島津飛翔記   作:慶伊徹

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八章 伊集院忠朗の隠居

 

島津家が沈黙を保つこと2年。

南九州では大きな軍事衝突も起きず、薩摩と大隅の民草は束の間の平和を享受していた。

畑を耕す。村人と話す。不安を抱かず眠る。

平凡で在り来たりな1日の流れ。

しかし、それが幸せな人々もいる。

父祖の代から受け継がれてきた田圃を持つ農村の長男は、特にこの平和を満喫していた。

だが、次男や三男は違う。

彼らには合戦に参加して活躍しなければならない理由があった。

薩摩は桜島によって火山灰が降り積もる。

所謂シラス台地だ。

水捌けの良い大地では取れる作物に限りがある。土地そのものが農作物を育てることに対して適していなかった。

それでも農民は畑を耕さなければならない。

長男は田圃を受け継ぎ、嫁を貰うことができる。しかし、農家の二男三男四男に産まれた場合、嫁は貰えず、死ぬまで長男を助けて田畑を耕すしかない。

そんな惨めな待遇から抜け出すには合戦に参加した上で活躍する以外に道などなかった。

大将首でも取ろうものなら、金銀又は恩賞に有りつける。活躍次第では侍大将の人が下人として雇ってくれるかもしれない。

死んだような生活から抜け出せるかもしれない。故に合戦は、栄達を求める農家の次男三男にとって無くてはならない物でもあった。

にも関わらず——。

2年に及ぶ間、合戦は起きなかった。

平和を望む長男は明日も今日みたいな良き日が続けとお天道様に祈る。

合戦を望む次男三男は下克上を果たす己の未来に酔いしれながら争乱を待ち続けていた。

正しいのは果たしてどちらか。

その疑問に意味などないとわかってる。

有史以来、理性は平和を、本能は合戦を渇望してきた。

平和があるから戦争が起きる。

戦争があるから平和を求める。

永遠に続く平和など有り得ず、その逆もまた然り。

まさしく表裏一体。

切り離すことはできない。

人類誕生から何も変化することなく続けられてきた世の決まり。人間の遺伝子に刻み込まれた掟だと考えてもいいかもしれない。

だから、まぁ、何が言いたいかというと。

雌伏の時は終わった。

これからは飛翔の時である。

 

 

 

 

 

 

時は戦国時代。

応仁の乱を切っ掛けにして各国の国人や守護が台頭もしくは独立、勝手気儘に至る所で干戈を交える末世に突入していった。

戦場に広がる阿鼻叫喚の図。

死者を冒涜する戦場跡を荒らす者たち。

食料のない村の端に痩せ細った躯が平然と横たわっている光景は、まさにこの世の地獄と呼んでも過言ではない 。

そんな日ノ本の何処ででも見られる醜悪な景色とは裏腹に、九州南部の薩摩では一定以上の平穏が確立されていた。

鹿児島港と桜島を一望できる内城の一間にて壮年の男性と豊かな白い髭を生やした翁が向かい合う。前者は上座に腰掛け、後者は臣下の如く平伏していた。

 

「忠朗、誠に隠居するのか?」

「殿、最早この老骨に功を立てることは出来ませぬ。先の一件で身に染みました」

「謙遜は止さぬか」

「もったいなきお言葉。しかしながら私の仕出かした事。責任は取らねばなりますまい」

「それよ。先の一件はお主の責任ではあるまい。黙認した俺も同罪だ。全ては策によるもの。お主だけに泥を被せてしまうのは心苦しいのだ」

 

故に思い直せ、と島津貴久は筆頭家老を諌める。

島津家15代当主にして、争乱の直中に遭った薩摩を平定した英君から惜しまれる光栄に預かりながらも、伊集院忠朗の決意は断固として変わらなかった。

 

「お言葉ながら、宴会の席にて私の口にした失言が決定打になったことは不変の事実。仕える御家を危機に晒した不名誉は、殿の評価を下げてしまいまする」

 

大隅国にて多大な影響力を持つ肝付家。

彼らを招いた宴会の席に於いて、筆頭家老は『不注意』にも肝付家の神経を逆撫でる発言を口にしてしまう。

肝付兼続の名代として来訪した薬丸兼将に対して、宴の羹は鶴であるかと、肝付氏の家紋である鶴の吸い物を勧めてしまったのだ。

まさに『迂闊』であった。

だが薬丸兼将も負けじと、次の宴会では狐の羹を出して貰おうかと返したことで口論に発展。

狐は島津家の守護神である。

此方が最初に挑発したとはいえ、黙って聞いていられる侮辱を超えていた。

特に酒の席だったことが『不幸』である。

お互いに酔っていた為に両家とも口汚く罵り合い、折角開いた宴は喧嘩別れの形で終わってしまうことと相成った。

薬丸兼将は国許へ帰り、主君の肝付兼続に子細を説明。肝付兼続は激怒し、評定の際には刀を振り回して暴れたと噂になっている。

長らく安定を保っていた薩摩と島津家に戦乱の種を蒔いてしまった責任は取らなければならないと考えた忠朗は隠居を決意。後事を子供と孫に託すことにした。

 

「これから大隅を平定するのだ。そんな中、長年島津家を引っ張ってきたお主が身を引くとなると相当な痛手となるな」

 

言外に肝付家との抗争はどうするんだと告げる島津貴久。疲れたように目元を揉みほぐす仕草は最近の多忙さを如実に表していた。

四年間にも及ぶ坊津と鹿児島港の拡張整備事業も終了の目処が立った。

余った予算を使用して建設する職人都市の概略を決めなくてはならない。

砂糖生産と売れ行き増加による人手不足。

加えて2年前から行っている外城に派遣する人材の確保と育成。鉄砲と火薬の購入。南蛮商人との交渉。対肝付氏に対する策の研鑽。

そして肝付家との同盟が破棄された今、即時開戦を求める家臣たち。

合戦に必要な兵糧の計算。

発足する水軍の試運転に掛かる金銭の把握。

実際、誰しも目が回るような忙しさだった。

当主である貴久は特に多忙を極めた。

愛する四人の娘と関わらない日々。

日が重なるに連れて、貴久の心は荒んでいった。

それでも忠朗は微笑みながら首を横に振る。

 

「ご心配召されることはありませぬ」

「何故言い切れる?」

「忠倉、そして忠棟もおりまする」

 

伊集院忠朗の子、伊集院忠倉は貴久の家臣として敏腕を振るっている。

小さい頃から叩き込まれた政務処理に関しては既に父である忠朗を超えていた。

しかし軍略に於いては忠朗の才を受け継がなかったのか、本人も認めるほど至極基本的な部分しか修めていない。

そして——。

 

「忠棟、か」

 

貴久は齢16の少年を脳裏に浮かべた。

伊集院掃部助忠棟。

幼い頃は伊集院家の麒麟児と讃えられ、元服した10歳という若さで次期島津家当主である島津義久の筆頭家老を拝命。政務処理能力に限らず軍略にも秀で、島津家飛躍の大本にもなった若き天才の名前であった。

 

「これからの戦にて我が孫をお使い下さい。必ずや大きな功名を得てみせるでしょうぞ」

「忠朗、お主は今後の戦を義久に任せろと申すのか?」

 

眉間に皺を寄せる貴久。

英傑の放つ重圧に身を竦めながらも、忠朗は平伏したまま口を開いた。

 

「私の最後の進言で御座りまする。いずれは義久様が殿の跡をお継ぎになるでしょう。島津家の内乱に終止符を打ち、薩摩を平定した殿の後継ぎとなれば相応の武功話が必要となりましょうぞ」

「岩剣城の合戦だけで足りぬか」

「如何にも。足りませぬ」

「三州平定という大功を義久に持たせよ。お主はそう言いたい訳だな」

「然り。その通りで御座りまする」

 

頭を下げる忠朗。

それを上座から睨み付ける貴久。

如何に島津四姉妹の長女が元服を済ませ、岩剣城の合戦にて初陣を終わらせていようとも可愛い娘であることに変わりない。

好き好んで戦に放り込みたい父が果たしてこの世にいるだろうか。

——否。断じて否!

しかしながら跡継ぎである事実は不変。いつの日か家督を継いだ義久が乱世の荒波に率先して飛び込んでいくこととなる。

結局は遅いか早いかの些細な違いだけだ。

幸いにも義久には才能がある。幼い頃から大器の片鱗を覗かせていたが、成長した今、貴久すら上回る総大将の大器を開花させた。

残り三人の妹たちも同じである。

見事に傑出した才能を確立していた。

真に子の将来を想うのであれば、忠朗の進言通りに涙を飲んで今後の戦を一任するべきだろうか。

実際、貴久も隠居を考えてよい歳である。

二十代半ばと称される見た目から想像できないが、彼とて既に40半ば過ぎなのだから。

しかし——。

貴久は心の内で首を横に振った。

まだ動ける。まだ当主としてやっていける。

愛する娘たちの為にも出来る所まで突き進むのみ。結果として、この身が粉になってしまっても悔いなど有ろうはずないのだから。

 

「俺の心は変わらぬ」

「殿……」

「だが隠居するお主の進言、しかと聞き届けた」

「はっ。感謝の極みにござりまする」

「願わくば、大隅平定まで島津家を支えてくれると有難いのだがな」

「もったいなきお言葉。しかしながら忠倉に家督を譲ったこの身。後の事は息子に託しております」

「忠朗の申す事よ。変わらぬか」

 

貴久は諦観の声音で呟く。

忠朗は平伏したまま動かなかった。

この日を以て、忠良と貴久の二代に渡り島津家を支えた忠臣、伊集院忠朗は一線を退く事となる。

この翁の隠居が肝付家だけでなく様々な勢力の動向を決定付けるとは、この時はまだ忠棟しか知らなかった。

 

 

 

 

 

 

貴久に隠居を宣言してから二刻が過ぎた。

現在午の刻、午後2時過ぎである。

晴れ渡る晴天。雲一つない。

柔らかい陽射しが薩摩を照らす。

自他共に認める島津家の柱石だった功は大きく、家臣団の中で最も広大な伊集院家の屋敷の庭に佇む忠朗の頬を六月の風が優しく撫でた。

 

「ご祖父様、突然呼び出して如何致しましたか?」

 

そんな翁の耳に慣れ親しんだ若い声が届く。

視線を向けると其処には颯爽と馬上から降りる孫の姿があった。

自慢の孫、伊集院忠棟である。

早いもので昨年16歳となった。

痩身ながら張り出した広い額に鋭い眼が、如何にも知恵者と言わんばかりの面容を誇っている。切り揃えられた黒髪。顔付きは少年から青年へ移り変わる途中である。

変声期を迎えた重低音な声音は年々深みを増していた。若い頃の忠朗に瓜二つだった。

 

「忠棟か。其方もこれへ参らぬか」

「何を暢気な。それよりも急に呼び出した理由を教えて下さりませ。後一刻もせぬ内に評定が始まってしまいまする故」

 

肝付兼続が遂に兵を挙げたと報告があった。

その事に関する評定が開かれるのだろう。

忠棟は陪臣の身でありながらも評定に参加する権利を持つ。若輩者故に発言権は低いままだが、時折見せる鋭い舌鋒は新納忠元や鎌田政年らを唸らせることもままあった。

そんな孫の姿は忠朗にとって自慢だった。

隠居した身、今後見る機会は無い。

それだけが心残りか。

数巡瞼を閉じてから、ゆっくりと答える。

 

「心配はいらぬ。さほど時間は取らぬ故な」

「ならば宜しいのですが……」

 

言葉を切り、忠棟は周囲を見渡した。

 

「如何した?」

「ご祖父様、父上がおりませぬぞ?」

「忠倉には既に伝えてあるのだ」

「何を、で御座りまするか?」

 

隠居を決めた2日前の夜、誰よりも先に嫡男忠倉へ打ち明けた。

息子も相当驚いたようだ。

冷静沈着な男が慌てふためく姿は思わず笑ってしまうほど滑稽で、そして息子だからこそ湧き出す愛嬌に溢れていた。

基本的な部分は貴久へ伝えた通りである。

宴の席による失態。

齢60手前という年齢による衰え。

息子や孫の成長から退く事を決意したと。

だが、誰にも口外していない最後の理由が存在した。

 

「今朝限りで私は筆頭家老の職を解いた。隠居しようと思うておる」

 

刹那、静寂に包まれる屋敷の庭。

遠く離れた市の喧騒も耳に入らない。

そんな重苦しい空気の中、忠棟は一拍間を置いてから問い掛けた。

 

「——ご祖父様。それは、先日の宴の責任を問われたからでしょうか」

「否。問われた訳ではないぞ」

「ならば何故で御座りまするか!」

 

声を荒げる忠棟。

忠朗は迫真の演技だと思った。

身内だからこそ気付く息遣いの無駄な荒さと声の大きさ。その二つから察するに、言動と裏腹に忠棟は唐突な忠朗の隠居を全く驚いていない。

冷静な忠朗は淡々と理由を口にした。

 

「如何にわざと泥を被ったと言えど、同盟関係にあった肝付家との宴を壊してしまったのだ。誰かが責任を負わねばなるまい」

「……」

「忠棟よ、私はお主の考え出した策を知っておる。如何にしても肝付家との合戦に勝利するかまで見通したお主ならば、此処で私が隠居するのもわかっておったのだろう?」

「……可能性の一つとして考慮しておりました」

「身内に対して嘘が下手よな、お主」

 

呆れたように苦笑する忠朗。

忠棟は誤魔化すように後ろ髪を掻いた。

昔からそうだった。

伊集院家の麒麟児と持て囃され、幼子と思えぬほど論理的な問答を行う孫だったが、身内に吐く嘘が下手という弱点も存在していた。

耳朶を触る。目が泳ぐ。肩を揉む。

様々な動作から嘘か真か見極めるのは至極容易だった。祖父や父の目は誤魔化せぬということである。

 

「ご祖父様には敵いませぬ」

「お主にだけは言われとうないわ」

 

負けを認めたのか、忠棟は肩を竦める。

だが、敵わないと初めて思ったのはおそらく忠朗が先だろう。

忠棟が元服するまでは祖父として、又は人生の先輩として導いて行こうと考えていた。

幾ら麒麟児と言えど限界はある。

人の子ならば経験不足はどうしようもない。

だが——。

瞬く間に思い付いた斬新な政策。

発生する問題点を消していく順応性。

どちらも忠朗の才を凌駕していた。

その時、彼は素直に敗北を認めたのだった。

 

「島津家は四年前よりも強力となっておる。お主のお陰よ。肝付殿もこの国力を前にすれば敗北せざるを得まい」

「ええ。その為の2年でしたから」

「油断するでない、忠棟。殿は義久様とお主を大隅平定に従軍させぬつもりよ。私とお主がおらず、忠倉には唯一軍略の才がない。万が一にも御家が負けてしまうこともあり得るのだ」

「心配無用です、ご祖父様」

「何故そう言い切れる?」

 

近い内に忠朗は加世田城へ赴く。

隠居すると先代の当主に報告する為である。

だからこそ、今この場に忠棟を呼んだ。

蓄えておいた情報を元に辿り着いた、危険度の高い未来予想図を一つでも多く孫に預けておき、最悪な選択を取らないように少しでも知恵を授けようと考えた。

しかし、忠棟は一歩先を行く。

忠朗の想像した未来を一刀両断。驚くほど明確に有り得ないと断言してみせた。

根拠を尋ねる忠朗。

忠棟は一呼吸挟んでから答えた。

 

「正直に明かします。確かに俺はご祖父様が隠居なさることも、この事を機に肝付家が兵を挙げることも読んでいました。故に、肝付家と合戦を行う際、殿が義久様と俺を薩摩に残すことも当然ながらわかっておりました」

「何」

「そして敵は肝付家だけに非ず。肥後の相良氏に加え、日向の伊東氏もおりまする。それら全てを戦場の枠に当てはめれば、見えてくる未来は一つしかありますまい」

 

この時、伊集院忠朗は本当の意味で初めて伊集院忠棟の恐ろしさを思い知ったと後日日記に書き記した。

忠棟が元服してから6年の月日が経つ。

その間に行われた政策を一通り振り返った。

5年前に砂糖製造を実演。

4年前に千歯扱きの発明。

同年、岩剣城の合戦で評定に参加。

更に同年、坊津と鹿児島港の事業を献策。

そして一気呵成に速攻で南九州の覇権を握る策を2年前から軌道に乗せ始めた。

少なくとも島津貴久を始めとして、島津四姉妹、伊集院忠倉、そして伊集院忠朗もこのような認識を抱いていた。有用だと認めた。

だが——。

もしかしたら違うのではないか。

何故、金銭の確保を急いだのか。

何故、水軍の発足を目指したのか。

何故、2年という月日を稼いだのか。

2年前からではなく、6年前から今回の事態を予知していたとしたら。

敵は肝付氏だけでなく、相良氏と伊東氏も含まれるとわかっていたとしたら。

建前上、この2年間動かなかった理由は外城に配置する人材の確保と育成の為である。

しかし、忠棟だけは違う風景を見ていたのではないか。大隅だけでなく、日向や肥後すらも併吞する為に策を練ってきたとしたら、最早この翁に口を挟む事など出来るはずもなかったのだ。

 

「お主はどこまで先を読んでおるのだ……」

 

畏怖の念と共に零れ落ちた呟き。

薬師の用意した薬湯は冷めきっていた。

 

「——殿も父上も肝付家に負けませぬ。何故ならば、私と義久様で伊東氏と相良氏の連合軍を見事退却せしめるからでございます」

 

そして忠棟は涼しげな顔で、当然のように言い切ったのだった。

 


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