島津飛翔記   作:慶伊徹

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二十話 島津義弘から贈呈

 

十月十四日、未の刻。

俺は早朝から夕方まで机に向かっていた。

無論、ずっと正座だ。慣れてきた自分が怖い。

三日ほど前から書き殴った紙は十数枚に及ぶ。

これら全ては対大友家に必要な物。九州北部にて鎮座する大大名家を相手取るんだからなぁ。

我ながら無茶というか、鬼道雪が怖いというか。

だが、事態は少しばかり好転している。

龍造寺家と同盟を締結するからだ。

俺こと伊集院忠棟と鍋島直茂の婚約による強い結びつき。それを背景にして推し進める。

貴久様曰く、鍋島直茂はとてつもなく美人だとのこと。我が娘には負けるがな、と平然と付け加える辺り、やはり貴久様は親バカなのだと確信してしまった。

そもそもの話、相手は鍋島直茂だ。

美人だろうが醜女だろうが気にしない。

問題なのは相手が面従腹背の輩だという事。

史実だと、1584年に肥前国にて勃発した『沖田畷の戦い』で龍造寺隆信が島津家久に敗死すると、鍋島直茂は命からがら肥前へ逃げ帰ることに成功。龍造寺政家を輔弼して、勢力挽回に務めようとする。

だが、島津家は龍造寺家の居城である『村中城』を囲んだ。その際に龍造寺隆信の首の返還を申し出されたが受け取りを断固拒否。島津家へ強烈な敵対を示した。

このデモンストレーションの後に島津家に恭順を示したため、龍造寺家はより良い地位を島津家中で得ることができた。

ここまでは別に問題ない。

敵方に降伏するにしても、その後の為に敵方の家中でより高い地位を望むのは至極当然である。

ところがだ。

鍋島直茂は豊臣秀吉に早くから誼を通じていた。島津氏に恭順しつつも、裏では莫大な国力を持つ豊臣秀吉に九州征伐を促した。

この一連の動きを豊臣秀吉は高く評価する。龍造寺氏とは別に所領を安堵し、政家に代わって国政を担うよう命じた程だ。

これこそ面従腹背。

史実から鑑みれば島津家に仇なす人物と言える。

勿論、この世界は色々と異なっている訳だが。

有名武将の殆どが女性へ性転換しているだけに留まらず、姫武将が平然と家督を継ぐ。

最も違うのは武将の生年月日と歴史だろうか。

もうグチャグチャである。見る影もないな。

こう考えると、鍋島直茂に対する警戒心も意味がなくなってしまうかもしれないが、用心しておいて損は無いだろう。

信長の野望でも万能超人だったしな。

下手しなくても、能力は俺より上だろう。

知らず知らずの内に手綱を握られてしまえば、俺が意図せずに島津家へ弓引いてることもあり得る訳で。

うわー。ギスギスした夫婦になりそう……。

龍造寺家と同盟を結べるのは万々歳だけど、これだから婚約は嫌なんだ。

義久様を天下人にするだけでも手一杯だと言うのに。嫁さんと御家存亡を賭けた駆け引きすら行わないといけなくなる。

気の休まる場所を探さなければ。

胃潰瘍にならなければ良いけども、俺。

 

「もういいや」

 

鍋島直茂に対する謀略も考え終えた。

なら後は計画通りに。

それでも無理なら出たとこ勝負で。

猫でも投げれば追い払えるだろう、きっと。

何はともあれーー。

龍造寺家に関してはこの程度で構わない。

残りの外交は毛利家を中心に動く。

俺としては先の戦で種を植え付けた御家に働き掛けに行きたいが、それよりも早く実行へ移さないといけない事があった。

常々行おうと考えていた『金山開発』だ。

この時代、金山銀山の保有は戦国大名の生命線と呼んでも過言ではない程、重要視されている事柄である。

武田信玄は甲斐国で金山開発を熱心に行い、毛利家と尼子家による争いの殆どが石見銀山に関連しているのは有名な話だろう。

豊臣秀吉も全国の金山銀山を直轄地にしていた。

自国から金を生み出す。

それは紛れもなく大きな力となる。

島津家も既に金山を持っているものの、それらの鉱山は歴史に名を残すほど大きな代物ではなかった。つまりは金銀の産出量が少ないのだ。

しかしーー。

俺は知っている。

今はまだ見つかっていないだけで、薩摩国には大量の金が眠っている事を。

菱刈金山は量が量なので除外。

適度な物としては串木野金山だろうな。

史実だと1600年代に見つかった金山で、産出した金の量は国内第四位の56トンにも及ぶ。

狭義には西山坑と芹ヶ野坑を指すが、広義としては芹ヶ野金山、荒川鉱山、羽島鉱山、芹場鉱山などの鉱山群を含めて扱う。

これらの鉱脈群は東西12キロ、南北4キロの範囲に分布。その規模と産出量から鑑みても日本有数の金鉱脈であることは間違いない。

これを開発すれば島津家の経済力は飛躍的に高まる。堺も一目置くだろう。更に貿易船が増えれば言うことなしだ。

今までは家中で俺の発言力もほぼ無く、ここら辺に金山があると思いますと寝言ほざいても、全員から冷笑を食らってお終いだったに違いない。

だが、ようやく発言力が高まった。

恩賞で得た金子を使って調べに行かせた。

歳久様を巻き込めば順調に開発を進められる。

島津四姉妹の内、あの方は最も賢いからな。

まさに一を聞いて十を知る天才。

内政問題を丸投げしても独りで最適解に導いてくれる。

なんにせよ。

冬場も開発すれば来年の夏頃には収支を計算できるかもしれない為、一日でも早く見つけてくれる事を祈るばかりである。

 

「にゃあ」

 

そんな時、俺の膝上に猫が乗った。

可愛らしい鳴き声と雪のように真っ白な毛。

長い尻尾はくねくねと左右に動く。

つぶらな瞳はキラキラと輝いていた。

うん、かーわーいーい。

猫は癒しだ。

アニマルセラピーだ。

平成の日本でも猫を飼ってました。

 

「どうした、ミケ」

「にゃあ」

 

ゴロゴロと喉を鳴らす白猫のミケ。

全身を優しく撫でてやると、殊更嬉しそうに頭を摺り寄せてくる。

なんだこいつ、可愛すぎだろ。流石は猫様だ。

どうして唐突に猫を飼い始めたかというと、実は義弘様が関連していたりする。

昨日、義弘様は佐土原城へ出立した。

見送りに赴いた俺に対し、義弘様はミケを差し出す。突然な猫登場に驚く俺を尻目に、鬼島津様は預かっておいてと口にした。

何故に俺?

尋ねると猫好きでしょ、と返答された。

いや、好きだけどもさ。

だからと言って、義弘様の飼われていた猫を預かるのは気が引ける。しかも一番可愛がっておられた白猫のミケなんですよ。

もしも死なせてしまったら切腹物である。

日向へ連れて行けばいいだろうに。

史実だったら、時間を計る為だとして朝鮮に七匹の猫を持って行ったじゃないか。

そう告げると、義弘様は泣きそうな顔で言った。

 

「私みたいにミケを可愛がってね」

 

よくわからん一言である。

二重の意味が含まれていそう。

だがまぁ、相手は島津義弘様だ。

可愛らしい白猫に心奪われた俺は、特に躊躇せず受け取った。撫でるとにゃあにゃあ鳴いてくれるし文句などある筈も無かった。

すると義弘様は嬉しそうに微笑んだ。

最後にミケを一通り撫でた義弘様はすぐに馬上の人となり、家臣たちを率いて佐土原城へ向かう後ろ姿は後光が差し込むほど晴れ晴れとしていた。

 

「義弘様はどうしてお前を俺に預けたんだろうなぁ。わかるか、ミケ」

「にゃあ」

 

むしろわからんのか、このボケぇ。

そんな返事だったのか、右手で軽く猫パンチ。

欠片も痛くなかった。

可愛くて悶絶しそうになったが。

夕餉を取るまでミケと遊んでいようかなと邪念に蝕まれそうな俺を現実に引き戻すかのように、外から義久様の声が聞こえた。

 

「源太くん、いる〜?」

「はい、おりますよ」

 

答えた直後、戸を開けた義久様が俺の部屋に入ってきた。相変わらずお美しい方である。

二日前に存在した目の隈も無いことから悩み事は解決したらしい。良かったと一安心する。

ただ気になる事が一つだけ。

生き生きとしていらっしゃるのは何故か。

義久様は良くも悪くも冷静で穏やかでマイペースな方だと認識していたんだが、俺の勘違いだったんだろうか。

 

「そう、良かったわ〜。少し相談したい事があるんだけど大丈夫かしら〜?」

「今日の仕事は午前中に終わらせております。故に問題ありませぬ。何かお困りな事でも?」

「いいえ。それはもう解決したの」

「ほうーー。なれば宜しいのですが」

「大変だったわよ〜。凄く頑固だったから」

 

頑固だったからって……。

掃除でもしていらしたのか?

いやいや、島津のお姫様が掃除なんてするかよ。

誰かを説得でもしていたのだろうか。

次期当主から頑固だと評価される相手って一体誰なんだ。思い当たるのは貴久様だけなんだが。

一応、カマかけてみるか。

 

「相手は殿ですかな?」

「あらあら〜。そうよね、源太くんなら気付くわよねぇ」

「やはり殿ですか。既に解決しておられるなら無用な言葉かもしれませぬが、そういう時は俺をご利用下さりませ。舌鋒は得意で御座りますれば」

「ありがとう。でもね、今回ばかりは源太くんに手伝ってもらえない理由があったのよ〜。家族に必要な話だったから」

 

島津四姉妹と貴久様の会話。

何やら聞いてみたい気もするが、如何に義久様の筆頭家老だとしても主君の家族間に割り込むのは気が引ける。

特に貴久様が許してくれると思わない。

早とちりしてしまった俺は義久様に謝罪した。

 

「確かに、家族間の話に割って入ることはできませぬな。生意気な諫言でした。平にご容赦を」

「ううん。源太くんの言葉は尤もだもの。諫言なんかじゃないわ〜。ところで、源太くんは『あの誓い』を覚えてるかしら?」

 

え、何でそれ聞くの?

不思議に思いつつも即答する。

 

「無論、覚えておりますとも」

 

……若気の至りである。

一生消えぬ黒歴史である。

しかし、忘れたくても忘却できない記憶だ。

何しろ俺の生き様を決めた誓いだったんだから

 

「ーー俺は義久様を天下人とします」

「ーーわたしは天下人となる」

「6年掛けて、少しだけ近付きましたな」

「それは、わたしが本気にしてなかったからよ」

 

自虐した俺を庇うように義久様は言葉を紡ぐ。

 

「わたしは天下人になるわ。古き世を終わらせてみせると、島津義久の名に於いて約束します」

「え、ちょ、な……」

 

義久様が突然なんか宣言したぞ。

しかも何処ぞの大うつけみたいな事まで言った。

信長降臨ですか、全くわかりません。

いずれにしてもーー。

俺は反応できなかった。

頭が混乱してしまうと口も上手く回らない。

その隙を突くように、義久様は間髪入れずに畳み掛けてきた。

 

「だから源太くん、お願いがあるの」

 

あ、何か嫌な予感がする。

具体的に表すなら、鍋島直茂に関して考え抜いた謀略が全て台無しになってしまいそうな、そんな感じの嫌な予感が……!

 

 

「わたしは貴方の事が好きよ。愛してるの。だから婚約してほしいわ。わたしを、源太くんの正室にして下さい」

 

 

そう言って、義久様は頭を下げた。

 

 

 

◾️

 

 

 

その頃、豊後国の臼杵城。

対島津家の戦略を練る戸次道雪がいた。

大友宗麟の考えは変わらない。

伊集院忠棟を叩き潰す決意も不変である。

ならば、来年の夏頃に起きるだろう島津家との決戦に必ず勝たなければ。時間を掛ければ掛けるほど島津家の国力は増大するからだ。

国力は此方が上。戦場は日向となろう。

大友家としては外交を用いて毛利家に背後を突かれぬようにし、全戦力を南下させて速攻で勝負を決する必要があった。

基本戦略は出来ている。

後は肉付けを行うだけなのだがーー。

 

「問題は、忠棟が何をするか」

 

あの者は三洲平定を成し遂げた。

三大名と争うことになった島津家。誰もが南九州に根を張る名家の滅亡を予想した。だが、その下馬評は大きく崩れてしまうことになる。

全ては伊集院忠棟の手によって。

大胆な戦略と基本を押さえた戦術。

二つを噛み合わせて三大名を屠ってみせた。

島津の今士元。

侮る事はできない。

だから、戸次道雪は仮想の忠棟を用意した。

 

「貴方はどう動くのですか……」

 

むしろ自分ならどう立ち回るか。

来る日に向けて国力増大。大友家の背後を脅かす為に毛利家へ外交を仕掛ける。出来る限りの全戦力を日向へ投入。それでも足りない兵数の差は策と指揮によって補うだろう。

その策に関しては凡その見当が付く。

 

「釣り野伏は間違いなく仕掛けてくるでしょう」

 

高い練度を誇る島津兵だから可能な戦法。

だが、有効的な戦術ほど弱点も数多く存在する。

そこを突けば他愛なく破れる。

戸次道雪にとって釣り野伏は脅威にならない。

それよりも伊集院忠棟を確実に『捕らえる策』を立てるべきだろう。

本陣強襲が効果的だが、ただそれだけなら包囲殲滅されるだけ。島津勢を油断させる策を講じてからの方が成功率も高まるかもしれない。

 

「逆に釣り野伏を仕掛けるのも有り、か」

 

戸次道雪の部隊なら練度も充分。

統率力なら鬼島津にも負けていない。

更に、釣り野伏なら忠棟の身柄も狙い易かろう。

 

「角隅殿にも相談するべきですね」

 

思案の海から浮上する戸次道雪。

手慣れた動作で黒戸次ごと移動する。

向かう先は角隅石宗の部屋だったが、その道中にて高橋紹運が慌てた様子で道雪に話かけてきた。

 

「義姉上、ここに居られましたか」

「慌てるなんて貴女らしくないですよ、紹運。常に冷静さを保つように教えたでしょうに」

「申し訳ありません。しかし、一刻も早く義姉上にお伝えしなければならないことができまして」

「何がありましたか?」

 

二、三度深呼吸した高橋紹運。

それだけで心拍数を正常に戻した彼女は、意を決するように告げた。

 

「龍造寺家と島津家が同盟を結ぶようです」

 

なんだ、その事か。

 

「予想の範囲内です。追い詰められている龍造寺と、少しでも劣勢を跳ね除けようとする島津家なら手を結ぶのは必然。特段驚くような事でも無いと思いますが」

「流石は義姉上。他の重臣は驚愕していましたのに」

「合戦に勝つには敵の思考を読むことが肝要。私が忠棟の立場でも同じ事をしたでしょうね」

 

龍造寺家に筑前を攻めさせるつもりか。

そして、少しでも大友家の戦力を分散させるつもりだろう。見え透いた外交政策だが、有効な事に変わりない。

戸次道雪でも同じ手を打った。

だが、次の言葉は彼女の思考を超えていた。

 

「なら、龍造寺隆信の義妹である鍋島直茂が、伊集院忠棟に嫁ぐのも予想していたのですね」

 

なんだ、それは。

 

「お、お待ちを。忠棟が鍋島直茂と婚約?」

「ええ。島津と龍造寺に放っている者たちからの報告だとそうなります」

「そんな、なんていうこと……」

 

慄き震える戸次道雪。

黒戸次を掴む手に力が篭り、頑丈に出来ている筈の車椅子が耐えきれないとばかりに大きな悲鳴をあげた。

 

「あ、義姉上?」

 

高橋紹運は恐る恐る名前を呼んだ。

しかし、戸次道雪は聞こえていないとばかりに俯いた。そのまま十数秒が経過してから唐突に上げた顔は能面のように冷めきっていた。

 

 

「……成る程。これは是が非でも忠棟を捕らえる必要が出来ましたね」

 

 

 

 






本日の要点。

1、忠棟、金山開発に着手する予定。

2、島津義久、古き世を終わらせると宣言。

3、戸次道雪、忠棟を捕らえると息巻く。

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