島津飛翔記   作:慶伊徹

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一章 川上久朗との成果

 

 

「やっと、完成か」

 

試行錯誤を繰り返すこと1年。二桁を超える木造の残骸を背に、俺は鹿児島に築かれた屋敷の庭で達成感に浸っていた。

長かった。本当に長かった。

ここまで農具の開発に苦労するとは予想外である。現代で読み漁った内政小説だとめちゃくちゃ簡単に作ってたってのにさ。

俺、これでも手先が器用な方なんだけどな。

 

「おぉ。源太、これが千歯扱きとやらか!」

 

隣で騒ぐのは俺と同い年の子供だ。

名を川上源三郎久朗。史実に於いて若い頃から知勇兼備の誉れ高く、その才能は忠良様や貴久様にも高く評価されていたらしい。家老職に任命され、谷山の地頭にまで任命されるという異例の大抜擢を受けている点から鑑みても相当優秀だったんだろう。最終的に義久様の命で老中となった。大出世すぎる。

ただこいつは結構早死にしてしまう。

それも島津義弘様を護るために。

まさに忠臣。俺も、見習いたいものだ。

 

「ああ。随分と手間取ってしまった」

「仕方あるまい。このような農具は俺も見たことがない。源太、初めてお主に相談された時は目を疑ったのを覚えておるぞ」

 

義久様と貴久様に拝謁叶ってから早くも2年の歳月が過ぎた。元服するまで驚くほどに緩やかだった時間は怒濤の如く流れていった。

貴久様の妙な質問に答え、部屋から追い出された俺だったが、義久様と初めて言葉を交わし、とても12歳と思えない貫禄ぶりに畏敬の念を抱いたことは今でも色褪ずに胸に刻まれている。

俺がこの方を天下人にするのだ。

そう考えると一刻でも早く献策したい欲求に駆られた。10年間で様々な観点から取捨選択した内政に関する献策は幾多にも重なっている。吐き出したい。認められたい。そんな気持ちを抑え込むのに苦労したものだ。

その後、祖父から改めて島津義久様の筆頭家老に任ぜられたと聞いた。早速その場で口を滑らせそうになったものの、裏付けを取るために1年間だけ我慢した俺を誰か褒めてほしい。まぁ取り敢えず、俺は万全の状態で内政チートを一つだけ口にしたのだった。

当初は懐疑的だった祖父。父上も顔を顰めていた。当然だ。あまりに奇抜。それでも話を聞いてくれたのは麒麟児という異名と築き上げた信頼からだろう。

微かに記憶にある方法を実演してみせた。

その結果は問題点がありながらも祖父と父上を納得させられる物だったらしく、すぐさま貴久様に話が行き、改良に次ぐ改良を重ねていき、最終的には俺を関与せずに最善方法まで辿り着いてしまった。

そんなにも欲しかったのかよ。

若干呆れる俺。気持ちはわかるけどね。

甘いのに飢えてたしさ、ずっと。

 

「まったく。砂糖の件といい、お主の頭はどうなっておるのやら」

 

そう、俺は砂糖を作りたかった。

種子島時堯は貴久様に服従している。鉄砲も見せてもらった。持たせてもらったけど半端なく重い。持ったままだと俺は走れないな。12歳の小さな身体ってこともあるけど。

兎にも角にも。祖父から『甘蔗』、つまりサトウキビが既に種子島にて栽培されていると聞いて、現代の頃に妄想して調べていた黒砂糖の製造方法を思い出したのだ。

史実だと西暦1688年に伝わるらしいがそんなこと関係ない。気にしてもいられねぇ。シラス台地のせいで面積の割りに石高の低い薩摩を本国にする島津家にとって切り札ともなる産業なんだからな。

白砂糖と比べて黒砂糖の製造は簡単だ。サトウキビの茎の絞り汁を加熱し、水分を蒸発させて濃縮したものを冷やして固める。酸性を中和し、不純物を沈殿させやすくするために絞り汁に石灰を混入。その後、高温で炊き上げる。浮いてくるアクを取るために、木箱の上部に布を貼ってしまえば勝手に入っていく仕組みである。途中から全部、試行錯誤の末に見つけた方法だ。つまり俺はあまり関与していない。恐ろしきは甘い物への執念か。

白砂糖の方法もかろうじて覚えてるが、其方は上手くいくかどうかわからない。ぶっちゃけるとほとんど忘れかけてる。製造過程は複雑だし、何より黒砂糖だけでも十二分に反則技だからな。

これだけで島津家の財政状況は明るくなるだろう。この時代、砂糖とはそれだけで凄まじい価値を持つ。

ただ人手が足りない。今年から本格的に着手する砂糖製造に必要な人員をどこから運んでくるか悩み、そして考え付いたのだ。

手頃な農具があったじゃないか、とな。

後家潰しという異名を持つ千歯扱き。

非効率な扱箸による脱穀は村落社会において未亡人の貴重な収入源となっている。その労働を奪ってしまうから後家潰しと呼ばれた。

本来は問題点となってしまうそれも、労働力を確保したい此方からすれば願ってもない話なのである。

故に製作に取り掛かった訳だが、万難を排する為に同い年の久朗に手伝ってもらってもなお此処まで苦戦するとは考えてなかったよ。

何とか間に合って良かったぁ。

ホッと一安心。

でも隣が本当にうるせぇ。

つかペシペシ頭叩くなって!

俺より身長高いからって調子乗んなよお前!

 

「ふむ、そうだな。叩き割ってもよいか?」

「よくねぇよ馬鹿野郎。殺す気か」

 

実際に出来そうだから困る。

コイツ、史実通り本当に優秀だ。

千歯扱きの製作図を見て、その用法を軽くだけど理解しやがったからな。本当に早死にが悔やまれる。

天才ってのは案外近くにいるらしい。コイツとの出会いは最悪だったけど、それでも今では腹を割って話せる貴重な友人である。

 

「あははは、源太相手なら楽だぞ。お主、知恵は巡るくせに武道はからっきしだからな」

「煩い! 俺とて人間。苦手なこともある!」

 

痛い所を突きやがる。

久朗の言う通り、俺に武道の才能は無い。

碌に槍を振るったこともない雑兵と一騎打ちすれば勝てるだろうが、武将として認められる腕前を持つ相手だと一蹴されること請け負いの弱さだ。残念なことに、誇張表現とかでは一切なくマジな話である。泣けてくるぜ。

12歳だからとかそういうことじゃなく、祖父や父上も認めざるを得ない運動神経の無さだった。無論、馬には乗れるけど。馬上槍とか無理無理。出来る人間なんて化け物だよ。

 

「むしろ無ければ困り物よ」

「は?」

 

久朗は和やかに笑う。

出来上がったばかりの千歯扱きを叩きながら続けた。どうでもいいけど壊すなよ、お前。

 

「なに、俺の立つ瀬が無くなってしまうだけのことよ。お主は知略で、俺は武術で島津家を盛り立てていこうではないか!」

「一々大声出すなって。ここはお前の屋敷じゃないんだぞ。イタ、イテッ、叩くな、叩くなって! 嬉しいのはわかったから!」

 

1年掛けて作り上げた。

殆ど自作だ。お互いに島津家家臣の嫡子であるが簡単に職人を使うわけにもいかないからな。暇を見つけては自分たちで木を切り、寸法通りに木を削り、歯はからみ釘が無いため竹を代用した。

怪我したり、諦めかけたり、出来なくて苛々してしまって喧嘩したり、紆余曲折がありながらも無事に完成したんだ。久朗のように大声出して喜びたくなる気持ちはすっごくわかるよ。

ーーただ。

何回も何回も背中叩くんじゃねぇ!

 

「やめろっての!」

 

無理矢理振り払う。

久朗は軽やかな足取りで躱した。

 

「おっ、と」

「とにかく、だ。本当にコイツで脱穀できるか確かめないといけない。ちょうど収穫の時期で助かったよ。稲、持ってきたよな?」

「もちろん」

 

片手で軽く持てる程度の数だが、これだけ有れば充分だろう。

早速、完成したばかりの千歯扱きを活用する時が来た。どうせ貴久様にお見せする時にも実践してみせるけどさ。

木製の台に付属した足置きを踏んで体重を固定。櫛状の歯の部分に刈り取った後に乾燥した稲の束を振りかぶって叩き付ける。そして引いて梳き取るのだ。

稲の場合だとこれで穂から籾が落ちるため脱穀は完了。扱箸と比較にならないほど脱穀の能率は飛躍的に向上する。

本当に完成したかどうかを計る試験は無事クリア。後はこの農具を祖父か父上、もしくは貴久様に見せるだけだ。

 

「ただなぁ」

 

問題点は一つ有る。

そのせいで島津家家中は俄かに慌ただしくなっていた。ついに『奴』が馬脚を現したというか、史実と違って『奴』は島津家に先手を取られそうになっているというか。それもこれも俺のせいなんだが。

 

「どうしたのだ?」

「ご祖父様や父上に加え、殿も最近お忙しくあられる。下手に時間を取らせるのはなんとも気が引ける」

「確かに。ならば義久様にお見せしよう!」

「義久様に?」

「うむ。義久様は次期島津家当主となられるお方なのだ。千歯扱きの件について報告するのは筋ではないか」

「そう言われるとそうだが、義久様とてお忙しいだろう」

 

俺は今日の仕事を終わらせている。

じゃないと千歯扱きを作っていられる訳がない。もしも仕事をサボっているところを見られたら怒鳴られる程度じゃ済まないんだよ。

なんにせよだ。義久様は未だ14歳。正式に家督を譲られてもいない上に、そもそも貴久様が殆ど執務に取り掛かっているため仕事量は然程多くない。義久様の筆頭家老である俺もまた然り。

こういう時は、能臣として優秀だった伊集院忠棟の頭脳に感謝する俺であった。少ない仕事だがあっという間に片付く。

 

「行ってみなければわかるまい。ともかく早急にお見せしに行こうぞ!」

「あ、おい!」

 

12歳の身体で千歯扱きを持つのは重労働以前に無理な話である。だからなのか、久朗は片方を持ち上げて、俺にはもう片方を持てと顎の動きで指図しやがった。

別に俺は了承してないっていうのに。

そもそも、結局内城に持っていくんなら、貴久様や祖父にお見せしに行くのと大差ない気がする。

いや。

これ以上は野暮になるか。

友人の嬉しそうで楽しそうな笑顔を曇らせるのも気が引けた俺は、仕方ないと口に出しながら久朗に倣って千歯扱きを持ち上げた。

うっ。中々に重いぞコレ!

 

「いざっ」

「この馬鹿力がっ」

 

自然と漏れる悪態もなんのその。

久朗は笑いながら歩き出す。

つられて、俺も安堵感から笑ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

内城は簡単な屋形作りの平城である。

中世の城郭は多くの場合だと居館と別に、純粋な軍事拠点として攻め難く守り易い点から急峻な山に築かれた。

確かに山上に築かれた城は急激な斜面という利点もあるが、地形的な制約から曲輪を相互支援できるように配置するのが難しい。

史実では戦国後期以降、動員兵力の増加や鉄砲の登場などによって落城までの期間が短くなった。こうした戦術の変化を背景に、山城から平山城、平城へと形態が移っていく。

有名な平城といえば多聞城や安土城がある。

なんにしても平野の台地に築かれるようになった近世の城郭は、軍事拠点であると同時に大名の領国支配の拠点として、政治的又は経済的意義も重視された。

内城の場合だと東福寺城を後詰めの城として置いてある為、ことさら政治や経済を考えて設置されたお城と言えるだろう。

つまり俺が何を言いたいかというと——。

 

「平城で助かったよ。重たすぎだ、コレ」

 

内城の庭に置かれた千歯扱き。

此処まで運ぶのでも疲れた。

涼しげな顔の久朗は何なんでしょうかね。

化け物かな。化け物だろ、こいつ。

 

「情けないぞ。男児たるものこの程度で音を挙げてどうする。途中で門兵も手伝ってくれたではないか!」

「返す言葉もござらん」

 

反論するのも面倒だ。

最早見慣れた内城内部。太陽の位置から察するに申の刻間近か。現代の時間で直すと午後四時前後だろう。

義久様の下へ急がないと。足腰に喝を入れる俺を尻目に、久朗は一歩早かった。

 

「お主は此処で待っておれ。俺が義久様をお連れしてくる」

「え? あ、あぁ。頼むよ」

「委細承知。源太は息を整えておけ」

 

走り出す久朗の背中を眺めながら、俺は千歯扱きを背凭れ代わりにして腰掛けた。

農繁期の4月下旬。夕暮れどき特有の肌寒い風が額の汗を乾かしていく。

 

「ふぅ」

 

今の所、俺の評価は上々だ。

この2年間、大きな戦が起こらなかった。精々小競り合い程度。元服したての若造に采配を取らせる馬鹿もいないから軍事的な発言力は皆無だが、砂糖の件や帳簿の管理などの功で内政に関しては頼られるようになってきている。麒麟児という異名は元服した後も中々に役立つものだ。

これで問題ない。予定通りである。

初陣は恐らく岩剣城の戦い。

この戦で功を挙げれば大隈平定の際に従軍を許されよう。史実より早い九州統一を成し遂げる為には肝付家に10年も構ってられん。

いや、肝付兼続は優秀だったと聞く。それを一蹴するにも岩剣城の戦いで鉄砲の有用性を島津家全体に知らしめないとなぁ。

 

「あら〜。源太くん?」

 

つらつらと今後の予定を立てていると、唐突に聞き覚えのある間延びした声が耳に飛び込んできた。

咄嗟に跳ね起きる。

片膝を付き、主君の名前を呼んだ。

 

「義久様!」

「うふふ、源太くんは大袈裟ね〜」

「決して大袈裟ではありませぬ。義久様は次期島津家当主であられます故」

「もうっ」

 

あら可愛い。

14歳となられた義久様。

三洲一の美貌は変わらず。むしろ美少女から美女へ成長するに連れて進化している。胸の膨らみも衰え知らず。既に凶器と化しているんだが、動き辛くないんだろうか。

いやはや余計なお世話か。

ただ将来のお婿が妬ましい。

この巨乳を好き放題に出来るなんてな。

 

「源太くんと私には壁があるわね〜」

「主君と家臣。壁があって当然です」

「そうかしら?」

「はい」

「お父さんと忠朗みたいになりたいわ〜」

「鋭意精進していく所存」

 

2年間、共に仕事をこなした。

砂糖の一件も手伝ってもらった。

それでも相手は島津義久様。史実だと島津四兄弟を纏め上げ、ほぼ九州統一を成し遂げた英傑。女性に変化していようと変わらない器の大きさは俺と凄まじい隔たりがある。

——って、あれ?

 

「久朗がおられませぬな」

「久朗? 私は今日会ってないわよ〜」

「擦れ違い、か」

「それでね、源太くん。それは何かしら?」

 

義久様が指差すのは千歯扱き。

当たり前か。

こんな見たこともない農具が内城内に置かれていて無視するのは不可能だろう。

怪しげな物ならいざ知らず、これは俺と久朗の造りあげた物だ。自信満々に答える。

 

「これは千歯扱きと申しまする。俺と久朗で造りました」

「あらあら。そうなの〜?」

「はっ。こういう風に使いまする」

 

千歯扱きの使い方を実演して見せると、義久様は可愛らしく口許に手を当てながら感嘆の声を漏らした。

 

「まぁ」

「扱箸より効率的に脱穀を行えます」

「本当に源太くんの頭はどうなっているのかしらね〜。私も誇らしいわ〜」

「恐悦至極にございまする」

 

それから10分近く義久様に千歯扱きの説明を行い、この農具を貴久様にもお見せしたい意思をお伝えした途端、城内が慌ただしく喧騒に満ちてきた。

何事か。義久様と小首を傾げた直後、息を荒げた久朗が駆け付け、姫君の姿を見た瞬間に片膝を付いて報告した。

 

 

 

「蒲生範清、謀叛。加治木城へ向け進軍を開始しました。義久様におかれましては評定を行う故、直ぐに殿の下へ駆け付けるようにと仰せです!」

 

 

 

遂に初陣の時である。

 


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