部は謎に包まれている状態といえた。

 

 魔法を使った本人のゴウン氏と、潜入して邪魔者を排除したルベドは、建物の多くが直る途中の状態までを都市内部で直接確認していた。

 しかし、それが出来たのは魔法を使った本人が一緒にいたからだ。

 『蒼の薔薇』を始め、竜兵達を含めて多くの者達は空からの侵入を当然考えた。

 だが、分厚い光の壁がそれを許さなかった。硝子の様に硬質化状とは異なったのでぶつかっても怪我をする者はいなかったが、侵入出来たと思っても次の瞬間、外へはじき出されている形。

 復活中の都市は一種の結界となっていた。

 でも、遂に全ての光を失おうとしている。

 それが都市復活の完了を示すと、会見場所から移動し終え先程から北門の前でじっと見守る国王やレエブン候、部隊を引き連れた有志の貴族達も理解する。総数は約1200名。

 

(視界に映る光景が、幻影などではないと言う事か。実に……非現実的な(パワー)だ)

 

 レエブン候は、その現実を考えると王国の未来の姿が全く見えなくなっていくの感じる。単なる一個人の力が、国家権力を優に上回るという異常事態を迎えるのではと……。

 一大貴族派閥とか、一大商会とかではない。たった一人の者の手が全てを力で変える可能性。

 決して信じたくはない。

 

(ゴウン殿の参入で、我ら貴族達による王国の権力社会が脅かされる事は穏便に避けなければ)

 

 この時点で唯一の救いとなるのは、()魔法詠唱者(マジック・キャスター)が、全力戦闘へ臨む前には数日の充足期間が不可欠という事実だ。

 レエブン候が、難度の高さを近くなら計測出来る者へ確認したところ、平時のゴウン氏と側近の女騎士の水準は、おおよそ難度150前後と報告を受けていた。

 充足期間の機を与えなければ、竜王を屈服させる程の魔法を撃つ難度までゴウン氏が変われず十分勝機はあるとの結論に至る。

 

(どれほどの強者にも弱点はあるのだ。あの大地を揺らし裂く神の如き火炎砲を放つ竜王さえも、例外ではなかったしな。とは言え、彼とは友好を深め、信頼関係を強く築くべきだ。怒らせ敵対する事は厳禁に決まっている)

 

 そう考えている中、都市を覆っていた光は、日の出へ合わせるかのように消え去った。

 すると都市外周壁上から儀礼隊により、ラッパ楽団風の音楽が流れだす。北門前の堀を隔てた跳ね上げ橋がゆっくりと下がり地へ付くと、分厚い木へ鉄板を張り付けた高さ5メートルを超える重たい大扉が外側へと全開され、奥の鉄格子状の柵が上へ引き上げられた。

 門内から、騎士達が通路の両脇へ並ぶと、門の前方中央へ一人の男が立った。

 国王派の子爵で、エ・アセナルの都市長のクロイスベルである。

 

「国王陛下、並びにレエブン候、今再び会えた事、大変喜ばしく」

 

 嘗て信頼を置いて居た子爵の様子と言葉を、慎重に観察するランポッサIII世と侯爵。

 その後ろにいる有志の貴族達も同様だ。この中には国王派ながら帝国へ内通するブルムラシュー侯爵派の隷属的伯爵や、貴族派の一角リットン伯爵も急に「怪我は癒えた」とし戦後を睨んで参加しており、〝都市復活〟への疑念を視線に乗せていた。

 ガゼフを護衛に付ける国王が都市長へと率直に問う。

 

「元気そうで何より……と告げたいが、クロイスベル――お前と民は死んだのではないのか?」

 

 問われた側の、都市長は難しい顔へと変わるが、頷き答える。

 

「……そうなのかも知れません。私は目覚めて2時間程ですが、この都市で最期まで生きていた者達の話や、中央の城の尖塔や、外周壁から見渡す周囲の惨状の報告など聞き、実際の戦場の光景を見るに否定は出来ません。

 しかし今――私達は皆生きております。これは間違いの無い事実として申し上げておきます」

 

 都市長の言葉に、跳ね上げ橋や門の両端へと並ぶ騎士達の見せる顔も多くが頷いていた。

 その自然な様子を見て、国王が言葉を伝える。

 

「……そうか。死と復活を経験するなど想像もつかぬが、再び生きてお前や民達に会えたこと――嬉しく思うぞ。皆、出迎え、大儀である」

「陛下……ははっ」

 

 クロイスベルを始め、都市側の居並ぶ者達全てが、国王へと礼を尽くす。

 ランポッサIII世はここへ来た用件を伝える。

 

「私が足を運んだのは、都市の実際の様子について確認する為だ。都市内の状況はどうだ?」

「はっ、まだ調査中ですが、恐らく破壊される前の状態へほぼ戻っていると思われます。ただ、以前より老朽化の目立った箇所も結構あったのですが、それが全て新築同様になっている事には驚きましたが」

「むう。そんな変化まであるのか」

 

 国王同様にレエブン候も内心で唸る。

 

「……なんたる状況(幻影の場合、嘗ての物の記憶からなどの映像的真似でしかないはず。過去とは違う物が現実に構築されたのは間違いないという訳か。更に死んだ臣民が生き返っているなど……)」

 

 その侯爵の疑問は、呟きの様に口から出る。

 

「因みに確認されている都市内の(復活した)生存者の数はいかほどか?」

「概算ではありますが、直前の人口状況から少なく見ても30万人は下らないかと」

「「さ、30万だと………」」

「本当なのか!?」

 

 侯爵だけでなくランポッサIII世や耳にした貴族達も、驚愕の数字に目を大きく開き上体が少し仰け反る程の驚きを示した。

 3人とかでないのだ。いや本来、1名を復活させる事でさえ大事である。

 非常に貴重な信仰系の第5位階魔法が必要なのだ。魔法毎に、金貨で対価を払うならば数万枚が必要であろう。更に挙げれば、難度の低い者は殆どが灰になってしまうと言われている。

 クロイスベルは分かりやすく状況を伝える。

 

「確認中ながら今のところ、都市内で()()()()()()死者どころか一人分の灰も見つかっていないのです」

「「……」」

「むぅ」

 

 都市長はまくし立てるように伝える。

 

「愛する家族が街の混乱の中で建物の下敷きになり、火炎砲に巻かれて死ぬ様子を確かに見たという夫人も、死んだはずの夫や子供達と自宅で再会し大喜びしたとの報告もあります。外周壁上の兵士達も、竜王の初攻撃の大爆発で、全身炎塗れになり宙へ舞ったところまで覚えているなど、夢物語の如き報告ばかりです」

 

 国王は、実物感しかない頑強な門や高い外周壁に周囲の者達の様子を冷静に見て、都市が完全復活している事を事実として認めようと考える。

 それは他の貴族達が大戦で大きく疲弊する中、直轄領としていた王家にとり大きな権威と力をもたらすのである。

 ランポッサIII世が言葉を都市長へ告げようとする前に、クロイスベルが当然の疑問について尋ねて来た。

 

「陛下。この都市の状況は、一体何が起こったからなのでしょうか? 単に愚考しますと、まず高位ないずれかの魔法詠唱者による魔法なのでは……と。兎に角、都市の民衆の多くが――今の現実に大変感謝しております。私もその一人です」

 

 都市長の言葉の直前、国王は以前のように、直轄領である自領内を散策する気楽な思いでクロイスベルへ「()()()()()都市内を一通り案内せよ」と告げようとした。

 ランポッサIII世は、ハッとそれを飲み込む。

 なぜなら、この都市と周辺は一度、竜王の軍団に蹂躙占領され、王家も『和平の使者』や王城会議で見捨てた地域である。更に、占領した竜王側は、譲渡する者として『再建した者』『直ぐ面倒をみれる者』という周辺経済に重く厳しい条件を示している。

 それらの事実はいずれエ・アセナルや周辺の貴族と民衆へと伝わるのは確実。

 大戦で王家と縁戚も、2万近い兵を失っており、戦力面で大きく疲弊した。ちょっとした反感からの暴動へも、王家単独の武力では対処が難しくなっている。

 軽はずみな言葉で手順を間違えれば、思わぬ事態に発展すると考えた。

 特に、気難しい竜王の意志を蔑ろにすれば、無視されたという怒りから、再侵攻という悲劇を呼び込みかねない。絶対にそれだけは避けなければと思う。

 なので、国王はまず事実的な言動を選んだ。

 

「都市の復活には――()()()()()である旅の魔法詠唱者、アインズ・ウール・ゴウン殿が力を貸してくれた」

「おおおぉ……陛下、その()()()()何処(いずこ)に?」

 

 興奮気味の都市長から尋ねられ、一瞬逡巡しかけ国王は視線を左右へ振ったが、観念したようにゆっくりと左側へ振り返り、腕を伸ばして示す。

 

「あの仮面の者がゴウン殿だ。都市の皆で礼を申すが良い」

 

 ここはまず、王としての度量を示す方が得策だと判断し、利権に関係ないところを許す。

 ゴウン氏は貴族達の後方に立って居たが、大柄な容姿や独特な仮面と装備により、都市長からも認識するのは容易であった。

 

 御方はルベド達や国王を守る戦士長と共に、レエブン候の率いる200の騎馬騎士隊を含む300名程の近衛部隊に同行してこの場へ来ている。竜王の衝撃的宣言を受け、当然であるがランポッサIII世と侯爵の雰囲気が違っていた。大都市一つと広い周辺特上地の話である。王家の総資産でもかなりの比率を占めただろう規模。

 合流直後に御方の「もう出発されるのですか?」へ「そうですな、間もなく」と侯爵の返事ぐらいで、権利に関して直接的なやり取りはせず。

 同行中も国王らは――敢えてエ・アセナルについて語らなかった。

 ゴウン氏から、竜王の発言を背景に強気で不愉快な言葉が有れば、『そんなに欲しいのか?』と突っ込む意味でも……。

 超越者の竜王相手ならあっさり諦めがついて、下賤の人間相手ならば強欲が出る……それが王国貴族の本質なのだ。

 

 クロイスベルがランポッサIII世へ断りを入れて、跳ね上げ橋を渡り終え仮面の魔法詠唱者の方まで歩いて来た。

 貴族達も状況から、仮面の魔法詠唱者の前を空ける。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様、ですな?」

「ええ、そうです」

 

 その返事に、都市長は感激深く、一旦目を閉じ丁寧に会釈をして言葉を紡ぐ。

 

「私は、エ・アセナル都市長のクロイスベルと申す者。陛下より聞きました。滅び去った我々エ・アセナルを元の姿へと救って頂き、都市市民や貴族達を代表して、ここに深く深く御礼申し上げます。私達は、これより救世主である貴方の事を、この都市の歴史に刻んで永遠に忘れません。本当に深き感謝を。今後、ゴウン様に苦難ある時は、我らエ・アセナルが総力を挙げて御味方させて頂きます」

「「「――!?」」」

 

 クロイスベルの決意に満ちた雰囲気から彼個人では無く、事前に都市内で貴族や大商会に街長などの意見統合がされていると感じられた。

 この発言に、国王とレエブン候だけでなく10家程の有志貴族達も危機感を抱く。

 

((……この状況、王家の直轄領に戻った場合でも、統制が難しくなるのでは……))

 

 民衆はともかく、都市を統治するはずの貴族達の忠誠や経済面に影響をもつ大商人達が、領主の王家から少々離れている感じは結構問題である。

 過去には大都市統治で不正をした貴族達を入れ替え刷新した歴史も残る。ただ、刷新する場合、王都やエ・ランテル近郊の貴族達との所領替えとなり、大混乱になる危険も伴う。上手く配置変更出来なければ、不満を持つ貴族は隣接する家も巻き込んで倍加する。

 いずれにしても不満や不十分な統制を残せば、エ・アセナルにおける王家への税収面で少なく見て数割減が何年も続くはずだ。

 最悪、その金が王家領地内での内乱の資金元となり、勃発――。

 

 だから思い切った改革として――ゴウン氏を政治的立場で上手く取り込むのも一つの手だ。

 

 しかし、レエブン候には少々納得出来ない部分があった。

 

(どうなっている? ナゼ、ここまで迅速にエ・アセナル内部で結束する動きが起こった?)

 

 一応、侯爵は戦前から王家の領地であるエ・アセナルの経済や統制状態について、自領内との経済交流を持つ面から把握している。

 その報告内容で各支持勢力は、国王派4割5分に貴族派2割、中立は3割、裏5分といったバラついたものであったはず。

 それが、短期間で一気に意思統一がされたかの様子。

 

(ただ、先程の国王への礼を持った態度を見ると、考え過ぎなのかもしれない。確かに立場の小さい一個人の恩人へ力を持つ組織の都市が、ある程度の助勢をするのは考えとして十分有り得る)

 

 実はこれは復活魔法の影響であった。要するに、復活魔法の使い手へと協力する強い絆的感情が芽生えるのだ。例えるなら、窮地を救われたカルネ村状態である。

 これが大都市規模で熱烈に起こっていた。

 もし王家が復活魔法の使い手の敵となるなら、エ・アセナルはどう出るだろうか……。

 ゴウン氏は魔法の効果項目に住民感情があるのを知っている。ただし、効果度合は『ランダム』で稀に変化という説明文も読んでいた。なので、少ない当たりを引いた事に気付いていない模様。

 国王らの手前、支配者はクロイスベルへと無難で控えめに伝える。

 

「国王陛下より招かれ、今は王都で不自由なく王宮住まいなので大丈夫です。まあ、流石に今後もずっとと言う訳にもいかないので、困ったときはお願いさせて頂きます」

「畏まりました、ゴウン様」

 

 都市長は、ゴウン氏へ会釈をし国王の所まで戻って来ると、高貴な客達へ伝える。

 

「では、皆様、エ・アセナルの都市内をご案内いたします。私に続いてください。門内には馬車もご用意しておりますので」

 

 馬でここまで来ていた国王やレエブン候の他、リットン伯爵ら大貴族達と護衛数名は、結構豪華でオープンな四輪馬車数台へ乗り込んだ。ゴウン氏とルベドにユリは箱型の馬車へ、あとは近衛部隊の150騎程の騎馬騎士隊が続く。残りは北門内すぐのところで待機する。

 流石に都市長の話を鵜呑みには出来ないのだ。隊列の前後と側面にも騎馬が付き、厳重な警備での移動となった。

 しかし、復元された都市内は平和であった。基本的には、破壊される前と酷似している風景が広がっているだけ。

 国王達の隊列は民衆から歓迎された。特に都市の救世主だと広まったゴウン氏の乗った馬車が、皆からまるで神へと祈るかのような礼を受け続ける……。

 都市内をぐるりと1周し、都市中央の高台に(そび)え立つ鋭い塔状の城の中へも国王やレエブン候達は訪れたが、新築されたような真新しい立派な城があったと言う話。

 ただ、エ・アセナルの状態を確認するにつれて、国王やレエブン候が特に気になり注目している事項がある。ただそれは、多くの者に聞かせられない内容だ。

 城内の、眺めの良い高い位置にある会議室。此処には護衛他と貴族達20名程しかいない。都市の名門貴族達5家も加わる中、国王がクロイスベルへその重要事を問う。

 

「都市長よ、今、この都市に穀物類はどれほどある?」

「一応、陛下より〝今年もあると見る帝国との戦争に備え、戦地から最も遠いこの地へ()()()()〟との事でしたので――かなり備えております」

「「「おおおぉぉーーっ!」」」

 

 この問いに、王国派、貴族派を超えて貴族達は沸いた。

 他家の貴族も居るため、明言はしなかったが。かなりと言う数字は、例年の王国軍の動員数20万に対しての兵糧量を指していた。少なくとも複数カ月分はあるという事だ。

 今年の収穫期まで、あとひと月半程である。正に1年で最も穀物備蓄量が減る時期に、穀倉地帯が戦場になった上で、備蓄基地のエ・アセナルが壊滅した状態であった。

 国家として相当窮地と言えた状況。だが、備蓄基地のエ・アセナルが奇跡的に復活した。

 秋に帝国との戦いがあるかはまだ不明だが兎に角、捕虜となっていた6万人の食料だけでなく、膨大過ぎて正確な数が把握出来ていない難民への食料も何とかなりそうである。

 故に、国王ランポッサIII世が告げる。

 

「今は、非常事態である。国王のランポッサIII世として命じる。蔵を開けよ! 都市外で窮状に苦しむ民へ配給する準備を整えいっ」

 

 なんて慈悲と慈愛に満ちた国の主らしい宣言だろうか。

 そんな国王の発言へ対して、エ・アセナルの都市長は――難しい表情で答える。

 

「お待ちください、陛下」

「な、なんじゃ?」

「先程、私は知人より、とても重大な事を聞き及びました」

「――何をだ?」

 

 クロイスベルの様子の変化に、ランポッサIII世の目が細まる。

 王も、この会議室へ入る直前に、都市長が廊下で都市内の貴族から耳許で囁かれている姿を見ていたのだ。子爵の、驚きで目を大きく開いた様子はこの状況を予感させた。

 クロイスベルは静かに語る。

 

「撤退する竜王が残した言葉でございます。陛下、我々エ・アセナルの者達は全て一度竜軍団に殺され、都市は完全に破壊されたのですよ? 恐れながら陛下のお言葉と竜王の宣言、我々がどちらを恐れるのかを、都市長の私が改めて述べる必要があるのでしょうか?」

「――っ」

 

 席に座る都市内の名門貴族達の強い視線が全てランポッサIII世へ向かう。

 国王が言い澱む中、都市長は改めて述べる。

 

「陛下、竜王は〝都市跡と周辺の地は再建した者へ全ての権利を譲渡する〟と言い残しており、これに従って頂かねば、エ・アセナルの者達は納得出来ません。この話は、会見場に程近い戦場からエ・アセナルへ帰還した冒険者達から既に都市内へ広まりつつあります。陛下の慈悲に満ちた御言葉さえ、真の恐怖を経験した者達の心には及びません。下手をすれば都市や市民の事を再び見捨てる行為として、大規模な反乱さえ起こる恐れがありますっ」

「くっ……。そうであるか……」

 

 苦しい状況を前にする国王の顔を、レエブン候が見る。

 平時のランポッサIII世は、道理を曲げて民衆を虐げる非道な王ではないと知る。

 

(だが、今は非常時。王城会議でエ・アセナル周辺を見捨てるしかなく、それを告げた漢が取る次の手段で、王家の進む未来が示される気がする)

 

 国王はこの場で、あからさまにレエブン候を頼る訳にはいかない。

 エ・アセナルはあくまでも王家直轄領。判断は当主である自分で考えるしかなかった。

 ただ、王とて多少の駆け引きは知っている。ボールをぶつける相手も。

 

「――ゴウン殿、貴殿もきっと同じ判断をすると私は見ていたのだが?」

 

 ここで、さも代行して告げたように誘導するランポッサIII世。

 狙いは、国王の言葉をそのままゴウン氏が告げる形にすることだ。当面の流れをそう固めたかった。

 王の言葉を受け、ゴウン氏は静かに答える。

 

「……そうとも言えますし、少し違うとも言えます」

 

 ただ、ボールが思い通りやまともに返って来るかは賭けとなる。

 国王達がここまで一切、エ・アセナルの件を話題にしなかった事で、絶対的支配者には考える時間がそれなりにあった。

 竜王の言葉など、彼にとっては「文句あるなら俺に勝て」と言えば済むので実は小さい。

 最初の問題は、大都市であるエ・アセナルの権利を貰ってどうするのかと言う判断。

 先程一度は『手に余る』と言う考えから、国王へ返せばいいだろうと思った段階で、世界征服を目指すナザリックの主人として、NPC達へそれを正当化する論理的な理由が思いつかなかった。

 また単に、征服者の矜持的な言葉で押しのける事も出来るとも思ったが、よく考えれば今回の面倒を回避したとしても、次に征服者として他の都市を支配下に収めれば、結局避けられない道だと分かる。

 ならばと、御方はエ・アセナルの面倒を引き受けた場合について色々考え始めていた。

 

 

 結論から言えば、運用は自分ではなく――味方の出来る者に任せるのが一番、である。

 

 

 なので大事なのはそこまでの筋道となる。

 ゴウン氏は、まず状況を最大限に利用し、主導権を先に握る事が重要と考えた。

 

「国王陛下。戦争が終わった直後で皆、不安が去っておりません。とにかく今はエ・アセナルの者達の混乱を抑えるのが肝要かと」

「う、うむ」

()()()()()、竜王の言葉に従いつつ落ち着いた安全な状況を整えるべきでは?」

「それは確かだが……」

 

 王家の当主は目を閉じて思案を巡らせる。他者は、踏み入れない場面。

 ゴウン氏の言葉には、一時的に王家の持つエ・アセナルに関する全ての権限を与えるという意味合いが含まれる。だが確かに、体験しがたい不遇に接し、終戦直後で不安の充満した人口30万以上の大都市と周辺を、落ち着かせる事が第一だという考えは理解出来た。

 それを整えてくれるのなら、()()()()()の利権による多少の稼ぎがこの仮面の魔法詠唱者の懐へ入ったとしても互いに助かるという話。

 いずれは、この男の元に嫁ぐ第二王女の為にもなるはずだと――。

 また都市内には依然、10家を超えて王国派貴族家も残り、彼等の管理地が点在するので制約も結構ある。

 国王ランポッサIII世は百歩譲る気持ちで、将来の婿殿をここは信用する。

 

「――難しいが、やってくれるか、ゴウン殿?」

「陛下!」

 

 レエブン候からの、今暫く再検討を促す呼びかけに、王は視線を向けながら首を横に振る。

 王都を動かないという彼の話も、今となっては極々小さい懐かしい宣言と言える。

 戦争では戦果や結果がすべてなのだ。

 力を示し功を上げた者が、呼び込んだ状況で新たに大きいモノを掴むのは王国に限らず、亜人圏も含めて全世界共通である。

 侯爵としては、ゴウン氏との裏取引を後に回した事が悔やまれる。同時に、反乱等を避ける為に再建した者(ゴウン氏)へ権限を渡さずとも、民衆や都市側の総意で難民らへの食料援助等を誘導する事は可能と考えていた。まあ工作に時間は掛かるのだが……。

 そんな侯爵の様子を横目に、あくまでも臣下としては従わないという確認も忘れず行う絶対的支配者。

 

「……客人としてですが、構いませんか?」

「うむ。異例であるが竜王の意に沿い、国王ランポッサIII世の名において、エ・アセナルを再建したアインズ・ウール・ゴウン殿へ都市に関する全ての権利を与える」

「「おおおっ」」

「なんと」

「まさか、貴族で無い者が……」

 

 エ・アセナルの混乱を抑える為とはいえ、この場に居た貴族達は国王の決断に多くが驚く。

 貴族以外が都市の全権を持つなど、王国建国以来初で前代未聞の決定であった。

 更に、ゴウン氏は王国国民でさえない旅の異邦人……。

 ランポッサIII世としては、一度権利を渡すことで竜王の言葉を通した事案になる。今後返還されても、竜王の言葉に反した事にはならないと。

 でも返還されるかは、信じた婿次第であるが。

 また王は王家の……息子達の反応も気になる。娘達は兎も角、第一王子と第二王子、二人が納得するかは微妙だと既に感じていた。

 両名とも臣民などへ気遣いを見せる程、繊細ではなかったから。

 バルブロは市街を焼き払ってでも下民の反乱を鎮めて見せると豪語するだろうし、ザナックも郊外などへ誘導して、結果的に抵抗勢力を皆殺しにするはず。

 国王が、ゴウン氏を敢えてそのまま起用したのは、貧しいカルネ村を救ってみせた事と、竜王達を生かして説得した面も大きい。

 

(私が臨む統治者とは、弱き者へも目を向ける事が出来、敵対勢力を殺して回っても恨みしか残らないと理解する寛大さも持つ者だ。甘いかもしれないが……)

 

 ゴウン氏が都市全権者となって、この場で喜んだのは都市長のクロイスベルや都市内の名門貴族達である。

 

「ゴウン様、おめでとうございます!」

「「おめでとうございます!」」

 

 子爵達は場で浮いた形の拍手までしてくれた。熱烈な歓喜である。それへ混ざる様にルベドとユリも無論即時に拍手を始める。続く形で、ゴウン氏を選んだ国王もゆっくりと拍手を始めた事で、ガゼフや他の貴族達もパラパラと拍手を送った。

 領主が貴族でないという特例ながら、ゴウン氏は正式にエ・アセナルの領主として認められた。10家を超える大貴族が参加した会議内で承認され、貴族規定を満たしたのである。

 ただここで、特権階級連中の観点からやはり「平民ではいけない」と言う声が上がった。

 そのため急遽、この場にてゴウン家について王家客人として暫定的に『王家承認都市領主』という地位が設けられ規模から大貴族並の扱いと変わった。

 実質、一気に独立領主だ。『リ・エスティーゼ王国ゴウン家自治領』とも呼ばれるようになる。

 この一連の光景を、王に近い席で見ているリットン伯爵は唖然とするしかない。

 ひと月程前、屋敷での偶然的面会もあり、貴族派の表の戦力にと上手く勧誘してやったが、単に腕の有る下賤の放浪人と思っていた者。ソレが、ただ一度の大戦で余人の及ばぬ力と大功を示し、大貴族さえ口出し出来ない状況の中、途轍もない躍進で出世してしまったのだから。

 

(……平民風情がいきなり大貴族だと、独立自治だとぉ! どうなっている? いやそれより、ボウロロープ侯爵が居なくなった今、私はこれからどうすべきかを考えなくてはっ。奴だ、この仮面男を上手く利用するんだぁっ。……それにしても屋敷でのあの晩、このルベドという美しい女だけでも、モノにしておけば……クソぉ)

 

 最後は下卑たイカガワシイ思考に辿り着くという貧相さが、腐った王国貴族らしいと言えた。

 一方で、力不足の王に強気だけの王子達とリットン伯爵のような足を引っ張る貴族達の犇めく王国を背負う形のレエブン候。彼はゴウン氏への都市権利贈与へ警戒や反対の意志を持ちつつも、当面の評議国側の動きを睨んだエ・アセナルの立地と安定、またゴウン氏との協力と友好は絶対だとし、今は総合面を優先する形で黙認した状況。

 他の貴族達もやむなしの表情。

 ただ言えるのは、以前からゴウン氏が周りへ見せた礼儀作法と教養に加え、並みの大貴族さえ持たぬ、超高級馬車や絶世の美女達などを所有する点。今回もほぼ権力側に立つ者の振る舞いで、平民とは明らかに異なって見えたのも特別な地位を認められた事へ繋がっている。きっと、故郷でゴウン氏は間違いなく元上位階層の出だと。

 でなければ、国王が教養や生活水準の低く卑しい者へ、重要な領地や大事にする王女の一人を輿入れさせようとは絶対に思わない。

 こうしてゴウン家は、リ・エスティーゼ王国において、臣下の貴族ではないが平民でもなくなったのである。家の地位向上により、側近配下のルベド、シズ、ソリュシャン、そしてナゼかユリまでも騎士長並扱いとなった。

 

(ゴウン殿にルベド殿、おめでとう! ユリ殿も、おめでとう。ぅ……)

 

 無常な事に、ガゼフはユリに身分であっさりと抜かれてしまった。

 また、これで公では立場上、友人へ『様』を付けなくてはならない。

 戦士長としては、嬉しくもあり悲しくもあった。

 

 

 

 ともあれ、御方が国王の臣下ではない形で領主となって全権利を得たという事は、実質的にこの領土内において君主相当となる。どこからも何の制約も受けないのだ。都市内貴族達へ命じ、動かす事も可能だろう。

 更に、支配する側の特権力を我欲に甘んじて使う事で、住民達の処刑や略奪的徴収さえ、思うが儘に正当化出来る立場である。

 もっとも、恩には恩で返す事を考える絶対的支配者は、今そんな凶行など考えないが。

 ただ、王国内の貴族領の多くで、反乱無き規模で正に『我欲』が実行されている現状にあった。ここ数年の停滞する王国経済事情と、年々かさむ戦費の調達が最大の原因ではあるけれど……。

 ゴウン氏とすれば、エ・アセナル行政はあくまでも都市支配管理の予行演習に過ぎない。

細かい部分は追々対応するとして、第一に最近の実状を把握ののち都市市民の生活と経済を上手く回したいところ。

 またそれを、国王の客人で旅の魔法使いで『人間の領主』として成し遂げる必要がある。

 

(とりあえず、捕虜になった周辺住民や難民達の面倒を丸投げされた状況だよなぁ。でもまあ、一応――経験豊富な現役の都市長が居る訳だし)

 

 そう、御方は大きく悩んでいなかった。初めての事に不安はあるが。

 全く知らない事なら知っている者からきちんと学べばいい。社会人の基本でもある。

 とは言え、一から十までや何度も同じことを聞くのは、馬鹿に他ならない。

 要点を押さえて理解し覚え、コツを早く掴み応用も考え、同様以上の成果を出せる事が重要である。

 この能力が、その者の価値を大きく左右する目安になるのは間違いない。勉強も然りだ。

 ゴウン氏は国王やレエブン候達の居る前で、領主として口調もそれらしく最初の指示を出す。

 

「都市長。まずは――国王陛下をはじめ、皆の方々へ食事の用意を。護衛の者達へもだ」

「「「――!」」」

 

 直前までは、エ・アセナル自体の現存確認や、全権利の所在など重要事案が並び余裕が無く、忘れていたと皆が気付く。

 長く宝物装備を付けていたガゼフは別として、少し前までランポッサIII世を筆頭にこの場の貴族達は何日も徹夜気味で慢性的な睡眠不足の上に戦場を越えて来ており、食事さえ定時に取れない境遇であった。でももう戦争は終わっている。

 時刻は午前8時に近かった。

 東向きへ並ぶ広く高い窓からの朝日が、徹夜の者達にはやけに眩しく感じる時間でもある。

 加えて一行には、まだこのあと戦場内の威力偵察活動も選択肢には残っており最悪、実戦も再度有り得る。行動するにはまず体力。食事は不可欠な事柄だ。

 

「はっ、直ちに。この城の外や北門の傍に控える者達の分も手配します」

「よろしく頼む」

 

 扉を開け、外の配下へ指示を出す都市長の反応から、既に事前準備はされている感じを受けた。国王派のクロイスベル子爵家であり、領主だった国王達を招いたとなれば当然ではある。

 少しでも目端が利き、気遣いの出来る者が有用なのは確か。

 

(クロイスベルがそうであって欲しいけど)

 

 ゴウン氏は先程から、領主の立場ならば何を要望されるかを順次考えている。

 食事など、ほんの手始めにすぎない。

 最大案件は無論、解放されるという大量の捕虜と家や畑を失い周辺に逃げて溢れた難民達の対応だ。

 絶対的支配者は領主として色々と難民対策について構想しつつある。

 嘗て社会人として営業職であったが、大まかに見積もりを自分で出す部分もあり、担当事案について色々考える機会と経験を持つ。

 此度、捕虜と難民らへ対しては、食料だけではなく居住に関する面と、それを実現する為の労働力と資材等々の調達も要する。ただし都市の全能力を救援活動へ向ける訳にもいかない。都市住民の生活の余力範囲で賄う事が最良だろう。実現にはどういった手を打つべきか。任せられる者がいるのか。

 経験のない広い視野で全体を見る必要があった。

 

「……(はぁ、面倒臭いなぁ……アルベドとデミウルゴスは、こんな事を終始考えてるんだろうけど)」

 

 守護者統括と第七階層守護者には各々(おのおの)ナザリックで重要な役目を与えている。人外の姿を持つ部分もあり、安易に呼ぶのは無理と思えた。

 

(誰に任せるのかは、まあ後だよな。朝食が終われば戦場内の威力偵察行動に移るんだろうけど、1200名程の部隊に対しレエブン候や国王に貴族達は、此処に残るとかあるのかな? 領主としてどう動き、どう対応したらいいんだろ)

 

 ここまで考えた時、支配者は非常に重要な事を連想で思い出す。

 

(ん、任せる……? げっ、アインズ・ウール・ゴウンが領主となったって事は――影武者のナーベラルも対応する場面があるってことかよっ)

 

 王城の『偽ゴウン氏』は暇……いや客人待遇で優雅な生活の中、大半を宮殿内の宿泊部屋に引きこもり、時々中庭を散策しているだけで大方の用は足りた。

 しかし、大都市の領主となればそうはいかない。執務室で数々の判断を正確に要求される場面が必ずあるだろう。

 

(うわぁ、出来るのかなアイツに……………………。んー、……無理……かな)

 

 冷静に判断し、自陣内へ巨大な落とし穴を見付けて焦る絶対的支配者。

 ゴウン氏自身と替え玉に大きな行動差があるようなら、信用に足る者へ要項を伝えていち早く現場を任せ、王城宮殿へ引き上げた方が賢いと判断する。

 御方が悩む中、周りはこの後の行動について小声でのやり取りが交わされる。5分も経たない内に食事の準備が出来た旨の声が都市長より掛かり、別室に移ると領主のゴウン氏が音頭を取る形で国王や貴族達は用意された食事を口にし始めた。ガゼフと護衛騎士らも、主人らとは異なる一室で手早く済ませる。

 支配者は食事の席で直接「この後、侯爵と陛下はどうされますか」とレエブン候へ確認した。

 こういう行為は、王城の晩餐会に出たソリュシャンから聞いた内容を元にマナー面で推測する。

 特に失礼とはならないはずである。ただ全員へガチで聞くのはマナー面で微妙。

 さり気ないのが良いとされる。

 例えば、客側としても「泊まる」と言う話を後でする事は少々マナー違反。準備がいる項目は先に告げておくべきである。客側が家の主へ配慮する部分も存在するのだ。

 レエブン候は食事中の両手を一度置くと、ゆっくりナプキンで口許を整えてから語り始める。戦時中は余裕もなかったが、やや平時に移ったので、六大貴族としての振る舞いを見せた形。

 

「この後は予定通り、各家からの騎馬隊総勢500と兵300が手分けをして、戦場の東西南北についての威力偵察へ向かいます。陛下におかれては西部の王子殿下の部隊へ移動されるとのこと。我々各家の当主らは其々が率いる兵団へ戻り、近隣の負傷者対応や撤収へ向けた準備に入るかと」

「分かりました」

 

 ゴウン氏が都市長へ視線を送ると、全て聞いていた彼が頷く。

 直ぐにクロイスベルは、部屋の扉を開けて外へ控えていた者達へ指示を出していた。

 

(流石、都市長だなぁ。手際がいい。味方だったら凄く助かるんだけどなぁ)

 

 ゴウン氏は復活魔法の効果による住民感情の変化を見落としていた。単純にこの場だけ、クロイスベルが新領主へ面目を立てさせる形で動いている程度と考えた。

 当然だろう。御方も王城や会議などで強欲で自己中心的な王国貴族を数多く見て来ている。無償で手伝う王国貴族など、ほぼ皆無だと。クロイスベルらは新領主へおべっかを使い、金貨という甘い汁を吸い上げる為に、上手く利用したいだけなのだと勘違いするのも自然であった。

 そうではないと分かるのは、もう少し後となる。

 食事が終り、国王らは都市中央の城を出て速やかにエ・アセナルを去る。午前9時頃だ。

 既に騎馬隊500と兵300は、戦場各地への威力偵察に出陣して姿はない。400名程が護衛で中央の城傍へ残っていたが、それぞれ都市三方の最寄りの門を目指し始める。

 ゴウン氏は、城前でレエブン候ら有志貴族達を見送ると、騎乗し南西門までガゼフ以下20名程の護衛が付くランポッサIII世を見送って、エ・アセナル領主としての初の応対を無事終える。

 

「それでは、ゴウン()。スマラグディナ()にアルファ()も、また王城にて」

 

 門で別れる戦士長からの、ゴウン氏達へ向けた敬称が数時間前とは違う。これも現実。

 ひとえに旅の魔法詠唱者が大戦で見せた、隔絶した成果と(パワー)を示していた。

 ただ、王国最強と言われる男が素直な敬意を込めてのものでもある。

 ルベドには騎士長位に相応しく、ファミリーネームとして取り敢えずタブラさんの家名を名乗らせる。

 戦闘は終わっているので、支配者は眼鏡の戦闘メイド(ユリ)をエ・アセナルへ残した。依然、ガゼフには王都までハンゾウを付けるので問題無しとして。

 

 レエブン候を含む此処(ここ)(つど)う大貴族達の殆どは仮眠を取りたい一方で、出来るだけ早く自領へ戻る準備をしたいと考えていた。

 自前の経費を食いつぶし続ける戦場に居るメリットはもう何もないのだから。

 エ・アセナルの領主がランポッサIII世のままなら、あわよくば国王へ少しの協力を申し出て、難民や捕虜達を多く得る事も目論んだと思うが、そう成らず。

 今はエ・アセナルと周辺の面倒事をゴウン氏へ押し付けた現状で我慢している。

 なぜなら多少の経験では、領地の都市運営に失敗する可能性が極めて高いと思われたから。竜王への建前と、個人の強さだけでは、越えられない壁があるのだと。

 リットン伯爵にしても、クロイスベル子爵ら都市内貴族の態度や様子は少し気になる。

 元々クロイスベルらはどれも濃い国王派の家柄。領主が変わる事に抵抗があるはずなのだ。

 竜王の恐ろしさを身に受けた面をどう捉えるかで、見方は結構変わってしまうが。

 

(……都市長として、今は都市の安定に新領主移行が不可欠との判断も、まあ間違いではない)

 

 将来的に権利が国王へ戻るだろう都市の維持は、エ・アセナルの名門貴族達の一時的背信行動を大きく弁護するだろうし。

 彼等が任されているのはあくまでも都市の部分的統制だ。そして、今回の領主変更の判断はランポッサIII世が行ったもの。確かに初めはゴウン氏へ従い、気分よくさせるのも手ではある。

 

(平民出の魔法詠唱者め。離反的動きの領内貴族達と、不満ばかり叫ぶ下民共で上手くいかない都市運営に苦しみ、皆の前で赤恥をかくがよいわ。それと、配下の美女達は奴に過ぎた宝よ。後々、私の所で床の騎士としてジックリ雇ってやろう)

 

 きっと冬が終わる時分には、都市運営に関する大失敗を貴族会議の場で、王国中の貴族達から糾弾される成り上がり者の姿が目に浮かぶ伯爵であった。そんな平民男を見限った奴自慢の美女達がエ・リットルの自宅屋敷の閨で乱れる姿を想像し、平民の出世に対する不満への溜飲を下げる。同時に、ゴウン氏の特権地位剥奪への道筋とそれ以後についても勝手な妄想を描く。

 

(そうだ。これからは金の掛かる施設普請他、皆の難事も押しつけ馬車馬の様に働いてもらい、領地運営から逃げ出させる。下賤の男には戦場働きとして我ら貴族派の表戦力に戻ってもらわんと。まずは何を申し付けようか。ふはははははっ)

 

 正に自分で自分の首を思い切り絞めるような、そんな事とは全く知らずに口許を綻ばせて自陣へ護衛と帰ってゆくリットン伯であった。

 

 

 

 ゴウン氏とルベド達は、エ・アセナル中央の高台に鋭くそびえ建つ城まで、南西門からの大通りを馬で駆け抜け戻って来る。石畳は大通りやお城周辺の一部に限られている様子。

 帰城直後、御方は新領主として都市長へ朝食途中に指示し集めさせていた、都市内の貴族と大商人や大商会、長老や街長ら都市の重鎮達との城内会議へと臨む。

 無論、今の都市の状況と問題点を早く把握し動く目的でだ。

 ただ御方は、会議室へ行く前に()()()()の場所を聞くとそちらへ向かった。

 

 わざわざこんな場へ来たのは、ここで配下に連絡を付ける為だ。

 独り言を語る風の〈伝言(メッセージ)〉を、衛兵の立つ廊下や都市長等の居る場所で気軽に使う訳にもいかない。かと言って「少し休憩する」として時間にすれば10分程だけ、ルベドらと個室へ下がるには短すぎる。『用足し』とすれば不自然はないし、ルベドやユリは外で警戒しているので秘匿性も十分と考えた。

 実は、城への戻り道の駆ける馬上でも既に連絡を取っていた。先に通話した相手は3名。

 最初はソリュシャン。次に――デミウルゴス。最後にマーベロことマーレである。

 ソリュシャンには、領主になった件と至急ナーベラルと共にエ・アセナル中央の城まで不可視化で『替え玉に備えての下準備』として来るように伝えた。

 金髪巻き毛の戦闘メイドは「おめでとうございます! 流石はアインズ様っ。世界征服の大きな一歩かと!」と興奮気味に告げられ「直ちに参ります」の言葉で連絡が終わる。

 デミウルゴスへ連絡したのは、ヘカテーの上司であるからだ。ただちょっとズレた展開に……。

 

「〈伝言(メッセージ)〉。デミウルゴス、聞こえるか?」

『はい、アインズ様。良く聞こえております。ヘカテーの件でございましょうか?』

 

 何気ない眼鏡悪魔からの返事に、絶対的支配者は勝手に深読みし驚く。

 

(うえっ、何で知ってるんだよ? まさか都市運営の手伝いをさせようとしてる俺の考えが、もう全部読まれてるのか? いやデミウルゴスならあり得るなぁ)

 

 でもここは、素晴らしきナザリックの(あるじ)として冷静に言葉を返す。

 

「――その通りだ」

 

 そして続けて、自信に満ちる雰囲気で()()()()()()()()を重々しく述べる。

 

「お前なら、もう全て分かっていると思うが――私はアイテムで廃墟から復活させた王国の大都市エ・アセナルを、()()()()王家より交渉だけで容易く奪う事に成功した。そこで、統治に少しヘカテーの力を借りようと思ってな」

 

 忠臣の大悪魔へと、そう伝えた瞬間。

 

『流石……流石はアインズ様! このデミウルゴス如きの考えが、到底及ぶものではないと新たに悟りました。まさか、もう大都市を手に入れられようなどとは。それに、都市運営にヘカテーの参画と仰るならば、もう私の考えている〝トブの大森林への侵攻(ハレルヤ作戦)〟の最後の秘策の全貌までもとうにご存じなのですね』

「(えぇっ? いや、全然分かんないんだけど。でも言えないよなぁ)……まあ、ある程度はな」

 

 主の、そんな誤魔化す返事すら、当然大いなる謙遜にしか聞こえないデミウルゴス。

 

『私の計画予想では、王国内の都市の一つを交渉だけで得るのに最短で少なくともあと半年は必要と考えておりました』

「いや、お前の手も悪くはない。実現しその都市が私の下に加わるのを楽しみにしているぞ」

『ははっ。アインズ様の素晴らしき鮮やかなお手並みを参考にさせて頂き、更に早くお届けする事をお約束いたします。また、先程のヘカテーの件は了解致しました。ヘカテーの方には、こちらからソリュシャンと共にナーベラルを上手く補佐するよう伝えておきましょう』

「よろしく頼む、ではな」

 

 駆ける馬上の御方は「ふう」と思わず小さく溜息を吐いたが、ヘカテーへの説明が丸々省けたのは重畳だ。

 ヘカテーを飛ばし、直ぐに次の者へと移る。

 支配者はマーベロへと、早くも『竜王国への救援部隊』に関しての話をするべく〈伝言(メッセージ)〉を繋いだ。

 

「マーレ、私だ」

 

 すると、直ぐに声が返る。

 

『も、も……も――』

「ん?」

 

 どうやらマーベロ達の冒険者チーム『漆黒』は、アインザックらと離れている模様で『モモンガ様』と可愛く言い掛けていると思った御方。でも、闇妖精の少女が〈伝言(メッセージ)〉を介して届けて来た言葉は違った。

 

『――申し訳ありません、アインズ様っ』

「(えっ?)どうした?」

 

 支配者は、普段の愛らしいマーレに謝らせている原因が何かと気になった。

 すると、彼女は実に済まなそうに伝えてくる。

 

『じ、実は、エ・ペスペルのオリハルコン級冒険者チームの一人が、死んでしまいました』

「――(うっ。一緒に竜王国の救援に向かうはずの冒険者か)……そうか」

 

 一瞬の間を置いた支配者の様子に、マーレが再び謝罪する。

 

『も、申し訳……ありません。如何なるお叱りも覚悟しています』

 

 忠臣のマーレは、一切言い訳をしなかった。

 同行のパンドラズ・アクターの所為にもしない。ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者から『竜王国の救援に向かう戦力の維持』を竜王軍団との戦争中に対し委ねられていたのに、それを失敗した事実が全てである。

 ただし、援護は極力目立たない形でなど、いくつか条件もあった。

 

「マーレ。状況を聞こうか?」

『は、はい。実は――』

 

 マーレの話を纏めると、今、午前9時半前だが。襲われたのはほんの20分程前の話だという。

 アインザック率いるオリハルコン級冒険者部隊。その中にはエ・ペスペルのオリハルコン級チームが2つ入っている。

 アンデッド部隊を掃討し、既に竜王との会見も終わった後で、彼等の部隊は、竜軍団との停戦完遂により先程の会見場から東南部戦線南の外側へとのんびり気分で移動した。

 3時間近く駆けたり歩いて、目的の場所である麦畑傍の草原へ着き、漸く休憩と食事に移ったのが午前8時頃。

 それから1時間程経った時、突如、1体の元冒険者風のアンデッドが現れ、オリハルコン級チームの魔法詠唱者が剣で斬り殺されたという――。

 

「そうか」

 

 だが、ゴウン氏は直ぐに大きな疑問が浮かぶ。

 

「(ん? マーレには、大地や空間を経由して周辺探知が出来る能力を持つはず。なぜ接近を許したんだ?)……その時、お前は敵の接近に気付かなかったのか?」

 

 支配者がその点を確認するとマーレは状況からの予想を伝えて来る。

 

「じ、実は近くの地下に感知はしていたのですが、なぜか位置が200メートル程もズレていて。そのアンデッドは、本当の位置と難度の感知位置をずらせる生まれながらの異能(タレント)の持ち主だったのではないかと……」

「ほう(そんな変な能力もあるのか)」

 

 マーベロとしても、周りのオリハルコン級冒険者達が弱すぎて随分ハラハラした竜兵戦が済み、少し油断していた面も多少あった。

 勿論、彼女は『ズーラーノーン』が戦場周辺の村墓地地下に退避させて温存した精鋭アンデッド戦力の存在を把握していた。ただし、御方からは殲滅指令を受けていない点で傍観となる。

 一方、その状況で墓地地下には、一度『ズーラーノーン』盟主の退避指示へ従いながらも、知性高く独自行動に動いた特殊な個体が、1体潜んでいたのである。

 

 

 ヤツは『混沌の死獄』で生み出された第2世代の元冒険者で、死によって得た自身の難度の増した強さに『酔って』独自に決起した。

 

(……俺様はもっと強く成れル。そうすれば更に盟主様のお役に立てル! それには、もっともっと強いヤツを食らうのミ)

 

 この個体の異質なところは、盟主の命令を都合よく後回しにした部分と、人間だった時の異様な生まれながらの異能(タレント)だ。

 気配的な一連の非実体情報を離れた位置に置ける能力。ただしそれは、本体が視覚的に捉えられると意味のないモノでもある。

 ところがこの異能は意外に、一流の冒険者水準を相手にするほど効果のある能力と言えた。

 また元冒険者の難度は60程でもあった。

 アインザック達が休憩する中、のんびりと気を緩めていたエ・ペスペルのオリハルコン級チームの魔法詠唱者。彼は魔法で防御する間もなく、出合い頭で元冒険者のアンデッドに胸部を深く斬られてあっさり死に、腹をかじられ荒らされようとしていた……。そこで彼の生体反応が消えたわけである。

 

「あっ! うあぁぁーーーーーっ!」

 

 御方の命に反した、あってならない事態を捉え、声を上げてマーベロは猛烈に走り出す。

 アインザックや部隊メンバー達が遅れて駆け付けた時には――。

 

 彼女は、ポクポク(滅多打ち)していた。し続けたのである。

 

 マーベロがその手に持った紅い杖で、草地にうつ伏せで倒れる敵アンデッドの後頭部を何度も何度も殴り、もう完全に砕き切っていた。

 ローブの純白を返り血の様な液で派手に汚し、前で綺麗に切り揃った金色髪を振り乱す褐色肌の小さな少女。口許は真一文字に、前髪下の瞳が深闇の如き影に覆われ、まるで見えない不気味な姿で――。

 組合長以下、皆絶句し、誰も止められず、ただただその光景を見詰めた。

 仲間の死が一番の衝撃も、本気で怒った大人しいはずのマーベロさんの、ナントいう恐ろしさよと。

 

「マーベロ、もうそこまでで。敵は完全に活動を停止しているから」

「――っ」

 

 偽モモンの声に、やっと少女はビクッと動きを止めたのであった。そうしてアンデッドの躯へ背を向けると、余り興味の無くなった目を大きく見開き事切れているオリハルコン級魔法詠唱者の横で立ち止まる。

 彼は、マーベロの〈雷撃の矢(ライトニング・アロー)〉をとても褒めてくれた者であった。

 御方の命令失敗のショックに通り過ぎても良かったが、周囲の雰囲気もあり、少女は膝を折ってしゃがむと右手で仲間だった者の目と閉じてやる。

 そうして、無言のままマーベロは現場を離れた――人間的感情の辻褄はこれで合うとして……。

 

 

 想定外の異能を持つ敵から不意を突かれたマーベロの報告を聞き、未だ馬上の支配者は告げる。

 

「――悪いな。話を聞かれてはマズい者達の居るところへ戻って来た。数分後に再び繋ぐ」

『わ、分かりました』

 

 こうして御方としては、マーレとの早期通話再開の為に『連絡場所』が必要となったのだ。

 貴族専用の()()()()は8平方メートル程と結構広い大理石調の空間。城内では他に、騎士用、平民用と別れているが、これだけ広く綺麗なのはやはり貴族専用だけ。

 支配者は、約10分後という早い段階で再びマーレへと〈伝言(メッセージ)〉を繋ぐ。あまり間を空けると闇妖精(ダークエルフ)の少女が早まった行動をしかねないとも感じて。

 

「マーレ。今は大丈夫か?」

『は、はい、モモンガ様。傍の村の墓地へ皆さんで仲間の方の埋葬準備をしてます。パンドラズ・アクターさんも今はそちらに』

「そうか」

 

 先程のポクポク姿から、()()()()()()の周辺には人が余り近付いて来ない面で助けられる……。

 アインズは先程、少女と連絡を切ってから自分なりに考えた彼女への処遇を告げる。

 

「さて、先程の件だ。冷静に防げたかを判断すると、アインザック以下全員の探知と同時に視覚でも常時見ている必要があり、相当難しいケースと言える。結果は戻らないが、この件でお前を責めるのは酷というものだ。安心しろ、不問とする。あとな、竜王国へ派遣する先遣隊冒険者の穴は発生しない」

『えっ?』

「エ・アセナルが復活したという事は――そこで死んだ冒険者も復活したということだ。もう分かるな?」

『あっ……はいっ』

 

 つまり絶対的支配者は、新たにエ・アセナルのオリハルコン級一つか、ミスリル級冒険者チームを2つ3つなら竜王国へ派遣出来るだろうと考えていた。

 

「それと今伝えるが1時間程前か、私は直轄領としていた国王から、エ・アセナルの新たな領主に任命された」

『お、おめでとうございます、モモンガ様!』

「うむ。私はこれから都市の関係者会議に出る。その場で、来ているはずの冒険者組合長に竜王国への救援参加を強めで打診しておく。なのでマーレは、残った冒険者達の安全を頼む。まあ、あと一人ぐらい減っても問題は無いがな」

『わ、分かりました、お任せください』

「それと――本題だ。竜王国への救援部隊派遣を、アインザックらも巻き込んで積極的に上手く促して急がせよ。こちらで私が積極的に動いては少し不自然だしな。なるべく早くパンドラズ・アクターと入れ替わるつもりだが、それまで任せるぞ」

『は、はいっ』

「ではな」

 

 こうして、御方は新たな指示も与えて、マーレの瞳を元のキラキラへと無事に戻した。

 通話を切った直後、お手洗い内に立つ御方の思考へ馴染みのある電子音が響く。

 

『――アインズ様、ナーベラルです。お呼びにより、部屋の外まで来ておりますが』

「そうか。ソリュシャンから話は聞いているな?」

『はい』

「よし。では二人は不可視化のまま、私の対応を傍でよく見ておけ」

『畏まりました』

 

 そのままゴウン氏は、時間を置くことなくお手洗いの部屋を後にする。会議の部屋へとルベド達を引き連れ、領主の前を緊張気味で歩くアップ髪の小間使いに案内される形で向かった。

 

 その部屋は、先程国王や有志貴族達と会合した会議室ではなく、城の土台に近い位置にあって天井高く舞踏会なども開ける更に広い多目的室であった。

 御方は廊下を進み入口の扉近くへ着く。

 するとその前では、貴族衣装の似合うクロイスベルが態々(わざわざ)領主の到着を待っていた。

 更に少し会釈した都市長の畏まる様子に、仮面の下でゴウン氏は訝し気に思う。

 

(既に、国王やレエブン候達は居ないんだけど……。俺にここまで気を使う必要はないよなぁ)

 

 前領主の国王が居た席では、引き継がせた者へ礼を見せなければ、指名した国王へのあからさまな非礼となる。しかし、今はどうか? 新領主とは言え、右も左も分からない元平民の異邦人。

 対して、聞けばクロイスベルは、ずっとこの大都市を任されてきた国王派子爵家の当主という。

 都市で有力な5家ある名門貴族の中でその筆頭なら権力は大きく、国王から権利を奪い取った形の者へ恨みすらあっても不思議では無い。

 だが、彼の顔は素直に嬉しそうな笑顔なのだ。だからこそ、余計に不気味に感じてしまう。

 

(うーん。成り上がりの平民が相手なら、皆で悪だくみをしている室内で待ち受けるのが王国貴族達の常道だろ? 扉の中に入るのが、かなり怖いような……)

 

 そんな絶対的支配者の気持ちなどお構いなく、都市長が述べる。

 

「皆が、救世主であられる新領主様を待っております」

「……そうか」

 

 御方の心に不安が膨らみ続ける中、泰然とした返事を受けて都市長は手で配下へ指示する。ゆっくりと両開きの扉が衛兵の横へ立っていた使用人の男達により開かれる。

 広い会議室内には50名以上の者達が集まって居た。そして大机の並ぶ席から、皆が立ち上がると――歓声と共に盛大な出迎えの拍手が起こっていた。

 皆からの大歓迎という予想外の有り様に、扉近くで立ち止まったゴウン氏は仮面の下で驚く。

 

(あれ? ……都市長を中心にここまで纏まっていた都市だったのか)

 

 ゴウン氏は、ここはもっと冷ややかか、哀歓混じりでバラバラに迎えられると思っていた。

 確かに都市を復活させたが、その恩恵へ実感を持たせるのは簡単な事では無い。人の心は十人十色で、反応は其々で違って当然だからだ。

 2分近く続いた拍手が鎮まり掛ける頃、都市長が「こちらです」とゴウン氏を席へ案内する。

 豪華な領主席の横に来た時、クロイスベルが皆へと語る。

 

「この方が、滅び去った我々の大切な故郷の都市と家族と親類、友人達を救ってくれた慈悲深き救世主――アインズ・ウール・ゴウン様です」

「「「ゴウン様、万歳ーーーっ、万歳ーーーっ、万歳ーーーっ!」」」

「ああ、ゴウン様っ」

「おおお、何たる神々しい仮面……」

「救世主様ーっ!」

「万歳ーっ!」

 

 気が付けば、ユリやルベド達も一緒に万歳をしている光景が仮面越しで視界の端へ映る。更に、近くで不可視化したナーベラルやソリュシャンからも、同じ動きの感覚が伝わってきた。

 

 

 どう見ても場のノリが、ナザリックのNPC達と同じだった……。

 

 

(こ、これは)

 

 流石に絶対的支配者も、何かがオカシイ、違うという事に気が付いた。

 しかし、御方は楽観視せず冷静に受け止める。これも計画された罠かもしれないとして。

 

(うーん。……凄く喜んでいるように見える。でも、暫くは様子を見て、強引な行動は避けた方がいいよな)

 

 都市長からの挨拶を受けて、ゴウン氏は軽く手を上げて応えると口を開く。

 国王から引き継いだ領主としての威厳を考えれば、言葉は都市長へ向けたように命令調を維持した。

 

「皆のこの歓迎を非常に嬉しく感じている。先の戦いで強敵の竜王を説得するには、歴史面や常識を超えた新たな『結果』が必要であった。私の全力を超える大魔法で、上手くいくかは賭けの部分も大きかったが、最終的に都市を復活できてホッしている」

 

 領主らしさと共に、本来の力を低く誤魔化し、限界を超えた風で謙虚気味に表現した内容。

 更に。

 

「初めに言っておくが、私はこの都市の今の運営体制を基本的に変えるつもりはない。皆の者、今後よろしく頼むぞ」

 

 都市に居る王国貴族達の立場を立て安堵する事も忘れない。当面、彼等に運営してもらいながらノウハウを盗んでいくのみ。急に変わった領主の技量で回すのは無茶と言うものだ。

 

「「「ははーーっ」」」

 

 そんなゴウン氏へ、会議室に(つど)いし者達全てが、深々と頭を下げた。

 一糸乱れずの光景を見せられ、絶対的支配者は思う。

 

(まあ、感謝はしてくれてるのかなぁ)

 

 今は、その程度の態度と捉えたに留まった。

 領主として御方は、まず都市内貴族や街の有力者達の挨拶を個々に一通り受ける。

 これでかなり時間を食った。既に午前10時を大きく回っている時刻。

 漸くゴウン氏は皆を席へと座らせ、さっさと会議を進める。彼は忙しいのである。

 ルベドとユリは御方の席の後方両脇へ立ち、背側で手を組む姿で主を護衛する。尚、魅力的で美し過ぎる両名だが()()()()()()()()()とされ、(よこしま)に狙おうという者は皆無。

 見えない存在のナーベラル達は、少し離れた全体を見渡せる位置の部屋両端へと布陣。

 会議では、ゴウン氏が今後のエ・アセナルの大方針を伝える所から始まった。

 

「竜王の率いる軍団の撤退を受け、王国は戦後復興へ移る訳だが、このエ・アセナルの担う処は大きい。この度、私は国王ランポッサIII世陛下より、臣下では無い形でこの都市と周辺の問題を任されている。それによって今、この都市はリ・エスティーゼ王国とは別の領域とも言える。だが、無関係ではいられない。戦争で周囲の王国貴族領は、人的面や物品と物価面でどこもかなり疲弊している。周辺へ溢れた難民や解放された捕虜達の受け皿になれるのは、完全復活し資材豊富な我々の都市しかないだろう。故に当面は、物資の安価での流出を防ぎつつ、早期にこれらの解決を都市行政の大きな課題としたい。皆には、財政面、作業面、資材等で負担を賭ける事になるだろうが、理解して欲しい(とりあえず、こんなところかなぁ)」

 

 まずはオーソドックスに、大きな現状、大事な事象を挙げて、絞っていくやり方だ。

 功を奏したのか、全員がコクコクと頷いてくれていた。

 しかしここへ貴族の一人が割り込む。彼は貴族派の男爵であった。

 

「ゴウン様、それよりも――御屋敷はどこへお建てになられるのでしょうか? お好きな場所を指示いただければ、数百軒の住民共を即刻立ち退かせ、三月、いえ昼夜問わず働かせ、ふた月の内に作ってご覧にいれましょう」

 

 男爵の話に、国王派の貴族達も続々と賛同する。

 

「おお、それはとても良い考えだな。私財を没収し追い出した者達は、労働力に使えよう」

「某の私兵も立ち退きに協力させましょう」

「ワシは騎士団も出そう」

 

 この明らかな略奪的発言に、民衆側の長老や街長達もナゼか反発しない……。

 

「救世主のゴウン様のお屋敷であれば、仕方ありませんな。街の皆も全員納得し、全ての私財すら投げ打ち働く事でしょう」

「「異議なし」」

 

 室内の異様な反応に、疑問を持ったのは領主の絶対的支配者ただ一人。

 

(いやいや、異議あるだろうっ。強制立ち退きや私財没収なんて一部でもすれば、小さな反発から大暴動にも発展しかねないし。王国貴族の考えが極端なのは分かるが、なぜ民衆側の代表らが納得しているんだよっ。……この都市は少し変じゃないか?)

 

 それに、今は屋敷に尽力なんてする状況でもなく必要もないのだ。故に、これもきっと領主の我欲を試されてると思った御方は、やんわりと話を断る。

 

「ふむ。しかし私はこの城の一角を使えるだけで十分だ。見晴らしもいいしな。それに皆への負担も増えよう」

 

 ゴウン氏の言葉に、並んだ大机の席へ座る50名程の都市の代表者たちは感激する。

 

「なんという、慎みと慈悲深きお方なのか……」

「民を気遣うその御心に、都市の民達は皆が感涙にむせびましょう」

「我々は正に名君を得たりっ」

「ああ、アインズ・ウール・ゴウン様に永遠の忠誠をっ!」

 

 席に座る多くの者が両手を指の間で組む形にし、領主を拝むような仕草を見せた。

 都市の者達の必死ささえ感じる様子に、絶対的支配者の疑念は膨らむ一方。

 

(……まずは盛大に俺を持ち上げて、調子に乗って驕った所を糾弾する手かな。用心して当面、謙虚にいかないとなぁ)

 

 すっかりそう信じたゴウン氏は、都市の現状と問題の確認へ移った。

 行政の体制だが、これまでは都市長以下、都市内の国王派名門貴族5家で最終決定されていた。

 都市運営の議題については名門5家を加えたこの場の貴族23家や、大商人と大商会21組織、それに8名の都市地区代表と3名の長老、他神殿や冒険者組合など数名の代表が会合で提言し、吟味と判定を行なう。

 彼等がエ・アセナルを今日まで動かしてきたと言える。

 都市自体の人口は約42万人だが竜軍団の侵攻を受け、5万人程は直前の数時間に各門から脱出しているとの事。都市へ生還出来れば、住居と資産は戻るという話。

 都市健在時での問題点は、年々の景気下降にソレを原因とした治安悪化とスラム対策。建造物老朽化の補修も大きい問題だったが、それのみ都市復活で解消されている。あと地下組織の暗躍抑制などが主であったという……王国内のどこの都市も基本的には大差ない。

 

(〝八本指〟へエ・アセナルでは、もっと表に溶け込んで動く様に伝えるべきか……)

 

 地下犯罪組織の盟主の立場でもあり、ゴウン氏は色々と頭の痛い話として聞いていた。

 それと前領主の国王は、都市運営へ殆ど口を出さず収益の配当を受け取っていたのみとの話。

 ただしその比率は都市の総利益の約7割――金貨で言えば年間300万枚にも達するという。

 一応、それが『王家承認都市領主』ゴウン家の取り分と説明を受けた。

 

(ほう)

 

 だが、都市長のクロイスベルがここで予想外の提案をしてきた。

 

「ゴウン様。此度の都市復活への感謝、都市の皆は歓喜に震えております。なので今後5年は、都市総利益の9割をお納めになられてはいかがかと? 我々都市貴族や商人達と平民共も皆、不服を申す者など誰一人としておりません」

 

 クロイスベルら都市住民は皆、領主への真の感謝により自らの窮状を覚悟の上、誠意を込めて申し出ていた。

 ただ、そう言われても、である。

 

「……(はぁ? 俺の取り分を大幅に増やすだなんて、何を考えてる? 大体、貴族達の減った取り分のツケを、市民達に被らせるのなんて王国貴族達の常套手段だし。ああなるほど、大量の金貨を隠れ蓑にして、都市住民全ての不満を俺に全部向けさせるつもりかっ)

 ……その必要はない。以前同様王家と同じ比率で十分だ」

 

 ゴウン氏からは、僅かに不快な感情も混ざる声で返された。

 

「しかしそれでは、大恩を受けた我ら都市貴族一同の面目が立ちません」

 

 都市長の反論の言葉に、国王派、貴族派、中立派の関係なく貴族の当主達が頷いた。

 どうやら王国貴族にも家の大事を救われた場合の伝統的面子があるらしい。

 対して支配者は彼等のシツコさへと、辟易し言い放つ。

 

「くどいぞ。単に金貨の手取りが増えたとしても私は嬉しくない。それより、今は難儀をしているだろう難民や解放された捕虜達が、再び家や畑を自分達の力で立て直し、以前の暮らしを早く取り戻して欲しいと考えている。その為には、難民らと都市の労働力が共同で再建していく事が重要だろう。そうすれば、難民側に給金が入り、都市側も労働力を得られるからな。

 だからそれほどまで、私に都市の利益を受け取らせたければ聞くが良い。

 クロイスベル子爵を筆頭としてこの一件、任せようではないか。

 お前達の努力により、難民や捕虜達を都市労働力としていち早く取り込み、都市総生産を増やしてみせろ。そうすれば、正当に増加した私の取り分は喜んで受け取ろう。私は王都の王城宮殿で、皆の存分な働きをしっかりと見ているぞ」

 

 売り言葉に買い言葉風で返した支配者の一連の命令や考えの言葉に、場はどよめく。

 

「「「おおおっ」」」

「実に素晴らしいお考えを示される方よ」

「な、なんという仁君だ……」

「アインズ・ウール・ゴウン様、万歳っ!」

「万歳ーーっ!」

 

 クロイスベルら貴族だけでなく、大商人らまで全員が歓喜の涙を流しこの命を受ける。

 

「畏まりました、ゴウン様。このクロイスベルをはじめ、エ・アセナル貴族23家を中心に身命をとしてこの一大案件を市民達と解決してご覧にいれます」

「(あれ? まあいいか)うむ、頼んだぞ」

 

 てっきり先の、市民を経済的に猛圧迫する利益2割増案に拘るかと思いきや、御方の提案を素直に受け入れた事に肩透かしを覚える。ただこの難民関連の一大案件を失敗しても、ゴウン氏を嵌める事は可能だ。初めからこちらが都市長達の狙いの恐れも十分にあった。

 一見、ゴウン氏自らの陣頭指揮でこの案件が実施されないのはマズく思われがちだが、御方自身はこの都市に張り付いてばかり居られない。

 最終的に領地全体で結果が出れば、領主の手柄になるのは王国貴族社会の伝統だ。

 当初の考えでも誰かに任せる必要があり、今は諸々を便乗させた形と言える。

 先程まではそれを替え玉のナーベラルに担当させ、ソリュシャンとヘカテーを常時補佐に付ければと考えていたが、流石に数カ月単位の連日では確実にボロが出るだろうし、これも難はある。

 また、失敗出来ない案件であるが、逆にクロイスベル達の本性は明瞭に分かると言うもの。

 味方なら懸命に動くだろうし、敵なら適当なはずである。半月もみれば一目瞭然だろう。

 

(でも、これだと1名、判断力のある監視者が必要か……ハンゾウでいけるのか?)

 

 一瞬、王都の宮殿へ置いているフランチェスカに任せるかとも思う。

 なにせ、アーグランド評議国に残した3体のレッドキャップス達とは重要度が違う。彼等は支配者からの指示通りに簡単な行動や情報を集めたり、分からない事は保留してこちらへ確認する程度の働きで良い。

 ハンゾウは、項目的な調査や護衛など単純活動は戦闘力もあり抜群である。しかし、この監視と判断には少々政治的要素を理解している必要がある。

 でもよく考えると、これも課金キャラについて多少実験が出来ると考えられた。

 

(まあ、どこまでハンゾウが使えるか、半月かひと月はそこも見てみるかな……)

 

 今後の潜伏監視において、職業でアサシンを持つNPCばかりナザリックを長期間離れさせるのもどうかと考えての決定であった。

 

 このあと会議では、最大30万人とも言われる難民と捕虜達の一時的食料配給所や、仮設村の建設位置とその資材確保、必要人員などについての見積もりと分担が始まった。

 でも早々に細かく決まるものではない。今は急ぎで、規模や地域等の現状把握部隊の編成指示がされた程度。展開中の軍4万も活用し、午後にも下準備や部隊が各地へ出る予定である。

 大案が一段落したところで、都市内の街中で発見された謎の『()()()()のアンデッドの肉片』も話題に上がった。冒険者達の見立てでは、切断面から相当の腕前の『騎士』に倒されたと言う事が分かったのみ。動死体の死骸は乾燥崩壊進行が早いので、放置後数時間から1日程度でカサカサからボロボロになり塵化し消えてゆく。完全なるミステリーとして事実だけが記録に残った。

 他、お祭り的な新領主パレードなど数件の案件が話されたあと、領主のゴウン氏から例の件が語られる。

 

「思い出したが、冒険者組合長へ知らせがある。実は――」

 

 そうして支配者の口から伝えられたのは、開戦前に王城内で行われた上位冒険者会議の終わりで聞いた『竜王国への救援部隊』の話。内容を聞き、この場の者達も切迫した隣国の窮地を知る。多くの者から「由々しき状況よ」「大変だ」「傍観は出来ぬな」との声が漏れた。

 王国にとって、竜王国が滅びればカッツェ平野を挟んで、人類国家に対して非常に好戦的で大規模な戦力を持つ亜人国家が新たに隣接する事となるからだ。

 組合長のハイダン・クローネルも同様に状況を捉える。

 

「……左様な危機的事態に。確かに我々も急ぎ、協力すべきでしょう」

 

 既に竜軍団との戦いは終わっている。ただ、秘密結社『ズーラーノーン』のアンデッド兵団は殲滅したが、連中からの明瞭な終結宣言がされていない以上、エ・アセナル冒険者組合は警戒を続ける必要があった。

 しかし、領主からの話にあった『先発隊』の規模からすれば、今はまだ一部の精鋭冒険者チームを送るぐらいの段階。それならば対応出来るとクローネルの考えが至る。

 

「では、我々もミスリル級冒険者チームを3組送り出しましょう」

 

 他の都市は先の戦で冒険者を大勢失っている。またエ・アセナル冒険者組合は早期に壊滅したことで、王国総軍と竜王軍団との戦争では不在感が否めない。他の都市より余裕のある今、自分達の存在感を盛り返す良い機会でもあった。

 

「そうか。うむ、任せる」

 

 特に褒める事もない支配者は、想定通りに進み仮面の下ではニンマリとほくそ笑んだ。

 これで、エ・アセナルで今やれる事は一通り終わった様に感じ、絶対的支配者が都市長へ促す。

 

「本日は、これぐらいか?」

「そうですな」

「では、少し部屋で休憩を取らせてもらおう」

 

 気が付けばもう午前11時半に近い。高貴な連中の会議は、内容の有無に左右されず異様に長くなる事は時代や場所が違えども漏れなく共通の常識であった。

 退室の意を示した領主の言葉に都市長が尋ねる。

 

「失礼ながらゴウン様、ここ数日のご予定は?」

 

 問いを受け、御方は都市長らへ行動日程を伝えていなかった事に気付く。

 絶対的支配者も表向きで今日、明日ぐらいはエ・アセナルに滞在する予定だ。

 

「5日後の晩、王都リ・エスティーゼの王城においてランポッサIII世陛下主催での盛大な宴が開かれると聞いている。それに合わせて、エ・アセナルを離れるつもりだ。まあ勿論、また時折帰って来るがな」

 

 戦士長との別れ際の「また王城にて」という部分が、間近と知っての会話と知れる内容。

 戦争が終わっての宴は王国貴族達の通例行事と言える。

 益のない戦争に因って庶民がどれほど疲弊しようと、特権階級は贅を尽くして派手に騒ぐのが財力的面子を示す行為なのである。

 ゴウン氏も、既に男爵達でさえ目の眩む程の莫大な富が約束された、大都市の最高権力者である領主。そのような人物が、懸命に働く方がこの時代の大貴族としては不自然に見られる。

 都市での煩雑な仕事を配下貴族へ押し付けるように任せ、王都での宴に出るというのは『当たり前』であり、誰も疑念など抱かない。

 

「はっ。つきましては、城内の再整備や新たな兵達の配置や使用人などの件に関し、昼のどこかで(わたくし)共に少しお時間を頂ければと」

「(兵と使用人か。……配下で常駐させるとなると、限られるからなぁ)分かった。では」

 

 都市長は子爵であり、執事ではないのだ。

 エ・アセナルの中央城はゴウン家の正式な定住城郭となる事で、王城の宮殿での滞在とは違う。王都内のゴウン屋敷の様に誰かを置く必要があった。しかも一介の個人的な旅人の家とは大違いで、大貴族水準の私兵や使用人の数が求められそうに思う。

 思考内へ新たな事案も浮かびつつ、会議の席をゴウン氏が立ち上がると、他の者達も一斉に席から腰を上げ直立する。

 彼等に向かい、エ・アセナルの新領主は重々しい言葉で改めて伝える。

 

「皆の者、これから私の下で励んでほしい」

「「「ははーーっ」」」

 

 御方は、都市内代表の皆が頭を低く下げる中、ルベドらを連れ会議室を後にした。

 

 

 

 支配者一行は、緊張気味の小間使い2人から「どうぞこちらへ」と先導される形で城内を案内される。御方はその道すがら、前方右側を歩き髪を頭頂部近くでアップに纏めた者へ声を掛けた。

 

「娘よ、一つ聞きたい事がある」

 

 尚、この若い娘は先程も案内してくれた。娘2人は、白に銀色とかなり豪華で洗練されたお揃いの衣装とティアラ調の髪留めを身に付けており特別な小間使いだと分かる。

 

「御領主様、何でございましょうか?」

「お前達の様なこの城で働く者らは、王家の使用人や兵隊なのか?」

「いえ、使用人達の殆どはクロイスベル子爵家の者です。そして城の衛兵は、一部が王家の兵で多くは都市住民の民兵達です」

「そうなのか」

 

 普通に考えれば王家所有の城なら、己の私兵と使用人のみで維持するものに思える。

 まあ兵士については、王家直参の私兵だけでなく、直轄領都市で兵役を課した民兵を使うというのは納得できた。

 使用人達がほぼ子爵の配下というのは、それだけ王から信用され任されていたと同時に、王家の負担削減に使われていた部分もあるだろう。

 ここで質問に答えた小間使いの娘が、優雅に衣装の裾を軽く持ち礼をする。

 

「ゴウン様、改めましてご挨拶を。私は都市長の三女でミローナ・ヂルチア・デイル・クロイスベルと申します。以後ミローナと呼び捨ての上、お見知りおきを」

「……子爵殿の身内の者だったのか」

 

 支配者は、父親に花を持たす意味もあり一応敬称を付けつつ確認する。

 

「はい。こちらが妹の五女リコリーカ・オローネ・デイル・クロイスベルでございます」

 

 姉のミローナと並び、同じ茶髪のセミロングを揺らして、緊張気味に礼を取るリコリーカ。

 姉よりも8センチ程背が低い160センチ強で両名ともスラリとした姿で立つ。

 ただ、支配者の基準だと残念ながら、いずれもツアレには及ばない容姿に感じる。とはいえ、人間の美人偏差値で言えば80(741人に1人)程はあり、大都市エ・アセナルの上流社会でも名華の5姉妹として有名であった。18歳の三女以下は第二王子との縁談も囁かれている。双子だった長女と次女は、第二王子から逃げる様にもう来春にはそれぞれ国王派の他家へ嫁ぐ話が決まっていた。

 一方、新たな姉妹(えもの)を前にし、某天使の瞳が燦然と輝いたのは言うまでない……。

 

「リコリーカでございます、ゴウン様」

「そうか。態々(わざわざ)案内をさせて二人とも、すまないな」

 

 領主の言葉に、クロイスベル姉妹は慌てて否定する。

 

「と、とんでもございません! このお仕事は、私達が喜んで志願したものにございます」

「そうでございます。救世主様のお役に少しでも立ちたいのですっ」

 

 何かスイッチを押してしまったらしい。

 ゴウンはまあまあという両手を使って宥めるジェスチャーをしつつ伝える。

 

「そうかそうか。では、案内を頼む」

 

 そうして、城の中層階にある広く豪華な一室へと到着した。早速、姉のミローナによって凝った木彫りと金属金具や飾りの付いた片開きの扉が開かれた。

 室内は吹き抜け的な5メートル超の高い天井と、幅8メートル奥行12メートル程ある広い洋間空間と、奥に寝室も付く部屋である。

 

(ふむ。ここなら邪魔も入らず、3時間ぐらいはパンドラズ・アクターと入れ替われそうかな)

 

 次にゴウン氏の目論む行動は、『竜王国への応援部隊派遣』である。そのために、自ら漆黒の戦士モモンとして早く動きたかった。

 ところが、不可視化したナーベラル達を含むゴウン氏一行が室内へ入ると、何故かクロイスベル姉妹の2人も(いささ)か頬を染めたような表情で静々と入って来た。

 

「(ん?)……ミローナにリコリーカ、2人とも案内ご苦労だった。用事があれば呼ぼう、もう下がっても良いぞ」

 

 御方は仕事を労いつつ告げて、上手く追い払おうとした。だが、姉のミローナが胸元へ右手を当て強く嘆願する形で伝えて来る。

 

「御領主様には父上や母上をはじめ家族と共に、我ら伝統あるクロイスベル子爵家滅亡の窮地を救って頂きました。これより数日、城内へ留まられ、暫し体をお休めになるとの事。側近の美しい騎士の皆さま程の安らぎをお届けできるか分かりませんが、どうかクロイスベル家の忠誠の魁として私達姉妹を奥の寝室で是非昼夜お好きに可愛がって頂ければと……」

「……(えっ? いきなりピンチ?)」

 

 何のための小間使いかと思えば、クロイスベル家の余計な『ハニートラップ』であった模様。

 御方は、先程から少し変に思っていた。確かに王城ロ・レンテ城のヴァランシア宮殿でも、国王派貴族達の身内の娘達が使用人として働いている。だが、名家の実子の娘は結構少ない。居てもかなり末席の者で、基本は準貴族や親族からの養子であったりしたから。

 子爵家三女のミローナは立派な身分。器量もかなり上で、相当の家柄の長男の下へ嫁げて何不自由なく暮らせるだろう。家の為の政略手段としても大事にされ、小間使いには通常されない。

 対して都市長は、いきなりそんな手を使ってきたわけで。正常な判断とは考え難くさえある。

 都市が復活してからのまだ僅かな時間経過を考えれば、『救世主がどんな人物か』は(はな)から全く考慮なき非道な行動に思えた。

 

(……これが王国貴族のやり方か……自分の娘達をお遣いでもさせるかの様に差し出すなど、可哀想とは思わないのかよっ?)

 

 娘達は先程、「自分達で志願した」と語ったが、親の出世欲からの厳命としかゴウンには思えなかった。

 更に、()()()の後で「会合の時間が欲しい」などと伝えて来ていた都市長の精神……。

 

(己の娘達を好き放題で散々に(けが)した直後の男と、一体何を会談する気なんだよっ!)

 

 信じられなかった。

 仮に、友人の大事な娘同然であるユリやナーベラルをそんな目に合わせた奴などいれば、顔を合わせた瞬間が怒りの殲滅劇開始の合図だと言えよう。

 

(そこまでして、領主となった俺に取り入りたいという事なのか……いや、それより〝子爵の娘達が襲われた〟という部分の方が大きな弱みとして使えると考えたのかもしれないなぁ。長女や次女は、流石に捨て駒には使えないけど、三女ぐらいなら引き換えでもとか)

 

 支配者は、ゲスが多い王国貴族達の行動動機を考察し、すさまじく脱線した考えに至っていた。

 お分かりだろうが、都市長を始め、エ・アセナルの有力者や全市民にクロイスベル姉妹も、全ては都市復活を成した救世主様への深い感謝の表れなのだ。

 そして救世主へ対し、全力で協力したいという強い絆的感情が愛を含めた行動を起こさせるのである。

 兎に角、眼前のとんでもない申し出に、ゴウンはホイホイと乗る訳にいかない。

 また、ナーベラルやソリュシャンにすれば御方からの勅命ではなく、人間(ゴミ)からの申し出に不快感MAXの視線と空気が先程から漂って来ていた。同時に、凄く気になるのかユリさえも、床を睨みながら眼鏡を何度も右手中指で直す仕草を繰り返している……。

 絶対的支配者は、直ちに得意となりつつある、もっともらしい言い訳を展開した。

 

「お前達の私への、魅力的で大きな気持ちは有り難い」

「「あぁぁ」」

 

 御領主様からの甘い囁きに、感激から頬を染めて声が漏れるミローナにリコリーカ。

 ゴウン氏の言葉は続く。

 

「しかし申し訳ないが、私は今―――本当に身体が疲れ切っている。暫く静かに休ませて欲しい。考えてみてくれ。一己の人間がこれだけ広大な大都市を復活させるには限界を超える必要があったのだ。綺麗なお前達に癒されないのは残念だが、どうか分かって欲しい。それと、私は数時間休んだ直後の夕方前に、お前達の父である都市長らを交えた会合の約束がある。だから流石に、な」

 

 若さから美しき初体験を想い、熱くなった娘達を諭す様な領主の言葉に、二人は両手で頬を恥ずかしさで押さえる姿で声を上げた。

 

「きゃっ。すぐ後で、お父様とお会いに?」

「まぁ父上に……存知なかったとは言え、何て恥ずかしい……」

 

 高貴なる若き淑女達には、一線を踏みとどまらせるに効果の高い話であった。

 ただし、こういうハレンチ行為の話を聞かせる殿方を、一生に一人、ゴウン様だけと決めてココへ来た彼女達の事。

 ――くじけない、諦めない。

 姉のミローナは恥ずかしそうながらも、キッチリと伝えてきた。

 

「では、また日を改めて参らせて頂きます。使用人は外におりますので、食事や清掃など御用があれば申し付け下さいませ。あと、次にはきっと――今日はまだ体調が優れず来れなくて、とても残念がっていた可愛い四女のテリシアンナも一緒に参りますので!」

 

 絶望的な展開の上に、なんか数まで増えるそうで……。

 

「(え゛っ? もう来ないんじゃないのかよっ)ほう」

 

 童貞でこの手のボキャブラリーが少ないアインズとしては、今ここで心とは真逆にそう返すのが精一杯であった。

 「それでは失礼します」とクロイスベル姉妹がやっと部屋から引き揚げていく中、ガチンと扉が閉まった音に紛れるかの如く届いた声を支配者は聞き逃さなかった。不可視化のソリュシャンが、小声で「大全」なるあるまじき単語を口から漏らしていたのを。

 

 アインズは果たして、この新たなる絶体絶命な一連の危機を乗り越えられるのか――。

 

 いや、そんな心配よりも先に支配者には新たなる状況が迫る。この部屋に残ったNPC達、ユリやナーベラルにソリュシャンだけでなく、何となくルベドまでソワソワしていた。

 広い部屋には、御方とNPC達5名だけが佇む。彼が明確にこの後の予定をまだ誰にも告げていなかった事で、先の「暫く静かに休ませて欲しい」を「NPC達とだけで戯れたい?」と周囲は好意的に捉えた模様だ……。

 更に、(さか)った人間の娘達が居なくなり「大全」なる単語の不安を誤魔化す為なのか、入口側の壁へ密談漏れを防ぐ〈吸音(サウンド・アブソープション)〉等を施すと、絶対的支配者は余計な事を口走ってしまう。

 

(ようや)く、我々だけになったな」

 

 それはNPC達にとって最早、決定的な一言に聞こえた。

 部屋は落ち着いた雰囲気で悪くない。

 フカフカのベージュ調の絨毯が敷かれる中、東向きの広い窓と一角には暖炉やソファーとテーブル類があり、高い天井には豪華で大きなシャンデリアが下がる。

 寛ぎスペースの傍へと飲み物用のワゴンまで置かれており、氷により水や飲み物が冷やされていた。

 まあここに居る者達は、水分を特に必要としていないが。でも最近は、王城宮殿の部屋でお茶会などを定期的に開いていた事もあり、何となくユリが率先してカップに飲み物を注ぐ。

 東向きの開いた窓辺へ立つ支配者は、つかの間の憩いのひと時と、その様子を静かに見守る。

 但し、予備に多めのカップが用意されているがテーブル上へ置かれたのは3つのみ。

 この辺りはソワソワしつつも油断していない。

 プレアデスの長姉だけでなく、ナーベラル達NPCはこうして平常を装い、御方の次の誘いの甘い言葉と桃色の行動を辛抱強く待っていた。

 しかしその時、ふとアインズが気付く。

 彼の傍へ頬を少し赤く染め可愛く照れたルベドが、上目遣いで静かに近付き、そして止まった。

 当然ながら、御方にすれば天使のこの行動の意図が見えない。

 また、例え分かったとしても、体形が人に近い天使や動死体はなんとかなるとしても、粘体(スライム)二重の影(ドッペルゲンガー)の求める真の性の快楽が一体どのような形なのかは全くの謎であった……。

 

(ルベドめ。盛んに視線を、俺と床の間で行き来させてるなぁ。ああ、分かった。先のクロイスベル家の()()()の事か。俺がイライラしてるから心配しているんだな。敵に容赦しないと言ったところだし。ふむ……)

 

 支配者としては、竜王達に比べれば、都市長らなど今のところ上手く利用すべき者達であり、ルベドを安心させたいところ。なので。

 

 「不安がる事は何もない。全て私に任せておけ、悪い様にはしない」

 

 アインズは穏やかに伝えつつ、天使の頭を優しくナデナデしてやった。

 すると、お茶の用意をしていたはずのユリがルベドの後ろに並んだではないかっ。

 そしてこの大きな流れ(ビッグストリーム)にナーベラル、ソリュシャンも飛び込む様に速攻で姉の後ろへ続いた。

 ナザリック勢の彼女達には暗黙の協定が出来上がっている。それは『伽等のナニにおいて、アインズ様からの要求が全て。配下達からの要求は厳禁』と。

 

 

 なので、あとに残る重要な要素は、運任せの機会と――順番である!

 

 

 並ぶのは早い者勝ちの今なのだっ。

 この時、支配者の思考へと〈伝言(メッセージ)〉の電子音が鳴り響いた。絶対的支配者自身で次に急ぎたい事はあるが、分単位という切迫状況でも無く、直ぐに通話を繋げる。

 

『――ア、アルベドでございます。アインズ様っ』

 

 珍しく慌てた風の階層守護者統括の声に、支配者は自然と緊張感を持って尋ねる。

 

「どうした。何かナザリック内で起こったのか?」

『いえ、あの、そのですね。本日は御日柄もいいと申しましょうか、直前に感じたのですが、今から激しく()()()との話もちらほらと……なので是非、私もそちらへ――』

「んん? アルベド、お前は何を言っているんだ?」

 

 統括の語るあやふやな言葉に真意が見出せず、覚えの無い御方には全く話が分からなかった。

 以前、アルベドは妃問題で先走ったゴタゴタ騒動の折、王城の者達へと訂正連絡を入れ一旦話題の禁止を通達している。

 その際、ナーベラルへと別で要請していた。――「機会(チャンス)があれば知らせろ」と。

 『妃選抜』が話題に出来なくても『デート』や『子作り』や『出産』についての会話や行動は、今のところ一切禁止されていない……。

 アルベドの処へ、直前にナーベラルから「これから奥の寝室でお休みになられるアインズ様は、ルベドを始めに、ユリ姉様や私にソリュシャンと順番に可愛がっていただけるとの事。アインズ様からは〝全て任せておけ〟と()()有り難き御言葉も頂いております……。はぁぁ、私とアインズ様との間で、二重の影(ドッペルゲンガー)の一族が、少し増えるかもしれませんわ」などとさも嬉しそうに書かれた強烈な〈手紙(メール)〉が届いたのだ。

 〈手紙(メール)〉は〈伝言(メッセージ)〉に比べ、即時伝達に劣る事で余り使われておらず、使い手は非常に少数。でも、無音で書ける面に加え、相手の手元には紙や金属などの指定された固定媒体(テキストはこの世界でプレイヤーのみ使用可)で届く事から、時間差のある伝達手段としても使い方次第という魔法だ。今回は『禁止されていない』という一点で使われたが。

 

 この状況を受けて最早、『他の何を放っても』という動きをアルベドは見せていた。

 

 一方のアインズは、不可視化のナーベラルとソリュシャンの姿も薄らと見えており、可愛いNPC達4名が自分の前で寡黙に順番待ちをしているのは理解していた。

 以前もカルネ村のゴウン邸で一度あった光景の為、特に桃色的な怪しい部分を感じていない。

 今回は『御姫様抱っこ』ではなく、おそらく『ご褒美のナデ』を期待したものなのだと。

 その中で、今話している随分慌てたアルベドの存在は貴重であった。

 

「――アルベドよ。慌てたお前と今並んでいるルベド達に関係はあるのか?」

 

 至高の41人の方々からの問いに、ナザリックのNPC達は嘘を語る事が出来ない。

 黒き羽の小悪魔(インプ)はナザリック内で視線を慌ただしく彷徨わせるも、正直に答える。

 

『……はい。実はアインズ様が、今そちらで順番待ちをしている者達と順に、寝室で子作り(ご休憩)をなさると聞きましたので、恥ずかしながら私も5番目に、などと思いまして……』

「(え゛っ!?)……」

 

 思わず支配者は仮面右上部へ、ルベドを撫でていたガントレットの右手をパチリと当て、頭を抱える様にその場で俯く。

 

(何がどうなってるんだよ? 俺の行動や言葉に、皆への直接の性的要求や示唆等はなかったと思うんだけど)

 

 過程を想像し困惑するも、先にこの難局を打開する事が先決である。

 よく見れば確かにルベドだけじゃなく、後ろに並んだユリの眼鏡下部分の頬も少し赤めに染まっているのが見て取れた。

 既に、NPC達はアインズのあられもない望みにさえ応えようと並んでいる現実がある。

 アルベドの言葉に絶句し、ルベドのナデナデを中断している時間の無い中、単なる否定だけで済ますべきか、新たな都合の良い言い訳で乗り切るか、それとも……いっそナニしちゃうか。

 兎に角、威厳ある絶対者として迷いない選択が必要と思われた。それも今すぐに。

 早急な突破口を求めつつも、闇雲では取っ掛かりが無い。支配者は先程まで自分の語っていた言葉を冷静に思い出す。

 

(クロイスベル姉妹へ休憩すると語ったのは、あくまでも建前なんだけど、よく考えればナーベラル達に、〝直ぐに偽モモンと入れ替わる〟事を言って無かったよなぁ)

 

 後悔もあるが、伝える合間が殆どなかったのも事実。全てが難しい状況にあった。

 ユリら配下達の見上げるナザリック地下大墳墓の絶対的支配者アインズ像には、征服者・覇者として酒池肉林も相応しいとの思いがあるのかもしれない。けれどもモモンガとしての想いは複雑である。

 先程、アルベドの衝撃的ながらも、正直な報告を受けてアインズは考える。

 

(ナザリックのTOP、至高の41人の最後の一人として皆の前で体面を守るのは重要だと思う。でも、それに拘り過ぎても駄目だよな。俺自身の考えも入れなくちゃ)

 

 ルベド達の勘違いへ乗ったまま、御方がこの3時間程を奥の寝室で淫らに過ごした場合も、偽モモンのままで『竜王国への救援部隊派遣』は上手く進む可能性は勿論ある。

 しかしそれは、ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者が、今望んでいる事ではない。

 彼はこの件で下手に誤魔化して逃げる事をやめた。

 アインズではなく、モモンが交わした約束であるし、竜王国を救ったとしても狙いが達成出来るかも分からない。ただ御方は状況に流される事なく〝一度自分で決めた事はなるべく守りたい〟という考えが強かった。

 まずは色々気付かせる連絡をくれたアルベドへと、内心で感謝しながら穏やかに返す。

 

「アルベドよ、勇み逸るな。大方、頼んでいたこの場の者から連絡を受けたのだろう?」

『は、はい……正にその通りでございます。申し訳ございません』

 

 指摘を聞いた通話先のアルベドだけでなく、御方から仮面越しの視線が向けられたナーベラルも不可視化の中、この場で恐縮する。

 

「別に、私は誰かに怒っている訳では無い。謝るな」

『は、はい』

 

 愛に突っ走るアルベドについては、アインズ自身が「テキストの書き換え責任」を感じている部分が大きいので、今回の件程度ではいずれも不問である。

 アインズの言葉とナーベラルの様子などから、鋭いソリュシャンやユリはハッとし、ご休憩じゃない可能性に気が付いた模様。ルベドは、姉が順番でゴネているとまだ真剣に思っていたが……。

 絶対的支配者は〈伝言(メッセージ)〉を繋いだまま悠然と伝える。

 

「そうだな……今日に入ってから色々あって、日課でナザリックへ戻る時間も無く、私の動きが流動的で皆へ予定を告げる暇が無かったようだ。私はこの(あと)――替え玉役のナーベラルと入れ替わりこの場を任せ、3時間程別行動する。途中、ナザリックへ戻ったりもするが、多くは冒険者として動く予定だ。主に竜王国への布石の為にな」

「「え?」」

 

 声を上げたのはルベドとナーベラル。

 ルベドは閨で可愛がってもらった後に、()()()クロイスベル姉妹の話を会長とゆっくり山ほど出来ると考えていた事もあり、ショックが相当甚大だ。

 ナーベラルも心身で御方へ尽くせる上に、卵型の頭を愛でて貰え一族も増やせると思っていたので落胆していた。

 だが、主より『竜王国への布石』と聞いては、NPC達個人の願望は我儘の域へまで落ちる。

 アインズの言葉は続く。

 

「どうやら、私の会話の中で部屋へ引き篭もる理由の中に(とぎ)を連想させる言葉があったようで、勘違いさせてしまったか。だがそれに精一杯応えようとしてくれたお前達を私は――愛しているぞ」

「「「――――!!!」」」

 

 NPC達の想いと努力をアインズはそう語り、愛しく包んだ。

 その反響はかなりの激震。

 己の子作り発言への返事として受けたアルベドは、通信が切れた後も「愛してる愛してる愛してる……」と呟きつつ、ナザリック内で立ったまま失神仕掛けていた。

 ルベドは翼をパタパタさせつつ大きなシャンデリアを周回するように部屋を舞い、ユリはバレエ調に片足立ちで両手を伸ばす華麗な姿を見せるも、高く掲げた右手先には夜会巻の頭部が高速回転で回り続ける。

 ソリュシャンは、体内に染み湧く溶解液を減らす為、身体を粘体化させると部屋の端にあった一人掛けのソファーを体内へ飲み込んでいた。

 ナーベラルについては、遠目だと美しい姿へ変わりが無いように思われた。でも、美顔が時々埴輪のように見えたのは気の所為と思いたい……。

 

 こうして彼女達の勘違いは一瞬にして――愛の囁きを受けて逆に肯定されてしまったのである。

 

 NPC達を一人も落胆に追い込まないという難事ながら、御方は平穏に落着させる。

 皆がフワフワした想いのまま、アインズはナーベラルの替え玉アインズと入れ替わる形でエ・アセナルを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『竜王国への救援部隊派遣』へ動き出したアインズは、最初に偽モモンのパンドラズ・アクターと入れ替わるべく〈転移〉のあと、不可知化で北側から野営地に接近する。

 エ・アセナルから南東へおよそ30キロ。南を通る大街道からも10キロはある位置。

 アインザック率いるオリハルコン級冒険者部隊は、仲間の埋葬を終えた後も待機を続けていた。

 周辺に点在する冒険者部隊も同様に待機行動を取っている。後方からのアンデッド兵団の大規模襲撃を受け、既に野戦診療所以外で負傷者の生き残りは殆ど存在しないと判断されていた。

 広い戦場には、もう亡骸しかないのだ。

 今、有志貴族達の部隊が戦域内各所を威力偵察中であり、その結果『安全』が確認され、王国軍主力が本格的撤退を開始するまで現状が維持される。

 アインザック達の野営地では、先程の()()()()()()()()()のお陰で、やはりまだ『漆黒』の二人は自然と少し距離を置かれ視線を向けられる機会も少ない。偽モモン達は緩い窪地へ腰掛けていたので、御方の入れ替わりは〈記憶共有(シェア・メモリー)〉も含め大変スムーズであった……。

 もうすぐ午前が終りそうな時間帯を迎える。

 漆黒の戦士として『救援部隊派遣』へ自分で動けるようになったモモンことアインズが呟く。

 

「さてと……」

 

 しかし、この件の難題は結構多い。

 モモンは『3、4週間程凌いでもらえれば』と竜王国からの使者、女王妹のザクソラディオネ・オーリウクルスへ伝えていた。

 彼等が城塞都市エ・ランテルの北西門外にて冒険者の応援派遣を約束して、今日は25日目。

 一応、竜軍団との開戦前に王城で開かれた上位冒険者会議の場で、彼は冒険者の代表らから上手く応援隊編成の言質を取っている。でも、会議でチラリと出た輸送方法だと、王都とエ・ランテル間約300キロの移動で半日強は掛かるという。エ・アセナル周辺から竜王国の首都までの距離でさえその倍以上あり、もう猶予は殆ど無い。

 

(明日の日没までには出発したいなぁ)

 

 また冒険者会議において『先発隊』として両アダマンタイト級冒険者チームと、エ・ペスペルのオリハルコン級1チームとミスリル級2チームに、エ・ランテルのミスリル級2チームとモモン達『漆黒』を派遣する話が一応纏まっている。

 とは言え、竜軍団との戦争で『蒼の薔薇』は健在だが、『朱の雫』は主力の剣豪アルベリオンが戦死からの蘇生でレベルダウンしておりチームも疲弊した中で動くかは不明である。また、エ・ペスペルからのオリハルコン級1チームも、都市所属2チームの内の片方に戦死者が出ており、もう一つを派遣するかは微妙な状況。

 ただし、モモンの思考内では復活したエ・アセナルからミスリル級の3チームが派遣予定で、何とか体裁は整いそうである。

 派遣要員と同時に、実は先に出た輸送面にも問題が存在する。

 総勢最大で50名強を非常に遠い現地まで送る者達も必要なのだ。故に白金(プラチナ)級を中心とした魔法詠唱者達の協力が不可欠。

 会議で食料等の遠征資材は戦時中に、王都の石造り6階建ての冒険者組合事務所建屋屋上で補給出来る体制を整えておくと決定済み。モモンとしては、分かりやすい面でそこを最終的な集合出発地点とする予定だ。

 いずれも開戦前の話である以上、現状が優先され調整する事になる。

 間もなく昼食という時間で、本格的に動くのは午後からだろう。

 それを見越して午前9時半過ぎの通話で、マーベロへは事前に初動を頼んでおり、パンドラズ・アクターの記憶から経過状況は理解した。

 

「そうか今、〝蒼の薔薇〟〝朱の雫〟をはじめ、エ・ペスペルとエ・ランテルのミスリル級の安否と意志確認中か。白金級冒険者達へも順次協力要請を進めているみたいだね」

「は、はい。アインザックさんとラケシルさんが積極的に動いてくれています」

 

 竜王国へ最も近いエ・ランテルは他人事では無い。アインザック率いるこの部隊にはエ・ペスペルのオリハルコン級チームが揃っているので、他の者達について周辺の冒険者達に頼んで調べてもらっている状況だ。また、魔術師組合長として名の知れるラケシルの呼び掛けに、白金(プラチナ)級魔法詠唱者達も耳を貸すだろう。

 

「いいねぇ」

 

 組合長等2人は、かなり使えると思っていたので目論見通りの働きにニンマリな支配者。

 ナザリックに直接関係がないとはいえ、恩として見れる働きに今後は何か少し優遇してやるのも悪くないと考える。

 昼食の知らせを待たず漆黒の全身鎧(フルプレート)の戦士は立ち上がると、ちょこんとその横に寄り添っていたマーベロも続いた。

 そのマーベロの頭を御方は撫でる。ついでに不可視化しているパンドラズ・アクターの被る軍帽もポンポンポンと軽く撫で叩く。

 

「よくやったな」

 

 実際にアインザック達へ話をしたのは偽モモンであったので、褒めない訳にはいかない。

 マーベロの瞳は役立った事への喜びにキラキラと輝く。一方のパンドラズ・アクターは、●が三つ並ぶ不変の表情。しかし見えない姿のまま、周囲で歓喜のポーズを幾つもキメていた……。

 モモン達が向かったのは、アインザックの所だ。組合長はラケシルと昼食の準備を大体終えて、草原に転がっていた大きめの平たい石を椅子代わりに座っていた。

 

「やあ、モモン君にマーベロ君、少しは休めたかね?」

「ええ、おかげさまで」

「は、はい」

 

 この部隊では連携を高める意味でも、結成以来食事は皆で共に取るのが決まりだ。

 準備は当番制だったが、今は竜王国への応援に行く者らは優先的に仮眠や休憩を取らすため免除されている。なので部隊長ら自らが当番で、先発隊に入っている『漆黒』の二人も休んでいた。

 でも漆黒の戦士がここへ来たのは、食事以外の理由もあってだ。

 

「実は竜王国へ向かう前に、折れて失った剣の調達へ向かいたいのですが。勿論、王国軍の撤退が始まってからですけど」

 

 剣先や穂先が折れた程度なら武器は修復出来るのだが、根元から折れた場合は武器が完全破壊された事になり、完全復元か復活が必要となる。死んだ者と同じ理屈だ。

 なのでこの場合、新たに別の剣を手に入れると考えるのが自然。

 

「……そうだな。だが、あれほどの剣、宛てはあるのかね?」

 

 単純に「そうかね」と返って来るかと思いきや、組合長から抉り込む追求を受けた形。

 

(そうきたか。流石に鋭い視点をしているなぁ。うーん)

 

 アインザックの心配ももっとも。十竜長を真っ二つにした程の名剣である。

 モモン達を気遣っての言葉で、怒るというのは筋違いであり誠に困る展開。

 組合長はモモン達が組合加入当時に、随分安い宿屋へ泊まっていた事も聞き及んでいる。状況を考えれば、高価な装備を買った事と長旅で資金に余裕が無かったと理解する。

 そして最近は盗賊団討伐の臨時報酬や、通常の仕事を熟しており生活に困る事はないだろうと。

 とはいえ、あれほどの名剣を再び入手するなら、金貨で数千枚を要し無理な様に思われた。

 そうなると別の考えも連想される。戦場内での卑しい剣あさりや、本当に剣の入手か?という疑惑さえ。

 意外に厳しい部分へ目を付けられた形の支配者。ここは逃げず率直に述べる。

 

「正直な所、難しいかなとは思ってます。今、手元にある目ぼしい物は多くないですし」

 

 金貨200枚程や十竜長の鱗と竜眼の水晶体ぐらいで、総額金貨1500枚という辺り。

 一般民からみれば十分にひと財産であるが、名剣1本を得るには心許ない。漆黒の戦士の肩を持つアインザックも、融資出来るのは個人資産からのみで金貨1000枚以上は厳しい。

 冒険者組合自体も、会議を経なければ融資出来ない仕組みで上限も金貨1000枚だ。

 普通に考えて、全て合わせても以前程の剣は手に入らないだろう。

 脇からラケシルが呟く。

 

「……大商人や大貴族からの支援を思い付きそうだが、やめた方が良いぞ。相棒の為にな」

 

 楽そうな一案として口にしたが、正に警告の通りでリスクは相当大きい。

 間違いなく、マーベロ女史が味見された上で抵当に入るだろう……。

 すると、モモンが驚きの一案を述べた。

 

「実は、()の―――アインズ・ウール・ゴウン殿に頼もうかと」

 

 マーベロが抱える荷物に巻かれた布を解き、剣の残骸をアインザックらへ見せる。

 疑問を持たれずに剣を直せる点と、『漆黒』のモモンの名声も上がりつつある中、ゴウン氏に借りを作るという事で、ゴウン氏の名声にプラスとなるだろうとの見方が働いた。

 

「むぅ。彼か……」

「おお、あの魔法詠唱者か」

 

 アインザックとラケシルが、共に腕を組んで考え込む。

 (こん)早朝の竜王と王国代表との会見を(じか)に見ている2人は、国王と有志貴族部隊と行動を共にした旅の魔法詠唱者のその後について何も知らない。

 ただ、彼の豪華絢爛な装備を王城の冒険者会議で目にし、噂で超高級馬車を持ち王宮に宿泊している話などを聞いている。貧乏人や愚民への恩賞は少ないが、彼は違い王家の客人。

 なので、此度の大戦で最大の英雄であろう旅人の得る物は、非常に大きいはずである。

 少し考えたのは、そんな人物が冒険者の相手をしてくれるか、の一点。

 組合長達でさえ、富と権力を持つ王国貴族達の実際の腹黒さや非情さを未だ体験している。

 開戦に向け、幾つか持たれた貴族達との面会と会合において、上位冒険者達に一目を置きつつも彼等は、平民を見下す様な視線と馬鹿にしたような態度が散見されたのだ。

 色々な場や駆け引きの経験を持つアインザックらも此度は中々判断しかねる。

 

「うむ……(どうなるか)」

 

 確かに面識もあるとはいえ、モモンはまだ地方都市の白金級冒険者。

 だが、この戦争で十竜長を討ち取り、功績物も持つ数少ない英雄的戦士でもある。

 正直なところ、ゴウン氏がどう動くかは読めない。対価要求額も気になる。でもあの魔法使いは冒険者会議での行動や雰囲気から、王国貴族達とは違うと組合長らは感じていた。

 であれば、冒険者として前に打って出るべきだと思う。

 エ・ランテルの両組合長は明確に助言する。

 

「モモン君。私なら正面から助力を頼むだろうな。断られても、そこからまた考えればいい」

「そうだな。あの王国戦士長に信頼された会議での様子と態度から、そう悪い人物ではあるまい」

 

 2人の話にモモンは力強く頷く。

 

「はい。俺は思い切ってあの方に会ってきますよ」

 

 モモンはゴウン氏(じぶん)に会うと言う茶番的結論をもっともらしく答えた。エ・アセナルにゴウン氏が居る事を当然知っている中、徐々に辻褄を合わせる形。

 そして、部隊の皆での昼食が始まり時間が過ぎた。

 

 

 午後2時を回るまで、アインザック達の野営地内で特に大きい動きは無かった。外から経過を知らせるエ・ランテル中心の中位冒険者チームが時折現れる程度。単独移動は皆まだ避けていた。

 この間にモモンは、パンドラズ・アクターに代役を任せ、一旦ナザリックへと帰還している。昼食が終って間もなくの午後0時20分頃だ。

 尚、別所で待機中のヘカテーの隊とシャルティア達は依然待機中である。またこの時間だともう里まで撤退した竜王への接触は、シャルティア以上の戦力の同行が必要であり保留されている。御方としては今晩の接触を予定中だ。

 〈転移門(ゲート)〉を抜けた、ナザリック地下大墳墓の地表部、中央霊廟前。

 本来の仮面無き髑髏の表情と骸骨の姿を見せるアインズが、荘厳で美しい石敷きの場に立つ。

 絶対的支配者の足元には、形式化されたかの如く階層守護者統括が跪き出迎えていた。

 端には吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が数体控える。娘達はアルベドの一時的要請を受けてだ。

 統括の彼女には直属の配下が置かれていない。これは、ギルドメンバー内での調整の結果であった。タブラさんのNPCであるが、階層守護者統括という役職は地位が高すぎた。なのでバランスを取る為、配下と共に専用領域さえも持たない存在となっている。

 アインズとアルベドは、直接的に1日半ぶりぐらいでの再会である。

 

「戻ったぞ」

「お帰りなさいませ、アインズ様。人間の都市の新領主就任の件、おめでとうございます! 無事な御帰還に私は、私は……」

 

 瞳を潤ますアルベドは黒きモフモフの翼と共に、御方へと可愛くスリスリして来た。

 

「分かった、分かった」

 

 それを一瞬、目を閉じるように紅き光点を落としてあしらいつつも支配者は、ナザリックを堅持する忠臣の髪を撫でてやる。

 先の通話では、とても恥ずかしい思いをしたはずの彼女。しかし、微塵の引けも感じさせない積極的行動を見せた。

 モモンガ様との子作りさえも承諾された形の「愛している」の言葉――それを貰った事が原因。御方としては、自分で放ったブーメランが即返って来た様なモノ。

 直後、異常性も伴って指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)が支配者へと渡される事態に……。

 アルベドはうっとりとした声で主へと促す。

 

「アインズ様ぁ、御手を」

「う、うむ」

 

 常識的にはこの会話で、指輪を嵌めてくれるのかと考える。

 確かに結果はその通りなのだが、アルベドが取った行動は愕然とする光景であった。

 

 

 指輪を優しく『唇』で挟むと、支配者の右手薬指を口に咥えるように通しハメたのだ……。

 

 

 余りの状況にアインズは固まって見入ってしまう。

 直ぐに御方の右手は離され、小悪魔は己の口許を左手で可愛く隠しつつ、上目使いに囁く。

 

「終わりましたわ、アインズ様」

 

 絶対的支配者には――感情抑制が発動していた。

 彼は、複雑な感情が核爆発した後のような何もない心情で一言返す。

 

「――何のつもりだアルベド?」

「えっ?」

 

 モモンガ様への熱い愛情を表現したつもりの彼女であった。

 しかし、絶対的支配者の頭蓋の眼窩(がんか)に納まる紅き光点が厳しい光を放っていた。

 

「この場は、至高の41人が築いたナザリックの神聖なる入口で、お前は私の代わりにナザリックを預かる統括として、私を出迎えたのではないのか?」

「(ハッ……私は何と言う事を)――ま、誠に申し訳ございません、ア……インズ様。浮かれ……過ぎておりました……」

 

 彼女は、自分の仕出かした行動で支配者を不快にさせた現実に恐怖し、ブルブルと震えていた。

 気が付けばアルベドは、強く目を閉じ御方の足元へ両膝を突き、両手はお腹の辺りでギュッと包むように握ったままガタガタと震わせ、頭を石畳へ近付く程に下げていた。

 他の至高へさえ、気高い彼女がここまでする事は絶対にない。それよりも先に死を選ぶから。

 今、不快にさせた相手がモモンガ様だから恐れた。死など簡単に過ぎず、この方には何とか許して欲しいという女の強い想いからであった。

 一方、縮み上がっているアルベドを見下ろす支配者は。

 

(うわぁ、やばいよ。思わず誤魔化しがてらカッとなってしまったけど、どうしよう)

 

 実は、アルベドのエロい表情と行為に興奮してしまったのも半分あり、支配者として最もらしい繕いの言い訳を勢いで語った部分も否定出来ない。

 結果的状況をみれば、目の前で黒いモフモフの翼までも怯えてピクピクと震わせる彼女の姿が可哀想すぎた。

 なので彼女のガタガタ震える両手を、白骨の両手で其々握ると伝える。

 

「立て、アルベドよ」

「はい……」

 

 依然として震える身体で、アルベドは命に従いゆっくりと弱々しく立ち上がる。しかし、彼女は恐れ多くまだ視線を合わせる事が出来ず御方の足元付近を見ていた。

 そっと彼女の手をまだ握るアインズは怖がらせてしまった罪滅ぼしもあり、身長差の有る頭蓋骨のおでこ部分を――彼女の側頭部から生える白い角へ優しく『ごっつんこ』させる。

 

「えっ?」

 

 支配者との近さと弱くも硬い衝撃を受けて、御方の頭蓋骨と自身の角が接触した事を瞬時に悟ったアルベドの視線が思わず上がる。

 これほど寄ったことのない程、主の顔の位置は間近であった。

 それはまるで、キスの直前のような優しい空気の距離感。良い香りも漂う中でアインズが囁く。

 

「少し、怖がらせてしまったか。私は特に怒っている訳ではない。お前を嫌った訳でもない」

 

 聡明なアルベドは『では?』という疑問を持つも、それは後で良いと言う想いの方が圧倒する。

 

(ああっ。モモンガ様が今、私のすぐ傍に居て下さるわ)

 

 彼女としてはそれだけで十分であった。気が付けば全身の震えはもう止まっていた。

 それでも支配者として、訓示のような言葉を述べなければ、格好が付かないので伝えておく。

 

「アルベド」

「はい」

「お前からの私への忠節と愛は、ちゃんと届いている。ただな、時と場所を選べと言う事だ。今後は地上へ出て人間共を始め、森の者共にも我々ナザリックの存在を一部見せる事もあるだろう。その時に舐められるような姿を見せるべきではない」

「――はいっ。階層守護者統括アルベド、真に心得ましてございます」

 

 彼女の事なので、どこまで行動が是正されるか分からないが、今はここまでで十分。

 アインズはスッキリと切り替える。

 

「よし。アルベドよ、第三階層での日課への伴をせよ」

「はい」

 

 中央霊廟から地下へと伸びる大階段途中で既に、腕を絡ませ胸までさり気なく押し付けて来るアルベドの可愛い様子に、早少し諦め気味のアインズであったが……。

 ナザリックの主は、中位アンデッド作成を30分程で終えたところで、涙をハンカチで拭うアルベドと別れ、次に執務室作業へ移り20分程書類確認と署名(サイン)。そこから20分弱、竜兵の回収にここ数日間尽力したアウラとデミウルゴスを始め、コキュートスやペストーニャらを各所で労うと、計1時間15分程の滞在を終えマーベロ達の所へ戻った。

 

 

 アインズが再びモモンとしてアインザック率いる部隊の野営地で待機する事、更に半時間弱。

 午後2時の少し前、野営地へ現れたのは『蒼の薔薇』の5名であった。

 無論、『竜王国への救援部隊派遣』の件で寄ったわけであるが、ついででエ・アセナルの領主の座へ新たに就きし旅の魔法詠唱者の事を皆へと伝えた。

 

 

 彼女達は竜王と王国側の会見後も、王国軍の各陣へ寄りながらアンデッドの残敵確認に努めている。その中で、平行してゴウン氏に関して熱心なリーダーと、この時まだ「ま、まぁ恩人だし」という若干ツンデレ気味の仮面少女1名が彼の情報も集めていた。

 

 『蒼の薔薇』と共に居た『イジャニーヤ』遠征隊は、アンデッド討伐戦まで義理固く参加。そしてティア達から、次は竜王国の救援へ向かう話を聞き、頭領のティラは「そうか。ではここまでだな。私達は帝国へ戻る」と告げてアッサリと別れている。

 ティラ達にすれば、仲間を失い竜討伐での一攫千金もならなかったが、強大過ぎた敵軍団から帝国の本拠地等を守れた事で、目的は十分達成出来たと言える。また、竜王国の救援について「過去に、帝国から援軍が出た際、報酬が安く損をした話を聞いたから気を付けろよ」と気遣う言葉も残した。

 本国帰還後、チャリ―(ブレイン)が討った際の竜の鱗が1枚だけ残っており、金貨400枚は手に入れる事となる。

 

 アインズ・ウール・ゴウン氏の栄達について、『蒼の薔薇』としては彼の残した大きな戦果から多少予想していた部分もあった。それでもラキュースを筆頭にメンバーは、行動途中で遭遇した有志貴族家の兵団から、尊敬する彼の者(ゴウン氏)が実際に大都市領主となった結末を聞き改めて驚く。

 

「あぁ、ゴウン様……。大英雄らしい前人未踏の快挙ね。流石、あのお方だわ」

 

 ラキュースは微笑みの中、自分の身体を優しく包むようなポーズでしんみりと語った。

 そんな乙女モードのリーダーを横で見守りつつ、ゴウンという異国人へ国王の示した規格外の評価に満更でもないアニキ、ガガーラン。

 

「ゴウンのダンナ、都市丸ごとかよ。うーん、大人物は違うって事か。俺にはデッカ過ぎて想像付かねぇな。屋敷一つ貰うだけでも、界隈じゃスゲェ噂になるのにな」

「アノ人、今度は一気に自治領主様か」

「初代のヴァイセルフ王以来だと思う」

 

 竜王への反撃や都市復活とヤル事が一々凄いと感心するティア、ティナ姉妹。こういったド派手な目立ち方を嫌いではない性格。

 2人は仲間を救われてからゴウン氏の事を『おっさん』とは言わなくなった。

 王国最強の冒険者である魔法詠唱者イビルアイも、仮面越しの聞き取り辛い声ではしゃぐ。彼女は、滅多に他人の才能を褒めないのだが。

 

「都市復活魔法……ゴウン様の魔法は本当に素晴らしい。あのお方こそ、最強だ。魔法の才能は私の1000倍ぐらいあるんじゃないか。はぁ、もうお城持ちの領主様か……(そんな私はあのお方にシッカリ抱っこされたって事は……私もお姫様に~)」

 

 淡い乙女の夢を追い掛けてみたいとの想いも湧く吸血姫(ヴァンパイア・プリンセス)少女。

 流石に、王国最強の者が語った今の言葉へ、ガガーランとティナが食い付く。

 

「おいおい、そんなに都市復活の魔法は凄いのかよ?」

「1000倍って、それ人間?」

「常識的に考えれば、竜王だろうが魔神だろうが、魔力量が絶対的に足らないはず。魔法の通常理論では有り得ない。壊すのと直すのは全然別の話だからな」

 

 イビルアイは力説する。

 

「聞けば、完全破壊された億を超える物体の復元と市民30万人以上が生き返ったなんて……正直理解不能だ。まず灰から直すんだぞ? 形を復元する段階で困難だ。他言無用だが、恐らく世界屈指の秘宝アイテムが使われたはず。充填されていただろうその総魔力量は破壊に回せば、王国全土を大陸上から一瞬で消滅させる程だったと思う」

「「「――っ!」」」

 

 ラキュース達も言われて初めて気付き愕然とする。

 第5位階魔法の〈死者復活(レイズデッド)〉でさえ大量の魔力を食うのに、死体も残っている必要があるのだ。

 今回の完全破壊された都市復活が、途方もない魔力量を対価にしている事に恐怖さえ覚える。

 そして改めて『蒼の薔薇』の皆が思う。

 

「それを使ったのがゴウン様で本当によかった」

「……全くだな。ゴウンのダンナには感謝しとかねぇとな」

「「救世主って呼び名、アノ人に似合う」」

「欲深い王国貴族らや、スレイン法国に帝国、〝八本指〟や〝ズーラーノーン〟によってその魔力量を悪用された日には、色々と終わっていただろうな」

 

 多くの者から一目置かれ、目標とされるアダマンタイト級冒険者として、遥か上を見上げてばかりはいられない。リーダーのラキュースは手を叩きながら仲間を鼓舞する。

 

「さぁみんなっ、ゴウン様に呆れられない様に、窮地の竜王国救援は絶対に私達、冒険者の手だけで達成するわよ」

「おうっ!」

「「了解。鬼ボス/鬼リーダー」」

「その通りだな(ゴウン様に褒められたいっ)」

 

 そう。ラキュース達は、かなりの闘志を燃やして次の大遠征に臨もうとしていた。

 そんな時、移動途中の『蒼の薔薇』は、アインザック率いるオリハルコン級冒険者部隊の所から又聞きで頼まれたという冒険者チームと遭遇する。

 

「なるほど、もう派遣する各チームの状況と意志確認が始まってるのね」

「はい。私達の都市エ・ランテルが竜王国へ一番近いので、両組合長が確認と協力調整役を務めています」

「分かったわ。知らせてくれてありがとう。戦場周辺の安全が確認出来たら直ぐに彼等の野営地へ向かうわ。怪我、お大事にね」

「は、はい。失礼しますっ!」

 

 最も高名な冒険者の一人であるラキュースから感謝のウィンクを受けて、まだ包帯を一部に巻くエ・ランテルの銀級冒険者チームリーダーのペテル・モークは緊張の中、照れながら離れてゆく。

 負傷しているのは、敵味方混戦だったアンデッド討伐戦で受けた傷である。

 王都を中心に活動する『蒼の薔薇』と邂逅する事は殆ど無く、一生の思い出と言う感じであり、戻ったペテルは近くで見ていた『漆黒の剣』のメンバーから手荒い祝福を受けていた……特にルクルットから。

 王国軍の有志貴族達の威力偵察部隊は午前11時頃に全域の安全確認を終えると、有志貴族と大貴族代表を幾つか集め、軍議を開き『即時撤収』を決定。そこから各地へと伝令を走らせた。当然軍部隊優先で知らせが伝わる上、冒険者達は戦域外まで後退して待機しており、伝達は午後1時半以降となった。

 王国軍寄りに居て早めに知った『蒼の薔薇』達は少し早く動き出した形。その為、貴族達が撤収を開始するより少し早い時期に、アインザックの所へと辿り着いていた。

 

 

 旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の大都市新領主就任が伝えられると、アインザック以下オリハルコン部隊の全員がやはり騒然となった。これは無理もない話。

 竜王の残した言葉とはいえ、王国臣民でさえない人物が大都市の領土と全権利を贈られた話なのだ。一部で、国王ランポッサIII世は太っ腹だと言う話も出ていた。王国だけでなく、人類圏を救った者へ対する褒美としては、確かに庶民目線で不足なしだろう。

 旅人ゴウンの出世は、国を越えた多くの民達に広く大きな夢を与えるものにもなった。

 少し遅れて午後2時を回った頃に、別の冒険者チームが現れて『戦場内での安全確認が取れて王国軍主力の順次撤退が開始された』との知らせが届く。

 これを受けて程なく、白金(プラチナ)級冒険者チーム『漆黒』のモモンとマーベロはこの地を離れた。

 ラキュース達だが『漆黒』チームがゴウン氏の居るエ・アセナルへ向かう話を聞いても「共に行く」とは言わなかった。

 モモンの用件を理解したラキュースは「そうですか」と返したに留まる。

 その理由の一つは、都市領主となった当日のゴウン氏が忙しく容易に会えないはずと想像していたから。もう一つは〝利子〟の準備がまだまだ十分でなかったからだ。

 

 この、領主からの『門前払い予想』は意外な落とし穴である。

 

 アインザックとラケシルもゴウン氏の新領主就任を後で聞き、やはり多忙から面会は困難ではと思ったが、既に決意を固めたと思えるモモンへは言い出せず……。

 当のモモン自身は『会えて当たり前』と考え、『門前払い』の可能性に気付いていない。

 先程も、モモンは偽モモンと入れ替わる時に、〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉を実行する中で態々グレートソードを1本減らしていたり、偽モモンも折れた剣の他に折れてない予備のグレートソードを何本か隠し持ってたりする。剣の復活準備はもう万全なのだ。

 『あとは会えばいい』という部分に注視し、支配者に少し甘さが出ていたのもしれない。

 『漆黒』チームが出発したあとも野営地では、「ゴウン氏に絶対会う!」というモモンの固い意気込みと見られ、この時に矛盾点はまだ何も存在しなかった。

 でももし。

 戦士モモンが就任当日の領主ゴウン氏とアッサリと会えた時に、小さな違和感が生まれる。

 支配者は(つまづ)かずに先へ進めるのか――。

 

 

 モモンとマーベロ達は荒れた地上をエ・アセナルへと一路向かう。

 支配者により、シャルティアとヘカテー達の待機が解かれたのは、野営地を離れて直ぐ。其々労いの言葉と帰還等の指示が送られた。

 NPC達へ連絡の終わった御方達は『漆黒』チームとしての行動を重視。辻褄を考えればショートカットも面倒なことから、態々(わざわざ)地を駆けて移動していく。

 

 先の『一介の冒険者モモンが多忙な新領主ゴウン様と面会出来た場合』へ〝何故会える?〟と疑問を生む部分は、ラナーやデミウルゴス達でなくても、多くの者が気付きそうな事項であった。

 これには当然、有能なNPCのパンドラズ・アクターも実は気付いている。

 でも進言するかは判断が難しい。創造主も気付いているはずと思うのが自然なためだ。

 並みの者ならギリギリまで待つ事になるが、賢い彼はそれを早く出来た。

 更に、御方が見落としの場合も考え、通達に工夫と気遣いも追加して。

 

 疾走するモモンの思考へ〈伝言(メッセージ)〉のコール音が鳴る。接続すると、不可視化し〈飛行(フライ)〉で追随する配下からの声が流れた。

 

『――創造主様、パンドラズ・アクターです』

「なんだ?」

『先程、ナザリックから戻られた折、〈記憶共有(シェア・メモリー)〉がされておりませんので一応合わせておかれては?』

「ん? お前、あの間に大きな動きはないと言ってただろ? エ・ペスペルのミスリル級チームと連絡が幾つかついて、数チームで被害の少ない組へ人を回して2チームを急造するという話だったよな?」

『はい。ですが細かい差異があるかもですし一応です、一応』

「はぁ。分かったよ」

 

 親思いのパンドラズ・アクターからの提案を面倒そうに受けた御方。移動を緩め立ち止まると、傍のパンドラズ・アクターへ向けて魔法を放つ。

 

「〈記憶共有(シェア・メモリー)〉」

 

 今回やり取りした情報は極僅か。しかし。

 

「(――!)……特に問題はないかな」

 

 自作NPCとマーベロの前もあり、そう語ったモモンであるが、内心は異なる。

 

(うわぁ、これはマズい。利点が多いと思ってたけど、リスクの方が大きいじゃないかっ!)

 

 忙しい領主からの『門前払い』は、直ぐに想像の付くよく遭う状況と言える。

 また、よくよく考えれば、ゴウンとモモンの接触は関連や連想を防ぐ意味で、なるべく避けた方が良かったはずだ。

 しかし、この場でUターンしスゴスゴと帰る訳にもいかない。

 面会の申し入れまでは行わないと『漆黒』チームとしての行動の辻褄が合わなくなるのだ。

 モモンの「行くか」の声にマーベロ達も続くが、御方自身の足は気分的に重たい。

 それと無難に『会えなかった』で終わるなら、〈記憶共有(シェア・メモリー)〉を進言してきたパンドラズ・アクターに気を使われた感じで面白くなく、ここは何とか上手く面会を成立させたいところである。

 とはいえ結構難題に思えた。

 

(うーん。民間警備会社の班長が突然、他県の知事に会いに行くようなものだからなぁ……)

 

 ここは社会人としての記憶も合わせ、これまでの知識をフル活用するしかない。

 最も有用なモノ、それは他人の話も含めた過去の『経験』である。

 

(リアルでは、偉い人物と会った機会は少ないなぁ。んー。この世界に来てからだと、エ・リットルで六大貴族のリットン伯爵に会った時や、国王と会った時か……確かあの時は)

 

 それぞれ会えた前後の状況や理由などを、暫く真剣に考えていたモモン。

 すると彼の、横に細長い兜のスリットから覗く紅き光が、一瞬増した様に輝く。

 問題への突破口が見えたのだ。

 重要なのは周りの考えでは無く、裏付ける『事実』のみだと気付く。

 俊足を飛ばすモモン達は、もう随分エ・アセナルへと近付きつつあった。

 その時、目的地点ではクロイスベル子爵達とゴウン氏の会談時間が迫っていた――。

 

 モモンはパンドラズ・アクターへエ・アセナルでの行動を指示すると代役を任せる。

 次に〈転移(テレポーテーション)〉でエ・アセナルの中央城中階層の滞在部屋へと戻り、替え玉を務めたナーベラルからゴウン氏の立場を引き継いだ。

 

「お帰りなさいませ、アインズ様」

「うむ」

 

 ユリからの報告で、昼食はあれから直ぐにここへと運んでもらい済ませたとの事。

 モモンの件と並行し、都市長を始め都市貴族達の動きも手を抜く事は出来ない。この後、午後3時から会議との事。ゴウン氏一行は早めに部屋を後にし、朝に国王らと会合した上層階の会議室へと向かった。

 時間に先行する形で扉前へ到着し、使用人が開けるとゴウン氏は先陣を切るように中へ堂々と進む。

 今この領地都市の、最高権力者としての振る舞いに慣れようと努力中である。

 室内では既に、その領主の到着を待っていた子爵以下、都市名門貴族5家と他14家の当主らが席を立って恭しく迎える。彼等は恐らく、都市内の王家利権の管理に関わる貴族達と思われた。

 ゴウン氏が席に着き、クロイスベル達も腰掛けた。早速、都市長からの言葉で場は始まる。

 

「ゴウン様にはお疲れのところ、御臨席感謝いたします」

「いや。戦後直ぐにこの都市の果たすべき役割は大きいからな」

 

 聡明さを感じさせる領主の言葉に、貴族の当主らは小さくコクコクと頷く。

 

「まずこの城に関して、だったな?」

「はい。御領主様の権利物として領土利用と地税以外もこの都市には、通行税を管理する各門や全外周壁の他、内外に主な建物だけで4千棟以上ございますが。では、まずこの城から――」

「(はぁっ?! 土地や物件の膨大な管理地獄かよ)……」

 

 ゴウン氏からの問いへ進行役の子爵がトンデモナイ相槌を打って会合は進んだ。

 

(そういえば、王都のゴウン屋敷も、建物は自前でも3年毎で土地代が必要と聞いたなぁ)

 

 納得しつつも、支配者としては「全部任せたっ」と速攻で言いたいところ。

 城の件を要約すると彼等からの話は、王家から来ていた兵達200の王都帰還分の調整と、この中央城で働く子爵家の使用人達の8割に当たる100名程をゴウン家へ譲るという話であった。

 その中で最も揉めたのが、子爵家の娘達を領主専属の()()()()()使()()とする話だ……。

 勿論、絶対的支配者はやんわりと押し返そうとした。

 貴族界隈での淫らでハレンチな行動について口を挟む気は全くないが、友人の娘同然の者達を預かる御方にすれば、家中へ持ち込まれて面白い話ではないからだ。

 

「いや、器量と気立ての良い娘達で実に気遣いは嬉しいが、やはり……」

「我がクロイスベル家自慢の可愛い娘達です。ですが、先程聞きました。直ぐ後の席で会う私へお気を使われたとか?」

「まあ、流石になぁ」

「それは誠に申し訳なく存じます。では――傍仕えに上がった娘達とは絶縁いたします。ならば以後、いつ傍へ置かれても一切お気遣い要りませぬでしょう?」

 

 穏やかにそう語る娘達の父、クロイスベル子爵。

 御方には理解出来ない。それでは可愛い娘達は、完全に領主への貢ぎ物で、子爵家の旨味がまるで無くなるはずだ。

 娘達が余りに不憫であり、ゴウン氏は子爵を思い止まらせる。

 

「いやいやいや、そういう話ではない。家族との関係はずっと大事にされよ」

「は、はぁ。ゴウン様がそう言われるのなら。……我がクロイスベル子爵家の長男と次男は復活によって健在で、既に長男には息子もおり安泰。ゴウン様への傍仕えは娘達のたっての願いでもあります。双子の長女と次女も婚約を解消次第、こちらへ加わりたいと申しております。王国貴族の過去には、配下の11人姉妹を全て愛妾にした話なども普通にございますし、当家をはじめ何処へもお気遣いは無用かと」

 

 絶縁してでも娘達を差し出す気満々の都市長から、王国貴族達の乱れたトンデモナイ正当論まで聞かされ、支配者には反撃の糸口が無い中――。

 名門貴族の一翼、ハクスーレ男爵が議題的に述べる。

 

「話から明らかにクロイスベル殿だけ特別な待遇に思います。ゴウン様、これはいけませんな」

 

 御方は「おぉっ、助けが入った」と思った。

 腹黒いだろう他の名門貴族達からすれば、都市長が此度譲る城の使用人枠へ名華(ハニートラップ)達を混ぜ、領主への縁戚強要は独壇場で卑怯ではと。

 恐らく不公平な『特別な小間使い』の派遣は引っ込めさせたいのだろう。

 だからゴウン氏は、正に同意しつつエ・アセナル領主として力強い納得の言葉を告げた。

 

「そうだな!」

 

 その結果。

 他の貴族家からも城へと『特別な小間使い』が()()()()()()()()事になった……。

 

「……(な、何故だ)」

 

 ここに居た貴族達の多くは、子爵程に娘を可愛がっている風ではなかった。やはり政略結婚の駒と見ている。しかし、3家程の当主は自慢げに娘を語り大事にしている風で、「娘が希望し幸せな婚姻しか認めん!」と豪語する程。にもかかわらず、行動に矛盾が見られた。

 本件を見れば、領主は配下の令嬢達を押し付けられてしまったとの表現が一番近い。

 この惨状に、「11人姉妹……(ゴクリ)」と姉妹天国を期待する某天使は兎も角、領主席の斜め後方に護衛として立つユリや不可視化で壁際に控えるナーベラル達の空気が何となく余所余所しい。今後「大全」に何が報告として記されるのか、ゴウン氏には不安のみが募る。

 絶対的支配者は強く思う。

 

(王国貴族侮り難しだなぁ。見え透いた〝ハニートラップ〟に屈したくないけど、敵は物量で圧倒的すぎる……)

 

 今後、王都リ・エスティーゼからエ・アセナルへ気軽に来れなくなったのでは、と彼が考えるのも無理なき事。

 

 ただ予想に反し()()()()()使()()達については、この会議の後でユリ・アルファの提案が支配者に認められ、本日より指導の下『(ナザリックの)主の傍へ仕える最低限のメイド』としての厳しい教育が始まる。

 その教えには当然、『伽等のナニにおいて、アインズ様からの要求が全て。配下達からの要求は厳禁』も含まれた……。

 これが、地上におけるゴウン氏周辺の小間使いを固める『令嬢メイド隊』の基盤となってゆく。

 

 話は会議に戻るが、聞けば4千棟の物件管理は委託された大商人達が都市貴族達の監視下で収益と維持管理をしてくれているとの事。土地や通行税なども名門貴族家が分担で徴収し総利益の極一部で引き受けているらしく、直接ゴウン家が管理する必要はない模様。

 あとは、領地における市民達の生殺与奪権の話もあった。罪人へ気遣いする必要はないが、極論で言えば無実の民の生命他、全てを没収し利益へ転換出来る領主最大の権利。子爵は言う――「全市民への気遣いはご無用」と。御方は即座にこれを『絶対に罠だ』と判断する。

 当会議は、今回の領主就任で譲られた基本的な全権の話と、ゴウン氏が城に住むという事から、城の使用人や王家直参の兵士達が帰都する件など守備面と諸問題の調整が必要で開かれた。また、個別の屋敷を断ったルベド達騎士長級用にと、幾つか使われていない部屋の改装についての提言もされている。

 しかし其々に掛けた時間を振り返れば、会議の本題はやはり『特別な小間使い』の方であったのかもしれない。

 

 こうして、今晩にも娘達から囲まれる閨で落とし処が無いと頭を抱えているゴウン氏を他所に、大都市エ・アセナルは彼による着実な都市支配の充実が進んでいく。

 

 

 

 大戦で荒野と化した周辺地の中へ不釣り合いに残り建つ、午後5時前の大都市エ・アセナル。

 都市中心部の高台にそびえる中央城の下層、人払いされた一室で偽モモン(パンドラズ・アクター)マーベロ(マーレ)は新都市領主であるゴウン氏との会見を無事に果たす。

 とは言っても、表向きの話だ。

 部屋に入って直ぐ、窓から離れた位置で立ち止まった偽モモンが、魔法を使う事も無く空間から取り出した予備のグレートソードを背負っただけ。

 筋書きとしては、折れた剣を完全復元してもらったという形で通す予定。対価は、金貨1000枚。購入よりも格安ながら、安すぎない辺りを設定した。

 チーム『漆黒』は多くの持ち合わせが無い事から、これがベストの選択である。

 ただ一方の、ゴウン氏は他から同様の要望をホイホイと聞く訳にもいかないが、条件はキチンと存在する。

 完全破壊された武器や防具は、時間を経るとゆっくり破片化し固めておけば後に鉱石化する。

 なので、破壊された時に〈保存〉で状態を維持する事が条件の一つ。これが実は結構厳しい。武器装備が壊れるのはそれ程の敵と戦ってる時で、死亡する者の方が多いと言えた。

 また遺産級(レガシー)以上になると復活出来ない品も少なくない。

 モモンのグレートソードは遺産級に近いが、量産品に過ぎないので一応復活も可能な武器だ。

 偽モモンの様子を見ながら今、ソファーへマーベロと共にのんびり腰掛け終わった支配者の安堵した声が上がる。

 

「はぁ、何とか剣が元に戻ったな」

「はい、創造主様。では、失礼しますっ」

「まあ、待て。確かに魔法でも一瞬だが、対価は事前に決めてたけどこの後の行動の話もあるし。10分はここで時間を潰せよ」

「畏まりました、創造主様っ」

 

 そんな身内の会話が、壁に盗聴防止の掛かる部屋の中で交わされた。

 

 さて、彼等の面会についてだが、『多忙な都市領主と、冒険者風情がすんなり会えてしまうのはどうなのか?』という部分。

 偽モモン一行が、エ・アセナルの南東門から都市街の大通りを抜けて中央城の城門前に現れたのは、午後3時45分頃。

 近付く冒険者風の2人へ、城門を守る衛兵達からお決まりの問い掛けが届く。

 

「お二人とも見なれぬ顔ですが、何用でしょう?」

 

 大恩ある救世主様がお城に居る為、警戒度を上げていた。民兵上がりなれども衛兵らに、実力差のある冒険者達へ怯む様子はない。

 すると大柄な漆黒の戦士が、名乗りと口上を堂々と高らかに丁寧な内容で述べる。

 

「我々はエ・ランテル冒険者組合所属の白金(プラチナ)級冒険者チーム『漆黒』のモモンとマーベロと申す者です。近日我々は〝竜王国への応援部隊〟のメンバーとして竜王国に向かいますが、当地御領主のアインズ・ウール・ゴウン様へ是非ともお願いの儀があって参りました。至急で面会をお願いします」

 

 戦士の横へ立つ純白ローブの少女も、僅かに会釈した。

 そんな2人の前へ、衛兵らの中から恰幅の良い衛士長が怪訝な顔で近付いて来る。彼は王家直参の騎士長であったが、復活に因って新領主様への恩義は強く持っていた。

 面会要望の相手が、城内で中低位の者であれば他の衛兵に任せるところ。しかしあろう事か、大恩人で御領主のゴウン様と聞いては、自分で確かめなければ気が済まない。

 白金(プラチナ)級冒険者如きが一体何用かという思いからだ。

 

「〝竜王国への応援部隊〟……? はて、態々何用での面会ですかな? 不足資金や物資のご要望なら別の者でも良いはず。御領主様はお忙しい身だ」

 

 言葉尻はまだ幾分穏やかであったが、衛士長の眼光は『生半可な理由なら納得出来ん』と門前払いへ満々の雰囲気を持っていた。指摘も鋭く聞こえた。

 これに対し、モモンは語り出す。

 

「実は数日前の大戦中の事だけど、敵の竜長を真っ二つにして討ち取った時に、振るっていた2本の剣の片方を完全に折ってしまって」

「ド、(ドラゴン)を、真っ二つ!? 討ち取った……と?」

 

 流石に、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の冒険者を前にし、騎士長や周りの衛兵は目を見開きざわついて半歩下がり驚く。

 周りの反応を他所に頷きつつ、偽モモンは言葉を続ける。

 

「ええ。その壊れた剣を、新領主様のお力で何とか復元して欲しくて。今回の応援の遠征では敵に5万体ものビーストマンの軍団がいるとの事。やはり厳しい戦いが予想され、少しでも頑丈な武器が必要なんです。新領主様とは以前、王都の王城での会議の際に直接の面識があります。是非、()の方へ〝王城の冒険者会議の場でお会いしたエ・ランテルの冒険者モモン〟が〝竜王国への応援の件〟で来ていると伝えて頂ければと」

「ふぅむ、なるほど……用件は良く分かり申した」

 

 御領主様と面識があるかは、すぐ確認出来る点から今騙る意味は小さい。そして竜王国への応援部隊参加から竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の剣を直してもらいたいとの一連の話に矛盾する部分を感じない。

 また、それ程の名剣を直せるのは、確かに御領主様しかいないだろうとも。

 騎士長は偽モモンとマーベロへ神妙に伝える。

 

「モモン殿、マーベロ殿、これより確認させてもらうので暫くお待ち願えるかな」

「大丈夫です。お願いします」

 

 衛士長は衛兵に伝え、2人を門外脇の待合所へ案内させた。

 これで、報告は城門の衛士長から城内に居る上官の守衛総長まで上がったが、今の段階で城の最高管理者はまだ都市長のクロイスベル子爵であった。

 現在、子爵様ら都市内貴族の方々が新領主様と重要会議中の状況を、守衛総長は当然把握済み。

 時を置かず、守衛総長よりの使いが会議室へと入り、一席に座る都市長へ近付き耳元で囁いた。子爵は来訪者の件を聞き小声で返す。

 

「(竜王国へ向かう冒険者が、ゴウン様への面会希望だと?)」

「(はい)」

 

 午前の都市内有力者会議の席で、確かに御領主様から『竜王国への応援部隊』の話が出て、冒険者組合長のクローネルへ部隊を送るよう明確に指示が出されている。

 御領主様の考えへ協力する事は、大恩を受けたエ・アセナルの貴族として重要であった。

 

「(……分かった。この会合が終わり次第、私からゴウン様へお聞きする)」

「(はっ、お願いいたします)」

 

 当会議は、エ・アセナルでのゴウン家の第一歩として必須であり、状況的にクローネル達の進捗から、ここ1、2時間を争う事態ではなさそうとみての判断。

 

(本当にモモンなる者がゴウン様と面識がある者と確認出来れば――合わせない訳にはゆかぬ)

 

 アインズはこの判断を正に狙っていた。

 午前の都市有力者会議の席で『竜王国への応援部隊』の話を組合長へ伝えた事は周知の事実。だからこそ、偽モモンにそれを伝えさせるだけで、強欲な貴族達がゴウン氏へ取り入る為に、十分関心を示すと確信していた。

 まあ、強欲面からとの予想は大分ズレたが……。

 上位貴族の人物と平民が面会する場合を考えた時、その絶対条件は『相応の理由で上位権力者から面会を希望する場合』であるとアインズは結論を出している。

 つまり、今回は領主のゴウン氏へ話が通れば「面会しよう」となり、不自然さは消えるのだ。

 御方に因る午前中の「竜王国への応援部隊」協力指示は成り行きだ。その状況を上手く紐付けて利用した感じである。

 午後4時30分を過ぎ、議題が出尽くし会議がお開き気味になった頃、クロイスベルが領主の彼へと尋ねた。

 

「ゴウン様、東の都市エ・ランテルの白金(プラチナ)級冒険者で『漆黒』のモモンなる者をご存知でしょうか?」

 

 ゴウン氏は、仮面の顔でゆっくりと頷いた。

 

 大都市の偉き御領主様との面会を、無事に終えた偽モモンとマーベロの2人。

 彼等がエ・アセナルの中央城門を去る時、丁度城へとやって来た2人の美しい娘達とすれ違う。

 一人は小柄で左腰に変わった長物の武器を下げる美麗な桃色の髪の少女(シズ・デルタ)。もう一人は綺麗な金髪のクルクル巻き髪に鎧調のブーツを履いた美人(ソリュシャン・イプシロン)

 一旦シャルティアとナザリックへ帰ったシズはつかの間の休息を終えて、御方より頼まれた真祖の姫に〈転移(テレポーテーション)〉でエ・アセナル近郊まで送られ、城から不可視化で迎えに来たソリュシャンと合流し、堂々とゴウン家騎士長級の配下として登城する。

 両組は一瞬だけ視線を合わせるが、只それだけで離れてゆく。

 そしてこのシーンのBGMの如く、中層階の窓からはハツラツとした繰り返しの挨拶が漏れ聞こえて来た。その数を、早くも4名へと増やした弱卒的『令嬢メイド隊』の発する練習の声が。

 

 

 

 

 偽モモン達が、エ・アセナルの中央城を後にした(とき)と同じ頃。

 

「辞退? ……何を言っている。俺の調子(難度)を戻すのに丁度いい相手じゃないか」

 

 『朱の雫』の剣豪アルベリオンは、メンバーにこう告げて最後に参加を促す。

 

「それに――俺達のチームが行かなくてどうする?」

 

 戦死する前までリーダーであったが、「前衛が俺には合っている」とリーダーをアズス・アインドラのまま据え置き、判断は任せた形。

 アルベリオンやアズス以外のメンバーも、初戦のエ・アセナル攻防で絶望の淵に立ち、震える体を引き摺り王国総軍での参戦では、多くの竜兵を倒す勝利とリーダー戦死や重傷の敗北も見た。

 でも彼等はアダマンタイト級冒険者チーム。

 魔力不足、剣豪の難度低下と問題があろうとも、王国冒険者のTOPとして覆し進む姿を見せる責任があった。

 結局、アズスは6人チームの仲間達へと告げる。

 

「それでは皆、覚悟はいいな? 竜王国の応援作戦に参加するぞ」

「おう」

「当たり前だろ?」

「それが、俺ら〝朱の雫〟ってもんさ」

「ああ」

「行こうぜ、どこまででも」

 

 エ・ランテル所属の冒険者チームから『救援部隊』への参加確認を南部戦域の外で受けた『朱の雫』は、アルベリオンの現状態(ステータス)チェックで一旦東部戦線の外へ置かれた野戦診療所に戻っていた。彼等はそこから一番乗りで王都冒険者組合屋上を目指す。

 

 偽モモン達がアインザック達のオリハルコン級部隊野営地へ戻って来たのは、日没が迫る午後6時半過ぎ。

 

「〝漆黒〟チーム、無事にエ・アセナルより戻りました」

「も、戻りました」

「おっ、モモン君、マーベロ君。どうやら、剣は直してもらえたようだな」

「よく面会出来たなぁ」

 

 アインザックとラケシルらが、巨躯の戦士の背に伸びる直った剣の長い柄を見上げた。

 

「はい、後日払いの金貨1000枚で何とか。()()()()は〝竜王国への救援部隊〟について重要視されてたみたいで、多忙な中で俺達にも会議後の合間に会ってくれて。その中で、午前中にエ・アセナルの冒険者組合へミスリル級チームの派遣を指示したと聞きました。マーベロと帰りに都市の組合事務所へ寄って確認したんですが、もう3チームと移送用の魔法詠唱者達を向かわせる準備が大体揃ってましたね」

「おおっ、そうか!」

 

 アインザック達は偽モモンが語るゴウン氏との面会や行動と状況に、違和感なく納得していた。

 『漆黒』の2人はエ・アセナル中央城門でシズ達とすれ違った後、都市北門への大通りの途中にある冒険者組合へ寄り、現状を確認し王都の最終出発点の事も一応伝えてきた。

 人の減った野営地内の様子へ、偽モモンが尋ねる。

 

「皆さん、王都へ向かったのかな?」

「ああ。ほんの、つい先程だがね」

 

 アインザックとラケシルの他に残っていたのは、今朝死者を出したオリハルコン級チームの4名のみ。

 『蒼の薔薇』達とエ・ペスペルのオリハルコン級1チームの姿はここに無く。

 また、この場へ集まった白金級魔法詠唱者達35名程やミスリル級4チームも先に、王都冒険者組合へ向かったという。

 

(モモンガ様の予想より少し早いかな)

 

 マーベロはそう感じつつも、前倒しについては問題ないと見ている。

 あとは、遅れている自分達がエ・ペスペルの動きを早く知らせるべく王都へ向かうだけである。

 同じ考えの偽モモンが、組合長達へ告げる。

 

「では、俺達も急いで向かいますよ」

「うむ。君達の後に順次、全国から後続の冒険者部隊が送られるはずだ。それまで現地で踏ん張ってくれたまえ」

「モモン殿、マーベロ殿、次の敵は数が多い。落ち着いてな」

 

 ラケシルの言葉には、強さから来る油断への忠告も含まれていた。

 『ビーストマンの国』の軍隊最大の強みは、人間側に比べての質の高さと兵数である。

 モモン達が個々でいくら強くても、数で押された場合は全てに手が回らなくなる。またいつか疲労もくるはずで、焦りから判断を損ねる事もあるのではと……。

 組合長達の期待と気遣いへ偽モモンとマーベロは返事をしておく。

 

「はい、十分に心掛けます」

「は、はい」

 

 駆け出した『漆黒』の2人は、アインザック達に見送られ野営地を後にした。

 王都まで〈飛行(フライ)〉でも7時間程掛かるので大半をショートカットしたいところ。

 しかし現在、王国総軍は冒険者達も含めて各地で大規模撤退を開始しており、『〝漆黒〟チームについて目撃者が不明』という余計な疑念を持たれたくない。

 だから、偽モモン達2人は地道に地上を駆け、マーベロの〈飛行(フライ)〉で低空を移動し王都を目指す。

 

 

 

 翌朝午前11時を迎えた頃、王都冒険者組合屋上で『竜王国への救援先発隊』の最終打ち合わせが始まる。

 場に集合した冒険者チームは、アダマンタイト級2つ、オリハルコン級1つ、ミスリル級7つ、白金級1つの計11チーム。総勢50名。他、牽引移送役の白金級魔法詠唱者54名。

 一般兵力で考えれば、モモンの白金級チームを除いても万に近い規模の戦力と言えるだろう。

 現地の厳しい戦局で、雑兵が1万増えても大差はない。だが、上位冒険者の精鋭部隊となれば、『ビーストマンの国』側の敵将や上位士官個体の打倒も視野に入る。

 そうなれば、少数でも難局面を大きく変える事さえ出来るのだ。

 英雄譚的な竜王軍団相手には無茶な策も、相手がビーストマン達であれば、と。

 

 此度、『先発隊』を率いるのは、やはり『蒼の薔薇』のラキュースである。

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグを相手に数日間生き残ったという彼女の指揮振りは、叔父のアズスにさえ「誰が見てもお前が適任者だ」とその役を譲らせた。

 先の大戦で、竜長を討ったモモンでも、この面々の部隊を指揮するのは無理な話。竜王国危機の通報者で、冒険者の宴や実績で名も一応覚えられているとはいえ、まだ新参者感は否めない。

 『先発隊』参加者の多くは王都内で、装備の応急メンテを3時間程で終えていた。

 無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)を身に纏うラキュースが皆の前へ立つ。

 

「この〝先発隊〟の指揮を任された〝蒼の薔薇〟のラキュースです。竜軍団との戦いが終わって、まだ2日も経ってないけれど、竜王国では私達冒険者の力を必要としている多くの人達が待っているわ。相手はビーストマン5万の大軍って聞くけど、私達は昨日まで(ドラゴン)達と闘っていたのよ。

 だから〝私達なら出来る〟わ。これより、竜王国の首都までまず〈飛行(フライ)〉使いの詠唱者達の引く〈浮遊板(フローティング・ボード)〉に乗って向かいます。途中、食事や仮眠休憩を6回挟んで、到着時間は明後日の午後7時半を予定してるわ。首都にて現状を把握してのち〝先発隊〟の攻撃作戦は決定します。物資について、各自でこの場から最低1週間分は所持してもらっているはず。ではこれより、移送担当者を割り振った後、順次出発願います。

 尚、〝蒼の薔薇〟は〈浮遊板(フローティング・ボード)〉を使用せず、イビルアイが〈全体飛行(マス・フライ)〉で部隊を先導する予定です」

 

 『蒼の薔薇』達だけ移動形式が違うのは、一部でスレイン法国上空など、初めて通過する場所や距離も長い為、先行確認する場合もあるとみての措置。

 

「また、牽引役の魔法詠唱者の皆さんには予備要員も居ますから、上手く交代して下さい。ただし給金は、巡航速度で引っ張った距離に応じて支払われますので、あしからず。

 最後に、何か質問のある方は?」

 

 凛々しいラキュースが皆へ確認するも特に無い様子。

 

「では、〝朱の雫〟の方々から前に――」

 

 ただラキュースの語った内容によって、牽引移送役の者達から少し溜息が漏れた。

 どうやら、高名なラキュース達〝蒼の薔薇〟を運べると勇んで集まった者達が居た模様……ご愁傷さまである。

 呼ばれた『朱の雫』達が前に出て来ると、名簿を持ったティアが淡々と読み上げる。

 移送を担当する白金級冒険者について、所属都市に続き名前が呼ばれた者が『朱の雫』のメンバー達を順次一人ずつ載せて出発していく。

 それが、10チーム分と予備の魔法詠唱者の分が終わるまで続いた。

 『漆黒』チームは5チーム目に出発。竜長を討った武量と、依頼者の竜王国王女と面識がある点からの位置取り。

 今回の戦いは、ナザリック所属の者にすればこれといって危機感もなく『のんびり行こうか』と言いたい気分。しかし、部隊内で立場的に最も低い階級や『漆黒』チームと初めて組む者達も多い中、支配者は発言に気を使う。

 

「それじゃ皆さん、お先に行かせてもらいます。マーベロ、油断せず気を引き締めてね」

「は、はい」

 

 こうして無事にモモン、マーベロの順で飛び立った。

 最後は、ラキュース達『蒼の薔薇』の5名がイビルアイの発動した〈全体飛行(マス・フライ)〉で締める。ゆっくりと王都冒険者組合建屋上空へ浮かび上がると、速やかに空中隊列の先頭へ出るべく急加速し王都を後にした。

 〈浮遊板(フローティング・ボード)〉に腰掛けるモモンは、ホッとする。

 

(ふー。とりあえず、この件は今のところ順調かな)

 

 竜王国女王の妹ザクソラディオネとの約束から間もなく4週間となるが、どうにか嘘吐きにはならずに済みそうだと。

 絶対的支配者の次の舞台(ステージ)として、竜王国の地に新たなる血まみれの戦場が待つ。

 

 

 

 

 『竜王国への救援先発隊』の出発を見送った王都市民の数は、組合の建屋が面する大通り周辺だけと意外に少なかった。

 そもそも、立ち止まったり歩く足を緩めた者達は、冒険者らが何の目的の行動なのかさえ知らないのだから。

 たまたま目に入って僅かに気になった程度のこと。それよりも。

 

 戦争が終わったのだ!

 

 王都リ・エスティーゼ内では、昨夕の頃にもう竜王軍団撤退の話が伝わっていた。

 王都を始め各貴族領へ向かい帰還し始めた王国軍に先立ち、一部の先着した冒険者ではない者達(情報屋や裏社会の連中)によってだ。

 街中の民達は「これで王国は残り、出征した夫や息子や娘達が帰って来る」と歓喜した。

 しかし、現実には王国総軍の死者数は最終的に8万人をも超え、全体24万の3分の1に及ぶ。更に、王都民を中心とした王家の軍団は国王の率いた軍団が全滅した事で死亡率がひときわ高く、悲しむ家族が随分多いはず。

 復活を果たし都市住民の多くが生き返ったという『エ・アセナルの奇跡』も伝わる中、対照的な状況になりそうだ。

 また開戦前からエ・アセナル周辺の穀倉地帯は竜達の蹂躙攻撃で、多数の農民死亡と多くの難民発生が伝わっている。このため、終戦を迎えたにもかかわらず、穀物類を中心に価格は下がるどころか今後の大混乱を予想して、今朝から早くも幅広く物の価格が僅かに上昇を始めていた。

 今後も王都に限らず、無情にも王国内の物価は総じて全国で高止まりを見せるのである。

 

 リ・エスティーゼ王国の中で変化が徐々に進んでいく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 評議国からの使者来たリて

 

 

 本国からの使者の名はフィブレクト・ゲイリング。

 ゲイリング評議員の次男である。役職は評議員第八補佐官(自称)。

 巨大なゲイリング家における影響力について、彼の度合は小さい。まあ、長男や三男以下も同様なので、彼はこれまで慌てていなかった。

 だが――。

 まだ然程(さほど)大きくはないものの、妹ブランソワのまさかの台頭が気になり始める。

 先月末辺りから、父の仕事の会話内に妹の名が急に増えたと感じたのだ。

 妹と暗に比較される場合さえあった。弱者の鼻はこういった変化へ敏感に利く。

 次期家督を狙う長男と共に、妹へ警戒心を抱き始めていた……。

 理由に、フィブレクトの難度は48と父や妹に比べても大した事はなく、脳筋的思考で父の覚えも余り芳しくない現状。つい最近、好きに使っていた給料的な小遣いへ父親より大幅な制限が掛かり、己の今の立場へ急激に危機感が増した。

 

(兄や弟共はやられてねぇのに、なんで俺だけ……)

 

 だからこそ、今回の監察官なる大役を引き受けたのである。直談判さえして。

 

「親父っ。人間共の国へ侵攻している竜王の軍団を撤退させる現地ネタが欲しいんだってな? 是非俺に任せてくれよ、ブヒヒッ。きっとデカいのを掴んで来るからさ」

「ブヒッ……お前に出来るのか?」

 

 日々、賭け事や女遊び狂いの次男から、珍しく借金や揉め事解決の要望ではなく、仕事にやる気を見せた申し出に父は一瞬考える。次男の極端な変化で直ぐさま、小遣い制限の件やブランソワに触発された行動と思い当たるが、やらせてみるのも良いだろうと許可を考えた。

 次男ももう良い歳。家へ泥を塗るだけの者は必要なく、切る時期が近付きつつあったから。

 相手は(ドラゴン)共。本人も少しは仕事の厳しさと怖さを思い知るだろうと。

 

「行って来い」

 

 父の命を受けた彼は意気揚々、アーグランド評議国の首都中央都から東南東へ120キロ程の都市サルバレを経て、戦争を避ける為にエ・アセナルの西方に連なる山脈を辿って南へ進んだ。

 護衛にはゲイリング家の護衛団から、難度120超えの猛者3名を含む6名を同行させている。

 竜共も恐れるに足らずと。家畜の人間達などは眼中にさえ無い。

 先触れとしてサテュロス1名の他、書記官や荷駄要員の人馬(セントール)らも入れ計12名の隊で、所用日数はここまで9日間であった。

 荷駄の馬車以外の者はダイア・ウルフ系のウォーグに騎乗具を付け乗っての移動だ。

 それなりに苦労し、ゲイリング家次男は監察官として、遠い目的地へと漸く到着する。

 

 ところが――煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)の軍団の姿はそこに無かった。

 

 竜達の宿営地は夏夜の曇り空の下、虫の音と広い暗闇が広がる。時刻は午後10時半。

 僅かに3頭の竜長が残っていたのみ。次男は大いに「シメた!」と思った。

 父に負けじと彼の衣装は帽子も含め、超ド派手な黄色地のものだ。夜でも結構目立つ。

 ふんぞり返る態度は更に偉そうに見えた。

 

「オッホン! 我は中央評議会所属、栄えある『三ツ星』を持つゲイリング評議員の第八補佐官、フィブレクト・ゲイリングだ。ゲイリング大商会の役員(閑職)でもあるぞ。この度、中央評議会の依頼により監察官として参上させてもらったが?」

「監察官殿。本国よりのお勤め、大変でしたナ。先ずは少し休まれては?」

「いやいや。誤魔化すつもりで? 竜王のカーマイダリス殿が率いる軍団はいずこに。残留責任者殿、これは一体どういうことですかなぁ? 人間共の捕虜さえ、もはや確保してない様に見えますが? はははっ、既に惨敗した……と?」

 

 場の状況と竜共が気落ちした姿に見え、父の地位も効いたと調子を上げた監察官。

 実際、物資は殆どなく、宿営地の跡地という有り様。また北側にあった人間捕虜区域も開放されていた。

 対し、本国中央からの正式な監察官と言う事で、下手に出て対応していた竜長達も、あざわらっての惨敗の言葉にはカチンと来た。3頭の竜長が揃って詰め寄る。

 

「……監察官殿。我々ヲ愚弄しに来たのか?」

「適当な憶測と態度が過ぎよウぞ」

「貴様……竜王様を笑ッたか?」

 

 残っている全長18メートル超えの竜長らは、難度で120を超える歴戦の者達ばかり。

 監察官の護衛小隊が腕利きでも、同時に対戦すれば結果が竜長達へ傾くのは予想出来た。

 

「ひぃっ」

 

 フィブレクトは父の威光を始め、歓楽街の格下のチンピラに有効だった手を繰り出していた。しかし、難度50弱の街中の日常的な暴力的小競り合いと、難度120超えの戦場の竜達では迫力が別物。武者らの怒りに父の偉さも及ばない。それを初めて知る。

 圧倒的な竜達の威圧に、尻もちをついて後ずさる。

 そこに、護衛小隊長が慌てて割って入った。

 

「竜の方々待たれよ! 貴殿らの竜王様と軍団を悪く言うつもりはない。フィブレクト様、訂正くださいっ」

 

 闘士達は竜種の強さを理解している。闘士としては数頭しか見ない上、護衛隊などでも稀に敵側で遭遇するぐらいだが、戦いは必ず厳しいものになると知っていた。

 護衛小隊長の助け船にゲイリング監察官は乗る。

 

「し、失礼した。こちらの勘違いだ。竜王様には相応の事情があると思う。て、訂正する」

「……ならば良い」

 

 監察官の直ぐに訂正し懲りた様子をみて、竜長達も引き下がる。

 愚弄されたままでは竜王様の配下として黙ってはいられないが、竜長3名の独断で中央の監察官と事を構えるのも考えモノ。煉獄の竜の里として強く避けるべきなのは明白。

 それにゲイリング一族と言えば評議国内でも指折りの大商会。長年、里は中央と距離をおいていて、交流も少ないがゼロと言うわけでもない。自尊心の高い竜達であるが、我慢を見せた。

 何とか立ち上がったフィブレクトだが、すっかり及び腰の姿に同行した書記官が仕事にならないと代わりに問い掛ける。

 

「あのぉ、宿営地の今の状況を説明して頂けまいか?」

 

 至極全うな要請に、竜長代表が口を開く。

 

「結論を先に述べれば、我々の軍団は中央評議会の取り決めに従った、という事デす。

 ご存知かと思うが、ひと月前の進撃当初に我々の軍団は華々しく人間の都市を滅ぼした。人間の奴隷3万も本国へお送りシた。

 それを受け、人間国家側は半月程で大規模な軍をこちらの宿営地周囲へ広範囲で展開。その大軍への攻撃が8日前に始まりました。戦いは戦場の全域で終始、我々の軍団が質と数で圧倒しています。ただ、人間共の中に強者も居たのです。それも1体だけではなく、かなりの数で。なので局所的には敗れる事も増えていきました。犠牲も伴ッて。

 そして、昨日夕刻より連中の強者の中でも最強の者達が大反撃に動きました。その者は竜王様とさえ互角に戦った。そして昨夜――我らが攻め滅ぼしたはずの都市が復活されたのです。建物に限らず住んでいた人間共もまとめてデす」

 

 竜長代表の首が動き、視線が南方に横たわる都市外観の影を差して、皆の目も向いた。

 中央に立つ鋭い塔状の城へは、明かりが点在するのも見えている。

 

「はぁ?」

「なっ、復活!?」

「えっ!」

「馬鹿な……」

 

 問うた書記官や聴き入っていた監察官だけでなく、護衛小隊の者からも愕然とした声が漏れた。

 当然だろう。そんな奇跡的な事を出来る者が人間如き連中に居たと言う事実。

 竜長は結論的語りを続ける。

 

「直後、奇跡を実行した人間の魔法詠唱者より、竜王様へと停戦と撤退の提案がありました。この時、我が軍団の総死傷者数は100頭を越えていたのです。竜王様は戦況を冷静に認識し苦戦状況と判断。速やかに本日の早朝、撤退を決められると即時実行されました。以上が説明となりマす」

 

 場は静まり返る。

 ここで、仕事に関係なく気になった疑問をフィブレクト・ゲイリングは尋ねる。

 

「そ、その分かるならで結構だが、人間の魔法詠唱者の名は何と?」

 

 竜長達は恐怖からなのか、その名を緊張しながら口にする。

 

「魔法詠唱者の名は――アインズ・ウール・ゴウンと言ウ者だ」

「「――っ!!」」

「「「……?」」」

 

 監察官一行の中で、表情が完全に二分した。

 書記官と荷駄係や護衛小隊の数名が、『それは誰か?』という表情。

 一方で、護衛団でも上位の者達は、中央都のゲイリング屋敷内での一大事件を完全ではないが聞き及んでいた。

 そして――監察官には出立直前、父コザックト・ゲイリングより、人類圏で厳守すべき一つの警告があった。

 

『フィブレクトよ、人類圏へ行くならアインズ・ウール・ゴウンなるお方の名を忘れるな』

『え、アインズ? アインズ・ウール・ゴウン? 一体何者』

 

 次男には聞き覚えがある名。最近、親父の仕事の話へ「アインズ」と時折出て来ていたから。

 

『アインズ殿を呼び捨てるなっ。死にたいのか! 敬意を持てっ。お前にとって、あの方が何者であるかは重要でない。今より肝に命じよ。隣国で……万一、アインズ・ウール・ゴウンなるお方の名を聞いたなら、その方へ絶対に逆らうな。我が名を出して真摯に従うのだ。これは、ゲイリング家当主の厳命である。違える場合、死を覚悟せよ、良いな?』

 

 常々、他者を圧倒的に見下し決断する余裕のある父が、その時は明らかに違った。

 逡巡していたと評するのが合っていると次男には思える。

 父ゲイリング評議員はアノ騒動の後、やはり少数精鋭で密かに評議国内におけるアインズ・ウール・ゴウンなる人物を資料面で調べてみたが、結局何も出てこなかった。旅の魔法詠唱者どころか出身、住所、年齢や全都市の入出門記録にもない。つまり、()の者は人類圏からの来訪者の可能性が非常に高いと踏んでいる。

 しりごむ父から聞いていた者の名が今、現実に出て来た。しかも、都市を復活させ、竜王を退けた者だというのだから。

 

 フィブレクトは僅かに震え続ける。

 

 警告は事実で、間違えばアノ親父に殺されるのが現実にあると知ってだ。

 次にどうすべきなのか脳筋質の頭が混乱する。

 そんな監察官へ対し、竜長代表が伝える。

 

「監察官殿への報告はこれで終わったと思うが、よろしいデすか?」

「えっ。……た、確かに」

「では、御一行は早めに報告の為、中央都へご帰還される事を勧める。この地への長居は――評議国全体の為にもならぬと存じマすので」

「――っ。ああ、その通りだ」

 

 殆どトンボ返りであるが、長居無用なのは確実。

 ゲイリング評議員の次男は死が交錯する場違いな所に来てしまったと後悔するが、それよりも行動が先である。

 ウォーグに監察官は跨ると、彼の一団は帰路で遠い中央都を目指し、竜軍団宿営地跡を慌ただしく去っていった。

 それを見送った3頭の竜長達も、この地からの速やかな撤収準備に入る。

 これより数時間後の早朝には、竜軍団の竜は1匹残らず王国から撤退を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. エンリと愉快な仲間達、旦那様と面会する

 

 

 アインズはチーム『漆黒』の行動について、エ・アセナルでモモンの折れたグレートソードを直して以降、王都到着までの全行動を偽モモン(パンドラズ・アクター)とマーベロに任せる。

 そしてその後、本人はどうしたのかと言えば、トブの大森林の中に居た。

 

「どちらが迎えに来るのかな」

 

 配下のエンリが『ゴブリン将軍の角笛』で呼び出した5000体もの新小鬼(ゴブリン)軍団の上位者――軍師や各団長、隊長との面会に臨む為だ。

 謁見でない点は、建設中の小鬼(ゴブリン)達の()も見てみたいと御方が要望したことが大きい。出来つつある集落はとっくに村の規模を超えており、そこへの訪問に近い形。

 一昨日、御方がナザリックへ帰還の折、アルベドから謁見希望の話を聞いて、近日内の時間未定ではあるが快諾していた。

 日は過ぎて、エ・アセナル中央城内で時間が出来そうな事から、つい今しがた現状を確認。

 するとアルシェが昨日よりエ・ランテルへ向かっており、姉妹と再会するという話で、今後の事についても仲間達と数日考えたいとの事。これらの情報は、エンリからアルベドへ報告があった模様で、今日一杯は確実に留守との事情から急ぎ面会が仕組まれた。

 普段からアインズは、カルネ村のゴウン邸へエンリ姉妹の居る時間帯の早朝か夜に、ナザリックへ寄る途中で時折訪れている。最近では3日前(ボウロロープ侯爵戦死の翌日)の晩だ。

 だが、小鬼(ゴブリン)達との面会についてエンリからは直接何も聞いていなかった。

 

(ふむ、新小鬼(ゴブリン)軍団は規模が大きめだからなぁ)

 

 最初に笛で呼ばれた小鬼(ゴブリン)の数なら、確かにナザリック経由で気に掛ける必要はないだろう。

 でも現在は、エンリ自身も将軍という立場であり、ナザリックの組織をしっかり意識した手順と言える。

 支配者としてはその行動を一応理解したが、少し寂しくもある。

 

(エンリはまだ若いのに、考えた行動だなぁ。でもちょっと一言あると嬉しいんだけどな)

 

 その辺りは単に慣れてない、初々しいという部分に思え悪い気はしていない。

 本日、面会時間の午後6時頃を指定したのは支配者である。多忙と状況が流動的なので、結構直前でアルベドへの時間指示となった。アインズとしては、気軽な立ち話に行くという感覚。

 今の時間は指定時刻まで残り15分の5時45分。多忙な彼にすれば『まだ』余裕十分だ。

 

『森の中でお待ち頂ければ、ハムスケかエントマが案内に参りますので』

 

 アルベドにそう言われていた支配者は、以前ハムスケに会いに行った時を参考に、図面で見た新小鬼(ゴブリン)軍団の()に近そうな位置へ〈転移(テレポーテーション)〉で現れていた。

 すると間もなく。

 

「殿、殿ぉ、殿ぉぉーーーーっ」

 

 ハムスケが地を駆け抜け飛ぶようにやって来た。

 ヤツは見た目、モフモフそうに見えて、実はやたらに硬い剛毛の小部屋程のデカイ図体で主人へとじゃれ付いて来た。

 体格差はあっても、Lv.100の御方は難なくヨシヨシと撫でてやる。

 

「元気そうだな、ハムスケ」

「元気でござるよ、殿っ。会えず寂しかったでござるよ」

 

 ハムスケは、トブの大森林へ攻め込むナザリック軍の動きを察知されずに、橋頭保的な領土を維持する役目もあって、森の南部から長期間離れられない現状である。

 アインズは、落ちないよう〈騎乗(ライディング)〉でハムスケの背に乗り、新小鬼(ゴブリン)軍団の街へと向かった。

 

 

 

 さて、大変なのは支配者をお迎えするエンリ達側である。

 将軍のエンリが、アルベドから〈伝言(メッセージ)〉で面会時間の通達を受けたのは予定時刻の僅か45分前。カルネ村で砦化作業の指示の途中であった。幸い一人で立って居た時で直ぐに出れたが。

 

「えっ。今日、このあとですか?」

『午後6時よ。慌てる必要はないわ、エンリ。森の()の広場へ貴方が居て、会わせたい者達を揃えておけば大丈夫よ』

「はい、分かりました。ありがとうございます」

『しっかりね』

 

 アルベドにしては、随分優しい口調と内容での通達。エクレア相手と比べればかなりの差だ。

 お気に入りのネムと有能な姉エンリへ目を掛けていればこその態度である。

 ただ、将軍少女とすれば逆に大きなプレッシャーにもなる。

 

(アルベド様は、頭数が居れば大丈夫と言われたけど、手配していたナザリックの旗飾りや垂れ幕に、旦那様の玉座などをご用意しておいた方がいいかもしれない)

 

 この日の為に、エンリは小鬼軍師や団長達と事前に会合を開いている。

 旗飾りや垂れ幕は以前、ナザリックの宴で使っていた極一部をキョウ経由で借り受けたもの。

 至高の御方直属のエンリ自身は、多少粗相をしても大丈夫かもしれないが、新小鬼(ゴブリン)軍団の者達は果たしてどうかはまだ不明だ。

 以前、ナザリックの宴へジュゲムが同行した時を振り返れば大丈夫とは思うが。

 兎に角、エンリは急ぎ、近くへ居た親衛小鬼軍団リーダーのジュゲムを呼ぶと、事態を耳打ちして現場監督代行を頼む。村人らからの問いへ「森の方で会合が」と躱させて。

 そして将軍少女は、村内に駐留する騎獣兵団の2体の狼の背へ勇ましく2人乗りすると森の()へと急いで向かった。

 もう1体へは無論――交渉人(ネゴシエーター)ネムが乗る。

 

 

 夕暮れが控えた空に、下がる太陽の角度から大森林の中は少しずつ暗さが増していく。

 しかし、アインズとハムスケが森の中を進んでいると、やがて明るい、広く切り開かれて区画割りされた地へと出た。

 まだ、多くの建物は鉄筋と古代コンクリートで固められた打ちっぱなしの土台だけであったが、10棟もの大倉庫と広場近くへ建つ中央官舎やその周辺はその雄姿を既に見せている。

 ナザリックが近々建設する小都市の基礎土台練習と言う意味もあって、投入されている技術が多い。これらは、ナザリック地下大墳墓第十階層の書庫『最古図書館(アッシュールバニパル)』の書籍にあった知識も利用されていた。

 

「おお、立派なものだな」

 

 更に、広場までの街の通りにはナザリックの旗飾りが所々に(なび)いていた。

 街の工事は一時止められ、ハムスケに乗ったアインズが通る両脇へ小鬼(ゴブリン)達は所々で集まり、整列して支配者に礼を捧げていた。

 周りの進捗状況と、出迎えムードに支配者は素直に感じ入る。

 

「エンリは、良い指揮官だな」

 

 明らかに、アインズの来訪へ配慮された街内の雰囲気がある。流石に5000という数は多い。呼び出した彼女の影響を受けているだろうが、改めてしっかりと統率指示されている事が理解出来た。

 

「エンリ殿は、帝国軍相手にも上手くやったでござるよ」

「……そうだな」

 

 誘拐劇からカルネ村へ戻りゴウン邸で何度か会っているが、初めと変わらず家庭的で笑顔の可愛い村娘として振る舞い接してくれている。

 王国よりも格上と聞く帝国と有利に交渉し続けた彼女の手腕も、非常に得難いと思う。

 絶対的支配者は道沿いの小鬼(ゴブリン)達を横目で眺めつつ、色々とエンリについて再評価していた。

 街中は後日良く見て回ろうと、今は道なりに通り過ぎて広場を目指す。

 

 ハムスケとアインズが、周囲に旗飾りが並ぶ広場へと入って来た。

 小グラウンド程の楕円が一部少し平らな三角形に近い場所で、およそ1000体の小鬼(ゴブリン)達が整列していた。多すぎる総数を絞って、会場へ空間を作りスッキリ広く見せる演出らしい。

 エンリは、赤と黒の軍服に軍帽を被り腰へ洋剣を差し、最高級の紅色コートを羽織っている将軍の正装姿で旦那様を迎えた。

 完成した木造4階建の中央官舎の壁へ張られた大きな横長の垂れ幕には、ギルド紋章を中央に大文字で上下に挟む形で『輝かしい我らが ナザリック地下大墳墓に栄光あれ!』の言葉が記されている。

 エンリ達の知らない文字だが、意味は教えてもらい周知してある。

 広場の奥側、中央官舎前には整列する小鬼(ゴブリン)達との間に広い空間が空けてあった。そこに木製ながらナザリック地下大墳墓の謁見の間にあった玉座を模した幅1メートル半、背もたれが4メートル程もある立派で黒塗りの重厚な椅子が置かれていた。座面には漆黒のクッションも置かれている。

 背もたれ両面や肘掛け側面には幾何学調の模様が精密に彫られており、上手く支配者の格式を表現していた。軍団の総力で椅子は作られている。

 ハムスケから「ご苦労。またな」と降りつつ、アインズの視線が少し離れた大椅子へ向かう。

 

「どう、アインズさま? ……これ、皆で造ったの」

 

 ネムが、普段と違い姉に合わせた赤と黒調の衣装姿で、接待役としてアインズの手を取り、玉座の傍までエスコートする。エンリ側の最強の切り札が投入されたっ。

 説明から、椅子制作にはエンリやネムの手も入っているらしい。

 

「ほう、凝っているな」

 

 傍から上まで見上げ、感心する絶対的支配者の言葉へ別の声が続く。

 

「彫刻が綺麗で、良い物ではと思います」

「お世辞抜きで中々の出来かと」

「まあまあ悪くないでありんすね。エンリかぇ?」

「ふーん、そこそこやるね」

「コノ場ノ至高の御方ニ不足ナイ出来栄エダナ」

 

 驚いたが……広場に現れたのはアインズだけではなかったのだ。

 アルベドにデミウルゴス、シャルティアやアウラとコキュートスが姿を見せていた。地下大墳墓に居た階層守護者と統括が揃い踏みである。エンリ達が用意した玉座傍へ並んで立つ。

 彼等まで来た理由は、小都市基礎工事の要員や技術反映度合の視察。

 

(聞いてないですぅーーっ)

 

 エンリはそう大きく叫びたい気持ちを押さえて、司会的立場で場の進行役を務める。

 将軍少女は、御方の右側へ並ぶアルベドとシャルティアやアウラの少し外へ立っていた。

 

「時間には早いですが、アインズ様がいらっしゃいましたので、面会の式を始めたいと思います」

 

 街中から歓迎の大きな拍手が上がる。ハムスケも脇で見ていくことにした様子で拍手していた。

 それが途切れる頃、エンリから旦那様へ勧める。

 

「アインズ様、是非ご着席ください」

「うむ、せっかくだ。座らせてもらおう」

 

 支配者がどっしりと座ると、エスコート役のネムはキチンとエンリに対称の位置へ立つ。

 程なくエンリは「さてこの度――」と面会を要請した経緯を説明する。

 誘拐された折、どういうわけか小鬼(ゴブリン)達を大軍で呼び出してしまった事。今後の維持に不安が膨らんでいたところを自分同様、ナザリック旗下として受け入れられた救いへ感謝する旨が述べられた。

 合わせて居住地の提供と適切な街建設の住居計画、一部穀物類の管理支援へも礼が伝えられる。

 この森の地も、今はナザリック旗下となったハムスケの管理地域の一部。ナザリックの協力が無い場合、離れた東の森か西の森の一角を陣取るしかなかった。

 

「――小鬼(ゴブリン)さん達は感謝するだけではありません。今後は私同様、ナザリック配下としてアインズ様へのあらゆる協力を惜しみません。そういう軍団である事を改めて知って頂きたく、またその軍団を構成する兵団の長達を一度引き合わせたく正式な場をお願いした次第です」

 

 ここで、アインズが忠臣エンリからの言葉へ答える。

 

「なるほどな、()()自らの軍団臣従意志は有り難く、私へよく伝わった。まずは、小鬼(ゴブリン)達全員へ一言だけ命じておこう。――お前達はエンリ将軍の命令にのみ従えば良い」

「「「おおぉーーーーー」」」

 

 御方の懐深さへの驚きと、望むところという彼らの声がどよめくように上がった。

 絶対的支配者が語る。

 

「〝ゴブリン将軍の角笛〟で呼び出されたお前達が、将軍へ向ける以上の忠誠を他者へ示す事が無理なのは理解している。その上で、小鬼(ゴブリン)達よ。お前達が私の配下である事は今後不変だと考えている。なぜならば、私は直属の配下である将軍の揺るがない忠義を信じて疑わないからだ!」

「「「おおおぉぉぉぉ」」」

「あぁ(旦那様)……」

 

 小鬼達は閣下大好きの集団でもあり、御屋形様の彼女への高い信頼と愛情を感じて、喜びと嫉妬の複雑な感情が渦巻き声が上がる。エンリは旦那様からの熱い信頼が嬉しくて、進行役として立ちつつも口許を両手で押さえていた。

 ネムはそんな幸せ顔の姉の姿に満足する。

 

(お姉ちゃん、よかったね)

 

 僅かの後、周囲のざわめきを支配者の声が掻き消して言葉を結ぶ。

 

「――今後もこれまで同様、お前達への大きな命令は将軍からのみ発せられる。ただ時々、将軍を通さない数名や数十名程度の小さい要望はあるはずだ。それには、友軍として協力して欲しい。以上だ」

 

 御方は小鬼(ゴブリン)達其々に明確な強い感情があると、エンリの最初に呼び出した軍団19体を見て理解していた。

 今5000の個々へ、盟主エンリを信頼し訴えた絶対的支配者の言葉は、多くの小鬼(ゴブリン)達の心に刺さった。連中の下地にエンリの考えや心が入っているとしてもだ。

 自然とそれは起こった。御方は全く狙っていなかったが。

 

 

「「「ナザリック、万歳! アインズ・ウール・ゴウン様、万歳っ! 将軍閣下万歳!」」」

 

 

 街中で繰り返し、偉大なる組織名と支配者と盟主を称える大きい歓声が続いた。

 およそ30秒の連唱。最後に拍手の嵐があって漸く鎮まると、進行役のエンリが進める。少し場へ対応慣れしてきた様子。

 

「アインズ様、感激の御言葉ありがとうございました。続きまして――軍団の各団長、隊長達との面会をお願いします。アインズ様、私がお傍へ付き皆を順に紹介いたします。アルベド様と階層守護者様方もよろしければ。ではこちらへ」

「そうか」

 

 アインズが玉座から立ち上がり、近寄って来た将軍少女と前へと進む。アルベド達も続いた。

 

(あの子、事前に十分準備をしていたのね。短時間でしっかりと形になっているわ)

 

 統括の評価は『可愛いネムの姉』から『トブの大森林のエンリ将軍』へ変わりつつあった。

 デミウルゴスやシャルティア達も、エンリら軍団のナザリック配下でアインズ様の先兵という臣従行動に好意的だ。

 

(配下として当然の姿勢ですが、イイものですね。単に建設作業労動力として見ていましたが、ナザリックのエンリ・エモット将軍と軍勢としても知識に加えておきましょう)

「(連中、強さは全然でありんすけど)この見せ方は嫌いじゃないわね」

「……(アインズ様ヘノコノ者達ノ忠義、疑ウ所ナシ)」

(あたしもこの面会式、少し参考にしとこっ)

 

 整列していた1000体の小鬼(ゴブリン)達はもう部隊毎に並んでいる。各先頭辺りに立つ者達が団長であり隊長達である。閲兵風の面会だ。何一つ隠すことなく、各部隊の人員の顔ぶれと装備が良く見て貰える形を選んでいた。

 御方はまず、新小鬼(ゴブリン)軍団の実質の統率者である羽扇持ちの小鬼(ゴブリン)軍師をエンリより紹介される。

 

「この者が、軍団を率いている軍師の――シバハマさんです」

 

 上位陣の名前は、昔から伝わる色々な物語に登場するゴブリンの勇者にちなんで彼女が付けたものだ。

 

「シバハマでございます、以後お見知りおきを。アインズ様」

「うむ。軍団でエンリをしっかり支えてやってくれ」

「はっ」

 

 将軍少女は次へと案内し、右端の兵団の長達から順番で面会は進む。

 

「こちらが、近衛隊長のトミキュウさんです」

「トミキュウです、アインズ様」

「うむ。エンリの護衛は任せるぞ」

「ははぁっ!」

 

 他、重装甲歩兵団長のコホメ、奇獣兵団長イヌノメ、長弓兵団長ノザラシ、聖騎士隊長のジットク、魔法砲撃隊長トキソバ、魔法支援団長デキゴコロ、輜重部隊長ガマノア・ブーラ、暗殺隊隊長のシニガミ……等々。

 絶対的支配者は、副長達も合わせ延べ30名近くと面会を果たす。

 途中、日没が迫り、魔法砲撃隊や魔法支援団員らによって魔法の明かりが広場内を照らした。

 

 軍団員上位者を含め整列メンバーは硬くなっている者が多かった。

 無理もない。御方の膨大な魔力量に加え、威厳溢れる態度と声。更に彼の後ろへはLv.100(難度200以上)の5名が並ぶ状況。全てが気おされていた。

 エンリ閣下の見せた、旦那である御屋形様へと寄り添った甲斐甲斐しい姿も……嫉妬面で完敗を認める他ないと。

 因みに、各部隊の隊員の名は上長の名に由来する戦士達の名や、改変した風で付けられている。

 重装甲歩兵隊員の場合、カヤツリ、クビツリ、マゴホメなども居たりするのだ。

 支配者は新小鬼(ゴブリン)軍団に対するナザリック内部調査書は見てある程度の構成を知っている。近衛隊として赤帽を被るLv.43の小鬼(ゴブリン)レッドキャップスが13体を始め、隊長級はLv.35以上が並ぶ。5000体平均でLv.20を超えており、王国と帝国とは十分戦える戦力と言えた。

 アインズは既に、地上での都市建設や領地運営に世界征服等の事業を推進する上で、NPC達の仕事の負荷を下げる為にこの世界側の地上戦力は必須と考えている。

 直接、エンリ配下の彼等の信を得られたということは、プラスである。

 

(うん。会いに来てよかったな)

 

 そんな機嫌が良い至高の君へ、デミウルゴスは素敵な一案を奏上する。

 

「アインズ様、本日の記念にこちらの街へ名前を付けられては?」

「おお。私が付けても良いか、エンリ?」

「はい。是非よろしくお願いします。嬉しいです」

 

 御方は先程、どこかで聞いたような小鬼(ゴブリン)等の名前に少しだけリアル世界の懐かしさを感じていた。ふと、昔あったと言う娯楽文化の一つの名が浮かんだ。

 

「そうだな………では、この街の名は〝ラクゴ〟と命名しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. アインズの楽しい時間

 

 

 猛将炎莉(エンリ)将軍の旗下である新小鬼(ゴブリン)軍団の団長達との面会を終え、公務が一段落した支配者。

 面会の場には、ナザリック地下大墳墓へ居た主な階層守護者達も同行していたが、アインズは帰還用に〈転移門(ゲート)〉を開くと多数の前で何気なく語った。

 

「一番最初に休暇を取ったのはアルベドだそうだな? では――私も今から6時間休むぞ」

「「「――!!」」」

 

 直後より、至高の御方の言葉が伝わったナザリック内は、地上の近隣保護地域内も含め全階層で一時騒然となった。

 

「オレ、まだ休暇を取ってないゾ。不味いよな、直ぐ取るべきか?」

「貴君は通知されてる設定日に取れば良いでござるよ。それよりも昨日、休まずに代休を作ってしまった(それがし)は、どうしたらいいのでござる?」

 

 新入りの元竜長が日没後のトブの大森林へ現れて、まだ新参と聞いたハムスケに相談するが、彼女もそれどころではないっ。

 他、第九階層でも一般メイド達とメイド長のペストーニャ・S・ワンコがメイド食堂へ集まり臨時の協議に入っていた。

 長めの金色髪が似合うシクススの言葉に続き、元気な短髪のフォアイルも駄目出しする。

 

「ダンスの()()()()は今一つ不十分です」

「あー、足の角度と足首やタイミングがねぇ」

「そうね。こんな体たらくでは、まだまだ御前披露なんて無理そうね……わん」

 

 某『同好会』絡みの、40名程の壮大な規模のダンスは、まだ全体練習がたったの1度に留まっていた。尚も課題多し。

 一方、階層守護者勢もナゼか当然浮足立つ。

 

(なんと。アインズ様がご休暇を……。この私も早急に取らねばっ)

(はぁ~我が君~。一緒に棺で寝て頂けないものかしら)

(あぁ、アインズ様ぁ~。ご休憩、ご休憩ですね?) 休暇と休憩は別物だ――アインズ談

「オオォ……本日、部分休暇ヲ取ッテシマッタ私ニ出来ル事ハアルノカ」

(……アインズ様と一緒にハンバーガー食べたいなぁ)

 

 アインズにすれば、あの勤勉なアルベドが率先して休暇を取ったのである。

 自分が続いてあげる事こそ、休暇制度を作った忠臣のNPC達へ報いる最大の気持ちになると考えた。

 しかし皆にすれば、重要なのは御方がドコで何をして過ごすのか、だ。

 絶対的支配者の行動に、皆の注目が集まる。

 

 

 彼の足が向いたは――第九階層のスパリゾートナザリック

 

 

 9種17浴槽を誇る。最大の風呂は、アマゾン河をモチーフにし緑溢れる35メートル四方の広さがあるジャングル風呂である。他にも、青く目に痛い程眩しい光に包まれるチェレンコフ湯は、嘗てないゴージャスな雰囲気に包まれれる場所だ。

 アインズはもっぱら、数人でも十分広い大理石浴槽の古代ローマ風呂が、落ち着くので好み。

 

「やはり、休暇といえばココだよなぁ」

 

 施設の入口前に立って、ガラス張り越しの奥のロビー空間をシミジミと眺める支配者。

 風呂でスケルトン体を洗ってくれる三助の蒼玉の粘体(サファイア・スライム)である三吉君も連れて来ていた。

 多忙な死の支配者(オーバーロード)の彼にとって、休暇といえば精神的寛ぎである。

 風呂はそれを与えてくれる。勿論、休暇を風呂だけで終わらすつもりはないが、外へ出るという選択肢は現時刻(午後7時)とゴウン氏の境遇を考えれば窮屈なのだ。

 人類圏内において現在、領主のアインズ・ウール・ゴウンはエ・アセナルの中央城で晩餐中だ。

 今からだと、もう行ける場所は結構限られていた。新米領主が歓楽街に繰り出すのは、少し考えモノであろう……。

 カルネ村のゴウン邸でもいいが、家の外へ出る事は出来ない。

 かと言って、外で黒騎士ゼヴィエスや人馬(セントール)の戦士モニョッペとして好きに振る舞うのも、寛ぎとは少し違う風に思えた。まあ、ゴウン邸には後で行く予定だが。

 なので、今回の休暇はナザリックでノンビリしようと決めたのである。

 スパリゾートは、半月ぶりぐらいに訪れた気がする。

 ここの領域管理は麦わら帽子を被るLv.8のスケルトン、ダビド爺さんが務める。

 

「これはこれはアインズ様、良くお越しくださいました」

「うむ、今日は少しゆっくりさせてもらうぞ」

 

 今回は、三吉君にはいつも以上に、より丹念に時間を掛けてゆるりヌルリと洗ってもらうつもりだ。

 ところが、ダビド爺さんの視線が、無情にも支配者の後方へと向かう。

 

「あのぉ、後ろの階層守護者の方々もご一緒で――」

「えっ?」

 

 アインズがゆっくり振り向くとそこへ、デミウルゴスにアルベド、アウラとコキュートスにシャルティアら5名が其々風呂桶にシャンプー類の他、黄色いアヒルさんや浮き輪に紛れ、ライフル型の強力なウォーターガンを肩に下げる者まで居た……。

 

(何でココに? そして何をしに来たんだコイツらはっ!)

 

 本日、階層守護者達は休暇計画――『アインズ様と一緒(ペンドラゴン)』を緊急発動。

 男組ではデミウルゴスが、女組ではアルベドが中心となり、彼等休暇時にドコで過ごすかを検討済(38話P.S.参照)であった。それを強引に日をズラし合わせて来た模様。

 ただし本来、休暇は事前設定日に取得が原則となっている。

 そこを、アルベドは規約内に抜け道を用意していた。多忙な階層守護者、領域守護者については休暇日と取得時間をある程度調整出来るようにしていたのだっ。

 忠臣で優秀な部下を信用しているアインズが、分厚かった休暇関連資料について全て目を通していなかったのは痛い。

 

「アインズ様ぁ、御背中を流させて頂きますわ」

 

 アルベドが、両手を胸元前で合わせた姿でクネクネしている。

 どうやら此度は、ゆっくり一人きりで貸し切り風呂を楽しみ寛ぐというのは無理そうである。

 だが、この施設での肝心な決まり事がある。管理者のダビド爺さんがそれを伝える。

 

「あの、アルベド様。この施設では各浴場で、男風呂と女風呂が決まっております」

「……だから、ナニ?」

 

 上気分を害され、スケルトン爺さんを睨みつける階層守護者統括。

 今日は何とかしろ、と彼女の強く(一瞬血走った)鋭い視線が訴えて来た。

 しかし、大浴場の厳格なルールはベルリバーさんを中心にギルドメンバーで決めたもの。

 アインズも完成時に一通り全て見せてもらって以来、女風呂側へは立ち入っていない。男女で分けただけで、レイアウトは構成上の僅差で造られている。同様の構造で、反対側へ入ろうという気を低減する仕掛けだ。

 ダビドは創造主の定めたルールを守るべく、相手が統括だろうと恐れて引くことはない。

 

「至高の御方々が決めた事は守ってもらいませんと――この場から実力で退場頂きますが?」

 

 ダビドは、暗に男女混浴の露天風呂の利用を促しているだけ。少し言葉足らずなのだが。

 この領域には、口から湯を流しているが、ライオン像の特殊なアイアンゴーレムが各所に控えている。

 束になられるとギルドメンバーですら手こずる程だ。そういった補助機能もあっての発言。

 対してアルベドも『至高の御方々が決めた事』と出されては、勢いだけでの反論は難しい。

 

「ふぅーー……」

 

 息を吐いただけで言葉は無かった。

 でも、統括の表情だけは厳しくなり……いや、両肩もゴリラ化しかけ、シャルティアまで拳をポキポキとし始めて助太刀するようなそぶりだ。アウラだけは「やめなさいよ」と呆れた顔を見せているが。

 この状況を受け、ナザリックの絶対的支配者としてアインズが動く。

 

(はぁ……元の原因は俺だしなぁ)

 

 好意から慕ってくれていて、共に過ごしたいとの想いがこうさせるのだ。

 また、せっかくの休暇で、それも階層守護者達が合わせてくれているし、こんな機会はそうないだろうと考える。

 支配者は、穏やかな声を二人へ掛ける。

 

「アルベド、シャルティア。やめよ」

「はい」

「ぁ、はい」

 

 せっかくのアインズとのふれあいが、消えそうに考えて特にアルベドはしょんぼりする。

 アインズは階層守護者の皆へ次善案の声を掛ける。

 

「これより10分後――ウォーターパークなざぶーんの前に集合だ。……行っておくが水着持参必須だぞ」

「「「―――!」」」

 

 『ウォーターパークなざぶーん』は、第九階層に存在する一大アミューズメントプール施設で面積2万平米にも及ぶ。性別関係なく大いに遊べるだろう。

 アルベドとシャルティアだけでなく、アウラやデミウルゴス達も笑顔に変わり返事も揃った。

 

「「「はいっ!」」」

 

 次の瞬間、指輪を使いアルベドが消える。

 語るまでもなく、ベストの水着を選ばなければならない急務のために。

 

「あぁー、ズルいでありんすよっ」

 

 シャルティアも続いて〈転移〉。アウラの姿も速攻で消えていた……。

 

「流石は、アインズ様」

「丸ク収メル差配デ感服イタシマシタ」

「まあ、プールもたまにはいいだろう?」

「はい」

「ハッ」

 

 ダビド爺さんには「騒がせたな。また寄せてもらう」と伝え、アインズらも一度用意へ戻った。

 

 

 プール施設へ皆が再集合した時、浮き輪は巨大化しビーチボールが加わり、黄色いアヒルさんもジャンボなクジラやシャチライダーに変わっていたのは言うまでもない。

 着替えを済ませたアインズ達男性陣が先に広大なプールサイドへと立った。

 アインズは上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)で出した、全身の骸骨を覆い浮きを組み込んだ黒と紫のツートンカラーの専用ダイビングスーツ。これで水へ上手く浮かぶことも出来、泳ぐ事も可能なのだっ。

 筋肉質のデミウルゴスはブルーカラー地にハワイアンな図柄の競泳水着だ。

 一転、コキュートスは腰にパレオ調のグレー系の布を巻いて登場。

 

「水着持参必須トイウ事デシタノデ……」

 

 元々全裸である彼の最大限の努力に、御方は「気遣い苦労」と言ってやる事しかできなかった。

 

 施設は、まず広い敷地内を波と流れのある幅広い水路が大きく変化のある周回ルートで巡っており、中心部の広い島部分には波のある人工砂浜(ビーチ)までも造られている。

 また敷地端の一角には、大小のウォータースライダーの櫓が高く建てられていて水路が各所に伸びているのが見えていた。

 支配者達に遅れること3分。女性陣達が順次現れる。

 アルベドは紫のセパレートビキニで胸の所に上品なリボンがあり、豊かな胸元の谷間が強調された結構キワモノに見えた。無論、その姿を見てアインズは紳士として「アルベドよ、良く似合っているな」と褒めることを忘れず伝えている。

 

「ありがとうございます」

 

 喜びを噛みしめるように、目を瞑ったアルベドは美しかった。

 その次に静々と出て来たのは、白ビキニにハイビスカス柄のパレオ姿のシャルティアだ。

 彼女はアルベドの横へと腰に手を当て胸を張って立つ。

 しかしその胸に関して、支配者の前で見栄を張るのを止めておりパットは入れておらず盛っていない。カップでは大きく及ばないが、ありのままの姿で勝負する。

 でも、これはこれで(おもむき)があるというモノ。

 

「シャルティアも、似合っていて純真可憐に見えるな」

「ああぁ、我が君からの嬉しい御言葉っ」

 

 我が身を抱いて真祖の姫は喜んだ。

 最後にアウラが元気に駆けて登場。体操の伸身での新月面風のアクロバットをかまし、アルベド達の前へピタリと着地する。

 プールサイドを走ってはいけないが……。

 白赤青のボーダーワンピース。胸元は紺色の蝶々結びの紐綴じ仕様である。

 

「うん。アウラらしくて、可愛いな。いいぞ」

「やったー。アインズ様と一杯遊びたいので、動きやすいのを選びましたっ」

 

 まずは全員で、水路調の流れるプールで泳ぎを楽しむ。

 女性陣は自然と支配者の傍でとなるが、必然的にアルベドとシャルティアの言い合いから、アウラも巻き込んでの競争に移るのである。

 結局、彼女らの圧倒的破壊力を有するキック力により、プールの水が外へ吐き出され減って無くなり、勝負が着かないオチ。

 水が再度溜まるまで、人工砂浜(ビーチ)でビーチボールを楽しむ。

 言うまでも無く、威力があるアタックを禁止。トスやレシーブだけで楽しんだ。ただし、彼等の運動性能から終わりはないので20分程で切り上げる。

 続いて、砂彫刻を皆で競ったりもした。

 これはデミウルゴスの勝利で終わる。アウラが次点であった。

 勿論、作った課題モノは『アインズ像』だった事はいうまでもない。

 その頃には、水量が回復したので、アインズから「競争禁止な?」との御言葉に皆が頷きつつ、平和に大小のウォータースライダーを楽しんだり、泳いだりしてノンビリ過ごす。

 アウラは、プールサイドのお店で、アインズ様と並んでハンバーガーを食べることが出来て満面の笑みを浮かべていた。

 アルベドもモモンガ様と手を繋いで水中遊泳を長く楽しめた。

 シャルティアも、アインズ様とクジラライダーやシャチライダーに並んで乗って水路の水上旅を味わえていた。

 最後に――頭に付けた紙を張った標的を撃ち抜かれたら負けのウォーターガン勝負で、正々堂々4丁の銃を乱射していたコキュートスが優勝していたが……。

 

 そんな楽しいこの時間がお開きになったのは、3時間程過ぎた頃。

 終わりは突然訪れた。

 プール内で、いつの間にか同席して休暇を楽しむ()()()()()()()()()が仰向けに寛いで泳いでいるのを、アルベドが目撃した瞬間であった。ゲンゴロウならまだ救われただろうに……。

 女性陣達の絶叫的悲鳴が賑やかしくウォーターパーク内へと響いた。

 

 

 

 プール遊びを十分楽しんだアインズは単身、カルネ村のゴウン邸へと向かう。

 夕刻時の面会の際に、耳打ちしておりエンリ姉妹は午後10時を過ぎても起きて待っていた。

 村の中はもう殆どが寝静まっている時間帯。まあ、少年ンフィーレアは薬の調合に夢中で、未だ起きているだろうけれど。

 アインズはいつも通り、骸骨顔の姿で1階の居間へ現れた。

 旦那様の帰宅に、エンリ達は弾んだ声で迎える。Gのオードリーも触覚を盛んに揺らす。

 

「お帰りなさいませ、アインズ様」

「アインズさま、おかえりなさいませっ」

「アインズ様、お帰りなさいませ(ニャ)」

「うむ」

 

 この団欒の席にはキョウも居た。家族が揃っているような風景である。

 エンリは彼女から、『アインズ様の娘』との事実を聞いていた。

 アインズがいつもの木の椅子へ掛けると、ネムが所定位置と言える膝上へ乗って来る。本来なら無礼事も、ここはゴウン邸。支配者の住まいという至極プライベートな場所である。

 ネムの頭を撫でながら、笑顔のエンリと会話をしていると、ネムが寝てしまうのが定型だ。

 アインズは穏やかに寛いでいた。

 人間相手に不思議であるが、よく考えればナザリックのシステムの影響を受けておらず、組織の全貌と真の骸骨のアインズを知った上で付いて来ているのは、この2名だけなのだ。

 全く気を使わなくていい相手というのは、NPC達も含めて意外にも少ない。

 会話の内容は、もっぱら村内の話で進む。畑作業や村の砦化作業などでの、ゴブリン達とのやり取りや失敗も交えたもので楽しい。

 

「あはは。あれは、私も笑いました(ニャ)」

 

 今日は、キョウも居て共通の話題に相槌が入って賑やか。

 ンフィーレアが仕事熱心を越えた馬鹿で、食事の時間が適当で健康に悪いといつも気遣って愚痴るのもお馴染み。

 ここにはのどかで平和な日常があった。

 ただ今日は、アノ事をエンリへと支配者の口から伝えに来てもいた。

 

「王国と竜王の軍団との戦争が終わったぞ」

「はい。昼過ぎにキョウから聞きました。アインズ様が大活躍と。おめでとうございますっ」

 

 エンリは旦那様の様子から最近、勝利をほぼ疑わなくなっていた。それでもホッとする。

 大事な人が無事で良かったと。

 また戦争が終れば、王国内のカルネ村も危機を考えなくて良く、旦那様も空き時間が出来易いというもの。エンリとしても良い事尽くめである。

 しかし、彼の言葉には伝えたい続きがあった。

 

「……王国北西にエ・アセナルという大都市があるのだが、エンリは知っているか?」

「あ、はい。戦争で完全に破壊された都市ですよね? 痛ましい事です。この辺境地域と同じ様に国王様の直轄地で、エ・ランテルよりも大きくて亜人の隣国へ備える城塞都市と父から聞いた記憶がありますけど」

「実はな、そのぉ……竜王を説得する為に廃墟の都市を復活させた。それで上手く説得出来たんだが今朝、国王のランポッサIII世から、都市エ・アセナルと周辺地域を自治領としてな、私へ譲ってきた。私としては世界征服で今後も、都市支配は増えて避けられない事から、経験を蓄積する意味でも受けた形だ」

「(壊滅した大都市の復活? そして、都市の自治領主様に!? 私の旦那様が?)………」

 

 エンリの目は驚き過ぎて、激しく瞬きが続いた。

 直後、アインズは本日早朝に行われた竜王と国王代表の会談も伝えて、竜王の意向が大きく国王を動かしたようだとの予想を語った。そして、本題である。

 

「つまりな、都市領主の立場上、エ・アセナル滞在が優先され、表立ってカルネ村へ立ち寄る機会が減りそうなのだ」

「そ、そうですか。それは…………仕方の無い事かと」

 

 人口100名への回復でさえ未だ遠い辺境田舎の小村と、世界有数の大都市が同じ天秤に乗るはずがないと十分理解しエンリの口はそう語ったが、表情は凄く寂しそうにしか見えない。

 だが、そんな彼女を放っておけず、支配者は国王との密約の件を伝えてやる。

 

「この件は3年程で何とかする。先の大戦への参戦と功労で私は、国王からカルネ村周辺の帝国国境へ隣接する辺境地も自治領として割譲される事になっている。そして、間もなくナザリックはカルネ村から20キロ以内の地上へ小都市を造る基礎工事に入る。完成すればそこを本拠地とするつもりだ。まだ、この件は他言無用だがな」

「――!! はいっ。そ、それにしても、ありがとうございますっ。私達の御領主様に。嬉しい。とても嬉しいです。村長さんをはじめ村の皆も凄く喜ぶと思います」

 

 エンリの顔には大いに笑顔が戻った。偉大なる英雄アインズ・ウール・ゴウン様の正式な臣民になれるのだ。

 その喜びと間近へ希望があれば、数年ぐらい待てると。

 気が付けば、ゴウン邸での1時間半などは直ぐに過ぎ去る。

 

「もう時間か」

「……金ピカ……フカフカ………美味しそうな、ハムスケ」

 

 ネムはアインズにもたれてグッスリと夢の中。ナザリック内を探検中らしい。ハムスケは食われ掛けている模様。偶によだれが垂れているのはご愛敬。

 支配者は起きないようにそっと抱え立ち上がると、エンリへ預ける。

 その時、エンリがアインズの胸へと身体を寄せ頬擦りをして甘えた。そんな彼女の髪を、骸骨の手が優しく何度も撫でる。1分弱の抱擁。

 

「……では、いってくるぞ」

 

 旦那様の声で僅かに離れて見上げ、じっと熱く見詰めるエンリ。

 

「はい、いってらっしゃいませ」

 

 キョウが居なければ、きっとアインズへキスをねだっていた事だろう。

 アインズは可愛く想う少女の言葉へ頷くと、頼りにする自作NPCへも声を掛けた。

 

「キョウもしっかりな」

「御安心を。お任せください(ニャ)」

 

 支配者は静寂な深夜の中、ゴウン邸を後にした。

 

 

 再びナザリック地下大墳墓へと戻ったアインズ。

 一人でユッタリ楽しむスライム三昧のローマ風呂は、結局部分休暇で最後の1時間強程となる。

 三助の蒼玉の粘体(サファイア・スライム)である三吉君がよく頑張ってくれた。

 時間として充実して過ごせ、此度の休暇はスッキリと心も体もリフレッシュした感じだ。

 

「ふむ。中々楽しめた休暇だったな」

 

 今回は、マーレやルベドにプレアデス達は仕事を任せていたので共に出来なかったが、次回は機会が合えばいいなと思う絶対的支配者。

 公務へ復帰したアインズは、日課と執務を1時間程熟す。

 そうして、ナザリックから王都へ間近なはずのチーム『漆黒』へ合流すべく、マーレへと連絡を繋いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 絶対的支配者の通達

 

 

 冒険者チーム『漆黒』へ合流する前に、支配者には今夜中に片付けておくべき残件があった。

 

 『王国とは別で、私から後で竜王へ伝える事がある』と――竜王少女(ゼザリオルグ)へ告げていた件だ。

 

 今の時刻は、日付を越えた深夜の午前2時過ぎ。

 アインズは護衛要請の〈伝言(メッセージ)〉をエ・アセナルの中央城の個室に居たルベドへと繋いだ。

 

 

 さて、替え玉のアインズ達だが、偽モモンらを送り出した後、入れ替わりで到着したシズとソリュシャンを城へと迎え正式に合流していた。

 城内の者達は、ルベドやユリの美貌だけで溜息が出ていたのに、同水準の騎士長があと二人も増えた事へ驚きあるのみ。

 

「私達両名ともアインズ・ウール・ゴウン様配下の者ですわ」

「――っ!?」

 

 城門でのやり取りも、衛士長や衛兵達は絶世の美女であるソリュシャンからの言葉により以降、城内の皆の多くが平身低頭の態度となった。

 今、この自治領下で『アインズ・ウール・ゴウン様の配下』は最高の殺し文句。

 シズらが城の下層部に入ったところで姉のユリが出迎えた。

 既に影参謀として、ヘカテーも不可知化でナーベラルの傍へ加わっている為、『ゴウン様の騎士長』達はある程度自由に動ける状態へ変わっている。

 ヘカテーは操作系の上位魔法も使えるので、偽アインズ(ナーベラル)の動きや発言を彼女へスイッチすることも可能だ。

 午後6時半からは領主就任を祝っての晩餐会が開かれたけれど、上手く乗り切っている。

 因みに、ゴウン氏が王都の行事に向かうまで明日も晩餐会との事だ。貴族とはそういうもの。

 夜中を迎えたが、ユリの活躍で『令嬢メイド隊』の淫らな動きは封じており、ゴウン氏の側近である4名は交互に1名が主人の部屋へ詰めるというローテーションとなった。

 今晩の当番はユリで、城下の屋敷住まいを断ったルベドやシズ達は、とりあえず城内の客室が与えられている。

 将来的には、浴室等も備え数部屋ある区画的な『部屋』が、城内の一部改装で用意されるとの事である。

 

 そんなゴウン家騎士長級の配下、ルベド。

 彼女は明かりの消えた部屋でベッドへ横にならず、星明りの広い窓際に腰掛け、()()()()モフモフの翼の手入れをしていた。その時、思考内へ通話コールが掛かり出る。

 

『ルベドよ、聞こえるか? 今から竜王の所へ向かうが大丈夫か』

「……それなりに忙しいが、分かったっ」

 

 どうやら、〈千里眼(クレアボヤンス)〉で保護対象姉妹の寝顔鑑賞に忙しい時間帯であった様子。

 相手が竜王らだけに、護衛モードに復帰してくれるらしい。竜王妹のビルデバルドは、相当ヤバイ潜在能力を持っているとルベドも判断している。

 でも本当は――竜王姉妹を見たかった模様。趣味と実益を兼ねるお仕事は天職である。

 返事の最後に気合が入っていたのはその所為だろう。

 最上位天使の了解を受けてアインズは『城の上空で待て』と伝え、直ぐに合流した。

 

「既に、場所は捉えているけど?」

 

 エ・アセナルの上空からでも、ルベドの探知範囲を最大にすれば王都近辺までは探知出来る。

 既に竜王姉妹の反応を捕捉したらしい。

 

「では、行こう。ただし、〈転移(テレポーテーション)〉は(アーグランド評議国第三の都市)サルバレまでだ。いくら何でも、竜の里のど真ん中にいきなり乗り込まれては竜王も立場が無いからな。サルバレから徐々に近付くぞ。向こうの出方も見れるだろう」

「分かった」

「……(止めて良かった)」

 

 雰囲気から既に竜の里へ飛べるらしい。竜王姉妹の様子を早くも鑑賞していた可能性大……。

 まずはエ・アセナルから70キロ程離れたサルバレの傍へ〈上位転移〉した。そこからアインズとルベドは、北東の山岳地帯へ〈飛行(フライ)〉で向かう。

 里への接近に際しては無用な挑発と接触を避ける意味で、支配者達は〈上位認識阻害〉を展開。

 50キロ程進んだ時だ。ルベドが向こうの動きを知らせてくれる。

 

「約2キロ先で竜王が動いた。妹も一緒だ。こちらへ来る。後続はいない」

 

 広域探知していたルベドは、竜王ら以外の竜兵部隊も一応警戒していたが杞憂であった模様。

 アインズ達はこの上空で前進を停止した。

 探知情報から直前に、もう竜王達の住処の外縁へ入った認識で、防御魔法は一通り展開済だ。

 眼下数百メートルには深夜の闇の中、岩肌の崖が続く荘厳な山岳情景が広がっている。

 仮に派手な戦闘になっても、巻き込まれての死者は余り出ないだろうと確認する。

 

「この周辺に竜達以外の種族的集団(コロニー)はあるか」

「15キロ程離れた所に50近く固まった反応がある。最大でLv.35程度だけど?」

「……攻撃してくるようなら知らせろ」

 

 支配者は、頷くルベドから視線を、竜王姉妹が向かって来る方へと向けた。

 

 

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)の軍団は、人類圏のリ・エスティーゼ王国から全面撤退し里へと帰還した。

 煉獄竜の里は数キロ四方の山岳地で、平地などは殆ど無い。皆、切り立った山肌や崖に所々開く洞穴を住処としていた。

 戦いの始まりは、復活した竜王として、嘗て人間勢に殺された母や仲間達の仇を討つべしとの決断と行動であった。

 しかしその結果、里へ戻った竜軍団総数は350頭弱。

 110頭程の者が遺体さえも行方知れずとなっている現状。里内の7分の1が帰らず。

 これら全てが、一族を率いたゼザリオルグの責任である。

 

(……無様だな俺。今は責任の取りようがねぇ)

 

 最強種の竜王として、何があっても、死ぬまで堂々と我を通すのが責務である。

 だから、ゼザリオルグは頭を下げる姿も見せず謝る言葉も無い。

 

「今回の戦い、皆良く頑張ってくれたぜ。しっかり休めよ」

 

 空へ皆を集めて伝えたのは只それだけ。

 でもそれが竜王の務め。弱さを見せる事こそが、不満を生むのである。

 家族が帰らない者達も、今のところ竜王へ文句を述べる者は居ない。

 それは、竜王が内心で考えている程、煉獄竜の里の者達が卑屈ではないからだ。

 人間の都市は復活され撤退したとはいえ、周辺で千箇所にも及ぶ街や村々を焼き払い、20万人近くの民衆と8万人程の軍人ら人間を殺してきたのだ。また、200年以上ぶりに評議国の軍勢が人類圏で大規模に暴れて来た事で、新たな誇りさえ持つ者も多い。

 生き残った百竜長のノブナーガもそう考えている。

 

(我らは撤退こそしたが、人類圏へ盛大に一矢報い、加えて強大な人類戦力が潜んでいる現状を掴む功績をあげたのだ。竜王様も健在。評議国内での立場は躍進間違いない。流石は、我らが竜王様だなっ)

 

 実際、先の一大戦力規模での撤退劇は、評議国内でも色々な物議を醸す事になる。

 

 里の者達の気持ちと竜王の間に立っていたのが、妹のビルデバルドである。

 長年、竜王代行として立ち続けた彼女は、里の者の気概を若い姉よりも良く知っていた。

 故に終始、竜王然と振る舞った姉に対する、皆の求心力の低下は無いと思っている。

 一方で、姉ゼザリオルグの受けた心の傷の方がかなり心配であった。

 

(お姉ちゃんにとっては、2度目の大きな挫折……)

 

 一度目は500年前、殺戮者の八欲王に軍団ごと殺された。

 だから、純粋な激しい怒りが復活さえも促したのだ。

 でも、今回の敵は根本が違った。

 圧倒的な者であった事は同様であるが、こちらの力へ反撃したに過ぎない。

 そして、完全に滅び去ったはずの都市を蘇らせた力は、明らかに異次元といえる。

 殺戮者とは呼べない人類側の新たな存在――アインズ・ウール・ゴウン。

 撤退の際に竜眼で見えた都市には、死んだはずの人間達の姿さえあったから。

 

「……(確かに八欲王らとは別物。都市復活時に一気に費やされた魔力量は桁違いだわ)」

 

 嘗て、世界を圧倒的な(パワー)で征した八欲王達の放った、数年間における戦闘累計総魔力量さえも上回る水準なのだ。

 

 その途方もない力は、正しく神の領域。

 

 それだけでなく、巨竜のビルデバルド自身を拘束したアノ翼の意匠のある鎧を纏った配下の人間も驚異的に思う。小柄な娘の身でありながら、体格差など全く関係のない力強さを見せていた。

 はっきり言って竜人以上の存在だ。

 

(私の全開の力でさえ、あの掴まれた片手を振り解けたかどうか……)

 

 結論的に竜王の選択した撤退は正解で、現時点での人類殲滅はかなり難しいように思える。

 アインズ・ウール・ゴウンと側近らが健在である限り。

 

 だからこそ、姉のゼザリオルグは今回の件を乗り越え、誇りと自信を今のまま持つべきなのだと考えている。

 評議国にとっても、此度の煉獄の竜王の行動は多岐にわたって評価されると予想する。

 

(だからこそ……奴の語った、〝後で竜王へ伝える事がある〟という話は無視できない)

 

 ビルデバルドは警戒していた。

 竜王のゼザリオルグは「俺も休むぜ」と世話係の娘竜達へ告げ、里で最も高い山にある要塞の如き竜王の巣穴の奥へ引っ込むと、高級で模様の美麗な布の積まれた寝床へ長い首や巨体を投げ出していた。

 

「……(またも多くの者が死んで、俺は負けちまった。ちくしょう! ……)」

 

 自分はなぜオメオメ生き残って帰って来てしまったのかと、改めて考える。その訳は明確だ。

 

(アインズめ……クソっ。てめぇ、なんで俺を殺さなかったんだっ。10度も助けやがって………それって、()が欲しいんじゃなかったの?)

 

 ゼザリオルグ自身は竜王として在る限り、我を通さなければならない。これは宿命である。

 それ故に、竜王へトドメと責任を取らす事が出来るのは、唯一の勝者である仮面の魔法詠唱者のみなのだ。

 それ以外の者の前では強くあり、生きて見せねばならぬ身。

 母の死で若くして竜王を任されるも直ぐ戦死し、500年後に再び若いまま復活した彼女には、己の感情をまだ上手く制するだけの時間が与えられていなかった。

 親譲りの政治力も持つが、勢いで生きる若い世代の竜人少女には『竜王』の座は息苦しい立ち位置なのである。

 

「――!?」

「――っ!」

 

 最初に反応したのはビルデバルド。ゼザリオルグも少し遅れて高い難度の接近に気付いた。

 難度で約180程度が2体。馴染みの感覚よりも大きめ。しかし、離れた住まいに居た姉妹は同じ強い予感があった。

 

((来たか――アインズ))

 

 別件として、昨日の朝に撤退した王国内の竜軍団宿営地跡へ今頃、中央評議会からの監察官が来ているはずではある。

 ただ、里への確認にしては些か動きが早いのだ。

 竜王姉妹は、互いに無言のまま里の上空で合流すると、来訪者達の居る方角へ揃って飛翔した。

 

 

 絶対的支配者達が待つ高度1000メートルの空へと、巨体の姉妹竜の2頭は直ぐに現れた。

 視界に十分見えた段階で、アインズ達は阻害魔法を解除。

 両陣営の2名ずつが、距離50メートル程で対峙する。

 先に会話の口火を切ったのは煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)

 彼女は想いからか、一つ大きくつばを飲み込んでこちらへと単刀直入に問う。

 

「……俺に話があるって言ってたよな? なんだよ」

 

 それへアインズも、端的に答える。

 

「ハッキリ言おう。――ゼザリオルグよ、妹と共に私の軍門へ下れ」

「「「――!」」」

 

 驚きの表情を見せたのは3名。

 ルベドは直後にニヤリと嬉しそうなのに対し、竜王妹はふざけるなという怒りの顔へ。

 そして竜王自身はどうかといえば、落ち着いた顔で僅かに口許を緩ませた。

 

「おい、アインズ。……そのな、理由とかも言ってみろよ」

「理由か? 当然、お前達が危険な存在の点は大きいが、それだけでもない」

「他の理由って、俺達の仲間の遺体を多く奪い去った事にも関係あんのかよ?」

 

 竜王は、気付いた謎の答えをここでぶつけてきた。

 支配者は仮面越しにほくそ笑む。

 

「……ふっ。ほう、我々の遺体回収には気付いたか? でもまあ、違うがな。初めはお前達との交渉へ平和的に使うつもりだった。全部生き返らせた捕虜と撤退を天秤にかける感じでな」

「なっ……全部生き返らせるだと? ……だが、その時の俺では決裂してただろうな」

 

 ゼザリオルグは、八欲王との邂逅以来、人間共全てを非道な殺戮者だと考えていたから。

 史上類を見ない圧倒的な大都市復活の奇跡を実際に眼前で見るまでは、如何なる交渉も成り立たなかっただろう。

 例え100頭の同胞が蘇ったとしても、規模的にあの時ほどの心が揺さぶられた衝撃(インパクト)はなかったはずだと。

 アインズが口を開き、静かに深く問い掛ける。

 

「私は、常々恩には恩で返すのが信条だ。それに対して、お前達の側はどうだったかな?」

 

 言葉の最後の頃には、周囲の空気の温度が一気に下がるような、冷ややかな気持ちが込められていた。

 

「くっ」

 

 竜王達は直ぐに思い出した。昨晩対峙していた裏で、アインズの仲間が竜軍団の南進部隊に重傷を負わされたという話の事を。

 南進部隊は恐らく全滅したが、それでつり合う話でもないという事態に。

 アインズが『里の者全員の命』いや……『評議国の滅亡』を望んでも不思議ではないのだ。

 絶対的支配者は最終的選択を告げる。

 

「さっきの話、眼下に居るだろう故郷の者達はどちらでも構わない。が、断れば分かるな?」

 

 有無を言わせない、実に厳しい要求である。

 この重い問いかけに、世界最強種の最高位戦士であるビルデバルドの巨体は震えが来ていた。

 バカなとは思うが、都市復活の超魔法と配下の実力を考えれば、勝敗は見えている――。

 百年単位で時間が有れば、国を挙げて対策出来るかもしれないが、昨日今日ではどうにもならないだろう。

 この緊迫した空気の中で、ゼザリオルグが絶対的支配者へ一言だけ尋ねる。

 

 

 

「強者のアインズよ、問おう。俺……私達が欲しいですか?」

 

 

 

(お、お姉ちゃん?)

 

 ビルデバルドは慌てるように竜王の姿へと目を向けた。

 その時、仮面の魔法詠唱者の顔が一回だけ頷く。

 妹の視線の先にある姉ゼザリオルグの表情には、少しホッとした安堵感が浮かんでいた。

 

 煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)ゼザリオルグ=カーマイダリスと、ビルデバルド=カーマイダリスがナザリック地上部隊へ加わった!

 

 決まった瞬間、ルベドが両拳を天に突きあげて喜びを盛大に表していた。

 この戦争の真の勝者は某天使様だったのかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 待ち続ける戦い

 

 

 王都リ・エスティーゼの南東部、高級住宅街の一角に建つ洋館、ゴウン屋敷。

 街中でも閑静な地域の50メートル四方程の土地に、小さいが林もあるかなり立派な3階建てのお屋敷には、4人の娘達が残っていた。

 黒紅色のメイド服姿のリッセンバッハ三姉妹と、ナザリック一般メイド姿のツアレだ。

 ここで屋敷を任されたのは三姉妹の長女メイベラ・リッセンバッハ。

 年長はツアレとなるが、彼女は王城側の要員。

 慣れた者に任せるのは自然な流れ。

 無論、これらを指示したのは彼女達のご主人であるアインズ様だ。故にメイド達4人の関係は良好であった。

 『王都内への所用』と称し、メイド長のユリを始め、主人達が屋敷を離れて早4日目。

 3日前には王国総軍と竜王の軍団が開戦したと伝え聞く中、メイド達は変わらず励む。

 ツアレは主に広い庭周りを担当している。王城では機会がないという面も()まれてのこと。

 今は屋敷表側の植栽の手入れをしているところだ。

 

「ふう。ふふ、綺麗に出来たわ。……なんて平和なのかしら」

 

 王都の夏の午前の突き抜ける様な青い空の(もと)、麦わら帽子を被り額の小汗を手布で拭う。

 作業は多いが、自分も共に暮らすご主人様の屋敷の手入れは楽しくさえある。

 先月の今頃はまだ、己の尊厳さえ持てない娼館での酷い下層の境遇であった。それが今は嘘のように幸福な毎日である。

 すると、屋敷裏の使用人口からツインテールを揺らして元気に表までキャロルが駆けて来た。

 使用人達は、基本的に屋敷の正面玄関を利用しないのが常識。点検時とご主人や客人の送迎時に限られた。

 

「調子はどうかなっ……うわぁ、凄く植栽の手入れが上手いですね、ツアレさん。流石ですっ」

 

 末っ子の少女は小言の多い長女より、いつも優しいツアレを慕っていた。

 

「まあ土弄りは、ね」

 

 ツアレは13歳まで叔母夫婦の農家にて、朝から晩まで大いに働かされており慣れていた。

 植栽関連にも天性の才がある様子。

 盛大に褒められ、ツアレの笑顔の表情に少し照れも混じる。こうして年下の3名と居ると、生き別れた妹イリーニャの事を思い出し少し悲しくもなるが癒されてもいた。

 気持ち的にも身体的にも穏やかな日常である。

 ただ、屋敷を離れている方々の事は大いに気になる。特にご主人(アインズ)様については。

 屋敷の手入れは、御帰りの時に粗相があってはと気合も入るが、休憩時になると終始、仮面のお姿や金髪のお顔を思い出し、桃色で染まる両頬に手を当てて考える事が多い。

 

(王都内へのご所用との事だけれど……きっと別の場所。今頃は、王国がこの厳しい戦争を乗り越える為に、戦地のどこかで大役を務めておられるはず。御戻りになるまで、私ももっと頑張らないとっ)

 

 そうして、ツアレは我に返り、手伝ってくれるキャロルと共に庭仕事へと精を出す。

 

 

 腰程まで一本長く伸びる黒赤毛の三つ編み髪と眼鏡顔が印象深い次女のマーリンは、市場(いちば)へと買い出しに向かっている際中。

 王都は戦場から離れているが開戦以降、1日遅れ程度で経過情報が届いていた。

 

 しかし、続々と届けられる戦況は多くが最悪である。

 

 王国総軍の東西南北の各戦線では、竜兵部隊の猛攻に只々耐えているという現状。アダマンタイト級の『蒼の薔薇』が竜王隊を押さえ、『朱の雫』が竜兵を数頭討ち取っている話が市民達を沸かせるぐらい。

 戦死者は早くも2万人を超えていると言う情報も流れ、王都民は誰もが暗く影の落ちたような表情で居た。

 300頭もの竜の軍団を相手に、人類はやはり何も出来ず終わるのではと。

 でも、高級住宅街から続く石畳の道を進むマーリンの表情は、少し違った。

 

(皆、怯えたような暗い顔。私達姉妹も、今のお屋敷に入った初日はきっとこんな顔だったのね)

 

 今の彼女の顔は、どうだろうか。

 

(私達のご主人であるアインズ様は竜軍団の侵攻を聞いても、初めから何一つ怯えておられなかった。大丈夫……私はあの方を信じているもの)

 

 何が強くそう想わせるのか、マーリンは気付いている。

 紳士で英雄的(あるじ)への敬愛からだ。

 隷属的最下層へ落ちたも同然であった自分や姉妹達の生活面だけでなく、さりげなく両親へまでも目を向けてくれている彼の偉大な優しさ。

 リッセンバッハ一家が強く憎みつつも手の届かない貴族、フューリス男爵へも対抗出来るというアインズ様の強い姿勢へ、乙女的憧れの感情が湧くのも無理からぬ事。

 マーリンが市場へ入ると、何人かの視線が彼女へ向かう。

 それは露店の女将(おかみ)さんや一般市民の女性達に、他の家の小間使いであったりと男性だけに留まらない。

 女性達の視線も鋭い。男達の気付かないところを見抜いている。髪の色艶に毛先の乱れや、指先の荒れ具合等から、食料事情までもが見えて来る。

 野菜を売る店の女は、籠を手にした姿で店先を過ぎたマーリンの姿に、思わず自身の服装の擦り切れて当て布をした袖や襟を見てしまう。

 

(確か、ゴウンさんという家で働いてるって娘よね。お姉さんも見た事あるけど、いつも凛として身形がいいのよね。この子もそう……)

 

 マーリンと姉のメイベラは、近場のこの市場で美人姉妹として有名になりつつある。

 どんどん物価が上がる状況でも、いつも顔色を変えずに買い物をしていくという面も含めてだ。

 流石に価格が以前の3倍を超えて来ると、諦めるか安い代替え食材へ目が行くのは一般的な行動である。しかしゴウン家の使いは、安いからという理由では代替え食材を買わなかった。

 物価が上がっても、収入も合わせて上がれば問題は小さく済むが、この御時世の王国で民衆側の急激な経済成長が起こるはずもない。

 だから、本当に多くの者が羨む。

 

(はぁぁ。お金持ちの家は本当に羨ましいわ)

(でも、どこも採用水準が厳しいのよね)

 

 姉のメイベラとマーリンを見た者らは、それが『仕えている家の基準』と当然考える。だからなのか、彼女達にゴウン家への雇用の嘆願は未だに無い。

 まあ、その逆はあるが……。

 

「あの、少しよろしいですか?」

 

 マーリンは一人の紳士に声を掛けられた。ブラウン調で良い身形を固める紳士だ。

 この市場へと貴族達自身はそれ程来ないが、家令補佐や商人達は足を運ぶ。そして、他家の情報も含めての勧誘や引き抜き工作の他、人手不足の穴埋めも行なう。

 中には、掘り出し物を狙っての場合もある。

 この貴族家の家令を補佐する男は、偶々この地へ足を運んでいたが驚いた。

 

(立ち姿や歩き方からまだ日は浅いようだが、美しい。どこの名家だ? 綺麗な顔立ちもあるが、各家のメイド長などの指導力がかなり出るものだ)

 

 対するメイド少女は戸惑いがちで返す。最近、姉がフューリス男爵に捕まり掛けたからだ。

 一応彼女の知らないところで、『八本指』の警備部門からの護衛は付いて来ている。

 

「あのぉ、なにか?」

「失礼。街中で見た随分素晴らしい歩き方に、思わず声を掛けてしまって。率直に申し上げます。貴方は今、お仕えしてる家に不満はありませんか? よろしければ当家、グレビユール子爵家へ仕えてみませんか? 今の待遇面を聞かせて貰えれば、それより多い金額を家令殿へ掛け合いましょう」

 

 余り聞かない、とんでもない話である。子爵家の小間使いへの誘いであった。

 普通は採用に家柄なども調査しての動きとなる。

 だが彼が急ぐ理由は、戦争で一時的に王都へ来ていて、もうじき主人の領地へと戻る為である。千歳一隅とみての行動。

 この時、市場の通りには小間使いの娘達が他にも多く歩いていたが、全員が足を止めた。

 男爵家から用事を言い付けられてやって来た使用人の少女も含めてだ。

 露店や一般市民達も含め、皆が注目した。

 子爵家が男爵よりも地位が高いのは、多くの者達の常識である。なればこそ、採用基準は遥かに厳しい。仕えれれば、より裕福で待遇も当然上がる。

 周囲の小間使いの娘らは一歩、二歩と売り込む様に踏み寄るが、紳士は大して興味を示さない。

 目の前に立つ眼鏡少女と、明らかに(たたず)まいから違うとして。指先の手入れも毎日怠らない彼女の繊細ささえ、彼は全て見ていた。

 そんな紳士へマーリンは伝える。

 

「あの、大変に失礼とは思いますが。この件は御容赦ください」

「「「え゛?」」」

 

 紳士だけでなく、周りの者達からさえ驚きの声が漏れた。家令補佐の彼はまさか断られるとは考えておらず、思わず右手を頭に当てた。だが直ぐに今一度声を掛ける。

 

「落ち着いてくれたまえ。よく考えて欲しい。この話は、決して悪い話ではない。子爵様の御令嬢の小間使いがまだ必要でとの話なのだ」

 

 紳士の誠実そうな雰囲気に、周りの者の方が良い話だわぁとウンウン頷いている。

 でも。

 まず、貴族家と言う時点でマーリンには嫌悪感しかない。更に――今の彼女は終身配属の身であり、給金は貰っていないのだ。そんな待遇面など他者へ伝えられるはずがない。

 

 第一に、そんな今の待遇面で()()()()()()()のだから。

 

 良質の食事は食べ放題で3食の上に、三姉妹で仲良く綺麗な御屋敷への住み込み暮らし。買い出しの時には妹のキャロルも連れて散歩も出来、ご主人様からは観光や洋服さえ頂ける境遇。

 何よりも男爵へ睨まれた父母へまで、手を差し伸べて下さる立派なご主人様は最高なのである。

 だから、ゴウン家のメイド、マーリン・リッセンバッハは堂々と伝える。

 

「申し訳ありません。私はお仕えするご主人様を変えるつもりはございませんので」

 

 少女の、正面から見て来る強い視線を受けた子爵家家令補佐の紳士は悟る。

 

「(仕える主人を決めた者の忠誠を覆すのは、難しい)……そうですか」

 

 本人じゃないところの周囲からは、盛大に溜息が漏れる。一般人にすれば富クジが当たったようなものだったのだ。

 彼は、尋ねる。

 

「差し障りなければ、聞かせて欲しい。貴方の仕える家の(あるじ)様の御名(おんな)を」

 

 マーリンは自信を持って誇らしく語る。

 

「当家の主の名はアインズ・ウール・ゴウン様と申します」

「おぉ、ゴウン様……王家の客人の方か」

 

 紳士は納得したように、小さく数度頷いている。

 

「はい」

 

 答えたマーリンだが内心で驚く。子爵家の配下の者まで知っている名という事実に。

 それは嬉しい驚きであった。

 マーリンと紳士はそこで別れた。彼は手を一度軽く上げて去って行き、マーリンもお辞儀をして場を離れる。

 市場内には新たな『忠義の小間使い』との伝説だけが残った。

 後年、この通りは名をマーリン・リッセンバッハ通りと名を変える。

 『忠義の小間使いは出世する』との格言と共に――。

 

 そんな事など知るはずもないマーリンは、今日も買い出しに勤しむ。

 

 

 

 買い出しから帰ったマーリンを加え、メイベラを中心にツアレとキャロルら4人で仲良く昼食の用意。

 サラダと焼き魚にきのこのソテーを全員分並べ、あとパンも沢山焼き上げた。

 1階の調理室奥にあるテーブルを4人で囲み、そして食事前に皆で願う。

 

「「「アインズ様達が何卒無事で戻りますように」」」

 

 1日3回。皆が真剣に、共に待ち続けている想いを重ねる時間。

 

「………では、感謝して頂きましょう」

 

 メイベラの音頭で昼食が始まる。

 時折合間に交わす会話の中で、三姉妹とツアレに笑いが起こる。

 午前中、庭へ迷い込んだ猫が涼しい木陰でずっと寝ていたが、仕事の合間にキャロルが足下のバケツを蹴っ飛ばし、その音に驚いて落ちそうになった話等々。

 残念ながら、彼女達は人殺しの武器を握って主の為に勇ましく戦場では戦えない。

 この4人のメイド達の武器は、時に麺棒や包丁であり、時に箒やバケツとタワシにデッキブラシなのだ。

 そして待ち受ける戦場は、今日も後方のこのゴウン屋敷。ここを管理し守る事なのである。

 

 

 ご主人様の絶対的支配者(アインズ)はそれを望んでいるし、現状に十分満足していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. 逃走騎士の選択

 

 

 帝国四騎士の紅一点、レイナース・ロックブルズは、深夜の戦場で懸命に単騎を走らせる。

 とはいえ周りは真っ暗闇というわけでもない。

 戦場と成っている背中側の北の空や周りの空には、距離があるものの竜達の吐く火炎の明かりが多数灯る。視界は瓦礫が多い都市廃虚内よりもスッキリし良好といえるだろう。

 彼女の馬が駆ける位置から、少し離れた右手側に旧エ・アセナルの半壊した外周壁が続く。前方と左側には灰で覆われた荒野の如き麦畑跡が、その先に見える王国兵へ襲い掛かる(ドラゴン)達の無慈悲さをかき立てる如く漠然と広がる。

 レイナースは、北方面に展開している帝国遠征軍側へ行かず、都市外周を時計回りで別方向へ向かっていた。

 

 彼女は逃げたのだ。

 

 ただ此度、元冒険者アンデッド達の襲撃に因る窮地は、ジルクニフとの『自分の身を優先する』契約に反しないと判断している。

 その証拠に、今回の彼女の逃亡を目撃して生き残り、非難し訴える者は皆無であった。

 〝重爆〟の通称を持つ彼女。戦場で嘘を吐くつもりはない。

 今の彼女は帝国四騎士を辞めた訳でもなく、遠征最大の個人目的へひたすらに邁進(まいしん)していた。

 

(私一人なら、竜やアンデッドから十分逃げ切れる。生き延びて『巨大な爆雲』を起こした魔法使いに絶対会うのよ)

 

 軍馬を全力疾走の襲歩で3分も走らせれば4キロ程は進む。追手は見えない事から、レイナースは馬足を緩め馬上て一息つく。

 

「ふう。さて、どうしようかしら」

 

 アンデッド達を振り切ったが、周辺は平らな戦場で身を潜めておける様な場所は見当たらず。

 気が付けば程なく、崩れ落ちた旧エ・アセナルの南東門周りに差し掛かる。

 

(……今は、この中に潜むしかなのかもね)

 

 結局再度、都市廃虚内へ一時的に潜む事にした。

 崩れ切った外周壁の合間から潜入。〈生命隠し(コンシール・ライフ)〉の巻物(スクロール)を使って、レイナースは南東門にほど近い半壊した石造りの商会建屋へ上手く籠り続けた。

 そうして都市エ・アセナルが復活を始めるのは直ぐのことである。

 

「こ、これは? 何が起こってるのよ?!」

 

 肝の据わった流石の彼女も、周囲の激変には動揺するのみ。

 周囲の輝きは瓦礫や灰にまで広がり、それが嘗ての物の形を取り戻してゆく。そんな、信じられない光景をレイナースは目の当たりにした。

 2時間近く過ぎた頃になると都市内は、埋め尽くされていた廃墟全てが中央城を筆頭に以前の街並みを確実に取り戻したかに見える。

 

「………(夢でないのが不思議なくらいね。本来絶対に有り得ないわ。いえ……だからこそ)」

 

 大都市復活の奇跡に、レイナースは確信する。

 

(ああっ。これ程の大魔法を使える人物っ。必ずや、私の忌々しい呪いは解呪されるわ)

 

 最早、疑う余地は微塵も無かった。

 因みに、廃墟内のアンデッド討伐へ動いていたアインズとルベドに会わなかったのは、ルベドが生者を無視したからである。

 低位の〈生命隠し(コンシール・ライフ)〉程度では、レイナースの抑えた難度70程の反応まで消す事は無理。幸い、近くまで来たアンデッド達で周辺探知出来る者がいなかったのは幸運と言えよう。

 また、いつからかアンデッド達は全く現れなくなる。

 更に時間が過ぎ、籠っていた商会の建物が元に戻ると、次に住人や店の者が蘇り始めた。

 骨が朽ちた灰からも、人間は復活出来るのだと初めて知り、レイナースは驚きを隠せない。

 

(一体、どうなってるのよ、これ……)

 

 彼等が目を覚ます前に、彼女は軍馬を連れてそこを離れた。通りはどこも歓喜に(むせ)ぶ人々で溢れる。無理もないなと彼女も感じた。

 こうしてレイナースは、生まれ変わった大都市エ・アセナルで日の出を迎える。

 

 都市復活が完了したのか、元通りとなった巨大な南東門が開いてゆく。

 再び現世と繋がったような感覚。

 外には少数ながら、開門をじっと持っていた民兵や冒険者がいて、故郷である滅びたはずの都市へ笑顔で帰って来る。

 街の住人達は、嘗ての役割を再び熟し始めた事で、門へも衛兵が守備に就いていた。

 それどころか、壊滅直前の場面で竜王軍団に備えていた為、外周壁を始めとして都市内は4万にも及ぶ多くの民兵で溢れる。

 バハルス帝国からの他所者には、地味に動き辛い状況。

 帝国四騎士の装備が、一般の帝国騎士と全く異なっていたのは都合が良かった。

 

(助かったわ。でも、目立つ行動には注意しないと)

 

 鎧が皇帝から賜った特注品で良かったと感じたのは、この時が初めてだと女騎士は思う。

 〝重爆〟として腕に覚えはあるレイナースも、王国兵達のど真ん中を帝国騎士の姿で歩くほど自信家でもない。

 一応用心と、既に軍馬へ結わえていたローブを纏い、頭にもフードを浅く被っている。

 彼女は午前3時前頃から馬を引き、徒歩で情報を求めて道を巡っていた。この都市を復活させた人物は誰なのかを知るために。

 でも、都市内各所の街を回り、周囲の者達が口にする内容に耳を傾けるも、結局分からず。

 それが判明したのは午前6時前。街の大通りの両脇に人垣が出来て歓迎する中を進む騎馬隊と馬車の一団を、民衆へ紛れるレイナースがそっとフード越しに見た時であった。

 

「国王様や御貴族様達の馬車の後ろ。この大都市の救世主様が、アノ馬車に乗っているらしい。名をゴウン様と聞いたぞ」

「ああ、私達の命の恩人様がいらっしゃった」

「「救世主様、万歳ーーーっ!」」

「「「万歳ーーーっ!」」」」

 

 都市住民だけでなく、通りを警戒する民兵達までもが盛大なノリを見せた。

 

「ゴウン? 全く知らない名だわ……」

 

 レイナースは目を細めつつ首を傾げる。バジウッドがここに居れば、アインズ・ウール・ゴウンと直ぐに気付いただろう。超極秘に調査が進んでいた事もあり、四騎士内でも離脱要素の高い彼女へは知らされていなかった……。

 でも、彼女にすれば何者でも構わない。それより気になるのが。

 

(でも何よ、この熱狂的な人気ぶりは?)

 

 この大通りに限らず、大都市内全域で『救世主様、万歳!』の声が広くこだましている風に感じる。

 帝国の皇帝ジルクニフの人気は一部では高いが、()の人は恐怖と合理性でも他者を縛るのだ。

 それに、人への信望は普通、多くの者が心の底に沈めているもの。

 ここまでの規模で、表面上に出ている様子は彼女も初めてと言っていい。他所者からすればこの光景は異様に見えた。恐怖すら覚える程に。

 でも、都市復活自体が異例で超常なのだ。

 それに比べれば、目の前の光景も小さい出来事に思える不思議――。

 

 レイナースは、遂に『都市復活』と『巨大な爆雲』を起こした魔法使い、ゴウン氏へのアプローチを考える。

 

(前を進む貴族達に比べて、一段落ちる馬車からして上位冒険者あたりかしら)

 

 当然ながら、交渉の基本はまずお金となる。

 これまでは金貨5000枚程度から交渉を始めていた。

 厳しいが皇帝ジルクニフに頼み、旧貴族のロックブルズ家の屋敷など残資産を全て整理すれば、上限として金貨で10万枚近くまでなら出せるだろう。

 一介の冒険者や平民には目も眩むばかりの金額と言える。

 ただし、欲深い下賤な術者達からの金額提示に交渉が思い通り行かない事や、奇異な要望を出して来た者達も過去に多く経験している彼女。

 今回の相手は果たしてどうなのか。

 民衆達の口から、救世主の人物は仮面を付けている大柄の男性と聞く。

 

(女ならば色仕掛けが効きにくそうだったけど、男ならば更に私に有利ね)

 

 レイナースの瞳が怪しく光る。

 此度の重大な目的の達成に手段を選ぶつもりは無い。出来る事なら殺人も含めて何でもするし、使えるものなら全資産や己の身体さえも賭けるつもりである。

 それ程までに顔面の醜い呪いは、日々忌々しく鬱陶しいモノなのだっ。

 だからこそ、既に彼女の精神の一部は悲しいかな、壊れていた……。

 無論、報酬は解呪を実施した度合と、成功した場合のみに限っている。

 そして、今まで解呪を実施した者すらゼロ。

 なぜなら、当初自信と大口を叩いていた解呪者達は、いずれも実際に爛れた右側の顔へ手を近付けようとした途端に見えるらしい。

 

 ――強大な呪い全ての影が。

 

 並みの者では解呪を始めようとした瞬間に即死するらしく、上位者でも解呪まで肉体と精神が耐え切れないという。

 多くの解呪者らが「無理だ」と土下座をし、全員が彼女の前から去って行った。

 散々イヤラシイ要望と視線を向けて来ていたオヤジ臭の漂う者らさえ、恐怖に涙を流して退散する程。

 ある意味、悪い虫避けの効果があったやもしれない。

 

 レイナースは、まずオーソドックスにゴウン氏が中央城から出た後、貴族らと別れこの都市を離れる辺りでの第一接触を考えていた。

 数日かそれ以上要するかもしれないが、今日の内に実現する可能性もあり期待していた。

 ところが、である。

 

「ええっ? 一体全体どういうことなの?」

 

 午前10時頃に、レイナースはゴウン氏が、この大都市エ・アセナルの新領主になった事実を朝食と休憩に立ち寄った飲食店内で聞き及ぶ。

 都市を復活させたからと言っても、ヴァイセルフ王家の直轄領である重要なこの都市を国王のランポッサIII世が手放すとは思えなかったからだ。

 どう考えても、割に合わない話でしかない。

 普通は高額の報奨金か恒久的な配当金、最良でも特例中の特例で男爵への叙爵がいい所だろう。

 更に昼を迎える頃、街中を巡りゴウン氏に関して詳しい内容を知り仰天するレイナース。

 

「一介の旅の魔法詠唱者風情が、いきなり自治都市領主!? ……余りにも破格過ぎるけれど。竜王の撤退時の要望を汲む必要は確かにあるわね……」

 

 元々、エ・アセナルは竜王に一度滅ぼされた都市であり、絶望的な戦争が終わるなら国王も飲まざるを得ない部分は感じる。

 あと、強大な戦力であるゴウン氏がこの地を治める事は、煉獄の竜王(プルガトリウム・ドラゴンロード)軍団だけでなくアーグランド評議国に対してさえ、人類圏全ての大きな防波堤になりえるのだ。

 帝国にとっても無関係ではない話である。

 ただ、レイナースにすれば、割とどうでも良かった。問題なのは、交渉相手が旅の魔法詠唱者のはずが、ナゼか一気に自治都市領主となってしまった事につきる。

 エ・アセナルは以前の周辺人口が85万を有する大都市であり、小国家に十分値する規模。

 レイナースが帝国四騎士の一人の身分を隠して、お手軽に会える人物ではなくなったのだ。

 つまり、現状では彼女の身分を出し辛い上に、交渉金額も金貨10万枚でさえどうかという地位の者へ変わったと見るべき。

 

(はぁ。これは、マズイわね。……どうすればいいのかしら)

 

 聞けば、ゴウン氏は都市中心部の高台へ聳える、高い塔状の見事な中央城を居城にするとの事。

 目と鼻の先に接触すべき解呪者が居るのに、容易には会えないのだ。

 彼女の心の内には、もどかしい気持ちだけが募る。

 バハルス帝国を代表する帝国四騎士の一員として、若いながらもレイナースはまだ立場を弁えていた。

 城内へ乱入するという手は最後の手段として取ってあった。

 現在、帝国軍は王国内に居ないはずの存在。なのに、帝国八騎士団将軍と同格の最強騎士が、王国の北西の端へぶらりと現れるというのも実に変な話となる。

 かと言って、一介の騎士が会いに行っても『門前払い』は目に見えている。

 無理を通すなら『帝国の使者』と偽って会う手も考えるが、可能ならば人払いをした一室で面会する必要がある。

 使者で赴けば、警護や補佐なども居る『謁見の間』にての面会になってしまう。それでは事は上手く運べない上に、領主就任の祝いの口上ぐらいしか述べる話がなく、その場で窮する失態を披露するだけであろう。それが、交渉のきっかけになればまだ浮かばれるが、つまみ出されれば、目も当てられない。

 もういっそ堂々と派手に乗り込んで、洗いざらい直談判の方が気分スッキリとなる気もする。

 困り果てた彼女は、一体何を選ぶのか。

 

 

 レイナースは――――考えを一転し、民間組織を利用する事にした。

 

 

 軍人の自身のみでの解決は困難と、冷静で素直に判断。

 旧帝国貴族のロックブルズ家は、王国の大商人達とも取引をしていた。この大都市エ・アセナルにも幾つか存在する。

 要は、領主のゴウン氏へ書簡を使ってアポイントメントが取れればよいのだ。

 大商人の店を訪れた時、レイナースは意外にも鎧を纏っていなかった。

 その長いストレートの金髪が揺れる姿は実に可憐。

 白いブラウスに青い紐リボンと、ふくらはぎ辺りまである青緑地に裾へ白いフリルも有るミディスカート風の衣装。腕と足には銀調のガントレットや膝当てのある鎧調のブーツ。踵には羽根の装飾も付く。ただし、顔は前髪の他、頭に周りのつばが大きく垂れ気味の麦わら帽子(ストローハット)で右側は良く見えない。

 しかし垣間見える左側の顔は、間違いなく一際端麗であった。

 到底誰も、帝国最強の四騎士の一人とは気付かなかった……。

 ロックブルズでも分家だったという事にし、名もイーネス・ロックブルズと偽名を名乗った。

 レイナースの作戦の概要は以下。

 新領主へ面会したい依頼主は、()()()()()に悩む旧帝国貴族家の若き御令嬢である。

 魔法は非常に難解で、これまで如何なる魔法使いも手に負えなかった難物だとゴウン氏へ書簡で伝える。彼の持つ大きな自信へ挑戦するかの如くだ。

 同時に、だからこそ天下随一の魔法詠唱者であられるご領主様の力をお借りしたいと嘆願。

 お礼は可能な限りさせて頂く旨も添えた内容で、都市内でも有力な商人の口添え書きも付けて中央城へと届けさせた。

 それが、午後4時頃の事である。

 あとは辛抱強く、持つしかない。

 帝国四騎士とはいえ、大きな権力者の独立自治領主を相手に出来る事はかなり限られるのだ。

 それも今日、就任して多忙を極めるだろう相手である。

 レイナースは、面会には早くても優に1週間掛かるとみている。

 でもそれは、帝国遠征軍とは明確に当面離れる事を意味していた。

 ジルクニフとの契約だが、広い意味で『自分の身を優先する』という内容に齟齬は無い。

 

 彼女の下へ返事が届いたのは、驚きの翌朝であった。

 内容は――『空き時間が少なく、可能なら本日午後2時半に中央城までこられたし』――であった。

 

「ああっ、遂にやったわ!」

 

 苦肉の策が当たったレイナースは、高級宿屋の一室で大いに歓喜したっ。

 

 

 午後の昼下がり。

 乙女姿の彼女は、午後2時半より早く着く様に、中央城の城門へと高級宿屋の部屋を出た。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――P.S. アルシェ、『双子の妹達のため』に行動する/『フォーサイト』の旅

 

 

 『フォーサイト』達がバハルス帝国の帝都アーウィンタールを出発したのは、竜軍団と王国総軍が開戦した翌朝午前中の事。

 アルシェ宅を襲撃した、カルサナス都市国家連合所属のワーカーチームを成敗した後、直ぐだ。

 アルシェの小さな白い家で、メイド少女とクーデリカとウレイリカを加えた6名で荷を乗せた馬車に乗り込んだ。御者をヘッケラン、イミーナ、ロバーデイク3名のローテーションで努める。

 基本、メイド少女がクーデリカとウレイリカを見るがイミーナが馬車室内に居る時は、双子は交代でイミーナに甘えた。

 懐かれているイミ―ナもアルシェの妹達を良く可愛いがった。

 一応は逃亡旅であり、帝都からエ・ランテルまでの約250キロを急ぎ気味に4日間で走破。

 

 その間、メイド少女の()()は幸せであった。

 主人のアルシェが実家と対立し、資金に余裕の無かった事で、アルシェ宅に居た時も食事で大した物は食べられなかったが、この旅では宿屋や食事処で多少贅沢な生活をする事が出来た。

 今回の旅の費用は全部ヘッケラン達3名が持ったからだ。

 まあそもそも、アルシェ宅を襲撃したワーカーチームから巻き上げた金貨も多くあり、被害者のメイド少女が多少贅沢をしても賠償金の一部の様なもので正当と言える。

 クーデリカとウレイリカの双子は、ヘッケランに対して良く泣いたが、意外にも優し気なロバーデイクには懐いた。

 それは、メイド少女とロバーデイクが少しいい雰囲気だった事も影響したかもしれない。

 馬車が揺れてクーデリカが床へ落ちそうになり、慌てて二人が抱き合う様に救ったり、夜に着いた街で馬車を降りたメイド少女が冒険者風の男に言い寄られた時に、ロバーデイクが間へ入って睨みを効かせてくれたり等々……。

 6名の乗った馬車は、ヘッケラン達が後方へ常に気を配っていたが、幸い追手に付かれる事無く帝国国境を無事に越えた。

 やはり伯爵側は、屋敷の崩れた部分の対応やあの奇怪な一角とそこへ残っていた娘達を優先し、クーデリカとウレイリカが居た事や『フォーサイト』の存在にも気付いていないか手が回らないと思われる。

 国境を越えた事で一行は結構楽になった。

 帝国貴族の私兵部隊は、集団で王国内を気軽に探せない。なにせ両国は戦争をしている間柄なのだから、あっという間に別の形で大事になるからだ。

 そうして一行は、大街道から少し外れ、北の畦道を通って城塞都市エ・ランテルを一度やり過ごし、無事に西側の大街道から()西()()へと正午前に辿り着いた。

 

 さて、帝都からここまでの道程で街の入出門時に検問がある場合、男2名女2名幼子2名の当一行の行動理由として挙げていたのが、『夫人護衛』である。

 イミ―ナには夫人役として一時的に金髪のウィッグと長い耳を帽子で隠し上品な女性服を着て貰い、メイド少女の()()は小間使いとして、娘役にクーデリカとウレイリカの布陣。

 それをヘッケランとロバーデイクが護衛するという感じだ。

 ここまではそれで上手くいった。

 ただ、このエ・ランテルからはイミ―ナも護衛役に転向する。

 それは、現実に近付けておく方が、合流するアルシェと共に動きやすい為である。

 槍を持った門の衛兵が、馬車の扉を開けさせて中の5名と御者席に座るヘッケランを一通り確認する。そして問い掛けて来た。

 

「エ・ランテルへは用向きはなんだ?」

 

 すると、穏やかな声のロバーデイクが答える。

 

「知り合いから頼まれた姉妹達を会せに来たのですが」

「……どこから来た?」

()()()()()()近郊の街クレーグからです」

「滞在日数は?」

「知り合いが遅れて来るかもしれないので1週間前後かと」

「……そうか」

 

 魔法詠唱者が馬車からの魔力反応を確認しているが、首を横に振り大した反応はないと表現。

 それを見て衛兵が告げる。

 

「よし、通っていいぞ」

「ありがとうございます」

 

 ロバーデイクではなく向かいに座る美人のイミ―ナが、普段見せない様な優しい態度で衛兵へ声を掛けつつ扉を閉めると、ヘッケランが馬車を進ませた。

 因みにクレーグは存在する街だ。その程度は、帝国内の酒場で行商人に一杯奢って聞けば手軽に入手可能な情報である。

 都市内の通りへ馬車を進めたヘッケラン達は、まずノンビリと昼食を取るべく動いた。

 

 

 

 ここ最近の2週間、エ・ランテルの治安が悪くなっていた。

 それは、竜の軍団との大戦で、主な冒険者達が3週間程前に出陣した事に加え、その後に出征したエ・ランテルの兵と共に傭兵団も当然全て出払った状態になっているのが原因だ。

 都市内外の治安維持に残っているのは一般兵達だけで、難度18以下の(アイアン)級と(カッパー)級冒険者達は、都市周辺の怪物(モンスター)掃討に追われていた……。

 その治安を乱している連中は、スラム街を中心に蔓延(はびこ)る。

 竜達との闘いを恐れて逃げた連中と、今の手薄な機に荒稼ぎしようと考えたクズ共であった。

 中には、難度で50程と腕の立つ者達も若干残る。

 都市長のパナソレイは、この国家存亡の総力戦争期間に治安を凶悪に乱す連中だけは絶対に許せないと考えており、戦後に戦力が整ったところで一斉捕縛作戦を計画している程だ。

 

「ふむー。れんちゅうはぜったいにゆるさないぞ。ぷひー」

 

 だが現状は、都市防衛に付く1万余も殆どが難度9以下の新米兵の上、千人長や師団長で難度30程の者が3名という戦力差にいかんともしがたい事態であった。

 

 スラム街の一角、薄暗く汚れ切った小屋のような建物が立ち並ぶ中、赤黒く汚れた壁の倉庫に6人の人物が集まり会合を開いていた。

 重装備の男が、紐で巻いた大きめの羊皮紙を武骨なテーブル上へ放る。

 

「これが標的地の内部見取り図だぜ」

 

 背中の腰へ小剣を差した小柄の男が、飛びつく様に素早く羊皮紙を奪い取り、紐を引き抜く様に解いて開く。

 

「おお、すげえぇな。これで情報面の準備はもう完璧じゃん」

「でもホンマに何万枚も金貨があんの?」

 

 胸周りと腕に防具を付けた、短髪で鼻と顎が丸いちょいブサ顔の長剣を担ぐ女が尋ねた。

 それへ、覆面のガッシリしたガテン系の男が答える。

 

「あるはずだぜ。あそこはいつも稼いでいるからな。今回の戦争でもウハウハだろ」

 

 そんなやり取りの横。

 両手を頭の後ろで組み、壁にもたれていた細身で軽鎧を着た髭のバンダナ男が、今回の首謀者へと実行日時を問いつつ、トンデモナイ標的を確認気味で語る。

 

 

「で、いつヤルんだよ? ――()()()()()()()

 

 

 腕組みをした両上腕に入れ墨のある大柄のオッサンが枯れた声でニヤリと答える。

 

「慌てるな、あそこは集金日を幾つかに分けてやがるが、今月上旬分が間もなくのはずだ」

 

 その答えに、長剣の女が立ち上がり武骨なテーブルを叩いて詰め寄る。

 

「ぐずぐずしてんと、はよ襲お? あっこ、ババアは第3位階魔法使いやし財力あるし、バレたら帝国からでも強い助っ人を呼ばれんのとちゃうん?」

「分かった、分かった。見取り図から担当区分と最終配置を決めて予行も考えれば、最短の3日後にしよう。()()()()()()での作戦だ。皆、抜かるなよ」

 

 彼等は各自配下を持つチームのリーダー達だ。当初は、2、3名で小さくバラバラだったが、この2週間で組の統合が進んでいた。

 

「「「おおーーーーっ!」」」

 

 エ・ランテル都市内史上でも、指折りの犯罪劇が始まろうとしていた――。

 

 

 

 雲も気持ちよく浮かぶ夏の東の空へ、すでに朝日が登り眩しく輝く。

 元帝国魔法省のアルシェ・フルトがカルネ村へやって来て、丸8日が過ぎようとしていた。

 彼女は、エンリが帝国へ誘拐された時、帝都脱出で唯一協力。帝国人ながら味方として現在、村内では客人待遇である。

 彼女の身に関しては、元々対外的に捕虜としていた。

 ところが、巨大魔樹対応でバハルス帝国の不義理により小鬼(ゴブリン)軍団へ死者が出た事からエモット将軍へ生殺与奪権が移っており、現在は将軍預かりである。

 あくまで外向きにだが。

 そういった経緯があり、1週間はバハルス帝国や魔法省からの動きを見るという形でカルネ村へ滞在を続けた。だが、特に帝国側の動きはない様子に、アルシェは昨日からエ・ランテル行きの準備を始めている。今も仲間である『フォーサイト』のメンバーが連れて来る、彼女の幼い双子姉妹と再会する為に。

 

(早く会いたい。……ウレイ、クーデは元気かしら)

 

 この8日間は、アルシェにとって初めての事が多かった。

 農業従事に砦化の作業や、一番は小鬼(ゴブリン)達の居る村生活である。もう結構慣れた感じだ。

 ただしそれは、エンリの忠実な配下達であるからとも認識している。森の奥に潜む一般の凶暴な小鬼(ゴブリン)と同じに考えては死を招くだろう。

 

 時刻は朝7時半を回る頃。アインズが大反撃する日であった。

 エ・ランテル行きの準備は昨日整った事で、カルネ村から一台の馬車が出発する。

 

「では、行ってきます。エモットさん」

「いってらっしゃい、フルトさん」

 

 御者席からのアルシェの声へ、見送りのエンリも応えた。

 この幌無しの馬車は、エンリが村長に掛け合って村内で借りたもの。

 ただ、手綱を握るのはブリタである。その隣にアルシェが座る。

 エンリはブリタへも気遣う。

 

「ブリタさんも十分気を付けて」

「分かってるから、任せなさいよ」

 

 魔法少女がエ・ランテルへの道を知らないと言う話へ、ブリタが道案内を買って出た。

 エ・ランテルの街が少し恋しく思っていたところで丁度良いと。当然帰って来るつもりで、家財は村内の自宅へ置いて行く。

 それとついでに、村民から幾つか買い出しも頼まれていく。

 

『大丈夫、お安い御用よ』

 

 そう言って、赤毛の彼女は気持ちよく皆から引受けていた。ここで手間賃は取らない。代わりに不得意な繕い物を頼んだり、物を貰ったりと持ちつ持たれつだから。

 もうすっかり村には馴染んでいた。

 村内の自警団で既に中隊の副長を任されており、信頼も集めつつある存在だ。

 彼女自身もトブの大森林で昨日狩った猪や鹿を売りに行く。

 流石に、村内のお金の流通量だけは寂しく思っており、少し街で稼ぐ気満々であるっ。

 冒険者時代だと月に銀貨で30枚ぐらいの稼ぎはあったと思う。一方、村の中だけだと食事や住居には困らないながら、狩りや農作業での手当てだと銀貨10枚ぐらいだ……。

 

(モモンさんと次に会う時に、同じ(しお)れた格好じゃね……下着も新しいのにしたいし)

 

 若い乙女を磨くには、どうしてもお金が必要なのである。

 こうして、アルシェは妹達や仲間達の事を考え、ブリタは儲けと敬愛する人の事を考えて、細道を進み村を離れていく。夏のこの時季は道の両脇へ結構青々とした背高い草が茂り、視界は悪く油断は出来ない。

 だからこそ、ブリタは年下のアルシェを一人で行かせたくなかった部分もある。

 勿論、少女が第3位階魔法の使い手で凄い事は知っている。

 でも短いとは言え、村内では一緒にいる時間も結構あった仲。

 客人なので加入はしていないが、自警団の訓練にもアルシェは参加。参考披露ながらエリートである元魔法省職員の魔法も皆の前で披露してくれた。

 これほどの魔法詠唱者は3000人規模の街でも1人いるかという水準だ。

 進む馬車の御者席へ、棒状の杖を握ってちょこんと座る小柄の魔法少女は、基本大人しい性格なので余り他者へ積極的に話掛ける娘ではない。

 大して年上のブリタの方は割と賑やかな性格。

 そんな二人が並ぶと、話し役は当然ブリタが中心となる。会話の中で相手の過去へ余り触れないのは、人種問わず一般的な暗黙の決まり事だ。今の共通の話をするのが楽しくもあり確実。

 多くの者は信頼出来るようになって、互いの過去は打ち明け合うのだ。故に相手の過去をどれだけ聞かされたかを考えれば、自然と信頼度もある程度計れる目安になる。

 嫌な思い出事が多いのか、村内で聞いたアルシェの家族の話は双子の姉妹に限られる模様。

 今は、目的地のエ・ランテルへの道程と城塞都市についてを話していた。

 アルシェのホームグランドであった帝都も防御面で固いが、形式がまるで違うエ・ランテルには興味を引かれた様子。

 ブリタは距離的には半日で到着することや、殆どなだらかな平地を通る話を皮切りに門や都市内の通りの様子を語って聞かせる。

 3時間程、会話を楽しみ小道を進んだ時だ。魔法少女がブリタの耳許へ寄り小声で語る。

 

「(――ブリタさん、注意ください。警戒魔法に引っかかった物体があります)」

「――!」

 

 両名へ緊張が走る。

 アルシェが馬車を15メートル程で囲む様に〈警報(アラーム)〉を掛けていた。実に心強い魔法だ。

 ブリタは片手で、もう剣を抜いている。馬車はまだ止めずに進めていた。小動物の場合もあり、まずは様子見だ。今の位置取りでは、両名が道なりにしか展開出来ないのもある。

 

「(確か道は、この先の開けた草原を通るはず)……もうすぐ開けたところに出るわ」

 

 確認はその地でと女戦士は考える。

 

「〈鎧強化(リーンフォース・アーマー)〉」

 

 間髪置かず一応と、アルシェからブリタへ鎧強化が付与される。それに遅れる事数秒、山なりに矢が飛んで来た。数は5本で左右の固定位置からだ。待ち伏せの模様。

 斥候が居て、この場へ走ったのだろう。

 まだ敵が何か分からない。ただ、都市から遠い面をみれば小鬼(ゴブリン)の可能性が濃厚。

 その時、道の30メートル程前方に棍棒を握った1体の人食い大鬼(オーガ)が現れ狭い小道を遮る。

 

「ウォオオーーッ!」

 

「このまま行って!」

「う、了解よっ」

 

 アルシェの鋭い声に、一瞬迷うもブリタは従った。

 人食い大鬼(オーガ)が棍棒を振り上げて待つ位置まで7メートル程手前で、魔法少女が馬車前方の左方向へ舞う。

 

「〈飛行(フライ)〉」

 

 そして、直ぐに〈滑空(グライド)〉しての一撃を叫ぶ。

 

「――――〈風撃(ラファール)〉!」

 

 魔法少女の突き出した左掌から突風的な強風が人食い大鬼(オーガ)の巨体を浮かせるように右側の草地へ押し転がした。

 〈雷撃(ライトニング)〉では貫通し倒せるが、障害物として残ってしまうので魔法の力技で排除して見せた。馬車は見事に敵の妨害を突破する。

 

「フルトさん、凄いっ!」

 

 普通なら苦戦する展開を、覆す機転と高い魔法力。更にトドメ。

 

「〈雷撃(ライトニング)〉ーーっ!」

「グォギァァーーーー」

 

 鋭い一撃が、高い草の生い茂る中で起き上がり、頭一つ出ていた人食い大鬼(オーガ)の胸のど真ん中を撃ち抜いていた。後ろへと重たい音をさせて倒れ込んだ巨体はもう起き上がって来ず。

 その後も〈飛行(フライ)〉で一旦前方を偵察した少女は戻って来ると、〈魔法の矢(マジック・アロー)〉で上空から後方の敵を一人で追い回し撃退していた……。

 

「……強過ぎよ」

 

 ブリタは、先の開けた草原の小道で馬車を止めて剣を握り、周囲警戒しながら待っていた。

 すると数分でアルシェは戻って来る。その手には布袋を握っているのが見えた。

 

「ブリタさん。お土産です、まだ冒険者ですよね?」

 

 アルシェから手渡された布袋を開くと、人食い大鬼(オーガ)2体分と小鬼(ゴブリン)3体分の耳が入っていた。

 

「えっ、これ……いいの?」

「はい」

 

 頷いて微笑むアルシェ。

 道案内のちょっとしたお礼と言う気持ちである。銀貨で10枚程にはなるだろう。

 ただ小鬼達と村で共に生活したので、逃げる者は何となく見逃したという。気持ちはブリタにも分かった。

 

 この後の二人の道程は順調で、昼食も正午過ぎにノンビリ取り、またエ・ランテルの話をしながら進んだ。

 途中で、アルシェの強さを称えるブリタの話は、漆黒の戦士モモンの事へと移っていく。

 

「――って感じで兎に角、頼りになる凄い二刀流の戦士で、アルシェもきっと驚くわよ」

 

 エ・ランテル周辺の怪物(モンスター)退治や盗賊団討伐で見せた彼の闘いの光景を熱心に、先程から20分程も語って聞かせていた……。

 

「それでね、モモンさんったら――」

 

 まだまだ頬を染めながら語る話は続くようだ。

 アルシェも身近にヘッケランという凄腕の二刀流の戦士を知っており、驚きは良く理解出来た。出会って2年程経つが、チームの闘い全体を見て退く事はあるが、未だに一騎打ちでリーダーが負けた姿を見ていない。少女としても彼は天才だと思っている。

 でも、ブリタの言葉の熱いノリが単に強さを認める者へとは違って聞こえた。それは、アルシェも乙女であり当然気付く。敬愛的な好意に因るものだと。

 ただアルシェはこれまでに不思議とそういった憧れ的な気持ちで誰かを想った事は無い。

 その理由には彼女自身で何となく気付いている。

 

(恐らく父の所為でしょうね……物心付いてから部分的に男性不信になっているのかも)

 

 どのみち、妹達を立派に育てる責任があり、あと10年は独り身だろう。

 その頃には結婚適齢期を過ぎた年齢になっているはずで、そこから誰かを愛せるのか誰かに愛してもらえるのかはまだ自信がない。

 

「……(羨ましい)」

「え、なに?」

 

 熱心に好きな人の事を語っていたブリタは、アルシェの真の心の声を聞き逃していた。

 

 

 

 夕暮れで西空に多くの雲が掛かるそれが赤紫へ染まった頃、二人の乗った馬車は無事にエ・ランテルの北東門を通過する。

 ブリタはここで一つの問題に気付く。

 半日程もあった長い道中では気付かずにいて、自分ながら間抜けに思ってしまった事象。

 

 

「……フルトさん、これからどうやって知り合いを探すの?」

 

 

 赤毛の女戦士は、アルシェから初めてのエ・ランテル行きと聞いたので、親切心から通る道や注意点に都市内の紹介の他もモモンの話ばかりで、到着してからの事がまるっきり飛んでいた……。

 そんなブリタへとアルシェは解決編を伝える。

 

「大丈夫です。決めている模様の布がありますので、恐らく宿屋の入口近くに下がっているかと」

「そう、そうよね。よかったー。私の以前いたチームでは人数が多くて誰かが案内してくれたし、拠点の宿屋もそんなに変えなかったから、大変かなぁと」

 

 2年程同じ(アイアン)級冒険者チームでいたブリタ。行動守備範囲が概ね決まっているチームで、街が変わっても大体行った場所であり、泊まるところは毎回同じであった。

 この傾向は仕事の範囲が狭い下位冒険者では多い。

 モモンの居る『漆黒』チームのように早い周期で階級昇格するのは極々稀である。

 上位者程、広い地域を不規則に飛び回るようになる。国外へさえもだ。そうなれば、別行動で合流する場合も増え、色々対策するようになる。

 アルシェは元ワーカーチーム『フォーサイト』所属。ミスリル級冒険者水準という評価が多く、ブリタよりずっと修羅場と遠征経験が多いという話だ。

 普通のチームも1年から数年の間、鉄級以下の階級での経験は必ずといってある。白金(プラチナ)級以上になればもう殆ど上がらなくなるが。

 (ゴールド)級まで上がれば冒険者として成功したと言える水準。

 ブリタがここまで上がって来る程の戦士なら、先のポカはなかっただろう。

 (シルバー)級冒険者で引退しても、組合で主力冒険者だったと故郷の街では語れる域。

 ブリタには難しい階級だが、他の都市への遠征は非常に稀なので、先のポカは有ったはず。

 (アイアン)級冒険者でもそこそこの人口の村で自警団の四天王に入る水準。

 ブリタでもカルネ村規模では次期自警団長も狙える程の存在ではある。

 参考までに、エ・ランテルの冒険者組合へ登録以来、(カッパー)級一筋で20年を超えるチームも数十存在するのだ……。

 『人を守る』という仕事面に誇りが無ければ、決してそこまで長くは続かない厳しい環境の職業である。10年を超えてから夢を見失えば、階級無関係で悪党道へ堕ちてしまう者も少なくない。

 未だ(アイアン)級止まりのブリタからすれば、午前中のアルシェの大活躍に力の差を痛感し愕然としてしまう。基本能力のモノが違うと。

 しかし、アルシェという娘も万能では有り得ない。何せエ・ランテルは初めての上に広い。

 目印があったとしても、どこの宿屋かは探す必要が当然あるのだ。

 この状況は昔、少女が魔法学園を辞めて仕事を探し始めた頃に少しダブる。

 あの時は本当に独りだった。

 でも今、魔法少女はエ・ランテルの地理に明るい年上のブリタが隣に居てくれてとても心強い。

 門からの大通りを馬車で進む2人は第二城壁門も潜り、まず――荷台の猪と鹿を売りに行った。

 獲物は昨夜、村でも涼しい風通しのいい場所へ吊るし、朝からは日除けに(むしろ)で巻いて、馬車を走らせて風を常に通している。

 更に生活魔法の〈涼気(クール)〉を掛けてもらっており終始品質対策は万全。

 幸い、肉屋がまだ幾つか開いており3軒回って、一番高い値を付けた所へ卸した。

 銀貨で11枚になった。

 途中、村人から頼まれた買い出しも、上手く値切りつつ粗方済ませる。

 次に冒険者組合へ向かい、朝の獲物も換金。なんと戦時特例で買取強化期間との事で2倍の換金率に。結局、銀貨18枚銅貨2枚となった。実に金貨1枚に近い。

 

「うわぁ……」

 

 ブリタから思わず声が漏れたほど。

 冒険者組合を出た後、換金分をアルシェへ渡そうとしたがやはり受け取らなかった。

 なのでブリタは宣言する。

 

「もう。じゃあ、村へ戻るまで宿代と食事代は全部私が出すから。これ決まり! 行くよ」

 

 そう言って、二人の泊まる宿を探した。腰を落ち着けて事へ当たるには拠点が大事と。

 ブリタにしては随分奮発し、中流の小奇麗な宿屋へ一泊銀貨1枚の部屋を2つ取った。アルシェだけの来訪者がある事を想定してだ。

 それとエリートのアルシェを、見すぼらしい場所へ泊める訳にもいかない。

 アルシェ自身は野宿も平気なので気にしていないが、ブリタが(アイアン)級と知っているので気遣いは十分伝わっている。

 

「ありがとう、ブリタさん」

 

 少女は素直に従った。馬車を宿屋の裏へ一式預けてから、漸く街中へと繰り出した。

 既に日没から1時間は過ぎており、空には雲間から星が瞬くのが見えている。

 二人は、バハルス帝国からの街道に繋がる()()()側に近い宿屋街から調べ始める。

 アルシェの仲間達は普段から中流以上の宿屋に泊まるとのこと。考慮すれば、ほぼ第二城壁内の宿屋との予想が立った。

 確認行動の途中、午後8時頃に食事を取るため、馴染みのある酒場へと足を運んだが……ブリタは周りに少しガラの悪い連中が多い感じに見えた。

 それは事実らしく、店の主人の「久しぶりだね」の声に「今、冒険者は休業してトブの大森林傍の村に住んでてさ」と交わし、晩飯の注文を聞いた後で主人がブリタへ小声を掛けてくる。

 

「――じゃあ、そちらと2人分いつもので、と。(ところで、すぐ宿屋へ戻るのかい?)」

「(いえ。少し探し物があるからまだだけど?)」

「(……悪い事は言わない。早めに切り上げて宿に入った方がいい。最近は強盗なんかの犯罪が都市内で増えてて物騒でさ)」

「へぇ。ありがとう、気を付けるから」

 

 間もなく店の主人の運んで来た食事を食べ始める両名へ、周囲の男共の視線が絡みつき始める。

 夏の夜、顔立ちが整い少し筋肉質だが健康的な若い赤毛の戦士の女と、魔法詠唱者然としている見慣れない小柄な金髪の可愛く綺麗な小娘との二人連れ。

 片方の戦士の女は(アイアン)級と顔見知りから聞けば、戦時下のこの都市にそれより上の階級冒険者はいない事から、小娘もそれ以下と周りは連想する。

 ブリタ達は店を離れるまでの間、3組の男達に声を掛けられた。

 いずれも「一緒に飲まないか?」だ。

 幸いこの店はまだ一般客向けなので、いずれもワーカーか偶の休みの(アイアン)級冒険者であった。

 

 「悪いわね。このあとまだ知り合いに会う用があって」

 

 ブリタがそう言えば引き返していった。

 女2人へ合流する人数が多ければ、争っても怪我をするのがオチと踏んだのだろう。

 アルシェも横に立たれた男から肘で数度(つつ)かれ、『ねぇ彼女、俺とどう?』みたいな優男からのウインク攻撃に閉口する。

 『フォーサイト』では、ヘッケランのひと睨みか、イミーナの毒舌で誰も近寄って来なかった。

 でもワーカー仲間の噂では、実戦でのアルシェの魔法攻撃が恐ろしくヤバイという事らしい。

 無論、修羅場慣れしたアルシェが、格下の強さと分かる人間連中へ今更ビビる事は無い。

 ブリタのホームなので任せ、ただじっと無言で呆れているだけ。

 

 食事代をブリタが払うと2人は揉め事も無く店を後にする。

 再び宿屋確認を再開したブリタ達。酒場を出て8件目の宿屋を見ての直後、一人の男が声を掛けてきた。

 アルシェは当初から気付いていたが、酒場からずっと後ろを追って来た男である。

 

「そこの、お二人さん。さっきから宿屋をあちこち回ってるが、()()()でも探してるのかい?」

 

 近寄って来る彼の、正面からの見た目は服装も含め、分かりやすく言えば、下劣。

 貴族調で見せたい感じも、ベージュ地シャツや趣味の悪い紺と黄色のジャケットに、薄黄色のズボンと革靴。いずれも酷くヨレヨレだ。

 髪は一応洗っている風ながら、肩近くまで伸び4カ月ぐらい切ってない感じの毛先バラバラでボサボサ。

 声を掛けてから、ドタバタと駆けて来る『間抜けな』行動をみれば〝品性〟と〝貫録〟が全て最低水準なのが一目瞭然という珍しい人間だ。

 

「はぁ?」

 

 振り向いたブリタが真剣に呆れた声を返すと、男は目を瞬きせずにニヤリと女性にとって不快感()()で笑った。

 

「またまたぁ。酒場で言ってた、知り合いに会う用って嘘なんだろ? へへっ。それでよぉ、可愛い顔して、ホントは金持ちそうなスケベ好きの夜の客を探してるとこだろが? 分かってんだからよ」

 

 男の言葉は、『後を付けて女達の嘘を見破った』と勝手に一人で納得した辺りから乱暴さが入って来ていた。

 ブリタは本気で呆れる。

 目の前の男は丸腰で実に弱そうなのに、女戦士と魔法詠唱者へ勝手な解釈で喧嘩を売ってる様なものだから。

 黙る眼前の女達の様子に、核心を突かれて絶句したと考えた間抜けな男は、次にバイヤー的に自分を売り込んで来た。

 

「俺はザック。朝まで楽しめる凄い腰使いの客を紹介してやるよ。まあ、そいつはちょっと最近金が無いようだが、なぁに二人とも十分心と体でとろける思いが味わえるからよ」

 

 相手に構わず売り込もうとする独走(ひとりよがり)力だけは高いようだ。

 ブリタはまだ黙っていた。

 数々の修羅場を経験済のアルシェもこの先の結末に気付きつつあった。

 沈黙を貫いた二人の女へと、ザックが吠える。

 

「では、その相手を紹介してやろう。喜べ―――――この俺、ザック様だ!」

 

 次の瞬間、腰から鞘ごと剣を外したブリタが、この小汚い男を路地のゴミ箱横へとかっ飛ばしていた――。

 

 

 1時間後。スラム街の汚れ切った小屋が並ぶ一角。分厚そうな扉を叩く男がいた。

 先程の小汚い男、ザックだ。肩を押さえて扉の前に立つ。帝国との3度の戦争を生きて切り抜けた彼は、意外に頑丈であった。

 小窓が開き、厳つい顔の男が来訪者を一瞬確認する。

 

「お前か、今日の首尾は?」

「す、すまねぇ」

「チッ。入れ」

 

 廊下を進むが中は、以前にいた傭兵団の時と同じく劣悪な臭いが籠っている。

 今の彼はスラム内の『何でも屋』的小悪党チーム内の下っ端だ。先程は、女達の所持金狙いで近付いたが失敗。

 ザックは、以前所属していた大傭兵団が突如ほぼ壊滅。どうやら強盗団として活動した折、『漆黒』という()()()()()冒険者チームに討伐されたと伝わってきた。

 裏家業では舐められれば終わり。

 傭兵団の残党8名は、スラム街に居て生き残ったが数日で解散。『死を撒く剣団』は完全消滅した。

 今の彼はゴミクズの様な日々の人生を送る中、妹リリアとの再会ぐらいが只一つの夢と言えた。

 事務所内の棚の様な狭い自身の寝床で、ザックは痛い体を庇うように眠りへ就いた。

 

 

 

 アルシェがベッドで気持ちよく目を覚ましたのは、翌朝の6時頃。

 

「ふあぁ……この大都市に宿屋は何軒あるのかしら」

 

 疲れてはいないが、その点で少し気が重たい彼女。

 昨夜は結局、気持ち悪い変な男に出会った後、10軒程宿屋を回るも仲間の目印は見つからず。

 午後11時半頃であったが最後は、移動で抜けようと通った暗い路地で潜んでいた物騒な強盗と出くわす。

 

「金寄越せやぁぁ、死ねぇーーっ」

 

 犯人らは3人組であったが、小柄なアルシェを狙い鋭く刺しにきた。しかも難度15、6程はある連中で、ブリタも反応が遅れた。

 それでも、魔法少女は難度70以上。水準差から敵ではない。

 敵2名の刺突攻撃を動体視力と動きで躱すと纏めて蹴り飛ばし、ブリタを攻撃しようとする残り一人の腕を掴んで大きく放り投げた。

 更に容赦なく畳みかける。

 

「〈魔法の矢(マジック・アロー)〉!」

 

 次の瞬間、蹴り飛ばされた犯人達で早く立ち上がってきた方の肩を魔法の矢が貫通していた。

 

「ぐおあぁぁ」

「そんなの痛くないでしょ。次は、頭? 胸?」

 

 そう少女が淡々と告げる声に力の差を思い知り、3人組は脱兎の如く逃げ去った。

 彼女にすれば、大したことはない遭遇。

 人間なら話が結構通じるので割と楽との認識だ……。流石は帝都のゴツいワーカー達からヤバイと言われる魔法力と思考を垣間見せていた。




 でもブリタはそこですぐに宿屋へと向かった。アルシェはそれに従う。案内を手伝ってくれているブリタが怪我をしたら大変との考えが働いたから。
 少女は寝る前に、部屋でお湯を浴びてスッキリして休んだ。
 一方のブリタは強盗との遭遇直後、行動ミスにショックを受けていた。

(フルトさんが居なかったら危なかったわよね……)

 直ぐにアルシェへ「明日頑張ろう」と提案し、宿屋へ直行し休む。
 装備を外し少し寛いだ彼女も宿泊室内で、木製桶で宿から貰ったお湯を掛けて浴び、今日の汚れを落とした。
 ベッドに横になるも、先の状況が再び思考へ浮かんだ。守ってやれてない己の弱さと、危険と。

「はぁ、油断よね……警戒が足りなかったわ。明日はなるべく夜になる前に早く見つけないと」

 そこで、少し考えたブリタは一案を閃いた。

「あっ! よし、これで探してみたら効率いいかも」

 赤毛の戦士は、明日はきっと上手くいくとの気持ちから、機嫌を直して良く眠れた。


 2人が宿屋から再び目印確認に外出したのは朝食を終えた後の、朝7時過ぎ。
 朝食の時にブリタは昨晩考えた一案を披露した。

「宿屋を探す前に、どの門から入場したのかを先に確認した方が早いと思わない? 馬車で人数構成とか分かるんでしょ? 双子の幼い姉妹だけでも結構な手掛かりのはずよ」

 それを聞いてすぐ、アルシェも重要な事を思い出していた。

「あっ!(……ヘッケラン達の事だから、私が父から逃げているのを助ける感じで、多少行動擬装をしているはず。そうなると東の帝国から素直にこの都市の北東門を通って入ったとは思えない。南門も法国からという難癖が付くのを避けると思う。多分、北西門から入ったはず――)」

 いずれブリタへも話そうと思うが、今は周りの人目もある。
 なのでアルシェは提案だけに留めた。

「あの、今日は北西門を通った想定で宿屋街を先に調べたいのですが」
「……なにか、手掛かりを思いついた感じ?」
「はい、ありがとう。ブリタさんの提案を聞いて、どの門から入ったかが分かったんです。まあ私の予想ではありますが」
「ああ、別にいいのよ。時間はあるし、フルトさんはそれが一番効率いいと思ったんでしょ?」

 頷くアルシェにブリタは「じゃ、まあ宿屋の数は多いけど、頑張ろうね」と言った。
 エ・ランテルの各門について、利便性と普段の利用者を考えれば、王国内向きの北西門が最も利用される。そのため、宿泊街の規模は、北西門経路の方が、北東門、南門の二つの宿泊街を合計したよりも大きい。
 ただ、絞る条件が揃って来た事で、答えが近付いていた。
 2人は第二城壁内の市街地を西へと移動してゆく。2キロ程移動し西側の宿屋街の一つに到着。
 午前8時前から、中流宿屋以上を総当たりで目印の布を確認し始めた。
 そして――正午近く。
 3つ目の宿屋街、43軒目の宿『安らぎの(かぜ)亭』で目印を発見した。
 『安らぎの風亭』は高級宿に入る水準の宿屋である。1泊銀貨10枚程の部屋が多数揃う。

「あっ、あれです。見つけたっ」

 中々笑顔を見せないアルシェが嬉しそうに駆けて近寄る。ブリタも後を追う。
 6階建ての立派な門構えをしており、ブリタには少し敷居の高い建物であるが、アルシェは慣れた様子で両開きの玄関扉へ近付いた。そして横に立つ使用人へ用件を伝える。

「家族と知り合いが宿泊していて会いに来ました」
「左様ですか、どうぞ」

 扉の開かれた中へアルシェは入って行く。場違いと思いつつ赤髪の戦士も続いた。
 中は洒落たロビーと受付になっていて、アルシェが受付の男性(フロントマン)と言葉を交わす。
 意外にもヘッケラン・ターマイトの名で宿泊していた。偽名ではなくだ。でも。

「えっ、外出中?」
「はい。皆様で、昼食も外でとの事で、午後には戻られると思いますが」
「そうですか……」

 残念そうな顔を見せるが、それは数時間の事と割り切ったアルシェは気を取り直す。
 確かにいつ会いに行くか明確には告げていないし、初めての地で観光ぐらいしたいのも理解出来た。
 ずっと室内に留まらせるのは、双子の妹達も居て無茶というものである。

「分かりました。では夕方にまた寄せてもらいます。あの一応、伝言を――」

 受付の者へ一通り伝え、アルシェはブリタと一旦外へ出た。
 留守の状況を聞いたブリタは、時刻的に明るく誘う。

「じゃあ、こっちもゆっくり食事にしましょうか。前祝いに豪華にいくわよ」
「はい。ありがとう」

 アルシェは笑ってブリタと飲食街へと繰り出した。
 1時間半程時間を潰し、銀貨2枚を使って結構良いモノを食べた2人はブリタの用件で、とあるところへ向かう。

「――バレアレ薬品店ですか?」
「ンフィーレアにお婆さん宛ての手紙を頼まれててね」

 バレアレと聞いて、アルシェも用件の正解を何となく予想していた。

「分かりました、行きましょう。良い薬があるかもしれませんし」

 もう危険な仕事は考えていないアルシェも、思わずそう言ってしまう場所なのだ。
 納得の上での魔法少女は、ブリタと共に薬師少年の実家のお店を目指した。



「うわ、相変わらずデカい音」

 扉を開けた時に鳴る鐘が一際鳴り響く。魔法効果と思われた。
 ブリタは、ンフィーレアがカルネ村へ引っ越す時に、この場へ来ており2度目の来訪。
 周囲も店舗の奥に工房というそれっぽい家々が並ぶ地域で、ここは排気用の煙突が20は並び屋根の上までもが工房尽くしの如く建つ異様な建物――それが『バレアレ薬品店』である。
 建物は一際大きいが、周りの店のように店員や作業員の姿を見掛けない。
 なぜなら、工房一体の店は秘匿性重視から身内のみで運営しており、今は一人リイジー・バレアレだけで切り盛りしているからだ。
 よく長年店を回せていると感心する他ない。この一点だけでも、超人の類だろう。
 そんな店名のプレートが掛かった店の入り口扉を潜った二人。
 入ってすぐは応接空間で、向かい合うゆったりした長椅子の間にローテーブルが置かれ、壁沿いには目録なのか書類を束ねた物が本棚へ並ぶ。
 気付いたのは商品の並ぶ広い店舗の奥から、何やら争うような声。

「――ほら、誰か客だろ?」
「あとでいいわい、待たしときな。それよりね、さっきの話じゃよ」
「あー。だから俺達、今は無理だって。連れを見りゃ分かると思うが」
「300でも、少ないってのかい? なら、400出そうじゃないかっ」
「いや、そうじゃなくて――」

 何気なく、取引の話にも聞こえる。
 ブリタ達が、視線を向けると事務所の受付みたいな辺りへ数人の影。
 だが、その言い合う者達の姿にアルシェが反応した。


「――ヘッケラン?! イミ―ナにロバーデイクもっ」


 少女が大きく上げた声に、彼等もこちらを見た。

「おお、アルシェ! なんでここに?」
「まぁ! ほらアルシェよ」

 イミ―ナの声が掛かる前に、メイド少女と両手に繋いだ双子が店舗の奥の角から姿を見せた。

「あっ、お姉さまぁ!」
「お姉さまだぁ!」

 二人の双子が一斉にメイド少女の手を離れて、姉の下へと駆け出す。

「クーデっ! ウレイっ!」

 店舗内を走るのはマナー違反だが、アルシェも駆け寄っていく。
 全力で加速すれば幼い妹達を吹っ飛ばしかねないので、本人の体感的にはスーパースローだが。
 リイジー婆さんも「人の店先でなんだい、なんだい?」と何が始まったのかと困惑気味。
 その中で、三姉妹は互いにしっかりと抱き合った。

「ああーん、お姉ざま゛ぁぁ!」
「うわ゛ーーーん」
「泣かなくても大丈夫、大丈夫だから」

 歓喜に泣き出した双子の姉妹の頭をアルシェは両手で其々撫でてあげる。
 ゆっくりと、何度も何度も優しく。少女の目にも涙が浮かぶ。
 この美しき姉妹愛溢れる再会の情景を――モチロン、某天使はエ・アセナル中央城の客室で遠視にてニタニタ見ていた……。

 3分程が経過した頃。

「もういいかねぇ? こっちも時間が無いんじゃよ」

 リイジー婆さんも人の子。再会の時間ぐらいは待ってやっていた。
 彼女も暇ではない。いやそれどころが、今は必死にならざるを得ない理由があるのだ。
 それでも配慮出来るのは、常人ではない精神力を持つから。
 彼女が、明確に要望を言い放つ。

「割り込みで、話がややこしくなったが、わしのこの店が()()()()()()という話じゃ。
 直ぐに傭兵を雇いたいが、戦時中と動員令で誰もおらん。敵の狙いはそこじゃしな。あんた達は外国から来たかなりの腕前の連中と見とるんじゃ。手伝ってくれんかの?」
「「――っ」」

 ヘッケラン達の表情が一瞬厳しくなった。
 初めての地で警戒する身のこなしは隠せない。分かる者が見れば腕前は分かってしまうのだと改めて思い出す。場が緊張する。
 そこにブリタが入った。
 彼女は村で共に暮らすンフィーレアから手紙を託されて来ていた。この店の危機に黙っている事は出来ないと。

「私は今、カルネ村に住んでてそこから来たんだけど」
「……本当かい?」
「はいコレ。薬師少年からの手紙よ」

 赤毛の戦士から差し出された紙の封書の表には『おばあちゃんへ』との文字。一目見て本物だと分かった。
 時間がないので開かないが「おおぉ、ありがとう」と礼を述べて大事に手に取った。
 他者には鬼のようなリイジー婆さんだが、孫のンフィーレアだけは別である。
 唯一自分の血を引いて残り、彼女から見ても若いのに非常に優秀。そして何よりも慕ってくれており可愛い。今や薬仕事が2番目に落ちた程、大切に考えている。
 自分の命は3番目の彼女が、この店を大事に守ろうとするのは孫の為なのだ。
 ブリタは尋ねる。

「あの、店が狙われてるってどういう事です?」
「そのままの話じゃよ。竜達と王国の戦争で、この都市の傭兵や冒険者の腕利き達が出払っておるじゃろ? それを良い事に小悪党共が群れたみたいなんじゃ。連日少しずつ規模が膨らんでいってな。
 10日程前遂に、大店(おおだな)のバルド大商会の本店が大勢の強盗達に襲われよった。警護組織はあったと聞くが、数名の死者と30名程の負傷者を出して金倉から金貨を1万枚以上奪われたらしい。物騒なので、金貨は支店にも分けて保管してあったらしいがな」

 バルド大商会はこのエ・ランテルで食料取引のかなりの比率を持つ。街で力のある人物の店が襲われたという事は、相当治安が酷い事を証明した。
 婆さんの話は続く。

「先の強盗では、襲った側の死体も現場へ5名程残っておった。腕はピンキリで上下差があるようだね。身形からスラム街のごろつき連中って話だ。
 どうもね最近、強い視線を感じるんじゃよ。わしの店はこの都市に一カ所だしね」

 修羅場を知るリイジーの鋭い感性が訴えてくるのだ。
 次の標的に、大金を稼ぎ金貨の山を置く場所の限られる店が狙われるのは想定内の話。
 都市には銀行もあるが、利用出来る家柄や利用しているかで、襲撃結果に差が付く。でもそれは襲ってみなければ真実を知りようもない。
 それならば……戦争景気で稼いでいる格好の標的があると。

「だから、協力して欲しいのじゃ。只でとは言わん。ンフィーの知り合いで人数も増えたし、金貨で500枚出そうじゃないか」
「ご、500……枚」

 ブリタが絶句する。多数を相手にする場合、危険度が膨らむので金額が跳ね上がるのはよくある事。とは言えこの額は街で余り聞いたことが無い。
 ただし、組合所属のブリタは直接受けられない話。
 ここでヘッケランは、婆さんの話から、相手は人間で数十名、腕は上下差ありで報酬金貨500枚の話を把握した上で確認する。

「アルシェはどうしたい?」

 今はアルシェの件が最優先だ。幾ら積まれても、筋を通す時のヘッケランは首を縦に振らない。この問いも同行する赤毛の戦士と関係を僅かに探ってのものだ。
 『フォーサイト』リーダーの考えは殆ど辞退で固まっている。
 すると、双子姉妹を抱きしめつつ、魔法少女は答える。

「ヘッケラン達には知って欲しい。前に合った時、私は捕虜のようだったけど、それは違うの。あのエモットさんは、私を帝国から出してくれた。私は自分の意志でエ・ランテルに来てる。その彼女と、この店のお孫さんは仲の良い幼馴染。だから私は――お婆さんとこのお店を守りたい」

 あの屈強な小鬼達を率いた女将軍がエモットと名乗ったのを、イミ―ナもロバーデイクも覚えている。そして、アルシェはここに自由な立場の雰囲気で立っていると知った。
 同行する赤毛の女は腰へ剣を差すが、大した使い手でないと見れば分かる。だから、少女の話は本当の気持ちだと理解した。それはヘッケランも同じ。
 頭を僅かにかきつつ、リーダーが伝える。

「――じゃあ、やるか。金貨500で成立だ」

 ヘッケラン達は上位のプロである。話はとんとん拍子で進んだ。
 ただ冒険者組合の事情とメイド少女と双子達の護衛という部分で、ブリタは外れる。
 一旦、高級宿屋へイミーナがアルシェとブリタ、メイド少女に双子らと向かった。宿屋の受付で追加でアルシェとブリタの部屋を申請。この後、ブリタは昨夜の宿屋へ戻って引き払い、別の厩舎へお金を払い馬車と荷だけ預けている。
 護衛代の代わりに、これらブリタの滞在経費は『フォーサイト』が全額持つという話でまとまっている。
 高級宿屋と『バレアレ薬品店』は歩いて30分程は離れていた。
 1時間ぐらい後、ヘッケランとロバーデイクも薬品店をノンビリした様子で去る。
 これは全て計画通りである。
 ワーカーチーム『フォーサイト』4名の契約期間は店が襲撃を受けるか、他の場所が先に大規模攻撃を受ける日まで。
 結局いつ来るか分からないので、成功報酬金貨500枚。それまで空振りでも1日に金貨5枚を経費として受け取る事で締結した。
 なので今晩にも他の場所が襲われた場合は、金貨5枚で終了だ……。
 でもリイジー婆さんは確信している。

「数日だよ。同じ顔は見ないが今週、見張ってる者を10人は見てるからね」

 昼間、『フォーサイト』が動き出す前に語った彼女の予想は――その晩に炸裂した。



 午後11時半を過ぎた頃に『バレアレ薬品店』襲撃が始まる。
 敵凶悪犯の数、実に65名。6名のリーダーに率いられた6チーム合同の大強盗団である。
 先日の襲撃で警備との戦闘により死者と負傷者を出し少し減ったが、今回の標的は建物内に1名のみ。第3位階魔法詠唱者という強者であるが、多勢に無勢と配下へ伝え勢いに乗っていた。

「おらぁぁぁーーーーーー」
「いけぇーーーーっ!」
「うおぉぉーーーーーーー」

 夜中だけに、異様に響き届く。全員が鎧に剣や槍で武装している。
 更に大型ハンマーや梯子なども数本乗せた馬車8台に分かれての一斉突撃である。
 周辺の一般住民は凶悪犯罪急増や、噂も聞き知って事態を強く理解するも、凶悪者が多数で徒党を組む恐ろしさと家族や店舗防衛を優先し加勢に出て来る者は皆無。それは仕方がない。
 逆に一般民でこんな地獄へ1、2人で出て来る者は、強者か、どうかしている。
 見取り図から決めた強盗団の進入路は、店舗正面と裏口。そして建物右側面の大窓に屋根裏の窓と大きく4路よりの侵攻である。
 その時、上空より凛とした声が響く。

「〈魔法の矢(マジック・アロー)〉ーーっ!」

 数回続くと、店舗正面を襲うべく通りを南下して来た速度の出ていた2台の馬車が、フラつき接触し横転する。両御者の両手の甲には容赦なく魔法の矢が刺さっている。
 『フォーサイト』は基本的に人攫いや人殺しの仕事を受けないワーカーチームだ。
 不可抗力や仲間が危機に瀕すれば別であるけれど。
 並行して、シワがれのババア声も店の屋根から轟く。

「〈火球(ファイヤー・ボール)〉! 焼け死になっ」

 店舗目前に迫る北上中の馬車が攻撃で大炎上を始めた。まあ彼女は殺しも厭わずだが。
 でもそれが、『フォーサイト』の弱い縛りを上手く隠していた。
 ここまでで20名程が、派手に怪我を負う事となった。
 この時、店舗の裏通りから10名程が薄暗い建物裏庭へ潜入し裏口へと迫る。
 しかし戸口へ迫る数メートル前でバタバタと倒れていった。
 数は多いが、殆どが難度で10に満たない連中の模様。
 強盗達は肩や足の甲を弓矢で見事に撃ち抜かれていく。イミーナの引いた3本同時の剛弓が、全く避けられなかった。

「ひぃぃぃーーー!」
「待ち伏せだぁ」
「どうなっているっ」
「見張りの連中は寝てたのかっ?」

 危険を知らせるはずの2人居た見張りは、空から直前に多数の馬車の動きを見つけたアルシェの〈雷撃(ライトニング)〉で真っ先に片付けられていた……。
 一度『バレアレ薬品店』を去ったはずの『フォーサイト』のメンバーは、アルシェの〈屈折(リフレクター)〉の魔法で午後3時過ぎには『バレアレ薬品店』内へ再度集結し潜んでいた。
 直前で先制攻撃する為にである。

 薬品店への進撃について、既に結構な数の足止めに成功していた。
 それでも依然、約半数の馬車4台分の戦力が、馬車から降りて薬品店の正面と左右側面から迫ってきた。正面通りを屋根からリイジーが魔法で猛攻。
 店舗左は空からアルシェが、右も大窓前にはロバーデイクが陣取りトゲトゲの鉄球であるモーニングスターを派手に振り回し一蹴していた。
 そんな激戦の中でやはり、正面扉を打ち破って中へ潜入する者が数名いる。
 リーダー格の使い手達3名、首謀者の両上腕入れ墨男と覆面のガテン系男と長剣の女戦士。それと精鋭の部下4名だ。

「いけっ、抜かるなよ」
「突貫っ」
「稼ぎどきやでー」

 応接区画から部下4名が指示通り先に、次々と奥の売り場へと踏み込んだ瞬間。

「いかせねぇよ」

 その言葉が終わる時には、武器ごと斬られた4人の強盗が同時に床へ転がる。

「ギヤァァァーーー」
「うぁぁぁーーー腕がぁぁ」

 全員が両腕先を失っていた……。
 どこに居たのか、ヘッケランが両手にショートソードを握り姿を現す。

「次は、どいつだ? 掛かって来いよ。あー、出来れば一人ずつが楽でいいが」

 鋭い視線に、凄まじい殺気の籠ることを3名のリーダー達は否応なく感じる。この雰囲気は、ミスリル級冒険者『クラルグラ』のイグヴァルジが裏で見せた狂気に近いが、現状からそれ以上。

「なっ(アカン、太刀筋が全く見えてへん。暗闇の所為やない。それが両刀……!?)」

 長剣を担ぐブサ女は慌てた。
 ガテン系の覆面男も戦斧を握るが、相手の動きに接近戦は不利と柄を長めに構え直す。
 強盗首謀者の男は両腕の紋章を発動。シャーマニック・アデプトと呼ばれる大猿能力の憑依能力だ。両手に発生した大きな力をモンク技に乗せて拳を握り構える。
 それと並行して協力するリーダーらへ覚悟を告げる。

「一斉に掛かるぞ」

 他の2名も頷いた。強敵にそれしかないと。
 両上腕入れ墨の男が、勢いよく踏み出すと2歩進んだ先の足元へ転がっていた『腕』を正面の二刀流の男へと思い切り蹴りつける。

「今だぁぁーーーっ!」
「おうっ」
「死なんかい、アホーーー」

 3人は同じ光景を見た。
 蹴り込まれて宙を舞う『腕』を避けるどころか、二刀流の男は前進。『腕』は奴の体をすり抜けた。全ては残像と気付く。それ程の素早さであった。
 そして――3名の視界は間もなく暗転した。

 『バレアレ薬品店』を守る戦いは30分も掛からず終わった。
 難度40から50程の強盗団のリーダーら6人を全員拘束。内4人は重傷。捕縛総数は62人で怪我人は57人。逃走は3人である。殆どが動けないほど傷ついたか気絶していた。
 今後、捕縛者は前科も含めて裁判官や都市長に裁かれる事だろう。
 死者数ゼロについては、5人しか居なかった店側だが、リイジーも含め第3位階魔法詠唱者2名を擁し、全員が難度60以上と実力差が大きくあってこその数字だ。
 周辺住民から衛兵の屯所へ通報だけがされた模様。
 30名程の衛兵達が1時間半後に来た時、とっくに戦いは終わっていた。だから彼らは仕事をする。捕縛者全員が引き渡された。衛兵達はほぼ一般人で、及び腰なのも無理はない。
 尚、この頃には『フォーサイト』の面々の姿は、金貨500枚と共に見えず。
 ヘッケランは一つだけ条件を出していた。

『――ただな、俺達の事は内緒でお願いしたい。目立つのは少し……な』
『そうかい。それはわしが何とかするよ』

 リイジー婆さんはこれでも各所へ広く顔が利く。
 衛兵隊長の「他に協力者が数名いたとも聞いたが?」の質問に彼女は豪快に答える。

「わし一人の魔法で追い返してやったんじゃ。……あんた、わしの言葉に文句あるのかい?」
「ですが、居たという――」
「――あんたや衛兵総長の愛用しておるアノ(痔の)薬が無いと困ると思うがのう? ワシは気分屋じゃぞ?」
「い、いや。分かりました。凶悪者捕縛協力への感謝を。では失礼します」
「うむ」

 イミ―ナの弓矢も立ち去る前に概ね回収されている。庭奥の地面に刺さっているのは「凶悪犯の連中の物か、うちの騒ぎに御近所から飛んで来たんじゃろ」とまで言うつもりでいた。
 強引過ぎる言葉で衛兵隊長の質疑を押し返し、一件は無事に落着した。



 さて、『フォーサイト』の4名は、高級宿屋へ真夜中の帰還となったが、飲食街の一部はまだ開いている時間。
 戦闘の汚れさえも魔法で取り去っており、特に受付で咎められることもなく入館した。
 宿まで歩いた帰路で、ヘッケランは一つの重たい質問をアルシェへと投げている。

「お前はこれからどうするつもりなんだ?」
「……御免」

 アルシェは、これまでの経緯もあり先に謝る。
 ヘッケランは慌てて捕捉する。

「ああ、分かってる。あんな可愛い妹達がいるんじゃな。以前のような、危険な矢面に立ち続ける仕事は難しいって事は理解してる。そうじゃなくて、何か考えてるかって事だぜ?」

 先程の仕事で各自金貨125枚ずつを山分けした。
 これだけ有れば、贅沢をしなければ街中でも数年は普通に暮らせる。
 はじめ他の3名は100枚で、これから大変なアルシェが200枚受け取れと告げたが、少女は均等割りじゃないと受け取らないとなりコレで落ち着いた。
 本当は、エ・ランテルまで妹達を連れて来てくれたから、アルシェは全く受け取らないと言おうとも思った。でも、それは仲間としての有り難い行動へ金銭を絡める事になり大いに怒られると気付いたので、均等割りで妥協していた。
 先の質問について、アルシェは纏まらないながらも伝える。

「明日、皆で話したいと思うけど、決まってる事は妹達と一緒に平和に暮らしたい」
「そうか。――いいんじゃないか、アルシェらしくて」
「確かに、アルシェらしいですね」
「そうよね。また可愛らしい家に住むのかしら?」

 そこからはあの小さな可愛い白い家の話のあと、メイド少女を連れて来た件になる。
 アルシェ的にメイド少女の()()については凄く助かり感謝の思いしかない。
 仕事で家を離れる時に、妹達が懐いている彼女が居ればとても安心であると。少なくともあと4、5年はいてもらって、そのあと望むならばしっかりした男の人と一緒にしてキチン送り出してあげたいと語る。
 すると、イミーナがロバーデイクへ肘でツンツンと攻撃を掛けていた……。

 宿屋の受付から『フォーサイト』の4名は其々の寝室へと向かう。
 部屋の割り振りは、ロネと双子姉妹では不安と言うのでイミーナも同じ一部屋なのだ。それもあって、ヘッケランとロバーデイクが同じ部屋となっている。
 アルシェとブリタはツインが無かったので別々という形であった。

 翌日、アルシェの今後についての話し合いだが、部屋割り的にどこかへ集まるのは難しそうで、午後に宿屋の広めの屋上の一角で一席を設けた。
 それには、早朝からアルシェの部屋へウレイリカとクーデリカが押しかけ、姉を一時も離さないという状況もあったからだ。
 昨日の再開直後に再度引き離されており、無理もないと昼食や午後のお茶会もずっと一緒であった。なので、双子姉妹のお昼寝タイムと夜も早く眠る習慣を利用する事にした。
 午後3時から始まった『フォーサイト』の話し合い。
 場所は6階建ての5階にある部分屋上だ。奥行きのある庇の下にベンチとテーブルが数セット並べてある。その一つへブリタもメイド少女も席を外し4人で陣取って始まる。ただ、アルシェの今後の話だけに留まらない。
 他の3人の今後についても、いきなり話が出た。昨夜、少女が自身の大枠を語ったからだ。

「俺は商人の四男だからな。基本的に商売も嫌いじゃない。将来的には何か店を構えるのも有りかと思ってる。誰かさんも店番は向いてるだろうしな」

 そう言ったのはリーダーのヘッケラン。イミーナの顔をチラ見しながらだ。

「ぼんやりするのは嫌いじゃないけど。でもそれ、今起こっている竜の軍団との大戦争に王国が勝ったらの話でしょ? 現実を見てない話なら妄想とおんなじよ」

 彼女は相変わらず手厳しい事を言う。でも、彼との店での番は悪い気もしていない様子。
 ロバーデイクはイミーナの言葉にあった戦争と、そのあとに起こる事を危惧し憂う。

「私は、元々寄付などもしていましたが、今起こっている戦争が終わった時の大きな残り傷になるだろう孤児達を助ける施設を起こしたいと思ってます。けれど、まずは戦争に勝てるのか、勝つのも何年、何十年先になることかと……心配です」

 竜の軍団は300頭以上、との数字が帝国へも伝わっている。難度が不明なので希望は持ちたいが、普通に考えて絶望的な数字だ。
 古来より伝わる竜の成体難度は75辺りが最低基準。兎に角、飛ぶ上に頑丈さと攻撃力にブレスや知能が総合され、有り得ない強さと伝わっている。魔法剣でなければ傷すら付かないとさえだ。
 帝国から遠征軍が出る噂も帝都に流れたが、大きな隊列や兵站輸送を見ていない。
 フールーダ・パラダインが魔法省の精鋭を連れて出たのは、アルシェによると事実らしいけど。少数精鋭を送り込んだ可能性はありそうだが、フールーダがどこまで善戦出来るかだろう。老師さえも未経験のはずの規模。
 そういう部分は、4人の将来へこれから最初に直面する現実である。これら情勢について1時間近く互いに語られた。
 話し合う中、この戦争は苦戦し長引くのではと悲観的な空気が多く占めていく。リ・エスティーゼ王国はいずれにしてもボロボロになるはずだと。
 少しの沈黙のあと。アルシェが現状を見ての、当面の考えを伝える。

「――今既に、エ・ランテルの様な都市はどこも治安が悪そうに見える。だから、私はこの戦争が終わって落ち着くまでは、ロネや妹達とカルネ村にいるつもり」
「そうですね。都市内でも昨夜の様な事が起こる様では、各領主と騎士団不在の地方は、街や村で今後、組織的に大規模な略奪劇が発生するでしょう。その点、アルシェさんの村は、帝国軍からも一目置かれる将軍と小鬼(ゴブリン)軍団がいますからね。余程安全ですか……」

 ロバーデイクの話に、ヘッケランは考える。

(確かにな。アルシェを開放している点で、ある程度信用も出来る。ただ、俺達3人が歓迎されるかだが……ブリタという彼女も冒険者で最近移住した雰囲気だし、どうするか)

 帝国貴族から逃げているという部分を甘く見る事は出来ない。
 伯爵ともなれば、遠方の小さな街ぐらい経済力だけでも潰せる程なのだ。刺客も、その気になれば延々と複数を差し向ける状況も十分ある。
 その部分でも、エモット将軍と小鬼(ゴブリン)軍団は心強い。何せ、皇帝ジルクニフと交渉した連中なのだ。カルネ村へは帝国貴族達さえ、勝手にちょっかいを出し辛い。

「とりあえず、夜にまたアルシェの部屋へ集まろう」

 2時間近く過ぎており午後5時前。双子姉妹が動き出す時間と見て一度閉会する。
 程なく、やはりアルシェはクーデリカとウレイリカの突撃を受けて占領されていた……。
 夕食を終え、アルシェは姉妹とメイド少女らの部屋で楽しい絵本を読んであげて過ごし、姉妹達が安心して眠るまで共に居た。
 それから、彼女の部屋へヘッケラン達が集まる。冒頭は双子姉妹の話で和やかに進んだ。
 「二人は無敵だな」とヘッケランが笑う。屈強な彼も、二人に泣かれてはお手上げだったと。
 次に、昨夜の大捕物の経過についても少し出る。

「今のところ、私達の話は出て来てないわね。あのお婆さんがツブしてくれたみたい」

 帝国から逃げて来たのに目立っては本末転倒。絶対の条件だったが、普通は結構難しい話。
 それだけ、リイジー・バレアレが凄いのだと改めて皆で納得する。
 ここで唐突気味だが、本題に絡んでブリタの話がヘッケランから挙がる。

「ところで、ブリタさんだったか? 彼女はエ・ランテルの冒険者だよな?」

 イミーナの視線が一瞬鋭さを増す。でもこれは実に重要な問いであった。カルネ村では余所者はどうなるのかという見本としてだ。
 アルシェから、女戦士が冒険者を休業し、カルネ村に来てまだ4週間経ってない事実や、村人達と交流して自警団でも隊を任されてる状況などが伝えられた。

「そうかぁ」

 そこで、少し4人の間で沈黙が流れた。
 ヘッケランの腕を組んで視線を彷徨わせてる様子は、少し大きめの結論が出る前だと知る。
 アルシェも暫定的ながらまだチームの一員である。
 リーダが口を開く。


「よし、一度カルネ村へ行こう」


「そうね。双子の妹達も送って行きたいし」
「異論はありません。行きましょう」
「皆と一緒で嬉しい」

 アルシェの笑顔に、チームの当面の話が纏まった。

 2日後の朝、行きは2人だったカルネ村へ戻る馬車は一気ににぎやかとなっていた。
 ヘッケラン達の馬車は到着当日、高級宿屋へ行く前に、人当たりの良いロバーデイクによって売り払われている。此処からの移動は、全く違う馬車に変更する予定だったから。
 快晴の夏空の下、御者席に行きの成果を見せると麦わら帽子を被ったアルシェが座り、双子姉妹とイミーナも乗る。女性陣は皆、可愛い街娘姿であるっ。
 野郎2人が帰り路の護衛を買って出ていた。
 荷台には、ヘッケランにロバーデイクと少女ロネにブリタが乗り、村民から頼まれたブツもあって、十分狭い。
 昨日、街へ皆で繰り出した折に、ブリタは服と下着を数組イミーナから買ってもらった。
 滞在経費だけでは申し訳ないとしてである。金貨4枚以上支払っており結構良いモノばかり。
 アルシェも妹達やメイド少女へ洋服を購入していた。
 彼等の稼いだ金額を知るので、便乗させてもらったブリタはホクホク顔。狭さも我慢出来る。

「いやー、賑やかなのもいいよねぇ、はははっ」

 エ・ランテルから離れ、北へ向かう小道をゆるりと進む馬車の荷台へ彼女の笑い声が響いた。














 一つの大舞台(戦争)が幕を閉じ、御方の地上での境遇が激変しつつある中。
 アインズ……いや、モモンガには頭の片隅へ、ずっと燻っている考えがある。
 ギルド(アインズ・ウール・ゴウン)の存在の周知と待ち時間は十分に有ったはずなのだ。

(一体、どうなっているんだよ。未だに姿を見せないなんて……)

 そう、(ただ)の一人でさえもプレイヤー達が現れていないのだ。


 ――絶対的支配者の(モモンガ)は言い知れない『失望』を感じていた。


 でも此度の人類苦境の事態のみでの判断は早計。彼のこの目的(戦い)はまだ終わっていない。
 支配者は直近の変化に思う所もある。

「……俺が領主なんかになったから、俺の前に登場すれば顎でコキ使われるとか思ったのかもしれないしなぁ。それに、竜王国の件も(新舞台として)あるし」

 彼はまだ根気強く待っている。待ち続けていた。

 しかし、間もなく――()()()()()()を知る事で、どん底に突き落とされる状況になるとはまだ知る由もないアインズだった……。






補足)49話内の時系列

☆終戦9日前(開戦前日)
午前中  アルシェ、エンリとカルネ村へ

☆終戦7日前(開戦翌日)
午前中  フォーサイト&双子姉妹、帝都出発

☆終戦5日前
午前10:20?ツアレ&キャロル&メイベラ、王都ゴウン屋敷掃除中
     マーリン、王都市場で、子爵家家令補佐からの勧誘を断る

☆終戦3日前
午前11:4? フォーサイト、エ・ランテル到着

☆終戦日前日
午前07:3? アルシェ&ブリタ、カルネ村出発
午前10:3? アルシェ&ブリタ、モンスターと遭遇
午後06:2? アルシェ&ブリタ、エ・ランテル到着
午後07:2? アルシェ&ブリタ、フォーサイト探索開始
午後08:0? アルシェ&ブリタ、酒場へ
午後09:4? ザック、殴られる
午後11:2? ザック、アジトへ戻る
午後11:3? アルシェ&ブリタ、強盗と遭遇
午後11:50?アルシェ&ブリタ、宿屋の部屋へ戻る

★終戦日当日
午前00:2? レイナース、逃走開始。エ・アセナル内に潜伏
午前00:3? 竜王、撤退を決断 戦争が終わる
午前00:40 竜王、各地へ停戦・撤退呼びかけ開始
     アインズ、ヘカテーへ待機指示
     アインズ、レエブン候へ竜王撤退意志を報告、停戦要請
     レエブン候本陣へアンデッド部隊出現報告
午前00:5? 竜王、宿営地で停戦・撤退呼びかけ
     帝国遠征軍、撤退開始
     アインズ、デス・ナイト達へ撤収指示
午前01:00 アインズ、レエブン候本陣出る
     アインズ、ルベドを説教
午前01:15?アインズ、マーレへ〈伝言〉
午前01:2? 竜王、各地へ停戦・撤退呼びかけ完了(伝令指示は継続)
     アインズ、エ・アセナル内のアンデッド排除
午前01:3? アインズ、王国から頼まれた竜王とのアポを取る
     ガゼフ&ユリ、レエブン候の陣へ寄るも再度、王捜索へ
午前01:4? ズーラーノーン『混沌の死獄』の領域消失
午前01:5? 上位アンデッドの退避
午前02:00 ガゼフ、国王と合流
午前02:30?ガガーラン、『蒼の薔薇』復帰。リグリット、ツアー訪問へ
午前03:00?国王&ガゼフ、レエブン候の陣に到着
     アインズ、ガゼフに会う
午前04:00?アンデッド部隊鎮圧
午前04:4? 王国・竜王会談
午前05:00?会談終了、会場撤収
午前05:10?レエブン候&アインズら、エ・アセナルへ向け馬で出発
午前05:20?エ・アセナル北門前 日の出 
午前05:35?エ・アセナル内へ
午前05:?? 蒼の薔薇、帝都へ帰還するイジャニーヤと別れる
午前05:5? レイナース、都市復活がゴウン氏の魔法と知る
午前06:00 竜王軍団、評議国側へ撤退完了
午前06:00?アルシェ起床
午前07:00?エ・アセナル中央城へ
     アルシェ&ブリタ、フォーサイト探索2日目開始
午前07:5? アインズ、エ・アセナル領主を国王より譲渡される
午前08:00?国王&レエブン候ら貴族朝食
午前08:45?有志貴族の威力偵察部隊出撃
午前09:00?国王&レエブン候らエ・アセナル退去
     エ・ペスペルのオリハルコン級魔法詠唱者死亡
午前09:40?エ・アセナル有力者会議
午前10:00 レイナース、ゴウン氏がエ・アセナル領主になった事を知る
午前11:45?エ・アセナル中央城客室で休息
     モモン、アインザックらへ剣の修繕でエ・アセナル訪問希望
午前11:5? アルシェ&ブリタ、フォーサイトの宿屋発見
午後00:20 アインズ、ナザリックへ
午後00:30?王国軍主力の撤退が開始
午後01:35?アインズ、ナザリックを離れる
午後01:4? アルシェ&ブリタ、薬品店でフォーサイト&双子姉妹と再会
午後01:5? 蒼の薔薇、モモンらの宿営地へ
午後02:0? 王国軍主力の撤退がアインザックらへ開始が伝わる
午後02:1? モモンら、アインザックらの宿営地からエ・アセナルへ出発
午後02:5? フォーサイト薬品店で再集結
午後03:00 アインズ、エ・アセナル中央城内で貴族会議
午後03:4? モモンら、エ・アセナルへ到着
午後04:00?レイナース、ゴウン氏へ接触を図るべく商人を利用する
午後04:5? モモンら、アインズと面会
午後05:3? 偽モモンら、エ・アセナル中央城を去る
     シズ、ソリュシャンが正式に登城
午後06:00 アインズ、トブの大森林の街で新ゴブリン軍団と面会
午後06:3? 偽モモンら、アインザックらの宿営地へ帰還
午後07:00 アインズ、6時間の部分休暇に突入
     アインズ、休暇施設へ
午後07:20 アインズ、別の休暇施設へ
午後10:0? アインズ、カルネ村ゴウン邸へ
午後10:3? 竜軍団宿営地へ監察官到着
午後11:45 薬品店襲撃される
午後11:45 アインズ、休暇施設へ

★終戦日翌日
午前00:15?薬品店襲撃犯、全員拘束
午前00:50 フォーサイト、宿屋へ戻る
午前01:00 アインズ、部分休暇終了 日課と執務へ
午前01:1? 薬品店襲撃犯、衛兵へ引き渡される
午前02:0? アインズ、竜王へ会いに行く為、ルベドと合流
午前03:2? アインズ、竜王と接触
午前03:3? 竜王姉妹、アインズの言葉に従う
午前04:00?『漆黒』へ合流
午前中  レイナース、ゴウン氏からの手紙を受け取る
午前11:00 『竜王国への救援先発隊』最終打ち合わせ
午前11:30 『竜王国への救援先発隊』出発
午後02:30 (予定)レイナース、エ・アセナル中央城でゴウン氏と面会
午後03:00?フォーサイト会談その1開始
午後05:00?フォーサイト会談その1終了
午後08:?? フォーサイト会談その2開始
午後09:4? フォーサイト会談その2終了

★終戦日翌々日
??   フォーサイト&双子姉妹&ブリタ、街へ買い物に

★終戦日3日後
朝    フォーサイト&双子姉妹&ブリタ、エ・ランテルを出発
午後07:3? (予定)『竜王国への救援先発隊』竜王国首都到着



考察・捏造・補足)大商人や大商会といっても大貴族や都市行政庁より経済的には小さく抑え込まれていた
本作において、国家へ圧力を掛けられる程の巨大商人はいない感じ。
それを実現するとした時の、独自設定として考えてみました。



考察・捏造・補足)完全破壊された武器や防具
自然のサイクルを作って、再利用も考えてみました。
「時間を経るとゆっくり破片化し固めておけば後に鉱石化する」感じで。
遺産級(レガシー)以上は壊れにくいけど、代わりに復活しにくい設定。



捏造・補足)新小鬼(ゴブリン)軍団の上位陣の名前
御存じの通り皆、落語の演目からですね。
芝浜、子ほめ、犬の目、野ざらし、十徳、ガマの油、時そば、出来心、死神
どれも面白いですよ。



補足)ウォーターパークなざぶーん
コンプエース2018年10月号の表紙、アルベドの団扇に…



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