島津飛翔記   作:慶伊徹

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四章 島津忠良への嘆願

 

 

「怪我の様子はどうかしら?」

 

岩剣城の戦いから早くも2週間。

戦後処理の真っ最中であるにも関わらず、俺は政務に励むこともなく伊集院家の屋敷でひたすら治療と休養にあたっていた。

勝鬨を上げている中、肩に受けた鏃傷。

馬から落下した為に頭部にも打撲を負った。

疲労と激痛から意識を失い、目が覚めたら鹿児島に帰還していたのだから驚きである。

伏兵を指揮した功を以て、義久様を大将とした軍勢で帖佐平山城を陥落させ、そのまま入来院氏の支配する土地を瞬く間に席巻する予定だったのに、どうやら最初から一足先に鹿児島へ戻る手筈だった忠良様と共に義久様も帰ってきたらしい。

帖佐平山城及び入来院氏の土地は加治木城から駆け付けた忠将様と貴久様で占領したと聞く。東郷氏に加え、薩州島津家も協力してくれたとのこと。これらは予定通りだ。その為に2年も掛けて両家に工作したんだからな。

岩剣城の戦いは完勝。

忠良様は無事に釣り野伏せを成功させ、新納忠元殿たちも付け込みを完遂。要害に築かれた堅城をいとも容易く落としてみせた。

兵の損失は少なく、鉄砲の有用性も知らしめた。義久様は伏兵の指揮によって、義弘様も初陣で敵武将を討ち取るという快挙を成し遂げ、誰に聞いても此度の戦は大勝だったと満足気に頷く出来だった。

惜しむらくは義久様が得るはずだった武功を霧散させてしまったことか。

欲張りかもしれないが、今後の為にも出来るだけ武名を得ておくべきである。

評定の際の発言力然り、家督相続の際にも必ず重要になってくる。

貴久様は薩摩を平定し終えた。そしてこれから大隈の平定も成し遂げるだろう。稀代の偉人だ。紛れもない英傑だ。その跡を継ぐ義久様にも相応の武功を求められることは必定である。武家の家督相続とはそういうものだ。

故にーー。

岩剣城の戦いを足掛かりにして武功を積み立てる算段だったが、やはり何もかも上手くいかないということなのか。

怪我を負ってしまうわ、手柄を取られるわ。

島津家が飛躍したことは目出度いことなんだけどな、うん。

 

「殆ど完治しております、義久様。要らぬ心配を掛けさせてしまい面目次第もございませぬ。すぐに政務に復帰します故、ご容赦を」

 

わざわざ俺の屋敷に足を運んで下さった義久様の目的は家臣のお見舞いである。手土産を持った状態で。正直な話、滅茶苦茶驚いた。

寝たきりで応対するのは不味い。

武家がどうとか、麒麟児の異名がどうとか関係なく、常識的な判断として起き上がろうとした俺を、義久様はいつも通りの笑顔で制した。

 

「あらあら。起き上がっちゃ駄目よ〜。お父さんからも休ませておけって言われたもの」

「殿が?」

「そうよ〜。砂糖製造の発見と千歯扱きの開発、それからこの前の合戦による大功を持って休暇とするですって。本当素直じゃないわよね〜」

 

鉄砲と騎馬隊を縦横無尽に操り、速攻で帖佐平山城を始めとした各支城を落城させた貴久様。勢いのまま蒲生氏一族の北村氏が守る北村城も落とした英傑は既に鹿児島への帰還を果たしている。

蒲生氏と祁答院氏に対する備えとして、加治木城の防衛に貢献した弟君に岩剣城を与え、今後の作戦行動に必要な配置は完了済み。来年か今年の末にでも行動に移すに違いない。

だから俺は休んでる暇なんて無いと思う。

むしろ寝たきりで暇だから政務したい。

仕事中毒者じゃないよ?

でもネットも無ければテレビも無いんだ。

時間を持て余すってのがこんなにも苦しいとは想定外にも程がある。

元服するまでは古典を読んだり、政務に関して学んだり、体を動かしたりして時間を潰せていた。

今回ばかりは無理だ。我慢ならん。

無理言って職務に復帰させてもらおうかな。

絶対義久様が許してくれないと思うけどさ。

 

「島津家家臣として当然の働きをしたまでで御座りますれば、改めて休暇など頂かなくとも」

「駄目よ〜。休める時に休んでおかないと」

 

遮られた挙句、頭を軽く叩かれた。

普段から義久様は心優しい姫君だが、柔らかい声音からすると意外な頑固者である。

俺まで強固に否定したら無駄な問答になる。

仕方ないな。

現代の年齢も合わせたら俺のほうが大人だ。

ここは先に折れてしまうのが筋だろう。

 

「……承知、仕りました」

「素直な子は好きよ〜」

 

頬に手を当てて、微笑みながら言われても。

年下の少年を慌てさせようという意図しか感じられないぞ。

年々こういう悪戯っ子な一面を見せるようになってきた義久様。心を開いてもらえるほど信頼されるのは嬉しいが、反応に困る言動は出来る限り慎んでほしいです。

切実に願います。

 

「お戯れを。しかし義久様は何故ここに?」

「筆頭家老の容体を心配するのは君主として当然のことじゃないかしら?」

「痛い所を突きまするな」

「だって〜。源太くんの君主ですもの」

 

言い回しも独特になってきたなぁ。

2年前はもう少し素直だったんだけど。

 

「?」

 

布団に包まりながら首を傾げてしまう俺。

義久様は布団の傍に腰掛けている。常人離れした美貌も何故か深緑の畳とよく似合う。微笑んでいるから尚更か。美形はお得である。

 

「君主と家臣は似るっていうじゃない?」

「俺は平然と痛い所を突くような輩では御座りませぬ」

「そうね。どちらかと言えば変な事に熱中する麒麟児さんですものね〜」

 

ん?

機嫌が良いかと思ったが逆なのか?

何だか刺々しい。薔薇の鞭を振り回しているみたいだ。

良からぬことをしてしまったか。

いやいや、身に覚えが無いぞ。

怪我をしたのは意識を取り戻した時に謝罪してある。2週間はここで暇を持て余していたんだ。義久様はおろか、誰にも迷惑を掛けていない自信がある。

こうなったら直接尋ねるしか無い。

俺は意を決して訊いてみた。

 

「……何やらご機嫌が優れぬご様子。如何なされましたか?」

「源太くんのせいよ」

「俺、で御座いますか?」

 

早速予想外である。

しかも間髪入れずの返答だった。

マジで何なんだ?

頭上にハテナマークが踊る俺に、義久様は如何にも私怒ってますと言いたげな顔で口にした。

 

「お祖父様から聞いたの。戦評定の時、忠堯に食って掛かったのは私に手柄を立てさせる為だって」

 

悠々自適の楽隠居野郎!

何を勝手にネタばらししてやがる!

よりにもよって義久様に。

タチが悪いのは暴露した現場に俺が居合わせなかった事だ。話した内容を把握出来てないことが何よりも恐ろしい。

ここは誤魔化そう。

悪いことをしたわけじゃないと思うが、どうやら主君の逆鱗に触れてしまったようだし。

 

「忠良様の勘違いではないかと」

「はぁ」

 

ため息を一つ。

呆れた様に続けた。

 

「源太くんならそう言うわよね〜」

 

少しだけカチンと来た。

 

「事実を申し上げるなら、ご祖父様を罵倒した忠堯殿に食って掛かったのは感情を制御しきれなかったからです。策を採用してもらったのは偶然にすぎませぬ。義久様を別働隊の大将に据えたのは状況を見極めた冷静な判断が可能だと思ったからでござりまする。故に忠良様の推測は的外れであり、俺が義久様だけに手柄を立てさせようと考えていたとは到底あり得ぬ暴論にござりますれば、そのお考え違いを正しく直してもらいたい所存に御座る」

 

そもそも義久様に告げないのは理由がある。

史実に於いて島津四兄弟は全員優秀だった。

義久は薩摩本国にて全軍の統括を図り、義弘は前線にて武勇を振るい、歳久は兵站の管理や他の勢力に対して工作を行い、家久は寡兵によって大軍を打ち破り島津家の発展に多大な貢献をしたとされている。

恐らく島津四姉妹も同じだろう。

義久様の部隊指揮は14歳と思えなく洗練されており、義弘様の武勇も若干12歳と信じられない練度を誇っている。元服したばかりとは言え、歳久様の能吏としての才覚は比肩する者が少ない程だ。こうなると家久様も史実と同等の才を持っていると考えるべきだろう。

そして——。

困るのは優秀すぎる妹たちの存在だ。

今後、島津は三州だけに留まらず、九州全土の平定、そして行く行くは天下統一に向けて邁進していくこととなる。

その際、義久様は島津家の当主として、薩摩本国にて政務を取り仕切る役目に従事する可能性が高い。逆に義弘様は島津軍の総大将として合戦に赴き、数々の武功を挙げていく。

両者を比較してみよう。

華やかなのはどちらなのか。

武家の長として相応しいのはどちらなのか。

義弘様と考える者が間違いなく出てくる。

そして、合戦にも出ず、本国に籠りっきりの義久様に対して家督を譲るように迫る者も現れるかもしれない。

義弘様本人にその気が無くとも担ぎ上げる者たちからしてみたら関係ない。何食わぬ顔で姉妹の仲を裂き、義久様を糾弾し、島津家を無用な混乱に巻き込むことだってあり得るわけだ。

だから今なんだ。

三州を平定する前に武功を挙げておく。

新参者の口を黙らせる程の功名を得ておく。

そうすれば、近い将来に待ち受ける家督相続争いも事前に鎮火させることが出来ると思うから。

 

「大丈夫よ、源太くん」

 

なのに義久様は笑っていた。

心配し過ぎだと言わんばかりに頭を撫でる。

 

「大丈夫だから、ね?」

「……義久様は暢気であらせられまする」

「源太くんが忙しないと思うわ。先のことは誰にもわからない。今はゆっくりと、落ち着いていきましょう?」

「……」

「それとも源太くんには未来が見えてるのかしら?」

「未来が見えていれば怪我を負うこともなかったでしょうな。初めてお会いした際、あのような失態を犯すこともなかったでしょう」

「ふふ、そうね」

 

愉快そうな義久様と違い、俺は唇を噛んだ。

自分で口にして気付いたのだ。

俺は未来を見ているわけじゃない。

これから起こる史実を知っているだけだと。

だがそれも狂いが生じている。

年表の違いだけでなく、有名な武将の女性化然り、婚姻関係から親子関係まで異なっていることばかりだ。

それを見極めていく必要がある。

そうしなければ義久様を天下人にする事はできない。俺の野望を叶えることはできない。

 

「肩、痛かった?」

「それはもう。思わず気絶する程に」

「あらあら。源太くんってば、強がりなのか素直なのかわからないわね〜」

「否定できぬことは強がりませぬ」

「弘ちゃんに一太刀で負けたことも?」

「無論。義弘様に勝てずとも恥にはなりますまい。あの方の武勇は天下一に御座ります」

「そうね〜。私も勝てないものね〜」

「義久様は軍勢の指揮を磨けばよろしいかと愚考します。策は私か歳久様が練り、義弘様や久朗、忠堯殿が戦場を駆ける。未来の島津家も明るいものとなりましょうぞ」

「ふふ、そうね〜。その為にも源太くんには早く政務に復帰してもらわないとね〜」

「故にもう大丈夫だと言っておるではないですか……」

 

新緑の季節に差し掛かる麗らかな昼頃。

想いを新たにした俺は右肩に触れた。

この傷に誓おう。

ここは戦国乱世の生き地獄。

例え俺が歴史の知識を知っていようとも、何時殺されるかわからない未知の世界なんだ。

油断は大敵。まさに九死に一生。

これからは弱敵だろうと全力で踏み潰す。

そして、まぁ。

竹中半兵衛や黒田官兵衛みたいな軍師として伊集院忠棟の名前を残したいなぁとか楽観視する辺り、俺もまだまだなんだろうなと思った。

 

 

 

 

 

 

義久様が内城に戻られてから数時間。

戌の刻、午後8時を過ぎた頃だった。

祖父も父上も内城にて政務に掛かり切りだ。

伊集院家の屋敷には数人の家人しかいない。

それを見計らったのか、突如忠良様が訪ねてきた。アポ無しの訪問に面食らう俺。島津家の人間は他者を驚かすのが趣味なのか、と無礼千万な邪推をしつつ、今度こそ身体を起こして向かい入れようとしたが、またもや機先を制されてしまった。

 

「よいよい」

「しかし……」

「怪我人に無理をさせるつもりはないからのう。 傷口が開いては元も子もない。今は大人しくしておれ。俗に言う、年長者からの有難い説教じゃ」

 

ここまで強く押されては抵抗できない。

したところで無礼に当たる。

昼間の義久様の時と同様、俺は布団に横たわったままで忠良様を出迎えた。実際の戦国時代なら斬り殺されてもおかしくないよな、コレって。

取り敢えず落ち着かないんだけど、それでも俺は顔に出さないように注意しつつ首を縦に振った。

 

「承知仕りました」

 

忠良様は満足気に首肯した。

 

「うむ。して調子はどうじゃ?」

「すこぶる良好です。肩の傷も痛みませぬ」

「それは祝着の極み。お主に死なれては困るからな。精々長生きすることじゃ」

「まだ12歳の若輩者。死ぬつもりは毛頭ありませぬ。忠良様こそお身体に気をつけねばなりませぬぞ」

「ふははは。小僧の申すことよ」

 

豪快に笑う忠良様。

年表が宛にならないとは言え、史実と照らし合わせればまだ15年近く生きるであろうことを確信させる破顔だった。

それから十秒笑い続け、喉が渇いたのか、腰から下げていた竹筒の中の水を一気に飲み干した。これまた豪快な飲みっぷりだった。

今でも十分に当主としてやっていけそうだな、この人。釣り野伏せを易々と実行できたことからも明らかである。

そんな人が夜遅くに尋ねに来たんだ。

何か意図があってのことだろうよ。

 

「本題に入りまする。何用で御座ろうか、忠良様」

「これは異なこと。お主から申してきたではないか。岩剣城の合戦が終わった後、儂に献策したいことがあると。よもや忘れたか?」

「いえ、覚えておりまする」

「ならば良いが」

「……もしや、そろそろ加世田城へお戻りになられる予定ですか」

「明後日には此処を立とうと思うておる」

 

つまり俺のせいか。

忠良様の立場としては別に無理して訪ねてくる必要などなかった。殆ど隠居の身である上に、相手は12歳の小童。献策したいと口にしても取り次ぐ必要すらない明確な隔たりが存在するからだ。

それでもわざわざ足を運んでくださったのは俺が義久様の筆頭家老であり、良くわからないが気に入って貰えたからだろう。

ともかく素直に詫びる。

完全に俺の失態であった。

 

「申し訳ありませぬ。わざわざご足労願うなど。面目次第も御座らん。伏して謝罪致しまする」

「よいよい。所詮は隠居の身。急いで戻る必要もないのじゃが、お主の献策は加世田の地でこそ活かされるのじゃろう?」

 

我が意得たりとばかりに口角を吊り上げる忠良様は、悪戯の成功した少年の如き円らな瞳を浮かべた。

俺も釣られて口許を綻ばせた。

 

「然り」

「であればこそよ」

「忠良様には足を向けて寝れませぬな」

「その物言い、忠朗そっくりよ。麒麟児と謳われるお主とて血には逆らえぬか!」

「ご祖父様と父上の薫陶を受けております故」

 

にしても、である。

意外な程、ポンポンと口から言葉が出る。

忠良様には申し訳ないが、長年共に戦場を駆け巡った戦友。否、まるで竹馬の友と談笑している感じだ。

不思議な感覚だった。

ただ不愉快な感覚でないことは確かだった。

 

「して策とは何じゃ?」

「はっ。実は……」

 

砂糖による金銭確保。

千歯扱きによる労働力確保。

思案中である鉄砲や南蛮船建造の為の工業都市の他に、もう一つ、島津の軍事力と中央への影響力を増大させる為に必要な策がある。

話していく内に忠良様の眉間に皺が寄る。

険しい表情は浮かべながら聞き終えた忠良様は、手に持っていた扇子でおもむろに自身の膝を打った。

 

「——なるほど。確かに加世田城を居城とする儂にしか出来んな。元当主であることも計算の内か。ほとほと12歳と思えぬ小僧よ」

 

瞑目する忠良様。

俺は無理矢理身体を起こした。

 

「どうか、協力してくれませぬか?」

「貴久には誰から申す?」

「俺から直々に。砂糖の件もあります故」

「実現すれば島津家の財政状況は更に明るくなるな。異国の技術すら何処よりも早く導入できよう。その為の金銭は砂糖で得るか」

「未だ夢物語。最初は赤字になるやもしれませぬ。しかし三年も経てば黒字に転じまする故、どうかご協力お願い申し上げまする!」

 

俺は膝を詰め、さらに迫った。

この策は千歯扱きや砂糖よりも重要だ。

島津が天下を取るに必要不可欠でもある。

だから——。

 

「……」

「伏してお頼み申し上げまする!」

 

態度を明確にせず、ひたすらに沈思する忠良様に向けて俺は平伏した。

それでも微動だにしない元当主。

やはり無理か。無理なのか。

この策には税の変動も関わってくる。

元当主とはいえ、鶴の一言でどうにかなるとも考えにくい。強硬な手段に及ぶ必要も出てくるかもしれない。

そうだとしても俺は頭を下げる他ない。

俺には誰かを動かす権力などないんだから。

そして時間が経つこと3分前後。

忠良様は、ゆっくりと頷いた。

 

「……委細承知した」

「本当ですか!」

 

思わず笑顔が溢れた。

愁眉は開き、さらに一歩詰め寄った。

忠良様は諦めたように頭を振る。

 

「悪い案ではない。問題は国人衆との折り合いじゃが儂の方でどうにかしよう。これも年長者の役目じゃ」

「はっ。このご恩、一生忘れませぬ!」

 

戦評定の参加といい、忠良様には本当に世話になった。本当に足を向けて寝られない。

無礼とかではなく、心の底から感謝しているからだ。

普通は12歳の小僧による献策なんて一笑に伏して当然。むしろ真面目に聞く方が馬鹿馬鹿しいと俺ですら思うのにな。

 

「よう言いおるわい、この狐めが」

「狐とは、酷いです」

「ならば狸か?」

「狸だけはご勘弁を!」

 

それは徳川家康の通称です!

狐も嫌だけど、狸よりはマシですから。

つーか、狐って呼ばれてる戦国武将っていなかったっけ?

 

「ならば小僧、お主は狐よ。狡猾じゃ。だがそれも一興である。儂は加世田に戻り、お主の策を実現させようぞ。故に、小僧も気張ってみせい。伊集院家の麒麟児ならばな」

「承知致しました」

 

それから二つ三つ言葉を交わして、夜も更けてきたからか忠良様はそろそろ帰るかのうと立ち上がった。

腰を叩き、肩を回す。

精神的な老いはいざ知らず、肉体的な衰えは着実に忠良様を蝕んでいるのだとわかる動作だった。病気にしては元気だし、純粋な歳の積み重ねによる老いだろうなと判断した。

岩剣城の戦いが促進させたのかもしれない。

忠良様は振り返り、手をひらひらと振る。

顔は笑顔で、口は綻び、目は優しげだった。

 

「ではな、小僧」

「伊集院掃部助忠棟に御座りまする」

「ふははは。小僧で十分じゃろうが」

 

一歩踏み出した。

 

「お主と語り合うと、昔を思い出して楽しかったぞ」

「え?」

「さらばじゃ」

 

足早に屋敷から立ち去る忠良様。

最後の不思議な台詞に首を傾げながらも、俺は元当主の協力を取り付けられたことに満足して勢いよく枕に顔を沈めた。

 

「昔、か」

 

よくわからん。

毎日暇していても眠気はやってくる。

俺は抗う気も失せて両目を閉じた。

待っていましたとばかりに睡魔が襲撃。

貴久様への献策はいつ頃にしようかと考えながら、睡眠の海に沈んでいくのだった。

 

 

 

 

 


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