島津飛翔記   作:慶伊徹

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十九話 島津貴久への懇願

 

十月十一日、亥の刻。

論功行賞が終わってから早くも二日。

島津家の有する領土は薩摩一国から三ヶ国へ増大した。合戦で武功を挙げた者たちは主君である島津貴久から直々に新たな領土を与えられた。

彼らは地盤を固める為に一日でも早く内城から発つことに。朝から続々と大隅、もしくは日向に馬足を向けて出立していく。

佐土原城の城主を拝命した島津義弘は手勢を纏める必要がある。故に出立は明後日となった。

島津義久としては助かったの一言。

家族の内だけで話を済ませる為にも、武勇に優れた義弘は無くてはならないものだったからだ。

島津家の本城として栄える内城の一室。

家臣は勿論、女中すら立ち入る事を禁じた。

時間が時間である故、完全に寝静まっている。

そんな中、島津四姉妹は誰一人欠ける事なく部屋に集まった。

呼びかけ人が島津義久だった事に加え、義弘と歳久、そして家久までもどうして集められたのか理解しているからでもある。

蝋燭の火が燃える音だけが響く。

姉妹を集めた義久が口火を切った。

 

「みんな、ごめんね。こんな時間に呼び出して」

 

第一声の謝罪が響く。

私的であり秘密裏に全員を招集した事を恥じている様子だった。次期島津家当主だと誓詞血判をもって確約された長女が頭を下げる。

妹たちは全員が口を揃えて擁護した。

 

「大丈夫だよ、義ねぇ」

「はい。きっとこうなってしまうと予想していましたから。責めることなどしませんよ」

「多分、源ちゃんはわからないだろうけどね」

 

家久の辛辣な言葉に、義久は少しだけ笑った。

 

「そうねぇ。源太くんは気づかないものね〜」

「私の好意もわかってないみたいだしね。衆道に興味があるかと思ったら違ったもん。女の子そのものに興味がないのかな?」

「うーん、どうだろうね」

「忠棟はよくわかりませんから。此度の恩賞でも金子だけで納得するとかあり得ません。普通なら陪臣だとしても、どこか城を貰ってもおかしくないのに」

 

四姉妹それぞれが毒を吐く。

言葉通りの人物なら確かにおかしい。

纏めると、女性に対して全く興味を示さず、しかし衆道も嗜もうとせず、三大名の動きを全て看破してみせた神算鬼謀の報酬に対して『金子だけでいい』と答える無欲ぶり。

常人なら気味が悪いと答えるだろう。

何を楽しみに生きているのか。

それを他者が見て取れない人物は、古今東西通して気味悪がられる立場にある。

 

「そうなると、わたしも弘ちゃんみたいに内城から離れちゃうわね〜」

 

義久がわざと明るく言った。

部屋の空気を変える為に歳久も便乗する。

 

「お父さんに隠居する気が無いのなら別に構わないかと。大友家との決戦に勝利し、九州を平定するならいずれ島津の本城も変えなくてはなりませんから」

「えー。よしねぇまでいなくなるなんて嫌だよ!」

「なーに家ちゃん。別に私はいなくなってもいいの?」

「うっ。そ、そんなこと言ってないよー」

「あはは、ごめんごめん」

 

意地悪な物言いを謝る義弘。

よしよし、と頭を撫でながら思う。

佐土原城へ行けば姉妹と会う機会も少なくなる。こうして話し合うことも簡単に出来なくなるのだと。

四姉妹で仲良く笑い合う日常が崩れ去った。

これも戦国乱世の定め。

領土を拡大していけば必ず通る道だ。

わかっていても、寂しい事に変わりなかった。

 

「弘ちゃんは佐土原城だものね〜」

「うん、城主になっちゃった。でも驚いたわよ、まさかお父さんが日向へ行くのを認めるなんて」

「私が無理矢理認めさせました。弘ねぇが佐土原で日向全土に睨みを効かせる。それが大友家の南下を防ぐ一手として最も効率的でしたから」

 

歳久が貴久を庇うように言う。

確かに、鬼島津と他国を震撼させた義弘が日向入りすれば大友家は警戒するだろう。大友家による日向侵攻の足を少しでも止めておくことができるかもしれない。

だが、そうだと理解していながら貴久は娘と離れることを良しとしなかった。

最後の最後まで反論し続けて駄々をこね、一日掛けた歳久の無限正論に屈服し、遂には涙を飲んで義弘の佐土原城主を認めたのだ。

歳久もやり過ぎたと自覚していた。

だから貴久を庇う形となったのだが、義弘は慌てて手を横に振った。

 

「別に歳ちゃんを責めてないってば。私も城主を体験してみたかったからね。義ねぇより先に経験するのは申し訳ないけど、さ」

「後で身になる体験談を聞かせてねぇ」

「それは私も知りたいです」

「わたしもー!」

「えぇ、みんなもかぁ」

 

義久が気にしてなくて良かった、と胸を撫で下ろしたのも束の間、三人から城主の心得を掴んでこいよと宣告されてしまった義弘は自信なく俯く。

それでも、城主を任されたからには全力を尽くすのが義弘の性根であった。

覚悟したからには元気よく頷いてみせる。

 

「……うん、わかった。頑張ってくるね!」

「あらあら、無理して身体を壊しちゃ駄目よ?」

「身体だけは丈夫だからね、私。それよりーー」

 

言いづらくて言葉を切る義弘。

だが、歳久は淡々とその台詞を引き継いだ。

 

「私が見る限りだと、私たちの中で一番身体を壊しそうなのは義ねぇです。眼の下に隈がありますよ」

「ーーうん、今にも倒れそう……」

「あら〜、そんなこと無いわよ〜」

 

家久は心配そうな表情を浮かべた。

蝋燭の火でもわかる隈の濃さ。

三洲一の美貌と呼ぶに相応しい容姿にも陰りが見える。

ここ二日間まともに寝ていない証拠であろう。

にも拘らず、義久は微笑んで否定した。

それが何だか腹立たしくて、義弘は吠える。

 

「明らかに無理してるってば!」

「……じゃあ、弘ちゃんはいいの?」

 

その返答は、義久が口にしたと思えないほど平坦な声音による疑問だった。

まるで感情を亡くしてしまったかのようで、言い知れぬ恐怖から残りの三人は一様に身体を震わせた。

 

「源太の、こと?」

「お父さんが勝手に決めちゃって、源太くんも特に迷わずに頷いて、わたしたちには一言も相談しないで、それで源太くんにお嫁さんが来ても弘ちゃんは大丈夫なのッ?」

 

恐る恐る尋ね返すと、義久は目を見開いて叫ぶ。

こんな長女の姿は見たことがない。

三人の妹が見てきた義久の人物像は、何時だって冷静で、他人に怒鳴りつけた事がない優しい姫君で、誰からも好かれるような心優しい女性であった。

そんな女性が顔を手で覆い隠して何かを必死に堪えている。

島津家次期当主としてでもなく、島津四姉妹の長女としてでもなく、一人の男性を想い憂う義久の言動に当てられたのか、義弘の口は勝手に動いていた。

 

「変な感想だけどね。私は悔しい、かな。こんな時代だから政略結婚なのも仕方ないけどさ。それでも、私を差し置いて、あいつの事を何も知らない女が源太のお嫁さんになるのは悔しいよ。でも、でもね……お父さんが決めたんだから仕方ないじゃない」

 

島津家の当主は島津貴久である。

如何に島津四姉妹だとしても、当主である貴久の言葉には逆らえない。特に今回は島津家の今後を左右する重大な事柄である。

一個人の都合で変えていいものではなかった。

それが御家を危機に晒すなら尚更だ。

その事を最も理解している歳久が意を決したように告げる。

 

「私が、お父さんに献策しました」

 

義久がおもむろに顔を上げた。

 

「歳ちゃん?」

「龍造寺家と同盟を結ぶ為にです」

「どうして、源太くんを選んだの?」

「それが一番良かったからです。大友家が何時攻めてくるかわからない現状、島津家にしてもすぐに同盟相手が必要でした」

 

淡々と質問に答える歳久。

義久と家久は尚も追及を続ける。

 

「それはわかるわ」

「でも、何で源ちゃんになったの?」

「龍造寺隆信には息子が一人しかいません。強い結び付きの婚姻同盟とするには、私たち四姉妹の誰かが龍造寺隆信の息子に嫁ぐのが一番良いでしょう。しかし、お父さんは決して認めませんでした。龍造寺家もそれをわかっていたと思います。彼らは隆信の義妹である鍋島直茂を島津の重臣に嫁がせると言いました」

「だから、どうして源太にーー」

「お父さんの重臣たちはいずれも正室を持っています。加え、数年後には義ねぇが島津家の当主となるのです。未だに正室も持っていない忠棟に目が行くのは当然でしょう。幸いな事に彼は義ねぇの筆頭家老ですから、向こうもそれで良いと首を縦に振りましたよ」

 

貴久の重臣が鍋島直茂を娶っても良かった。

しかし、数年後には義久が家督を継ぐ上に、次期当主の筆頭家老は誰とも婚約していない。ならば伊集院忠棟を選ぶのが必然である。

現に龍造寺隆信も二つ返事で了承した。

歳久以外の三人もわかっている。

だが、納得できるかと問われれば首を横に振るだろう。

 

「源ちゃんはこれでいいのかな?」

「気にしてないんじゃない。源太ってば変わった様子なんて見せないもん。今日だって部屋に行ったらひたすら紙に何か書いてたしさ」

「何かの策でしょうか?」

「さぁ、どうだろ。でもわかるのは、源太が私たちの事を女として見てない事かな。悔しいのか怒りたいのか、自分でも変な感じ」

 

恋愛感情を抱かれていない。

そもそも島津の姫君としか見られていない。

義久に対しては違う感情があるかもしれないが。

現時点だと、少なくとも島津義弘は恋愛対象の適応外なのだとわかる。本人も認めるほどだ。

だけどーー。

 

「そんなこと、関係ない」

 

忠棟の唯一の恋愛対象かもしれない島津義久が、三人の誰に告げるわけでもなく掠れるような声で呟いた。

 

「へ?」

「義ねぇ?」

「関係ない、とは?」

 

家久が小首を傾げた。

義弘は思わず名前を呼んだ。

歳久は冷静に台詞の意図を尋ねた。

三者三様の反応も無視して、義久は心の内に留めておいた『本音』を口にする。島津家次期当主が口にしてはいけない我が儘を吐き出した。

 

「源太くんがわたしたちの事を女性として見てない事も、この同盟が島津家に必要な事も、今更取り返しが付かないこともわかってるわ。それでも嫌なの。そんなの全部関係ないって、源太くんを誰にも渡したくないって、そう考えてしまうのよ」

 

シンと静まり返る室内。

数秒間、誰も反応しようとしなかった。

誰に合わせるでもなく義弘たちは顔を見合わせてから、まさに驚いたと言わんばかりに感慨深く言った。

 

「本当に、義ねぇ?」

「私も義ねぇじゃないと思いました」

「……うん。初めてよしねぇの我が儘を聞いた気がするよ」

 

そう、これは義久の我が儘だ。

姉妹に対して溢した事のない純粋な欲の塊。

得するのは義久本人だけである。

島津家に仕える家臣たちが困るだけ。

そんな我が儘を、初めて義久は口にしたのだ。

驚き慌てる三人に対して、長女は自ら覆い隠していた殻を破ったかのように快活な笑みを浮かべてみせた。

 

「我が儘……。そうよね、これは我が儘よね。ふふふ、本当に駄目ねぇ。わたしは島津家の当主になるのに。でもね、どうしても源太くんへの想いは捨てられないの」

「私も本当は嫌だから。どうにか出来ないかなってこの二日間ずっと考えてたから義ねぇだけじゃないって」

「義ねぇも弘ねぇもわかっているのですか。これは島津家の将来に影響する同盟です。如何にお父さんの忠棟への私怨が混じっていようとも、内容自体は文句の付けようがありません。それを恋心で壊すなど言語道断。忠棟も喜びませんよ。あの者もわかっているからこそ、何も言わずに了承したのでしょう」

 

早口で捲したてる歳久。

ぐうの音も出ない正論の数々に、義久と義弘は意気消沈してしまう。そこまで言わなくてもいいのに、と長女と次女は同じ事を思った。

 

「う、うん」

「歳ちゃん、厳しいわ〜」

「厳しくありません。正論です。大友家と明日にでも決戦するかもしれない状況で、私心から御家を危険に曝すなど次期当主として紛れもなく失格です!」

「…………はい」

「…………はい」

 

歳久の言葉に頷くしかない。

彼女は何も間違っていないから。

正しい事だけ口にしているのだから。

しかしーー。

家久が何となく口にした一言が、今後の島津家の行く末を、未来を大きく変えた。

 

「だったらさ、よしねぇの我が儘を聞いた上で龍造寺家との同盟が壊れないようにすれば良いんじゃないかなー」

 

義久、義弘、歳久の三人が絶句した。

確かにその通りだからだ。

義久の我が儘を受け入れて、龍造寺家との同盟を断るか。

義久と義弘の想いを切り捨て、龍造寺家と同盟を締結するか。

いつの間にか、この二択に答えを絞っていた。

家久が提示したように『三つ目』の選択肢があったと言うのに。

だが、と歳久は瞬時に悟った。

 

「家久、それは……」

「できるの、歳ちゃん」

 

期待を込めた義久の双眼。

家族に嘘を吐きたくない歳久はゆっくりと首肯した。

 

「恐らくですが、出来るでしょう」

「あら、本当〜?」

「糠喜びさせたくありませんからハッキリ言います。難しいですよ、義ねぇ」

「大丈夫よ。ねぇ、弘ちゃん」

「うん、頑張るから」

「わたしも手伝うね!」

 

どうやら四面楚歌に陥ってしまったらしい。

損な役回りとなってしまったと内心で嘆く歳久は思わずため息を溢してしまった。

 

「はぁ、仕方ありません。一言で説明するとしたら、忠棟が義ねぇか弘ねぇと婚約。その上で島津家に婿養子として迎え入れます。鍋島直茂は側室として、龍造寺家との同盟を締結。義ねぇの我が儘を考慮するなら、これしか方法は無いでしょう」

「え、簡単じゃない?」

「うん。すごく簡単そうー」

「弘ねぇに家久まで……。はぁ、義ねぇならわかりますよね?」

「ええ、わかるわ〜。源太くんを島津家に婿養子として迎え入れるにはお父さんの許可が絶対に必要よ。それに、龍造寺家が鍋島直茂を側室とするのに承諾するかどうかわからないもの」

「付け加えるなら、義ねぇか弘ねぇのどちらかしか結婚できません。今の所、という冠詞が付きますけど」

「鍋島直茂を大事にしている、と少しでも龍造寺家に示す為かしら?」

「はい。それに厳しいでしょうが、義ねぇの気持ちを鑑みるなら、忠棟の気持ちも酌まないといけないと思います。以上、この四つの条件を満たせるかどうかに掛かっています」

 

一つ、貴久に忠棟の婿養子入りを認めて貰う事。

一つ、義久と義弘のどちらかが忠棟の正室を諦める事。

一つ、龍造寺家との同盟締結に罅を入れない事。

一つ、忠棟が義久か義弘のどちらかに好意を抱く事。

余りにも障害があり過ぎる。

先ず貴久を説得する時点で難易度が高く、島津四姉妹を女性として見ていない忠棟を惚れされる事で難易度は更に跳ね上がり、龍造寺家との同盟に罅を入れずに早期締結しなければならない為にほぼ不可能な地点まで急上昇する有様だ。

歳久ならば間違いなく諦める。

それでも、義久と義弘は立ち上がった。

晴れやかな笑顔を浮かべ、どちらからともなくお礼を口にした。

 

「ーー歳ちゃん、有り難う」

「うん。歳ちゃんのお陰で決心付いたしね」

「よしねぇたち、どこに行くの?」

「まさか、お父さんの所へ行くつもりですか」

「先ずはお父さんから許可を貰わないとね〜」

「改めて考えると無理そうだよね。お父さん、私事だと源太のこと嫌いっぽいし」

「あらあら。それは弘ちゃんが源太くんの事を好きって言っちゃったからよ〜」

「そうだけど。少し早まったかなぁ」

 

戸に手を掛けた瞬間、歳久は三人を部屋から出さないように立ち塞がった。

言って聞かないなら身体を張る行為だ。

普通なら絶対にしないだろうが、御家騒動に繋がる行為なら別である。身命を賭してでも此処を通すわけにはいかなかった。

歳久には島津家を守る義務がある。

次期当主である義久を諌める義務があるのだ。

 

「どうしても、行くんですか?」

「えぇ」

「だから退いて、歳ちゃん」

「大友家を倒してから、龍造寺家との同盟を破棄することも考えられます。その際に忠棟と鍋島直茂の婚約を破棄することも可能です。その時には恐らく義ねぇが当主なのですから」

「わかってるわ〜。でも、もう決めたから」

「忠棟が苦心して潰したばかりの御家騒動の芽を咲かせるつもりですか。あれ程までに義ねぇに尽くした忠棟の働きを台無しにするつもりですか!」

「それを言われると困っちゃうけど、でもきっと大丈夫よ歳ちゃん。お父さんならわかってくれるから」

 

義久は自信満々に言い切った。

いつもの優しい声音で諭すものではない。

島津貴久も家臣に対して行う、絶対的な己の自信を持って相手を納得させる物だ。

武家の当主らしい覇気に満ちた表情。

此処に来てまた成長したというのか、この姉は。

思わず、真に不本意だが、歳久は一歩後ろに下がってしまった。気圧されたと言ってもいい。

 

「何の根拠があってーー」

「だって、わたしがお願いするんだもの」

「私もお願いに行くよ」

「なら、わたしもお願いする!」

 

やはり三人は敵に回った。

それでも歳久は退く事を良しとしない。

彼女にも誇りがある。

義久のような大気が無くとも、義弘のような武勇が無くとも、島津家の内政を任されているという誇りがあった。

 

「…………行かせません」

「歳ちゃん、どうして?」

「少なくとも、私は理によって納得させられるまで手伝いませんから。私は義ねぇの妹ですし、いずれ主君となる義ねぇの行動を諌める義務がありますから」

「そう。なら改めて考えてみて、歳ちゃん」

「何をですか?」

「論功行賞の結果と龍造寺隆信の事を」

「え?」

「源太くんは金子だけを恩賞として受け取ったわよね。これをおかしいと思う家臣がいるのも事実なの。兼盛とか、有川とか。自分たちが今後同等の働きをしても、もしかしたらアレだけしか貰えないんじゃないかなってね」

「確かに、少しだけ耳にしました。しかしアレは忠棟が申し出たこと。お父さんと私は忠棟の意向に則した恩賞を与えたまでです」

「そうね〜。でも、それを事実として鵜呑みにする家臣が少なからずいるのよ。源太くんも悪いけどね〜。働いた武功に匹敵する恩賞を受け取るのも家臣に必要な能力なんだから」

「まぁ、三洲平定で最も活躍した源太の恩賞が金子だけっていうのは少ないよね」

「そう考えると、確かにそうかも!」

「義ねぇは、三洲平定の恩賞として、忠棟を私たち四姉妹の誰かと婚約させることで島津家に婿養子として迎い入れようと?」

「筋は通るわよね〜」

「それは、あまりに稚拙です」

「どうして〜?」

「私たちの誰かを忠棟に嫁がせるならまだしも、島津家に婿養子として迎い入れるのは容認できません。家中から反発を生むでしょう」

「でも、お父さんに男児が生まれていない現状だと誰かを婿養子させるしかないと思うわ〜。それに、源太くんなら大友家との戦で活躍してくれるから大丈夫よ〜」

 

確かに筋は通っている。

家臣の一部、特に加久藤城の合戦に参加した者たちから忠棟の恩賞が少なすぎると不満が出ているのは紛れもない事実だ。

島津貴久は男児に恵まれていない。故にいずれは世継ぎを産むために、誰かが義久と婚約して婿養子に入る事すら何年も前から決まっている事項の一つである。

それが今で、婿養子に入る男児が忠棟であるだけの事。そして伊集院忠棟なら、家中の反発すら無くしてしまいそうな武功を挙げると何故か確信してしまいそうになる。

 

「源太くんが島津家に婿養子として入っても、きっと龍造寺家と同盟を結べるわ〜。例え側室だとしても、対外的にはお父さんの養子になった源太くんの方が家中に対して強い影響力を持てると思うもの」

 

反論出来なくなった歳久は、最後に憂いを無くすために問い掛けた。

 

「家督は、どうするのですか?」

「安心して。島津家の家督はわたしが継ぐ。源太くんに仕えるのも楽しそうだけど、でもわたしと源太くんには夢があるから」

 

夢と口にして、義久は酷く違和感を覚えた。

 

「夢?」

「義ねぇの夢、初めて聞くかも」

「うん。すごく気になる」

「初めて会ったその日にね、源太くんと約束したの。わたしが天下人になるって、源太くんがならせてくれるって。二人で誓い合ったのよ」

 

七年前のあの日。

忠棟と会話した午後、その日の内に意気投合した二人は若さ故の衝動的な誓いを口にした。

島津義久は天下人になると。

伊集院忠棟は主君を天下人にさせると。

京から離れた九州の最南端、薩摩すら完全に平定していなかった島津家の姫君を、伊集院家の麒麟児は天下人にしてみせると豪語した。

あぁ、そうかと義久は違和感の意味を理解した。

忠棟は本気で誓いを果たそうとして、義久は所詮夢なのだと割り切っていたのだ。

ならば、と。

今こそ義久は心の内で考えを改めた。

本気で天下人を目指してみよう。

忠棟と共に、武家の棟梁を目指す。

彼女に必要なのは覚悟と決意だった。

大器はあった。その片鱗も見せていた。

だが、必ずや天下人になるという貪欲さが無かった。島津の為に、自分の為に、家臣たちに指示を下す我が儘が足りていなかった。

それを破ろうと思った。

忠棟の横で共に進む為にも、義久は成長しなくてはならないのだから。

 

「義ねぇ、改めて聞きます。いいんですね?」

「先ずはお父さんを説得だものねぇ」

「そして、龍造寺家と速攻で婚姻同盟の細部を調整しなければなりません。無論、その前に忠棟から気持ちを聞き出さなければなりませんが」

「源太くんに告白するのが一番緊張するわ〜」

「あはは、其処はお父さんを説得するところじゃないの?」

「義ねぇ、一つだけ約束してください」

「うん、なに?」

「絶対にお父さんに対して隠居させたり、暗殺したりしないで下さい。この婚姻同盟は私が主導したもの。私を責めてください」

 

隠居はさせない。

暗殺などとんでもない。

当主として尊敬している上に、肉親としても大好きな父親である。

それに貴久から学ばなければならない事がまだまだ沢山あるのだ。

心配そうな歳久の頭を撫でながら首を縦に振った。

 

「えぇ、勿論。これはわたしの我が儘だもの。御家騒動になんてさせないわ〜。お父さんには言葉だけで説得するつもりよ。例え、簡単に了承してくれなくてもね〜」

「なら、私もお父さんの元へ行きましょう。義ねぇたちだけで、お父さんを説得できるとは思えませんから」

「歳ちゃん、いいの〜?」

「仕方ありません。義ねぇが初めて口にした我が儘ですし、忠棟を島津家に縛り付ける為にも婿養子の件は有効ですし、あの焦った龍造寺家なら側室だとしても了承しそうですし」

「何だかんだで理由付けてるけど、歳ちゃんも源太のこと好きだったりして」

「私は策略家として尊敬しているだけです!」

「ムキになるところが怪しいよねー」

「……家久?」

「ごめんなさい」

 

鋭い眼光に瞬殺される四女。

本気で怖かった、と後に家久は語る。

まるで変な空気を換気するように、義弘は元気よく部屋の戸を開けた。夜間だからか涼しい風が四人を包み込んだ。

 

「取り敢えず行こうよ、お父さんの部屋に」

「そうね〜。今日は眠れないかもね〜」

「まぁ、何とかなるでしょう」

「うんうん。お父様ならわかってくれるよ」

 

 

島津四姉妹は貴久の部屋へ赴いた。

愛娘の突然の来訪に喜ぶ貴久だったが、彼女たちの提案を聞いて、取り敢えず何も考えずに叫んだのだった。

 

 

 

「そんなの嫌だァあああああああああっ!!」

 

 

 






本日の要点。

1、忠棟、鍋島直茂との婚約に意欲的……?

2、島津四姉妹で貴久を説得することに。

3、貴久は断固拒否する模様。

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