忍者の世界で生き残る   作:アヤカシ

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外伝 カツユ愛が足りないと聞いて

 店のカウンターに突っ伏して居眠りしていた俺の肩を誰かが掴み、優しく揺らしている。

 綱手であれば叩くように起こすし、ナルトであればそもそも入る時に大声出しながら入ってくるからそれで起きる。

 消去法でシズネかなと思いながら、眠い眼を擦り顔を上げた。

 しかし其処には見たことも無い妙齢の女性が笑顔で立っていた……おっとりとした雰囲気を持つ真っ白な髪に青いメッシュの入った見目麗しい姿に一瞬見取れてしまう。

 数秒間見つめ合った後、我に返った俺は一度自分の両頬を軽く叩き強制的に眼を覚ますと、目の前の女性に謝罪をする。

 

 

「すみませんお客さん、起こして貰っちゃって……おほん、今日は何をお求めで?」

「え、あの……ヨミトさんに呼ばれてきたのですが」

「へ? 俺ですか?」

「寝ぼけておられるのですか? 明日共にお茶菓子を買いに行こうと仰っていたではありませんか」

 

 

 女性は片手で口元を隠しながら苦笑する。

 それが凄く様になっていて、こんなに上品に笑う子が知り合いに居たかどうか、寝起きの頭を総動員して記憶を洗い出す。

 しかし記憶に引っかかる者は無く、このまま会話を続けるのは双方に食い違いが生じると判断し、失礼を承知で尋ねてみることにした

 

 

「お茶菓子……えっと、失礼ですがお名前を窺ってもよろしいですか?」

「まだ寝ぼけておられるのですね……私の名前はカツユ、大蛞蝓のカツユです」

「カツユと言うお名前ですか……ってカツユ!?

え、でも俺の知っているカツユは蛞蝓にも関わらず内面はとても女性的で、時折見せる恥じらいとかが異様に男心を擽る可愛らしい子なんだけど」

「は、恥ずかしいです……」

 

 

 自身の両頬に手を添え、赤らむ頬を隠そうとするその仕草に何処かカツユの面影を感じる。

 可愛らしいと思う反面、疑問が頭を埋め尽くす。

 何故人間の姿になっているのか、お茶菓子を買いに行く約束なんてしただろうか、口寄せもしていないのに何故カツユ(と自称している人物)が此処に居るのか等、気になることは山程ある。

 

 

「……本当にカツユなのかい?」

「はい……本当に憶えておられないのですか?」

「あぁ……一つ聞いても良いかな?」

「えぇ、私に答えられることであれば何でも」

「何故……いや、どうやって人間の姿に?」

「どうやってって……ヨミトさんの蔵書の中にあった他里の忍術教本に載っていた変化の術の応用で一時的に人間の姿を取れるようになったじゃありませんか!

 それも憶えておられないのですか!?」

 

 

 その顔は嘘だと言ってくれと言外に語っているが、俺にその様な記憶はない……そうあったらいいなと考えたことはあるが。

 嘘をついて誤魔化すという方法も無いわけではなかったが、どうもこの子に嘘をつくのは気が引けたので正直に伝える。

 

 

「すまない……俺の記憶には無い」

「そんな……まさか記憶喪失?! 大変……もしそうなら私では対処しきれません。

 綱手様に見て貰わないと! ヨミトさん、行きましょう!!」

「え、ちょっと!?」

 

 

 突然カツユ(と思わしき人物)に手を握られたかと思うと彼女はそのまま全速力で駆け出し、俺は引っ張られるようにして綱手の元へ連れられていく。

 彼女の身体能力が高かったためか其程時間も掛からずに火影邸の執務室前まで着くと、彼女はノックもせずに室内へと飛び込んだ。

 幸い室内には綱手しか居らず、侵入者として排除されるようなことはなかったが、綱手が少し驚いた様な顔をして此方を見ている。

 

 

「どうしたんだいきなり、入る時はノックぐらいしろ」

「それどころじゃないんです綱手様! ヨミトさんが……ヨミトさんが記憶喪失になってしまいました!」

「はぁ? 記憶喪失ぅ?」

 

 

 訝しげに俺を見る綱手に、此処に来るまでに様々な物にぶつかった痛みでそれどころではない俺、そして動揺からか全く要領を得ない説明をし続けているカツユ(かも知れない人物)……今この場は中々の混沌(カオス)に包まれていた。

 しかし暫くするとカツユも落ち着いてきたのか、一度深呼吸をして綱手に今の状況を説明すると、取りあえず診断してみなければ始まらないと、その場で簡易の診察が始まる。

 その様子は省略するが、結果として分かったことは俺が一部の記憶を無くしていることと、無くした記憶が特に日常生活に支障のある内容ではないということだ。

 具体的に言えばカツユ(であろう人物)が変化するに至った記憶とその姿で紡いだ思い出だけが無くなっているらしい。

 その事を知ったカツユは安心した表情を見せてくれたが、その表情には陰りがあった。

 

 

「そうですか……私の記憶だけを忘れてしまったのですね」

「其処まで悲観的になることはない、恐らく一時的な物だろう。

 それにヨミトが忘れたのは変化した時のお前の記憶だけだ……お前とヨミトの思い出はそれだけではないだろう?」

「それはそうですが……少し寂しいです」

「まぁ暫くの辛抱だ、もう暫く様子を見て記憶が戻らなければ、その時また改めて対処を考えよう。

 私の方でも記憶喪失に関する文献を少し探しておこう……だから今日は一先ず帰ると良い」

「はい……失礼しました」

 

 

 綱手に言われるがまま俺とカツユはその場を後にする。

 行きとは違い、帰りは俺が手を引く形になったが……正直に言えばえらく恥ずかしい。

 生まれてこの方女性と手を繋ぐなんて殆ど経験がない上に、変化だとはいえ相手は妙齢の美女なのだから緊張しないはずがない。

 だがそれでも手を離さない理由は火影邸を出る時に自然と手を握られたのと、羞恥心で手を離そうとすると彼女の方から強く手を握りかえされるからだ。

 コレが無意識かどうかは分からないけれど、それだけで俺から手を離すという選択肢を消すには十分だった。

 罪悪感もあったが、それ以上にこれ以上彼女を傷つけたくないという義務感にも似た感情が羞恥心を大きく凌駕していたからだ。

 

 

 行きよりも大分時間は掛かったが何とか店まで帰り着くと、流石に今日はこのまま店を続ける気にはならず、臨時休業の札を出すために繋いでいた手を離す。

 小さく「あっ」という声と共に少しだけ寂しげに俺の手を見つめるカツユ。

 その表情と醸し出す空気に耐えきれなかった俺はすぐに手を繋ぎ直して、彼女を連れたまま看板を裏返して家に入った。

 少し嬉しそうに手を引かれたまま付いてくるカツユと共に居間へ足を踏み入れ、今度こそ手を離してちゃぶ台を挟んで向かい側に座り、少しの間無言の時が流れる。

 俺はその気まずい空気を払拭するために茶菓子でも用意しようと立ち上がろうとしたその時、片足がちゃぶ台に引っかかりバランスを崩す。

 倒れ込む方向にはキョトンとカツユが此方を見ており、突然のことに状況を把握し切れていないらしい。

 咄嗟に身体を捻って避けようとも考えたが、距離が近すぎて下手をすれば肩からカツユに落ちかねないので避けることは諦め、せめてカツユが怪我をしないように願いながら悪あがきとばかりに何か掴める物はないかと手を伸ばす。

 手を伸ばした先にあったのはちゃぶ台の縁……固定されてないちゃぶ台が体重を支えられるはずもなく、むしろ若干軌道が逸れることで俺の頭部の着地点が良くない場所へと移動した。

 

 

「避けろカツユ!」

「へ?」

 

 

 徐々に近づく俺とカツユの顔……その距離がまるで走馬灯のようにゆっくりと無くなっていき……二人の唇の距離が零に…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼を開けると其処はいつもの店のカウンター。

 俺を起こす妙齢の美女も居ないし、目の前にあるのは美女の顔ではなくガランとした客の居ない店内だけ。

 俺は無言で口寄せの印を組んだ。

 




やっちまったぜ!
オチがありきたりで申し訳ない!
これで残る外伝の草案は二つ……まぁそれは本編がスランプ入った時、もしくは何か記念の時にでも上げることにします

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