島津飛翔記   作:慶伊徹

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十一章 伊集院忠棟の葛藤

 

 

「ねぇ、源太?」

 

二時間前のことは記憶にない。

無いものは無い。見事に掻き消してやったさ。

親友だと思ってた奴が衆道に嵌るなんて。なんというカミングアウト。冗談も程々にしてくれと顔を引き攣らせたが、確かに戦国時代は衆道が極々普通な時代だったと記録にあるぐらいだからな。

それはもう色々とお盛んだったんでしょうよ。

俺の尊敬する武田信玄も家臣と組んず解れつの仲だったらしい。嫌な事実だ。頼むからそんな記録抹消しとけよ。主に俺の精神衛生の為に。

いや、いやいやいや。

今は武田信玄とかどうでもいいだろ。

島津家が天下を狙うにしても、俺の計画だと直接的に相対することは無いだろうからな。家康をぶっ潰してから史実通り病死でもしといてくれ。

 

「源太ってば」

 

とにかく俺の話に戻そう。

初体験が男の親友とか笑えねぇ。

どんな悪夢だ。狙っても無理な展開だぞ、これ。

久朗は良い奴だ。知勇兼備に勇往邁進、そして島津家に忠誠を誓う武将。見事に三拍子揃ってる。

なのにホモ。色々とかっ飛ばしすぎだろ馬鹿か。

ん?

いや、この場合はバイになるのかな?

ーーって違う違う!

アイツと今後どう付き合うかを検討しないと!

対応は三つある。一つずつ挙げていこう。

一つ、久朗をゴキブリの如く扱うか。

これは出来る限りしたくない。例え衆道に嵌った裏切り者だとしても、俺にとってみたら数少ない親友なんだ。有能な武将でもある。

今後、島津家が飛躍していくのに必要な人材の一人で、尚且つ貴久様からも次代の島津家を支えてくれと一緒に頼まれた間柄。俺たちの仲にヒビでも入ってしまったら義久様もどう思うか。きっと悲しむ。それは避けたい。

鎌田殿の件でも迷惑掛けたし、これ以上将来の負債を積むのは良くないだろう。

でも一応、対応策の一つとして考えておくことにする。

 

「意識はあると思うんだけどなぁ」

 

一つ、俺も衆道を嗜むようにするか。

アホか。却下だ。俺はノンケだ。女好きだ!

誰が好き好んで男を抱きたいと思うか。

この時代だと俺の方が異常なのはわかってる。

それでも五百年以上未来の価値観を持ち合わせてる俺からしてみたら、衆道なんてものは、天地がひっくり返ってもしたくないランキングぶっちぎりの一位なんだぞ。

いや、ホント、マジで勘弁してください。

衆道以外なら何でもしますから。

という事でこれは論外。

 

「こ、こうなったら強制的に行くしかないよね」

 

一つ、今まで通り付き合っていくか。

正直な話、これが一番まともな対応だ。

誰も悲しまずに済むだろう。

偽物だとしても平和が続くなら万々歳である。

長く続く平穏だと思えないが、一先ず俺のお尻は傷付かずに済む。島津家も内紛を起こさない。例え起きたとしても俺の方が異常者だから勝ち目なんて無いけど。やる瀬ない世の中だ。

なんにしてもだ。

これ以上の対応はない。これで行くしかない。

大事なのは常と変わらぬ心構え。衆道に嵌った男を相手にした事はないが、それでも軍師として鍛え上げてきた平常心に期待するしかないな。

よし、答えは出た!

久朗と次に会うのは早くても二ヶ月後か。

それまでに心の準備を整えよう。

恋する乙女みたいだがご勘弁願おう。

実際問題、俺もこれで一杯一杯なのだ。

ショックは大きい。正直泣きたい。

なんだかもう泣かずにいられない辛さである。

 

「この好機を逃す手はーー」

「何で衆道なんかに嵌ってんだ久朗ィいい!」

「うわぁっ!」

 

起き上がりながら世の不条理を叫ぶ。

血涙すら流しているかもしれない俺の放った怨讐を極限にまで凝縮させた声は、見慣れた薩摩琵琶がある十畳一間の部屋に反響して木霊した。

のだがーーどうして義弘様がいるのだろう?

何やら仰天した表情を浮かべて、腰を抜かしたようにお尻を畳に打ち付け、バランスを取るべく両手で身体を支えようとする様子は、俺が小首を傾げるのに足り得る要素を満たしていると言えた。

 

「何故、義弘様が俺の部屋に?」

「も、もう!」

 

一瞬惚けた顔をした義弘様は直ぐに姿勢を正す。

如何に凄腕の武将であろうと、男の前で脚を開くというはしたない格好を瞬時に正す辺りは名家のお嬢様としてしっかりと躾されている証拠だ。

ただ頬を膨らませるのはどうなんですかね?

怖くない上に可愛らしいが、お嬢様とは思えない表情である。

 

「急に叫んで驚かせないでよ」

「申し訳ありませぬ」

「まぁ、良いけど。でもどうして叫んだの?」

「それは……」

 

数瞬悩み、首を横に振る。

 

「義弘様にお聞かせするような事ではございませぬ。御身のお耳を汚してしまいかねます故。それより義弘様、出立は如何なされたのですか。まさか日にちをずらした訳ではーー」

「私がそんなことするわけないでしょー。まだ出立まで一刻あるもの。久朗に準備は任せたから大丈夫だよ」

「久朗……」

 

出立まで残り一刻。

つまり久朗が自室を訪れてから一刻しか経過していない計算となる。

この時間で何が起こったのか。

それは忘却の彼方に送った筈だ。

しかし、義弘様から聞かされた衆道の闇に堕ちてしまった親友の名前のせいで、否が応でも消したはずの記憶が走馬灯のように蘇ってしまった。

 

「あ、あの野郎……っ!」

「私も驚いちゃった。まさか源太と久朗が、ね」

「いや、ちょ、はぁ!?」

 

待て待て待て!

落ち着け、伊集院忠棟。

義弘様は島津四姉妹の次女だぞ。

俺如きが舐めた態度を取っていい相手じゃない。

早鐘を打つ心臓を正常に戻す。ため息を一つ。常日頃から心掛ける冷静さを思い出しながら平謝りする。

 

「先の言葉、面目次第も御座いませぬ。平にご容赦を。伏して謝罪申し上げまする故」

「そ、そんなに謝らなくてもいいって。義ねぇも言ってたけど、源太って私たちに不必要に恭しくしすぎだってば。もっと気楽に接してくれてもいいんだよ?」

「勿体なきお言葉。しかし我が身は島津家の家臣なれば、義弘様に無礼働くものなら切腹もやむなし」

「だから堅いって……。まぁいいや。源太のことだから簡単に変わる筈ないもんねぇ」

「何やら不名誉な感じが致しまするがーー」

 

いや、ここは引くべきか。

下手に突っ込むと藪蛇となりそうだ。

やれやれと肩を竦める義弘様に言葉を紡ぐ。

 

「話を戻しまするが、俺は衆道に興味など毛頭ござらぬ」

「私が駆け付けた時は組んず解れつだったよ?」

「あれは久朗が勝手に覆い被さってきただけに御座る。俺は離れろと叫んでおり申した。義弘様も聞いておりましたでしょうに」

「ほら、万が一ってこともあるから」

「有り得ませぬ!」

 

力強く言い切る。

言葉の節々に宿る怒りは久朗に向けてのもの。

思い出してみればあの野郎、静止する俺の言葉も聞かずに覆い被さってきやがったのだ。

只でさえ俺は貧弱で、奴は強靭な身体である。

押し退けることも叶わず、泣き喚いて誰か味方がやって来るのを待つしかなかった。

しかし、だ。家人は親友と衆道に励んでいるなと勘違いしたらしく、余計な人払いを行う始末。

最早ここまでかと絶望した直後に義弘様が参上。久朗をいとも容易く払い除けてくれたのだ。

まさに九死に一生。義弘様は命の恩人である。

 

「そっか」

「はい」

 

そんな奥底の感謝も伝わったのか、義弘様は嬉しそうにはにかんだ。

義久様とも歳久様とも違う可愛さに俺の怒りも急速に萎んでいく。昔と比べて可憐になったなぁと感慨深くなる。少し前まで男の子みたいだったのになぁ。時が経つのは本当に早い。俺も十七歳になったしな。

 

「なら、さ」

「どうかなされましたか?」

「源太は男の人と、その……変なことはしないんだよね?」

「無論。他人が行うのは止めませぬが、俺個人としては行いませぬな。何があろうとも絶対に」

「それは、どうして?」

「義弘様?」

「どうして男の人と変なことしないの?」

 

どうして、と問われると反応に困るな。

男同士で仲睦まじく寝るなんてホモじゃん。

なんて言えたら楽なんだけど。

確かカトリックも同性愛を禁じてるし、何より非生産的だし、そもそも女性と寝る方が精神的な充足感も大きいし、というか絶対条件として男と寝るなんて気持ち悪くて無理です勘弁して下さい。

かと言って二十一世紀の価値観を持ち出すのも気が引ける。

だが、戦国時代は衆道が普通だ。価値観の相違と片付けるのは簡単だけど、義弘様を始めとしたこの時代の人間に通じる訳がない。

場に相応しい答えが思い付かず部屋は沈黙に包まれた。脳をフル回転させて何か口にしようとした矢先のこと、意外にも義弘様が口火を切った。

 

「好きな人がいるから、とか?」

 

頬を染めて、上目遣い。

齢十七に相応しい女らしさだった。

 

「好きな人とは、意中の相手ということでしょうか?」

「うん」

「意中の相手となると考えた事もありませぬな。今はお家の為、義久様の為にお時間を使いたく思うております故」

 

好きな女性、か。

そういえば考えたこともなかった。

十歳までは伊集院家の麒麟児と呼ばれるに相応しい行動と実績を積む必要があった。義久様の筆頭家老となってからは、三洲平定に必要な六年計画を遂行する為に東奔西走していたからな。

そもそもな話、俺と婚約する女性はお祖父様かお父様がお決めになるだろう。政略結婚と呼ばれる奴だ。二十一世紀の日本ではないのだから、恋愛結婚など夢のまた夢。考えるだけ無駄。誰かに想いを寄せるだけ時間と労力の無駄と言える。

なんか枯れてるなぁ。自覚はあるさ。

でも仕方ない。これが現実だ。既に諦めている。

 

「はぁ」

 

にも拘らず、義弘様は大きく嘆息した。

 

「源太だからそうだよねぇ」

「何やら馬鹿にされた気が致しますが……」

「参ったなぁ。義ねぇの想像通りだよ」

「義久様が何か?」

「ううん、何でもない!」

「何でもなくはないでしょうに。義久様は我が主君であられまする。あの方の身に何かありましたか?」

「これを本気で言ってるんだから凄いよね。でも仕方ないか。私の選んだ事、お父さんにはもう言ってあるしね」

「?」

 

突発性な難聴を発病した訳ではないが、義弘様の言葉がよく分からない。

何やら一人で納得しているみたいだからな。

義久様に大事なければそれで良しとするか、うん。

触らぬ神に祟りなし。

女性の独り言は無視するが吉。

前世の祖父がくれた言葉である。先達は良い言葉を残してくれた。世の真理を突いてる気がする。

 

「所で、義弘様」

「なに?」

「今の内にこれをお渡ししておきまする」

 

懐から書状を一通取り出す。

厳重に封を施してある。

俺が自ら書き記した書状だ。

 

「これは?」

「俺が予想した今後の情勢と伊東家の動き、そして日向を併呑する為に必要な策が全て記載してありまする。戦上手な義弘様に余計な気遣いかと愚考しましたが、備えあれば憂いなしという言葉を思い出しました故、もし万が一己が行動に不安がありましたらお開きくださりませ」

 

義弘様は日向へ出陣なさる。

単身ではなく、1500の兵士と共に。だが、其処に俺は含まれていない。久朗を始めとした武将を率いて、殆ど孤立無援の敵地に赴こうとしている。このぐらいの保険は掛けておくべきだろう。

戦場では何が起こるかわからない。

六年を費やした計画も絵空事に終わる可能性だって無きにしも非ず。負けたら死ぬ。だから出来る限りの準備はこなさなければならない。

それが軍師として、家臣としての務めだ。

勿論、こんな所で『猛将』島津義弘を失うわけにいかないという打算的な理由もあるけども、許してくれるとありがたい限りだ。

義弘様は書状を受け取ると、何故か何度も裏表を確認してからおもむろに口を開いた。

 

「源太、これって何時書いたの?」

「今日のお昼に書き記しました」

「今後の情勢を?」

「無論。ここまで事態が発展すれば今後の情勢など容易く読めまする。伊東家が取りそうな行動と付随して、それらに必要な策も全て記載しております」

「そ、そう……。ありがとう、源太」

「勿体なきお言葉。久朗からお救いして頂いたことも含め、重ねて感謝申し上げまする」

「いいって。源太は大袈裟よ」

 

親友の魔の手から助けてもらったんだ。土下座程度で感謝の念は尽きない。いずれちゃんとした贈り物を渡さなければ俺の気が収まらなかったりする。

 

「そろそろ港に向かうね。久朗も待ってるだろうから」

 

ふと、苦笑しながら義弘様は立ち上がった。俺も倣う。静かな通路を渡り歩きながら淡々と言葉を交わす。

 

「ご武運を。次に会う時は三洲を平定した頃かと。義弘様の武名が日ノ本全土に響き渡っている事でしょうな」

「私としては源太と義ねぇが一番大変だと思うけど。6000の敵をどうやって相手取るか、私には想像もできないもの」

「では、どう防いだか、楽しみにしておいてくだされ」

「うん、楽しみにしてる」

 

玄関を経て屋敷の前へ。

新月特有の闇夜が広がっている。一寸先も見えない暗さに眼を細める。闇に眼を慣らすと、義弘様が笑って書状をヒラヒラさせているのが見えた。

 

「じゃあ行ってくるね。これ、ありがとう」

「いえ。吉報をお待ちしておりまする」

 

港へ駆けていく義弘様の後ろ姿。

一人に思えるが、彼女は島津四姉妹の次女。次期当主の妹。間違いなく闇に紛れるようにして忍が護衛している筈だ。三太夫はこういう所でも役に立つ。島津の忍が飛躍的に増大したのも奴のお陰なんだから。

 

「色々あったが、ようやくだな」

 

下準備は終わらせた。

貴久様は肝付家を叩く為に大隅へ。

義弘様は飫肥城へ遠征。日向を征伐する。

そして、義久様と俺は薩摩へ攻め込もうとする愚か者を迎撃。完膚無きまでに殲滅する。

軍備は十二分。兵糧は十分。兵士の士気も高い。

 

「それにしても……」

 

人知れず頭を掻く。

 

 

「久朗と言い、義弘様と言い、思春期なのか?」

 

 

 

 

 


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