Sとの邂逅/ビギンズナイト
理不尽を嫌い、弱者を護ろうとする正義感を持つ。
それが少年の特徴で周囲からの評価だった。
海外に出張していた少年の父親が買ってきた骨董品店で発見したという、不思議な玉に穴を開けて紐で吊り下げたものが少年にとっての宝物で外出するときは大抵これをつけて出て行った。
「えっと、コーラだして!」
少年には秘密があった。
誰にも話していない、両親にも話していなくて仲の良い友達にも教えていない秘密。
それはペンダントを握り、願い事をすると玉が願い事を叶えてくれるというものだった。
少年を鬱陶しいと思う上級生から逃げる際に「あいつらにばれませんように」と願うと、願いを聞き届けたかのように上級生を近所の頑固親父が植木を壊した犯人だとかでしょっぴいた。
これだけならまだまぐれや『奇跡』でしかないが、少年にとって確信めいたものに変えたのは同級生で想いを寄せている少女の帽子が木に引っかかったとき、木に登るのが苦手な少年が「あの帽子を取りたい」と願うと、運よく風が吹いて少年の手元に下りてきた。
それをきっかけにして少年は少女と関わりを持つことが出来、ペンダントの力を確信した。これは願いを叶えてくれる自分だけのものだ、と。
そんな少年は何かが欲しいと思うと、すぐにペンダントに頼っていた。
こっそりと作った秘密基地、廃材を集めて作った無骨な木の机と椅子、他には昼寝用のベッド。廃品を拾ってシーツをかけただけの簡単なもの。
「や、やった!きょうもでてきた!」
刹那、光がペンダントから放たれたかと思うとキンキンに冷蔵庫で冷えた便のコーラが現れる。質量や水滴、どれを見ても本物であることが見て分かる。
そろそろ、あの子になら話してもいいかなと想いを寄せる少女の顔を浮かべながら少年はコーラの栓を開けると一気に煽った。
「な、なんのおと!?」
どさっとどこかで誰かが倒れた音がした。
普通、幼い少年ほどの年齢ならば怖がる素振りでも見せただろうが、少年は音のしたほうに走り出していた。
見ると、玩具のような装飾のベルトをつけた白スーツの男が倒れている。
年は父親よりは若いだろうが、その貫禄は少年の身近にもいないタイプだ。
少年の担任の教師だって白スーツの男ほどの年齢とほとんど同じだが、白スーツの男ほどの貫禄は持ち合わせていなかったのだから。
「へ、下手しちまった……。クソ、いつもならこうじゃないはずなんだがな……」
うわごとのように呟く男。
出血は酷く、何か刃物で切られた痕と思われる裂傷が深々と残っていて見ていて痛々しい。
「まってて!いまてあてするから!」
「き、気にすんな坊主。俺は……」
少年が秘密基地に置いてあったのを思い出した応急箱を取りにいこうとすると男はうわごとをまた呟いた。まだ意識は残っているものの、今にも意識が途切れそうだ。
そんな男を見捨てることが出来ず、少年は足早に応急箱を取って戻ってきた。
男は自分の言うことを聞かずに戻ってきた少年に苦笑いしつつ、自らの掌に握られた『商売道具』を見やる。
それはチカラ。
それは手段。
それは最後に使う禁じ手。
髑髏の意匠を持ち、アルファベットで書かれた大きめのサイズのUSBメモリ。
『スカル』。
少なくとも、まだ男はその
「狭くも広くもない。まぁ、ガキの遊び場には丁度良いか」
「これでもけっこうじかんかかったんだよ?あと、ガキじゃなくてぼくにはなまえが―――」
「まずは目上に敬語を使えるようにしろ。話はそれからだ」
「えー」
それから手当てをし、男の様子が落ち着いてきたところで少年は秘密基地に男を招きいれた。
行くアテがなく、自分のことを秘密にして欲しいとの事を男は少年に伝えた。
いかにも自分は怪しいと言えば警戒するだろう、と男は思ったが少年の反応は違っていた。
『うん!わかった!』
物分りが良すぎる少年、そんな彼の純真さや無邪気な笑顔は呆気に取られた。
よほど優しい少年なのか、はたまた馬鹿か。
そんな少年に名前を聞くことはせず、せめて命の恩人である彼に対して男はソウキチと名乗った。
「おやっさんってヒーローみたいだよね。そのベルトとか」
「いるわけないだろう、そんなの。それに俺がヒーローなわけないだろ、でなきゃ坊主に助けられていない」
素直にソウキチを慕い、『おやっさん』と少年は呼ぶ。
容姿はまだ幼く、小学校低学年ほどの年齢だろう。
ソウキチの故郷でならば少年はまだ野山を駆け巡り、虫取りをしている!……というより、友達と家でゲームでもしていそうな年齢だが、実際のところ彼はそういうのに疎いようだった。
だのにソウキチの『商売道具』を一目見、目を輝かせてヒーローとのたまう。
ソウキチには秘密がある。
負傷していた理由として、そのベルトを使って『スカル』と呼ばれる超人に変身して彼が追って来た敵と戦っていたこと。
どちらかといえば化け物よりであるソウキチの『スカル』の姿、それを見れば純真な少年であっても侮蔑の視線を向けるだろう。
こんな幼い少年のような子供の笑顔を護る。
それがソウキチが化け物に変わることとなってもなお、戦い続けられるモチベーションになっていた。
「此処、坊主一人か?」
「うん。きょうはみんなかねもちのやつのいえでゲームするんだって」
「いつもは?」
少年の顔が若干曇ったのをソウキチは見逃さなかった。
しかし、それ以上踏み込むほどの仲ではない。
命の恩人といえど、少年は先ほど会っただけで傷が治れば立ち去る予定だから。
『協力者』に『スカル』の調整をしてもらうには、この山から出なければならないし、連絡の必要がある。
けれど今は、
「ひとりだよ」
この少年の暗さを取り除いてやるのも、男の責任だと思った。
「なぁ、坊主」
「どうしたのさ、おやっさん」
「俺の傷が少しでもマシになったとき、案内してくれないか?」
「えっ?」
バケツに氷を入れ、皿に水で張っていたところから冷やしていたペットボトルを取り出す。
普段は少年が飲む用のジュースが入っているので『おとな』に出すための飲み物はなく、木のテーブルの上に置いた瓶のコーラ以外は市販の安物の炭酸飲料しか入っていない。
そこから取り出したオレンジジュースを置き、『おやっさん』の真面目な口調に取り乱す。
「坊主に社会のルールってのを教えてやるのが大人ってもんだろ。どうだ?お前は好きか?自分の故郷が」
ソウキチの目は澄んでいる。
それでいて強い。
少年の故郷はお世辞にも広いとはいえないし、不便なところがある。
けど、故郷の自然は豊かで一人でいても自然を駆け回ってさえいれば寂しいと思わない。
まだ見ぬソウキチの故郷、ソウキチの故郷に対する愛情が感じられた。
「うん、もちろん。ぼくのほこりだ」
「いい目をしているな、坊主。だけど、まだ帽子を被るには早い」
「ぼうしをかぶるのにはやいとおそいとかあるの?」
少年の目もまたソウキチと同じように純粋な、澄んだ瞳をしている。
少年もまたソウキチと同じように故郷を愛する男のようだ、だから惹かれ合うところがあったからこその邂逅だろう。
ソウキチの故郷は心地良い風の吹く街、少年の故郷は自然の美しい場所。
共通点は、ある。
「もちろんだ。それを俺が教えてやる。ついてこられるか?坊主」
「うん!おやっさん!」
「良い笑顔だ」
満身創痍ながらも、その手を少年の頭に載せる。
それができるのは『スカル』のチカラのおかげだろう。
普段はそうしないのに気まぐれだろうか?
故郷を愛する男として、故郷を愛する少年から笑顔がなくなるのは見過ごせなかった。
ソウキチもソウキチでお節介焼きだったのだ。