大戦開始から二日目、前線での戦いが激しさを増しているにも関わらず、送られてくる怪我人の数は逆に若干減っていた。
単純に敵の戦力が此方よりも減っているために前日よりも余裕があるというのならば良かったのだが、真実は敵戦力が前日よりも増して死傷者が増えているからというのが理由である。
その最たる原因は穢土転生という術によって蘇った前世代の雷影、水影の登場が大きいだろう。
傷ついた身体を引きずって何とか此処まで辿りついた忍の話によると、前風影と土影も現れたらしいのだが、彼らは現風影と土影によって早い段階で封印されたらしい……しかしその二人を優先したが故に前雷影と水影を相手する影が居らず、数で押さえ込もうとした結果、馬鹿に出来ない犠牲が出たのだとか。
他の場所でも強力な忍達が蘇って被害を拡大させている……中には綱手の恋人だったダンの姿もあったというし、俺が一度相対したことがある暁の一員角都の姿を見たとの報告もある。
死者と生者の入り交わる混沌とした戦場で蘇った死者が次々と命を奪う光景は地獄の顕現と言っても過言ではないだろう。
「お、俺の……俺の腕がぁ!!」
「暴れないでください! サクラちゃん、麻酔を!」
「ハイ!」
先ほど目を覚ましたばかりの肘から先を失った患者を麻酔の効果が現れるまでチャクラ糸で押さえつけながら、カツユにチャクラを通して腕の断面の治癒を同時に行っていく。
数分で麻酔の効果が現れ、意識を失った患者をサクラに任せると次の患者の治療へと移る。
此処にいる殆どの患者は前線にいても足手まといになるレベルの怪我を負った人もしくは、放って置けば命を失いかねない程の怪我をした人達。
四肢の欠損などは別段珍しくもなく、痛みから患者が暴れるケースも少なくない。
そういった時には治療を行うために暴れる身体を押さえなければならないのだが、治療する人が抑え続ける訳にもいかず、誰かがフォローに回る必要がある。
そこでこの現場における拘束役が俺という訳だ……チャクラ糸はチャクラの込め具合によっては鎖よりも頑丈になるので拘束するにはもってこいな上に、指の数だけ同時展開できるのでかなり使い勝手が良く、それ故に他の現場よりも此処は少しだけ患者数が多く忙しい。
しかし其れもようやく一段落つき、ようやく交代で休憩に入れるというところで、カツユが焦った様子で俺の髪を引っ張る。
「ヨモツさん、少し話がありますので何処か二人きりになれる場所へ……」
「なんだか分からないけれど、大事な用件があるみたいだね……サクラちゃん、席を外すけど大丈夫かい?」
「えぇ、患者さんの容体も落ち着きましたから問題ありません」
「ごめんね、それじゃあ行ってくるよ」
テントを後にした俺はカツユに言われるがまま森の中へと入っていく。
ふと‘二人きり’‘人気のない場所’という二つのワードに引っかかるものを感じたが、今の状況と彼女が醸し出す雰囲気から自分が考えた様なことはあり得ないと思い直し、彼女が自分に一体何を伝えたいのか想像を巡らせるが結局分からないまま、彼女から制止の声が掛かった。
「ここなら話を聞かれる心配も無いでしょう……ですが念のため手短に話します。
綱手様が重傷を負い、予断を許さない状況です」
「何だって?! 周りに人は?」
「五影の皆さんが居られるのですが、皆同じ様に重傷を負っていて……綱手様は自身の治療よりも他の方を優先しておられます」
「なら皆に伝えて人を送らないと!」
「主戦場からは距離がありますし、それに綱手様がこの事を広めると士気が下がりかねないから大っぴらに公表するなと仰って……シズネ様にもお伝えしようとは思っていたのですが、如何せん今医療部隊のリーダーであるシズネ様が此処を離れるとこの部隊は立ち行かなくなってしまいます」
シズネに綱手の事を伝えれば彼女なら確実に綱手の事が気に掛かり続けるだろう。
流石に部隊長という立場を投げ捨てて綱手を助けに向かうことはないだろうが、唯でさえ心身供に疲労している状況下で手の届かないところにいる大切な人の危機の情報を聞けば益々心労は増す一方だ。
だがカツユは俺に綱手の事を話した。
其れが意味するところは……
「俺なら抜けても大して困らないって事ね……ちょっと複雑な気持ちだな」
「それも一つの理由ですが、ヨミトさん……今まで私が見てきた貴方の特異な能力は
それならば高度な医療忍術の代わりになるようなものもあるのではないですか?」
「そういうことか……ハッキリ言ってしまえばあるかな。
人目と使用回数に制限がある能力故に部隊では使えなかったけれど、五影……それも綱手以外意識を失っているというのならある程度気兼ねなく使えるし、綱手の為であれば今まで受けた恩を返す意味でも使う事に異論はないよ」
俺が部隊で能力を使わなかったのは人目のこともあったが主な理由は回数制限の方だ。
薬といっても通せる見た目の魔法もあるので使おうと思えば使えたのだが、如何せん同じ魔法や罠は一日三回ずつしか使えない上に合計で四十個しか使えないので考えて使わないと、いざという時に使えなくなってしまう。
その事を危惧して温存していたのだが、連合の柱でもある五影を助ける為であれば回数が減ることで自分を守る壁が薄くなるが、使うだけの価値はあるはずだ。
「そうですか! ではすぐに綱手様の元へ向かって頂けますか?
現場までの出来る限り安全なルートを私が案内します」
「此処から遠いのかい?」
「少し遠いですが、主戦場からは離れていく形になりますので敵が潜んでいる可能性は其程高くありませんよ」
「了解、それなら出来るだけ飛ばしていこう……綱手の容体も心配だ」
俺は動き出す前に‘魔導師の力’を二つ発動させて身体能力を平均的に高め、カツユを懐に入れて、彼女の指し示す方角へと走り出した。
脚力上昇に特化した‘突進’を二つ重ねた時と比べると走る速さは遅いが、効果の持続力が五分と一日で比べるまでもない程にコレの方が長い。
カツユの言う少し遠くというのがどの程度なのかは分からないが、どの位の時間で着くか分からない現状、この選択はbestでは無いかもしれないがbetterではあるだろう。
伏せている罠二枚と合わせて四枠使っている為に綱手と殴り合える位には強化された身体能力で足場に使った木に罅を入れながら弾丸の様に前へ飛ぶ。
この身体能力になれるために異次元で何度か慣らし運転をしていた時にカツユもいたのでこの速度に彼女は別段驚いていなかった……初めて見たときは体内門でも解放したのかと心配されたが。
ぶつかりそうな枝は
其処には人の背丈ほどはあるカツユの分体四体と、カツユに覆い被されているが明らかに上半身と下半身が離れすぎている老いた綱手の姿があった。