島津飛翔記   作:慶伊徹

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序章 島津義久との対面

 

 

時は戦国。下剋上の許された時代。

 

各地の守護大名は戦国大名化、失墜した将軍の権威など物ともせずに支配する領土を我が物とした。何故こうなったのか。当然ながら原因は室町幕府最初期にまで遡ることになる。

鎌倉幕府を倒した後、後醍醐天皇を退けて自らの政権を築き上げた足利尊氏は、功績をあげた武将や土着の武将を次々と『守護』に命じた。また、鎌倉幕府の守護よりも大きな権限を与えたために、室町幕府の守護は領国一国の支配権を確立した守護大名へ成長する。

相対的に将軍の権威は弱まってしまった。

そんな中、将軍の専制政治を目指した6代将軍『足利義教』が、なんと守護大名『赤松満祐』に暗殺されるという前代未聞の大事件が発生。これを嘉吉の変という。

この事件によって幕府の権威は大きく低下し、逆に守護大名の力は上昇した。その結果として守護大名の家督争いに端を発した未曾有の大乱、俗に応仁の乱へ繋がっていったのである。

しかし、応仁の乱後も足利将軍家は中央政権の長としての実力をなんとか維持し続けていたが、有力な守護大名である細川氏によるクーデターが発生。『明応の政変』と呼ばれる事件によって10代将軍『足利義稙』は京都から追放され、細川氏の傀儡となる新将軍が擁立された。

これが決定的であった。

室町幕府は中央政権としての実力と権威を失い、世は群雄の割拠する戦国時代へ突入していくことになった。

 

当然ながら『この世界』でも戦国時代に至る流れは同じである。京の都は荒れ果て、遂には13代将軍『足利義輝』も逝去し、三好家の傀儡とも呼ぶべき足利義栄が14代将軍に就任した。

此処まではよかった。思惑通りだ。

歴史の年表が所々食い違っていることを度外視すれば、俺の思惑通りに事が運んでいると大いに頷ける。まさに計算通りだった。

 

ーーの、だが。

 

齢10歳となった俺。

何故か伊集院忠棟に憑依した俺。

元服と同時に忠棟と名付けられた俺。

祖先の悪名を晴らす為に頑張ろうかな俺。

そして2つ歳上の島津義久様に拝謁する俺。

 

おかしい事は一つだった。

 

(何で島津四兄弟が島津四姉妹になってるんですかねぇ)

 

吹っ飛びそうな意識をなんとか保ちつつ、俺は此処に至った経緯を思い返した。

走馬灯とも言う。

決して義久様が12歳と思えない大人びた美少女だったからじゃないんだよ。

 

 

 

 

俺は平成の世の鹿児島の地で生を受けた。

人口減少に歯止めが掛からず、街を歩いても年老いた方々しか歩いておらず、過疎化の象徴と称しても過言じゃない光景を眺めながら少年期を過ごした。

そして中学生になる直前、祖父から聞かされた。俺は島津家から国賊と唾棄された伊集院忠棟の直系の子孫である、と。

既に苗字は変わっていた。それでも倉に遺された家系図は本物であるらしく、この頃から俺は島津だけでなく戦国時代に興味を持っていった。

もしも俺が伊集院忠棟ならどうする?

国賊と評した島津を内から潰すか。

それとも未来の知識によって島津家を史実より発展させるか。

様々な選択肢。妄想であるが、幾度も繰り返したもしもの世界と共に俺は進学校として有名な高校へ進み、地元から通える鹿児島大学へ入学した。このまま地元の会社に就職して一生を終えると考えていた矢先のこと、まさに唐突といって差し支えないタイミングで戦国時代へタイムスリップ。原因は不明。目が覚めたら何故か伊集院忠棟に憑依してしまっていたんだから驚天動地の極みだった。

最初は夢だと思ったんだ。

祖先の無念を晴らしたい一心で描いた夢物語だと。直ぐに覚めると。むしろさっさと起きろよと俺自身を詰るほどだった。

にも拘らず、一週間経っても現代に戻らない事実から俺は漸く本当に戦国時代にタイムスリップし、それも伊集院忠棟に憑依してしまったのだと否が応でも理解してしまう。

勉学は努力すればなんとか。運動神経も人並み。持ち前は生来からの前向きさだけ。俺は日頃から想像していた祖先の悪名を雪ぐを決意。やってやろうじゃねぇかと乳母のオッパイを口に含みながら目を輝かせるのだった。

 

だが、俺は冷静である。

元々史実でも能臣として有能だった伊集院忠棟のお陰か、現代の俺よりも頭の回転が速くなった気がする。

良くある転生者などの内政小説で小さい頃から父親や主君に献策する場面があるが、幾ら麒麟児と持て囃されても元服すらしていない若造の話を真に聞いてくれるだろうか。

答えは否である。少なくとも俺には無理だ。

先ずは麒麟児という嬉し恥ずかしい異名を保ち続ける。そして信頼を得るのだ。祖父は島津貴久様の筆頭家老だし、父も島津家家中から一目置かれている。

つまり、だ。

元服するまでに祖父と父から絶対的な信頼を勝ち取れば、必然的に俺が持ち出した献策は貴久様の元まで届けられる。

正直、今すぐにでも献策したいんだが、余りに異質なものだと気味悪がられること必定。最悪の場合を想定すると廃嫡される可能性すら無きにしも非ずというギャンブルっぷり。

分の悪い賭けは真っ平だ。

故に此処は我慢。とにかく我慢が大事。

まさに雌伏の時である。

小さい頃から古典を学び、孫子の書き記した本を読み、政治を習う。祖父や父に愛想を振りまくことも忘れず、不気味な子と陰口を叩かれないように悪戯を行い、屋敷を抜け出しては年相応の遊びに興じたこともあった。

そして得た評価は麒麟児の如き聡明さと無邪気さを兼ね備えた少年。次期当主と目される島津義久様の筆頭家老という地位を仮とはいえ約束されたのだった。

でもなんつーか、上手く行き過ぎて怖ぇ。

いや、史実でも伊集院忠棟は義久様の筆頭家老だったけどさ。こんなに早くその地位を手に入れるなんてな。ビックリですわ。仮だけど。仮ってなんだよとなるかもしれんが安心しろ。俺もよくわかってないから。

でもなんかもう島津四姉妹のせいで吹っ飛びましたわ何もかも。しかも美少女って。既に着物の上からでもわかる胸の大きさって。12歳だよねこの方。あり得ない大きさだよ!

詐欺じゃね?

詐欺だよね、これ!

 

「殿、孫の伊集院掃部助忠棟をお連れしました」

 

鹿児島湾を望む場所に築かれた内城の一室にて、我が祖父である伊集院忠朗が平伏したまま俺を紹介した。当然、俺も平伏している。

つか、顔なんて上げらんねぇよ。義久様はチラ見で確認したけど。まさに仰天したけど。

ともかく相手は島津貴久様。島津氏15代当主。混乱の続いた薩摩を平定。そして昨年、朝廷や室町幕府及び島津氏一門のほとんどから守護として名実共に認められた英雄。後の世では島津家中興の祖と称えられる英君だ。

こうして向かい合うだけでも圧倒される。自然と頭が垂れるとはこの事だ。まだ目も合わせてないっていうのに。

やはり英雄は違うな。俺にこの威厳は醸し出せねぇ。この辺も史実の忠棟同様、裏方がお似合いって事かもしれない。

上座に腰掛ける貴久様は軽やかに言葉を返した。

 

「うむ。ご苦労であったな、忠朗」

「もったいなきお言葉」

 

慣れたように答える祖父。

無駄な問答は必要ないのか、即座に貴久様の視線に晒される俺。背中に嫌な汗かいた。

 

「して。その者が例の麒麟児か。先日元服したとは聞いたが。面を挙げよ、掃部助忠棟」

「ははっ」

 

史実と違う点二つ目。

この世界では諱の意味がなかったりする。

諱とは言うなれば実名のこと。

古来から中国では実名を口にすると、その霊的人格を支配できると考えられていた。実名を知れば相手を支配できるため女性に名を尋ねるのは求愛を意味し、実名を記した呪符で殺す事も可能とされた。

だからこそ実名をむやみに明かしたり、他人が実名を呼ぶことは禁忌ともされていたわけだ。口に出すのを忌む名前。故に忌み名。諱となったわけ。

つまりドラマやアニメ、ゲームみたいに信長様とか秀吉様みたいに実名で呼ぶことはあり得なかった。通称や官職名を使っていたらしいんだけど、どうしてかこの世界だと普通に諱で呼び合ってるんだよなぁ。

 

取り敢えず面を上げる。

貴久様の隣にチョコンと座る義久様の可愛らしいこと。齢40近いと思えない若々しい容貌を保つ貴久様に、三国一の美少女と呼んで差し支えない義久様の並んだ姿は確かに血の繋がりを感じた。美男美女すぎるんだが。

 

「伊集院掃部助忠棟にございます」

「ふむ。利発そうな良い顔をしておる」

「もったいなきお言葉」

 

恭しく返答しながら頭を下げる。

俺は貴久様を一度拝謁したことがあった。

内城に居城を移す前、貴久様は伊集院城を拠点としていた。薩摩を平定する以前の話である。島津実久と相争っていた時期、鹿児島に進撃する為と南薩における実久方の最大拠点だった加世田城を攻略する為だった。

その際、祖父に連れられて入城した俺は人知れず貴久様を遠目から視認した。四年も前のことだ。なのに全く老けた様子が見られないのはどういうことなんだぜ。

英雄は歳を取らないのか?

全盛期の容姿を維持できるとか?

なんだよそれ。某戦闘民族みたいだな。

 

「忠棟よ。我が娘、島津義久だ」

「うふふ、初めまして。島津義久よ」

「お目にかかれて光栄にございまする」

 

今代当主と次期当主。

島津家の今後を左右する最重要人物と相対する俺は今回の拝謁に意味を見出せなかった。

理由が分からん。俺が元服したからか?

にしても史実だとこれから西大隈を平定するんだから俺なんかと会ってる暇ないと思う。

只でさえ史実よりも年表が前倒しされているのに。

実例で表すと、貴久様が守護として認められたのは薩摩を平定してから十数年間経ってからだったのに、この世界だと二年で済んでいる。俺みたいな未来知識持ちの人間がいるやもしれんと仮説を持ち出したのはその頃からだった。

 

「義久と語るのは後にせよ。忠棟、お主を呼び出したのは他でもない。麒麟児と名高いお主に二つほど問うためだ」

「貴久様が、私如きに?」

「うむ。簡単な問いかけよ」

 

笑う貴久様を眺め、俺は何となく今回の招集理由を察した。

もしかして『仮』ってそういうことなのか?

 

「これから俺はどう動く?」

 

質問内容が鬼畜すぎるだろ!

アバウトにも程がある。

どう答えろってんだそんなもん!

尊敬の念すら打ち破る不平不満を喉から飛び出す寸前で飲み込み、数秒間逡巡した後、俺は言葉を選びながら答えた。

 

「薩摩を平定し終えた貴久様は大隈平定へ向けて動くと思われます」

「理由は?」

 

間髪容れない問いに鼻白みながらも、俺は史実の歴史知識と変化している情勢を重ね合わせて、あり得る未来を想定して口にする。

 

「一つは居城を内城に移したことです」

 

伊集院城から鹿児島の内城に移った理由は明白だ。もはや薩摩方面で兵を動かす必要性がなくなったこと、今後兵を動かすのであれば大隈から北薩にかけてであり、また日向の伊東氏と対抗するにも鹿児島が便利であることに加え、海外貿易のことを鑑みれば伊集院の山の中では不便なこと。これら三つが挙げられよう。勿論、三面山に囲まれた要害の地であり、膨張していくであろう城下町に対応し得るのが鹿児島だったという点も含まれるに違いない。

計4つの理由だが、貴久様の今後の動きに関するのは一つだけだ。すなわち本格的な大隈平定に向けた本拠地移設である。

 

「ほう」

「もう一つの理由は、清水と加治木です」

 

そもそも既に大隈の清水城は落城している。

大隈国清水を本拠地とする本田氏を攻め立てたのは、何を隠そう俺の祖父である伊集院忠朗だ。本田氏は代々島津氏の国老を輩出する名家だったが、14代本田薫親が貴久様に叛き、約一年ほど前、祖父によって居城を落とされたのだ。

そして半年前、同じく祖父と父上に加え、樺山善久と北郷忠相らの軍勢に負けた加治木城主である肝付兼演は貴久様に降伏。薩摩のみならず清水と加治木周辺を占拠した。大隈平定への足掛かりは半ば整っている。

だが事ここに至っては『彼ら』も座しているわけにいかないだろう。必ず打開しようとする筈だ。

主君の表情を確かめながら、これに似た事を懇々と説明した俺に向けて貴久様は満足そうに頷いた。

 

「なるほど。とても10歳と思えぬ語り口だな。では忠棟。大隈平定の障害となる城はどこだ?」

 

これもまたアバウトだなぁ。

最終的に肝付氏の高山城か廻城かもしれないけど、それよりも前に落としておかないといけない要衝の城がある。

有名なお城だ。史実だと島津四兄弟の内、家久を除く全員が初陣を飾り、そして初めて鉄砲が合戦に使用された戦いの舞台となった城だ。

 

「岩剣城かと思われます」

 

どうして岩剣城なのか。

それは薩摩と大隈の国境に位置するから。

そして要害である岩剣城を落とすまでに至る道筋を史実と照らし合わせながら話し終えた俺は義久様と一緒に部屋から出された。

部屋の近くで待っていた女中に付き従い、俺は史実に於いて九州をほぼ全域支配する英傑の背中を追い掛けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「忠朗よ」

「はっ」

「噂の麒麟児、誇張表現かと邪推したが何のことはない。事実であったようだ。齢10にしてあの洞察力とは。末恐ろしいものだな」

 

島津貴久は隠さずに胸の内を吐露する。

それは信頼の証である。

これまでに培われた伊集院忠朗の功績は伊達ではない。貴久の父、忠良の代から仕え続けた忠朗は遠慮なく主君に意見出来るほどの立場でもあった。

 

「まだまだ未熟者であります」

 

首を横に振る忠朗。

重臣の言動に貴久は苦笑した。

 

「心にも無いことを申すな。お主も忠棟の話に終始驚いておったではないか。隠し立ては誉められた所業ではあるまい?」

「申し訳ありませぬ」

「よい。だが、どうやらお主も先程の件は初めて聞いたようだな」

 

忠朗は首肯する。

孫の成長を喜ぶ反面、忠棟の出した完璧すぎる答えにどう対応していいのか彼にはわからなかった。

 

「はっ。実を言えば儂も驚いております。前者の問いはまだしも、後者の問いに対する答えと今後の展望は予想の範疇を超えていました故」

 

忠棟は西大隈の雄『蒲生範清』が主導となって、北薩においてなお島津氏に抵抗する渋谷氏、祁答院氏、入来院氏らの一族に、菱刈と北原も加えた島津討伐軍を結成し、挙兵。そしてその軍勢は恐らく加治木城へ向かうと予想した。

 

「先ず落とすべきは岩剣城とはな」

「殿、驚くべき部分はそこではなくーー」

「わかっておる。耳にした瞬間は驚いた。だが落ち着いて考えると理に適っておる。蒲生茂清ならいざ知らず、嫡子たる蒲生範清なら叛いてもおかしくはない」

 

蒲生茂清は容態が悪いと聞き及んでいる。近日中に死去する可能性はある。そして嫡子の範清が島津家と対立するのは容易にあり得る話だ。しかし、それを伊集院忠倉から、つまり忠棟は父親から微かに聞き及んだ情報だけで推察してみせた。

歴戦の国主とそれを支えた重臣を思わず納得させてしまうほど洗練された読みであった。

貴久は思う。まさに麒麟児だと。

そして口にした。瞬間的に思い付いた事を。

 

「忠朗よ、あの小僧は龐士元の生まれ変わりかもしれぬぞ」

「鳳雛、ですか?」

「うむ。それほどの才気有りと見た。予定通り忠棟を義久の筆頭家老とする。しかしまだ幼い。明日から義久と共に経験を積ませるが構わぬな?」

「ははっ」

 

忠朗にとっても良き話である為、異などあろうはずも無い。50歳を超えても尚、島津家家臣団で最も発言力のある翁は孫の将来に夢を馳せながら平伏したのだった。

 


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